博士論文審査報告書
4
0
0
全文
(2) 歴史的風致の維持向上は、建築やまちなみの修景といった短絡的な問題解決ではな く、地域に根付いた建築生産システムの持続性に依拠するものである。しかしながら、 建築需要の減少などにより建築生産システムそのものが弱体化することによってこ れまで受け継がれてきた歴史的風致が失われる傾向にある。さらに、地震などの大規 模な災害によって一瞬にして歴史的風致が失われることも経験してきた。 本論文は、住宅を中心とした市街地の歴史的風致と地域住宅生産システムの関係に 着目し、歴史的風致の維持向上に資する地域住宅生産システムのあり方について明ら かにすることを目的としている。そして、研究対象として歴史的風致が失われてきた 条件が異なる以下の3地域 1)新築需要はあるが歴史的風致が失われてきた地域 2)地域住宅産業が弱体化したことで歴史的風致が失われてきた地域 3)災害により一度に歴史的風致が失われた地域 を取り上げ、歴史的風致の維持向上と地域住宅生産システムに関する分析をふまえ、 地域住宅生産システムの再編成の実践と検証を行なっている。 序章では、歴史的風致の維持向上と地域住宅生産システムの関係性を検討し、分析 の枠組みを的確に整理するとともに、歴史的風致の維持向上と地域住宅生産システム が乖離しつつある要因について論じている。 第 1 章「歴史的風致の維持向上の観点から見た地域住宅生産システムの実態に関す る研究」では、新築需要はあるが徐々に歴史的風致が失われてきた鹿児島県南さつま 市加世田麓地区を対象に、歴史的風致を形成する家屋の残存状況と新築の住宅供給に 着目し、歴史的風致維持向上と地域住宅生産システムとが乖離する原因を解明し、そ の結果から、歴史的風致の維持向上のための地域住宅生産システムの再編成のあり方 について論じている。 まず、対象地区において伝統的家屋の残存率は 22%まで減少したが、歴史的風致の 維持向上に寄与する様々な時代の地域住宅等の家屋が歴史的風致を補完している実 態を明らかにした。 つぎに、歴史的風致の維持向上と地域住宅生産システムが乖離する要因として、1) 歴史的風致の維持向上に寄与する地域住宅の供給割合は 13%程度と低く、2000 年以降 は全く供給されておらず、新築需要が歴史的風致の維持向上に寄与しない状況にある こと、2)伝統的家屋及び準伝統的家屋の維持管理体制が弱体化し、7 割以上が放置 されており、利活用の取り組みは少ないことを明らかにした。 これらの結果から、新築需要がある中で歴史的風致の維持向上を推進している地域 のあり方として、1)地域型住宅による新築の促進、2)伝統的家屋等の維持管理及 び利活用、の両面から地域住宅生産システムを再編成することが重要であり、それら を実現する体制として、設計及び施工体制のグループ化、相談体制の構築、修理修景 許可基準や協定等の締結、歴史的風致を継承する家屋の特定と制度的支援の重要性を 指摘した。 1.
(3) 第 2 章「歴史的風致の維持向上の観点から見た地域住宅生産システムの域内産業循 環の実態に関する研究」では、地域住宅産業が弱体化したことで、歴史的風致が失わ れている重要伝統的建造物群保存地区である福島県南会津町前沢集落及びその周辺 地域を対象に、歴史的風致の維持向上のための地域住宅生産システムの持続を困難に させている原因を解明し、その結果から、歴史的風致の維持向上のための地域住宅生 産システムの再編成のあり方について論じている。 まず、伝統的家屋は 1984 年~2007 年の期間に年間約 1.8 棟ずつ減少し、新築需要 は 2005 年以降年間 1.5 棟まで激減している実態を明らかにした。 つぎに、伝統的家屋の維持管理において、大工工事は 8 割以上が旧村内で賄われて いるが、茅葺工事は旧村内では賄われておらず、隣接地域が補完し、その材料は 9 割 が県外から供給されている実態を明らかにした。 さらに、茅葺工事量は保存地区のみでは需要が不足しており、隣接地域に点在する 集落まで含めて保全対象とすることで基礎需要が確保できることを明らかにした。 これらの結果から、地域住宅産業が弱体化する中で歴史的風致の維持向上を推進し ている地域のあり方として、周辺地域まで伝統的家屋保全の範囲を拡大することによ り、1)歴史的風致に関わる工事の基礎需要を確保すること、2)大工工事や茅葺工 事他の施工を連環させること、により地域住宅生産システムを再編成することの重要 性を指摘した。 第 3 章「歴史的風致の再生・維持向上のための地域住宅生産システムの再編成によ る自立再建住宅支援の実践と検証に関する研究」では、災害により歴史的風致が失わ れた地域として、2004 年に発災した中越地震被災地の長岡市山古志地域を対象に、著 者自らが関わった地域住宅生産システムの再編成の取り組みを通して得た知見から、 災害復興における歴史的風致の再生・維持向上に寄与する地域住宅生産システムの再 編成の可能性について論じている。 具体的には、著者は、当該地域の民家を規範とする気候風土や景観を継承した地域 型住宅の開発から、モデル住宅の建設、地域住宅生産体制の構築と供給に至る一連の 自立再建住宅支援と災害公営住宅政策との連携を実践した。 その結果、新築再建の約 4 割が地域型住宅で供給されることになり、地域型住宅の ルールに従った多様な住宅タイプが展開し、地元の地域住宅生産システムが再編成さ れるなど、著者の被災地における一連の取り組みが歴史的風致の再生・維持向上に資 する成果を導いたことを検証しており、高く評価できる。 第 4 章「地域型住宅の供給戸数からみた歴史的風致の再生・維持向上のための地域 住宅生産システムの再編成手法に関する比較研究」では、災害により歴史的風致が失 われた5地域を対象に、地域型住宅による再建戸数をもとに自立再建住宅支援につい て論じている。 まず、地域型住宅での自立再建の供給戸数には地域によってばらつきが見られ、自 2.
(4) 立再建住宅支援に取り組んだ地域の中でも地域型住宅の供給の成否に差があること を明らかにした。 つぎに、地域型住宅の再建戸数を増加させる要因として、1)自治体がモデル開発 に関わること、2)被災者が住宅再建の方法を選択する適切な時期に自立再建に関す る情報提供をすること、3)半壊世帯に対する改修による自立再建支援を手厚くする こと、4)ローコストモデルにおける自己資金を低く設定することの重要性を明らか にした。 さらに、地域型住宅による再建を増やすために、1)工事施工者・木材供給者・建 材供給者・設計者の組織化と事務局体制の確立、2)景観ルール・協定等の締結推進 とともにまちづくり協議会を窓口とする再建者への直接補助、3)復興基金の運用を 担う県と歴史的風致の共通する圏域を構成する市町村との連携、の重要性を明らかに した。 これらのことは、中山間地域や地方小都市における災害復興時の歴史的風致の再 生・維持向上に資する知見として有用である。 終章は各章を要約し、そこから導いた地域住宅生産システムの体制について、住民、 施工者、設計者の三者を中心とする地域性に応じた3つのモデルを提示しており、研 究の総括として高く評価できる。 以上、要するに本論文は、歴史的風致の維持向上に資することが期待される地域住 宅生産システムの体制のあり方について、実態の丁寧な検証を踏まえて、詳細に適応 可能な仕組みを提示している。また、特に著者が関与した中越地震被災地の長岡市山 古志地域における一連の自立再建住宅支援は貴重な経験に裏付けられた示唆に富む 内容であると評価される。 これらの成果は、建築学および都市計画学の発展に寄与するところ大である。よっ て、本論文は博士(工学)の学位論文に値するものと認める。 2018 年 2 月. 審査員 (主査). 早稲田大学教授. 工学博士 (早稲田大学). 早稲田大学教授. Ph.D.. 後藤 春彦. _______________________________. 有賀 隆. (カリフォルニア大学バークレー校) _______________________________. 早稲田大学名誉教授 工学博士 (早稲田大学). 工学院大学教授. 博士(工学) (東京大学). 3. 佐藤 滋. _______________________________. 後藤 治 _______________________________.
(5)
関連したドキュメント
5 Ⅱ.論文審査の結果の要旨
吸収式冷凍機を太陽熱で駆動する場合には,日射量の変動により,所要の空調負荷への対応が困難
本論文における問題意識は、ひとつの主権国家内にありながら、ある周辺地域の島嶼部
ジロジウム(II)錯体は、ジアゾ化合物の分解において最も効果的で汎用性の高い触媒であ
複雑な結晶構造をとる六方晶ストロンチウム・フェライトでは、結晶学的に異なる 5 つの Fe
SNS
第 5 章“ Bridging History and Time with Magical Realism ”では、第 3
③この論文のキーワードである「待遇表現化」が日本語教育にどのような意味を持つ