入 ト ラ イ キ の 規 模 と そ の 正 當 性
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(2) ストライキの規模とその正當性. 三流六︵三八︶. 信︑電話︑水道︑電氣︑ガスおよび日常生活に敏くべからざる馨療︑公衆衛生︑銀行︑石炭鑛業などである︒. を研究中である︒しかし︑このために特別に勢働裁到所のようなものを設ける考えはない︒なお第一亥の決定機關としては︑東京高. 一︑ゼネ・スト禁止の決定機關としては政府から濁立した機關が適嘗であり︑いまの構想では裁到所によつてこれを決定させる方法 裁ぐらいで+分と思う︒. さて法案の具艦的内容はまだ明確にされていないのであるから︑孚議獲生の場合の當該勢使關係や︑勢働組合蓮動一. 般に封して︑果してどのような機能を螢むものであるかについて確言することは困難であるが︑次のことはほぼ推測し. て誤りないと思う︒第一は︑二ニゼネ・ストに封するいわゆるマッカーサー聲明及びその後におけるマーカット畳書. の趣旨を縫承し取締るということ︑第二は︑ここでいわゆるゼネ・ストというのは全國的規模のストライキに限らず︑. 一地域︑一産業に關するストライキでも取締りの封象として取扱われるということ︑從つて普通の雫議も取締り封象に. 入りうるということ︑第三に︑從來事業の性質からなされていた雫議行爲に封する法令上の制限が︑事業の種類を増加. することによつて鑛大されていくということ︑すなわち公共企業艦職員︑從來の公盆事業の從業員︑その他︑石炭︑銀. 行などいわゆる基幹産業部門の勢働者にもその適用が鑛張せられること︑第四に︑孚議の目的の如何を問わない慨だか ︵一︶. ら経濟的目的のストライキも封象となるということ︑第五に︑治安的立場において嚴重な刑罰を以て臨むということで. ある︒そこで︑このような構想から明瞭にされることは︑軍に孚議権行使の法的禁止乃至制限の範園が︑從來よりも一. そう蹟大せられるということだけではなく︑孚議椹に封する考え方そのものに大きな影響を與える結果となるというこ. とである︒その及ぶ影響をば︑例えば孚議灌行使の禁止せられうる勢働者数という馳からだけ考えても︑それは︑全組. 織勢働者五百萬ー六百萬に封してほぼその牛ばに達する比率を占めるのであり︑闘孚力という質の鮎からみた場合は︑. 全盤の九〇%以上に封して立法的攻撃を加えたことになるといつてもいいのである︒そこで︑このような廣汎な孚議権.
(3) の制約と孚議灌に封する考え方に加えられた影響とが︑一たい日本憲法の立前からみて安當であるだろうかとい5こと︑. 輩に日本憲法の規定だからというだけでなく一般に合理性を持ちうるだろうかということは︑十分に問題にしなければ ならない性質の事柄であると考えるのである︒. ところで現在までのところ︑二ニストを契機とする連合軍のゼネ・スト禁止の指令があつたということのために. ︵二二∴・三一︑マッカーサー聲明︶︑事實上ゼネ・スト的箏議の實現は︑蓮動上の條件は別として︑法的には妨げら. れていたのであつた︒從つてゼネ・ストの問題も︑法律論としては︑連合軍の日本管理に關する法の騰系の問題として. その禁止の根撮を十分な検討に委ねることなしに過ごしてきたのであつて︑われわれ自身の法理論として展開せられて. はいなかつたといえるのである︒しかし︑講和が︑その内容ほしばらく別として︑ともかくも成立するということにな. ると︑形式的には管理法令は消滅しなければならないということになるのであつて︑この事情が︑從來のように︑もは. や占領政策として有無をいわさないというやり方を許さなくさせてくる︒だから︑占領政策の事實上の縫承を考える限. り︑どうしてもゼネ・スト禁止の法理論を更めて表面に影し出さざるをえなくさせるのだと考えることができよう︒し. かし傳えられたゼ啄・ストは︑先に述べたように︑丈字通りのゼネ・ストのみを醤象とするのではなく︑重要産業の地. 域的なストライキにまでも及ぶものであつた︒そういう馳からみると︑ゼネ・スト禁止論は︑輩にポツダム政令の消滅. に件う輩純な政策の纏承乃至は軍なる形式的整備以上のものをもつているようである︒何故であろうか︒思うにゼネ・. スト禁止が特に今日間題となるのは︑この講和の性質とその後における日本の勢働政策とに不可分の關係があるからで. ある︒誰でも知つているように︑日本の講和は︑封立する二つの世界の一方に日本を組み入れるという意味をもつてい. 三五七︵三九︶. た︒そのような勤立する二つの世界の境界線に武器をもつて立たせられるということによつて︑日本は再び職争の危瞼 ストライキの規模とその正嘗性.
(4) ストライキの規模とその正當性. 三五八︵四〇︶. に身を投じたことになるわけであり︑その結果として當然に日本の勢働者階級も︑軍事的のみならず輕濟的・杜會的に. 大きな犠牲を負捲させられざるをえないことになるのぐある︒だから勢働者階級の組織的反抗がいきなり政治的な形で. あらわれるのでなくても︑今日の大きな勢働組合の組織率と考え合せてみるならば︑経濟的な日常要求だけでも大規模. に提起せられることによつて︑そのような臨戦的政策の阻止要因になるということの可能性は+分に存在するのであ. る︒從つて明確な臨戦的政策を途行しようとするならば︑まずこのような阻止要因えの護展の可能性を除去するという. ことが考えられねばならないのであり︑しかもこのような時期におけるこの種の政策の途行は︑ナチス勢働政策や第二 ︵二︶ 家大職に臨んだ日本の勢働政策に通うところの強罐的な要素を含んだものとならざるをえないのである︒ゼネ・ストに. 關するマッカーサー聲明をさえ超える内容を︑治安的立場から強行するというストライキ禁止法の構想は︑このような. 事情と要求とを立法面に反映したものだと考えるのでなければ︑その構想の篠つて生ずる現實的根擦を理解しえないこ ととなるで珍ろう︒. ところで︑このゼネ・スト禁止法案は︑當初相當につよく資本家團艦によつても支持せられていたようであつたが︑. 奮騰突如日纒連は︑從來の態度を改めて︑ゼネ・スト禁止の問題は︑治安上の問題ではなくて勢働法上の間題である旨. を聲明するに至つた︵勢働法令通信四巻五一號︶︒このように日本における代表的使用者團艦が︑ゼネ・スト禁止立法を勢働. 法上の問題であるとして眞面目に取りあげるということは︑結局治安的輩濁立法としてのゼネ・スト禁止法案の出現を. 阻止することとなるであろう︒しかし輩濁立法としての存在を主張しないということは︑決してゼネ・スト禁止立法に. よつて達成しようとした雫議灌抑塵の要求そのものを勉棄しようとするのでないこともほぼ推察して誤りないことであ. る︒何故かといえば︑ゼネ・スト禁止立法そのものは︑軍なる政府の思い付きではなく︑すでに述べてきたように一つ.
(5) の臨職的勢働政策だと考えられるのであるから︑そのような根本的政策の轄換が現われない限り止むものではな炉から. である︒從つて考え方そのものとしてのゼネ・スト禁止法的考え方は︑雫議灌行使を強力に制約し︑統制しうる立法技. 術と相まつて︑全法律髄系のうちにその地位をきずこうと努めるであろう︒その意味において︑輩猫法案として現われ ると否とを問わず︑依然として今後の問題たる性格を失わないめである︒. さてわれわれが當面しているゼネ・スト禁止立法の政府構想の本髄は︑すでに述べてきたように︑ゼネ・ストではな. くて︑むしろストライキそのものの禁止にあつたとすれば︑われわれの課題は︑ゼネ・ストそのものの正當性の問題と. いうよりも︑まずストライキそのものに封する考え方の問題であるといわねばならない︒また間題がストライキに關す. る考え方に在るとするならば︑まず︑當然︑ストライキは何故に正當覗され︑何故に椹利とされてきたかという振出し. の問題に立ちかえることを蝕儀なくされてくるのである︒次いでストライキの規模や結果はストライキの正當性にどの. ような影響を與えるかの問題を検討しつづゼネ・スト論に入らなければならない︒わたくしはすでに︑本問題に關連して. ゼネ・ストの適法性についても︑孚議灌の制約の効果に關する實謹的な若干の検討についても︑勢働法律旬報︵71號︶︑. 法律時報︵盟巻−號︶︑に夫々小稿を寄せている︒本稿と併せてゼネ・スト論としたいのである︒. 規封策部の資料から借覧することを得た︒五っの要黙は︑わたくしの要約である︒なお刑法第二三四條の威力業務妨害罪は︑取締り. ︵一︶ ゼネ・スト禁止法案の構想については︑勢働關係法令審議委員會における法務府の紳山公安課長の説明に關する速記を︑総評法. 官憲によつては争議行爲忙封して趣めて廣く適用される可能性があるからむしろこの適用にはつきりした基準をつくる意味で立法し. 語っている︒この速記が正確であるとすれぱ︑ストラ4キに關する考え方そのも@が再検討されねばならぬこととなるのである︒. たいこと︑威力業務妨害罪は既途しか罰せられないが︑未途︑豫備等の段階でも虚罰封象とするかどうかを考えたいこと等にっ﹃て. 三五九︵四一︶. ︵二︶ 嚇種の臨職的政策として︑ストライキの抑厭を考える立法は︑現在の國際情勢においては軍にわが國のみに限らない︒戦後憲法 ストヲイキの規模とその正當性.
(6) ー. ストライキ の 規 模 と そ の 正 當 性. ぽ. 三六〇︵四二︶. の場合においては︑その憲法の規定中に﹁スト一フイキ穰はこれを規制する法律の範園内で行使できる﹂と定めているように︑一鷹わ. 前文によつてストライキ灌に關する明確な規定をもつことによつて︑ストライキそのものに關する考え方に一韓機を持ったZ7ンス. が國と異なる前提の下においてではあるが︑今日明確な職争政策的制約を持っに至った︒すなわち一九玉○年三月一一日法︵剛6一9. 身一一ヨp騒る弩︶は︑國家の封外的安全に封する侵犯に關する刑法典第七六條及び第七七條の規定を修正し︑サボタージュの抑腿. のとして立法せられたものである︒︸閑○昌器σ魯やご=轟昌P男お鼠ωq①■猪置一暮ざ昌ぎq墓霞一①一一①︸一譲どや団旨●. を行つたのであるが︑同法はマーシャル・プラン︑北大西洋條約及びベトナム事攣に起因する職璽資材に關する箏議行爲に關するも. 二︑ストライキにおける二つの要素とその正當性 ストライキにおける二つの要素. およそストライキには二つの要素が存在している︒そしてストライキが一般的に勢働者の灌利とせられる根篠及び具 − . ︵一︶ .騰的なストライキが正當性を有するか否かはこの二つの要素に結び付いて論ぜられる︒この要素というのは︑一つは︑. 勢働者がその勢働力の提供を停止すること︑客鶴的にみれば仕事の停止であり︑他の一つは︑使用者︵使用者としての. 政府を含む︶に封して︑その要求を實現するための手段としての團艦行動であるということである︒. 一種の仕事を停. ストライキは︑しばしば名鑓ぎ暮といわれるように︑當初からその勢働力の提供を止めて職場を出てしまうという行. 動として表現せられている︒この面から考えれば︑ストライキの自由乃至ストライキ灌ということは︑. 止する自由乃至灌利︑すなわち長い時間働きたくないとか低い賃金で働くのはいやだとかいうように︑好まない勢働條. 一定の要求の實現を求める手段たる意味をもつている︒またそのよう. 件で仕事をしない自由という意味をもつものとして考えられよう︒しかし︑ストライキは︑軍に仕事を止めるというこ とだけに止まるも の で は な く ︑ 使 用 者 に 封 し て ︑.
(7) ストライキにおいて仕事. な手段としての團艦的行動である︒だからストライキは︑輩に個人としての勢働者︑或いは一定集團としての勢働者が. その條件では氣に入らないからという理由で仕事を止めるというのとは事情を異にしている︒. を停止するということは仕事がいやなのではなく︑却つて將來仕事を縫績していくことを前提として通常はそのための. 勢働條件を攣えることを防ぐという要求をもつている︒いやなら止めるのは自由だということで割り切れない現象であ. る︒またその要求を實現するために團艦的行動を取る︒從つて手段としての性格が︑仕事の停止という輩純な事實に不. 可分の關係において結びついているのである︒それだけでなく︑手段なるが故に︑その要求を貫徹するための戦術的要. 請に服して︑ピケット・ラインを件う職場抱棄︑坐り込みスト等絶えず新しい行爲の類型をとつて現われてくる︒また. ストライキが手段である以上︑その手段によつて達成しようとする目的の性格は︑當然にストライキそのものの性格の. 形成に關係してくる︒だからストライキを法的に評償の封象とする場合︑當然その手段や目的を考慮のうちに加えねば. ならないということになるのである︒輩純な職場勉棄がまず刑事責任を冤れるというだけの狭い範園で適法と認められ. るに至つた場合のみならず︑いやな仕事を止めることの自由という意味で︑從つて契約理論の一っの適用という形で︑. 明確に基礎付けられるに至つてからでも︑なおつねに︑その目的や手段はその行爲の評債の基準であつた︒そこでわれ. ストライキの正當性を捉えることが︑ストライキに關する意義と關遠する黙にっいて 9908讐︸簿鳥言量o南>ヨ臼δき. われは︑この二つの要素に關連してストライキの正當性が法的に確立されてくる過程を追って検討してみよう︒ ︵一︶. 09詳の置ピ筈9曾m3お崔︸℃︒賢9︒・2 なお浮鑑①冒馨9窪の意義に關しては︑扁九二六年英國におけるゼネ・ストに際. ストライキに封する法的評償の推移. ヨ六=四三V. し︑その直接の使用者に封し要求を持たなかつた組合について︑その畢議参加の適法性に重大な關係をもつた︒後蓮滲照︒. 2. ストライキの規模とその正當性.
(8) ストライキの 規 模 と そ の 正 當 性. 三六一ズ四四︶. ストライキが輩純な職場勉棄としてあらわれる場合でも︑最少限それは要求をもち︑團艦交渉を行い︑團髄として仕. 事を停止してしまう︒しかしいやな條件で仕事をしない自由ということはそれが個人の勢働者によつて行われようと︑. 園艦によつて行われようと相違はないはずである︒ところが沿革的には決してそうではなく︑どこの國においても︑ス. トライキは當初違法なものだと考えられ庭罫の封象となつていた︒そしてその遠法とされる理由は︑賃金値上げ等のた. めに團結して行動すること自騰を取引の自由を阻害するものだというのであつた︒すなわち︑わたくしが先に述べた第. 二の要素に係らしめて︑人が軍純に︑その欲するところに從つて行つた場合に適法性をもつている行爲でも︑團艦とし. て行つたときには必ずしも適法ということにはならないと考えた︒その理由は團騰行動はそれ自艦一つの威力をもっも. のとされたからであつた︒だからほんの僅かな範園でストライキの適法性を獲得するにも︑組合蓮動は想像に鯨る犠性. をしのばねばならなかつたのである︒特別な立法をもたず專ら到例の上に理論の展開のあとを辿ることのできるアメリ カに例をとつてみよう︒. 最初に到達した團髄行動の適法性は﹁その行爲が一個人にとつて適法な行爲である場合︑それが共同でなされた際に. は︑た父次の場合にのみ共謀罪を構成する︒すなわちその行爲によつて侵害の襲生することを欲する直接の意思が存在. する場合︑或いはその目的が︑公衆に封する侵害と個人の自由に封する抑歴とによつて共謀者たちを利するにある場. 合︑そしてそのような侵害と抑塵とがその行爲の自然の且つ必要の結果である場合に限る﹂というように︑團髄行動に ︵一︶ よつて達せんとする目的に評慣基準をおくものであり︑また目的を實現せんとするためにとられる手段が欺岡や脅迫に ︵二︶ あたるか否かがストライキが共謀罪を構成するか否かを決定するということになつたのであつた︒. さて要す惹に目的とその實現の手段が正當であることを要するとするのであるが︑何が正當かと.いう問題になると︑.
(9) その理解の範園は極めて巾があつた︒そして絶えずストライキの正當性の範園を挾く取扱おうとする傾向の存在は︑.事. 實として︑これを否定することができなかつた︒軍純な職場施棄が適法であるということも︑むしろ目的や手段の正當. 性の到断の反射としてだけ肯定されていたのであつて︑そのこと自騰の理論的根擦を掘り下げる仕事は必ずしも當初十 分とはいいえなかつたのである︒. このような仕事が果されたのは︑+九世紀末から二+世紀初頃にかけて︑勢働組合の活動が全國的に組織化されてき. たのとともに︑ストライキの中止を命ずる裁到所のインジャンクションに關連してであつた︒すなわちこのような機會. に︑﹁何人も︑その好むところに從つて︑他人の爲に働くことを拒否することは︑完全に適法性をもつている︒この原. 理は︑人は他人の灌利を侵害しない限りその欲する仕方において︑自らの仕事を途行することができるという人間の基. 本的灌利に基くものである﹂︵ぎぎ竃茜9短・属o旨ωしQ︒器︶というように︑或いは︑裁到所は︑人が他人に封する勢. 務の提供を拒否することを禁じうるかと問題を提起しながら︑﹁他人の爲に勢務の提供をすること︑他人の仕事に從事 ︵三︶ し綾けることを強制することは︑人問の天賦の自由に封する侵害である﹂︵浮夢霞ノ・90舞鐸お譲︶というようにストラ. イキの自由を自由意思に基く退職の自由の問題として根檬付けようと試みたのであり︑從って勢務提供の拒否に封して. インジャンクシヨンによつて勢働を強制することは︑合衆國の憲法修正第十三條第一節における奴隷勢働とその意に依 ︵四︶ らざる苦役の禁止條項に抵鰯するものだと考えたのである︒すなわち︑勢働契約における勢働條件の決定は︑相互の封. 等な立場における交渉にゆだぬべきものである黙から︑ストライキの自由は︑﹁好ましくない勢働條件では働かない自. 由﹂として︑勢働條件の決定に關する交渉と不可分の關係に立つものとして考えられた︒しかしこのようにストライキ. 三六贈︵四五︶. の自由を個人勢働者の退職の自由から類推する限り︑團結を共謀と考える考え方を克服して︑﹁輩濁で行つても犯罪に ストライキの規模とその正嘗性.
(10) ストライキの規模とその正當性. 三六四︵四六︶. ならない行爲を共同して行つても犯罪とはならない﹂と添う原則をうち樹てることが︑何者にもまして必要であつた︒. 最も原始的な考え方は︑﹁人が軍濁で行いうるところの灌利をば︑多藪の者が協議によつて共同に行うことを定め︑そ. の自由に定めたところを同時に表明するということは可能なのである﹂︵ぎ目冒茜09<︒b畠貫HQ︒蕊︶というよう. に︑團艦行動の是認をば︑個人の合法的な行爲の算術的な和をもつて説明しようと試みたものであつた︒しかし一般的. には︑やがて﹁人が軍濁でなしうることは︑不法な目的を持たない限り︑他人と共同して行うことができる︒軍なる藪. は通常は行爲の質には無關係である︒勢働者は賃金の値上げ︑勢働時間の短縮︑勢働關係の改善のために團結する灌利. がある︒彼らはまたその目的が輩に害悪を満足させ或いは他人の灌利を侵害するということにあるのでなく︑勢働條件. や待遇の改善のためであるならばストライキの灌利をもつている︒他人を害するのでなくその條件の改善のためのスト ︵五︶ ライキは︑何ら違法ではない﹂のだというように︑一慮の理論的な落つきをもつに至つたのであつて︑恰も英國におけ ︵六︶. る一八七五年共謀罪及び財産保護法︵O曾畳養身臼る尋98叶坤99浮9霞蔓ぎ葺o︒誤︶第三條の趣旨に似た意見があ. らわれてきたのである︒この意見は︑それが契約法理の適用であるという意味では︑全く保守的な見解の表明に過ぎな. いのであつて︑その内には︑決定的にストライキの法理に反封する論老といえども︑最少限認めざるを得ないような事. 柄以外は何も含んではいないのであつた︒しかしとも角もストライキを︑人問の基本的な自由に襲する行動として考え. る考え方が︑このようにして根を据えたということによつて︑その適法性には︑確固たる礎石ができたということは否 定しがたいところであつたゆ. すでに述べてきたようなストライキの適法性の基礎付け印ち正當性は︑ストライキが勢働條件の維持改善のために欝. かに職場を描棄するという形だけで現われる限り︑完全なものだということができた︒しかし職場拗棄も︑その職場勉.
(11) 棄がピケットやボイコットを件つて現われる場合は︑全く事情は別であつた︒そして既に述べたように︑. ストライキが. 使用者との闘いである限り軍純な職場拗棄だけで終りうるということも殆んど稀である︒從つてある具艦的ストライキ. 或いはある類型のストライキについては︑正當であるかどうかの問題は.さきにストライキについての第二の要素とし. てあげたところに關連して︑たえず提起され績けてきたのであつた︒すなわち契約理論の適用として考える限り︑組織. の強制を意味するク・ーズド・シヨップを要求するストライキの正當さは容易に理解し難いものなのであつて︑この種. のストライキは︑憲法修正第十三條によつて︑無條件に承認されるのではなく︑却つて他人を困らせるためのみのスト ︵七︶ ライキとして不當覗されることにもなるのであつた︒だから︑契約理論のもとに︑この種の要求のストライキを正當とす. るためには︑クロτズド・シヨップの要求は︑將來賃金問題等をよりよく闘うための準備として組合の強化を要求する. ストライキを効果的にするための行爲を正當覗してい. ことだとし︑クロτズド・シヨップ要求と賃金値上げ要求との問には︑輩に程度に差異があるに過ぎないのだというよ ︵八︶. うに主張されねばならなかつた︒またピケッテイングのように︑. くためには︑﹁自由競雫﹂の灘念を横大類推して︑﹁自由なる生存のための闘い﹂︵富①馨旨器ぢ言二詩︶という言葉に置 ︵九︶ きかえることによつて︑勢使關係の衝突を読明しようと努めるとか︑更にはこれを集會や言論の自由の一場合としてそ ︵一〇︶ の正嘗性を論謹するという方法によらなければならなかつたのである︒. ︵︸︶拙稿﹁アメリカにおける團結穰の歴史﹂︵末弘博士還歴説賀論丈集﹁團結権の研究﹂断収︑同害七三頁︶︒. ︵三︶. 判決例は99Ω3讐し獣曾bや器︸霧. ︵二︶○聾馨舅語巴9デ朗q曇︵↑属①塁ξ眞一・︒恥b︒︶一昌国国留胃①︑の9︒︒①m︒︼昌喜︒ざお誌. 三六五︵四七︶. ︵四︶警さ高・は毫︒同茸箪昌馨馨鼠①の禁止條項に關蓮する鋼決例については︑犀中の昌β慧黛や韓①疹學 ︵五︶99Q83昌筍 や無 ストライキの規模とその正賞性.
(12) ストヲイキの規模とその正當性. 三六六︵四八︶. ︵六︶OO冨胤蜜oざ茸q汐98鼠39津ε臼なト8お謡︾ω8証9¢oは︑勢使間の螢働畢議を企てまたは促進するについて︑何ら. の封象とせられないという趣旨を定めている︒本來﹁共謀及び財産保護法﹂は︑一八七↓年勢働組合法と並んで生れたA暴行脅迫及. かの行爲をなしまたはなさしめんとする合意若くは結合は︑その行爲が輩濁でなされた場合犯罪とならないものである限り︑共謀罪. び詐欺に關する刑法改正法﹂が團禮行動の自由を承認したにも拘らず︑翌一八七二年に菊紹旨騨<︒望5切で︑ロンドンを暗闇にし. Q︵一〇崔︶ ご①巳帥昌♂oタO弓蓼 診貫︸bp宕寓窃ω.㎝OG. たガス貼燈夫の雫議を︑コンモン・ロー上の共謀罪としたことに鑑み︑新たに制定せられたものである︒ ︵七︶. ムズ判事の言葉であるQ. ︵八︶ ︵姥5Ω甘のげ鴛℃塑PΩQ器槻亀ざ砿8一篶Oげ騨⇒鴨曽⇒命ピ曽ご3ピ帥ヨおG Q9や鵠9コo①宇蜀︸舘昌ダぞ8駐㌔ちOρにおけるホτ. ︵一〇︶円言賀ダOo崔お帥昌︵お留︶における﹃羨鼠8劇窮一る①富の反封意見に現れたところである︒その後におけるピケッティン. ︵九︶ 一ぴ一8や鎗ピケッティングを違法とした意味で有名なく凋①宣げロダ¢一蓉ゴ霞︵冨8︶に現れたホームズ判事の反封意見である︒. グに關するこの種の根擦付けの清長に付いては︑○霧oO8葺さ暮のM嗣飾薯男o旨β9①d琶お窃昌9嗣臣薮寅ぎ︼﹂獣029鱒. さて﹁自由競孚を自由なる生存のための闘い﹂に置きかえることによつて︑ピケッティングの正當性を主張したホー ︵一︶. ムズ到事の立場は︑契約理論を類推しながら︑契約理論がもつていた歴史的な意味を制約する勢働者的人灌理論えの韓. 換貼に立っものであつた︒もちろん勢働老を資本制生産關係における勢働者としてその歴史的性格において捉えるとい︑. うことについては︑ホームズ到事においては︑必ずしも十分であつたとはいいえないかも知れないのではあるが︑法を. 事實の論理のうちに見出そうとつとめた黙では︑同僚ブランダイス到事と共に︑勢働者や勢働關係を具騰的な姿におい. て捉えることによつて︑アメリカにおける勢働者的人灌確立のパイオニヤτとさせたのであつた︒しかし勢働者の蓮動. 一九三二年ノリス・ラガ. が︑まだその階級敵を最後の土たん場に追いつめつつ一定の譲歩をかちとるという機會を持ち得なかったアメリヵにお. いては︑ついにこのような灌利を憲法の上に記録させるというには至らなかつたのであつて︑.
(13) ーディヤ法以後のニラ政策の下における勢働諸立法を考慮に入れても︑アメリヵ勢働法理論としては︑ホτムズやブテ. 一般的にはいつまでも契約理論の類推に止まつていたというこ. ンダイスの見解以上には出なかつたばかりなく︑彼らをして長く光榮ある少敷意見に止まらしめていたのである︒この ような事情のもとで︑アメリカにおける勢働法理論が︑. とと︑その後資本の濁占過程の進行に件つて國家灌力の勢働關係えの介入を理由付けるために現われた公共の編祉理論. とは︑日本の封米關係における特殊地位という事情を背景としつつ︑却つて日本憲法に診ける勢働者的人灌の制約の理. 一定の護歩を憲法の上に記録しつつ安協口. 論として移入・利用されるに至つたことは注目すべきことだといわなければならないのである︒ ところで資本家階級が︑戦争と革命のうちにするどい危機歌態に當面して︑. に成功した國々では︑勢働者階級が百五十年の組合蓮動の歴史をかけて要求したことを︑ともかく勢働者的人灌という. 形において定式化することとなつた︒しかしながらこのような憲法の先騙的なものとしてのワイマール憲法のもとにお. いては︑一方においてドイツ脛濟の肚會化を︑他方においては勢働者の経螢参加を唱導することに急であつて︑却つて團 ︵二︶. 騰行動によつて勢働者の生活をまもるという黙を輕覗して了つた︒引績いて起つた経濟民主主義の考え方は︑生存灌主. 張のための雫議灌を輕視 して︑勢働溶へ象蓬を経螢協議會での取引にと追いやつて了つたのである︒このような歴史的脛. 験は勢働者階級にとつて活かされねばならなかつた︒第二次世界戦雫後の憲法は︑團艦行動椹乃至雫議灌の保障という. ことをその規定のうちから逸しなかつたのである︵日本︑佛︑伊等︶︒そこでストライキの適法性は︑公然と勢働者の人. 問らしい生存の主張に係わらしめて権利の行使として主張せられるところとなったのである︵終戦後における各國の歌. 態︶︒だから且ハ艦的ストライキの適法性は︑その目的や手段の正當性について検討せられるにしても︑歴史をかけて勢働. 三六七︵四九︶. 階級の主張し犠牲をかさねつつ實践してきたところを基準として理解さるべきところでなければならないのであつて︑ ストヲイキの規模とその正當性.
(14) ストフイキの規模とその正嘗性. 三六八︵五〇︶. 從來の勢働關係と同じように︑輩純な契約理論の適用の範園の問題として片付け去ることは少くとも安嘗でないという. ことができるであろう︒勢組や勢調法が憲法の規定を現實化したものと解繹し︑却つて逆に法律が憲法の規定を限定す. るような理論が眞面目にとりあげられたり︑スト破りに封抗することが恰も取引の自由や勢働の自由を侵害するかのよ. うに論ぜられたりするという事態が現われるのは︑憲法の歴史的性格の理解に十分でないのだといわねばならないよう. に思うのである︒なおわたくしは︑次にこのような歴史的な護展を通して理解される雫議構乃至ストライキ椹の特異性 を要約して示すこととする︒. ワイマール憲法は︑それ自燈勢働者階級のゼネ・ストを通して獲得してきたものであるにも拘らず︑ストライキの樫利について. ︵一︶戒能通孝︑﹁市民の自由﹂叫五六頁以下︒. ︵二︶. ・:﹂というように規定するに止まつた︒從ってこめ團結の自由がストライキ椹を含むかどうかは解繹の上に残されて了つた︒この. はっいに明確な規定を敏いて了った︒ただ第百五十九條が﹁勢働及び経濟條件の維持及び改善のための團結の自由は::保障され届. ﹁團結の自由﹂は︑﹁團髄に加入する自由﹂を中心として考えるのであつて︑罷業穫と同親すべきでないとされる︒≦・図霧冨一︸ >噌げ①幽鍍B9卦命︐︾諏鵠■伽コ. 皿 ストライキ灌の灌利としての特性. さて孚議擢特にストライキ権の灌利としての特性を︑権利として生成してきた過程から理解すれば概略次の瓢が指摘 できるだろう︒. 第一は︑孚議擢は勢働者の生存の目的を實現していくための手段的灌利だということである︒孚議灌が灌利として認. められる理由は︑雫議をすることそれ自騰にあるのではなくて︑團膣交渉を裏付け交渉力を強化することによつて︑團. 結の目的を實現していくところにある︒そして團結すること自艦もまた︑勢働者の経濟的政治的砒會的文化的地位の向.
(15) 上を實現し︑人問らしい生活をかち取つていくところにある︒そこで事議権の存在理由は究極には勢働者の地位の向上の. ためであるということになつてくる︒これを日本憲法上の勢働者標の膿系に引直してみるならば︑勢働者の健康にして. 交化的な最低生活を確保し︑而もその水準を不噺に高めていくための手段的地位をも2催利だということができるので. ある・しかし手段的地位にある灌利ではあつても︑團酵行動権としての雫議椹は不可分に團結椹と結んで︑勤勢の灌利 と共に勢働者の生存灌の支柱的地位をもつているのである︒. ところで先にも述べたように︑團結灌と團膣行動穰とを分離する考え方が存在する︒歴史的経験からみれば︑組合が. 眞實に勢働者の利盆のための團騰として活動した時期においては︑團結は︵一般の結砒ではない︶常に孚議の自由と不. 可分の關係にあつた︒だから團結の自由の獲得蓮動は︑實はこの雨者の機能の不可分離性の現實的な主張であつたとい. うことができるのである︒始めて﹁團結の自由﹂の規定をもつたワイマール憲法のもとで︑ようやくこの爾者を分離す る考え方が理論化されてきたもののようである︵ゆ一の註参照︶︒. 第二に︑争議灌は手段的地位にある椹利であるが︑もしこれを欲くときは︑全く團禮としての交渉力を訣いて了うこ. とである︒そこであれこれと勝手におき換え︑とり換えられる性質のものではない︒百五十年の組合蓮動の歴史が謹明. してきたように︑勢働者が少しばかりの地位の向上を實現するだけでも︑或いはひどい地位の切り下げを防ぐだけにで. も︑究極は自らの團結と團髄行動の力によるのでなければならなかつた︒團騰としての行動力を法的に制約された場合. に︑勢働者のもつ謙虚な諸要求の實現は瀞合法的な形では殆んど絶望に近いか︑或いは法という形をとつてあらわれる. 暴力を團結の力で押し返すためのおびただしい犠牲の上にだけ何程かの成果が期待できたのである︒團結禁止法を排除. 三六九︵五一︶. して團結と團騰行動の灌利を認めさせてきたことそれ自身︑すでにそのよつた謹明資料である︒この意味で﹁人類の多 ストフイキの規模とその正當性.
(16) ストヲイキの規模とその正當性. 三七〇︵五二︶. 年にわたる自由獲得の努力の成果﹂であり︑﹁過去幾多の試錬に堪え﹂たものであるという意味は理解されるのである︒. ︵寅︑九七條︶︒ 勢働孚議それ自灘を孤立的に齪察するならば︑それは確かに︑一つの大きな杜會的損失となるとしても. 人問としての勢働者がその生存権をまもるための支桂だとすれば︑これはまた奪うべからざる灌利でなければならない こととなる︒. 第三に︑孚議樺は直接には團結の目的に仕える︒通常團結の目的は勢働者の経濟的地位の維持・改善に影かれていた. のであるから︑雫議も経濟的目的實現に指向されるのが普通であつた︒しかしチャーティスト蓮動の昔から政治的目的. にも向けられることがしばしばであつた︒從つて保障する場合︑他に特別な限定がない限り︑このような目的をも持ち うることである︒. 第四は︑雫議灌は通常経濟的地位の向上を目的として行使されるから︑通常は使用者に向けられる行動であるが︑そ の場合だけに限定するのは滑革的に誤りである︵三の皿滲照︶︒. 第五は︑雫議灌の考え方は︑封使用者との問に問題が限定されて起っていた限り︑契約における勢働條件の交渉に件. う退職の自由に類推された︒勢働老の生存の目的を蓮成するということに結びついてついに孚議灌にまで生成しても︑. 氣に入らぬ勢働條件で仕事を強制せられることを拒否できるという考え方は︑依然として︑この灌利の内容のうちに包. 一種の強制勢働となるというこ. 容されている︒だから雫議椹の行使を灌力を以て差止めるということがなされるならば︑それは争議灌の侵害であるだ けではなく︑退職の自由ということが現實には餓える自由を意味する條件のもとでは︑. とをも意味することとなるのである︒このように考える限りゼネ・ストも原則として禁止すべきでない︒章をあらため て細論することとする︒.
(17) 三︑ストライキの規模とその正當性 ー ゼネ?ストにおける問題黙. ゼネ・ストという言葉は︑組合蓮動上の用語として︑必ずしも明確な限定をもつて用いられているのではない︒全國. 的規模において全産業が同時的に罷業に入るという場合から︑小さい場合は一地域における關連産業が同時的に罷業に. 入るという場合までをも含んで呼ぶ名構となつている︒すなわちストライキの地域的規模・曾﹂ストライキに關連する産業. の範園の廣さが一定の段階以上に達した欺態を指すのであつて︑要するにストライキの規模についての呼繕である︒だ. からゼネ・スト適法性の問題は︑ストライキが一定の規摸に達したならば︑違法性を帯びるに至るかというのが本來の. 問題であるといえるだろう︒もちろんこの場合二つのことが考えられている︒一つは︑現行法上の問題としてゼネ・ス. トをどう評償するかということ︑もう一つは︑政府が現在考えているゼネ・スト禁止法案におけるゼネ・ストの規定の. 仕方と茅︑の禁止が安當かどうかということである︒ところで現在︑二土ゼネ・ストの際に獲せられたマッカーサー聲. 明によつて︑占領政策上一定規模の雫議が禁止せられているのであるが︑初めにも述べたように講和によつて占領が終. 了するとともに︑この種の法の適用も終了するのであるから︑その欺態を基準として考えれば︑ゼネ・スト禁止の直接. 法規は一感存在しないものと考えていいこととなる︒從つてこの場合におけるゼネ・ストの適法性の間題を考えること. 三七=五三︶. は︑立法としてのゼネ・スト禁止の安當性ということと全く同一問題に臨着することになつてくる︒そこで︑法務府構 想の如何に直接にとらわれることなしに以下一般論としてこの問題を考えることとしよう︒ ストヲイキの規模とその正當性.
(18) ストライキの規模とその正當性. ・. 三七二︵五四︶. 本來ストライキの規模ということは︑そのこと自艦としては︑ストライキが灌利である限り︑問題を生ずるはずのも. のではない︒そこで問題となりうるのは︑次のような鮎である︒第一に︑ストライキ灌の行使によつて生れる結果が肚. 會的に大きな損害を生ずる場合ρ灌利の行使として安當性を認めうるか︑從つて立法的の禁止措置を是認できるかとい. うことである︒第二は︑ゼネ・ストは︑亘大な同一資本の経管に封して起届場合もあるが︑使用者とその使用する勢務. 者との問の紛雫としてのみ起るとは限らない︒同情雫議の護展という形で一定の規模のストライキとなる場合のよう. に︑その使用老に封しては︑直接に何らの要求をも持たないのに︑ストライキに参加するという場合がある︒てのよう. な孚議が正當性をもつかという問題は︑同構ストの場合のみならず︑ゼネ・ストにも殆んど固有のものだといつてもい. い︒第三には︑ゼネ・ストの目的に關する問題である︒ゼネ・ストは︑その歴史からいつて︑ブランスにおけるサンヂ. カリズムの理論として肚會革命の手段として主張された経緯があるし︑ 一九〇五年︑・シア革命の際︑一九一八年のド. イッ革命の際にゼネ・ストの宣言及實行があつたという實例からいつて︑杜會革命を直接の目的とする場合があり︑或. いは戦孚反鋤︑勢働老弾塵立法反封といつたように︑政府の政策途行の阻止或いは促進のためのストライキすなわち政. 治的ストライキの場合があり︑軍純に経濟的目的のみを追求するゼネ・ストの場合もある︒ほんらいゼネ・スト固有の. 目的というのが一般的にあるわけではないから︑ある態様の目的と結合した場合に違法性を帯びるかどうかが問題なの. であつて︑ゼネ・ストそのものの問題ではないというのが正しいと思う︒しかし肚會革命とか政策實現とかをねらうス. トライキは規模が大きくなけれぱもともと効果のないものであるから︑前述の歴史的性格と實効性という黙から︑恰も. ゼネ・スト固有の問題なるかの如く考えられている︒な奏これらのストライキは性質上當然第二の問題を内包している し︑また第一の間題とも不可分に關連していることを注意しておく必要があるつ.
(19) ︵一︶. さてゼネ・又トの法律問題が最もはげしく論ぜられた一九二六年英國のゼネ・ストを例甚とってこの黙を黙検してみ. ると︑次の四黙が問題として提起せられていた︒すなわちe︑一九〇六年勢働雫議法により保護せられる孚議は︑その. 法律の規定する勢働事議︵霞鑑①含尋暮包でなければならない︑しかるにこの事議は︑鐵鐘︒駐唇舅でないという黙︑. 口︑政府や議會を強要する孚議であつたこと︑㊧︑ストライキに當つて各使用者に封して各勢働組合は︑勢働契約の解. 約の通知をしていない︒從つて契約違背であること︑㈱︑このゼネ・ストは組合規約に違反していること︑の四黙であ. つた︒右のうち日の黙は︑わが國ではストライキには解約の通知を要しないので︑また㈱は︑ゼネ・スト固有の問題で. はないので︑共に問題にする必要がない︒eの勲は︑先にわたくしボ第二としてあげた瓢に關連して︑⑬の黙は第三に ノ あげたところとして︑共にゼネ・ストの法律論として考慮しておかねばならぬところだと考える︒第一の黙は︑今回の. 法務府構想が問題としたところであつて︑﹁罷業灌の行使によつて國民経濟または國民生活に回復しがたい打撃を與え︑. これを危瞼に陥しいれるおそ礼があると明らかに認めうる・:・﹂と述べたところにかかつてくるのであつて︑おそらく. はこの種のストライキは︑公共の編祉に反するからというにあるのだと考える︒その黙では公盆事業のストライキや或. 大濱信泉︑総同盟罷業の法律的側面︑三三頁以下︵早稻田法學第六巻所載︶︒なおゼネ・ストについては>●ご盃3島三盗艮る. いはもつと廣くストライキ一般の問題でもあるということができょう︒以下第一の鮎から検討をすすめてみたい︒ ︵一︶. ω三葦一鑛ど図H等が好丈献であるように愚う.. ざ縄a帥昌a虹ろ血o⇒R巳馨ユ雰︵琶羨遷コ︒葺智三署葺覧雪8讐︵;ぎOO三一一一c一二熱づ.し轟﹈w図剖ゴ.・工・︵ン袋︶一め巨ろ︵評・器養一. ∬ ゼネ・ストと公共Ω嘱祉. 箏議灌と公共の輻祉という命踵は︑もう餓りにしばしば論ぜられている︒抽象的に論ずる限り︑どちらかといえば一. 三七屈︵五五︶. 種の水掛論に堕していくことを認めざるをえない︒そこでこの黙について一般論としては︑結論的なことを述べるに止 ストライキの規模とその正當性.
(20) める︒. ストライキの規模とその正當性. 三七四︵五六︶. 第一に︑雫議灌の行使は組合としての目的を達成するための闘いである︒そして組合の目的は勢働者の生存灌の保障. の鮎にかかる︒從つて孚議罐の行使が制約せられうる條件は︑ただ次の場合だけしかありえない︒その一つは︑嘗該關. 係勢働老がストライキ紀訴えることによつて他人の生存の破壊を不可避的にする場合であり鋤︑もう一つは︑少くとも. 争議行爲に代つて勢働者の生存灌の保障の制度が確立される場合である嚇︒現行勢調法第三六條による﹁安全保持の施. 設の正常な維持又は蓮行を停慶し︑又はこれを妨げる行爲﹂の禁止の場合は︑@の場合の一適用である︒いかなる生存. 灌のための闘いと錐も︵正當防衛や緊急避難となる場合は含まない︶︑他人の生命の犠牲を安當覗させることはできな. い︒公盆事業のストライキについてその制限を考える場合の究極の理由もここに置かれねばならないものだと考える︒. 公盆事業と構せられるものは︑公衆に翼するサービスを本來の使命とする︒從來の公盆事業に關する孚議制限の理論は. この馳から襲して勢働者の要求のために第三者に迷惑をかけてはいけないというだけの理由によつているようである︒. もしこの場合ストライキを軍に團艦取引の一種に解浦して﹁生存のための闘い﹂である黙を抜ぎにして考えるならば︑. 立派にこの種のストライキを禁止する理由とすることができよう︒しかしそれが勢働者の生存に關する問題−事實最. 低生活えのつつましい要求にしか當らない−fに係わることに着眼すれば︑結果からみて︑この種の勢働老だけが犠牲. を負捲させられ︑生きるに不足な賃金で強制勢働をさせ6というのと同ような結果をつくりだす︒公益事業はその公共. 性の故に確かに停慶させてはならないのではあるが︑これを停慶させないだけのために︑人を苦役に服せしめるという. ことは許されない︒一般に孚議解決の路は︑勢働者の團髄行動を押えるという方法しかないのではない︒経螢者の譲歩. という路もあるのであるし︑そのための事業経螢の改善や︑國家的援助の路が残されている︒もともと雫議は︑通常勢.
(21) 働者側から行動として起されてくるのではあるが︑・ての動機は使用者側の積極的︵賃下げ︑解雇等︶・消極的︵物債の騰. 貴に慮ずる賃上げをしない等︶行爲によつて形ずくられるのが普通であることを忘れてはならない︒結果としての影響. が︑孚議行爲者と第三者としての公衆の問に起つてくるということのために︑負捲を勢働者の側にのみ張要しがちにな. つてしまう︒事柄が勢働者の生存の間題に係つている以上︑罷業勢働者の敷と︑この種の業務の正常な蓮行によつて便. 益をうける人々の頭敷の比較によつて︑安易に解決されていいのではない︒この場合比較される法盆に相違があるのだ. から︑多敷が少敷を塵迫することを安當覗する多敷決原理は適用の基盤を訣いている︒せいぜい法律的には︑勢働者側. に公衆に封するー行政機關や會肚を通してでもー豫告義務を課することぐらいである︒國家椹力の介入がないとい. うことが明白になれば︑却つて勢働者側に犠牲をしのばせることなしに解決の路が開けてくるはずである︒事實國家灌. 力の介入を豫期するところに解決の長期化と︑國家灌力の介入による混胤とがでてくる︒この黙では一九三四年サンフ. ランシスコのゼネ・ストがさまざまな黙に極めて教訓的な事例を示している︒このゼネ・ストは次のような経過を辿つ た︒. このストライキは︑紛雫調停中︑突如使用者が︑その相手方の國際仲仕組合︵醤①罫§鋸多纂︸ぎ轟跨9①自臼 の. 塗8鼻ぎεを交渉相手として承認することを拒絶したことがそもそもの護端であつた︒その結果組合はストに入つた. ところ︑警官除がそのピケットニフインを破つて船積を強行させようとしたことからついに終日の観闘を起し︑その結. 果組合側に多くの負傷者と二人の死者を出して了つた︒そこでサンフランシスコに調けるすべての組合がこれに同情し. やがてゼネ・ストに突入ナるというところにまで立ち至つて了つたのである︒だからこの場合は同情ストの搬大である. 三七五︵五七︶. とともに︑勢働者の死傷に封する抗議の要素をも含んだものであつた︒ストライキ委員會は︑市民の生活必需物資の確 ストライキの規模とその正嘗性.
(22) 齢トライキの規模とその正當性. 三七六︵五八︶. 保︑食料品店の開店等を保障し︑ガス︑電燈︑電話サービスも確保した︒公衆は最初すこぶる争議團側に同情的であつ. た︒聯邦政府代表の調停官は︑到着時勢働者側の要求を正當なものと感じたが︑後新聞及實業家代表と會見してその態. 度を醗して了つた︒新聞はやつきになつて革命の危瞼と赤の恐怖政治を宣傳してすつかり民衆を脅えさせた︒市政府は. 戒嚴措置を乏り出し︑やがて空氣は一攣してきた︒警官除の雫議團本部の襲撃と数百名の勢働者の逮捕︑やがて反勢働. 者的暴力團の組織化とその組合事務所えの襲撃という事態に立ち至つて︑最初動揺を示した資本の側もすつかり立ち直. つて︑その勝利に終つて了つた︒この争議は︑新聞と市政灌の力がス上フイキを灌力的に破つて勢働側の市民的自由と. 財産灌︑及び團結権が躁踊されたという以外には︑何ら市民の側には直接的生活の危機を呼び起してはいなかつたので. ある︒自衛除と講する暴民たちは︑組合事務所を破壊し︑勢働者をさんざんに殿打して︑彼らのいわゆる﹁赤﹂をサン ︵一︶ フランシスコの周邊から追い出すという仕事に極めて精力的に從事した︒從つてこのような灌力介入と反ストライキ宣. 傳とは治安を維持するどころか逆に治安の破壊を煽動して了つた︒もつともつつましいやり方で使用者に塵力を加える. ことによつてその生活をまもろうとした勢働者は︑李和的であつたが故に却つてひどい目にあつたという結果になつて 了つたのである︒. そこで立法的努力の方向は︑ストライキの禁塵ではなくて︑むしろストライキ解決促進のためのサービス機關を完備 ︵二︶. することと双方の主張を正しく公衆に傳達するよう宣傳機關を中立化させる方策を講ずることである︒その餓は孚議團. の自制に期待して十分であると思う︒この理論は軍に公盆事業にのみ限らない︒公務員でも︑國家的濁占事業の從業員 でも︑勢働者的性格を持つものに封しては等しく是認されなければならぬものである︒. 家に鋤の雫議灌の代償制度についてである︒この黙では︑從恋の制度︵人事院給與べース渤告︑強制仲裁制度等︶は.
(23) 雫議を押えることができたという黙からではなく︑勢働者の生活保障という黙からみれば︑決して成功していない︒の. みならず︑成功の可能性が一たい存するだろうかが問題である︒資本制批會機構では事實そのような成功的事例がなく. 却つて歴史的には争議灌の勢働者的人灌としての確立という形が︑方向としてでてきたことを思うべきである︒なおこの. 黙は拙稿﹁勢働法改正と勢働老の基本灌﹂︵法律時報欝巻−號︶及び﹁強制仲裁制度の検討﹂︵勢働問題研究船號︶にゆずる︒ Q26冒鉾〇二巴∫お自︸℃や一醒;一お 國第邑一窪ご塁け餌づ臨幹o一回ポピ曽ご80器oコ. ︵一一︶例えば電産勢組の璽議戦術などは︑この面で十分に研究に値いすると考える︒︾︑こ4︑は停電に・・㎝る公衆の反感を最少限にくい止. ︵吋︶. つて刑事責任を間われることがしばしばである︒検察關係の見解では︑電源ストにおいては︑何ら業務の蓮響に支障のないような形. めつつ︑使用者に封する打撃を最大限にということが極度につよく配慮されているよう鴫︑あるが︑・てれで略公釜事業令第八五條によ. でなければストライキを行いえないような事態がつくり出されようとしている︒團艦行動椹保障の問題として研究に値いする︒. さて第二に︑雫議灌を制約する﹁公共の編祉﹂ということはもちろんのこと︑國民経濟を破壌するおそれがある場合. というようなことについての到漸の公正さに封する信頼度の問題である︒過去における治安警察法第+七條や治安維持. 法の實施の跡については暫らくおくとしても︑戦雫施棄から再軍備にまで獲展していく終戦後における憲法解繹でさえ. も残念ながら十分な信頼を置くことができない︒この種の階級翼階級の問題については殊更にそうである︒もちろんか. うに︑當初から勢働老階級の生存の要求に挑戦する立場においてあらわれている立法の性格からいつて︑特に危惧の感. なり嚴密.な観用の防止を法規化するということも立法技術的には必ずしも不可能ではないであろうが︑さきに述べたよ. ︑b︑. ︑︑噛. ︵一︶. を抱く理由がある︒前掲サンフランシスコ・ゼネ・ストに封する行政官の態度のごときを見ても﹁國民経濟を破壌する. 三七七︵五九︶. ⁝おそれ﹂がどのように齢それられるであろうかの解繹論の動向を思わないわけにはいかないのである︒・てしてこの 黙こそがこの種の法規の持つ致命的な訣縮になるのが一般である︒. ストライキの規模と・ての正嘗性.
(24) ストライキの規模とその正當性. 三七八︵六〇︶. ゼネ.スト禁止賛成︑他の三名は法の問題以外に根本的な経濟施策を問題とした︒二人の勢働部の裁判官が解答を寄せられたが︑大. ︵一︶ 内外勢働研究一月上旬號は各界知名人二九氏のゼネ・スト禁止法に關するアンケートをのせている︒+二人の経螢者の内七名が. 裁判官は二人にしか過ぎぬし︑その禁止論も限定のついた意見であるから︑これを以て全部を量ることはできないのであるが︑スト. 髄禁止論の経瞥者とほぼ立場を同じくしている︒これに封して勢働側全部及び學界全部︵四名︶が禁止法反封の立場を示している︒ ライキに封する基本的考え方はあξ程度比較される馳で興味のあることである︒. なお昨年末國會圖書館調査及び立法考査局が行つた勢働關係法規の改正意見調査にあらわれたところをみると︑ゼネ・ストを禁止. 又は制限する立法的措置を講ずることの可否について︑法律的に禁止するもの及び制限するものの立場に立っもの使用側約九八%︑. 働委員會關係者︵會長︑事務局長︶八一%︑勢政關係九四%︑裁剣所關係︵勢働部關係︶九一%と︑厭倒的である︒これらの人々で. これと全く蓮に禁止又は制限に反封する立場に立っもの勢働側八七%であつた︒これに封して使用者と考え方を同じくするもの︑勢. 構成される行政︑司法機關が勢働側に不信の感を抱かれるのは︑基本的にはその抱く考え方にあるようである︒勢働側の主張が必ず. しも無理とはいえない黙は︑學者方面の意見が禁止制限の立場四二%︑反封の立場五六%を示したことを参考とすべきであろう︒一. 第三は︑いわゆる﹁公共の繭祉﹂理論は孚議當事者問のバランスを勢働者側の負澹において破つているという馳であ. る︒勢資問のバランスは︑實は資本の力劉團結の力という質の異なる力のバランスとして而も制度全艦の上からみたバ. ランスである︒團結による行動力が資本主義制度自髄のうちにおいてもつところは︑實は初めから一定の負捲を負つて. いるのであるが︑そのことは今ここで問題にしない︒ストライキを禁止するということは︑勢働側の力に決定的なマイ. ハロルド・ラスキは︑公盆事業の雫議禁止について︑﹁國家の務めは闘箏の最初の手段. ナスをつけたことになるが︑その.黙について資本の財力の上にどれだけのマイナスをつけることによつてバランスをと. ろうと試みているであろうか︒. ︵一︶. ではなくて最後の手段たるストライキを禁止することではなくて︑それに封して善庭することにある﹂としながら︑﹁重. 要産業における利潤の制限﹂と共にでなければ︑罷業灌の制限は考えられないことを主張している︒事業の蓮螢は経螢.
(25) 老の濁占的灌限にゆだねられ︑その経螢には浦費者代表をも從業員代表をも参加させることを許さないという歌態の下. で︑公盆性や公共の禧祉という言葉を用いて勢働者の生存灌擁護のための通路をふさいでしまう理論は︑どう考えても. 全膿のバランスに敏けた取扱いである︒ストライキを行い生産を減退させるぐと︑サービスを中噺して利用者に不便を. 與えることが直ちにこれらの仕事を停慶した勢働者を非難しうるためには︑まず生産の増加等が直接に國民全艦ととも に個々人にとつての利盆ともなる肚會條件を前提としなければならないのである︒. このような角度廼勢資のづフンスを考える考え方は︑おそらくは勢働法的考え方の基礎であるし︑また世界の良識で. あるにちがいないo<罐巴替ロざQgH3臼︵お蕊︶やO書づ轟①<︐国讐塁鑓︵お嶺︶やにおいて︑ホームズ到事が探つた ︵二︶. 態度︑すなわち勢働者の生存をも考慮のうちに入れて︑契約の自由は李等から始まるという立場を堅持する態度にして. も︑フランス下院勢働委員會袋國轡や私響鐡道における勢務停震の團腔行動を禁止せんとするトラリュー法案の審議 ︵一︶ に當つて︑まず會砒の專断に封して勢働者を有効に保障すべしとした態度にしても︑やはりこのようなバランスを高い. d㊦島〇三9さ望︒壼 見地から保持しよらとつとめたものだつたといえるであろう︒更にベッドフォード石材會肚事件︵ヒ. 09<●ぎ弩壼︾含馨弊8①9糞R︑︒a髪89暮一臼︶にあらわれた同一組織系統の組合員が行った同情的組合活動において. 下された到決に際し︑ブランダイス到事の行つた反封意見を見逃すことができない︒この事件は︑北アメリヵ石切工組. 合とベッドフォード地庭の石材會肚との問に起つた罷業に關連して︑組合は非組合員の探取した石材取扱いを禁ずる組. 合規約によつて︑他州における組合員までも︑ベッドフォード石材會駐の石材を取扱うことを拒否したのに封して︑會. 杜側はシャーマン法違反による禁止命令の請求をしたことである︒この事件において︑ブランダイス到事の反封意見が︑. 三七九︵六帰︶. 組合と魯杜との關係をくらべて︑﹁會肚側は強大な組含に封抗されている霧い會肚ではない︒彼らは大きな財源をもつて ストライキの規蜘俣とその正當性.
(26) ストライキの規模とその正當性. 三八○︵六二︶. いる︑全石材の七〇%を濁占的に動かし︑國際石材探石業者組合に加盟する地域業者組合に結合している非孤立的事業. である﹂というように述べて︑勢資のバランスの問題を財力と團結力の問題にまで鑛げたこと︑そしてそのようなバラ. ンスの上で州際取引の禁止は﹁合理的なもの﹂でなければならないとして︑勢働者がその生存のための闘いにおいて︑. 自己防衛のために協同することを禁ずる差止命令を許可しないことこそ正しい態度だと主張していることは見逃がすこ ︵四︶ とのできないことである︒. さてバランスの問題が財力と團結淘の關係にまで鑛大せられてくるとするならば︑資本制生産の護展に件う濁占の形. 成に封して︑組合の力を大きく結集すること︑その大きく結集した力を背景とする要求と交渉ということを否定すべき. 理由はないようである︒解艦された財閥が復活ざれ︑濁占禁止關係法規の緩和化が取沙汰されているとき︑他面ゼネ・. ストその他大規模孚議が取締られねばならないだろうか︒またストライキが大きくなるというのは︑資本の集中や猫占. の進行に件う一つの必然的傾向なのではなかろうか︒それにも拘らず小さなストライキは適法性を持つているが︑自然. 襲展として大きいストライキに育つたときに︑何故に勢働の側だけが違法だとされねばならないだろうか︒生産の集中. や企業の濁占的傾向ということだけでなく︑資本が資本相互間にもつ資材や金融面における相互援助關係が禁ぜられな. いのに何故に同情ストやゼネ・ストが許されないことになるのだろうか︒濁占資本は政治をも支配しているのに何故に. 政策批到のストライキが違法でなければならないのだろうか︒まだ説明され謹明されなければならない多くの義務がゼ. ハロルド・ラスキ︑飯坂諜︑近代國家における自由︑一四五頁以下︒. ネ・スト禁止論者の側に残されているのである︒ ︵吋.︶. ︵一一︶ <①晩①一箪5<︒¢g昌6昌①♪○○℃づ曽駒①<︒国讐浸節oaにつ硲ては︑の騨唄慰ρ○器緩○旨■襲げ○弓b餌づ︑︸℃や爬OPQO麻QQ・.
(27) 即醤m﹃①一ぎ一嵌げ銭益幹o汐﹂ご箆4層一鐸. ︵三︶ ボール・ピック︑勢働法上巻︑三二八頁︵協調會謬︾︒ ︵四︶. 皿︑ゼネ・ストと勢働關係の存否 さきに述べたように︑英國における一九二六年ゼネ・ストに際して︑. このストライキは一たい一九〇六年勢働事議法. にいうところの勢働雫議といえるかどうかが重要な論雪駝の一つとなつていた︒すなわち全國水夫及び火夫組合事件︑. ︵2蓼一8ao Q鉱ご門ゴき島敦お巨窪.砿q鼠9〜男8脅目旨︵γ一9ピ密¢1簿o︶について︑アストバリー到事︵診急8. 奮3段気︶が︑﹁纏評議會︵︑︐引O︶の指令したいわゆるゼネ・ストは違法であり︑且つコンモン・ロ著に反する︒ゼ. ネ・ストをそそのかし又はこれに参加した者は一九〇六年勢働雫議法による保護をうけない︒.旋坑夫の場合を除いて︑い. ずれの關係組合においても︑勢働雫議の存在することの主張及び謹明がない︒そして一方総評議會と他方政府又は國民. との間には︑勢働雫議が存在せず又は存在することを得ない︒だから::総評議會の指令は不適法であり被告は︑その指 ︵一︶ 令に從つた黙においてコンモン・ロー上違法な行爲を爲したものである・:己と到示した黙に係る問題であつた︒すな. わち一九〇六年勢働孚議法第五條三項及び一八七五年共謀罪及財産保護法第三條の規定の解繹論となるわけであるが︑. 勢働箏議法第五條三項では︑﹁本法並に一八七五年共謀罪及財産保護法において﹃勢働争議﹄とは︑使用老勢働者問の. 雫議又は勢働者相互問の雫議であつて︑何人かの雇傭︑非雇傭︑雇傭契約條項又は勢働條件に關するものをいい︑また. ﹃勢働者﹄とは商工業に使用せられるすべての老をいい︑争議當事者である使用者に使用せられるものであることを要. しない・:己と規定するのであり︑なお一八七五年共謀罪及財産保護法第三條では︑共謀罪の冤責に關して勢働老の行. 三八ズ六ヨ︶. 爲について﹁勢働雫議の企圖又は促進を目的とする行爲﹂という要件を加えているために︑前述アストバリー判事の意 ストライキの規模とその正嘗性.
(28) ストヲイキの規模とその正當性. 三八二︵六四︶. ︵二︶ 味するところについて︑エ・エル・グッドハートから次の疑問が提出せられたのである︒すなわち引用したアストバリ. ーの言葉は︑同情ストは一九〇六年法の勢働雫議となるか︑いいかえると︑罷業参加者とその使用者との問における紛. 箏は︑勢働雫議の促進を目的とするものであるかということと︑同情ストの目的が政府に塵力を加える黙にあるという. 事實は︑同情ストをして勢働雫議の促進のための孚議でないこととするであろうかということについて答えたのか明か. でないというのであつた︒ところで後者の問題は︑專ら雫議の目的の性格に關連して起ることであつて︑純粋に雫議の. 規模の横大ということから起る勢働關係の存否の問題ではない︒これに反して前者の方は同情ストは英國法制上におけ. る孚議なりやというのであるが︑その内容は使用者勢働者間の孚議なりや杏やという馳で︑勢働關係の存否が問題とさ れたのであつて︑ここでとりあげようとする問題に答えることになるのである︒. それではどのように答えられたであろうか︒グッドハートは雫議當事者間には直接の勢働關係が存在していなければ. ならないかというごとについて二っの到例を畢げながらこれに答えている︒一つはO目≦身くをく鐘①︵お宕︶であり︑. 他はご卑臣巨08<●≦旨影巨の讐山富器9︵お旨︶であった︒O自薯亀<・ゑ豊①では︑ローアバーン到事︵ぎこぎ呂ゴ護︶. は﹁⁝・例えば︑一つの炭坑で起つた孚も︑使用者たちが或いは勢働老たちが︑夫々勝つためには︑総工場閉鎖で或い. はゼネ・スドで闘うことが必要だと考える程に全産業にとつて重要な問題である場合もありうる︒そしてこの孚議にと. つては︑大部分は當事老ではないが︑すべての老が利害關係をもつている﹂と主張することによつて大規模な同情スト. でも一九〇六年法の勢働孚議になることを主張した︒またご艶巨・おダ毛蒙勢塞弩q﹃霧9ゼも同檬に勢働雫議を廣. く解繹したのであるが︑この黙は一九〇六年法第五條三項の規定における﹁::﹃勢働者﹄とは商工業に使用せられる. すべての老をいい︑孚議當事老である使用老に使用せられるものであることを要しない::﹂の黙からも當然の蹄結だ.
(29) ということができた︒グッドハ苫トは︑だから同情ストの適法性はすでに一八七五年以來牛世紀の歴史をもつているの. であつて︑これを攣更することは︑法律解繹に革命を行おうとするものだとして︑アストバリー到事の主張を攻撃する. のである︒ところで當時ゼネ・スト論について襲表された法曹方面の見解は︑かつての検事総長ジョン・サイモン卿の下 ︵三︶. 院に濤ける演説を除いては︑大艦においてアストバリー判事の主張とは反封にゼネ・ストの適法性を主張するものであ. つた︒ところでこのような論議は︑英國における一九〇六年勢働雫議法の解繹をめぐるものであるから︑そのままに移. して他の異つた成交法をもっ國々の理論とすることのできないことはいうをまたないので はあるが︑ただ英國の良識が. 大たいにおいて同構ストを否定しない空氣にあるということは︑法交の字句を別として伺いうるところのようである︒. この黙は︑勢働箏議︵一暮3島馨暮①︶を法典上定義付けたアメリカの場合には︑ 一がいに同ような傾向にあるといい切. ることはできない︒ノリス・ラガーディヤ法︵第コニ條⑥︶︑ワグナー法︵第二條⑥︶なども等しく﹁雫議當事者は使. 用者と從業員という直接の關係にあると否とを間わない﹂というように定義付けてはいるが︑この結果として直ちに裁. 到所が同情箏議の適法性を論定するだろうと速噺することは許されないようである︒ノリス・ラガLディア法以前にお. いては︑例えばカルフォルニヤ州では同情争議は雫議手段として﹁強制的﹂︵8雪多︐Φ︶ではないとされていたが︑マサ ︵四︶ チュセッツ州では極めてきびしく強制的だと考えられていた︒ノリス・ラガーディア法制定以後においても必ずしもこ ︵五︶ れらの尉が明確にされてきたということもできないようである︒しかし手段として﹁強制的﹂な方法が選ばれたとか︑. 同情箏議に入るについて協約中の李和條項に違反したとかいう他の要因が作用しない限り︑同情醇議一般として︑勢働. 三八三︵六五︶. 雫議ではないからという理由で違法とされるべきでないように考えられるのであるが︑これによつて蒙ることあるべき. 使用者側の損害に比重をおいて考える考え方も無親できないというのが實構のようである︒ ストヲイキの規繊ハとその正営性.
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