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漂流記『うばらがはな』翻刻と解題(4)

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漂流記﹃うばらがはな﹄ 翻刻と解題

崎 村 弘 文 カヾヤンより呂宋のマニーランに到るの圏」 (-オ∼2オ) 呂宋囲地図波廉帝鷹の圏を摸す」 (2ウ-3オ) 呂 宋 璃 鰯 郎 港 之 圏 」   ( 3 ウ -4 オ ) 襖 門 の 図 」   ( 4 オ -5 オ ) ッ ク ホ カ マ カ ヲ カガヤンよりマニーランに至る海上島峡の圏ハ儀へ衛か製る/ものな-その飴なるハハレンテインよ-寓し出せるなり/襖門の コ ー カ 、 園のごときハ八丈人のいふ所と少し異なる事/あれどしバら-これを掲げ置て後の考をまつのミ」(5ウ)

呂宋日記

四月五日空晴る今日は風少も吹かず其上海深からねバ帆をまき走る べうも/なし故二手馬をおろしこれに碇をのせ二丁斗先へのせ行て 碇を沈め/そが細をた--つゝ船をよせ又手馬に碇引上ケのせ行べ き先へ持行き/沈めて是をたぐ-よするか-するを-りはえといふ 也しか-りはえて/一里斗ンも船寄けれバ大なる川口あり幅ハ三町 サラ(ママ) もありぬべし多-の大船/愛にかゝり並ふ此川の落口を濠ら へゐ ( マ マ ) たる調度こそ兄も及ひ間も/習ハざるものな-ける鉄の柱を四本立 て二間四方高サ五間斗-に/作-四方上下共に鉄の貫をしげく入れ 屋根は厚き板もて掩ひ鉄」 (6オ) の太き横木をわたし是に鉄の車 四五ツ-ミ合せ置き傍に同し-/鉄の磨き樋の形したるを設け又棚 を作-て人の休らひ居る所とす水の/中二ハいかに作-なしけんし らず抜かの大なる車を夷二人して踏ミ廻ハせば/数の車打めぐ-て ( マ マ ) 自ら水底の土を掘り興し土砂は車につれてかの/樋のさましたる中 にそゝぎ入るれバそれより流れ落る所に小舟を/よせて舟中に土砂 をうけ舟一ツ滞れば外の小舟とかは-ていづ地へか/持行て土を上 る也車踏む夷裸になり歌唄ひっゝ-るしき体こも見えず/か-土を 渡へるにつれて此家のごときがおのれといさ-ゆ-さま誠に/ふし ぎの器なり我園にも是を作-出たらばすぐれて人の力を省ぬ/べき もの也この傍を--はえて川口に入-猶二十町鎗-もすゝミ行て」 (6ウ) 船をとゞめぬ彼小舟に乗りし女商来-てさまくの物を出 しす、めけるに/長十郎目かね一ツ銀鏡出して買取-ぬおのれ心の 中に此もの共銀銀持/つべきやうなしこれハカヾヤンにて女などに

(2)

28 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻(1994) 近つき貰ひ請しなるべし/悪しき事をぞしたれと恩へど今さらかひ シ タ ツ ツ カ サ なし此夜は川中に止る○/六日空晴陸より下役のものと覚しきが 壱人小舟にのり来りて此船に/のるこれハ守のためなりと覚えし昼 比六十斗の夷一人小舟こて来-/おのれに向ひ腹立し面地にてマ ニーランのパーリの書たる物をカツボン/にてハ唾をはきかけ足に て踏ミにじるとのさまを-り返し - /示しけるおのれさとりえき りしがやう - に思ひ出したるハ長崎/にてふミ絵とて彼キリスの 形鋳たる鏡をふましむるよしかねて聞Lが」 (7オ) その事なめ-こはあからさまにいはゞ為あしかるべLときつと考/へわざと偽て ( マ マ ) ニッポンにてハマニーランのパーリの書しものをバ/捧け尊むと額 ( マ マ ) へ手を挙てミすれば此人えうそ聞入るべきしきりに/踏ミにじるま ねしたるをしかあらじと手をふ-ナウ - とてあなかちに/やまさ アカ ればこの人やがて舟をこぎ返しぬ今日も船上-せよとの沙汰/なけ ればむなし-船にやどる〇七日空晴屋根ある舟を三人してこぎ/莱 -その中よ-白き衣の上に黒さ締子の袖紐て胸に鉦釦かけし/衣着 ( マ マ ) 下は自キあやある股引のゆるさをハきかしぢハ頂に三寸丸斗/に髪 を残してその鎗ハ剃-髪毛を-り組にし腰のあた-迫下けたる人に l h V ▼ ヲカ

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1

-我

ハコ (7ウ) べ-はた行李も皆搬び出すべきよしをしめすさらバ我行李 をいつれへ/積んとハかるに折ふし小-細長きはしけ舟四五般こき 莱-てこれへ/積なんとす我打見るに鎗-に小-心もとなけれバゴ ロヂアンにたのミ/手馬に積バやといふにキサンとてカヾヤンよ-此船にたよ-乗りし/夷さへぎりて此小舟に荷を積ミ入れ三人も打 のせ彼らか荷物は飴の/小舟につミこぎ出しけるが小舟に多-つミ ヲモ たれバ舟重-すゝみかねLを/いそぎやらんとするなればあやまつ て舟かへり人も荷も水に落ちぬ長十郎/瀞を心えねば両人して助け 飴の舟に引あげおのれと助次郎もつゞきて/上-水に浮びたる行李 を引き上る夷共皆JJ力をそへ拾ひたれど十に/三ツハ流れ失せにさ ヲカ か-て岸に舟よせぬれたる荷を陸に並らべ水をたらし」 (8オ) 我 等も衣をぬぎ絞-たるのミにて又ぬれ衣を打着たるか-て重五郎/ ( マ マ ) 初め十人のものとも出来り此等を先に立て運びゆ-我等ハ彼チ,ナ 人/の後につきて行けは物見の人大勢立し中を見るかげもなくぬれ そぼち/たるさまにて大路をたど-行-此所のさま左右の家瓦茸に て棟高-/二階戎ハ三階をかまへ-らのこと-白-塗りなしたる所 せきな-ひし - と/建つらね二階に思ひ - に飾-ある窓を数多 開き硝子張たる障子をたて/下家ハ土間戎ハ石を敷それにくさく の商ひ物を墓の上に並べ傍に/こしかけを多-置き人あまたこしか けをるワジユーよ-は人家大き-/凡てミやひを蓋し眼バゆき斗な りその中に門戸をかまへしもあ-さて/三町鎗-行ば七十間四方斗 ( M > ) の二階づ--にしたる長屋かざへのやしきあ-」 (8ウ) 門にハ鉄 の筋かねをひまな-打たる前に鍋つきたる鉄砲持し襟赤/き衣に胴 EraSB由 乱帯たる夷三人守-居た-此門を入れハ-ら多-立並らぴ/大慶に かまへし家三ツあ-四方ハ長屋こて人おぴた、しう住なめ-中なる /家の前にぬれたる荷をつミを-その家の内十人のもの共があ-つ る処に/つれ行ぬまづ茶をのミ麦こおちゐて四方を見るに土間の上 フ タ マ に新に床を/かきて二間となしそこに我等を置しな-しハら-あ-て此の家の主と/ミへて年の頃三十あま-なる柔和に見えし人二階 より下り来-封面し/何かいひっゝ書付たる小紙を出さる呂宋商館 主大清福建金恒と書た-/重五郎傍よ-此人こゝの主にて我等を厚 -恵ミ給ふ人としらせければ頭を/下けよきにはからハせ給へと申

(3)

述る此屋敷の門の傍に大なる役所ありこれらハ」 (9オ) 品よき人 シ タ ツ カ サ とおぼしが一人住ミその下官も多-あ-此の人の名ハヘイドロム スと/かいひ支那人ハ大官人といふすべて表の長屋ハミなこゝの土 夷住居し跡/三ツの長屋にハ支那人住め-入口毎に赤き紙に姓名を ( マ マ ) 書て帖-つけ又ハ/海門福緊戎ハ百貨輯湊まれに観世音菩薩など記 たるをもはれ-今我等が/居し金恒の家の次なる大家は金光といふ 人住ミその次なるハ金稲とていづ/れも金氏の人にて福建の大富商 なるが交易のためにこ、に来れるなりと/なん扱我等ハ皆金恒の許 ヒ ゴ -に緩pT(印篭の食事は此三人かはる︿あづかり/閉る、よし也1 日三だひの食に四菜のそへものありあつきもてなしにて/カヾヤン にあ-しとはか-かへの遠ひな-かゝる処に大官人の許より土夷/ 二人鞭持たるが来りて持渡りし荷物を改めんといふおのれ心え船子 等 に 」   ( 9 ウ )   沙 汰 し て そ れ   -  切 り 開 き 見 せ け れ ハ 此 人 羽 根 の 筆 もて一-書記したり/又夷四五入来-支那人も打交-て是を見る其 中に先に舟に来りし夷一人/跡よ-越したる頭だちし人とさゝやき 我 - をそと指さしモーロース - と/いひけれバ頭たちたる人目 を見出しナウ - とて手をふ-た-我何事にも心を/配-居Lが此 やうを見て大に心おちゐた-是ハ我等を私に数すべしやと尋ね/け るを頭だちし人手を打ふりあるべうもなしと止めけるなり事済て 人-帰-/去れバ又縄もてゆひ-ゝ-土間の内に横置きぬれたるハ 取出して物にかけ/置ぬ是より十三人1ツに囲居して久-相見ざ-し情をのべかしこハいかに/あ-しぞこゝはかうこそあれなど互に 請-かハし誠や親子兄弟に逢た-し/心地して悦ぶ事限なし重五郎 いふ去-し正月廿九日ワジユーにてわぬし」 (1 0オ) 等こわかれ船 にの-てよ-かしこ宴に船がゝ-して二月三日といふに海にハ/出 たり風並よ-て同し十日に此処に入-たれどその儀舟に居てやう - /十三日に陸に上-こゝに来-た-その間船の中にて食事なん どハ十人して/自らかしきたれど何1ツもあらざれバ壷の中に手さ し入れ撮ミ出し-ひぬ/宴に来-し後長助肥前癒なやミ出しこうじ たれど此程ハ大におこたり/快-な-ぬといふ助次郎が一人アフー テンに残されし事なんと申出し夜半迫/請-蓋さで寝ぬ〇八日空晴 朝金光金稲こゝに入来-おのれを/呼びければ二階に行て野面す金 光は四十に近-金稲も五十あまりの人/な-三人腰かけたる傍進ミ 出て我等大勢厚き恵ミを給ハ-かたしけな-/こそ猶此上にもよき に は か ら ひ え さ せ 給 へ と 申 す 扱 こ の 三 人 に 具 せ ら れ 」   ( 1 0 ウ )   我 と 長十郎助次郎共二門の脇なる大官人の許に至-紬へ居るに三人ハ二 階へ/上-しバしあ-て金恒出来-三人を具して二階へ上る贋-か まへし処に/上の方にベイドロムス腰かけにあ-六十鎗-白髪なる 人にて此もサンカン/なるへ-覚ゆ左右には大勢立ならぴこなたに ( マ マ ) 三金も立た-三人出て/額づきければ金恒立べLと教ゆペイドロム ス仕形して日ならずカツボン/に送-やるよしをいはれつればとも かうも為よきやうにねぎ奉るとて/退きぬ大官人もやがて車にのり て出られたるは王の所に朝するなる/べし車ハ輪を左右と前と三ツ つけその上に屋根を作-後ハ革にて張り/中に腰かけ壱ツを置そ ウ マ ツ カ ヒ

れにかゝり韓の内馬二疋つなぎて牽せ一疋には/御者打乗-鞭を

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磨き建て壁は自-ぬ-天井も薄黄にぬ-た-すべて/美敷こと詞に

(4)

30 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻 のべがたし庭に長サ二間斗十貫目程の大筒五六挺を雨/ざらしにな らべを-その外局-隔ありて人多きさまなり此を出て/三金に申 ウシホ ハ潮にひたりし荷を塩ぬきせバやと申けれバその事ゆるされて/ ーコロ 管"打寄り湯をたざらかしそゝぎかけて乾を熱き土なれば/かは -事いと早しされど今日一日にハ干あへすゆふ方金光金稲の許に/ 行き十人の者ともと-より厚き恩を蒙るさへあるに又打そへて煩を かけ/奉るかたじけなきをのべれば金稲いふは我福建へは琉球の船 年毎に来れる」(11ウ)からそれにことづけて日本へ送らんハ易か るべしなと申さる又金稲小キ/銅鏡百三十その外姻草取出ひて三金 のものより贈とてあたへらる此鑓/を支那の下つ役にたのミ取替け れバ鑓1ツか清の鑓十文にあたれ-/持返り皆ミへとらせけり〇九 日空晴巳の刻斗表に人多-さわ-出て/ミるにカヾヤンよ-同船し て来-しキサン井にはしけ舟こぎたるをのこ二人/足架にかゝ-大 官人の許につれ来り乱し尋らるゝさまな-傍に四十あま-/のうつ ヒーヤ -しき女一人立そふしバら-過て出行たるが牢に入られしとな- /後に聞バ彼キサンさへぎりて小舟に荷多-つませし故に舟かへ-たるを/彼女聞出し他の囲人をあしざまこせし科を大官人へ聞え上 けかく召捕へ/礼明に及ぶ又飴のはしけ舟の舟子等過ちせしのミな らず運ひ賃を」(1 2オ)我-か方へ取に越んとせしをかの女かた くとゝめて夫ハ大官人よ-給ハらぼやと/いひ聞えし故にやがて大 官人よ-給ハ-しとなん彼女ハ常に人の悪しきを/こらし善をあら ハしおのこにまきりし聞えある女なりLと金恒か焚炊者/なる魯嘆 といふが語りきこの魯喋ハ前の年長崎へ一度至-し人にて長崎/丸 山女郎よかバ鍛次屋町多葉粉やなど申て片言交-にはなし出来る人 也/か-心解けかたらひけれバ我等も水-ミ薪わる事よ-寓づかれ かする/程の業をたすけやりぬ又ギストンといふ夷こゝに入来りし 時よ-介錯し/えさせLが日ごとに来りけ-此人ハ表の家に住居す る人な-/〇十日雨ふるさきに舟に出迎られし人をり-麦に来る これを魯瑛/に尋ねLに名ハ趨信とてこ、に久し-あり福建の人な -といふ扱魯瑛なとの」(1 2ウ)居所に行て見るにこゝの土間つゞ きの奥に手-ニ床をかき椋欄の席を/敷た-上に又蒲圏をしき木 綿のたれきぬをかけその傍の土間に/こしかけあ-少しょき人は二 階二住居するもあ-て此家の中に大抵四十人斗も/あり金光金稲の 家"も同-大勢居たり又長屋に住める支那人の中に/豆腐つ-り又 魚野菜商ふもあり又鉛細工縫ものするもあ-て一かた/ならずさな がら市にあるがことし〇十一日-もる日ごとに女商人さま-の/ カタヽ、ヽ 物うりに来る菓子ハ管に入れかしらにかづきもて-るそが中にけ コミ ふハ/珍らしき某の子を見た-長サ三寸廻-五寸程かしら末細-惣 ⋮キ 体鱗たち/て蘇鉄の幹のごと-末に葉の如きが附た-皮を去--ら へバ味甘-て/たぐひなし中に小さ核あ-名を聞しかどわすれた-サメノヒレ その外マンガを多-」(13オ)持て来る昼過る頃いつ方よ-か魚麹 イリコ 海参蘇栃科藤なんどおぴたゝ/しう運ひ来--らに入れ又これよ-茶砂糖木綿類を多-持出すこれは/をとつ日三金打つれ出行Lが是 S^HS ら交易し来るなるべし日-れて土夷大勢/莱-支那人打交-骨牌を カケモノ打ち賭をあらそふ此中にクロス雛鯛は机的射り/軒用宗酎崇評駅 仙輔弼はSll人も交-戯れ遊ふ〇十二日空晴金恒の/下宮田麟といふ 人魯嘆と共に来り我に向ひ近き中二日本へ送り帰すべし/是ハ三家 より各へ贈るなりとて銀銀は断わ帰/三ツを渡しけ-かたしけな-/ うけ納め扱魯喋をたのミ鑓にかへけるに弐貫四百文あ-けるを銘ミ へ割遣/しけ-近きにも我国へ帰ると聞て皆JJよろこぴあへ-〇十

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三日空晴朝/大官人の許より使来り糸行李を持て来れといひこしぬ されハ金恒にその」 (1 3ウ) 由を申-らの内より出し船子に持せ ( マ マ ) つゝ金恒とおのれそひて大官人の所に/至-ければペイ-ロムス立 出てこれを閑かしめ秤蛮指にかけ見るに十妄七百日あるよし m l 一 h v ■ 金恒しらせた-扱此糸を買ひ納めぼやとのぞミける/をいかせんと 金恒にはかりけるに否といふべLと教えければ賓ぬよしを/示しけ る扱こゝを出て帰り心に思ふは此糸をバ金恒もほしきさま也/此ほ ど我等厚き恵に逢ひつるむ-ひに此を三ツに分ち三金へ送ら/まく 定めたれど彼よ-返し越さ',,-き〇十四日空晴る昼過冶金光/金稲 こゝに来りおのれをも呼けれバやがて参るに例のごと-こしかけ居 ゑ/我へもこしかけすゝめて夫による扱高き机にさま - の肴を取 つらゎ/酒を互に-ミかハすはなむけの心なるべし金恒いふハこゝ にある胡新風と」 (1 4オ) いふはいた-心あしきものなり明日ハ大 官人よ-パカタ百枚を胡新風/取博て贈るべしその時彼が手を経ず して大官人よ-直に請取べLと教え/らるこは走てやうある事なら めと思ひ心得たるよし申た-猶-さ - /の物語の後に金稲申ハ我 福建迫伴ひ行き琉球の進貢船にのせて/日本に帰さん事心易さに此 事大宮人にはかりしかどうべなハざりLが/残り惜しといほれた-とか-する程に酒もあまた-ミそへて三金も/心地よげにゑひ我も いた-ゑひ出て此座にたまらずいとま申てお-立て/そがまゝに打 臥しぬ〇十五日空晴朝と-土夷二人来-金恒と申合我等を/呼ひ今 日日本に送-返すぺければと-船にのり行李をもつむべLと/いふ 管-悦びかたじけなきよしを申述さて荷物取出さんとする所へ」 ( 1 4 ウ )   遭 新 出 来 -畠 隷 に 沙 汰 し て 運 び や ら む 又 大 官 人 の 許 Q l 二 金 の人JJ/おのれを具して参るへしと申来るやかて此人-と打つれ門 脇の二階へ参-/ければ大官人上の方にありて其下重役十人下官大 勢居並らび三金と/外二二人都合五人立たる次におのれ出けれバ大 官人何かいはれけるがさとら/れす金恒傍によりパタカ百枚を贈ら れぬれば新風よ-請取るべきと/博へらるおのれ大官人に向ひパタ カ多-給ハ-かたじけな-こそあれあはれ/同しうハ此処にて直に 給らバやと申けれどもかれにもさと-得ずして/チ-ナにてパタカ なき時ハ食にも事欠-ぺければ贈-つかはすと仕方/なからこ申さ れける金光も右のパタカを新風よりうけと-是よ-さきのつひえ/ にあっべきといはれければせん方なさに大官人へ此程の礼をのべか へり」 (1 5オ) 申つゝ額き投下わおり新風にパタカを請納めぼやと するにはや何地へか/行けんあらず金恒にすがりてかの人尋ね出し 請取給ハれかしとたのミ/ければ金光金稲もあやしとておのれと四 人してかしこ麦尋ねあ-き/ける十人のものハと-舟にのりはてた れど我ハいまた新風に逢ず金恒/あま-に尋ねわび船場のこなたな る茶屋の如き所へ我を伴ひこゝに頼ミ/をきしバしまてとて出行け -此間いた-ひまあ-けれバ此家の主と/見えたる人出来-二階へ ( マ マ ) 伴ひ行-こゝには鳥あまた飼をきうつし-五色/なる鳥もありあふ むいんこなんどハ目馴しかどその飴ハ名もしらぬが多か-/自あふ むの鳥の鳴音人の詞をた-ミにまねぶもあ-手にすゑ肩にとま/ら せなんどするになれゐつゝ飛去る気色はなしかゝる所に程経て金 稲 」   ( 1 5 ウ )   胡 新 風 を 伴 ひ て そ 来 り た る パ タ カ を 請 収 め ん と い へ ば チャンパンにて渡す/べLと云さらバとて主にいとまをつけ立出て ツ カ サ ヒ ー 新風がこ、の役人の乗-/たる舟に入るを見て後金稲に此程の情 述べけふハ新風か事にてわづらひを/かけたるをわび猶金光金恒へ よきに言俸給ハれといとまを告て立別れ十二人が/莱-し舟にぞの

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32 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻(1994) りにけるけふは祝ひの事ありてや川のあなたの方にて/大筒をつゞ けて打つ黒姻-おぴたゝしう立のぼり魂をひやす斗なり川口を/出 はなれ一里程行て申の刻斗に本船にのり荷物をうつし入るかの新風 /も土夷の役人と共に本船にのり移りければいそきパタカを請納め んと/いふに新風銀鑓五十枚取出し此内よりはしけ舟の料とて二枚 を引きて/四十八枚をぞ渡したるハ八五郎してその数を数へ正させ 扱申けるは大官人」(1 6オ)よ-百枚を給るよし金恒博へられLに それには数たらぬよしをいへば新風/かしらをふ-て左にあらず金 恒が過り博へし也といふ今しもあらそふべきよし/もな-て請納め ぬこは新風にたバかられ半をバかれが私せし物なるべし/此人身を か-し全-かすめとらま-せLを三金に尋ね出され心ならず/半を 渡せしなり此人心あしきよしハさきの日三金の人ミひそかにしらせ ツカサヒー ら/れLにぞしられける技官人等カピタンへ我等を渡し小舟にの りて槽き/帰-ぬ此船はマニーランの船にて名をバサンクローセイ シといふ絵にかきし/阿蘭陀船のこと-大サ二千石も積ぬへし柱三 本立て帆は木綿にて六七十/斗-あ-帆縄は弐百筋もかゝれ-船の 外ハ銅もて張-軸には人文よ-/大なる人手あけて指ざし居る形を ESSi! 彫-金箔をおした-これハサンクローシ」(1 6ウ)と云水神の像な るよし大なる木の碇ニッいつれも鉄繰りをつけて綱に/代ふ石火矢 四挺つゝ左右八挺そなへ傍に升龍に小石を移しう一挺ことに/備へ を-炉には稗を具へ傍にカヒタンの局をニッ作-それよ-つぎ︿ に局を/多-作れり凡船の上ハ板にて張-わたし表の処船底に下る 口あ-梯を/経て下-見ればさま-の積荷水桶牛豚雑なんど飼 を-所もあ-/常は此入口の蓋ひを閉ぢを-カピタン二人あり 一人ハ五十あま-の人こて/ビセンティウンシイ一人ハ三十四五に ( マ マ ) ミ え て も い ふ ギ ヨ ク エ と ○ ビ ロ ー ト 一 人 / ゴ ロ ジ ア ン 一 人 グ ル メ イ チ-九人マルメイテ-八人又福建人二十人我 - 合て/五十四人乗 -たり謂謂哨詣謂 日-れ前に帆をまきて船出せLが/檀 マ ク ラ な-日暮ぬ手馬のかげにアンベラの席布き竹を引切たるを枕して」 (1 7オ) 打臥しぬ十人のものハ去ル二月十三日マニーランに上りて 今日まて六十三日あ-/我と長十郎助次郎はさる七日船上-して今 日までわづか九日にな-ぬ是冶/又いかなる所へ送-やらるにや覚 束な-恩へど只我国に近つ-を楽ミとして/日を送れり〇十六日空 晴る夜の中に船はるかに走りつと覚て多の/島JJも後ろになしマ ニーランの山も遠-な-ゆ-船ハ亥子の針にて/走る船の上蔭な-て熱サ堪へかたし湯茶なんどもなし夜に入て空/-もり雨ふるされ ど立か-るべき所なし猶手馬のかげにかゝま-居る/〇十七日空晴 風すこし吹帆をま-事六十あま-グルメイテ-縄梯を/走-上-帆 をや-出しさま - に帆縄をあやつるあ-さまは人の業/とも覚え ず 此 帆 縄 弐 百 筋 も あ る が そ れ   -  に 名 有 -て 静 な る 日 に は 」   ( 1 7 ウ ) 此をマルメイテIに教ゆるなりゴロジアン三尺斗の鞭持て立つゝマ ルメイ/チ-一人ツ、呼出しその縄の名を呼バマルメイテ-走-育 てその縄をとる/又徐の縄の名を呼てはその縄をと-やる也数多-アタマ(ママ) 数 だぴする中にハ/縄の名を覚えたがへてあらぬ縄をとらゆれ バかの鞭にて一ツ打つか-違え/たるが三度に過れバいた-打るゝ ヨプ な-これにかハ-てその呼縄をたがへ/ずい-度もと-すませバ甚 ホム た実るさまな-か-して常に習はざれば/風波のをりゴロジアンの 指揮に癒しがたきよしなりか-のごと-い-/た-ともな-ためし 試ミる事日毎にいとまあれバか-する也カピタン'ギヨク/エゆふ ヘラ 方空を詠め居た-LがグルメイテIを柱にのぼせ帆数を減し/左に

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(ママ) や-出したるをバ皆取りた-いがでか-ハするぞといぶかし-忠 ひ」(1 8オ)たるに日-れはて、後に西風大に吹出た-扱こそ帆数 を少せしなり/けりと此業にすぐれたるをかんじあへり〇十八日空 晴風なきたり帆を/多-かけやり出し帆に又孫帆をかけわたすきの ふのごと-縄の習ひ/あり脇よ-見居て少しハ縄の名もおはえぬ夕 方になりて徳森高介/何事をかいひあらかひせLがはては立上りつ かミ附くミ合ひおしにじる/ギヨクエ是を見て鞭をあけて二人をし たゝか打つ我をりふしビロートの所に/ありけるがか-とミるよ-飛行て俺ければキヨクエ打笑ひシイ-とて人に/け-我両人を叱 りて事鎮まりぬ〇十九日雨少し降風なぎた-帆を/多-かけつらね けれど船行こと遅しいづ方を見ても山もミえずことに空/-もり他 の帆かげたに見えずカピタン短き遠目かねを持てかしこ愛を見」 (18ウ)まハす我こひうけ手にとり見るに卵形につ-りたるものに て長サ四寸/廻り八寸もあ-ぬべし其鉄にては-これに細さ草花を 彫り金銀をちり/ばめ其巧ミなることいひ壷すべうもあらずカヾヤ ンよりマニーランにいたるまて/さま-のもの見たる中に銀を 飾-たる調度ハありしかど金を用ひたる/是始にてぞあ-ける此 た、中に硝子入て覗きミる所あ-そを眼に/おしあてかた眼をすが アサヤカ めて見るに鮮なる事たとしへなし凡は五十里/あま-の 遠もまのあた-に見るべ-かゝる器の世にあるべLとハしらざ-き /捕縄謂S掩謂猷晒用品韻紬粥齢㌍貴誌詣謂用語剛露朗 かゝるものをつたへずはたしてあらましかばこれぞ-すLともめで/たしともいふべ きこ、にやうなけれど千里鏡の序にかの文をしるす千里鏡'/能観遠景者、無足称 衣壁鮪鮎闘郁僻締U鯛潮牌娼紀綱偶㌫附鯛摘遥鮎㌫軸遣」(1 9オ)人数多 棋鮎誠義博ウンシイも同しさまなるを持て-。れらハカピタ コカ・不 ン/のな-て叶ハぬ調度なるべし金数多持たらんにはかへまほし き物なれ/か-て夜に入ても風吹出てず○廿日-もる西風吹出した れば片帆に/して船ひらき走る○廿一日空-もる風なぎたり昼過る 頃大雨しきり/にふ-来り手馬のかけ狭-てしのき俺ぬ日-れに雨 やミ酉のさかり/に南風立来-て披きわがし空もむら-にはれゆ -○廿二日空晴南風/強-帆数少なかりしかど船ゆき連な-○廿三 日南風きのふより烈し/波高-て船ゆり上げゆり下しすれども恐 る、気しきな-走らせやる/我国の船にてハ中-乗-得べ-もあ (ママ) らず昼過る頃風はたとやミたれと/波は猶しっまらずかゝ所空俄に -も-大雨しき-に来るかゝる所に」(1 9ウ)東にあたり黒雲一む らまひ下り海つらをかすむれば波立ち潮湧-さな/がら龍の尾たれ (ママ) て水まき上るがごとLLバしして光りほどばしり出て/やがて雲ち -雨やミぬこは龍まきとて我園にて常にミる事なり蛸00/順鞘綜約 諾誓髭鯛鰍摘祉指㌶競幣謂摘い鮎鯛鮎凱/転謂肋禁馳唱が 黒雲一片如針下垂'漸低漸/墜'至海者則水為之凍渦祈達者無妨'近則焼鶴羽放花 抱'而水橋水桶'/皆普謹慣用棉被或用衣服覆蓋'不然壷被吸去臭'海水味鹸'騰而 絹鯛露舶謂濫競'05岬棚欄/鵬鳩詣塁畔窮馴/ゆふぐれ空は れ亥子の方に普-かすかに山を見る/○廿四日空-もる南風に帆数 あまたかけて走る程にはるかに見えし/山やう-近う見るこれハ イシラ'テメIといふ大山ある島なり程経て此島/のあたり過る比 又ゆ-手にニッ三ツ島見ゆるさて夜に入ければ猶家あるや」(2 0オ) をしらず○廿五日南風にて雨少しふるきのふ遠-見し島もはや後に /しっ走る程に小島つぎ-につらな-ミゆ中にハ人住とも覚えぬ アヒタ 小きが/多しこれらの間-を走-行ば向ふは地方にて山も多-かさな-ミゆる/昼過る比船走りつきて大なる港口に船をとゞめ碇

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34 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻(1994) ヲカ を入れたりゴロジ/アン陸を指ざしかしこなるはマカヲ北の山下な るはポリトガへシなど/をしゆこ、より陸までハ三里あまりもある べき物のあやさだかならず/我等マニーランを乗出してよ-日数十 一日を経たれど風なき日三日斗も/ありておしあてにその道の-を はかるに八百里謂紹謂謂f指に/鎚電報謂あま-なるへし ○廿六日空晴南風大に吹-我等を/送り来るむねをかねてこ、へい ひおこした-けん巳の刻斗に屋形作-の」(2 0ウ)船一般向風をもいと はず押来りやがて此船に並らへつなきたれど風烈/しかりければ船 (ママ) ゆりうこぎ水玉飛散りて雨のごとし今来-し船手の/者十一人あ-けるが皆頭はちゞれたる髪生ひかぶ-面はいと黒-冒斗-/光り額 カ・不ヤキ に四文鎮よ-大キなる固さ形戎ハへの字山形なとをニッ三ツ印焼し カネヤキカネ /た-その印の形に違ひあれど十1人同しさまに焼印したるが白き 木綿の/袖細-裾短き衣に同し股引しめ皮沓はきたるは男だてなん カネヤキ どいふべき/ならん鴇謂抽謂滝拍旗鮎誤露誤射銅㌫禦仙 HII';'11II'Mil︰I'll' ".'I,∵inIIIh"I!!!!1,>¥'蝣三 カネヤキ ラ-コダテ たるハ侠客/網酎凋<nnK謂朗射影韻㌍如詣詣硝霜槻机tJ㌍叩需 にあらず 詣ブ鎧欝錆恥僻鵬艶酢蛸遷御鮎断碑誠碩詔縦縞=㌍㌍罪屋 形の」(21オ)中央に色白-鼻高さ夷帽子かつき黒羅紗の衣に白き 股引のゆるミ/たるをはきたるが一人こしかけ居た-こなたのカピ タンビセンテ-ウンシイと/物言かはせしかウンシイ我等に向ひこ の船へ行李共うつしっミ十三人ともに/の-入るべLといふゴロジ アン'マルメ-テIに沙汰して行李を運び移しっゞ/ひて十三人も ウンシイと共にかの船にの-け-ウンシイ屋形の中へ入-/けれど 我 - ハやぐらの下なる左右に腰かけあるに皆-かゝり居る裸と-- /船やり出しぬこたびは追手に六反斗の帆を引あげ風烈しきを 物ともせで/走-ゆ-此湊と申ハ入江にな-て三方小山並らび大山 は近さあた-に/見えす諸国の船多-つなぎ漁-舟もいと多し三里 あま-行て見ればその/さまマニーランに同しけれどはるかに小さ し 幅 四 丁 あ ま り の 川 あ る に 」   ( 2 1 ウ )   帆 お ろ し て 舟 さ し 入 れ 二 十 丁 斗-上-にこき行ば大なる屋敷作りの/前に石を畳重たるきだあ-その前に船とゞめしかども川端洩-し/て舟寄らず女夷小舟四五般 にの-樽さしよせ来る舟ごとに竃を作-/家根を設けすへて舟を栖 と す る な -i i S 驚 詣 碩 電 離 吊 仰 粧 持 客 / 雛 影 此 女 と も 舟 寄 て 打 乗 れかしとすゝむるさまなれどゆるされなければ/抑え居たるにしバ しぁ-て五十斗の夷帽子かつき黒羅紗の衣に/八丈の股引紺幾柑凋 篭詣摘㌶㌶帰日とはきたるがあゆミきたり/舟を博ひてこの船 にの-入-屋形の中なる二人に物語しけるが此人沙汰/して我等井 二行李を改めて彼女舟五腔につミ入させ我等を五肢にのせ-/ば-ヰヤビ おのれも打の-て贈出さんとしけるゆゑウンシイに礼をのべて」 ( 2 2 オ )   こ ぎ 別 れ 猶 上 -へ 三 町 あ ま -贈 行 て 舟 を 寄 け る 愛 に は 下 役 と覚Lが/四五人人夫あまた引具して出たり彼年増たる夷聾かけた れバ人夫共下り/来て行李を背貿つゝ運び行-我等もこゝよ-上-此人ミのし-につき/て行こゝも見物いと多か-し1町あま-たと -て一ツの家に入る此家間口/十間奥行十四五間もあらん高-作-し二階家にて株高-瓦以て茸/き柱は石を磨き立て屋根裏すへて横 にぬきわたせし.ハ色黒き堅木/を用ひ下ハ土間には入口は三ツ開き たり石を畳し梯を上れハ二階を/隔して贋う坐をかまへ窓は硝子を ユカ 入れ壁をば皆自-ぬ-た-下なる/土間の傍によせて高-床をかき

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三畳斗にかまへしが一間八畳斗なるが/二間設けそれにはアンベラ シキ の 席 を 敷 た り 年 増 り し 人 そ れ   -  に 沙 汰 」   ( 2 2 ウ )   し て 三 畳 布 斗 の 処へ我ををきその鎗ハ六人ツ、を二間に分ち居らしむ/扱彼人中や うわれハ此家の主にてシュンチヨI t スコットといふかた - を/ あづかるへきむね命せられしうへは心易-恩へかし用事あらバへだ て/な-いふへしと仕形語りをすればこれよ-もさるべ-たのミ置 ぬ茶を/持来り久"にて珍らしうのむしバしあ-て飯二墓に詳邦 的加すゑて/出すを打寄りて-ふ程な-日-れけれバ燈をも出した り○廿七日空/晴朝けよべのこと-出す肉ものハ喰ハぬよしをしら せたれバ出さす/しバしあ-て女或児など来-何かいひけれど分ら ず又外よ-も物見に/来るが多し昼頃三十斗の入来-しバし側に居 て物語しけるそが中より/一人ビセンテ1 ㌧ スコットといひて小指 を 出 し 見 せ し ハ 宴 の 息 子 な る べ し 」   ( 2 3 オ )   此 家 に 召 つ か ふ も の 六 人あり二人は色白くかしらつミ廻したるハ此所/の人にてマサオグ ウェイといふ一人はチ-ナ人にてかしらをそ-いたゞき/に丸-そ り残せし毛を三ツ組にして後ろに下げたるハ鼻能といふ此人/をり ︿字を書て見せける故その中にハさとり得る事多かりし鎗/の三 人ハクロスにて赤ミある髪を打かぶり面黒し手拭ひのごときを/被 -衣ハ土夷と同しさま也マロシ'ビセン'カイノウといふいづれも

二十前後/にて遠き囲㌶在語酢軒両㌘-世渡-のために愛ら

に来-人に/つかハる、な-此内  ンハ直実なるものな-此人に ス 也 丁   ホ ( マ   マ ) よりて人JJの名を聞/し-ぬシュンエヨIの妻ハ四十あま-にて名 を バ ミ ュ ー ソ フ と い ふ ビ セ ン テ -/ の 妻 は 二 十 四 五 に て カ ー レ ン と てうつ-しき生つきなり男児二人あ-兄ハ」 (2 3ウ) ヒールテス弟 はハンテウルとて十才と八才にていとはしき姿也又下埠一人/あ-これハ近き田舎のものにてソンプルといふなどビセンしらせたり/ 是よ-ハ分きて世話にあづかるべきなれバとて鏡を百文とらせつれ コ ノ 、 , ヽ バ/悦ひっゝ持行て酒のミそれが少しあまれるにて果なと買もて 帰り-れ/たり日-れてビセンテ-二階へ来れと手をと-行-伴ほ れて上-ミればシュン/チョウ夫婦嫁孫など居ならぴたる脇にこし かけをすゝめければそれに/かゝりをる小児ハあやしミて打守りを ( マ マ ) るシユチヨ-子やあると尋ねけれバ/四人ありと指四ツ出し示し是 よ-も又孫の年を尋ねればかれも指を出して答るなどクウエンダに 上りし初に-らふれば百が一の-るしミも/なか-きシエンチョー の妻ミューソフ傍にて葛煤を調し砂糖そへて」 (24オ) もてなすお のれまづ一ツつゝ両人の児へ-はせその後自分にも-ひ味ひ/よき ょLをモイノ - と申は皆JI打笑ひけ-ミューソフも物語したけ/ にていひ出し - しつれど仕形につかへ滞-て打やミぬ誠にをしき 辛/ともな-○甘八日空晴シエンチョー'クロスのカイノーに物持 せて出来-/我に向ひ是はさバか-の物ならねどかた - へお--あたふとてカイ/ノーが持たるを取て我か前に並べをさけるを見る に竹をあミたる枕十三/木綿藍嶋の一尺五寸斗の手拭十三切れ蘭む しろ十三枚径り一尺三寸/許の大サにて外のミを弁柄漆もて塗たる 盤五ツ柿色の紙帖-/たる圏扇十三本姻草切たるが十三玉なりけ-こはな-て叶ハぬ/ものを心つき贈られたるハ厚き志ざしの至-か ヰヤヒ たじけな-て額」 (2 4ウ) つき礼をのべるに又大なる毒に枝つきた ラ イ テ ウ ガ る龍眼肉を多-つミ長き/日-らしにとて送-ぬこれをもさるべき 程にいらへし扱十二人のものを/呼て主よ-給ハ-つるとてとらせ けれバ皆"シエンチョーに封ひ額て/持入-ぬさてシュンチヨ-い づ方へかひと-出行けりこゝに着て/はや三日に成-ぬれバ上官の

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36 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻 所へ呼出さる事もと恩へどその沙汰/なか-し○廿九日雨ふる今日 ハ雨ふ-けれバ熱堪へやすか-し昼頃/丈高-色白き夷一人帽子か メ リ ヤ ス つき黒羅紗の衣に白き莫大小の/股引はき皮の深沓ふミ傘さしたる が傘をすはめ入来-皆∼の/居所をさし覗き終に我所に来-自分を 指 ざ し ヱ ン ゲ ル ス ' カ ピ タ ン ' ゲ ツ / ス ル と い ひ 又 我 を さ し て マ ニーラン'マカヲといひその外さま - まねひ語り」 (2 5オ) し っゝ衣のか-しよ-銀鎮弐ツ取出してお--是にて不自由なる品を /調へよと示して帰-ける是ハヱンゲルスよ-裏地に渡-居るカピ タン/なるがこたび我等がマニーランよ-こ、に渡-来つるを聞て 走て便り/少-あらんとて間ひおとづれしなり此人来りし折と帰る ヰヤヒ 時に帽子を/そと取て式礼するを見れバ髪を打かぶ-ちゞれて後ろ に下-目は/洩黄色なりき此銀二ツをバマロシして銭にかへたるに 道光通宝の鑓/一貫八百二十文ありLを分ちて十二人のものへとら せぬ○晦日雨ふる/長助マニーランにあ-し時肥前癒をやミて快-ありLが此程船の/上にて雨にぬれたる故にやまたふき出て腫れい たミなやミけれバ/シュンチヨIにはかり-すじをたのまバやとこ ひ け る に 婁 能 し て 案 内 」   ( 2 5 ウ )   な さ し め 我 と 長 助 打 つ れ て 行 け バ 四五軒隔てたる処に案内す貴能/容髄をかた-薬を乞けるに黒き陶 器に入て抽薬をさづけたるを/うけ取て帰-けり此の医は頭に髪を 被り衣も袖少しひろ-裾長きを/着て此地の人とも思ハれず貴能に 尋れバコーライてふ園の人にてこゝに/久し-住め-といへり此薬 のゆゑにや日を経てなやミ大におこた-ぬ/諾否削岩㌶諸州掃 け摘増〇五月朔日空晴巳の刻斗にシエンチョー/莱-ていひけるハ ( マ マ ) 今日は熱さしのぎがた-てそあれ各を伴ひ川の/あなたへ越して熱 さをしのがはやとすゝめられ七八人つれて前なる/川に舟欄L,臓用∽ ㍑Siiよせたるに打の-ビセンに樟さゝせ少し上ねこぎ行/き向ふ の岸に舟つけた-此川はさきに入-莱-し川にて源遠-流れ」 (2 6 オ) 来-帽ハ四町斗磨き所は五町もあらん此川を堺ひにて北をチイ ナ霜齢/とし南ハマカヲにて今さして行-所ハチイナの中島のご とき処な-/扱舟よ-上り人里はなれて三町斗行バ小高き岡ありそ のわたり巌/あやし-そびえかさな-十間あま-高き岩の間よ-細 メグ さ瀧湛-/落ち下は平なる岩の-ぼミにて底洩-水清げに廻-流 る、岩間/にハ木生茂-名もしらぬ草花時得かほに咲たるハ絵に かゝまほし/き気色な-管"衣ぬき捨裸にな-て水あぴそぴらをう たせ/かしらにそゝぎかけする程に熱さも打忘れ骨追冷えとは-心 地/すか - し-成ぬ石のかなたに九折に作-たる坂道を拾四五間 のぼれ/ば平なる所あ-こゝにも水たゝえあ-源ハい-筋も岩の ハ サ マ メ ク 間 を -も で に 」   ( 2 6 ウ )   流 れ 廻 -て 愛 に 流 れ 入 -そ れ よ り あ ふ れ 落 てかの瀧つ瀬とハなれる/也此水たゝえたるはたに年若き女五六人 物あらひ居たるが木-の枝/に竹や-わたしてかけはすシエンチ ョーも汗にそミし物持せたるを/マロンしてあらひそゝがしめ同し さまにかけはす海は目の下にあ-/てつなける舟おし行舟戎ハ市町 の立績きたる沖の小島のまばら/につらな-たる指もて数へつべし シキ 立寄るべき木蔭をしめて丈なる/むしろ布はへそがうへに囲居すれ ば松が根のはひあが-たるにより/岩のさし出たるに腰打か-るも ありて携へしわ-こきゝえと-出して/互に-ミかわすかの女とも も高さ低さ岩角をおと-こえっゝ戯れ/あ-Lがはてハ一ツになり 各もたらしたるわ-こやうの物をと-まじへ」 (2 7オ) 思ひ - に 調したる肴をすゝめあひ打興し時移る迫遊びゐたるに/ゆふづく日 に驚きそこらと-納め山を下-おのれ - が舟にの-/帰-されり

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いと興あ-し事なり〇二日空晴るパーリと見え中/そ-して黒き紋 地の袖贋-丈長き衣着たる人従者三人召具して/入-莱-白木の八 寸四方なる四ツ組の筈に鰻頭入-たるを給りけり/パーリとしりけ れば飛下-額き居ければ少し斗物いひてやがて帰-去/れ-これら の人はマニーランよりこゝに来れる重き人なれバかの人/の許に呼 よして給ハるべきをか-ひそかに訪ひ尋ねられしハいぶかし/-ぞ エ-シ 思ひける〇三日空晴る巳の終に夷一人来-横文字しるし/たる小 ミ ヒ ー フ 紙三枚出し示しけれどもいかで分るべき手ふ-わからぬよし」 (2 7 ウ) 示せバ彼人物認メて出すへきさましけるから我等十三人志なう ム ・ 不 日本囲/長崎湊追送帰し給ハりたう願ひ申旨しるして出しけるを彼 チ -ナ 取て見たる/がその儀こゝにさし置て出行きしバしありて支那人を 一人伴ひ来り/これを見せけれどよめぬ気しきなりやゝミてあ-L が両人さしゆき大に/笑ひっゝ書付をもて帰-け-支那人ハ我囲ぶ -の文字をばかき得れど/我記るしたるハよミえさ-き〇四日空晴 ビセンテ1 ㌧ スコット出来-/て物語-しけれど分らぬが多-て事 ア キ ヒ ト 済ミ終に姻草を十三玉恵まる/此親子のものハ商人にもあらす家も ゆたかにいとなミするさま也折/ふし親子かはる - いつちへか出 ー ノ ヰ ツ カ サ 行き遅-帰り来れるハ直するにや/さればふたり共に官ある人と ハしられたり〇五日空晴る朝シュン」 (2 8オ) チヨ-いふは今日は 十三人つれ出て我案内してそこら物見せきせんと/いひけるがしバ しあ-て昼げの料をカイノウビセンのふた-おハせて/いざといひ つれバ皆"打つれて出たり市町のさまいづれも同し-/所せきな-建つらね下家に石布たるもあ-商人ハ童をかまへさま - /の物を つらねお-支那人も商人とな-て住めるが多し戎ハ屋敷かまへに/ 長屋立つゞけいかめしき門もうけたるもあ-すべてマニーランの有 さま/にかハる事なしか-十三人打つれて出たれば却而物見せらる ぞを/かしき二里にはたらぬ程北東をさして行ハ人家もまはらなり ある/小山の林下に石高-つミ堀をつきたるに丸-門を作-た-入 て見れば/からかねの観世音の像を置き傍に石を建て六字の名号を ゑ る 堂 守 り と 」   ( 2 8 ウ )   覚 し き 僧 壱 人 あ -我 国 の 僧 と か ほ る 事 な し 只沓をは-斗ぞこと/なりけるこれは支那人の建たるならめ呂宋人 ハかのキリスにてこれらの/御傍を唾ハきすべ-そ思ハるこゝより 北にむき十二三町行バ上るとハ/なしにおのれとのぼりゆきて今き ハチ し寺のあた--だしミる此所/は人家又しげ-植木作りつ盆に植た ( マ マ ) るが多-見ゆ又-つわなるよし/大きなる家並び立あそび女群出て 我らが行をゝかしとや見けん笑ひ/のゝしる是より上ハ人家絶え 道もなだらかならず赤土山にて樹木も/希なりいたゞきに至れバ ( マ マ )                                                               ヌ キ 高き千尋に越えぬべしマカヲの家しげき/中に抽いでゝ石垣かさに ヘイ つミ重ね塀やぐらを数多つ--なしはた磨き/家の棟のさまあやし ウシ -建つらねたるはこの図をし-給へる大人の殿づ--」 (2 9オ) な るべし遠山は波のすがたにおこりつゞき海づらハ青き毛むしろ/布 ム ス ヒ は へ た る さ ま に て 小 島 の ま バ ら に ミ ゆ る は 一 卜 掬 の 石 を 散 ら す か と/覚ゆる湊の中はいふもさら也千里のかぎ-しられぬも僅にニッ ヒーヽ、ヽ の/瞳に入-てしバしわれを打忘れ詠めおほれて居たる所をシエ ンチョー/に引立られて山をあなたへ下りけり此わたりをばハスヤ とぞいふなる冬ハ/里人こゝに打群れつゝ遊べと今は熱さに木蔭た ユキ、 になければ往来/する人さへなしといへ-か-て山を下る事五町あ ま-にしてさゝやか/なる家に入-ぬこはよしある人の下やかたな んどいふべ-前栽/ひろ-山にそひて作-なし岩角そひえ立木立ゆ タ ケ メ ク ゑあ-げに植ゑ/つ、け外には丈低きつい垣つき廻らし処^,に棚を

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38 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻(1994) かきえならぬ」(2 9ウ)林に見もしらぬ木草植しめて並べのせ家の さまミヤびを蓋し遠目/かねニッ設けて見る人の便とすな-主は五 十斗の人にて名はボメンIといふよしシエンチョーとハしたしうす る人と見えし召しっかふものハ支那人/にて庭を作り枝つミ-さ くの業したりわらハして茶を煮このミ/出してもてなしけるはや 時も移-ぬとて負せたりし料を取出し/ひるげ-らふ主よ-も魚鳥 の抽もて烹たるを器にもりて出さるあ-/つる人ミ-ひはてゝこゝ を立出て十町斗も下-ければ大河の連に出/た-あやしき岩の水に さし出たる上に釣たるもあ-木立の本に/立よ-かるた打もあ-少 しあがりたる所にハよき家ども立並ひ川/の向こなたにもともに人 家おぴたゝし-立つらね愛の木立かしこの」(30オ)岩かけに熱さ さけんとてすゞミたる人多し南に行ばハスヤの林下/少しさし出て 人家しげ-そを打廻-行ばよき家おびたゝしう見ゆ/こ、はボルト カシとてマカヲと打並びたる所なりマカヲにはうかれ/めを、かれ ずこゝにはゆるしあればわきて賑ひぬるよし此わた-/よ-人家 つゞきてマカヲに戻りし今日ハと--れた-〇六日晴る/事な-て 家にあり〇七日晴シュンチヨ-植木見せんとて二階へ/呼び裏の窓 の外にひろ-や-出しを作りそれに棚を設けて鉢に植/たる草木を おびたゝしう並べた-つ--見れと皆しらぬもの多/かる中に蘭 斗ハそれとしらる是も数多ありけり世にまれなる/草木もあ-けめ しらぬ程口をしきはなし〇八日空晴今日ハ甘酒」(30ウ)を多-も てなさる味ひことにうまし我国の甘酒にことなる事なし/醸しやう を尋るにもち米にてつ-りたるよし名をも聞しか忘れぬ〇九日空晴 十二人のもの気を-し昼E]いたつらにいねてあれば/病をひきおこ さんもはかりがたく双六のたハふれなんど日永のすさびに/しのび やかにものせんは-るしからしとゆるしけれバ彼等悦ひ/重五郎外 サイ に出行Lが程な-帰-莱-かしこの家にて敬子を要るを/買ひ来れ -大きなる--鉢に是をおびたゝしう入れ並てあ-これ/見給へと クロ て見せけるに一と四をは赤-しその徐の目ハ黒に何のため/なるを しらず是よ-彼等同士しのび - にたハふれLが後ニハマロン'/

ビセンなども加ハ-けるとか聞し詔指呼剛蒜訟招里誓髭か如

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サ ツ マ イ モ 金 薯 / を 多 -つ ミ 来 -て 陸 に 上 る い つ 地 よ -の せ 来 る に や を り - しかする/なりこゝハ穀物も多-海のもの山のものもかけたる 事な-しかも/そのあたひもいやしけれどわきてこれハいやし-て マウケ 下ざまの人心やす/-貯へられてかての料とすなりけり皮赤きも 黄バミたるも/あり市にひさ-を我等もを- - -らひぬ名をバカ モーセとか聞/き〇十一日空晴徳戒いふはマニーランにて貰ひ請た る銀を一ツツ、/十二人に分ち給ハ-べうもやとこひしかどこれは 我秘め置て私する/にあらずいさゝか思ふふしあれバとてゆるさず コ 、 ロ 〇十二日空-もる/事なし〇十三日空晴心に祝ふ事あればマニー ( マ マ )                                       コ ノ ミ ランの銀壱ツ」 (3 1ウ) 取出しマロシして鏡に換へつ酒さかな菓子 多-買ひ十二人のもの/またこゝのめしつかひマロンを初め六人の 者へすゝめければ皆J-心よげに/打興しぬ〇十四日空晴こ、の孫 メク ヒールテス'ハンテウル二人して姻草/十三玉持来り恵まれしかバ 飴のものへわかちとらせぬカヾヤンにあ-/し時ハ姻草つきて生葉 マメ を き き ミ ほ し て の ミ た り し に こ ゝ は シ ュ ン / チ ヨ I の 信 実   -  し -ものせられしかばさる事もな-ひとり我の/ミか皆心ゆたかに-ら しっこの比いとあ.つけれバ朝ゆふには前なる/川に入ひた-水あぴ け-彼女乗-しあそぴの舟多-かゝ-居我等が/中二も心な-ひそ

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かに此舟にゆきやどるものあるはうれたきわざな-/〇十五日空晴 マニーランにてしたし-交-しギスーン其外四人打」 (3 2オ) つれ 丈ケ二尺鎗-の酒瓶一ツ携へつゝとひ来-をとつ日こゝに来りLに いまだ此地にありと聞て来-をとづるゝよしな-誠にうれし-/覚 えけれバと-そのかめを開き魚鳥なんとの調したるを市よ-かひて すゝめつればかれもゑひを志して帰-去れり〇十六日十七日/事な ツキ し〇十八日空晴此に著しょりシュンチヨIが厚きもてなしに/あひ て皆ミ心やす-日-を送-つその志にむ-ふとにハあらねど/行李 コ カ タ の中なる藍の小絞染の木綿五反日木綿三反を取出し是を/シエンチ ョーに贈りつれば悦ひ色にミへてモイノ - と申てやまず/妻ミ ューソフ嫁カーレンも傍よ-悦ひ聞えて手に取-見つ、互に/何や らん申ゐたり〇十九日空晴昼頃二階へ来れと呼ふ行てミれば」 (3 2 ハリ(ママ) ウ) シュンチヨ-青紙を帖-し傘一ツ姻草一玉贈-て猶たらハぬ/ マ メ ヤ カ ものあらバへたてな-いふべきといふか-情ふか-万つ信実に心を /-バり給ハり何たらハぬ事のあるべきしかハあれどことか-ふL もあら/バその時にこそ申さめとて分れた-○廿日空晴双六の上に て亀次郎/八五郎物あらそひし出したるを重五郎傍よ-扱ひしづめ たれば我は/しらぬさまにもてなしぬ○廿一日空-もる今日も何事 をかさわがし-/いひの、しる彼等が心な-我まゝなるふるまひ誠 にやすからぬ事ども/多かりき○廿二日晴きのふゆふ-れに留吉亀 次郎こ、の貴能に/伴れ酒うる家に行したゝかにゑひそれよりあそ びの舟にやどり/テレスシャベカ詣誓もて楽ミを極めLと語-あふ間も中 - 忌ハし」 (3 3オ)-てさとし恥しめんとする所にさ き に 来 り し エ ン ゲ ル セ の カ ピ タ ン ' / ゲ ツ ス ル 入 来 -ほ し き も の を 調よとて銀鑓弐ツを恵まるしバしか程/物語して帰-去-かの示す 所さたかに聞しるべうもなし後にてかうがへ/見るにこゝ迫来る事 なれバ我舟にのせてユンケルスにつれ行べし/本園はこゝよりはる かに越へて繁花なる土地にて世のたつきなし易/か-身の品をもあ げ用ひらるべきそ日本へ帰-てもさして仕出たる/事もあるまじけ ればよ-思ひ走よとの事な-誠に我心もしらて/物すゝむるがをか しとて一人-笑ひけ-○廿三日雨ふる今日雨/ふりひとりゐて此所 のやうをつ- - かうがへ見るにこゝは支那と境を/まじへたれど 呂 宋 の し れ る 園 に て そ の 大 サ は い か 斗 あ -け ん し ら ず 」   ( 3 3 ウ )   呂 ( マ マ )             ツ カ サ 宋よ-重き宮人をつかはし沙汰Lをれその鈴の官 - も呂宋よ-ヰ ツ キ /来るもありこゝに土着なるもあ-て一ならず商人ハ支那人も多-こ、に/移-住ミ業ひをいとなミ奴僕のたぐひハ支那人戎ハゴヲ、 カラッパの/クロスとも多しされど支那人に土夷のつかはるゝハな か-き扱支那の/公館を設けそれにはさるへき官人あ-てこ、にあ る支那人を沙汰/するなり屋敷のごと-見えLはこゝの-らある所 にてその鎗ハこゝに/渡--る図-の郭なるべしその人-る囲-ハ い-ば-なるやしらず/呂宋人ハいかめし-支那人ハなたらかにて 呂宋人にをとしめらるゝさま/に覚ゆるこは主客のけちめあるが故 ( マ マ ) にやはた人の強弱によれるが/ユンケルセの人はわきて気高-た-ま し う 眼 ざ し す る ど に ミ ゆ 」   ( 3 4 オ )   ○ 廿 四 日 空 晴 万 助 留 吉 の 二 人 ( マ マ ) かよべ酒にゑひかのあぞぴの舟に/夜を明し今朝戻-来て我しか -  し け れ ば 女 は か -こ そ し つ れ な ん ど / き く も く る し き あ り さ ま をほこ-かにかたる今ハこらへがた-て十二人を/呼ていふは我等 十三人カヾヤンに流れつきてよりからき命いきつ-つぎ - に/送 られて裏道ハ来つれか-てハ我国へ帰-得べきなれど猶行さき/は ( マ マ )

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るかなればそれもはが-かた-こぞ我も各も心に怠らず神にいの-40 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻(1994) /備に誓ひて一すぢに帰路をねかふべ-なんそのうへこゝの主の信 実に/いたハり恵まれて何一ツたらハぬ事な-物せらるればわきて こゝろ/すべきをおのが身を打忘れ日毎に酒をのミあそび女になれ 近づき/われハ顔に経る処なういひのゝしるハさ-とてハ心得ざる ( マ マ ) うハのそら」 (3 4ウ) なるふるまひになんあるシュンテ-のかへ-聞かんも傍いたう神仏の/ミはち給ふをもかしこミおそれぬとぞ覚 ゆる此後ハ互にいさめあひ/かまへてか、る心なきわざすなとにが ( マ マ ) - -いへバ何といふべき辞も/な-て入-け-中-ハか-きざな らぬハつふやきゐたるもあり○/甘五日空晴さる廿六日こゝに上り ツ カ サ ヒ ト しょり今日追三十日を経たるに/官人より召出さるゝふLもなし かくてあらんにハいつこの地を立出/べLとも覚えず越し方行末を ( マ マ ) 案しっゝ-るに涙はふり落るを/人にしらぜじとつゝミぬぐふ○廿 ( マ マ ) 六日空はれ昼過る頃ビゼンテ-/夫婦に伴はれて出けるがかの夫婦 は家を出るといなや互に/左と右の手打遠へて肩に打かけ人のミる を恥かしとも思はでいそき」 (3 5オ) ありき行-我は後にお-れな がら従ひ行Lが七八町あま-にして/横なる大路に入-て大なる家 の中に入ぬ後れながら行きミれば/いづちに在とも見へず人も多-居てあやしめらるべう覚えつれバ/え人らで戻-ぬこの人ハ日暮て 戻-莱-いかで彼所へハ人らざ-しぞ/待-らしつるをといへ-○ 廿七日空晴るシュンチヨ-西瓜の大なるをニッ/恵まる種子赤-て 味ひよし名をマテ-カとか聞し此種を捨んとせLを/ビセンとゞめ サネ て乾し置妙-て皮を去-中なる仁を-らふうまきにハあら/ねど又 捨やるべうもな-南瓜の種子もか-して-らひけ-ゆふ方ビセン/ ( マ   マ ) してさきのケヅスルが贈-し銀を銭にかへ十二人に分ちとらすビセ ( マ マ ) ン/いふハマロシしてシャベカをかへしむべからず彼は心直ならず サカ 物 を か す め 」   ( 3 5 ウ )   と る 性 あ り と ひ そ か に し ら せ ぬ ○ 廿 八 日 空 晴 今日ハビセンテIの妻/カーレンよ-兄も馴さる菓子を贈らる一ツ ハフンガンとて四ツにすぢだち色/赤-大サハ桃のこと-て皮をさ れば白-味ハことに甘-てうまし今1種/ハフンガンに似て小-薄 -黄ばミて是は五ツに筋だち味ひ甘し/いづれも菓をは見さ-き珍 らしう覚えければ種子をつゝミをさめ人"/の打-ひたる種子をも 一ツにた-ハへ置きぬ摘詣/細かに心をつ-し/なばかゝるたぐ ひのもの多かるべきを其時ハさる方に心づきな-て/あ-Lを後に 家に帰-此日記を見るごとに-やし-思ふ○廿九日/空晴シエンチ ョーとハスヤに至-日-れで帰るさきの日見たるに/同し〇六月朔 日 空 晴 今 日 は 此 家 の や う 只 な ら す 人 の 出 入 多 -」   ( 3 6 オ )   事 の あ -げにミゆ家の裏には家を殺しカツセンを屠り帽詣い∽//㌶巌鮎 詣㌫露頼誓魚鳥のたぐひ多-持来りさま-に調し設/け--やのあたり所せきなし昼過る頃まらうどと覚しきが十二三人斗/帽 子冠-衣たゝしうし従者ぐしたるが思ひ - に入-来り又うつ/-しき女三人迫輿に乗-て来-た-十七八よ-二十二三斗の女にて/ アヤ 身にハ文の五色なす衣を着日綾の袴やうのものをはき髪は頂に/お (マ しっかねたるに玉の管七本長き短きをさしかざ-水晶或珊瑚/の珠 マ) 数をかけた-輿ハさまで大キ-はあらぬが黒漆の四方ひさし/の頂 シ に銀の葱花をすゑ柱ハ黒戎ハ栄二ぬ-たるが三方に黒き簾を/下た ナガ 長にたれうしろハ異様の板張にし中に腰か-べきために檀を」 (3 6 ウ) 設け輯ハ前後六尺斗あま-たるを夷二人して昇きつ、此家にか き/入れ梯の下にて輿よ-下-皆二階へ上-ぬこしぞひの女も共に 従ひて/上-行-その輿は土間のかたハらにをきて従者ハ帰-それ タケナハ よ -や ゝ し て / も て な し 初 -か -て 程 も 経 け れ は は や 開 な -つ と

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覚て笛を吹ならし/琵琶をかなつる音につれてうるはしき聾高-低 ( マ   マ ) -あやし-唄ひ/すます誠に賑ハし-聞ゆ日-れけれて後ミューソ モテナシ フ出采-て我に/こよといふかゝるはれ︿Lj譜頂のむしろに不 束なる身の博あれば/いなミけれどあながちに手をとりひき行んと する故にすべき/やうな-羽織引かけて参りぬこしかけにかゝ-ゐ れば日本人珍らしさに/各傍に寄り来て酒をすゝめ肴をあたへて物 語りしけれどもゑひし」 (3 7オ) うへは猶分らざ-Lをシュンチ ヨ-傍よ-酒を好まぬよしいひけれバ/しひてすゝめず菓子をよせ て戎ハ甘き酒をすゝめらる彼三人の女も/傍にあ-Lがカーレン何 とかいひけれバ三人立あがり袖をひるかへし/足二拍子をふミそろ へ舞つれたるハ心しらねど其すがたかたちえならず/ぞあ-ける我 も興をそへんとて若か-し時間覚しお久徳兵衛の浄瑠/利をかた-けれバ皆-手をたゝき大に笑はれるがその中なる一人パタカ/五ツ を取出し給りけるをシエンチョーにミせて辱きよしをのべうけ収め /ぬか-て夜一夜打興し空あか-な-て各帰-去れり我も下-/た るまゝに伏し倒れぬ〇二日空はるゝ日蔭たけて起あかり/シエンチ ョーその飴の人-に見えてよべのかたしけなか-Lを申置き扱」 ( マ マ ) (3 7ウ) かの人J^よ-給ハ-し銀をマロシして銭にかへけるに数た らざりLを/是ハいかにと間へばナウテン - とて奥に逝け入-ぬ ビセンかいひしハ/誠な-け-と思ひ合せぬこの銭を分ちて十二人 にとらせけ-〇三日空/晴る朝割り藤もて編たる笠の上に赤き房つ けたるを被し支那人/二人来-シュンチヨIにあひて物いひしがシ エンチョーいふハ支那の公館に/出よといひこした-とて出んとて シュンチヨIと我と外にさしそへ/として長十郎をぐし彼支那人二 人と打つれ行-此道ハさきにハスヤに/まか-し時行たる道よりハ るかにあが-て北なる道な-左右人家/並らぴつらな-商人の家 く さ ま く の 物 を つ ら ね た り 一 里 あ ま り / 行 き た る に 二 十 四 五 間 ( マ マ ) 四 方 斗 石 檀 高 -築 上 ケ た る 上 に 寺 の 」   ( 3 8 オ )   如 -に 作 り た る 大 家 あり入口は五ツ開き前に六尺斗の板に支那人/の形を画て立たり木 立も少-あり蔭に竹にてあら-編たる笠着/たる支那のかろき人" とおぼしきが七八十人斗群れ居るそのかたハらに/黒き屋根にその 鎗ハ朱塗に金箔だミたる輪三方に簾たれ中に/こしかけ作-たるか 一ツ長さ六尺余-なる大き竹をわ-たがるが外ハ/育-内ハ朱にぬ -たるを弐ツ丈ケ四尺横壱尺あま-上を駒形に作-/たる宋ぬりの l K 3 牌ニッそれに香山願左堂と金にて善し又箕の/形したるを宋-ぬり たる内に自-香山願左堂と書たるがニッ五月/の菖蒲太刀のごとく 真鎗づ-りの太刀ニッ又江戸にて御大名の火消/の調度に用ふる大 シル 圏 扇 の 柄 を 長 -し 未 漆 も て ぬ -た る 表 に 」   ( 3 8 ウ )   金 に て 日 天 と 善 カ ザ シ チ ャ ル メ ラ ド ラ し裏には香山願左堂と書たる繋壱ツ蜘臥太鼓/鉦その外一間斗の ク サ リ ス ヂ 細さ鉄鎖四催あ-これらハ左堂なる官人の供奉/につらね用ふる 調度なるべ-彼群ゐる人ハその人の召具せしもの/なるべし扱支那 の人に引かれて中の大なる門を入れば中ハ土間に奥深-/上の方に 左掌」しかけにかゝ-前に高き机をすゑ左右にハ笠被り/たる謂

調

S

/

帥㌶帰摘し宮人十人ツ、並び立て-下にアンベラの席/敷たる上に 我等二人脆き拝しければ近う参るへ-沙汰あ-/左堂の傍近-す、 みよる何かいはれLにつきて我 - 十三人去年九月日本/を出てこ の正月カヾヤンに流れつき呂宋に送られ又こゝに来るあはれ」 (3 9 オ) 日本長崎迫送-つかハし帰きしめ給ふべう願ひ奉り申けれどさ とられず/い-たびも同しさまにしけれバさとり得られしにやうな

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42 鹿児島大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編 第45巻(1994) づき示さるこれに/事すミたると覚え伴ひし支那人につれられまか んてける此公館は/ハスヤの後に普-愛よ-北に十五六町行ば大河 流れたり廉さ五六町も/あらんさきにいふこと-この川中をチ-ナ マカヲの境たるよし川の両方に/も人家しげ-立つゞ-左堂初その 飴の宮人ハ向なるチ-ナの地に住て/日毎にこゝの公館に出るよし ( マ マ )                                                                         ( マ 也扱東なるスハヤの山の林下をめ-り行ハ彼/演連よ-ボルトガ マ) ルヘシに出るなれど路の程はるかに達しとて出来し/道をたど-戻 れ-〇四日空晴るこゝに来-三十七日にしてきのふ支那/の公館に 呼れたれど-わしうさとられLとも覚えずさらバ此後い-」 (3 9ウ) たびも呼はるべきなれば速かに事済べきとも覚えずと案し居たるに シ ル マ ナ /ゆふ-れ支那人五人つれて来-善したる物を出すを打見れど真名 字にて/しるしたれば分らすされど見し-たる文字どもあ-てつ-︿かうがへ/つれば日本よ-つミ入し荷物井の-組の人を善し出 せとの事なるを/しりて心得たるよしいひければ帰-去れ-〇五日 空-もる朝支那/人二人来りと-書きしるし出せともよはしたり心 得ぬとて其人を/戻して捜したゝむるやうハ去文政十一年子九月廿 四日日本国武州品川出帆/船の積荷絹糸行李二十絹木綿反物行李三 十酒六十駄米三百俵/麦三百俵大豆五十小間物行李十船頭儀兵衛棉 取重五郎表師/万戒水主亀次郎長助佐助助次郎寓助竹三郎留吉長十 郎 八 五 郎 」   ( 4 0 オ )   徳 戒 右 之 通 -六 月 五 日 日 本 船 頭 儀 兵 衛 と 記 し 判 をすゑてシュンチヨ-/と打つれはる - きのふの公館に出て左堂 に直こ上-て戻-ぬ○/六日空晴朝支那入来-今日ハ十三人のもの 共ひとし-まか-出べきよし/シエンチョーに申す其旨心得たれど 長助心地あしけれバ残し置十二人/シュンチヨIに具せられ外に夷 二人支那人一人そひて行-けふ我等/多勢出たれバ路次の見物多し 人 やう - さきの公館に至り見るに今日ハ/官〇三人出られつと見え

て輯三ツすゑその外牌緊碩仙柵蹟韻レ/欄酬篭と刀竹金鼓剰机の

( マ マ ) 類も多-見え供奉の人と覚えLも二百人/斗りそ群居たり傍なる入 口よ-入れバ隅のあた-に犀風にて二十畳/敷斗-に引廻らしアン ベラのむしろ敷たる所につれ入-たれは麦に」 (4 0ウ) つひ居たる に支那人茶をもて来りあたふしバし待程に笠被-し宮人/来りてシ エンチョーに沙汰すれバシエンチョー心得て先ツ我のミ一人出べ/ Lとてシュンチヨ-外に夷二人支那人二人に引れさきのごと-アン カ ヽ ヽ 「 ク ー フ ベラ/の庫の上に脆き拝しける上座のかしらと末にあるハ今日初て /ミる人にてこれぞ正堂と勘州文民の法官な-中なるハさきに/見 えし佐堂な-前に四尺四方の案をすゑ左右にハ笠被りし人/十人 ( マ マ ) ツ,立烈らねた-扱すゝむべLとあ-けれバ案のこなたへ立つその 時/正堂漂流のやうを尋ねらるゝにやものいひ出されけれども分ら す我も/漂流の初め終-よ-志な-日本長崎追お-らせ給へと手に てその/形をうつし--かへし - しけれどさとられLとも覚えず そのうへ我物」 (4 1オ) まねぴするををかしうや思ハれけん三人笑 ひ出してやまずかくてハさとし/うべきにあらずと思ひつれは懐よ -たたふ紙取出し腰なる矢立を抜/てかの案の上にて日本の船を画 き波風をかきそへ橋を切-船の-づれ/しさまをなし又水壷て疲れ 弱たる姿をミせ九十日を経てカヾヤンに/着たるやうを示しければ 是 に て 一 ト わ た -ハ さ と -得 ら れ つ と 見 え / う な つ か れ ぬ 正 堂 又 カ、ヤンにてハ首を剃られしハなきかとそのさま/して尋ねられけ れば日本を乗-出し時十三人カゞヤンにあ-ても十三人/な-かし こには喰物多-あたへられ心をつけいたは--れたるよしを/いへ イ ー マ ばこれも聞えられLと見ゆしバし暇給-て元の所に退きぬ今日/

(17)

尋ねられしふし - まづおぼろげに分りて心をやすめけるやゝあり て 」   ( 4 1 ウ )   笠 被 り た る 官 人 又 来 り 十 二 人 ひ と し -出 す べ き よ し 沙 汰しければシエンチョー/その外の人に従ひアンベラの席に続きを る笠被りし人二人して黒さ/箱二銀鏡を入て持出し土夷四人立並び 我等一人毎に四ツを給ハ-ぬ/るを皆JJ額づき捧て退きける今日ハ 此らにて事済たるよし/なり銀をバシエンチョーに渡してやがて こ、を退出シエンチョーか許に/帰-ける〇七日空晴きのふ給ハ-し 銀 を シ エ ン チ ョ ー よ り 渡 さ る / シ エ ン チ ョ ー 一 ツ ︿ を 見 る に 此 ニセキン 内に贋銀四ツあ-といふ我申は偽り/たるハいづ地にもまゝあるな らひな-四ツにてハ真の銀ニッこもかへつべ/きゃと尋るにいかで ニッにかへ得べきそが半バにだにあたらぬ/ものをといふLからバ そ れ を 支 那 の 公 館 に 納 め て 真 の 物 と か へ て 得 せ 」   ( 4 2 オ )   し め 給 へ といへばしバしかうがへ居ていかにもかなふまじとそいふなる/さ て四十八の銀を銭にかへ十三人にわかちその後シエンチョーに向ひ ツ カ サ ヒ ー たとへバ/人ありて我等が如-しらぬ園に漂ひてその団の官人よ シ ヤ ペ カ パ タ カ -多 -の 鏡 を / 給 ハ り つ る を 市 に も て 行 銀 に か へ ん と す る に そ ク ニ ウ ハ の市人心あしきもの/にて彼は他の囲人なれバ心えたる事なからま ハ タ カ Lとて偽り作れる銀を/出し鎮にかへ得さすれバ彼は本よ-しら カ タ ハ ラ ヒ ー ぬなれば何心な-おさめ帰るを/傍人それを見てそは真の銀にあ らず欺をうけた-とて笑ふめり/彼人始て欺かれたるをし-再び市 パ タ カ 人の許に携へ行きさきにかへつる/銀ハ偽りつ-れるものとあた レ J ト -近き人"しらせぬ我は他の園のもの/なれバさるけぢめをえしら マ コ ー でうけたれどこはものゝ用にあたらねば」 (4 2ウ) 返し入る也真の パ タ カ 銀をえさせよといへバ市人は初めよ-人を欺-ために/はか-し 辛なればやハか替へ得さすべき却而うらかへにことをかま/へてさ マコーパタカハタカ さに替たるハ真の銀なるをそが僅持ち去-今此あしき(譲)に取換 シユル /へ来-てしか-といふハ人を岡のミか悪名を負する事や-か らねと-去ら/ずハ目に物見せんとさん-にのゝし-あらそへば ツカサヒー 彼人せんすべな-帰-/てその園を沙汰する官人につきてかゝる 欺きをう-るさへあるに却而/恥かしめのゝしられやすからぬ事な カタハラヒーアカシ り傍人何某こそ謹なれ召出て間/ハせ給うべうもやと訴へなば ツカサヒーアカシヒー 宮人市人を間ひ究めまた諾人にも尋ね/訪ふて後いかに沙汰せら ツカサヒー るべ-なん扱彼宮人がかの市人に向ひて世の/業は邪な-正しう するよしはかねて按をきつるを東西をもしらぬ」(4 3オ)余所人を 証かしたるさへあるに却而逆しまにことを構への、し-/恥なは重 きにあたれ-いそき真の銀をかへ得せしめ過ちをつぐのひ/つべし こセキン 扱その欺きたる贋銀ハ汝か手してつ--たるか又誰か許よ-/得つ るかそのやうを申せとさびし-いはるべきにやはた市人の陳/じ申 さんをその儀に聞かるへきゃ抑他の囲人はいかに欺きたぶら/かす とも呑めな-て却而よ-なせLとはめらるべきや我日本は左に/あ らずかゝる類ひハいといたうきびしう捉てゝ偽れる銀の出処を/さ ぐ-にさぐ-あな--て造-出たるを死にをきそを扱ひたるは遠き /島に移し或は土地を追ひ沸ひなんとして少しもゆるかせにする/ ふLにあらずましてつかさ-居並ひ居て物たうでつるにかゝるう たが」(43ウ)ハしきを出すハふっになき事な-きといへばシエン ニセパタカ チョー聞て理な-と/てかの四ツの贋銀を以て支那の公館へ出行 ぬ昼過る頃帰-莱-/いかに申せども支那人のかたおもむきに心え ておのれ等が贋せ銀を/出せLをバきしをきて儀兵衛ハ他の囲人な れバしらぬハ理-なれさのふ/銀給-し時シュンチヨ-傍にそひゐ イハ ていかでか-とハ言さ-しぞ/何事をもいはでその儀納め帰-一夜

参照

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