環境制御システム論に関する考察(2)
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(2) 北海道教育大学紀要(人文・社会科学編)第68巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 68. No.2. 平 成 30 年 2 月 February, 2018. 環境制御システム論に関する考察⑵ 角 一 典 北海道教育大学教育学部旭川校社会学研究室. Consideration about the Theory of Environment Control System⑵ KADO Kazunori Department of Sociology, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本稿では,角(2017)での考察を踏まえた上で,環境制御システム論のさらなる理論的洗練 に向けての基礎的な作業として,①システムの構成要素を主体・政治的機会構造・相互作用の 場としてのアリーナの3点に整理し,さらにその動態のあり方について,②社会過程の中での 環境制御システムの動態について経済システムへの介入・ネットワーク化・正連動と逆連動の 3点から言及を試みた。また,舩橋(2006)における分析を踏まえ,制御水準同士の連関と課 題設定(アジェンダセッティング)の重要性についても指摘した。. 3 分析理論としての環境制御システム論の 可能性を構想するために ここからは,角(2017)での,舩橋の環境制御. ここでは,システムの構成要素を,主体・政治 的機会構造・相互作用の場としてのアリーナの3 点に整理し,それぞれについて検討を加えてみよ う。. システム論に関する検討と,舩橋が十分には語っ てこなかった「空白」を視野に入れながら,環境. 3.1.1 主 体. 制御システム論の分析理論としての可能性を検討. 舩橋は,環境制御システムについて「環境問題. するための鍵となる論点の整理をしてみたい。も. の解決に第一義的関心を払う環境運動ならびに環. ちろん,以下の整理は,試論のひとつでしかない. 境行政部局をその制御主体とし,これらの主体の. ことを申し添えておく。. 働きかけを受ける社会内の他の主体を被制御主体 とするような社会システム」(舩橋,1998:203). 3.1 環境制御システムの構成要素. と定義している。ここでは,環境を管轄とする中. まず,環境制御システム論を分析のための道具. 央官庁および地方自治体の環境担当部局,それに. として扱えるようにするためには,システムの構. 環境運動が具体的な主体として言及されている。. 成要素を 「確定」することであるように思われる。. また,図の中でも,システムの頂点に官庁が位置. 73.
(3) 角 一 典. づけられ1,その下にさまざまな環境運動が描かれ. ステムの扇の要であるという認識があるように思. る。このような環境制御システムを日本に置き換. える。. えて考えると,環境制御システムは,環境省(環. 環境運動についてはどのように記述されている. 境制御システムをより狭い範域でイメージするな. だろうか。1995年の時点では,「環境領域の社会. 2. らば,都道府県や市町村の環境セクション)を頂. 運動は,環境担当の行政部局のみならず経済制御. 点として,多様な環境運動との連携によって構成. システムの構成主体(経済官庁,企業等)とも直. されるといった構図が浮かび上がってくるように. 接に相互作用し,環境問題の発掘,要求提出,解. 思える。. 決圧力の創出,解決案の提示等の重要な役割を果. ここで検討を要するのは,官庁と環境運動の関. たす」(舩橋,1995:17)とされ,多様な役割期待. 係である。 「環境制御システムの強化のためには,. が示されている。. 環境担当部局が連携すべきは,環境問題に第一義. 2003年になると,新たに『環境クラスター』と. 的関心を持つ環境運動諸団体であるべきであっ. いう表現が現れる。「環境クラスターとは,環境. て,そうでない団体との連携は無用とは言わない. 尊重を優先的な価値として重視している人々(す. までも, 解決圧力の創出には有効でない」(舩橋,. なわち環境志向的な公衆)とそれを基盤として形. 1998:213)という記述からは,官庁が環境制御シ. 成されるさまざまな分野の環境志向的な集団や組 織が相互に連携することによって,全体としての. 1 舩橋(2012a)では「中枢的制御アリーナ」という表 現が登場する。行政官庁だけでなく,環境問題で影響. 働きかけの相乗効果を発揮するような形で変革主 体 を 形 成 し て い る 状 態 」 を 指 す( 舩 橋,. 力を発揮できる政治家などを含めたものが想定されて. 2003:244-245)。環境運動を核とする環境セクター. いると思われる。さらには「制御中枢圏」 (本文で後述). の諸主体が,相互に有機的に結びつき,密なネッ. という表現も使われ,構成要素として国会・政府・裁. トワークを形成している状態が,ここからはうか. 判所・審議会が示されている(舩橋,2012a:15)。なお, ここで,主体とせずに要素としたのは,以下の記述を. がえる。舩橋は「介入の促進力としての環境クラ. 意識してのことである。「社会制御システムが問題解決. スター」(舩橋,2003:243)という言い方もして. を果たすためには,制御中枢圏において,『問題形成機. おり,個々の環境運動等の力量形成にとどまらず,. 能』 『解決案形成機能』『解決策の総合的決定機能』『解. ネットワーク化によるさらなる相乗効果を視野に. 決策の実行機能』という四つの機能を果たされなけれ ・・・・・・・・・・・・・ ばならない。これらは,中枢的制御アリーナ群を構成 ・・・・・・・・・・・・ する複数の制御アリーナに さまざまなかたちで,分割. 入れているとみるべきだろう。「環境の価値を大 切にしようという人々(環境志向的な公衆)が増. されて分担される」(傍点筆者)(舩橋,2012a:16) 。. 大することを基盤としながら,さまざまな領域で. 2 以下の言及は,舩橋の構想の中で,環境省(庁)や. 環境問題に取り組む組織や集団をより豊富に形成. 地方自治体の環境セクションが環境制御システムの要 であるということを暗に示しているように思われる。 「(環境問題に関する)実効的な解決努力の展開を妨げ ているメカニズムや要因にはどのようなものがあるだ ・・・・・・・・・・ ろうか。その要因としては,①政府行政組織内の勢力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 関係において環境庁が弱体であること,②社会的にも, 環境保全への利害関心よりも経済成長への利害関心の 方が強力であること。③『環境高負荷随伴的な構造化 ・・・ された選択肢』を変革する努力が弱いこと,④自治体 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ の権限が小さくイニシアチブをとるのに制約があるこ ・ と,⑤複雑化し,巨大化した社会システムと行政組織 の中での変革努力は,利害関係者が多数に上るため絶. し,それら相互の連携のネットワークをより発展 させることが必要である」という表現が,それを 示唆している(舩橋,2003:249)。 3.1.2 環境制御システムにとっての政治的 機会構造としての世論とメディア 環境制御システム論を語る上で舩橋が重要視し ているのは世論である。舩橋は,段階論の記述に おいては,B段階への移行について以下のように 述べている。「世論の変化は,政府・与党首脳部. よう」(傍点筆者)(舩橋,1998:210)。. に対して,政策の優先順序を変更せざるを得ない. 74. えず硬直性と閉鎖性にぶつかること等をまず指摘でき.
(4) 環境制御システム論に関する考察⑵. 圧力を作り出した」(舩橋,2004:65)。「社会的認. で意見を変化させる可能性を十分に持っている4。. 識と世論の変化」(舩橋,2004:64)は,環境制御. 宮本憲一が世論を「ゴムまり」と称し,空気を入. システムの「高度化」にとって不可欠な要素であ. れ続けないとしぼんでしまうとの危惧を表明した. る。 「社会運動の高揚はメディアによる報道の活. のと同様,舩橋においても世論やマスコミは環境. 発化と相互促進的」であり, 「メディアによる報. 制御システム内の主体の働きかけによって親和性. 道のあり方は,メタ制御システムに超える変革課. を保つ存在である。そうした観点から考えれば,. 題設定において,極めて重要な機能を果たす。総. 世論やメディア(マスコミ)・言説空間は,環境. 体としてのメディアの報道は,なにが社会的に重. 制御システムにとっての外部環境,言い換えれば. 要な問題であるかの通念を形成し,さらに行政組. 政治的機会構造を構成していると考えるのが妥当. 織と政治家に対して緊急性圧力を課すという作用. である。. を果たす」 (舩橋,2006:58)。 しかしながら,それは常に社会運動(環境運動). 3.1.3 相互作用を生みだす空間=アリーナ. との親和性をもつものでもないし,一度到達した. システムが作動するためには,システム内に位. ステージからの後退がないような,不可逆的なも. 置づけられる個々の主体が何らかの形で相互作用. のでもありえず,常に逆コース・反動への危険性. を生じさせることが必須である。そしてそれは,. をはらむものでもある。したがって,環境制御シ. 親和的な主体同士だけでなく,システム連関の高. ステムを構成する主体は,常に世論への働きかけ. 度化にともなって対立する主体同士においても必. を,主にマスコミを代表とする言説空間に対して. 要となっていくものと考えられる。. 3. 「世論形成にはマスコミ 行っていく必要がある 。. 舩橋の論考において,相互作用に関する言及は. の果たす役割も大きいが,マスコミの力は,社会. それほど多くはない。例えば,「(経済制御システ. 運動があってこそ発揮される。社会運動は,個々. ムは)今日の社会では,市場における各産業分野. の環境問題の発見と『社会問題化』 ,環境問題の. の企業活動を規定的な要素としながら,それを基. 実態把握,問題解決の原理や理念の創出,先導的. 盤にした業界団体の要求提出,それに対応した経. な解決努力の実践,社会的な常識や価値観の転換. 済官庁による指導,助成,規制といった相互作用. といった諸点をとおして,政策の形成・実施にイ. の総体からなる」(舩橋,1995:15-16)といった. ンパクトを与え, 『政府の失敗』を是正する役割. 記述が確認できる他は,目立った形で相互作用と. を果たす」 という記述がそれを物語っている。(舩. いう表現を使っていない。. 橋,1993:77) 。. しかし,環境制御システム論にかかわる論文の. 上記のような観点は,いわばパブリックアリー. 中でバージョンアップを繰り返してきた図の中に. ナの認識に近い。世論やマスコミは,環境制御シ. おいては,相互作用のさまざまなあり方が図示さ. ステムの段階が上昇するにつれ,環境制御システ. れている。そして,その到達点ともいえる2004年. ムとの親和性を高める傾向があるように思われる. の論文では,B段階で4つ,C段階で5つ,D段. が,それでも経済状況や国際関係などの変化の中 4 例えば,1970年の公害国会をピークに盛り上がった 環境への肯定的なまなざしは,オイルショックによる 3 パブリックアリーナを論じたHilgartner and Bosk. 経済不況に直面して「経済との調和」といった後退を. (1988)では,テレビ・新聞といった典型的なマスコ. 余儀なくされた。また,再生可能エネルギーの先進国. ミ以外の言説空間,例えばチラシ・パンフレット・書. であるドイツでも,賦課金の負担感が高まるにつれ,. 物の出版なども含めて,公衆の支持を獲得するための. 世論の一部に懐疑が生まれている。日本におけるダム. 言説空間として捉えている。今日では,インターネッ. も,豪雨や台風による大規模水害が頻発する中,「脱ダ. ト空間などもこれに含まれると考えるべきだろう。. ム」の勢いはかつての勢いを失っているようにみえる。. 75.
(5) 角 一 典. 階で8つの,制御に関わる相互作用が示されてい. 補 制御中枢圏に関する若干のまとめ. る(角,2017:47)。. 東日本大震災以降の諸論文において,舩橋は図. また,当然のことであるが,相互作用は主体同. の中に制御中枢圏を書き込むようになっている。. 士の一対一の関係だけでなく,複数主体が関係す. 以下では,制御中枢圏について検討を加えておこ. る空間もあり得る。そしてそれは,相互に親和的. う。. な主体同士で構成されるような,いわば親睦団体. 制御中枢圏は,基本的には,近代国家の大前提. のようなケースもあれば,意見を異にする主体同. のひとつである立法・行政・司法の三権に代表さ. 士が緊張感をもって議論を戦わせるような場もあ. れる,国家としての最も枢要な意思決定機関に. り得る。 舩橋はこのような空間をアリーナと呼び,. よって構成される6。社会は,そして各種の社会制. 「ある問題の決定をめぐって,複数の主体が関与. 御システム,ひいては環境制御システムも,制御. しているような取り組みの場」と定義した(舩橋. 中枢圏の権力作用を避けることはできないし,社. 他,2001:17) 。アリーナは各システムの中やある. 会問題(環境問題)の抜本的な問題解決を達成す. いは境界領域にオーバーラップするような形で存. るためには制御中枢圏における取り組みが不可欠. 在するものと考えられ,環境制御システム論の中. であるという認識が舩橋にはあったと思われる。. では,B段階における「対決状況の政治的アリー. そしてそれは,国家の内部のみならず,世界秩序. ナ」 ,C段階における「交渉状況の政治的アリー. のレベルにおいても同様である。以下の記述はそ. ナ」 ,D段階における「協調状況における政治的. れを物語っていると思われる。. アリーナ」を配置し,段階によってアリーナの様 5 。 相が変化することを図で示した(舩橋,2004). 「20世紀以降の現代社会を概観すれば,巨大組. アリーナは「闘技場」とも訳されるが,舩橋にとっ. 織の林立と官僚制化の進行,軍事技術の高度化. ては,アリーナは常に闘争の要素をもったものと. と軍拡競争,富の格差をともなったグローバリ. は考えられておらず,むしろフェーズの上昇に. ゼーション,同時多発的な環境悪化,極度の危. よって親和性が高められるとすら考えられている. 険性をともなう原発のような巨大技術の開発,. ことが,ここからうかがえる。. マス・メディアの発達と情報操作といった事態 が見られる。そのような社会変動を背景にして, ・・・・・・・・・・ 国内的にも国際的にも立法,行政,司法の諸機 能を担う組織の集合体が『制御中枢圏』を構成 し巨大な経済的,政治的,文化的な操作力を獲. 5 舩橋(2012b)では,原子力政策に関する言及で,ア リーナが使われている。「原子力発電をめぐる意志決定 過程の特色は,第1に,エネルギー供給制御システム. 得 す る に 至 っ て い る 」( 傍 点 筆 者 )( 舩 橋, 2013b:5)。. の中枢的制御アリーナにおいて,考慮範囲が,影響範 囲と帰結範囲を十分にカバーしていなかったことであ. 制御中枢圏は,社会制御システムから相対的に. る。例えば,放射性廃棄物という深刻な影響や,大事. 自律的なものとして存在しており,言い換えれば,. 故という帰結が十分に考慮範囲に入っていなかった。 これまでの制度的手続きでは,影響範囲や帰結範囲を,. 国家あるいは国家間の意思決定を担う制度的な器. 中枢的制御アリーナにおける考慮範囲がカバーしない. 76. ままに,意志決定ができるような構造になっていた。. 6 舩橋の示した図では,三権の各府の他,委員会・審. 第2に,原発の立地を受け入れる地元においては,立. 議会が制御中枢圏に位置づけられている。過去を振り. 地に伴う付随的受益という影響範囲は考慮範囲に入っ. 返れば,3公社の民営化を方向づけた第二次臨時行政. ているが,事業システムの欠陥や能力不足によって生. 調査会や,国鉄分割民経過の方針を決定づけた国鉄再. ずる事故の発生という帰結が,必ずしも十分に考慮範. 建監理委員会など,高度な意思決定の実質的権限を付. 囲に入っていなかった」(舩橋,2012b:54)。. 与された委員会・審議会等が存在している。.
(6) 環境制御システム論に関する考察⑵. である。したがって,制御中枢圏の意思決定は,. 合的政策案形成のための場への公正な参加,. 外部も含めた相互作用の中で振れ幅を持つ。舩橋. (C)そこにおける討論過程の公正な運営, (D). の概念を使うならば,制御中枢圏の意思決定は,. 制御中枢圏と公共圏との適切な相互作用」の4. 制御中枢圏が,いかなる権力・勢力関係の下にあ. 点である(舩橋,2013b:37)。. るか(支配システムの側面)と,経営課題をどの ように認識するか(経営システムの側面)に左右. 上記のうち,B・C・Dについては以前から繰. されている。それらは,大きく各制御システム間. り返し述べられているものと判断してよいが,A. の力関係や世論・メディアの動向によって方向づ. については,東日本大震災以降の論文で新たに付. けられている。このように考えるならば,制御中. 加されたものである。環境制御システム論を論じ. 枢圏は,社会制御システムにとって,システムの. る上で,科学の役割は以前から意識されていたよ. 経営課題を解決するための働きかけを行う対象で. うにも思われるが,東日本大震災とそこから派生. あり,場合によっては部分的に内部化する対象で. した福島第一原発事故は,科学の果たす役割を改. もある。. めて考える契機となったと思われる (図1. 2参照) 。. しかしながら,注意しておきたいのは,舩橋が,. 意思決定において科学の果たす役割は重要であ. 制御中枢圏を単純にパワーゲームに従属する器と. るが,同時に科学の果たせる役割はかなり限定的. して把握しておらず,権力作用から相対的に自律. である。それが舩橋の言わんとするところだとい. 的でありうるし,むしろ自律的でなければならな. えるだろう。科学の役割は不確実性を縮減し,意. いと考えていると思われる点である。現代国家は,. 思決定を正しい方向へと導くことにある。しかし. 多様な社会制御システムが併存する中で,各社会. ながら科学は常に不確実性を有しており,未来の. 制御システムが多かれ少なかれ互いに影響を及ぼ. 完全なる予測は不可能である。それぞれの時代の. し合う関係にある。複雑な相互連関が網の目のよ. 科学の水準のおよぶ範囲において,科学は意思決. うに張り巡らされている状況の中で,局地的な解. 定の道具として活用されるべきものであるが,科. 決ではなく,全体を俯瞰し,全体にとっての最適. 学は必ず正しい解答へと人類を導くものではな. 解を見出すことが,制御中枢圏には要請されるの. く,最終的には人類の決断(ある意味では「賭け」. である。舩橋は,それが達成される条件について. といってもよい)にゆだねられるものなのである。. 以下のように述べている。 「制御中枢圏における『総合的政策判断』が, 適切になされるための一般的条件」は,「(A) (B)総 科学的知見の尊重とその限界の自覚7, 7 「本来,科学に従事する専門家が社会的信頼をえるた めのひとつの条件は,各時点での科学的知見の限界を 明示することと, 『科学によって答えられる問題』と『科 学によっては答えられない問題』との区別を明示する ことである。そして,科学の専門家ができることは科 学によって答えられる問題に対して,科学的知見を提 ・・・・・・・ 出することまでであり,それを超えた利害調整や倫理 ・ ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・ 『科学によっては答えられない問 的判断が絡む問題は, ・・・ ・・・・・ 題』なのであり,『科学的討論の場』とは区別されるべ き『総合政策決定の場』で扱われるべきなのである」 (傍 点筆者)(舩橋,2013b:20)。. 図1 科学的検討の場の分立・従属モデル(舩橋, 2013b:21). 77.
(7) 角 一 典. ・・・・・・・・・・・・・ 在的であることが必要な条件 である」 (傍点筆. 者)(舩橋,2013b:38-39)。 多様な目的や目標を持つ諸主体がそれぞれの主 張を持ちながら制御中枢圏に働きかけを行うが, それらの働きかけに対して,総合的な見地からそ れぞれの意見を斟酌することが重要であり(尊重 性),同時に,権力・勢力関係に大きく影響され ることなく意思決定ができるよう機能すること (超越性)が,制御中枢圏は求められるというこ とを,舩橋は強調しているのである。 図2 科学的検討の場の統合・自律モデル(舩橋, 2013b:36). 3.2 システムの動態把握 環境制御システムの要素の確定が一応済んだも. 先にも述べたように,制御中枢圏は各社会制御. のとして,以下では,社会過程の中での環境制御. システムから相対的自律性を持つべき存在であ. システムの動態把握に関連して,経済システムへ. る。長くなるが,その点に関する舩橋の認識につ. の介入とネットワーク化の2点から言及しよう。. いて以下の文章を引用しておこう。 3.2.1 環境制御システムの経済システムへ 「制御中枢圏を構成する諸主体にとっては,尊 重性と超越性が必要となる。. の介入 環境問題の解決について,環境制御システム論. 尊重性とは,制御中枢圏が(とりわけ,総合. では「環境制御システムの経済システムへの介入. 的政策案を形成する場が),社会内の諸主体(個. の深化」が繰り返し主張される。例えば,「1960. 別的な利害や事業システムや社会制御システム. 年代以後の環境問題の激化を背景にした環境政策. の担い手)からの要求と意見の表出を受けとめ. の展開は,環境制御システムが次第に形成され,. る回路を備え,それらの意見を聞く姿勢を有す. 経済制御システムとの交錯を深めつつある過程と. ることであり,そのなかでも合理性や道理性を. して把握できよう」といった記述はその典型であ. 有するものについては,その実現のために十分. る(舩橋,1995:16)。これは,単に両システムの. な配慮をすることである。他方,超越性とは,. 交錯が深まるという意味にとどまらない。「有効. 個別の利害要求について,それが合理性や道理. な環境政策のためには,狭義の環境政策を担う制. 性という基準に合致しない場合は束縛されない. 御主体が,強力な主体性すなわち支配システムに. ことである。制御中枢圏(とりわけ,総合的政. おける支配力を備えなければならない」のであり. 策案形成の場)が,個別の政策的争点に即して,. (舩橋,1993:60),権力関係,舩橋の言葉を使え. 合理性と道理性の定義を成熟させるためには,. ば支配システムの文脈における環境制御システム. 総体としての公共圏との相互作用が活発になさ. の優位性・存在感を高めること,そして適切な制. れる必要がある。. 御目標を経済システムに設定させること(舩橋,. 制御中枢圏が,以上の意味での超越性を備え. 1993:56)を意味している。 「環境制御システムが,. るためには,個別的な利害集団や個別的な事業. 経済制御システムに交錯し,より深く介入するこ. システムや個別的な社会制御システムに対し ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ て,内属するのではなく,それらから独立し外. とによって,経済制御システムにとっての制約条. 78. 件と経営課題群を再定義しなければならない」の.
(8) 環境制御システム論に関する考察⑵. である(舩橋,1995:17)。これは,「時代の問題. 意味で,普遍化されなければならない9. を解くために新しい社会制御システムが登場し,. ③格差構造の是正,社会的ジレンマ状況克服の. 旧来の社会制御システムとは異なる価値を志向. ための規範設定のために,公共圏が充実しな. し, それに基づく新しい政策目標群(経営課題群). ければならない. を設定し,その立場から既存の社会制御システム. ④環境制御システムが経済システムにより深く. 群に介入し,それらに制約条件を設定しつつ再編. 介入しつつ環境問題の解決を促進する具体的. 成 を 迫 る と い う よ う な 過 程 」 で あ り( 舩 橋,. 手法を豊富化する必要. 2006:31) ,さらに言い換えれば, 「持続可能な社 会の形成の条件,すなわち,逆連動型の事業シス. より端的にいうならば,受苦圏に位置づけられ. テムを改善して中立化したり,正連動型の事業シ. る主体の権力・勢力の拡大,社会的規範の設定,. ステムを実現するための基本条件は,環境制御シ. 公共圏の充実,解決手段の豊富化である。これら. ステムが形成され,それが経済システムに対して. が充実していくことによって環境制御システムに. 介入し, 『環境配慮の中枢的経営課題としての内. よる経済システムへの介入の深化が達成される条. 部化』の段階にまで,介入を深化させることであ. 件が整うのである。. る」 (舩橋,2012b:43)。. 介入の深化について,舩橋は以下のような例を. 介入の深化は,自然的に発生するものではなく,. 示している。「1990年代になって次第に広がって. 深化が促進されるための条件が存在する。舩橋は,. きたゼロエミッションの理念は,廃棄物ゼロを優. 環境制御システムによる介入の深化の鍵を以下の. 先的・中枢的経営課題とするものであり,この『中. ように列挙している(舩橋,2001:54-55)。. 枢的内部化』の段階を象徴するものである。また, 有機農業や風力発電などの自然エネルギー開発事. ①環境負荷の外部転嫁にともなう格差是正のた. 業への取り組みは,環境配慮を中枢的経営課題の. めに,周辺部・受苦圏から中心部・受益圏に. ひとつとして位置づけつつ生産活動に取り組む主. 対して,要求提出がなされること,要求実現. 体の経済システム内部への登場を例示している」. 8. のためには発言権と対抗力と決定権が必要. (舩橋,2004:68)。. ②環境問題への取り組みはあらゆる社会制御の. こうした変化は,経済状況の変化などの要因に. 努力の共通基盤になるべきであり,すべての. よる変動に対しても動じる幅の少ない,より本質. 人々と組織の関与と配慮が必要になるという. 的な変化である。それは,「需要構造のシフト」, 「生産物そのものの性質に環境配慮が一体化して いるような財の産出努力」,「環境配慮を志向した. 8 「環境制御システムの形成とそれによる経済システム. 企業を自覚的につくり出す」といったことにつな. への介入の深化とは,環境制御システムが,受苦圏の 側の要求と対抗力を基盤にして,社会的規範を設定し. 9 「環境制御システムが経済システムに対する介入を深. て経済システムを規制することであり,さらに受益圏. める場合,第一の課題は,社会的ジレンマを克服する. の主体に対して制約条件を課することを意味している」. ような社会的規範を設定することである。このことは,. (舩橋,2003:248)。. 新しい社会的規範によって,経営システムの文脈にお. 他方で,注意しておかなければならないのは,舩橋は. ける『制約条件』と『経営課題群』を再定義すること,. 制御を単純なパワーゲームとして考えてはいないとい. つまり, 諸主体にとっての『構造化された場』を変革し,. うことである。 「社会制御の過程には,圧力集団政治の. 消費者や企業にとっての『合理的な行為』の意味を変. 要素がどうしても介入してくるが,社会制御過程は,. 化させることを含意しているのである」 ( 舩 橋,. 圧力集団政治の総和であってはならない」のであり, 「圧. 1998:205)。なお,ここでいう社会的規範は,「社会全. 力に左右されないだけの主体性が,制御主体に必要と. 体としての長期的利益や普遍性のある価値基準」 (舩. される」のである(舩橋,1993:57)。. 橋,1993:57)である必要がある。. 79.
(9) 角 一 典. がっており(舩橋,2004:69), 「分野によっては, 10. 功は政治体への包摂として表現されると考えた. 生産技術の抜本的な見直しを要求する」 (舩橋,. (Tilly,1978)。こうした考え方と同様に,環境. 2004:70)ものでもある。そして,これを戦略分. 制御システム論でも,段階論の図にみられるよう. 析の視点から言い直すと以下のようになる。「鍵. に,段階を経るごとに環境制御システムに包摂さ. になるのは,市場メカニズムの中の生産者や消費. れる主体(特に経済システムとの重複領域におい. 者にとっての『構造化された選択肢』を変革する. て)が増えていくイメージで捉えられていること. ことであって,環境負荷の抑制を求める倫理的要. が理解される。. 請は, 『構造化された選択肢』を変革するための. また,先にも指摘したように,段階の変化は相. 社会的規範として具体化されなければならない」. 互作用のあり方にも影響する。つまりは,当初敵. (舩橋,1995:12)。. 対的だった相互作用が次第に対話のような関係へ と向かう。したがって,環境制御システムのステー. 3.2.2 ネットワーク化. 11. ジの変化は,量的にだけではなく,質的にも起こ. 舩橋の主体に関する認識は,社会的ジレンマ論. るものと想定されているのである。. と社会制御システム論の関係について考察した舩. 舩橋は,ネットワーク化を以下のように述べる。. 橋 (1995) の以下の記述に現れていると思われる。. 「ネットワーク化とは,さまざまな主体が,結合. 「社会的ジレンマ論で設定する主体を,抽象的な ・ ・ ・・・・・・・ 原子論的主体としてではなくて,『社会的主体』 ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ として,社会システムに包摂されている主体とし ・・・・・・ て 把 握 す べ き で あ る 」( 傍 点 筆 者 )( 舩 橋,. の利点を生かして,それぞれの目的達成をより効. 1995:7) 。. 政府,社会運動に即して,それぞれ見出される。. ここで注意しなければならないのは,社会シス. ただし,ネットワーク化への志向に絡み合う中心. テムと社会制御システムは異なる概念であるとい. 的主題は,それぞれの領域で異なったものである」. うことである。あらゆる主体は何らかの形で社会. (傍点筆者)(舩橋,2006:16)。. システムに包摂されているが,その中のサブシス. また,「争点形成と変革主体のネットワーク形. テムからは排除されている可能性もある。Tilly. 成については,その規模という点で,個別問題,. は,社会運動を,政治体(polity)の外部に位置. 一つの制度,社会制御システムという,次のよう. する主体による政治体への挑戦であり,運動の成. な三つの水準を区分できる。. 10 70年台の自動車排ガス規制におけるエンジン性能の 飛躍的な向上はその最たる例であり,近年では,地球. 果的に果たすことを志向しながら,それぞれの自 ・・・・・・・・・・・・・ 律性を尊重しつつ,ゆるやかにまた水平的に結合 ・・・・ することである。ネットワーク化の努力は市場,. ①個別問題:個別問題についての争点形成とそ れに対応したひとつの運動. 温暖化にともなう脱化石燃料の動きから,ハイブリッ. ②一つの制度:一つの新しい法制度の形成を要. ド車・電気自動車・水素エンジン等が開発されている. 請するような環境問題のひとつの問題領域で. のもこれに当てはまる。. の複数の個別問題についての争点形成とそれ. 11 舩橋は2003年の論文で,「変革論と主体形成論の交錯 する地点で次のような配慮も必要であると思われる。. に対応した複数の運動. それは『適切な課題設定』,『適切な実践』,『個々の主. ③社会制御システム:環境制御システムという. 体の力量の向上とネットワークの豊富化』という三要. 新しい社会制御システムの形成を要請するよ. 因の間での好循環の形成を意識することである」(舩. うな環境問題のあらゆる問題領域での制度変. 橋,2003:247)と述べている。ネットワークについて の本格的な議論は舩橋(2006)を待たなければならな. 革をめぐる同時多発的な争点形成と,それに 対応するような多数の環境運動」(舩橋,. 前から持っていた。. 2006:57)。. 80. いが,ネットワーク化の重要性に関する認識はそれ以.
(10) 環境制御システム論に関する考察⑵. 3.2.3 正連動と逆連動. 構造によって,また,受苦圏の発生回避に必要. 舩橋(2011)では,規範理論としての社会制御. とされる経費の大小によって,逆連動問題の解. システム論を検討する中で,正連動と逆連動に関. 決の困難さは異なる」(舩橋,2011:133)。. する理論的な検討がなされている。システム連動 の公平・公正が保たれている正連動が目指される 12. 例えば,シューマッハーは「中間技術」という. べき状態だとすれば ,その対極に位置づけられ. 概念を提唱したが(Schumacher,1973=1986),. るのが逆連動の状態である。舩橋(2011)で主に. 現代科学の最先端技術が常に最適解ではなく,む. 検討されているのは,逆連動についてである。舩. しろリスクの増大(Beck)をもたらす可能性す. 橋によれば, 「 『逆連動問題』とは,さまざまな水. らあるとすれば,技術的には低い水準であったと. 準の制御システムにおいて,経営問題解決努力と,. しても,公平・公正の観点から優れた解決を導く. 被格差・被排除・被支配問題解決努力が,相互に. ことがあるといった趣旨の主張をしている。今日,. 背反することである」(舩橋,2011:125)。. エネルギー問題において,原子力エネルギーに活. 舩橋は,「支配システムが経営システムの枠組. 路を見出そうとする方向がある一方で,再生可能. み に な っ て い る 」 と 述 べ て い る が( 舩 橋,. エネルギーに期待を寄せる方向も有力な選択肢と. 2011:131) ,ここからは,逆連動の状態が基本的. して提示されている。原子力エネルギーも再生可. に権力・勢力関係に基づくものであるという認識. 能エネルギーも,各所でそれぞれ紛争を抱えてい. があることがうかがわれる。これは,舩橋理論の. るが,舩橋の認識に当てはめれば,原子力という. 基本概念である経営システムと支配システムでい. 技術はその性格上,逆連動問題の解決が困難であ. うならば支配システムにあたるところであるが,. り13,シューマッハーのいう中間技術の性格を有. もう一方の経営システムの視座からは,以下のよ. する再生可能エネルギーは逆連動問題の解決が相. うな記述がみられる。. 対的に容易である。そもそも,原発を受け入れた 地域は中央との政治的・経済的格差が大きく,勢. 「逆連動問題の難しさは,当該の制御システム. 力関係における著しい格差がその背景にある。そ. の性格によって,大きな振幅がある。事業シス. して,福島第一原発事故から長い月日が経過した. テムレベルで見れば,事業システムの技術的性. 今も,事故の完全な収束を達成できていない。. 格や,事業システムをめぐる受益圏と受苦圏の. いうまでもなく,逆連動問題は解決されるべき ものである。舩橋は,逆連動問題の解決の焦点と. 12 正連動状態の実現は偶発的な条件の下でも起こり得. して「受忍限度の定義問題」と「受苦の解決可能. るが,舩橋は,常に正連動が実現されることが望まし. 性問題」を指摘する。それらはさらに,①先鋭な. いと考えており,そのための条件として「理性的制御 モデル」のシステム連関が恒常的に実現することを理. 格差の定義問題,②不当な排除の定義問題,③許. 想としている。「『理性的制御モデル』とは,人々の討. 容できない苦痛の定義問題,④苦痛の防止可能性. 論の積み重ねによって,道理性と合理性についての概. 問題,⑤苦痛の補償可能性問題の5点に分類され. 念解釈についての合意をそのつど作りだし,それらに. る(舩橋,2011:134-135)。舩橋によれば,「これ. ついての合意に基づいて社会が運営される(すなわち, 社会的意志決定と実行がなされる)ような社会制御の あり方である」(舩橋,2011:140)。「理性的制御モデル. らの公準(「二つの文脈での両立的問題解決の公 準」と「支配システム優先の逐次的順序設定の公. においては,討論を通して,道理性と合理性の概念解 釈について,人々の社会的合意が形成され,それによっ て,経営問題と被格差・被排除・被支配問題の解決が 同時に達成され,逆連動問題の解決,受忍限度の定義. 13 「固有の汚染リスクを伴う原子力発電を前提にして. 問題,受苦の解決可能性問題についても社会的合意が. 『環境配慮の中枢的内部化』(D段階)へ移行すること. 形成されていく」(舩橋,2011:140)。. は,D段階の定義上,不可能である」 (舩橋,2004:70) 。. 81.
(11) 角 一 典 14 準」 ) が,具体的社会制御過程で有効に機能する. 設定』がなされたことである。その変革課題設定. ためには,経験的に存在する人々の間で『受忍限. とは,政府首脳に対して,メタ制御システムの政. 度の定義問題』と『受苦の解決可能性問題』をめ. 治システムの側面における緊急性の昂進が要請し. ぐって, 『社会的合意』が形成されることが必要. たものであり,内容的には,価値基準の再定義,. である」 (舩橋,2011:135)。. 経済的利害に対する超越性をもつ問題解決原則の. ここでは, システム連関の状態を判断する上で,. 採用,政策目標の優先順序の再定義,社会制御シ. 問題がどのように定義されているかという観点. ステム群の再編成を含意するものであった。. と,問題の解決可能性がどの程度担保されている. 第二に,そのような変革課題設定が可能になっ. かという観点の重要性が指摘されている。経済シ. たのは,次の諸契機が相互に強化しあいながら,. ステムへの介入とネットワーク化が,分析的な観. メタ制御作用が活発化したからである。. 点と規範的・評価的観点を含んだものだとすれ ば,正連動と逆連動は後者の観点に力点が置かれ. ①行政組織,審議会および国会の委員会の中に, 環境優先の方向での変革を志向する(すなわ. たものということができるだろう。. ち,メタ制御作用を発揮する)主体・アリー 3.3 日本における環境制御システムの形成に. ナのネットワークが,段階的に強化される形. 関する分析から. で形成されてきたこと。. 長い時間をかけて構想された環境制御システム. ②多数の環境運動がさまざまなアリーナで同時. 論であるが,角(2017)でも指摘したが,その適. 多発的に要求提出を通しての争点形成を行. 用例は,1960-70年代の,公害の激化に端を発し. い,それらの環境運動が,相対的・集積的効. た公害対策の実施と,それを根拠づける法制定の. 果として,より高い権力水準のアリーナでの. 過程について分析した舩橋(2006)を除けば皆無. 『変革課題設定』を要請する変革圧力を及ぼ. といってよい。舩橋にとっては,この過程はB段. したこと。. 階に相当する,日本における環境制御システムの. ③メディアによる公害問題についての積極的報. 形成期として捉えられている。ここにおいて舩橋. 道,フレーミング,世論形成,それらを通し. は,日本における環境制御システムの形成につい. ての緊急性圧力の創出が,より高い権力水準. て以下のようにまとめている。. のアリーナでの『変革課題設定』を要請する. 「第一に,環境制御システムの本格的形成が可. 変革圧力を及ぼしたこと」(舩橋,2006:60-. 能になった直接的条件は, 『権限における超越性』. 61)(図3参照)。. を有する政府組織の頂点に位置するアリーナに, 『価値序列の再編成』を伴うような『変革課題の. ここでは,これまでに検討してきた,主体・政 治的機会構造・アリーナといった構成要素間の連 関,そして,主体やアリーナのネットワーク化の. 14 舩橋は,前者を「支配システムの文脈における尖鋭 な被格差問題・被排除問題・被支配問題と,経営シス テムの文脈における経営問題を同時に両立的に解決す. 効果が述べられている。その一方で,この論述か らは,環境制御システム論を理解する上での重要. べきである」という公準,後者を「二つの文脈での問. な示唆が得られると思われる。以下で制御水準同. 題解決努力の逆連動があらわれた場合,先鋭な被格差. 士の連関と課題設定の2点について検討してみよ. 問題・被排除問題の緩和と尖鋭な被支配問題の解決を. う。. まず優先するべきであり,そして,そのことを前提的 枠組みとして,それの課す制約条件の範囲内で,経営 問題を解決するべきである」という公準としている(舩 橋,2011:124)。. 82. 3.3.1 制御水準同士の連関 第一に,個別問題・事業システム,社会制御シ.
(12) 環境制御システム論に関する考察⑵. 整ったことにより,日本における環境改善が達成 されたという事実に間違いはない。つまりは国家 レベルにおける制度化が環境制御にとって枢要で あるが,それは前出の制御中枢圏においてのみ可 能である。しかしながら,少なくともB段階への ステージアップの場面においては,制御中枢圏が 自発的・内発的に環境対策に関心を向けたという ことではなく,量質ともに拡大してしまった公害 や開発による悪影響とそれにともなう住民・市民 による抗議,そして,対応を迫られた行政の関連 セクションが相まって日本における環境制御シス テムを形成し,また,社会問題としてメディアが 関心を持ち,さらには,直接には甚大な被害を受 けていない市民も,日ごろの生活実感やマスコミ 報道によって環境制御システムに親和的になるこ とで,制御中枢圏の政策の優先順序を変更させた のである。つまりは,萌芽的に形成された環境制 御システムが次第に力を持ち,政治的機会構造を 活用しながら制御中枢圏に働きかけると同時に, 課 題 解 決 の た め の 新 た な 主 体・ ア リ ー ナ 形 成 (ex.環境庁・両院の公害対策特別委員会・政 府の諮問機関の公害対策審議会)によって制御中 図3 メタ制御システムと環境制御システムの段階 的変化(舩橋,2006:39). 枢圏に橋頭堡を築くことにも成功している。 舩橋の分析では,制御水準同士の連関は,基本 的にはボトムアップとして記述されているが,A. ステム,メタ制御システムの連関の重要性が指摘 15. 段階からB段階への移行を対象としたためにその. されていることである 。社会制御の水準間の相. ような形になっているが,舩橋の構想では,ボト. 互作用に目配りすることも,環境制御システム論. ムアップの一方向に限定されるものではなく,. の応用においては重要になることが,上記の分析. トップダウンの連関もあり得るとされていたと考. から示唆されているのである。 今日的な視点からみれば,さまざまな点で不備 のあるものではあるが,1970年の公害国会で公害. 議会や国会委員会という形での変革課題を討論するア. 関連14法案が通過し,公害対策の国家的枠組みが. リーナも段階的に強化されていった。これらの主体や アリーナは,個別の公害問題に取り組むという点では 環境制御システムを構成する契機であるが,同時に,. 15 「環境制御システムの形成へと進んだ変革過程の第一. 社会制御システムにかかわる制度変革に取り組むとい. の特徴は,…メタ制御システムの水準に位置する変革. う点ではメタ制御作用を発揮しているから,メタ制御. 志向的な主体・アリーナのセットが段階的に強化され. システムの中にも位置している。ある段階で確立され. ていったことである。段階的とは,ひとつの時期の変. た主体とアリーナを基盤としながら,より強力なその. 革による主体やアリーナの形成が,次の変革のいわば. 次の段階の制度的枠組み(アリーナと鍵になる主体と. 踏み石となり,それを可能にしていることである。行. 規範大系)が形成されるという過程が繰り返された」 (舩. 政内部の取り組み体制の中心的担い手たる部局も,審. 橋,2006:51) 。. 83.
(13) 角 一 典. えたい16。もちろん,社会運動は「未来を予言す. あるが,環境制御システムにとっての経営課題が,. る者」 (トゥレーヌ)であり,基本的に,新たな. 介入の対象とされる経済システムの経営課題とし. 争点形成は,政治体あるいは制御中枢圏から自発. て共有された状態を指している。争点形成に成功. 的・内発的に生じるものではないだろう。しかし. したところで,それが環境制御システムの内部や,. ながら,かつての公害のように,被害と加害の構. 世論やメディアといった政治的機会構造の範疇に. 図が自明であるのとは対照的に,今日の地球環境. とどまっている限りは,争点化された問題が解決. 問題は,被害と加害の境界が複雑かつあいまいで. に導かれる可能性は著しく低い。環境制御システ. あり,また,直接的な因果の推定も困難である。. ムが問題解決能力を高めるということは,課題設. したがって,各地で公害が問題化した際に住民運. 定を実現する能力が高まるということと関連して. 動が叢生したような状況は,地球環境問題では生. いるのである。. じにくい。その上,グローバル化の進展が著しい 今日では,他国における問題の発生をきっかけに 政府が国民に注意喚起するような事例も増えてい. おわりに. る。そうした状況に鑑みれば,制御水準同士の連. 環境制御システム論は,国内外で高い評価を受. 関の基本はボトムアップであるが,トップダウン. けた理論であるが,それを他者が応用した例は皆. の連関を完全に排除するものではないとすべきで. 無といってよく,現状の扱いは「舩橋の独特な世. ある。. 界観」の域を出ていない。受益圏・受苦圏論のよ うに,さまざまな事例に応用されるようになるた. 3.3.2 課題設定(アジェンダセッティング). めには,やはり使いやすさ・分かりやすさが必要. 第二に,課題設定について検討を加えよう。上. であると思われる。本稿が目指したのは,環境制. 記の分析で舩橋は,争点形成と課題設定を使い分. 御システム論が多くの研究者にとって使い勝手の. けている。争点形成が,社会問題としての社会的. 良いものとなるための初発の作業としての,理論. な認知を獲得することだとすれば,課題設定は,. の交通整理である。そして,本稿では,舩橋が行っ. 政策的な課題としての認知,舩橋の言葉を使えば,. た理論的営為をベースにしながら,環境制御シス. 経営システムの文脈における,経営課題としての. テムの構成要素として主体・アリーナ・政治的機. 認知,それも,高い優先順位が付与される経営課. 会構造を,システムの動態を把握する上で,環境. 題としての認知を指している。いうまでもないが,. 制御システムの経済システムへの介入・ネット. 争点形成のレベルで収まってしまう問題は相対的. ワーク化・正連動と逆連動,さらに,制御水準同. に解決が困難である。他方,争点形成の域を超え. 士の連関と課題設定という視座が重要であるとま. て,特に制御中枢圏において課題設定に成功する. とめた。. ということは,相対的に問題解決を容易にする。. この整理はあくまでもきっかけ・叩き台に過ぎ. 課題設定に成功するということは,程度の差は. ず,環境制御システム論が洗練化されるためには, より精緻な理論的考察と並行して,事例への応用. 16 注15の記述を参照していただきたいが,舩橋(2006). が豊富化される必要があるだろう。. での分析では,日本における環境制御システムの形成 は,単発的なボトムアップによってではなく,スパイ. 参考文献. ラルのような連続的過程を経ているとイメージしてい る。環境制御システム自体が強化されるとともに,制 御中枢圏における制度形成が充実していき,それがさ らに環境制御システムに対してプラスの影響を与える といった好循環が存在していたという認識である。. 84. ・角一典,2017,「環境制御システム論に関する考察⑴」 『北海道教育大学紀要 人文科学・社会科学編』68 ⑴:39-52..
(14) 環境制御システム論に関する考察⑵. ・茅野恒秀,2014,『環境政策と環境運動の社会学 自然 保護問題における解決過程および政策課題設定メカニ ズムの中範囲理論』ハーベスト社. ・船橋晴俊,1977,「組織の存立構造論」『思想』638:3763. ・船橋晴俊,1980,「協慟連関の両義性-経営システムと 支配システム-」現代社会問題研究会編,『現代社会の 社会学』川島書店,pp.209-231. ・舩橋晴俊,1990,「社会制御の三水準 新幹線公害の日 仏比較を事例として」『社会学評論』41⑶:73-87. ・舩橋晴俊,1993,「社会制御としての環境政策」,飯島 伸子編,『環境社会学』有斐閣,pp.55-79. ・舩橋晴俊,1995,「環境問題への社会学的視座 『社会. 社会の問題解決』法政大学出版局. ・舩橋晴俊,2016,「原子力政策をめぐる社会制御の欠陥 とその変革」,舩橋晴俊/壽福眞美編,『持続可能なエ ネルギー社会へ ドイツの現在,日本の未来』法政大 学出版局. ・舩橋晴俊,2016,「日本環境社会学の理論的自覚とその 自立性」 『社会志林』62⑷:21-33. ・舩橋晴俊/角一典/湯浅陽一/水澤弘光,2001, 『 「政 府の失敗」の社会学 整備新幹線建設と旧国鉄長期債 務問題』ハーベスト社. ・脇田健一,2009,「『環境ガバナンスの社会学』の可能 性 環境制御システム論と生活環境主義の狭間から考 える」 『環境社会学研究』15:5-24.. 的ジレンマ論』と『社会制御システム論』」『環境社会 学研究』1:5-20.. ・Beck,U., 1986, Risikogesellschaft Auf dem Weg in eine. ・舩橋晴俊,1998,「環境問題の未来と社会変動 社会の. andere Moderne, Frankfurt am Main: Suhrkamp. 自己破壊性と自己組織性」,舩橋晴俊/飯島伸子編, 『講. Verlag.(=東廉/伊藤美登里訳,1998, 『危険社会 . 座社会学12 環境』有斐閣,pp.191-224.. 新しい近代への道』法政大学出版局) .. ・舩橋晴俊,2001,「環境問題の社会学的探求」,飯島伸. ・Hilgartner,S. and Bosk,C.L.,1988,The Rise and Fall of. 子/鳥越晧之/長谷川公一/舩橋晴俊編,2001,『講座. Social Problems: A Public Arenas Model. American. 環境社会学1 環境社会学の視点』有斐閣,pp.29-62.. Journal of Sociology 94⑴:53-78.. ・舩橋晴俊,2003,「環境制御システム論」,舩橋晴俊/. ・Schumacher, E.F., 1973, Small is Beautiful: A Study of. 宮内泰介編, 『【新訂】環境社会学』放送大学教育振興会,. Economics as if People Mattered.(=小島慶三/酒井. pp.230-249.. 懋訳,1986, 『スモール イズ ビューティフル 人間. ・舩橋晴俊,2004, 「環境制御システム論の基本視点」 『環 境社会学研究』10:59-74. ・舩橋晴俊,2006,「行政組織の再編成と社会変動 環境 制御システム形成を事例として」,舩橋晴俊編, 『講座・ 社会変動4 官僚制化とネットワーク社会』ミネルヴァ 書房,pp.29-63. ・舩橋晴俊,2010,『組織の存立構造論と両義性論 社会 学理論の重層的探求』東信堂.. 中心の経済学』講談社学術文庫) . ・Tilly, C., 1978, From Mobilization to Revolution, Boston: Addison-Wesley Publishing. (=堀江湛監訳, 1984, 『政治変動論』芦書房) . ・Touraine, A., Hegedus Z., Dubet F. and Wieviorka M., 1980, La prophérie anti-nucléaire, Paris: Editions du Seuil.(=伊藤るり訳,1984,『反原子力運動の社会学 未来を予言する人々』新泉社) .. ・舩橋晴俊,2011,「社会制御システム論における規範理 論の基本問題」『社会志林』57⑷:119-142. ・舩橋晴俊,2012a,「社会制御過程における道理性と合. (旭川校教授). 理性の探求」,舩橋晴俊/壽福眞美編,『規範理論の探 求と公共圏の可能性』法政大学出版局,pp.13-43. ・舩橋晴俊,2012b,「持続可能性をめぐる制御不能性と 制御可能性」 ,・長谷部俊治/舩橋晴俊編,『持続可能 性の危機 地震・津波・原発事故災害に向き合って』 御茶の水書房,pp.33-61. ・舩橋晴俊,2013a,「グローバリゼーションとエネル ギー・環境問題 システム準拠的制御の可能性」,宮島 喬/舩橋晴俊/友枝敏雄/遠藤薫編,『グローバリゼー ションと社会学 モダニティ・グローバリティ・社会 的公正』ミネルヴァ書房,pp.139-160. ・舩橋晴俊,2013b,「高レベル放射性廃棄物問題をめぐ る政策転換 合意形成のための科学的検討のあり方」, 舩橋晴俊/壽福眞美編,『公共圏と熟議民主主義 現代. 85.
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