11 国際刑法における基本原理
本ワークショップの趣旨 国際刑法は、前世紀、いくつかの臨時裁判所を介して発展してきたが、今世紀に至 り常設の国際刑事裁判所条約規程(以下、 ローマ規程 と略称)を得て、飛躍的な 展開をみせることになった。しかしながら、国際刑法の歴史は浅く、国内刑法におけ る精緻な刑法理論に比べ、これに関する体系的な理論は充分に検討されてきたわけで はない。 ローマ規程は、第 22 条以下に罪刑法定主義に関する規定を置いている。そこで、 近代刑法の大原則である罪刑法定主義は、国際刑法においていかに解されるべきか。 このような観点から、本ワークショップでは、国際刑法における罪刑法定主義──特 に、慣習法処罰の禁止はいかに把捉されるのかという点──を中心に議論することに した。国際刑法が 国際社会で妥当する刑法 であるという点に着目し、これが慣習 刑法の禁止にどのような意味を与えるのかという問題に焦点をあてた。 この検討にあたっては、国際刑法における刑罰権の淵源に対する考え方の相違によ って、罪刑法定主義の内容についても異なる結論が導かれるのか否かという問題を念 頭に置きつつ議論を進めた。すなわち、刑罰権の本質が国家主権の行使にかかること に鑑み、国際機関が刑罰権を行使するという新しい時代においては、これが国家刑罰 権の延長線上で認められるのか、または国際社会固有の刑罰権が新しく創設されこれ を特定の国際機関が行使するということを観念しうるのか、ということが問題になる。 オーガナイザーの安藤泰子(青山学院大学)が上記の趣旨説明をした後、増田隆会 員(帝京大学)が国際刑法における慣習法処罰と罪刑法定主義について報告した。続 いて、竹村仁美会員(愛知県立大学)が──慣習法による処罰はどのような歴史的な 経緯を辿り、いかなる法規範に顕現されてきたのか他を中心に──、国際刑法におけ る罪刑法定主義の意義についてコメントを加えた。 増田会員の報告内容 罪刑法定主義が近代刑法の基本原則のひとつであることに争いはないが、ここでい う 近代刑法 とは、国内刑法を前提としている。他方、近年注目されている国際刑 事裁判所におけるローマ規程においても、罪刑法定主義が妥当するのかについては、 従前十分な検討が加えられてこなかったように思われる。そこで、本報告では、第二 次世界大戦直後のニュルンベルク・東京両国際軍事裁判から旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判を経て得られたローマ規程を素材に、日本における国内刑法を前提とした罪 刑法定主義の知見を用い、この派生原理のひとつである慣習法処罰の禁止の問題を考 察する。 罪刑法定主義は、民主主義的要請と自由主義的要請の双方により基礎づけられ、前 者から法律主義が導かれると一般に考えられている。さらに、通説は 法律 が成文 法であることに着目し、法律主義のいわば裏返しとして慣習法処罰の禁止が導出され るとする。しかし、報告者は、法律が成文法であることはその制定過程から事実上基 礎づけられるにすぎないという見解に立って、慣習法処罰の禁止については慣習法の 生成過程に着眼するときは民主主義的要請から帰結され、その不文法性に着目すると きは自由主義的要請から帰結されると主張した。その上で、報告者は、国際刑法にお いては、慣習法処罰の禁止は遵守されているといえるのか、という問題を提起した。 まず、ニュルンベルク裁判および東京裁判における裁判所条例においては、それぞ れ 戦争の法規又は慣例の違反。次のものを含むがこれに限定されない。いかなる目 的によるものであれ文民の殺人、虐待若しくは奴隷労働のための移送、又は占領地に おけるそれらの行為、又は、捕虜若しくは海上にある者の殺人若しくは虐待、人質の 殺人、公有若しくは私有財産の掠奪、都市、街若しくは村落の放縦な破壊、又は軍事 的必要により正当化されない荒廃化 (ニュルンベルク国際軍事裁判所条例第 条 (b))、 通例の戦争犯罪 即ち、戦争の法規又は慣例の違反 (極東国際軍事裁判所 条例第 条(ロ))と規定している。前者は、例示列挙であるものの、不文法たる慣 習法による処罰を明文で認めている。従って、しばしば両裁判は事後法による処罰で あるがゆえに不当であるといわれるが、報告者は、むしろ慣習法による処罰を正面か ら認めたものであり不当であるという見解を唱えた。 また、旧ユーゴ国際刑事裁判所規程第 条は 国際裁判所は、戦争の法規又は慣例 に違反した者を訴追する権限を有する。その違反には、次のことが含まれるが、これ に限定されるものではない。 と定めているが、報告者によれば、本条も慣例違反を 認めている点で妥当でないという批判を免れないという。 一方で、報告者は、ローマ規程第 条 項(b)及び同項(e)は、 法規及び慣例 に対するその他の著しい違反、すなわち、次のいずれかの行為 と規定しているが、 同規程の民主的制定過程および成文法規性に鑑みれば、同条が慣習法処罰の禁止に抵 触するわけではないと結論づける。 従って、国際刑法における慣習法処罰の禁止については、第二次大戦以降、ローマ 規程のみが当該禁止の法理に反していない、という見解のもとに本報告の問題を提起 した。
竹村会員のコメント 罪刑法定主義は、今や文明国刑法に共通に見られる法原則となっており、国際法上、 法の一般原則と評価される。1948 年に国連総会で採択された世界人権宣言は、国内 法上の罪刑法定主義だけでなく、国際法上の罪刑法定主義も示唆する規定ぶりとなっ ている。世界人権宣言第 11 条 項は 何人も、実行の時に国内法又は国際法により 犯罪を構成しなかった為又は不作為を理由として有罪とされることはない。何人も、 犯罪が行われた時に適用されていた刑罰よりも重い刑罰を科されない と定める。欧 州人権条約の起草者もまた、ニュルンベルク裁判に対する批判を回避するため、国際 法上の犯罪を罪刑法定主義の内容に含めた。 罪刑法定主義は、欧州人権条約第 15 条 項、自由権規約第 条 項、米州人権条 約第 27 条 項において、国家の緊急事態においても停止できないいわゆる逸脱不可 能な人権としての地位が与えられている。従って、罪刑法定主義は戦時のような国家 の緊急事態においても守られなくてはならず、国際人道法の規定にも認められる法規 範である(ジュネーブ第三条約第 99 条、ジュネーブ第四条約第 67 条、ジュネーブ条 約第一追加議定書第 75 条 項(c))。但し、これらの規定が国内立法化されていない 慣習国際法を用いた処罰を禁止しているかどうか文言上明らかではない。 国際人権法が罪刑法定主義を包摂したにも拘らず、人道に対する罪や重大な戦争犯 罪の処罰に関して言えば、第二次大戦後のイスラエルのアイヒマン事件やカナダのフ ィンタ事件に見られる通り、国内裁判において遡及処罰の禁止の抗弁は、被告人の予 見可能性を根拠として悉く否定されてきた。重大な国際法違反の犯罪の国内裁判につ いて、罪刑法定主義は成文法主義という形式的議論を超えた展開をみせている。 他方で、国際裁判においても厳格な事後法の禁止の要請がなされるようになってお り、その背景には各国が罪刑法定主義を定めた国際人権条約を批准し始めたこと、国 際犯罪に関する条約が多く作られるようになったこと等の事実が存在する。 こうした国際刑事裁判における事後法の禁止の動きの一例に、常設国際刑事裁判所 の設置が挙げられる。ニュルンベルク・極東国際軍事裁判所条例、旧ユーゴ・ルワン ダ国際刑事法廷、シエラレオネ特別法廷の規程はいずれも罪刑法定主義、法律主義を 明文で定めていなかったが、ローマ規程は第 22 条ないし第 24 条でこれを初めて定め た。 同規程第 22 条 項は この条の規定は、この規程とは別に何らかの行為を国際法 の下で犯罪とすることに影響を及ぼすものではない と定め、裁判所以外の国際刑事 法廷による慣習国際法に基づく個人の処罰という形式を国際社会が選択する余地を残 している。また、本規定は国内で国際法を根拠にして個人が処罰される可能性も残す。 最後に、国際法上の罪刑法定主義について振り返るとき、そこには国際社会の良心の
内に正義の要請と人権尊重の要請の葛藤が常にあり、国際裁判例は普遍的人権の最低 基準の輪郭を示してきたものと思われる。 以上が、竹村会員のコメントであった。 討 議 まず、罪刑法定主義は成定法主義にとどまらず、判例法のもとでも捉えられていた のではないかという指摘があった。これについては、確かに判例法主義を採用する国 においても罪刑法定主義がある。民主主義という観点では、判例法をつくっている法 曹は公選の議員とは異なるため、我が国の刑法における罪刑法定主義と必ずしも同じ とは言えないが、別の原理で民主主義的要請を充足させていると考えられるという回 答があった。 これに対し、鍵となる別の原理とは何かという問いとともに、rule of law がこの役 割を果たしてきたのではないかという質問者からの示唆を受け、報告者は判例法主義 の国で使われている罪刑法定主義が採られていたならば、現行のローマ規程の規定ぶ りにはならなかったと考えられると回答した。 これに関連して、フロアから、広いパースペクティブをとってみると、国際社会が 国際的な刑事裁判の仕組みや制定法によって当罰的行為を選別したり、慣習による当 罰的行為を抽出したりすることについて、裁判機関を介し処罰制度を作ってきたこと は、前進であったという指摘があった。
続いて、nullum crimen sine lege について、その本来的意義と派生的原則である事 後法処罰禁止については、その淵源が相違するのではないかという質問がなされた。 これに対し、principle of legality= nullum crimen sine lege という把握で、その中に 事後法禁止が捉えられるという意見が示された。また、上位概念が罪刑法定主義であ り、その派生原則が法律主義、事後法禁止という理解が可能ではないかという見解が 示された。 その他、慣習法の援用について、ローマ規程がこれを認めている以上、法律主義に は反しないと考えられ、この点の説明が求められた。これに関し、報告者より国際法 の中で慣習も含めて犯罪を定義することは、それ自体、罪刑法定主義に反するという 見解があることが紹介された。 さらに、慣習による処罰 規定が置かれれば 慣習による処罰にならない とい うことになるのか、という問題が提起された。加えて、仮にそのように把捉するなら ば、構成要件を全て慣習に委ねてしまうことになるのではないかという疑問が提示さ れた。これ対し、報告者は、ローマ規程の戦争犯罪規定が列挙主義になっており、必 ずしも全て慣習に処罰内容を委ねるという趣旨ではなく、その意味では慣習法に処罰
を委ねるという懸念は当たらないと回答した。 続いて、近代刑法における慣習法処罰の禁止の根拠に関して、国際法からいかなる 説明が付されるのかという質問があった。この点、報告者は、国内の議論をそのまま 国際刑法に当てはめることはできないという立場から、慣習法処罰の禁止の根拠はそ の内容が不特定多数人によって作られたこと、また慣習法が成文法でないことに求め られるという見解を示した。 上記の報告および質疑に関し、オーガナイザーは、以下のように補足した。ローマ 規程以前においては、臨時の国際刑事裁判に関する条例等に罪刑法定主義はなかった が、例えばローマ規程は第 条 項の戦争犯罪について、ジュネーブ諸条約の重大な 違反行為の文言を継いでほぼ逐語的に引用している。このことから、国際刑法では、 従来確立されていなかった罪刑法定主義にいう 犯罪 法定は充たしたといえる。そ の意味で、国際刑法における罪刑法定主義は、史的前進が認められる。本報告は、以 上のような趣意から犯罪法定と刑罰法定とを分け、 ローマ規程においては前者を充 たした。他方で後者については、科しうる刑罰の範囲について規定があるものの、国 内刑法の罰則のような犯罪に対応した個別の法定刑が定められていないという状態に あり、この点が明確にされる必要がある というように理解した、と纏めた。 また、オーガナイザーは、罪刑法定主義をもたらせた歴史上の原点に戻る必要があ ることを指摘した。すなわち本原則が、フランス・アンシャンレジームのもとで被支 配者の人権をいかに保障するのかという歴史的社会的背景から求められたものである のに対し、国際刑法においては処罰の必要性が先行されてきたという史的経緯がある、 というそれぞれの罪刑法定主義を支える沿革という観点から整理を行った。加えて、 フォイエルバッハに由来するテーゼを原則として観念しつつ、戦争や紛争に対し国際 裁判が開始されざるを得なかったという国際刑法の展開の独自性に対し留意すべきこ とを喚起した。慣習法処罰における慣習、すなわち何をもって core crimes にいう core なのかについては、ジェノサイド条約他を介して国際人道法が示してきた。史 的展開の中に core が見出され、そこに慣習国際法の意義が求められる。従って、国 際刑法における慣習法は、国内刑法のそれとは決定的に相違するという見解を付け加 えた。 最後に、国際法の場合、民主的プロセスをどのように考えるのかという質問が寄せ られた。この点、国際社会には三権分立がないため限界がある。他方で、慣習法は罪 刑法定主義に寄与した経験がある。事後法の問題をクリアするという点では慣習国際 法が積極的に援用されが、明確性の基準が低くなるためこれがローマ規程によって明 文化されたと把握している。同規程は、批准手続が要請され、国会の審議が入るため、 民主的正当性を有するという議論が国際法ではなされている旨の回答がコメンテータ
ーから得られた。 話題提供に関連し、国際刑法における基本原則は、国際刑法の淵源に対する考え方 によっていくつかの選択肢を残しているものの、ローマ規程によって罪刑法定主義が 確立され、慣習法処罰禁止の法理に反しないことが明らかになった。 総 括 本報告を介し、国内刑法における罪刑法定主義の意義が国際刑法において妥当する のか否か、またその限界はどこにあるのかという点を明らかにすべく活発な討議が行 われた。 昨今、世界各地で起こる非人道的行為や紛争に関するニュースを見聞きしない日は ない。そのような中で、今後も国際刑法における刑罰権の淵源を検討の起点としつつ、 罪刑法定主義をいっそう柔軟に、かつ、多角的で、複眼的に考察することは、時宜に かなったものであり、極めて意義深いものであることが確認された。 開催にあたっては、国際刑法研究者のみならず、異なる分野からもご参加いただき 貴重な意見交換ができた。記して感謝申し上げたい。文責は、すべて安藤が負う。 (安藤泰子〈あんどう・たいこ〉記)