ドイツにおける僅少就業制度についての考察 : 社 会保険の適用構造に関する基礎的研究
著者 坂井 岳夫
雑誌名 同志社法學
巻 65
号 3
ページ 675‑735
発行年 2013‑09‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014585
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号七一
ド イ ツ に お け る 僅 少 就 業 制 度 に つ い て の 考 察
― ―
社会保険の適用構造に関する基礎的研究坂 井 岳 夫
目 次はじめに第一章 僅少就業の位置付け 第一節 就業者の保険加入義務 第二節 保険加入の免除等 第三節 僅少就業制度の沿革第二章 僅少就業の要件 第一節 僅少就業の類型 第二節 賃金僅少就業 第三節 期間僅少就業
六七五
( )同志社法学 六五巻三号七二ドイツにおける僅少就業制度についての考察
第四節 小 括第三章 僅少就業の効果 第一節 就業者の保険加入義務 第二節 使用者の保険料納付義務 第三節 小 括むすびに代えて
はじめに
一 被用者保険の意義 いかなる人的範囲に対して、いかなる保障制度を適用していくかは、社会保険制度の構築および運用における基本的かつ本質的な問題の一つである。わが国においては、被用者保険(被用者を対象とする健康保険、厚生年金。詳細については後述する)および労働保険(労働者を対象とする雇用保険、労災保険。詳細については後述する)と、住民保険(住民を対象とする国民健康保険、国民年金、介護保険。詳細については後述する)とを併用して、この問題への対応を図っている。 すなわち、医療保険に関しては、被用者を適用対象とする健康保険制度(健康保険法三条一項 )1
()、および、市町村の区域内に住所を有する者のうち、健康保険制度をはじめとする公的な医療保障制度の対象となっていないものを適用対象とする国民健康保険制度(国民健康保険法五条・六条)を中心として、制度の適用が行われている。そして、後者の国民健康保険制度の存在によって、一般に国民皆保険と称される医療保障体制が整備されている。健康保険制度および 六七六
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号七三 国民健康保険制度の保障内容は、医療サービスの保障(給付内容および給付率)については、原則として差異はないが、傷病時の休業に対する所得の保障については、健康保険制度がこれを法定給付とし、国民健康保険制度がこれを任意給付としている。 介護保険に関しては、市町村を保険者とする住民保険が用いられており、市町村の区域内に住所を有する六五歳以上の者(第一号被保険者)、および、市町村の区域内に住所を有する四〇歳以上六五歳未満の医療保険加入者(第二号被保険者)を適用対象として、制度の適用が行われている(介護保険法九条)。ただし、第二号被保険者については、保険料の算定に当たって、被用者保険である健康保険の被保険者、住民保険である国民健康保険の被保険者などについて異なる取扱いが定められている。 年金保険に関しては、広く日本国内に住所を有する者などを適用対象とする国民年金制度(国民年金法七条一項)、および、被用者を適用対象とする厚生年金制度(厚生年金保険法九条 )2
()を中心として、制度の適用が行われている。そして、前者の国民年金制度の存在によって、一般に国民皆年金と称される所得保障体制が整備されている。国民年金制度および厚生年金制度の保障内容は、国民年金制度が、定額年金によって所得を保障し、厚生年金制度が、国民年金による定額年金に上乗せを行うかたちで、報酬比例年金によって所得を保障している。 雇用保険および労災保険に関しては、労働者を適用対象として、制度の適用が行われている(雇用保険法四条一項、労働者災害補償保険法七条一項。なお、雇用保険における適用除外については後述する)。 このように、わが国の社会保険制度は、介護保険を除く各制度において、被用者保険または労働保険を、主要なあるいは唯一の保障制度として用いている。また、介護保険においては、被用者保険の被保険者であることが保険料をめぐる法律関係に密接に関連している。そして、これらの保障制度が、使用関係の下に置かれている被用者および労働関係
六七七
( )同志社法学 六五巻三号七四ドイツにおける僅少就業制度についての考察
の下に置かれている労働者を対象とするものであることに鑑みれば、適用対象者の人的規模という観点からも、適用対象者の要保護性という観点からも、その重要性は一層明らかになる。 他方で、比較法的な観点からは、被用者保険の仕組みを用いて社会保険制度を構築・運用している代表的な国として、ドイツを挙げることができる。いわゆるビスマルク社会保険として、医療保険、年金保険、労災保険の各制度が導入されたドイツでは、現在も、医療保険、介護保険、年金保険、雇用保険、労災保険の各制度において、被用者保険の仕組みを用いた制度の構築・運用が行われている。 もちろん、被用者保険・労働保険と住民保険を併用するわが国と、もっぱら被用者保険を用いるドイツとでは、このような基本的な制度の構造の違いに起因して、被用者保険それ自体の意義についても差異が生じ得ることは言うまでもない。とりわけ、医療保険および年金保険において、わが国では、被用者保険の適用対象とはならない人的範囲は住民保険によって社会保険制度の適用対象とされており、ドイツでは、被用者保険の適用対象とならない人的範囲は社会保険制度の適用対象から外れることになるという差異に対しては、本稿が関心を向ける社会保険の適用構造について論じるに当たって十分な注意が向けられる必要がある。 もっとも、豊富な議論の蓄積があるドイツの被用者保険は、このような基本的な制度の構造の違いに十分な注意を払いつつ参照する場合には、被用者保険の在り方、ひいては被用者保険を主要な柱とする社会保険制度の在り方を展望するに当たって、有益な示唆を提供するものであると考えられる。
二 被用者保険における短時間・短期間就業の意義 社会保険制度の適用は、各制度における要保護性の存在を前提として行われる。この場合、短時間就業または短期間 六七八
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号七五 就業は、被用者・労働者の経済生活における意義が限定されているという観点から、社会保険制度における要保護性を低下させ、または喪失させることがある。わが国においては、このような短時間就業または短期間就業の一部について、被用者保険または労働保険の適用を排除するという取扱いが行われている。 すなわち、医療保険および年金保険に関しては、常用的使用関係の有無という観点から被用者保険の適用対象を画しており、短時間就労者のうち、一日の労働時間または一个月の就労日が当該事業所における通常の従業員の四分の三に満たないものについては、健康保険制度および厚生年金制度の適用対象とされていない )3
(。このような取扱いは、これらの制度の適用を根拠付ける使用関係の解釈によって、被用者保険の適用を排除するものである。 また、雇用保険に関しては、一週間の所定労働時間が二〇時間未満の労働者、同一の事業主の適用事業に継続して三一日以上雇用されることが見込まれない労働者などについては、制度の適用が除外されている(雇用保険法六条)。このような取扱いは、立法によって、労働保険の適用を排除するものである。これに対して、労災保険に関しては、短時間・短期間の労働者についての適用除外の制度は存在しない。 このような短時間就業者または短期間就業者の取扱いは、非正規就業の増加をも背景として、被用者保険または労働保険の適用を排除することの当否や、適用を排除するに当たっての人的範囲の画定が、重要な政策課題となりつつある。 他方で、比較法的な観点からは、社会保険に関する総則規定(社会法典第四編)において、低賃金・短期間の就業に関する規律を行っている国として、ドイツを挙げることができる。賃金が一定基準を下回る就業、および、雇用期間が一定基準を下回る就業について、社会保険制度の適用を排除するという仕組みである。このような就業は、僅少就業(
ge rin gf üg ig e B es ch äft ig un g
)と呼ばれている。 ドイツにおける僅少就業制度は、その要件および効果について、法律によって詳細な規律を行うものである。そして、六七九
( )同志社法学 六五巻三号七六ドイツにおける僅少就業制度についての考察
僅少就業の要件に関しては、それが適用される就業実態の多様さから、多くの解釈論上の問題について議論が展開されている。他方、僅少就業の効果に関しては、社会保険各制度の特徴に応じた取扱いが定められるとともに、近時は興味深い立法論上の対応も行われている。 このような僅少就業制度は、その議論の蓄積という面においても、そこから見出される解釈論上および立法論上の着眼点という面においても、短時間就業および短期間就業をめぐる社会保険の適用構造を論じるに当たって、興味深い素材であるということができる。本稿は、このような認識に基づいて、ドイツにおける社会保険の適用構造に関する基礎的研究の一部として、ドイツの僅少就業制度について考察を行うものである )4
(。
三 本稿の構成 本稿における検討の順序および内容は、つぎのとおりである。 まず、第一章において、ドイツにおける僅少就業制度の具体的内容について考察する前提として、僅少就業の位置付けを明らかにする。そこでは、僅少就業制度の前提となる就業者の社会保険加入義務について概観するとともに(第一節)、保険加入義務をはじめとする社会保険の適用に当たって用いられる法技術について確認をする(第二節)。その上で、本稿が検討の対象とする僅少就業制度の沿革を整理することで、当該制度の意義の変遷および主要な特徴を明らかにする(第三節)。 第二章においては、僅少就業の要件について考察する。ドイツの僅少就業制度は、低賃金の就業および短期間の就業を、異なる類型の僅少就業として把握している。そのため、これら二つの類型の定義および関係について検討した上で(第一節)、それぞれの類型ごとに、要件の構造および解釈について、学説との対比も用いながら、判例法理の内容を検 六八〇
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号七七 討する(第二節、第三節)ことによって、僅少就業の範囲をめぐる法政策上および法解釈上の特徴を明らかにすることを試みる(第四節)。 第三章においては、僅少就業の効果について考察する。ドイツの僅少就業制度は、僅少就業に従事する就業者の保険加入義務のみならず、当該就業者を雇用する使用者の保険料納付義務についても、特徴的な取扱いを行っている。そこで、就業者の保険加入義務について、社会保険各制度における効果の違いを意識しながら検討するとともに(第一節)、使用者の保険料納付義務について、その課題にも留意しつつ検討する(第二節)ことによって、僅少就業の取扱いをめぐる法政策上および法解釈上の特徴を明らかにすることを試みる(第三節)。
第一章 僅少就業の位置付け
第一節 就業者の保険加入義務一 「就業」の意義(一) ﹁就業﹂の定義 ドイツにおける社会保険制度は、被用者保険として成立し、発展してきたものであり、就業者に対する強制適用を基本としている。この就業者の意義を明らかにするための基本的規定が、社会保険に関する総則規定に当たる社会法典第四編七条一項である。 同条一項一文は、﹁就業﹂(
B es ch äft ig un g
)の定義について、﹁就業とは、典型的には労働関係における︹in sb es on de re in e in em A rb eit sv er hä ltn is
︺、非独立的労働である﹂と規定している。六八一
( )同志社法学 六五巻三号七八ドイツにおける僅少就業制度についての考察
歴史的な経緯に目を向けると、ドイツの社会保険制度は、工業化に伴う被用者の地位の悪化への対処として、被用者層に対する保険による保護を提供するために創設されている。社会保険の適用対象に関わる条文において、労働関係への言及がなされているのは、このような背景によるものである。 もっとも、このような歴史的背景は、労働法の規律対象としての労働関係と、社会保険法の基本的な適用対象としての就業関係とが、完全に重なることまでを意味するものではない。労働関係への言及に当たって用いられている﹁典型的には﹂(
in sb es on de re
)という表現は、労働関係と就業関係とを同視する趣旨ではないと解されている )5(。したがって、労働関係の成立または有効性に疑義が存在する場合(未成年者が締結した労働関係、良俗違反の業務について締結された労働関係など)であっても、就業関係の存否は社会保険制度における保護目的に照らして判断されることになる。
(二) 就業の判断要素
(a) 立法および判例 就業者の意義についての基本的規定である社会法典第四編七条一項二文は、﹁就業﹂の判断要素として﹁指揮命令に基づく労働、および、指揮命令者の労働組織への編入﹂を挙げている。 この条文は、判例における就業該当性についての積極的判断要素を成文化したものであり、限定的な評価基準ではないとされている )6
(。したがって、就業該当性についての判断要素を明らかにするためには、従来の判例を参照することも有用である。この点、判例 )7
(は、﹁就業関係は、被用者︹
A rb eit ne hm er
︺が使用者︹A rb eit ge be r
︺に人的に従属していることを要件としている﹂とした上で、積極的判断要素(就業該当性を肯定する方向で考慮される要素)として、① 事業所への編入、および、② 使用者の指揮命令を挙げ、消極的判断要素(就業該当性を否定する方向で考慮される要素) 六八二( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号七九 として、③ 自身の事業者リスク、④ 自身の事業場の存在、⑤ 自身の労働力に関する利用可能性、⑥ 業務および労働時間の形成に関する自由を挙げている。 本稿は、就業概念の考察それ自体を目的とするものではない。そのため、ここでは就業という基礎的概念の外延を理解するために有用と考えられる若干の具体的事例を紹介するに止め、その詳細には立ち入らないこととする。
(b) 会社経営者 就業該当性との関連でしばしば言及される問題として、高度な職務について就業該当性を判断するに当たって、使用者の指揮命令(判断要素②)がどのように評価されるかというものがある。このような紛争類型に該当する一つの典型が、会社経営者についての就業該当性という問題である。 この点、判例 )8
(は、高度な職務の就業該当性を判断するに当たっては、使用者の指揮命令の有無についての評価が、﹁労働過程への機能適合的で有用な関与﹂の有無についての評価として抽象化され得るという一般論を述べている。したがって、このような抽象化された指揮命令が認められる場合には、会社の経営者(
G es ch äft sfü hr er
)、社団の理事(V or st an ds m itg lie de r
)などについても、就業者該当性が肯定され得る)9
(。 このような観点から就業概念の外延を明らかにするための助けになるのが、コンサルティング会社の単独出資者であり、単独経営者でもある会社経営者について就業該当性を否定した事例である。この判例 )₁₀
(は、単独出資者という地位に照らせば、当該経営者にとって好ましくない会社の決定を妨げることができること、単独経営者としての地位に照らせば、当該経営者の意思に反する会社の意思およびそれによる拘束は排除されていることなどに言及し、上記のような抽象化された労働過程への関与も認められないとして、就業該当性を否定している。
六八三
( )同志社法学 六五巻三号八〇ドイツにおける僅少就業制度についての考察 (c) 代理商 同様に、就業該当性との関連でしばしば言及される問題として、自営的な側面を併せ持つ業務について就業該当性を判断するに当たって、自身の事業者リスク(判断要素③)がどのように評価されるのかというものがある。このような紛争類型に該当する一つの典型が、代理商(
H an de lsv er tr et er
)の就業該当性という問題である。 この点について、判例 )₁₁(は、役務提供者にリスクに見合った自由が与えられている限りにおいて、役務提供者による事業者リスクの負担が独立的業務の存在を指し示すと述べている。ここでは、役務提供者が負担している事業者リスクと、役務提供者が留保している事業上の裁量(自由)とが関連付けられている。 なお、ここで取り上げている役務提供者自身の事業者リスクは、就業該当性の消極的判断要素であるが、独立した商人である代理商が、就業該当性の積極的判断要素を肯定され得るのか(より端的には、代理商に関して就業該当性が肯定される可能性はあるのか)という問題がある。この点については、代理商が注文主の販売組織へ取り込まれている場合には、事業所への編入(判断要素①)が認められる余地があり、また、代理商がその法的性質と抵触しない範囲で注文主から指示を受けている場合には、使用者の指揮命令(判断要素②)が認められる余地があると解されている )₁₂
(。 このような観点から就業概念の外延を明らかにするための助けになるのが、代理商について就業該当性を否定したつぎのような事例である。ある判例 )₁₃
(は、代理商(公営宝くじの地域機関管理者)に事業への自己資金の投入が求められていたこと、代理商に第三者(販売機関の所有者)の瑕疵ある行動に関する保証責任が課されていたことなどに言及して、代理商自身の事業者リスクが認められるとして、就業該当性を否定している。 また、他の判例 )₁₄
(は、代理商(住宅金融金庫代理店)が事業所における人件費および施設費を負担している(ただし、注文主が一定範囲については填補している)こと、代理商に従業員の雇用についての決定が留保されている(ただし、 六八四
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号八一 注文主の要綱の範囲内に限定されている)ことなどに言及して、代理商自身の事業者リスクが認められるとして、就業該当性を否定している。
二 各制度における保険加入義務(一) 規律の仕組み 社会保険の各制度における適用対象は、これらの制度について規定している社会法典各編において定められている。その内容は多様かつ詳細であるが、いずれの制度においても、適用対象の中核をなすのは、就業概念を介して捕捉される人的範囲に含まれる者である。具体的には、﹁雇用される﹂(
be sc hä fti gt si nd
)者、または、﹁就業者﹂(B es ch äft ig te
)という表現が用いられている。 以下では、社会保険の制度ごとに、このような中核的な適用対象について確認をしていく。(二) 医療保険・介護保険 医療保険制度においては、﹁賃金の支払いを受けて雇用される、労働者︹
A rb eit er
︺、職員︹A ng es te llt e
︺、及び、それらの職業訓練のための就業者﹂が、保険加入の義務を負うものとされている(社会法典第五編五条一項一号)。 介護保険制度においては、医療保険制度における義務的被保険者が保険加入の義務を負うものとされており(社会法典第一一編二〇条一項一文)、そのような義務的被保険者に含まれる一つの類型として、﹁賃金の支払いを受けて雇用される、労働者、職員、及び、それらの職業訓練のための就業者﹂が挙げられている(社会法典第一一編二〇条一項二文一号)。六八五
( )同志社法学 六五巻三号八二ドイツにおける僅少就業制度についての考察
(三) 年金保険 年金保険制度においては、﹁賃金の支払いを受けて、又は、それらの職業訓練のために雇用される者﹂が、保険加入の義務を負うものとされている(社会法典第六編一条一文一号)。
(四) 雇用保険 雇用保険制度においては、﹁賃金の支払いを受けて、又は、それらの職業訓練のために雇用される⋮⋮者﹂が保険加入の義務を負うものとされている(社会法典第三編二五条一項一文)。
(五) 労災保険 労災保険制度においては、﹁就業者﹂が、保険による保護を受けるものとされている(社会法典第七編二条一項一号)。
第二節 保険加入の免除等一 社会保険における要保護性 上記のとおり、ドイツの社会保険制度は、その適用対象を画定するに当たって、就業者に対する強制適用を基礎としている。立法技術的には、就業者に、保険加入義務を課すという手法が用いられている。このような仕組みは、ドイツの社会保険制度が保護の対象として想定する社会的実態を、就業または就業者という法的概念によって捕捉しようとするものである。 もっとも、現実に社会保険制度の保護を必要とする社会的実態と、立法によって抽象化された法的概念を介して捕捉 六八六
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号八三 される社会的実態との間には、齟齬が生じ得る。要保護性を備えているが、法的概念としての就業には該当しない社会的実態もあれば、要保護性を欠いている(または、要保護性が希薄である)が、法的概念としての就業に該当する社会的実態もある。
二 法律上の対処
(一) 規律の仕組み このような齟齬を埋めるために、ドイツでは、強制適用を行うための法技術である、① 保険加入の義務(単に﹁保険加入義務﹂とすることもある。
V er sic he ru ng sp flic ht
)に加えて、② 保険加入の免除(V er sic he ru ng sfr eih eit
)、③ 任意加入(V er sic he ru ng sb er ec ht ig un g
)、④ 任意脱退(V er sic he ru ng sb ef re iu ng
)という法技術が用いられている )₁₅(。
(二) 保険加入の義務 就業者ではないが、社会保険による保護を必要とする者について、保険加入義務という法技術を用いて、法律上の要件に基づいて、個人の意思にかかわりなく、保険関係を発生させることがある )₁₆
(。例えば、自営業者のうち、その自営業に関連して、通常、保険加入義務のある被用者を雇用しておらず、かつ、継続的かつ本質的に、一人の依頼主に対してのみ活動している者(被用者類似の自営業者。
ar be itn eh m er äh nli ch e Se lb st än dig e
)は、年金保険への加入が義務付けられている(社会法典第六編二条一文九号)。六八七
( )同志社法学 六五巻三号八四ドイツにおける僅少就業制度についての考察
(三) 任意加入 同様に、就業者ではないが、社会保険による保護を必要とする者について、任意加入という法技術を用いて、個人の意思に基づいて、保険関係を発生させることもある )₁₇
(。例えば、年金保険への加入義務のない者は、満一六歳に達した後に、任意に保険に加入することが認められている(社会法典第六編七条一項一文)。
(四) 保険加入の免除 これに対して、就業者ではあるが、社会保険による保護を必要としない者については、保険加入の免除という法技術を用いて、法律上の要件に基づいて、保険関係を発生させないことがある )₁₈
(。その典型が、本稿が検討の対象としている僅少就業であり、賃金または就業期間が一定基準に満たない就業(社会法典第四編八条一項)に従事する者は、医療保険、介護保険、年金保険(就業期間が一定基準に満たない就業の場合)、および、雇用保険への加入が免除される。
(五) 任意脱退 同様に、就業者ではあるが、社会保険による保護を必要としない者について、任意脱退という法技術を用いて、個人の意思に基づいて、保険関係を発生させないことがある )₁₉
(。例えば、年間賃金限度額の変更によって医療保険への加入を義務付けられることになった者は、任意に保険から脱退することが認められている(社会法典第五編八条一項一号)。 六八八
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号八五 第三節 僅少就業制度の沿革一 社会法典第四編の制定 現在の僅少就業制度の原型は、一九七七年に施行された社会法典第四編八条において規定されている。ドイツにおいては、低賃金の就業または短期間の就業を、一定の要件の下で社会保険の適用から除外するという取扱いが行われてきた。就業者の要保護性という観点から、生計の維持に貢献しない就業は、社会保険による保護に適さないと考えられたためである )₂₀
(。また、給付および保険料の公平性という観点からは、僅かな保険料負担によって給付請求権を付与することの不均衡についても考慮されていた )₂₁
(。社会法典第四編八条は、低賃金の就業または短期間の就業についてのこのような従来の仕組みを前提として制定されたものであるが、社会保険に関する総則規定において僅少就業という概念を措定し、現行の賃金僅少就業および期間僅少就業(第二章第一節一参照)に連なる僅少就業の二つの類型を定めたところに立法史における意義を見出すことができる )₂₂
(。 当時の規定における賃金僅少就業は、賃金が、通常、月に収入水準(被保険者の平均賃金)の五分の一、または、それを上回る場合には、総収入の五分の一を超えない場合であると定義されていた(社会法典第四編八条一項一号)。また、当時の規定における期間僅少就業は、就業が主たる職業として行われており、かつ、その賃金が一号に挙げられた限度額を超過している場合を除いて、就業が、その開始から一年の間に、最長でも三个月または七五日に、その特性に照らして限定されるのが通常であるか、または、あらかじめ契約によって限定されている場合であると定義されていた(社会法典第四編八条一項二号)。 社会保険各制度における僅少就業の取扱いは、これらの制度において個別的に規定されてきた。社会法典第四編制定時には、医療保険および年金保険に関して、保険加入の免除を定める規定が存在していた。
六八九
( )同志社法学 六五巻三号八六ドイツにおける僅少就業制度についての考察
二 僅少就業制度の改正 僅少就業の定義・取扱いなどは、改正を経て現在に至っている。近時においては、僅少就業の位置付けまたは基本的枠組みにも関わる、つぎのような改正が行われている。 一九九九年には、僅少就業の濫用により、僅少就業者が増加するとともに、社会保険の財政基盤が浸食されているという認識の下で、このような状況に対処するための法改正が行われている )₂₃
(。具体的には、① 賃金僅少就業の範囲を画する賃金額を法律において固定する、② 僅少就業と非僅少就業とを合算する(第二章第二節三(二)参照)、③ 僅少就業者に年金保険への任意加入を認める(第三章第一節一(三)(a)参照)、④ 僅少就業の使用者に保険料納付義務を課す(第三章第二節一(二)(a)・(三)(a)参照)といった変更が行われている。これらの改正は、僅少就業と評価される就業の範囲を限定し(① )₂₄
(および②)、または、僅少就業を利用する誘因を除去する(④)ことによって、僅少就業の拡大に歯止めをかけるという意義を持つものであった。 これに対して、二〇〇三年には、一九九九年改正とは目的を異にする法改正が行われている )₂₅
(。具体的には、① 賃金僅少就業の範囲を画する賃金額を引き上げる(三二五ユーロから四〇〇ユーロへ)、② 僅少就業と非僅少就業との合算に例外を設ける(第二章第二節三(二)参照)といった変更が行われている。これらの改正は、僅少就業の拡大に歯止めをかけることを意図して行われた二〇〇三年改正の内容に修正を加えることによって、僅少就業の活用を促進するという側面を持つものであった。 近時に行われたこれらの改正によって、僅少就業の要件についての具体的な規定内容、僅少就業の効果についての個別的取扱いなどについての現行の制度の基本的枠組みが形成されている(ただし、その後も一部重要な改正がなされている。第三章第一節一(三)(a)参照)。また、保険に加入していない就業についての使用者の保険料負担も、ドイツ 六九〇
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号八七 における特徴的な仕組みとして導入されている。
第二章 僅少就業の要件
第一節 僅少就業の類型一 僅少就業の定義 社会法典第四編八条一項は、僅少就業の二つの類型を規定している。 一つは﹁当該就業からの賃金が、通常、月に四五〇ユーロを超えない場合﹂(一号)である。このような僅少性は、賃金僅少性(
E nt ge ltg er in gf üg ig ke it
)と呼ばれている。また、賃金僅少性の範囲を画するために用いられる賃金額は、賃金限度額(E nt ge ltg re nz e
)または僅少性限度額(G er in gf üg ig ke its gr en ze
)と呼ばれている。 いま一つは﹁就業が主たる職業として行われており、かつ、その賃金が月に四五〇ユーロを超えているときを除き、暦年内の就業が、最長でも二个月または五〇労働日に、その特性に照らして限定されるのが通常であるか、または、あらかじめ契約によって限定されている場合﹂(二号)である。このような僅少性は、期間僅少性(Z eit ge rin gf üg ig ke it
)と呼ばれている。本稿では、期間僅少性の範囲を画するために用いられる就業期間および労働日数を、就業限度期間と呼ぶことにする。 僅少就業の概念あるいは要件について論じる前提として、同項の条文構造を正確に把握しておくことが有用であると考えられるため、ここで条文の原文を掲げておく。六九一
( )同志社法学 六五巻三号八八ドイツにおける僅少就業制度についての考察
So zia lg es et zb uc h V ie rte s B uc h
r ne hr ja er nd ale K es in alb rh in a g un tig äf ch es B ie . d 2 es e uf er re lä ch na e ag st eit rb A 50 ih od zw e ng en s st ei M on at 0 elm äß ig im M eg on at 45 ü E ur o n ic ht be rs te ig t, un g r ig rb ge 1 . d as A eit se äft nt lt au s d ie se r B es ch e B ig üg gf er in e g in E ch es , w äft ig un g l ie gt v or en n 1
()§ it nd G er in gf üg ig e B es ch äft ig un g u g ke er in gf üg ig e s elb st än dig e T ät ig 8
E ig en ar t b eg re n zt z u s ein p fle gt o d er im V or au s ve rt ra gli ch b eg re n zt is t, es s ei d en n , d as s d ie B es ch äf tig u n g be ru fs m äß ig a us ge üb t w ird u nd ih r E nt ge lt 45 0 E ur o i m M on at ü be rs te ig t.
二 二つの類型の関係 賃金僅少性と期間僅少性との関係は、同項の文言から一義的に明らかではなく、また、立法者意思からも明確な理解は導かれていない。 賃金僅少性と期間僅少性との関係は、つぎのような事例において僅少性の評価に影響を与えることがある(なお、賃金僅少性の要件、期間僅少性の要件、就業の合算などについては、本章第二節・第三節における検討を参照)。すなわち、ある就業者が、飲食店において、週労働時間一〇時間、月額賃金四〇〇マルクの条件で就業し、法律事務所において、第二水曜日に二時間、月額賃金一〇四マルクの条件で就業していた。これらの就業は、独立して評価した場合には、当時の賃金僅少性の要件を充足していたが、二つの就業を合算した場合には、賃金額が当時の賃金僅少就業の要件を超過していた。したがって、① 飲食店における就業と法律事務所における就業のそれぞれが賃金僅少性の要件を充足するものと評価し、② これら二つの就業を合算したとすれば、この事例においては僅少性が否定されることになる。これ 六九二
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号八九 に対して、① 短期の就業については、期間僅少性の問題のみが生じ、賃金僅少性の問題が生じる余地はないという理解を前提とし、かつ、② 法律事務所における就業については、そのような短期の就業として期間僅少性のみが問題となり、③ その就業日数に照らせば期間僅少性が肯定されると評価するならば、合算の問題が生じることはないため(賃金僅少就業と期間僅少就業の合算は行われない。本章第三節四(一)参照)、この事例においては僅少性が肯定されることになる。 このような事例において、判例 )₂₆
(は、一号と二号が、異なる対象について僅少就業の要件を定めていると解している(なお、ここで検討する判例は、現行の定義に改正される前の僅少就業の定義を前提とする事例である。しかし、賃金僅少就業と期間僅少就業という二つの類型を規定する︹第一章第三節参照︺という点では、当時の定義も現行法と同様であるため、これらの判例は現行法の解釈においても参照し得るものである)。それによれば、一号は﹁通常行われている﹂(
re ge lm äß ig ... ... au sg eü bt w ird
)就業について僅少就業の要件を定めるものであり、二号は﹁通常ではなく、臨時に行われている﹂(nic ht re ge lm äß ig – a lso n ur g ele ge nt lic h – ... .... a us ge üb t w ird
)就業について僅少就業の要件を定めるものであるとされている )₂₇(。したがって、判例の理解によれば、僅少就業該当性を判断するに当たっては、まず、当該就業が﹁通常﹂の就業であるか、﹁臨時﹂の就業であるかが審査される。そして、﹁通常﹂の就業であると判断された場合には、賃金僅少就業該当性のみが審査され、﹁臨時﹂の就業であると判断された場合には、期間僅少就業該当性のみが審査されることになる。 一号において、﹁通常﹂(
re ge lm äß ig
)という表現が、賃金の発生だけでなく、就業の存続にも係っているという理解は、文理解釈としては不自然にも思える。また、二号においては、そもそも﹁通常ではない﹂(nic ht re ge lm äß ig
)あるいは﹁臨時﹂(ge le ge nt lic h
)といった表現は用いられていないし、その他に対象の限定を示唆する表現も見当たらな六九三
( )同志社法学 六五巻三号九〇ドイツにおける僅少就業制度についての考察
い。しかし、判例は、このような文理解釈上の問題を認識した上で、一号と二号の対象を区別すべきであると解している。その論拠は、一号が﹁臨時﹂の就業をも対象としているならば、月額賃金が賃金限度額を超える期間二个月の就業は一号に基づいて僅少就業該当性が否定され、保険加入義務が発生することになるが、このような帰結は二号に固有の要件(二号は、賃金額および就業期間に加えて、﹁主たる職業として﹂就業が行われてはいないことを期間僅少就業の要件としている)を空文化させてしまうというものである。 学説の中には、このような論拠に疑問を提起する見解もある )₂₈
(。それによれば、判例とは異なって一号および二号の両規定には代替性がある(一号および二号の適用対象は区別されていない)という理解を前提とするならば、判例が例示する上記の就業については、一号との関係では、賃金額を理由に賃金僅少就業への該当性が否定されるが、二号との関係では、﹁主たる職業として﹂という要件も含めた期間僅少就業の要件について充足性が判断されることになる。判例の論拠は、一号と二号の適用対象を区別するという自らの結論を前提にして、はじめて成立するものであるという指摘である。もっとも、このような指摘は、判例における例示を用いた論拠の不十分さを論証しているにとどまり、一号および二号の適用対象が区別されていないという解釈を、積極的に根拠付けるものではないことに留意すべきである。 なお、賃金僅少性と期間僅少性との関係を判例のように理解する場合、﹁通常﹂の概念は、僅少性を審査するための要件(一号または二号)を選択する基準になる。判例 )₂₉
(は、﹁通常﹂の意義を、当初から継続的な反復(
st än dig e
W ie de rh olu ng
)が予定され、数年にわたって遂行されるべき状態を指すものであると解している。このような理解は、ある就業が﹁通常﹂のものであるか否かを判断するに当たり、就業の反復性に着目するという立場を明らかにするものである。﹁継続的な反復﹂という表現には解釈の余地が残るが、判例 )₃₀(は、個々の就業があらかじめ特定の期日における労働を義務付けるような継続的労働関係を基礎に置くものであるか否かは重要ではないとしている。 六九四
( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号九一 第二節 賃金僅少就業一 要件の構造 賃金僅少性は、当該就業から得られる賃金が、賃金限度額を超過していないことを要件としている )₃₁
((以下では﹁賃金限度額要件﹂とする)。したがって、賃金限度額要件の充足性は、当該就業から得られる賃金を把握すること、そして、その賃金を賃金限度額と比較することによって判断されることになる。 就業から得られる賃金を把握する際には、その前提として、僅少就業制度における﹁賃金﹂の意義を確認しておく必要がある(本節二(一))。その上で、賃金がどのような観点から把握されるのか、そして、賃金の把握に当たってどのような問題が生じるのかといったことについて検討する必要がある(本節二(二))。 また、就業から得られる賃金を賃金限度額と比較する際には、比較の観点または方法が問題となる(本節二(三))。賃金が﹁通常﹂賃金限度額を超過しないことが求められているため、月額賃金と賃金限度額との単純な比較に止まらない問題が生じ得るためである。 さらに、複数の就業が行われている場合における僅少性の審査に関連して、それらの就業の合算方法も検討する必要がある(本節三)。なお、就業の合算については、社会保険各制度において、僅少性の評価に当たって当該制度の特徴に配慮するための特別規定が置かれている(第三章第一節一(二)(b)・(三)(b)・(四)(b)参照)。本節において検討する合算についての規定は、これらの特別規定の前提となる仕組みである。
六九五
( )同志社法学 六五巻三号九二ドイツにおける僅少就業制度についての考察
二 賃金限度額要件
(一) ﹁賃金﹂の意義 ﹁賃金﹂(
A rb eit se nt ge lt
)とは、﹁就業から生じる継続的または一回的な収入であり、当該収入に関する法律上の請求権が存在するのか、いかなる名称及び形態において当該収入が与えられるのか、それが直接就業から得られるのか、あるいは就業に関連して得られるのかを問わない﹂(社会法典第四編一四条一項一文)。 この定義をめぐっては、使用者以外の者(顧客など)から支払われる金銭の﹁賃金﹂該当性が問題となる。条文による定義は、支払主体を使用者に限定していない。判例 )₃₂(は、ゴルフクラブとゴルフ講師との間における就業関係の存否を判断するに当たって、指導に対する報酬が、クラブからではなく、生徒から支払われているという事情が、就業関係を肯定することと矛盾するものではないと判断している。下級審裁判例には、この問題により直截的に答えるものもある。すなわち、ある裁判例 )₃₃
(は、社会法典第四編一四条一項一文にいう﹁賃金﹂該当性が争われた事例において、上記の判例を参照した上で、第三者が接客を行う就業者に支払うチップは原則として﹁賃金﹂に当たるとしている。
(二) 賃金の把握方法 (a) 把握の観点 賃金を把握するための観点をめぐっては、社会法典第四編制定時に、現行法の解釈においても参考になる議論がなされている )₃₄
(。同法の法案において、社会法典第四編八条一項一号は、賃金僅少性の要件を、﹁賃金が、平均して月に月額収入水準(一九条)の五分の一を超えない場合﹂と定めていた(なお、﹁収入水準﹂とは、年金保険におけるすべての被保険者の平均賃金を指している)。このような法案に対して、連邦参議院は、﹁平均して﹂(
du rc hs ch nit tli ch
)という 六九六( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号九三 文言を、現行法と同じ﹁通常﹂(
re ge lm äß ig
)という文言に修正すべきであるという主張を行っている。その理由は、① 保険加入義務の有無は就業の開始時に決定されなければならない、② しかし、﹁平均して﹂という文言は回顧的な評価および平均の算定を要求するものである、③ そこで、行政実務に配慮して、﹁通常﹂という文言を用いるべきである、というものである。 ここでの議論からは、賃金の把握が、就業の開始時において、当該就業から得られるべき 44賃金の評価の問題であるということが明らかになる。このような把握方法は、判例および文献において、見込みに基づく判断(vo ra us sc ha ue nd e B et ra ch tu ng
)とも呼ばれている。(b) 任意的給付 見込みに基づく判断を行うに当たっては、法律上の請求権によって根拠付けられていない任意的給付を、賃金として把握すべきであるかという問題が生じる。なお、﹁賃金﹂の定義(本節二(一))によれば、法律上の請求権によって根拠付けられていない任意的給付も、賃金に含まれ得る。ここで問題としているのは、任意的給付が賃金に該当するかではなく、任意的給付が賃金限度額要件の審査において﹁就業からの賃金﹂として把握されるかである。 判例 )₃₅
(は、休暇手当の支給に際して、その支給が今後の同様の請求権を生じさせるものではないという留保が付されていた事案において、このような任意的給付(贈与)も、反復して支給されることが確実であれば、賃金として把握されると解している(なお、この事案では、支給の確実性について判断するために原審への差戻しがなされているため、上記の休暇手当をめぐる連邦社会裁判所の評価は示されていない)。 このような判断を一般化すると、月額賃金のみならず、毎年反復して支給されるあらゆる収入(任意的給付など)が、
六九七
( )同志社法学 六五巻三号九四ドイツにおける僅少就業制度についての考察
賃金として把握される(すなわち、賃金限度額要件の審査において考慮される)ことになる。上記の判例は、このような帰結の妥当性を、①このような収入も、社会保険制度における要保護性の判断に当たって参照される賃金額を構成するものである、②仮にこのような収入を考慮しないとすると、月額賃金を特別の贈与に切り替えることによって保険加入義務が回避される危険が生じる、という理由から基礎付けている。
(c) 賃金の不払い等 見込みに基づく判断を行うに当たっては、実際に支払われた賃金が労働契約または労働協約によって根拠付けられた賃金を下回っていた場合に、いずれによって賃金を把握すべきであるかという問題も生じる。 判例 )₃₆
(は、実際に支払われた賃金が、労働協約が定めている最低賃金を下回っていた事案において、支払われた賃金を把握する(支給原則。
Z ufl us sp rin zip
)のではなく、支払いを義務付けられた賃金を把握する(発生原則。E nt st eh un gp rin zip
)という立場を採っている。その論拠は、①支給原則に従うとすれば、使用者が賃金の支払いを遅らせたり、減らしたりすることによって、社会保険による就業者の保護を決定できてしまう、②就業者保護のために必要な法的安定性(保険加入義務の有無が、就業の開始時において、十分な確実性を伴って確定されること)は、労働協約において根拠付けられた賃金に着目して賃金限度額の超過を審査することによってこそ保障される、というものである。 これらの論拠は、賃金の未払い一般に妥当するものである。また、この判例は、就業および保険関係の開始に関しては、社会保険の保護目的に照らして、合意された賃金の支払いの有無および時期は問題とならないという理解を基礎に置くものである。したがって、発生原則に基づく賃金の把握は、上記の事例に限らず、労働契約(または、労働協約あ 六九八( )ドイツにおける僅少就業制度についての考察同志社法学 六五巻三号九五 るいは事業所協定)によって義務付けられた賃金が支給されない事案において広く妥当するものであると理解することができる。 また、この判例は、就業者が同意した上で賃金の一部が支払われなかった場合や、就業者が放棄したことによって賃金の一部が支払われなかった場合にも、発生原則に基づいて賃金が把握されると解している。就業者による同意または放棄がある場合には、上記の論拠(①・②)は、(少なくとも賃金不払いの場合と同様には)妥当しない。この場合の論拠は、一旦確定された公法上の保険料納付義務は、その後に行われた使用者・被用者間の合意(放棄の場合には、﹁その後に行われた被用者の行為﹂と読み替えることができるだろう)によって排除または変更され得ないというものである。(三
) 賃金限度額との比較方法 (a) 比較の基準 賃金僅少性が肯定されるためには、賃金額が﹁通常﹂賃金限度額を超過しないことが求められている。そこで、賃金額が、一時的にのみ(目安として三回まで)賃金限度額を超過するという場合にも、賃金僅少性は否定されないという指摘がある )₃₇
(。
(b) 臨時的給付 賃金限度額の超過を判断するに当たっては、臨時の賃金がどのように考慮されるべきかが問題となる。そのような賃金の例として、年に一回のみ支払われる休暇手当を挙げることができる。判例 )₃₈
(は、このような手当について、一年を単
六九九
( )同志社法学 六五巻三号九六ドイツにおける僅少就業制度についての考察
位として支給額を各月に分配した上で、超過の有無を判断するという方法を採っている。やや複雑な方法のため、数値例を挙げると、月給四四〇ユーロ、休暇手当(年に一回支給)四八〇ユーロという条件の下での就業については、月給(四四〇ユーロ)に休暇手当配分額(四八〇ユーロを一二で除した四〇ユーロ)を加えた四八〇ユーロを賃金限度額(四五〇ユーロ)と比較することで、賃金僅少性が否定されることになる。 このような解釈は、法律の明文に基づくものではない。それにもかかわらず、このような特徴的な判断方法をとる実質的な理由として、上記の判例は、保険関係の継続性への配慮に言及している。すなわち、臨時の賃金について、一年を単位とした各月への配分を行わない場合には、賃金限度額を超過すると判断され、保険加入が義務付けられる期間と、賃金限度額を超過しないと判断され、保険加入が免除される期間とが比較的短期に繰り返される可能性が生じかねないことを、問題視するものである。
三 合算の方法(一) 複数の賃金僅少就業の合算 僅少就業の成否を判断するに当たって、複数の賃金僅少就業は、合算される(社会法典第四編八条二項一文)。合算されることで、賃金僅少就業の要件が満たされなくなる場合は、賃金僅少性が否定される(社会法典第四編八条二項二文)。 例えば、A社での賃金月額二〇〇ユーロの就業、および、B社での賃金月額三〇〇ユーロの就業が行われている場合には、両者は合算される。二つの就業の月額賃金の合計である五〇〇ユーロは賃金限度額を超えているため、賃金僅少性は否定される。 七〇〇