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〈論 説 〉
エ ドマ ン ド ・バ ー ク の 政 治 的 保 守 主 義
一 神 の摂 理 と して の 自然 と 「古 来 の 国制 」一
土 井 美 徳
目 次 は じ め に
1『 フ ラ ンス革 命 の省 察 』 とそ の政 治 的 位 置 (1)執 筆 の経 緯
(2)『 省 察 』 の 意 図 と射 程
(3)旧 ウ イ ッ グの伝 統 とフ ラ ンス革 命 2世 襲原 理 に基 づ く国制
(1)相 続/世 襲 の原 理 (2)哲 学 的 類 比 の精 神 3自 然 と神 の 摂理 に適 った 国制
(1)自 然 の 観念 と中世 自然法 思 想
(2)ボ デ ィ ・ポ リテ ィー ク と して の 古来 の 国 制 (3)人 為 的 な る もの と自然 的 な る もの
むす び に か えて 一 バ ー クの政 治 言 説 と コモ ン ・ロ ー の法 言説
は じめ に
啓 蒙 主 義 哲 学 と並 ん で 近 代 政 治 哲 学 の 一 つ の重 要 な 系 譜 を な して い る保 守 主 義 の 思 考 の 本 質 を どの よ うに 同 定 す るか は、 必 ず しも一 義 的 に 規 定 で き る もの で は な い 。 保 守 主 義 とい う概 念 を、 現 に実 在 す る諸 慣 習 に政 治 的 行 為 の 基 準 を お き、 そ れ を保 持 し よ う とす る態 度 と して 理 解 す るな らば 、 そ れ は す で に近 代 以 前 に お い て 土 地 所 有 を権 力 基 盤 とす る王 制 あ る い は 貴 族 制 に 共 通 す る一 般 的 な 政 治 的 支 配 様 式 で あ っ た。 しか しな が ら、 一 定 の 歴 史 的 カ テ ゴ リー に お いて 把 握 され る政 治 的 保 守 主 義 とは 、 特 殊 近 代 的 な 政 治 的 思 考 様 式 の 一 つ で あ り、
18世 紀 末 に な っ て 定 式 化 され た と言 え る。 それ は 、 近 代 の啓 蒙 的 理 性 が つ く り
92
1)
出 した 抽 象 的 原 理 に対 す る対 抗 的概 念 と して 登 場 した もの で あ る。
近 代 啓 蒙 主 義 の 系 譜 に位 置 す る社 会 契 約 の 論 理 が 「あ るべ き もの 」 の 次 元 に お い て 国制(constitution,regime,polity)を 描 き出 そ う とす る もの だ とす れ ば 、 「保 守 」 の 意 味 す る と こ ろ とは 、 「現 に あ る もの 」 の次 元 の うち に 国 家 の 理 想 を見 出 そ う とす る点 に あ る。 前 者 の啓 蒙 主 義 が 、 所 与 の秩 序 を否 定 し、 白紙 還 元 化 さ れ た キ ャ ンバ ス の 上 に社 会 の 第 一 要 素 と して の 「諸 個 人 」 に よ る作 為 の 結 果 と して 国家 を再 構 成 し よ う とす る も の で あ る とい う点 で 、 必 然 的 に過 去 との一 切 の 歴 史 的 連 続 性 が 断 ち切 られ るの に対 して 、 後 者 の 保 守 主 義 は 、政 治 社 会 の 古 来 の 伝 統 の な か に 統 治 の基 本 構 造 と準 拠 す べ き原 理 を求 め る と こ ろ に 存 立 す る もの で あ る とい う意 味 で 、 歴 史 的 連 続 性 こ そ が その 思 考 の 本 質 を な し て い る と言 え る。 こ こ で の 歴 史 的連 続 性 の 強 調 は、 長 期 にわ た る共 同 体 の政 治 的 経 験 の なか で そ の 妥 当性 が 検 証 され て き た制 度 や 慣 習 を尊 重 し、 そ の 「歴 史
2)
的 通 用 性(historicalappropriateness)」 の な か に政 治 的 ・法 的 な 合 理 性 を 見
の
よ う とす る態 度 で あ る と言 っ て よい 。
1)さ し あ た っ て 、 以 下 の 文 献 を 参 照 。 保 守 主 義 の 思 考 一 ・般 に つ い て は 、KarlMannheim, Conservatism'AContribution'otheSociology(ゾ κ,30躍1θ 嫁 θ,London,2007.フ ラ ン ス 革 命 か ら1990年 代 ま で の 保 守 主 義 の 通 史 と し て 、PekkaSuvanto,Conservo・
[is〃aノ つro〃3theFrenchRθoo1π'∫oηtothe1990s,translatedbyRoderick
Fletcher,NewYork,1997.イ ギ リ ス の 保 守 主 義 に つ い て は 、A.Aughey,G.Jones andW.T.M.Riches,TheCoη58γ 〃α蜘 θPoliticalTradikioninBritaiszasiclthe
UnitedSlates,London,1992;FrankO,Gorman,Britis/ZCo,zsθ 耀 α傭 切 」
ConservativeThoacghlfromBurketoThatcher,NewYork,1986;Robert
Eccleshall,EnglishC・nservatism∫ 耽 θtheRest・ 名α'加:んzhatroductionθ π4 Anthology,London,1990.18世 紀 末 以 降 の ヨ ー ロ ッ パ に お け る 保 守 主 義 の 系 譜 に つ い て は 、 」ohnWeiss,Conservatism272Europe1770・1945」Traditionalism,
Reaction,andCousater‑Revolution,London,1977.20世 紀 の 現 代 保 守 主 義 に つ い て は 、RobertDevigne,RecastingConservatism」Oakeshott,Strauss,unclthe
ResponsetoPostmodernism,Yale,1996.CharlesCovell,TheRedefinitionof
Coη5θ 煮〃α∫'s吻'PoliticsandDoctrine,Hampshire,1986.ま た 邦 語 文 献 と し て 、 北 岡 勲 『保 守 主 義 研 究 』 御 茶 の 水 書 房 、1985年 。 同 『イ ギ リ ス 保 守 主 義 の 展 開 』 御 茶 の 水%,!}
房 、1985年 。 村 岡 健 次 『新 装 版 ヴ ィ ク ト リ ア 時 代 の 政 治 と 社 会 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 、1995 年 。
2)G.J.Postema,BenthamandtheCommonLazoTradition,Oxford,]986,pp.
4‑7.
エ ドマ ン ド ・バ ー クの 政 治 的保 守 主 義 93
この よ うに 保 守 主 義 的 思 考 の本 質 は、 あ ら ゆ る政 治 社 会 に は 、 時 を超 え て 持 続 して き た一 定 の 編 成 が 備 わ っ て お り、 そ れ ゆ え に あ るべ き次 元 に お い て 抽 象 的 に 設 計 さ れ た 政 治 的秩 序 が 課 され る こ とを 拒 否 す る とい う点 に あ る。 この こ とは 、 政 治 的 行 為 の あ り方 に お い て も一 定 の特 徴 を導 き出 す。 す な わ ち 、 あ る 特 定 の 時 代 、 あ る特 定 の 社 会 に お い て 政 治 的 に 「正 し く行 為 す る」 こ とが 具 体 的 に 何 で あ るの か は、 特 定 の 歴 史 的 コ ン テ ク ス トか ら独 立 した個 人 の 抽 象 的 理 性 の 光 に照 ら して 判 断 で き る もの で は な い。 時 を 超 え て継 承 さ れ て き た政 治 的 伝 統 に 照 ら して 合 理 的 と見 な され る基 準 に依 拠 して 初 め て 諸 個 人 は 、 「善 き生 」
(agoodlife)と は 何 で あ るか を判 断 す る こ とが 可 能 とな る の で あ る。 こ う し て 保 守 主 義 的 思 考 の 基 礎 に は 、政 治 的 行 為 にお け る人 間 の 「徳 」(virtue)と い
うテ ー マ が 本 質 的 に 伴 う。 また 、 個 々 の 人 間 が 自己 の 行 為 の 妥 当性 を 判 断 す る 際 の 合 理 性 も、 抽 象 的 な 計 算 に 基 づ くも の で は な く、 状 況 の な か で の 「必 要 」
4)
とい う観 念 に よ っ て 導 き 出 され る。
以 上 の よ う な近 代 政 治 哲 学 の 一 類 型 と して の 保 守 主 義 的 思 考 を定 式 化 し、 保 守主 義 の 系譜 に お け る古 典 とな った の が 、エ ドマ ン ド・バ ー ク(EdmundBurke,
5)
1729‑97)で あ り、 彼 が フ ラ ン ス 革 命 に 対 す る 政 治 的 対 決 の 轡 と し て 著 し た 『フ
c)
ラ ンス 革 命 の 省 察 』 で あ っ た。 この な か で彼 は、 後 に 保 守 主 義 と して継 承 され て い く 「政 治 的 ・社 会 的 ・宗教 的 な 基 本 的 観 念 」 の範 型 を 提 示 し、 「保 守 主 義 思
の
想 の 創 始 者 」 と呼 ば れ る こ とに な るの で あ る。
しか しなが ら、 周 知 の よ う に、 バ ー ク の著 作 群 は 、体 系 立 っ た理 論 的 考 察 を 意 図 して 書 か れ た も の で は な い。 彼 の 思 考 お よび 言 説 の 特 質 は、 ま さ に政 治 家 と して の 実 践 的 言 語 に よ る個 別 の政 治 課 題 に対 す る応 答 あ る い は省 察 とい う形
8)
式 を とっ て い る。 『省 察 』 も また フ ラ ンス 革 命 とい う特 定 の 政 治 的 箏 件 に対 す る 応 答 で あ り省 察 で あ っ た。 そ れ は、 フ ラ ン ス革 命 の 波 及 を 阻 止 す る た め に、 イ ギ リス 国 民 を名 宛 人 と して語 りか け た説 得 の た め の レ トリ ッ ク的 作 品 で あ っ た
3)拙 著 『イ ギ リ ス 立 憲 政 治 の 源 流 一 「古 来 の 国 制 」 論 と 前 期 ス テ ユ ア ー ト時 代 の 統 治 』 木 鐸 社 、2006年 、 第3章 を 参 照 。
4)BruceFrohen,1/zrtueandthePro〃ziseofCo,25θ7搬 ∫捻 〃2rtlac/ ̲egacyofBurke caul7「06gκ θび〃6」Kansas,1993,pp.2‑4.
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とも言 え る。 こ う した 表 現 形 式 は、 彼 の 思 想 全 体 の 論 理 構 造 を把 握 しよ う とす る際 に大 きな 障 害 とな る。 バ ー ク の政 治 的 著 作 にお け る論 理 性 の 欠 如 が 指 摘 さ れ る ゆ え ん で あ る。 しか しな が ら、 バ ー ク が抽 象 的 思 考 を 嫌 い 、 つ ね に個 別 の
「状 況 」 に対 す る実 践 的応 答 を 自 らの 表 現 形 式 に して い た とい う事 実 は 、 必 ず し
9)
も彼 の政 治 的 思 考 に論 理 性 が 欠 け て い た とい う こ とを意 味 す る わ けで な い 。 た しか に 『省 察 』 は、 バ ー ク 自身 が あ る書 簡 の な か で 後 に 記 して い る よ うに 、 フ ラ ンス革 命 とい う特 定 の 「政 治 的 事 件 につ い て の省 察 」 で あ り、 「統 治 理 論 や 統
IO)
治原 理 に関 す る講 義 」 を 意 図 した もの で は な い 。 しか しそ こに は 、 具 体 的 状 況 と個 別 的 事 例 を省 察 す る際 の 彼 の 言 語 を支 えて い た 恩 惟 構 造 が 何 らか存 在 して い た はず で あ る。 そ こに は、 近 代 啓 蒙 主 義 哲 学 とは 別 様 の 知 の 系 譜 に 立 っ て 、 一定 の 政 治 的 な諸 原 理 が 作 用 して い た と考 え られ る。
こ の よ うに も と も と理 論 的考 察 の形 式 を あ え て退 け、 政 治 家 と して の 実 践 的
5)バ ー ク に 関 す る研 究 に つ い て は 、 保 守 主 義 に 関 す る 研 究 と し て 注(1)に 挙 げ た 文 献 以 外 に 以 下 の も の を 参 照 。 バ ー ク の 幼 少 期 か ら晩 年 期 ま で の 通 史 と各 時 代 の 思 想 的 展 開
に っ い て は 、F.P.Lock,È1溺z̀η4Burke,VoLI:1730‑1784,0xford,1998;VoL
I1:且784‑1797,0xford,2006.バ ー ク の 保 守 主 義 哲 学 に 関 す る 一 般 的 解 説 と し て 、 RobertA.Nisbet,ConservatismL)reamandRoα!f砂,MiltonKeynes,1986(富 沢 克 、谷 川 昌 幸 訳 『保 守 主 義:夢 と現 実 』昭 和 堂 、1990年).そ の 他 、DwightD.Murphey,
B諺̀γ々θαπConservatismaszclClassicalLiberalism,Washington,1982;Iain Hampsher‑Monk,ThePoliticalPhilosophyofEclmuuctBurke,London,1987;
IainHampsher‑Monk(ed.),EclmzsndBurke,Farnham,2009.バ ー ク の 政 治 哲 学 と そ の 後 の 保 守 主 義 の 展 開 に 関 す る も の と し て は 、RusseHKirk,TheCo,25ε ア〃α'∫〃θ ル1inc1:fromBurketoEliot,7threv.ed.,Chicago,1986.ま た 邦 語 文 献 と し て 、 小 松 春 雄 『イ ギ リ ス 保 守 主 義 史 研 究 一 エ ドマ ン ド ・バ ー ク の 思 想 と 行 動 』 御 茶 の 水1f 房 、1961年 。 岸 本 広 司 『バ ー ク 政 治 思 想 の 形 成 』 御 茶 の 水 書 房 、1989年 。 岸 本 広 司 『バ ー ク政 治 思 想 の 展 開 』 御 茶 の 水 柑 房 、2000年 。 中 川 八 洋 『IE統 の 憲 法 バ ー ク のi̲r学 』 中 央 公 論 新 社 、2002年 。 中 澤 信 彦 『イ ギ リ ス 保 守 主 義 の 政 治 経 済 学 一 バ ー ク と マ ル サ ス 』
ミネ ル ヴ ァ 害 房 、2009年 。
6)EdmundBurke,1〜 〔翼 θ6'∫oηsontheRevolutioninF猶 α,zc名1790edited,with IntroductionandNotes,byJ.G.A.Pocock,Indianapolis/Cambridge,1987.
半 澤 孝 麿 訳 『フ ラ ン ス 革 命 の 省 察 』 み す ず 讐 房 、1989年 。 以 下 、 『省 察 』 と略 す 。 な お 、 本 稿 で 引 用 す る 際 に は 上 記 の 半 澤 訳 を 参 照 し た 。 た だ し訳 出 に あ た っ て は 、 解 釈 上 の 必 要 に 応 じ て 自 己 訳 を 試 み て い る 。 し た が っ て 、 本 稿 で 引 証 した 訳 語 や 解 釈 に つ い て の 判 断 の 是 非 は 箕 者 が 負 っ て い る 。
エ ドマ ン ド ・バ ー クの 政 治 的保 守 主 義 95
応 答 と い うス タ ンス を重 視 した バ ー クの 言 説 を 、 そ の言 説 の 背 後 に あ っ て 作動 して い た で あ ろ う政 治 的 思 考 様 式 の 枠 組 み を 改 め て 構 造 的 、 論 理 的 に 把 握 し よ う と試 み る な らば 、 そ こに は一 定 の 方 法 論 上 の プ ロセ ス が必 要 とな っ て くる。
す な わ ち 、 バ ー ク思 想 の個 々 の 特 徴 を 共 有 して い る、 な い し は親 和 性 が あ る と 思 われ る他 の 思 想 体 系 との 比較 考 察 を行 う こ とで あ る。 そ れ ゆ え 、 ロ ッ ク の プ ロパ テ ィ論 や ベ ンサ ム の功 利 主 義 、 ヒ ュー ム の政 体 論 、 モ ンテス キュー、 トク
n)
ヴ ィ ル の徳 の 観 念 とい っ た他 の 政 治 思 想 家 た ち の 体 系 や 、 トマ ス 主 義 の 中 世 自
12)
然 法 思 想 の よ うな特 定 の 集 合 的 な 政 治 的 、 法 的 、 宗 教 的 な観 念 との 比 較 を 通 じ て 、 バ ー ク思 想 の再 構 成 が 試 み られ て き た 。
本 稿 で は、 『省 察 』 の な か で 典 型 的 に 表 れ て い るバ ー ク の保 守 主 義 的 な 思 考 に つ い て 、 そ の基 礎 とな って い た で あ ろ う、 思 想 母 型 と して の 政 治 的 伝 統 あ る い は政 治 的 思 考 様 式 を探 る こ とに あ る。 考 察 の 具 体 的 な プ ロセ ス と して は、 最初 に 、 バ ー ク の保 守 主 義 的 な 政 治 哲 学 にお い て 特 徴 的 だ と考 え られ る諸 要 素 を 同 定 す る と と もに、 それ ら特 徴 的 な諸 観念 の相 互 連 関 を た ど りつ つ 再 構成 し、 バ ー ク思 想 の 論 理 構 造 を確 認 す る。 しか る後 に、 彼 が 依 拠 して い た 政 治 的 思 考 ・法
7)O'Gorman,op.cit.,p.12.
8)本 稿 で 用 い た バ ー クの 一 次 資 料 は 、 以 下 の 通 り で あ る。 『省 察 』 と 『新 ウ イ ッ グか ら1日 ウ イ ッ グ へ の 上 訴 』(注46参 照)以 外 の バ ー ク の 著 作 と議 会 演 説 に つ い て は 、 以 下 の 資 料 集 を 用 い た 。TheWritingsrzsadSpeechesofEd〃iaaadBurke,editedbyPaul
Langfordandtheothers,8vols,Oxford,1981〜 〈2000>.ま た 上 記 の 編 纂 が 未 完 で あ る た め 、 未 収 録 の も の に つ い て は 、 以 下 の 資 料 集 を 参 照 し た 。The肋'〃 ηgsmzd Speeches(ゾE4翅z〃z4Burke,BeaconsfieldEdition,12vols,Boston ,190Lま た 、 バ ー ク の 轡 簡 集 と して 、以 下 の も の を 用 い た 。TheCorrespondezzce(ゾE4切 κπ̀1Burke
, editedbyThomasW.Copelandandothers,10vols .,Cambridge,1958‑78.
な お 、 中 野 好 之 編 訳 『バ ー ク 政 治 経 済 論 集 』(法 政 大 学 出 版 局 、2000年)に 所 収 の 著 作 、 演 説 等 に つ い て は 、 邦 訳 版 も 併 せ て 参 照 した 。 た だ し 『省 察 』 と 同 様 、 訳 出 に あ た っ て は 解 釈 上 の 必 要 に 応 じ て 自 己 訳 を 試 み て い る。
9)バ ー ク の 言 説 の 持 つ こ う した 特 徴 を 理 由 に 、 彼 の 思 想 を 体 系 的 に 理 解 し よ う と す る 試 み そ の も の に つ い て 否 定 的 な 見 解 を と る も の と し て た と え ば 、FrankO'Gorman , EtlmacndBurkeHisPoliticalPhilosophy,London,1973.オ ゴ ー マ ン の 指 摘 に よ れ ば 、 バ ー ク は 体 系 的 な 哲 学 を 展 開 し な か っ た が ゆ え に 、 彼 の 著 作 の な か に そ れ を 探 求 す る こ とは 空 虚 で あ る 。基 本 的 概 念 や 鍵 概 念 を探 し求 め る こ と す ら無 益 で あ る と(lbic1.,p.13‑
4),
96
的思 考 の 母 型 を 探 り出 して い く こ と に した い 。 そ の 際 、 本 稿 で は・ 上 述 した比 較 対 象 と して の 思 想 体 系 と して 、17世 紀 ス テ ユ ア ー ト時代 に 確 立 す る、 い わ ゆ る古 典 的 コモ ン ・ロ ー 理 論 を設 定 す る。 バ ー ク が フ ラ ン ス 革 命 を批 判 した 時 、 彼 に とっ て擁i護す べ き所 与 の 政 治 体 制 、 あ る い は 政 治 原 理 と は、1688年 の 名 誉 革 命 体 制 で あ っ た 。 本 稿 で は 、 こ の体 制 の 思 想 的 基 盤 とな った17世 紀 の 「古 来 の 国 制 」(ancientconstitution)論 の法 的 ・政 治 的言 説 とそ の思 考 様 式 の な か に、 バ ー クの 保 守 主 義 的 思 考 の原 型 を探 り出 して い く。 それ は 、17世 紀 に形 成 され た 古 典 的 コモ ン ・ロ ー 理 論 の法 言 語 に よ っ て 表 現 さ れ た 法 的 か つ 政 治 的 な 思 考 様 式 で あ っ た 。
従 来 の研 究 で は、17世 紀 の サ ー ・エ ドワー ド ・ク ッ クか ら18世 紀 の ブ ラ ッ ク ス トー ン に至 る コ モ ン ・ロ ー の 系譜 に立 っ て 、 ブ ラ ッ クス トー ンが そ れ を 法 的 に体 系 化 した の に対 し、 バ ー ク は そ の政 治 的 伝 統 を保 守 主 義 哲 学 と して 定 式 化
13)
した とす る見 解 や 、 イ ギ リス法 制 に固 有 の 伝 統 的 な 歴 史 観 の コ ン テ ク ス トの な
10)Burke,ToWilliamCusacSmith[22July1791],intl:eCorresporzclence,vol.
VI,pp.302‑5.at.p.304.こ の 書 簡 の な か で バ ー ク は 、 トマ ス ・ペ イ ンの 「人 間 の 権 利 」 に 関 す る理 論 的 学 説 を 繰 り返 し批 判 して い る 。 こ の こ と は 、 バ ー ク が 統 治 に 関 わ る 事 柄 に つ い て は 殊 更 「抽 象 的 モ ー ド」 を 拒 否 し 、 思 弁 的 、 理 論 的 考 察 を 批 難 して い る理 由 の 一 端 で あ る と も 考 え ら れ る。 つ ま り、 抽 象 的 で そ れ ゆ え 普 遍 妥 当 性 を 持 つ 人 間 の 権 利 に 関 す る 理 論 を 批 判 し、 特 定 の 社 会 の 成 員 が 持 つ 個 別 的 妥 当 性 を 重 視 し た 権 利 概 念 を 対 置 さ せ よ う と し た 時 、 前 者 の 人 間 一 般 の 持 つ 権 利 が 自 ず と 抽 象 化 さ れ た 形 式 で 表 現 さ れ る こ と に な る た め 、 そ れ に 対 す る 批 判 は 、 理 論 的 形 式 を ま っ た く 回 避 して 、 特 定 の 政 治 的 事 件 の 具 体 的 状 況 に 関 す る省 察 とい う 、 後 者 の 権 利 概 念 と親 和 性 の あ る 表 現 モ ー ドを 採 用 す る こ とが 、 言 語 戦 略 の 観 点 か ら考 え て も 対Hf.{化を 図 る う え で よ り効 果 的 で あ っ た と 考 え られ る 。 彼 の こ う した 意 図 は 、 後 述 す る よ う に 、 バ ー ク の 「は しが き 」 の な か か ら
も う か が わ れ る 。
ll)た と え ば 、F・ ド レヤ ー は こ う説 明 して い る 。 「バ ー ク の 理 論 は 、 ロ ッ ク主 義 的 な 諸 原 理 と矛 盾 せ ず に 一 致 す る とい う意 味 に お い て 正 統 派 ウ イ ッ グ 主 義 で あ っ た 。'JF実 、 バ ー
ク の 最 も 重 要 な 諸 原 理 の 多 くは 、 ロ ッ ク主 義 的 な もの で あ っ た 」。FrederickA.Dreyer, β ὲ7んおPolitics:AS'諺̀のinWhigOrthodoxy,Waterloo,1979,p.5.他 に 、 ペ ン
サ ム 、 モ ン テ ス キ ュ ー と 結 び 付 け て 考 察 し た も の と し て 、JohnMorley,Bacrke, London,1907.フ ラ ン ス の 政 治 哲 学 者 トク ヴ ィ ル と の 関 係 に 立 っ て 考 察 し た も の と し て 、BruceFrohnen,VirtueandthePromiseofConservatism:7「heム{署 α6ッ()f BurkerindTocgaceville,Kansas,1993PhilipThody,TheConservative
F.〃〜θ召吻2αご∫oη,London,1993,Chap・IL
エ ドマ ン ド ・バ ー クの政 治的 保 守主 義 97
14)ヘ ヘ へ
か でバ ー クの 歴 史 観 を考 察 した 研 究 は 存 在 す る。 この よ うに バ ー ク の 政 治 的 保
ヘ へ
守 主 義 の 思 考 の原 型 が 、 コモ ン ・ロ ー の 法 的 思 考 様 式 の な か に存 在 して い た で
15)
あ ろ う と い う認 識 が あ る程 度 共 有 さ れ て い る に もか か わ らず 、 それ ぞ れ の 本 質 的 な構 成 要 素 とそ の 連 関 を 同 定 し、 両 者 の 思 惟 構 造 の 同 一 性 あ る い は 連 続 性 を 検 証 しよ う と した研 究 とな る と殊 の ほ か 少 な い と言 わ ざ るを 得 な い。
バ ー クの 政 治 哲学 と17世 紀 の 「古来 の 国制 」論 との 思 想 的 な連 続 性 とい うテ ー マ を か つ て 真 正 面 か ら取 り上 げ た の が 、J・G・A・ ポ ー コ ッ クの 論 文 で あ る。ゆ
ポ ー コ ッ ク に よ れ ば 、 「バ ー ク思 想 の歴 史 的 起 源 は、 必 ず し も政 治 的 合 理 主 義 に 対 す る反 動 の な か に 見 出 され る もの で は な い」。 に もかか わ らず 、 バ ー ク研 究 の 多 くが 、 こ う した 近 代 啓 蒙 主 義 の 政 治 哲 学 に対 す る反 動 とい う仮 定 に基 づ い て い る。 バ ー クの 伝 統 主 義 の 政 治 言 説 は、 彼 の 時 代 に な お 存 続 して いた 特 定 の 思
ユわ
考 様 式 につ い て 語 っ た もの に ほ か な ら な い と指 摘 す る。 ポ ー コ ッ クが バ ー クの 政 治 的 保 守 主 義 の 原 型 と して、 す な わ ち イ ギ リス の 伝 統 的 思 考 様 式 と して 取 り
且2)た と え ば 、 レ オ ・シ ュ ト ラ ウ ス は 、 主 と し て 中 世 の ト マ ス 主 義 の 体 系 と の 比 較 を 通 し て バ ー ク の 哲 学 を 理 解 し よ う と 試 み て い る 。LeoStraUs,NaturalRigノ 〜'crszclHistory
, Chicago,1953.ピ ー タ ー ・ス タ ン リ ス も 、 中 世 自 然 法 思 想 の 知 の 系 譜 の な か で バ ー ク の 思 想 を 理 解 し よ う と し て い る 。PeterJ.Stanlis,È1〃 π〃〃Burke&theNatural
Lneo,withANewIntroductionbyV.BradleyLewis,NewBrunswick,2003 (originallypublishedin1958).
13)Stanlis,op.cit.,pp.251‑4.
19)johnC.Weston,̀EdmundBurke「sViewof卜iistory,'inReviewofPolitics
, Volume23,IssueO2,Apr.1961,pp.203‑229.
15)た と え ば 、 ハ ン プ シ ャ ー ム ン ク は 、 「幾 世 代 に も 渡 っ て 集 積 さ れ た 理 性(thecollected reasonofages)」(Reflection,p.83.半 澤 邦 訳 、121頁)と い う バ ー ク の フ レ ー ズ を 、 ク ッ ク あ る い は ヘ イ ル か ら の 直 接 の 引 証 例 と し て 取 り 上 げ 、 「状 況(circumstance)」 の な か で の 合 理 性 を 賦 与 す る 、 時 を 越 え て 集 積 さ れ た 集 合 的 理 性 と い う バ ー ク の 観 念 が イ ギ リ ス の コ モ ン ・ ロ ー の 伝 統 に 負 っ て い る と 指 摘 し て い る 。lanHampshire‑Monk , AHistoryofPoliticalThoacght:MajorPoliticalThinkersfromHobbesto
Marx,Oxford,1992,p.274.
16)J.G.A.Pocock,'BurkeandAncientConstitution‑AProbleminthe
Historyofldeas,'intheHistorical/ournal,III,2(1960),pp.125‑43 .な お こ の 論 文 は 、 以 下 に 再 録 さ れ て い る 。Pocock,Politics加 η8'̀nge&TinzeF̲ssayson
PoliticalThoughtandHistory,Chicago,1989,chap.6.
17)Pocock,̀BurkeandAncientConstitution,'p.126.
98
上 げ た の が 、17世 紀 の コ モ ン ・ロ ー ヤ ー の 言 説 で あ っ た 。 ポ ー コ ッ ク は 、 と く に17世 紀 中 葉 の サ ー ・マ シ ュ ー ・ヘ イ ル の コ モ ン ・ロ ー 理 論 と の 親 和 性 に 着 目 す る 。
18)
実 際 にバ ー ク は、 『断 章 一 イ ン グ ラ ン ド法 の 歴 史 に 関す る評 論 』 とい う初 期
ロ ン
の著 作 の な か で 、 ヘ イ ル の作 品 に 言 及 して お り、 そ こか ら コモ ン ・ロー の 歴 史 に つ い て の 洞 察 を獲 得 した こ とを うか が わ せ る。 他 方 、 ヘ イ ル が 懐 くコ モ ン ・
ロー の歴 史 観 は 、 コモ ン ・ロー の 古 来 の 不 変 性 を説 い た とポ ー コ ッ クが 見 な す ク ッ ク の そ れ とは 異 な り、 当時 の人 文主 義 の 歴 史 研 究 の成 果 を 吸 収 し、 コ モ ン ・ ロ ー の歴 史 的 改 変 を認 識 した 上 で そ の 古 来 性 を 主 張 す る型 の もの で あ り、 この 点 で ヘ イ ル は た しか にバ ー ク の 古 来 の 国 制 に関 す る認 識 に近 い と言 え る。 また 、
ヘ イ ル は、 コモ ン ・ロ ー の 裁 判 官 で あ る と同 時 に哲 学 者 で もあ った こ とか ら、
コモ ン ・ロ ー に つ い て 哲 学 的 な 観 点 か ら論 究 して い る し(ポ ー コ ック は それ を
20)
「 裁 判 官 の 社 会 哲 学 」 と 呼 ん で い る)、 彼 の 作 品 自 体 が 、 ク ッ ク の コ モ ン ・ロ ー
2q
理 論 に対 して 実 証 主 義 的 な見 地 か ら な さ れ た トマ ス ・ホ ッ ブズ の批 判 に対 す る 反 批 判 と して 執 筆 され た が ゆ え に、 コモ ン ・ロ ー の 卓 越 性 を単 に古 来 性 に お い て の み論 じ る の で は な く、 む しろ そ こに 発 現 して い る合 理 性 とい う観 点 か ら コ
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モ ン ・ロー を擁 護 して い る。 以 上 の よ う な執 筆 状 況 とい う点 か ら雷 え ば、 歴 史
18)Burke,Fragment.・AnEssaytow¢rdsanHistoryoftheLawsOfEπg'α η4 (1757),intheWritingsandSpeeches(1981〜),VoLI,pp.322‑31.バ ー ク の 初 期 の 作 晶 で あ り、 後 に 執 筆 さ れ る 『省 察 』 そ の 他 の な か で 展 開 さ れ る 彼 の 政 治 的 保 守 主 義 の 思 考 の 母 型 と な っ た で あ ろ う と推 測 さ れ る コ モ ン ・ロ ー の 歴 史 に つ い て の 認 識 が 示 さ れ て い る。
19)バ ー クが こ こ で 言 及 して い る ヘ イ ル の 作 品 は 、TheHistoryoftheCo〃zmonLaauof
Englandで あ る 。 ま た 、 ク ッ ク 、 セ ル デ ン 、 ヘ イ ル ら 、17世 紀 に コ モ ン ・ロ ー 法 学 者 た ち の コ モ ン ・ロ ー の 歴 史 に 関 す る 認 識 に つ い て は 、 拙 著 『イ ギ リス 立 憲 政 治 の 源 流 』、 第 2章 を 参 照 。
20)Pocock,'BurkeandAncientConstitution,'p.135.
21)ホ ッ ブ ズ の コ モ ン ・ロ ー に 対 す る 批 判 書 は 、1681年 ま で 刊 行 さ れ な か っ た 。Thomas Hobbes,ADialoguebetweenaPhilosopheraStudent,oftheCommonLawsof
England(1681),・ditedbyAl・ ・C・ ・m・ ・tie,i・1砺'伽9・ ・nC・mm・nLawand HereditaryRight,editedbyA.CromartieandQ.Skinner,Oxford,2005.田 中 浩 ほ か 訳P哲 学 者 と法 学 徒 と の 対 話 』(岩 波 文 庫 、2002年)。
エ ドマ ン ド ・バ ー クの政 治 的 保 守主 義 99
法 学 的 な 知 識 を備 え、 か つ フ ラ ン ス革 命 の 啓 蒙 的 理 性 に 対 す る反 論 と して 執 策 され たバ ー ク の 『省 察 』 は 、 ヘ イ ル とた しか に重 な り合 う。
ポ ー コ ッ ク論 文 の 最 大 の 意 義 は、 所 与 の 状 況 と過 去 の 先 例 を 重 視 す るバ ー ク の 保 守 主 義 の 政 治 的 思 考 様 式 が 、 本 来 的 に コモ ン ・ロ ー の 法 学 的 思 考 に 特 有 の もの で あ っ た とい う事 実 を指 摘 した こ とに あ る。 しか しな が ら、 ポ ー コ ック論 文 の 最 大 の 問 題 点 は、 彼 の バ ー ク研 究 の 基 とな っ て い る 、17世 紀 の 「古 来 の 国
23)
制 」 論 に 関 す る彼 の 古 典 的 な作 品 それ 自体 が 、 い まだ そ の思 想 的 特 徴 を 十 分 に 考 察 す る こ とが で き て い なか っ た、 あ るい は誤 認 して い た とい う点 で あ る。 ポ ー コ ッ ク は、17世 紀 前 期 ス テ ユ ア ー ト時 代 の 「古 来 の 国 制 」 論 を 、 コモ ン ・ロー の 不 変 性 を政 治 的 戦 略 に 立 っ て 声 高 に唱 え た ク ック を も って 同定 して お り、 当 時 の コモ ン ・ロー ヤ ー の 集 合 的言 説 が 持 っ て い た 、 古 来 の 慣 習 と 自然 の理 性 と を 「時 」 の観 念 に よ っ て媒 介 させ る とい う思 考 様 式 を認 識 で き て い な い。 古 典 的 コモ ン ・ロ ー 理 論 を形 成 した 当 時 の コモ ン ・ロー ヤ ー の 思 考 様 式 は、 論 者 に よ る差 異 は伴 い つ つ も、 ロー マ法 の 影 響 に よ る合 理 性 の 観 念 や 、 ル ネ サ ンス 人 文 主 義 の 歴 史 研 究 に基 づ くイ ギ リス 法 の 歴 史 的 変 遷 とい う学 識 も備 えた 、 一 群 の コ モ ン ・ロ ー ヤ ー た ち に よ る集 合 的 な 思 考 作 業 の なか で展 開 さ れ て い た の で
za)
あ る。 結 果 的 に、 ポ ー コ ッ クは 、 バ ー クの なか に見 られ た 古 来 性 の言 説 と理 性 の 言 説 とい う二 つ の 知 的 系 譜 の 交 錯 を 、 原 型 と して の 古 典 的 コモ ン ・ロ ー理 論 の 思 考 様 式 の なか に 読 み 込 む こ とが で きて い な い し、 そ の二 つ の 知 の 系 譜 を切 り結 ぶ と こ ろで機 能 して い た 「時 」 の 観 念 とい う最 も璽 要 な概 念 で もっ て 、バ ー ク思 想 と17世 紀 の 「古 来 の 国 制 」 論 との連 続 性 を確 認 す る とい う こ とが で き て
25)
い な い の で あ る。
本 稿 で は 、 ヘ イ ル との連 続 性 に限 定 す るの で はな く、 上記 の よ うな前 期 ス テ ユ
22)ヘ イ ル の 法 の 観 念 に っ い て は 以 下 を 参 照 。AlanCromartie,Sirル7althewHrrle ,
‑Z609‑1676:Lazo,ReligionandNaturalPhilosophy,Cambridge,1995 .拙 著 『イ ギ リ ス 立 憲 政 治 の 源 流 』、 第2章 。
23)Pocock,TheAncientConstitutionandtheFeudalLaw:AStudyofEnglish
HistoricalThoughtintheSeventeenthCentury,Cambridge ,1957(AReissue withaRetrospect,Cambridge,1987).
24)抽 著 『イ ギ リ ス 立 憲 政 治 の 源 流 』、 第2章 、 第3章 、 第5章 を 参 照 さ れ た い。
100
ア ー ト時 代 の 「古 来 の 国 制 」 論 あ る い は 古 典 的 コモ ン ・ロ ー 理 論 の 思 考 様 式 を 認 識 枠 組 み と して 活用 しなが ら、 バ ー クの 保 守 主 義 思 想 を イ ギ リス の 伝 統 的 な 思考 様 式 の 系譜 の な か に位 置 づ けて 考 察 す る。 す なわ ち、 ポー コ ッ ク以 降 の 「古
2G)
来 の 国制 」 論 に 関 す る研 究 成 果 とそ こで 得 られ た 枠 組 み に 立 っ て 、 改 め てバ ー クの テ クス ト群 を 読 み 解 い て い く こ と にす る。 そ の 際 の研 究 手 順 と して は 、 体 系 性 を 欠 くバ ー クの 思 想 を い っ た ん分 節 化 し、 彼 の 保 守 主 義 的 思 考 を構 成 して い る特 徴 的 な諸 要 素 を 同定 す る。 そ の.ヒで そ れ ら の諸 観念 の あ い だ の 連 関 性 を 明 らか に す る こ とに よ っ てバ ー ク の思 惟 構 造 を再 構 成 し、17世 紀 の 「古 来 の 国
アラ
制 」 論 と の 思 想 的 連 続 性 を 確 認 し て い く こ と に し た い 。
も と よ り、 バ ー ク の 思 想 に は 、17世 紀 の 「 古 来 の 国 制 」、 あ る い は 古 典 的 コ モ ン ・ロ ー 理 論 の な か に は 吸 収 で き な い 、 あ る い は 少 な く と も個 別 の 諸 観 念 に お い て は 直 接 的 に 同 定 す る こ と は で き な い18世 紀 ヨ ー ロ ッ パ の 新 た な イ シ ュ ー が 重 要 な 構 成 要 素 と して 論 じ られ て い る。 た と え ば 、 「 文 明(civilization)」 や 「 商 業(commerce)」 、 「作 法(manners)」 、 「騎 士 道 の 時 代(theageof
chivalry)」 、 「 本 源 的 契 約(originalcompact)」 な ど 、18世 紀 の 政 治 社 会 状 況 と 政 治 言 語 の コ ン テ ク ス トに 立 っ て 初 め て 考 察 可 能 な 観 念 が 存 在 す る こ と は 言 う ま で も なzs)4'0し た が っ て 本 稿 は 、 イ ギ リ ス の 政 治 的 思 考 様 式 の 伝 統 と い う 縦 軸 に 立 っ て 、18世 紀 の バ ー ク の 政 治 的 保 守 主 義 の 政 治 言 説 を 、17世 紀 の 古 来 の
25)バ ー ク は 「古 来 の 国 制 」 論 の 政 治 言 説 と は 別 に 「シ ヴ ィ ッ ク ・ ヒ ュ ー マ ニ ズ ム 」 と い う も う一 つ の 系 譜 を 提 示 して い る。 バ ー ク の 思 想 の な か に は 後 者 の 言 説 が 持 つ 構 成 要 素 も確 認 さ れ る が 、 本 稿 で は 主 に 前 者 の 言 説 の 枠 組 み で バ ー ク思 想 の 本 質 が 理 解 で き る と 考 え て い る 。 ポ ー コ ッ ク の シ ヴ ィ ッ ク ・ ヒ ュ ー マ ニ ズ ム の 研 究 に つ い て は 以 下 を 参 照 。 Pocock,Theル7achiavellian.Momeyat'FlorentinePoliticalThoughtα ηイ 〃to
、4〃α,漉cRepublicanTrteclition,PrincetonUniversityPress,1975.田 中 秀 夫 他 訳
『マ キ ァ ヴ ェ リ ア ン ・モ ー メ ン ト ー フ ィ レ ン ツ ェ の 政 治 思 想 と 大 西 洋 圏 の 共 和 主 義 の 伝 統 』(名 古 屋 大 学 出 版 会 、2008年)。 な お 、 ポ ー コ ッ ク の 政 治 言 説 史 の 方 法 に つ い て は さ しあ た っ て 、 拙 稿 「欝 評 一 『マ キ ァ ヴ ェ リア ン ・モ ー メ ン ト』」 社 会 思 想 史 学 会 年 報 『社 会 思 想 史 研 究 』No.33(藤 原 書 店 、2009年),155‑9頁 を 参 照 さ れ た い 。
26)と く に 、 土 井 、 上 掲 轡 の ほ か 、 拙 稿 「初 期 ス チ ュ ア ー ト期 の コ モ ン ・ロ ー と選 挙 権 」 EI本 西 洋 史 学 会 編 『西 洋 史 学 』 第180号 、1996年 、 な ど。
27)な お 、 こ こ で の 問 題 構 成 は 、 本 稿 と次 稿 「時 効 と して の 憲 法 と 「古 来 の 国 制 」 論 一 バ ー ク の 政 治 的 保 守 主 義 と英 国 立 憲 主 義 の 系 譜 一 」 と に よ っ て 考 察 さ れ る 。
エ ドマ ン ド ・バ ー クの 政 治 的保 守 主 義
poi国制 論 あ るい は 古 典 的 コモ ン ・ロ ー 理 論 の 法言 説 の 論 理 構 造 とい う観 点 か ら考 察 す る こ とに よ り、 両 者 の あ い だ の 恩 考 様 式 と して の連 続 性 を確 認 しよ う とす
る もの で あ る。
1『 フ ラ ンス 革 命 の 省 察 』 とそ の政 治 的位 置
(1)執 筆 の 経 緯
バ ー クは 『省 察 』 の 「は しが き」 で 、 本 轡 執 筆 の経 緯 を こ う記 して い る。 「以 下 の省 察 を著 す機 縁 とな った の は 、 著 者 が パ リ在 住 の あ る ご く若 い 紳 士 あ て に 送 っ た一 通 の番 簡 」 で あ り、 そ の後 、 そ の 若 い紳 士 か らさ らな る懇 請 を受 け て 、
この 「問題 に つ い て い ま一 度 、 よ りい っ そ う詳 細 に議 論 す べ く着 手 した 」。 そ し
'L9)
て 、 そ れ が 『省 察 』 で あ る と。
バ ー クが フ ラ ンス 革 命 に 言 及 した 最 初 の 記 録 は 、1日知 の 知 人 チ ャー ル モ ン ト 伯 に宛 て た1789年8月9日 付 け の 手 紙 の な か に 確 認 され る。 バ ス テ ィ ー ユ牢 獄 の 襲 撃 が起 こ っ た7月14日 か ら三 週 間 あ ま り後 に 認 め られ た この 轡 簡 に の な か で 、 バ ー ク は 、パ リの 民 衆 が 廃 兵 院 で あ るバ ス テ ィ ー ユ 牢 獄 の襲 撃 に よ っ て物 理 的強 制 力 を手 に す る に至 った 衷 態 に つ い て触 れ 、 フ ラ ンス 革 命 の 進 行 に対 す る強 い懸 念 を表 明 して い る。 た とえ ば 、 「確 固 た る 国 制 を形 成 す る に は、 叡 智 と 精 神 とが と もに 必 要 とされ る」。 しか し現 在 の フラ ンス の 担 い 手 に果 た して 「賢 明 な る分 別 」 が 備 わ っ て い るの か 、 仮 に 備 わ っ て い た と して も 「そ う した叡 智 に相 応 しい 権 威 」 を有 して い る の で あ ろ うか 、 と。 こ の書 簡 の な か に は 、 バ ー クが 後 に 『省 察 』 の な か で展 開 す る璽 要 な 観 念 の 出 発 点 とな る もの が 記 され て
28)な お 、 バ ー ク の 文 明 、 政 治 経 済 、 作 法 、 騎=1=道 と い っ た 諸 観 念 に つ い て は 、 さ し あ た っ て 以 下 を 参 照 。Pocock,̀ThePoliticalEconomyofBurke'sAnalysisorthe
FrenchRevolution'(1982),reprintedinVirtue,Commerce,rrndHistory
EssaysovaPoliticalThoesghtθ η4Hisaory,C{ricfly!7t〃reEiglrtewi〃'Co〃'κ ♪ツ, Cambridge,1985,pp.且93‑212.犬 塚 元 「エ ド マ ン ド ・バ ー ク,翌 俗(マ ナ ー ズ)と 政 治 権 力 」 『国 家 学 会 雑 誌 』llO(7・8>,607‑664頁,1997‑8年 。
29)Burke,Reflection,p.3.半 澤 邦 訳 、5頁 。 バ ー ク が 『省 察 』 を 執 箪 す る に 至 る 且789年 か ら1790年 の 経 緯 の 詳 細 に つ い て は 、 と く に 以 下 を 参 照 。Lock,È1〃3'̀η4Burke,vol.11, pp.243‑84.
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い る。
た だ この 段 階 で は ま だ 、 バ ー ク は フ ラ ン ス で 起 き て い る事 件 の 帰 結 に つ い て 明 確 な判 断 を下 して い なか っ た 。 フ ラ ン ス革 命 に対 す る姿 勢 を鮮 明 に す るの は、
31)
冒頭 で 引 用 した パ リ在 住 の 若 い紳 士 宛 に送 った 返 信 書 簡 に お い て で あ っ た 。 こ の な か で 彼 は、 後 の 『省 察 』 に 見 られ る議 論 を は っ き り と展 開 して い る。 「私 の
ヘ ヘ ヘ へ
考 え で は 、 自 由(Liberty)と は 、 社 会 的 な 自 由(freedom)で あ る 」。 そ れ は 、
「 抑 制 」 と の バ ラ ン ス に よ っ て 確 保 で き る も の で あ り、 そ う し て は じ め て 自 由 は
「 正 義 」 と結 び つ き 、 「賢 明 な る法 に よ っ て 確 証 さ れ 、 絶 妙 に構 成 さ れ た 諸 制 度 に よ っ て 保 全 さ れ る 」 も の と な る 。 自 由 と は 、 単 な る 「 恣 意 的 な 意 恩 」 で は な
ヘ へ
い 。 バ ー ク は 、 「 意 思 に よ る 排 他 的 支 配(dominion)」 に 基 づ い て 国 制 が 確 立 さ れ る こ と の 危 険 性 を 指 摘 す る 。 「立 法 能 力 に よ る恣 意 的 決 定 」 に よ っ て 「時 効 の 権 利(prescriptiveRight)」 が 攻 撃 さ れ る な ら ぼ 、 何 人 も 自 己 の プ ロ パ テ ィ を
保 全 す る こ とは で き な くな る、 と。 この 視 点 は 、 フ ラ ンス 革 命 の 原 理 に対 す る 彼 の批 判 の 中心 的 位 置 を一 貫 して構 成 す る こ と とな る。 翌90年2月 の別 の̲Tk簡 で も、 時 効 とい う 「聖 別 され た プ ロパ テ ィの 原 理 を転 覆 す る こ と」 は 、 取 り も 直 さず プ ロパ テ ィの権 原(title)を 脅 威 に さ らす こ とで あ り、 ひ い て は そ の保 全
33)
を 目的 とす る はず の政 治 権 力 の 専 制 化 を もた らす と警 告 して い る。
(2)『 省 察 』 の 意 図 と射 程
バ ー クの 『省 察 』 は、 書 簡 体 とい う形 式 で 執 筆 され た作 品 で あ る。 そ の 直接
30)Burke,TotheEarlofCharlemont[9August1789],intheCorrespondence, voLVI,pp.9‑12,atp.10.
31)Burke,ToCharles‑Jean‑FranCOISDepont[November1789],inthe
Correspondence,voLVI,pp.39‑50.バ ー ク が 『省 察 』 の 「は し が き 」 で 述 べ た 「若 い 紳 士 」 と は 、 パ リ 高 等 法 院 の 成 員 で あ っ た 知 人 の シ ャ ル ル ・ ジ ャ ン ・ フ ラ ン ソ ワ ・ ド ゥ ポ ン(Charles‑Jean‑FrancoisDepont,1767‑96)の こ と で あ っ た 。 彼 が バ ー ク に 宛 て た 手 紙 は 、n月4日 付 の 以 下 の も の で あ る 。Charles‐Jean‑FrancoisDepontto
EdmundBurke[4November1789],intheCorrespondence,voLVI,pp.31‑2.
32)Burke,ToCharles‑Jean‑FrancoisDepont,intheCorresponclezzce,voLVI, pp.42‑4.
33)Burke,ToCaptainThomasMercer[26February1790],inthe Correspondence,voLVl,pp.94‑6.
エ ドマ ン ド ・バ ー クの 政 治 的保 守 主 義
103の 契機 は、 以 上 の よ うな執 筆 の経 緯 に よ る と言 え る が 、 しか しそ こ に は あ え て 書 簡 体 を採 用 した 彼 の政 治 的 意 図 を読 み 取 る こ とが で き よ う。 フ ィ ク シ ョ ン と して書 簡 体 の 構 成 を と る こ とは 、読 者 一 人 一 人 を名 宛 人 と した 効 果 を生 み 出 し、
著 者 と読 者 との あ い だ に よ り親 密 な 関 係 を成 立 させ る。 また 書 簡 体 の 形 式 は 、 数 々 の 議 会 演 説 で 磨 い た バ ー ク の 得 意 の レ ト リ ック を駆 使 して 、 読 者 に よ り説 得 的 に働 き か け る とい う効 果 も期 待 で き た で あ ろ う。 と は い え 、 書 簡 体 を採 用 す る こ とは 、 章 立 て を伴 っ た明 確 な 論 理 構 成 を 採 る こ と を犠 牲 に せ ざ る を 得 な い 。 バ ー ク 自身 、 「は しが き」 の 最 後 の と こ ろ で 、 本 書 の執 筆 に当 た っ て 、 「名 宛 形 式 」(theformofaddress)と は別 の 「異 な っ た構 想 」 を考 えた 方 が 、 「こ の 問 題 を論 じ るの に適 した 論 理 区 分 と配 列 」 を 採 る た め に都 合 が よ いの で は な
34)
い か 、 と述 べ て い る。
こ こで バ ー クが 、 作 品 の 論 理 的 な 「区分 と配 列 」 を犠 牲 に して で も、 あ え て
「名 宛 形 式 」 に こだ わ った の は、彼 に とって フランス革命で進行 する一連 の出来 事 が 、 フ ラ ンス の み な らず 、 ヨー ロ ッパ 全 体 の 旧 き秩 序 を解 体 す る ま っ た く新 しい 世 界 観 を伴 っ た大 事件 で あ り、 それ が 広 くヨ ー ロ ッパ に波 及 す る こ とを 阻 止 しな けれ ば な ら な い とい う極 め て 実 践 的 な 意 図 の 下 に 『省 察 』 を執 筆 しよ う と して い た か らで あ る。 彼 は こ う記 して い る。 フ ラ ンス で進 行 して い る事 態 は 、
「フ ラ ン ス の み に 関 わ る事 柄 で な く、 ヨーロ ッパ 全体 、 こ とによる とヨー ロッパ を も超 え た 事 柄 に関 わ る重 大 な 危機 」 か も しれ な い の で あ っ て 、 「あ らゆ る状 況 を勘 案 して み る と、 これ まで 世 界 で 起 き た衷 件 の な か で 、 フ ラ ンス 革 命 ほ どに
35)
驚 嘆 す べ き も の は か つ て あ り ま せ ん で した 」。 バ ー ク の 見 る と こ ろ 、 フ ラ ン ス 革
ヨの
命 と は 、 「 形 而 上 学 的 抽 象 」(metaphysicalabstraction)、 あ る い は 「 機 械 論
37)
的 哲 学 」(mechanicphilosophy)の 諸 原 理 に 従 っ て 、 ヨ ー ロ ッパ の 古 来 の 国
34)Burke,Reflection,p.3.邦 訳 、6頁 。 フ ィ ク シ ョ ン と して の 轡 簡 体 と い う形 式 は 、1670 年 代 の イ ン グ ラ ン ドで 政 治 パ ン フ レ ッ トが 発 行 さ れ る 際 に確 立 した も の で あ り、18世 紀
を 通 して 、 バ ー ク も 含 め た 多 くの 論 者 が 採 用 し て い た 慣 例 で あ っ た 。Lock,È1槻̀η4 Burke,voLl[,pp.285‑7.
35)Burke,Rψ 召6∫ゴoη,p.9.半 澤 邦 訳 、1514。
36)Ibid.,p.7.半 澤 邦 訳 、12頁 。 37)Ibid.,p.68.半 澤 邦 訳 、99頁 。
104
制 とその 諸 原 理 を 破 壊 す る野 蛮 な所 業 で あ り、 ヨー ロ ッパ の秩 序 は、 「啓 蒙 と理
sa)
性 か らな る新 た な 征 服 帝 国」 の 手 で解 体 さ れ る危 険 に直 面 して い る と思 わ れ た の で あ っ た 。
こ こで 注 目 して お き た い の は 、バ ー クに とって 「古 来 の 国制 」 の 諸 原 理 とは 、 イ ン グ ラ ン ドの歴 史 に 由来 す るイ ギ リス 固 有 の もの と して 把 握 され て い る わ け で は な く、 ヨー ロ ッパ 全 体 の 古 来 の秩 序 を支 え た 原 理 と して 把 握 され て い る点 で あ る。 イ ギ リス も革 命 以 前 の フ ラ ンス も 同様 に 、 ヨー ロ ッパ の共 通 法 と して
の 古 来 の 国 制 に依 拠 して い た と見 な され て い るの で あ る。 バ ー クは 、 イ ン グ ラ ン ド法 の 歴 史 に つ い て 考 察 した作 品 の なか で 、 イ ギ リス 法 の 主 要 な 構 成 要 素 で あ る 「古 来 の伝 統 的 な慣 習 」 につ い て 、 そ れ が イ ン グ ラ ン ド も含 む 「ヨー ロ ッ パ の文 明 化 した地 域 に共 通 す る古 来 の 慣 習 」 で あ る と説 明 して い る。 この ヨー ロ ッパ 共 通 の 古 来 の 慣 習 が 、 あ らゆ る古 来 の諸 制 度 を生 み 出 し、 イ ン グ ラ ン ド
40)
に お い て は サ ク ソ ン 人 の 法 を 形 成 し た の だ と。 こ の よ う に バ ー ク は 、 古 来 の 慣 習 と い う 観 念 を 、 文 明 化 の 契 機 に お い て 把 握 す る と と も に 、 そ れ を ヨ ー ロ ッ パ
の 共 通 文 化 と 見 な し て い る 。
ま た 、 文 明 と して の 古 来 の 慣 習 と 関 連 し て 、 バ ー ク は 「 騎 士 道 の 時 代(the ageofchivalry)」 と い う 観 念 を 展 開 す る 。 「 思 考 と感 情 が 織 り成 す 体 系 の 起 源
は 古 え の 騎 士 道(theancientchivalry)に あ り ま す 。 こ の 原 理 は … 幾 百 世 代 も の 長 き に わ た っ て 継 続 し続 け て 、 わ れ わ れ の 生 き て い る 時 代 に す ら及 ん で い る の で す 。 … 現 代 の ヨ ー ロ ッパ に そ の 特 質 を 賦 与 し た も の こ そ 、 こ の 騎 士 道 の
41)
時 代 の 原 理 で し た 」。 バ ー ク が 騎 士 道 の 時 代 の 原 理 と し て 挙 げ る の が 、 「 紳 士 の 精 神 」 と 「 宗 教 の 精 神 」 で あ る。 「 現 代 の 文 芸 」 は 、 こ れ ら 「 古 来 の 習 俗(ancient
manners)」 に 多 く を 負 っ て い た の で あ り、 「 商 業 、 貿 易 、 製 造 業 」 な どで す ら、
38)Ibid.,p.67.半 澤 邦 訳 、98頁 。
39)イ ギ リ ス と革 命 以 前 の フ ラ ン ス とが と も に 古 来 の 国 制 と い う ヨ ー ロ ッ パ の 共 通 文 化 に 碁 つ く文 明 社 会 で あ っ た と す る見 解 は 、 す で に ヒ ュ ー ム に お い て も見 ら れ た 。 ヒ ュ ー ム の 「文 明 化 さ れ た ヨ ー ロ ッパ の 君 主 政 」 とい う国 制 の 観 念 に つ い て は 、犬 塚 元 『デ イ ヴ ィ ッ
ド ・ヒ ュ ー ム の 政 治 学 』(東 京 大 学 、2004年)、 第6章 を 参 照 。 40)Burke,AnEssaytowards(192HistoryoftheLawsof」England,in〃7eレVrifings
αη4Speeches(且981〜),VoLI,P.331.
41>Burke,Reflection,p.66‑7.半 澤 邦 訳 、97頁 。
エ ドマ ン ド ・バ ー クの政 治 的保 守 主 義
ios古 来 の 習 俗 に よ って もた ら され た 被造 物 で あ り、 そ の結 果 に す ぎ な い。 「騎 士 道 」 とは 、 学 問 や 商 業 な ど現 代 の 文 明社 会 を繁 栄 させ て き た 「自然 的保 護 原 理 」 な
42)
の で あ る と。
この よ うにバ ー ク は 、近 代 啓 蒙 の 歴 史 観 とは ま っ た く逆 の 、 古 来 性 の な か に 文 明 の契 機 を 見 る歴 史 観 を提 示 す る。 す な わ ち、 古 来 の習 俗 こそ が 文 明 で あ り、
逆 に近 代 啓 蒙 こそ が 「野 蛮 で 獣 性 を 帯 び た 」 もの で あ る と。 しか も彼 は、 騎 士 道 の諸 原 理 を 「自然 的 」 な もの と捉 えて い る こ とか ら分 か る よ うに 、 「騎 士 道 の 時 代 」 と は 「あ る特 定 の歴 史 的 時 代 」 を意 味 す る も の とい う よ りは 、 人 間 本 性 に関 わ る 「道 徳 的 」 な次 元 にお い て 理 解 され るべ き文 明 と等 価 の カ テ ゴ リー で
43)
あ っ て 、 過 去 へ の ノ ス タ ル ジ ア で は な い 。
バ ー ク は 以 上 の よ う に 、 ヨ ー ロ ッ パ の 文 明 を 生 み 出 し た 源 泉 と し て 、 古 来 の 慣 習 と騎 士 道 の 原 理 を 等 価 の 形 で 展 開 して い る 。 彼 は 、 ロ ー マ 法 や 教 会 法 が そ う呼 ば れ た の と 同 様 に 、 ヨ ー ロ ッパ の ユ ー ス ・コ ム ー ネGuscommune)と い う伝 統 的 形 式 に お い て 、 イ ギ リ ス の 古 来 の 国 制 な い し古 来 の コ モ ン ・ロ ー を 把 握 す る こ と に よ っ て 、 文 明 の 源 と し て の ヨ ー ロ ッ パ 古 来 の 国 制 と い う 観 念 を 提 示 し た 。 そ れ は 、 ヨ ー ロ ッ パ 世 界 が 幾 世 紀 に も わ た っ て 立 脚 して き た 「 古 き 基
ラ
本 的 諸 原 理 」 に 基 づ く も の で あ り、バ ー ク が 擁 護 す る イ ギ リ ス 国 制 は 、 「ヨ ー ロ ッ パ の 古 き コ モ ン ・ロ ー(theoldcommonlawofEurope)に あ っ た 古 来 の 原 理 と範 型(theancientprinciplesandmodels)を 改 善 し、 現 状 に 適 合 さ
42)Ibicl.,p.69.半 澤 邦 訳 、100‑1頁
43)Lock,Ed≫vunclBurke,vol.II,p.299.「 騎 士 道 」 の 観 念 は 、 ス コ ッ ト ラ ン ド啓 蒙 を 代 表 す る 同 時 代 の デ イ ヴ ィ ッ ド ・ヒ ュ ー ム や ア ダ ム ・フ ァ ー ガ ス ン も用 い て い る 。 ヒ ュ ー ム は そ れ を 「現 実 に か つ 真 正 に 賞 讃 に 値 す る 英 雄 的 資 質 」 と し て 捉 え 、 フ ァ ー ガ ス ン は
「近 代 の 諸 国 民 の あ い だ で わ れ わ れ が 文 明 化 さ れ た も の、 洗 練 さ れ た も の とい う表 現 を 与 え て い る と こ ろ の 主 た る 特 徴 」 の 範 型 と して 説 明 し て い る 。DavidHume,History(ゾ Ezzglazut(1754‑62),1778edn(rcptIndianapolis,1983),vol.11,p.251;Adam
Ferguson,Essayopttl:cHistoryofCivilSociety(1767),editedbyDuncan
Forbes,Edinburgh,1967,p.200.な お 、 ヒ ュ ー ム の こ の 轡 に つ い て は 以 下 の 抄 訳 が あ る 。 池 田 和 央 、 犬 塚 元 、 壽 里 竜 「『イ ン グ ラ ン ド史 』 抄 訳(1)〜(5)」 『關 西 大 畢 経 済 論 集 』54(2)〜57(2),2004‑7年 。 本 抄 訳 に つ い て は 、 犬 塚 氏 よ り恵 送 を 受 け た 。 こ こ に 記 して 謝 し た い 。
44)Burke,π 昭 召c'ゴoη,p.70.半 澤 邦 訳 、101頁 。
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45)
せ な が ら生 き生 き と維 持 して きた 」 体 制 で あ るの に対 し、 フ ラ ンス 革 命 とは 、 自国 の 「旧 来 の諸 制 度 」 を 覆 そ う と して 、 ヨ ー ロ ッパ の文 明 化 の 源 泉 で あ った
4fi)
「 古 来 の 諸 原 理(ancientprinciples)」 を 破 壊 して し ま っ た 衷 件 な の で あ っ た 。 そ の 帰 結 は フ ラ ン ス の み な ら ず 、 必 然 的 に 全 ヨ ー ロ ッパ の 古 来 の 秩 序 原 理 の 転 覆 に つ な が る も の と、 バ ー ク は 認 識 して い た 。
以.ヒ の よ う に 、 イ ギ リ ス の 古 来 の 国 制 の 諸 原 理 あ る い は 古 来 の コ モ ン ・ロ ー を 、 ヨ ー ロ ッ パ 文 明 の ユ ー ス ・ コ ム ー ネ と し て 位 置 づ け る こ と に よ っ て 、 バ ー ク は 、 イ ギ リ ス 国 制 の 卓 越 性 を 擁 護 す る と と も に 、 フ ラ ン ス 革 命 の 革 新 性 が 全
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ヨー ロ ッパ に 波 及 す る こ との 危 険 性 を効 果 的 に 訴 え よ う と した の で あ る 。 しか も、 ラ ラ ン ス革 命 は、 バ ー ク に とって 単 な る制 度 上 の革 命 で は な い。 「誰 に せ よ、
一 体 ど うす れ ば、 自分 の 国 を 白紙(carteblanche)に 過 ぎ な い も の 、 好 き勝 手 に その 上 に 殴 り書 きを して も構 わ な い もの と見 な す ほ ど に傲 慢 の 調 子 を 上 げ
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ら れ る の か 、 私 に は ま っ た く理 解 も 及 び ま せ ん 」。 バ ー ク に よ れ ば 、 フ ラ ン ス 革 命 は 単 な る 政 治 的 革 命 で は な く 、 人 間 本 性 に 関 わ る道 徳 的 革 命 で あ り 、 そ の 害 悪 は い っ そ う深 刻 な 帰 結 を 招 く も の で あ っ た 。 そ れ は 、 「あ ら ゆ る 革 命 の う ち で
最 も 重 大 な 」革 命 、す な わ ち 人 び と が 持 つ 「 情 操(sentiments)や 作 法(manners) や 道 徳 観(moralopinions)に お け る 革 命 」 で も あ っ た 。 そ れ ゆ え 、 「フ ラ ン ス で い ま何 が 行 わ れ て い る か に つ い て 、 ヨ ー ロ ッ パ 全 体 に 深 甚 で 密 接 な 関 心 を
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抱 か しめ るの で す」 と。 バ ー ク に とっ て 、 既 存 の諸 制 度 を 白紙 還 元 的 に 解 体 す
v0)
る フ ラ ンス 革 命 の 啓 蒙 的 理 性 と は、 人 間 の 徳 を も破 壊 す る 「野 蛮 の 哲 学 」 で あ
45)Ibid.,p.32.斗 曾睾非{̀言尺、4814。
46)Ibicl.,p.68.半 澤 邦 訳 、99頁 。
47)た しか に 、 バ ー ク は 、 歴 史 法 学 の 知 識 に よ っ て 、 イ ギ リ ス 法 が 大 陸 の 封 建 法 の 影 響 を 受 け て 成 立 し た こ と を 認 識 して い た し、 ま た イ ギ リス 法 の 構 成 要 素 と して 、 古 来 の 慣 響 の ほ か 、 ロ ー マ 法 と教 会 法 を 挙 げ て い る よ う に 、 イ ギ リ ス の コ モ ン ・ロ ー そ の も の の 起 源 を ヨ ー ロ ッパ 共 通 の 地 平 で 認 識 し よ う とす る歴 史 法 学 的 な 学 識 を 備 え て い た(Burke, AzzEssaytowardsanHistory(ゾtheLcrws(ゾE,29'θ 鳳i11〃zeWritings研4
Speeches(198且 〜),VoLI,p.33L)。 こ う し た 認 識 が 、 ヨ ー ロ ッ パ 古 来 の 国 制 と い う 観 念 を 生 み 出 し た と も言 え る が 、 しか し そ れ は 、 彼 が 『省 察 』 を執 繁 し た 際 の ス ト ラ テ ジ ー に 適 っ た 非 常 に 有 効 な レ ト リ ッ ク と して 意 識 的 に 展 開 さ れ た と も 考 え ら れ る 。 48)Burke,Reflection,p.138.半 澤 邦 訳 、197頁 。
エ ドマ ン ド ・バ ー ク の政 治 的 保守 主 義
/07り、 人 間 の 徳 を酒 養 した ヨー ロ ッパ 古 来 の 国 制 こそ が 文 明 の 名 に 値 す る もの と 考 え られ た の で あ っ た 。
(3)旧 ウ イ ッグ の 伝 統 とフ ラ ン ス革 命
政 治 家 バ ー クが 最 も懸 念 した の は、 フ ラ ンス 革 命 をイ ギ リス の 名 誉 革 命 の 原
51)
理 と成 果 を 発 展 的 に継 承 した 革 命 と見 な す 類 の 言 説 で あ っ た 。 名 誉 革 命 か ら フ ラ ン ス革 命 へ と・進歩 を 遂 げ ゆ く文 明 とい う見 方 は、 先 の バ ー クの 文 明 観 とま っ た く正 反 対 の 構 図 に あ る。 そ れ は必 然 的 に 、 フ ラ ンス で 発 展 を遂 げ た成 果 が イ
5'L)
ギ リス へ と逆 輸 入 され て し ま う危 険 性 を 孕 ん で い た 。 当 時 の イ ギ リス で は 、 フ ラ ン ス革 命 が 起 こ る以 前 に す で に 旧来 の 国 制 を大 胆 に 変 革 す る こ とを要 求 す る 動 きが 、 急 進 的 な ク ラ ブ な どの あ い だ で巻 き起 こっ て い た。 バ ー ク の政 治 家 と して の立 ち位 置 は、 この種 の新 ウ イ ッグ的 な 急 進主 義 に 対 して、 伝 統 的 な ウイ ッ グ主 義 に立 っ た 立 憲 主 義 と 自由 主 義 を擁 護 す る と こ ろ に あ っ た 。 そ の好 個 の 例 が 、1782年 の 「下 院代 表 の 状 態 を調 整 す る委 員 会 開 催 要 求 の 動 議 に つ い て の 演 説 」 で あ る。 民 主 主 義 的 な議 会 改 革 と して の大 衆 へ の選 挙 権 の拡 大 がfr点 とな っ て いた 下 院 お いて 、バ ー ク は イ ギ リス古 来 の 国 制 の維 持 を熱 烈 に 訴 え た の で あ
53) る 。
こ う し た 状 況 下 で 起 き た フ ラ ン ス で の 革 命 は 、 ま さ し く イ ギ リス 国 内 の 急 進
49)ノ δ磁,p.70.半 澤 邦 訳 、102頁 。 バ ー ク は179且 年 の 『フ ラ ン ス の 岡 情 に つ い て の 考 察 』 で は 、 フ ラ ン ス 革 命 を 、 政 治 的 原 理 に 基 づ い て 引 き 起 こ され た 従 来 の い か な る 琳 命 との
「類 比(analogy)」 も 困 難 な 「教 説 と理 論 的 ドグ マ に 基 づ く革 命 」 と して 捉 え、 「改 宗 の 精 神(aspiritofproselytism)」 を そ の 本 質 的 部 分 とす る 「宗 教 改 革 」 と類 比 す べ き も の だ と指 摘 して い る 。Burke,%ὰg配 ∫onFrenchAffairs(179D,in〃ieWrilirzgs
ごzὴ1Speeches(1981〜),VoLVII[,P.341.li=1野 判̀吾尺、696‑7頁 。 50)Burke,R{舜 ε6∫'oη,p.68.邦 訳 、98頁 。
51)フ ラ ン ス 革 命 が 当 時 の イ ギ リ ス に 与 え た 影 響 に つ い て は 以 下 を 参 照 。[ainI‑‑lampsher・
Monk(ed.),TheImpactof〃reFrenchπ ω01z癖oηJTextsfromβ 万勧 η172the 1790s,Cambridge,2005.
52)バ ー ク は こ う記 して い る 。 「貴 方 が た の あ い だ で 行 な わ れ て い る事 柄 は 、 イ ン グ ラ ン ド の 前 例 に 倣 っ た も の だ 、 と い う説 明 が フ ラ ン ス で 時 折 な さ れ て い る と聞 き ま す 。 … わ れ わ れ は フ ラ ン ス の 国 民 に そ う した 教 訓 を 教 え た こ と な ど 決 して な い し、 同 様 に フ ラ ン ス か ら教 訓 を 学 び た い と も思 っ て い ませ ん 」(Burke,Reflection,p.77.半 澤 邦 訳 、112頁)。