• 検索結果がありません。

<研究ノート> 現観辺智諦現観

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<研究ノート> 現観辺智諦現観"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

﹃職伽師地論﹄の﹁本地分五識身相応地﹂︵巻十︶にお いて、煩悩雑染、業雑染、生雑染がそれぞれ説明された 後、それらの雑染を断ずるための現観として六現観の名 前が列挙される︵大ざ﹄や隠曽︾恩箇。冒息言ご塁&・田富︲

ここに掲げた﹁現観辺智諦現観﹂というあまり耳慣れ ない言葉は、﹁琉伽師地論﹄の中に現われるものである。 以下この語が意味する事柄を中心に、この語が形成され た背景と、さらにその後どう受け取られていったのかを 素描し、アビダルマ教義学の展開の歴史を探訪する一助 としたい。

現観辺智諦現観

I 0 斥肖餌q餌や鵠巴。それは、思現観︵・旨圃目§日騨冨︶・信 現観︵陣四目園g§冒葛沙︶・戒現観︵凹面g§目葛幽︶。現観 智諦現観︵四g曾目菖且目目”鼻乱目冒日画冒︶。現観辺智諦 現観︵四g厨騨昌騨乱具時皇風冒四の鱒ご号巨“騨日騨冨︶・究寛現観 ︵昌撰目g勝騏目葛拶︶である。そしてこれらについての解 説は、﹁摂決択分五識身相応地﹂︵巻五十五も&急&ふ言 毘︶において初めて与えられる。それによると、この六 現観は、法を聞くことから始まり、仏智を獲得するまで の仏道の過程全体を示すものである。その中でも特に、 現観智諦現観と現観辺智諦現観はそれぞれ、見道︵旨恩︲ 四目日脚盟︶における現観と修道e園ぐ目腎自侭轡︶におけ る現観を意味するものといえる。現観辺智諦現観につい ての解説を以下に引用する。 現観辺智諦現観︵:旨い鱒目色圃昌冨甘習瞬閨耳号巨“︲

(2)

四目葛餌︶とは何か。現観の後に得られる智が現観辺 智︵“目曾目沙剴具房旦倒目︶といわれる。その智はま た、︹三心より成る現観智諦現観の︺第三心の直後 に見道から出定した者︵ぐ冒斥冒国︶によって現前化さ れるものであり、以前の世間智︵両目時旦副邑騨︶によ って観察され︵鼠。胃§︶確定された︵ぐ制ぐ霞ぃ昏署§︶ ところの、下地については下地の、上地については 上地の諦に対して︹生じ︺、法・類智︵目日日目ぐ葛︲ 且圃圖︶に似た世俗智︵ぬ§ぐ昌言習煙︶である。︹それ には︺世間的なものと出世間的なものがあり、出世 間後得智宮島o茸胃砦曇冒旨目冒言目騨︶が、それぞれ の諦に対して、順に認容智︵目凰且目巨蝕︶と現観決定 智︵秒目冒目昌自豚巳且倒目︶として二つづっ生ずる のである。このように前の現観より出定した者に、 上あるいは下︹地︺の諦に対して生ずるところの二 つづっの智が、現観辺智諦現観といわれるのである。 その場合、前者の智︵認容智︶は、言語︹機制︺ ︵“四目冨国︶が排除された法を把握対象︵巴四日盲目︶と するから、無分別︵目く涛沙巷騨︶である。後者の智︵現 観決定智︶は、言表︹機制︺が排除されていない法 を把握対象とするから、有分別︵の画く房巴冨︶である。 また、前者は見所断の煩悩の随眠︵色目留置︶を︹身 体としての︺基体︵淑国葛︶から断じ、後者は把握対 象を作意することによってそれらの︹再︺生起を断 ずる。また、前者は修道中の出世間道をもって断じ 後者は世間と出世間道とをもって断ずる。 ただ世間道だけによる随眠の完全な断︵3日且唱︺︲ 礫騨︶はない。なぜなら、世間︹道︺は、すでに経験 されているもの︵po5︶であり、また意味形態︵昌目︲ ヰ妙︶に対する固執︵騨冒目ぐの闇︶によって生起するも のだからである。︹したがって、︺それは意味形態へ の固執をもって生起するのであるから、そのような ものとして、意味形態を破壊する︵ぐ己冒四目の自騨︶も のとして生起するのではない。︹したがってまた、︺ 意味形態を破壊するものとして生起するのではない から、そのようなものとして、麓重︵§扁曾巳冨︶を 完全に断ずるものとして生起するのではない。それ 故に、それ︹世間道︺による随眠の完全な断はない のである。 ︵目昏2四目弓①嵐]弱①g間貸﹃酌四国’ず野口①H函①①白 の冒窓ウ?ざゅ穿大き︺やg②画?闇︶ 以上の解説によると、ここに﹁現観辺智諦現観﹂とい

(3)

われているものは、説一切有部の教義学の中でいわゆる ﹁現観辺の世俗智﹂︵:ごmP目且凸昌民騨目の煙日ぐ稗言圏5日︶ と呼ばれてきたものに由来する概念であることがほぼ推 測される。またその他のいくつかの概念も説一切有部の 教義学を前提として用いられているといえよう。しかし ながら、それらの概念の規定内容は説一切有部によるそ れをはるかに越え、ことに﹁現観辺智諦現観﹂の場合は もはや換骨奪胎に近いといわなければならない。説一切 有部による﹁現観辺の世俗智﹂の規定は、後にも見てい くが、それの教義学中における位置はきわめて特殊なも のがある。それに皎ぺてここの﹁現観辺智諦現観﹂は、 出世間智に対する出世間後得智として、﹃琉伽師地論﹄ の教義学中、実に重要な位置を占めている。 ここにはさらにもう一つ注目す寺へき記述がある。それ は∼世間道と出世間道とによる断煩悩自体の相違を明示 し、しかもその理由に﹁意味形態への固執﹂︵日日洋風目︲ 目ぐの笛︶という事態が提示されていることである。説一 切有部の教義学の場合、それが世間道であれ出世間道で あれ、煩悩を断ずるという事態そのことに差異を認めな い。ただし、出世間道によってはその道果として離繋果 ︵ぐ厨騨日冒盟吾煙崗︶が得られるという違いはあるにしても、 煩悩の断そのものは、どの道によっても、煩悩の﹁得の 切断﹂︵冒号胃呂の§︶を意味している。この﹁得﹂︵冒号三 という説一切有部独自の概念は、煩悩と心相続︵o岸冨の沙︲ 目島︶との繋縛︵m四日冒唱︶関係を表わすために用いられ ① る。というのは、説一切有部の教義学では、いかなる法 であれ法それ自体の存在を廃棄することはできない。な んらかの法として定立される限りの法はす今へてその自相 ② をもって成立しているからである。したがって、煩悩を 断ずるといっても、その煩悩法自体の存在の消去を意味 するのではなく、ただそれとの繋縛関係の廃棄を意味す る。つまり、なんらかの煩悩との繋縛関係があるか否か は得法の有無によって表わされることになる。このよう に、断煩悩という事態は、説一切有部の教義学の基底を なす﹁法﹂の概念規定そのものに深く関わっているとい えよ”フ。 それに対して﹃琉伽師地論﹄の場合、世間道は煩悩の 、、 ④ 随眠︵I種子︶を制圧︵目侭薗国損伏︶するにすぎず、 その随眠の完全な断︵の“日巨品目目︶は出世間道によって ⑤ 得られるとされている。説一切有部の教義学とのこのよ うな相違の理由は、﹁得﹂という概念に対して﹁種子﹂と いう概念を援用することにあるということもできよう。

(4)

いわゆる種子説の導入である。しかしもっと根本的な理 由は、先の引用の中で示されている世間道の規定、すな わち﹁意味形態への固執﹂と関連するといえる。 ﹁意味形態﹂とここに訳した日日淳国︵相︶という語 は、説一切有部の教義学の中では、特に﹁想﹂︵3且3︶ の定義﹁対象の昌日詳圃を取ること﹂︵ぐ厨葛騨昌目芹。荷︲ 且59︶において現われる。スティラマティの﹃倶舎論﹄ の註釈によれば、﹁昌日騨冨とは、対象の差異︵ぐ雷冒ぐ︲ 扉$餌︶である。つまり、男・女などという把握対象︵巴鱈︲ 冒冨目︶を定立する因︵ぐ制く四の言目①目︶という意味である﹂ 弓①園長且.曽切呂士且.目l腱︶とされる。われわれの前 にある対象を﹁男である﹂とか﹁女であると﹂発想し定 立する因となるものが日日詳冨であるとされる。そし てそれは﹁対象の差異﹂として対象に属するものである と一応考えられる。では、薄暗がりの中で杭︵ぐ箇怠︶を 人︵巴四目富目︶と誤認する場合、﹁人﹂という意味を発想 ⑥ する因である口冒詳菌はどこからくるのか。もちろん 杭の形が人の形に似ていたからこんな事態が起こってい るのはいうまでもない。しかし、実は杭の形を見ている とはいえ、そこに認知されているのは﹁人﹂なのだから、 ﹁人の形をした杭﹂の昌日芹冨・が与えられているのでは なく、まさしく﹁人﹂の凰目澤冨が与えられているとい わなければならないであろう。なぜなら﹁人の形をした 杭﹂の日日詳冨が与えられているのなら、﹁人の形をし た杭である﹂と発想するに違いない。ところが﹁人﹂を 発想しているのだから、そこには﹁人﹂の已目岸冨が与 えられていると見なさねばならない。あるいは逆に、薄 暗がりの中で人を杭と誤認するとすればどうであろうか。 こうなるともはや実際に存在するのは人でも杭でもどち 、、、、、、、、 らでもよく、むしろそこに人のような杭のような形があ りさえすればよい。問題は、時に﹁人﹂の昌目茸騨が出 現し、時に﹁杭﹂の昌目芹騨が出現することである。一 般化して言えば、そこに存在する対象によって一義的に 昌日洋苗が決定されるのではないということになる。も ちろん対象がまったく存在せずに昌目茸煙だけが出現 ⑦ するのではない。われわれが実として見ていると考えら れる対象を何として、いかなる意味をもつものとして発 想するかという事態に関する事柄である。したがってま た、言葉を知らない者はいかに対象が与えられても、そ れをそれとして発想することができない。つまりその場 合は、その対象に対する本来のロ自尽菌が出現しない ことになる・そのような事態を指して、色巳目算閉P自国四

(5)

といわれている。 言語表現︵ぐ急ぐ煙罰国︶に巧みでない者は、言葉を 学習していないので、形状︵H号騨︶に対して︹なん らかの︺発想︵⑭P且目︶は生じるが、﹁形状である﹂ という︹発想は生じ︺ない。だから﹁口目岸薗のな い発想﹂︵四日目芹騨の沙且副︶といわれる。 ︵堅守号鼠暮色竜曽争の亀嵩塁8急追急一二割m建念①Q爲凹匿いや繧・ ]l胃﹃︶ このように、昌日岸国は対象の意味や言葉に深く関わっ た概念である。延思ミ言§昌箇ミ藍§曼邑において、﹁想﹂ ︵$且3︶はつぎのように定義されている。 想の相とは何か。発想する︵いぃ且目目﹄の自画巨騨畠︶ という相である。すなわち昌目洋画を取ること、ま た、・冒騨を取ることを自体とする。そのことによ って、見聞覚知されたこと︵身駕鼠冒冨目鼻四ぐ言騨沙︶ にしたがって、意味︵少昌屋︶を言葉で表わす︵罰冒︲ 員秒冒国巳のである。 ︵円き黒騨口勺の宮口的①9画唾Pql“︾具.堅い駒尋割ご点や 函︾]②l]の︶ また、このような日日詳菌は、﹃職伽師地論﹂において は、﹁相・名・分別・真如・正智﹂という五法の一つと して、﹁唯識﹂を成り立たせる重要な概念となっている。 ところで、’一カーャあるいは大乗経典の中では特に P日日詳冨︵無相︶という表現のもとしばしばこの語が用 いられてきたことはよく知られている。この四日目拝冨 という語は、﹁意味形態に対する固執﹂から離れること を表わしているとみてよいだろう。そしてこの﹁意味形 態に対する固執﹂から解き放たれることをもって、世間 と出世間の差異がここに示されているといえる。説一切 有部は法として定立されたものはすべて自相をもって成 立しているとするが、おそらく、その法の定立というそ のこと自体のうちにいつのまにかひそみ込む﹁意味形態 に対する固執一こそが、ここにきわめて重大な課題とな ってきたことを物語っているのではないだろうか。それ はまた、﹁教義学﹂そのこと自体の成立根拠を問うこと にもなるであろう。経典は、ラディカルに、意味形態に 対する固執から解き放たれねばならないことを明らかに する。教義学は、それがいかに実現できるのかを時の言 葉をもって示さねばならない。膨大な﹃琉伽師地論﹄は、 単に一人の手によって著わされたものではなく、いくつ かの新古の層に分かれているものであることが明らかに されつつある。そのような事情から多少矛盾する記述も

(6)

ともに一つのものに組み込まれ編纂されたと考えられる。 しかし、新古の層が分析され、ある思想の形成過程が説 明されたにしろ、いったいこの膨大な量のままに一つに 編纂されているという事実は何を意味するのだろうか。 この膨大さがそのまま﹃琉伽師地論﹄の基底にある課題 の重さを表わしているように思われてくる。 説一切有部の教義学の中には、いくつかの特殊な概念 がある。そのなかの一つに﹁不生法﹂︵曾目吾四昏巳︺胃冒騨︶ という概念がある。﹁現観辺の世俗智﹂はこの不生法の 典型例としてしばしば引き合いに出される。確定した教 義学によれば︵以下は﹃阿毘達磨大毘婆沙論﹄巻三十六 による︶、この﹁現観辺の世俗智﹂が現観辺と名づけられ るのは、苦辺・集辺・滅辺を現観してこの智が得られる からとされる。つまりこの場合、苦辺の現観とは苦諦に ついての完全な現観を意味する。したがって、苦法智に おいてはこの智は起こらず、苦類智において起こる。そ の他の諦についても同様である。ただし、道諦について いえば、仏といえども種姓の異なるものの道を修するこ とはないから、あらゆる道諦を修し尽くすということは ] [ ないが故に、道類智においてはこの智は起こらない。ま た、この世俗智は見道に所属するものとされるから、修 道に含まれる道類智にては起こらないことになる。 この智が起こるときの所依身について、それは異生身 ではありえないから、見道の所依身と同じく随信随法行 身であるとされる。したがって、この随信随法行身は、 見道と現観辺の世俗智との二つの所依身であることにな る。ところが、見道位においては見道の所依身が起こる のであるから、この世俗智の所依身は決して起こらない。 修道に至れば信解・見至の身が起こる。したがってつい にこの世俗智の所依身は得られず、この智も畢寛して起 こらないということになる。つまり、現観辺の世俗智の 所依が生ずる機会が存在せず、所依の欠落によって、現 観辺の世俗智はついに未来にとどまったままで生起する ことがなく、非択滅を得て、もはや現前することなく不 生法となる。ただ見道位の三類智において、その未来の 現観辺の世俗智の得法のみを修するといわれる。 ところで、説一切有部の教義学の中で﹁現観辺の世俗 智﹂がこのような特殊な地位を獲得するまでにどのよう な変遷があったのか。いったい何のためのいかなる教義 概念であったのか。

(7)

﹃集異門足論﹄において、﹁教誠示導﹂︵“冒職の目召乱︲ 武冨昌沙︶を定義する中でつぎのようにいっている。 若有麸拐、能為他宣説、此是苦聖諦応遍智、乃至、 此是趣苦滅道聖諦応修習、亦能令他聞、已起諦順忍 得現観辺世俗智、名教誠自在亦名示導。 ︵大忠ゞや笛。いや届︶ ここに﹁謡順忍を起こしおわって、現観辺世俗智を得せ しめる﹂とある。このような﹁諦順忍﹂と﹁現観辺の世 俗智﹂については、﹃発智論﹄にも述べられている。 得諦順忍、苦現観辺者於苦忍楽顕了是苦、集現観辺 者於集忍楽顕了是集。 ︵大患︾やや喝9且当留・︶ ここにいう﹁諦順忍﹂︵、“ご曲目巳○目脚厨目武巳とは、﹁順 忍﹂﹁順諦忍﹂﹁随順諦忍﹂とも訳され、いわゆる順決択 ⑩ 分四善根位における忍位を示す言葉である。なに故に忍 位だけが﹁順諦﹂という限定語を受けるのかといえば、 それは忍位が聖諦現観にきわめて随順し、見道に隣近し ⑪ ているからであると﹃婆沙論﹄では説明されている。こ の﹃集異門足論﹄や﹃発智論﹄に述べられる﹁現観辺の 世俗智﹂は、見道に入る以前に得られるものである。﹃発 智論﹄には﹁苦現観辺﹂とは、苦に対して、これは苦な りと忍楽し顕了することであるとされているが、﹃婆沙 論﹄はそれを説明して、﹁苦諦順忍を縁ずることである﹂ といい、さらにこの場合の﹁辺﹂の意味は、忍が見道に 近いから辺と名づけるのだとしている。したがって、こ こにみられる﹁現観辺の世俗智﹂は、現観直前に起こる 世俗智であり、しかも忍位において観察された四諦のい ちいちについてもう一度﹁これは苦なり﹂等と確認︵I 忍楽顕了︶することであるといえよう。ただし、忍その ものも世俗智であるといわなければならないのだから、 もともとは忍のはたらきを現観辺の世俗智と呼んだのか も知れない。だが﹃婆沙論﹄では﹁苦諦順忍を縁ずる﹂ とするから、忍の直後に起こる世俗智としなければなら ない。 対象の直接的な観察︵知︶とその観察自身についての 知とが、しばしば区分される。さしあたっては、前五識 と意識の区別についていうことができる。それは無分別 なる知と有分別なる知との区別でもある。前者の知は後 者の知によって知として確定するといえる。この場合の ﹁現観辺の世俗智﹂という教義概念も、このような知自 身の成立に関わるものとして教義学の中に持ち込まれて きたのであろうか。

(8)

﹃発智論﹄に至るまでは、おそらく﹁現観辺の世俗智﹂ といえば諦順忍を得て起こるものであり、見道位に入る 前のものとされていたに違いない。その﹃発智論﹄の当 該箇所に対して、﹃婆沙論﹄でも同様に註釈されている。 ところが、﹃婆沙論﹄のそれ以外の箇所では、いわゆる 見道位における現観辺の世俗智のみが論じられている。 この﹁現観辺の世俗智﹂という教義概念の教義学上の地 位は、﹃婆沙論﹄を編纂する過程の中で大きく変更され たと考えられる。そしていうなれば、きわめて特殊な地 位をあてがわれることになったのである。それは﹃阿毘 曇心論﹄や﹁雑阿毘曇心諭﹄にもそのまま受け継がれて ⑬ いる。このような変更の理由は定かではないが、四善根 位中の忍位自身が﹃婆沙論﹄の中できわめてクローズア ップされ、いわゆる四諦十六行相による複雑な観察方法 が組み立てられ、忍位の地位が確定されていく中で、﹁現 観辺の世俗智﹂との関連を問題にしていく余地が残され なくなったからであろうか。 説一切有部の教義学の流れとは異なっているが、その 影響を十分に受け、むしろその流れに対する批判をも含 Ⅲ む﹃聡伽師地論﹄は、逆に、﹁現観辺の世俗智﹂の地位 を復権したともいえるであろう。しかも、それは出世間 後得智という決定的な地位である。 ﹃倶舎論﹄は、この間の事情をいくぶん伝えているか のようである。現観辺の世俗智について、説一切有部の 正統説を祖述した後で、つぎのような問いを出す。すな わち、この現観辺の世俗智は不生法であり、現前するこ とがないのなら、いったいどのようにしてこの智を修す るということが成り立つのか、と。説一切有部は、得 ︵胃:陣︶によって修すると答える。つまり、法自体を修 するのではないが、その法についての得という法を修す るとするのである。﹁得﹂という語は、まさに﹁得る﹂ という意味であるから、どうして得るのかという問いに 対して、得るから得るのだと答えたことになる。﹃倶舎 論﹄作者はこの点を指摘し、こんな答え方はいままで聞 いたためしがないと噸笑する。そして﹁昔のアーチャー ルヤたち﹂令日乱国qg︶が論じているようにいえばよ いとする。すなわち、 出世間道の性能︵3日胃詐辱騨︶にもとづいて世俗智 が修されるのである︵g卦四目冒唱。g島︶。その︹見 道︺から出定した者は、諦を把握対象とする、より

(9)

すぐれた世間智を現前化する。そして、それ︹世俗 智︺の現前に対して性能ある基体︵、煙目閂昏瞭国司︶の 獲得こそが、それ︹世俗智︺の獲得なのである。と いうのは、︹金︺の鉱脈︵唱前四︶が獲られたとき、鉱 脈よりとれる︹金︺︵彊員邑冨︶が獲られた︹という のと同様だからである︺。 ︵堅守︾鼠琴急ミミ忌計風魯守琴画吻廷邑①g吋討pQP戸秒ご︾や﹄つ@ 画Cl怪C﹃・﹄︶ スティラマティは、この﹁昔のアーチャールヤたち﹂と ⑭ は倒○魁。胃農であると註釈している。しかし、このよう な文脈をそのまま﹃琉伽師地論﹄に見出すことはできな いが、﹁摂決択分声聞地﹂︵巻六十九︶にはつぎのように 言われている。 見道に進みいった彼︹行者︺は、種子を浄化する ことによって、以前に薫習されたその有漏なる善の 世俗智を修する︵g図昌目︶。現観辺において、見 道から出定した彼には、以前には解脱したことがな い見所断の諸法から解脱をもたらすその︹世俗智︺ が再び生ずることになる。それが生ずることによっ て、その聖者面qg且咀置︶は、見所断の煩悩が断 ぜられたことを確かに認知する。 ︵月号昇酌ロ勺①国ご頤①昌圃﹄画﹃三塁1つ郡己①Hmo①g 印匡瞬弓?司大ぢ﹄もふ総ogl圏︶ ﹁大乗阿毘達磨集論﹄︵含置きミミ亀吟ミミR曼忌︶において は、現観は十種に区分され、その中の﹁真現観﹂︵冨芹割︲ :匡笛目昌四︶と﹁後現観﹂︵冒稗目目園目昌四︶についてつ ぎのように述寒へられている。 真現観︵冨詐39房騨目葛騨︶とは何か。見道の十六 心刹那を獲ることである。また、見道において、謡 を定立する︵鯨騨ご騨昌“ぐ餌い昏骨少昌昌︶現観辺の世俗智 ︵号巨、四目目自営園日切四日目且副3日︶を獲る︵胃餌巨︲ 鋤目目算の︶が、現前化するのではない︵目曾伽閂日目︲ 房目冨Hog。それら︹現観辺の世俗智︺は、修道に おいて現前化する。 後現観︵冒鴛冒目厨騨日騨冨︶とは何か。すべての修 道である。 ︵勺①冨口噸①9F︺四四]四ml﹃郡昌、﹄ぬ田討魯堂sや]いい ]⑭1画画︶ この﹃大乗阿毘達磨集論﹄の内容も﹃倶舎論﹄と符合し ているといえよ毒フ。 以上、﹁現観辺智諦現観﹂という言葉をめぐるアビダ ルマ教義学の展開の一面を考察した。

(10)

註 ①拙稿﹁連合と結合﹂︵印仏研宙l騨匿霞︶や邑望lg団 参照。 ②拙稿﹁﹃倶舎論﹄における本無今有論の背景﹂︵仏教学セ ミナー造.岳誤︶や岳参照。 ③前註①拙稿や巳訊以下参照。 ④﹃聡伽論﹄における﹁随眠﹂の概念は、﹁種子﹂と同義で あると考えられる。 ⑤﹃聡伽論﹄巻五十一己記胃巨占霞ごこ参照。眉侭︲ ロ弾秒.3昌巨・いぼ騨凹の語については﹄喜鼠言衰ミ昌亀冒恵§︲ 曽罫爵旨や暗﹃&参照。 ⑥昌協冨四と巳自己9コ沙との差異については竪罫鼠言黄昌︲ 忌野○玲急守吾詞也廷承で.]P]↑l]の︵四Q,[’四屯青い、吾屋一国員吾画mP怪lや函 閂倉珪ミミ言胃晨ゥ]上参照。 目§ごミ碁笥によれば、巴胃ロヴ四口四とは、﹁そのなんらか の表象︵目目g︸冒胃旨園3,騨胃四︶が生ずることを通 して、心心所によって把握されるもの﹂と定義される。そ の場合の﹁表象﹂︵胃鼻旨目出︶あるいは﹁認知形象﹂︵牌︲ 間p︶の原因に相当するものが、﹁意味形態﹂︵日日詳国︶で あると考えられる。 ⑦ここでいう﹁対象﹂とは、認知内容とは別に実在すると 考えられる﹁対象﹂のことである。しかし、門島昌ミ言 色詩ご唖邑。﹄丙望ぐ︲喝︶には、﹁杭﹂と﹁人﹂との誤認 に関して、﹁杭に対して人であるとする識知︵ご言目色︶は、 杭を把握対象︵巴騨日9口四︶とする以外にはなく、しかもそ こに人は存在しないから、対象︵ぐ耐昌⑳︶が全く存在しな いのである﹂と述べられている。この場合の﹁対象﹂とは、 ﹁人﹂を認知している認知にとっての認知内容そのものの 対象を指していると思われる。 ③五法については、﹃職伽論﹄巻七十二、七十三言.$胃 思当冨凹隠︶参照。上述の問題について、﹃聡伽論﹄のこ の箇所の厳密な検討が必要であると考えている。 ⑨桜部建﹁無相心三昧について﹂︵﹃壬生博士頌寿記念仏 教の歴史と思想﹄岳誤︶参照。 ⑩﹃婆沙論﹄隠四31巨︾膣騨巨l届参照。また、の罰ごsざ︲ 寺号園︾鳶︽︵①。、のロロ戸]P︶も,四mm。函l⑳︾四画P﹄Cl﹄い︸岸のP]画I]、 参照。 ⑪前註⑩﹁婆沙論﹄濃四国l扇参照。 ⑫きぎ皇ミ冒尋凰息言廻sや匡吟中野圏.扇l誤参照。 ⑬﹃阿毘曇心論﹄や留目ごEl鵠︾﹃阿毘曇心論経﹄や唖認 ウ届l暗当雑阿毘曇心論﹄己やら四や馬参照。 ⑭閂昌昌葺言目g亀一四四参照。また、袴谷憲昭弓日乱︲ ・胃冒考﹂︵印仏研置l蝉岳忠︶参照。

参照

関連したドキュメント

第 3 章ではアメーバ経営に関する先行研究の網羅的なレビューを行っている。レビュー の結果、先行研究を 8

て拘束されるという事態を否定的に評価する概念として用いられる︒従来︑現在の我々による支配を否定して過去の

平成16年の景観法の施行以降、景観形成に対する重要性が認識されるようになったが、法の精神である美しく

本章では,現在の中国における障害のある人び

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

被祝賀者エーラーはへその箸『違法行為における客観的目的要素』二九五九年)において主観的正当化要素の問題をも論じ、その内容についての有益な熟考を含んでいる。もっとも、彼の議論はシュペンデルに近

 この論文の構成は次のようになっている。第2章では銅酸化物超伝導体に対する今までの研

№3 の 3 か所において、№3 において現況において環境基準を上回っている場所でございま した。ですので、№3 においては騒音レベルの増加が、昼間で