大規模購買履歴データと顧客接点情報の
統合によるサービス最適化戦略
Service optimization strategy by integrating data from customer contact and
large-scale purchase data
竹中 毅
1小柴 等
1本村陽一
1Takeshi Takenaka
1, Yoichi Motomura
1, and Hitoshi Koshiba
11
産業技術総合研究所サービス工学研究センター
1
Center for service research, National institute of AIST
Abstract: 外食産業をフィールドとして、大規模な購買履歴データと顧客接点で取得される情報、外部環 境情報を統合することによって、顧客のニーズや行動を適切なカテゴリに分類するとともに、経営に関 わる意思決定の支援を行う仕組みを提案する。また、複数店舗のデータを統合することによって経営環 境の変化や文脈を見つけるための方法論を議論する。
はじめに
日本における外食産業の市場規模は約 23.6 兆 円(2010 年)と推定されるが、1997 年をピーク とし、現在に至るまで緩やかに減少している。こ れは、バブル経済崩壊後の景気の低迷、リーマン ショックなどの世界的経済危機に加え、少子高齢 化による人口構造の変化が大きな要因となって いる。 人口減少 70 単店舗経営 フランチャイズ 価格競争 M&A 1997年 リーマン ショック 1 0 1 1 震災 BSE 2020 2030 生産管理技術 セントラルキッチン POS 1 2 経営合理化 人口減少社会 における新たな イノベーション が求められる 生活者全体(顧 客・従業員・経営 者)が納得できる 新たな食産業の 創出 •産業規模約23.6兆円(2010年、一般飲食店、宿泊施設の飲食、集団給食、料飲店) •就労人口 約370万人(全就労人口の6.2%) 新たな 市場開拓 ビジネスモデル 転換 … 図1:外食産業の発展とイノベーション 図 1 は、外食産業の市場規模とこれまでの発展 を模式的に示したものである。1980 年台における 外食産業の発展を技術的に大きく支えたのは、小 売業で開発された POS システムや、外食産業で独 自に開発されたオーダリング・システムの導入で あったと考えられる。これらのシステムにより、 大規模な商品管理や会計業務、店内の効率的なオ ペレーションが可能となり、外食産業のチェーン 展開、フランチャイズ化が可能となった。さらに、 製造業で培われた生産管理のノウハウは、セント ラルキッチンに生かされ、これにより企業規模の 拡大と調理、提供コストの削減が実現された。 しかしながら、来るべき人口減少社会を考えた 時、例えば、M&A による企業規模の拡大やコス ト削減だけでは産業の持続的発展は難しいと思 われる。外食産業には、同じ地域の多くの生活者 が顧客や従業員として多く参加しており、長期的 に捉えれば、生活者全体の幸福を高めることが最 も重要である。すなわち、顧客、従業員、経営者 という 3 つのステークホルダ間の相互作用を通し て、共創的にサービスが創出されることが新たな イノベーションを考える上で非常に重要である と思われる。筆者らは、このような視点から、各 ステークホルダのニーズや意思決定のメカニズ ムを明らかにし、ステークホルダ間の共創を促す ためのサービス工学技術開発に取り組んできた。 本稿では、その中で、特に顧客接点で取得される データと POS データなど大規模な業務データか ら顧客行動をモデル化し、サービス提供プロセス を最適化するための研究戦略を議論する。顧客接点支援技術の開発と導入実験
レストランの多くにおいては、会員制度などを用 いて顧客 ID の管理を行うことは少ない。その主な理 由は、顧客の利用頻度と顧客管理コストの問題にあ ると思われる。通常、レストランには不特定多数の 顧客が不定期に訪れるため、客層や来店動機、リピ ート率を定量的に把握することは難しい。また、こ れまで、顧客満足度を取得する方法としては、クレ ームなどの従業員による記録や紙によるアンケート が用いられてきたが、回収率も低く、例えば、緊急 を要する改善以外には使われていないことが多い。 一方、最近では覆面調査(ミステリー・ショッパー) を用いた顧客満足度調査も良く利用されるようにな ったが、コストの問題から、実際のサンプル数は限 られる。 そもそも、顧客接点において、顧客の意思決定に 大きくかかわる要因は、紙のメニューや店内のプロ モーションである。また、料理の注文は事前期待に よって行われるため、購買履歴データにおいて、良 く売れている商品が満足度が高いとは限らない。そ の結果、商品の開発やサービスの設計は提供者側の 経験や勘に依存する部分が多く、必ずしも顧客価値 を反映しているとは限らない。そのような問題意識 から、我々は顧客接点において、顧客の来店動機や 満足度を取得するとともに、状況に合わせて、商品 を推薦できる技術(顧客接点支援技術:産業技術総 合研究所で POSEIDON としてソフトウェア登録)の 開発を行ってきた。 図 2:顧客接点技術のレストランでの使用風景 本稿では、顧客接点支援技術の導入による商品に 対する満足度の取得結果の例を図 3、4 に示す。本実 験では、顧客の来店属性(来店動機、来店回数、同 伴者など)とともに、お店の雰囲気や接客、いくつ かの商品に対する食後の満足度を、金賞、銀賞、銅 賞、赤点といった主観的なスケールによって測定し た。図 3 に示した A~K の商品は、この外食チェー ンが提供する全ての商品群のうち、POS データ分析 から、販売個数の多い商品群である。しかしながら、 今回の実験で取得された満足度の分布は、商品によ って様々であった。これは、商品の販売個数と満足 度が必ずしも一致しないことを示している。一方、 顧客属性ごとに満足度を集計してみると、例えば商 品 A は、リピータか新規顧客かで、その評価が異な っており、リピータの方が評価が高いことが分かっ た(図 4)。また、商品の選択行動においても、この 商品はリピータの方が良く注文していることが示さ れた。例えば、このような商品は、顧客価値を高め る商品である可能性が高いこと示唆されることから、 メニュー上での呈示の方法や、今後の商品開発に生 かしていくことができると考えられる。 金賞 A B C D E F G H 銀賞 銅賞 I J K 図 3:商品の満足度評価の分布金
賞
銀
賞
図 4:ある商品に対するリピータと 新規顧客の評価の違い このように、本技術では、顧客属性とともに商品 やサービスに対する満足度を取得することによって、 単なる購買履歴からはわからない顧客満足の構造を 明らかにするとともに、顧客のタイプと満足の関係 について取得できることを確認した。一方で、本技 術の導入を通してわかった問題点は、従業員が繁忙時に本装置を顧客に提供する手間や、このような装 置に対する抵抗のある顧客層があることなどであっ た。この点については、今後改良の余地があるが、 全顧客に技術を使用してもらい、データを取得する ことは現状では難しい。そこで、次節では、大規模 な購買履歴データを用いた顧客行動のモデル化技術 について紹介する。
大規模業務データを用いた顧客行動
のモデル化技術
前節で議論したように、顧客は、来店動機や来店 経験、同伴者の種類などによって、異なるニーズや 満足の構造を持っていることが考えられる。しかし ながら、顧客 ID が取得できない状況では、POS デ ータのような大規模データから、顧客カテゴリを推 定し、行動をモデル化することが望まれる。そこで、 筆者らはこれまでに外部環境要因と購買履歴データ を組み合わせた来店行動や売上予測モデルの構築を 行ってきた[1-3]。また、筆者らはこれまでに、ID 付 き POS データを用いて顧客と商品を同時にいくつか のカテゴリに分類するための潜在クラス分技術を開 発してきた[4-5]。しかしながら、外食産業では ID の ない通常の POS データしかないことから、レシート データを顧客グループとみなし、顧客グループ毎の 商品購買数データを元データとして、潜在クラス分 析を行った。 図 5 は、和食レストランチェーンの業種を同じく する店舗の 3 年間分の購買履歴データを用いて、約 700 万件のレシートデータを作成し、そのデータを 元データとして、潜在クラス分析を行った結果を示 す。今回は、顧客が 19 個のカテゴリに分類された。 さらに、これまでに開発してきたコーザルデータを 用いた来店行動予測モデルを顧客カテゴリ毎に適用 することによって、顧客カテゴリ毎の来店人数の予 測を行った。図 6 に示したある店舗の例では、全体 の来店者数の予測率が 87.8%であったのに対し、19 カテゴリ中主要な 5 カテゴリにおいて、70%以上の 予測精度があることを確認した。本稿ではカテゴリ の詳細な説明は省略するが、それぞれのカテゴリに 属する顧客群の行動の背景には、顧客接点支援技術 で取得された共通する何らかの来店動機があること が推測される。例えば、夜の一般客(予約を入れて いない顧客)は 4 種類に分類されているが、その中 でも和食の膳のような商品を頼み、あまりお酒は飲 まない顧客は、夫婦や友達同士で買い物の帰りに寄 ったのではないか、など、その背景にある動機が推 測される。難波本店 Sunday Monday Tuesday
昼一般:膳・鍋・その他 1.3% 1.3% 1.5% 昼一般:昼定食 39.9% 45.1% 44.3% 昼一般:飲み会 5.6% 5.2% 5.1% 昼一般:寿司 11.4% 9.1% 8.8% 昼予約:バラエティ 0.1% 0.1% 0.1% 昼予約:定食 0.6% 0.6% 0.5% 昼予約:宴会 1.1% 0.9% 1.0% 昼予約:飲み会 0.9% 0.6% 0.7% 昼予約:懐石 0.9% 0.6% 0.5% 夜一般:膳 6.4% 5.1% 5.4% 夜一般:飲み会 1.9% 2.2% 2.2% 夜一般:鍋・晩酌 10.1% 10.3% 10.9% 夜一般:寿司 19.0% 17.6% 17.8% 夜予約:鍋会 0.0% 0.1% 0.1% 夜予約:飲み会 0.2% 0.4% 0.4% 夜予約:女子会 0.0% 0.0% 0.0% 夜予約:宴会 0.3% 0.6% 0.7% 夜予約:寿司 0.1% 0.1% 0.1% 夜予約:懐石 0.1% 0.1% 0.2% 図 5:顧客カテゴリ毎の来店人数の違い 0 200 400 600 800 1000 1200 2010 ‐09‐01 (水 ) 2010 ‐09‐02 (木 ) 2010 ‐09‐03 (金 ) 2010 ‐09‐04 (土 ) 2010 ‐09‐05 (日 ) 2010 ‐09‐06 (月 ) 2010 ‐09‐07 (火 ) 2010 ‐09‐08 (水 ) 2010 ‐09‐09 (木 ) 2010 ‐09‐10 (金 ) 2010 ‐09‐11 (土 ) 2010 ‐09‐12 (日 ) 2010 ‐09‐13 (月 ) 2010 ‐09‐14 (火 ) 2010 ‐09‐15 (水 ) 2010 ‐09‐16 (木 ) 2010 ‐09‐17 (金 ) 2010 ‐09‐18 (土 ) 2010 ‐09‐19 (日 ) 2010 ‐09‐20 (月 ) 2010 ‐09‐21 (火 ) 2010 ‐09‐22 (水 ) 2010 ‐09‐23 (木 ) 2010 ‐09‐24 (金 ) 2010 ‐09‐25 (土 ) 2010 ‐09‐26 (日 ) 2010 ‐09‐27 (月 ) 2010 ‐09‐28 (火 ) 2010 ‐09‐29 (水 ) 2010 ‐09‐30 (木 ) 夜予約:懐石 夜予約:寿司 夜予約:宴会 夜予約:女子会 夜予約:飲み会 夜予約:鍋会 夜一般:寿司 夜一般:鍋・晩酌 夜一般:飲み会 夜一般:膳 昼予約:懐石 昼予約:飲み会 昼予約:宴会 昼予約:定食 昼予約:バラエティ 昼一般:寿司 昼一般:飲み会 昼一般:昼定食 図 6:顧客カテゴリ毎の来店者数予測 今後、これらの 2 つのデータを統合し、店舗によ る十分な比較を行うことで、シフトや発注などの 日々の業務意思決定やサービス提供プロセスの設計 に生かしていきたいと考えている。
各経営指標のダイナミクスの可視化
本節では、経営者の意思決定の問題について議論 したい。サービス産業には、様々なレベルの経営層 が存在するが、彼らの意思決定は日々の業務範囲と 深く関連しており、意思決定のもとになるデータの 範囲が限られていることも少なくない。そこで筆者 らは、サービスを通して得ら得る各種業務データを 統合し、会計的、非会計的指標を抽出するとともに、 それらのダイナミクスを明らかにすることによって、 総合的に経営の意思決定を支援することを目指して いる。図 7 は、日々の購買履歴データ、発注データ、 勤怠データとコーザルデータを統合することによっ て、外部環境要因と経営に関わる意思決定(発注量、 労働投入量)、顧客行動の結果としての指標(売上、 来店者数、客単価、予約率)、経営の意思決定と顧客 行動の結果としてあらわれる経営指標(人時接客高、 発注効率)などの関係をベイジアンネットワークを 用いて可視化したものである。例えば、人時接客高は適切な範囲にあることが重要であるが、それを制 御するためには、外部環境要因や顧客行動など様な ざまことを考慮しなければならない。例えば、図 7 に赤線で示した関係を見てみると、顧客の来店行動 の予測が外れやすい条件が浮かび上がる。このよう な知見を共有することによって、客観的根拠に基づ く意思決定の支援を行っていきたいと考えている。 非常に暑い 非常に寒い 金曜日 忘年会 日曜日 連休中 日曜日 土曜日 予約比率 フード仕入額 ドリンク仕入額 鮮魚仕入額 来店者総数 お盆 労働投入量 フード売上総額 ドリンク 売上総額 仕入総額 ドリンク仕入 売上比 フード仕入 売上比 仕入・売上比 人時生産高 客単価 売上総額
外部環境要因
(コーザルデータ)顧客行動の結果としての指
標(売上、客数、予約率)
経営の意思決定
(労働投入量、
仕入額)
経営判断の結果としての指標
(人時生産高、発注効率)
例):土曜日で予約が少ないときに、従 業員を減らすと、57%の確率で一般客 が増え、人時生産高が上がり過ぎるこ とがある⇒忙しすぎる可能性 図 7:データ統合による各種経営指標のダイナミクスの可視化終わりに
本稿では、外食産業を対象として、顧客接点にお いて得られるデータとコーザルデータ、大規模に集 積される各種業務データを統合することによって、 顧客行動をモデル化し、経営環境のダイナミクスを 捉えるための方法論を議論した。今後、これらの技 術を様々な産業に導入し、顧客、従業員、経営者の 共創を促す仕組みを開発していきたい。謝辞
本研究は経済産業省委託事業「平成23年度次世 代高信頼・省エネ型IT基盤技術開発・実証事業(サ ービス工学研究開発分野)」の一環として行われた。 また、協力いただいたがんこフードサービス株式会 社に感謝する。参考文献
[1] Takenaka,T., et al.: PROCESS MANAGEMNT IN RESTAURANT SERVICE --A case study of Japanese restaurant chain --, Proc.of International Symposium on Scheduling 2011, (2011)
[2] Takenaka, T, Ishigaki, Motomura, Y Practical and interactive demand forecasting method for retail and restaurant services, Proc. of APMS2011,(2011)
[3] 竹中毅・石垣司・本村陽一:生活者行動に着目した サービス需要予測技術の検討、2011 年度人工知能学 会全国大会(2011)
[4] Ishigaki, T, Takenaka,T, Motomura, Y.: Category Mining by Heterogeneous Data Fusion Using PdLSI Model in a Retail Service, Proc. IEEE International Conference on Data Mining , pp.857-832 (2010) [5] 竹中毅・石垣司・本村陽一:日常購買行動に関する 大規模データの融合による顧客行動予測システム (実サービス支援のためのカテゴリマイニング技 術), 人工知能学会論文誌, No.26, Vol.6, pp.670-681, (2011)