1.は
じ め に
この度は,昨年上梓した著者の書籍にて紹介した*1〈ロ ボット法〉についての寄稿をご依頼いただき,光栄であ る.そもそも〈ロボット法〉とは,ロボットに関する法 律であることは自明であろう.しかし現時点においては いまだ日本に「ロボット法」という制定法は存在しない. すなわちロボット法とは制定法ではない.さらには制定 法以外の判例法や慣習法でもない.ロボット法は,今の ところ,ロボットに関する法律学研究教育分野のことを いう*2. そのようなロボット法を紹介する本稿*3の,まず 2 章 においては,法と倫理の関係について説明する.3章では, ロボット法の必要性を紹介する.4 章では,サイバー法 の影響を受けたロボット法の系譜について説明する.そ して 5 章では,ロボット法の対象であるロボットの定義 について説明する.2.〈
法〉と〈倫理〉の関係
AI開発関係者におかれては,〈AI の倫理〉や〈AI の法〉 というトピックへの関心が非常に高まっている,と著者 は聞いている.そこでまず,法律学の世界にて指摘され ている倫理と法の違いについて,以下で説明しておこう. 2・1 悪人には法が必要:倫理の限界 以下の引用は , 著者が構成員を務める内閣府「人間中 心の AI 社会原則検討会議」における著者の発言である.……Oliver Wendell Holmes, Jr. という有名な法 学者が言っていますが,悪人に対して倫理は効きま せん,と.倫理を守らないから悪人なのです.彼ら に効くのは法律です.もっと言うと法と経済学が効 くのであって,刑務所に入りたくないとか損害賠償 を払いたくないという,その気持ちを使って悪いこ とをさせないということです.
[著者意見の出典は] Bryan Casey: Essay: Amoral machines, or how roboticists can learn to stop worrying and love the law, 111 Northwest. U. L.
Rev., p. 1347(2017). 内 閣 府「 第 3 回 人 間 中 心 の AI 社 会 原 則 検 討 会 議 議 事 録 」,p. 26( 平 成 30 年 7 月 5 日 )( 著 者 発 言 部 分)available at 〈http://www8.cao.go.jp/cstp/ tyousakai/humanai/3kai/gizi3.pdf〉(last visited Nov. 25, 2018). 上記発言の内容は,大きく以下の二つに分けて理解 すべきであろう.一つ目は,アメリカの高名な裁判官で あり法学者でもあるオリバー・ウエンデル・ホームズ , Jr.の言葉の意味.二つ目は,〈法と経済学〉と呼ばれる 学術分野で見受けられる法規範の意味である. § 1 オリバー・ウエンデル・ホームズ, Jr. の 言葉の意味 オリバー・ウエンデル・ホームズ, Jr. は,南北戦争で 三度も負傷した英雄であり,かつその後に合衆国最高裁 判所裁判官に任官して数々の有名な法廷意見を担当した ばかりか,法律学会に多大な影響を与える著作も公表し たことで高名な法律家である*4.
彼の有名な著作の一つである「The path of the law」
ロボット法と倫理
Robot Law and Ethics
平野 晋
中央大学総合政策学部Susumu Hirano Faculty of Policy Studies, Chuo University. http://www.fps.chuo-u.ac.jp/~cyberian/
Keywords:
soft law, cyberlaw, the law of the horse, three P’s of contract drafting (predict, provide, and protect). 「道徳判断の自動化をめぐる問題:規範の選択と協力の進化」 *1 平野 晋:ロボット法:AI とヒトの共生にむけて,弘文堂(2017) *2 以下,3 章以降参照. *3 なお,著者は OECD(経済協力開発機構)の「AI 専門家会合」 の構成員,内閣府「人間中心の AI 社会原則検討会議」の構成員, 総務省「AI ネットワーク社会推進会議」の幹事および分科会長, および同省「AI ネットワーク化検討会議」の座長代理を務めて いる(または務めていた)けれども,本稿中の意見の部分は, 別段の明示がない限り著者の個人的見解である. *4 平野 晋:体系アメリカ契約法,pp. 38-39,中央大学出版部(2009)を参照.(法の小道)においてホームズは,法と倫理との混同を 晴らしたいと述べて,次のように述べている*5. 悪人 [a bad man] も善人と同様に,公権力の厄介 になりたくない事実は明白です.そこにこそ,倫理 と法律との間の重要な実際的違いがあるのです.悪 人ではない人々が信じて従っている倫理規範であっ ても,悪人は尊重しません.しかし倫理を無視する 悪人であっても,金銭の支払や,牢屋に投獄される 事態は,できれば避けたいと願うものなのです. つまり倫理規範は悪人を縛る効果を有さないけれど も,法律にはそのような効果があるという点こそが,法 律と倫理との重要な違いである,とホームズは指摘して いる. このホームズの指摘を,AI の開発や AI を用いた事業 活動に当てはめてみれば,倫理規範だけでは悪人の行動 を規制できないということになる.善人ならば倫理規範 が行動を規制できるけれども,悪人の行動──それは多 くの場合,社会の多くの人々が許容できないほどに悪影 響のある行動──を規制する効果の有無が,倫理と法律 との最も大きな違いである,とホームズが指摘した点を 理解したうえで,AI の規律を考える必要があろう. § 2 〈法と経済学〉的な分析 上のホームズの指摘は,〈法と経済学〉と呼ばれる学 問分野の知見を用いて分析すれば,以下のように整理す ることができる.すなわち,人々の行動を望ましい方向 に導くためには,経済的なインセンティブ(誘因)を用 いればよい*6.望ましくない行動をした場合には罰や金 銭的支払義務を課すことにすれば,経済的合理性を有す るヒトは,そのような損失を回避するために,望ましく ない行動を控えて,逆に望ましい行動をとるようになる, と*7.倫理は刑罰や金銭支払義務を課すことはできない けれども,法律を用いればそのような義務を強制するこ とができる.したがって倫理よりも法こそが,AI の開 発や利活用において人々や事業者を望ましい方向に導く 効果を有しているのだ,と. このような主張は近年の AI・ロボット法に関する文 献にも見受けることができる.例えば前掲引用著者発言 の出典としても表示されている「Amoral machines, or: How roboticists can learn to stop worrying and loving the law」(倫理的機械,または:いかにロボット研究者 達は法律を心配せずにこれを愛することができるのか)
というエッセイ論考は*8,倫理よりも法律とその強制力
による,望ましい行動へのインセンティブが重要であ ると説いている.さらに,上のエッセイ論考の見解を掲 載した「WIRED」誌の記事「Lawyers, not ethicists, will
solve the robocar ‘Trolley problem’」(倫理学者ではな く法律家こそがロボット・カーの『トロッコ問題』を解 決する)も*9,同様な指摘をしている. 2・2 揺籃期の AI には緩やかな規範(ソフトロー*10) から始めるべき 上述したように,倫理の効果は,人々の行動を規律す 図 1 O. W. ホームズ,Jr. 裁判官の肖像画. 出典:著者撮影(2017 年 1 月 10 日), 於:合衆国最高裁判所
*5 Oliver Wendell Holmes: The path of the law, 10 Harv. L.
Rev., pp. 457-458 (1897)(本文中引用は著者訳).
*6 例えば,Cento Veljanovski: Economic Principles of Law, pp. 22-24, Cambridge Univ. Press(2007).
*7 例えば,平野 晋:アメリカ不法行為法:主要概念と学際法理, p. 212,中央大学出版部(2006)を参照.
*8 Bryan Casey: Essay: Amoral machines, or: how roboticists can learn to stop worrying and love the law, 111 Nothwest. U.
L. Rev., p. 1347 (2017).
*9 Aarian Marshall: Lawyers, not ethicists, will solve the robocar ‘trolley problem’, Wired, May 28, 2017, available at 〈https://www.wired.com/2017/05/autonomous-vehicles-trolley-problem/〉(last visited Dec. 5, 2018). *10 「ソフトロー」(soft law)とは,拘束力のない規範を意味し,
逆に拘束力のある規範を「hard law」という.
例えば,Richard L. Williamson: Is international law relevant to arms control?: Hard law, soft law, and non-law in multi-lateral arms control: Some compliance hypotheses, 4 Chi. J.
Int’l l., pp. 59, 62-63 (2003)では,以下のように指摘している. “Hard law” norms contained in treaties, which are binding
international law, nonbinding instruments commonly referred to as “soft law”,……
……As the terms is commonly used, soft law consists of instruments that are not binding but are nevertheless declaratory of aspirational norms of international behavior.
Documents creating soft law include instruments subordinate to a treaty that are not per se binding but that support the purposes of the treaty regime;……and finally, understandings that in an earlier era were called “gentlemen’s agreements” —treaty-like instruments
understood by the parties not to create legal obligations. (下線追加)
るルール・規範として不十分であり,真に有効な規範と しては法律が必要であると指摘されている.しかし,AI に対して今すぐに法規制を課すという考え方は,少なく とも日本の政府レベルでの議論ではとられていない.次 項で指摘するように,早急な法規制よりもむしろ,緩や かな規範が望まれているのである. § 1 AI に対する非拘束的な規範 例えば総務省の「AI ネットワーク社会推進会議」は, すでに 2017 年に「国際的な議論のための AI 開発ガイ ドライン案」(以下「AI 開発ガイドライン案」という) を公表しているけれども,「本ガイドライン案は,非規 制的で非拘束的なソフトローとして国際的に共有される 指針の案として作成されたもの」とされている*11.さ らに「AI ネットワーク社会推進会議」は,2018 年にも 「AI 利活用原則案」を取りまとめて公表しているけれど も,この利活用原則案も「規制の導入を目指すものとす ることは適当ではないことから,非規制的かつ非拘束的 なもの(いわゆるソフトロー)としている*12.」 視点を国際社会に向けてみても,例えば著者が日本を 共同代表して構成員を務めている*13,OECD(経済協力 開発機構)の「AI 専門家会合」(AIGO「エイゴー」ま たは「エイアイ・ゴー」:Artificial Intelligence Expert Group at the OECD)においても,AI への信頼を確実 にするためのグローバルスタンダードの発展を目指す会 合であるとはいえ*14,その目指すところは理事会勧告 案を検討するものであり*15,これが理事会勧告として 実現してもそれは「勧告」すなわち「Recommendations」 にすぎず,厳密には法的強制力のない規範となる. § 2 非拘束的な規範が目指されている理由 AIに適用する規範の在り方については,人々を規律 する効果の点においては有効な法規範・法規制を用いず に,何なに故ゆえに非拘束的・非規制的なソフトローとしてのガ イドラインや原則(principles)という規範を,日本政 府や OECD は用いるのであろうか.その理由は,以下 の「AI 開発ガイドライン案」や AIGO の文書に見いだ すことができよう. まず「AI 開発ガイドライン案」は次のように述べて いる.「AI に関する技術がその発展の途上にあることに 鑑みれば,国際的な「AI 開発原則」およびその内容の 解説からなる「AI 開発ガイドライン」は,規制の導入 を目指すものとすることは適当ではない」と*16.さら に AIGO の文書も,次のように記している*17. ディジタルセキュリティと人権の枠内で AI を利用 する際に重要な点は,イノベーションと指導的諸原 則との間のバランスを取ることにある.AI 研究開 発諸活動が阻害されないこと,および進歩を阻害し 得るほどの過大な負荷を開発者が背負わないことを 確かなものとすることが不可欠である,と東京大学 の須藤 修教授は述べた. すなわち,人々の行動を規律する効果のある法規制は, いまだ発展途上の技術に適用すると,過剰規制,言い換 えれば開発を萎縮させてしまうおそれが懸念されている のである. § 3 ユタ州で失敗した電子署名法の例 その懸念は,かつてインターネットが普及して電子 商取引(EC:electronic commerce)の活発化が取り沙 汰された時代に,ユタ州が早過ぎる法規制を導入して失 敗した事例を見れば,そのアナロジーとしてある程度理 解できる.この例は,Iria Giuffrida らによる「A legal perspective on the trials and tribulations of AI」(AI の 試みと苦難についての法的見解)と題する論文が指摘す る例である*18.すなわち,ユタ州は 1995 年にディジタ ル署名法という制定法を採択した. しかし同法は 2006 年に廃止される運命を る.理由 は,同法が採用した特定の電子署名の技術が,後に不適 切であることが判明したからである.同論文はこの事 例をあげながら,さらには古くからのサイバー法の研究 者*19にとって有名な論文「The law of the horse」(馬 の法)における高名な Easterbrook 裁判官の主張への同 意を表明しつつ,Easterbrook の指摘を次のように引用 している. *11 総務省:AI ネットワーク社会推進会議「国際的な議論の ための AI 開発ガイドライン案」,p. 2(平成 29 年 7 月 28 日) available at〈http://www.soumu.go.jp/main_ content/000499625.pdf〉(last visited Dec. 3, 2018)(下線 追加).
*12 総務省:AIネットワーク社会推進会議「報告書2018」,p. 55(平 成 30 年 7 月 17 日)available at〈http://www.soumu.go. jp/main_content/000564147.pdf〉(last visited Dec. 3, 2018)(下線追加).
*13 Artificial Intelligence Expert Group at the OECD(AIGO), List of AIGO Members as of 31 Oct. 2018, at 1, available at
〈http://www.oecd.org/going-digital/ai/oecd-aigo-membership-list.pdf〉(last visited Dec. 3, 2018) *14 OECD: OECD Creates Expert Group to Foster Trust in
Artificial Intelligence, Sept. 13, 2018, available at〈http:// www.oecd.org/going-digital/ai/oecd-creates- expert-group-to-foster-trust-in-artificial-intelligence.htm〉(last visited Dec. 3, 2018)hereinafter referred to as OECDA, AIGO(“the experts are also expected to identify ways to ensure that……global standards are developed to ensure trust in AI”と述べている).
*15 同上の以下を参照(“the group’s findings will help the secretariat shape the recommendation for the council”と述 べている).
*16 「AI 開発ガイドライン案」前掲*11,p. 2(強調付加). *17 OECD, AIGO, *14(本文中の引用部分は著者訳). *18 Iria Giuffrida, Frederic Lederer, and Nicolas Vermeys: A
legal perspective on the trials and tribulations of AI: How artificial intelligence, the internet of things, smart contracts, and other technologies will affect the law, 68 Case Western
Reserve L. Rev., pp. 747, 772, n.94 (2018).
*19 平野 晋:電子商取引とサイバー法,pp. 32-33,NTT 出版 (1999)参照.(Easterbrook が提起した「馬の法」論争に対す
「コンピュータについて法律家達が抱く信念や,新工 学技術について法律家達が行う予想というものは,誤る 蓋然性が極めて高い」*20と.そして Giuffrida らの論 文は,上のユタ州制定法の失敗事例をあげながら次のよ うに続けている.「Easterbrook 裁判官の論文は一般的 に反論され得るし,実際に反論されたのだけれども[*21], 工学技術の変化を予測して制定法[にて規制]化しよう としたときの,Easterbrook [の指摘]が正しかったこ とは歴史によって証明されている」と*22. 著者はこの Giuffrida らの主張を全面的に支持するわ けではない.むしろ,世の中を変えてしまうほどに革新 的な工学技術に対して法律家や研究者や国家や社会一般 は,その効果や危険性を予測したうえで,危機が顕在化 して手遅れにならないように備えておくべきである,と 思っている*23.しかし新技術に対する早過ぎる〈法規制〉 は失敗に終わる可能性を含んでいるという指摘部分につ いては,前掲ユタ州法の失敗の例に鑑みて著者も同意す る.さらに,事前的(ex ante)な法規制の行き過ぎは, 開発そのものを萎縮させてしまうという懸念についても 同じ理由に基づいて,確かに説得力を有する懸念である, と著者も同意するのである. § 4 開発を阻害せずに,危機に備える規範の 在り方とは 事前─ ex ante ─規制を好むか,逆に事後─ ex post ─規制を好むかについては,文化的・地域的な嗜好の 違いがある,とも捉え得る.すなわち一方の欧州大陸 においては,「転ばぬ先の 」ともいわれる「予防原 則」(precautionary principle)が好まれがちであり,他 方のアメリカでは「許可不要な開発」(permission-less innovation)が好まれるように思われる*24.そのような 嗜好や価値観の違いを乗り越えて,グローバルにできる だけ多くの国と地域に賛同してもらえる共通の規範の在 り方とはどのようなものであろうか.インターネットや その上の役務が GAFA などによって国境を越えて影響 力を及ぼす現実を思えば,AI もグローバルな影響を与 えることは想像に難くなく,してみると AI に対する規 範もグローバルに適用されなければ意味や価値が減じる こととなるであろうから,できるだけ多くの国や地域に 共有される規範の検討と実装が望まれるであろう*25. そして欧州大陸もアメリカも同様に,AI の開発を促 進して経済的に豊かになりたいという希望を抱いている であろう点においては,価値観を共有することができよ う.言い換えれば,開発を阻害せずに促進したい点にお いて共通項を見いだすことができよう.さらに,消費者 的な利用者側を中心として社会一般が,AI の及ぼす効 果や社会への[悪]影響について不安を抱いており,そ の不安を取り除いて AI が信頼─ trust ─されなければ AIの開発・普及も停滞しかねないという理解においても, 欧州大陸とアメリカは同じ思いを抱いているといえるの ではないか*26. そうだとすれば開発を阻害せずに,かつ来るべき危機 には備えておくべきではあるまいか.早急な法規制によ る開発阻害や萎縮のおそれは避けつつも,法による強い 規制が必要になった場合には即座に社会的な要請に応じ て法規制が可能になる備えも,また同時に,必要ではあ るまいか.そこで,とりあえず今のところはソフトロー として強制力を欠く緩い規範を*27,できるだけ多くの利 害関係者の賛同と知見を集めながら構築しておいて,将 来,万が一必要になった場合の法制化にも備えつつ,強 すぎる法規制の弊害(開発阻害や萎縮)の回避を図るこ とこそが,望ましいと思われるのである.
3.ロボット
法の必要性
本章では〈ロボット法〉と呼ばれる新しい法律学分野 について説明してみたい.そもそもそのような,新規で 突飛な法律学研究教育分野を,独立して検討する必要が あるのか.この質問に対しては,アイザック・アシモフ の言葉であると伝えられている以下*28が答えている, と著者は思っている. 今,人生で最も悲しいことは,社会が知恵 [wisdom] を得るよりも速く科学が知識 [knowledge] を獲得し てしまうことにある. すなわち,AI やロボットという新技術は,かつては* 20 Frank, H. Easterbrook: Cyberspace and the law of the horse, 1996 U. Chi. Legal F., p. 207 (著者訳).この原文を読む と,サイバー法という独立した法研究教育分野をつくること は,コンピュータと法律学との双方ともについて生半可な素人 知識を合わせたレベルの低い分野になるから反対である,と Easterbrookが批判する文脈において,本文引用の文が現れる. *21 以下の脚注*44,*45 参照. *22 Giuffrida, et al., *18, p. 772 参照. *23 3・1 節参照. *24 *1 のロボット法,p. 257. *25 *12 の AI ネットワーク社会推進会議「報告書 2018」,pp. 33, 47, 55.
*26 前掲,*14 の OECD, AIGO による.“At the conference [at OECD in October 2017 titled ‘AI: Intelligent Machines, Smar Policies’] and in subsequent discussions, attention was focused on the best ways government and tech companies can build public trust in AI systems, which is seen as essential to taking full advantage of AI’s potential.”と指摘.
*27 著者の主張は,現在の法制度においてすでに強制力のある法 規制(実定法)に AI が服さなくてもよいという意味ではもち ろんない.実定法を遵守すべきであることは,新技術であって も既存の技術と同じである.しかし特段の理由があって実定法 の適用からある特定の新技術を対象外とすべきという事情があ れば,それはそのような例外的扱いを法改正論議によってつめ るべきであろう.例えば「サンドボックス」のような,社会に 迷惑を掛けない安全で特別な区域における実験を可能とするた めに特別な措置を検討することなどはその例となろう. *28 原文は以下.* 1 のロボット法,p. 1 を参照.
The saddest aspect of life right now is that science gathers knowledge faster than society gathers wisdom.
SF文芸作品上の空想の世界にとどまっていた.しかし 現在では,空想の域を超えて,現実的な諸問題や不安を 社会に与えている.例えば,AI に職を奪われて大量失 業が生じる*29,ロボットカーに AI が組み込まれて生じ た事故の原因が判明せずに「責任の空白」(vacuum of liability)が生じる*30,AI がヒトに対して差別的な判断 を下す等々といった*31,社会的に負の影響も多方面に て与えるおそれを払拭できていない.そのように「社会 を革新してしまう」──これを「transformative」と言 う*32──ほどの新技術の普及が夢物語ではなくなった 今,危険性が顕在化して手遅れにならない今のうちに, 新技術を人間の〈知恵〉によって管理することができる ように備える必要性があるであろう.つまりアシモフが いうように,新技術の開発・普及速度に遅れることなく, ヒトがこれに追いつくように,〈知恵〉の開発も加速さ せなければならないであろう.そのためにも,ロボット 法の研究が必要と思われるのである.
3・1 「予測し,備え,防護する」(Predict, Provide, and Protect:3P’s)──〈予防法学〉の知見に学ぶ ロボット法 前掲の「ロボット法」にて著者は,ロボット法の必要 性を以下のように著した*33. すなわち,ロボットが私たちの生活や社会に大き な影響力を及ぼすと推測され,かつひとたび普及が 進んでしまうとそのシステムを修正・撤回すること が難しくなってしまうので,普及前の今の段階から 研究を開始し,危険性を把握し,かつ対策を検討す ることが重要であるから,ロボット法という学問・ 研究分野が必要なのである. つまりロボット法の必要性は,危険性が顕在化するよ りも前に,これを予測して,それに備えて,人々を防護 することにこそ存在する,と著者は捉えている. 著者のこの解釈を説明することに資する法学研究とし ては,「予防法学」(preventive law)における契約書起 案(contract drafting)の知見をあげることができる. 契約書には,取引における危険性が将来顕在化した場合 の取扱いを事前に取り決めることにより,危険性を効率 的に管理するという予防法学的な役割がある*34.その ような役割を適切に発揮するためには,契約書の起案者 が取引の将来の危険性を適切に予測して契約書内に書き 込むことが必要になる.その際の留意点は,例えば以下 のように著される*35. 契約書起案の 3P とは,予測 [Predict] し,備え [Provide],かつ防護 [Protect] することである……. この概念は,ロボット法の理解にも類推適用できる. すなわち,ロボットや AI の将来の発展・利用については, さまざまな危険性や負の側面も指摘されている.その危 険性を〈予測〉し,これに〈備え〉,かつその危険から人々 を〈防護〉することが,予防法学的な視点から必要である. ロボット法がその予防法学的な役割を担うのである. 3・2 危険性を〈予測:Predict〉する── AI ネット ワーク社会推進会議におけるリスクシナリオ ロボット法は,社会を変革するほどの影響力を有する ロボットやその重要な構成要素となる AI の将来の危険 性を予測し,これに備えて人々を防護することにその使 命がある.その使命を全うするためには,まずは危険性 を〈予測〉しなければ,〈備える〉ことも〈防護〉する こともできない.したがって,将来の事象であるからと いって予測を避けるわけにはいかない.実際,総務省の AIネットワーク社会推進会議の「報告書 2017」*36や, その前身である AI ネットワーク化検討会議の「報告書 2016」は*37,リスクシナリオを検討することにより, 将来の危険性に備えている.抽象的に不安を語っても, 危険性への効率的な備えや防護はでき得ない.しかし具 体的に危険性を想定するならば,備えも防護も具体的に 検討することができる.したがって,具体的にシナリオ を予測して備えることは,社会を革新するほどに影響力 の大きな新技術の潜在的な危険性が顕在化して手に負え ない事態を回避する手段として有用であるといえよう. もっとも危険性に関する予測が,的中しない可能性も 考慮に入れておくことは必要であろう.前掲のユタ州法 の失敗を,他山の石とすべきである.それゆえに,予測 の見直しは継続的に行い,予測の修正も柔軟に行うとい う姿勢が必要になる.この点について,例えば AI ネッ トワーク社会推進会議の「報告書 2017」は,「AI の高度 化が加速度的に進展していくことなどに伴い,一度示さ *35 原文および出典は以下のとおりである.
The “Three P’s” of contract drafting are Predict, Provide, and Protect・・・・ Scott J. Burnham: How to read a contract, 45
Ariz. L. Rev., pp. 133, 145 (2003). *36 総務省:AI ネットワーク社会推進会議「報告書 2017」(平 成 29 年 7 月 28 日),pp. 32-48(「第 3 章 AI ネットワーク化 が社会・経済にもたらす影響」)available at 〈http://www. soumu.go.jp/main_content/000499624.pdf〉 (last visited Jan. 13, 2019). *37 総務省:AI ネットワーク化検討会議「報告書 2016」(平成 28年 6 月 20 日),pp. 33-39(「第 4 章 リスク・シナリオ分析(ロ ボットを題材にして)」)available at〈http://www.soumu. go.jp/main_content/000425289.pdf〉(last visited Dec. 9, 2018).
*29 例えば,Arun Sundararajan: Crowd-based capitalism, digital automation, and the future of work, 2017 U. Chi. Legal
F., p. 487(2017).
*30 *1 のロボット法,p. 182.
*31 例えば,Cary Coglianese & David Lehr: Regulating by robot: Administrative decision making in the machine-learning era, 105 Geo. L. J., p. 1147 (2017).
*32 例えば,Michael Froomkin: Introduction, Robot Law, Ryan Calo, Michael Froomkin & Ian Kerr, eds.(2016).
*33 *1 のロボット法,p. 4.
れた予測が続々と塗り替えられる形で,急速に発展しつ つある.本報告書の内容は,現時点において検討した結 果を述べているものであり,AI ネットワーク化の進展 などに応じて不断の見直しを行うことが必要である」と 指摘している*38.2018 年に公表された同会議の「報告 書 2018」にも同様な指摘が見られる*39.予測には自ず と限界があり,かつ新技術は日々発展しながら予測から の変化も伴うであろうから,妥当な記述であろう.
4.ロボット
法の系譜と〈サイバー法〉
ロボット法は,主にインターネットの法律問題を扱う サイバー法*40からの流れをくみ,かつその影響を受け た法律学研究教育分野であると指摘されている*41. 確かにサイバー法もロボット法と同様に,そのような 制定法を意味してはおらず,独立した研究教育分野とし ての法律学の呼称である.両者の近似性は,そのように 特定の制定法を意味していない点に限られず,以下のよ うな近似性も見受けられる. 例えば両者共に,新しい工学技術を扱う法律学研究教 育分野である点において近似している. 加えて両者共に「社会を変革する」(transformative) ほどの影響力のある工学技術である点においても近似し ている.インターネットについてはスマホの普及によっ て,文字どおりどこでも誰もがインターネットを使うほ どに社会は変革した.AI やロボットも同様に,誰もが AI の影響を受けて,かつ AI を組み込んだ有体物であるロ ボットの影響も受ける社会になると予測されている*42. 以下では,そのようなロボット法の系譜やサイバー法 の影響を説明する. 4・1 サイバー法と「馬の法」論争 合衆国控訴裁判所裁判官であり,かつ研究者としても 高名な前掲の Easterbrook は,かつて,コンフェレンス における「Cyberspace and the law of horse」(サイバー スペースと馬の法)というプレゼンテーションにおいて, 〈サイバー法〉という独立した法律学研究教育分野をつ くる必要性はない,と主張してこれを批判した.彼の主 張によれば*43,サイバー法が不要な理由は,〈馬の法〉 という独立した法律学分野が不要なのと同じである.馬 から蹴られてヒトが負傷したり,馬の商取引事例などを 集めて〈馬の法〉という法律学分野をつくってみても, 所 は馬のことしか学べない.それよりもむしろ,古典 的に確立した〈不法行為法〉や〈財産法〉等々のように, 狭い取引分野を超えて普遍的な法則を示す法律学分野を 学ぶほうが役に立つ.そのように Easterbrook はサイ バー法を批判したのである.しかしこの主張に対して Larry Lessig は,「The law of the horse: What cyberlaw might teach」(馬の法:サ イバー法が教えられるかもしれないこと)というコメン ト論考で反論した*44.サイバースペースにおいては,法 律ばかりではなく〈コンピュータコード〉も人々の行動 を規制できるという,〈現実世界〉── real space ── とは異なる世界の特殊性を理解しこれに基づく独立した 研究教育分野が必要である*45,と.現在〈サイバー法〉 という法律分野がアメリカ以外でも相当程度の支持を受 けているように見受けられる現状に鑑みると,この「馬 の法」論争は Lessig に軍配が上がったと評価すべきで あろう. Lessigの主張の核心は,すなわち,インターネットと いう社会を変革する新技術の普及に対しては,これまで の〈現実世界〉を前提とした法律学だけでは不十分であ り,その新技術の特性や,人々の行動や社会に与えるコ ンピュータコードの影響なども考慮に入れた独立した学 際的な研究教育の必要性にある,ということであろう. Lessig曰く「他の分野には見られないサイバースペース における[コンピュータコードによる人々の行動]規制 に思いを馳せるとき,何かが見える」と*46. 以上のように,社会を変革するほどの新技術の社会的 影響に着目した,サイバー法という独立した法律学研究 教育分野が確立して来たことと同様に,ロボット工学と いう社会を変革するほどの社会的影響が予測されている 新技術についても,〈ロボット法〉という独立した法律 学研究教育分野の確立が主張されている*47.さらに両 者に近似性が見受けられるもう一つの理由は,企業や研 究者がインターネットからロボット工学に〈移住・マイ グレーション〉したことにある*48. *38 AI ネットワーク社会推進会議「報告書 2017」前掲*36,p. 63(強調付加). *39 AI ネットワーク社会推進会議「報告書 2018」前掲*12, pp. 55, 68, 83.
*40 Black’s Law Dictionary, p. 443 (deluxe 9th ed.). *41 *1 のロボット法,p. 2.
*42 同上.
*43 本文当段落の出典は,*20 の Easterbrook, p. 208.
* 44 Lawrence Lessig: The law of the horse: what cyberlaw might teach, 113 Harv. L. Rev., p. 501 (2009).
*45 ま た, 例えば Ryan Calo, Robotics and the lessons of cyberlaw, 103 Cal. L. Rev., pp. 513, 559 (2015) (“What cyberlaw might teach is that the architecture of a system like the Internet, no less than law・・・ can regulate human behavior.”と Lessig の主張を紹介).Lessig の主張の日本にお ける紹介については,例えば,*19 の電子商取引とサイバー法, p. 32-33を参照.
*46 * 44 の Lessig の p. 502 参照 (“We see something when we think about the regulation of cyberspace that other areas would not show us.”).
*47 *45 の Calo を参照. *48 * 45 の p. 562 参照.
4・2 インターネット企業と研究者のマイグレーション*49 ロボット法がサイバー法の影響を受けている理由は, ロボット法分野における主要企業と研究者の出自がサイ バー法に由来することにある.例えば,Google やマイ クロソフト等々の巨大企業は,インターネットの普及と ともに成長してきた企業である.これらインターネット 系の主要企業は今,その研究開発などの活動を AI 分野 に移している.このようなインターネットから AI への 〈移住・マイグレーション〉は,AI の先にいるロボット へのマイグレーションも予測させる.そしてサイバー法 研究者達も,その研究対象の大手企業のマイグレーショ ンにつられて研究対象をサイバー法からロボット法に移 住する現象が見受けられるのである. 4・3 学 際 性 学際的であるという点においても,ロボット法はサイ バー法に似ていると指摘されている*50.著者が特に注 目しているロボット法の学際性は,「法と文学」と呼ば れる「学際法学」(law ands)である.その詳細につい てはすでに,著書「ロボット法」において論じている*51 以外にも,2018 年に公表した他の論考にても論じてい るので*52,本稿では以下の引用のみを簡潔に示すこと に留めておくこととしたい. 今日の科学は,昨日のサイエンスフィクションに 忍び寄っている*53. すなわち,かつては SF 作品を単なるファンタジーと 捉えることが可能であった.しかし今日の科学の飛躍的 な進化は,それまでならば単なるファンタジーとして軽 視できる事象も,絵空事ではなくなってきた.映画「エ リジウム」の主人公がロボット警官やロボット監察官に よって差別的に取り扱われて希望のない人生を強いられ たり*54,映画「アイ・ロボット」*55に登場するロボッ トがヒトの意思に反する行動をしてもその理由がわから なかったりする恐怖は,もはや過去の SF やファンタジー の世界に止まらない.AI はヒトを差別的に取り扱い*56, AI搭載のロボットカーが誤作動して人身事故を起こし てもその原因がわからずに誰も責任を負わず免れてしま う状態──「責任の空白」──が生まれるかもしれな い*57.そのような,何をしでかすかわからない代物が 社会に与える不安を取り除く努力を怠り,一方的に「フ ァンタジーを語るな」と声高に主張することは*58,かえっ て〈不都合な真実〉を隠ぺいしているとの疑惑を生むこ とになる.むしろ人文科学的な作品が与えてくれる警告 や示唆を謙虚に受け止めて,その欠点を改善する努力こ そが求められているのではあるまいか.
5.ロボット
法の対象としてのロボット
ロボット法が研究対象とする「ロボット」の定義を, 多くの研究者が指摘するところを要約して表してみれ ば,以下のように定義することができよう. 「sense-think-act cycle」な特徴を有する人工物 主に「think」の部分に AI が関係してくるので,AI に関する法学研究と,ロボット法とは密接な関係を有し ている.あえて両者の違いを考えてみるならば,後者は 有体物を主な対象とし,前者は無体物であるから,ロボッ ト法は「cyber-physical」な分野であるといえよう. 5・1 生物学や有機物を排除しない理由 なお「ロボット」という言葉から通常連想されるも のは,生物や有機体とは無縁な〈機械〉であろう.しか し著者があえて「機械」の文言を避けて「人工物」の文 言を定義に用いた理由は,機械製品にロボット法の研究 対象を狭く絞りすぎるために,機械以外の生物学を応用 したり有機体を利用した人工物──アンドロイドや,ヒ トの機能を拡張させたサイボーグ──が将来生じさせ得 る危険性を研究対象から外してしまうという失敗を,避 けたかったからである.有機物や生物学はロボットのイ メージと違うとか,AI は生物ではない云々という批判 を著者は十分に理解したうえで,しかし有機物や生物学 応用の人工物が生じさせる危険性を無視はできないとい う思いから,あえて「人工物」を広く研究対象から外さ ないようにロボットを定義してみた.要は,ロボット 法の目的──ロボットが招く危険が顕在化する前に予測 し,備え,防護するという目的──からロボットを定義 すべきであって,最近の狭く因習的な大衆イメージに基 づき定義することで対象が狭められてしまうことによる 研究教育の失敗──危険性を予測できず,危険に備える ことができずに,人々を危険から防護できなかったため に,社会が不幸になること──をおそれたのである. *49 当段落については,*1 のロボット法,p. 2 を参照. *50 *45 の Calo, p. 516 参照. *51 * 1 のロボット法,pp. 40-47 参照. *52 平野 晋:ロボット法と学際法学:〈物語〉が伝える不都合なメッ セージ,信学誌,Vol. 35, No. 4, p. 109(April 2018). *53 *1 のロボット法,p. 46,後注 95. 原文は以下.[Today’s science is creeping towards yesterday’s science fiction.] Stephen E. Henderson: Fourth amendment time machine (and what they might say about police body cameras), 18 U. Pa. J. Const. L., pp. 933, 936 (2016). *54 “Elysium” (2013 TriStar Pictures),*1 のロボット法,
p. 39,Fig. 2-6.
*55 “I, Robot” (2004 Twentieth Century Fox).
*56 例えば,Yavar Bathaee: The artificial intelligence black box and the future of intent and causation, 31 Harv. J. Law &