博士(環境科学)栗林恵子 学位論文題名
Taxonomic and biological studies of the genus Sternornoera (Eusiridae, Gammaridea, Amphipoda) endemic to the Japanese freshwaters
(陸水産日本固有属・sfe厂門〇m〇era(テンロウヨコエビ科,
ヨ コ エ ビ 亜 目 , 端 脚 目 ) の 分類 学 的 及び 生 態学 的 研 究)
学位論文内容の要旨
日本 固 有 の陸 水 産ヨ コ エ ビで あ るテ ン ロ ウヨ コ エ ビ科Sternomoera属 の分類は これま で き わ め て 不 十 分 な も の で あ っ た 。 そ こ で 、1989年5月 か ら1993年5月ま で の 間、 北 海 道 及び 本 州 各地 か ら集 め た136集 団2000個体 以 上 の標 本 を用 い て分類学 的に再検 討し た。 また、野 外調査と 室内実験 を行い、 生活史と繁 殖行動に ついて、いくつかの知見を得 た。
1) 北海 道 の 内陸 か ら集 め た80集 団の 個 体 は形 態 的 にも 生 態的 にも他 の集団か ら区別 さ れ た。 こ の 種はSternomoera yezoensis (Ueno,1933) で ある ことが再 確認され た。
2) 北 海 道か ら 本州 の 海 岸沿 い と本 州 の 内陸 で 採集 し たSternomoera属 は 形態 の 変 異 の 幅 が広 く 、 種の 判 別が 困 難 であ っ た。 よ っ て、 成 熟個 体 が 得ら れた56集団 の946個体 を 用 いて 、9つ の定 量 形 質を 選 び クラスタ ―分析を 行った。 その結果 、異なる2つのグル
―プ が認めら れ、それ らは生態 的分布と 繁殖期にお いても異 なっていた。それらのうちの 1つ は 北 海 道 か ら 本 州 の 海 岸 沿 い に 分 布 す る 新 種 で あ り 、Sternomoera thyaca sp.
nov.と 命 名し た 。も う 一 方の グ ル ―プは分布 が本州の 内陸に制 限され、 その形態 から既 知 種 のS. japonicaとSlhayamensisが 含ま れ て いる と 判断 し た 。そ の グ ル― プ を5‐ japorucaとS‐hay′amenS鱈の 判別形質 に関して 検討した結 果、 そ れらの形 質は中間 的 な 集 団によ って連続 した。し たがって、SIわめ′amensお をS‐んp〇n他aのシノ ニムと結 論し た。
3) 上 記 の結 果 からSCem〇m〇era属 は 、3種 を含 む と判 断 し 、属 の 分 類形 質 を改 訂 し た 。 ま た ,S‐m畑casp.nov. の 新 記 載 及びSI炸z〇ensお とS./ap〇 川caの 再記 載 を 行っ た。
4)SCem〇m〇era属 の3種 の 検索 表 を作 成 し た。S亡em〇m〇eraツeZ〇enS店は 浅 い触 角 サ イ ナ ス と 第 三 側 板 の2つ の く ぼ み か ら 他 の2種 か ら 区 別 さ れ た 。SCem〇m〇era /ap〇川caとS.巾, 畑caは非常 によく類 似してい るが第一触 角第ー柄部の房の数と第ー触
角の第ー柄部から第三柄部の比によって区別された。
5)Sternomoera属の3種の 分 布は 異 所的 で あっ た 。Sternomoera yezoensisは 北 海道の内陸、S‐ japonicaは本州の内陸、そしてS,thyacaは北海道から本州の海岸沿い に分布していた。
6)Sternomoera yez〇ens鱈 の生活史は 集団によっ て周年繁殖型と1年1回繁殖型と いう2つの異なるタイプがあることが明らかとなった。千歳の集団は年間を通して繁殖を 行っていたが、北の沢の集団は1年1回繁殖であった。この2つの集団の生息場所では水 温条件が異なっており、千歳は年間を通して水温の変動が小さい湧水域であり、北の沢は 水温の季節変動が大きい流水域であった。同様の関係は、S‐月p〇n´caでも知られており、
この性質が内陸型に共通するものであり、そして生活史変異の原因が水温環境であること が示唆された。、
7) それ に 対しSCem〇m〇eram灼caは 野外 調査の結果 から2年 性の生活史 を持ち、
冬から春にかけて繁殖を行い、成熟までに2年かかることが明かとなった。さらに、S‐ 巾,門caの特殊な性質として回遊を行っていることが判明した。成熟した雌と雄は繁殖期 に淡水から海ヘ流下し、抱卵した雌は再度、淡水ヘ遡上して孵化幼体を放出していた。こ の行動と―致して、交尾、産卵には海水が必要であることが室内実験により確かめられた。
このように幼生の成長を伴わず、交尾、産卵のためだけに海へ流下するという回遊行動は 端脚類では初めての結果であり、他の甲殻類を含めてもきわめてまれなものであろう。ま た、このユニークな回遊行動はS.巾門caが真の淡水種と真の海産種の問の中間的な状態 であることを示唆した。
8)SCem〇m〇era属の繁殖行動には2つのタイプがあった。S亡em〇m〇era丿ap〇nfca とS‐ 巾 ゆcaでは 雄 が交 尾 前の 数 週 間に わた って、雌を ガ―ドした 後に交尾を する
¨CarrierS¨であり、S‐ソeZ〇をnSふは交尾前の行動を行わず、直接交尾をする¨nonー mate―guarder¨であった。
9)繁殖行動の違いは、形態における2つのタイプの性的ニ型と関連していることが判 明した。SCern〇m〇eraツez〇e恥ふでは雄の咬脚は雌とほぼ同型だが、雄の第二腹肢は変 形している。対照的に、S‐丿ap〇n他a,S‐巾灼caの雄の第二腹肢は雌と同型で、雄の咬 脚 は 雌 よ り 大 き く 卵 状 で あ る 。後 者 の2種 の 雄の 大 きな 咬 脚は お そら く 交尾 前 の
¨carriers¨としてのガード行動と関連していると考えられる。
10)SCem〇m〇eraソez〇enS熔の雄の第二腹肢に見られる変形は程度には差があるが、
日本産のP,aram〇era属の2種でも同様の形質が報告されていた。しかし、それら3種は その他の形質を吟味すると近縁とは考えられず、したがって、腹肢の変形はおそらく収斂 で あ り 、 テ ン ロ ウ ヨ コ エ ビ 科 系 列 に お い て 独 立 に3回 進 化 し た と 考 え ら れ る 。 11)回 遊 を行 うS‐巾 灼caの 発見 はBamardとBamard(1983)の ¨S亡em〇m〇era 属 が姉 妹 群で あ るParam〇era属の 海 産種 か ら由 来 し た¨ と いう 仮 説を 支持 した。
12)S亡em〇m〇era属の3種の系統は重要な判別形質の極性が決定できないという理由 から次の研究の課題となった。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
Taxonomic and biological studies of the genus Sternornoera (Eusiridae, Gammaridea, Amphipoda) endemic to the Japanese freshwaters .
(陸 水 産日 本 固 有属Sternomoera(テ ンロウヨコ エビ科,
ヨコ エ ビ亜 目 , 端脚 目 ) の分 類 学的 及 び 生態 学 的研 究 )
ヨコ エビ類は 海から淡 水へと分 布を広げ て進化し てきたと考 えられて いる。テ ンロウヨ コェ ビ科には 多くの海 産属に混 じって少 数の淡水 産属が知ら れている 。そのひ とつで日本 の 淡 水域 に の み生 息 して い るSternomoera属 は 、ヨ コ エ ビ類 の 淡水 適 応 や淡 水 域へ の進 化経 路および その機構 の解明に おいて、 重要な研 究材料とし ての位置 を占めて いる。しか し、 これまで のところ 本属の分 類は不完 全であり 、その生態 に関して の知識も きわめて限 ら れ てい る 。 本研 究 は、 日 本 各地 で 採集 調 査 を行 い 、Sternomoera属 を 分類 学 的に 再検 討し 、繁殖行 動を含む 生活史を 明らかに すること で、ヨコエ ビ類の淡 水適応及 び、系統進 化の 解明に迫 ることを 目的とし たもので ある。
申 請 者 は1989年5月 か ら1993年5月 ま で の 間 、 北 海 道 及 び 本 州 各 地 か ら 採 集 し た 136集 団2000個 体 以 上 を 用 いて 、 ま ず、Sternomoera属の 分 類 学的 再 検討 を 目 ざし た 。 北 海 道 の 内 陸 に 分 布 す る80集 団 は 形 態 的 に も 生 態 的 に も 他 の 集 団 か ら 区 別 さ れ 、 Sternomoera yezoensis (Ueno|1933) で あ るこ と を再 確 認 した 。 いっ ぽ う 、北 海道 か ら本 州の海岸 沿い、お よび本州 の内陸に 分布する 集団は、形 態の変異 幅が広く 、種の判別 が困 難であっ た。そこ で、成熟 個体が得 られた56集 団を用いて クラス夕 ―分析を 行った。
そ の 結果 、2つ の グル ープ が区別さ れ、それ らは生態 的分布と 繁殖期にお いても互 いに異 なる ことを明 かにした 。それら のうち、 北海道か ら本州の海 岸沿いに 分布する グループを 新 種 と認 め 、Sternomoera thyaca sp. nov.と 命名 し た 。分 布 が 本州 の 内陸 に 限 定され る も う― 方 の グル ― プは 、S, japonicaとS.hayamensisの既知2種 が含まれ ていると 判 断し 、その形 態をそれ ら2種の判 別形質で 検討した 。ところが 、既知2種 の原記載 形質は、
連続 的に変化 するこの グル―プ の変異幅 の中に収 まってしま い、弁別 不可能で あった。結
介 剛
憲 雄
駿 正
正 晴
渡
田
倉
馬 東
戸 片
授 授
授 授
教
教 教
教 助
査 査
査 査
主 副
副 副
論として、S.ん沙′amensisをS.ー閏p〇門fCaのシノニムとした。こうして、SCern〇m〇era 属に は3種が 含ま れる ことが 明ら かと なっ た。 そこ で、属の分類形質を改訂し、検索表を 作成し、S.r′ツacasp.nov.を新しく記載し、さらにS,yez〇ens店と5.丿ap〇nfcaを再 記載した。
こ れ ら3種 は 生 物 学 的 にさ らに詳 しく 調査 され た。 まず 、SCem〇m〇erayez〇ensふ は 集 団 に よ っ て 周 年 繁 殖型 と1年1回 繁殖 型と いう2つの 異な る生 活史 を送 るこ とが 明ら か になった。`千歳で採集された集団は年間を通して繁殖していたが、北の沢に生息する集団 は1年1回 繁 殖 で あ っ た。 この2つの 生息 場所 では 水温 条件 が異 なっ てい た。 すな わち 、 千歳 は年 間を 通し て水 温の変動が小さい湧水域であり、北の沢は水温の季節変動が大きい 流水 域で あっ た。 この ような生活史2型と生息水温条件の相違は、S.丿ap〇n他aでも知ら れて いる こと から 、生 活史変異が内陸型に共通するものであり、その原因が水温環境の相 違であることが示唆された。
ー 方、SCem〇m〇era′ り門caは 、冬 から 春に かけて繁殖を行い、成熟までに2年かか るこ とが 野外 調査 から 明か にな った 。さ らに 、S. 巾朋caは回遊を行う特殊な種であるこ とが わか った 。成 熟し た雌と雄は繁殖期に淡水から海ヘ流下し、抱卵した雌は再度、淡水 ヘ遡 上し て孵 化幼 体を 放出するのである。この行動と整合して、交尾、産卵には海水が必 要で ある こと を室 内実 験から解明した。交尾、産卵のためだけに海ヘ流下するという回遊 行動 は端 脚類 では 初め ての発見である。このような行動は、他の甲殻類を見渡してもきわ めて まれ で、 ヨコ ェビ 類の 淡水 適応 を解 明す るた めの重 要な 示唆 を与 える もの である。
繁 殖 行 動 に 関 し て は 、5Cem〇m〇e旧 属 に は2つ の タイ プがあ るこ とを 解明 レた 。5. /ap〇冂忙aとS.′れ畑caでは雄が交尾前の数週間にわたって雌をガ―ドした後に交尾をする
¨CarrierS¨であり、S.冫′eZ〇enS店は交尾前の行動を行わず、直接交尾をするI|non― mate−guarder¨ で あ っ た。 さらに この 繁殖 行動 と対 応し て、SCem〇m〇era属の 示す 性 的ニ型には2つのタイプがあることが明かになった。
以 上の よう に、 本研 究は、日本各地で精力的に採集して得た膨大なデ一夕に基づき、こ れ ま で 未 知 で あ っ たSCem〇m〇era属 の 全 貌 を 分 類 学 的 に 明 か に し た 。 さ ら に 、5, yez〇ens店の生活史変異を解明し、甲殻類でもまれなS,r.けacaの特異な回遊を伴う生活 史を 発見 し、3種 の繁 殖行動 と性 的ニ 型と の関 係を 見いだした。これらの結果はテンロウ ヨコ エビ 科の 系統 進化 学的研究における重要な第ー歩である。特に、S.rカyacaの特異な 回遊 につ いて は、 ヨコ エビ亜目において、生態学的にほとんど未知の分野である海と淡水 の間 の進 化の 研究 に極 めて重要な示唆を与えるものであり、高く評価される。よって、審 査員 ―同 は、 申請 者が 博士(環境科学)の学位を受けるに十分な資格があるものと認定し た。