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大正大学大学院研究論集35号 001池田宗譲「「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1)-『婆沙論』と『涅槃経』において-」

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Academic year: 2021

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「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1)

はじめに

  表題の 「世諦の中に第一義諦有りや不や」 は曇無釆訳 『涅槃経』 (および 『南本涅槃経』 ) 聖 行 品 の な か で 文 殊 師 利 菩 薩 が 提 し た 問 い で あ る。 仏 陀 は「 世 諦 と は 第 一 義 諦 な り 」 と答えられ た (( ( 。この答えは、中国南北朝期に盛行した二諦論議において一つのテーマ を提供した。 二諦の論議が中国南北朝期の仏教学の一角を担ったことは周知の通りである。二諦 論考の中で、諦(=審実・真実・不虚妄)が二つあるというのであれば二つの審実の 間には何らかの関係性があるのかどうか、ということを究明しようという思潮が起こ った。 「二諦相即論」である。 初期仏教において「二つの真理の形式に関する教え」の意とされる「二諦」 が (( ( 、中 国南北朝期において「相即」というアイデアのもとで理解されるのは、二諦が二つの 相待する概念として捉えられるからであり、それはとりもなおさず古訳時代から中国 仏教が主たるテーマとしてきた現象的人間存在(縁起的五蘊)と空との関係性(色即 是空、空即是色)を問う般若学、そして鳩摩羅什がもたらした中観仏教における本質 的なテーマ「現象と本性という相待する二つは究極において一つである」と見る不二 論の思潮の中で理解されたからである。特に『中論』観四諦品、第八偈は「約教」と しての、つまり「言説」としての二諦という理解を決定づけ た (( ( 。そうした中で古訳時 代から求められてきた「不二」は相待対立する言説としての二諦という枠組みにおい て考究されることになる。 『大乗玄論』 に「二諦とは相待の仮 称 (( ( 」といわれる所以である。 二諦論という枠組みにおいて「不二中道」が追求される思潮を生んだのである。 時に、鳩摩羅什とほぼ時を同じくして曇無釆によって『涅槃経』がもたらされ、い よ い よ 爛 熟 し よ う と し て い る 中 国 仏 教 思 想 に 決 定 的 お 墨 付 き を 与 え た。 「 悉 有 仏 性 」 はその最大の功績であるが、般若学界に対する功績は「二諦は相即する」という決定 的な証し(仏説)を与えたことであろう。それは当時の仏教界が課題とした法性、法 界、実相、中道といった哲学的命題を説明する方法であるからである。成実学、三論 学、天台学、そして華厳学といった精緻な理論を構える諸宗派、南北朝期から隋に活 躍した仏教者の思索の多くはこの点に注がれたといっても過言ではない。 このように南北朝期の仏教学の思索は「二諦(二)は相即する」の理論構築へと一 挙に向かったのであるが、一体、この証しである仏陀の答えには、それを引き出すた めの発問というものが当然有るべきである。この発問こそ表題の「世諦の中に第一義 諦有りや不や」という一見唐突なる疑問である。本論文はこの問が発こされた所以を 淵源的論場に尋ね、かくまでも南北朝期の仏教学の方向性を規定した発問の背景を視 察してみようという企画である。 さて、再び表題の「世諦の中に第一義諦有りや不や」の発問に立ち返り、本論がこ の発問に興味をもつ所以を述べる必要がある。 こ の 発 問 は、 説 一 切 有 部 の 論 書 で あ る『 阿 毘 曇 毘 婆 沙 論 』( 北 涼: 浮 陀 跋 摩 訳 ) と 大乗経典の『涅槃経』聖行品(北涼:曇無釆訳)における二諦の解説のなかで、仏陀 が二諦を説きたもうた理由は如何を解説する文脈において提出される問いである。そ し て、 こ の 二 つ の 仏 典 は、 仏 陀 の 二 諦 の 教 説 を 組 織 的 な 四 諦 論 説 の な か で 取 り 上 げ、 表題の発問を契機として進められる問答解釈において共通する文脈(型)をもってい るのである。

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大正大学大学院研究論集   第三十五号 二 【阿毘曇毘婆沙論】 問うて曰く。 (a)世諦(唐訳:世俗諦)の中に第一義諦(唐訳:勝義諦)有りと為 すや不や 。 (b)若し第一義諦有らば、 便ち是れ第一義諦にして世諦有ること無し。 若し無くば、亦た是れ一諦のみ 、謂く第一義諦なり。 答えて曰く、應に是の説を作すべし。 (c)世諦の中に第一義諦有り 、と。 (d)若し世諦の中に第一義諦無くば、如来の二諦を説きたまえるは則 ち其れ実の如くならず 。如来は二諦を説きたまえるは其れ実の如く なるが故に、世諦の中に應に第一義諦有るべきなり。 問うて曰く、 (e)若し然らば、便ち一諦のみ有らん 、謂く第一義諦なり。 答えて曰く、是の如く唯だ一諦有るのみ、謂く第一義諦なり。 問うて曰く、若し然らば、仏は何の故に二諦を説きたまえるや。 答えて曰く、事(唐訳:差別縁)を以ての故にして、体分(唐訳:実事)を以て せず、唯だ一諦有るのみ、謂く第一義諦、事を以ての故に而も差別 有り、若し事を以ての故に名づけて世諦と為せば、此の事を以て第 一義諦と名づけず、若し事を以ての故に第一義諦と名づければ此の 事を以て名づけて世諦と為さず。…… 問うて曰く、世諦第一義諦は別体として施設し得て雑合せざる可しと為すや。 答えて曰く、得可し。尊者和須蜜の説きて曰く、名は是れ世諦、名の所顕の義は 是れ第一義諦なり、復た次に、 (f)世間の所説に隨順せるは是れを世 諦と名づけ、賢聖の所説に隨順せるは是れを第一義諦と名づく …… 【大般涅槃経・聖行品】 その時、文殊師利菩薩、仏に白して言く、 世尊よ、説きたもう所の世諦と第一義諦は、其の義は云何。 世尊よ、 (a)第一義の中に世諦有りや不や。世諦の中に第一義諦有り や不や 。 (b)如其し有らば即ち一諦ならん 。 (d)如其し無くんば將に如 來の虚妄の説に非ずや、と 。 仏、言わく、善男子よ、 (c)世諦とは第一義諦なり 、と。 文殊師利菩薩言わく、 世尊よ、 (e)若し爾らば則ち二諦無けん 、と。 仏、言わく、善男子よ、善方便有りて、衆生に隨順して二諦有りと説くのみ。善 男子よ、若し言説に随わば則ち二種有り、一には世法、二には出世 法なり。 善男子よ、 (f)出世人の知る所の如きは第一義諦と名づけ、世人の知 る者をば名づけて世諦と為す 。…… 四諦を論説するなかで、仏陀の二諦の教説を取り上げ、二諦と四諦との相摂関係を 解説した上で、表題の発問を契機とする二諦論は基本的につぎの構成で進められる。 (a)発問   真諦と俗諦の相摂関係について 〔阿〕 世諦の中に第一義諦は有るのか無いのか? 〔涅〕 第一義諦の中に世諦は有るのか無いのか? 世諦の中に第一義諦はあるのか無いのか? (b)〃 〔阿〕 有るとすると世諦は第一義諦のことになり、無いとすると第一義諦一諦のみ で、結局、二諦は不成立となるのではないか 〔涅〕 有るとすると一諦だけではないか (c)答える 〔阿〕 世諦の中に第一義諦有り 〔涅〕 世諦とは第一義諦なり (d)問う    〔阿 〕世諦の中に第一義諦が無ければ、如来の不如実の語となろう 答える   〔涅〕 無ければ二諦有りとは如来の虚妄の説となろう (e)問う 〔阿〕 すると、第一義諦の一諦だけとなるのではないか? 〔涅〕 すると、二諦は存在しないのではないか? (f)以下、二諦について多様な解説を行う *〔阿〕 差別事(北涼訳、唐訳は差別縁)による二諦解釈を紹介 *〔涅〕 多岐にわたる二諦解説

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「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1) 三 こ の 二 つ は、 一 方 は 大 乗 経 典 で あ り 他 方 は 性 格 を 異 に す る ア ビ ダ ル マ 論 書 で あ り、 文 章 語 句 も 全 同 と は い え な い。 し か も、 こ こ に 件 の 発 問 に し て も、 『 涅 槃 経 』 は「 第 一義の中に世諦有りや不や、世諦の中に第一義諦有りや不や」というように二諦の相 摂 関 係 を 問 う て い る の に 対 し て、 『 阿 毘 曇 毘 婆 沙 論 』 は 単 に「 世 諦 の 中 に 第 一 義 諦 有 りと為すや不や」と単摂的関係性を問うており、また、その仏陀の答えは、 『涅槃経』 は「 世 諦 と は 第 一 義 諦 な り 」 と 相 即 的 二 諦 を 結 し、 『 毘 婆 沙 論 』 は「 世 諦 の 中 に 第 一 義諦有り」と世諦と第一義諦との単摂的関係を述べるというような決定的な異なりは ある。そして、 『涅槃経』は中道仏性に基礎づかれた大乗的二諦説を、 『毘婆沙論』は アビダルマ的二諦説を詳説する点においても決定的な異なりがある。しかし本論では その決定的に異なるところを問題にしない。 大乗とアビダルマがその目指すところ 「究 極」の異なることは先刻当然である。 しかし、右に示した二つの問答文は構成上共通点があるから、そこに二つの仏典の 背景となる共通の思潮を想像するのである。強いていえばもともとアビダルマ解釈家 によって行われた発問と答論の発想というものが存在していて、それを『涅槃経』聖 行品は自らの大乗義に立つ二諦経説を構成するために取り入れた、ということが想像 されるのである。そこで、この立場を異にする二つの仏典における件の発問の起こさ れる所以と意義を追ってみたい。 因みに、龍樹『中論』でも仏陀の二諦教説が重要なテーマであって、それは「観四 諦品」において論ぜられることや、本論の後説で触れるが、言説・約教としての二諦 という毘婆沙師の二諦解釈と共通の思潮を想像させることも付記しておきたい。 本論は、 「世諦の中に第一義諦有りや不や」とは、 『婆沙論』に見られるようなアビ ダ ル マ 的 二 諦 解 釈 の な か で 発 想 さ れ た 問 い で あ り、 『 涅 槃 経 』 聖 行 品 に お け る 当 該 の 発問と答文の構成はそうしたアビダルマ的二諦解釈の思潮に触れて構成されたもので はないかということを探る。その為につぎの手続きを履む。 〔Ⅰ〕 『婆沙論』における「世諦の中に第一義諦有りや不や」の発問の周囲 〔Ⅱ〕 『大般涅槃経』における「世諦の中に第一義諦有りや不や」の発問の周囲 なお、本稿では紙数上〔Ⅰ〕の発表にとどまる。

〔Ⅰ〕

『婆沙論』における

「世諦の中に第一義諦有りや不や」の発問の周囲

ま ず、 『 婆 沙 論 』 に お い て「 世 諦 の 中 に 第 一 義 諦 有 り や 不 や 」 の 命 題 が 提 示 さ れ る 様態を、論の説相のなかに追ってみる。 上記したように、中国における二諦の思想は鳩摩羅什の来夏によって発展を見たの であるが、一方、阿毘達磨の二諦説ももたらされていたのである。すなわち北涼・永 和五(四三七)年、 浮陀跋摩共道泰等訳とされるカシミール有部の阿毘達磨の綱要書、 迦旃延子造『阿毘曇婆沙論』六十 巻 (( ( であり、そこでは阿毘達磨としての二諦説を明瞭 に組織立てて論述している。 大乗仏教思想研究に風靡された南北朝期において阿毘達磨の二諦説が思想界に与え た 大 き な 影 響 は 見 な い。 し か し、 南 北 朝 期 の 二 諦 論 や 不 二 論 に 相 当 の 影 響 を も っ た 『涅槃経』 聖行品における 「世諦の中に第一義諦有りや不や (世諦とは第一義諦なり) 」 の発想は毘婆沙師の多様なる解釈の一つ(しかしこれは『婆沙論』の基本的な二諦解 釈であるが)を取り入れたものであると想像されることは面白い。また、後説に触れ る が、 梁 代 に 唱 え ら れ た「 二 諦 異 体 説 」 の「 異 体( 別 体 )」 と い う 発 想 は 阿 毘 達 磨 的 アイデアにながめられ、あながちこの時代に阿毘達磨的発想が二諦義に対しての影響 皆無であったとはいいがたい所がある。 しかし本稿は、婆沙論に提された「世諦の中に第一義諦有りや不や」の命題が発想 される契機の様態を明らかにすることが目的である。以下の論述では、基本的に玄奘 訳『 阿 毘 達 磨 大 毘 婆 沙 論 』( 文 中「 婆 沙 論 」 と 略 称 す る ) を 用 い、 必 要 に 応 じ て『 阿 毘曇毘婆沙論』を用い、北涼訳、唐訳の略称を使用することとする。

  「諦」について

『婆沙論』の二諦説は巻第七十七、 「第二結蘊」の、四諦を論じる中で詳論されてい る。この四諦論は、はじめに四諦を論究する所以を述べ、四諦の自性、諦の定義、四 諦 建 立 の 根 拠、 四 諦 の 相、 に つ い て 詳 細 に 論 じ、 さ ら に 仏 陀 の 教 説 と し て の 一 諦 説・ 二諦説と四諦の関係性、そして外道の教法の三諦・四諦と仏教の四諦について解釈を 施し、最後に四諦についてのいくつかの経文の解釈といった内容で構成されている。

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大正大学大学院研究論集   第三十五号 四 したがって、ここに問題は四諦と二諦との関係論において二諦の意義を読み取るこ とにある。 『 婆 沙 論 』 の 二 諦 説 の 大 概 は、 二 諦 の 体 は 無 二 で あ っ て 唯 一 勝 義 諦 の み が 実 在 し、 その唯一実在なるものを基調として仏陀によって二つの諦が教説されるのは 「差別縁」 によるとするものである。件の「世諦の中に第一義諦有りや不や」の問いはこの二諦 論において重要な契機を提供する。すなわち四諦論は説一切有部の迷悟にわたる教義 全 般 の 綱 格 な の で あ っ て、 こ こ に 持 ち 出 さ れ る 二 諦 説 と の 関 係 論 は、 一 方 の「 仏 説 」 としての世俗か勝義かという観点から四諦を意義づける効果となる。 そこでまず、四諦と二諦に共通する用語「諦」を『婆沙論』がどのような意義付け をしているのか確認しておく。 な お 、 真 俗 二 諦 の 語 義 に つ い て は 先 学 に よ る 詳 細 な 研 究 成 果 が あ る の で 頼 り と す る (( ( 。 「 諦 」 に つ い て『 婆 沙 論 』 は「 何 が 故 に 諦 と 名 づ く る や、 諦 は 是 れ 何 の 義 な る や 」 と の 問 い に 答 え て、 「 実 の 義 こ そ 諦 の 義 で あ り、 真 の 義、 如 の 義、 不 顛 倒 の 義、 無 虚 誑の義である (実義是諦義、 真義如義不顛倒義無虚誑 義 (( ( )」 といっている。 「諦」 は 「実 ・ 真・如・不顛倒・無虚妄」の義であるとする。本論の第二弾『 〔Ⅱ〕 『大般涅槃経』に おける 「世諦の中に第一義諦有りや不や」 の発問の所以』 において述べるが、 『涅槃経』 聖 行 品 の 二 諦 解 釈 に お い て、 「 実・ 真・ 如・ 不 顛 倒・ 無 虚 誑 」 が「 実 諦 」 を 意 義 づ け るキーワードとして幾度も使用されているのであって、いわば「諦」の基本的な意味 と理解していいであろう。 しかし、 この定義について『婆沙論』はつぎのような問答を設定しているのであり、 「 諦 」 の 意 義 が 単 な る 客 観 的 実 在 や 抽 象 的 真 理 を い う の で は な い こ と が 理 解 で き る。 それでは、何が「実・真・如・不顛倒・無虚妄」であるというのか。 問。 若 實 義 是 諦 義、 乃 至 無 虚 誑 義 是 諦 義 者、 虚 空 非 擇 滅 亦 有 實 義 乃 至 無 虚 誑 義、 何故世   尊不立爲諦。 [もし、実 ・ 真 ・ 如 ・ 不顛倒 ・ 無虚誑の義が諦の義であるというならば、 虚空・非擇滅にも実乃至無虚誑の義があるのに何故に世尊は諦としないのか] 答。若法是苦、是苦因、是苦盡、是苦對治者、世尊立爲諦、虚空非擇滅非苦、非 苦 因、 非 苦 盡、 非 苦 對 治、 是 故 世 尊 不 立 爲 諦。 [ 答 え る。 法 が 苦 で あ る と し て、 そ れ が 苦の因となり、 苦の盡となり、 苦の対治となるから、 世尊はそこに諦の義を立てるのであり、 虚空 ・ 非擇滅には苦も苦の因も苦の盡も苦の対治も無いから世尊は諦としないのである] 復次、若法是蘊、是蘊因、是蘊盡、是蘊對治者立爲諦、虚空非擇滅非蘊非蘊因非 蘊 盡 非 蘊 對 治 故 不 立 爲 諦。 [ ま た、 法 が 五 蘊 で あ る と し て、 そ れ が 五 蘊 の 因 と な り、 五 蘊 の 盡となり、 五蘊の対治 となるから、 そこに諦の義をたてるのであり、 虚空 ・ 非擇滅は……五蘊 ・ 因 ・ 盡・対治が無いから世尊は諦としないのである] 復次、若法是疾病、是疾病因、是疾病盡、是疾病對治者立爲諦、虚空非擇滅非疾 病 非 疾 病 因 非 疾 病 盡 非 疾 病 對 治 故 不 立 爲 諦。 [ ま た、 法 が 疾 病 で あ る と し て、 そ れ が 疾 病 の 因、 疾 病 の 盡、 疾 病 の 対 治 と な る か ら、 諦 の 義 を 立 て た の で あ り、 虚 空・ 非 擇 滅 に は す べ て 無 いから諦の義として立てないのである] 復次、若法是癰箭惱害過患、癰箭惱害過患因、是癰箭惱害過患盡、是癰箭惱害過 患 對 治 者 立 爲 諦、 虚 空 非 擇 滅 於 彼 皆 非 故 不 立 爲 諦。 [ ま た、 法 が 癰 箭 惱 害 過 患 で あ る と し て、 そ れ が 因 と な り、 盡 と な り、 対 治 と な る か ら、 世 尊 は 諦 の 義 を 立 て る の で あ り、 虚 空・ 非 擇 滅にはすべて無いから諦の義として立てないのである] 復次、若法是重擔、是能荷重擔、是重擔盡、是重擔對治者立爲諦、虚空非擇滅於 彼 皆 非 故 不 立 爲 諦。 [ ま た、 法 が 重 擔 で あ る と し て、 そ れ が 重 擔 を 荷 す る 因 と な り、 重 擔 の 盡 と な り、 重 擔 の 対 治 と な る か ら、 諦 の 義 を 立 て る の で あ り、 虚 空・ 非 擇 滅 に は す べ て 無 い か ら 諦 の義として立てないのである] 復次、 若法是此岸、 是彼岸、 是河、 是船筏者立爲諦、 虚空非擇滅於彼皆非故不立爲諦。 [ ま た、 法 が 此 岸 で あ る と し て、 そ れ が 彼 岸 と な り、 河 と な り、 船 筏 と な る か ら、 諦 の 義 を 立 て る のであり、 虚空・非擇滅にはすべて無いから諦の義として立てないのである] 復次、若法是苦、是苦因、是道、是道果者立爲諦、虚空非擇滅非苦非苦因、非道 非 道 果 故 不 立 爲 諦。 [ ま た、 法 が 苦 で あ る と し て、 そ れ が 苦 の 因 と な り、 道 と な り、 道 の 果 と な る か ら 諦 の 義 を 立 て た の で あ り、 虚 空・ 非 擇 滅 に は す べ て 無 い か ら 諦 の 義 と し て 立 て な い の であ る (( ( ] 右 の 問 い は、 「 諦 」 が「 実・ 真・ 如・ 不 顛 倒・ 無 虚 妄 の 義 」 で あ る な ら ば、 虚 空・ 非擇滅にも実乃至無虚妄の義がある、何故に世尊は虚空・非擇滅を諦とされなかった の か 」 と の 疑 義 を 呈 し そ れ に 答 え る と い う も の で、 第 一 の 答 え は、 法 が、 苦 と し て、 苦の因として、苦の盡として、苦の対治として立てられたものであるならば、世尊は その法を「諦」として立論されるのであるという。つづいて、 蘊、 疾病、 癰箭惱害過患、 重擔の法につきその因・盡・対治を述べている。苦・因・盡・対治は苦集滅道に対応 し、苦・蘊・癰箭惱害過患・重擔は凡夫の輪廻生死における苦悩的生存の様相を示す

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「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1) 五 もので、それが苦にはその因があるという実・真・如・不顛倒性、苦は尽くすことが 出来るという実・真・如・不顛倒性、苦は対治できるという実・真・如・不顛倒性が 認められるとき、その法を「諦」として立てるのであるという。後の二の此岸(苦) ・ 彼岸(滅) ・河(集) ・船筏(道)は四諦についてであるし、最後の苦・苦因・道・道 果はまさしく四諦に対応する。こうして、凡夫の迷から悟にいたる生存のありように おいて、そこに認められる実・真・如・不顛倒・無虚誑ならばその法を「諦」として 立論するけれども、虚空・非擇滅には「諦」として立てられるべき苦・因・盡・対治 などの特徴を持たないから「諦」として立論されないというのである。 ここに挙げられた「法」は凡夫の迷的なありようから悟的なありようへの決定的可 能 性 を 内 実 と す る と い う 限 定 を も つ「 法 」、 す な わ ち 四 諦 に 裏 打 ち さ れ た「 法 」 と い う 意 味 を 持 つ で あ ろ う。 こ こ に、 「 諦 」 が、 単 な る 客 観 的 物 質 的 世 界 の 真 理・ 真 実 を いうのではなくして、凡夫(人間)の迷悟にわたる「あり方 ・ ありよう」としての実 ・ 真・如・不顛倒・無虚妄の義を本質とするということが読みとれ る (( ( 。すなわち『婆沙 論』の右の表現によれば、 「諦」とはあくまでも吾々の「生存状態のあり方」の実 ・ 真 ・ 如・不顛倒・無虚妄性についていわれていると理解される。 と こ ろ で、 吾 々 の 迷 悟 に お い て 現 に 成 立 し て い る 生 存 は「 有( bhava )」 と 表 現 さ れるが、 『婆沙論』は右に引きつづいて「有」こそは諦の摂であるという。 問。若不顛倒義是諦義者、四種顛倒應非諦攝。所以者何、顛倒轉故。 答。以餘縁故立爲顛倒、以餘縁故是諦所攝。謂三縁故立爲顛倒。一決度故。二増 益故。三 一向倒故。是有是實實相相應故是諦 攝 ((( ( 。 [ 問 う。 も し 不 顛 倒 の 義 が 諦 の 義 で あ る と い う な ら ば、 常 楽 我 浄 の 四 顛 倒 は 諦 に 摂 め ら れ な い で あ ろ う。 何 故 な ら ば、 四 顛 倒 は 顛 倒 し て 転 じ る か ら で あ る。 答 え る。 余 の 縁 に よ っ て は 顛 倒 と なるが、 余の縁によれば諦の摂となる。 (四顛倒は)三縁によって顛倒であると結論づけられる。 一 は 決 度 で あ る か ら、 二 は 増 益 で あ る か ら、 三 は 一 向 倒 で あ る か ら で あ る。 / 有 は 実 で あ っ て 実相と相応しているから「諦」に摂められる。 ] 右 の 答 文 の「 餘 縁 」 は 北 涼 訳 に は「 餘 事 」 と い う。 こ の 場 合 の「 縁 」 と「 事 」 は、 後述に二諦を論述するところで唐訳の「依差別縁」を北涼訳は「以事」とするのと同 じ意味と解される。 「縁」は「条件となるもの(こと) 」「原因となるもの(こと) 」の 意であっ て ((( ( 、他のものとの区別が成り立つための条件・原因となる もの 4 4 (事)という ほどの意味であろう。この意味で「縁」は多様であるから後説には「差別縁(北涼訳 には[事] )」といっているのである。 ここでは、二つの縁によって「顛倒」すなわち諦に摂められない四顛倒と、実相と 相応する「有」の「不顛倒」が述べられれている。三縁とは、決度(識が対象を捉え て 判 断 決 定 す る 知 的 は た ら き )・ 増 益( 無 い も の を 有 る と 誤 認 し 固 執 し た り、 対 象 に 対 し て 他 の 要 素 を 付 託 誤 認 す る こ と )・ 一 向 倒( た だ 顛 倒 の 性 質 だ け で あ る こ と ((( ( ) で あり、四顛倒が顛倒であることの縁(条件)となる。しかし、四顛倒として現象して いる人間存在「有」は、 それを構成している要素という縁、 すなわち右にいう「餘縁」 によっては不顛倒となる。他の縁とは 「有が実相と相応している」 という事実である。 『 婆 沙 論 』 は そ の 巻 一 に 阿 毘 達 磨 論 を 説 く 意 義 を 述 べ て「 諸 法 の 真 実 相 に 通 達 す る こ とであ る ((( ( 」といっているが、右にいう「実相」は「諸法真実相」と同義であろう。阿 毘 達 磨 の 目 的 は 諸 法 の 真 実 相 を 究 明 し 通 達 す る こ と に あ り、 『 婆 沙 論 』 は 当 該 の 四 諦 論 の な か 始 め に「 四 諦 の 自 性 」 に つ い て 詳 論 し て「 是 の 如 き を 四 諦 の 自 性・ 我・ 物・ 自体相分本性と為 す ((( ( 」と結しているが、それは「諸法真実相」を説明するするもので あろう。 すなわち「有」は諸法の真実相と適合したところの真実であるという「縁」によっ て不顛倒の義としての「諦」に摂められるというのである。ここに「有」の意味は如 何が問われるが、 当然、 「自性 ・ 我 ・ 物 ・ 自体相分本性」 に相応したありかたとしての 「有」 を 意 味 し よ う。 『 婆 沙 論 』 は 四 諦 の 相( 特 質 ) を 問 う な か で、 「 大 徳 説( 北 涼 訳: 尊 者 仏 陀提婆 )」 として 「実有の事に於いて諦を建立し、 名づけて五取蘊と謂う」 と、 「実有事」 について「諦」が立てられるのであって五取蘊がそれであるといっている。 「実有事」 は 北 涼 訳 に は「 物 体 」 と 訳 さ れ、 「 実 体 と し て あ る も の( dravyatah-sat )」 「 自 性 を 持 つもの( sa-svabhāv a ((( ( )」の意であろう。 「実有」については、 『婆沙論』に五種の「有」 を 解 説 す る 第 二 の 意 と し て「 ( 実 有 と は ) 一 切 法 の こ と で あ っ て、 お の お の 自 性 に 住 したありかたをいう」と説明してい る ((( ( 。この「法」とは、もとより阿毘達磨において 解析された、存在を構成する要素としての有為・無為の実有の法である。ここでは前 に見たように人間存在の迷悟にわたる真実のあり方としての「四諦」の摂としての実 有 の 法 と い う こ と で あ る か ら、 「 法 」 と は 人 間 存 在 の 構 成 要 素 と し て の 実 有 の 法、 す なわち「五取蘊の法」ということになる。すなわち「五取蘊の法」が構成要素となっ て輪廻において苦に沈淪する人間の生存のさまざまなありようが成立するということ

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大正大学大学院研究論集   第三十五号 六 で あ る が、 『 婆 沙 論 』 は「 大 徳 説 」 と し て、 五 取 蘊 は そ の も の 自 体 変 化 す る こ と な く それ自体で存在するものとして「鉄団(鉄の塊) 」に譬えている。 大徳説曰。於實有事建立諦名。謂五取蘊。如從爐出極熱鐵團。三苦所隨順苦流轉 沒 在 苦 海 雜 苦 而 住。 如 苦 合 成 猶 如 鐵 團。 與 火 合 故 火 勢 隨 逐 極 熱 如 火。 此 五 取 蘊 亦 復如 是 ((( ( 。 鉄団が長時間火に熱せられ、 火と一体になると火の勢いがさらに盛んになるように、 実有の体である五取蘊と苦とが合して三苦流轉の雑苦的生存が成立するのであると説 明している。苦に雑された五取蘊の盛んな活動としての雑苦的 「有 (生存) 」は 「実有事」 ではないが、その生存の体としての五取蘊は「自性に住する実有事」であり「実 ・ 真 ・ 如・不顛倒・無虚誑」として「自性・我・物・自体相分本性」に適合したあり方とし て「諦」に摂められるのである。 漢 訳 に お い て 現 れ る「 有 」 に つ い て、 お よ そ ① 実 在 論 的 概 念 と し て の 有( bhāva ) と ② 人 間 存 在 論 的 概 念 を 示 す た め の 有( bhava )、 の 二 様 の 言 語 が 相 当 し て い る と い わ れ る。 佐 々 木 現 順 博 士 は、 ① 実 在 論 的 概 念 の「 有( bhāva )」 は た と え そ れ が 仮 の ものであれ、はたまた真なるものであれ、凡て思惟し得るほどのものならばそれの存 在の仕方が有であった、それ故に真なるもの乃至勝義的なるものは必ず「有」という 概 念 に よ っ て 表 さ れ て い た、 ② の 人 間 存 在 論 的 概 念 を 示 す「 有( bhava )」 は 具 体 的 には三有(欲・色・無色)であり端的には五取蘊に外ならず、十二因縁の系列の有支 はこの有( bhava )をいうに外ならないとい う ((( ( 。 こ の こ と は 参 考 に な る。 す な わ ち 以 上 の 用 例 解 釈 に も と づ い て 件 の「 是 有 是 實 實 相 相 應 故 是 諦 攝 」 の「 有 」 は、 実 相 と 相 応 し た 体 と し て の 五 取 蘊 す な わ ち 人 間 存 在 論 的 概 念 を も つ「 有( bhava )」 で あ り、 そ し て そ れ は ま た 実 相 と 相 応 し た 真 実 な る 実 在 と し て の「 有( bhāva )」 で も あ る。 つ ま り、 「 四 諦 」 の 研 究 を 綱 格 と す る 阿 毘 達 磨 と は 人 間 存 在 に 即 し て 客 観 的 に 透 徹 的 に そ の 実 在 性 を 究 明 す る も の で あ っ て、 「 諦 ( satya )」は、 たんなる客観世界の真理をいうのではなく、 あくまで人間存在( bhava ) にかかわって、 「自性 ・ 我 ・ 物 ・ 自体相分本性」なる諸法の実相に相応した実在( bhāva ) において立てられる、故に「実・真・如・不顛倒・無虚誑の義」をもつものと定義さ れるのである。 し た が っ て こ こ に 四 諦 そ し て 二 諦 に 共 通 す る「 諦( satya )」 が「 実・ 真・ 如・ 不 顛 倒・無虚誑の義」をもつ実在性を本質としているということになれば、実相に相応す る「有」を追求する阿毘達磨としては、二つの諦を説く理由を問うのは当然のあり方 であろう。

  「世諦の中に第一義諦有りや否や」

――四諦と二諦の論の中で――

『 婆 沙 論 』 は 以 上 の よ う に「 諦 」 の 定 義 を な し た 上 で、 四 諦 は「 餘 の 契 経 の 中 に 説 く二 諦 ((( ( 」からしてどのように解釈できるのかを詳論する。その中で打ち出される問い が「世俗諦の中に第一義諦有りと為すや不や」である。本稿が明らかにすべきは、こ の疑問の解決への文脈の構造が『涅槃経』に出される同様の問いとその解決への文脈 と同一の構造をもっている事実から推して、こうした問いを起こす一つの論議的思潮 の 存 在 を 想 像 す る こ と に あ る。 ゆ え に、 こ の 四 諦 と 二 諦 に つ い て の 論 を 素 描 し つ つ、 当該の文脈的構造を明らかにする。 (1)世俗施設と絶施設 ①四諦と二諦についての三有説において 件の問いが提出される前提として、四諦は仏説としての二諦説からはどのように解 釈できるのかの問題について詳論されている。 論述のはじめに「餘の契経の中に二諦説有り」と一見唐突に仏陀の二諦の教説が持 ちだされる。これは二諦説が仏陀の教説として広く認めらる位置にあったということ を意味するであろうし、それだけに四諦を綱格とする説一切有部阿毘達磨としては二 諦説との関係を整理しておく必要があったのであろう。 ま ず、 四 諦 と 二 諦 に つ い て 諸 説 が あ っ た よ う で あ り、 『 婆 沙 論 』 は「 有 の 説 」 と し て三説を紹介し、その上で「評曰」として『婆沙論』の本旨といえる毘婆沙師の説が 述べられる。ひとまず三説を素描すれば次のようである。 第一の有説は、男女行住瓶衣など、世間の人々に日常現見されるすべての世俗の事 は苦・集二諦に摂められ、出世間の真実功徳はすべて道・滅二諦に摂められているか ら、苦・集二諦を世俗諦とし、滅・道二諦を勝義諦とする。 第二の有説は、四諦のなか苦・集・滅を世俗諦とし、道諦のみを勝義諦とする。こ

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「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1) 七 のなか苦・集諦の世俗の事については第一の説の通りであるが、滅諦を世俗諦とする ことの理由については、仏陀は滅諦を説くなかで城・宮・彼岸に譬えているが、それ らは世俗として施設されたものであって世間現見の世俗の事に等しいからである。唯 一、 八 聖 道 を 特 質 と す る 道 諦 だ け は、 そ の 中 に 世 俗 の 施 設 は 存 在 し な い か ら 勝 義 諦 の 摂であるとする。 第三の有説は、四諦はすべて世俗諦に摂められるとする解釈。前の三諦の世俗の事 については前の解釈の通りであるが、道諦にも世俗の事が有るとする所以は、仏陀の 道 諦 に 関 す る 教 説 の な か に は 沙 門・ 婆 羅 門 と い う 施 設 さ れ た 名 が あ る か ら で あ る し、 「 空 非 我 の 理 」 だ け が 勝 義 諦 で あ っ て 四 諦 と は 別 に 立 て ら れ る「 諦 」 で あ る、 何 故 な らば空・非我のなかに世俗の事は施設されないからであるとい う ((( ( 。 以上、第一の解釈から第三の解釈へ、二世俗二勝義、三世俗一勝義、四世俗という ように四諦と二諦とを形式的に配した観がないではないが、少なくとも世俗の事につ いては、第一説の世俗諦の意味は「世間に現見されている事」にもとづき、第二説の 世俗諦については第一の世間現見の世俗の事に滅諦の世俗性を加えて、滅諦に関する 仏陀の教説の内容に世俗的施設の事が含まれていること、第三説の世俗諦についても やはり道諦の教説のなかに世俗施設的ことばが使用されているという理由を上げてい るのである。そしてそれとは対象的に勝義諦は「絶施設」のあり方であるとする。 ②四諦と二諦についての毘婆沙師の評において さて、以上の三有説につづいて、四諦の一々に二諦を具えているとする毘婆沙師の 解釈が出される。 評曰。應作是説。四諦皆有世俗勝義。苦集中有世俗諦者。義如前説。苦諦中有勝 義諦者。謂苦非常空非我理。集諦中有勝義諦者。謂因集生縁理。滅諦中有世俗諦 者。佛説滅諦如園如林如彼岸等。滅諦中有勝義諦者。謂滅靜妙離理。道諦中有世 俗諦者。謂佛説道如船筏如石山如梯百如臺觀如花如水。道諦中有勝義諦者。謂道 如行出理。由説四諦皆有世俗勝義諦故。世俗勝義倶攝十八界十二處五蘊。虚空非 擇滅亦二諦攝 故 ((( ( 。 [ 論 評 す る。 次 の 説 を 立 て る。 四 諦 に は す べ て 世 俗 諦 勝 義 諦 が あ る、 と。 苦 諦 集 諦 に 世 俗 諦 が あ る と は 右 に 上 げ た「 有 説 」 の 通 り で あ る。 苦 諦 の 中 に 勝 義 諦 が あ る と は「 苦・ 非 常・ 空・ 非 我 」 の 理 が あ る の で あ り、 集 諦 の 中 に 勝 義 諦 が あ る と は「 因・ 集・ 生・ 縁 」 の 理 が あ る の で あ り、 滅諦のなかに世俗諦があるとは、 仏陀は滅諦は林 ・ 彼岸のごときである等と説かれたからであり、 滅 諦 の な か 勝 義 諦 が あ る と は「 滅・ 静・ 名・ 離 」 の 理 が あ る の で あ り、 道 諦 の な か に 世 俗 諦 が あ る と は、 仏 陀 は 道 を 船 筏・ 石 山・ 梯 百・ 臺 觀・ 花・ 水 の ご と き で あ る と 説 か れ た か ら で あ り、 道 諦 の な か に 勝 義 諦 が あ る と は「 道・ 如・ 行・ 出 」 の 理 が あ る の で あ る。 だ か ら 四 諦 の 一 々 に 世 俗 諦 と 勝 義 諦 が あ る と 説 く の で あ り、 世 俗 諦 と 勝 義 諦 は と も に 十 八 界 十 二 処 五 蘊 を 摂 め て お り、虚空・非擇滅も二諦の摂である。 ] 苦諦集諦    世俗諦    世間現見の男女行住及瓶衣等の世俗の事 苦諦      勝義諦    苦・非常・空・非我の理   集諦      勝義諦    因・集・生・縁の理 滅諦      世俗諦    滅諦は林・彼岸などの世俗の事に譬えて説かれた 滅諦      勝義諦    滅・靜・妙・離の理 道諦      世俗諦    道諦は船筏石山梯百臺觀花水などの世俗の事に譬えて説かれた 道諦      勝義諦    道・如・行・出の理 世俗諦については 「世俗の事」 がキーワードになる。 「世俗事」 とは 『倶舎論』 にいう 「勝 義 有( paramārtha-sat )」 に 対 す る「 施 設 有( 世 俗 的 に 施 設 さ れ た 存 在 samvrt i-sat )」 を 意 味 す る で あ ろ う ((( ( 。 苦 集 二 諦 は、 「 三 有 説 」 と 同 じ く 男 女 行 住 瓶 衣 な ど の 世 間 現 見 の世俗の事つまり世俗的に施設されたものとし、 滅道二諦が世俗諦の摂である理由は、 仏陀の滅道に関する教説のなかで滅道が林・彼岸・船筏・石山・梯百・臺觀・花・水 といった世俗的に施設された世俗の事をもって譬説されているからであるとする。 勝義諦について、苦諦には「苦 ・ 非常 ・ 空 ・ 非我の理」が、集諦には「因 ・ 集 ・ 生 ・ 縁 の 理 」 が、 滅 諦 に は「 滅・ 靜・ 妙・ 離 の 理 」 が、 道 諦 に は「 道・ 如・ 行・ 出 の 理 」 がそれぞれあるとする。有部阿毘達磨の根本の修行である四諦観において修されるい わゆる「四諦十六行相」であり、 無漏智を獲得するための基調となる。これらを「理」 とし「勝義諦」であることの理由としている。 以上をもって、世俗諦・勝義諦には十八界十二処五蘊、さらには虚空・非擇滅も摂 められる。つまり、二諦はすべての有為無為の法すなわち一切法を摂めつくしている とするのである。 するとここで 「虚空 ・ 非擇滅は二諦の摂である (虚空非擇滅亦二諦攝) 」といっていて、 前説の四諦の「諦」を定義するところで、諦は実 ・ 真 ・ 如 ・ 不顛倒 ・ 無虚妄の義であり、 虚空 ・ 非擇滅もこの義が当たるのに何故に「諦」として立てないのかの疑問に対して、

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大正大学大学院研究論集   第三十五号 八 虚空・非擇滅には四諦の本質的要素である苦・因・盡・対治がないから「諦」として 立てることはないといったことと矛盾する。しかしここでは、二諦は有為・無為一切 法を包摂するのであり、したがって虚空・非擇滅無為も二諦の摂であるとするから問 題はないようである。 このことは、前説で詳説された四諦の「諦」と二諦の「諦」とは 意味上 4 4 4 区別される こ と を 意 味 し て い る。 す な わ ち、 『 婆 沙 論 』 で は「 諦 」 の 義 は 一 様 で は な い と い う こ とがいえる。これは後説で、諦が唯だ一諦だけならば二諦は何故に説かれたのかとい う問いに、 「縁」というキーワードが登場し、 「諦」が「縁」によって多義に解釈され ることに通じてくるであろう。 以上のように『婆沙論』は、四諦の「諦」と二諦の「諦」とに意味の上でのちがい を も た せ て い る も の の、 そ の 摂 法 関 係 に お い て は「 世 間 現 見 」「 世 俗 的 施 設 」 の 事 を もつという理由で四諦のなかに世俗諦があるとし、一方「四諦十六行相」の理という 点で勝義諦があるとする。なかでも道・滅二諦については、仏陀の教説のなかで世間 現見の世俗事に譬えられているという理由で世俗諦があるとされ、苦集二諦が世間現 見の世俗事そのものが苦の因となり苦悩を生み出すという理由で世俗諦があるとする のとはニュアンスのちがいがあり、十六行相の理を勝義諦として四諦に配している説 相に比してもやや整合性のちがいが見られ、いわば四諦と二諦との共通点を見出して 会通させたものといえなくもない。しかし、四諦の各諦それぞれに施設有・世俗事た る世俗諦と絶施設の理たる勝義諦の二つともに具える、つまり施設有の世俗諦と絶施 設の勝義諦とが一物に同時に存在するとなると四諦の各諦は矛盾的ありかたと見られ なくもないであろう。 (2)発問「世諦の中に第一義諦有りと為すや不や」について 以 上 の 会 通 的 論 述 に つ い で 発 さ れ る の が 「 世 諦 の 中 に 第 一 義 諦 有 り と 為 す や 不 や ? 」 の 問 い で あ る 。 以 下 に お い て は 、 こ の 発 問 を 契 機 に 展 開 さ れ る 二 諦 解 釈 に つ い て 述 べ る 。 右小題の 「世諦の中に第一義諦有りと為すや不や (問曰、 世諦中爲有第一義諦不) 」 は北涼訳 『阿 毘 曇 婆 沙 論 』 の 文 で あ り、 玄 奘 訳『 婆 沙 論 』 に は「 問、 世 俗 中 世 俗 性、 爲 勝 義 故 有、 爲 勝 義 故 無 」 という。本論の目的が、 『阿毘曇毘婆沙論』とほぼ同時期に北涼で曇無釆が漢訳した『大般涅槃経』 の 聖 行 品 で 発 せ ら れ る「 第 一 義 の 中 に 世 諦 有 り や 不 や、 世 諦 の 中 に 第 一 義 諦 有 り や 不 や 」 の 問 い と そ の 答 え の 構 造 が 有 部 阿 毘 達 磨 の 綱 要 書 で あ る『 婆 沙 論 』 の そ れ と 同 じ 構 造 を 持 っ て い る こ と か ら、 そ う し た 思 潮 の 存 在 を 想 像 し、 そ の 論 述 の 様 態 を な が め る( 考 察 す る ) こ と に あ る の で、 ここにあえて北涼訳「世諦の中に第一義諦有りと爲すや不や」を小題とした所以である。 後説のように唐訳と北涼訳とでは意味上大きく相違するところはない。 煩ではあるが表題の発問にはじまる一文は左記に示す(北涼訳と唐訳を出す) 。 【北涼訳】 問曰。 世諦中、爲有第一義諦不 。 若有第一義諦者、便是第一義諦、無有世諦。若 無者、   亦是一諦、謂第一義諦 。 答曰。應作是説 。 世諦中有第一義諦 。 若世諦中無第一義諦者、如來説二諦則不如 其實、   以如來説二諦如其實故 、 世諦中應有第一義諦 。 問曰。若然者、便有一諦、謂第一義諦 。 答曰。如是唯有一諦、謂第一義 諦 ((( ( 。 【唐訳】 問。 世 俗 中 世 俗 性、 爲 勝 義 故 有、 爲 勝 義 故 無 。 設 爾 何 失。 二 倶 有 過。 所 以 者 何、 若 世 俗 中 世 俗 性 勝 義 故 有 者、 應 唯 有 一 諦、 謂 勝 義 諦 。 若 世 俗 中 世 俗 性 勝 義 故 無 者、 亦應唯有一諦、謂勝義諦 。 答。應作是説 。 世俗中世俗性勝義故有 。 若世俗中世俗性勝義故無、佛説二諦言應 非實、佛説二諦言既是實 、 故世俗中世俗性勝義故有 。 問。若爾、唯應有一諦、謂勝義諦 。 答。實唯有一諦、謂勝義 諦 ((( ( 。 まず、この発問の所以について。有部の阿毘達摩磨論説は一切法を摂し尽くす四諦 を綱格として立てられたものであり、四諦論にすべての仏法が説き尽くされるという ものである。しかし、一方、右に見たように「餘の契経」には仏説として「二諦」教 説が説かれているのであるから、 仏教の総論を目指す阿毘達摩磨 (『婆沙論』 )としては、 自派が立てる四諦論との関係は如何にとの問いは当然立てられるべき問題であろう。 しかしそこでは、四諦論と仏説としての二諦教説とは矛盾無く解釈される必要があ ることは当然であるが、前述のように、施設有の世俗諦と絶施設の勝義諦とが一物の

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「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1) 九 な か に 同 時 に 存 在 す る と い う、 一 見 矛 盾 的、 説 明 を 要 す る 問 題 が 発 生 し た。 そ こ で、 この問題を阿毘達摩磨的に解決するために出された発問が「世俗諦の中に第一義諦有 有りや不や」である。 したがって、この問いは極めて阿毘達摩磨的発想(必要性)において発せられたも のであったといえる。 後説するが、大乗経典『大般涅槃経』はこの問いを型どおり取り入れて、これを自 ら の 大 乗 的 思 考 を 表 明 す る た め の 経 文 に 仕 立 て 上 げ る。 「 仕 立 て 上 げ 」 に つ い て は、 この発問につづく問答の組み立て方(構造)においても見ることができ、この二つの 作品の間になんらかの関係状況の存在を想像させるのである。 ①「唯だ第一義諦のみ実在である」の提示 右の両訳は内容的には大きく異なることはない。 第 一 の 問 は、 ( 北 涼 訳 )「 世 諦 中、 爲 有 第 一 義 諦 不 」 が( 唐 訳 )「 世 俗 中 世 俗 性、 爲 勝義故有、爲勝義故無」とあって留意されるが、表現的なちがいはあるものの、唐訳 は簡略な北涼訳に注釈を加えた形の訳となっている。 北涼訳は、それでは「施設された世俗」のなかに「絶施設の第一義諦」が有るのか 無いのかと直截に問うている。もちろん「諦」とは、前説の尊者仏陀提婆の説のなか の「 物 体 作 諦 」、 玄 奘 訳 の 大 徳 説「 於 実 有 事 建 立 諦 名 」 す な わ ち「 自 性 に 住 す る 実 有 の 法 に 依 拠 し て 立 て ら れ た 諦 の 名 」 で あ る。 し た が っ て す で に 諦 と し て は「 絶 施 設 」 の唯一の実諦である第一義諦(勝義諦)の外はない。玄奘はこのことを意識してかす でに初問において世俗から諦を取り去り「世俗の中の世俗性」と表現しているのであ る。そして、その答えのなかで「世俗のなかの世俗性は勝義によるから有る(世俗中 世俗性勝義故有) 」のである、つまり、世俗性の存立根拠は勝義であるという。 そして、さらに第二の問いに対する答えでは「ただ一諦、勝義諦だけが有る(實唯 有一諦、謂勝義諦) 」、すなわち勝義諦(実有について立てられた諦)のみが実在する という。ここでは「勝義の中の勝義性」という表現はない。これは勝義諦は唯一実在 の真実そのものであり、他のいかなる存在をも依拠としないからである。反対に、仮 施 設 さ れ た 世 俗 つ ま り 施 設 有 の 中 の 世 俗 性 は 勝 義 に よ っ て 成 立 し て い る。 「 世 俗 性 」 とは、絶施設の勝義と離れては成立し得ず、しかも仮施設されたあり方を特質とする 世俗の「世俗たること」 「世俗の本質」というほどの意味であろうか。 右の答えでは、 問者の言う「勝義によるという理由で世俗性が無い」ということは、 仏陀の二諦説はもとより真実説(仏説)であるという絶対の条件によって、成り立た ないとする。すなわち、絶施設にして実在である勝義が仮施設の世俗のありかたの存 立する根拠となっているという二つの諦の関係性が述べられているのである。すなわ ち、右の答えの「實唯有一諦、謂勝義諦」は世俗性を無みした上に結論されるもので はないということである。 ②仏陀が二諦を説いた理由(二諦教説が真実である理由)――差別縁の意味―― さて、以上のように実在するのは勝義諦の一諦だけであると結論すると問題が生じ る。真実なる仏説として二諦は説かれたのであるから、もし勝義の一諦だけが有ると なると、仏陀の教説は虚偽となる。そこで、唯一実在の勝義諦と施設された世俗諦と いう相対立する二つが矛盾無く成立するということを説明する必要が生じる。 すなわち『婆沙論』は、 問う、 もしそうであれば、 〔仏陀は〕何故に二諦が有ると説かれたのであろうか? (問、   若爾、何故立有二 諦 ((( ( )」 。 との問いを発す。答えは次のようである。 答。 依差別縁立有二諦不依實事 。若依實事唯有一諦。 謂勝義諦。 依差別縁建立二種 。 若依此縁立世俗諦。不依此縁立勝義諦。若依此縁立勝義諦。不依此縁立世俗諦。 譬如一受有四縁性。若依此縁立因縁性。不依此縁乃至立増上縁性。若依此縁乃至 立増上縁性。 不依此縁乃至立因縁性。 /又如一受有六因性。 若依此縁立相應因性。 不依此縁乃至立能作因性。若依此縁乃至立能作因性、不依此縁乃至立相應因性。 二諦亦爾。依別縁立不依實 事 ((( ( 。 [ 答 え る。 縁 を 差 別 す る こ と に よ っ て 二 諦 は 立 て ら れ る の で あ り 実 事 に よ る の で は な い。 も し 実 事 に よ っ て 立 て る な ら ば 唯 だ 勝 義 諦 の 一 諦 だ け が 有 る と し な け れ ば な ら な い が、 縁 を 差 別 す る こ と に よ っ て 二 諦 説 を 建 立 す る の で あ る。 も し 此 の 縁 に よ っ て 世 俗 諦 を 立 て る な ら ば、 此 の 縁 に よ っ て 勝 義 諦 を 立 て る こ と は な い。 も し 此 の 縁 に よ っ て 勝 義 諦 を 立 て る な ら ば、 此 の 縁 に よ っ て 世 俗 諦 を 立 て る こ と は な い の で あ る。 譬 え ば、 一 受 に 四 縁 性 が あ っ て、 も し 此 の 縁 に よ っ て 因 縁 性 を 立 て る な ら ば 此 の 縁 に よ っ て〔 等 無 間 縁 性・ 所 縁 縁 性 〕 乃 至 増 上 縁 性 を 立 て る こ と は な い、 も し 此 の 縁 に よ っ て 乃 至 は 増 上 縁 性 を 立 て る な ら ば 此 の 縁 に よ っ て 乃 至 は 因 縁 性 を 立 て る こ と は な い、 / ま た、 一 受 に 六 因 性 が あ っ て、 も し 此 の 縁 に よ っ て 相 応 因 性 を 立 て る な ら

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大正大学大学院研究論集   第三十五号 一〇 ば 此 の 縁 に よ っ て〔 同 類 因 性・ 遍 行 因 性・ 異 熟 因 性 〕 乃 至 は 能 作 因 性 を 立 て る こ と は な い、 も し 此 の 縁 に よ っ て 乃 至 は 能 作 因 性 を 立 て れ ば 此 の 縁 に よ っ て 乃 至 は 相 応 因 性 を 立 て る こ と は な い よ う に、 二 諦 も ま た そ の よ う で あ り、 縁 を 区 別 に す る こ と に よ っ て 二 諦 を 立 て る の で あ り 実 事によるのではないのである。 ] さて、まず「実事(北涼訳には[體分] )」は前述した「実有事[北涼訳には物 体 ((( ( ]」 と同義であろう。 『倶舎論』 に十六行相の 「実事 ( dravya )」 の語があ る ((( ( 。二諦は、 「実 事」すなわち自性を持つ実体としてあるものについて立てられたものであるならば唯 一 勝 義 諦 だ け と な り 仏 陀 の 二 諦 教 説 は 虚 偽 と な る が、 「 差 別 縁 」 に よ っ て 二 つ の 諦 に 関する真実の教えが立てられたのであるという。 つづく文章で四縁の譬えを出して説明しているので「差別縁」の「縁」を四縁を指 すものと理解しがちであるが、そう限定的に解する必要はない。前述した「餘縁」の と こ ろ で 言 及 し た が ((( ( 、「 縁 」 は 他 の も の と の 区 別 が 成 り 立 つ た め の 条 件・ 原 因 と な る もの 4 4 (事) 、「条件となるもの (こと) 」「原因となるもの (こと) 」といった意味である。 「諦 の定義」のところでは「余の縁によっては顛倒となるが、余の縁によれば諦の摂とな る」といい、餘の縁すなわち顛倒であることの三縁(三つの条件)によって顛倒の摂 となる四顛倒(したがって「諦」の摂ではない)と、人間存在という現象を構成する 要素であり実相と相応しているという縁によって諦の摂となる「有(実在するもの) 」 が述べられている。二つの「縁」によって諦(不顛倒の義)の摂となるものとならな いもの(顛倒)とがあるとされている。 こ こ で は、 「 も し こ の 縁 に よ っ て 世 俗 諦 を 立 て る な ら ば、 こ の 縁 に よ っ て 勝 義 諦 を 立てることはない。もしこの縁によって勝義諦を立てるならば、この縁によって世俗 諦 を 立 て る こ と は な い 」 つ ま り、 二 諦 は 異 な る「 縁( 条 件 )」 に よ っ て 立 て ら れ る と す る。 そ こ で 譬 え ば と し て 四 縁 を 引 き 合 い に 出 し、 「 も し 此 の 縁 に よ っ て 因 縁 性 を 立 てるならば此の縁によって〔等無間縁性・所縁縁性〕乃至増上縁性を立てることはな い」などとして、 「縁(もの・こと・事) 」のあり方によって四縁のどれが立てられる か と い う 縁 の 区 別・ 範 囲 が 述 べ ら れ て い る。 た と え ば、 『 倶 舎 論 』 巻 七「 分 別 根 品 」 に 四 縁 が 論 説 さ れ、 「 性 と は 縁 の 種 類( jāt i ) で あ る( 性 者 是 縁 種 類 ((( ( )」 と し て 縁 の 種 類 と い う 視 点 か ら 四 縁 の 類 別・ 範 囲 を 論 じ、 「 六 因 の 内、 能 作 因 以 外 の 五 因 は 因 縁 の 類である。阿羅漢が無余涅槃に臨む最後の心心所法を除いた他の已に現に生じている 心心所法は等無間縁の類である。この縁によって生じる法は前後相似して等であって 無間である。この義によって等無間縁の名を立てるのである。この義によって色等に ついては等無間縁を立てることはない。色等は不等に生じるからである。 (於六因内、 除能作因所餘五因是因縁性。除阿羅漢臨涅槃時最後心心所法、諸餘已心心所法、是等 無間縁性。此縁生法等而無間。依此義立等無間縁名。由此色等皆不可立等無間縁。不 等生 故 ((( ( 。」といっているが、この場合、阿羅漢最後の心心所法が「等而無間」の「義」 に よ っ て「 等 無 間 縁 」 と し て 立 て ら れ た「 縁( 事 )」 た る も の で あ る。 す な わ ち、 あ るもの(事)について四縁が立てられるのは、そのもの(事)とその「義」とに関わ ってその性(種類)が判別されるというのである。 す る と「 縁( 事 )」 は 多 種 多 様 と な る。 す な わ ち「 差 別 縁 」 と は「 縁 を 差 別 区 別 す る o r 種 々 な る 縁 」 と い っ た 意 味 で あ り、 「 縁 」 は「 対 象 の も の( 事 )」 で あ り し か もそれぞれ「義(あり方についての本質的意味) 」をもつものとなろう。 ま さ に こ の よ う に 二 諦 も「 差 別 縁 」 に よ っ て 説 か れ る の で あ っ て、 「 実 事 」 に よ る のではない、これが「諦」に二つ有りとする仏陀の教説が真実であることの理由であ るというのである。 すなわち、二諦は、前述のように「実事」という「縁」に立った場合は勝義諦とし て 説 か れ、 「 世 俗 施 設 」 と い う 縁 に 立 っ た 場 合 は 世 俗 諦 と し て 説 か れ る と い う こ と な のであろう。 「縁」は根縁の場合もあり概念の場合もあって一様ではないことになる。 『婆沙論』 は後説で、 いわゆる婆沙の四評家の尊者世友 (和須蜜 Vasmitra )、 大徳 (仏 陀提婆 Buddhadeva )、 尊者達羅達多 (陀羅達多 Dharmatrāta )の解釈を紹介しているが、 こうした多様な二諦解釈こそ「差別縁」としての二諦解釈の諸例なのであろう。 しかし、そうした「差別縁」による二諦解釈が可能になるためにはもう一つクリア ーしなければならない問題があった。 ③二諦は一物として施設できるのか さ て、 『 婆 沙 論 』 は つ ぎ に、 二 諦 が 差 別 縁 に よ っ て 立 て ら れ る と し て も「 相 雑( ま じりあって曖昧になる) 」することはないのかどうかということを問題にしている。 次のようである。 問曰。世俗勝義亦可施設各是一物不相雜 耶 ((( ( 。 答曰。亦可施設。 [問う。世俗と勝義とどちらもそれぞれ一物として施設して雑り合ってしまうことはないのか?

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「世諦の中に第一義諦有りや不や」発問の周囲(1) 一一 答える。二つともに施設することができる〔雑りあうことはない〕 ] 「 一 物 」 は 北 涼 訳 に は「 別 体 ((( ( 」。 「 一 物 と し て 」 は「 一 つ の 物 体( dravya ) と し て 」 の 意 味 で、 北 涼 訳 の よ う に「 個 別 の も の( 体 )」 の 意 味 と も な る ((( ( 。 す な わ ち 答 え は、 世俗諦と勝義諦とはそれぞれ一物として、あるいは体を別する物として施設でき、二 つが互いに雑合することはないという。前説のように「差別縁」によって、二諦は一 縁において同時に立てることはできない、すなわち一縁によって世俗諦を立てるなら ば同一の縁によって勝義諦を立てることなはできないのであるから、二諦は別々の一 物として施設されるものであって、 雑合して曖昧となることはないということになる。 ちなみに「別体」はものの分析・区別ということに立脚する阿毘達磨的な性格の語 なのであろうか。北涼訳『阿毘曇毘婆沙論』の他に『雑阿毘曇心論』などにも用例が 見 ら れ る ((( ( 。 管 見 で は、 「 別 体 」 な る 訳 語 は、 五 世 紀 の は じ め 頃 に 翻 訳 さ れ た 阿 毘 達 磨 論書にはじめて用いられた。中国南北朝期には成実学や三論学で二諦の一体 ・ 別体 (異 体)の論が盛んに行わ れ ((( ( 、以後、中国仏教では様々な問題についてこの概念からの解 釈が行われている。般若経、維摩経などの「二・不二」や中論の「一・異」はより基 調的な理論となったことは当然であろう。しかし、それは一異の見を超えた非一非異 の実相を求めるという思考過程のことであるから、 二諦一体や二諦異体 (別体) が別々 の学説として立てられることと同列に見ることはできない。 背景には阿毘達磨的な 「別 体 」 の 発 想 が あ っ た の で は な い か。 玄 奘 は「 一 物 と し て 施 設 」 と い い 北 涼 訳「 別 体 」 の語を取っていない。 「別体」という表現は「別々に自性を有して存立しているもの」 と取られる嫌いがある。しかしすでに、勝義諦の一諦だけが実在し世俗の中の世俗性 は勝義諦に依拠して存在しているのである。ゆえに、 南北朝期に行われた二諦の一体 ・ 異(別)体という発想を避ける必要があったのであろうか。 しかしいずれにしろ二諦はそれぞれ一物として 「施設」 できるというのが 『婆沙論』 の解釈である。すなわち二諦は「施設」されたものである。勝義諦の一諦だけが実在 するとはいうものの、二諦は別々の体として「施設」されたものであるというのであ る。ここに『婆沙論』の二諦に対する解釈の曖昧性(多様性)が見え隠れする。すな わち、実在の勝義諦までも「施設」であるとする。ここに二諦解釈の不整合が見える のである。つまり、実在を認めると「二諦は何故に説かれたのか」の問いに対する整 合的な答えが見いだせないのである。ちなみに、これは南北朝期の三論家において批 難の対象になった。 このように「勝義諦のみが実在する唯一の諦であり、施設された世俗の世俗たるあ り方(世俗性)は唯一実在の勝義諦に依拠している、けれども二諦は別々の一物とし て施設され、したがって二諦が雑合することはない」という性格をもつ二つの諦が施 設 さ れ る 根 拠 と な る の が 前 述 の「 差 別 縁( 二 諦 が 別 々 の 一 物 と し て 施 設 さ れ る 条 件・ 根 拠・ 意 義 )」 で あ り、 こ れ が『 婆 沙 論 』 の 二 諦 解 釈( 仏 陀 は 何 故 に 二 諦 を 説 き た も うたのかの問いに対する解釈)の特徴であるといえる。 ④毘婆沙師による二諦解釈の諸例 論 は 引 き つ づ い て、 い わ ゆ る 婆 沙 の 四 評 家 の う ち の 尊 者 世 友( 北 涼 訳: 和 須 蜜 Vasumitra )、 大 徳( 北 涼 訳: 仏 陀 提 婆 Buddhadeva )、 尊 者 達 羅 達 多( 北 涼 訳: 陀 羅 達 多 Dharmatrāta )の三師の解釈を紹介している。 世 友 は、 能 顕 の 名 を 世 俗 と し、 所 顕 の 法 を 勝 義 と す る( 能 顕 名 是 世 俗、 所 顕 法 是 勝 義 ) と い い、 そ し て 達 羅 達 多 は、 名 の 自 性 は 世 俗 で あ り( 名 自 性 是 世 俗 )、 義 の 自 性 は 勝 義 で あ る( 義 自 性 是 勝 義 ) と い う。 こ の 二 説 は 同 じ 解 釈 と い え る。 す な わ ち、 法 が も つ 本質性「義」は能表現者である名称(能顕)によって顕わされる(所顕) 、このとき、 名称は世俗であり法は勝義であり、また、名称の本性(自性)は世俗であり、義の本 性 は 勝 義 で あ る、 と い う。 い う ま で も な く「 世 俗( samvrt i 、 vyavahāra )」 は「 言 説 」 の 意 を も ち、 そ れ は「 顛 倒 」「 虚 誑 」 を 本 性( 性 ) と す る。 し か し そ れ が 顛 倒・ 虚 誑 で は あ っ て も、 「 法 」 と そ の 本 質 で あ る「 義 」 は 言 説( 名 称 ) に よ ら な け れ ば 顕 わ に な ら な い。 「 法 」 お よ び そ の「 義 」 は 言 説 世 俗 を 絶 し た あ り 方 で あ り、 い わ ば 言 説 以 前のあり方であり、勝義のあり方である。すなわち「義」の本性は言説以前の勝義で あるとす る ((( ( 。なお、この説を世俗の有と勝義の有というアビダルマの基本的な二諦説 にもつづくものとする解釈があ る ((( ( 。 大徳仏陀提婆は、有情・瓶・衣などといった事、すなわち世俗的に施設されたもの ごとを述べる( 宣説する )場合、 それが不虚妄心によって起こされたものであるとき、 その 言説 を世俗諦とし、縁性縁起などの勝義の理を述べる( 宣説する )場合、それが 不 虚 妄 心 に よ っ て 起 こ さ れ た も の で あ る と き、 そ の 言 説 を 勝 義 諦 と す る( 宣 説 有 情 瓶 衣等事、不虚妄心所起 言説 是世俗諦。 宣説 縁性縁起等理、不虚妄心所起 言説 是勝義諦 )という。 世 友 は も う 一 つ の 解 釈 を 出 し て い る。 「 世 間 に 随 順 す る 所 説 ( 世 間 世 俗 に お い て 正 義 と さ れ て い る 規 則・ 法 則 に 順 じ て 説 か れ た こ と )」 は 世 俗 に お い て 真 理 性( 諦 ) を

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大正大学大学院研究論集   第三十五号 一二 も つ も の で あ る か ら「 世 諦 」 で あ り、 「 賢 聖 に 随 順 す る 所 説( 賢 聖 が 体 得 し た 真 理 に も と づ い て 説 か れ た こ と )」 は「 勝 義 諦 」 で あ る と い う( 隨 順 世 間 所 説 名 是 世 俗。 隨 順 賢 聖所説名是勝義 )。 因みにこの解釈は、龍樹『中論』観四諦品・第八偈の青目釈に「一切法性は空であ るにもかかわらず、世間は顛倒して虚妄の法を生み出している、これは〔この世間的 虚妄の法は〕世間に於いて真実であるから世俗の諦といい、諸賢聖は、それは顛倒を 本 性 と す る も の で あ っ て、 一 切 法 は 皆 な 空 無 生 で あ る と 知 る、 こ れ〔 一 切 法 空 無 生 〕 は 聖 人 に 於 い て 真 実 で あ る か ら 第 一 義 諦 と 名 づ け る の で あ り、 諸 仏 は こ の 二 諦 に 依 拠して法を説くのである(世俗諦者。一切法性空。而世間顛倒故生虚妄法。於世間是 實。諸賢聖眞知顛倒性。故知一切法皆空無生。於聖人是第一義諦名爲實。諸佛依是二 諦。 而 爲 衆 生 説 法 ((( ( 。) 」 と い う 解 釈 と 同 じ で あ る と い え る。 ま た、 『 大 般 涅 槃 経 』 聖 行 品で、世諦が即ち第一義諦であるならばただ一諦のみとなるであろうに何故に仏陀は 二諦を説かれたのかという文殊師利菩薩の疑問に対する答えとして八種の解釈を出し ており、その第一は「世人の所知=世諦、出世人の所知=第一義諦」とするものであ り、 『婆沙論』や『中論』 (青目釈)の二諦解釈と同じ視点にに立つものである。こう して見ると、 『婆沙論』 、『中論』 (青目釈) 、『大般涅槃経』聖行品の二諦解釈に接点が 認められ、 「仏陀は何故に二諦を説かれたのか」 についてのさまざまな解釈が行われた、 そうした思潮の存在が想像される。 以上のように、仏陀の二諦教説は毘婆沙師によって「差別縁」という理解によって さまざまに解釈された。その背景には、唯一実在の諦として第一義諦(勝義諦)を認 めるという教学の枠組みの中で二諦教説を意義づけなければならないという阿毘達摩 磨的事情があった。 そのために還って多様なる二諦解釈の風潮が起こったのであろう。 そうしたなかで右の世友と大徳に共通して二諦を言説であるとしていることに注意 したい。 ちなみに二諦を仏陀の教説 (言教) であるとする解釈は衆賢 『順正理論』 にも 「有 言 」 と し て、 「 補 特 伽 羅・ 城・ 園・ 林 な ど の 相 応 の 言 教 は み な 世 俗 に 属 す る、 そ れ は その言説と言説によって示される対象とに齟齬がないことから「諦」とされる(非從 誑他作意引起故名爲諦) 、そして五蘊十二処十八界に相応の言教はみな勝義に属する、 それは諸法の実相を明らかに説くものであるから「諦」とされる」とあ る ((( ( 。いうまで もなく二諦は言説であり説法の形式であるとは龍樹が『中論』観四諦品において明言 するところであり、さらには中国において三論宗の約教二諦論へと発展するのである が、 少 な く と も 世 友 や 大 徳( 仏 陀 提 婆 ) そ し て 中 論 が 表 明 す る「 言 説 と し て の 二 諦 」 という諸解釈は、そうした阿毘達摩磨における二諦解釈の風潮のなかにおいて眺める ことが出来るのではないかということを付記しておきたい。       以上、結語は次稿において認めたい。 (()大正蔵一二、 六八四下。 (()安井廣済『中観思想の研究』参照 (()二諦を言説とするのは龍樹だけではない。 『婆沙論』 『順正理論』には二諦を言説 とする毘婆沙師の解釈が見られる。当時、こうした二諦解釈の思潮が存在したの である。 (()『大乗玄論』に「二諦者、蓋是言教之通詮、相待之假稱」 (大正蔵四五、 一五上) 。 (()もと、百巻全部あったが、涼城の兵乱に散逸し、六十巻のみ残存。玄奘訳『阿毘 達磨大毘婆沙論』の前半百十巻に相当という( 『佛書解説大辞典』 )。 (()安井広済『中観思想の研究』は初期仏教、阿毘達磨、大乗仏教の原典資料とその 言語分析にもとづいて真俗二諦の思想を発展史的に組織的にまとめている。西義 雄 『初期大乗仏教の研究』 は般若経を中心とする大乗仏教の二諦について論述し、 阿毘達磨の二諦についても論及している。 (()大正蔵二七、 三九八上。 (()同右。 (()廣 澤 隆 之「 仏 教 述 語 の 概 念 に つ い て ―― 比 較 思 想 に お け る 方 法 論 を め ぐ っ て ― ―」 (『現代密教』第十六号、 平成十五年三月、 一六六~一六九頁)参考。氏は「諦 ( satya )」 の 仏 教 と し て の 語 義 に つ い て 詳 論 し、 「 釈 尊 が 四 聖 諦 を 説 い た。 そ れ は 通 常 理 解 さ れ る よ う な「 四 つ の 真 理 」 で は な く、 「 聖 者 に よ っ て 説 か れ た 四 つ の 生の実態 (=現実、 本当のところ) 」 なのである」 といい、 また tattva について 「大 乗仏教においては事柄のありのままの事実を「真実」という漢訳語で顕すことが 多 い。 …… 直 訳 す れ ば「 そ れ で あ る こ と 」「 そ の も の 」 と い っ た ニ ュ ア ン ス で あ ろうか。しかも、それは師から直接的に掲示された世界の事実性であり……」と 論じている。 ((0)大正蔵二七、 三九八中。

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