フィールドに依存した身体相互行為の組織化過程
―歯科診療における「修正」のやりとり―
The Organizaion of Embodied Interaction Dependent on Activities in the Field:
“Modifiaction” in Dental Practices
坂井田
瑠衣
1榎本
美香
2伝
康晴
3坊農
真弓
4Rui Sakaida
1, Mika Enomoto
2, Yasuharu Den
3and Mayumi Bono
41
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科
1
Graduate School of Media and Governance, Keio University
2
東京工科大学メディア学部
2
School of Media Science, Tokyo University of Technology
3
千葉大学文学部
3
Faculty of Letters, Chiba University
4
国立情報学研究所コンテンツ科学研究系
4
Digital Content and Media Sciences Research Division, National Institute of Informatics
Abstract: In this paper, we describe how the participants organize the “modification” of body movement
in dental interaction. Unlike “repair” in conversation, modification in embodied interaction is organized owing to whether each participant has three kinds of competence, i.e., physical competence, cognitive competence, and institutional competence. Four excerpts from dental interactions are analyzed from the viewpoint of who initiates and who performs the modification.
1. 身体相互行為における「修正」
医療や介護,制作などのさまざまなフィールドに おいては,発語を中心的な媒体とする会話相互行為 だけでなく,モノの受け渡しや共同作業など,身体 動作同士の視覚的あるいは触覚的やりとりによる身 体相互行為がしばしば営まれる.例えば医療場面に おける診療活動においては,個人内あるいは個人間 の身体動作が時間的に連鎖することで,身体相互行 為が組織される.ある者が産出した何らかの動作や その位置,タイミングが適切でなかったり,動作に よどみが生じたりすると,その動作を「修正」する ための連鎖が挿入される.この「修正」は,会話相 互行為における「修復[1]」に類似した構造を持つが, その過程は診療というフィールドの活動に埋め込ま れているため,相互行為としての組織化のやり方が 異なる.本稿では,会話相互行為における「修復」 との相違点を検討しつつ,歯科診療における身体相 互行為の「修正」に特徴的な組織化過程を観察する.2. 会話の「修復」と動作の「修正」
Schegloff ら[1]によれば,会話相互行為においては, 話し手において発語の産出上のトラブルが生じた場 合や,聞き手において聞き取りや理解のトラブルが 生じた場合,それらのトラブル源 (trouble source) が さまざまなやり方で「修復 (repair)」される.Schegloff ら[1]は,会話における修復のやり方を,以下の 4 タ イプに分類している. ! 自 己 開 始 に よ る 自 己 修 復 (self-initiated self-repair): トラブル源の産出者自身が修復を開 始し,トラブル源の産出者自身が修復を実行する ! 自 己 開 始 に よ る 他 者 修 復 (self-initiated other-repair): トラブル源の産出者自身が修復を 開始し,トラブル源の産出者以外の他者が修復を 実行する ! 他 者 開 始 に よ る 自 己 修 復 (other-initiated self-repair): トラブル源の産出者以外の他者が修 復を開始し,トラブル源の産出者自身が修復を実 行する ! 他 者 開 始 に よ る 他 者 修 復 (other-initiated other-repair): トラブル源の産出者以外の他者が 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-B503-04修復を開始し,トラブル源の産出者以外の他者が 修復を実行する 会話相互行為では,これらのやり方のうち,まず は「自己開始による自己修復」が優先される.これ は,修復を開始する機会が,まずトラブル源の産出 者である自己に与えられ,トラブル源と同一順番内 でその機会が利用されない場合,順番移行適切場に 差し掛かった時,自己以外の他者にその機会が与え られるという,順番交替組織による序列が存在する ためである.さらに,自己が修復を開始しない場合, 他者が次の順番で質問などによってトラブル源を特 定し,自己がその次の順番で修復を実行するという 形で,「他者開始による自己修復」が優先される. 身体相互行為の「修正」においても,同様の4 タ イプによるやり方が想定される.しかし,会話の順 番交替組織による優先性とは異なり,歯科診療では, 診療という活動のコンテクストに依存し,誰が修正 を開始し,誰が修正を実行するかが決定される.そ の決定は,各参与者が,当座の連鎖において,以下 のような物理的,認知的,および制度的なコンピテ ンスを有しているかどうかに依存すると考えられる.
2.1 物理的コンピテンス
会話における修復においては,その開始と実行の 両方が,原則として発語という聴覚メディアによっ て行われる.他方,身体動作の修正の場合,当該動 作の不適切さを発語によって指摘し,修正を開始す ることはできるが,その修正を実行するには,何ら かの物理的操作を施す必要がある.特に他者が修正 を実行する場合,修正を施す参与者と,修正を施さ れる参与者や対象物の距離や位置関係が問題になる. すなわち,他者の手が届かない修正対象は,他者に よって修正を実行されえない,ということである. あるいは,本稿で取り上げる歯科診療の場合,患 者は治療を受けている最中は発語できず,修正の他 者開始を試みることができないという事情もある.2.2 認知的コンピテンス
上述したとおり,会話における「修復 (repair)」は, 発語の産出,あるいは発語の聞き取りや理解におい て生じたトラブルに対して施されるものである.そ れは,相互理解を保ちながら会話を組織するという 活動それ自体に何らかの問題が生じ,その問題を参 与者たち自身によって解決する過程である. 他方,歯科診療における「修正」は,参与者間の 相互理解に問題が生じているというより,その後に 続く診療活動が適切に行われるかどうかに影響しう る問題を解決する過程である.つまり,会話の修復 が,相互行為における相互理解の担保に志向してい るのに対し,診療における修正は,診療活動として の適切さの担保に志向している1. そのため,ある動作が産出された時,その動作に トラブル源が含まれているかどうかは,必ずしも参 与者全員が判断できない.医療者と患者,あるいは 医療者同士 (e.g. 歯科医師と歯科衛生士) の間に, 医療上の知識や技術の勾配があり,常に全員が動作 の正しさや適切さを判断できるとは限らない.さら に,たとえ歯科衛生士や患者が修正の開始の必要性 を判断できても,実際に修正を実行できるかどうか は別の問題である.つまり,当該動作が適切でない ことは認識しているが,その適切な方法がわからな い,ということがありうる. あるいは,医療者が修正の他者開始を試みようと する場合でも,当該動作の修正の必要性と方法は認 識しているが,その方法を言語化し当人に伝えるこ とが困難なこともある.その場合,たとえ医療者で も,発語によって修正を他者開始し当人に修正を実 行させるのは難しくなり,結果的に修正を他者開始 した医療者自身が他者修正を実行することになる.2.3 制度的コンピテンス
言うまでもなく歯科診療は,医療という社会制度 を背景に持つ制度的場面である.たとえある参与者 が修正の必要性を認識でき,物理的に修正を実行す ることが可能でも,実際に修正を開始したり,修正 を実行したりすることが社会制度的に適切とは限ら ない場合がある.これは,歯科医師,歯科衛生士, 患者それぞれに,規範的に期待されている行為が異 なるためである.例えば,歯科医師が歯科衛生士の 振る舞いの不適切さを指摘するのと同様に,歯科衛 生士が歯科医師の振る舞いの不適切さを指摘するこ とは難しいであろう.歯科医師には,当座の診療行 為の正しさを判断する権利と義務があるためである. あるいは,患者が医療器具に触れることも一般的に は控えられるであろう.3. データ
本稿で観察するデータは,第一著者が2014 年から 2015 年にかけて日本国内の歯科医院にて収録した 映像である.全ての事例には,歯科医師 (D; dentist), 歯科衛生士 (H; hygienist),患者 (P; patient) の 3 者が 参与している.事例1 および事例 1’については,現 場の歯科医師と歯科衛生士らに対して分析結果を提 示し,データセッションを実施している.それ以外 にも,分析に際して疑問点が生じた場合,適宜歯科 1 本稿でその過程を「修正.」と称するのもそのためである.医師へのインタビューにより補った.
4. 自己開始による自己修正
歯科診療における身体動作の「修正」に,自己/ 他者開始,および自己/他者修正の4 タイプのうち, いずれのタイプが選択されるかは,当座の連鎖にお いて,2 節で論じた 3 つのコンピテンスを誰が持っ ているかによって決定される.まずは,「自己開始に よる自己修正」のやり方が採られる事例を観察する. 事例 12 01 D: 今日もう一回 今日膿出して薬出しますけど: 02 (0.3) あとでもっかい u- 前回のレントゲン 03 見+せますけど: そんな希+望持つような d: +器具に手を伸ばす--->+器具引き寄せる-> 04 話や+なくてもう (.) 今度+ひどい目に d: --->+両手で調整--->+ホールド-> 05 逢いますか+ら (0.8) → d: --->+器具を置きに行く-> 06 う:+ん=ちょっと中膿+み出しますから → d: -->+器具を置く---->+別の器具を持ち上げる 事例1 は,歯科医師が患者に今後の治療方針につ いて説明を与えながら,治療器具を手に取って治療 開始を準備している場面である.歯科医師はいった ん治療器具を手に取って手元に引き寄せるが (03 行 目),この直後の治療に使用する器具ではなかったこ とを認識し,器具を元の位置に置き (05,06 行目), 別の器具を持ち上げる (06 行目).この連鎖は,「自 己開始による自己修正」として記述できるであろう. この場面には,歯科衛生士と患者も参与している. ここで患者から「他者開始」を試みることは難しい であろう.患者は,歯科医師が取り上げた器具が, その後の治療に適切かどうかを判断できる認知的コ ンピテンスを持ち合わせていないためである3.他方, 歯科衛生士による「他者開始」も現実的ではない. 確かに,認知的コンピテンスの観点から言えば,歯 2 トランスクリプト記号の詳細は以下のとおりである.「=」 は発語同士の密着,「(0.0)」は無音区間の秒数,「(.)」は 0.2 秒以下の短い無音区間,「[ ]」は発語の重なりの開始/終 了地点,「言葉::」は音の引き延ばし,「>言葉<」は発語の スピードが速い箇所,「<言葉>」は発語のスピードが遅い 箇所,「( )」は聞き取り不可能な発語,「(( ))」は注記を 示す.また小文字のd,h の行には,D,H の身体動作が 記述される.「+」は歯科医師の動作の変化点,「†」は歯 科衛生士の動作の変化点,「-->」は同一動作の継続を示す. 3 この後のすべての事例において,それぞれ何らかの理由 で患者には認知的コンピテンスが不足しており,修正を開 始あるいは実行することはできないと思われる.そのため これ以降,患者のコンピテンスについては言及しない. 科衛生士も診療の手順を理解しており4,器具の誤り を指摘し「他者開始」を試みることはありうる.し かし制度的コンピテンスの観点から言えば,たとえ 歯科衛生士が器具の不適切さを推測できても,その 不適切さを判断すべきなのは歯科医師である.さら に,3 者の位置関係 (図 1) を考えれば,たとえ歯科 衛生士や患者が修正の必要性を認識し,あるいは制 度的に修正が適切になったとしても,その修正を実 行するのは難しい.この点で,修正の実行において は,両者は物理的コンピテンスにも欠ける. 図1 事例 1 における 3 者の位置関係 このように,事例1 では歯科医師の「自己開始に よる自己修正」が行われた.しかし実はこの修正の 過程では,歯科医師が自らの動作を修正しているだ けではない.歯科医師が開始し実行した修正のセグ メントに対し,歯科衛生士も追随して「自己開始に よる自己修正」を行う.事例1’は,事例 1 の 04 行目 以降に歯科衛生士の動作を加筆したものである. 事例 1’ 01 D: 今日もう一回 今日膿出して薬出しますけど: 02 (0.3) あとでもっかい u- 前回のレントゲン 03 見+せますけど: そんな希+望持つような d: +器具に手を伸ばす--->+器具引き寄せる-> 04 話や+な†くてもう (.) 今度+ひどい目に d: --->+両手で調整--->+ホールド-> h: †タオルを片付ける 05 逢いますか+ら (0.8) d: --->+器具を置きに行く-> 06 う:+ん=ちょっ†と中膿+み出しますから d: -->+器具を置く--->+別の器具を持ち上げる → h: †タオルを取りに行く--> 07 †(0.5) h: †タオルを両手で持つ-> 08 H: タオ†ルしますね: (0.5) 失礼します h: --->†タオルを P の顔にかける 4 歯科医師によると,歯科衛生士たちは事前に担当患者の カルテを確認し,診療の手順を把握しているという. 歯科医師 歯科衛生士 患者上述したとおり,歯科医師は,いったん行った器 具の選択が,その後の診療にとって不適切であった ことを認識し,器具を持ち替える.他方,歯科衛生 士は,04 行目で手に持って待機していたタオルを片 付けるものの,06 行目で再びタオルを取りに行く. このタオルは,患者の顔に水滴が飛ばないように, 患者の顔を覆うものである.歯科医師が当初手に持 った器具を使用した治療にタオルは必要ないが,次 に持ち替えた器具にはタオルが必要である5.つまり 歯科衛生士は,歯科医師の持つ器具を観察すること によって,タオルが必要か否かを判断する認知的コ ンピテンスを有しているため,歯科医師の「自己開 始による自己修正への追随」として「自己開始によ る自己修正」を実行できたのであろう6. ここで,歯科医師が歯科衛生士に対し,タオルを 患者の顔にかけるように指示するなどして修正の 「他者開始」を試みることは,認知的および制度的 コンピテンスの観点から不可能ではない.しかし, 歯科衛生士は歯科医師が誤って取り上げた器具を置 いている最中,つまり正しい器具を取り上げる前に, いち早くタオルを取りに行くことで,修正を自己開 始している (06 行目).すなわち,歯科医師に他者開 始の機会が与えられるよりも前に,歯科衛生士は迅 速に自己開始を達成しているのである7.
5. 他者開始による他者修正
歯科診療の身体相互行為には,会話では優先され ない「他者開始による他者修正」も度々出現する. 事例 2 01 D: で上の前歯, (0.3) [ここ危ないよって= 02 P: [はあ 03 D: =言ったとこあ, 痛みとか腫れどうですか 04 P: な†いよ h: †照明に手を伸ばす-> 05 D: 大丈夫[は†い (0.3) 06 P: [( ) h: --->†照明の位置を調整-> 5 このことは,現場とのデータセッションで判明している. 6 ここには,他者の身体動作を観察することによって環境 の情報を取得するという「他者の認知の利用[2]」に準ず る構造が見られる.なお,歯科衛生士がタオルを再び取り に行く時,歯科医師は歯科衛生士に視線を向けておらず, 歯科医師が歯科衛生士の動作を視覚的資源として利用し 道具を持ち替えた,という逆の可能性は考えにくい. 7 事例 1 に登場したのは,長年経験を積んだ歯科衛生士で ある.この事例を現場の歯科医師に見せたところ,「経験 の浅い歯科衛生士には,このような振る舞いは難しいかも しれない」という主旨の発言が得られている. 07 D: ( [ ) 08 P: [んも:っ†と+ た こ : +したかんの8 h: --->†照明のスイッチに手を伸ばす-> d: +照明を見る +照明に手を伸ばす 09 D: (0.3) あいい, いい.+ [あ,†あ:,えらい]= 10 P: [ あ, <ええの> ] h: --->†照明を点灯 → d: --->+照明の位置を修正 11 D: =ってこと?=寝とると 事例2 では,歯科医師が歯科衛生士の調整した照 明器具の位置を再調整する際に,「他者開始による他 者修正」のやり方が採られている. 歯科衛生士は,06 行目で照明の位置を調整した後, 手を下ろしてスイッチに手を伸ばし (08,09,10 行 目),照明を点灯している (09,10 行目).他方,歯 科医師は歯科衛生士の調整した照明の位置を問題化 し,照明に手を伸ばすことにより修正を他者開始し (08,09,10 行目),そのまま他者修正を実行する (09, 10 行目)9.ここでは,照明器具の位置の「適切さ」 の認識に齟齬が生じている.すなわち,歯科医師が 修正を開始するまで,歯科衛生士はこの照明の位置 の不適切さを認識していないのである.このように, より認知的コンピテンスを持つ歯科医師が,歯科衛 生士の動作を問題化し,修正を開始するというやり とりはよく見られる. ここで「他者開始による自己修正」が採られない のには,以下の認知的コンピテンスの問題が関わっ ている.まず,照明器具の適切な位置を言語化し, 歯科衛生士に対して指摘することは難しい.加えて, ここでは,ある種の10マルチアクティビティ[4]の構 造が生じている.すなわち,ここで歯科医師は,照 明の位置の修正と同時に,患者との会話にも志向し ているということである.患者との会話の進行を妨 げずに照明の位置を修正するためにも,修正の実行 を歯科衛生士に委ねるのではなく,むしろ歯科医師 自らが修正を実行してしまうほうが効率的であろう. 8 「もっと ((チェアを)) 高くしたらいけないの」という 意味の方言である. 9 ひとまずこの事例では,照明に手を伸ばす動作を修正の 開始,照明の位置を調整する動作を修正の実行と見なして いる.これは,Kendon[3]の身体動作の分節化手法におけ る「準備」と「ストローク」に相当するとも考えられる. 身体動作による修正の開始と実行を,動作の時間的構造に おいていかに分節化すべきかは,今後の検討課題である. 10 「ある種の」と断っているのは,ここでの「会話」と 「修正」という2 つの志向性を,「複数の (multi-) 活動 (activity)」と記述することにやや躊躇するためである.す なわち,歯科診療という単一の活動がマルチモーダルに展 開されている,と記述するほうが正確かもしれない.事例3 はこれまでと異なり,治療の最中の場面で ある.歯科医師が患者の上前歯を治療し,歯科衛生 士がバキュームを当てることで治療を補助している. 事例 3 01 +(0.7) d: +左手をバキュームの先に添える h: バキュームを上前歯に当て続ける-> 02 +(4.0) → d: +バキュームの位置を微調整する h: ---> 03 +(1.0) d: +微調整をやめ,左手を引く h: ---> 01 行目で,歯科医師は下ろしていた左手を持ち上 げ,歯科衛生士の持つバキュームの先に添える.そ の後02 行目で,歯科医師は約 4 秒間かけてバキュー ムの位置を微調整し,03 行目で手を引く. このようなやりとりは,2 者による治療中におい て典型的に見られる.歯科医師の治療行為を補助す る歯科衛生士の持つバキュームの位置が,より認知 的コンピテンスを持つ歯科医師によって問題化され ることはしばしばある.しかし,その際に「他者開 始による自己修正」のやり方が採られる事例はほと んど見られない.ここで「他者開始による自己修正」 のタイプが採られないのは,事例2 で述べた認知的 コンピテンスの問題,すなわち適切な位置を言語化 することの難しさに加え,治療中の身体相互行為に 特有の構造にもよると考えられる. まず,治療の最中の身体相互行為は,会話と同様 の順番交替組織を持たない.事例3 のように歯科医 師の治療行為を歯科衛生士が補助する時,順番交替 という構造は採られず,2 者が同時に治療/補助と いう行為に従事している.そのため,自己が修復を 開始する機会と他者が修復を開始する機会がこの順 で出現する会話とは異なり,いわば自己と他者が修 正を開始する機会が同時に出現することになる11. さらに,治療中は修正の連鎖が長引くことによる 進行性 (progressivity) の減衰が問題化しやすい.2.2 でも述べたとおり,「修正」は,その後の診療に支障 をきたさないようにするための実践である.そのた め,会話における修復以上に,その修正の過程を素 早く完了させることが求められるであろう. このように,歯科衛生士の動作が歯科医師によっ て問題化される時,多くの場合に「他者開始による 他者修正」のやり方が採られている. 11 この特徴は,手話相互行為の修復連鎖にも見られる[5].
6. 他者開始による自己修正
歯科医師が歯科衛生士に対してトラブルを指摘し, 「他者開始による自己修正」が採られることもある. 事例 4 01 D: はいゆっくり+お口あいて:: (.) d: +両手で器具を持ち上げる-> → 02 >はいラ†+イト< d: --->+右手の器具を P の口に近づける-> h: †左手を上げる-> → 03 H: (0.3)†はい d: ---> → h: ---->†左手をスイッチに近づける 04 (0.3)+(0.1)†(0.3) d: ---->+P の口内の綿を掴む → h: --->†照明を点灯 事例4 では,歯科医師が患者に口を開けるよう言 語的に促しつつ,器具を持ち上げ,患者の口内に施 術しようとしている (01 行目).しかし,ここで患者 の口内を照らすための照明 (「ライト」) が点灯さ れていないため,歯科医師は「はいライト」と発語 することで (02 行目),歯科衛生士に対して修正を他 者開始している12.それに対し,歯科衛生士は「は い」と応答しつつ左手を照明のスイッチに近づけ (03 行目),照明を点灯する (04 行目)13. この修正の連鎖が,前節で論じた「他者開始によ る他者修正」の事例と異なる点は,「あるべきものが ない」ことが指摘され,その欠損が補完されている ことである.つまりここは,歯科衛生士に対し,照 明を点灯することについての認知的コンピテンスと 制度的コンピテンスが期待されている場面である. 歯科医師へのインタビューによれば,適切なタイミ ングで照明を点灯,消灯することは,(少なくともこ のフィールドにおいて) 歯科衛生士に求められる重 要な職分の一つである.物理的コンピテンスの観点 12 歯科医師が照明を点灯するように指示する事例は経験 的に多くは見られない.このことから,この事例は単なる 「指示と応答」の隣接対ではなく,「他者開始による自己 修正」と記述するのが適切であろう. 13 02 行目で歯科医師が「はいラ」と発語した時点で,歯 科衛生士は左手を上げ始めている.これが歯科医師による 他者開始に呼応したものではなく,歯科衛生士が自主的に 左手を上げて照明のスイッチに手を伸ばし始めたものと 見ることも可能ではある.しかし,歯科衛生士が左手を上 げ始めた時点で,その左手が照明のスイッチに向かってい たかは定かでない.また少なくとも歯科医師は,歯科衛生 士によって照明が適切なタイミングで点灯されていない と認識していたからこそ,修正を他者開始したのであろう.から言えば,歯科医師の手元にも照明のスイッチは 設置されているが,この場面の01 行目で歯科医師は 両手に治療器具を持っており,スイッチの操作は困 難である.その意味でも,ここでは歯科衛生士に照 明を点灯することが強く期待されていたであろう.
7. 総合考察
本稿では,歯科診療の身体相互行為における修正 を事例として,「自己開始による自己修正」,「他者開 始による他者修正」,「他者開始による自己修正」の 順に観察してきた.これは,いわば修正の連鎖が直 観的に「上手くいっている」ように見える順である. 会話ではまず自己開始による自己修復が優先され る[1]が,トラブルを生じさせた当人によってまず解 消されることが相互行為の進行性を最も損なわない やり方であるという点は,歯科診療の修正において も同様であろう.実際,事例1 および事例 1’におい て,トラブルを生じさせたのは歯科医師や経験豊富 な歯科衛生士である.修正の「自己開始」を試みる には,自らのトラブルをトラブルと認識できる認知 的コンピテンスを有していることが前提となる. 他方,事例2 以降は,いずれもトラブルを生じさ せた歯科衛生士本人によってはトラブルが認識され ず,歯科医師による他者開始が試みられた事例であ る.事例2 以降の歯科衛生士は,たびたび歯科医師 から修正の他者開始を受けているが,これは事例 1 に参与した歯科衛生士に比べ経験が浅いことによる 可能性はある14.特に,事例 4 の「他者開始による 自己修正」では,かなり事態が有標化されているよ うに見える.会話における「他者開始による自己修 復」は,他者がトラブル源の産出者自身による自己 修復に導くための手立てとして,「他者開始による他 者修復」よりも優先的に用いられる[1].他方,事例 4 が示唆しているとおり,歯科診療における「他者 開始による自己修正」は,期待された認知的および 制度的コンピテンスが十分に発揮されない場合に生 じるようである.その意味で,「他者開始による自己 修正」は,「他者開始による他者修正」に比べて有標 性が高いように感じられるのであろう.8. フィールドに寄り添う記述のために
本稿で明らかにしてきたのは,フィールドにおけ る歯科診療という活動がもたらすさまざまな要因に 14 事例2 以降に登場したのは,かなり経験の浅い歯科衛 生士 (全て同一人物) である.McHoul[6]によれば,教室 における教師と生徒の相互行為では,修復の他者開始が自 己開始による自己修復よりも一般的に見られ,その他者開 始の多くが教師によるものである.本稿の事例2 以降も, 一種の教育場面としての側面を孕んでいる可能性がある. よって,身体動作の「修正」のやり方が,コンテク ストに依存し決定されるという実情である.フィー ルドにおける身体相互行為のあり方を記述するには, まずフィールドでの活動の特性に鑑み,参与者同士 の位置関係や距離などによる物理的コンピテンス, 修正すべきトラブルをトラブルと判断できる認知的 コンピテンス,「正しさ」や「適切さ」を判断すべき なのは誰なのかという規範的期待に基づく制度的コ ンピテンスを念頭に置かなければならない. その上で,マルチアクティビティによるモダリテ ィの制約,会話の順番交替組織が適用されないこと による相互行為組織の変容など,会話とは異なる身 体相互行為の特性を考慮する必要がある.例えば, 順番交替組織が前提にされる会話の修復組織を適用 できない事例があったように,会話相互行為のアナ ロジーで身体相互行為を記述するのが困難な場合も ある.今後,身体相互行為に特有の構造的特徴を体 系化し,独自の分析枠組みを構築することで,会話 相互行為には見られない相互行為のあり方を記述す ることが可能になるだろう.同時に,さまざまなフ ィールドを対象として,活動に依存した身体相互行 為の記述を蓄積することで,フィールドに寄り添う 相互行為分析の方法を確立していきたい.謝辞
本稿は,慶應義塾大学博士課程学生研究支援プログ ラムおよび慶應義塾大学森泰吉郎記念研究振興基金 による助成を受けた研究成果の一部である.参考文献
[1] Schegloff, E. A., Jefferson, G. and Sacks, H.: The preference for self-correction in the organization of repair in conversation, Language, Vol. 53, No. 2, pp. 361-382 (1977)
[2] 高梨 克也: インタラクションにおける偶有性と接続, 木村 大治, 中村 美知夫, 高梨 克也 編: インタラク
ションの境界と接続 ―サル・人・会話研究から―, pp.
39-68, 昭和堂 (2010)
[3] Kendon, A.: Gesture: Visible Action as Utterance, Cambridge University Press (2004)
[4] Haddington, P., Keisanen, T., Mondada, L. and Nevile, M. (Eds.): Multiactivity in Social Interaction: Beyond Multitasking, John Benjamins (2014)
[5] 坊農 真弓: 手話相互行為における即興手話表現 ―
手話言語の類像性とバイリンガル環境―, 社会言語
科学 (投稿中)
[6] McHoul, A.W.: The organization of repair in classroom talk, Language in Society, Vol. 19, No. 3, pp. 349-377 (1990)