損害保険会社における巨大リスクの 引受け
松 尾 繁
■アブストラクト
国内損害保険会社における巨大リスクとして,風水災や地震といった自然 災害の集積リスクがある。こうした巨大リスクに対して当社は, リスクベ ース(ERM)経営 を通じて,リスク量の定量的な把握および管理ひいて は引受実務を行っており,その実践のために,当社では内部リスク評価モデ ルを開発しリスク量や期待値を定量的に解析しているが,当社では,この リスクベース(ERM)経営 を リスク╱資本╱リターンの3つの関係を 常に意識し,これを通じてステークホルダーに価値を提供しながら企業の持 続的な成長を実現すること と定義している。リスク検証結果に基づいて,
伝統的な再保険,証券化,リスクスワップなどを組み合わせてリスクヘッジ を行い経営の安定化を図っている。今後更にグループ横断での自然災害集積 リスクの把握・管理態勢を強化しモデルを継続的に高度化していき,その結 果を保険引受政策や再保険政策にも順次反映させる。
■キーワード
(自然災害)集積リスク,リスクベース(ERM)経営,リスク評価モデル
はじめに
近年,東日本大震災やタイ洪水など,従来はリスクとして充分に想定でき
*平成24年10月21日の日本保険学会大会(日本大学)報告による。
/平成25年1月15日原稿受領。
【平成24年度日本保険学会大会】シンポジウム 巨大災害・巨大リスクと保険
ていなかった規模の災害が発生しており,今後もいつどの程度の規模の巨大 災害が発生するか不明な状況下において,損害保険会社としてこうした巨大 リスクの存在・発生頻度・規模などを適切に把握・管理した上で経営判断を していく必要がある。本稿では,自然災害リスクを引き受ける代表的な保険 の一分野である企業火災保険を題材として,将来発生する可能性がある巨大 災害について,どのようなリスク類型があるか,また,これらのリスクに対 して当社として実践しているリスクベース(ERM)経営について,引受実 務に即して出来るだけ具体的に考察することを試みる。最後に,その考察を 踏まえた今後の課題と,その課題に対する現時点での当社の取組みについて 述べる。本稿が,損害保険会社における巨大リスクの引受実態を理解する一 助となれば幸甚である。
1.巨大リスクの類型
損害保険会社における巨大リスクには様々なものがあるが,火災などいわ ゆる一危険については,経営基盤を根幹から揺るがすほどの巨額の事故を被 る可能性は低く,損害保険会社の保険引受リスクの中でも巨額の損害を想定 すべきは,一事故で複数契約において損害が発生する集積リスクである。以 下,集積リスクの中でも,保険引受リスクにおいて巨額となるリスク類型を 列挙し,それらのリスクの概要や保険での引受形態について解説する。
1.1 風水災リスク
財物損壊およびそれによって生じる利益損失を補償する火災保険などにお いて,水災リスクについては一定のサブ・リミット または縮小てん補率が 設定された引受けが多いものの,風災リスクについては,特段のサブ・リミ ットの設定なく,火災リスク同様に保険金額または主契約の支払限度額と同 額まで普通約款にて補償されるのが一般的であることから,風水災リスクは,
1) 主契約の支払限度額とは別途,特定の担保危険に対して設定される限度額の こと。
国内損害保険会社にとって最大の保険引受リスクとなっている。
風災や水災をもたらす台風は,発生頻度も比較的高く,年平均2.5個の台 風が上陸しているが,頻繁に観測される規模の台風でも,1,000億円単位の 巨額の保険金支払となる可能性がある。
表1は,最近の主な風水災事故の一覧だが,保険会社の引受エクスポージ ャーが増加傾向にあるため,例えば1959年の伊勢湾台風と同じ台風が今日上 陸した場合,支払保険金は当時とは比較にならないくらい巨額な額になると いわれている。
1.2 地震リスク
地震は,台風ほどの発生頻度ではないが,いつかは発生することが確実と いわれる事象である。また,巨大台風でも大規模な工場やビルは全損となる 可能性は比較的小さいが,巨大地震では大規模な建物も全損となる可能性が
保険学雑誌 第 620号
表1【過去の主な風水災事故】
(単位:億円)
災害名
(出典:日本損害保険協会
HP
)地域 年月日 支払保険金
合計 5,679
977 1,600 3,147 1,210 3,874 1,380 1,320 1,123 海上
185 10 24 88 35 51 89 12 19 自動車
269 35 61 212 138 259 179 147 100 火災・新種
5,225 933 1,514 2,847 1,037 3,564 1,113 1,161 1,004 1991年9月
1993年9月 1998年9月 1999年9月 2004年8月 2004年9月 2004年10月 2006年9月 2011年9月 全国
九州,四国,
中国 近畿中心 熊本,山口,
福岡等 全国 全国 西日本 福岡,佐賀,
長崎,宮崎等 静岡,神奈川等 台風19号
台風13号 台風7号 台風18号 台風16号 台風18号 台風23号 台風13号 台風15号
あるなど,特定の巨大地震によって台風と同程度あるいはそれを上回る損害 を保険会社にもたらす可能性がある。更に,地震は台風に比して過去の事故 事例も相当程度少ない。これらの点で,台風とリスクの性質を異にする。即 ち,地震リスクは大数の法則に馴染まないリスクといえる。したがって,保 険会社としては,保険契約者に対して長期安定的にキャパシティを提供して いくためにも,過大な引受ポートフォリオとならないようリスク量を管理す ることが重要となる。
地震による損壊や火災は普通保険約款では免責とされており,別途,拡張 担保特約(以下 拡担 という。)を付帯することで補償が提供される。こ の拡担を付帯することで,地震や噴火による損壊,火災,津波,埋没といっ たリスクが担保される。ひとたび巨大地震が発生すると余震リスクも急激に 高まり,複数の巨大地震が一定期間内に群発する可能性があることから,複 数の地震発生によって保険金支払額が巨額とならないように,引受けに際し ては一事故の支払限度額だけでなく期間中限度額が設定されることが一般的 である。ちなみに,一事故の定義は72時間 とされることが多い。
表2は,最近発生した主な地震の一覧である。地震の発生頻度は台風より 相対的に小さいと上述したが,1995年以降も主な地震だけで9回,そのうち,
震度7クラスの地震は3回発生している。また,未発見の活断層もあるなど,
地震は全国どこででも発生しうる 。
なお,東日本大震災で津波の被害が大きかったことから,南海トラフ地震 の被害想定でも津波リスクの大きさがクローズアップされているが,南海ト ラフ地震においても,確かに広範囲で津波が発生する可能性は高いものの,
2) 地震保険に関する法律 第3条第4項で72時間と定義されており,企業分 野の保険においてもこれを踏襲することが一般的である。
3) 地震が全国どこででも発生しうることは,地震調査研究推進本部でも指摘さ れている。なお,地震調査研究推進本部とは,1995年7月に総理府(現在は文 部科学省)に設置された政府の特別機関であり,行政施策に直結すべき地震に 関する調査研究の責任体制を明らかにし,これを政府として一元的に推進する ための機関。
被害の中心は地震動による損壊や火災であり,津波による被害は相対的に小 さいと考えられている。また,津波が発生するには,少なくとも①マグニチ ュード6.5以上の地震であること ②震源地が海底であること ③震源が浅 いこと という3条件を満たす必要があり,津波をもたらす地震は,想定さ れる地震イベントの中の一部に過ぎないため,発生頻度も相対的に低い。
1.3 敷地外利益リスク
台風や地震と同様に集積リスクが大きくなる可能性があるものとして,敷 地外利益または構外利益がある。海外では,Contingent Business Inter-
ruption
(以 下CBI
と い う。)ま た はSuppliersʼ& CustomersʼExten- sionといい,1970年代に利益保険の拡張カバーとして提供されるようにな
った。CBIとは,被保険者に部品・原材料を供給する企業または被保険者が 商品を納入する企業が事故により被災した場合に,先の被保険者が被る利益 損失のことをいう。ある最終製品の部品や原材料の中で,供給する企業が世 界的に高いマーケットシェアを有している場合,当該企業に火災などが発生表2【主な被害地震(1995年以降)】
年
(出典:消防庁
HP)
地震名 マグニ
チュード 最大震度
死者・
行方不明 者数
住家全半壊 1995
2000 2001 2003 2004 2007 2007 2008 2011
249,180棟 3,536棟 844棟 484棟 16,985棟 2,426棟 7,040棟 176棟 383,436棟 6,437人
2人 2人 68人 1人 15人 23人 19,272人 7
6強 6弱 6弱 7 6強 6強 6強 7 7.3
7.3 7.1 8.0 6.8 6.9 6.8 7.2 9.0 兵庫県南部地震
鳥取県西部地震 芸予地震 十勝沖地震 新潟県中越地震 能登半島地震 新潟県中越沖地震 岩手・宮城内陸地震 東北地方太平洋沖地震
保険学雑誌 第 620号
して部品供給が途絶すると,その部品を購入している複数の企業で
CBI
が 発生することとなる。こうした火災や爆発事故だけでなく,自然災害による
CBIが発生すると,
集積リスクは更に大きくなる。表3にある最近の主な
CBI
事故例の中でも,例えば2007年の新潟県中越沖地震によるリケン社(自動車のエンジン部品の ピストンリング製造)罹災によって,全ての国内自動車メーカーの生産が一 時停止した事例や,2011年のタイ洪水による多数の日系部品メーカー罹災の 影響で,複数の日本の親会社や海外企業で
CBI
が発生した事例などがある。このように,CBIは集積リスクがあること,かつ,日々刻々と変わりう る企業のサプライチェーンの全貌を正確に把握しリスク評価することが現実 的に極めて困難であることなどから,CBIは地震リスク同様,普通保険約 款では免責とされており,別途,拡張担保特約を付帯して限定的に補償提供 されることが一般的である。その際,供給元または販売先の企業を記名し,
表3【最近の主な事故例】
事故概要 自動車部品工場火災
(1997年╱日本)
プロポーショニング・バルブの製造工場で火災が発生,代替生産が困難な 部品であったことから,部品供給先であった自動車メーカーの生産が停止。
ある自動車メーカー1社だけで約7万台の生産に影響が出た。
半導体工場火災 (2000年╱メキシコ)
メキシコの半導体工場で落雷に起因する火災事故が発生(15分で鎮火し,
財物の損害額は$15M(約12億円))。世界大手のある携帯電話メーカーは,
携帯電話の新商品発売ができず,$2B(約1,600億円)の損失が発生。
自動車部品工場
(2007年╱日本)
新潟県中越沖地震により,エンジン部品のピストンリングを生産するメー カーの工場が罹災,国内主要自動車メーカーの生産が4日間に亘り停止し,
15万台の生産に影響が出た。
東日本大震災
(2011年╱日本)
国内・海外の多数の企業で敷地外利益損失が発生。InsuranceInsider記事 では,敷地外利益損害だけで$10B(約800億円)前後になるとの予測。
タイ洪水
(2011年╱タイ)
日系企業が多数集積する複数の工業団地が浸水。現地日系企業の親会社で ある国内企業だけでなく,多数の海外企業でも敷地外利益損失が発生。
化 学 プ ラ ン ト 爆 発
(2012年╱ドイツ)
化学工場で爆発事故が発生し2名が死亡。自動車のブレーキホースや燃料 ホースに使用するポリアミド樹脂(ナイロン12)の世界シェアの約50%の 供給能力を喪失。事故後に主要自動車メーカー10社がデトロイトに集まり 対応策を協議。
支払対象となるペリルを限定列挙し,支払限度額を設定して引き受けるのが 一般的である。
2.リスクベース経営(ERM)の現場
1で見てきたような集積リスクのあるような巨大リスクに対して,どのよ うに保険引受けの現場で対応しているのかについて, リスクベース経営 という観点から以下に述べる。
2.1 東京海上日動の ERM の定義
ERM
(Enterprise Risk Management)は, 企業において,社内外で発 生し得るリスクを網羅的に把握し,発生可能性や影響度を評価したうえで,適切な対策を決めて継続的に実行する手法 または一言で 統合リスク管 理 など,様々に定義されている。
これらの定義では,従来の計量可能なリスクだけでなく包括的にリスクを 管理することに主眼が置かれているように思われるが,当社では,ERMを 寧ろ成長戦略のために リスクベース経営 即ち, リスク 資本 リタ ーン の3つの関係を常に意識し,これを通じてステークホルダーに価値を 提供しながら企業の持続的な成長を実現すること と定義している。言い換 えれば,①リスクを定性的および定量的に評価し,資本に見合うだけのリス クを負うことを通じて適切な利益を獲得
→
②株主に利益を還元しつつ,資 本を拡充→
③資本拡充により更に多くのリスクを資本の範囲内でとる と いう一連のサイクルを回して,永続的に企業価値を高める経営手法をERM
としている(図1参照)。東京海上グループのリスクベース経営(ERM)に 対する取組みは,外部からも高く評価されており,ERM態勢の評価におい て,東京海上日動は格付会社であるS& P
社から本邦保険会社(単体)で は唯一Strong
評価を,受けている。号 学雑誌 保険 第620
表が入
図 らないためアキを作成しています。
2.2 リスクの定量評価
2.1で 資本に見合うだけのリスクを負うことを通じて適切な利益を獲得 と述べたが, リスクに見合った適切な利益の確保 とはどのようなことな のかを説明したのが図2である。この図の上の部分は健全性の維持・向上を 表したもので,引き受けるリスク量が資本の範囲内に収まるように適切にコ ントロールすることを指している。また,下の部分は,収益性の維持・向上 を表したもので,資本コストを上回る利益を生み出すことを示している。リ ターンとは収入から支出を差し引いた差額として算出されるが,この支出に 資本コストも含めて考え,資本コストを差し引いて最後に残った額が本当の 企業価値の増加分になる という考えである。この 本当の企業価値の増加 分 を,EVA(Economic Value Added)という。損害保険会社としては,
図2:リスクの定量評価
図1:東京海上日動の ERM(EnterpriseRisk Management)の定義
この
EVA
を永続的に増加させていく必要があるわけだが,EVAを生み出 すためには,資本コストを定量的に把握し,そのコストに見合う保険料設定 が重要となる。また,外部環境として,国際財務報告基準(IFRS ;International Finan-
cial Reporting Standards
)が導入されると, 契約時の保険料 < 保険負 債の時価 の場合,その差額が契約時に一時損失として認識されることとな る。 保険負債の時価 とは, 期末保有契約から生じるキャッシュフローの 期待現在価値+リスクマージン で表されるが,要すればIFRS
導入後は,リスクマージンが保険料で賄えていない場合は,差損として会計上認識され るということである。
こうした観点から,当社が定義するリスクベース経営を推進していくため には,リスク量や
EVA
の要素を加味しつつ,時価評価的な手法でpricing
を行うRisk Based Pricing
が必要となるが,具体的にはリスク評価モ デル(以下 モデル という。)を活用してリスク量計算や料率算出などを 行っていく ということである。2.3 リスク量の定量化とリスク評価モデル
当社では,リスク量や期待値の定量的な把握に,内部で独自に開発したモ デルによる定量的解析アプローチを行い,VaRや
T-VaR
といったリスク 指標やEVA
といった収益性指標を参考に,引受方針や保有出再方針を検討 している。一部の大口契約等については,個々の契約のリスク量や損傷度合 などをモデルによって定量的に解析し,引き受けるリスク量対比で適正な保 険料が確保されているかといった観点などから保険料を算出している。 リ スク評価モデル とは,どのくらいの規模の事故が,どのくらいの確率で発 生するかをシミュレーションを用いて確率分布(関数)で表現し, あたか も(3万年や10万年といった)超長期間の保険引受けを行った場合の情報(損害額) を定量的に把握することが出来る というものである。損害保険 で引き受けるリスクにおいて,自動車保険のように大数の法則が当て嵌まる
保険学雑誌 第 620号
ものに対しては,過去の充分な引受実績などを基に保険料を算出することが 可能であるが,地震リスクのように,過去の引受実績も充分ではなく,事象 の発生頻度も低い,また,ひとたび巨大な事象が発生した場合は過去に例を みない規模の損害が発生する可能性が高いようなリスクに対しては,大数の 法則が成立しない。シミュレーション手法を用いたリスクの定量化は,この ようなリスクに対して特に有効な評価方法の一つであり,資本の範囲内にリ スク量をコントロールする管理ツールとしても威力を発揮する。現在では特 に主要な自然災害リスクの引受けおよびポートフォリオ管理においてモデル の活用が主流となってきている。
では,モデルを活用して具体的にどのようにリスク評価をしているのか。
ここでは仮に地震リスクに対して10万年のシミュレーションをした場合を例 にとって表4と図3で説明する。
モデルによって10万年分の地震イベントをシミュレーションによって発生 させ,横軸に年間損害額,縦軸に発生確率の座標上にその分布をとると,図 3のような対数正規分布が描ける。ここで,年間損害額とは,その年にシミ ュレーション上発生した複数の仮想地震イベントによる損害額の合計値を指
期待値までは,毎年危険保険料で支払われるが,それを超過する部分は危険保険料以 外(自己資本)から支払われる。この超過する額= リスク量
リスク量 = 99% T-VaR−期待値 リスク量
Tail-Value at Risk 99%T-VaR とは,100,000年のシミュレーションをした場 合,年間損害額の大きい上位1,000年(確率1%)の平均損害額
=1%以下の確率で発生する大損害の平均値
上位1%の点(1,000年目の損害額)を, 99%VaR という T-VaR
100,000年分のシミュレーションをした結果の年間損害額の平均値 = 危険保険料
(純保険料)
期待値
概 要 用 語
〜100,000年のシミュレーションをした場合を例に〜
用語の説明
表4:リスク評価モデルの活用
す。この図では,グラフの右にいくほど,発生確率は低いが年間損害額が巨 額となる年がプロットされるため,横軸に限りなく近づいていく。それらの 年は即ち,シミュレーション上は何千年または何万年に1回という低い確率 で発生すると想定される巨大地震の発生年または大地震による大損害が複数 発生した年といえる。
このように10万年分のシミュレーションをした結果の年間損害額の平均値
(Mean)すなわち10万年分の損害額を単純平均した場合の年間損害額を 期待値 という。理論上は,これがシミュレーションの対象となった地震 リスクに対する危険保険料部分に相当する。一方,年間損害額の大きい上位 1%(10万年のシミュレーションの場合は上位1,000年)の平均損害額を,
99%
T-VaR
という。99%T-VaR
は, 1%以下の確率で発生する大損 害の平均値 とでも言い換えられる。 期待値=危険保険料 と料率を設定 していれば,期待値までは毎年危険保険料で支払われるが,期待値を超過す る損害額部分は危険保険料以外すなわち自己資本から支払われることとなる。この,期待値を超過する額のことを リスク量 と定義している。式で表す と,次のようになる。
図3:リスク評価モデルの活用
保険学雑誌 第 620号
リスク量=99%
T-VaR−期待値
図3の例では,リスク量=99%
T-VaR(400億円)−期待値(100億円)=300
億円と算出される。当社で業績評価を行う際に,リスク量把握の一つの指標として,この
T-VaR
という指標が使用される。上記では上位1%を例にとって説明したが,何年に1回程度の発生確率をもつ巨大損害に備えるべきかについては,
保険会社によって判断が異なりうるので,99%
T-VaR
という値はあくまで 一例である。当社では,国内の風災や地震,水災などの様々なリスクに対して,こうし た内部モデルを独自に開発し改良を重ねている。自社内で独自にモデルを開 発して実際の引受管理や引受判断に活用している国内損害保険会社は当社を 除くと殆ど存在しないと認識しているが,内部で開発するメリットとしては,
①分析に用いている仮定やその限界がブラックボックス化しない ②リスク 分析は,保険会社の根幹機能であるアンダーライティングそのものであり,
モデル開発の過程でリスクに関する知見やノウハウが習得可能 といった点 が挙げられる。
こうしてモデルによって算出された期待値やリスク量を基に,どの程度の 収益性が引受ポートフォリオから確保されているかをみる収益性の指標とし て
ROR(Return on Risk
) がある。これは, リスク量 に対して 利 益(リターン) がどの程度確保されているかという リスク量対比の収益 性 を示した指標であり,RORは図4の算式によって算出される(リスク 量の計算に99%T-VaR
を使用した場合)。ROR
による収益性の検証は,保険引受リスク合計や種目別のポートフォ リオ全体の収益性検証の際にも行われるが,それだけなく,一部の個別大口 契約等については,個々の契約のリスク量や損傷度合などをモデルによって 定量的に解析し,引き受けるリスク量対比で適正な保険料が確保されている かといった観点などから保険料を算出しながら引受可否および引受条件の設 定を行っている。2.4 リスク評価のロジック
コンピュータ上で仮想の地震を発生させ,損害額の大きさをシミュレーシ ョンするのがモデルだが,具体的にモデルにおいてどのようなロジック(考 え方)に基づいてシミュレーションを行い確率分布を導いているのかについ て,地震リスクを例にとって以下図5で説明する。
① 地震調査研究推進本部が,最新の知見に基づいて 確率論的地震動予 測地図 という高精度の震源データを作成しているが,現在,日本で発生す る可能性のある地震の震源データとしては最も信頼性が高いデータと考えら
図4:リスク評価モデルの活用
図5:リスク評価モデルの活用
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れており,当社のモデルにおいても,この震源データ を保有している。こ の震源モデルに基づき,震源の位置や規模などが設定される。
なお,地震は日本全国どこででも発生しうるが,この震源情報によると,
地震が発生する可能性やその規模の大きさの違いから,地域によって料率に 格差が生じることになる。
② ①で設定されたイベントで発生した揺れは地中を伝播していくが,そ の揺れは距離が長くなるほど小さくなる。これを算式で表したものを 距離 減衰式 というが,この算式を用いて,工学的基盤 上の各地点でどの程度 の揺れになるかを計算する。
③ 工学的基盤から地表までの表層地層は圧密度が小さく相対的に柔らか い地盤となっているため,工学的基盤上の揺れが増幅されて地表点に到達す ることになる。各地点の地盤の特徴により,②で計算された揺れがどの程度 増幅するかを, 地盤増幅率 を考慮して計算する。
④ ③で計算された最終的な揺れが,物件にどのような被害を及ぼすか について,被害関数を用いて計算する。その際に,以下のような情報が考慮 される。
・物件の種類(建物,設備・什器等,商品・製品等,車両など)
・物件の特徴(構造,建築年次,建物の階層)
・保険契約条件(支払限度額,免責金額)
この計算の際に,倒壊や火災といった被災形態ごとに被害予測を行う。
上記は地震リスクを例にとって述べたが,風災リスクや水災リスクに対し ても考え方は同様である。風災リスクであれば,①仮想台風の発生(台風の
6) 震源イベントとしては70万件を超すデータを保有している。
7) 工学的基盤 とは,構造物を設計するときに地震動設定の基礎とする良好 な地盤のこと。地表から地下深部に深くなっていくにしたがって周囲の岩石は 圧密度が増し,地盤はより堅くなる。岩石の堅さと
S
波の伝播速度には相関 性があり,堅い岩石ほどS
波速度が大きくなるが,確率論的地震動予測地図 では,S波速度が400m
/sの地盤を工学的基盤としている。
8) 揺れによって物件が被る損害の割合を 損傷率 という。
大きさや発生頻度を確率分布を用いて表現し,仮想イベントをシミュレーシ ョンで発生させる。) ②風速の評価(①の仮想台風が,引き受ける物件の所 在地毎にどの程度の風速となるか工学的に評価する。) ③被害額の評価(風 速と損傷率の関係を,被害関数を用いて計算する。)といった計算過程が,
風災モデルに組み込まれている。
このように, 保険金発生に至る過程 を細分化して評価することで,ポ ートフォリオ分析においてはその時々の保有ポートフォリオを反映したリス ク評価を可能にし,種目間のリスク相関を評価することができるし,個別リ スクにおいても,モデルを通して当該リスクの個別性が反映された検証が定 量的に行われるため,より信頼度の高い引受判断が可能となる。
3.巨大リスクのヘッジ手法
3.1 3つのリスクヘッジ手法
こうして保有リスクの定量的な解析が出来たとしても,それをもって過大 なリスクを抱えていいということには当然ながらなりえず,元受での保有額 をコントロールするためにリスクヘッジをする必要がある。当社においても,
保険引受リスクに対してどこのリスクをどれだけ保有し,どこのリスクを再 保険などでヘッジして正味ベースのリスク量をコントロールするかという,
保有および出再方針を明確に定めてリスクヘッジを行っている。ヘッジ手法 としては,大きくわけると①伝統的な再保険②証券化(キャットボンド)
③保険会社間での等価リスク交換(リスクスワップ)の3つがあり ,当社 も,マーケット環境を考慮しながらこの3つのヘッジ手法のベストミックス を図っている。
この3つの手法の中では,マーケットプレイヤーの多さや調達利便性,コ ストなど様々な観点から,伝統的な再保険によるリスクヘッジが未だに主流
9) これ以外にも,担保付再保険,デリバティブ,サイドカー(Reinsurance
Sidecar
) など,金融市場まで含めて様々なキャパシティがマーケットで存在するようになってきている。
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といえる。再保険を契約処理方法の違いで分類する と, 任 意 再 保 険 (
Facultative Reinsurance
)と 特約再保険 (Treaty Reinsurance
)の2 つに,出再方式の違いで分類すると, 比例再保険 と 非比例再保険 の 2つに分類される。任意再保険 には,①個別の契約ごとに自由に出再条件を決定できる
②多数の契約について包括的かつ自動的な出再ができない ③マーケット動 向によって,引受条件や再保険料が特約再保険より大きく変動しやすい と いう特徴がある。一方, 特約再保険 は,①出再率や方式を個別契約毎に 変更するのは不可能 ②包括的かつ自動的な出再が可能 ③任意再保険に比 して,引受条件や再保険料の変動幅が相対的に小さいという特徴がある。
比例再保険 は,出再者の保有額および再保険者への出再額の比率を用 いて再保険料および再保険金が比例的に按分される再保険で,原則として 原契約どおり(as original) である一方, 非比例再保険 とは,予め定 められた金額または損害率までは出再者が保有し,その金額または率を超過 した部分について,一定の限度額までを再保険者が負担するというものであ る。伝統的再保険だけの枠組みにおいても,保有・出再方針,リスクの特性,
再保険マーケット環境といった複数の要素を考慮しながら,様々な再保険を 組み合わせてリスクヘッジが行われる。
一契約当たりで巨額の責任額での引受けとなる場合は,特約再保険(比例 再保険および非比例再保険)だけでなく任意再保険も同時に活用してリスク ヘッジするケースもある。すなわち,再保険マーケットは巨大ではあるもの の,許容される再保険料の範囲内で確保可能な再保険キャパシティの額は限 られることや,再保険者のリスクアペタイトも様々 であるため,出再額
10) 例えば,国内地震リスクを出再しようとした場合,日本の自然災害リスクに 対してそもそも提供キャパシティを制限的に運用する,比例再保険では引受け をしない,引き受けるリスクの濃さに関係なく最低
ROL(Rate on Line
:引 き受ける責任額の大きさに対する保険料の割合を%で表したもの)を設定して いるなど,日本の地震リスクに対する引受方針は再保険者によって異なるため,同じ出再条件で引き受ける再保険者の数は限られる。
が巨額となる場合は,異なる出再条件を組み合わせてリスクアペタイトの異 なる再保険者から最大限のキャパシティを確保するといったことが行われる。
伝統的な再保険以外のリスクヘッジ手段の一つである証券化は,再保険マ ーケットとはプレーヤーが異なる金融市場を活用するため,リスク移転手法 の多様化の一つとして利用されているが,調達コスト(スプレッド)が相対 的に高い場合が多く,また,組成に相当の時間がかかるといったデメリット がある。また,もう一つのヘッジ手段であるリスクスワップにおいても,大 半の海外保険会社(再保険会社を含む。)は,日本の風水災リスクや地震リ スクを大きく保有しないというリスクアペタイトであるので,いずれもマー ケットの規模はまだそれほど大きくない。
4.今後の課題と当社の取組み
4.1 今後の課題
今後の課題としては,主に以下のとおり。第一に,温暖化の影響による巨 大台風の発生や南海トラフ巨大地震 といった巨大自然災害が発生して甚 大な損害を被ったとしても耐えうるだけの社内管理態勢を今後も構築してい く必要がある。損害保険会社は万一の際の事故を補償し契約者に安心と安全 を提供する立場にある者として,どのような巨大自然災害が発生したとして も 想定外 という言葉を二度と使うようなことがあってはならず,そうな らないための態勢構築を進めていかなければならない。第二に,タイ洪水や 敷地外利益など,現時点でモデルに充分反映されていない 非モデル化リス ク への対応がある。第三に,グローバルベースでの集積管理の高度化があ る。海外事業については,当社も買収や従来のビジネスの拡大を通して最近 急速に拡大してきており,国内外の引受リスクを合算したベースでリスク集 積額を把握・管理する必要性は従来にも増して高まってきている。そして第 四に,独自モデルによる予測精度を更に向上し,モデルガバナンスを強化し ていく必要がある。
11) 東海・東南海・南海の3連動地震など。
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モデルの精度向上においては,常に モデルリスク というものが存在す る。モデルとは,あくまで現時点での仮想イベントに基づいてシミュレーシ ョンを用いて発生確率を確率分布で表現し,損傷度合を被害関数で導くもの であるが,地震リスクのように過去の発生事例など標本数が少ない事象を扱 う場合や,開発して日も浅いモデルの場合などは,モデルによる解析結果と リスク実態の間に大きな乖離が生じる可能性も高くなる。モデルでは未発生 の巨大災害をシミュレーション手法で補足していることもあり,将来に発生 しうる事象や損害の規模を100%忠実にモデル上で再現することには限界が ある。また,保険引受時に収集したリスク情報が詳細でない場合 ,モデル による検証結果の妥当性が低くなる。
こうした不確実性のことを モデルリスク というが,当社は,このモデ ルリスクへの対応としてモデルによる検証結果に対して保守的マージンを確 保している。
第二の課題である 非モデル化リスク とは,定量的なモデル解析が現時 点で困難なリスクのことをいう。代表例が,利用可能な保険データが充分で なく信頼性の高いモデルが発達していないアジア地域における自然災害リス クであり,2011年に発生したタイでの洪水がこれに該当する。また,テロな どの人災リスクや
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といったリスクも,この非モデル化リスクの範疇に 属する。4.2 課題に対する当社の取組み
こうした課題に対して,従来以上にスピーディにグループ横断で対応して いくために,2012年7月に新しい組織を立ち上げた。この新組織を中心に,
東京海上グループとして,各事業会社や事業部門と連携しながら,リスクベ
12) 例えば,共同保険で他損保が幹事契約の場合は,引き受ける物件の詳細な住 所や建築年次など,モデルにインプットする情報が少なくなる傾向にあるが,
その場合,モデルによる算出結果も実態からの乖離が大きくなる可能性がそれ だけ高くなる。
ース経営の推進のための様々な取組みを展開している。
第一に,国内外横断で横串の効いたリスク集積額の把握および管理を高度 化し,引受上限額(リスクリミット)やリスク分散を考慮した保険引受けに 関する優先順位付け(リスクアペタイトの明確化)やキャパシティ配分を行 っていく取組みがある。この第一の取組みのためには,自然災害等の集積リ スクについて国内外横断的に把握することが必要となるが,その際,特に重 要となるのが,モデルに充分反映されていない非モデル化リスクの網羅的な 洗い出しおよび正確なリスク集積額の把握であり,これらの課題に対して管 理手法の高度化を図っていく予定である。
第二に,自然災害リスク評価モデルの見直しとモデルガバナンスの強化を していく。昨年,中央防災会議が南海トラフ地震の想定震源域および沿岸域 の津波高に関する見直し結果を公表し,現在も地震調査研究推進本部が同地 震の発生確率等の見直しに関する検討を進めているが,当社もこの検討状況 を注視しながら,①南海トラフ地震の規模や発生確率 ②地震規模別の建物 損傷率 ③津波リスクの評価手法 といった点を中心に,地震の内部モデル の見直しを検討している。また,風水災リスクについては,直近の台風罹災 データに基づくパラメータ検証を中心にモデルを見直していくことを検討中 である。
こうしたモデルの継続的な見直しは,モデルリスクを小さくして,より正 確性の高いリスク量の把握を可能にするが,当社は内部モデルを独自に開発 し運用しているため,モデルおよびリスク把握に関する対外的な説明責任ひ いてはモデル開発および運用に関する充分な正確性・客観性の確保および経 営の積極的な関与といったものが求められる。これらの観点から,当社は,
リスクベース経営態勢の一環として,①モデル開発・改定時における妥当性 検証 ②モデル開発部門に対する客観的な検証・確認手続きの確保などを実 施していく予定である。妥当性検証およびモデルの精度向上については,例 えば地震・津波リスク評価については東北大学と連携し,水災リスクについ ては,グループ会社である東京海上研究所が京都大学と共同研究を進めてい
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る。また,東京海上研究所は,地球温暖化にともなう自然災害リスクの研究 において,東京大学や名古屋大学と産学連携体制を構築するなど,グループ として大学との連携研究も推進している。更に昨年7月には,自然災害リス ク評価分野で世界最大手の
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社と提携し,巨大自然災害のデータや予 測手法を共有しているが,このように第三者モデリング会社や大学と連携し ながら,既存モデルの見直しやアップデート,更には,新たなモデルの開発 などを進めていく方針である。こうした,自然災害リスクの把握・管理態勢の強化やモデル高度化の結果 は,保険引受政策および出再方針に順次反映させていく方針である。具体的 には,当社保有金額が大きい大規模契約や自然災害リスクを補償している
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契約を中心に,リスク実態を反映した当社責任額の圧縮やリスクに見 合った保険料水準の確保を図っていくほか,当社の保有額のあるべき水準や 引受方針の見直し要否などに関する検討を進めていく。また,モデルによる リスク検証結果に基づいて保有・出再のベストミックスを図るとともに,再 保険者に対するリスク情報の開示強化,伝統的再保険の代替的リスクヘッジ 手法の活用などを通じて,安定的な再保険キャパシティ手配ひいては契約者 への安定的なキャパシティ確保を行い,今後も当社が定義するリスクベース 経営を強力に推進していきたい。(筆者は東京海上日動火災保険株式会社勤務)
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