伊藤成彦著「ローザ・ルクセンブルクの世界」
著者 上条 勇
雑誌名 社会思想史研究
巻 16
ページ 173‑175
発行年 1992‑01‑01
URL http://hdl.handle.net/2297/19017
173 書 評
上条勇
ローザ・ルクセンブルクの生年を一八七一年とすれば︵一八
七○年説もある︶︑去年は︵一九九一年︶は︑生誕一二○年とな
る︒ところが︑彼女の生誕一二○年を祝う催しは︑あまり見ら
れず︑寂しい限りである︒その理由は︑最近の東欧︑旧ソ連に
おける社会主義の崩壊・解体の雪崩現象によって︑社会主義思
想そのものの魅力が一時的に失われたせいなのかも知れない︒ ものであると考える︒﹃製作本能論﹄は︑ヴェブレンの思想体系を構築するうえでの﹁原理論﹂とも言うべきものであり︑ドーフマンによれば︑ヴェプレン自身も唯一重要な著作と認めているとされている︒
確かに︑﹁製作本能﹂という概念は混乱を生じさせる︒これ
は︑アメリカ思想がヨーロッパの﹁経験論﹂︑﹁観念論﹂︑﹁実証
主義﹂などの思想融合の産物である一面はあるにしても︑その
概念の暖昧性はまぬかれない︒それでもなお︑ヴェブレンの﹁行
勤理論﹂の究明は︑フロイトの精神分析学までも含んだあらゆ
る﹁心の科学﹂とてらしあわせて追求されるべき﹁ヴェブレン
研究﹂の課題なのである︒
伊藤成彦著
言Iザ・ルクセンブルクの世界﹄
社会評論社一九九一年A5判二七七頁三七七○円 今日我々が目の当たりにしているのは︑﹁ソ連型社会主義と結びついたいわゆる共産主義﹂の破産である︒ローザは︑ロシア革命当初に︑民主主義を躁踊するレーニンらの行動を厳しく批判した︒つまり彼女は︑レーニンらによる民主主義一般の除去が︑﹁広汎な人民大衆の積極的な︑自由な︑精力的な政治生活を殺してしまう﹂等々と非難したのである︒最近の旧ソ連︑東欧の状況は︑彼女の批判の正しさを事実でもって示した︒ところが︑先に述べたように︑皮肉なことに︑それとともに社会主義思想そのものの魅力をも失わせしめ︑ローザ・ルクセンブルクの再評価に必ずしも結びつかなかった︒著者は︑このような状況を憂え︑本書の序章で︑こう述べて
いる︒﹁⁝⁝︵この︶現象は︑ローザ・ルクセンブルクの思想の
内容が︑まだ十分に知られていないことから起きていることで︑
人類の民主主義の今後の発展の過程で︑ローザ・ルクセンブル
クの思想が顧みられる時が必ず来ることであろう︑と私は思
う︒﹂著者のこの思いが︑本書の発表に結びついた︒
本書の特徴を少し紹介すると︑本書は︑著者が主に一九七○
年代末から最近にいたるまでに発表した論文と報告からなる︒
論文集であるとはいえ︑その構成はしっかりとしており︑まと
まりがよい︒もちろん論文集であるが故の叙述の繰り返しは免
れていない︒しかし︑一つ一つの論稿が磨きぬかれていること
から︑この繰り返しはかえって︑交響曲を聴くような趣を我々
におぼえさせる︒
本書は︑三部構成からなる︒第一部は︑ローザの思想と生涯
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を手際よくまとめた後に︑社会変革に関する彼女の思想を様々
な角度から検討している︒つまり︑ベルンシュタインとの修正
主義論争︑党組織論をめぐるローザとレーニンの対立と相違︑
﹁第三世界﹂の視座からのローザ帝国主義論の評価︑ローザのロ
シア革命論等々︒第二部は︑ベルンシュタイン︑カウッキー︑
ハイネ︑トルストイ︑グラムシ等著名な人物とのかかわりで︑
ローザの思想と人となりを幅広くとらえている︒第三部は︑ロ
ーザと日本の社会主義運動︑資料紀行等を取り上げている︒こ
の他︑序章と終章は︑昨年発表の論文・報告からなり︑現在の
視座に立ったローザ再評価の視点を提示している︒
ここでは本書の構成にそっての紹介は割愛し︑長きにわたっ
てローザ・ルクセンブルクを暖かく見つめ続けた著者の姿勢と
か視点を︑本書から読みとることを心がけたい︒
﹁はしがき﹂で︑著者は︑一九五○年代半ばにルカーチの﹃歴
史と階級意識﹂を通してローザを知り︑彼女の言シア革命論﹄
を通してローザと最初に出会ったと述べている︒折しもスター
リン批判︑ハンガリー事件等が生じ︑著者の社会主義観を大き
く揺さぶった︒これらの事件の中で︑ロシア革命を支持する一
方で︑これを原寸大で見つめ︑適切に批判したローザの宝石の
ような輝きを︑著者は認めないではいられなかった︒
著者は︑いわゆる﹁現存社会主義﹂の抱えた否定的現象をす
べてスターリン主義のせいにすることに反対する︒ローザの言
シア革命論﹂を評価することは︑当然︑レーニンを相対視する
ことに結びつく︒現存社会主義の諸問題は︑レーニンに遡って 究明されなければならない︒これまで﹁レーニン主義﹂を標傍する﹁正統派﹂は︑レーニンに従って︑革命の﹁鷲﹂として彼女に一応敬意を表しつつも︑レーニンと対立する彼女の見解をねつ造し︑﹁ルクセンブルク主義﹂というレッテルを貼り︑これを片づけてきた︒著者は︑ローザを異端視するこの政治主義的潮流に反対し︑かえってローザを武器にして︑﹁レーニン主義﹂の諸問題に切り結んでいく︒
著者によれば︑ローザは︑レーニンの前衛党組織論が︑革命
の指導者による大衆の指導を強調するあまり︑大衆に対する前
衛党の優位性ひいては支配に結びつく危険性を胚胎していることを見抜いていた︒ローザは︑これに対して︑一定の中央集権
的党組織の必要性と指導者の役割を認める一方で︑大衆の創造
性を強調した︒社会主義は︑大衆の創造的な活動と参加を抜きにして語れない︒彼女は︑反戦反帝︑社会改革の絶えざる活動
を通して︑大衆が自己啓発し︑指導者さえも乗り越えるにいた
ったときに初めて社会主義が可能となると考えた︒大衆は︑単
に指導される存在ではなく︑ひとりひとりが社会主義を担う革
命的主体として高まっていく存在である︒ローザのこの視点は︑
一方で︑革命を待機し︑革命の理論と改良的実践との矛盾に陥
ったカウッキーに対する批判に結びつき︑他方では︑大衆に対
する指導者の﹁暴走﹂の危険を胚胎するレーニンの考えに対す
る率直な批判に結びついた︒また︑彼女の民主主義論と密接に
結びついている︒ローザによれば︑民主主義は︑大衆の創造的
な活動を保障する制度である︒したがって︑彼女には︑反対者
175 書 評
評者は︑著者の以上の見解に基本的に同意する︒確かにヒュ
ーマニズムを欠いた社会主義がいかなる悲劇を人類にもたらし
たかは論を待たない︒また︑真の社会主義は︑大衆の創造的・主
体的な活動を抜きにしては形成されないし︑成り立たない︒た
だ︑雑多な国民諸階層からなる大衆の創造的・主体的活動を形
成することは︑甚だ困難をともなう︒ローザの死後︑オットー. とか批判者を弾圧し︑思想︑信条︑批判の自由を抑圧するロシア革命のやり方は︑大衆の創造的な活動を押さえ込むことによって︑社会主義の芽もつぶしてしまうと思われた︒
著者は︑ローザのかかる危慎が残念ながら当たりへ現存社会
主義の悲劇的な失敗に至ったと理解する︒著者は︑大衆の創造
性を信じたことでローザを積極的に評価する︒大衆の側︑しか
も大衆のひとりひとりの側に立ったからこそ︑彼女の思想には︑
ヒューマニズムがあふれへ差別に対する仮借のない非難がみら
れる︒︵著者は︑差別一般に反対する態度の点で︑身体に障害をもつ
彼女の生い立ちも考慮している︒︶そして差別一般に対する批判
は︑﹁第三世界﹂への帝国主義の暴虐に対するローザの激しい非
難と結びつき︑彼女の帝国主義論の特徴を形成している︒﹁ロー
ザ・ルクセンブルクの手紙﹂から︑今日︑彼女が︑花を愛し︑
虫を愛し︑動物を愛する優しい女性であったことが知られてい
る︒著者は︑この手紙に基づき︑社会主義者であると同時にヒ
ューマニストとしてのローザ像を描く︒著者は︑社会主義がヒ
ューマニズムの思想であることによって︑人類の生き生きとし
た進歩思想をなすと信じている︒ バウァー︑ヒルファディングそれにグラムシらが格闘したのは︑まさしくこの問題であった︒評者は︑社会主義を現代に蘇生させるためには︑これまで異端と目された独創的マルクス主義者たちの思想を正当に評価する一方で︑エコロジーなどの現代的課題の解決策および未来社会の理想的・建設的諸ビジョンとして社会主義を再構成する必要があると考える︒この脈絡のなかでこそローザの思想は現代になお生きている︒
大衆の創造性を信じることによって人類の進歩的な未来を夢
想したローザ︒このローザが悲劇的な最期をたどったことは︑
痛ましいかぎりである︒
ローザは薔薇よ薔薇なれど
サロンの恋の花ならず⁝⁝
生田春月の詩が今も評者の頭のなかにこだまし続けている︒ローザ・ルクセンブルクが生涯身を捧げた大衆が再び彼女を見
いだす日の来ることを心から祈らずにはいられない︒