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市民オ ンブズマ ン ・情報公開運動の実証的研究

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市民オ ンブズマ ン ・情報公開運動の実証的研究

第 Ⅰ 章 研究 目的 と課題

1

.研究の背景

本研究は,近年 またた く間に広が り, マスコミ等で も連 日紙面 をにぎわせている市民オ ンブズマ ン ・情報公開運動に焦点を当て,単なる市民運動 と しての側面か らだけではなく,地域づ くり,住 民 自治の発達 という視点か ら,人間発達,生涯教育の課題 にせまる実証的研究 を試みる。その中で も,住民 自治の学習という運動の普及 ・組織化の側面 に注 目し,全国的事例 ( 全国市民オ ンブズマ ン連絡会議)ばか りでな く,運動の火付 け役 となった仙台市民オ ンブズマンの事例 と筆者の関わ っ ている青森県の事例 を中心 に,地域的な実証研究 を通 じて,地域づ くりの戦後史的理解 とオ ンブズ マン運動の関連を問題にす る。

特 に.マスコミ報道 とは違 って,全国の運動は決 して一枚岩 というべきものではなく,様 々な形 悲, 目的,独 自の組織化,運動化の論理 を持 っていることを実証する。その上で, これ らの過程が 日本において, どの程度 「 新 しい市民運動」 と して位置づけることが可能なのか,地域的事例 を基 に考察 を加える。その際, ( 1 )様 々な地域での住民 自治をめ ぐる課題がオ ンブズマン ・情報公開運 動 に集約化 されていった過程.

(2)

全国一斉情報公開請求など,全国統一の運動 に集約化 されてい った過程,

(3)

県庁所在地 を中心に中心都市で作 られてい った運動が都道府県全体の組織化へ と向 かう上での実態や問題点,

(4)

弁護士型の運動 と住民運動統合型の運動の相違,学習の位置づけの 相違 などの項 目にわた って普及 ・組織化の相違点や共通点を検討 し,市民運動 と しての 「 新 しさ」

を評価する。

地域での実証研究を中心課題 とするのは以下の理 由である。それは,たとえば 「 社会教育」 とい う実践が

adulteducation

には掌握 されない特殊 日本的な用語であ り実践のあ り方であるように,全 国的規模で展開されているオ ンブズマン運動 も,世界各国での市民運動の 日本的形態 と して比較研 究するよりも.独 自の歴史的地域的基盤 を持 った 日本独特のものと してとらえる必要があるか らで ある。現状でのこれ らの運動は,組織の形 も一様でな く,都道府県ごとあるいは市町村 ごとに異な った運動の論理を持 っているため,地域 として分析 してい くことが不可欠である。 このように.住 民 自治 に関わ る運動の実証的研究 と しては,運動 自身の発達の論理を基本に して,地域 を対象 とす

る分析視角が有効であると考える。

筆者 はこれ まで,地域 における人間の生 き方や成長発達 に関わる教育的実践 を実証す るための方

法論を.発達社会学的方法 と して整理 を試みた。近年では地域 うたごえ運動,地域文化運動,原子

力施設建設 をめ ぐる住民運動 などを対象 に大衆運動の教育的側面に関わる実証 を行 っている。実証

研究は具体的な場 を問題 にすることか ら,地域が対象 とな り,発達過程 に関わ る地域の二面性や,

主体が地域独 自の個性を持 ったものとして現出 して くる過程の実証 を試みた。 地域の諸関係の中で,

実践における矛盾を兄いだ し.その矛盾が運動発展や個人の人格形成を進める過程 を,実践の原動

力として明らかにする方法である。 これ によると,中央一地方 という方向ばか りではな く,地方一

地方 あるいは地方‑中央 という方向もみ られ,その地域の諸関風 集団の発達段階の中で矛盾を

(2)

現 しながら展開す る関係がみいだされ る予測がある。それ らを,住民 自治の形成 との関係で実証 し ようとするものである。

上記の地域文化運動 を始め,環境運動や教育運動 など市民運動をその教育的側 面 を中心 に実証研 究 を進めてきたが, これ らの運動は住民 自治の実現 と地域づ くりの運動 として統合化 され る傾向を 示 してきつつある。そ こで,住民 自治に対する 「 新 しい運動」 といわれている情報公開 ・市民オン ブズマ ンの運動を, これ らの到達点 と してとらえ,実証 しようとす る試みである。運動の火付け役 となった仙台市民オ ンブズマンに関 しては,その母胎である地方 自治研究会

(1975

年発足)や宮城 地域 自治研究所

(1985

年 に研究会が発展 して設立) には結成時か ら会員 として参加 してお り,資料 収集 に関 して も協力者を得ている。 また,青森県においては,地域づ くりの争点 となっている核燃 サイクル施設県政問題 をめ ぐって,長年 アクシ ョンリサーチを続けてきたが,住民運動の発展の中 か ら情報公開やオ ンブズマン運動が展開 したとい う経緯がある。 この運動組織 にも結成当初か ら加 わ ってお り,その経緯の中で上記の課題は実証的に検討できると考え られ る。

日本においては市民オンブズマン運動 自体の歴史が浅 く,全国的に知れ渡 ったのもここ数年のこ とである。市民運動研究 としてヨーロッパやアメ リカ型の情報公開やオンブズマン運動の研究は政 治学的,法律学的,あるいは社会学的にも研究 されているが, 日本の現状を問題 にす る場合はあ く

まで も紹介ない しは比較研究が中心であった。最近 までは運動 自体が存在 しなか ったわけであるの で,オ ンブズマン組織間の比較研究 はできなか ったのである。つま り, 日本においては実証研究 自 体が未開拓 な分野であった。動 き出 しつつある運動の実証研究 においては,法律や政治論,あるい は単 なる事例研究 というだけではな くて,発達論,教育論 を含んだものが必要である。本研究は, 住民 自治の形成過程 に焦点を当てることによって市民運動論や組織論だけではな くて,地域づ くり をめ ぐる生涯教育論,住民 自治論, 自治体論, として も位置づけることが可能であると考える。

2. 住民運動研究の社会学的方法論

農村社会学であれ都市社会学であれ,地域社会 を対象 に研究 をす る社会学 においては, 「 住民運 動」 というのは中心的なテーマ,対象の一つであることは疑い得ない

地域研究 とは, もともと国 策 と民衆の関係 を問題 に してきたか らである。国家政策 とは時の権力に支持 された政治理念であ り, 国家や国土 ( 地域 を含む)の形成や再編 に関わ っては大 きな力を発揮 してきた。権力を持 っていな い住民は,地域の多数者であ りなが らも地域の 「 設計者」 としては摸能 してお らず,他者 にその力 を利用 された状態 ‑疎外 された状態によって地域 を担 ってきた。戦前の地方改良運動や 自力更正運 動,戦後の コミュニテ ィづ くり運動 に見 られるように.住民運動は必ず しも国家政策に対抗す るも のばか りではない。政策に対応 して意識的な行動 をとる 「 運動」は.そのことによって ( 疎外 され た形態であ っても)現実の地域 を担 っているわけであるか ら,地域の状況をあ らしめる構造概念に 含 まれ るものとしても検討がなされてきたのである。

一方, 「 住民運動論」 というな らば,それはまさに運動論 ‑実践であって,学者であろうが一般

住民であろうが運動参加者 としては同 じ立場で関与 しているものである。民主的な運動であればあ

るほど, 「 先生」 とよばれている学者や教育者が運動 を リー ドしているばか りではない ことは明 ら

かであろう

理論は実践の中で創 り出されてい くものであ り,住民運動を研究 している社会学者の

専売特許ではない。原子力政策をめ ぐってで も, 自然科学者の中では, 「 核燃 サイクルは安全か危

(3)

険か」を解明 しようとす る研究がある し,財政学者や経済学者 による 「 原子力事業 によって地域が 豊かになるかさびれ るか」の研究 もある。それぞれは,研究を通 じて十分 と言 っていいほど住民運 動 に関わ っているはずである。住民運動 を研究対象 と している社会学者個人は, これ らの運動 に対

して独 自の役割 を果たす ことはで きる し,結果 と して運動 に 「 貢献」する事 も可能である。

社会学者の場合の専門的特徴の一つは,実証的 な研究 をす るということであろう

住民運動 を実 証的 に研究す ることを通 じて運動に関わるとい うことである。住民運動を対象 とす る場合.その方 法 は大 きくいえば二つに分け られ る。外側か ら 「 客観的 に」調べるという方法 と,内側 に入 り込ん でい って 「 その内実をとらえる」 という方法である。筆者の方法 は後者である。 これは 「 参与観察 法」 と呼ばれ る場合 もあるが, どちらかと言えば,東京大学教育学部宮原研究室 ( 社会教育学)が

かつて編み出 した 「 アクションリサーチ」 に近いもの といえる。

戦後地域社会教育実践では,住民教化 と してのみ存在 していた戦前の社会教育を改め,学習権保 障に基づ く権利 としての社会教育を作 り出そうとしていた。 しか し,新 しい教育改革の もとでの活 動は,それ まで 「 確立 された ものがない思想」であ った ことか ら,研究者 と実践者 との協同 ・協力 を得 なが ら, 「 活動」の次のサイクルを獲得 してい く教育実践 と しての社会調査の方法 が模索 され た。つまり,研究者 と調査対象者双方の思想形成の内実 を探求す ることをその問題設定 に位置づけ る研究 スタイルをとったのである。

̀‑

'住民運動の形成や展開,特 にその発達 を問題 にす るアプロー チでは,上記の視点は重要 なものであると考える。 この場合,調査者が実践 に埋没す ることによっ て客観性が得 られ るかということや,調査者が 「 教育者」 になって しまう傾向があるのではな

か という疑問 も提示 されているが

2

住民運動の実態 を実証す るとい う上での 「 客観性」 は,外側 か ら見た場合 と同 じ程度のものであろう。 なぜ ならば,運動 には 「 敵」が必ず存在 し.その 「 敵」

を明確 に位置づけている場合などでは,表明されている 「 公式文書」や 「 公式見解」 と実際とでは かな りのずれがあることは当然であるか らだ。調査研究 における 「タテマエ」 と 「 ホンネ」の関係 が,課題 と して常につきまとうのである。筆者 はこのアクシ ョンリサーチの方法 を取 り入れて, こ れ まで地域文化運動 など教育や住民 自治の発達 に関わ る実証研究 を行 って きた。研究方法 とそれ に 基づいた調査研究は平成

7‑9

年度文部省科研費報告書 『 文化運動の普及に関する実証的研究

』1998

3

月, に示 してある。

社会学者 による住民運動研究では, もう一つ方向がある。それは,社会学的 な運動論 を理論 と し て展開す ることである。政治学や経済学 をベースと した運動論ではなくて.実証的な研究 という社 会学的特徴 を持 った理論の構築である。理念 よりも事実を中心に物事を考えてい くという姿勢であ る。本来社会学 というのは民主主義の時代の社会科学であるか ら,民主化や民主主義の発達 に関わ る諸活動 に対 しては有効な方法が存在 しているはずである。住民運動の曲が り角の時期 においては, 新 しい理論の建設が求め られているが.その理論化は遅れているといえよう

こうした視角か ら戦 後 日本の住民運動の運動論.組織化論 を検討 してみると,社会学的な方法 は着実 に脚光 を浴びてき ていると思える。

情報公開 ・市民オンブズマン運動の 「 新 しさ」は何か。 マスコミが注 目したこともあ り,近年瞬

く間に広が った様 に見える情報公開 ・市民オ ンブズマン運動は.それぞれの地域的基盤 を持 ちなが

ら展開されている。筆者が行 った全国市民オ ンブズマ ン連絡会議の都道府県代表者 に対 してのアン

ケー ト調査 によると

(97

7

月).全国組織結成や一斉情報公開請求 とい う統一的な運動 を示 して

い るものの,組織や組織化のあ り方は全国様 々であることがわか る。

(

Ⅱ章参照) しか しいずれの

団体 も,情報公開条例 を武器 に して地域 自治へ主体的に参加 し, 自治体の監視を行 う中で地域づ く

(4)

りに積極的 に関与 していることは事実である。 旧来の動員型の大組織ではな く,参加者の意志で動 く市民運動が楽 しく展開 されているのが特徴である。

この中で着実 に,いわば, 日本の近代史を貫 く課題 がよ り鮮 明にな ってきている。明治維新 によ って身分制的社会編成 は原理的に否定 され,集権的 な国家の主権性 を完成 させたはずではあるが,

「 身分制的 な中間団体」か ら解放 され国家 と直接向 き合 う 「 個人」が未確立のまま,戦後の諸団体 ( 地域 を含む)が結成 されているということである。 「 大本営発表」に代表 され るような,事実論証 抜 きで物事が進み,その ことに対 して問題提起がなされ ないで きた ことである。それは 「 市民 ( シ チズ ン) の未成立」 というキー ワー ドで捉えることもで きるが, 「 会社人間」や 「 みんなでわたれ ば意識」の頑強 さを思 うとき,住民 自治 に依拠 した地域づ くりも同 じ課題が存在 していることを示 してい る

だか らこそ,数 の大小や 「ぐるみ」に こだわ ることではな くて, 「 個人」の解放 (これ は人権理念の実現で もある)の課題 を追求 しなが ら, 同時にそれ を 自覚 した個人 ‑市民によって形 成 され る組織や運動が 目指 されてきたのである。それだけに,その地域における他の住民運動や地 域づ くり運動 との関わ りが,運動の発展 においては問われているといえよう

以上のような住民運動の発展か ら考 えると,事実の力を発見す る,事実の力を評価す ることを研 究 を通 じて運動論 に積み上げてい くとい う課題が,社会学研究 にこそ求め られているとはいえない だろうか。社会学研究 は,理論的な課題 と して意識的 に取 り組む必要があると考える。

3. 教育研究 としての位置づけ

日本社会教育学会では 「 地域づ くりと社会教育」 という課題研究の分野があ り,地域の現実 を反 映 させた実践 と,そ こか ら兄いだされ る社会教育の理論研究が取 り組 まれている。筆者 も農村地域 を対象に数回報告 を行 った ことがあ り, このテーマの研究 を総括 したうえで,そ こには,① 「 地域 づ くりを支える ( 公的)社会教育のあ り方」を検討す るものと,② 「 地域づ くりに結びつけて社会 教育の理論 を創出す る」 という

2

つの研究方向があ った ことを指摘 してきた

3)

特 に後者 に関 しては,研究は単 に住民運動や地域学習運動のあ り方 を検討す るだけではな く,学 問研究上の方法が問われ る分野であ った とも思われ る。地域づ くりは人間発達の過程 に結びついて お り,人間発達の原理であるか らこそ社会教育学の対象 と して地域づ くりがあることを認めざるを 得 ないのである。そ こか ら,社会教育 の学問研究 の室生 と しての 「 社会教育実践」 を, 「 地域づ く りの実践 をめ ぐる教育 ‑学習活動」 と して措定 してみ ることを試みた。 も し社会教育の科学 を作 る なら,一個の独立 した科学はその科学の対象 となる事実が全一体 と して備 えてい る特殊性 を土台 と して成 り立つ ことか ら,要素ではな く固有 な基本的特質のすべてを備えた部分を検討す ることが必 要である。 自己教育,学習,人格の発達 などを単位 とす るならば,わ ざわ ざ社会教育学 を持 ち出さ なくて も教育学で よいのである。地域 づ くりの中に具体化 されている 「 社会教育」の諸関係の矛盾 と止揚の道 を実証的 に明 らかにす ることは,以上の課題 に結びつ くものであると考えたのである。

社会教育の科学 を問題 にす る中で, 「 社会教育実践」の概念が検討 され始めたのは

60

年代後半 の

ことである。そ こでは,学問の対象 と してある 「 社会教育実践」 は, 「 社会教育活動 における教育

実践」では狭す ぎるということが問題 にされていた。

(4)90

年代 にいた って,鈴木敏正氏は労働 内容

論的視角か ら社会教育実践概念 を再構成す る試みを行 っている。社会教育実践 を地域住民の 自己教

育活動 とそれを支 える社会教育労働の統一 として定義 し,「 主体形成 ‑エ ンパ ワーメン トの教育学」

(5)

を提唱す る

「 主体形成の時代」 と言われ る現代 において,現代的人格 を 「 地域住民」 として把捉 し.「 地域 において 自己実現 と相互承認の領域 を拡大 し,その基盤 を蓄積 してい くこと

」 ̀5

' であ り, そ こに主体形成の課題 を見 る。地域 における自己教育運動 と社会教育労働の結合の課題である。

日本の 「 社会教育総体 を創造 してい く実践

( 権利 としての社会教育の実現 など) を問題 にす る ならば,国民の幅広い 自己教育運動 を対象 とす る分析 を必要 とす る。それは理念ではな く地域の中 で具体的に存在す るものである。 よって, この課題は実証的に検討 されなければならない。そのな かでは,「 生活の矛盾 を反映 して生 まれてきた」運動 ‑大衆運動 とその教育的側面 に注 目す る。 な ぜならば,それ らは教育 ‑学習が先 に存在す るのではなくて民衆の即 日的な運動 と してまず発現 し てい くか らである。そ こに社会教育労働が関わること,その意義 は 「 教育が教育 される」 という課 題 にまでつなが って問題 にされ ることである。 「 教育が教育 され る」過程へ と視野 を拡大す ること

によって,社会教育総体の創造 を問題 にす ることができるのである。

そ こか ら.社会教育実践 を実証的 に明らかにす ることは, 「 個人の 自立 ‑発達」 という額域 よ り も,地域づ くりとの関連でみることが不可欠である。大衆運動 を社会教育の科学 との関連でとらえ る研究は以上の課題で取 り組 まれ るべ きであると考える。それはまた,宮原誠一元学会長が提唱 し ていた 「 社会教育学会は泥臭いアカデ ミズムを目指す」ということとつなが っているといえまいか。

(1)小川利夫, 「戦後社会教育実践の思想 その2」,名古屋大学教育学部社会教育研究室紀要』,第2号, 121978

(2)山田正行 「社会教育実践分析の過程 とアクシ ョン ・リサーチ」,『日本社会教育学会紀要』,No.20,1984 (3)拙稿 「東北の地域づ くりと社会教 育,日本社会教育学会編 『日本社会教育学会紀要 S』No.31,1995 (4)小川利夫 『社会教育 と国民の学習権』勤葦書房,1973年,藤岡貞彦 『社会教育実践 と民衆意識』草土文

化 ,

1977年,参照。

(5)鈴木敏正 『自己教育の論理』筑波書房.1992年,111頁。同 『ェ ンパ ワーメン トの教育学』北樹 出版.

1999年,等参照。

参照

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