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現代チベット語方言の分類

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(1)

現代チベット語方言の分類

著者 西 義郎

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

11

4

ページ 837‑900

発行年 1987‑03‑31

URL http://doi.org/10.15021/00004359

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① 中 国 国 内 の 地 名 中 の 二 地 名 が ア リ 地 区= カ゜リ 地 区 、ア パ ・ チ ベ ッ ト族 自 治 州= カ パ ・ チ ベ ッ ト族 自 治 州 の よ う に 読 み 方 が 不 統一に な っ て い る 。 前 者 は 、漢 字 読 み で 、後 者 は チ ベ ッ ト 語 音 読 み で あ る 。

②859頁 の9行 目:イ ン ドの 地 名 ケ ラ ン(Kyelang)は 、ケ イ ラ ン(Keyiang)と 書 い て い る も の が 多 く 、多 分 後 者 が 正 し い 綴 字 で あ ろ う 。

③860頁 の20行 目:サ ン クヮ シ ャ バ(SankhuwaShabha)一 ・サ ン ク ワ サ バ(San

‑khuwasabha)に 訂 正 。

④886頁 の下 か ら6行 目:「 髪 」*dbu‑skra>u:ta(高 調)→...>utr[t]a(高 調) に 訂 正 。

⑤859頁 の 註(31)の 最 初 の 行:̲トッ ト ケ(stod‑skad)一 → ト ェ ケ ー(̲)に訂正

⑥864頁 の 註(33)の 下 か ら12行 目:̲で も「j」→...で も「j」...に 訂 正 。

⑦898頁 のR.K.Spriggの 論 著 の 部 分 の5行 目 の[Introduction to  Sino‑

Tibetan.Part1.Otto[larrassowitz.]は 、前 頁 のRobertShaferの 著 の 最 後 の と こ ろ に 入 れ る 。「 著 者 」

「現代チベット語方言の分類」(11-4[1986])

[正誤表]

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西 現 代 チベ ッ ト語 方 言 の 分 類

現 代 チ ベ ッ ト 語 方 言 の 分 類

西 義 郎 *

A Classification of Tibetan Dialects

Yoshio NISHI

The first two sections provide a state-of-the-art report of the studies of Tibetan dialects, and then propose a classification of all dialects known to date, together with the geographical distribution of each of the six major dialect divisions : (1) Western Archaic Dialects, (2) Western Innovative Dialects, (3) Central or 0-Tsang Dialects, (4) Southern Dialects, (5) Khams Dia-

lects, and (6) Amdo Dialects.

There follows two sections devoted to a discussion of phono- logical, lexical and grammatical features chosen as classificatory criteria, with special reference to those advanced by Chinese scholars, and to the application of some phonological features, particularly those related to the development of tones to the classification of most Tibetan dialects spoken in the area to the

southwest of China.

1・ チ ベ ッ ト語 方 言 研 究 の 現 状 2. チ ベ ッ ト語 と チ ベ ッ ト語 方 言

2・1・ チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 語 派 と チ ベ ッ ト語 2.2・ チ ベ ッ ト語 方 言 の 分 布 と 分 類

2.2.1. 中 国 国 内 の チ ベ ッ ト語 方 言 2.2.2. 中 国 国 外 の チ ベ ッ ト語 方 言 3・ 方 言 分 類 の 指 標

3・1. 分 類 指 標 に 関 す る 幾 つ か の 間 題 3.2. 中 国 国 内 の チ ベ ッ ト語 方 言 の 分 類 指

3.3. 声調指標

4. 中 央方 言 と カ ム方 言以 外 の声 調 方 言 の分

4.1. 非 中央 方 言 型 の声 調方 言

4、2. 中央 方 言 型 と準 中 央方 言 型 の声 調方

4.2.1. ネパ ー ル の諸 方 言 4.2.2・ 南 部 方 言 5. 結

* 愛 媛 大 学 ,国立民族学博物館共同研究員

  小 稿 は , 国立 民 族 学 博 物 館共 同研 究 (60〜6ユ年 度 ) 「ア ッサ ム地 域 研 究」 (代 表 者 :栗 田 靖之 ) の成 果 の 一部 で あ る 。

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国立民族学博物館研究報告  11巻 4号

1.   チ ベ ッ ト語 方 言 研 究 の現 状

  チ ベ ッ ト ・ビル マ 語 派 の な か で 最 も広 大 な地 域 にわ た って 話 され て い る言 語 は チ ベ ッ ト語 で あ る。 現 在 チ ベ ッ ト語 が 話 され て い る地 域 は 中 国 の チ ベ ッ ト自治 区 を 中 心 と す る青 海 , 甘 粛 , 四 川 , 雲 南 の 諸省 とパ キ ス タ ン, イ ン ド, ネ パ ー ル , ブー タ ンな ど の隣 接 諸 国 の 大 ヒマ ラヤ 山 脈 沿 い の地 域 で あ る1。 チ ベ ッ ト語 地域 の総 面 積 が一 体 ど れ ぐ らい あ るの か 正 確 な と ころ 不 明 だ が , 中心 とな る チ ベ ッ ト自治 区 の 面 積 が 約 1 万 平 方 キ ロあ り, これ だ けで 約38万 平方 キ ロの 日本 の 総 面 積 の 3倍 強 あ る こ とか ら も そ の地 域 の広 大 さ が知 られ る。新 中 国 に な るま で は , この地 域 は四 方 を 砂 漠 地 帯 , 高 山 地 帯 や 大 湿原 地 帯 とい った 自然 の障 壁 や 当 時 の ダ ライ ・ラマ 政 権 の 鎖 国 政 策 に妨 げ られ ,外 部 の人 々の 容 易 に近 付 けな い地 域 で あ った。 この よ うな 事 情 か ら言 語 学 者 に よ る本 格 的 な現 代 チ ベ ッ ト語 研 究 が始 ま る の は , 中国 で は新 中国 成 立 以 後 の1951年 か ら, 中 国以 外 で は チ ベ ヅ ト動 乱 で 多 くの チ ベ ッ ト人 が国 外 に亡 命 し,世 界 各地 へ 離散 す る1959年 以 降 の こ とで あ る。 勿 論 それ ま で に もチ ベ ッ ト文 語 の文 法 や 辞 書 , 現代 チ ベ ッ ト語 諸 方 言 の簡 単 な 文 法 と語 彙 集 や短 い 単語 表 とい った もの が時 折 出版 され て い た が , ほん の 一 部 を除 け ば, 言 語 学者 の手 に な る もの は な く, 質 ・量 共 に到 底 現 代 チ ベ ッ ト語 方 言 の全 体 像 を 明 らか に して くれ る もので は な か った 。 た だ 例 外 的 に一般 に 西 部方 言 と呼 ば れ るパ キ スタ,ンとイ ンド北西部の辺境地帯 に広 がるチベ ッ ト語方言に つ いて は, H .A.JashkeA.H ・Francke, T・G・Baiy,A ・F・c・Read 等 の著 書

や 論 文 か らそ の性 格 を か な り明確 につ か む こ とが で きた と思 わ れ る。

  199年 10月 1日 中華 人 民 共 和 国 成 立 後 の 中 国 国 内 に け る現 代 チベ ッ ト語 研 究 につ い て は , まず 王 尭 「蔵 語 的声 調 」 [956] と金 鵬 「蔵 語 拉 薩 日喀 則 昌都 話 的 比 較 研 究 」

958]に始 ま り, 盟 覇 堂 「卓 尼 蔵 語 的 声 調 与声 韻 母 的 関係 」 [962], 「蔵 語 概 況 」

1) 1982年 の 入 口 調 査 に よ れ ば , 中 国 国 内 の チ ベ ッ ト族 の 人 口 は , 3,847,875人 で , 地 方 別 の 分 布 情 況 は , チ ベ ッ ト自 治 区 1,764,600人 , 青 海 省 753,897人 , 甘 粛 省 304,573人 , 四 川 省 921,984 人 , 雲 南 省 95,925人 で , そ の 他 の 省 ・自 治 区 の チ ベ ッ ト族 人 口 は , 2,000人 以 下 と な って い る 。 一 方, ネ パ ー ル の 人 口 調 査 で は , シ ェ ル パ 族 以 外 の チ ベ ッ ト族 は , 総 て ボ テ Bhote Bhota)

の 名 称 で 総 括 し, 両 者 を 合 わ せ て , 73,589人 (1981年 人 口 調 査 ) と な っ て い る が , こ の ボ テ と は , 本 来 辺 境 の 山 岳 地 帯 の チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 系 住 民 も 含 め た 呼 称 で あ り ,必 ず し も チ ベ ッ ト族 だ け に 限 定 さ れ て い な い 。 イ ン ドの 人 口 調 査 で は , 母 語 別 (チ ベ ッ ト語 , バ ル テ ィ 語 , ラ ダ ク 語 , ラ フ ー ル 語 等 ) に 分 類 し , 全 体 と して ボ テ ィ ア 語 群 Bhota Group)チ ベ ッ ト語 群

Tibetan Group> と して い る 。 そ の 総 人 口 は , 207,353人 (1961年 人 口 調 査 ) と な って い る が , こ の 中 に は , 特 定 さ れ な い ボ テ ィ ア Bhota−Unspeci丘ed) が 29,873人 含 ま れ て い る 。 パ キ ス タ ンの チ ベ ッ ト族 人 口 は , 手 元 に 詳 しい デ ー タ が な い 。 イ ン ド ・中 国 を 含 め た バ ル テ ィ方 言 の 話 者 人 口 が イ ン ド側 の 調 査 で 40,236人 [971年 ] [GRIMEs(ed・) 1984] で あ り , そ の 大 部 分 は パ キ ス タ ン居 住 者 と考 え られ る 。 一 方 , ブ ー タ ン の 場 合 , 全 人 口 約 116万 人 [981年 政 府 発 表 ]の 中 の 32% (371,200人 ) が チ ベ ッ ト系 と さ れ て い る 。 (栗 田 靖 之 「ブ ー タ ン ・ヒ マ ラ ヤ の 生 業 形 態 の 多 様 性 」 (国 立 民 族 学 博 物 館 研 究 報 告 11(2):257−488参 照 ) 総 計 す る と 約 450万 人 程 と な

る 。

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西  現 代チベ ッ ト語方言 の分類

963] と 「蔵 語 的複 輔 音 」 [965],格 桑 居 冤 「蔵 語 方言 概 要 」 [964] とい った 中 国 国 内で の チ ベ ッ ト語 方 言 調 査 の成 果 が発 表 さ れ , これ まで の 状 態 が改 善 され , 現 代 チ ベ ッ ト語 の実 態 が 明 らか にな って来 た が , そ の矢 先 に 中国 に文 化 大 革 命 の 嵐 が吹 き荒 れ ,1976年 に漸 く終 息 す るま で チ ベ ッ ト語 を 含 む少 数 民 族 言 語 の研 究 や 出版 活 動 は完 全 な停 止 状 態 に入 る。 文 革 終 息 後 数 年 の 混 乱 と準 備期 間 を経 て ,1979年 2月 に 『民 族 語文 』 誌 が創 刊 され る が , それ と共 にチ ベ ッ ト文 語 は も とよ り,現 代 チ ベ ッ ト語 研 究 は以 前 に もま して盛 ん に な り,チ ベ ッ ト言 語 学 に携 わ る中 国人 学 者 の数 も増 え , その 成 果 は , これ に続 い て復 刊 あ る い は創 刊 され た 専 門 学 術誌  (『語 言 研 究 』 と 『中国 語 言 学報 』) や諸 研究 機 関 の紀 要 類 (『中央 民族 学 院 学報 』, 『西南 民 族 学 院 学 報 』, 『民 族 学報 (雲 南 民 族 研 究 所 )』 等 ) に主 に 論 文 の 形 で 発 表 され る よ う にな った 。 主 だ った 論 文 を挙 げ る と2, まず チ ベ ッ ト語 方 言 全 体 を 概 観 す る もの に盟 霜 堂 ・金 効 静 の 「 語 方 言 的 研 究 方 法 」 [981],盟 「蔵 語 的 声 調 及 其 発 展 」 [981a], 「蔵 語 韻 母 的演 変 」

983ユと 「蔵 語 動 詞 屈 折 形 態 的 結 構 及 其 演変 」 [985a],格 勒 「略論 蔵 語 輔 音韻 尾 的 幾 個 問 題 」 [985], 諏 克 譲 蔵 語 擦 音 韻 尾 的 演 変 」 [985], 胡 坦 「論蔵 語 比 較 句 」

985]等 が あ る。 チ ベ ッ ト語 方言 の一 部 を概 観 した もの と して は, 盟 蔵 語 安 多 方 言 韻 母 演 変 情 況 提 要 」 [982a] と 「阿 里 蔵 語 動 詞 体 的 構 成 」 [980],諌 「阿里 蔵 語 的 複 元 音 」 [980]と 「阿 里 蔵 語 構 詞 中 的 音 節 減 縮 現 象」 [982a], 華 侃 「安 多 蔵 語 声 母 的幾 種 変 化 」 [983]等 が あ る。 個 々の 方 言 に 関す る論 文 は,殆 どが 央 中 方 言 / ユ ー ・ ッ ァ ン3)(dBusgtang4:衛蔵 )方 言 に属 す る ラサ (hLa−a:拉 薩)方 言 に関 す る もの か ,胡 蔵 語 (拉 薩 話 )声 調 研 究 」 [980]の よ う に ラサ 方 言 を 中心 にす るが他 の チ ベ ッ ト語 方 言 に も触 れ た もの で あ る。 この外 に ガ リ (m Nga−s:阿里 ) 地 区 の諸 方 言 に 関 す る盟 [980] と諌 [980,1982a]の論 文 が あ る。 カ ム (Khams:康 ) 方 言 に 関 す る論 文 は, パ タ ン (6Ba−hang:巴塘 ) 方 言 に 関す る格 桑 「蔵 語 巴塘 話 的 語 音 分 析 」

985] と上 に挙 げた 盟 と諌 の論 文 に含 ま れ るガ リ地 区 の ケル ツ ェ (Ge:改 則)

方 言 の みで あ る。 ア ム ド (A−mdo:安 多) 方 言 に 関 す る もので は , 盟 「蔵 語 中 的 異 根 2) ラサ方 言 に つ いて の文 献 は こ こに は全 部 を挙 げて い ない 。文 献 目録 参 照 。 尚 ,西 蔵 民 族 学 院 学報 ,西 北 (甘 粛 ) 民 族 学 院 学報 や 青 海 民 族学 院 学 報 は手 元 に な いの で , 1981年 か ら1983年 ま で の分 は, [冬 青   1984]を 参 照 して 貰 い た い 。

3) チ ベ ッ ト名 の カ タ カ ナ表 記 は ,原 則 と して ラサ方 言 的 発 音 に従 って い るが, デ ル ゲ 方 言 の よ うに慣 用 に従 って い る場 合 もあ る。

4) チ ベ ッ ト文 字 の転 写 方 式 は,通 常 の方 式 と異 な って い るが , これ は 方 言 を扱 う関係 上止 むを 得 な い とい うだ け で な く,文 語 形 を ほぼ 諸方 言 形 の 共 通 形式 と解 釈 して い る か らで あ る 。転 写 法 の詳 細 は ,第 三 章 の 冒頭 に説 明 して あ る。 尚 ,方 言 名 (い ず れ も地 名 ) に は, チ ベ ッ ト名 が 綴 字 と共 に分 か って い る もの , チ ベ ッ ト名 の漢 字 音 写 で しか分 か らな い もの, 中 国 名 しか 分 か らな い もの あ るい は 中国 名 しかな い もの の 四種 類 あ るが ,第一 種 の も の はそ の 後 に チ ベ ッ ト名 の転 写 形 とそ の漢 字 転 写 形 を ,そ の他 の もの は, 漢 字転 写 形 か 中 国 名 をそ れ ぞ れ括 弧 に入 れ て 示 した 。

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国立民族学博物館研究報告  11巻 4号 現 象 」 [1982b] と 華 「安 多 蔵 語 (夏 河 話 )中 的 同 音 詞 」 [1985] 等 が あ る が , い ず れ も 夏 河 方 言 を 扱 っ た もの で あ る 。 単 行 本 と し て ,金 鵬 編 『蔵 語 簡 誌 』 [1983] と ガ リ地 区 の 諸 方 言 に 就 い て の 例 外 的 に 詳 細 な 調 査 報 告 で あ る 盟 ・諏 『阿 里 蔵 語 』 [1983] が あ る が , 『蔵 語 簡 誌 』 中 の 「方 言 」 の 箇 所 は 恐 ら く主 と し て 盟 が 分 担 した も の で あ ろ う 。

これ ま で に 中 国 で 行 わ れ た チ ベ ッ ト語 方 言 調 査 の 詳 細 (調 査 地 点 数 , 地 点 名 , 各 地 点 で の 調 査 密 度 , 調 査 項 目 の 内 容 と数 量 ) と い っ た も の は 公 表 さ れ て い な い の で 正 確 な こ と は 不 明 だ が , [盟 ・諌   1983] に 採 録 さ れ て い る 文 例 数 (191) と動 詞 の 活 用 例 も 含 め た 語 彙 項 目数 (1638) か ら み て 調 査 項 目 も 相 当 な 数 に 上 る も の と思 わ れ る 。 以 上 の 論 文 や 著 書 に 出 て く る調 査 地 点 (○ ○ 話 と して 挙 げ て あ る も の ) を 単 純 に 数 え て も , 中 央 方 言 27地 点 , カ ム 方 言 21地 点 , ア ム ド方 言 26地 点 ほ ど に 上 る 5)。 実 際 に 調 査 が 既 に 行 わ れ た 地 点 あ る い は現 在 行 わ れ て い る 地 点 数 は 恐 ら く こ の 何 倍 か に 上 る の か も し れ な い 。 た だ , 各 地 点 で の 調 査 密 度 は 余 り高 く な い よ うで あ る 。 ガ リ地 区 の 方 言 調 査 の 場 合 は 基 本 的 に は 各 地 点 で の イ ン フ ォ ー マ ン ト (発 音 合 作 人 ) は 一 名 の よ うで あ る 。 い ず れ に せ よ相 当 量 の 方 言 資 料 が 既 に 収 集 さ れ て い る と 思 わ れ る が , こ れ ま で に ま と ま っ た 資 料 が 発 表 さ れ た も の は 上 に 挙 げ た [金   1958] と [盟 ・諏   1983] の み で あ る 。

  中 国 以 外 の 国 々 で の 現 代 チ ベ ッ ト語 研 究 は 1959年 以 前 に も P.M . M ier, R . A . M iller, R . K . Sprig9, K 。 Sedlaδek 等 に よ り 中 央 方 言 , 特 に ラ サ 方 言 の 音 韻 体 系 に 関 す る 研 究 が 発 表 さ れ た が , 本 格 的 な 現 代 チ ベ ッ ト語 研 究 が 始 ま る の は , や は り1960 年 代 に入 り , 亡 命 チ ベ ッ ト人 を イ ン フ ォ ー マ ン トに して チ ベ ッ ト語 が 直 接 研 究 で き る よ う に な っ て か ら で あ っ た 。 こ う い った 研 究 が 米 国 で は K un Chang (張 現 ) ・Bett Shefヒsの A M anualf Spoken Tibetan (Lhasa 1)ialct) [1964] や そ の 後 Chang 夫 妻 と し て 共 同 …執 筆 した 諸 論 文 [1967,1968 等 ] に 代 表 さ れ , 後 に M elvyn G oldstein・

Naw ang N ornang 夫 妻 の M odem Spoken Tibean [1970], M  Goldsein (ed・ Ti

etan−Englsh 1)ictonarレof 」M odem Tibetan ,[1975]や Englh−Tibetan 1)ictonarレ f  M odern Tibean [1984] と な っ て 結 実 し た 。 しか し他 の 西 欧 諸 国 で は , チ ベ ッ ト の 宗 教 や 歴 史 の 研 究 に 専 ら 関 心 が 向 け ら れ , 現 代 チ ベ ッ ト語 に 関 す る 研 究 は 殆 ど 行 わ れ な か っ た も の の よ うで あ る 。

  一 方 日 本 で は 当 時 の 東 洋 文 庫 の チ ベ ッ ト研 究 室 で 多 田 等 観 (故 人 ) と 北 村 甫 の 両 人 5) 中 国語 文 献 で は ,方 言 名 (○ ○話 ) が 県 名 で挙 げて あ った り,鎮 名, 公 社 名 等更 に細 か く特 定 さ れ た地 名 で 挙 げ て あ った りす る 。 例 え ば , [金 鵬 (編) 1983] の化 隆 方 言 は , 青 海 省化 隆 回族 自治 県 の 方 言 とな って い るが , これ が [華   1983] の青 海 省 化 隆 (回 族 自 治) 県 金 源 の 方 言 と同 じ方 言 で あ る のか 明 らか で な いが , こ こで は,そ の よ うな場 合 は同 一 方 言 と数 え て い る。

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西  現 代チベ ッ ト語方言 の分類

が 中心 と な り, 3名 の チ ベ ッ ト人 を招 き, ラサ方 言 の 研 究 や チ ベ ッ ト文 献 の 研究 が行 わ れ た 。 ラサ 方 言 研究 の成 果 は北 村 の チ ベ ッ ト語 口語 教 材 6)とな りチ ベ ッ ト語 講 習会 を 通 して , 以 後 日本 に お け る数 多 くの チ ベ ッ ト学 や チ ベ ッ ト言 語 学 の 専 門 家 を養 成 す る こ と にな るの で あ る 。 しか し こう い った 成 果 はあ った もの の , そ の後 約 十 年 間 とい う もの は 専 らチ ベ ッ ト語 の標 準 語 と考 え られ る ラサ 方 言 の 調 査 と記 述 が 中心 で あ り,

中国 国 外 の チ ベ ッ ト語 方 言 も含 め , チ ベ ッ ト語 方 言 全 般 の 研 究 は一 向 に進 展 しな か っ た 。

  こ う い っ た 状 態 に 大 き な 変 化 を 与 え る こ と に な っ た の が ネ パ ー ル に お け る 通 称 SIL

(=・The Sum m er lnstute of Linguitics) の 言 語 調 査 活 動 で あ っ た 。 1966年 に カ ト マ ン ズ の ト リブ バ ン大 学 に SIL の ネ パ ー ル 支 部 が 置 か れ , 多 くの SIL 所 属 の 言 語 学 者 を 動 員 し, 四 つ の 系 統 の 異 な る 語 族 の 言 語 が 話 さ れ て い る ネ パ ー ル 国 内 の 言 語 調 査 が 始 め ら れ た 。 そ の 成 果 は , 1969年 以 降 数 多 く の 論 文 や 著 書 と して 出 版 さ れ , そ の 後 の チ ベ ッ ト ・ ビル マ 諸 語 研 究 に 大 き く貢 献 し た 。 こ の 調 査 を 通 して , ネ パ ー ル 国 内 あ チ ベ ッ ト語 方 言 の 分 布 情 況 は 極 西 部 を 除 き , 1970年 代 以 前 と は 比 較 に な ら な い 位 に は っ き り し て 来 た 。 しか し 1975年 に 様 々 な 事 情 か ら SIL 支 部 が ネ パ ー ル が ら撤 退 し た 結 果 , ネ パ ー ル の チ ベ ッ ト語 方 言 中 の 四 方 言 , ジ レ ル (Jire1)方 言 (「M AIBAUM and STRAHM  1973ab],[STRAHM  l975,1978],[STRAHM and M AIBAuM  l971]等 ),

シ ェ ル パ Sarpa:Sher−pa/Shar−pa) 方 言 ([G oRDoN and  SHoETTELNDREYER l970],[G oRDoN  l970],[ScHoETT肌 NDREYER and ScHoETTELNDREYER  l973ab,

1974],[B.SGHoETTELNDREYER  1975ab]等 ),カ ガ テ (K agate)/シ ュ ー バ (Syuuba)

方 言 ([H oEHLIG and H ARI  l976],[H oEHLIG  l978]) と ロ ミ (Lho−m i)〆シ ン サ パ

(Singsapa) 方 言 [VEsALAINEN and VEsALAINEN  1976, 1980]) 以 外 の 方 言 は 手 が 付 け られ な い ま ま に 終 わ った 。 そ の 後 「ネ パ ー ル の 言 語 調 査 」 (Linguist 5「urv f Nepat) プ ロ ジ ェ ク トは , ドイ ツ の ネ AO一ル 研 究 セ ン タ ー (T he N epal R esearch Centre) と ト リブ バ ン大 学 の ネ パ ー ル ・ア ジ ァ 研 究 セ ンタ ー (CN AS= The Research Centre or N epaland A san Studics) に 引 き 継 が れ , 両 者 が 共 同 し て , ド イ ツ 人 や ネ パ ー ル 人 の 言 語 学 者 に 訓 練 さ れ た ネ パ ー ル 人 を 使 っ て 調 査 を 行 う と い う形 を 取 っ た よ う で あ る が , 少 な く と も チ ベ ッ ト ・ ビル マ 語 族 の 諸 言 語 に 関 す る限 り , 何 の 成 果 も 上 げ な い ま ま に , 実 質 的 な 立 ち 消 え 状 態 に な っ て い る よ う で あ るの。

6) この教 材 は,昭 和 39年 に北 村 甫 教 授 が東 京 外 国 語 大 学 ア ジ ア ・ア フ リカ言 語 文 化 研究 所へ 移 った 後 も,そ の 都 度東 洋 文 庫 に客 員 研究 員 と して 滞在 中 の チ ベ ッ ト人 学者 の協 力 を 得 て作 成 さ れ ,絶 えず 改 訂 を 重ね て 来 た 。 最近 で は,か つ て北 村 教 授 の 下 で チ ベ ッ ト語 を 学ん だ星 実 千 代 , 長 野 泰 彦等 と の分 担執 筆 と な って い る 。

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国立民族学博物館研究報 告  11巻 4号   一 方 東 京 外 国 語 大 学 の ア ジ ァ ・ア フ リカ 言 語 文 化 研 究 所 が CNA S と の 共 同 研 究 と い う形 で ネ パ ー ル の ガ ン ダ キ水 系 地 域 で 行 った フoロ ジ ェ ク トの 1980年 〜 1981年 の 臨 地 調 査 に 参 加 した 長 野 泰 彦 は ,西 ネ パ ー ル の カ リガ ン ダ キ 上 流 域 の カ グ ベ ニ (K agbeni),

ザ ル コ ッ ト (Zharkot), ダ ンガ ル ゾ ン (Dangardzong) 及 び ロ (gLo・=M usang) の 諸 方 言 を 調 査 し, そ の 成 果 を 長 野   1982ab;N AGANo  l985] に 発 表 して い る 8) こ の 外 に も1970年 か ら1980年 代 に か け て 日 本 人 に よ る チ ベ ッ ト語 方 言 研 究 と し て 西 田 龍 雄 の 青 海 省 海 東 地 区 浬 中 県 の ア ム ド方 言 [西 田  1970ユ9, 長 野 の 甘 粛 甘 南 チ ベ ッ ト

蔵 )族 自 治 州 の ア ム ド ・シ ェ ル パ (A −m do Sar−pa) 方 言 [N AGANo  I980], 星 実 千 代 に よ る 西 部 方 言 の ザ ン ス カ ル (Zanskar)方 言 [H osHI  l978] と武 内 紹 人 の チ ベ ッ

ト自 治 区 シ ガ ッ ェ地 区 テ ィ ン リ (D ing−ri:定 日) 県 の 方 言 [武 内   1979] に 関 す る論 文 ・資 料 が あ る 。 欧 米 の 学 者 に よ る 論 文 で は , R . K . Sprig9 の バ ル テ ィ (Balti), シ

ェ ル パ , ゴ ロ ッ ク (m G o・o9) の 諸 方 言 を 扱 っ た 一一ifの 論 文 SPRIGG  1966,1967,

1972,1979,1980ab] や J. T ・−S・suen の 四 川 省 ガ バ (= ア パ   阿 填 ) チ ベ ッ ト族 自 治 州 ツ ォ ゲ (若 爾 蓋 ) 県 の ア ム ド ・ツ ォ ゲ (A−m do m D zo−dge)方 言 の 音 韻 史 を 扱 っ

た 論 文 [SUEN  1981] は , い ず れ も特 筆 に 値 す る 。

  現 在 西 ドイ ツ の ボ ン大 学 の D .Schuh が 中 心 に な り , 1979年 に 始 ま っ た チ ベ ッ トの 口 承 伝 説 収 集 の 為 の プ ロ ジ ェ ク トで ヒ マ ラ ヤ 地 域 の み な らず , 中 国 の チ ベ ッ ト語 諸 方 言 に よ る 民 話 が 収 集 さ れ て い る 。 そ の 成 果 は , Beirdge zeTibeschen Erzdhtforschung

シ リー ズ と して 第 六 巻 [1985a] の R ・Biclm eier に よ る バ ル テ ィ 方 言 で 伝 承 を 採 録 し D as M archen vem Prnzen Cobzark ま で が 出 版 さ れ て い る 。 こ の 巻 だ け は , 単 に テ キ ス ト と ドイ ツ 語 訳 に 留 ま らず , 方 言 の 音 韻 , 文 法 の 記 述 と語 彙 が 加 え られ て い る 。 し か し残 念 な こ と に 第 六 巻 以 外 は , ド イ ツ 語 訳 の み で テ キ ス ト も含 ま れ て い な い た め 方 言 資 料 と して は 価 値 が な い 。

  尚 , ラ サ 方 言 に よ る チ ベ ッ ト民 話 集 と して [H osHI  1979−1985] が , ラ サ 方 言 の 7) この プ ロ ジ ェ ク トは, 1981年 か ら始 ま った が ,ネパ ール 人 調 査 員 の訓 練 不足 のせ い で 収 集 さ   れ た資 料 に問 題 が あ り, 結 局資 料 は全 く出版 され てい ない 。 た だ し,必 要 で あ れ ば, この資 料   は コ ピー させ て貰 え る との こ とで あ る 。 現 在 W ernerW inter が Al飴nsW eidertの 後 を受 け   て この プ ロジ ェ ク トの責 任 者 にな って い る とい う。 (長 野 泰 彦 氏 に拠 る。)

8) この プ ロ ジ ェ ク トは, 形 を 変 えて 現 在 も継 続 さ れて い るの で ,今 後 北 村 , 長 野等 によ る ヒマ   ラヤ地 域 の チベ ッ ト語 方 言 調 査 の成 果 が期 待 され る 。 チ ベ ッ ト語 の み な らず ,一 般 に チ ベ ッ ト   ・ビル マ 諸語 の調 査 で 一番 問題 な の は実 際 に臨 地 調査 ので き る 日本 人 言 語 学 者 が あ ま りに も少   な い こ とで あ る。

9) [西 田  1970]の 渥 中 県方 言 は, 実 際 に 1950年 代 初 め に 日本 を 訪 れ た タ ク ツエ ル ・ノル ブ師   の アム ド方 言 を調 査 した もので あ る。 尚 , この 著 書 に は ,西 田が 1962年 に調 査 した , 当時 東 洋   文 庫 の研 究 員 と して 滞 在 中で あ った ケ ツ ン ・サ ンボ 師 の母 語 方 言 で あ る ヤ クテ (gYag−de:雅   徳 ) 方 言 の資 料 も引 用 さ れて い る。ヤ クテ方 言 は チ ベ ッ ト自治 区 シガ ッ ェ地 区 ニ ャラ ム県 の 方   言 で あ り, 中央 方 言 に属 す る 。

842

(9)

西  現代 チベ ット語方言の分類

口 語 資 料 と して fCHANG and C耳ANG  1978−1981] が 出 版 さ れ て い る 。

  一 方 , イ ン ドに 於 け る 少 数 民 族 言 語 研 究 は , 1969年 に南 イ ン ドの マ イ ソ ー ル に 「イ ン ド諸 言 語 中 央 研 究 所 」 (The Central Instiute of Indian Languages) が 設 立 さ れ て 以 来 プ 組 織 的 且 つ 着 実 に 進 展 し て い る が , チ ベ ッ ト ・ ビル マ 系 言 語 の 研 究 は , そ れ 以 前 か ら も各 地 の 大 学 や 関 連 し た 研 究 機 関 で 行 わ れ て い た 。 チ ベ ッ ト語 方 言 に 関 す る 限 り, こ の 研 究 所 設 立 以 前 に 公 刊 さ れ た 論 文 や 著 書 は な い よ う で あ る 。 こ の 研 究 所 か ら は , 「音 声 読 本 」 シ リー ズ や 「文 法 」 シ リー ズ 等 が 刊 行 さ れ て い る が , チ ベ ッ ト語 方 言 関 係 で は , こ れ ま で の と こ ろ S・K oshal Ladakhi PhoneReade [1976], K . R angan BalPhonetc Reade [1975] と urkiGrammar [1979] しか 刊 行 さ れ て い な い が , 5・000語 程 度 の 語 彙 を 載 せ た 各 言 語 の 辞 書 も 出 版 計 画 に 入 つ て お り, 今 後 こ の 分 野 で の 貢 献 が 期 待 さ れ る 10)。 この 外 に イ ン ドの 言 語 学 者 に よ る チ ベ ッ ト語 方 言 研 究 と して は , ラ ダ ク 方 言 に 関 す る [K osHAL  l976,1979] や S. R . Sharm a の ス ピ テ ィ (Spi)方 言 の 音 韻 論 [1979] が あ る 。

  現 在 は イ ン ドの 一 部 と な っ て い る 旧 シ ッ キ ム か ら 中 国 チ ベ ッ ト自 治 区 シ ガ ッ ェ (日 喀 則 )地 区 の 亜 東 県 と な っ て い る トモ (G rom o)地 方 を 経 て ブ ー タ ン に か け て 話 さ れ て い る チ ベ ッ ト語 方 言 に つ い て は , (著 者 不 詳 (? ブ ー タ ン人 )で あ る が )ブ ー タ ンの 標 準 語 で あ る ゾ ン カ (rD zong−kha)方 言 の 入 門 書 [1977]と M .M azaudon の Dzongkha

Vumeral 口 982] 以 外 に最 近 ま で 今 世 紀 初 頭 以 来 公 刊 さ れ た もの は な か った 11)   以 上 1950年 代 以 降 の 世 界 に お け る 現 代 チ ベ ッ ト語 方 言 研 究 情 況 を 簡 単 に 振 り返 っ て

み た が , 東 ドイ ツ の E・R ichter の Grundlagen der Phonetk des Lhasa−Z)ialkt

[1964b]等 を 除 け ば 東 欧 圏 と ソ 連 に お け る 最 近 の 現 代 チ ベ ッ ト語 研 究 の 情 況 は 残 念 な が ら あ ま り よ く分 か らな い 。 しか し大 勢 に 影 響 を 与 え る よ う な 研 究 が 行 わ れ て い な い

こ と は 確 か で あ ろ う 。

  1980年 以 前 と 比 較 す れ ば , 現 代 チ ベ ッ ト語 の 全 体 像 が 問 題 に な ら な い 程 明 らか に な っ て 来 て い る こ と は 確 か で あ る し , 現 在 各 国 で 行 わ れ て い る 調 査 研 究 が こ の ま ま 進 展 す れ ば , 確 実 に チ ベ ッ ト語 方 言 の 知 識 が 増 大 す る こ と も 確 実 で あ る 。 しか しチ ベ ッ ト 語 研 究 者 に と っ て 何 よ り も必 要 な 資 料 と い う 形 で の 出 版 物 が ま だ ま だ 十 分 で な い の も 確 か で あ る 。 現 代 チ ベ ッ ト語 の 研 究 者 に と っ て , 恐 ら く最 も 望 ま し い 形 の 資 料 は , Bielm eier の D as M drhen vom Prnzen (obzark [1985] や 盟 ・諏 の 『阿 里 蔵 語 』 10) この部 分 は,主 に 昭和 六 十 年 九 月二 十 日の 西 田 教授 主 宰 の 「チベ ッ ト ・ビル マ語 研究 会 」 に   お け る 同研 究 所 の Ram AdharSingh 博士 の講 演 に拠 る。

11) こ こで は, ゾ ンカ方 言 と呼 ぶ が , こ の言 語 は ,一 種 の共 通 語 とさ れ る こ とを 目指 す言 語 で あ   り, ζ こで 挙 げ て い る他 の 地 域方 言 と は性 格 が異 な る と思 わ れ る。 中 国語 の 普 通話 等 に比 較 さ   れ る言 語 とい え よ う。

843

(10)

       国立民族学博物館研究報告  1巻 4号

[1983] の よ う な 出 版 物 で あ ろ う 。 特 に 中 国 に お い て 収 集 さ れ た 資 料 が 出 来 る だ け 早 く公 刊 さ れ る こ と が 望 ま れ る 。

  一 方 , 最 も チ ベ ッ ト語 方 言 調 査 が 必 要 な 地 域 も イ ン ドの ヒ マ チ ャ ル ・ プ ラ デ シ ュ

H im achal Pradesh) 州 と ウ ッタ ル ・プ ラ デ シ ュ (U tar Pradesh) 州 北 部 の 辺 境 地 帯 か ら ネ パ ー ル の ドル ポ (D olpo) 地 方 に か け て の 地 域 と 最 後 に 触 れ た イ ン ドの シ ッ キ ム か ら ブ ー タ ン に か け て の 地 域 で あ る こ と が 明 らか で あ る 。 い ず れ は , こ の 地 域 の チ ベ ッ ト語 方 言 も 調 査 さ れ る こ と で あ ろ う が , 日 本 の 若 い 人 の 中 か ら そ う い っ た 調 査 に 携 わ ろ う と と す る者 で も 出 れ ば 幸 い で あ る 。

2.   チ ベ ッ ト語 と チ ベ ッ ト語 方 言

2.1. チ ベ ッ ト ・ ビ ル マ 語 派 と チ ベ ッ ト語

  チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 語 派 は , 西 は パ キ ス タ ン の バ ル テ ィ ス タ ン地 方 か ら東 は イ ン ド シ ナ 半 島 の ラ オ ス , タ イ ま で , 北 は 中 国 の 甘 粛 省 か ら ビ ル マ の 南 端 ま で の 広 大 な地 域 に 広 が る数 百 の 言 語 か ら な っ て い る 。 こ の 語 派 め 言 語 の 本 格 的 な 統 系 的 分 類 は , 実 質 的 に R .Shafer[1955,1966]の シ ナ ・チ ベ ッ ト語 族 の 分 類 に始 ま る と い え る 。 そ の 後 西 田 [1970,1978],P.K .Benedict[1972a]等 12)に よ り分 類 が 試 み られ , 最 近 で は G . Thurgood [1985] が チ ベ ッ ト ・ ビ ル マ 祖 語 形 が ほ ぼ 確 実 に 推 定 で き る 一 人 称 と二 人 称 代 名 詞 及 び 動 詞 に 付 加 さ れ る人 称 接 辞 を 取 り上 げ , そ の 改 新 形 を 指 標 に , 下 位 分 類 の 明 ら か な ロ ロ ・ ビル マ 諸 語 を 除 く諸 言 語 の 分 類 を 行 って い る 。 T hurgood 以 外 の 分 類 で は そ の 基 準 と な る 指 標 が 必 ず し も 明 示 さ れ て い な い 点 が 問 題 に な る が , チ ベ ッ ト 語 を 含 む 下 位 語 群 に つ い て は , 分 類 の ど の 段 階 の 置 か れ て い る か は別 と して , 一 致 し て い る 点 も多 い 。

  Shafer は , チ ベ ッ ト ・ ビル マ 語 派 の な か の 三 つ の 主 要 区 分 の 一 つ と して , チ ベ ッ ト (Bodic)語 門 (D ivion) を 立 て , こ れ を ヒ マ ラ ヤ 地 域 の 諸 言 語 (H im alayish) を 区 分 す る 三 つ の 語 系 (Secton) と チ ベ ッ ト語 系 の 合 わ せ て 四 つ の 語 系 に 分 け る 。 チ ベ ッ ト語 系 に は , チ ベ ッ ト, ツ ァ ン ラ (Tsangla), ギ ャ ロ ン (rGyarong) [一 ジ ャ ロ ン]

12) Benedict[1972a]は , シ ナ ・チ ベ ッ ト語 族 は シ ナ 語 派 と チ ベ ッ ト・カ レ ン語 派 (Tibeto・K aren)

  に ま ず 分 岐 し, 後 者 は 更 に カ レ ン語 と チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 諸 語 に 分 か れ る と して い る 。 チ ベ ッ ト   ・ビ ル マ 諸 語 は 一 応 チ ベ ッ ト ・カ ナ ウ リ語 群 を 始 め と す る 七 つ の 中 核 的 語 群 に 分 け る が , こ れ   ら の 語 群 間 の 関 係 を 系 統 樹 的 な 姉 妹 関 係 とせ ず に , カ チ ン (K achin)語 を チ ベ ッ ト ・ビ Zレマ 諸   語

の 分 岐 の 中 心 , い わ ば 言 語 的 十 字 路 」 (nguic cosoads ) に 置 き , そ れ と の 遠 近 関 係 や 語 群 間 の 親 疎 関 係 を 考 慮 した 三 次 元 的 関 係 を 考 え て い る よ う で あ る 。 こ の 見 解 は , カ チ ン   語 を 一 種 の 「媒 介 言 語 nkanguagc)」 と す る 西 田 [1978】 (註 14参 照 ) の 考 え と 部 分 的 に 共   通 して い る と い え よ う 。

844

(11)

西  現代 チベ ット語方言の分類

と グ ル ン (G urung) の 四 つ の 語 支 (Branch)が 含 ま れ る 。 一 方 ,  Benedictの 大 分 類 は , 主 要 区 分 よ り も低 次 の 段 階 の も の と 考 え られ る が ,Shaferの 分 類 中 の ヒ マ ラ ヤ 系 言 語 の 一 部 (Bahing−v ayu/K iranti語 群 )を 除 く残 り を ま と め て チ ベ ッ ト ・カ ナ ウ リ

Tibetan−K anauri) 語 群 と し,  こ れ を チ ベ ッ ト (Bodish) 諸 語 と ヒ マ ラ ヤ H im a−

ayih)諸 語 に 分 け る 。 チ ベ ッ ト諸 語 に は , チ ベ ッ ト語 , タ ク パ (Dag−pa:T akpa)語 , ツ ァ ン ラ語 , ギ ャ ロ ン (rGya−rong/G yarung/Jyarung)語 , グ ル ン語 が 所 属 し て い

る 13。 西 田 は , チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 語 派 を 4語 群 に 分 け , そ の 一 つ で あ る チ ベ ッ ト語 群 を チ ベ ッ ト語 系 , ジ ャ ロ ン (嘉 絨 )語 系 , ヒ マ ラ ヤ 語 系 , チ イ ヤ ン (莞 〉語 系 と カ チ ン

K achin)[= チ ン ポ ー (景 頗 )]語 系 [1970]14)の 五 つ の 語 系 に 分 け て い る 。Thurgood の 分 類 は , 主 要 区 分 よ り も低 位 の 段 階 の も の と し て い る が , チ ベ ッ ト諸 語 を 立 て , こ の 下 に チ ベ ッ ト, タ マ ン ・ グ ル ン (Tam ang−G urung) と タ ク パ の 三 つ の 語 系 を 立 て て い る 。

  Shafer の チ ベ ヅ ト語 支 ,  Benedictの チ ベ ッ ト語 , 西 田 の チ ベ ッ ト語 系 と Thur−

good の チ ベ ッ ト語 系 が 所 謂 チ ベ ッ ト語 で , 残 り の チ ベ ッ ト語 と 関 係 付 け ら れ て い る 諸 言 語 は , い ず れ も チ ベ ッ ト語 圏 の 南 縁 と 東 縁 沿 い に , 時 に は チ ベ ッ ト語 と 入 り交 じ っ て 分 布 し て い る 。 次 節 で 触 れ る が , こ の 四 人 の 内 の Shafer と 西 田 は 更 に こ の チ ベ ッ ト語 の 方 言 分 類 を 試 み て い る補 1)。

  言 語 が 同 系 か 否 か を 決 め る場 合 に 同 じ祖 語 か ら受 け 継 い で 来 た と 考 え ら れ る 基 礎 的 要 素 の 「留 保 」 (retentons) が 問 題 と な る の と は異 な り , 方 言 分 類 も そ の 延 長 線 上 に あ る と い え る 同 系 言 語 の 下 位 分 類 で 決 め 手 と な る 基 準 は , 問 題 の 言 語 同 士 が ど れ 位

「改 新 」 (nnovatons) と考 え られ る 要 素 を 共 有 して い る か と い う点 に あ る 。 つ ま り そ う い っ た 要 素 の 存 在 は , 問 題 の 言 語 が 同 じ発 展 段 階 を 経 た た め で あ る と 考 え る の で あ る 。 比 較 的 近 い 関 係 に あ る 言 語 間 に 共 通 の 「改 新 」 的 要 素 を 数 え 上 げ れ ば 際 限 な い が , 重 要 な の は , 言 語 体 系 全 体 や 音 韻 , 文 法 , 語 彙 の 基 本 的 な 部 分 に 影 響 す る よ う な

「改 新 」 で あ る 。 チ ベ ッ ト ・ ビル マ 諸 語 の 場 合 は , こ の 十 年 程 の 間 に 急 速 に 改 善 さ れ た と は い え , ま だ 音 韻 体 系 の 一 部 と か わ ず か な 語 彙 で しか 知 られ て い な い 言 語 も多 い 上 に , チ ベ ッ ト・ビ ル マ 祖 語 の 音 韻 ・文 法 体 系 や 語 彙 等 に つ い て も ま だ 十 分 な コ ン セ ン サ ス が あ る と は い え な い 。 従 っ て , ど の 要 素 が 「留 保 」 で ど の 要 素 が 「改 新 」 な の か 3) Benedictは, タ クパ 語 以 下 の 言語 を 「チ ベ ッ ト語 的 (Tibetonoid)」言 語 と呼 ん で い る 。 尚 ,   チ ベ ッ ト諸 語 と ヒマ ラ ヤ諸語 は, 密 接 な 繋 が りがあ るが ,別 個 の もの で あ り,両 者 を 繋 ぐ 「移

行 型 (ansonalypes」 の 言語 はな い と して い る。

4) [西 田  1978] で は, カチ ン語 系を チベ ッ ト語群 か らはず し, カ チ ン語 は ,語 彙 , 形 態 構造   の いず れ か の面 で チ ベ ッ ト ・ビル マ諸 語 の 4語 群 の いず れ と も何 等 か の 類 似 点 を 持 ち, 「媒 介  言 語 」 と呼 ぶ べ き言 語 の 代表 で あ る と して い る 。 これ は , む しろ [西 田  1970]以 前 の 本来 の  主 張 に戻 った もの で あ る。

845

(12)

国立民族学博物館研究報告  1巻 4号 は っ き り し な い こ と が 多 い 。 こ う い った 例 の 一 つ は , 所 謂 ヒ マ ラ ヤ 系 の 言 語 や 中 国 の 四 川 省 一 帯 の 多 くの チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 系 言 語 に み られ る 動 詞 の 人 称 一 致 の 形 態 ・統 語 的 手 順 (チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 言 語 学 の 分 野 で は , 伝 統 的 に こ の よ う な 人 称 一 致 を 「代 名 詞 化 (pronom inalzaton)」 と呼 び ,人 称 一 致 の 体 系 を 持 つ 言 語 を 「代 名 詞 化 (prono−

m inalzed)言 語 」 と 呼 ぶ 15)) で あ る 。 こ の 動 詞 の 人 称 一 致 が 祖 語 の 段 階 の も の か そ れ 以 後 の 下 位 語 群 で の 「改 新 」 的 要 素 な の か は 議 論 の 分 れ る と こ ろ で あ る 。 い ず れ に せ よ , 人 称 接 辞 の 形 式 , そ れ が 動 詞 語 幹 の 前 接 辞 か 後 接 辞 か , 文 の ど の 項 (argum ent)

に , ま た , 文 法 関 係 (主 語 , 目 的 語 等 )や 意 味 範 疇 (動 作 者 , 被 動 者 , 起 点 等 )等 の い ず れ に 一 致 す る か と い っ た 詳 細 は 決 して 一 様 で な い 。 ギ ャ ロ ン語 と チ イ ヤ ン 語 と カ チ ン 語 は 典 型 的 な 「代 名 詞 化 」 言 語 で あ り , こ れ に 対 し て , チ ベ ッ ト語 や タ マ ン諸 語 や 現 在 で は 中 央 モ ンパ 語 群 に 入 れ る ツ ァ ン ラ語 等 は 「非 代 名 詞 化 (nonpronom inalzcd)」

言 語 で あ る 。 西 田 [1983] は , チ ベ ッ ト語 も あ る 時 期 に ギ ャ ロ ン語 や チ イ ヤ ン語 と 同 じ よ う な 動 詞 の 人 称 一 致 体 系 を 持 っ て い た と 考 え て い る 。 所 請 ヒマ ラ ヤ 系 言 語 と さ れ て い る 言 語 の 多 く は , や は り 「代 名 詞 化 」 言 語 で あ る が , そ の 体 系 は 様 々 で あ り , 特 に ネ パ ー ル 中 部 以 西 の 「代 名 詞 化 」 言 語 の 人 称 一 致 体 系 は ギ ャ ロ ン語 等 の そ れ と比 較 で き る か 否 か 問 題 で あ る 。

  一 方 , 基 礎 的 な 語 彙 以 外 の 所 謂 「文 化 」 語 類 に つ い て い え ば , 何 世 紀 に も わ た る チ ベ ッ トの 政 治 的 ・宗 教 的 ・文 化 的 影 響 下 に あ った た め に , 同 系 , 非 同 系 を 問 わ ず , そ の 周 辺 の 言 語 に は い ず れ も 幾 つ か の 時 期 に わ か れ て チ ベ ッ ト語 か ら入 って 来 た 相 当 数 の 借 用 語 を 含 ん で い る 。 金 鵬 (等 ) [1957,1958] に よ れ ば , ギ ャ ロ ン語 の ソ マ ン (稜 磨 ) 方 言 の 2726語 中 何 等 か の 形 で チ ベ ッ ト語 形 と結 び 付 け られ る もの が 975語 37% ) に 上 る と い う 。 し か し長 野 [N AGANo  l984] に よ れ ば , 中 核 的 な 語 彙 に 関 す る 限 り む し ろ カ マ ル パ ン (K am arupan)諸 言 語 (ボ ド ・ガ ロ諸 語 , ク キ ・チ ン ・ナ ガ 諸 語 と ア ボ ル ・ ミ リ ・ダ フ ラ 諸 語 を ま と め た 呼 称 ) と 比 較 で き る と し て い る。 ギ ャ ロ ン語 が チ ベ ッ ト語 系 で な い と す れ ば チ ベ ッ ト語 と 関 連 付 け ら れ る 語 の 多 く は , 借 用 語 と い う こ

15) (verb)pronominalzaton の 用語 は, 言 語 も含 め た ヒマ ラ ヤ地 域 研 究 の先 駆者 で あ る B・H ・   Hodgson が 1956年 の論 文 で 最 初 に使 用 した もの で あ る が,  S・Konow が LSI で ヒマ ラヤ地   域 の チ ベ ッ ト ・ビ ルマ 系 の諸 言 語 を 「代 名 詞 化」 言 語 と 「非 代 名 詞化 」言 語 に 分 類 した こ とか   ら一般 化 した用 語 で あ る。

16) 西 田 [1983] は, 歴 史 的 に は チ ベ ッ ト族 (と恐 ら くギ ャロ ン族 ) を ,古 代 中国 の 股 王朝 と対   峠 した古 代 チ イ ヤ ン族 と関連 付 け,チ ベ ッ ト族 が そ の 中 の有 力 な 一 部 族で あ った と考 え て い る   よ うであ る。 尚 , [西 田  1978]で は , ギ ャ ロ ン語 とチ イ ヤ ン語 につ いて 「両者 に共 通 した 現   象 を 若干 発 見 で きる が ,体 系 全 体 を直 接 結 び 付 け る こと はむ つ か しい上 に,中 核 とな る チ ベ ッ   ト語 的 層 と それ を 覆 って い る別 の 層 が あ る よ う に考 え られ る。 あ るい は その 別 の 層 が ,ボ ド ・   ナガ 語 系 〔一長 野 の カ マ ルパ ン諸 語 の一 部 〕 の 言 語 と関 連 を もつ か も 知 れ な い。」 と も述 べ て   い る。

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参照

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