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金沢医科大学報第116号

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Academic year: 2021

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(1)

■金沢医科大学創立30周年記念行事 記念式典、記念講演会、記念祝賀会 第30回金沢医科大学神経科学セミナー テーマ: 神経眼科学の基礎と臨床 ■学事 第17回医学教育に関するワークショップ 教育講演会 テーマ: 最新の医学教育の動向 第31回解剖体合同追悼法要 平成15年度オープンキャンパス/進学説明会 平成15年度父兄会 ■学生のページ 第32回内灘祭 第6回ハワイ大学夏期語学・医学研修報告 ハワイ大学医学部プレ・クリニカル研修報告 医学部学生のメディカル・ホームステイ報告 学生の表彰 シリーズ: 私が医師になりたい理由・なった理由 ■学術 第30回日本電顕皮膚生物学会 第23回日本眼薬理学会・第14回国際眼研究会議日 本部会合同会議 日本肝臓学会市民公開講座 第19回北陸ストーマ研究会 北國がん基金研究助成 NIH「シェーグレン症候群研究」に本格的研究助成 本学血液免疫内科学が研究助成金を獲得 ■病院 第24回関連病院会議 平成15年度医療監視 病院新館に大型絵画寄贈 第17回喘息サマースクール ■管理・運営 金沢医科大学点検・評価報告書2002年度版発刊 ■随想・報告 米国タフツ大学留学記 時々の日の丸 夢と現実 ■教室紹介 腎臓内科学、神経精神医学 □金沢医科大学創立3 0周年記念事業募金 □金沢医科大学学術振興基金募金

November 2003

No.

116

(2)

本学創立30周年記念行事が病院新館の完成に合わせて平 成1 5年9月 1 3 日(土)に、記念式典・講演会・祝賀会・病 院見学会の形で行われた。北陸3県国公私立大学、本学関 連病院、県内自治体関係者、本学の後援組織である北辰同 窓会、北斗会、後援協力会、橘会及び本学と姉妹校提携を 結んでいる米国マーサ大学の医学部長、副医学部長等の各 界の来賓を迎えて盛会であった。 記念式典は午前1 0 時から約2 5 0 名の来賓を迎え、本学本 部棟4階講堂において執り行われ、小田島粛夫理事長の式辞 に続いて、遠山敦子文部科学大臣(代読:小松弥生文部科 学省高等教育局医学教育課長)、森喜朗衆議院議員、川 明 日本私立医科大学協会会長、アン・ジョウブマーサ大 学医学部長からご祝辞をいただいた。 引き続き功労賞として、元本学理事長を務められた西東 利男先生と初代病院長の吉田清三先生(代理)に感謝状と 記念品が贈られた。1 1時から記念講演会が行われ、迫田朋 子NHK教育番組センターチーフディレクターにより「安全 で質の高い医療を」と題してご講演いただいた。 祝賀会は午後0時 30 分から病院新館1階ロビーにおいて約 490名の来賓・教職員の参加のもと行われた。最初に本学ク ラシック音楽同好会の学生による校歌合唱とブランデンブ ルグ協奏曲の演奏に続き、竹越襄学長及び内田健三病院長 による乾杯の発声で祝宴が始まった。 本学の創立 3 0周年記念事業は、① 病院新館の建設、② 学生クラブハウスの建設、③医学教育海外交流基金の設立、 ④ 創立3 0周年記念番組の制作、⑤ 金沢医科大学三十年史 の刊行の5つの事業が企画され、病院新館の完成にあたり、 9月8日(月)から 1 0日(水)までの3日間、オープンホス ピタルとして地域の一般の方々を対象に見学会を行い、延 べ3,610人の見学があった。また、記念式典当日には、記念 行事招待者にも病院見学会を行った。 「金沢医科大学三十年史」は姉妹編として作られた「金沢 医科大学創立3 0周年記念誌」とセットで完成し、記念式典 出席者、在学生の父兄、記念募金された方々に贈呈された。

金沢医科大学創立3 0周年記念行事

盛会裡に行われる

2 0 0 3 . 9 . 1 3

西東利男先生に感謝状が贈られる 本部棟4階講堂で行われた記念式典

(3)

本日、森先生はじめ多 数のご来賓各位のご臨席 を賜り、学校法人金沢医 科大学の創立 3 0 周年記 念式典を開催できますこ とは本学関係者一同にと り誠に光栄とするところ であります。ご臨席賜り ました関係者各位に心か らお礼を申し上げます。 本学は「人間性豊かな 良医の育成」を建学の精 神として、昭和47年この 内灘の地に開学され、こ の度、創立30周年を迎えることになりました。 昭和30年代・40年代は医学研究が加速され急速に発展し た時代ですが、この様な研究重視の中で本学は、医科大学 の本来の使命である医師の養成を目的として創立されまし た。しかし、草創期特有の混迷と模索状態が続き、結果と して教育が混乱し、最終的には教育の基本である教員と学 生の信頼関係が失われ教育荒廃の事態が起こりました。そ の後、大学院設置を境に関係者各位のご協力と教職員の努 力によって教員と学生の信頼関係が回復し、教育環境が急 速に改善いたしました。 この様な教育環境の改善を機会に本学の過去を総括し、 そのレゾンデートル(存在理由)を確認する目的で全学の 総意をお聞きし、また、Reverentia Vitae(生命への畏敬) を本学の精神的指針と致しました。大学ルネッサンスと位 置づけられたこの一連の努力が大学としての基盤を確固た るものにし、Reverentia Vitaeは本学の教育、研究、そして 診療の精神的なよりどころとなりました。 医学教育においては全国的にコアカリキュラムが導入さ れP B L などの教育技法も定着し、医師として基本的に必要 な医学知識の修得については特に問題はなく、卒業時の学 力においても大学間の格差はなくなりつつあります。しか し、2 1世紀の社会における医学教育においては人間性を育 むための教育が大きな課題になると考えております。 20世紀を自然科学の時代とすれば21世紀は生命科学の時 代ということができます。自然科学や生命科学は我々の生 活を豊かにし難病の治療を可能にしましたが、この科学技 術文明は大きな矛盾を内包していることは否定できません。 その弱点をカバーするために人間はヒューマニズムを考え 出し、それによって社会を必死に支えてきたと思われます。 しかし、現代社会はこのヒューマニズムの精神を忘れ、 欲望の追求と肥大化を容認する無規制状態、アノミー社会 へと進んでおり生命の尊厳すらも軽視されつつあると言っ ても過言ではありません。 このような2 1 世紀の無規制状態、アノミー社会において は、教育の基本理念である人間形成と人格の陶冶に立脚し た「人間性豊かな良医の育成」が重要であると考えており ます。平成1 0 年には良医の育成で大きな成果を挙げアメリ カにおいて高い評価を得ているマーサ大学と協定を結び、 学生と教員の相互交流を行っておりますが、さらにハワイ 大学やバーモント大学との教育交流も進めております。 教育の重視が研究や診療の軽視と誤解される可能性があ りますが、医師を養成する医科大学においては研究なくし て医学教育は成り立たないと考えております。昭和5 7年に 大学院を開設して以来今日まで、総合医学研究所を創設す るなど研究の活性化に努めてまいりました。昭和6 0年には 中国医科大学、中日友好病院および同済医科大学と姉妹提 携を結び研究者の交流を進めておりますが、本年度は国際 協力事業団の第1回草の根技術協力事業に選ばれて名誉教 授を中心に参画することになっております。 平成1 0年には文部省からの補助によって総合医学研究所 にハイテクリサーチセンターが併設され、学外との共同研 究の窓口的な役割を果たしております。また、本年4月には 大学院の全面改組が認可され、学長を中心に研究体制の改 組が進められております。 最近、問題になっている医療事故防止の原点は「患者本 位の医療の実践」であると思っております。「患者本位の医 療」は、単に医療の問題ではなく良医の育成のためにも極 めて重要であり、本学では開学以来、患者中心の医療、患 者に優しい医療を実践して参りました。更に、新病院の完 成を機会に内科と外科の壁を無くし、患者が最も適切な治 療を受けられる診療システムを採用することに致しました。 また、本学独自の1患者1カルテシステムはまさに患者中心 の医療を実践することを目的としたものですが、この1患者 1カルテシステムの思想が電子カルテ開発の基本になりまし た。本学では平成1 2年に全国に先駆けて電子カルテを完全 実施し、診療のみならず学生の教育にも活用しております。 大学病院は医学教育の場としての役割が重要ですが、さ らに高度先進医療を中心とした地域の基幹病院としての役 割も求められております。将来、医学研究や医療技術開発 が進めば医学教育病院と高度先進医療を中心とした病院と、 機能分離が必要であると思っております。 なお、3 0周年記念事業の一つとして建設され、今日、皆 さんにご披露させていただく病院新館は故村上理事長時代 に計画されたもので本学の医学・医療の永年の夢を実現す

KMU ANNIVERSARY 30th

式 辞

理事長

小田島 粛 夫

記念式典

創立30周年記念式典の式辞、祝辞はイントラネット(学内)を通じてビデオ・オン・デマンド形式でご覧になれます。

(4)

るマイルストンの一つでもあります。 創立 3 0 周年を「歴史を振り返り、大学の明日を考える」 機会にしたいと思っておりますが、この30 年の歴史を る と、時には他大学が決して経験したことのないような事件 も起こりました。しかし、その都度、皆さんのご支援と教 職員の大学に対する熱き思いが問題解決の原動力になりま した。このエネルギーこそが今後予想される少子化などの 諸問題を克服し、本学の明日の発展を約束するものである と信じております。 本学創設以来、ご支援ご協力頂きましたご来賓の皆様、 献身的な努力を惜しまなかった教職員、卒業生および関係 者の皆さんに心からお礼を申し上げ、今後の支援、ご協力 をお願いして式辞とさせていただきます。 平成15年9月13日 (小松弥生課長) ご紹介いただきました、 文部科学省高等教育局医 学教育課長の小松でござい ます。遠山敦子文部科学大 臣にご招待をいただいたの ですけれども、他の公務が ございまして参ることがで きません。代わって、私が 祝辞を代読させていただき たいと存じます。 金沢医科大学が創立30 周年を迎えられましたこ とを、心からお喜び申し 上げます。 貴大学は昭和4 7年に「人間性豊かな良医の育成」を教育 の基本目標として創立されて以来、早や30 年となりました。 この間、医科大学及び大学病院の役割である教育・研究・ 診療のすべての面において充実を図られ、着実な発展を遂 げられ、多くの有為な人材を輩出し、我が国の医学の進 展・医療活動の向上に貢献されたことは、誠に大きな業績 であります。 今日に至るまでの歴代の理事長、学長をはじめ教職員並 びに関係各位のたゆみないご努力に深く敬意を表する次第 でございます。 ご承知のとおり、我が国の医学・医療を取り巻く環境の 変化は著しく、医療技術の高度化、高齢社会の進展、国民 の健康意識の高まりなどの中で、医科大学に対する期待も これまでにもまして大きなものとなっております。 このような中、貴大学ではハード面では教育・研究・診 療のための最先端設備を導入する一方、ソフト面では知識 の詰め込み教育を排し、6年一貫教育、少人数教育、早期の 臨床体験学習の導入、学生による授業評価など、様々な教 育改革を実施するとともに積極的な国際交流の推進など、 継続的な教育研究体制の改善・充実に取り組んでこられま した。特に、今回の3 0 周年記念事業の一つである「医学教 育海外交流基金」の設立並びに「病院新館」の建設は、貴 大学が国際的にも飛躍され、また、社会から期待される質 の高い患者中心の医療を実践していかれる上で、誠に心強 い限りであります。 これまでに築かれた輝かしい伝統と実績を基に、今後と も教職員各位の一層のご研鑚とご尽力により、金沢医科大 学が益々の充実、発展を遂げられますことを祈念いたしま してお祝いの言葉といたします。 平成15年9月13日、文部科学大臣遠山敦子 代読。 本日は誠におめでとうございます。 平成15年9月13日 30 年おめでとうござい ます。 ただいま遠山大臣の祝 辞を代読された小松課長 は、石川県に御縁がござ いまして、ご主人は、か って石川県庁にしばらく お勤めになっておられま した。金沢大学の総合移 転の一番大事な時に、当 時の文部省から石川県庁 に3年ばかり出向されま した。その間、小松さん は石川高専におられたの です。文部科学省というのは、なかなか良きはからいをさ れます。遠山大臣は公務だということですが、金沢医科大 学の3 0年のお祝いに、ぜひ医学教育の直接の課長である小 松さんを派遣したいと思われたのだと考えます。今日、小 松課長はきっと何かといろんな意味で思い出深いところに、 大臣の代理でお見えになったのだと思います。 小田島先生の式辞を伺っておりますと、本当にいろいろ なことがございました。小田島先生は非常に上手な表現を なさいましたけれども、大変厳しく苦しい時期があったこ 小松弥生 文部科学省高等教育局 医学教育課長

祝 辞

文部科学大臣

遠山 敦子 殿

(代読)

祝 辞

衆議院議員・本学顧問

森 喜 朗 殿

(5)

とはよく承知いたしております。 大学ができましたのは昭和4 7年です。私が国会議員に当 選したのは昭和4 4年の末ですから、まだ若き国会議員一期 生の時でした。当時、いわゆる、無医大県解消計画が提唱 されており、国立大学で医学部のない地域が随分ございま した。なぜか数多くの私立医科大学が創設される時代でも ございました。金沢医科大学も益谷衆議院議長を中心に創 設されました。埼玉医大、自治医大などのたくさんの医科 大学ができました。 本来の大学教育、医学教育、大学病院のあり方に対する 専門家のみなさんの意見よりも、むしろ政治家、医学に対 しては部外者の人たちの考え方が強く反映されていた時代 でした。一種の投資として医科大学の設立が行われていた と思います。私はなぜかそのことが心配になっておりまし た。私はまだ1年生議員で意見をつまびらかにはしておりま せんでしたが、「こういう形で医科大学が設立されて本当に よいのか」という思いがありました。 私はこの金沢医科大学の創生期に大変難しい問題に遭遇 したことを覚えております。小田島先生は、「一時期、教員 と学生との間に意思の疎通を欠くような荒廃した時期があ った」と述べられました。私は、先生のご指摘は違うと思 います。端的に言えば、この時期は経営する理事長側と教 学側との意見が一致していなかったことが原因と考えてお ります。医学教育に対する基本的認識がなく、寄付金を集 めて大学や病院をつくればよいと考えた方たちがこの金沢 医科大学に困難をもたらしたと考えています。「何のために 医科大学や医科大学病院をつくるのか」ということを熟知 しなければなりません。 今、石川県の看護師協会の最も有力な指導者でもありま す新谷喜美子さんは、当時、看護部長をしておられました。 新谷さんをはじめとした教職員たちが連署した長い巻物を 亡くなられた鈴木建設の鈴木菊男さんが私の家に持ってこ られて、「この医科大学は一握りの人たちのものではない。 我々が医学教育を実践していく大事な学び舎なので、ぜひ 何とか再建をしたい」という大変な情熱を示されまして、 私も微力でございましたがお手伝いさせていただきました。 金沢医科大学3 0 年の歴史を振り返ってみますと、改めて 歴代理事長、歴代学長、歴代病院長の大変なご苦労のおか げでここまで素晴らしい医科大学に成長されたと思います。 これらの皆様に心から敬意を表します。私は自分のことの ように感無量でございます。 さらに金沢医科大学の発展には多くの本学関係者、教職 員の努力もございました。また、ここには国立の金沢大学 という良き隣人もあり、医師の派遣等の協力もこの繁栄を もたらしたと思っております。ますますご発展をしていた だきたいと思います。 小田島先生の話をメモしておりました。この3 0周年の二 つの大きな記念事業として、外国大学との国際交流、病院 新館の建設がございました。私は最近できるだけおもしろ い新聞記事はコピーを残しております。8月の北国新聞には 「金沢医科大学交流基金を創出。航空運賃全額補助も」とい う記事があり、学生の海外研修を支援していくこと、睡眠 障害センターを開設すること、新病棟オープンに併せて臓 器別2 4 科に再編することが書かれていました。私は記事を 大事に持っておりました。 私は無医大県解消という話をしました。当時の文部省は、 全都道府県に国立大学医学部、国立医科大学をつくりまし た。ところが、最近は医師会から医師が多すぎるということ で、これ以上医師の養成は必要ないという話がでまして、国 立大学の医学部では定員の2割をカットしています。私立大 学の医学部に定員のカットを求めますと、経営に問題が出 てくるというので、現状では国立大学だけ定員を抑えてい ます。これは医師会等によって強い働きかけがあった結果だ と聞いております。せっかく大きな金をかけているのだか ら、優秀な医者を育てることが大事なことだと思います。 先日、小泉総理がポリープを取りました。総理は厚生大 臣をしていた割にはあまり専門的な知識がありません。「内 視鏡を入れたらポリープが見つかったので、エライことだ と思っていたけれど、そのまますぐにチョッチョッとメス で取った。すごい医学の発展だ」と驚いていましたので、 「総理、こんなことに驚いたらだめです。これは10年も前か らやっていますよ」と私が言いました。 厚生省は内視鏡手術をなかなか認めませんでした。レー ガン大統領の主治医だった日本人のドクター・シンヤ(新谷 弘実氏/編集部註)という医師が、時々日本に戻る度に、 私は1個5万円でポリープを5∼6個取ってもらいました。当 時の厚生省は内視鏡手術を全然理解していなかったのです。 今ではどこでも内視鏡手術は行われています。画面で自分 の胃や腸を見て、これを取りますよと言いながら手術され るというふうに大きく変わってきました。このように医学 はどんどん進んでいるのであります。 私は昨年7月に前立腺ガンの手術を受けました。7月1 4 日、自分の誕生日に開腹手術をしようと思って全部準備を しておりました。ここで手術をして第2の森喜朗を始めよう と思って観念をしておりましたときに別の病院から電話が

KMU ANNIVERSARY 3 0t h

(6)

かかってきて、「こちらで話を聞いてみませんか」と言うの でその病院に相談に行きました。丁度中国から帰ってきて、 明日から入院して手術だという日でした。「内視鏡でうちは やりますよ」と言うので「どこにメリットがあるのですか」 と聞いたら「開腹手術するとあなたの脂身の多いお腹はな かなかくっつかない。したがってひと月ぐらいは我慢して もらわないといけない。場合によってはひと月半寝てなき ゃならない。そんなことをしていたら足腰が駄目になりま す」と言われました。それで「内視鏡の手術はどうするか」 と聞いたら「こちらからカメラを入れまして、横から鉗子、 ピンセット、メスを入れて画面に映った腫瘍をロボットで やります」と説明されました。「そんなに簡単にできるので すか」と聞いたら「寝てれば手術は終わります。手術後1週 間で退院していただいて結構です」ということでした。実 際は5日目で退院して1 0 日目でゴルフを始めていましたの で、すごいなと思いました。 その時、大学の若い医者達に「君も内視鏡手術ができる のか」と聞きましたら、「僕はできません」と答えました。 「やりたいですか」と聞くと「やりたいです」、「どうしたら いいですか」と聞くと「習いに行きたいです。行けばやれ るようになれます」と彼らは言いました。そういうことが できるのならどうしてやらせてあげないのでしょうか。アメ リカ、フランス、ドイツでどんどん勉強して技術を身に付 ければ、画面を見ながら日本で手術をすることも可能です。 医師過剰だと医師会から文句を言われるなら、国で資金を 出して、新しい学問や知識を身に付けさせるためには世界 中で勉強してもらったらよいのです。大学も新しい装置を 東芝やシーメンスなどの企業と共同研究開発してつくって います。大学でも私費で研究開発をやっていく時代になっ たと思います。まさに小田島先生がおっしゃった「生命科 学の新しい時代」です。 先週の日曜日、東京で心臓学会の学術集会があり、金沢 大学の大先輩の岩先生、本学からも小山先生がお見えにな られました。そこで私もスピーチをしました。その時に私 はある大学から電話機のような機械を預かりました。その 機械のボタンを押して、私のここに 3 0 秒当てて止めると 「入りました」サインがピピッと鳴ります。その後、契約し ている病院へ電話で送信します。しばらく待ってから病院 に電話をかけると「あなたの心臓は問題ありません」と知 らせてくれます。体がおかしいなという時にすぐこの機械 を使います。病院には契約した患者すべての心電図があり ます。医師が2 4時間担当しなければなりません。この機械 で相当の人が助かるだろうと思いますが、まだ文部科学省 や厚生労働省は理解していません。 また、長い間、救急救命士の救急車の中での患者への医 療処置の範囲が非常に制限されていました。手当てをして あげれば生き延びられる人でも、救急救命士の医療処置の 範囲が非常に制限されて患者に触れられないということで 車の中で命を落とした例もかなりありました。フジテレビ の報道2 0 0 1の黒岩さんがその問題を提起して、救急救命士 の医療処置の範囲がやっと拡大されました。医学はさらに 進化していくと思います。 私は科学技術に対して思い切った予算をつけるべきだと 思います。森内閣の時にはかなりの助成予算をつけました。 お金をばらまくのではなく、新しい先駆的技術を開発する 意欲を持つ人たちに対して、国がしっかりとバックアップ をしてあげることが、この社会に寄与することになると思 います。 大変余計なことを申しあげました。30余年の歩みにより、 素晴らしい金沢医科大学になりました。ますますこの大学 を充実させていただきたいと思います。今後も日本の医学 の先駆者として発展をされ、日本の医学教育をリードして いただきたいと心からお願い申しあげてご挨拶といたしま す。おめでとうございました。 金沢医科大学におかれ まして、本日ここに創立 30 周年記念式典が挙行さ れるにあたり、日本私立 医科大学協会を代表いた しまして、一言お祝いの ごあいさつを申し上げま す。 昭和 4 7 年、「良医を育 てる」「知識と技術をき わめる」「社会に貢献す る」という建学の精神を 掲げられて、この金沢近 郊の自然に恵まれた地に 開学されて以来、着実な発展の道を歩まれ、このたびめで たく、創立3 0周年をお迎えになり、また、かねてから進め てこられました新しい時代に対応する附属病院新館の建設 もこの機会に竣工されまして、誠におめでたく衷心よりお 慶び申し上げます。 ご承知のとおり、我が国の医療を取り巻く社会のニーズ は、変動が著しく、それに対応して種々の新しい施策を講 じていく必要があり、私ども医科大学としましても、また 高度先進医療を担い、特定機能病院の承認を受けている附 属病院としましても、独自の個性を発揮し、地域での存在 価値の確立のために、常に新しい変革が求められておりま す。金沢医科大学におかれましては、小田島理事長先生を はじめとする教職員のみなさまの大変なご努力があって、

祝 辞

日本私立医科大学協会会長

殿

(7)

特にこの十年間には、着実な飛躍をなされて参りました。 平成7年には、外部からの第三者評価機関ともいえる「イギ リス医学協議会(G M C)の審査」で高い評価をうけられて おり、また、平成8年には「西日本医科学生総合体育大会」 及び「全日本医科学生体育大会」を主管され、平成9年に は「良医を求めて」を基調テーマとした「第2 9回日本医学 教育学会」を開催されており、これに関連して、平成1 2年 には「第2 0 回国内医科大学視察と討論の会」をご担当にな りました。これらを矢継ぎ早に成功裏に成しとげられまし たことは、外部からも高く評価されており、誠にすばらし いことと私どもは感銘いたしている次第です。 また、金沢医科大学病院におかれましては、創設当初か ら良医を育成する教育病院として、患者中心の医療を目標 に掲げられ、「1患者1カルテ方式」を導入されております。 これらは医師中心の医療が当然であった当時としては中々 踏み切ることができない難事業であったと推察いたします。 しかし、このことが全国に先駆けて電子カルテを自ら開発、 稼働を開始され、平成1 2 年からは全診療科で完全実施され たことにつながっているものと思っております。今後、診 療情報に関するセキュリティが確保され、また適切な形で 情報が開示され、患者さんに分かりやすいインフォーム ド・コンセントの実施が可能となり、さらには臨床教育に も有用性を発揮されることと確信いたしております。 ここ3 0 年の歴史を積み上げ、立派な基盤を確立されてこ られました金沢医科大学の全教職員の方々、関係各位の皆 様のご尽力に対しまして深い敬意を表し、心からお祝い申 し上げる次第であります。 貴学には今後とも、この3 0年の輝かしい歴史のもと、教 育、研究、診療を通じて、変わりゆく社会に対する新たな る貢献に向けて一層のご活躍と更なるご発展を期されます ことを念願いたすものであります。 本日は、誠におめでとうございます。心からお祝いを申 し上げますと共に、ご関係者各位のご健勝を祈念いたしま して、祝辞とさせていただきます。 平成15年9月13日 (日本語で) 小田島理 事長、竹越学長、来賓の 皆様、本日は、この大変 おめでたい金沢医科大学 創立30周年とかくも豪華 な新病棟の落成式に私を 招待してくださり、誠に 光栄の至りに存じます。 有難うございます。

The affiliation agree-ment between Mercer and Kanazawa was signed in Macon, Georgia on September 29, 1998 −five

years ago. The first group of medical students from Kanazawa Medical University visited Mercer University School of Medicine in July 2000. The fifth group of students will visit in Spring 2004.

As we celebrate our achievements and mark anniversaries, looking back at history is important, but we also need to look for-ward to the future. Our medical schools both face challenges in the years ahead. We must commit to bringing our best efforts to solve the problems in our health care systems and to meeting the needs of our patients and communities.

I am committed to improving the safety and quality of the health care we provide in America. I support the aims for the 21st century health care system advocated by the Institute of Medicine. They proposed six aims for improvement focused on six areas designated by the letters STEEEP.

Health care should be: “S”

SAFE − avoiding injuries to patients from care that is intended to help them.

“T”

TIMELY − reducing waste and sometimes harmful delays for those who receive care and those who give care.

“E”

EFFECTIVE − providing services based on scientific knowl-edge to all who could benefit and refraining from providing serv-ices to those not likely to benefit (avoiding under-use and over-use, respectively).

“E”

EFFICIENT − avoiding waste, including waste of equipment, supplies, ideas, and energy.

“E”

EQUITABLE − providing care that does not vary in quality because of personal characteristics such as gender, ethnicity, geo-graphic location and socioeconomic status.

And finally, and most importantly, “P”

P A T I E N T - C E N T E R E D − providing care that is respectful of and responsive to individual patient preferences, needs, and

val-KMU ANNIVERSARY 3 0t h

祝 辞

米国マーサ大学医学部長

Ann C. Jobe 殿

(8)

ues and ensuring that patient values guide all clinical decisions. May we always strive for what is embodied in this quote from Winston Churchill: “We make a living by what we get. We make a life by what we give.”

[日本語訳] 金沢医科大学とマーサ大学医学部は、5年前の1998年9月 2 9 日、ジョージア州メーコンにおいて協定に調印し、2 0 0 0 年7月に金沢からの第1回交換留学生を受入れ、来春2 0 0 4 年には第5回目の交換留学生迎える予定です。 このように成果を祝福し記念して過去の歴史を振り返る ことは大切ですが、それとともに将来に目を向けることを 忘れてはならないと思います。私ども両大学は共にこれか らチャレンジすべき多くの課題に直面しており、医療シス テムに関する諸問題の解決に最善の努力を尽くし、患者や 社会のニーズに応じるよう取り計らわねばなりません。 私にはアメリカ社会に提供する医療の「安全と質」を改 善してゆく責務があります。私は米国医学研究所(U . S . Institute of Medicine)が提唱している2 1 世紀の医療におけ る目標を支持しております。次の S T E E E P の頭文字で表さ れる、医療の改善を目指す6つの目標です。 「S」“Safe” 医療は安全でなければならない。患者を助けるつもりで 患者に傷害を与えることになるような事は避けること。 「T」“Timely” 時間の浪費を少なくし、時として治療を受けようとする 人や治療を施す人に害となるような遅れを少なくすること。 「E」“Effective” 科学的知識に基づいた治療を提供し、効果をもたらすと 思われる患者にはそれを与え、その可能性が無いような患 者にはそれを控えること。そして過少(u n d e r - u s e)や過剰 (over-use)を避けること。 「E」“Efficient” 浪費を避けること。医療機器や医療材料、アイデアやエ ネルギーの浪費を含めて、これを避けること。 「E」“Equitable” 公平であること。性、民族、出身地、社会的・経済的地位 などの個人的特性により差別した治療を行わないこと。 「P」“Patient-centered” 最後に最も重要なもので、個々の患者の希望、ニーズ、 そして患者の人間としての価値を重んじ、かつ、それに応 えられる医療を提供し、そして患者の人間としての価値が 全ての臨床的判断を導くことを保証するものであること。 最後に、私どもはウインストン・チャーチルの次の言葉 がどういうことを意味しているかを常に考えようとしてい ることをお伝えしたいと思います。

“We make a living by what we get. We make a life by what we give.”

(訳:古本郁美)

(9)

KMU ANNIVERSARY 3 0t h

今日のテーマは『安全で質の高い 医療を』です。私は、この3 0 周年記 念行事に医療安全をテーマに選ばれ たことを大変尊敬します。医療事故、 医療安全を真剣に考えておられるこ との証左であり、これらの問題意識 を皆様が共有していらっしゃると理 解します。

Human Errorを防ぐシステム

先程、アン・ジョウブ先生のお話 の中で、アメリカ医学研究所の医療 事故に対する報告書のタイトルは 『To Err is Human』でした。この『To Err is Human』、人は誰でも間違える という意味ですけれども、「しかし間 違いを防ぐことはできる」と続きます。間違いを防ぐこと ができるのも人間であります。 日本では、4年前に横浜市立大学で患者取り違い事件が起 きたあと、いくつかの大きな大学病院や公立病院で医療事 故が続けて起きました。その後、政府に医療安全対策検討 会議ができまして、平成1 3年を患者安全推進元年とし、政 府一丸となって取り組んできたのはご承知のとおりです。 昨年4月、報告書がでました。私は医療安全対策検討会議 の様々な関係者にお話を伺いましたが、医療事故対策には 3つの重要なポイントがあると考えます。 1つは、事実をオープンに語り、再発を防ぐことです。医 療訴訟を起こした患者や家族の話を聞きますと、皆様が口 をそろえて「事実を知りたい」とおっしゃいます。自分の娘 や妻が亡くなった理由や経過、自分が障害を持った理由や 経過を知りたいということです。「同様の事故が繰り返され るのではたまらない。自分の娘の死は無駄になってしまって いる。事実を知って再発防止につなげたい」ということを、 おっしゃいます。取材をしてみて、医療訴訟の原告のかなり の方が医療関係者であることが分かりました。東京女子医 大の被害者のお父さんは歯医者さん、東海大事件の被害者 のお父さんはマッサージ師でした。2人とも、ある程度医療 知識がある方でした。それと内部告発やミスがはっきりして いる場合以外は、事実関係の情報が充分に得られないと感 じている人が非常に多いのです。弁護士たちは、裁判にな るのは医療事故のごく一部だと言っています。 医療安全対策検討会議のメンバーに航空機事故専門の黒 田先生がいらっしゃいます。リスク マネージメントの考え方を医療の中 に入れるべきだと主張されました。 それに対し、被害にあった患者や家 族は「一つだけ忘れないでほしい。 航空機事故はパイロットも共に被害 にあう。医療の場合は、患者は被害 にあうけれども医師は被害にあわな い。航空機では機体の設計が問題に なるが、医療では原因が人間にあり、 患者を含めて関係者の意見を聞いて 共に考える姿勢がない限り、防げな い」と言います。ヒヤリ・ハット報 告が義務化されていくことは大事で すけれど、そこにどうやって患者の 意見を組み入れていくか、それがこ れからの課題ではないかと思います。 2つ目は、診療マネージメントです。例えば、多くの病院 では診療科または先生ごとに使う人工呼吸器が違います。 看護師が他の科から異動して来た時、他の科の医師が手伝 いに来た時など、違う機械が置いてあり使い勝手が違えば 混乱が起きます。これは病院全体の診療マネージメントの 問題です。また、違うメーカーから同じ種類の薬や類似し た名前の薬を仕入れています。薬を間違えないようにする ことは、診療科ごとの努力ではなく病院全体の診療に対す るマネージメントの問題です。専任の麻酔科医が足りない ときにどう考えていくかも、診療に対するマネージメント の問題になります。このような診療全体をマネージメント していく考え方が、病院全体の取り組みとして医療の質や 安全を上げていくために必要だと思います。 3つ目は、医薬品や医療用具に関わる安全性の向上です。 これは報告書にも項目を挙げて述べられています。4月に施 行された薬事法の改正で、医療機関は医薬品の副作用や医 療用具の不具合についておかしいと思ったときにはすぐ報 告しなければなりません。今までは製薬メーカーに対して のみ求められていたものが、医療の一番最先端にいる医師、 医療関係者にも求められることになりました。副作用等を 二度と繰り返さないために、自分の病院だけではなく他の 病院で同じ過ちを繰り返さないために義務付けられました。 このように検討会議では、主に医療事故を防ぐシステム、 制度としての対策が検討されてきました。 しかし、私は、今日はあえて、人の問題が大事だと、お

安全で質の高い医療を

迫田 朋子

NHK教育番組センターチーフディレクター

記念講演会

この記念講演は、イントラネット(学内)を通じてビデオ・オン・デマンド形式でご覧になれます。 迫田朋子氏

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伝えしたいと思います。間違えない仕組みを作ることは大 事です。しかし、その上に、人がどう考えるか、どう行動 するかが、とても大切だと思うのです。 横浜市立大で取り違い事件が起きた後、3年目に取材した ときには、横浜市立大の皆様は、チームを超えて互いに声 を掛け合うことを、キャッチフレーズとして運動していまし た。事件の最中におかしいと思った人は中にいて、あの時一 言声をかけていればと身にしみて思っていたのです。医療事 故にならないように、日常の医療の中で、ほんの些細なこと でも変だなと思ったときにはちょっと確認し合うという、そ ういうことがいかに大切なのかと気付かれたのだと思いま す。病院をあげて、医師、看護師、物を運搬する人、掃除 のおばさんまでも皆が同じ場に集まって確認していました。 根本は人間の力です。医療の安全は人と人との関係の中で くみ上げていくものだと、改めて思いました。

医療は不確実なもの、患者から学ぶ

様々な医療現場や先端医療に関わっている医師の仕事振 りを拝見して、私は3つのことが分かりました。1つは、良 い医者、常に最先端を行っている医者は、患者から学ぶと いう姿勢を必ず持っている。自身でできることとできない ことをはっきりと自覚して、できないことは他の専門家に 任せるという態度がはっきりしている。さらに、情報を隠 さずにオープンにし、人とディスカッションする態度を常 に持っています。

コムル(COML: Consumer Organization for Medicine & Law)という患者団体があります。コムルと何人かの先生が 中心になり、当時の厚生省から研究費をもらって、「医師に かかる十か条」を作ったことがあります。十か条目に「医 療は不完全なものである。医師も間違うことがある」とい うニュアンスで、医療は不確実なものであるという文章が ありました。発 表 さ れ る と き に、厚生省から 医師会の意見も 取り入れてほし いと言われ、意 見を聞くために 持っていきまし た。医師会では、 十か条目は問題 である、患者が 医療に不信を持 ち、医師と患者 の信頼関係が壊 れてしまう、納 得できないとの ことで、「よく 医師と相談しま しょう」という意味の文章に変更されました。 どうでしょうか。私はやはり医療は不確実なものだと思 います。医療は不確実なものであるからこそ、互いにきち んと話をして決めていくものだと思います。医療者側が絶 対であり間違わないという態度であるなら、現状からいつ までも抜けられないと思います。私が皆様に伝えたい「患 者から学ぶ」ことも、オープンに語ることも同じことです。 医療は不確実であり、自分ができることとできないことを はっきりさせることが大事です。 私は、約6年前、日本大学の救命救急センターで半年程取 材を続けて、N H K スペシャル「柳田邦男の生と死をみつめ て」という番組を制作しました。番組で脳の低体温療法を 取り上げたことがあります。重症の脳障害患者の脳神経細 胞が死んでいく過程で、脳の温度が上昇していき、温度の 上昇によってさらに神経細胞が死んでいくという現象があ り、これに対して脳を保護するために低温にするというや り方です。グラスゴーコーマスケールが3から4という重体 の患者を助ける医者を追ったドキュメンタリーでした。 患者の脳の温度が4 2℃にもなり低体温療法が始められま した。医師は患者の様子を常に観察して様々なデータを集 め、例えば、どのホルモンが下がってしまうのか、何が起き てこの結果になるのかなど、どういうことをしていけば良い のかと常に考えながら、患者からデータをとり判断します。 私がすごいと思ったのは、 I C Uに薬剤師が 2 4時間常駐し、 薬のことは薬のプロフェッションに任せる形をとっているこ とでした。取材している間にM R S A の院内感染が発生しま した。当時、院内感染は大きな社会問題でしたので、メデ ィアの人間がずっと院内にいるのは医療現場の皆様には非 常に好ましくないことだったと思います。しかし、そうした 院内感染もあり得る医療の現場、ミスもあり、医療スタッ フ同士の意見の違いもある。そういう医療現場の姿を丸々 見せてしまうような長期取材の受入れは、医療機関として 自信の表れと言えますが、大変な決断だったと思います。 一方、この反対の例が薬害エイズです。安部英氏の裁判 はまだ続いています。私は、8 0 年代の半ばぐらいから、薬 害エイズの血友病の患者たちとずっとお付き合いをしてきま した。8 0年代初めまでは、血友病の患者と血友病の専門医 は非常に友好的であり、患者には医師への信頼がありまし たし、製薬業界も非常に信頼していました。医師は血友病 の子供のためのサマーキャンプを催し、血友病の患者の在 宅自己注射を厚生省に働きかけをするなど患者のメリット になることを一生懸命努力してきました。ところがH I V 感 染が起きた時に、まだ誰もがH I V 感染の治療に無知だった にもかかわらず、血友病の専門医たちは自分たちを絶対化 して情報を隠し、例えば感染した事実すら伝えないことが 起きました。このとき、血友病の患者たちは彼らに失望し、 H I Vの治療を一緒に考えてくれる医者を自分たちで探し始め ました。伝手つ てをたどって東京大学医科学研究所に行き、感 染症の専門医たちとともに未知のH I Vの治療をどうしてい

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KMU ANNIVERSARY 3 0t h

くのか考えました。医科研の医師たちは、例えば、動物実 験の結果しかないけれどもインターフェロンをやってみるか と患者に尋ねます。患者と医師が納得した上で使ってみま す、状態をみて相談しながら次の治療方針を決めていくと いうことが始まりました。データを1つの医療機関だけでは なく日本全国の医療機関で共有したいという思いから、H I V 訴訟の和解を機に、国立国際医療センターにエイズ治療の 専門のA C C(エイズ治療・研究開発センター)が設置され ました。エイズ学会に取材に行きますと患者も来ています。 「あれは僕のデータだ。この前、先生が僕のデータを使って いいかと聞いてきた」などと患者が言っています。個人のデ ータを皆の共有のものとして新たなエイズ治療法を探ってい くということが行われているのです。このような意味で、患 者から学ぶことは非常に重要です。この姿勢こそ医療の安 全と質の向上につながってくるのだと思います。

金沢医大の良医教育について

金沢医科大学では、最近、学生が患者を一日エスコート するということを、医学教育の一環に採り入れられている とのことです。例えば、病院に来られた患者を最初の受付 のところから最後帰るところまでずっと患者に付いて学生 が案内する、これは皆様が思っている以上に大変効果があ ることだと思います。 医療者は、どうしても患者を点でしか見られません。診 察室に入ってきた以降のことしかわからない。その前に2時 間待っているかもしれない。診察室が分からないで病院の 中を迷っていたかもしれない。呼ばれる前の不安な気持ち はどうだった、本当はちょっとお腹が空いているのかもし れない。トイレに行きたいけれども呼ばれるかもしれない から我慢していようなど、様々な患者の思いは診察室の医 師にはわかりません。 学生時代に病院の中を案内して患者と一緒に歩いて、患 者の思いを感じることは重要です。この経験があると、そ の後の患者に対する態度が全然違ってきます。医師になっ たときには患者の思いを想像できるようになると思います。 さらに私が感心したことは、数人の学生で治療方針などを ディスカスする教育方式の中で、1年間のメンバーをくじ引 きで決めることです。組織で働いている人間の中には、い やな奴だとか、話をしても通じない奴だとか、たくさんい ます。これからは、チーム医療がとても大事で、何かあっ た時には声を掛け合うことがとても大切ですが、いやな相 手にはなかなかできません。医療現場では、互いの意見を 聞き合うこと、自分がおかしいと思ったら伝えることが大 切です。人とのコミュニケーションの訓練はとても大切で、 学生時代から毎年毎年メンバーを替えての訓練の意義は、 多分今すぐ効果は出てこないと思いますが、5年、10年する と大きな効果が現れると思います。そういう意味でこれか らの金沢医科大学の学生たちには、大きな期待ができるの ではないかと思いました。 医療事故を取材していますと、確かにとても厳しい時代 になってきたと思います。東京女子医大の裁判の初公判で は、非常に優秀な医師だといわれていた外科医が、手錠に 腰縄という形で出廷していました。残念ながら、事実を知 る方法がない患者側には裁判は仕方がないことだと思えま す。裁判となりメディアに公開される前に、患者に情報を きちんと伝えてほしい。事実を伝え、きちんと話し納得を 得るようにしてほしい。患者から学ぶ、患者の声を聞いて、 その思いを察することを是非考えてほしいと思います。 今、製薬工業協会、製薬会社団体の人たちもペーシェン トグループを作って患者団体の皆様と交流を図っています。 今までは製薬業界のお得意様は、医者、医療関係者でした。 しかし今は、実際のお客は患者だと、盛んに患者団体にア プローチしています。患者の支持がなければ薬の治験もで きません。積極的に患者と付き合い、患者に直接情報を伝 えて患者の判断を仰ぐという、患者サポートの形を探って いるのです。これから、様々な医療制度の改革があります けれども、医療の主人公は患者であるという視点から、も っと患者の声を吸い上げていくことが必要だと思います。 患者の思いを積極的に捕まえた人たちが、これからの医療 の中心になっていくのだと思います。患者から学ぶ、患者 の声を聞くことが「医療の安全と質の向上」の一番大事な ポイントです。このポイントに重点を置いて、新しい金沢 医科大学を目指していただきたいと思います。 本当に3 0周年おめでとうございます。ぜひ良医を、良い 医者を育てていってください。ご清聴ありがとうございま した。 (平成15年9月13日記念講演より抄録) 〈講師略歴〉 東京大学医学部保健学科卒業 1980年 NHK入局、アナウンス室アナウンサー 「おはようジャーナル」で医療、福祉、健康などについ てリポーター・司会者をつとめる NHKスペシャル「脳死移植」等の制作に従事 1997年 NHK解説委員室、解説委員(医療・保健・福祉分野) 2003年 教育番組センター文化・福祉番組部チーフディレクター 著 書:「医療現場取材ノート」筑摩書房(1999年)、 「グローバル8つの物語」国際開発ジャーナル社(共著, 1999年)、その他

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創立 3 0 周年記念式典、記念講演会に引き続 いて、祝賀会が、平成15年9月 13日(土)午後 0時 3 0分から文部科学大臣代理、私立医科大学 協会会長、マ−サ大学医学部長はじめ各関係ご 来賓、本学関係者の約4 9 0 名の出席のもと、新 築成った本学病院新館1階外来中央ホールと待 合いコーナーの全フロアを利用して行われた。 最初に、本学学生クラシック音楽同好会のメ ンバーによる祝演奏が行われた。曲目は開会の ファンファーレ、校歌斉唱、そしてバッハのブ ランデンブルグ協奏曲第5番第一楽章で、約20 分間にわたって一同が聞き入った。 次に竹越 襄学長と内田健三病院長のお二人 の音頭で乾杯が行われ、歓談のパーティーが開 始された。参加者は前記の他に本学名誉教授、 橘会、北辰同窓会、北斗会、後援協力会、本学 教職員、新館建設工事関係者各位、その他各関 係者がお祝いのために参会されて盛大に行われ た。 お祝いの料理は、ホテル日航金沢、金沢ニュ ーグランドホテル、ホテルイン金沢にお願いし て、それぞれ自慢の料理を調理していただき、 評判は上々であった。 以上のように、創立30周年記念祝賀会はこれ らの計画、運営に当たった記念事業常任委員 会、各関係部署、事務職員の方々、看護部のス タッフ及び参加学生クラシック音楽同好会をも 加えて新館完成を喜び合い、盛会のうちに無事 終了した。 (経理管財部尾張昊記)

記念祝賀会

学生クラシック音楽同好会による校歌斉唱 祝賀会場(病院新館1階ロビー) 学生 クラシック音楽同好会による演奏 学長と病院長による乾杯

30周年を祝して

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金沢医科大学の創立30 周年記念事業の一環である病院新 館の完成見学会が去る9月 1 3日、創立3 0周年記念式典、祝 賀会のご招待者を対象に行われた。 患者様との相互信頼関係を軸とした安全で質の高い信頼 される医療の提供と将来の医療のあり方に配慮した教育、 研究、診療の環境を整備充実させた新館の完成により、北 陸地方における第一級の総合医療センターとしての第1次リ ニューアル計画が完了した。 当日は、新館の病棟部門、外来部門、中央診療部門を中 心に最上階の 1 2階から1階までの見学コースを設定し、院 内の14部課から約40名の看護師、薬剤師、コメディカル職 員、事務職員等が2 5カ所の誘導案内位置で見学者への応対 にあたった。 当日最初の見学者は、式典の主賓の文部科学省高等教育 局の小松弥生医学教育課長と福井医科大学の須藤正克学長 のお二人であった。記念式典開始前の時間を利用して見学 に来られ、1 2 階の会議室・レストランフロアからの日本海 と内灘砂丘の壮大なロケーションに驚嘆されつつ、見学順 路に沿って新館の内部を医療者の立場や患者様の立場で熱 心に見学された。特別個室フロアの見学では、部屋の広さ と室内装備の充実度に感心されていた。須藤学長は、ご自 身が個室病室の構造設計等をチェックされた経験から、個 室内のレイアウトや浴室のシャワー設備等について使用時 の細かい意見を頂戴した。 記念式典終了後には、本学顧問の森喜朗衆議院議員も見 学され、最上階から1階の外来部門まで予定時間を超過して 精力的に館内を見学されていた。特に2階の内視鏡センター では、ご自身の内視鏡手術の経験談を話されながら、医学 の進歩の目覚ましさ、医療機関の機能分担、医療技術の進 歩に対応した国の診療報酬の適切な評価に対する対応など のお話をうかがった。 祝賀会終了後には、日本私立医科大学協会の川 明 会 長、本学の姉妹校であるアメリカジョージア州のマーサ大 学のアン・ジョウブ医学部長ほか大勢の来賓の方々が見学 された。日本私立医科大学協会の川 会長は、病棟のスタ ッフステーションや隣接のHCU(重症患者病室)、臨床教育 学習室、中央手術部、集中治療センター、ハートセンター、 内視鏡センターなどの中央診療施設や外来診察室などのス ペースや仕様、運営体制を熱心にご覧になられた。その後、 同行した内田健三病院長と外来の面談室で今後の医療行政 の方向やDPC(Diagnosis Procedure Combination, 包括評価) への考え方、厳しい医療環境などについて話をされた。見 学会にはこのほか退職された先生方や元看護関係者の皆さ んも多く来場され、お互いの近況や新館に対する感想など の話題で盛り上がり、久しぶりに懐かしい交流がみられた。 (病院事務部中農理博記)

病院新館見学会

高度医療の設備と快適環境を

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オープンホスピタル

2 0 0 3 . 9 . 8 ∼ 1 0

病院新館は平成1 5年8月末日に完成し、地域の方々や患 者の皆様に新築の病院をみていただくオープンホスピタル が9月8日(月)、9日(火)、10日(水)の3日間、午前9時 から午後3時にわたって実施された。 このオープンホスピタルは、事前に新聞・テレビ等で広 報された効果もあり、受診中の患者さんや入院患者さん以 外にも県立中央病院、金沢大学附属病院、国立金沢病院の 医療関係者をはじめ県内・県外から多くの方が見学され、3 日間の新館見学受付者は当初の予測を大幅に上回り、8日 9 1 0 人、9日 1 , 3 4 0人、1 0 日1 , 3 5 8 人の計3 , 6 0 8 人、受付をさ れずにコースを廻られた本学医療関係者の見学者を含める と約4,000人の見学者数となった。 見学コースは以下のとおり設定された。 新館12階 大会議室、展望レストラン等 新館11階 特別室フロア 新館10階 4床室、一般個室、スタッフステーション 新館 5階 血液透析センター 新館 3階 中央手術室 新館 2階 ハートセンター、外来診察室 期間中の見学者には「新館概要パンフレット」と小冊子 「くすりと健康・食事と健康・病気と食事」が配布された。 新館は患者のセキュリティ、プライバシー、バリアフリ ー、アメニティなどのニーズを考慮した安全で信頼される医 療と、外来診療における内科・外科の枠を取り払う臓器別 診療体制や入院診療における臓器や症状等で関連する専門 診療機能の統合など質の高い医療の提供、臨床教育・研修 設備の充実等を目的に建設されたが、今回、見学された 方々からの感想としては、「非常に立派な施設設備が揃って おり、この病院で治療をうけたい」、「患者の名前を呼ぶこと なく診察を受けることができるプライバシーに配慮したシス テムに感動した」、「病室から見る景観がすばらしく、全ての 病気が治る気がする」、「このような設備が整った近代的な病 院が近くにあり安心できる」といった感想が多く聞かれた。 また、「新館に再来受付がなく本館受付から診察室までが遠 い」などの感想もあった。 今回のオープンホスピタルの期間を通して患者さんはも とより、地域の住民の方々の本院に対する期待と役割の大 きさを強く感じ、今後、全職員が一体となって特定機能病 院としての機能をさらに充実させ、地域の中心的医療機関 として健康と福祉の一層の充実発展に寄与しなければなら ないという使命感を新たにした3日間であった。 (診療支援課組村勝行記) ダイニング、デイルーム スタッフステーション 透析センター 新生児室 特別室 個室的な4人部屋

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病院新館の竣工修祓式が平成15年9月6日(土)、病院新館において 小田島粛夫理事長はじめ、本学、大学関連団体、石川県、内灘町、医 師会、設計 J V および施工 J V 各社の各関係者約1 5 0 名の参列のもと、 厳粛に執り行われた。当日は生憎の雨で天候が懸念されたが、式典開 始の前には雲の切れ間から陽が差すほどに回復した。 午前10時から1階中央ホールにおいて、理事長をはじめ関係者16 名 によるテープカットが行われ、エスカレーターの初乗り、九谷陶壁前 の廻り階段の渡り初めが行われ、晴れやかな幕開けとなった。 引き続き12階大会議室において小濱神社神官による神事が厳かに行 われた。 ついで会場を12階レストランに移して直会(なおらい)が行われた。 小田島理事長の施主挨拶の後、木村博承石川県健康福祉部次長の祝辞 をいただき、その後設計者および施工者13社の代表者へ感謝状の贈呈 が行われ、設計者および施工者を代表して㈱日本設計の内藤徹男代表 取締役会長から謝辞が述べられた。 引き続き、梅田俊彦石川県医師会会長の発声で乾杯が行われ、和や かな雰囲気のうちに歓談が行われ、その後新館の見学に移り竣工修祓 式は無事終了した。 (施設整備推進室森豊茂記) 関係者16名によるテープカット

病院新館

竣工修祓式

2 0 0 3 . 9 . 6

木村博承石川県健康 福祉部次長 梅田俊彦石川県医師会 会長 設計者および施工者13社へ感謝状を贈呈

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1974年から30年にわたって続けられた金沢医科大学神経 科学セミナーの最後をかざることになった今回のセミナー は、本学3 0 周年記念行事の一つとして、金沢医科大学と同 神経内科学教室の主催の形で、平成1 5年8月 2 3、2 4 日の両 日にわたってホテルイン金沢において開催された。 今回はテーマを神経眼科学・神経耳科学にしぼることに し、最後のセミナーを意義あるものとすべく、過去にも多く の聴衆に好評を得ており、また多くの参加者から希望され ていたテーマとして『神経眼科学の基礎と臨床』が選ばれ た。このテーマを実りあるものにするため、外国人演者をア メリカからH o y t教授、オーストラリアからH a l m a g y i教授、 カナダからS h a r p e教授の3名にしぼり来沢をお願いしたとこ ろ幸運にも3名から快諾がえられ、この3名に本学からの講 演者として廣瀬が加わりプログラムが組まれた。今回は最 後のセミナーであり、多くのわが国神経学関連の先生方に も出席いただき討論に加わっていただきたく、著名な数名 の専門家に招聘状をさしあげた結果、神経耳科専門で過去 の講演者でもある小松崎 篤先生(東京医科歯科大学名誉教 授)内野善生教授(東京医科大学)、また神経内科分野では 里吉栄二郎国立精神・神経センター名誉総長、田代邦雄北 海道大教授、山本悌司福島県立医大教授、清水夏繪帝京大 教授、山本 子藤田保健衛生大教授らの出席をえた。お陰 で総勢登録者8 5名の出席が得られ、神経科学セミナーの出 席者数としては近年では特筆すべき会となった。 [第1日目] 最初の講演は、 廣瀬源二郎教授 が Primary Position Upbeat Nystagmusの病態生理とその責任病巣と題して、 本学で経験した稀有な症例を詳細に神経眼科・耳科的に検 討してその特徴を明らかにし、その責任病巣が今まで報告 されていない延髄背側正中にあるNucleus intercalatus of Staderini にあることを初めて報告した。ビデオを使った講演 であり眼球運動異常の記録を症状として示し、聴衆にわか りやすく解説した。

次いで H a l m a g y i教授 が Neurology of Eye Movement D i s o r d e r sを講演した。眼球運動の解剖学的説明から、その 異常による眼球運動異常をビデオで示しながら解説し、き わめて判りやすく教育的な講演であり、講演後の討論も極 めて活発に行われた。次いで今回のセミナーの本命ともいえ る国際神経眼科学会の創始者でカリフォルニア大サンフラン シスコ校のH o y t教授がAlterations in the Appearance of the Retinal Peripapillary Nerve Fiber Layer in Neurologic D i s e a s eと題して、眼底所見からだけでも神経疾患の特殊な 状態を、長年の経験に基づき診断できることを示された。神 経疾患を毎日診ている我々にとり、極めて有益な講演であ り全ての出席者は深い感銘を受けた。第1日最後はトロント 大学S h a r p e教授がGaze Palsies と題して眼筋麻痺の神経学 を詳細に講演された。その内容は米国神経学会の教育講演 で過日行われたものであり、その講演レベルも卒後教育と しては極めて至適であった。また彼の抄録は米国で使用さ れたものと同じであり、図をたくさん盛り込んだ便利な解説

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金沢医科大学神経科学セミナー

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テーマ

神経眼科学の基礎と臨床

開会の挨拶をする廣瀬源二郎先生 田代邦雄先生(左)、小松崎篤先生 清水夏繪先生(中央左)、山本 子先生 このセミナーの全講演は、インターネット(全世界)を通じてビデオ・オン・デマンド形式でご覧になれます(http://www.kanazawa-med.ac.jp/)。

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書として長く我々の手元に残るであろう。 [第2日目] 第2日にも3名の外国人講師が講演された。シドニー大学 H a l m a g y i教授がNeurology of Vertigoと題してめまい患者 をいかに診断して治療するかを、ベッドサイドの神経学的 検査法を含めて実技を交えて説明された。我々のような専 門家にも有用な講義であり、お招きした神経耳科専門の先 生方も深く魅了されたようであった。 S h a r p e 教授 も Diplopia: Diagnosis and Investigation と題して、複視患者 の診断と検査について懇切にビデオを交えて講演され、有 意義な講演であった。最後にH o y t 教授が C o n t e m p o r a r y Neuro-Ophthalmologic Vignettés for Neurologists と題し て、幾つかの神経眼科学の臨床的な発見・進歩を語られた が、その中にわが国神経眼科学の濫觴らんしょうともなるすぐれた研 究として、1 9 3 0年代の東大眼科学井上教授の頭部外傷に伴 う視野欠損の詳細な報告について言及され、日本人の立派 な業績として誇りとすべきであることを講演された。出席 者一同は自国の研究者の立派な業績への無知を知らされる とともに、かかる研究業績を伝え残すことの重要さを知ら され、多くの出席者が感動した。 最後に出席者全員が演台に上がり最後のセミナーの記録 を残すべく記念撮影をして、金沢医科大学神経科学セミナ ーは30年の幕を静かに閉じた。 3 0年にわたり援助を惜しまれなかった歴代学長、病院長、 セミナー運営委員の方々および研究支援課職員に感謝したい。 本セミナーの内容のビデオ記録を、本学ホームページを とおして広く世界からアクセスできることが、海外および 国内研究者から大変有用であるとする意見が寄せられた。 これも特筆すべき本学の貢献として、ここに書き留めたい。 (廣瀬源二郎記) 内野善生先生 山本悌司先生 里吉栄二郎先生

廣瀬源二郎教授(本学神経内科学) M . G . H a l m a g y i教授 (Department of Neurology and Neuro-Otology Royal Prince Alfred Hospital, Sydney)

M.F.Hoyt教授(Department of Ophthalmology & Neurosurgery

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第17回「医学教育に関するワークショップ」は、平成15 年8月6日(水)聖マリアンナ医科大学の齋藤宣彦教授をお 招きして、「標準試験問題・共用試験問題の適切な作成」と いうテーマのもとに開催された。先生のご専門は代謝・内 分泌内科学であるが、そのほか、共用試験システムに関す る研究班・専門委員会にも参加されている。また全国医学 部・医科大学に示されたモデル・コア・カリキュラムを軸 とした共用試験の準備・実行を担っておられる。さらに共 用試験実施機構(Common, CATO)の C o m p u t e r - B a s e d Testing (CBT)医科CBT問題評価分科会長、共用試験実施 機構医科問題作成分科会委員として活躍しておられる。こ のように、先生はわが国の医学教育界の重鎮であり、本年4 月から日本医学教育学会会長に就任されている。 平成1 7年度から共用試験が本格的に導入されることは既 に決定されており、全ての医学部および医科大学が共用試 験に参加することを表明している。CBT に関しては、全参 加大学から提出された問題がブラッシュ・アップされて使 用される。先生を始めとして共用試験実施機構の先生方は この夏それぞれ手分けをして、全国の各医学部、医科大学 を行脚し、問題作成の指導を行っている。ちなみに本学か ら提出された問題の昨年の採択率は全国でトップ1 2以内に ランクされている。ただ学内からの問題の中にはまだまだ ブラッシュ・アップが必要な問題も散在しており、本学で も齋藤先生をお招きして問題作成の指導を受けることとな った。このような意味から、今回のワークショップは従来 の形式とは若干様相を異にした。 3 3名の教員が参加し、まず9時 3 0分に正面玄関前で全員 の記念撮影を行った。続いてA 3 1講義室に移り、竹越学長 の挨拶の後、鈴木教務部長の司会により、齋藤先生が客観 試験問題作成にあたっての基礎知識について説明をされた。 その後教養棟に場を移し、各グループに分かれて、一人一 題づつMCQ問題を作成した。午後からは各自作成した問題 を提示し、全員参加のもとに齋藤先生が一題づつブラッシ ュ・アップした。 以上のように、かなり内容が濃厚なプログラムであった が、参加者全員熱心にMCQ問題作成、ブラッシュ・アップ 作業に取り組み、非常に有意義なワークショップであった。 (教務部副部長大原義朗記)

「標準試験問題・共用試験問題の適切な作成」

講 師 齋藤宣彦先生(聖マリアンナ医科大学代謝・内分泌内科学教授、日本医学教育学会会長) 日 時 平成15年8月6日(水) 場 所 A31講義室、教養棟 齋藤宣彦先生

学 事

第17回 医学教育に関するワークショップ

参照

関連したドキュメント

NGF)ファミリー分子の総称で、NGF以外に脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフ

β‑Lipoprotein HIROSHI

Fo川・thly,sinceOCTNItrmsportsorganiccationsbyusingH+gradientandwaslocalizedat

2)医用画像診断及び臨床事例担当 松井 修 大学院医学系研究科教授 利波 紀久 大学院医学系研究科教授 分校 久志 医学部附属病院助教授 小島 一彦 医学部教授.

menumberofpatientswitllendstagerenalfhilmrehasbeenincreasing

Tumornecrosisfactorq(TNFα)isknowntoplayaCrucialroleinthepathogenesisof

URL http://hdl.handle.net/2297/15431.. 医博甲第1324号 平成10年6月30日

AbstractThisinvestigationwascaniedouttodesignandsynthesizeavarietyofthennotropic