文化運動の普及に関する実証的研究
第 Ⅰ章 研究 目的 と課題
1.
研 究 の背景
戦後 の 日本 には 「 三大大衆運動 」 ( 1 ) とよばれてい る ものが あ る。戦前 の婦人解放運動 の遺産 を受 け継 いだ母親運動 、唯一 の被爆 国であ る 日本 か ら世 界 に平和 を求 め る運動 と して作 り出 され た原水禁運動、そ して うた ごえ運動 であ る。 これ らの運動 は、戟 後 日本 の歴史 的課題 を うけ、新 しい 日本社会 の変革 の姿 と して、 また、戦後民主主義 の 象徴 と して全 国各地 で幅広 く組織 されて きた。 まさに 「 世界 に誇 れ る 日本独 自」 な形 態 を持 ちなが ら、半世紀近 くにわた って現在 もなお引 き続 き展 開 されてい る もので あ
る
。その特徴 の ひ とつ と しては、三 つの運動 が ほぼ同時期 に飛躍 的 に発展 して い る こと があげ られ る
。第
1回 日本母親大会 が
1955年
6月、第
1回原水爆禁止世界大会 が同年
8
月 であ る
。それ以前 か ら全 国的運動 を形成 していた うた ごえ運動 は、それ までの中央 合 唱団中心 の運動 か ら脱却 して大衆路線 を方針 と して確認 し、同年
2月 に恒常 的全国組 織 と して 日本 の うた ごえ実行委員会 を結成 してい る。 この年 は同時 に、政治 的 には保 守合 同で 自由民主党 が結成 され、また社会党 が左右 を統一 しいわゆ る
55年体制 が成立 した ことで知 られているが、戦後社会運動 と してみれば、日本共産党 の第
6回全国協議 会 ( 六全協 ) が開催 され、分裂 を回復 して 自主独立 の路線 を決定 す る とい う重要 なで きごとが あ った年 で もあ る。つ ま り、 この 「 三大大衆運動 」 は、戦後民主化‑ レッ ド
パ
ー ジ‑ サ ンフラ ンシス コ体制 の成立 とつなが った時期 において、 レッ ドパ ー ジに代 表 され る戦後第
1の反動期 に もかかわ らず その運動 が準備 され、他 の 「 階級 的運動」が 大弾圧 され押 しつぶ されてい った時期 に、逆 に発展 を遂 げてい った とい う特異 な側面 を もって い るので ある。
これ らの運動 は 自然発生 的 に成立 したのではな く、 その背景 には階級 的な運動 が あ った ことは常識 で あ る。婦人解放、反戦平和 、文化革命、 どれを とって も政治 的、階 級 的文脈 によ って成 り立 っていた もので あ る。 しか るに、 レッ ドパ ー ジによる革 命 的 指導者 の追放 が さほ ど影響 を与 えていないばか りか、 それを上 回 る大衆 的な運動 の盛 り上 が りを生 じせ しめたのであ る
。担 い手 の圧倒 的部分 は大衆 と呼 ばれ る人 々で あ っ た と して も、 その運動 に参加 したエネルギ ーは、 その後 の階級 的運 動 の再構築 におい て も大 きな影響 を与 えて い った といえ よ う。 いわば、階級 的運動 の指導 な どとい う枠 を越 えて、大衆 レベルでの生活 向上意欲 や生活実感 に基 づ く要求行 動 が逆 に階級 的運 動 の力 とな って い った とい うよ うな展 開で もあ った といえ る
。そ もそ も、社会 の変革主体 と しての民主 的統一戦線 の中核 をなす のは労働戦線 で あ
り、戟後 日本の社会運動の中心 は階級的な労働運動であったことは疑 いえない。それ は、階級 に基礎 をお く不平等に対 して生産諸関係の再組織化を 目指す階級闘争 として 存在 しているが、運動 においては、 自己の社会的な位置 と役割の認識の もとに、変革 の担 い手 と して 自己形成す ることが重要な課題 として位置
づけられている
。特 に、職 域の問題だけではな く、地域の 「 共同消費」や文化環境、 自然環境 などは労働力再生 産の不可欠の条件 として存在 してお り、それ らの充実や正当な管理が行われなければ、
労働力価値 は一段 と低下 させ られることか ら、労働運動が地域づ くりを担わざるを得 ない客観的な根拠が存在 している。そのためには労働運動が地域の様 々な住民やその 運動 と結 びつ くこと、生活要求に基づ く共 同行動などが課題 として提起 されているの である。 この点において、企業内組合意識や 「日本型集団主義」の克服 は未だ もって 階級的運動組織の課題 として求め られているといえよう。
一方地域 の中では、階級闘争 にはすべて還元できない幅広い領域での課題 も存在 し ている。人種、民族、環境など人間 と社会 に関わる根元的な問題や、平和、 自由、平 等、民主主義などの普遍的課題などである。 これ らは住民にとって即 日的な問題であ り、多 くの場合 シングルイ ッシューとして地域の中で取 り組 まれてきた。その住民運 動 には、
70年代以降に現れたような階級的運動を拒否す る運動 ( 無党派 という党派
づくり) もあったか、近年の大 きな流れとしては、生活に関わるあ らゆる領域を対象 と しなが らも、特定の階層や特定の領域の利害 に留 まりがちであった ものか らの脱却を 目指 し、多党派 と連帯を追求 しなが ら地域づ くりの運動 として広が っていった経緯が ある。
いわば、この 「 階級的運動」 と 「それ以外の運動
」 (2)をつなぎ、両者を発展 させて い くとい う上で、上記の大衆運動の果た した役割は大 きい ものがあったといえる。運 動の対象 としてはそれぞれ、婦人運動、平和運動、文化運動 とい うジャンルに分かれ てはいるが、平和、民主主義、人権 といった 日本の戦後の国民的課題 に沿 った内容 ( 課 題)を共通 に持 ち、それぞれが関連 しあいなが ら展開されていったという歴史を持 っ ている。幅広い地域住民 ( 国民)の連帯や協 同を追求 しなが ら参加者、階層を拡大 し ていったのである。そこには当然のことなが ら、それぞれの諸個人、諸団体の変革主 体 としての力量形成を 自らの課題 としてい ったことがあることか ら、 これ らの大衆運 動 は教育的にみて も多 くの意義を持 っていたのである。
社会教育の領域では、 このような大衆運動 は 「 民主主義の学校」 と呼ばれた ことも あ った。運動 を支える学習を通 して、戦後民主主義を体現 し、担 い手層を拡大 してい くことに大 きな役割を果た しているか らである。上か ら導入 され教え込 まれた民主主 義ではな くて、民衆 自らが 自分の 目と手足で勝 ち取 っていった運動、そこには地域を 中心 とす る教育 ‑学習運動 と一体 とな って取 り組 まれた側面を見逃 してはいけない。
運動 と学習の関係はこれまで も何度 も指摘 されていたことであ り、「 学習あっての運動」
「 運動が学習を呼び起 こす」ことは当然のことであるが、それは運動の組織化の過程に おいて典型的に現れていた。
つまり、全国的な運動 として理解 されているこれ らの運動組織は、それぞれの地域
に基盤を持 ってお り、草の根的な組織化を前提 に して展開 されてきた ことは重要 であ る。全国的な傾向で語 られるものとは違 って、様 々な条件 によって存在 している地域 での運動のあ り方は一様ではない。多 くの場合が組織的 とはいえサークル的なっなか りをベースとしなか ら、参加者の意志で もって多様 な形態や実践の方向を持 っている 集団によって担われているのである。 よって、 これ らの運動の実態、特 にこの運動 の もた らす教育的 とか住民 自治に対 して とかの様 々な意義をを捉え るためには、実際 に 展開 されている地域 レベルでの運動や活動が、 どれだけ全国的な もの として提示 され ている運動 と整合 しているかを知 らねばな らない。
言葉を換 えれば、運動 とはまさに組織化の過程であるが故 に、中央か ら地方 に対す る組織化の実態、地域での集団内部での組織化の実態が問われなければな らないので ある。む しろ、様 々な組織化の途上 にある地域での集団の実態が統合 された もののイ メー ジとして全国的な大衆運動が とらえ られ るとい って もいいであろう。運動の普及 と組織化にわた っての中央 一地方、地域 一地域、集団内ではさらに小 さいグループ ・ 個 人 にわたる活動の展開の中で、 これ らの運動が構成 され、動 いているということであ る。本研究が、大衆運動の実証的研究 としなが らも、その普及の側面を問題 にす る意 図は以上の点にある。特 に運動の実態 とい うよりも、人間や地域の発達 など教育実践 における意義 とい う側面を問題 にす る教育社会学的研究 においては、大衆運動 とい う 形態の持つ独 自の側面を問題 に しなければな らないが、そこには組織化、普及 とい う キーワー ドを もとに、地域 において実証す るとい う視角が必要であると考え るのであ る。
本研究が対象 とするうたごえ運動 は、主 として青年期を中心 と した地域文化運動 で あるが、研究者か らのその内部 にわた っての検討 はあま りなされていない。 日本 の う た ごえ全国協議会 や中央合唱団の歩みとしての歴史研究はあるものの、地域 での運動 の研究蓄積はない。 これは、社会運動において うたごえ運動の果た してきた役割を、中 央 の運動 として一元的にとらえて しまった り、狭 くしか とらえ られない結果を生 みだ しているともいえよう。地域での運動を対象 とす ることは、現実の うたごえ運動 の全 体像を正確 に理解す るために も必要な ことである。
以上の ことか ら、本研究は うたごえ運動を戦後 日本の地域運動 に位置づけて、文化 運動 としての側面ばか りでな く、教育実践 における意義 ‑地域づ くり、住民 自治 の発 達 という視点か ら、人間発達、青年期教育の課題 にせまる研究の理論的及 び実証 的研 究を試み る。
2.
実証研究の方法 と課題
大衆運動研究 としての理論的な考察 は第
Ⅱ章で述べ るが、 ここでは実証研究 と して の方法に関す る点を指摘 してお くことにす る。
筆者は以前 に、地域 における人間の生 き方や成長発達 に関わ る教育的実践を実証 す
るための方法論 を、発達社会学的方法 と して整理を試 みた。教育社会学の学問的性格
をめ ぐる論争か ら、教育実践を実証的に検討する教育社会学の もつ積極性を論 じ、研 究が 「 発達の社会学」として発展 させ られるべきことを述べたのである。また特 に、教 育社会学の主 たる研究テーマである 「 地域 と教育 」 「 集団と教育」における実証研究 に おいて、調査研究の 「 混迷 と停滞」や 「 不毛性」の批判 に答える意味で も、教育の研 究のためには何をどう実証するか という発達社会学的方法を、 ヴォランタ リー ・アソ
シエーション ( Vo l u n t a r y・ As s o c i a t i o n 略 して Ⅴ. A と記す。)を例 に述べた ことがあ る。
(3)すなわち 、1 9 5 0 年代の教育科学論争か ら学ぶな らば、教育実践の実証的研究には、単 なる実践の分析ではな く、対象 としての実践の中に矛盾を兄いだす こと、その矛盾が 教育の発展や個人の人格形成を進める過程を明 らかにす るなど、実践 における矛盾を 実証的に分析す ることの課題が示 されていた。「 教育」‑ 「 社会」、「 社会」‑ 「 教育」
という規定関係を追 うことだけではな く、教育 と社会を発達論的に問 う、あるいは発 達の過程 として実証す る教育研究が求め られたか らである。階級関係 におかれた資本 主義社会の教育実践の特殊性を示すな らば、実践の もつ矛盾の中に教育科学を拘束す る対象 としての教育の本質があ り、矛盾の展開過程を実証することが教育社会学の積 極的役割にはかな らないといえる。 こうした視角か ら、「 地域 と教育」や 「 集団 と教育」
のテーマをめ ぐって も、集団を通 した発達のあ り方を、実践において引き起 こされる 矛盾の側面か ら分析を加え、その教育的意義をとらえるという方法が導 き出されるこ とになる。いわば、実践の中の矛盾 とその矛盾の展開に対する力動を発見する中で、発 達のあ り方 を実証す るとい うことになろう。それは、集団の社会的行為の中か ら教育 の過程を抽出 してい く社会学的研究であ り、教育実践を実証 してい く上での基礎 とな ると考えたのである。
発達社会学的視角による集団分析が最 も有効性を発揮すると考え られるのは、集団 における自己教育の過程を分析する場合である。 自己教育過程は社会教育の分野の中 核をなす形態であるが、地域 における自主的な学習集団は、多 くが Ⅴ. A としての性格 を持 ってお り、青年サークルなどはここに位置
づけられる。社会諸集団の中で も 「自 発的結社」 と呼ばれる Ⅴ. A の研究を見 ると、集団の性質上、体系性 ・一貫性 ・組織性 に欠け存在が不安定であること、教育内容の多様性、教育効果測定が困難であること な どによって教育的意義を明 らかにする実証研究は不十分であ った と言 われている。
しか し、 コ ミュニテ ィや地域学習社会の形成がさけばれ、インフォーマルな教育活動
やその集団の位置づけが相対的に高まっている現在、「 集団 と教育」をめ ぐる教育社会
学研究において も、学校 ・家庭など強固なスタイルを持つ集団の教育的意義 だけでは
な く、集団の 「 展開」過程 に教育的意義を求める視角が必要 とされている。地域の中
にあっては、 イ ンフォーマルであ りかつ周辺的であって も、活動の展開の中で教育的
意義を創出 してい く集団の意義が問われているのである。 自己教育 こそが教育 の高次
の形態であると言われる理 由 もここにある。発達社会学的視角は、成員の自発的意志
で 自由に変え られる度合が比較的高い集団としての Ⅴ. A の分析 に対 してばか りではな
く、 このように周辺領域の諸活動か ら中心領域 (フォーマルな教育)の諸活動 を再検
討す る視角を提示す ることによって、家庭 と学校 に対象が集中されている教育社会学 の集団研究 に、実証研究の レベルで有効性を発揮できる根拠があると考えたのである。
筆者の とった調査方法 は、参与観察法的な手法 ( 形態か らす ると東大宮原研究室が 編み出 した 「アクション ・リサーチ」に親和性を持つ)であった。地域文化運動 とし てのうたごえ運動の調査は、この
V.Aとしての性格を持つ合唱サークルか ら始 まった。
それは、本研究の中心的対象 となった地域 うたごえ運動の地域 中心合唱団である仙台 合唱団ではな く、運動の周辺部 にあって、 うたごえ運動 に 「 未加盟結集」 といわれて いて、 うたごえ運動の組織化の対象 となっていた A 合唱団の調査であった。 この調査 を 70 年代後半か ら続 けなが ら、宮城のうたごえ協議会や関連す る多 くのサークルとの 接触を可能 に し、調査研究上、資料収集上の障害 はな くなる程度の人間関係を作 り上
げ、協力者を獲得 した。
最初 に A 合唱団か ら始 めたのは、次のような理 由による
。まず、友人か らの勧誘 も あ り、 自分 自身 も同世代の青年 ということで、調査主体 一客体 の社会関係を問 う上で は、 自然な感 じでサークルの一員 となることができたことである。第二 に、強力な指 導者の意志 によって活動内容が規定 される合唱団やサークルの形態をなさない無原則 な集団ではな く、規約 にもとず く民主的運営の形態が保持 されていたこと。加入脱退 が 自由であ り、いつで もどのような人間で も参加す ることができるサークルであ った ことがあげ られる
。つま り、民主的形態を持つサークル としては、典型的な性格 を持 つ ものであ ったことである。第三に、社会的基盤 としては、文化運動 ・労働運動の高 揚の中か ら展開 していたうたごえ運動や労音運動 によって支え られてきた一面 と、市 民のサークル として市の社会教育行政 とも交流を持つ、いわば中間形態 として存在 し ていたこと。また、発足後
5年を経過 し、世代交代や活動内容の明確化などが課題 とな
ってお り、 自己展開を見 る上では格好の素材であったことがあげ られる。 このような 特徴は、前 にあげた地域集団の研究の課題に照 らしてみて も適合 してお り、「アクショ
ン ・リサーチ」が十分可能な集団であった。
「アクション ・リサーチ」とは 「 調査研究者 と実践者の共同 ・協力を得なが ら、活動 の次のサイクルを獲得 してい くという教育実践 としての社会調査のあ り方
」 (4)と定義 されているが、参与観察法を基本 として行われたこの調査は、次のような方法である。
まず、作業仮説 として、集団活動 において現出することが予想 される 「 矛盾」を先 取 りし、この 「 矛盾」を 「アクション ・リサーチ」上の要件 として設定する。それは、
60
年代を通 じて提起 されていたサークル活動の実践的課題 と青年期その ものが持つ発
達課題 との関係か ら導 き出された 。7 0 年代以降の都市青年サークル活動の実践的課題 は
当時、活動の到達点 として次の
4点が指摘 されていた。第
1は、成員の要求の尊重 と
サークルの民主的運営がなければサークルは発展 しないということ‑ 「 サークルの民
主的運営」に関わる点である
。第
2は、「 余暇善用」のサークル観か ら 「 生活 と社会 を
見つめ、正 しい ものの見方を身 につける」サークル観 に移 らなければサークルは発展
しないこと‑ 「 余暇善用型の克服」の課題である。第 3 は、サークルの発展はサークル
内部の努力 とともに、外部、すなわち社会的条件を有利にすることも必要であること
‑ 「 社会的条件の獲得」に関わる点である。第
4は、これ らを遂行 して行 くために不可 欠な教育学習の発展 ‑ 「 学習内容の科学化」である
。 (5)以上 はサークル活動が停滞 し た り崩壊 した りしないための、集団自体の持つ発達の課題で もあ った。成員 は集 団を 自己展開 させなが ら、それ らを 自分 自身の発達の課題 として一つ一つ達成 に向けて努 力 してきたのである。
これ らを、 自己教育活動をめ ぐる集団の変化 ( 発達)への要件 として、それぞれ①' リーダー層 と成員の要求、②'集団の明示 目的 と個人の 目的、③'サークル化 と運動化、
④'フォーマルな教育 とイ ンフォーマルな教育、との間の矛盾 として措定 した。サーク ルの展開過程 はこれ らの矛盾の展開過程で もあ り、活動の画期 によってそれ らは集 中 的に示 され る。調査 は、 これ らの矛盾 に対 して関与 してきた 「 教育」を とらえ ること が課題 となる
。教育的働 きかけを行 う 「 教育者」が対象 とな り、 どのような個人 ( 隻 団)が、 どのよ うな方法で、何の 「 矛盾」 に対 して関与 してい ったのかを活動 の画期 との関連で調査す ることで、「 教育」の内実が分析 されることになる。実際は、教育の 存在形態 ( 公教育の現在 ‑五十嵐顕)を類型化すれば、サークル活動 には、「 固有の教 育実践」 と してサークル集団内の教育活動、「 教育政策」 としての公教育 ( 学校教育 ・ 社会教育)、「 批判的運動」 としての大衆運動 による教育的側面 ( 他の社会運動組織か
らの影響 な ど)の三者の関与が考え られる。 この場合、「 教育政策」 と 「 批判的運動」
はサークルの外 にあるので、調査者 は、「アクシ ョン ・リサーチ」を行 いなが らも、実 践者 との協力 ・共 同はこの外側の 「 教育」 とサー クル との接点を作 り出す ときに求 め られ、それ らの評価 ( 受 け入れや拒絶)をめ ぐって、調査者 と実践者、言 い替えれば 理論 と実践 の交錯 を通 した認識の発展を作 り上 げることである。調査者 の 「アクショ ン ・リサーチ」 は以上の点 に限 られ、集団内の教育活動や意志決定 に関 しては直接関 与 を計 らない立場を とる ものである。
これ らの研究成果 としては、宮城の うたごえ運動の
70年代を中心 に整理 した学会発 表のほかに、「 未加盟結集」の
A合唱団の活動を発達社会学的に分析 した論文 を発表 し
た
。 (6)そこでは、
Ⅴ.Aとしてみたサークルは、民主的運営をベースとして活動が展開 された場合、「サークル化」と 「 運動化」の矛盾の構造を持 っていること、活動の展開 を主導 した教育力発現構造の特質が
Ⅴ.Aにおける個人の発達を問題 にす る際の基礎構 造 に当たることな どを示 した。 また、
V.Aのタイプその ものが成員個人の発達 を規定 す るものではな く、集 団の持続の論理を否定 した形で生み出される個人の活動の持続 性 とその条件 を作 り出す ことが課題 となることな どを提起 した。
以上の方法 を うたごえ運動、ない しは うたごえのサークルの実践分析 に対応 させて
考えることになる。 うたごえ運動の研究 自体が学問的研究 としては未開拓な分野であ
るので、
V.A研究の成果か ら調査研究を引き継 ぎ、その発展方向 と しての うた ごえ運
動を位置づ けたい。すなわち、
V.Aとしてのサークル と 「 運動体」 と してのサークル
の違 いである。「 崩壊 させ ることの自由」を持つ度合 いが少な く、絶えず組織化 (自己
変革 と同時 に他人 に対す る変革 ‑人間変革 の実践)を念頭 に置かねばな らない運動体
集団での問題 である。
A合唱団のような周辺部の合唱団
(Ⅴ.Aと しての性格 を持つ も
の) とうたごえの中心合唱団である仙台合唱団の違いを比較することによって、地域 での うたごえ運動の実態はより正確 に分析 されることになるであろう
0ここでは特 に運動の普及 という側面に注 目し、事例を東北の運動 を代表 していた宮 城県 とその中心を担 った仙台合唱団に求める。平成4年度に 「 地域 うたごえ運動の実証 的研究」の課題で文部省科研費補助金を受 け、宮城の うたごえ協議会 と中心合唱団で ある仙台合唱団の運動展開をめ ぐる資料を整理分析 したので、その成果を も引き継 ぐ ことになる。本研究は、戦後
40年以上 にわたる地域 うたごえ運動の展開を、
(1)中央 (日本の うたごえ全国協議会)の運動 と地域の中心合唱団の関係、
(2)中心合唱団 と地 域 ( 仙台市の他のサークルと県内の地域及び東北各地)サークルの関係、
(3)普及 ・組 織化の動 きと中心合唱団の団づ くりとの関連、の項 目にわたって実証することを 目的
とす る。
荏
(1)櫛田ふき 「うたごえ新聞」1965年 12月1日号 より
(2)矢揮修次郎 「都市社会運動の 日本的構図
」
『地域 と自治体』第17集 1989(3)拙稿 「教育実践分析 と発達社会学
」
『社会学年報』ⅩⅣ 東北社会学会 1985、同 「発達の社会 学 としての教育社会学」
『研究紀要 教育 と社会』第1号 東北大学教育学部 1987(4)山田正行 「社会教育実践分析の過程 とアクションリサーチ
」
『日本社会教育学会紀要』No.201984 等参照(5)F現代社会教育実践講座』第3巻 民衆社 1974等参照
(6)拙稿 「ヴォランタ リー ・アソシエーションにおける教育実践の基礎構造
」
『弘前大学教育学部紀 要』第60号 1988、同 「ヴォランタ リー ・アソシエーションの発達社会学的分析」
『同』第64号 1990