Ⅰ 国家補償(承前) 1 1 国家賠償(承前) 2 (2)国家賠償法 1 条:公権力の行使に関する国家賠償(承前) 3 ①違法性および過失(承前) 4 (ⅱ)国家賠償法における違法性と過失(承前) 5 (d)国賠法上保護される利益 6 7 国賠法 1 条 1 項には,民法 709 条と異なり,権利侵害・法益侵害の要件が規定されていない。そうすると,被侵 8 害利益が「法律上保護される利益」に当たらなくても(単なる事実上の利益であっても),国賠責任が成立する 9 のだろうか? 10 11 *最判平成 18・6・23 判例時報 1940 号 122 頁 12 「1 本件は,上告人らが,内閣総理大臣の地位にある被上告人小泉純一郎が平成13年8月13日に行った靖國神社 13 の参拝(以下「本件参拝」という。)は,政教分離原則を規定した憲法20条3項に違反するものであり,本件参拝により, 14 上告人らの「戦没者が靖國神社に祀られているとの観念を受入れるか否かを含め,戦没者をどのように回顧し祭祀する 15 か,しないかに関して(公権力からの圧迫,干渉を受けずに)自ら決定し,行う権利ないし利益」が害され,精神的苦痛を 16 受けたなどと主張して,被上告人国に対し国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,被上告人小泉及び被 17 上告人靖國神社に対し不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ1万円及びこれに対する遅延損害金の支 18 払等を求める事案である。 19 2 まず,上告人らが侵害されたと主張する権利ないし利益が法律上の保護になじむものであるか否かについて考える。 20 人が神社に参拝する行為自体は,他人の信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではないから,他 21 人が特定の神社に参拝することによって,自己の心情ないし宗教上の感情が害されたとし,不快の念を抱いたとしても, 22 これを被侵害利益として,直ちに損害賠償を求めることはできないと解するのが相当である。上告人らの主張する権利 23 ないし利益も,上記のような心情ないし宗教上の感情と異なるものではないというべきである。このことは,内閣総理大 24 臣の地位にある者が靖國神社を参拝した場合においても異なるものではないから,本件参拝によって上告人らに損害 25 賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったとはいえない。 26 したがって,上告人らの損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却すべき 27 である」 28 ・自己の心情ないし宗教上の感情は,法律上(国賠法上ないし不法行為法上)の保護になじむむのではない。(た 29 だし,憲法 20 条 3 項(政教分離規定)の解釈として主観説(人権説)を採ったらどうか?) 30 →つまり,明文の規定はなくても「権利又は法律上保護される利益」の存在は国賠責任の成立要件として当然に 31 要求される。 32 33 ある利益が国賠法上保護されているかどうかは,何を基準として判定されるか? 34 35 ・国賠責任(不法行為責任)は加害者の義務違反に基づく責任であるから,被侵害利益が加害者を義務づける 36 規範によって保護されているといえなければならない。すなわち…… 37 ①公権力発動要件欠如説の枠組みでは公権力発動要件を定める根拠法令によって 38 ②職務行為基準説の枠組みでは公務員が職務上負う注意義務によって 39 それぞれ保護されているといえなければならない。 40 ・もっとも,行政活動の名宛人が国賠請求をするケースでは,利益が保護されているかどうかの判断が,結果を回 41 避する義務(違反)の存否(違法性 and/or 過失)の判断に吸収されてしまうことが多い。この要件が正面から問 42 われるのは,行政活動の第三者が国賠請求をするケース。 43 44 *最判平成元・11・24 百選Ⅱ223 事件(宅建業法事件) 45 ◆宅建業者の取引相手が損害を被ったため,行政庁が 46 ①宅建業法に違反する免許の付与・更新が行われた 47 ②宅建業法上の監督権限の行使をしなかった 48 ことを理由として,国賠請求(ここでは①のみを取り上げる) 49 ・仮に宅建業法に違反する行政処分(免許の付与・更新)が行われたとしても,宅建業法は免許の名宛人の利益 50 を保護するにとどまり,第三者である取引相手の利益は一般公益として保護されるにすぎないから,国が第三者 51 の利益侵害について責任を負うことはないのではないか? 52 →かつてはこのような第三者の利益は「反射的利益」と呼ばれ,国賠法上の保護が否定された(宇賀・百選解説) 53
←→しかし,処分の根拠法令が,適正な権限行使を通じて,第三者の利益をも保護しようとしている場合がある 1 はず。そのような場合は,国賠法上の保護を肯定すべき。(本件では結論としては否定されたが。) 2 3 ○国賠要件としての保護される利益の体系上の位置づけ 4 ・国賠法上保護される利益の要件は,公権力発動要件欠如説の立場からは損害の問題だとされるが(宇賀・Ⅱ 5 423~425 頁,塩野・Ⅱ311 頁註(2)),宅建業法最判は違法性の問題としている。 6 7 (ⅲ)さまざまな国家活動における違法性と過失―類型別考察 8 (a)規制権限の不行使 9 10 ●三面関係における行政庁の規制権限 11 ・危険な行為を行う私人 A(例えば,公害企業) 12 ・それによって被害を受ける私人 X(例えば,近隣住民) 13 ・A に対して規制を行う権限を持つ行政 Y 14 15 Y が A に対して適切な規制を行わなかったために,X に損害が生じた。X は,A に対して民事上の損害賠償 16 請求をするほかに,Y に対して国家賠償請求をすることができるか? 17 ↓ 18 Y の不作為の違法性を問うためには,Y に権限を行使する作為義務が課せられていなければならない。しか 19 し,規制権限の行使には裁量が認められるのが通例。どのようにして Y の作為義務を導き出せるか? 20 21 《理論構成》(宇賀・補償法 156~162 頁) 22 1)裁量権のゼロ収縮論……具体的状況に応じて取りうる措置の幅(裁量)がゼロに収縮し,特定の措置を取ること 23 が義務付けられる 24 2)裁量権消極的濫用論……一定の場合には,裁量権を行使しないこと(規制をしないこと)が,裁量権の濫用とし 25 て違法となる(通常の裁量権濫用は,裁量権の行使しすぎ(過剰規制)を統制するものであるのに対し,裁量権 26 の消極的濫用は,裁量権の行使しなさすぎ(過小規制)を統制するもの) 27 3)裁量の授権規定から義務付けを導き出す説 28 明文:「A 行政庁は B の処分をすることができる。」(裁量を認める規定) 29 趣旨:「A 行政庁は B の処分をすることができる。ただし,C の場合には B の行政処分をしなければならない。」 30 (黙示の義務付けを解釈で読み込む) 31 →裁量権のゼロ収縮論は,ある時点で行政機関が作為義務を負っていたかどうかの all or nothing の判断しかでき 32 ないのに対し,裁量権消極的濫用論は,時系列に沿って行政の判断過程の合理性をチェックする枠組みに適 33 合的という指摘がある(山本=金山・後掲評釈・法協 122 巻 6 号 1115-1116 頁,島村・百選Ⅱ226 事件解説) 34 35 ※いずれの説を採るにしても,考慮要素はほぼ同じ(宇賀・Ⅱ413~415 頁) 36 ①被侵害法益:規制権限を行使しなかった場合に失われる利益の大きさ 37 ②予見可能性:行政庁が権限不行使による法益侵害の発生を予見できたかどうか 38 ③結果回避可能性:行政庁が適切に権限を行使することにより,法益侵害の結果が回避できたかどうか 39 ④期待可能性:私人が自ら危険を回避することが困難で,行政庁の権限行使が期待されていたかどうか 40 41 *最判平成元・11・24 百選Ⅱ223 事件(宅建業法事件)(前出) 42 ◆宅建業者の取引相手が損害を被ったため,行政庁が 43 ①宅建業法に違反する免許の付与・更新が行われた 44 ②宅建業法上の監督権限の行使をしなかった 45 ことを理由として,国賠請求(②が権限不行使の主張) 46 ・行政庁に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし,権限不行使が著しく不合理と認められなければ,違 47 法ではない(裁量的消極的濫用論? Cf. 宇賀・百選解説) 48 ・担当職員が業者と被害者との交渉の経過を見守りながら被害者救済の可能性を模索しつつ行政指導を続けて 49 きたなどの事実関係の下においては,業者に対する業務の停止ないし本件免許の取消しをしなかったことが, 50 監督処分権限の趣旨・目的に照らして著しく不合理であるということはできない 51 ※第三者保護性(①)の判示と権限不行使(②)の判示の関係は? 52 ・監督権限の規定のほうが,取引の相手方を保護する趣旨が明確=第三者保護性あり 53
宅地建物取引業法(現行法) (免許) 第三条 宅地建物取引業を営もうとする者は、二以上の都道府県の区域内に事務所(本店、支店その他の政令で定 めるものをいう。以下同じ。)を設置してその事業を営もうとする場合にあつては国土交通大臣の、一の都道府県の 区域内にのみ事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては当該事務所の所在地を管轄する都道府県 知事の免許を受けなければならない。 2 前項の免許の有効期間は、五年とする。 3 前項の有効期間の満了後引き続き宅地建物取引業を営もうとする者は、免許の更新を受けなければならない。 4~6 [略] (免許の基準) 第五条 国土交通大臣又は都道府県知事は、第三条第一項の免許を受けようとする者が次の各号のいずれかに該 当する場合又は免許申請書若しくはその添付書類中に重要な事項について虚偽の記載があり、若しくは重要な事 実の記載が欠けている場合においては、免許をしてはならない。 一 成年被後見人若しくは被保佐人又は破産者で復権を得ないもの 二 第六十六条第一項第八号又は第九号に該当することにより免許を取り消され、その取消しの日から五年を経 過しない者(当該免許を取り消された者が法人である場合においては、当該取消しに係る聴聞の期日及び場所 の公示の日前六十日以内に当該法人の役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をい い、相談役、顧問、その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締 役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。以下この条、第十八 条第一項、第六十五条第二項及び第六十六条第一項において同じ。)であつた者で当該取消しの日から五年を 経過しないものを含む。) 二の二 第六十六条第一項第八号又は第九号に該当するとして免許の取消処分の聴聞の期日及び場所が公示 された日から当該処分をする日又は当該処分をしないことを決定する日までの間に第十一条第一項第四号又は 第五号の規定による届出があつた者(解散又は宅地建物取引業の廃止について相当の理由がある者を除く。) で当該届出の日から五年を経過しないもの 二の三 前号に規定する期間内に合併により消滅した法人又は第十一条第一項第四号若しくは第五号の規定に よる届出があつた法人(合併、解散又は宅地建物取引業の廃止について相当の理由がある法人を除く。)の前 号の公示の日前六十日以内に役員であつた者で当該消滅又は届出の日から五年を経過しないもの 三 禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から五年を経過しな い者 三の二 この法律若しくは暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成三年法律第七十七号)の規定 (同法第三十二条の二第七項の規定を除く。第十八条第一項第五号の二及び第五十二条第七号ハにおいて同 じ。)に違反したことにより、又は刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百四条、第二百六条、第二百八条、第 二百八条の三、第二百二十二条若しくは第二百四十七条の罪若しくは暴力行為等処罰に関する法律(大正十五 年法律第六十号)の罪を犯したことにより、罰金の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は執行を受けること がなくなった日から五年を経過しない者 四 免許の申請前五年以内に宅地建物取引業に関し不正又は著しく不当な行為をした者 五 宅地建物取引業に関し不正又は不誠実な行為をするおそれが明らかな者 六 営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者でその法定代理人が前各号のいずれかに該当する もの 七 法人でその役員又は政令で定める使用人のうちに第一号から第五号までのいずれかに該当する者のあるも の 八 個人で政令で定める使用人のうちに第一号から第五号までのいずれかに該当する者のあるもの 九 事務所について第十五条に規定する要件を欠く者 2 国土交通大臣又は都道府県知事は、免許をしない場合においては、その理由を附した書面をもつて、申請者に その旨を通知しなければならない。 (指示及び業務の停止) 第六十五条 国土交通大臣又は都道府県知事は、その免許(第五十条の二第一項の認可を含む。次項及び第七十 条第二項において同じ。)を受けた宅地建物取引業者が次の各号のいずれかに該当する場合[中略]においては、 当該宅地建物取引業者に対して、必要な指示をすることができる。 一 業務に関し取引の関係者に損害を与えたとき、又は損害を与えるおそれが大であるとき。 二 業務に関し取引の公正を害する行為をしたとき、又は取引の公正を害するおそれが大であるとき。 三 業務に関し他の法令(履行確保法 及びこれに基づく命令を除く。)に違反し、宅地建物取引業者として不適当 であると認められるとき。
四 取引主任者が、第六十八条又は第六十八条の二第一項の規定による処分を受けた場合において、宅地建物 取引業者の責めに帰すべき理由があるとき。 2 国土交通大臣又は都道府県知事は、その免許を受けた宅地建物取引業者が次の各号のいずれかに該当する 場合においては、当該宅地建物取引業者に対し、一年以内の期間を定めて、その業務の全部又は一部の停止を 命ずることができる。 一 前項第一号又は第二号に該当するとき(認可宅地建物取引業者の行う取引一任代理等に係るものに限 る。)。 一の二 前項第三号又は第四号に該当するとき。 二~八 [略] 3~4 [略] (免許の取消し) 第六十六条 国土交通大臣又は都道府県知事は、その免許を受けた宅地建物取引業者が次の各号のいずれかに 該当する場合においては、当該免許を取り消さなければならない。 一 第五条第一項第一号、第三号又は第三号の二に該当するに至つたとき。 二~七 [略] 八 不正の手段により第三条第一項の免許を受けたとき。 九 前条第二項各号のいずれかに該当し情状が特に重いとき、又は同条第二項若しくは第四項の規定による業 務の停止の処分に違反したとき。 2 [略] 1 2 *最判平成 7・6・23 百選Ⅱ224 事件(薬害クロロキン訴訟) 3 ◆厚生大臣(当時)がクロロキン網膜症の発生を予防するために適切な措置を取らなかったことが違法と主張 4 ・薬事法の目的は国民の生命・健康の維持,副作用も含めた安全性の確保(第三者保護性肯定) 5 ・権限不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められれば,違法となる 6 ・当時のクロロキン網膜症に関する医学的・薬学的知見の下では,クロロキン製剤の有用性が否定されるまでに 7 は至っておらず,厚生大臣が日本薬局方からの削除や製造の承認の取消しを取らなかったことが著しく合理性 8 を欠くものとはいえない 9 ※撤回権限を根拠づける明文規定がないときに,撤回をすることができるか?(→行政法Ⅰ) 10 11 12 *最判平成 16・4・27 百選Ⅱ225 事件(筑豊じん肺訴訟)1 13 ◆じん肺を予防するために必要な規制を行わなかったことが違法と主張 14 ・第三者保護性については判示なし(鉱山保安法は労働者の生命・身体に対する危害防止を主目的とすることが 15 明確 Cf. 中原・百選解説) 16 ・規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨・目的,その権限の性質に照らし,具体的事情の下にお 17 いて,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,違法となる 18 ・通商産業大臣(当時)は,鉱山保安法に基づく監督権限を適切に行使して,粉じん発生防止策の速やかな普 19 及・実施を図るべき状況にあった 20 ※省令制定権限の不行使を違法とした点が特色(取消訴訟であれば争えない) 21 22 23 *最判平成 16・10・15 百選Ⅱ226 事件(水俣病訴訟) 24 ◆水俣病の発生および被害拡大の防止のために規制権限を行使することを怠ったことが違法と主張 25 ・第三者保護性については判示なし 26 ・規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨・目的,その権限の性質に照らし,具体的事情の下にお 27 いて,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,違法となる 28 ・主務大臣は,水質 2 法(工場排水規制法および水質保全法)に基づく規制権限を行使して,チッソに対し,工場 29 排水についての処理方法の改善,当該施設の使用の一時停止その他必要な措置を執ることを命ずることが可 30 能であり,しかも,水俣病による健康被害の深刻さにかんがみると,直ちにこの権限を行使すべき状況にあった 31 ・熊本県知事は,県漁業調整規則に基づく規制権限を行使すべき作為義務があった 32 33 1 山本隆司=金山直樹・法学協会雑誌 122 巻 6 号(2005 年)1092 頁以下。
(b)事実行為 1 2 *最判昭和 61・2・27 百選Ⅱ218 事件(パトカー追跡事件) 3 ・パトカーによる追跡行為自体は,逃走車両との関係では適法な権限行使(警察法 2 条・65 条,警職法 2 条 1 項) 4 ・しかし,第三者に不必要な法益侵害を生じさせることまでは正当化されない 5 →原審は注意義務違反(過失)の問題として処理(塩野・Ⅱ322 頁も同旨) 6 ←→しかし最高裁は違法性の問題とした(結論は違法性否定) 7 ・必要性・相当性(≒比例原則)による限界づけ(塩野・Ⅱ322 頁,稲葉馨・百選解説,LQ284 頁・41 頁) 8 ⇒不文の法規範による公権力発動要件の補充(宇賀・Ⅱ412~413 頁) 9 10 (c)検察官による逮捕・起訴 11 12 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由のある者を,被疑者として逮捕し,公訴を提起したが,裁判の結果, 13 無罪となった場合に,逮捕・起訴は国家賠償法上違法と評価されるか? 14 15 *最判昭和 53・10・20 百選Ⅱ229 事件 16 ・起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は,判決時における裁判官の心証とは異なる 17 →結果として無罪になったからといって,合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば,違法とはなら 18 ない 19 ※このような考え方を「職務行為基準説」と呼ぶことがある 20 →しかし,逮捕の要件(公権力発動要件)は,「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」(刑 21 訴 199 条 1 項)。公訴提起についても同様。 22 ⇒そうであるとすれば,判例の考え方は実は公権力発動要件欠如説そのものであって,「職務行為基準説」と呼 23 ぶのは適当ではない(宇賀・Ⅱ406~408 頁) 24 25 (d)裁判 26 27 *最判昭和 57・3・12 百選Ⅱ228 事件 28 ・上級審によって取消し・破棄されただけでは,国家賠償法上違法な評価を受けるわけではない 29 ※職務行為基準説の立場を採用 30 ・裁判の瑕疵は上訴による是正が本筋であり,国賠責任の成立は例外的な場合に限られる 31 32 (e)立法(作為・不作為) 33 34 違憲の立法行為によって損害を生じた場合に,その立法行為を国家賠償法上違法と評価できるか? 35 36 *最判昭和 60・11・21 百選Ⅱ227 事件(在宅投票事件) 37 ◆国会が障碍者のための在宅投票制度を廃止し,それを復活しない立法行為が,選挙権の行使を妨げるものと 38 して違憲・違法と主張 39 ・立法行為の国家賠償法上の違法性は,当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべき 40 ・国家賠償法上の違法性:国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に 41 違背したかどうかの問題(職務行為基準説) 42 =立法者を拘束する憲法規範によって原告の利益が保護されているかどうかの問題(?) 43 44 *最大判平成 17 年 9 月 14 日百選Ⅱ209 事件(在外日本人選挙権訴訟)2 45 ◆在外日本人の選挙権の行使が,衆参両院の比例代表選挙に限られており,(小)選挙区選挙について認めら 46 れていないのは違憲・違法と主張 47 「国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の 48 法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するもの 49 2 「特集・在外邦人選挙権最高裁大法廷判決」ジュリスト 1303 号(2005 年)(特に北村和生「在外日本人選挙権剥奪訴訟 における行政法上の論点について」同号 25 頁以下),山本隆司「在外邦人選挙権最高裁大法廷判決の行政法上の論 点」法学教室 308 号(2006 年)25 頁以下,木村琢麿・平成 17 年度重要判例解説(2006 年)50 頁以下。
である。したがって,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過 1 程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又 2 は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反 3 するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。 4 しかしながら,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明 5 白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可 6 欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的 7 に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべ 8 きである。最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,以上と異 9 なる趣旨をいうものではない。 10 在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり, 11 この権利行使の機会を確保するためには,在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったに 12 もかかわらず,前記事実関係によれば,昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国 13 会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立 14 法措置も執られなかったのであるから,このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり,このような場合にお 15 いては、過失の存在を否定することはできない。このような立法不作為の結果,上告人らは本件選挙において投票をす 16 ることができず,これによる精神的苦痛を被ったものというべきである。したがって,本件においては,上記の違法な立 17 法不作為を理由とする国家賠償請求はこれを認容すべきである。」 18 19 ※昭和 60 年判決を変更するものではない(波線部分)としつつも,実質的には射程を限定? 20 ①憲法上の権利侵害が明白な場合 21 ②立法措置の必要性が明白であるにもかかわらず,国会が長期にわたり立法措置を怠っている場合 22 ⇒「容易に想定し難いような例外的な場合」(昭和 60 年判決)に当たる 23 24 在宅投票事件と在外投票事件で,最高裁の判断が異なったのはなぜか? 25 ・立法裁量の広狭 26 在宅:「憲法には在宅投票制度の設置を積極的に命ずる明文の規定が存しないばかりでなく……」 27 在外:「在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障され 28 ていた……」 29 →在宅投票制度と在外投票制度の制度設計・運営の困難さの違い? 30 31 *最判平成 18・7・13 判例時報 1946 号 41 頁(精神的障碍者の在宅投票制度立法不作為) 32 ・国賠法上の違法性を否定 33 34 (f)申請に対する応答遅延 35 36 *最判平成 3・4・26 百選Ⅱ220 事件(水俣病待たせ賃訴訟) 37 ◆水俣病と認定すべき旨の申請に対して,行政庁が長期にわたり応答をしなかったので,処分遅延により焦燥・ 38 不安の気持ちを抱くことになり精神的苦痛を被ったとして,国家賠償を請求(百選Ⅱ226 事件とは論点が異なる 39 ことに注意!) 40 ・処分遅延により申請者が不安感・焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害される結果を回避すべき条理上の 41 作為義務を肯定 42 ・処分庁がこの作為義務に違反したといえるためには, 43 ①相当期間(※)を超える処分の遅延 44 ②さらに長期にわたる遅延の継続 45 ③遅延を解消することができたのに努力を尽くさなかったこと 46 が必要 47 ⇒不作為の違法確認訴訟(行訴 3 条 5 項)なら①のみでいいはずなのに,②③を加重(百選Ⅱ220 事件・久保茂 48 樹解説) 49 ・最高裁はここでも違法性相対説を採用:申請権の侵害なら①のみで成り立つが,内心の静謐が害されるという 50 ためにはさらに加重要件が必要という趣旨か(?) 51 52 ※標準処理期間(行手 6 条)との関係はどのように考えられるだろうか? 53 54
(g)学校事故 1 2 *最判昭和 62・2・6 百選Ⅱ217 事件 3 ・注意義務違反=責任肯定 4 ※判決は,これを違法性の問題とも過失の問題とも明言していないが,宇賀・Ⅱ422 頁によれば過失の問題と捉 5 えている(過失一元的判断) 6 7 Comprehension check 8 次の文章が正しい場合には○を,誤っている場合には×を付けなさい。 9 10 ア. 裁判官による争訟の裁判については,当該裁判官に事実認定や法律解釈の誤りがあったとしても,それは上 11 訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべきものであるから,国家賠償法第1条第1項にいう違法な行為 12 に当たるものとして争うことができるのは,そのような訴訟法上の救済が及ばない瑕疵に限られる。 13 14 イ. 宅地建物取引業法は,宅地建物取引業者の不正な行為により個々の取引関係者が被る損害の防止・救済を 15 目的とするものではないから,当該業者に対する行政庁の監督処分権限の不行使が著しく不合理と認められる 16 場合でも,当該権限の不行使は国家賠償法第1条第1項の適用上違法の評価を受けるものではない。 17 18 ウ. 規制権限の不行使は,当該権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下 19 において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,違法となるものと解 20 するのが相当である。 21 22 エ. 警察官が,交通法規等に違反して車両で逃走する者をパトカーで追跡する職務の執行中に,逃走車両の走 23 行により第三者が身体等に重大な損害を被った場合,当該追跡行為は,上記第三者との関係では違法な職務 24 執行といわざるを得ない。 25 26 オ. 税務署長のする所得税の更正は,所得金額を過大に認定していたとしても,そのことから直ちに国家賠償法第 27 1条第1項にいう違法があったとの評価を受けるものではない。 28 29 カ.国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において, 30 それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても,当該一連の 31 行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ当該被害が生ずることは 32 なかったであろうと認められ,かつ,それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公 33 共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは,国又は公共団体は,加害行為不特定の故をもっ 34 て損害賠償責任を免れることはできないと解されるが,この法理が肯定されるのは,それらの一連の行為を組成す 35 る各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為に当たる場合に限られる。 36 37 キ.ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについ 38 ても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を遂行したとき 39 は,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに当該公務員に過失があったものとはいえない。 40 41 ク.国会議員の立法行為は,本質的に政治的なものであって,その性質上法的規制の対象になじまないものであ 42 るから,制定された法律の内容が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な 43 場合などには,例外的に国会議員の立法行為が国家賠償法上違法であるとの評価を受けることもあり得るが,立 44 法の不作為についてまで国家賠償法上違法であるとの評価を受けることはない。 45 46 (ア・イは平成 18 年度,ウ・エ・オは平成 20 年度,カ・キ・クは平成 22 年度の新司法試験より) 47 48 Preparation 49 民法 715 条に基づく使用者責任について,その要件および効果,民法 709 条に基づく責任との関係などについて, 50 整理しておこう。 51