修 士 学 位 論 文
プ ル ト ニ ウ ム 化 合 物 の 超 伝 導 の 微 視 的 理 論 研 究:2軌 道 モ デ ル に 基 づ く 解 析
指 導 教 員 堀 田 貴 嗣 教 授
202 0年 1 月 1 0 日 提 出
首都大学東京大学院
理 学 研 究 科 物 理 学 専 攻 学修番号
18844432
氏 名 溝 尾 義 輝
学位論文要旨(修士(理学))
論文著者名 溝尾 義輝 論文題名:プルトニウム化合物の超伝導の微視的理論研究:
2
軌道モデルに基づく解析近年,
“115
系”
と総称されるHoCoGa 5
型の結晶構造をもつf
電子物質群が注目されて いる.これは,図1(a)
に示すような結晶構造をもつ物質群であるが,2000
年にCeRhIn 5
が加圧下でT c =2.1K
の超伝導を示すことが発見され[1]
,翌2001
年には,CeIrIn 5
およびCeCoIn 5
が常圧下でT c =0.4K
および2.3K
の超伝導になることが発見された[2,3]
.そし て2002
年に,Pu
を含む115
系化合物PuCoGa 5
において,T c =18.5K
の超伝導が発見 された[4]
.このT c
は,f
電子系超伝導体としてはもちろん,f
電子系以外の金属間化合 物超伝導体と比べても相当に高く,大きな注目が集まった.115
系の超伝導機構に関して,HoCoGa 5
構造に特有の擬2
次元性を考慮すると,銅酸 化物高温超伝導体と同様に,磁気ゆらぎによるd
波対形成の可能性が高い.実際,Pu-115
に対して,d
波超伝導の証拠が実験的に示唆されている[5,6]
.磁気ゆらぎ機構だとする と,T c
は電子系のエネルギーでスケールされるので,Ce
の4f
電子系よりは遍歴性の強 いPu
の5f
電子系の方が高いT c
を示す,というのはもっともらしく思われる.しかし,2012
年にPuCoIn 5
が合成されたのだが,T c =2.5K
であり,PuCoGa 5
ではなくCeCoIn 5
とほぼ同じであることが明らかになった[7]
.これにより,Pu-115
の“
高温”
超伝導をど のように理解すればよいのか,という点が再び問題になっている.本研究では,構成原子 の違いによる結晶場ポテンシャルの変化がわずかであっても,T c
が大きく変化する可能 性を簡単なモデルに基づいて考察する.さて,
Pu
は115
系化合物では3
価,すなわち5f 5
電子状態をとるが,これをj -j
結 合描像に基づいて考えると,全角運動量j = 5/2
の状態に5
つの電子が入ることになる.j = 5/2
の6
重縮退状態は,正方晶の結晶場ポテンシャルによって3
つのクラマース二重項(
Γ 6
と2
つのΓ 7
)に分裂する.Ce-115
では,Γ 7
が基底状態であり,別のΓ 7
が第一 励起状態,Γ 6
が第二励起状態になることがわかっている[8]
.これらの3
軌道を全て考慮 する議論は将来の課題とし,ここでは簡単のために,基底状態のΓ 7
軌道には電子2
個が 詰まっているとして無視し,Γ 6
を軌道1,
残りのΓ 7
を軌道2
として,そこに3
個の電子 が入ると考えることにする.この2
つの軌道状態は,j = 5/2
のz
成分で指定される状態| j z ⟩
を用いて,| 1, ±⟩ = |± 1/2 ⟩ , | 2, ±⟩ = cos θ |± 5/2 ⟩ + sin θ |∓ 3/2 ⟩
と表すことができ る.ここで,±
は時間反転対称性から導入される擬スピンσ
を表し,θ
はΓ 7
軌道の変形 具合を表すパラメータである.本研究では,θ
が重要な役割を果たす.上記の
2
軌道に対する2
次元正方格子上のモデルは次のようになる.H = ∑
iaτ τ
′σ
t a τ τ
′(θ)f iτ σ † f i+aτ
′σ + ε ∑
i
(n i1 − n i2 )/2 + U ∑
iτ
n iτ↑ n iτ↓ + U ′ ∑
i
n i1 n i2 .
ここで,
f iτ σ
はi
サイトにおける軌道τ
,擬スピンσ
のf
電子の消滅演算子,a
は最近接 格子点へのベクトル,t a τ τ
′(θ)
はa
方向へのτ
軌道からτ ′
軌道への跳び移り積分,ε
は軌 道分裂の大きさ,n iτ σ = f iτ σ † f iτ σ
,n iτ = ∑
σ n iτ σ
,U
は軌道内クーロン相互作用,U ′
は軌道間クーロン相互作用を表す.本研究では,乱雑位相近似を用いてスピンおよび軌道 感受率を計算し,ギャップ方程式を数値的に解いて,超伝導転移温度T c
を求める.結果を図
1(b)
に示す.エネルギー単位はΓ 6
軌道間の跳び移り積分t 11 = 1
とし,ε = 1
,U = U ′ = 3.5
とする.T N
はネール温度で,磁気秩序ベクトルは(π, π)
である.θ
がθ ∗ = − π/2 + sin − 1 √
1/6 ≈ − 0.366π
に等しいとき,軌道2
は局在軌道になる.θ ∗
近 傍では反強磁性状態が生じやすくなり,この反強磁性状態の周辺でd
波超伝導が生じる.115
系の結晶構造に対するθ
は,θ ∗
に近い値になるという可能性があり,そうすると,θ
のわずかな違いが大きなT c
の変化をもたらすというシナリオが考えられる.Ho
Co Ga
(a) Ga (b) 0.7
0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1
0.0 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4
T
q/p T
cT
Nt
11=1 e =1 U=U
’=3.5
図
1 (a) HoCoGa
5型の結晶構造.(b) Pu-115
に対する2
軌道モデルに基づいて計 算された超伝導転移温度T
cとネール温度T
Nのθ
依存性.[1] H. Hegger et al., Phys. Rev. Lett. 84, 4986 (2000).
[2] C. Petrovic et al., Europhys. Lett. 53, 354 (2001).
[3] C. Petrovic et al., J. Phys.: Condens. Matter 13, L337 (2001).
[4] J. L. Sarrao et al., Nature 420, 297 (2002).
[5] N. J. Curro et al., Nature 434, 622 (2005).
[6] H
.Sakai et al., J. Phys. Soc. Jpn. 74, 1710 (2005).
[7] E. D. Bauer et al., J. Phys.: Condens. Matter 24, 052206 (2012).
[8] A. D. Christianson et al., Phys. Rev. B70, 134505 (2004).
プルトニウム化合物の超伝導の微視的理論研究:
2
軌道 モデルに基づく解析溝尾 義輝
首都大学東京理学研究科物理学専攻修士
2
年2020
年1
月10
日目次
第
1
章 はじめに2
1.1
超伝導とは. . . . 2
1.2
プルトニウムの単体としての性質. . . . 3
1.3 Pu-115
系の超伝導:j-j
結合描像に基づく理解. . . . 4
1.4
先行研究と本研究の目的. . . . 7
第
2
章Pu-115
の局所的な結晶場ポテンシャル9 2.1
ハミルトニアン. . . . 9
2.2
結晶場ポテンシャル. . . . 10
2.3
数値計算の結果. . . . 10
第
3
章 モデルの構成14 3.1 2
軌道モデル. . . . 14
3.2
強結合近似のハミルトニアン. . . . 16
3.3
ハミルトニアンの波数表示. . . . 18
第
4
章 乱雑位相近似とギャップ方程式20 4.1 1
粒子温度グリーン関数. . . . 20
4.2
スピン感受率と軌道感受率. . . . 21
4.3
エリアシュベルグ方程式. . . . 22
第
5
章 計算結果26 5.1
ホッピングパラメータ. . . . 26
5.2
磁気秩序と超伝導. . . . 26
第
6
章 まとめと展望29
参考文献
31
第
1
章はじめに
1.1
超伝導とは1911
年,オランダの物理学者ヘイケ・カマリン・オンネスは水銀が4.2 K
以下で電気抵抗がほぼ 消失する現象を発見した.これが超伝導と呼ばれる相転移現象の最初の発見事例である.超伝導が 単純な完全導体とは異なる現象であることは,1933
年にマイスナーらの完全反磁性の発見によっ て明らかになっている.もし,この現象が単純な完全導体であれば抵抗が消失する際に内部に侵入 している磁場は何ら影響を受けないはずである.しかし,この超伝導では内部に侵入した磁場を排 斥する完全反磁性を持つ.この点で超伝導は完全導体と決定的に異なっている.超伝導の理論的研究としては
1935
年のロンドン兄弟による現象論がある.ロンドン兄弟の研究 は超伝導電流の従う方程式(ロンドン方程式)を考え,マイスナー効果をうまく説明した.1950
年 には,ギンツブルクとランダウの2
次相転移の現象論によって巨視的な電子場が秩序変数となって いることが明らかになった[1]
.1957
年にはバーディーン,クーパー,シュリーファーによって格 子振動に媒介される引力相互作用によって電子がクーパー対を形成し,それが巨視的な電子場の正 体であることが明らかになり,微視的な理論が完成をみた[2]
.超伝導における中心的な関心といえば超伝導転移温度
T c
がどこまで高温になるかという点であ る.まず,最初に超伝導が発見された水銀のような単体金属の場合には,常圧下ではニオブの9.2 K
が最高であるが,高圧下ではカリウムやリチウムが20 K
以上の超伝導転移温度をもつ.1970
年代には超伝導理論も整備され,フォノンを媒介とするクーパー対形成による超伝導では,様々なパラメータを最適化しても,超伝導転移温度は
30 K
が最高であると考えられていた.実際,1980
年代前半までは,A15
型という結晶構造を持つニオブの化合物Nb 3 Ge
のT c = 23 K
が最もT c
が高かった.しかし,
1986
年にベドノルツとミュラーによって銅酸化物高温超伝導体が発見されると状況は一 変する[3]
.La 2 − x Sr x CuO 4
のT c = 40 K
が最初であったが,すぐにYBa 2 Cu 3 O 7 − δ
でT c = 95
K
となり[4]
,窒素の液化温度よりも高いT c
が得られるようになった.その後,高圧下で水銀系の 銅酸化物においてT c
が160 K
以上の超伝導物質が発見された[5]
.ただし,抵抗がゼロになるこ とが確認されたのは2013
年のことで,そのときのT c
は153 K
であった[6]
.銅酸化物超伝導体の発見で,いわゆる「強相関電子系」の超伝導の研究が盛んになり,その後,
鉄系超伝導体の発見もあって
[7]
,多軌道強相関電子系の超伝導の研究が現在でも盛んに行われて いる.ところで,強相関電子系の超伝導といえば,銅酸化物高温超伝導体を真っ先に思い浮かべるが,実 は,「重い電子系」の超伝導の方が先である.セリウムやウランを含む金属間化合物では,混成強度 の増大とともに基底状態は磁気秩序状態から非磁性のフェルミ液体状態へと移り変わる,すなわち,
量子相転移することが知られている.電子の局在性をもたらす
Ruderman-Kittel-Kasuya-Yosida
(RKKY)
相互作用と電子の遍歴性をもたらす近藤効果が拮抗する量子臨界点付近において,有効質量の極めて大きいフェルミ液体状態が実現することが知られており,「重い電子系」と呼ばれて いる.重い電子系では,遍歴と局在の狭間で顕在化する量子臨界揺らぎが非フェルミ液体状態や非
s
波の異方的超伝導などの概念的に新しい現象を生み出すと考えられている.重い電子系の超伝導の研究は,
1979
年のドイツのステグリッヒらによるCeCu 2 Si 2
の超伝導転 移の発見に遡ることができる[8]
.そこで初めて,大きな低温電子比熱の観測によって,超伝導の 起源が重いフェルミ準粒子であることが実証された.その後,1980
年代前半にウラン系化合物に おいて超伝導の発見が相次いだが[9–11]
,そこではT c
の高低よりも,f
電子の多軌道性に基づく 複雑な超伝導状態の理解に興味がもたれていた.T c
は低くても,量子臨界点近傍の異方的超伝導 が生じる舞台として盛んに研究されていたが,2000
年から2001
年にかけて、CeTIn 5 (T=Co, Rh, Ir)
といういわゆるCe-115
系において超伝導が発見された[12–14]
.特に,CeCoIn 5
の超伝導転 移温度は,重い電子系としては高温のT c = 2.3 K
であることがわかった.そして,2002
年に米 国ロスアラモス研究所において,PuCoGa 5
が転移温度T c = 18.5 K
の「高温」超伝導を示すこと が発見され[15]
,次いで,PuRhGa 5
もT c = 8.7 K
の超伝導となることが欧州超ウラン元素研究 所[16]
および日本原子力研究所(現:日本原子力研究開発機構)[17]
で発見され,大きな話題と なった[18]
.その後,2012
年にPuCoIn 5
でT c = 2.5 K
の超伝導が発見されている[19]
.このプルトニウム化合物の超伝導の理解が,本研究のテーマである。
1.2
プルトニウムの単体としての性質本論文での中心的な物質は
Pu-115
系と呼ばれる物質群であるが,ここではまず,プルトニウム の単体としての性質について述べる.プルトニウムは元素番号
94
番で,アクチノイドと呼ばれる元素の一つである.プルトニウムは 常圧下で6
種類の結晶構造を取ることができる.図1.1
ではプルトニウムの体積変化率の温度依存 性をアルミニウムと比較しながら図示している[20]
.一般的な金属であるアルミニウムは温度の上 昇とともに体積が単調に増加しているが,プルトニウムは結晶構造が変化することに伴い体積が増 加するだけでなく減少する場合もある.また,δ, δ ′
相では温度の上昇に伴い,体積の減少が見られ る.さらに,γ
相とε
相は異なる結晶構造でありながらγ
相の延長上にε
相があるように見える.β
相と液相(L)
の関係も同様である.このような特異な物性は外殻の5f
電子によるものだと考え られている.図
1.1
単体プルトニウムの常圧下での相図[20]
.図
1.2 Sm
3+とPu
3+の確率密度の原子中心からの距離依存性[20]
.図
1.2
はSm 3+
とPu 3+
における電子分布の確率密度を原子中心からの距離でプロットしたもの である[20]
.Pu 3+
は5f 5
の電子配置なので,5f
電子と4f
電子の違いを見るためにSm 3+
の4f 5
電子配置と比較する.Sm
の4f
電子は比較的中心にあるため,結晶を作る際の結合には関わらな い.それに対して,Pu
の5f
電子は比較的原子核から離れているために結晶を作る際の結合に寄 与することができる.また,1
オングストロームより大きい領域を見ると,プルトニウムの5f
軌 道はサマリウムの4f
軌道と比較して広がりが大きい.これよって,5f
軌道の方が4f
軌道よりも 遍歴性が大きくなる.このことがプルトニウムの特異な物性を作り出していると考えられている.1.3 Pu-115
系の超伝導:j -j
結合描像に基づく理解プルトニウム化合物の物性で目を引くのは
HoCoGa 5
型の結晶構造(
図1.3)
をもつPu-115
系 の超伝導である[15–17]
.特にPuCoGa 5
の超伝導転移温度T c
は18.5 K
とかなり高温である(
図1.4)
.同じf
電子系でHoCoGa 5
型の結晶構造を持つCe-115
系ではCeCoIn 5
の2.3 K
が最高である.
Ce-115
系の超伝導転移温度と比較すると10
倍程度の転移温度を持つことからもPuCoGa 5
図
1.3 PuRhGa
5の結晶構造[21]
.図
1.4 PuCoGa
5の電気抵抗率[19]
.がいかに高い超伝導転移温度を持つかがわかる.
アクチノイド元素では
f
電子の遍歴性が比較的強いためスピン軌道相互作用λ
がクーロン相互 作用U
に対して十分大きいと考えられる.そのため,λ → ∞
の極限であるj-j
結合描像でf
電子 を考えると,図1.5
のようにj = 5/2
の6
重縮退した軌道に電子を収容すればよいと考えられる.115
系でこの軌道は正方晶の結晶場によって分裂し,クラマース縮退した3
つの軌道に分かれる.Ce-115
系ではj = 5/2
に電子が1
つ入り,j-j
結合描像に基づくと,Pu-115
系ではj = 5/2
に 電子が5
つ入る.このとき,Pu-115
系ではあたかも1
つのホールが軌道に入っているように見え る.そのため,j -j
結合描像に基づくと,Ce-115
系とPu-115
系では電子-
ホールの対称性が生まれ ることになる.この対称性から,Ce-115
系とPu-115
系は同じ超伝導機構を持つことが考えられ る.すなわち,Pu-115
系の超伝導はCe-115
系と同様に,反強磁性の磁気揺らぎによってクーパー 対の対形成が生じるd
波超伝導であると考えられる.図
1.6
はPuRhGa 5
でのNQR
測定の結果である[21]
.PuRhGa 5
はPuCoGa 5
でCo
をRh
に図
1.5 f
電子状態のエネルギー分裂の様子.図
1.6 PuRhGa
5のNQR
測定の結果[21]
.置換したもので,
T c
は8.7 K
とPuCoGa 5
よりは少し低い.T c
以下で核スピン-
格子緩和時間の逆 数1/T 1
が温度T
の3
乗に比例することから,ギャップにラインノードがあり,d
波超伝導が示唆 されている[22]
.PuCoGa 5
についても同様の結果が得られている[21]
.d
波超伝導体なので磁気 揺らぎ由来の超伝導の可能性が高く,4f
より5f
の方が遍歴性が強いために5f
の方がT c
が高く なることが考えられる.しかし,その後,
PuCoIn 5
が合成され[19]
,T c
がCeCoIn 5
とほぼ変わらない2.5 K
だとわか ると,遍歴性の違いだけでは説明しきれないと考えられ始めた(
図1.7)
.PuCoGa 5
とPuCoIn 5
の図
1.7 (a)CeCoIn
5[23]
と(b)PuCoIn
5[19]
の電気抵抗率.主な違いは,
Pu 3+
イオンに作用する結晶場ポテンシャルであると考えられる.しかし,従来の遍 歴性の違いだけではこの10
倍程度のT c
の違いを説明することができない.このわずかな結晶場 の違いによって,これほど大きなT c
の違いが生まれるのかどうかという点を明らかにすることが 本研究の目的である.1.4
先行研究と本研究の目的瀧本らの
Ce-115
系の先行研究[24]
では,擬2
次元的なフェルミ面から系を2
次元に近似し,立方晶の結晶場の効果を次のように取り入れた.立方晶の結晶場で分裂した
1
つのΓ 7
と2
つのΓ 8
のうち,下から
2
つの軌道のΓ 8
のみを考慮して,2
次元正方格子のモデルを構成する.結晶場の 効果は2
つのΓ 8
をε
だけ分裂させることによって考慮する.相互作用としては同一軌道間のクー ロン相互作用U
と他軌道間のクーロン相互作用U ′
を考えた.乱雑位相近似を用いて対相互作用 を求め,それを用いてBCS
ギャップ方程式を解いた.軌道分裂がない場合,すなわち,
ε = 0
の場合には,スピン揺らぎや軌道揺らぎが互いに打ち消 しあい,超伝導状態は現れない.しかし,軌道分裂を大きくしていくと軌道揺らぎが抑制され,ス ピン揺らぎが顕在化することによって,d
波超伝導が現れるというシナリオを提案した.瀧本らの研究では,結晶場の影響は軌道分裂の大きさに限定され,結晶場による波動関数の形の 変化は考慮されていないかった.この結晶場による波動関数の変形の効果は久保らによって議論さ れた
[25]
.久保らの研究では,正方晶の
2
つのΓ 7
とΓ 6
の3
軌道モデルで,軌道間のエネルギー分裂の大 きさは固定し,Γ 7
の2
つの軌道の混ざり具合を変えて,反強磁性相と超伝導相を議論した.この 議論によって,Γ 7
の混ざり具合が僅かに変化することによって,CeCoIn 5
とCeIrIn 5
の超伝導転移温度の違いが理解できることが示された.
本論文では
Ce-115
系の先行研究を参考に,Pu-115
系における超伝導転移温度の違いを,結晶場 の効果による軌道の違いによって説明することを考える.2
つのΓ 7
とΓ 6
の3
軌道モデルによる 計算はできなかったが,Γ 7
とΓ 6
の2
軌道モデルを考え,Γ 7
軌道の変形の影響によるT c
の違いを 調べた.本論文では以下の順に議論を進める.まず
2
章で局所的な結晶場について述べ,基底状態の変化 によって感受率がどのような変化を受けるかを述べる.3
章で本論文で計算した2
軌道モデルにつ いて説明し、4
章では2
軌道モデルでのギャップ方程式の定式化を図る.5
章で計算結果について まとめ,6
章で展望について述べる.第
2
章Pu-115 の局所的な結晶場ポテンシャル
2.1
ハミルトニアン本研究ではまず,どの軌道が関与しているかを明らかにするために,局所的なハミルトニアンを 対角化することによって固有状態を求めた.また,
Ce-115
系とPu-115
系では電子とホールの入 る軌道が異なることで感受率の異方性が逆転することが予想される.まず,この2
つの点につい て,数値計算によって調べた.局所的なハミルトニアンについてはクーロン相互作用,スピン軌道相互作用,結晶場ポテンシャ ルの効果を考慮した.角運動量の
z
成分がm
,スピンσ
のf
電子の生成・消滅演算子をf mσ , f mσ †
としたときのハミルトニアンは以下である.H = ∑
m
1,m
2,m
3,m
4∑
σ
1,σ
2I m
1m
2,m
3m
4f m †
1σ
1f m †
2σ
2f m
3σ
1f m
4σ
2+ λ ∑
m,m
′,σ,σ
′ζ m,σ,m
′,σ
′f mσ † f m
′σ
′+ ∑
m,m
′,σ
B m,m
′f mσ † f m
′σ (2.1)
ここで,λ
は1
電子のスピン軌道結合定数,ζ
はスピン軌道相互作用の行列要素,B m,m
′は結晶場 ポテンシャルである.また,I
はGaunt
係数c k
を用いてI m
1m
2,m
3m
4= δ m
1+m
2,m
3+m
4∑
k=0,2,4,6
c k (m 1 , m 3 )c k (m 4 , m 2 )F k (2.2)
で表され,Slater-Condon
パラメータF k
はフント則エネルギーU
を用いて以下のように表す.F 0 = 10U, F 2 = 5U, F 4 = 3U, F 6 = U (2.3)
温度T
での磁化率については定義にしたがってχ 0,α = −
∫ 1/T 0
dτ ⟨ M α (τ )M α ⟩ (α = z, x) (2.4)
と求めた.ここで,τ
は虚時間でM α
はf
電子のα
方向の磁気モーメントで,全角運動量L α
,全 スピンS α
,電子のg
因子g s
を用いてM α = L α + g s S α , M α (τ ) = e Hτ M α e − Hτ (2.5)
と表される.
平均場
λ MF
を考慮した感受率χ
はχ = χ 0
1 − λ MF χ 0
(2.6)
で求められる.2.2
結晶場ポテンシャルf
軌道は角運動量ℓ = 3
であるから,J = ℓ = 3
の場合の立方晶の結晶場パラメータB 2 0 , B 0 4 , B 4 4 , B 4 6 , B 6 0
を用いて,B m,m
′はB 3,3 = B − 3, − 3 = 15B 2 0 + 180B 4 0 + 180B 6 0 , (2.7) B 2,2 = B − 2, − 2 = − 420B 4 0 − 1080B 6 0 , (2.8) B 1,1 = B − 1, − 1 = − 9B 0 2 + 60B 4 0 + 2700B 6 0 , (2.9) B 0,0 = −12B 2 0 + 360B 4 0 − 3600B 6 0 , (2.10) B 3, − 1 = B − 1,3 = B − 3,1 = B 1, − 3 = 12 √
15(B 4 4 + 5B 6 4 ), (2.11) B 2, − 2 = B − 2,2 = 60(B 4 4 − 6B 6 4 ) (2.12)
と表せる[26]
.Pu-115
系の結晶場パラメータが分かる実験結果がないため,Ce-115
系とPu-115
系の場合において結晶構造は
Ce
イオンとPu
イオンの差しかなく結晶場は変化しないとして,希土類115
系 の実験結果[27]
から決めた結晶場パラメータB m,m
′ をPu-115
系の計算にも用いることにした.また,実験結果は
LS
結合描像でフィッティングをしているために,λ/U
による変化の影響の受 けづらい4f 1
のもの,すなわち,CeRhIn 5
からパラメータを決める.しかし,4f 1
のCeRhIn 5
ではB 6 0 , B 6 4
は効いてこないためにこのパラメータを決定することができない.そのため4f 1
のCeRhIn 5
からB 2 0 , B 4 0 , B 4 4
を決め,B 6 0 , B 6 4
は4f 2
のPrRhIn 5
からを決めた.その後,NdRhIn 5
の実験結果を再現するかを確認した.実際ここで決めた結晶場パラメータはNdRhIn 5
の実験結 果[27]
を大まかに再現した(
図2.1)
.2.3
数値計算の結果図
2.2
は基底状態,第一励起状態,第二励起状態の固有エネルギーのλ/U
依存性をプロッ トしたものである.エネルギーの原点としては3
つの固有エネルギーの平均値をとってある.λ/U ∼ 0.0411
の近傍で基底状態と第1
励起状態が入れ替わることがわかる.これは立方晶の場合に,
λ/U
によって波動関数の固有状態が変化するという先行研究と一致している[28]
.基底 多重項を得る方法にはLS
結合描像と呼ばれる方法とj-j
結合描像と呼ばれる方法がある.LS
結 合描像ではクーロン相互作用U
が十分大きいとしてフント則に従い電子状態を構成していく.j-j
結合描像の場合はスピン軌道相互作用が十分大きいとして全角運動量の固有空間を分割する.図
2.1 NdRhIn
5の感受率の(a)
実験値[27]
と(b)
数値計算の結果の比較.図
2.2
エネルギー準位のλ/U
依存性.図
2.3 ⟨ Ψ | Ψ
j−j⟩
のλ/U
依存性.| Ψ ⟩
については基底状態と第一励起状態のものを計算している.その後,フント則に従って電子状態を構成する.今回の場合には
λ → ∞ (λ/U → ∞ )
の極限とU → ∞ (λ/U → 0)
の極限がそれぞれj-j
結合描像,LS
結合描像を表す.フント則エネルギーU
の大きさを1 [eV]
と仮定すると,Pu
のλ = 0.311 [eV]
であるから,λ/U = 0.311
になり,j-j
結合描像側の基底状態となることがわかる.実際,λ/U
が変化した場合の波動関数| Ψ ⟩
とj-j
結合の極限での波動関数| Ψ j − j ⟩
の重なり積分はλ/U = 0.311
の近傍で90%
近くと十分大きい(
図2.3)
.また,希土類とアクチノイドの違いを見るためにSm 3+
の場合を考える.Sm 3+
ではλ = 0.149[eV]
であるから,λ/U = 0.149
でPu 3+
と同じj-j
結合描像側の基底状態となることが わかる.感受率の温度依存性は図
2.4
の通りである.Ce 3+
とPu 3+
では期待された通りにχ z
とχ x
の 逆転が見られる.また,Sm 3+
の場合はPu 3+
と同じj-j
結合描像側の基底状態であるから,Pu 3+
の場合と同じ依存性であることが予想される.実際,
Sm 3+
とPu 3+
は同じ依存性をもつ.2
章の結果をまとめると,基底状態はλ/U
によって変化するが,これよって感受率が変化する.そして,プルトニウムでは
j-j
結合描像側の波動関数が基底状態となっている.本来,j-j
結合描像 はλ → ∞
の極限であるが,λ = ∞
でなくてもプルトニウムでは十分j-j
結合描像の議論を用いる ことができる.図
2.4
感受率χ
の温度依存性.第
3
章モデルの構成
3.1 2
軌道モデル先の波動関数の
λ/U
の依存性の議論から,Pu
の5f
電子状態に対してはj-j
結合描像が適当だ と考えられるので,以下j-j
結合描像に基づいて議論する.また,Ce-115
系の先行研究と同様に2
次元正方格子で考え,立方晶の結晶場を考える.群論による考察から,j = 5/2
は3
つのクラマー ス二重項,Γ 6
と2
つのΓ 7
に分裂する.Γ 6
とΓ 7
の波動関数を調べるためにハッチングスの表[26]
に基づいて結晶場ハミルトニアン を対角化する.2.2
節で得たJ = ℓ = 3
の結晶場パラメータB 2 0 , B 4 0 , B 4 4
は,J = 5/2
に対するB 2 0 (J = 5/2), B 0 4 (J = 5/2), B 4 4 (J = 5/2)
とB 2 0 (
J = 5 2
)
= 9
7 B 2 0 (3.1)
B 4 0 (
J = 5 2
)
= 11
7 B 4 0 (3.2)
B 4 4 (
J = 5 2
)
= 11
7 B 4 4 (3.3)
という関係がある
[29]
.以下,B 2 0 = (9/7)B 2 0 , B 4 0 = (11/7)B 4 0 , B 4 4 = (11/7)B 4 4
と再定義する.固有状態のうち二つはすでに対角化されているためにすぐにわかり,固有値
− 8B 2 0 + 120B 4 0
の 下で| Γ 6 ⟩ = ± 1
2
⟩
(3.4)
が縮退している.残りの固有状態については固有値をε
として固有値方程式A − ε C
B − ε C
C B − ε
C A − ε
= 0 (3.5)
を解けば良い.ここで,
A = 10B 2 0 + 60 0 4 (3.6)
B = − 2B 2 0 − 180B 4 0 (3.7)
C = 12 √
5B 4 4 (3.8)
である.
これを解いて,固有値は
ε = 4(B 2 0 − 15B 4 0 ) + E (3.9)
と分かる.ここで,
a = (A − B)/2
としてE = ± √
a 2 + C 2 = ± 6
√
(B 2 0 + 20B 4 0 ) 2 + 20B 4 4 2 (3.10)
である.固有状態を
x 2 + y 2 = 1
を満たす実数x, y
を用いて表すと| Γ 7 ⟩ = x 5
2
⟩ + y
− 3 2
⟩
(3.11)
となる.これよりy = − a − E
C x (3.12)
の関係が求められる.よって,
E = √
a 2 + C 2
の時はC > 0
でx, y
は同符号であり,C < 0
はx, y
は異符号である.E = − √
a 2 + C 2
の時はC > 0
でx, y
は異符号であり,C < 0
で同符号で ある.したがって,E = √
a 2 + C 2
の固有ベクトルはp 2 + q 2 = 1
を満たす実数p, q
を用いて,Γ (2) 7
⟩
= p ± 5
2
⟩ + q
∓ 3 2
⟩
(3.13)
と表せ,E = − √
a 2 + C 2
の固有ベクトルはΓ (1) 7
⟩
= q ± 5
2
⟩
− p ∓ 3
2
⟩
(3.14)
と表せる.正方晶の下では,
J = 5/2
は,Γ 6 , Γ (1) 7 , Γ (2) 7
の3
つのクラマース二重項に分裂するが,中性子散 乱実験により,Ce-115
系では,Γ (1) 7
が基底状態,Γ (2) 7
が第一励起状態,Γ 6
が第二励起状態とな る[30]
.その様子を図3.1
に示す.今考えているプルトニウムの場合にはf
電子が5
個ある.本 来であれば,この3
軌道モデルで議論するべきであるが,本論文では簡単のために基底状態は完全 に電子によって占有されているとしてΓ 6
およびΓ (2) 7
の2
軌道モデルで議論する.これら軌道をそ れぞれ軌道1
,軌道2
とする.図
3.1 Ce-115
系の結晶場スキーム.3.2
強結合近似のハミルトニアンi
サイトにおけるτ
軌道で擬スピンσ
のf
電子の消滅・生成演算子をf
iτ σ, f
iτ σ†
として強結合近 似で考えるとハミルトニアンはH = ∑
iaτ τ′
σ
t
aτ τ
′f
iτ σ† f
i+aτ′σ + ε ∑
i
(n
i1− n
i2)/2 + U ∑
iτ
n
iτ↑ n
iτ↓ + U ′ ∑
i
n
i1n
i2(3.15)
で与えられる.ここで,a
は最近接格子点へのベクトルであり,n
iτ σはn
iτ σ= f
iτ σ† f
iτ σで定義さ れる数演算子,n
iτ= ∑
σ n
iτ σである.t
aτ τ
′はf
電子がa
方向へ跳び移り,かつ軌道τ
からτ ′
へ 跳び移る際の跳び移り積分である.ε
は軌道間のエネルギー分裂で,U
は同一軌道間でのオンサイ トのクーロン斥力の大きさ,U ′
は他軌道間でのオンサイトのクーロン斥力である.交換相互作用J
およびペアホッピングJ ′
については,平均のホール数が1
個であまり影響が大きくないとして,J = J ′ = 0
としている.U = U ′ + J + J ′
からU = U ′
である.ここでは文献
[31]
に従って跳び移り積分の議論を行う.結晶場の変化による波動関数の変形を 考慮するために,(3.13)
式でp = cos θ, q = sin θ
として軌道1
,軌道2
をそれぞれ| 1, ±⟩ = | Γ 6 , ±⟩ = ± 1
2
⟩
(3.16)
| 2, ±⟩ = Γ (2) 7 , ± ⟩
= cos θ ± 5
2
⟩
+ sin θ ∓ 3
2
⟩
(3.17)
とする.ここで,| 1, σ ⟩ , | 2, σ ⟩
におけるσ
は擬スピンを表す.このパラメータθ
によって波動関数 の変形の効果を表す.結晶場の効果には,軌道分裂の大きさε
と波動関数の変形の効果θ
がある が,今回は軌道分裂の大きさε
は固定し,結晶場の効果は波動関数の変形に限定する.さて,
j = 5/2
でj z = µ, µ ′
間の跳び移りt
aµµ
′は次のようになる.全角運動量の
z
成分を
5
2
3 ⟩
2
1 ⟩
2
− 1 2 ⟩ ⟩ − 3 2 ⟩ − 5 2 ⟩
(3.18)
のような基底にとる.
x
方向の跳び移りt x µµ
′については,t 0
5 − √
10 √
5
1 − √
2 √
5
− √
10 2 − √
2
− √
2 2 − √
√ 10
5 − √
2 1
√ 5 − √
10 5
(3.19)
となり,
y
方向についてはt 0
5 √
10 √
5
1 √
2 √
√ 5
10 2 √
√ 2
2 2 √
√ 10
5 √
2 1
√ 5 √
10 5
(3.20)
となる.ここで,
t 0
はf
軌道間のSlater-Koster
パラメータ(f f σ)
を用いてt 0 = 3
56 (f f σ) (3.21)
と表される定数である.
これによって軌道間の跳び移り積分
t τ τ
′はユニタリー変換の変換行列U
を用いてt
aτ τ
′= U t
ajj
′U † (3.22)
で計算できる.ここで,
U =
0 0 1 0 0 0
0 0 0 1 0 0
cos θ 0 0 0 sin θ 0
0 sin θ 0 0 0 cos θ
− sin θ 0 0 0 cos θ 0 0 cos θ 0 0 0 − sin θ
(3.23)
である.これより,
x
方向の軌道間の跳び移りはt x 11 = 2t 0 (3.24)
t x 22 = (5p 2 + q 2 )t 0 + 2 √
5pqt 0 (3.25)
t x 12 = − √ 2( √
5p + q)t 0 (3.26)
となる.ここで,
t x τ τ
′= t x τ
′τ , t y τ τ
′= t y τ
′τ
であり,τ = τ ′
の時t x τ τ
′= t y τ τ
′,τ ̸ = τ ′
の時t y τ τ
′= − t y τ τ
′である.
ここでは,
2|t 0 | = 1, t 0 < 0
という単位を用いて,η =
√ 5p + q
√ 2 (3.27)
として
t x 11 = t y 11 = −1 (3.28)
t x 22 = t y 22 = − η 2 (3.29)
t x 12 = − t y 12 = η (3.30)
と書ける.
3.3
ハミルトニアンの波数表示上で定義したハミルトニアンを波数表示すると
H = ∑
kσ
∑
τ τ
′ε τ τ
′(k)f
kτ σ† f
kτ′σ + 1 2N
∑
kk′q
∑
αβγδ
∑
σσ
′U αβ,γδ σσ
′f
k+qασ† f
kβσf
k†
′δσ
′f
k′+q
′γσ
′(3.31)
となる.ここで,t 11 = 2t 0 = 1, t 22 = η 2 , t 12 = − η
とすると,ε 11 = −2(cos k x + cos k y ) − ε/2 (3.32) ε 22 = − 2η 2 (cos k x + cos k y ) + ε/2 (3.33) ε 12 = ε 21 = 2η(cos k x − cos k y ) (3.34)
である.また,U αβ,γδ σσ
′ の下付きの添え字が4
つあるが,下付きの添え字が4
つある場合には
1111 1122 1112 1121 2211 2222 2212 2221 1211 1222 1212 1221 2111 2122 2112 2121
(3.35)
と約束すると,