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教育ヴァウチャー制度の研究
黒 崎
勲A.フリードマソの授業料クーポン制度 選択の自由と公教育制 度
1. 補償教育の失敗に対して提起された提案に教育ヴァウチャー制度の構想
がある。
教育ヴァウチャー制度の最初の提唱者はミルトソ・フリードマソ(M.Frie−
dman)であったとされる。彼の書いた1955年の論文がそれであり,フリード マソは以後一貫してこのプランを提唱しつづけている。その議論は,次のよう に要約することができる。
(1)学校教育に関していえば「過剰統治社会の病気」は,親が自分たちの子 弟が受ける学校教育の種類に対して,これに影響を与えることができない ようにするという形をとった。すなわち,自分の子弟が進学する学校を選 択したり,これに対する費用を支払うという直接的な方法においても,ま た地方の政治活動を通じてという間接的な方法においても,いまや親は学 校に対してどんな影響も与えることができなくなった。学校教育に対する 権力は,親に代わって職業的教育者の手へと吸収されていった。 「過剰統 治社会の病気」は,とりわけ大都市における学校教育の中央集権化と官僚 化が増大することによって,いっそう悪化させられてきた。
(2)親がより大きな「選択の自由」をもてるように保証することができ,そ れと同時に現行の学校教育財政支出のための財源を維持することのできる ひとつの簡単で有効な方法は,授業料クー一ポソ制度だ。
政府が次のようにわれわれにいったと仮定しよう。「もしもあなたが自
分の子弟のための公立学校教育費を使わないようにしてくれるならば,そ の代わりに政府はあなたに授業料クーポソ,すなわちこのクーポンを認可 された学校で自分の子弟の学校教育費用として支払うために使用するなら ば,そして使用する限りにおいて,クーポソの額面に明示してある金額だ け支払われることを確約する証明書を渡すことにしよう」と。その額面金 額は2,000ドル(生徒一人当りの公立学校費)かもしれないし,節約され た金額をあなたと他の納税者全体との間で分割することにするとすれぽ 1,500ドルか1,000ドルになるかもしれない。しかしそのクーポソ額面金 額があなたが節約した約2,000ドルの金額であろうが,それより少ない金 額であろうが,今日,親が学校を選択するにあたってその自由を制限され ることになっているあの財政的な罰金,すなわち学校教育のための税金を 支払い,それと同時に私立学校の授業料も支払わなければならないという 罰金の,少なくとも一部は取り除かれることになるだろう。
(3)親たちは私立学校だけでなく,どこか他の公立学校でもクーポンを使用 することを許可されることができるし,許可されるべきだ。また,自分が 住んでいる学区や市や州の学校だけでなく,自分の子弟を喜んで受け入れ てくれるどんな学校でも,そのクーポンを使用できる自由が親に与えられ なければならない。こうすれぽ,すべての親はその子弟のために学校を選 択できる広範な機会を与えられることになり,また同時に公立学校に対し てはその財政をまかなうために授業料を徴収するように要求することがで きる。このような制度になれば各公立学校はその他の公立学校とだけでな く,私立の諸学校とも競争しなけれぽならなくなる〔Friedman, M&R:
255〜6〕。
2. フリードマソは,この学校クーポソ券制度が当初は殆ど顧みられること はなかったにもかかわらず,近年多くの人々の注目を集めるにいたってきた
と,自ら提唱したプランの正当性と先駆性とを誇示している。
「これらの提案はまだ紙面の上だけのことに留まっているが,だからといっ て実行不可能な提案だというのではけっしてない。これらの提案が直面してい
127 るいろいろな困難は,既得権益や偏見が強いことにあるのであって,これらの 提案を実行に移すのが困難だという点にあるのではけっしてない。実際のとこ
ろ,これらの提案を実行に移そうと試みてきた先駆者たちがすでに存在してい るのであり,アメリカやその他の国ぐににおいて,より小さな規模においてで はあってもここでの提案に似たようなプログラムを実行に移そうとする試みが 重ねられてきている。それらに対して公衆たちは支持を与えている。」〔Fri−
edman, M&R:300〕
日本においても臨時教育審議会での教育の自由化をめぐる論争などによっ て,フリードマソの主張に関心が集められていることは,周知のとおりであ るω。しかし,フリードマソの学校クーポン券制度に多くの支持がよせられる にいたったとする彼の議論は,まったく主観的なものにすぎない。たしかに,
これから検討するように,1960年代末以降,教育のヴァウチャー制度が教育改 革のプランとして注目を集めたことは事実である。しかし,それはフリードマ
ソの提唱する理念が支持されてのことではなかった。教育のヴァウチャー制度 というアイディアがフリードマンの議論を祖型とすることは多くのその後の提 唱者によっても認められている。しかし,60年代末以降の教育のヴァウチャー 制度の提唱者の議論においては,フリードマンの提唱した理念とプラソはほと んど全面的に批判の対象とされていたというのが,真実であった。たとえぽ,
そうした提唱者の代表的な人物の一人であるジェンクス(C.Jencks)は,次の
ように指摘している。
「(我々の)ヴァウチャー制度は現在言われている他の制度〔フリードマン のもの一引用者注〕とはまったく異なっている。それは不利益な環境にある 子どもの利益をまもるための,非常に多くのセーフガードをもっている。こう いうセーフガードあるいは我々のものと同じくらい効果的なセーフガードをも たないヴァウチャー制度は,ヴァウチャー制度ではまったくないものよりも悪 いものとなるであろう。」「実際,規制されないヴァウチャー制度は,合衆国 の歴史の中で不利益な環境にある子どもの教育にとって,最も深刻な後退とな るであろう。他方,適切に規制されたヴァウチャー制度はアメリカの学校の革 新と革命の新しい時代を開く可能性をもつであろう」〔Areen&Jencks:332〕。
2−2. フリードマソのi提唱のなかで最も批判をあびることになったのは,ヴ ァウチャー制度で運営する学校がヴァウチャー額面以上の追加的授業料を自由 に徴収することができるとした点であった。このことは確実に教育の機会につ いて経済階層の分離を引き起こすことになるであろう。そして人権差別が経済 的な格差として現象している社会では,このことはそのまま教育の人種的分離 を意味することになるであろう。この点について,フリードマソは「このよう な反対意見は,貧困な親たちを侮辱するもうひとつのよい見本であるようにわ れわれには思えるのだ。きわめて貧しい人でさえ,公立学校の現行費用の全体 を自分たちの資金で置き替えることまではできないにしても,子弟の学校教育 の質を改善するためなら,少しながらでも余分の資金をかき集めることができ るし,実際にもそうしてきている」 〔Friedman M&R:268〕と反論してい る(2)。しかし,論争技術としてはともかく,この問題に関しては,讐え年間 200ドルの追加的授業料でさえ,学校を経済的階層にしたがって分離させるこ
とになろうとするアロソ〔Aron:341〕の指摘の方が説得力をもっているとい
うべきであろう。
さらにフリードマンの提唱する学校クーポソ券制度は,規制されないヴァウ チャー制度とよぼれるように,こうした経済的階層および人種などによる学校 の分離を防こうとする意識的な努力をいっさい含んでいない。これは公立学校 制度自体を過剰統治社会の病理的体質と見,あるいは自由主義社会の中の社会 主義の砦とみる独特の社会観に立って,市場原理に一切を委ねようとする彼の 議論の必然的な帰結であったといえよう。統合教育という憲法的な要請を拒否 し,学校の人種的な分離に合法的な道をひらくものとしてフリードマンの提唱 が期待されていたことは疑いない。
フリードマソの議論は公教育の否定的な事態を専門家および官僚組織による 公教育制度の拡大と支配とに起因するものとし,自由市場制度のメカニズムの 導入によって公教育制度を活性化させようとするものであった。しかし,この 議論においては自由市場制度の下で公教育制度を必然的に発展せしめた諸要因 への注目がまったく捨象されており,また,教育機会に対する社会階層間の対 応の差異の把握についてもまったく単純化されていた。そこでは何故,現に教
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育の機会が社会諸階層間において著しく不平等なものとなっているのかは,到 底理解されないであろう〔Owen,1974参照〕。
フリードマソの議論は官僚制と専門家の支配という現代社会の病理に対する 鋭い批判を含んでいるけれども,そこにみられる議論の単純化は,彼の提唱す るものが私的な利益の追求という意識を教育において全面的に肯定することに よって,能力主義イデオロギーに立つ排他的競争の観念の正当化を目的とする ものであることをあきらかにしていたといわざるを得ないであろう〔黒崎,
1984b参照〕。
B.ジェソクス・プラソ:教育ヴァウチャー vs.コミュニティ・
コソトロ・一ル
1.1960年代半ば以降の教育改革の一つのプラソとしてヴァウチャー制度を 提起したのは,クリストファー・ジェソクスであった。それはマサチューセッ
ツ・ケソブリッヂの公共政策センターのレポートとしてまとめられ,連邦政府 経済機会局(OEO)の実験プランとして採用されることになる(3)。ここでヴ
ァウチャー・プランは机上の構想から現実の教育改革のための政策として登場 することになった。すでに述べたようにジェソクスは自らのプラソを説明する
のに先立って,フリードマソの議論を厳しく批判していた。このことは,ブリ ードマソに対する批判が,少なくともそのままではジェソクスの議論に対して 妥当するものではないということを意味しているといえよう。
1950年代半ばにフリードマソの主張が現われたとき,それはエキセソトリッ クなものであり,アヴァソギャルドなものとみなされたにすぎなかったが,
1960年代後半にジェソクスがヴァウチャー・プラソとして教育の公共性の概念 に対して疑問を投げかけたとき,それはアメリカ公教育制度の病理をつくもの であり,教育の公共性概念に対する深刻な問題提起として受け止められること になった〔Power:339〕。ジェソクスの議論の特質を明らかにするために,我
々は彼のプランを形成過程に即して検討することが必要であろう。
1965年に新保守主義(4)の論調をもって知られる雑誌 The Public Interest
に掲載されたジェンクスの「公教育は時代遅れか」という論文は,公立学校の 実質が教育の公共性の名に値せず,逆に私立学校が真の意味では公共性を体現
しているという「事実」を指摘して,公教育の概念は公立学校であるか私立学 校であるかという点にではなく,その教育活動の実質が,いかに広く人々の要 求に応えているかという点に基準をおいて考えられるべきであると結論するも のであった。彼の議論は,次のように展開される。
(1)教育家たちは公的publicという言葉を民主的,もっとはっきりいえば 良いものという言葉の同義語として用いることを教え,私的privateとい う言葉をエリート主義および不平等と結びつけることを教えてきた。
(2)公立学校を考えるときには責任をはたし・生徒の必要に応じている小都 市か郊外の学校を想起し,私立学校というと富裕な家庭の子弟のための豪 華なカントリー・クラブのようなものを想起することによって,上記の仮 定は支持されてきた。
〈3)しかし,ハーレムの公立学校を理解するためには,これらのカテゴリー は事態を混乱に導くだけである。ハーレムの公立学校は典型的な私立学校 以上に生徒と親とに責任をはたしているとはいえない。
(4)ハーレムの学校は郵便局が公共的なものであるといった意味でしか公共 的ではない。すなわち,税金によって維持され,誰に対しても開放されて おり,究極的には直接の利害をもっていない行政機関に対して応答的であ るという意味でしかない。
(5)公立学校よりも私立学校の方が貧困家庭の子どもの教育に熱心であり,
好意的であるということは事実である。もし,教育行政のモノポリーがな けれぽ,大都市の公立学校制度は多分破産していたであろう。
(6)スラムの学校の改善にとって私立学校は,居住地域による学校の分離と いう問題から逃れることができ,さらに,先進的な部分が改革の実験的な 試みをおこなうことすらもが,ct不平等 な扱いを許すものという理由で 妨げられてしまう官僚化した公立学校制度の弊害と比べて,自由な取組み が可能であるという利点をもっている〔Jencks,1965〕。
こうした議論から導かれるのは,私学のイニシアチヴと貧困な人々のための
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教育への関心を促進させるための制度の構想の必要性である。その方法として ジェソクスが提唱したものは授業料補助金制度と学校運営契約制度の二つであ
った。
「公立学校public controlled schoo1をやめることを選んだ子どもに,もし彼 が公立学校へいったとすれば,そこで得られたのと同額の教育費を授業料補助 金tuition grantsとして与える。この補助金は私立学校の授業料の支払いにあ てることができる。(略)これ以外にも学校の中にもっと多様性と分権化を作
り出すことは可能である。教育委員会は,たとえぽ自らのシステムの中の特定 の学校を運営するために,大学・地域的な事業集団といった様々なグループと
契約することができる」〔Jencks,1965:230〕・
授業料補助金制度の発想は,事実上フリードマンの授業料クーポソ制度と同 じものであるとみることができる。他方,学校運営契約制度について,ジェソ クスは,次のような説明を加えている。「たとえばニュ 一一ヨーク市教育委員会 が学校施設を現在そこに働いている教職員スタヅフに貸し,また,彼等に毎年 の監査に応じるという運営契約とともに提供する。学校の最終的な管理は教師 に委ねられる。彼等は管理者を雇うことになるであろう。教師を雇い,あるい は解雇し,予算を立て,カリキュラムをつくることなどのことは,その場で決 定される。(略)もし,学校が成果をあげないようであれば,契約は終了され る」 〔Jencks,1965:230〕と。さらにジェンクスは,学校運営契約を引受ける 主体的グループとして親のグループをも意識的にあげている。ジェソクスは前 者の方法を「資本家的なもの」と呼び,後者の方法を「組合主義的なもの」と
呼んでいた。
ジェンクスは後者の方法は「新しい種類の公共統制public control」である として,この対案はコミュニティ・アクショソの首唱者たちにアピールするで あろうと指摘している。このことには特別の注意が払われるべきである。すで にこの時期,黒人運動における教育要求は統合教育から公立学校の地域的自主
管理(コミュニティ・コソトロール)(5)へと推移しつつあったが,ジェソクスの
ヴァウチャー・プラソがこのコミュニティ・コソトロール運動の動向と密接な 係わりをもつものであったことを示唆しているとおもわれるからである。ジェンクスはヴァウチャー・プランが公教育の解体となるのではないかとい う反論を予想して,次のように述べていたのである。
「これらの対案のすべては,スラムの子どもに関する限り喝社会化された教 育socialized education の現行システムは失敗しており,何らかの種類の 新しい出発がs t資本家的capitalist ないし, 組合主義的syndicalist 出 発が必要になっているという認識を前提にしている」。
「もし,競争という言葉が合理的に使われるのであれば,それが健全なもの であるということを支持するあらゆる根拠がある。それなしには公的なもの であれ,私的なものであれ,事業は骨化の道をたどることになる。そしても し,一部の人々が心配するように公立学校が私立学校との公開の競争に生き
残ることができないとすれば,多分,それは生き残るべきではないのであろ
う」 〔Jencks,1965:231〕 。
2・ ジェソクスのヴァウチャー・プランの提唱がコミュニティ・コントロ_
ル運動の動向と密接にかかわっていたということはすでに述べた。1968年のジ ェンクスの論文「黒人の子どものための私立学校」は,彼の議論の特質をコミ ュニティ・コントロール運動の動向との関係においてさらに明確にするもので
あった。
ここでジェンクスは,まず「インテグレーショソとコンペソセーションの両 方の・広くいきわたった失敗は,一部の黒人民族主義者Black nationalistに,
解答は白人の校長と教師を黒人にかえることであると信じさせた」と指摘す る。戦闘的な黒人が現行の公立学校に決定的な疑いをもつかぎり,ニューヨー ク市に典型的に現われた都市公立学校の危機は続くであろう。そうであるとす れぽ,そうした疑いをもつ黒人の親たちに彼等自身の学校を建てさせることを 励まし,援助することによって,お互いの不幸を防ぐことが必要である,とい
うのがジェソクスの結論であった。
ジェソクスはきわめて明快に,コミュニティ・コントロールの運動を「第一 に政治的問題としてみるべきであり,教育的な問題は第二義的なものにすぎ ないとみるべきである」と論じ,自ら提唱した黒人によって管理される学校
133 black controlled schoolの意義についても,次のように把i握していたのであっ
た。
「これらの学校は,読み書きの教授において既存の公立学校よりも,あるも のは勝り,あるものは劣るであろうと,私は予想する。しかし,それが問題 なのではない。要点は,すべてに寛容な政治的妥協を発見することである」
〔Jencks 1968:173〕o
2−2.すでに明らかなように,ジェソクスの議論はコミュニティ・コントロ ールの要求をそのまま承認しようとするものではない。文化的多元主義を主張 し,学校を始めとする公共制度の地域的自主管理を要求したのがコミュニティ
・コントロールの運動であった。それは全市的なものに替わって,地域に教育 委員会を創設し,公選制教育委員会というアメリカ民主主義の伝統となった教 育行政の原則を,現代社会の諸関係のなかに,あるいは大都市におけるエコロ
ジカルな関係の中に回復しようとするものであった(6)。
教育委員会制度の精神とは民衆統制を教育に実現するものに外ならないが,
アメリカにおける公教育制度の歴史は,十九世紀の初頭,この精神を革新主義 の理念によって新しい機能をもつものにおきかえられたといわれる。それは,
都市への新たな移民の流入に対処し,アメリカ的なものを教育を通して維持 し,実現しようとする,体制の側の危機意識にもとつくものであった。コミュ ニティ・コントロール運動の理念は,この革新主義による都市政治改革が科学 的管理による効率と公正を原理とし,結果として専門家と官僚制度による支配 に終わったことを批判し,革新主義によって政党機関(マシン)によるボス支 配と特徴づけられたマシン・ポリテックスを,「弁証法」的に復権させるもの
であった(7)。それは,とりもなおさず,現行の都市政治体制,教育行政を含む 都市行政を批判し,新たな公共性の概念による政策決定のプロセスを制度化し
ようとするものであった。
ジェンクスの議論は,明らかにこうしたコミュニティ・コソトロ・・一ルの要求 を支持するものではなかった。むしろこの運動によって正当性が疑われるにい たった現行の公教育制度ないし教育行政制度の体制を擁護するものであったと
いえよう。この意味でジェソクスのプラソはコミュニティ・コソトロールの対 抗物として提唱されたものというべきであろう。ジェンクスがこの運動に対し て認めたことは,公教育制度の外側で,現行教育制度に破壊的な影響をもたな いかたちでその要求を追求する場合,この運動に公的な援助を与えることは,
公共性の見地から正当化しうるというものであった。教育のヴァウチャー・プ ラソをアメリカ社会の正当性の危機の問題に発するものであり,政治制度の危 機を市民社会へ輸出するものであるとみるのは,現代アメリカ教育学界でボー
ルズ(S.Bowles)およびギソタス(H. Gintis)と並んでマルクス主義の立場を 代表するアップルの見解である〔M.Apple:119〕。ジェソクスの議論はまさに,
こうした特徴を明白に備えたものであったということができるであろう8)。
コミュニティ・コントロールの対抗物として提唱されたヴァウチャー・プラ ンの内容は,「黒人民族主義者に彼等自身の私立学校を正規の公立制度の外側 につくることを認めること,そして,これらの学校を実質的な公費援助の資格 を与えるという形で奨励すること」であった。こうしたプラソは一世紀前に,
プロテスタソトとの同化を望まなかったカトリック系の移民が選んだ方法であ り,すでにいくつかの大都市の黒人にとっては現実のものとなりつつある方法 であるとジェソクスはいう。しかしながら,政治的財政的な支持を得ることが できないならば,こうした試みは孤立したものとなり,例外的なものに止どま ることになろう。したがって,財政的な援助を与えることによって,これらの 学校を発達させることは「専門家による管理,被雇用職員の権利・官僚的手続 きが覆いつくしているアメリカのような社会では,唯一の政治的に現実的なコ ースである」というのがジェソクスの結論であった。
3.すでに述べたようにジェンクスのヴァウチャー・プラソは,不利な環境 にある子どもたちの利益をまもるために工夫されたセーフ・ガードを備えてい
るところに特徴があった。ジェンクスのプラソの輪郭は,次のようなものであ
る。
(1)教育ヴァウチャーを取り扱う行政機関として教育ヴァウチャー機構EV Aを設ける。
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(2) ヴァウチャーの基本額はその地域の公立学校の生徒一・人当たり教育費と
同額。補償教育のための費用は基本額の二倍を限度とする。(3)ヴァウチャーを受け取る学校の適格性は以下のとおりである。
a 追加の授業料をとらない。
b 空席がある限り入学希望者を無条件に受け入れること。
c 定員を超える入学希望者がある場合の入学者選抜は,半数については 抽選により,残りはマイノリティに対して差別的にならないような方法 で自由に学校がおこなう。
d 生徒の停退学についてはEVAの基準を受け入れること。
e EVAおよび一般公衆に対して施設・教員・教育活動・生徒について 様々な情報を公開すること。
f 親とEVAが使途を判断できるような形式で学校予算を管理するこ と。教育委員会による学校ではヴァウチャーの支払い額が実際に教育活 動のために使われたかどうかを示さなけれぽならず,営利団体による学 校は,いくらが資本所有者の利得となったかを示さなけれぽならない。
9 現行の私立学校に対して課せられているカリキュラム,教職員その他 についての要請に合致すること。但し,新たな規制はつくられない。
(4)私立学校へいくことを望まない子どもに対しては,教育委員会は現在と 同様に公立学校を用意する。
(5)春に,親はEVAに対して秋以降に在学を希望する学校の名前を告げ る。第一志望が優先される。
(6)子どもを学校へ通わせることになったら,親はヴァウチャーを学校に与 え,学校はこれと引き換えにEVAから資金を受け取る。
ジェンクスのヴァウチャー・プランが前提にしている現行公教育制度の批判 は,次のようなものであった。
(1)現在では比較的富裕な親だけが子どもの教育について効果的なコントロ ールを保持している。彼等だけが,優良な公立学校が存在している地域へ 移住する自由あるいは高価な授業料の私立学校を選ぶ自由をもっている。
(2)公立学校は,そこに通うほかはない生徒(captive clientele)によって成
り立っている。同時に,そのことは公立学校があらゆる生徒の利益を守ら なければならないという政治的プPセスに囚われることになるということ でもある。すべての人を喜ばせなくてはならないということによって,学 校は誰をも満足させずに終わる。
こうした批判を前提として,このヴァウチャー・プラソは現行公教育制度の 独占と特権に伴う不可避的な制約ないし堕落から学校を解放することを目的と したものとして構想されていた。ジェソクスはヴァウチャー・プラソが目的と するところは,公立学校の責任を高めることであり,公教育制度の中の多様性
と選択を奨励することだとし,必ずしもヴァウチャー・プラソに私立学校を含 むことを要しないと述べている。しかし,私立学校の参加が可能なときにのみ 公立学校は真に改革への圧力を感じるようになるだろうとも述べている。
「しかしながら,それが適切に規制されたものであれば,ヴァウチャー・シ ステムに私立学校を含むことには非常に大きな利点がある。この方法によっ てのみ,全体のシステムはトップからのではなくボトムからの,基本的に新 しい指導性の余地をもつことになる。」「もし,私立学校が含まれることにな れぽ,親は自らの固有な展望と子どもの固有な必要に応える学校を共同で造 りあげることができる」〔Jencks&Areen:329〕。
これがジェソクスによって表明されたヴァウチャー・プランの基本的な狙い であったということになる。
3−2. ヴァウチャー・プラソが教育の公共性,公教育概念について再検討を 加えるものであったことは,すでに述べた。私立学校への公費支出を認めるヴ
ァウチャー・プランの正当性を説明するために,ジェソクスはこれまでの公教 育概念は修正されるべきだとして,次のように主張する。
「(伝統的な公教育・私教育の概念は)学校を,いかに運営されているかで はなく,誰が運営しているかという観点から分類する。(しかし)我々は,も し学校が非差別的な基礎の上に誰に対しても開放されており,授業料をとら ず,関心をもつ人に対して完全な情報を提供するならば,それを公的なもの と呼ぼう。反対に,希望者を差別的な方法で排除し,授業料をとり,自らに
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ついての情報を隠すならば,そういう学校はどんなものであれ,私的なもの と呼ぽう。(略)もちろん,誰が学校を管理しているかという問題は,学校 を分類するときには完全に無視するというわけにはいかないが,学校がいか におこなわれているかという問題よりはかなり重要度が低いとおもわれる」
〔Jencks&Areen:330〕。
公教育概念のこうした修正にしたがえば,ヴァウチャー・プラソは次のよう な原理をもつことになろう。
(1)いかなる公費も私的な学校を維持するために使われないものとする。
(2)公的な学校を運営するいかなるグループも公費援助を受ける資格を有す
るものとする。
ジェソクスはヴァウチャー・プラソを公教育の解体であると非難する議論に 対して,そこでいわれる公教育概念とはいかなるものであるのかが問い直され るべきであり,この公教育概念の修正によれば,ヴァウチャー・プランは「公 教育の解体なのではなく,むしろ拡大である。なぜなら公立,私立を問わ ず,非常に多くの学校の扉を開放させようとするのであるからだ」〔Jencks&
Areen:333〕という反論をおこなっている。ジェソクスの議論には当初からヴ ァウチャー・プラソが新しい種類の公教育の組織化の原理を提起するものであ るという主張があったことは確かである。消費者による選択という原理も,そ こではふつう批判者が想定する教育の私事への解消といったものとは相当にか けはなれた内容をもつものとして意義を与えられていたと思われる。
「事実上,この対案は現行の租税負担者・資本所有者への責任を,消費者す なわち一つの教育的共同体educational cooperativeへの責任に置き換える
ことを意味する」〔Jencks,1965:231〕。
4.季刊誌Teachers College Record vol.72 no.3はジェンクスのプラ ンについてジ特集を組んで検討を加えていた。ここでコメソテーターの役割を 務めたのはギソズ7:・一グ(EGinzberg),セルデソ(D・Selden),デントラー
(R.Dentler)であった。
セルデソはアメリカ教員組合(AFT)の委員長である。彼はヴァウチャー
・プラソが,それを提唱している論者によって性質を異にする,単一のもので はないことを認めた上で,純粋な精神によるプラソがあるとすれば,それは善 良な意図が悪しき結果に至った典型的な例であるとした。そこでとりわけ問題
とされたのは,次の諸点であった。
(1)利潤追求を防ぐセーフ・ガードが必要であり,これなしにはヴァウチャ ー資金は良心的ではない教育企業にながれることにおわるであろう。
(2)ヴァウチャー・プランは多くの判決によってすでに違法とされている人 種的分離教育のための自由選択計画freedom・of−choiceと類似している。
(3)EVAによって連邦政府の教育への規制が正当化される。
(4)宗教に対する公的な支持という憲法違反の行為につながる。
セルデソはジェソクスのプランが,教師とリベラル派に対するニクソン政権 の攻撃の手段として利用されているとし,すくなくともヴァウチャーの思想に よって表わされる教育の理解は,子どもと学校の現実的で基本的な必要から注 意をそらすものであるということはできると総括した。
セルデソは,そのコメントの中で,ヴァウチャー・プラソは教師の資格を高 め,賃金を増し,少人数学級その他の教育条件の改善をおこなうことによっ て,教育の質を高めるという教師および教師の組織の主張してきたことを覆そ
うとするものであるという批判をおこなっていた。ヴァウチャー・プランがそ うした点を問題にしていたということは,そのとおりである。しかし,そこに はこの問題についてのヴァウチャー・プラソの主張がはたして妥当ではないと いえるのかどうかについての論及はなかった。ヴァウチャー・プランが前提と したこの問題は,すでにコールマソ(J.Coleman)・レポート(1966)によって 提起され,1960年代後半の教育改革をめぐる議論の基調をなすものであった。
このような,いわば超越的な批判は,既存の公教育制度の構造を問い直そうと していた議論の基調に対する無自覚ないし無感覚を示すものとみられることに なったであろう。その結果,仮にセルデソが列挙した諸点がヴァウチャー・プ ラソの問題点を射たものであったとしても,その議論は十分な説得力をもつこ とはできなかったとおもわざるを得ない。
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4−2. セルデソと並んでもう一人のコメンテーターになったデソトラーは,ニューヨーク市教育委員会の要職を占めるものとして,教育行政の分権化政策 を推進し,1966年にはコミュニティ・コントP一ル運動と対峙した経歴をもっ ている〔Dentler,1966〕。デントラーは公教育制度の正当性は失われてしまっ てはいないが,擦り切れてしまっており,独占的な現行制度のもとでは不可能 にみえる信用の回復にとって,規制されたヴァウチャー・プランは望ましい効 果をもちうるであろうと,ひとまずはこれを評価する。
「ヴァウチャー概念による教育の再建の予想される可能性は財政中立性の可 能性,連邦政府および州政府による補償教育計画による可能性(これが我々 が現在試みているものであるが)そして私立学校に対する公的援助を求める
プラソの可能性をしのいでいる」〔Dentler,1971:384〕。
しかし,デントラーは,全国的ないし州全体にわたる政策としてヴァチャー
・プランを考えることは現実的ではないという。なぜならジェソクスによれ ば,ヴァウチャー・プランは2,000の家庭,10のヴァウチャー学校,12,000人 の学齢児童生徒,1学校当り200人の生徒といった規模を想定している。これ に対して,たとえばニューヨーク市は30ほどの地域学区から構成される一つの 学区であるが,その一地域学区は平均して2万から2万5千人の学齢児童生徒
をもち,一学校当り900から1,500人の生徒をかかえるという実情にある。こ うしてすくなくともニューヨーク市に限っていえぽ,このプランはスタッテソ
・アィラソド,クィーソズ,ノース・プロソクスではすぐにも可能であろうが,
マソハッタン,ブルックリソ,サウス・プロソクスといった,公立学校制度の 危機が語られてきた当の地域では実行不可能であると指摘したのである。さら に,ヴァウチャー・プランが前提として予定する新しい学校の設立のために は,建物を新築せずにリースで賄うとしても,50の大都市学区において合わせ て数億ドルの資金を必要とするであろう。もとよりそれは望み得ないことであ り,このことがヴァウチャー・プラソをカリカチュアにしていると,デントラ
ーは強調する。
ヴァウチャー・プランは親と教育行政との間の関係を血のかよったものに新 しく定式化仕直し,教師と行政のアカウソタビリティの決り文句に新しいモチ
一フを吹き込むであろう。さらに,ジェソクスのレポートの中で示された決定 的なガイドライソの多くによって適切に財源を与えられ,管理されることで,
ヴァウチャー・プラソは教育を窒息させている現行の官僚的主義な標準化の不 毛な様式を打破することを助けるであろう。しかし,それは問題の焦点となっ ていたはずの都市地域における公教育の危機を十分に解決することはできず,
また現実的な方法でもない。ヴァウチャー・アプローチの成果はシンボルとし てのものに止どまり,現に速な救済を必要としている数百万の子ども,青年に
とってのものではないというのが,デソトラーの結論であった。
以上の議論から彼は「ヴァウチャー一アプローチは,もし,制度的で・即時の
・民主的な分権化の政策およびパフォーマソス・コソストラクショソ(9)とむす びつくならば,治療手段として,広い可能性を生みだすであろう」という展望 を導いている。ここにはコミュニティ・コントロール運動と対峙して,教育行 政の分権化を推進した自らの立場を正当化しようとするデソトラーの志向が際 立っていたとみることができよう。同時にそれは,コミュニティ・コントロー ルの要求とヴァウチャー・プランの関係を,一見したところ共通性をもつプラ ソと思われながら本質的には全く異なる理念に拠っていた分権化とコミュニテ ィ・コントロールとの関係と似たものともみていたということを表わすもので
あったといえよう。
4−3・Teachers College Record誌上の論争の中でヴァウチャー・プランに 対して最も整理された批判をおこなったのはギンズバークであった。r人材開 発論』の著者として1960年代の我国の教育政策にも大きな影響を与えた,その
人である。
ギンズパーグはフリードマンのプランについては,自由の名において分離教 育を維持しようとする人々の期待に応えようとするものであると論断したうえ で,これとは区別して規制されたヴァウチャー・プラソをとりあげ,a追加授 業料の禁止・b補償ヴァウチャー,c入学者選抜における規制, d親に対する 情報提供という四点について,それぞれ詳細な批判的検討を加えていた。ま ず,簡単に彼の議論を紹介しておこう。
141 まず,ng−一の追加授業料の禁止という点については,次のような問題が生じ
ることになるという。
(1)フルコストをヴァウチャーで賄うことになれば,公教育のための政府の 支出を10から15パーセソト,初等中等教育についてだけで年間約50億ドル を増加させる必要がでてくる。
(2)教区学校を公費援助することになる。さらに,教区学校のほとんどはカ トリックとユダヤ教のものであり,一方ほとんどの黒人はプロテスタソト である。これでは黒人の教育を改善することに役立てることはできない。
(3)規制されたヴァウチャー・プランの求める条件の下では新しい学校がで きるかどうか,疑わしい。
(4)ヴァウチャー学校への生徒の移動は,公立学校の一人当りの教育費を増 加させる。とにかく,学校のための税金を増やさなけれぽならない。
(5)教育費の地域格差の縮小に役立たない。
第二の補償ヴァウチャーという点については,次のようである。
(1)補償ヴァウチャーは,財源を連邦政府の支出に期待しているが,これが 現実的であるかどうか,疑わしい。
(2)補償ヴァウチャーを受けとる資格をもつものの確定が難しい。
(3)提唱者がいうような学校の人種的な統合のための力にはならないであろ
う。
第三の入学者についての規制の問題ではとりわけマイノリティの生徒を全生 徒の50パーセントまでは拒否することができないという規制(10)についてとり あげ,次のような批判をおこなっている。
(1)こうした規制を設けても,教区学校では宗教的な性格が多くの黒人の入 学を妨げることになる。
(2)非宗教的な私立学校では,この規制があることでヴァウチャー制度への 参加がきらわれるであろう。
(3)現行の奨学制度によって非宗教的な学校へ在学している生徒はこうした 学校がヴァウチャー制度に参加せず,他方奨学制度がヴァウチャー制度に 置き換えられることによって,かえって排除されることになる。
最後に,親に対する情報の提供という問題については,ギンズバーグは次の ような検討をおこなっている。
(1)教育の目標,長期的な成果と短期的な成果とのバラソス,教育成果につ いて生徒に帰すべきものと学校の効果に帰すべきものとの識別など,学校 についての情報には信頼できる測定方法のないものが多い。
(2)ヴァウチャー制度はデマゴギーの横行を許すことになるであろう。ヴァ ウチャー・プラソの支持者のように,個々の親が彼自身で決定をくだすと いうことを自明の前提にすることはできないと,ギソズバーグは主張す
る。
(3)新設の学校の情報はさらに困難である。
(4)学校参加の最近の経験から見て,多くのゲットーの親たちが思慮に富む 判断をするのに必要な時間,エネルギー,関心,力量をもっているとする のは,利用できる情報がいまよりも改善されているとしても,危険な仮定
である。
ギソズパーグはヴァウチャー・プランが競争を拡大することによって消 費者としての利益を増大させるという基本原理をもっていると,指摘す る。そして,これに対して,経済学者として次のような批判をくわえた。
すなわち,第一に,新しい学校をつくるといった企業家的精神は稀少資源 であるというのが,経済学がこれまで自明の前提としてきたものである。
新しい学校を建て,教職員を集め,生徒の必要と関心とに適合するカリキ ュラムを構造化する能力をもった多くの人々がいるというヴァウチャー制 度の前提は,この事実に反するものであり,したがってそれは現実的な構 想ではない。さらに,第二に,効果的な競争のためには平等な力をもった ものが市場に現われるということが前提となっている。この点からみれ ぽ,不平等な社会諸関係の下ではヴァウチャー制度によって「収入,政治 的な力,居住区の分離ということによって,中産階級の白人たちは不利な 環境にある黒人との密接なコソタクトから身を遠ざけることに成功するだ ろう」というのが,ギソズバーグの批判であった。
こうして,ギンズバーグの結論は規制されたヴァウチャー・プラソであって
143 も,次のような欠陥をもつことを免れないというものであった。
(1)宗教への公費援助
(2)ゲットーの黒人民族主義者black nationalistの分離学校への奨励
(3)子どもを私立学校へ通わせているアッパー・ミドルの階層の税負担の増 加
(4)まやかしの私立学校の増加
(5)すでに弱体化している公立学校の一層の弱体化 (6)私立学校におけるマイノリティの比率の減少 ⑦ 公立学校の非分離のための努力の後退
「ヴァウチャー・システムは弱められるべきではなく,強められるべき多くの 価値を脅かすものである」というのが,ギンズバーグの批判の要約であった。
ここでギンズバーグがいうヴァウチャー・プランによって危険にさらされる価 値とは教育における統合であり,宗教と国家との分離であり,教育の機会均等
であり,公立学校制度自体であった。それは伝統的な公教育概念そのものとい ってもよかった。とりわけ注目しておきたいと思うのは,ギンズパーグが捉え た,ジェンクスのプランとコミュニティ・コソトロール運動との関係について である。ギンズ・ミーグは,1972年の時点で,黒人運動の教育に対する要求が統 合教育からコミュニティ・コントロールへと推移してきていることを事実とし て認めたうえで,その要求を教育の公共性に対する挑戦とみなしていた。そし て,ジェンクスのプランがこのコミュニティ・コントロールの要求に道を開く
ものとみて,これを批判していたのであった。
このギソズバーグの理解は,すでにみてきたようにジェンクスの議論に対す る正確な判断とはいえなかった。しかし,ギソズバーグのこうした議論は,ヴ ァウチャー・プラソがコミュニティ・コントロール運動との関係の中で教育政 策の場に登場することになったという本稿での仮説的立場をうらづけるもので
あったということは許されるであろう。
ジェソクスのプラソはゲットーの不利な環境にいる子どものための教育の質 を改善するということを目的としていたと,ギソズバーグは把握し,しかし,
そのプラソは現実的な根拠をもつものではないと断定する。彼によればそうし
た子どもの教育にとっては統合教育の実現が鍵であり,そうした教育の非分離 は民主主義的な「圧力」によって実現してきたという。ギソズバーグはこの点 について,次のようにさえ述べていたのである。
「白人コミュニティがヴァウチャー・システムを操作して,不利な環境にあ る子どもたちの望ましくない行動パタソと考えるものから彼等自身の子ども を守るために骨を折ってつくりあげてきた障壁を取り除く,ということを信 じうなどとは間の抜けたことである」〔Ginzberg:380〕。
ギンズバーグは,ヴァウチャー・プラソの提唱者の議論は事実に依拠すべき ところを信念によっているにすぎず,そのアイディアは教育の分離と不利な環 境の子どもの教育という問題の解決を装う「手品」にすぎないと断じ,教育の 改革にとって必要なことは人種主義の解消,居住地域の分離の解決,教育の投 資効果を回復させるような教育経営の実現であると主張したのであった。
5. ギンズバーグの批判に応えて,この特集号の中でジェソクスのプランを 擁護して,議論を展開したのはアロソ(S・Aron)であった。
アロンはまず,ヴァウチャー・プラソがいかなる規制をもつべきであり,ま たどのような規制を加えることがヴァウチャー・プラソを有効なものとするか については,多くの実験が必要とされる事柄であるとする。その上で,ヴァウ チャー・プラソに対する理論的な批判として検討すべきものは,ヴァウチャー
・スキームと市場原理との関係の問題であろうとした。いわゆる市場原理と呼 ばれるものの中には,a生産者からの消費者の分離 b利潤追求の動機, c誇 大宣伝ないし歪められた商業主義hucksterismの横行という契機が含まれ・
現実の市場にはしばしぼ堕落と収奪とが存在するから,ヴァウチャー・プラソ のいう学校の自由な選択とこれらの諸要素との結合を断つことができなけれ ば,ヴァウチャー・プランが反対をうけるのは当然のことであろうとアロンは
述べていた。
市場原理のもつ危険な要素の第一の,生産者からの消費者の分離という問題 について,アロンは一つのありうる救済策はヴァウチャーによる学校に,在籍す
る生徒の親の投票による学校管理委員会を設け,学校運営の決定権をこの委員
145 会に委ねることであると論じていた。こうしてアロソの議論にしたがえば,ヴ
ァウチャー・プランは学校の政策決定に対して伝統的な教育委員会の下での公 立学校の運営という制度において親に認められてきた有権者としての権利(教 育委員を選ぶ権利)のかわりに消費者としての権利を保証するものと単純に定 式化されるのではなく,これまでの有権者としての権利と新しい消費者として の権利を,分権化された個々の学校のレベルで保証するものと理解されていた。
この学校委員会の形態は個々の学校に全面的に委ねられるので,それほど政策 決定に参加しようとはおもわない親達は学校委員会を設置しない学校を希望す
るであろうし,このことを強く望む親達は学校委員会を実際手にいれることが できるようになろう。こうして,コミュニティ・コントロールをめぐる果てし ない論争といったものは回避することができるとアロソは主張している(11)。
ヴァウチャー・プラソをコミュニティ・コントロールの一つの形態と位置付 け,ヴァウチャー・プランを提唱することによってコミュニティ・コソトロー ルの運動がもたらした公共性の危機を回避しようとしたジェンクスのプランの 基本的性格を,この議論の中に再び見出すことは容易であろう。
第二の,利潤追求の動機が教育の世界に導入されることに対しては,ヴァウ チャー学校の設立主体を非営利団体に限定することによって防止するというの がアロソの議論である。アロソは,経済的競争が学校の質を高めるという市場 原理のアナロジーをもって学校制度の改革を考えることは,自らのヴァウチャ
ー・プランの立場ではなく,そうしたアナロジーは事実にも反するとした。
「経済的競争は,質を犠牲にして効率を高めるということのほうが,ずっと
ありがちなことだ」 〔Aron:359〕。
さらに注目すべきは,ヴァウチャー学校の設立主体の限定にあたって,私的 企業の関与を否定するために述べられたもう一つの理由であった。
「企業が関与することに伴う難点は……現在の,ないし企図されている職の ための訓練が教育にとって全てであるというふうに彼等が思い込む傾向にあ るという点に存在する。この結果,学校は今よりもはるかに技術社会のため のサーヴィス組織になってしまう。企業体制に対するサーヴィスが,そうし た体制が依拠する諸価値を問うことよりも,もっと重要なこととされてしま
う」 〔Aron:359〕 o
ここで主張されていることは,私的企業活動を基軸とする社会において,学 校が同じこうした企業の論理によって運営されるということは,本来教育がも つべき批判的精神を学校から失わせることに通じるということである。アロン はグリーンの言葉を借りて〔T.F. Green 1969〕,教育を工場制のアナロジー factory metaphorで理解することは「学校を主としてその「生産物」が他の社 会諸制度一もっとも顕著なものは経済制度と軍事制度であるが一のために 役立っているかどうかということによって評価する」ことになると指摘し,こ
うした危険にヴァウチャー・プランは手を貸してはならないと論じていた。
第三の問題点に対しては,第二の問題とも関連するが,学校に対して情報の 正確さ及び基本的要件についての規制を加えるとともに,「宣伝」費用の総額 についての制限などが考えられるとされた。
ギソズバーグの批判に照らして,アロンの議論が十分な対応を示しえている とはいえないであろう。ギンズパーグの批判の要点がヴァウチャー・プラソの いう新しい学校の設立の非現実性と,このプラソが上層階層に有利に機能する というミドル・クラスへの偏向にあったとすれば,それらに対する有効な規制 のあり方を実験によって考案しようというのがアPソの基本的な対応であった からである。ギンズバーグがヴァウチャー・プラソを信念によるものであって 事実に拠るものではなかったと非難したのに対して,アロソは思弁的な議論に
よってではなく実験をもって検討すべきであると応えていたといえよう。
これとは別に,アロソの議論にはヴァウチャー・プランの理解にとって極め て興味深いものがあった。すなわち,アロソが上記の議論を通して「消費者の 論理consumer analogy」は打破されるべきものであると主張していたことで ある。この議論によって,我々は規制されたヴァウチャー・プラソの中心理念 を市場原理の教育制度への導入であり,検討されるべき規制とはその副作用に 対する臨床的対策であると理解することが必ずしも適切ではないということに 注意を払わざるを得なくなるであろう。この議論に従えば,規制されたヴァウ チャー・プラソの想定する市場原理のイメージは現代社会における正義論を体 系化したとされるジョγ・ロールズ(J.Rawls)がその正義の二原理の舞台と
147
して自覚的に設定した「規制をうけた市場」というものと極めて類似したもの であったことがわかる〔黒崎,1981〕。このように理解するならぽ,ときには荒唐無稽ともみえ,ギンズー〈 一一グのような論客に「手品のようなまやかし」で
あると断定されたジェソクスのプラソは,常識的な第一印象には反して,この時 代の最も洗練された社会諸関係の民主主義的な定式化に非常に接近した位置を占めるものであるというぺきであったのである。ジェンクスと共同して教育と 不平等問題の検討にあたったベインが,その議論においてロールズを肯定的に 評価していたことは偶然のことではなかったのである〔Jencks et al・1972;
Bane 1975〕o
C.家庭の選択による教育のための発議 教育の機会均等化と私 事の組織化
1. ヴァウチャー・プランを民主主義及びそこにおける公共性の概念と係わ
らせて検討し,これを積極的に提唱しているのはジョン・クーソズ(J・E・Coons)
である。クーソズは初等中等教育段階における公教育費の地域格差を教育の機 会均等の名において批判し,教育財政制度の理念とじて財政中立主義の原則を 提唱したセラソ(Serrano)訴訟の理論的指導者であり,彼の家庭財力平等化プ
ランと呼ばれた初期のヴァウチャー・プランはこれと同一の発想に立つもので あった。財政中立主義という考え方1ま,地域的な経済力の格差が教育財政の水 準を規定し,貧困な地域の子どもたちが相対的に貧しい教育機会,学校の環境 の下におかれることを権利の侵害とみなすものである。しかし,このことは分 権化されたアメリカ合衆国の教育財政制度にあって学校財政水準の同一化を求 めるものではない。クーソズが主張するのは,相対的に少ない努力しか教育に 払わないにもかかわらず,より多くの努力を教育のために払う学区よりも結果
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として豊かな教育財政水準が達成されてしまうというような不平等は正義にも とるというltとであった。ある学区の教育税の負担率が低いにもがかわらず生 徒一人当り公教育費が相対的に他の学区よりも高くなるというのは,いうまで
もなく学区間の富の不平等(教育税の財源としての不動産の評価額の地域的格
差)に起因している。セラノ訴訟で展開した,学区間の富の不平等の教育財政 水準への影響の排除という原則を,家庭の富の不平等の問題にまで視野をひろ
げて適用しようというのがクー・一一ソズのヴァウチャー・プランの発想の出発点で
あった。こうして家庭財力均等化プラソと呼ぼれたクーンズのヴァウチャー・プランの最大の特徴は,教育における選択にあたって家庭の財力の影響力を排
除することをシステム化しようとしたところにあった(12)。
クーソズは,各人が受け取ることのできるヴァウチャーの額面はそれぞれの
家庭の経済力に応じて「自らに課す教育税」(Self−imposod education tax)の
額によって決定されることになると主張する。下段に図示したモデルにしたがって説明すれぽ,年収8,0∞ドルの家庭では500ドルのヴァウチャーを手にす るためには150ドルの「自らに課す教育税」を払うことが必要になる。年収 26,000ドルの家庭が1,100ドルのヴァウチャーのために必要な支払い額は1,250
1,800 1,700 1,600
11,400
.§1・200
1,000
.望
膏の貯山娼①器氏
800
550 450 350 250 150 100 50 25
1,000 2,000 3,000 8,00011,00015,00020,00026,000