アメリカ社会における司法審査制度の機能論(3)
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(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第71巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 71, No.1. 令 和 2 年 8 月 August, 2020. アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶ 籾 岡 宏 成 北海道教育大学旭川校法律学研究室. The Role of Judicial Review in American Democracy, Part 3 MOMIOKA Hironari Department of Law, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education. ABSTRACT In the United States of America, one of the most vexing issues for judicial politics scholars is whether and to what degree public opinion has affected the decisions of the Supreme Court. Empirical scholars have come to quite different conclusions about the impact of public preferences on the decisions of the Court; some have found the Justices to be attentive to mass opinion, while others have judged mass opinion irrelevant. This article summarizes some of the main leading studies dealing with these issues and finds that there is wide scholarly agreement that the Supreme Court decisions generally mirror public sentiment.. 「何も彼も,例の不文法(Unwritten law)と社会の輿論(Public opinion)とて 巧に治って行く米国は,吾々には堪えがたいほど健全過ぎる。」 . ―――永井荷風『ふらんす物語』229頁(岩波書店,改版,2002年). Ⅳ.世論と最高裁判決の関係に関する計量的分析 前稿では,司法審査制度そのものを廃止すべきであるという「反最高裁(Anti-Court)学派」による議 論を紹介した1。そこで指摘したのは,法律学者による議論においては,司法審査制度に付随する側面に対す る規範的な吟味が中心にあり,実際の最高裁判決と社会との関わりに関して実証的に検討するという発想が やや欠けているという点であった。もちろん,規範的な視点からの吟味こそが法律学の真骨頂であり,現実 の裁判においても異なる価値を衡量することが極めて重要な役割だとする主張には首肯できる点も多い。し 1 拙稿「アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑵」北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)68巻2号63-71頁(2018年) 。. 17.
(3) 籾 岡 宏 成. かしながら他方において,社会の中における裁判所の機能という別の側面から,司法審査制度を見つめ直す ことにも一定の意義があるようにも思える。 そこで本稿では,アメリカの政治学による一連の主要な研究成果を紹介し検討を加えたい。アメリカにお いては,司法政治学(judicial politics)という一分野が形成されており2,司法運営,とりわけ合衆国最高裁 の下す判決に関する研究の蓄積は豊富と言える。本稿で取り扱う文献の主要な争点は「世論の論調が最高裁 判決に影響を与えているか」であり,後で見るように,その是非をめぐって計量的分析を駆使した激しい論 争が展開されている。こうした議論の全体像を描くことにより,アメリカ社会における裁判所の位置づけに 関して法律学とは異なる視角から見えてくるもの,逆にその限界についても考察してみたい。 本稿の構成としては,まず1990年代初頭から政治学系の学術雑誌に発表された14本の論文の要旨を時系列 に紹介する。その際には,数式モデル,グラフ,統計的な数値表などなどの再掲は割愛し,筆者による知見 などをまとめることにする。最後に,全体についてのコメントを付し,今後の検討課題を述べる。 1.世論の最高裁判決への直接的な影響を論じた最初の研究(1993年) 世論と最高裁判決との関係について触れた論稿は数多く存在したものの,実証的な観点からこの問題を正面か 3 である。最高裁の判決に対して ら論じ後の論争の嚆矢となったのが,このミシュラー=シーハン論文(1993年). 世論のムードは,最高裁の構成メンバーの変更を通じた間接的影響のみならず,裁判官に対する直接的な影響も 与えているというのが,この論文の主な主張である。以下は,その要旨部分に若干の補足を加えたものである。 反多数者主義的な機関としての合衆国最高裁の役割に関する規範的な問題が,民主主義をめぐる理論にお いて長きにわたり論争を刺激してきたものの,最高裁が大衆の意見である世論とどの程度離れた行動をとっ てきたのかに関する実証的な問題にはあまり注意が払われてこなかった。本研究での,1956年から1989年ま での期間における時系列での分析によれば,世論全般および最高裁判決の総体の長期にわたるトレンドの間 には相互に正の関係が存在することが判明した。最高裁のイデオロギー的構成が変わるのは,大統領および 連邦議会の党派的およびイデオロギー的傾向における以前の時点での変化に反応してのことであり(間接的 影響) ,その時間差は平均で約5年である。しかも最高裁は,構成員の交代がない場合においてでさえも, 限界点に達するまで世論に対しても反応を示している。これは世論が「直接的」に最高裁に影響を与えてい ることを意味する。しかしながら,1981年以降は,その関係は消失してしまうか,負の相関関係を示すよう になった。同年以降は,最高裁のイデオロギー的バランスは,中道から保守寄りの裁判官が任命されるとい う強力で一貫した流れの中で混乱を来しており,それに付随して,司法が世論に反応するのを推進する動き は封じ込められ,多数者主義者としての現在および将来の最高裁像については疑問が呈されつつある4。 2.世論の最高裁判決への直接的な影響を否定した研究(1994年) 前年のミシュラー=シーハン論文(1993年)の方法論上の欠陥を指摘したうえで,同じ問題に再検討を加えた 5 である。この論文では,最高裁が世論から直接の影響を受けている証 のが,ノーポス=シーガル論文(1994年). 拠が存在しないとされ,裁判官の行動パターンに見られる突然でしかも長期間にわたる変化があり,これが「間. 2 アメリカにおける司法政治学の概要については,見平典『違憲審査制をめぐるポリティクス――現代アメリカ連邦裁判 所の積極化の背景――』21-43頁(成文社,2012年)を参照。 3 William Mishler & Reginald S. Sheehan, The Supreme Court as a Countermajoritarian Institution? The Impact of . Public Opinion on Supreme Court Decisions, 87 Am.Pol.Sci.Rev. 87-101(1993) 4 Id. at 87. . 5 Helmut Norpoth & Jeffrey A. Segal, Comment, Popular Influence on Supreme Court Decisions, 88 Am.Pol.Sci.Rev. 711-16(1994). 18.
(4) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. 接的」な影響モデルと一致すると結論づけられている。以下は,この論稿の結論に相当する部分の抜粋である。 世論は最高裁判決に影響を与えるのか? その影響モデルが,裁判官が自身の考えを脇に置いて「民の声」 と思しきものに忠実に従うといった類のものであるならば,我々の答えは明白に否である。とりわけ,5年 という時間差でそうした影響が見られるという証拠を全く見出すことができなかった。その代わりに我々が 発見したのは,最高裁での大規模なイデオロギー的変動が1970-71年の時期に起きたが,その約5年前に世 論にまぎれもない重大な変化が見られたということである。これは純粋な偶然の可能性が高い。利用可能な データの中でこれ以外の事例が見られないことに鑑みても注意が必要である。他方において,この事例は影 響モデルに一致しているかも知れないが,全く別のものである可能性もある6。 裁判官は大衆に対する説明責任はないのとは対照的に,大衆が選出する権限を有している大統領や上院議 員には説明責任がある。特に,ある大統領を選んだときの世論の内容がどのようなものであろうとも,その 大統領が最高裁の裁判官を指名する際には,それは跡形もなく消えてしまう。最高裁に新しい顔ぶれを加え る機会が多いことを勘案すれば,新たに選出される大統領は最高裁のイデオロギー的構成を変えることがで きるのである。裁判官が世論を注視しているということではなく,世論を共有していると推定される大統領 に(上院による助言と承認を得て)最高裁の裁判官が選ばれたということである。しかしながら,仮に,最 高裁が判断を下すのと直接関連する論点に基づき,またはイデオロギー上の論点について有権者の関心がな い中で,大統領が選出されるとしたら,大統領が指名した最高裁の裁判官が判決の中に世論を反映させると 考えることに全く理由がない。このことは,世論に対する反応という観点からすると,世論に(間接的では なく)直接的な影響を受けている裁判官の間では,重大な違いとなる。最高裁が世論に反応することは必然 的に起こり得ることではなく,大統領選挙の性質に依拠するところが大きいのである7。 3.刑事手続および市民権の分野に関する研究(1995年) 上記のミシュラー=シーハン論文(1993年)に強い影響を受け,刑事手続および市民権(特に人種関係) の分野において,世論がどのように最高裁判決に影響を与えるかについて実証的な検討を加えたのが,この 研究である(リンク論文)8。この中では,1965年から1988年までのデータが使用され,憲法の分野によって どのような違いがあるかも論じられている。以下は,その結論部分の翻訳である。 本稿で提示された知見は,外的な要因が最高裁に与える影響に関する研究および民主主義社会における最 高裁の役割に関する規範的な研究の両方に重要な示唆を与える。本研究での分析が示したところによれば, 外的環境における変化は最高裁の行動に直接的な影響を及ぼしたが,その影響力については,分野によって 濃淡が異なっていた。例えば,刑事手続の分野においては,最高裁はエリートと世論の両方に反応している ことが判明しており,ミシュラー=シーハン論文(1993年)での結果がほぼそのまま本研究においても再現 された。さらに言えば,最高裁は,連邦議会または世論に対してよりも,執行府(大統領)の態度の変化に 対して迅速な反応を示していることも分かった。しかしながら,人種関連の市民権に関する分野においては, 外的環境と最高裁の間の関係は微妙であり,最高裁は世論ムードでの支配的な感情には同調していたものの, エリートの態度に対してはそうでもなかった。このことが当てはまるのは,少なくとも,世論と最高裁の間 に統計的に有意な正の関係が存在したレーガン政権より前の時代においてであった。しかし,レーガン政権 の時代には,最高裁判決におけるイデオロギー的方向性が世論ムードのそれと相当に乖離するにつれ,世論. 6 Id. at 716. 7 Id. 8 Michael W. Link, Tracking Public Mood in the Supreme Court: Cross-Time Analyses of Criminal Procedure and Civil Rights Cases, 48 Pol.Res.Q. 61-78(1995).. 19.
(5) 籾 岡 宏 成. と最高裁の関係は逆の負の符号を示すに至った9。 本研究は,最高裁の行動パターンにおける政治的調整についての追加的な証拠を提供しているに過ぎない ものの, 政治的な調整がどのような場合に起こり逆に起こらないのかに関する重要な問題提起を行っている。 ここで検討された2つの分野,研究対象となった期間に正式に下された最高裁判決のうちのわずか30%を構 成するに過ぎない。他の分野,とりわけ最高裁を取り巻く他のアクターに対しては目立つことの少ない分野 における外的圧力に対する最高裁の反応については,今後検討されることになる10。 結局のところ,反多数者主義の問題というのは,民主主義社会の内部において他機関から任命された司法 府が適切に機能しているかを問題としている。司法府の意思決定に関する代表モデルが前提としているのは, 裁判官は,終身在職制であるものの,連邦裁判所の裁判官が外的な圧力から間接的に影響を受ける立場であ ることに鑑みると,顕著なレベルまで代表的な態度で行動しなければならないということである。確かに裁 判官は,他の選挙で選ばれた政治的公務員よりも,客観的な法律家として自分たちに期待された役割に拘束 されているとは言え,本研究で提示された証拠が示すところによれば,最高裁は,自らを取り巻く環境から 独立して行動する単なる法的な機関ではない。むしろ最高裁の行動パターンは,総体的な政策形成者のそれ なのである。この役割の範囲内において,特に相対的に大衆の耳目を集める論点については,最高裁は変化 する世論ムードに対応して,ある程度は時の流れとともに反応を示さなくてはならないというのは理に適っ ているように思われる。同様に理に適っているのは,一定の場合において最高裁は,選挙で選ばれた機関に よる導きに対して敬譲の意を示したりこれに従ったりする可能性もあるが,国家の政策形成者としての最高 裁の役割が必然的に意味するところは,他の分野においては最高裁が主導的な役割を担うということである。 市民権の分野がその好例である11。 要するに,国家の政策形成者として最高裁は,孤立したアクターではなく,より広範な社会政治的ネット ワークの中で作用するアクターである。本稿で示された分析は,一定の時間軸の中での世論およびエリート の態度と最高裁判決の間の関係への理解を深めるのに役立ったが,それらの相互作用は動的なものであるこ とも明らかにした。相互作用の具体的なメカニズムについては,更なる研究を必要とする12。 4.世論が政府各部門に与える影響に関する研究(1995年) 世論に対して連邦政府の各部門がどのように反応するのか,具体的には,上院,下院,大統領,最高裁の 4者が,広い意味でのそれぞれの政策を実現する過程において,民意である世論の意向をどの程度取り入れ ているかを検証した研究がある(スティムソン=マックーエン=エリクソン論文)13。この中では,他の政府 部門と比べて最高裁が世論に対してどのように反応するかにも触れられている。 この研究は,最高裁に関しては1953年から1990年までのデータベースを用いて,市民権と自由,刑事手続, 経済,およびその他の分野から選択した事件を対象としている。そのデータ分析によれば,世論の変化を最 高裁判決は反映しているかという問いに対しては肯定的な答えが得られ,世論に変化が起こるあらゆる時点 において,実際に最高裁判決が世論の意向と軌を一にしていることが有意な水準で示されている。ただし, 最高裁判決の世論との一致度は,上院や下院と比較すると,4分の1から3分の1程度に過ぎない。そうな. 9 Id. at 75. 10 Id. 11 Id. at 76. 12 Id. . 13 James A. Stimson, Michael B. MacKuen & Robert S. Erikson, Dynamic Representation, 89 Am.Pol.Sci.Rev. 543-65(1995). 20.
(6) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. ると,当然ながら次の問題は,世論がいかにして最高裁の政策に変換されるかである14。 世 論 か ら 最 高 裁 判 決 へ 至 る 経 路 は, 最 高 裁 の 顔 ぶ れ か ら 起 こ る 構 成 メ カ ニ ズ ム(composition mechanism)と合理的期待(rational anticipation)の2つが考えられる。最高裁の裁判官に欠員が生じた場 合には,誰を指名するかを大統領が決め,上院がそれを承認するが,その過程においては,両者ともに自ら の政策的選好と世論が何を受け入れるかという感覚も反映することになる。これらの経路は,最高裁裁判官 の任命制度に深く組み入れられたものである。本研究でのデータ分析によれば,大統領が属する政党,およ びその時点での世論の論調といった要素は,予想された正の方向の相当に高い数値を示していたものの,統 計的分析で通常用いられる5%有意水準によっては,いずれの数値も有意なものではなかった15。 したがって,最高裁が世論を合理的に期待して行動しているという考えは,理論的には限定されたものと なる。別の分析手法によっても,構成メカニズムと合理的期待の両者はともに正しい符号の(正の)数値を 示してはいたものの,統計的には弱い効果しか表していなかった。一連の要素の共線性(collinearity)を考 慮に入れると, 構成メカニズムと合理的期待のいずれの経路が重要な役割を果たすのか,判別できなかった。 結局のところ,最高裁は,世論の選好における変化に対しては控えめな反応しか示せていない16。 ところで,本研究は,先行研究と同様のデータを用いながらも,極めて異なる分析手法を行っている。た だ,最高裁判決に対する世論の影響が直接的なのか間接的に過ぎないのかについて決定的なことは言えず, 議論は続きそうである。また,構成メカニズムと合理的期待の両者の影響力について,その痕跡が存在する ことを筆者らは信じているものの,確信を得られるほど強いデータは得られなかったことを認めている17。 最後に,本論文は,合衆国最高裁が大統領府や連邦の上下院などの他の連邦政府部門と比較してどのよう な特徴があるかについて言及している。最高裁は,合衆国憲法によって期待されているよりもはるかに,世 論を判決に反映させているように見えるものの,他の部門と比べると反映の度合いは最も小さい。さらには, 他の部門が, 世論の変化について遅れや躊躇を全く見せることなく対応しているのとは対照的に,最高裁は, 一般通念と違わず,より思慮深く慎重に(at a more deliberate speed)行動していると結んでいる18。 5.各裁判官の投票パターンに注目した研究(1996年) 1953年から1992に至る40年間の15名の裁判官のそれぞれの投票パターンを分析し,世論が各裁判官にどの 程度どのように影響を与えているかを検討したのが,この論稿である(ミシュラー=シーハン論文(1996 年) )19。以下は,結論部分の抄訳である。 最高裁が世論の大きな潮流に反応しているのは,同裁判所の構成が政治的に決定されているという事実に 帰するところが大きいとされるのが通常である。大統領は大衆の支持によって選出され,最高裁の欠員の際 には,大統領の政治的立場と共存できる人物を充てる。しかしながら,本研究でのデータ分析によれば,世 論は裁判官個々人の態度や行動パターンに直接的にも影響を与えているという仮説に対して強力な証拠が提 示された。ただし,世論の変動に対して全員の裁判官が反応しているというのは,明らかに真実ではない。 というのも,調査対象の期間の15人の裁判官の過半数が,世論に対して顕著な反応を全く示していないから である。逆に,有意な反応を示していたのは裁判官の半数以下に対してであり,実質的な反応を示していた 14 Id. at 75. 15 Id. at 556. 16 Id. 17 Id. 18 Id. at 560. 19 William Mishler & Reginald S. Sheehan, Public Opinion, the Attitudinal Model, and Supreme Court Decision Making: A . Micro-Analytic Perspective, 58 J.Pol. 169-200(1996). 21.
(7) 籾 岡 宏 成. のは約3分1であった20。 さらに言えるのは,世論による影響力の強さが最も顕著なのは,中道派の裁判官だということである。こ のことは,最高裁全体への世論の影響がより強くなることを意味している。というのも,中道の裁判官は最 高裁の浮動票を握る者としての重要な位置を占めているからである。彼らが最高裁の多数派の方向性を決定 づけ,最高裁判決の趨勢の鍵を握ることは頻繁に起こる。これと同様に重要なのは,世論の影響力は,最高 裁が取り上げる事件の論点(アジェンダ)が絶えず変化していることの影響力とは,少なくとも部分的には 独立しているということである。最高裁のアジェンダ設定が右派または左派に動くと,裁判官が立場を変え たかのような印象を与えることがある。例えば,最近の最高裁への数名の保守派裁判官の任命の中で判決が 中道派にとどまっているのは,裁判官の態度または行動パターンに真の変化が生じた結果というよりは,最 高裁のアジェンダ設定が継続的に保守方向へ動いていることの結果であるようである21。 世論は影響力が強く,しかも過去40年間に最高裁に在職した裁判官の半数近くもの裁判官の行動パターン に強力なインパクトを与えていることを実証したことは,司法による意思決定に関する標準的なモデルを支 える根本的な前提と矛盾する。後者の前提は,裁判官らは自身の政治的態度およびイデオロギーに従って投 票しており, 司法の態度というものは世の中の変化に動じない根本的な信念であることを強調する。しかし, 本研究での結果は,司法の意思決定における裁判官個人の立場の重要性を確認するものであったものの,考 えや態度は動的なものであり,世論や社会変動に反応して変化を受け入れるということも示唆している22。 本研究での結果は,従来の標準的な態度モデルを否定するものではないが,更新され洗練されたバージョ ンの態度モデルに与する議論を展開しており,その態度モデルにおいては,主観的な規範が考慮に入れられ つつも,個人的な態度は静的で不変なものではなく,相対的に動的で流動的なものとして扱われている。本 研究で提示された証拠は,裁判官個人の態度は司法的行動の主要な決定要素であるという態度モデルに一致 し,裁判官の態度は流動的ではあるものの相対的に粘性の高いものであるという見解とも一致するものであ る。ただし,本研究での知見は,個人としての態度は司法的行動と同一視できる,または本質的に始めから 決定されたもの,そうでないにせよ個人の人格の中の不変不易なものとして扱ったりできるとする態度モデ ルとは,明らかに相容れないものである。司法判断に影響を与える他の要素の可能性を排除したり,裁判官 の態度を不変のものと捉えることは, 心理学の諸理論や最高裁の態度に関する最近の研究成果と矛盾する23。 最後に,世論が最高裁判決に影響力を行使する経路は何かという最初の問題に立ち返ると,そのプロセス は従来考えられていたよりも相当に複雑であるというのが,我々の議論の眼目である。確かに,大統領の選 出から最高裁裁判官の任命に至るまでのプロセスが世論と最高裁判決の変化との間の主要な繫がりであると いうのが, 本研究および他の先行研究で判明したことである。しかしながら,大統領による指名プロセスが, 世論が最高裁に作用する唯一の経路というわけではない。裁判官の態度における変化を刺激することによっ てであれ,裁判官の主観的な規範を形成することによってであれ,世論は,個々の裁判官の判断に対して影 響力を行使することが可能であるし,実際に行使しているのである。そうしたやり方で影響を受けている裁 判官の数は相対的に小さいものの,そうした裁判官の多くは,最高裁判決の帰趨に強い影響を与える浮動票 を有する中道派なのである24。. 20 Id. at 196-97. この論文での「一部の裁判官のみに世論が影響を与えている」という主張は,次頁のフレミング=ウッド 論文での「世論ムードに全般的に全く反応を示さない裁判官が皆無」という知見と対照的である。 21 Id. at 197. 22 Id. 23 Id. 24 Id. at 198.. 22.
(8) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. 以上を要するに,世論は最高裁に対して重大な直接的な影響を与えているし,間接的な影響もまた与えて いるということである。この結論は,個々人の態度には一切変化が生じないという前提に立つ単純な態度モ デルとは相いれないものの,態度が行動パターンを決定する重要な要素の1つであり,世論によって誘引さ れた個々の裁判官の態度の変化が最高裁判例における大きな変化を支える重大なダイナミズムの1つでもあ るとする洗練された態度モデルとは,十分に両立するものである25。 6.世論の直接的な影響を実証した研究(1997年) 個々の裁判官が開廷期ごとに投じたリベラル票の割合を分析し,これに世論が直接的な影響を与えている かを検証しそれを実証した論稿がある(フレミング=ウッド論文)26。以下は,その結論部分の要約になる。 最高裁の裁判官に欠員が生じ,大統領が新しい裁判官を指名し,上院がこれを承認することにより世論の ムードが反映される限りにおいて,大統領や議会などの選挙によって選ばれる部門は,最高裁のイデオロギー 的構成を大衆の立場に合わせる調整する。このやり方によって,その時点において広く浸透している大衆感 情は,民主的選出プロセスというフィルターを通じて最高裁の政策的な方向づけが形成される。本研究およ び先行研究が示しているように,この両者の繫がりは極めて強く,もはや議論の余地はないと言ってよい27。 むしろ全く明らかになっておらず,はるかに激しい論争の対象となっているのは,任命の後に,最高裁お よびその裁判官を世論の変化に結び付ける「直接的」な繫がりの可能性があるか否かである。本研究による 分析はこの論争を解決し,世論ムードの変動に個々の裁判官が従っていること,すなわち裁判官による投票 決定のリベラル度がアメリカ人の政治的ムードの動向と軌を一にして変化していることを実証した。こうし た反応が一般的に起こり,その反応が複数の争点を横断して見られること,そして,争点の違いにも関わら ず,とりわけ市民権が争点となる分野において,世論ムードに全般的に全く反応を示さない裁判官が皆無で あったということを,我々は確信を持って言うことができる。我々の結果は,世論の変化と最高裁判決での 投票の変化との間に3年から7年の幅で長期の時間差があるという証拠を認定できなかったという点におい て,複数の先行研究とは異なっている。さらに,投票パターンの変化が特定の一握りの裁判官らに集中して いるという証拠も,我々は発見できなかった。むしろ本研究で示されたのは,個々の裁判官が世論の変化に 対して迅速に反応しており,しかもその反応が特定の裁判官に限られたものではないということである28。 裁判官らは変化する大衆の選好に直接的に反応しているが,その反応の大きさがかなり限定されたもので あるということも我々の分析は示唆しており,これは態度モデルとも一致している。我々の分析によると, 対象となった期間における世論のムードの振れ幅が29%であったのに対して,これに相当する裁判官のリベ ラル度の変動は2%に過ぎなかった。アメリカの政策ムードにおける,それと同等またはそれ以上の振れ幅 は, 珍しいことではない。政策ムードの実質的な変動がメディアの関心の変化を生むことは疑いようがなく, そのことは現職の終身裁判官を含めた公務員が知るところとなるだろう。長い時間差が認定された場合には 起こる可能性の高い,裁判官の長期的な見解の変更というものを我々は前提としていないため,長い時間差 が観測されなかったことは,態度モデルとも矛盾するものではない。むしろ裁判官らは,長期的な立場の変 更を行っているのではなく,適応戦略の一環として,相対的に一部の事件において,世論の変動に対して, 迅速で短期間での調整を図っているのである。我々の分析が明らかにしたところによれば,こうした行動パ. 25 Id. 26 Roy B. Flemming & B. Dan Wood, The Public and the Supreme Court: Individual Justice Responsiveness to American Policy Moods, 41 Am.J.Pol.Sci. 468-98(1997). 27 Id. at 492. 28 Id. at 492-93.. 23.
(9) 籾 岡 宏 成. ターンの説明は,裁判官が自らの考えを変更したという主張に従う必要はなく,世論の劇的な変化を自分た ちが受け入れるかのかどうかという観点から裁判官たちは究極的に投票したということに過ぎない29。 それでは何故,裁判官らは変化する世論のムードに反応するのだろうか? 本研究で行ったような計量的 分析は,この問いに答えることができない。しかし,その問いに対して我々は推量することは可能である。 裁判官らは公的な人物であり,大衆のムードを構成するものに否応なしに絶えず接している。彼らは新聞を 読むし,群衆や団体の前で演説やトークショーを行ったりするし,国中を旅行するし,首都ワシントンの政 治社会の一員でもある。法廷での口頭弁論や準備書面で表明される弁護士の見解,受け付ける事件に対する ロー・クラークの反応などが,混然一体となって情報の流れを生み出し,それが裁判官と外の世界とを繫げ る。最高裁での事件に「裁判所の友」として参加する利益団体の関与もまた,裁判官らと政治との間の繫が りを提供する。したがって裁判官らは大衆の声を実際に「聞いて」いるのであり,大衆が何を考えているか, 少なくとも知識に基づいて大衆が考えているとされるものを認識しており,アメリカ政界に浸透している憲 法的な対話が継続しているという感覚を有しているのである30。 しかし,何故に裁判官は世論のムードに注意を払わなければならないのか? 大衆の声に耳を傾けなけれ ばならないインセンティブは何か? 裁判官は,有権者から切り離され保護された制度的枠組みの中で判決 を下している。この狭いパースペクティブから考えると,世論が方向性を転換したと認識したからという理 由のみで投票パターン修正することに何らかの利益を見いだすことは困難である。しかしながら,本研究で の実証的な知見が明確に示しているのは,裁判官がアメリカの政策ムードの変化に反応しているということ である。この矛盾についての説明は,裁判官の制度的立場に関するより広いパースペクティブの中に見いだ すことができるかも知れない。裁判官は,政治的な結果に強い関心を有しているものの,他の機関およびア クターに対抗できず依存していることから,その政治的結果を十分に統制することができない。司法部は, 自分たちが下した判決が覆されたり,何の敬譲の意もなく執行されたりする可能性を恒常的に考慮する必要 がある。自分たちの組織体を守りたいと考える裁判官は,大衆によって判決が無効になり,それに伴って政 治システムの中での最高裁の立場が弱まることを回避したいと思っている。したがって,判決を下す際には, 自分たちが望ましいと考える政治的結果と,そうした状況下で起こりうる結果とを天秤にかけている。そし て彼らは,政治的な反対運動が活性化することを回避できるような妥協点に向けて限界まで調整を行い,他 方では大衆が何を求めているかについても一定の配慮を払っているのである31。 しかしながら,裁判官は,風向を読んで常に方向を変える風見鶏ではない。制度的な設計と裁判官の態度 の両方が一体となって,そうしたことが起こるのを防止している。だが,世論のムードにおける実質的な変 化は,裁判官の投票選好の限界点における投票パターンの変更を促す。こうした調整行為が生み出した増加 部分の特性は,裁判官という立場が提供する制度的保護,投票パターンにおける惰性,そして自分たちがい つも大衆に媚びへつらっている存在であると認めることへの反抗などに反映されている。そうなると,伝統 的な通念と態度モデルはともに誤ってはいない。ただ,修正は必要である32。 7.下級審の判断を破棄した最高裁判決に着目した研究(2004年) この論稿では(マグワイアー=スティムソン論文)33,1953年から1996年までのデータに基づき,裁判官の. 29 Id. at 493. 30 Id. at 493-94. 31 Id. at 494. 32 Id. at 494-95. 33 Kevin T. McGuire & James A. Stimson, The Least Dangerous Branch Revisited: New Evidence on Supreme Court. 24.
(10) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. リベラル度を測る独自の手法を用いることにより,各裁判官のイデオロギーだけではなく,世論もまた最高 裁判決に強い影響を与えていることが示されている。まず,従来の研究が用いていた手法においては,原審 判決である下級審の判断を最高裁が破棄する場合と維持する場合との両方を検討の対象としていたが,前者 の破棄の場合のみを対象とするごく最近の手法に基づく方が,最高裁が下した結論に関する有効な指標が得 られることが強調されている34。両者が混在する全ての事件を対象としていたのでは,最高裁のイデオロギー 的方向性の正確な把握が阻害されてしまうというのである。いずれにせよ,この研究では,刑事手続,市民 権と自由,および経済の3つの政策的分野での最高裁判決のうち,下級審判断を覆した事件のみを対象とし て時系列的に分析することにより,最高裁のリベラル性を検証したところ,世論のムードが最高裁判決に与 える影響力の強さが,以前の研究よりも格段に顕著に示されたという。また他方において,個々の裁判官の 判断は,自身の政治的立場に強く影響されることも指摘されている35。 8.世論と最高裁判決の関連性に再考を促す研究(2008年) この論稿では,1956年から1999年の間の最高裁の各裁判官による投票データを分析することにより,最高 裁判決に対する世論の影響が相対的に低いことが示されている(ジャイルズ=ブラックストン=ヴァイニン グ論文)36。以下はその結論部分の要約である。 この研究における第1の知見は,世論のムードの影響力は,実質的にはそれほど大きくはないということ である。さらに言えば,本研究でのデータが示すところによれば,世論の影響力は裁判官によって異なる可 能性があり, しかも影響力を行使している事案はわずか20%(全体が26件のうちの5件)程度にすぎない37。 しかし,世論には実質的に小さな影響力しかなく,裁判官の中の少数派にしか作用していないという上記 の結果が得られたからといって,組織としての最高裁を理解する上で,世論と最高裁判決との間の繫がりが 重要ではないということにはならない。最高裁が世論に同調することは,大幅な譲歩を要求するものではな いし,世論を動かす同一の諸要素に対して全ての裁判官が敏感であることを求めるものでもない。世論の論 調から外れないという一定程度の動きが起こり,最高裁の多数派の立場に適切に合わせるだけで十分なので ある。少数の裁判官の投票パターンにおいて相対的に小さな変化が起こっただけでも,最高裁全体としては 世論の潮流に反応することになるだろう。本研究は世論のムードから裁判官の投票パターンへの因果経路に ついては特定したものの,そうした因果経路の影響力の大きさが,最高裁判決の動向と世論との間の観測可 能な関連性を生むのに十分か否かという問題は,先行研究も指摘するように,依然として議論の余地がある と言ってよい38。 第2には,顕在性の高い事件においては,裁判官のリベラル度に対する世論の影響力は一貫して大きなも のではないという本研究での知見は,世論の直接的な影響力をめぐる重要性に関して,より困難な問題を提 起することになる。データ分析によれば,事件の顕在性が高い場合ほど,各裁判官の実質的な政治的立場が より鮮明に表明される可能性が示された。マーシャル,ブレナン,ゴールドバーグ,フォータス,ダグラス, ブラックといったウォーレン・コート時代の裁判官,そしてスーター,ギンズバーグ,スティーブンズ,ブ ラックマン,ブライアーといった,レーンクィスト・コート時代のいずれもリベラル派の裁判官たちは,顕 Responsiveness to Public Preferences, 66 J.Pol. 1018-35(2004) . 34 Id. at 1024-27. 35 Id. at 1033. 36 Michael W. Giles, Bethany Blackstone & Richard L. Vining, Jr., The Supreme Court in American Democracy: . Unraveling the Linkages between Public Opinion and Judicial Decision Making, 70 J.Pol. 293-306(2008) 37 Id. at 303. 38 Id. at 303-304.. 25.
(11) 籾 岡 宏 成. 在性の低い事件よりも,顕在性の高い事件での方が,リベラルな票を投ずる傾向が統計的に有意に強かった。 同様に,レーンクィスト,スカーリア,バーガーといった保守派の裁判官たちは,顕在性のない事件よりも, 顕在性のある事件での方が,リベラルな立場を支持する傾向が有意に弱かった。最終的というわけではない にせよ,こうした傾向は,顕在性の高い事件における投票態度の両極化によって,多くの裁判官にとっては 世論の影響力が弱められることを示唆しており,これは先行研究の知見とも方向性が一致している。最高裁 が扱う事件が世間の注目を浴びることにより,合衆国最高裁ウォッチャーに論点が提供され,アメリカ政治 における最高裁の役割が決定的に重要となる傾向がある限りにおいて,世論と最高裁との間の直接の繫がり は,裁判官の終身在職をめぐる現存の懸念を晴らすことにほとんど役立たないのである39。 第3には,制度的な理念の問題である。本研究において,世論と最高裁の裁判官の行動パターンとの間の 関連性,およびこの関連性を支えるメカニズムが実証的に示されたものの,これはあくまでも実証的に観測 された関連性に過ぎず,制度的な理念に裏打ちされた関連性ではないということは強調できる。したがって, 本研究の対象期間の多くの裁判官たちが自らの立場を変え,最高裁を世論に近づけようとしていたからと いって,この行動パターンが将来においても継続するという保証は全くない。もちろん,最高裁の人員の入 れ替えというメカニズムは,政治システムの制度的構造の中に強固に確立したものではあるものの,最高裁 を多数派の意思に適合させるための完璧な装置とは決して言えない代物であることが判明した40。 9.違憲判断を受けた連邦法と世論との関連性に関する分析(2009年) 合衆国最高裁による判決と世論との関連を中心に論ずる文献が多い中で,連邦議会の合衆国最高裁に対す る敵対心の程度と最高裁による違憲判決の頻度との関連を分析する権力分立の観点から,新たな思考枠組み を提供するユニークな研究もある(クラーク論文)41。 この研究では,最高裁の裁判官および彼らに従事していた元ロー・クラークらに対するインタビューから 得られた知見に基づき,著者は,司法部と立法府の関係性についての理論モデルを展開する。それは,司法 による組織体としての正当性の追求と世論の役割を,合衆国最高裁に対する連邦議会の敵対心という文脈に 落とし込んで理解するという思考方式である。そのため,最高裁の権限行使を抑制することを目的として 1877年から2006年までの間に提出された法案をめぐる一連のデータは,最高裁が司法審査を行使することに 対する連邦議会の敵対心の影響力を測るために用いられている。 このデータ分析から示されたのは,世論が最高裁に対して不満を抱くことにより,連邦議会による敵対的 対応という媒介を通じて,自己抑制を最高裁が行使するインセンティブが生じるということである。すなわ ち,連邦議会が敵対的である場合には,最高裁が司法審査権を行使して連邦法を無効にする頻度は,連邦議 会が最高裁に敵対的でない場合よりも低い,という結論が導かれている42。例えば,最高裁が世論による支 持を失うことを危惧する場合には,民意による支持の程度についての連邦議会からのシグナルに基づいて最 高裁は自らの行動を調整する。しかしながら,その効果の規模は,そうしたシグナルが送られる政治的文脈 という媒介物を介してということになる。司法部に対する制約に最高裁がより強く反応するのは,イデオロ ギー的な敵対者に直面する場合ではなく,むしろイデオロギー的な同調者からそうした制約が提案される場 合なのである。さらに言えば,司法部に対するそうした制約の効果が高まるのは,最高裁が自らに対する世 論の支持について悲観的になる場合である。特筆すべきは,こうした「世論―連邦議会―最高裁」間の相互. 39 Id. at 304. 40 Id. . 41 Tom S. Clark, The Separation of Powers, Court Curbing, and Judicial Legitimacy, 53 Am.J.Pol.Sci. 971-89(2009) 42 Id. at 985.. 26.
(12) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. 作用は,最高裁に対する制約の効果が高まるのはそうした立法化が実現になされることを恐れているからだ という一般的な通念とは相反するものである43。世論と最高裁による判決の間に直接の因果的作用があると いうよりは,両者の間に連邦議会という媒介項が存在するというのが,この研究の眼目である。 10.事件レベルでの計量的分析(2010年) 世論の最高裁判決の影響に関する計量的な先行研究の多くが,最高裁開廷期ごとにデータをとっているこ とを問題視し,事件ごとのデータに基づいて分析を行っているのが,エプスタイン=マーティン論文であ る44。これは,前年の2009年に出版されたバリー・フリードマンの著書45における,世論と最高裁判決が相互 に強い影響を与えているという主要な主張の統計的な実証を試みた論文でもある。以下は,その要旨である。 この研究では,1958年から2008年までの間に合衆国最高裁が下した5,675件の判決を対象にして,判決が 保守的かリベラルかという政治的傾向を従属(被説明)変数,世論の態度をはじめとした種々の要素を独立 「基本的に最高裁と世論は相互的な協力関 (説明)変数としたロジステック回帰分析を行った46。その結果, 47 というフリードマンの議論に十分な根拠を与えるものとなった。本研究から少なくとも言える 係にある」. のは,世論のムードと最高裁判決とのの間には,相関関係が存在するということである。 しかしながら,その相関関係がそれ以上のものか,すなわち「世論がいかに最高裁に影響を与え,憲法の 意味を形成してきたか」というフリードマンの著書の副題が示すように,世論が実際に最高裁の行動に影響 を与えているのかについては(因果関係の有無) ,この研究からは明らかになっていない。これには2つの 理由がある。第1には,最高裁判決に影響を与える明確な要素を絞り込もうと試みたにも関わらず,本研究 では顕在性という重要な要素を考慮に入れていなかったことである。すなわち,世論のムードとダミー変数 化した争点分野を説明変数に入れていたが,それらの間に相互作用があったために,司法の権限が問題となっ た事件においては,世論が説明変数として機能しないという結果が得られた。この類の分野の訴訟は,世間 から注目されることなく粛々と判決が下されることが多いため,それぞれの事件がどれくらいの注目度が あったのかを考慮する必要性があった。他日の研究においては,著名な新聞の一面に取り上げられたかを基 準とする「ニューヨークタイムズ指標」 ,裁判所の友(amicus curiae)として訴訟に参加している個人・組織 の数,後の判決において引用されている数などを参照する手法を用いて,顕在性を測ることが可能であろう48。 相関関係の段階にとどまり因果関係まで引き上げることができない第2の理由は,世論が最高裁の裁判官 の判断に影響を与えるメカニズムについての具体的な検証が本研究を含め今までの研究では十分とは言えな いからである。確かに, 「最高裁の裁判官たちは自分たちの判断に関する短期・長期の正当性について懸念 しているがゆえに,世論は最高裁に直接の影響を与えている」とするフリードマンおよび他の論者は正しい のかも知れない。しかし,フレミング=ウッド論文が説明するように,最高裁裁判官といえども「社会の申 49 という捉え方にも一 し子であり,アメリカの文化,メディア,政治が発する多数の刺激物に接している」. 43 Id. 44 Lee Epstein & Andrew D. Martin, Does Public Opinion Influence the Supreme Court? Possibly Yes( But We’re Not Sure Why), 13 U.Pa.J.Const.L. 263-81(2010). 45 Barry Friedman, The Will Meaning. of the. of the. People: How Public Opinion Has Influenced. the. Supreme Court. and. Shaped. the. Constitution(2009).この著書の紹介としては,勝田卓也「世論と対話する最高裁」[2011-1]アメリカ. 法182頁がある。 46 See Epstein & Martin, supra note 44, at 271-74. . 47 Friedman, supra note 45, at 15(“the Court and the public will come into basic alliance with each other”) 48 See Epstein & Martin, supra note 44, at 280. 49 Flemming & Wood, supra note 26, at 471(the Justices are simply“social beings confronted with the plethora of. 27.
(13) 籾 岡 宏 成. 理ある。別言すれば,世論に影響を与えている何かが,結局は大衆の一員である最高裁裁判官にも同様に影 響を与えている可能性がある。こうしたメカニズムの解明は後の研究に譲ることにする50。 11.事件の顕在性に着目した分析(2011年) 事件の顕在性,すなわち最高裁が取り上げる事件が世間から注目されているかどうかと世論の最高裁判決 への影響に関する先行研究はあるが,顕在性の低い事件においてこそ最高裁が世論を強く意識するという, 一見すると明らかに直観に反する分析結果を示している研究もある(カジラス=エンズ=ウォールファース 論文)51。以下は,その論稿の結論部分の抄訳である。 最高裁の裁判官が世論の中心から大きく逸脱することは稀であると言われることがあるが,我々の研究の 目的は,何故そのパターンが存在するのかを説明することにあった。現在までのところ,最高裁が世論に反 応することを主張する複数の先行研究(ミシュラー=シーハン論文など)が,何らかの同一の社会的な力に 両者が反応しているため両者の検証可能な関係は誤ったものである可能性があることを認めてきた。しかし ながら,本研究の分析によれば,大衆と最高裁の「両方」に影響を及ぼしている社会的な力を考慮に入れた 統計的処理を行った後でさえ,世論のムードは最高裁の裁判官の行動パターンおよび最高裁の政策的成果を 「直接的」に統制していることが明らかになった52。 本研究の知見には,世論と司法的政策をめぐる論争に対するいくつかの貢献がある。第1に我々は,世論 がいかにして最高裁判決に直接に影響を与えているかに関する効果的な評価を行うのに最初の障害となって いたものを克服しようと試みた。すなわち,高位の裁判所に奉職する裁判官と一般大衆の両方の態度に影響 を与えるものを考慮に入れた。次に我々は,顕在性がないと推定される事件において,なぜ裁判官が,自分 たちの立場と対立する世論に従うインセンティブとのバランスをとる中で,絶えず世論のムードに留意しな ければならないのかを明らかにするユニークな理論的命題を提示した。これとは対照的に,顕在性のある事 件については,最高裁は反多数者主義的な勢力として行動し,自らのイデオロギー的立場に沿う形で判断を 下す傾向がはるかに強いことを,我々は認定した。この結果は我々が理論的に期待するところと一致するも のの,最高裁がそれらの世間の注目を浴びる事件に対する世論を無視しているのか,あるいは事件を著名に したメディア報道が,世論のムードからの最高裁の逸脱を反映しているのかについては,現在の分析だけで 我々は結論を出すことができない。我々の研究はまた,最高裁への信頼は,大衆に認知されない最高裁判決 が世論といかに密接に結びついているかに対応しているという示唆的な証拠も提示した。別言すれば,最高 裁の行動パターンに対する大衆の認識および世論の文脈を考慮する裁判官のインセンティブは,以前に考え られていたよりも大きいものである可能性がある。これらは, 今後の研究に委ねられた重要な課題である53。 12.制度的な観点からの分析(2011年) (特に最高裁の)裁判官は,個別の政策や立法に反応するのではなく,むしろ制度的な観点 この論稿は54, から,自分たちが属する裁判所という組織の利益を守るために司法審査制度を活用し戦略的に行動している stimuli emanating from American culture, media and politics” ) . 50 Epstein & Martin, supra note 44, at 280-81. 51 Christopher J. Casillas, Peter K. Enns & Patrick C. Wohlfarth, How Public Opinion Constrains the U.S. Supreme Court, 55 Am.J.Pol.Sci. 74-88(2011). 52 Id. at 86. 53 Id. 54 Jeffrey A. Segal, Chad Westerland & Stefanie A. Lindquist, Congress, the Supreme Court, and Judicial Review: Testing . a Constitutional Separation of Powers Model, Am.J.Pol.Sci. 89-104(2011). 28.
(14) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. という議論を展開している(シーガル=ウェスターランド=リンドクィスト論文)。以下は,その結論に相 当する部分の抄訳である。 最高裁は,不確定な政治的環境の中で判決を下しており,憲法に関する何らかの最高裁判決について,連 邦議会がこれを覆したり報復をしようとしているのかについては,最高裁は知る由もない。むしろ我々は, 連邦議会や大統領の意向と思わしきものを最高裁が探っているのではないかと考えた。本研究において,そ うした我々の予想が正しいことが証明された。すなわち,問題となっている法律を連邦議会または大統領が 支持するかどうかについて, 最高裁はこと細かな計算を行おうとしているわけではなさそうである。むしろ, 現職の連邦議会議員や大統領のより 「大まかな」 意向から, 最高裁は何らかの手がかりを得ているようである。 したがって,司法審査が関連する事件における最高裁判決は,特定の政策的観点からの判断に対する反応で はなく,最高裁が直面しているより一般的な政治的条件に依拠しているのである。事件レベルでの合理的期 待モデルを考慮に入れた分析を行うことにより,裁判官の行動パターンを動機づけるこれらの2つの要素を 区別することができた。裁判所の権限を制限する法案の効果についても,この論理構成から説明がつく55。 最高裁が,特定の立法に対する連邦議会または大統領の考えられうる反応に敏感なのではなく,連邦議会 および大統領のイデオロギー的立場に敏感であることは,憲法問題を扱う事件においては,最高裁は,特定 の政策的成果そのものについてよりも,組織の維持に関心があるという概念を支持するものである。最高裁 は,憲法問題について論戦を交わすことに吝かではないが,その傾向が強くなるのは,事件ごとの政策志向 の強い文脈の中ではなく,自身に対する政治的条件が好意的な場合である。したがって,司法審査権を行使 するにあたっての影響力を継続して維持したいという意向を最高裁が持っている一方で,裁判官は,自分た ちのイデオロギー的選好が現職の連邦議会議員たちのそれと不一致を起こしていないかに目配りをしつつ, 司法審査権の発動を加減しているのである。こうした条件の下で,最高裁は,司法の組織としての現状を脅 かしかねない連邦議会からの報復的反応を予想することができる56。 以上の知見は,制度や体制の分析に力点を置く最近の政治学の理論と軌を一にするものでもある。この理 論によれば,最高裁による司法審査権の行使は必ずしも,強情な最高裁と不承不承の連邦議会という対立図 式に結び付くわけではない。むしろ,司法審査が行使されるのは,選挙で選出された部門の政策的選好を積 極的に促進しようというムードにある友好的な最高裁によってである。友誼的な手を差し伸べることにより, 最高裁は,前政権の下で制定された法律を無効にし,現職の連邦議会議員の利益を促進している。こうした 最高裁像は,最高裁は以前の多数派によって議会を通った立法を反故にし,現在の体制によって制定された 立法を支持することを示唆した,ロバート・ダールによる独創的で影響力の強い研究業績の知見にも与する ものである。本研究において我々は,立法の2つの院と大統領府において支配的な考えと最高裁裁判官らの それが一致する場合に,最高裁は最も精力的に行動するということを示した57。 最後に,反多数者主義の観点からすると,本研究で提示された結果は,選挙で選ばれた部門による組織的 な報復の潜在性から自分たちの組織が政治的に分離している場合には,自分たちの団体としての政策的選好 をより積極的に主張する,抜け目のない戦略的なアクターとしての裁判官像を描きだしている。筆者の1人 は,先行研究の中で,制定法の解釈が含まれる自分たちの判決に対する連邦議会の反応を合理的に予想する ことによる制約を,裁判官が一切受けていないことを示した。どうやら,憲法問題が争点となる事件につい ても同じことが言えそうであるが,今回の研究では一ひねりある。最高裁は,特定の判決に対する他の政治 的アクターの反応を合理的に予想できないかも知れないものの,選挙で選ばれた部門と対峙する中で得られ. 55 Id. at 101. 56 Id. at 102. 57 Id.. 29.
(15) 籾 岡 宏 成. た,広い視点からの組織としての司法の立場を確かに認識し,これに従って判決に修正を入れているようで ある。そうした行動を最高裁がとるのは,自らのイデオロギー的選好と対立するような特定の政策的表明を めぐる懸念からではなく,最高裁の組織としての脆弱性や自身の権威をめぐる懸念からなのである58。 13.事件の性質による最高裁の行動パターンに関する研究(2014年) 先行研究の多くが,エリートや世論の影響力について論じているものの,いつ,どのように,なぜ最高裁 がそうした外的な圧力に影響されるのかが不明であると指摘し,事件が大衆の注目を集めているか,事件が 垂直的か(刑事手続や民事的責任などの司法内部の問題に関するもの)水平的か(他の政府機関などの非司 法的アクターに関するもの)などにより,外的影響力の質や程度が異なることを明らかにした研究がある (ホール論文)59。以下は,その論稿の結論部分の抄訳である。 合衆国最高裁が判決を下すにあたり外的な政治的圧力によって影響を受けているかという問題について, 先行研究は相反する証拠しか認定してこなかった。この論点に関するごく最近の研究によれば,少なくとも 一定の文脈において世論とエリートの選好が現実に最高裁を統制しているという(カジラス=エンズ= ウォールファース論文,クラーク論文) 。最近の別の研究では,裁判官は特定の判決が覆される恐れという よりはむしろ,裁判所という組織の維持という一般的な関心によって行動するということも示されている (シーガル=ウェスターランド=リンドクィスト論文)。しかしながら,同論文では,自らの機関としての 権限や正当性を守ろうとしている最高裁に見られる強力な問題意識としての,制裁の恐れと不執行の恐れの 間の区別がなされていない60。 本研究で筆者が得た知見は,不執行の恐れこそが,外的圧力に反応する最高裁を動機づけている重要な要 素であるということである。結果として,これらの外的な圧力は,別の論点の文脈において,別の効果を行 使する。重要な水平的事件において判断を示す場合には,最高裁に対する外的要因による統制力の程度は高 くなる。というのも,大衆および(または)エリートによる援助なしでは,最高裁は自らが下した判決に対 して効力を与えるのに必要な執行権限に欠けているからである。しかしながら,垂直的事件において判断を 示す場合には,裁判官に対する統制力は相対的に弱くなるが,これは,最高裁判決が外的圧力に関係なく, 下級審裁判官によって執行される傾向が強いからである。重要ではない事件を最高裁が審議する場合には, 大衆による強力な反対運動が起こる可能性は低い。そのため,判決が執行されないことは考えにくく,裁判 官は外的圧力を無視することが可能となる。数多くの研究で最高裁が統制を受けているという評価が下され ているものの,本研究では,統制が重要な要素となっているのは,全体の中のごく一部の事件においてであ ることが認められた61。 本研究の知見が示しているのは,アメリカ合衆国最高裁は,刑事訴追,民事的責任,または司法行政など に関連する事件において判決を下す場合には,相対的に他の機関から独立しているということである。しか し,下級審裁判所の統制の及ばない政策に変更を加えようとする場合,少なくともそうした事件が大衆の関 心を惹く可能性のある場合には,最高裁に対する統制は強くなる。結果として,司法の独立に関する研究は, それぞれの争点の分野において,事件を取り巻くそれぞれの制度的文脈に意識を向ける必要がある。法律学 の研究者は,合衆国最高裁の行動パターンに関する普遍的な傾向を探求するのではなく,異なる文脈におい. 58 Id. 59 Mathew E.K. Hall, The Semiconstrained Court: Public Opinion, the Separation of Powers, and the U.S. Supreme Court ’s . Fear of Nonimplementation, 58 Am.J.Pol.Sci. 352-66(2014) 60 Id. at 363-64. 61 Id. at 364.. 30.
(16) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶. て見られる司法部の権限と独立性の違いに注意を払うべきである62。 14.事件の顕在性と最高裁判決との関係に関する研究(2019年) 最高裁の事件の顕在性が憲法判断にどのような影響を与えているかに関する一連の研究の中で,最新のも のがストローザー論文63である。この論文では,先行する2論文が同一のデータに依拠した分析を行いなが らも相反する結論が導かれていることに着目し,彼自身もまた先行研究と同様のデータに基づいて独自の見 解を示している。その概要は以下の通りである。 司法の独立性という問題は理論的にも規範的にも重要であるにも関わらず,合衆国最高裁が非司法的な勢 力にどのような場合にどのように影響を受けるのかについては,依然として学説間で大きな対立がある。し かも深刻な問題は,最高裁に対する外部的な制約に関する大半の研究成果が,ある重要な説明変数について 一次データが同一のものを使用することにより実証的な検証がなされていながら,別の結論が導かれている ことである。こうした見解の不一致に妥協点を見出すべく,この研究では,相反する2つの先行研究が依拠 したデータに基づいて分析を再構成し,事件の顕在性という時系列的な適切な基準を用いた場合に,最高裁 に対する制約の影響がどのように変化するかを検証することにした。その結果,顕在性の高い事件,とりわ け水平的で社会的に目立つ事件について,世論が最高裁の判断に大きな影響を与えているという議論が実証 された。しかしながら,最高裁による実体的な判断内容について連邦議会の意向が極めて強く反映されてい るという議論については,この研究データは支持しなかった64。 再構成した2つのデータ分析を全体として見ると,時として最高裁は顕在性の高い事件において外在的な 影響を受けることがあるが,顕在性の低い事件ではそうでもないというのが,本研究での知見である。とは 言え,本研究での分析は,先行研究が示したよりも,最高裁への制約が強くないことを示唆している。例え ば,本研究において顕在性があり水平的な事件において世論が最高裁の判断に影響を与えていることが統計 的に有意に示されたものの,その影響力の程度は,ホール論文で得られた数値より約10%低くなっているの である。 ただ, 水平的事件と比較して垂直的事件において見られる影響力ははるかに小さいという点ではホー ル論文の研究成果と一致した。また,最高裁による判断結果が連邦議会の態度に影響を受けていることを示 す証拠はかなり限定されたものだった。顕在性があり水平的な事件における連邦議会の意向の効果は,一方 の分析ではわずかに統計的に有意な数値であり,他方では有意性は見られなかった。さらに言えば,顕在性 のある事件においても水平的・垂直的の間には,連邦議会の考えが与える影響力について統計的に有意な違 いが認められなかった。以上をまとめると,本研究での2つのデータ分析は,世論が最高裁に与える影響に 関しては2014年のホール論文を支持しているが,連邦議会の最高裁に対する影響に関しては必ずしもそうで もないという結果となった。また,顕在性のない事件において最高裁の判断が外在的要因に影響を受けると いう2011年のカジラス=エンズ=ウォールファース論文の理論を支持しない内容となった65。 上記の知見が示唆するのは,最高裁は以前に考えられていたよりも連邦議会の意向から独立している可能 性があり,ひいては,自分たちの判決内容の実現が他の機関によって拒否されるのではという合理的な予想 は,外部的諸要素が最高裁に影響を与えるための最初の段階のメカニズムではないということである。つま り, 最高裁自身が審理すると決定した事件の実体面に関する判断については,最高裁はより高い独立性を保っ. 62 Id. 63 Logan Strother, Case Salience and the Influence of External Constraints on the Supreme Court, 7 J.L. & Courts 129-47 (2019). 64 Id. at 143-44. 65 Id. at 144.. 31.
(17) 籾 岡 宏 成. ているということである。このことから言えるのは,最高裁判決に対して連邦議会が最初に影響を与えるの はサーシオレイライ(上訴を受理するか否かを最高裁の裁量により決定する手続)の段階であるということ である。この点に先行研究のいくつかは,ある事件を審理するか否かの最高裁の決定に対して連邦議会の意 向が強い影響力をまず行使し,それと同様に判決の内容にも影響を与えているということを示す説得力のあ 66 。このことは今後の研究の方 る証拠を示している(2006年および2009年のハーヴィー=フリードマン論文). 向性に対して重要な示唆を与えている。というのも,連邦議会の意向が最高裁のサーシオレイライに関する 判断に影響をどのように及ぼしているかについてのメカニズムは詳しくは不明だからである67。 世論が顕在性のある事件――なおかつ水平的な事件――において最高裁の判断に影響を与えるという知見 は,司法の独立の本質および他の機関による制約に関する可能性の高い経路をどう理解するかについて重要 な示唆を与えるものである。最高裁が判決を出す前の事件の顕在性が重要であることが本研究で判明したこ とにより示されるのは,とりわけ非司法的機関が最高裁判決を実行する場合には,そうした事件への世論の 関心の度合いに対して実際に裁判官たちが注意を払うということである。これは,判決が執行されないこと により,裁判所という公的機関に対する信頼が潜在的に低下し,その危惧感が原因となり世論に対して裁判 官の関心が向けられるという,2014年のホール論文の議論を支持する。以上のようないくつかの知見は,別 の機関の間の文脈において裁判官の行動がいかに異なるかという議論の重要な根拠となる68。 15.小 括 以上見てきたように, 「世論が最高裁判決に影響を与えるか」というテーマにつきアメリカの司法政治学 は百家争鳴の状況にあるものの,概ねその影響力を認める方向に進んでいるように思える。もちろん,本稿 で紹介したように,多くの論稿が発表されるにつれ,世論の影響力の有無といった素朴な議論から,影響力 は「直接的」か「間接的」か,事件の性質(顕在性の有無,水平的か垂直的か,市民権などの人権分野に関 わることか否かなど)によってどのように影響力が異なるか,他の機関との政治的力学で最高裁の態度がど のように変化するかなどの,精緻で洗練された理論構築へと深化している。いずれにしても,こうした一連 の研究成果から確実に言えるのは,最高裁は世論や他の統治的機関の意向を全く無視して独立して行動する ことはなく,その意味では「反民主的」な存在では決してないということである。 他方において,本稿で扱ったような計量的な手法による分析については,内在的な限界も見えてきた。実 証的分析は, 過去における司法運営といった現象面に関して理論的な説明ができるだけではなく,場合によっ てはその理論による将来の行動予想も可能であろう。その一方で,制度上こうあるべきといった規範的な議 論の展開や,理念的な観点からの望ましい裁判所像の提示などには長けていないようにも思われる。 次稿では,本稿で紹介した研究とは反対のベクトルの検証,すなわち,最高裁による違憲判決が世論ない し社会制度を変えていくことがある(あった)のかについて検討を重ねてみたい。 (旭川校教授). 66 Anna Harvey & Barry Friedman, Pulling Punches: Congressional Constraints on the Supreme Court ’s Constitutional Rulings, 1987-2000, 31 Legis. Stud.Q. 533-62(2006); Ducking Trouble: Congressionally Induced Section Bias in the . Supreme Court ’s Agenda, 71 J.Pol. 574-92(2009) 67 Strother, supra note 63, at 144. 68 Id. at 144-45.. 32.
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