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― シャーンティデーヴァとの比較を通じて ― チャンドラキールティの二諦説

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(1)

チャンドラキールティの二諦説

―シャーンティデーヴァとの比較を通じて―

梶 原 亮 大

(仏教学専攻博士後期課程3年)

0、はじめに

 本論文は、530-600年頃(1)にインドで活動していた中観派(2)論師チャンドラキールティ

(Candrakīrti 月称)の二諦説を他の中観派論師の二諦説と比較を通じて検討するものである。

二諦説とは、言説として経験的な真理である世俗諦(sajvrtisatya)と、言説を超越した絶 対的な真実である勝義諦(paramārthasatya)のふたつの真理の形式である(3)

 チャンドラキールティの二諦説については先学の諸研究者によって様々な考察を加えられ ている。その中で世俗諦(samvrtisatya)から勝義諦(paramārthasatya)との関係、特に世 俗諦から勝義諦への動きについて考察する余地があるように思う。そこで本論文では主にチャ ンドラキールティとシャーンティデーヴァ(Śāntideva 寂天)の二諦説を比較検討すること で、チャンドラキールティにおける世俗諦と勝義諦の関係について一考察を提示することを 目的とする。シャーンティデーヴァは、チャンドラキールティ以後8世紀前半にかけてイン ドで活動した中観派の論師である。シャーンティデーヴァの思想的立場は後のチベットにお いてブッダパーリタ(Buddhapālita 仏護)と共にチャンドラキールティと同じ帰謬論証派と 見なされている(4)。チャンドラキールティ、シャーンティデーヴァの二諦説を概観しつつ考察 を加えたい。

1、チャンドラキールティの二諦説

 チャンドラキールティの二諦説理解は著作『プラサンナパダー』(Prasannapadā 以下 Pra)と『入中論』(Madhyamakāvatāra 以下 MA)に見られる。Pra はナーガールジュナ

(Nāgārjuna 龍樹)の『中論』(Mūlamadhyamakakārika 以下 MMK)を註釈したものであ る。MMK の註釈書は他の中観派論師たちも著しており(5)、Pra に先行する註釈書も存在する。

Pra では先行するブッダパーリタ(6)を擁護しつつ、ブッダパーリタを批判したバーヴィヴェー カ(Bhāvaviveka 清弁)にチャンドラキールティが反駁を加える。MA はチャンドラキール ティが『十地経』に基づき、修行階梯について解説する著作である。

 二諦説は MMK において用いられて以降、中観派において多く用いられている(7)。Pra 第24

(2)

章 ・MA 第6章では四不生を論証するために二諦説が用いられている。前提として二諦説の 解釈がなされているが、Pra・MA でそれぞれ二諦説を多用している点からも、チャンドラキー ルティが二諦説を重要視していたことが窺える。

 Pra 第24章において、空 ・ 縁起を説示するために二諦の区別の重要性を説く。まずチャン ドラキールティは二諦説についてナーガールジュナの MMK 第24章8偈を提示する。

dve satye samupāśritya buddhānām dharmadeśanā |

lokasamvrtisatyam ca satyam ca paramārthatah ||8||(Pra p.492,4-7)

諸仏の説法は二諦に基づいている。

世間世俗諦と、勝義としての諦である。(24章8偈)

 チャンドラキールティはナーガールジュナの二諦説を確認した上で、世俗を世俗諦と非世 間世俗について定義する。

loke  samvrtih  lokasamvrtih  |  kim  punar  alokasamvrtih  api  asti  yata  evam  viśisyate  lokasamvrtih iti |

yathâvasthitapadārthânuvāda esah , nâtra esā cintā avatarati | atha vā timirakāmalâdi  upahatendriya viparītadarśanâvasthānâste lokāh tesām yā samvrtih asāv alokasamvrtih

(Pra p.493.ll.1-4)

世間における世俗とは世間世俗である。

また一方で、「このように世間世俗とは異なる(viśisyate)非世間世俗(alokasamvrti)

が存在するか」というならば、

これは確立されている語義の反覆のように、ここではこのような思考は示さない。

眼翳(timira)や黄疸(kāmalā)等によって感覚器官に欠陥がある(upahatendriya)た めに誤って顛倒して(viparīta)ものを見ることで確立されたものが非世間である。彼ら においての世俗は非世間世俗である。

lokasamvrtyā satyam lokasamvrtisatyam | sarva evâyam abhidhānābhidheyajñānajñeyâ divyavahāro  śeso lokasamvrtisatyam ity ucyate | na hi paramārthata ete vyavahārāh  sambhavanti |(Pra p.493.ll.5-7)

世間によって行われる真理とは世間世俗諦である。能詮と所詮と、知と所知等の言説は 全て世間世俗諦と言われる。そのとき実に勝義において言説は存在しない。

(3)

 MA 第6章においてチャンドラキールティは「他から生じない」ことを明らかにする論の 中で二諦説を用いる。世俗諦は無明によって誤った見方に陥っているとするが、その誤った 見方にも2種類あるとして、非世間世俗について定義する。

mrsādrśe pi dvividhā matā hi spastendriyā dosavadindriyāś ca |

sadindriyajñānam apeksya mithyā jñānam matam dosavadindriyānām ||(MA 6.24(8) 誤った見方も2種類あると知られる。つまり明瞭な感官の者と感官が損なわれた者であ るよい感官の者の知覚に比べて欠陥のある感官の者は誤っていると知られる。(6章24偈)

 Pra・MA の解釈で共通するように、非世間世俗についてはありのままの外界を捉えること ができないものたち見方であるといえる。

 世俗諦が世間における真理であり、言説によるものである。勝義諦について Pra では以下 のように示す。

sa hi paramārtho parapratyayah śāntah pratyātmavedya āryānām sarvaprapañcātītah |

(Pra p.493.ll.10-11)

実に勝義は他に依るものではなく(aparapratyaya)、寂静(śānta)で、諸聖者(ārya)

において自覚されるもので、全ての戯論(prapañca)を超えている。

paramaś  câsāv  arthaś  cêti  paramārthah,  tad  eva  satyam  paramārthasatyam  |(Pra  p.494,l1)

また最高なもの(parama)とは、このような意味であるから勝義である。

それこそが諦であり、勝義諦(paramārthasatya)である。

 二諦の区別を知り得ない者は、諸仏の教えが理解できないことを、チャンドラキールティ がナーガールジュナの偈を引いて述べる。

kim  tu  laukikam  vyavahāram  anabhyupagamya  abhidhānâbhidheyajñānajñeyâdilaksa nam aśakya eva paramārtho deśayitum | adeśitaś ca na śakyo dhigantum, anadhiga- mya ca paramārtham na śakyam nirvānamadhigantum iti pratipādayann āha

しかしながら、能詮と所詮と能知と所知等の特質とする世間における言説は、それを承 認せずに、どうして勝義を示すことができようか。

[勝義が]説かれてなければ理解することができない。

勝義を理解しなければ涅槃に到達できない。(Pra p.494,8-11)

(4)

vyavahāram anāśritya paramārtho na deśyate |

paramārtham anāgamya nirvānam nâdhigamyate ||10|| (Pra p.494,12-13)

言説(10)(vyavahāra)に依らず勝義を説くことはできない。

勝義に到達せずに涅槃に到達できない 。(24章10偈)

 先述するように、勝義は「言説は存在しない」(Pra,  p.493,5-7)、「他に依るものではなく

(aparapratyaya)、寂静(śānta)で、諸聖者(ārya)において自覚されるもので、全ての戯 論(prapañca)を超えている」(Pra  p.493,10-11)と表現されている。しかしながら、「言説

(vyavahāra)に依らなければ勝義を説くことはできない」(Pra p.494,12-13)という。ここで

「言説(vyavahāra)」について先行研究に依ると、vyavahārasatya(「日常営為上の真理」・「営 為真理」という訳語をあてている)が勝義を説き示すときに用いられると述べる(9) vyavahārasatya は世俗諦のもつ勝義諦に至るための手段という役割を強く意識した場合に出 てくるという。vyavahārasatya と世俗諦の関係については考察(11)(vicāra)の働きを想定して いる。vicāra の有無によって勝義諦に至るための手段として位置づけられる vyavahārasatya と世間によって真理と捉えられているに過ぎない samvrtisatya を区別する。それは勝義諦に 対応する世俗諦の二重構造を示唆しているとする。

 那須[2002]は vyavahārasatya が世俗諦に属して、瑜伽行者(yogin)を「勝義へ志向さ せる諦」としての役割を果たしていると述べる(12)

 また、MA に見られる唯世俗(samvrtimātra)をチャンドラキールティの二諦説理解の特 色と見なされている。唯世俗について説明している箇所を試訳する。

de la so soi skye bo rnams kyi don dam pa gang yin pa deny tid phags pa snang ba  dang bcas pai spyod yul can rnams kyi kun rdzob tsam yin la. dei rang bshin stong pa  tid gang yin pa de ni de rnams kyi don dam pao// sangs rgyas rnams kyi don dam pa  ni rang bshin tid yin shing/ de yang bslu ba med pa tid kyis don dam pai bden pa yin  la/ de ni de rnams kyi so sor rang gis rig par bya ba yin no// kun rdzob kyi bden pa  ni bslu bar byed pa tid kyi phyir don dam pai bden pa ma yin no/(MA p.108.l.13-20)

それ(唯世俗)について、凡夫たちの勝義であるものは顕現を伴う行境をもつ者たちの 世俗でしかなく、その自性が空であるものが、彼らの勝義である。諸仏の勝義は自性そ のものであり、さらに偽りがないことにより勝義諦である。これは彼らがそれぞれ理解 するべきものである。世俗諦は虚妄なものだから勝義諦ではない。

(5)

 ここでの「凡夫の勝義」とは世俗諦のことで、それは諸聖者たちにとっては唯世俗である。

世俗諦と唯世俗は同じ者であるが、認識する対象が凡夫か諸聖者であるかの違いによって呼 び分けられる。上で示した vyavahārasatya と唯世俗の関係は今後考察する必要がある。

 以上をまとめると次のような特徴がみられる。(1)世間世俗は世間(凡夫)にとっての世 俗であり、非世間世俗は感覚器官が冒されているものにとっての世間である。世間世俗と非 世間世俗は異なる。(2)勝義は他のものに依らないで、聖者に認められる。それは言葉で表 現することができない。MA において「他から生じる」ことを否定するコンテクストで用い られた。(3)vyavahārasatya が samvrtisatya に属して、瑜伽行者(yogin)を「勝義へ志向 させる諦」としての役割を果たす。

2、シャーンティデーヴァの二諦説

 シャーンティデーヴァの二諦説は著作『入菩提行論』(Bodhisatvacaryāvatāra 以下 BCA)

に見られている。「シャーンティデーヴァの BCA は六波羅蜜の実践を通じて中道を実現して 行くことを説いたものである(13)。」といわれている。

 また BCA にはいくつかの註釈書(14)があり、以下の先行研究においても『入菩提行論細疏』

(Bodhicaryāvatāra-pañjikā 以下 BCAP)等を用いて研究を進めている。しかしながら、註釈 書によってはチャンドラキールティの影響を強く受け、シャーンティデーヴァ自身の思想を 見失うこともあると指摘されている(15)。そのため、本研究ではできる限り BCA を用いて考察 を進めていきたい(16)

 シャーンティデーヴァの二諦説理解は主に BCA 第9章においてみることができる。第9 章は智慧(般若)についての考察を行っている。世俗諦と勝義諦を分けて考える中観の立場 から中観派以前の各学説を批判して中観の立場を鮮明にしている箇所である(17)。この章までに 忍辱 ・ 精進 ・ 禅定について明らかにしているが、それは智慧をもとめるためである。そして 真理についてのコンテクストの中で二諦説が説かれる。

samvrtih paramārthaś ca satyadvayam idam matam |

buddher agocaras tattvam buddhih samvrtih ucyate || BCA9.2

世俗と勝義は二諦と認められている。認識の対象を超えたものは勝義諦であり、認識は 世俗諦であると言われる。(9章2偈)

 伝統的な二諦説と同じく認識の対象は世俗諦であり、認識の対象を超えたものを勝義諦と している。ここはすべての中観派論師に共通する一般的な二諦説理解である。(18)

(6)

 BCA では性質上、瑜伽行者という言葉が使われる。瑜伽行の結果として勝義諦の理解(般 若波羅蜜)が得られるので、特に9章の世俗諦については瑜伽行者と世俗の者(凡夫)につ いて論じるコンテクストで用いられる。

tatra loko dvidhā drsto yogī prākrtakas tathā | tatra prākrtako loko yogilokena bādhyate || BCA9.3

そこで、世間は二種あると認識される。瑜伽行者の(世間)と、また世俗の(世間)で ある。そこで世俗の世間は瑜伽行者の世間に排除される。(9章3偈)

bādhyante dhīviśesena yogino py uttarottaraih |

drstāntenôbhayestena kārya artham avicāratah || BCA9.4

瑜伽行者も智慧の優性により、ますます優れるものによって排除される。それは両者が、

共に認める譬えによってである。求める目的に対する考察がない(19)(avicāra)からであ る。(9章4偈)

lokena bhāvā drśyante kalpyante câpi tattvatah | na tu māyāvad ity atra vivādo yogilokayoh || BCA9.5

世俗によって存在するものは真実と見られて分別される。それを幻の如しとせず、ここ に瑜伽行者と世間がある。(9章5偈)

 平野[1956]はシャーンティデーヴァの二諦説には瑜伽行者と凡夫の面があることを指摘 する。石田[1994]はさらにシャーンティデーヴァの独自性を、上位である yogin の認識が 下位の者の loka の認識を排斥することとしている。その排斥には二種類あり、瑜伽行者の認 識が一般人の認識を排斥すること、上位の瑜伽行者の認識が下位の瑜伽行者の認識を排斥す ることである。

 以上をまとめると次のようになる。真理は世俗諦と勝義諦の二種類。(1)しかし、その世 間については瑜伽行者の世間と世俗の世間と2種類あり、上位と下位という階層的な構造が みられる。(2)上位の者(yogin)の認識が下位の者(loka)の認識を否定する。(3)上位の 瑜伽行者、下位の瑜伽行者、世俗のそれぞれの認識が、上から否定される。

3、両者の二諦説にみられる差異

 ここまでチャンドラキールティとシャーンティデーヴァを主としてそれぞれの二諦説を概 観したが、両者の二諦説の差異について江島[1982]は、両者の類似している点を二諦の区 別を認識主体に対応させるところ世俗諦は世間の人が認識主体であり、勝義諦は聖者 ・ 瑜伽

(7)

行者を認識主体としている、としている。また、両者の異なっている点を江島[1982]石田

[1994]は、シャーンティデーヴァにおいて瑜伽行者の中での明らかな上下関係をもちながら 勝義へ移行する階梯を認めている点としている。

 両者の異なっている点として、勝義への階梯の設定が挙げられる。シャーンティデーヴァ は瑜伽行者の智慧の優劣を強く意識しているが、チャンドラキールティにはそのような意識 を読み取ることは出来ない。

 また、世俗から勝義へ移行する階梯については、先述した考察(vicāra)の働きを把握す る必要がある。那須[2002]は、チャンドラキールティが vyavahāra から勝義を得るために 必要なものとして考察(vicāra)を置いていると挙げている。チャンドラキールティは考察

(vicāra)・vyavahāra によって「勝義へ志向される」という。

 チャンドラキールティの二諦説においては世俗と勝義の間に明確な境界を設定していると いえる。シャーンティデーヴァは世俗から勝義へ移行する階梯を認めている。世俗から下位 の瑜伽行者へ、下位の瑜伽行者から上位の瑜伽行者へと段階的に勝義へ登っていく点から、

チャンドラキールティのような世俗と勝義の間にはっきりとした境界を設定せず、連続性を もった勝義への階梯を説いている。

4、まとめ

 ここまでチャンドラキールティとシャーンティデーヴァの二諦説を概観し、両者の二諦説 の相違点を確認してきた。チベットにおいて中期中観派で帰謬論証派の論師ととらえられて いる両者(20)の二諦説にも異なる点を認めることができた。異なる点とは、チャンドラキールティ の二諦説解釈は世俗と勝義の境界が明確であり、シャーンティデーヴァは段階的に勝義へ向 かっていく姿勢を持っている。先行研究では「実践的」とされる。

 しかしながら、チャンドラキールティに実践的な側面がなかったのか、時代背景を踏まえ ながら確認する必要がある。「実践的」な側面がチャンドラキールティに見られないならば、

どの論師からそのような側面があらわれるか、中観派の流れを踏まえながら検討したい。江 島[1970]でチャンドラキールティは著作 MA を菩薩の十地を基本として構成し、十地に世 俗と勝義の「橋渡し」をさせたと示唆している。はたして十地が二諦説に影響を与えられる ものなのか、MA を中心に確認していく必要がある。

(8)

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(1) Lindtner はチャンドラキールティの活動年代を530-600年とする。しかし、D.Seyfort.Ruegg

(10)

は Lindtner の説はチャンドラキールティとダルマキールティの関係の取り扱い等疑問が残る と指摘する。(『梵語仏典の研究』p.232, 註54)

最新の研究で岸根[2012]は、(a)先行するバーヴィヴェーカ(500-570年頃)に強い対抗 意識を持っている(b)ダルマパーラ(530-561年頃)を「現在の偉大な知者」と呼んでい るこの二点によって、チャンドラキールティの在世年代を530-600年とするのが妥当である と指摘する。本論では岸根説を採り、530-600年とする。

(2) 現存する文献に限ると「中観派」という用語が初めて用いられるのはバーヴィヴェーカの『般 若灯論』(Prajñāpradīpa 以下 Pp)においてである。(デルゲ版 Tsha  162a4:dBu  mar  smra  ba、166a5:dBu ma smra ba、177b5: dBu ma smra ba、188b2: dBu ma pa etc.)(北京版 Tsha  201a5, 206b1, 221a3, 235a7 etc.)「中観者たち」(dBu ma pa /dBu mar smra ba /dBu ma smra  ba /Mādhyamika /Madhyamavādin /Mādhyamikavādin)=「中観派」と用いて、バーヴィ ヴェーカ自身も中観派の中に自己を位置づけた。(江島[2003]pp.181-198)

(3) 安井[1961]p.196

(4) 塚本 ・ 松長 ・ 磯田[1989]p.250 ・帰謬論証派について

  チベットの学説綱要書である『学説宝環』(Grub mtha rin chen phreng bai tshig grel thor bu)によってインド中観派はナーガールジュナ、アーリヤデーヴァ以降から自立論証派と 帰謬論証派に大別され、帰謬論証派に属する論師はブッダパーリタ、チャンドラキール ティ、シャンティデーヴァである。(梶山[1982]pp.24-29)

  また、後代のゲルグ派セラ ・ ジェツンパ ・ チュキゲルツェン(Se ra rJe btsun pa Chos kyi  rgyal mtshan)の Grub mtha rnam gzhag が最も早くブッダパーリタ ・ チャンドラキール ティ ・ シャーンティデーヴァを帰謬論証派と定着させた。(御牧[1982]pp.181-184)

(5) アヴァローキタヴラタ(Avalokitavrata)の『般若灯論広釈』第1章や、『無畏註』の奥書に 以下の中論註釈家8人があがる。(梶山[1982]p.9)

『無畏註』(Akutobhayā)ナーガルジュナ(Nāgārjuna)

『中論釈』ブッダパーリタ(Buddhapālita)470-540年頃

『プラサンナパダー』(Prasannapadā)チャンドラキールティ(Candrakīrti)600-650年 『dKar po char ba』デーヴァシャルマン(Devaśarman)5-6C

グナシュリ(Gunaśri) 5-6C グナマティ(Gunamati)5-6C

『大乗中観釈論』スティラマティ(Sthiramati)510-570年頃

『般若灯論』(Prajñāpradīpa)バーヴィヴェーカ(Bhāvaviveka)500-570年頃

(6) ブッダパーリタの二諦説は MMK 註釈書『ブッダパーリタ註』(Buddapālitamūlamadhyamakavrtti 以下 MMV)の中に現される。三谷[1990]によれば、世俗的真理に対する表現としては

「samvrtisatya」の用例は少なく、代わりに「言説 vyavahāra」が使われる。

(7) インド後期中観派に分類されるジュニャーナガルバ(Jñānagarbha)は著作『二諦分別論』

の中で、ナーガールジュナ以降の二諦の誤った解釈を正そうとする。

(8) Li Xuezhu[2015]p.7

(9) 岸根[1993][2001]

(10) 言語表現(vyavahāra,abhilāpa)二諦説の世俗と意味がほぼ重なる。勝義を示すために不可欠 の役割を担うものも、それによって示される勝義としての涅槃との間には一線が画される。

(斎藤[2012]pp.25-26)

(11) 考察(vicāra)についての先行研究

江島[1980]は考察(vicāra)をチャンドラキールティ空思想論述の実践的意味が凝縮され ているものしている。日本語の「考察」と意味のズレがあることを指摘しつつ、凡夫を解脱 ・ 勝義へ向かわせて、瑜伽行者に変えるものであると述べる。vicāra は認識作用一般

(buddhi,mati,jñāna)や分別的思惟(kalpanā,vikalpa)に通じる局面があるとしている。

小川[1987]では考察(vicāra)について直接的な言及はないものの、考察(vicāra)の対象

(11)

として検討されるバーヴィヴェーカの実世俗(tathya-samvrti)の定義を検討している。

加藤[1988][1990]はチャンドラキールティの vicāra と唯世俗の役割について検討を加え る。vicāra は prajñā の修習のために必要なもので、唯世俗は聖者による世俗認識であるとし ている。岸根[1993]vicāra が行われない場合、vyavahāra は認められるが、vicāra が行わ れる場合、vyavahāra は排除されるということである。そして、vicāra が行われていない場 合の vyavahāra こそが vyavahārasatya と呼ばれるのである。(これらの諸存在について するならば、真実である存在から此方にあるものは獲得されないから、日常営為上の真 について考察すべきではない。考察すれば世間の日常営為は排除される。MA  p.121.ll.8-9)

福田[2005]では、「考察 vicāra(rman par dpyod pa)」が、帰謬派自身の論理として展開さ れるものではなく、あくまで名称の意味を言語外の存在に求めようとする実在論者の論理に 則った議論と位置づけられているとされる。

(12) 中期中観派以降の論師の想定する二諦説は、瑜伽行者を「勝義へ志向させる諦」の役割を果 たす何らかのものを用いる。

(13) 江島[1966]p.190

(14) 『入菩提行細疏』プラジュニャーカラマティ(10C 末-11C 初頭)北京5273 『入菩提行善會』カルヤーナデーヴァ(11C 前半)北京5275

『入菩薩行細疏』ヴァイローチャナラクシタ(11C 中頃)北京5277

『入菩提行意趣註疏殊勝作用』ヴィブーティチャンドラ(12C 後半-13C 初頭)北京5282 『智慧品細疏』著者缼 北京5278

『入菩薩行解説細疏』著者缼 北京5274

『入菩薩行難解處決定と名づくる書』クリシュナパーダ 北京5267 『入菩薩行攝義』ダルマキールティ 北京5281

『入菩薩行三十六義略攝』 北京5280

(15) 江島[1966]p.194

『入菩提行細疏』の9章2偈の註釈でプラジュニャーカラマティはチャンドラキールティの MA 6章を多く引用している。他生についてのコンテクストで MA 6章14偈を散文に書き改 め、MA の引用を5偈半、MA 註と類似する箇所が5箇所ある。プラジュニャーカラマティ がチャンドラキールティに依拠するところが大きかったことを示している。そのため扱いを 慎重にするべきである。

『入菩提行意趣註疏殊勝作用』はヴィブーティチャンドラの著作とされているが、BCA 9章 の註釈箇所の四十数箇所の経論からの引用のうち四分の三が上記のプラジュニャーカラマティ

『入菩提行細疏』と重複する。他にも論の内容や場所が一致している箇所が多く、『入菩提行 細疏』が底本となっていると考えられる。そのため慎重に扱うべきである。

(16) シャーンティデーヴァの二諦説を中心テーマとした先行研究は平野[1956]や石田[1994]

であるが、シャーンティデーヴァの思想体系全般の研究である江島[1982]や、中観派の二 諦説の包括的な研究の中でシャーンティデーヴァの二諦説を扱っている那須[2002][2004]

がある。

(17) 金倉[1965]p.242

(18) 平野[1956]はプラジュニャーカラマティの BCA 註釈書である BCAP を所依としているが、

シャーンティデーヴァの勝義諦について「勝義諦が一切智の境を越えたる者、即ち、吾々の 認識知覚の及ぶところではなく、不可説不可知であり、一切の世俗的な相対性を放棄した無 分別智の境である。」(BCAP p.363.ll.7-17)と龍樹以来の伝統的な勝義諦解釈を踏襲している ことを確認している。

(19) avicāra を先行する翻訳では以下のように訳している。

金倉[1965]「猶予がない」(p.166)

塚田[1989]「躊躇がない」(p.11)

(20) 註4

参照

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