【論文】
英国および米国における資本・利益概念
吉原 直子*
Abstract
This ar廿cle considers the relationship between basic American concepts of the capital and profit and corpora廿ons. The characteristics of American concepts of the capital and pro且t are examined by comparing them to those of the UK In accordance with the earHer research of Weiner(1928,
1929),Anglo−American dividend precedents are used. The US has a quantum concept of the capi−
tal, while the UK has a capital goods concept Regarding the quantum concept, there is no panicu−
lar correspondence between spec盃c debit and credit items on a balance sheeしThis is closely linked to problems in the separation of ownership and control in the modern corporations.
1 はじめに(問題の所在)
米国の株式会社は,18世紀末当時のかたちの ままで,英国法から継承されたものである。し かし,英国および米国において株式会社は同様 の発展経路を辿ったわけではなかった。その要 因のひとつとして,両国における経済的条件の 相違をあげることができるであろう。先進資本 主義国であった英国は長い期間をかけて発展し てきており,この間に資本の蓄積がなされてい た。これに対し,後進資本主義国である米国に は資本の原始蓄積がなく,それゆえ資本を集中 させる機能をもつ株式会社が利用された。この ような条件の相違は,米国ニュー・ヨーク州で は英国よりも33年ほども早期である19世紀初頭 に一般会社法が制定され,準則主義への移行が 実現したことにもあらわれている。さらに,商 業資本主義から産業資本主義への移行が始まる
この時期には,各州でも一般会社法が制定さ れ,多くの株式会社の設立と発展が促進された。19世紀末になると,産業革命期が一応の終 結を遂げ,産業界が内部的に整備拡充されてい った。この米国産業を支配した企業形態が株式
会社であった。技術進歩によって生産が拡大
し,ほぼ完備した鉄道網によって大量の市場取 引が可能となり,また通信の進歩によって集中 化が促進された。そして,巨大産業の登場によ って,経済資源の大部分は産業トラストを管理
する少数の者に管理されるようになっていった。
この巨大株式会社の登場は,米国に新たな経
済諸問題を生じさせた。Berle=Means
(1932)は,巨大化した近代株式会社の問題を
扱い,かつて多くみられた所有経営者による株 式会社では生じなかった問題として,いわゆる 所有と支配の分離という新たな財産の関係を提 示した。その中心的問題である財産概念の変化
について,経済学者Meansは「資本の本質が変化した」と述べ,資本は個々の資産の合計に よって表されるのではなく,going concemと しての大単位体の資産の組織的関係に依存する 傾向が生じたことを示している。また,法律学 者Berleは,「私有財産の概念が変化した」と して,富に対する支配が経営者の掌中へ移った ことにより,古来の財産関係が実質的に破壊さ
* 東京都立大学大学院博士課程
れたという (Berle−Means,1932)。
本稿では,Berle=Means(1932)が指摘し
た米国近代株式会社における資本(財産)概念 の変化をふまえ,株式会社における資本および
利益概念に存在する基本的思考の傾向につい て,若干の考察を行いたい。この考察を通し て,米国の資本・利益概念の基本的思考の傾向,そしてこのような思考が米国近代株式会社
とその資本(財産)の変化に対してどのような 意義をもつものであったのかを検討する。
資本概念について,その解釈は様々である が,配当規制の問題において「資本財概念(capi−
tal goods concept)」および「資本価値概念(capi−
tal value concept)」という思考が言及されるこ
とがある。前者は,資本を会社に投下された永 久不滅の物的固定資本であると考えるものであ
り,貸借対照表借方と連動する貸方との性格を 比較的強く含めるものである。また後者は,資
本を貨幣的価値に置き換えて考えるものである。これらの資本概念に関して,「英国は資本
財概念」であり,そして「米国は資本価値概念」であるという区別がなされる場合がある。
しかし,数々の判例が示しているのは,このよ うな概念が,必ずしも等しく用いられてきたの
ではないということである。以下では,まず米国株式会社の祖国である英 国の資本・利益概念について,同国の配当規制 に関する諸判例および法規をもって確認してい く。そして次に,英国との比較という視点をも って,米国の判例および法規をもって,その資 本・利益概念を確認していきたい。ここで用い られる配当規制の判例の選択には,英米配当法 の判例および法規に関する優iれた先行研究であ るWeiner(1928,1929),および英米の資本概
念に言及したWeiner=Bonbright(1930)に従っている。また,特に米国における配当規制と 経済的・制度的背景との関連については,米国
配当規制の史的展開を詳細に辿った津守
(1962)の研究に従っている。
2 英国配当規制にみる資本・利益概念
16世紀頃,英国において繁栄していたのは 海上貿易会社であった。この企業は,継続性を
有するgoing concemの形態ではなく,各航海について,投下資本と利益とを一括して出資者 に分割する冒険事業であった。したがって,
「投下された資本が維持されねばならない」と
いった考えはなく,資本から配当が行われるこ
とは通常のことであった。
しかし17世紀半ばになると,徐々にこうした 企業形態に変化が生じた。クロムウェルの共和 制下で,東インド会社に新たな特許状が与えら
れ,さらに新資本調達のために1657年10月22日,「設立趣意書(preamble for subscrip−
tion)」が公示されると,最低申込金額
(£100),一票あたり議決権(£500)や理事 資格(£1,000)に対する追加的出資一額と共
に,払込期限や払込回数が規定された。ま た,7年目の終わりと,以後は3年毎に資産が
評価されるべきこと,株主は退社を望めばこう
した評価に基づいて原初の出資金とほぼ同額の
金額を受け取ることができる権利が定められた。指定年度に全資産が評価され,社員の入退 社が自由になり,株式が売買自由な証券になっ たことにより,永久資本制が確立した。これは 従来の有期的出資による冒険企業とは異なる継 続的かつ永久的なジョイント・ストック・コー
ポレーションであった。
1662年,『破産者に関する布告の条例(Act de−
claratory conceming Bankrupts)』が発布さ れ,東インド会社をはじめとする諸会社に一種 の有限責任制が認められた。これら企業の株主 は,会社の損失について『破産法』の適用を受 けることなく,保有する株式の未払込金額につ
いてのみ責任を負うことになった。このような改革を背景に,1662年,東インド
会社の総裁と委員長は,今後の分配に関して,資本と利益の無差別的な「分割(division)」で
はなく,稼得された利益からの配当がなされる
旨を示した。また,配当は現物ではなく,現金
によることが定められたのもこのときであっ
た。
このようにして,永久資本,株式の譲渡性,
初期有限責任制が成立し,企業は投下資本を株 主のために維持・管理しなければならないとい
う近代的な形態を採るに至った。したがって,企業はその事業活動から生じる利益のみを分配 するための「資本と利益の分離」を実現する会 計実務を必要とし,また他方で生じた配当規制 の問題と結びつき,法律的問題として論究され
ていくことになる(津守,1962:58−61)。16世紀半ば頃の利益計算方法は,イタリア式 複式簿記の導入という試みにもかかわらず,そ の実務化は実現されておらず,一般的には現金 収入から現金支出を控除する単純な収支法が用 いられていたようである。17世紀になって永久 資本が採用されると,複式簿記に関する出版物 の発行という背景もあり,その知識は実務にお いても浸透していった。そこで,利益計算も単 純な収支法から複式簿記を用いた利益計算,特 に損益計算による利益計算が行われていた(津
守,1962:64−6)。そして他方では,配当規制という法律的問題 が生じていくことになった。Weiner(1928)
は,このような配当の問題について,判例を辿 ることによって,英国の資本および利益概念を 導出しようとする。この研究は,英国の裁判所 および会計士による解釈としての株式会社の利 益または剰余金決定の基底にある諸原則を扱う
ものである。
Wdner(1928)は,特に債権者に対して正 当ではない配当,つまり債権者保護の観点か
ら,配当法の基本原則について論じている。
Reiter(1926)が,「英国のBurnes v. Pennell
と1855年有限責任法は,利益がない場合の配当 宣言に関して,取締役および株主の責任を統治
する法構造の基礎を提供したようである」(Reiter,1926:pref)と述べていることに従
い,Wdner(1928)の考察は,英国配当法における基本原則の展開を概観するために,1849
年に貴族院(the House of Loads)で判決され たBumes v. Pennellから出発する。
この訴訟は,海上保険会社(法人格のないジ ョイント・ストック・カンパニー)の債権者保 護を目的とし,管財人が株主に対して未払いの 出資金について払込請求をしたものであった。
この請求に対する抗弁は,詐欺によって株式の 購1入を促されたというものであった。詐欺の内 容は,不適正な見積りを含む貸借対照表が作成 されたこと,そして稼得利益がなかったにもか かわらず配当が宣言されたことであった。この 訴訟での貴族院の判決は,原告を支持するもの
であった。そして,Campbell判事は次のよう に意見を述べた:「取締役に対する非難の重大な部分は,……想 定された架空配当であった。ジョイント・スト
ック・カンパニーの取締役が,売却することに なっている株価を上げることを目的に,会社の
資本から支払われる架空配当を命じることは,最も無法な行為である……。配当は,利益のみ から支払われると考えられ,そして取締役が明 白に述べることなく配当を命令する場合,どの ような所定の金額であっても,会社が利益をあ
げたことを日音に世の中に宣言しており,その配当を正当化する。そうした利益が得られておら ず,さらに配当が会社の資本から支払われたと き,詐欺は実行され,取締役は欺いて損害を与 えた者達に対して民事的な責任を負うだけでな く,私の意見では,共謀罪(conspiracy)とし
て有罪(guilty)であり,そのために起訴され,そして罰せられることを免れない」(Weiner,
1928:1047)。
Reiter(1926)は,株主の権利(rights)よ
りもむしろ会社の債権者に対する責任(liabili−ties)を重視しているようであったが,ジョイ
ント・ストック・カンパニーは,多くの点でパートナーシップの性質を有するものである。
したがって,配当が利益以外のもの,すなわち 資本からなされた場合でも,債権者が異議を申
し立てることはなかったであろう。また,投下
資本の返還がなされた場合に,パートナーは債 権者に対して責任を負うものであるという主張 もみられなかった。さらに,裁判所が債権者に 対して会社役員を追及する権限を与える保証は
なく,分配を配当としない場合では,会社が利 益を稼得したという宣言を暗示しないことにな るので,当然そうした権限はなかった。このよ うな理由によって,「このケースにおいて,
Campbell判事は,株主の権利に留意した先進
的な判決を述べた」(Weiner,1928:1047)と
いわれる。しかし,Campbell判事の声明(dictUm)
は,他のどのような制定法にも見られず,さら
に法人格のある会社(the incorporated com−pany)を想定していなかったようである。し
たがってWeiner(1928)は,「この声明は,配 当宣言が利益の稼得を暗示するという法律上の 解釈の向上にすぎない」とし,法人格のある会 社という条件を考慮することにより,「Burnes v.Pennell,および1855年有限責任法1は代表的
な先例とはならない」(Weiner,1928:1048)ことを示している。
英国で配当の支払いを規制した先駆的なもの としては,1845年法があげられる。しかし,そ
の適用は公共事業(public utility companies)に限定されていた。1855年有限責任法は,それ までと同様の原則をもって1862年会社法に改正 された。この法規は,多くの強制規定および任
意規定(表や明細書の形式)で構成されてい た。強制規定の中に配当に言及するものはなく,一連の模範条項(通常定款)であるTable
Aで,「配当は会社の営業から生じた利益以外 から宣言されてはならない」と定められていた。しかし,全ての会社がTable Aを適用する ことが想定されたとはいえ,会社は基本定款に おいてTable Aの一部または全ての規定につい て拒否または修正を求めることができたのであ る。しかし,基本定款がない場合や,これに替 わる規定が定められていない場合は,Table A
の規定が適用された(Reiter,1926:28)。この法規は,「すべての会社は利益の中から のみ配当を支払うことができる」ことを定める と同時に,Table Aを適用する会社には「営業 から生じた利益」というさらなる制限が加えら れると解釈することができる。しかし,後の会 社法の修正において「会社の営業から生じる」
という制限的な表現は用いられなくなり,この
構造は揺らぐことになった(Weiner,1928:1048)。
1867年および1877年会社法では,資本の減少
(the reduction of capita1)に関する規定が設
けられた。現状の出資金の減少,および結果と
して発生する剰余金の分配の有無とは無関係 に,公称資本(stated capital)の減資手続が定められた。また,すべてのケースにおいて裁判 所命令が必要であり,一部払込株式に関する責 任の減少や剰余金の分配がある場合には債権者
の承認が求められた。債権者に損害を与える可能性のある減資の処 理に関する規定があったにもかかわらず,配当
に関する基準は定められていなかった。これら 2つの状況での債権者保護iの必要性は類似する ものであるが,やはり配当に関する規定は与え られなかった。債権者保護の規定は,せいぜい 配当を制限することに対して適用できるくらい で,どれだけ制限できるのかを測定するもので
はないのである(Weiner,1928:1049)。1882年のGuiness v. Land Corporation of Ire−
1and2では,株主の承認をもって決定した配当 の支払いを妨げるものはないという見方が抑制
された。このケースは,1882年7月12日に同社 が法人化された数ヶ月後,B株式保有者が当該 株式の払込金(proceeds)に関する取扱計画を 制限するために起こしたものであった。会社の
授権資本は,£5のA株140,000株と£10のB 株35,000株による£10,50,000であった。これ ら株式の権利は,通常定款で定められていた。A株の権利は累積的優先配当を受け取ることで あり,またB株の権利は非累積的配当を受け
取ることであった。そしてこれらの総額を超え
る会社利益については,全て同じ割合で分配さ
れることになっていた。さらに通常定款では,B株の払込金は会社の事業以外へ投資されるこ
と,その利益(income)は主にA株の配当を支払うための安全弁に利用されること,そして 払込金とこれに関する利子(interest)も会社 の運転資本を構成するものとはみなさないこと
が定められていた。控訴院は,問題とされた規定が基本定款
(memorandum of association)ではなく,通
常定款(articles)にだけみられることを指摘
し,差し止め請求を認めた。引受済資本金(sub−
scribed capital)が充てられる諸目的は,基本 定款において列挙されたものに限られる。Ashe−
bury Railroad Co. v. Richeで述べられたよう に,権限瞼越(ultra vires)の原則は適正に使
用されねばならないものであり,株主が権限を
与えることはできない。さらに,禁反言(estop−pel)の原則が要求されるような過去の行為と
矛盾する主張もなされなかった。B株の払込金に対する提案の適用は,基本定款に記載された 諸目的とは一致せず,またこれら諸目的を促進 するものではないため制限されたようである。
但し,意見を述べた裁判官はいずれも,基本定 款に問題のある規定が含まれた場合,そこで起 こり得ることついてまで述べるような危険は冒
さなかった。1887年のTrevor v. Whitworth3においては,
自己株式の取得という問題に対して否定的な回 答が示された。通常定款ではこの会社が自己株 式を取得することを認めていたが,基本定款に
おいてこのような権限は付与されていなかった。このケースにおいても,裁判所は基本定款 に自己株式の取得を認める規定がないことを理 由とした。しかし,基本定款で定められていた としても,自己株式の取得は会社の目的と考え
ることはできないであろうことが示された。どちらのケースも直接的に権威となる先例で はないが,配当を支払う意向が基本定款で述べ られない場合の配当の支払可能性に関する争点
を提示したものであると考えられる。実際,英 国の判事達は会社の諸目的に関して「配当の支 払は会社の目的ではなく,会社の事業を遂行す ることがその目的である」という見解を示して
いくのである。しばしば裁判所は,分配可能であると仮定さ
れた利益(pro丘ts)の中から配当を支払うこと ができると定める定款条項を展開した。これは,「会社の資本は事業活動のために使用され
る」という言葉で表され,「配当を支払うこと」を目的とはしていない。利益は資本の一部 ではなく,それゆえ分配可能ということになる のである。このプロセスにより,配当は利益を
前提とするというCampbell判事の声明は,有限責任会社に適用可能な基本原則に相当するの
である(Weiner,1928:1055)。では,配当の前提である「利益(profit)」は どのように定義されるのか。Burnes v. Pennel1
や,それ以後,貴族院で扱われた配当に関する
唯一の事例である1901年のDovey v. Cory4においても,すべての判事が利益の定義を控えてい
た。「一般的な見解を超える危険を冒「してまで定義する必要はない,というのが貴族院の考え
であったようである」(Weiner,1928:1055)。これに対し,下級裁判所の判決は1889年の
Lee v. Neuchatel Asphalte Co.をもって,2つ
のグループに分かれると考えられる。第一グ
ループに属するものとして,1879年のDavison
v.Giliels5および1880年のDent v. London Tram−
ways Company6があげられる。これらは共に,
Jesse1判事による同じ会社に関わるものであ
る。
London Tramways Companyの通常定款に
は,配当は利益以外から宣言されてはならない こと,そして取締役は年度毎に,取締役の判断 による維持に必要な額,そして偶発事象のため に資本の1%に相当する額を設定しなければな らないことが定められていた。1878年の配当を 制限するための訴訟を起こした普通株主Davi−
sonの根拠は,これまで固定資産の減価に対し
て設定されたおよそ£80,000という金額が妥当 ではないこと,そして1878年は£7,000という さらなる減価を考慮する他に,僅か£21,000の 稼得利益であったことである。この訴訟で裁判
所は,通常定款の諸条項から「利益(prof−its)」とは適切に積立金が設定された純利益を 意味すると述べ,差し止め請求を認めた。
また,この会社の優先株主は,通常定款によ って6%の配当が「特定年度の利益の中から支 払われる」資格が与えられていた。Davisonの 差し止め請求が認められて間もなく,優先株主
のDentは,同年の優先株に対する配当の支払いに異議を申し立て,提訴した。裁判所は,優 先株式は特定年度の利益のみについて資格を得 られるのであり,それゆえ,当該年度について は減価に対する維持・修繕のための積立金を考 慮する必要があることを述べ,原告の主張を認
める判決を下した。Dentによる訴訟では,過年度の損失がある
場合に当該年度の利益から配当を支払うことの 可否が問題となり,これはその後の諸判決にと って極めて重要なものとなった。さらに,そう した配当が1867年と1877年の諸法で定められた 減資手続によって可能となる資本の返還に該当 するものであるのかという問題が提起された。
Jesse1判事は,配当に関わる年次利益の算出に 際しては,これに先立って期首の資本を維持す ることを求め,資本が減損している状況での配 当を認めなかった。このため,後者の資本減少 の問題について検討を要することはなかった。
1877年法は,財産の減価に伴う名目資本の減少 という手続が問題となったIn re Ebbw Vale
Steel, Iron&Coal Co.7において,「制定法には関連規定がなく,また裁判所はそうした資本の
減少を認可する権限を有していない」というJesse1判事の判決に続いて制定されたものであ った。そこでは,「同法が定める減資手続を行 うまでは資本が減損された会社は配当を支払っ てはならない」という旨が定められている。こ こで,資本維持が強調されたために,減資手続
について言及されなかった1880年のDentケー
スの判決に疑問が生じることになる。これにつ いて,Weiner(1928)は,「おそらくこれら同 法の意義が,裁判所によってまだ充分に理解さ れていなかったという説明が可能である。しか
し,Trever v. Whitworthの判決以後は,これ らの制定法を無視することはできなくなった」(Weiner,1928:1052)と説明する。
第二のグループを代表するLee v. Neuchatel Asphalte Co.8について,原告Leeは普通株主で あった。会社の通常定款は,純利益(net prof−
its)の分割,および純利益の合計額に関して 異論が生じた場合には,株主総会の決定に委ね ることを定めていた。取締役は配当を提案する に先立ち,偶発事象に対する積立基金(reserve fund)を設定することができたが,リースの更
新や取替のため,また財産や特許(conces−sion)に関する会社の利子のための資金または
その他のあらゆる積立資金(reserve moneys)を設定することに拘束されてはならなかった。
会社は,スイスのアスファルト採掘を行うた
めに1873年7月に組織された。資本金
£1,150,000は,当該会社の前身であるNeucha−
tel Rock Paving Companyと他5社によって所 有されていた鉱山の採掘権(concession)を含
む諸財産と引き換えに,一株あたり£10とし て,優先株35,000株および普通株20,000株が割 り当てられた。鉱山使用料は重い負担であり,1878年には採掘権について存続期間の延長 と,総額£8,000をもって鉱山使用料の減額が 協定された。その結果,続く7年間の採掘権に
対する支出は以前と比べて£4,000減少し,1885年末には約£17,000の営業利益が生じた。取締
役は,維持費および修繕費の積立金に加え,1878年に支払われた£8,000の当該年度償却分とし て£1,000を計上し,優先株主への配当を表明 した。普通株主を代表する原告が制限を求めた
のはこの配当についてであった。すなわち,原告の主張は,採掘権の価値が減
少し,その結果として資本の大部分が減損され
ていること;会社は支払期日に優先株式の償還 に見合う金額を設定する義務の下にあること;
そして現状の配当計画が継続されるならば,会 社は採掘権が枯渇した場合に資産を失ってしま うということであった。これに対し,会社は期 間と使用料の変更をもって,固定資産は実質的 に取得時以上の価値を有しているという専門的
証拠を提出した。Stirling,判事はこれを認め,さらに配当を支払った後に会社の資産が事 業開始時よりも下回る場合を除き,配当は資本 から支払われたと言うことはできないと判決し た。原告側は,会社がその株式の対価として受 け取った財産の価値に減価が生じていることを 示す証拠を提示できなかった。この証拠不充分 によって,裁判所は受け取られた財産が名目的 な株式の総額または他の総額の価値があるとは 仮定しなかったようである。それゆえ,原告の
請求は棄却された。控訴院は,一審での判決を確認する際,「消 耗性資産会社は減耗を考慮せずに配当を支払う ことができる」という有名な声明を行った。全
ての判事が,これはTrevor v. Whitworthで禁じられたような資本の返還にはあたらないとす
るLindley判事の判決に賛成した。そして Cotton判事は,その判決の主たる根拠を「利益の獲得という目的のための資本の部分的費消
は必然的に存在する」という点においた。
この控訴院の意見は,その後,裁判所で展開 される理論の基礎となった。また,このケース では資産の減耗は増価によって相殺されている と考えられており,下級のStirling判事による
判決の根拠はこの点におかれていた(Reiter1926:31,39)。これに対してWeiner(1928)
は,「Stirling判事が採掘権の価値は発行済株式
の額面と等しくあるべきことを求めなかったと いうことが見落とされている。Stirling判事が
『会社の資本は損なわれていなかった』と述べ たとき,それは単に会社が組織されて以来,変 化は生じていないことを意味していた。上述の ように,控訴院はその増加を証拠不充分として
一般的な理由での結論を正当化したのである」
(Weiner, 1928:1053)と述べるのである。
1891年のBolton v. Natal Land Co。9におい
て,会社は1882年に生じていた債権の貸倒れに 対し,土地の帳簿価格を引き上げ,簿価修正に
よる評価益を計上することによる相殺を行った。そして,1885年には利益が生じ,会社はこ れをもって配当を支払う提案を示した。この訴
訟で普通株主Boltonが主張したのは,1882年の損益計算書が不適切であること,会社の土地 は1885年まで減価が生じていたこと,そして土 地の減価が1885年の計算書に計上されたならば 相当な損失があり,配当可能利益はないであろ うということであった。しかし裁判所は,過去 に行われた実務が誤りであるとしても,当期利 益は十分であるため資本的損失は重要ではない
と述べ,これを却下した。
1894年のVerner v. General&Commercial
Investment Trustl°において,被告会社は種々の投資資産の中に価値の下落がみられるもの,そ
して全く価値の無いものがあるにもかかわらず,当該年度の投資利益をもって配当を宣言し ようとしていた。取締役は,Lee ケースにお いて支払可能と認められた配当を命じようとし ていたのである。原告は,資本的損失が填補さ れなければ配当が資本から支払われることにな るという理由で,配当を制限しようとした。し かし裁判所の判決は,価値の下落はLee ケー スの場合と類似するものであり,したがって配 当宣言に先立って資本的損失が相殺される必要
はないというものであった。1895年のWilmer v. McNamara 1は,優先株 主への配当を制限するための普通株主Wilmer による訴訟であった。当該会社の通常定款は,
配当を事業から生じる利益に制限していた。
1887年の設立に際し,株式は過剰な資本に対し
て発行され,その差額は暖簾として計上された。この暖簾は,好業績の年度において一部が
償却されたが,それでも1893年には再評価によ
り£20,000の価値が見積もられた。しかし,1894年には暖簾iを含む当該会社の資産には減価が生 じているにもかかわらず,当期利益から優先株 主への配当が提案された。普通株主は,この配 当を制限しようとしたのである。これに対して 裁判所は,暖簾の償却は固定資本の減価のよう なものであると述べ,さらなる暖簾の償却をせ
ずに当期の配当を支払うことの合法性を示した。
In re National Bank of Walesi2は,1887年7
月から1891年1月までの配当が資本からなされ
たものとして取締役Coryを提訴したものであった。損益計算書の作成時,銀行は既存の損失 を回収不能とみなし,貸倒れに対する引当金を 設定した。銀行は各年度を個別に扱い,したが って過去の損失を考慮しなかったため,当期利 益は配当として分配された。しかし,この引当 金がまったく不充分なものであったために会社 が清算されると,清算人は違法な配当の支払を 認めたことについて取締役を提訴した。控訴院 の判決において被告人を拘束できなかった理由 のひとつは,取締役が取引先の支払能力に関す る部下の報告に依ることについて過失がなかっ たことである。すなわち,被告人は正直かつ有 能な取締役であるとみなされ,こうした実業家 が資本の減損を段階的に填補しながら配当をす
ることについて法は強制するものではないとし,また損失を資本または利益に課すことの判 断は,こうした取締役に委ねてよいと述べられ たのである。そして配当の問題について,裁判 所は過年度の受取勘定の不足分は利益が分配さ れるに先立って相殺される必要はないとした。
したがって,各年度における支出に対する収入 の超過額は分配可能となる。この控訴院での判
決は貴族院において確認され(Dovey v.Cory),上告は棄却された。
Leeケースにみられた基本ルールは,暖簾の ような無形資産をも固定資本として解釈し,さ らにこの訴訟では,流動資本における減損が填 補されることなく支払われる配当が違法でない
ことが示された。このことは,先述の第一のグ
ループである1879年のDaVison v. Gilielsおよび 1880年のDent v. London Tramways Company
にみられた資本維持の原則よりも,むしろ配当 に充当することができる利益が何であるかとい うことへ重心が移行しているようである。そし て,このケースについてWeiner(1928)は,
「当該銀行の取締役は,先例の論理的帰結であ
るようなものを示した」(Weiner,1928:1054)と評するのである。
1897年のBosanquet v. St. Jphn D EI Rey Mining Co.i3は,取締役によって提案された配
当の支払を制限するために株主によって起こさ
れた訴訟であった。会社の主要な鉱山が減耗し,多額の支出を伴って再び開山することが求 められた。そこで,増資のために株式および社 債を発行し,開山と共に再び採掘を開始した。
しかし,社債の起債日から鉱山の開山日までは 利益のない操業であったため,利子の支払いは 資本から行われた。その後,会社が再び業績を あげるようになったとき,取締役は当期利益か らの配当を提案し,残額について過年度に社債 の利子として資本から支払った欠損を填補する
目的で,減債基金へと繰越すことを提案した。訴訟は,資本の欠損を全て填補せずに利益を配 当として分配することに対する差し止めを求め るものであった。裁判所は,会社は配当に先立 って,過年度の社債利子に充てられた資本の欠 損に対して利益を充当することに拘束されない
として,請求を却下した。
1918年のAmmonia Soda Co. v. Chamberlain 4
は,会社の取締役に対する訴訟であり,多くの
点でLeeケースと類似するものである。会社の事業は,岩塩地帯(tract of brine land)を利
用することであった。1908年に法人化され,当 初の数年間は営業活動から損失が生じていた。
このとき,減価償却は定期的に計上されてい
た。その後,追加的な岩塩が認められたことか
ら取締役会の決議に基づいてその土地を再評価
し,生じた評価益を減価償却に対する積立金と
して計上することにより,過年度に生じた損失
を処理した。会社は,好業績の年度利益から問 題の配当を支払った。裁判所は,当期利益は過 年度の損失にかかわらず支払うことができると
いう理由をもって被告人を支持した。さらに,減価償却に対する積立金は,その後の増価を見 込んで必要のないものであることが明確に示さ
れた。
Weiner(1928)が「この問題について最も
強固なケース」と述べるのは,1918年のLaw・
rence v. West Somerset Mineral Railway Co.⊥5
である。この訴訟は,無担保社債権者Lawrence が,被告会社の配当の支払いを制限しようと提 訴したものであった。1868年に当該会社は線路 の使用についてthe Ebbw Vale Companyと賃
貸借の協定を締結し,1919年9月まで毎年£5,575を支払うこと,そしてこの賃貸料が被 告会社の優先株主と普通株主の配当および借入 資本金たる無担保社債の利子に充当されること が合意された。その後,1898年には取引会社の 同意を得て協定が破棄された。それ以来,線路
は使用されることなく18ヵ月以内に取り外さ れ,その大部分は,軍需担当大臣(the Ministerof Munitions)に占有された。したがって,な お数年間続いたthe Ebbw Vale Companyから の支払いが唯一の資産であった。社債の利子は 定期的に支払われ,賃貸料の残高は配当として 支払われた。原告は,受け取られたさらなる料 金は資本として扱うべきものであり,株主に配 当することのできる利益ではないとして差し止 め請求を行った。裁判所は,最終的に原告らに 支払われるものは何も残されていなかったにも かかわらず,無担保社債に対する減債基金を設
定する義務はなかったと述べ,訴状を却下した。
これら第二のグループは,一般にLeeルー ルとして分類される主要な判例である。法は Trevor v. Whitworth以前と変わらず,配当は
利益を前提条件とすることが認められていた。
そして1889年のGlasier v. Rolls16で述べられた
ように,そうした利益は,正直で賢明な事業家
が採用する計算方法で決定されねばならない。
一般的な法人の利益について,貸借対照表剰
余金は想定されていなかった。利益というの は,「年次利益(annual pro趾)」を意味したのである。そのため,貴族院が株主に対して資本 を返還することの非合法性を述べる場合,「年 次利益」および「資本返還の禁止」という2つ のドクトリンを両立させる必要があった。この 問題は,控訴院のLindley判事には比較的容易 であったようである。「株主に返還してはなら ない資本とは名目資本ではない,それは明らか に返還できないからである。資本の減少に関す
る制定法の規定は,「減少(reduced)」させる ことはできるが,「返還(retUrned)」はできな い名目資本に対して単純に適用される。また,資本(採掘権は会社の設立時と同価値であると
いうLeeケースで第一審裁判所が選択した基準)として原初に払い込まれた価値でもない」
というのがLindley判事の回答であった。裁判 所は,会社が事業活動を遂行する場合に資産は
必然的に消耗されるという点で後者に反対した。資本の返還に対する禁止命令は,それゆ
え,払込自体に適用されねばならない。永久的 な事業活動が想定された会社の資産は売り払う ことができず,その価値は本体が残る限り無視
されるものなのである(Weiner,1928:1056)。控訴院もまた,「固定資本」と「流動資本」
との区別を採用した。すなわち,「固定資本」
とは会社の事業活動へ永久的に投下された資本
の一部であり,「流動資本」とは売上高(turn−over)に向けられる商品および資金である。流
動資本の残高は,会社の営業の成果(利益/損
失)を表しており,利益が生じた場合はその総
額が分配可能であると考えられた。しかし同時
に,固定資本の価値に低下が生じた際に,株主
は増資や利益の再投資をしようとはしなかった。したがって,債権者は,その後の価値の変
動とは無関係に,固定資産に対する原初払込に
よらねばならなかった。会社が自動的に利益を
資本に充当するということはなかった。また,会社において永久的な使用が仮定された固定資 産について過去に損失が発生した場合,この損 失をそれ以後の利益を生じる年度に割り当てる ことにはならない。この場合に,利益を株主に 分配することは資本の返還とは考えられなかっ た。また,固定資本の返還や,失われた資本の
返還とも考えられないのである(Weiner,1928:1057)Q
こうして裁判所が「配当は資本の返還である か」について議論している限り,もしこの理論 が認められたとしても,減価と減耗とを区別す ることができない。これらは資産が使用される 際,必然的に発生するものである。しかし,配 当を利益(pro趾s)に制限する通常定款を扱っ たケースは曖昧であり,先例に従って,利益は
年次利益を意味すると判決された。この先例が,利益決定において減価を考慮しなくてよい
ことを支持する場合,定款は減少している要素 を再構築するであろう。この場合の配当は資本 の返還ではないと判示されたことから,裁判所
は実質的にそれが利益の分配であると仮定した。禁止される唯一の分配は「資本の返還」で ある。減耗を考慮せずに支払う配当は資本の返 還ではないため,定款は減耗を計上しないこと を定められることになる(Weiner,1928:1057
−8)。
英国控訴院の理論は,米国の理論とは以下の 点で異なるようである。第一に,裁判所は貸借 対照表上に資本の減損がみられる場合でも配当 の支払いを認めていたこと,そして第二に,裁 判所は,利益の決定に関して一般的に定義され る会計の用語を求めなかったこと,つまり減価 償却に関する議論である。第一の点に対する反 論は,有限責任会社に対する配当規制法に関し て,より適切な解釈を提供するのは裁判所と会 計士のどちらであるのかという視点から考えら れる。裁判所の解釈についてはこれまでみてき たとおりである。そして,会社のすべての利害 関係者を考慮する場合,実務がより妥当な政策
となるよう考えることも必要である。これは,会計において採用される諸原則との比較におい
て判断することができる(Weiner,1928:1058)。
利益決定について,特定の方法を求める英国 会社法に直接の強制力がないことを適切に議論 することはできない。同様に,会社法には資本 が減損されている場合の配当について,明白な 禁止規定がない。原初には表示合計に対する資 本が払い込まれなければならないため,等価値 の資産が常に維持されなければならないという 議論がある。この議論の論理的な帰結は,1810 年のフランスの裁判所における支払不能の会社 の債権者が,支払われた配当を回復するために 株主を提訴したケースにみられる。そこでは,
配当が会社の利益から支払われたことが十分妥 当であると認められたにもかかわらず,裁判所 は支払われた配当に対する回復を認めた。裁判 所は,株主が債権者に対する支払のために取消 不可能な一定の基金を抵当に入れるよう説明し た。利益が稼得されると株主には権利が生じる が,これは残余資産がその価値を維持している であろうという仮定に基づくのである。この判
決は,おそらく公称資本(stated capita1)は減損されてはならないという前提からの論理的な 帰結に過ぎないであろう。長期的に考えれば,
このケースの債権者は,株式の水割りのケース と同じ立場にいる。すなわち,債権者は何らか の株式を保有しない限り,貸借対照表および債 務者の誠実さ(good faith)に依らざるを得な
い。株主は,払込資本(contributed capital)の部分的返還について,払込資本は会社の営業 活動に使用されるという株主の承認を理由に反 対することができる。会社の諸目的の変更は,
法規にしたがって基本定款を修正することによ
ってのみ可能となる。Trevor v. Whitworthに関する判決の真の効果はこの点にあった
(Weiner,1928:1059)Q
しかし結局,配当を貸借対照表上の剰余金に
制限しようとする裁判所は,会社法の文言に障
害となるものがないことに気付くであろう。か
つての諸判決に関して,当時の英国の判事達
は,債権者の立場に関してパートナーシップと 株式会社の間に大きな相違があることを理解し ていなかった。また,債権者に関係する判決は 少数であり,この少数の判決について裁判所は 常に疑わしい配当を認めなかった。その後の判 決に関して,この論証はもはや正確にあてはま るものではない。そうした判決をTrevor v.
Whitworth, Dovey v. Cory,そしてこれら判決
に基づく優iれた議論と調整させる取り組みの中 で,判事はここで概説された資本に関する奇妙 な理論を発展させた。実際この理論は,配当は 利益を前提条件とするという要求と正確には一 致しない判決へと導いた。しかし,まさにそう した逸脱(aberrations)は,控訴院が資本減損 は配当の支払いを妨げるものではないという持 論に執着していることを証明する。基本的な部
分は変わらないのである(Weiner,1928:1059)。
最後に,英国控訴院によって主張される配当 法と対峙する会計士の活動は,これら判決が英 国法の様々な「インプリケーション」を解釈し ているという事実を混乱させる傾向にあった。
その結果,そうしたインプリケーションは,実 質的に異なる表現の法規が適用されるいかなる 判例にもあてはまらない。この混乱は殆ど普遍 的である。従来,米国における配当規制法には 異なる重要な変化を見出すことができるという
認識がなされてこなかった。ニュー・ジャージー会社法は,配当は剰余金または会社の営業 活動から生じる純利益以外から支払うことがで
きないと定めている。1910年のMellon v. Mis−sissippi Glass Wire Co.17において,裁判所は先
例であるLeeケースに基づき,特許を扱うた
めに設立された会社は配当可能額を算出するに 先立ち,消耗性資産の価値を償却する必要がな いことを支持した。しかし裁判所は,そのよう
に決定された総額が「純利益(net profits)」か「剰余金(surplus)」なのかという点について
は言及しなかった。概して言えば,英国の判例
に過度に留意することが,会計士自身の活動に 有効であったのかについては疑問が残される。
1£ev. Neuchatel Asphalte以来,会社法が非常
に多く改正されたにもかかわらず,配当の問題 は触れられないままであった。このような硬直
性に,会計士は強く悩まされたのであろう(Weiner,1928:1059−60)。
3 米国配当規制にみる資本・利益概念
米国では,会社の配当支払に関する制限は,
それぞれの州によって異なっており,制定法に
よる制限や普通法による制限がある等,そのルールは非常に多様である。Weiner(1929)
によれば,これらルールは4つの主要な下位区
分に分けらえる:(1)会社が支払不能であるか,または配当によ
って支払不能になる場合,配当を支払うこ とはできない:「支払不能テスト(lnsol−
vency Test)」。
(2)資産の純資産価値が特定の総額よりも少な いとき,配当を支払うことはできない:
「純資産テスト;貸借対照表剰余金テスト
(Balance−Sheet Surplus Test)または資本 減損テスト(Capital Impaimlent Test)」。(3)会社が組織されて以来,積み立てられてい る純利益以外から支払うことはできない:
「利益剰余金テスト(Earned Surplus
Test)」。
(4)当期の純利益以外から配当を支払うことは
できない:「純利益テスト(Net ProfitTest)」。
これら配当テストの4つの下位区分は,特有
の立法精神に基づいて制度的に形成されたもの であり,それぞれのテストがそれに応じた計算
の制度的目的と性格を備えるものである(津守,1962:7)。こうした点に触れながら,以 下で米国の配当規制史にみられる資本および利
益の概念について概観していく。17世紀の米国では,植民地会社が僅かに設立
されたにすぎなかった。この当時は,配当を利
益に限定する制限基準に対して,資本からの配
当を禁じる制限基準は少数しかみられなかった。18世紀に入ってからも,英国国王の特許状 または議会の特別な私法律によって設立された 少数の株式会社しか存在していなかった。そし
て,資本減損を禁じる配当制限は僅かであり,英国の配当制限基準の強い影響が見られてい
た。
独立戦争が終結すると,多数の特許状が認め られるようになった。この当時,特許状におい て定められていた配当規制の嗜矢は,1781年の
Bank of North Americaの特許状8条である。これは利益基準の配当条項であり,1784年には AHamiltonがBank of New Ybrkの特許状にお
いてこれに倣った規定を設けた。さらに,1790
年のBank of United Statesの特許状では,こ れら銀行の配当条項が更に精緻化されていっ た。当初は利益基準を採用していたのであるが,特許状が授与されて8ヶ月後の株主総会で 採択された付属定款10条には,利益基準と共に 資本減損禁止基準が定められていた。この資本 減損禁止基準はその後多くの特許状に引き継が れ,1784年にペンシルヴァニア州議会から与え
られたInsurance Company of North Americaに鮮明に現れた。19世紀に入ると,資本減損禁 止基準はオハイオ州とペンシルヴァニア州の特 許状においても採用され,徐々に一般化してい
った(伊藤,1996:35−6)。商業資本主義段階にあたる19世紀初頭まで
は,資本調達条件が良好であり,さらに当時の 株式会社は無限責任制が一般的であった。その ため,債権者保護を目的とする資本維持制度も それ程必要とはされず,配当可能利益の決定に は資本減損を考慮しない損益法的利益基準が用 いられていた。しかし他方で,銀行のように預 金者という特殊な債権者を保護することが求め られる領域では,資本減損禁止基準による配当 規制が現れ始めていた。但し,初期特許状に殆
どについて,資本金や利益という語が意味する ところが必ずしも明らかではなく,したがって
利益基準と資本減損禁止基準との実質的な違い を明確に示すことには困難があることにも留意
が必要である(伊藤,1996:36)。(1)資本減損テストと純資産テストの諸問題 米国初期配当法は,商業資本主義段階から産 業資本主義段階への移行期に,資本の蓄積が不 足した状態の下で制定され始めた。資本調達の 問題は,初期利益テストの一般化の時期が著し く短期間であり,19世紀初頭以降は急速に資本 減損テストおよび支払不能テストが一般化し始 めたという配当法の特徴にも表れている。
資本減損テストの原始形態は,18世紀末の特 許状規定に登場していたが,判例法上という意 味では,1824年のWood v. Dummer18において
Story判事が述べた「信託基金原則(trust funddoctrine)」が起源であるといわれる。1804年 3月,マサチューセッツ州法に準拠して,資本
金$200,000のHallowell and Augusta Bankが設立された。銀行の権利失効は1812年10月であ ったが,1812年に「銀行が漸進的に清算かつ閉 鎖し,その資本を分配する権能を付与すること を唯一の目的として」期限延長が1816年まで認 められ,1816年にはさらに3年間の延長が認め られた。1813年1月同銀行の株主総会で,資本
金の50%が株主に分配されることが決議され,また同年10月にはさらに25%の配当が決議され たことにより,全体として資本の75%が株主に 分配された。同銀行振出の手形は1814年11月を 過ぎるまで問題なく流通していたが,同年10月 および11月,原告の所持する総額$29,000以上 の手形は,銀行に支払いが提示されたがこれは 拒否された。取締役の特定の手形を代用証券と
したが,これらも支払われることはなかった。実質的に,銀行の資本金の25%は未払いであ
り,株主の手形によるものであった。したがっ て,銀行にはこれら手形の支払に必要な資金は なく,また銀行に対して支払義務を負う取締役 が破産したことにより,その資金が入る見込み
もなかった。こうして,銀行は資本の分配後,深刻な支払不能の状態に陥った。そこで,同銀
行振出の手形を所持する原告Wbod他は,株主 が支払不能を知りながら,詐欺的配当(fraudu−
lent dividend)を行ったという理由で,同銀行 の株主Dummer他を提訴したのである。
これに対し,Story判事は次のように判示し た。「立法の目的および一般の原則からみて,
銀行の資本は銀行の契約する債務の支払のため
の担保または信託基金(pledge or trust fund)と考えるべきことは,極めて明らかである。立 法者のみならず,一般大衆もまた資本を債務の 支払という目的に用いられるべき基金であると 常に考えてきた。個々の株主は,銀行の債務に 対して個人的資格においては責任を負うもので
はない。定款は株主を個人的責任から解放し,その代わりとして資本金を設けている。一般大 衆の信用は,例外なく唯一の支払手段としての この基金に対して与えられる。会社が存続して いる間,資本は唯一の財産であり,定款に従っ てのみ利用することができる。つまり,資本は 債務の支払のための基金として,その安全性に おいて会社は手形を割引し,そして流通させる ことができる。そうでなければ,なぜ定款で資 本が要求されるのか?この点は,私にとって常 識のみならず,法の諸原則からも非常に明白で あり,銀行の定款が資本を会社の全債務の支払 のための信託基金としていることについて疑い はない。」この判決の重要な点は,被告会社で ある銀行の「資本金」が,「債務を弁済するた めの信託基金とみなされる」と断言されたこと であった。そして,資本金は株主の有限責任制 との関連から,減損されてはならないものであ ることが導出される。つまり,この「信託基金
原則(trust fUnd theory)」によって,債権者保護が明確に認識されるに至るのである。
信託基金原則は,一般会社法上の配当規制の 原型とされる1825年『ニュー・ヨーク州法人会
社詐欺破産防止法(An Act to prevent fraudulent Bankruptcies by Incorporate Companies, N. Y,
1825)』に影響を与えたといわれる。同法の配 当規定では以下の内容が定められていた。「当
州における法人会社の取締役または経営者が,
会社の営業から生じた剰余利益(surplus prof−
its)以外から配当を行うことを違法とする;
また(and)会社の取締役が立法議会の認可を
得ずしていかなる部分の資本金(capitalstock)も株主またはその一部に対して分配,
引出または何らかの方法によって支払うこと,
または当該資本金を減少することを違法とす
る;……」。
1825年法の配当条項は,その後の1828年ニ
ュー・ヨーク州改正法の一般条項にそのままの かたちで統合され,多くの州の初期一般会社法 に影響を与えたものである。利益テストと資本 減損テストという2つの基準を内包する1825年 法の配当条項の解釈には議論があり,この両面 規定は,どちらか一方を満たすことを求める選 択基準ではなく,後者が前者の追加的制限とい
う構造として捉える解釈がある。Keh1
(1941)は,「制定法の用語という立場からこ
の問題を考えると,最近の改正で定められるよ うな選択的な意味での貸借対照表剰余金規定を 表しているのではなく,強制的な追加制限とし て設けられている。配当はどのような場合でも 資本を減損させてはならない。それゆえ,剰余 利益に対して,資本から直接支払われる配当を 認めるような解釈を与えてはならない。資本減 損に対する制限は剰余利益からの配当の追加的 制限としてあるため,剰余利益規定は貸借対照 表剰余金制限によって与えられる権限を超える ことはできない」(Kehl,1941:45−6)と説 明する。つまり,剰余利益が生じればそこから の配当が可能であるが,その場合でも資本を減 損させることは禁じられることを表すという解 釈である。しかし,伊藤(1996)は,配当可能 財源について十分な理解が確立していなかった 当時の実情に照らして,「立法者は期間利益基 準や利益剰余金基準と資本減損禁止基準との違 いを認識することなく,それらを漠然と同義と 解していたとみるべきである」(伊藤,1996:
42)として,裁判所がこれら基準を混同してい
たと指摘する。
いずれの規定および解釈にしても,資本を配 当に充当してはならないことを表しており,結 果として「資本は維持されるべき」という原則 に向かうものであると考えられる。これは産業 資本主義へ移行し始める時期に資金調達の促進
という要求に伴って有限責任制が普及する反面,これと対置するかたちで債権者保護という 制度的保障が確立され始めたものであった。後 に批判されることになるとはいえ,信託基金原 則がその後に影響を与えるものとして頻繁にと
り上げられるのはこうした側面についてである。
1825年法および1828年法における資本・利益 概念がどのように考えられていたのかという問 題については,やはり定義が不明確であり必ず しも明らかではない。米国において資本金概念 が制定法上で明確にされたのは,1920年代末か
ら1930年代初頭にかけてであるといわれる(津
守,1962:118)。しかし津守(1962)は,資本は期首の実際資 本額であり,またこの仮定から剰余利益は損益 計算による当期純利益を意味しているという推 測を展開する。「資本」については,米国の一 般的な資本金定義;①株式発行に際して実際に 受け取られた対価のドル価値,②株式の額面ま たは公称価額の総計,③各会計年度の期首にお ける実際資本金額,という3つの定義が示され る。そして,当時は資本を新たに減損する場合 と資本が既に減損されている場合との区別は既 になされていた事実19に照らして,「資本の分
配,引出,減少」のみに言及した1825年法は,過年度の資本減損の填補を求めるものではない ようである(津守,1962;森,1974:27−8)
とする。次に「剰余利益」について,第三の資 本金概念を採用していたという推定から,利益 剰余金よりもむしろ当期純利益を意味していた ことが推測される。1828年改正州法の金融会社 に関する特別規定は1825年法を継承し,「会社 の営業から生じる剰余利益以外」からの配当支
払と資本金のからの配当を禁止したのである
が,同法は「そこからのみ配当が行われうると ころの剰余利益を確かめるために」,一定の項 目を「損益勘定にチャージし,実際の利益から 控除すべき」ことを規定した。これによれば,
「剰余利益」は損益勘定で表される利益を意味 するのであり,当期純利益を意味していたと考 えられる(津守,1962:121−2)という。しか し,当時の裁判所が配当制限に関する諸基準に ついて混同した理解をしていた可能性など,配 当計算に関する未だ不確定な状態を合わせて考 えるならば,津守(1962)が上記の資本および 剰余利益の意味を「推測する」としたように,
資本や利益の意味や定義はやはり明確にされて
いなかった可能性は否定できない。配当規制に関して判例研究を行ったWeiner
(1929)は,資本減損禁止基準を剰余金基準と
の関係おいて捉える。すなわち,両者を「配当 が可能でないもの」と「配当が可能なもの」と いう相対的な関係にある基準であると捉えてい
るようであり,純資産という基準を示している。この基準は,配当を支払った後の資産価値
が,負債の価値と「資本金(capital stock)」との合計額に対して,少なくとも同値になる(資 産≧負債+資本金)ことが典型的な指標である とする。そして,まずこの指標において必要と される資本金の意味を示している。額面株式の 場合,資本または資本金は株式の額面価額を意 味する場合が多く,中には明確に「額面を用い る」ことを定める法規もあった。また,無額面 株式をもって「資本」を決定する場合には,
(ユ)株式に対して受け取られた対価,(2)
公称金額(額面価額から自動的に決定されるも のとは異なる)という2つの典型が多くみられ
たようである(Weiner,1929:467)。純資産規定の、典型は,1925年のニュー・ヨー
ク州会社法に示されている:「株式会社(stock corporation)は,資本または資本金を減損させ
るか,資本または資本金が減損されている間,