理科教育 におけ る細胞概 念の教授 につ いて の考 察
山 岡 剛
OnTeachingoftheConceptof"Cell"in PrimaryandSecondarySchoolScience
TsuyoshiYamaoka
I 藷 言
「細胞 についての学習 を理科教育 の中で取 り上 げ る必要 があ るあろ うか, あるとすればその具体 的 内容 は何か。」を この小論で論 じたい と思 う。 わが国の学習指導要領 において中学校 と高等学校 とで 取 り扱 うべき こととされ てい るこの内容 について改めて論 じよ うとい うの は,理科教育 の 目的 に照 ら
して細胞の学習が どのよ うに位置ず け られ るかが末だ十分 に解明 されていないと考えるか̲らで もある。
小学校 についてみ ると, 昭和52年の改訂 によ って, それまで第6学年 にあ った細胞 の学習 が削除 され た。 この ことについては,文部省著作 の小学校指導書理科編の総説 において, 「‑現行の内容 の うち, 程度の高 い実験 を ともな うものや取扱 いが 高度 にな りがちな もの,例 えば細胞 と核,‑‑・な どは集約
し,又は削除す る。」 と述べ られて い るだ けで あ る。後 に述べ るよ うに, 私 は小学校 にお いて細胞の 学習を行 うことは無理で あ ろ うと考 え るのであ るが,細胞学習が必要か必要 でないか は理科教育の 目 的 に照 ら して判断 され るべ きであ ると考 え る。 中学校 ・高等学校 にお ける細胞学 習が何の ためにあ る のか も同様 に問われ なけれ ばな らない。 これ まで繰 り返 し行 われてきた教育 の伝統を尊重す ることと 同時 に, その依 って立 つ根拠を常 に問 い返 す ことがな され な くて はな らない。
他方,学習指導要領 とは別 の立場か らの細胞学 習 についての議論 もあ る。 その代 表 は岩 田好宏氏の もの(1)で あろ う。 それ は細胞学習必要 の根拠を物質の存在形態 の階層構造 についての考究 に求めた もので あ り, その点で私の考 え とよ く一致す るものであ る。それだけに,細 胞教材の編成 についての 考 え も私の もの と一致す る部分が多 い。 しか し異 なる面 もあるのfi,当然で あ るO以 下の記述で は,必 要 に応 じて文部省 の見解 および岩 田好宏氏の見解 と対比 しつつ論を進めたい。
なお, ここで論ず るの は,物質の存在形態 の うちの細胞の階層 に直接かか わ ることが らで あ る。 多 細胞個体 のあ り方 は,細 胞を貫 く法則をふまえた もので あ るか らそれ に規制 され, その構造 と機能 は 構成要素た る個 々の細胞 の物質交代 を保障す るよ うにな っている とい う著 しい特徴が ある。 この こと は多細胞動物体 において特 に著 しい。 しか しこれ らは細胞 と階層を異 にす る多細胞個体 に見 られ る法 則であ るので, これ についての教授‑学 習 は ここで の考察 の対象か ら除外 した。
Ⅱ 理科教育 お よび生物教育 の 目的 と目標
細胞 につ いて理科教育 (初等 ・中等の 自然科学教育)で何を教 え るべ きか, を論 じよ うとす るさい
を理科 だけにまかせ ることはで きないが、理科がその重要 な部分 を担 うべ きであ る ことは確かであろ う。筆者 の知 る限 りでの生物教育 における典型的 な例 は、仮設実験授業の授業書 「花 と実」 にお ける 人工粉 についての記述で ある。生徒にとって理解可能な例 を挙 げ うるところで はそれ を取 り上げて、科 学上の知識 の人類福祉への貢献を教えてい くべ きであろ う。
Ⅲ 生物 における細胞 の位置
1. 生物的 自然 の階層構造
先 に私 は、 「物質運動 の一形態であ る生物 とい う階層」 とい う表現を した。生物 は、 地球上 にお け る含炭素化合物 の高分子 化、 コロイ ド形成、層分離、脂質二重層 に囲 まれた液滴構造の形成 な どの諸 段 階を経 て、無生物か ら生 じた ものであ る。従 って、生物 においては、無生物界 を貫 く諸法則、すな わち物質不滅 、 エネルギーの転 化 と保存、熱力学 の第二法則 な どは、それ らが一見成立 しないよ うに 感 じられ る場合 であって も貫徹 してい る。 しか し、無生物か ら生物が生成 した時点 において、無生物
にはみ られ ない物質の存在形態 とそれ を貫 く新 しい法則が出現 した(6)oそれが細胞 とよばれ る存在形 態で あ り、外界 との間 に間断 ない物質交代 を行 いつつ 自己を維持 し生長 ・増殖す るとい う法則 によっ
て貫かれてい る。
生物 は地球上でのその出現の初期 にあ っては、現在の細 菌 に似てそれ よ りもは るか に未発達の もの であったろ う。遺伝装 置 も不完全で同一のゲームを もつ ものがふたつ と存在せず、 「個体」 とい う表 現 もで きない細胞 の集団が存在 していたので あろ う(7㌦ やがて遺伝子 の複製機構が整備 されて「個体」
が生 じたの ち も、 現在 の被核生物(8)にみ られ る豊富 な個体関係を もつ 「種」は存在 しなかったであろ う。「進化 した生物の種 は被核生物が発生 してか ら出現 した もので あ る(9)。」
従 って、生物 とい う物質運動 の形態 の中 に もその発展 に ともな う階層 を識別 す ることがで きる。物 質交代 を行 いっつ 自己を維持 し生 長 ・増殖 す ることを確立 した裸核生物 (7)の段階、多細胞化の可能性 をは らむ被核細胞が生 じ、 同時 に有性生殖が替得 されて性 を中心 とす る種 内の個体 関係が発達 す る被 核生物 の段階のふたっ に大 き く分 け られ るで あ ろ う。 延原肇氏が生物的 自然を細胞 と種 とのふ たつの 階層 に分 けてい る(10)ことに、 これは対応 す るもの と思われ る。
裸核生物 にお いては、細胞 それ 自体が生存 の単位 た る個体で もあ った。 しか し、被核生物 にお いて は、進化の主流 は多細胞体の形成 に向 った。 そ こでは細胞の もつ独立性が抑制 された¢体を構成す る 細胞間 に分化 と協関が生 じたばか りで な く、必要 によって多数 の細胞が融合 した り (横紋筋や粘菌の 変形体 な ど)、核分裂 が起 って も細胞分割が起 らなか った り (ミル ・イワヅタな どの体や種子植物の 腫乳な ど)す ることさえ もみ られ る。 そ こで は生存 の単位 た る個体 は細胞 を基礎 と L細胞の諸法則 に 従 いなが らも細胞 を超 えた多細胞個体 に とって替 られた。 ちよ うど、細胞が無生物界 の諸法則 に従 い なが ら無生物界 にはない法則 によって律せ られ る ヨ リ高次の存在であ るの に似て。 しか も、 その多細 胞生物体 も生活史の一時期 において必ず受精卵 とい う単細胞段階を経 ることが、生物が単細胞 とい う 段階を通 って進化 して きた とい う歴史 の重みを感 じさせ る。
2.裸核生物か ら被核生 物‑の進化
Ⅲ‑1において,生物 に細胞即個体である段階 と独立性を抑制 された細胞の協関 によって多細胞個体が 形成 され る段 階 とのふ たつを識別で きることを述べ た。 また、 それぞれの段階が、裸核細胞 と被核細 胞 とにはぼ対応 す ることを述べ た。被核生物の中 には多細胞化の道を辿 らなか った もののあ ることを 無視 してはな らないが、原核生物 には分化 した細胞か ら成 る多細胞体 を形成す る ものがない こと、被 核生物 にお いては進 化の主流が多細胞化の道 を辿 った ことをみ ると、か って裸核細胞か ら被核細胞へ
の進化が起 った さいに、多細胞化へ の条件 もまた整備 された と考 え るのが妥 当であ ろ う。
佐藤七郎氏 は、被核生物 の成立 に さい して、原核細胞では細胞膜 に結合 して いた核 が遺伝装置 と し て細胞膜 か ら独立 した ことが、多細 胞化へ の重要 な契機で あったろ うと述べ てい る(ll)。すなわち、そ の ことによって遺伝情報 の安定化 と飛躍的増大が可能 にな り、核分裂 と細胞分割の両過程が分離 され、
遺伝 への直接的関 りか ら解放 された細胞表層 に多様 な変異の 可能性が生 じ、 これ らが細胞の集団化 と 細胞間の分化をひき起 す契機 にな った とす る議論である。
多細胞個体 の形成 が どのよ うに して起 ったか は、上 の例 の はか にはほ とん ど議論 され ていない問題 で あるが、裸核細胞か ら被核細胞への進化過程 については、 この十数年来、細胞共生進 化説が再認識 され脚光を浴 びて論議 の対象 にな って きた(12)。
この説 は、被核細胞中 にあって二 重の単位膜で囲 まれ た構造体、 すなわち ミトコ ン ドリア とプ ラス チ ドが、 それぞれ好気性 の細菌 とラ ン藻 とに似 た裸核細胞 に由来す るとい うものであ る。 これ らの裸 核細胞 が、核膜 に囲 まれた核を もつ他 の細胞 によ ってサ イ トー シスで とりこまれ、共生 の段 階を経て 定着 し、細胞器官 にな った とす るのであ る。 そ うであ るな ら、 ミ トコン ドリア とプ ラスチ ドの内膜を ふ くむ内部が共生体 に、外膜 は宿主 の細胞膜 に由来す ることにな る。 この説 は、細膜の構造 と換能 に ついて最近得 られ た知見 に多 くの根拠 を もつが、 その主要 な ものを挙 げ ると、
1) ミトコン ドリアとプ ラスチ ドは自前のDNAを もち、タ ンパ ク合成を行 う。 また、分裂 によっ て増殖 す る。
2)被核生物の細胞質 のタンパ ク合成系 は、 リボソームの沈降係数が80Sであ り、 シクロヘキ シ ミ ドで阻害 され ク ロラムフェニ コールで阻害 されない点で、70Sとやや小 さい リボソームを もち、 ク ロラムフェニ コールで阻害 され シク ロ‑キ シ ミ ドで阻害 され ない裸 核細胞の タ ンパ ク合 成系 とは明 瞭 に異 な る。・ところが、被核細胞 中の ミトコ ン ドリアとプラスチ ドの タ ンパ ク合成系 は裸核細胞型 であ る。
3)呼吸 ・光合成 の電子伝達系 は被 核細胞で は ミ トコ ン ドリアとプ ラスチ ドの内膜 に結合 している が、裸 核細胞では細胞膜 に結合 して い る。
4)単位膜 の構成成分 について、 ミ トコ ン ドリアとプ ラスチ ドの内膜 はタ ンパ ク含量が多 く脂質 と して カルデ ィオ リピンを含 みステ ロイ ドを含 まない点で披核細胞 の他の膜 とは異 な り、裸核細胞型 であ る。
5) ミ トコン ドリアとプ ラスチ ドの外膜の内側 と内膜 の外側 とに多糖質 の層があ る。 この ことは、
それぞれの面が細胞膜 の外側であ った ことを示唆す る。
な どであ る〔 また、サ ンゴやゾウ リム シが ラ ン藻や緑藻を共生 させて い る例 などが知 られてい ること は、 この説があ り得 ない もので はない ことを示す もの と思われ る。
細胞共生進 化説は被核細胞 の起源 にかんす る考察 に光明を投 じる ものであったが、 それはあ くまで も ミ トコ ン ドリアとプ ラスチ ドとい う、二重の単位 膜で囲まれた構造を もつ細胞器官 の起源 の問題 に 限 られてい る。 そ もそ もの宿主 とな ったのはどん な種類 の細胞であ ったのか、 それ は現存 す るのか、
被核細胞 に特有の核膜で囲まれた核 はどのよ うに して生 じたのか、 そして裸核細胞の数百倍 におよぶ 細胞 当 りのDNAが被核細胞 において蓄積 したの はなぜか、 など残 された問題は多い。 また細胞共生 進化説 に直接かかわ る問題 と して、 ミトコ ン ドリアや プ ラスチ ド自体 の成分 にかんす る遺伝情報 の一 部が細胞核中のDNAにふ くまれてい ることの矛盾をど う説明す るか も残 された問題である。
さらには、先 に述べ た多細胞化の問題、複相核の成立 と有性生殖の獲得 の経過 な ど、裸核細胞 か ら 被核細胞へ の進 化を中心 と した細胞進 化過程 に残 された疑問 はたいへん大 きい。
‑ 191
Ⅳ 理科教育 における細胞学習の展 開
1. は じめに
これまで述べ てきた理科教育 および生物教育 の 目的 と一般 的 目標、生物 の発展 の歴史 の中で細胞が 占め る位 置、細胞 の進化 について現在考 え られてい ることが らをふまえて、理科教育 において細胞は どのよ うに扱 われ るべ きかを以下 に論 じたい。 それには細胞 にかんす る諸法則が どの よ うに認識 され て きたかの歴史を重視す る必要 があろ う。細胞 についての基本的法則が どの よ うな考 え (心構 え)の 下 にどの よ うな事実を根拠 に構想 され確か め られたかの知識 は、教育 内容 と方法 を構想 す るさいに も っとも頼 りになるであろ う。
細胞 について教 え るさいにと り上 げ るべ き内容 は、物質 の運動形態 の ひとつで ある細胞の基本的な 諸法則 を把握 させ るための諸事象で ある とい うことに なる。Ⅲの3と4とに述べ てきた ことに もとず いて、細胞を貫 く基本 的法則 と して以下 の ことが らを挙 げる ことがで きるで あろ う。
1)細胞 は生物現象をあ らわす最低 の単位 で あ る。
2)細胞 には被核細胞 と裸核細胞 とが あ り、そのいずれで もない細胞はない。
3)被核細胞 は裸核細胞か ら進化 して きた ものであ る。細胞 も歴 史の産物で あ る。
2. 「生物現象をあ らわす単位 と しての細胞」 についての教授一学習
Ⅳ の1に挙 げた諸法則の うちの 1) の教授 について まず考 え る。生物現象をあ らわす最低の単位が 細胞であ ることは、 どの よ うな事実を基礎 に して言 われ るよ うにな ったのであ ろ うか。裸核細胞 につ いては、細胞がすなわ ち個体 であ るか ら、議論の余地が ない とも考 え られ るが、 このよ うな議論そ も そ も意味が ないと言 え る。被核細胞の うちで も、 原生動物を は じめ とす る単細胞生物 にかん しては、
裸核生物 のばあい と同様 の ことが言え る。 これ らが 「単細胞」生物で あ ると認識 されたのは、 多細胞 生物体 について細胞概念 が確 立 したの ちの ことであった。細胞が今 日い うところの多細胞生物体を構 成す る単位で あ ること、 すなわ ち「(1)細 胞 は生 きた単位で あ る。(2)細胞 はあ らゆ る生 物現象を 具現す るものであ り、生物現象を解析 してゆけば不可避 的に細胞の現象 に到達す る(13)。」 とい うことの認識 にM.∫.SCHLEIDENやT.S . SCHWANNを導 いたの は、植物お よび動物 の発 生過程 の観察で あ った。 当時すで に、生物体 とくに植物体 が、 互 いに分離 しうる小室の集 ま りであ るとい う見解 は常識 とな っていた。 そ うした認識 の うえに、生物学 を真の説明科学 ・精密科学 にす るために生物界を貫 く 法則を見出そ うとす る意志 を ともな う発 生過程の観察 が積 み重ね られ て、細胞説 が打 ち立 て られたの で あった(14㌦
さらに、多細胞体か ら単離 された細胞 が培養 され うることが示 されて、細胞研究の途 が大 き く開か れ るとともに細胞 の 自律性の大 き さが再認識 され た。また、電子顕微鏡 の発達 は細胞 とくに細胞質の 微細 な構造を明 らか に し、細胞分画法 の発達 や化学 の方法の細胞研究‑ の適用の発展 とあいまって、
生物界を通 じて細胞が共通の基本的要素 か ら成 り立 ってい ることを示 した。佐藤七郎氏の、被核細胞 の構成要素 を四つの基本構造系 に分 けて とらえ る考 え方(15)は、 現時点での最 もす ぐれた もの と考 え
られ る。 こう して、細胞の 「単位」 と しての性格 は確立 されている。
以上 に概観 した歴史的経過 をふ まえて、 「細胞が生物現象の最低の単位で ある」 ことを把握 す るた めの教授一学 習課程 の展開 は以下のよ うに構想 され る。
(1)多細胞生物 の発生過程 の観察O
(2)細胞が 自律性 に富 む、生物現象 の単位 であ ることの確認。
(31 細胞が共通の要素 によって構成 され ていることの確 認。細胞の構造 と機能 〔 これ ら三項 目をやや具体 化す ると次の よ うにな る。
(1)動 ・植物の初期発生 の観察。植物の生長点 の観察。それ らの結 果を もとに、生物体 が分裂 に よって形成 された受精卵細胞か ら細胞 によって構 成 されている との予想 を もって、 さまざまの部分を 観察 す る。横紋筋 な どの変 った細胞 も元来 は他の細胞 と同様 に形成 された ものである ことの学習。
(2)原形質分離 によ って細胞 の内容が各 々ま とま りを もって いることを直観的に示す。次 いで、細 胞 どお しを分離す ることがで きることの学習。材料 には葉肉・花弁 ・果 肉など植物 由来の ものを用 い、細 胞壁分解酵素 の標品(16)を作 用 させてプ ロ トプ ラス ト調製す る。動物 について も実験あ るいは話。分 離 された細胞が培養 され うること、 すなわち外界か ら物質を吸収 して生長 ・増殖 をお こない、不要物 を排 出す ることの話 ・映画など。培養 に必要 な栄養分 は動物 ・植物 それぞれの生活を反 映 してい るこ
との話。
(3) (1)にお いて、細胞が どれ も核 を もっ ことは学習 されてい るはずであ るo ここで は電子顕微鏡 像を もとに、細胞質 に見 られ る構造 も共 通であ ること、分化 した細胞 は、 その共通要素の一部が誇張 された り縮小 した り変形 した り した ものであ ることを、特 に単位膜 に注 目 しなが ら教授 す る。 この さ いに、細胞器官の構造 と機能 とに触れ なければな らないが、物質分子 の レベルで の説明 は最少 限 に と どめ る。細胞膜 ・ミ トコ ン ドリア ・プ ラスチ ド・エ ン ドプ ラス ミク レテ ィキ ュ ラム ・収縮性 タ ンパ ク 質 な どが取 り上 げ られ る候補 にな り得 る。一 方、 そ う した細胞器官 の うちには ミ トコン ドリアやプ ラ スチ ドのよ うに個体性 を示す構造 を もち分裂増殖 す るが、 自分だけで 自己維持 や増殖 はで きず、細胞 の他 の部分 との協働が必要 な こと、 その意味で、細胞 よ り下 には生物現象 の単位 と呼べ る構造 はない
ことを教授す る。
すなわち、 (1)、 (2)で細胞が 自己を維持 し増殖 す るとい う生物 と しての特徴 を備 えてい ることを、 (3) で細胞 よ り下にそ うい う特徴 を示す段 階がない ことを学 ぶ ことにな る。 細胞 が共 通の要素か ら成 り立 つ ことは(1)と(3)で学 び、 これによって細胞の 「単位 」 と しての性格が明瞭 に理解 され ることにな るで あろ う。
(1) につ いて は、発生を学 習 させ る点で は中学校で現在行 われてい る細胞学 習 と大 きな違 いはな い といえ るで あろ う。 しか し、 まず い くつかの組織で細胞 を観察 し次 いで発生 を学ぶ現在のいき方 に くらべれ ば、 まず発生 を学 びそ こで予想 され る細胞の集合体 と しての個体 のあ り方 をい くつかの例で 検証す る私の案 の方が学習の見通 しが き くとい う点です ぐれてい るといえ るであ ろ う,細胞研究の歴 史 と対比 させて い うな ら、受精卵か らの発生 の過程が明 らか にな っては じめて、体 に仕切 りが あ るこ との意味が明 らか にな った ことが、教授の この いき方 に反映 してい るとい うことで あろ う。
岩 田好宏氏 の見解 の うちで、(1)に関係 す る部分を検討 すると、生殖 ・発生 にお け る細胞の振舞 いの 学習 を重視す る点 は私の案 とよ く似た もので あ る。 しか し、氏 はその学習の前 に、細胞 は生 きてお り 各種の細 胞 にはそれぞれの生活が あ ることを教 え ると してい る。一方私は、 そ うした学習の根拠 にな
る細胞 の初歩 的な概念 の獲得 のために、先ず個体発生の学習をす ることに固執 す るものであ る。個 々 の細胞 がそれぞれの生活様式を もっ ことの学 習 は、 (3)でな され る ことになるが、私 は、分化 した細胞 といえ ど もその特徴 は細胞 に共通 した基本要素 の変形 によって発拝 されてい ることの学 習 に重 きを置 きたい と思 う。 その学習 が実の あ るものにな るためには、 さまざまの形態 と役割を担 った細胞があ る ことの学習が欠かせ ない前提であ ることは間違 いないのであ るが。
(2)、 (3)においては、細胞の分離 ・細胞培養 ・電子顕微鏡像 の観察 といった初等 ・中等教育 で は目新 しい ことが らが登場 す る。電子顕微鏡像 にかん しては、 中学校 ・高等学校 向 の指導書 (文部省著 作)に 直接間接 に触 れ られ てい る。 すなわち、「なお、ここでは、細胞 の細かな構造 に触 れ る必要 はない(17)0 (中学校指導書)「「細胞 とその分裂」 については光学顕微鏡で観察で き る範囲で・・・(18)」「・・・ここで は各種の細胞 や組織 を光学顕微鏡 を用 いて観察 させ・・・(19)J(高等学校学習指導要領解説)のよ うに、
電子顕微鏡像 を理科教育の場 に持 ち込 む ことにかん して きわめて慎 重な態度が とられている。 そ こに
‑ 21‑
は, 前回の学 習指導要領の もとで特 に高等学校生物 にお いて難解 な(3)細胞構造図が持 ち込 まれた こと への反省 に立 つ ものの よ うに も思われ るが, また,新 しく得 られ た知見 はど難解で あ り基礎か ら遠 い ところにあるとい う偏見が根強 く残 っているよ うに も見 うけ られ る。 この考 え方か らすれば細胞の分 離や培養などは論外 とい うことにな るのであ ろ うか。 ここで考 えなければいけな いの は,雑多 な知識 はどんな場合 で も難解であ り記憶 す るのが苦痛で あるとい うこと, 論理立 った知識 はその逆であ ると い うことで あ る。細胞の微細構 造 につ いての知識 を, これまで, どのよ うな論理 の筋道の下 に学 習 さ せよ うと したのかが問われないでは, この知識を取 り入れ るべ きか捨 て るべ きかの論議 はで きないで あろ う。
先 に も述べ たよ うに,細胞が生 きた単位であ ることを理解 させ るには細胞の微細構造,細胞の分離 と培養 についての知識 は必須 の もので あ り, しか もそのいずれ もが直観 的 にと らえ ることの困難で な い もので あ ると考 え られ る。生徒 たちが テ レビなどを通 じて知 ってい る場合 も多 いで あろ う。 田中実
・富 山小太郎両氏が述べたよ うに,「‑教材 を1世紀以上 も昔 の ところにひきとめてお くな らば,千 どもの もってい る自然科学‑ の興味を,早期 にな くして しま うことにな るだ ろ う(20)。」か ら
,
「教育 内容 の古典的部分 と現代 的部分 とを,教授法上のなっき りした見通 しの もとに関係づ けて,子 ど もに 教 え る必要があ る(21)。」ので あ る。私 はかつて, 中学 校 において細胞 の微細構造 を も取 り扱 うべ きこ とを主張 し(22),その後,中等生物教育 にお いて細胞 の分離 や培養を も取 り入れ ることを主張 した(23)のであ るが. それ らの考 えを変 え る必要 を現在感 じて いない。細胞培養の話 にお いては, 医学 ・育種 学の分野 にお いて この方法 が さまざまの恩恵を もた らしつつあ ることを盛 り込み,科学の進歩が人類 の福祉の増大 に貢献 している ことを実感 させ る ことがで きるで あろ う しそれはぜ ひ とも必要 な ことで あ る。
岩 田好宏氏 の見解の うちで(2), (3)に対応す る部分を検討す ると,種 々に分 化 した細胞が実 は共通の 基本要素 か ら成 り立 ってい るので あ ることを理 解 させ る点 に重 きを置いて い ることが わか る。 そ うい う筋道 を辿 るの に必要 と考 え られ る範囲で細胞 内部の構造 とその機能を教 えよ うと してい るよ うであ る。 この点 において も私の考え は同 じである。細胞核の機能 を理解 させ るの にカサノ リなどでの核移 植 の実験 を取 り上 げ るのは私の思 い致 らなか った ことが らで あ り, 取 り入れねばな らないと考 え る。
ただ,細胞 内部 の構造 とその機能 について教 え る前 に細胞培養 を取 り上げ ることによ って細胞の 自律 性 が きわめて高 いことを教え るとい う視点 はないよ うであ る。 氏は細胞 のあ り方 に対 す る個体 の あ り 方か らの規制 とい うことを大変重視 してお られ るので,培養細胞 を この よ うに取 り扱 わないの は当然 のことなのか も知れない。 しか し私 は,多細胞生物体 が一生 に一度 は単細胞段階を経 ることと共 に, 多細胞体 か ら単離 され た細胞 が培養可能であ ることも,現生生物が単細胞体の状態 を経て進 化 してき た歴史の重 さを示す ものであ って,細 胞が生 きた単位 であることを示す もの と して落 してほな らない もの と考 え るO また, 直観的 に と らえ易い ことにおいて も,教育 の場で取 り上 げ られ るべ き資格を備 えて い るといえ るで あ ろ う。
なお ここで一言ふれてお きたいのは, 「ひ とつ ひ とつの細胞が生 きてい る」 ことを示すため に組識 片の呼吸を観察す るとい う学 習法 についてで あ る。 この方法 は以前か ら教科書 にの ってお り, 文部省 著作 の中学校指導書 に も取上 げ られてい る(24㌦ そ こでは 「例 えば,切 り取 られ た肝臓や植物 の葉 な どの生物 の組識 や単細胞生物が,二酸 化炭素 を排 出 していることの観察 を通 して間接的 に立証す るこ ともで き る。」 と述べ られ ている。 しか しこの手順で細胞 が生 きているとい う結論を導 けるで あろ う か。 それ は結果を知 ってい る者 の勝手 な論理で あろ うと思われ る。細胞が高 い 自律性 を もつ構造体 で あ ることの認識 がすで に形成 されていて (細胞の培養), その応用問題 と して細 胞 の集合体であ るそ れ らの組織片が呼吸す るか どうか を学習す るな ら意義のあ る ものになろ う。 その さいには,肺 を もた ない動物 や植物 もガス交換 を行 うことの知識が前提 になる。
3. 裸核細胞 と被核細胞 についてお よび細胞の歴史の教授一学習
細胞 の階層を貫 く基本法則の第2, すなわ ち,細胞 には裸核細胞 と被核細胞 のみがあるとい う法則 の学 習 は, 5, 2に述べた被核細胞を中心 とす る学 習の後にな され るべ き ものべ あ る。 そ こで は,裸 核細胞が生物 としての特徴を保持す る一 方で,核膜を もたず, ミ トコン ドリアとプ ラスチ ドを欠 き, かつ細胞礎質成分 において も真核生物 よりはるかに単純であること,細胞質の運動 やサイ トーシスを行 わない こと, そ してそれ らの特徴 によって細菌 とラン藻の生物体 が これ に該 当す ることを学習 させる。
そ して, これ までに調べ られた生物 はどれ も,裸核細胞 か被核細胞かのいず れかで あって,双方の特 徴の まざ りあ った ものはない ことを学習 させ る。 さ らに,被核細胞中の ミ トコン ドリアとプ ラスチ ド の内膜 とその内部 は裸核細胞 と しての特徴 を現す ことを学習 させ る。次 いで,被核細胞 は裸核細 胞か ら進化 してきた ことに相違 ない と考 え られ てい ること,特 に ミトコ ン ドリア とプ ラスチ ドは細胞 内共 生 した裸核細胞 の定着 によって生 じた とす る説明が近時説得力 を増 して い ることを話 す。 この話 は, 科学が完結 した知識 の集積で はな く多 くの未知 の分野 に挑戦 を続 けてい る人 間の営 みであ ることを伝 えるひ とつのわか り易 い例 にな りうるで あろ う。一方で, その宿主であ った と考え られてい る単細胞 生物 は現存す るのか,被核生物 の核 はどのよ うに形成 されたのかな ど, 不 明の部分を多 く残 してい る ことを明 らか に しておかなけれ ばな らない。
細胞 の歴史 にかん して言 えば,裸核細胞か らの被核細胞 の形成や有性生殖 の獲得 と深 くかかわ りつ つ進行 した と思 われ る多細胞化‑ むか っての進化 の過程 と,物質分子 の階層 か らコロイ ド形成,相分 離の過程 を経 て進行 したで あろ う裸核細胞の (すなわち原初の生物 の)発生 の過程 とが細胞 の階層 を 歴史的 に前後か らは さむ もの と して, あ る。前者 の過程 について は, 4で述べたよ うに,解明 された なに もの もない とい って も過言 でない状態 であ ることを話 す はか ないで あろ う。後者の過程 について は事情 がやや異 る。 この問題 は,地球上 にお ける生命の起源の問題 と して,基本的にはA.Ⅰ.OpARIN が1924年 に提唱 した路線 に沿 って研究 の蓄積が な されて きた ことを学 ばせ る ことがで きるか も知 れな いが本論のテーマか らはややはずれ る問題で ある。有機化合物 につ いての知識が前提 にな る学 習で あ り, その基礎 な しには実体のつかみ難 い印象 の乏 しい授業 にな る恐 れのあ る反面,科学 的生物観 の形 成のため にはぜ ひ とも中等教育 で扱 ってお きた い内容であ ると思 う。
細胞 の歴史 とい う観点 は, 学習指導要領か らも岩 田氏の見解か らも欠落 してい る。念のために断 っ てお くが,岩 田氏 の見解か ら欠落 してい るとここで言 ってい るのは, 裸核細 胞か ら被核細胞へ の歴史 の ことであ る。 生物 の起原 や単細胞体か ら多細胞体‑の進化の ことで はない。一方文部省 の見解か ら はこれ らが ま とめて欠 けてい るので あ る。 高等学校の理科 Ⅰの 「進化」 と名付 け られ た項 目か らも, 生物 の起原 さえ もが抜 け落ちてい る。 その ことについての説明 も解説 に述べ られていない状況である。
4. 細胞教 授の時期 について
以上 に述べてきた細胞 についての教授 は, 学校教育 の どの段階で 行 うことが期待 されるであろうか。
系統的 な 自然科学教育が小学校の第4学年か らは じま ると して, 細胞の学習 は小学校段階には位 置ず け られ ないで あ ろ う。小学校 での生物教育 には他の課題が あ ると思 われ る。 まず物質界を二分す る も のとして生物界 と無生物界があること,生物界を二分す るものと して動物界 と植物界(25)があることを学び,動 物 と植物 の栄養方式 のちが いについての初歩的な知識 を得 る。 それを武器 に して さまざまな生物 の生 きざまを追 い, それ らを貫 く法則を追求 す る学習がまずな され るべ きで あろ う。最近 も, そ うした教 授一学 習の実践 のす ぐれた記録が報告 された(26)。 また, 器官 (莱) レベルでの生理学 的事象 (消化 器系での消化, 脳 ・神経 ・感覚器系で の刺激の受容 と反 応,葉 での光合 成な ど)がそれぞれの種 の個 体の生 きざまを反映する面 と動物 ・植物それぞれの内部に共通する面とを もつ もの として教え ることも同様 に,細胞学 習の前 に位 置ず け られ るで あろ う。 細胞学習の第一段階 は, そ う した事象のすべ てを, 塞
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本的に同一の構成要素か ら成 る細胞 とい う構造体 が, 自ら特殊化 (分化)す ることによ って担 ってい るとい うことを学ぶ ことにあ るのだか ら。 これ はおそ らくは中学校の半 ばまでは手 をつ け られない こ とにな ろ う。
細胞の学 習の第二段 階,細胞 の歴史の学習 は, その内容の ほ とん どが未 だ明確で な い ことか らであ るので, 中等教育で取 り扱 うべ きでない とい う考 え も当然 あ りうるであ ろ う。 しか し, こ うい うとこ ろにこそ科学 の進歩 の生 きた姿 が露 出 してい るのであ るか ら, 地球 上 にお ける生物の起原の学 習 とと もに, 高等学校で時間 を とって教 えること も意味あ る もの と考 え る。
緒言に述べたよ うに,昭和52年の学習指導要領 において,小学校での細胞学習 は削除 された。 この こ と自体 に私 は反対で はない。岩 田好宏氏 は, 「小学校 では細胞の本格的な学習 はまった く不必要で あ るが, 野外観察 と同 じよ うに細胞 を顕微鏡 で観察 させればよい」 と述べ てい る. 私 にはこの観察 の意 味がのみ こめない。 もっとはか に観察 すべ き ものがた くさんあ るのではないだ ろ うかO 花粉や ゾウ リ ムシを観察 して もそれ らを細胞であ ると意識す る必要 はない。生物現象 の最低 の単位 と しての細胞 を 学 ぶ ときにな っては じめて,細 胞 とい うコ トバ も必要 にな るのであ る。
Ⅴ 桔 言
理科教育 にお いて細胞 をいかに扱 うか について論 じて きたO 現在一般の扱 われ方 を見 ると (必然的 に文部省の見解 を参 照することにな るが),「‑細 胞 が 生命 現象 の 基本 的単位 で あ ることを認識 させ るのがね らいで あ る(27)。」 とされている。 しか し実際 には,細胞が生 きてい る単位で あ ることの認識 を十分保障す るよ うな内容が盛 り込 まれていない ことは,上 に述べ た とお りであ る。 また, 高等学校 にお いて も細胞が歴史的 に無生物か ら形 成 され次第 に発展 してきた もの と して扱 われてお らず, 単に 所与 の もの とされてい ることもこれまで に述べ て きた ところで あ る。 これ らの諸点 は, 改善余地が多 いにあ り,かつ, そのためには比較 的近年 に得 られた生物学 上の知見を も教育の場 に取 り込 む必要が あ ることを強調 す るのが本小 論の主 旨で あった。 こう した ことを考 え るにつけて も, 学習指導要領に 法的拘束力を持 たせ ることの愚 を感ぜす にはい られない。
岩 田好宏氏の所論 に対 して は大筋 において賛意 を表す るが,生物の歴史を反映す る細胞の 自律性の 高 さ,裸核細胞 と被核細胞 のちかいが生物界 を二分す る決定 的な もので あ ること,の二点を取 り上 げ ていない点 に不満を感ず るもので あ る。
なお このたびは, 諸外国 の初等 ・中等 自然科学教育 におけ る細胞 の扱 い方 を系統的 に調べ ることが で きなか った。今 後の課題 に したい と思 う。
謝 辞
本稿 をま とめ るに当 り終始激励 して 下さった本研究室 の竹村安弘助教授 に御礼 申 し上 げます。
珪 および参考 ・引用文献
(1) 岩 田好宏 「細胞の くらしを教え る」 理科教室 18巻9号, 4‑ 5ページ,1975
「細胞 とは何か そ して細胞を どう教 えるか」 理科教室 19巻1・3・4・5号 1976
「「細胞」 をどう教 えたか」F理科の 自主編成講座4 生命の世界の授業j 151‑ 158ペー ジ, 1976, 明治図書
(2)田中実 ・富山小太郎 「まえがさ」F岩波講座現代教育学 10 自然科学 と教育』 1961, 岩波書店 (3)芝田進午 「序論 現代科学 と唯物論
」
『講座マルクス主義哲学 3 現代科学 と唯物論』 7‑11ペー ジ1969. 青木書店
(4)武村重和 「アメ リカの理科教育 ・現状 レポー ト 6 教育の大問題 と80年代 の課題」
教育科学理科教育 Na 150 110‑ 113ペー ジ, 1980.明治図書
(5)佐藤七郎 「高校生物教育改善の方向」『環境教育 カ リキュ ラムの基礎的研究』 沼田真編 (文部省科研費 研究報告書)37‑42ペー ジ,1976
(6) 佐藤七郎 「生物学の方法」 前掲書(31, 170‑ 175ペー ジ, 1969.青木書店
(7) 佐藤七郎 「序論 現代生物学論のために
」
F現代生物学の構eZl』13ペー ジ, 1976, 大月書店(8) ここで被核細胞 と呼ぶ ものは一般 に真核細胞 と呼ばれているものであるま た,一般 に原核細胞あ るいは前 核細胞 と呼ばれているものを, ここでは裸核細胞 と呼ぶ。 これは佐藤七郎氏の提案 (『細胞』10ペ ージ
1975, 東京大学 出版会)に従 った ものである。
(9)佐藤七郎 前掲書(7) 12‑13ペー ジ
q O )
延原 肇 「生物的 自然 の構 造」
『新 しい生物学史』23‑34ペー ジ, 1973, 地人書館ul) 佐藤七郎 「細胞の進化」F現代人の科学 10生命現象の科学』83‑89ペー ジ, 1976, 大月書店 (12) この説が注 目され論議の対象 となって きた経緯については,雑誌 「生物科学」 に31巻2号 (1979)か ら
連載 中の佐藤七郎 「細胞共生進化説」 に詳 しい。
n3) 佐藤七郎 「細胞
」
F新 しい生物学史』 79‑80ペー ジ, 1973, 地人書館 (14) 佐藤七郎 前掲書 (13)79ペ ー ジu5) 佐藤七郎 『細胞』 16‑17ペー ジ, 1975, 東京大学 出版会
(16) 協和発弾株式会社製の ドリセ ラーゼ,近畿 ヤ クル ト株式会社製 のマセ ロザ イムR‑10,セル ラーゼオノズ カR‑10な どがあ る。
u7) 文部省 F中学校指導書理科編』 85ページ, 1978, 大 日本図書
u8) 文部省 『高等学 校学習指導要領解説 理科編理数綴』 11ペー ジ, 1979.実教 出版 q餅 文部省 上掲書 (17)40‑41ペー ジ
eO)・田中 実 ・富山小太郎 前掲書 (1)28ペー ジ CZl) 同 上
田 山岡 剛 「中学校の生物教育では細胞 の微細構造を教えよ」理科教室 17巻13号 64‑66ペー ジ,1974 C3)山岡 剛 「細胞概念 の教材化について」理科教室 18巻9号 14‑19ペ ー・ジ,1975
伽 文部省 前掲書 (16)85ペ ー ジ
C5) 生物界 を大き く二分す るや り方 として は,裸核生物 と被核生物に分けるのが生物学的には正 しいが,小学 校で初歩的に分けるさいには, 動物 と権物 に分 けるのがむ しろ正 しいいき方であろう。
価) 黒田弘行 『生物をどう教え るか』 1979, 新生 出版 q7) 文部省 前掲書 (16)84‑85ペー ジ
(1980年9月10日受稿)
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Abstract
Examiningteachingoftheconceptofcellinprimaryandsecondaryschoolscience, Iobtainedfollowingconclusions.
1. Basiclawswhichmlethecellshouldbetaught. 2, Thebasiclawsaresummarizedasfollows.
a. Thecellisthelowestunitthathascharacteristicsofthelivlngbeing.
b. Allthecellsareclearlyclassifiedintotwogroups,gymnonuclear'(prokaryotic) cellandangionuclear*(eukaryotic)cell.
C. Thecellhasitshistoryofevolution.(Itisbelievedthatangionuclearcellorigi‑ natedfrom gymnonuclearcell,thoughtheprocesshasnotyetbeenelucidated.)
3. Toteachtheselaws,somemethodsofmodernbiologlCalinvestlgationnamely electronmicroscopy,tissuemacerationbyenzymetreatmentandcellcultureshouldbe introducedtothestudents.
4. Thesemattersaredesirabletobetreatedinsecondaryscienceeducation.
5. Existing CourseofStudy proclaimed by theMinistry ofEducation ofJapan mentionsinstructingstudentsthefactthatthecellisaunitoflifeasoneoftheaims.
HowevertheCourseofStudyseemstolackmeanstoachievetheaim sinceitdose notadoptintroductionofthemethodsinbiologicalinvestigationmentionedin3.
I ThisterminologyisaftertheproposalmadebyDr.SitiroSato,DepartmentofBotany, FacultyofScience,UniversityofTokyo(SitiroSato"TheCell"(inJapanese)Seconded., p,10,UniversityofTokyoPress,1979).