症例報告
強皮症と内臓悪性腫瘍
中林康青・堀
嘉昭
山梨医科大学皮慮科学教室* 抄 録:18年来の経過を有するPSSに胃癌を伴った興味ある例を報告するとともに,両疾患の合 併につき検討した◎症例は60歳女。42歳時レイノー症状で発症Q漸次皮膚の硬化,呼吸困難を呈し た。現症として顔面・躯幹・前腕皮庸の硬化・褐色色素沈着・光沢,また指尖の潰瘍などを認めた。 検査成績では,血沈値の南進,軽度の貧血,拘束性呼吸機能障害,CRP(2十),抗核抗体陽性,抗 Sc1−70抗体陽性, X線学的に肺の粒状網状陰影,食道下部の拡張と胃角部の陥凹性病変,衡根膜腔 の開大,手指末節骨の吸収像および皮下石灰沈着などがみられた◎硬化部三無の病理組織学的所見 では結合織の膨化均質化,附属器の減少などがみられた。一方,切除胃の病理診断はsigne£ri捻g cell ca芝cinomaであった◎PSSに悪性腫瘍を合併した報告はこれまで極めて少ないが,一般に,両 疾患の舎併は単なる偶発とするより頻度が高いと考えられている。 キイワード 強皮症,内臓悪性腫瘍 緒 言 周知のとおり,内臓悪性腫瘍を高頻度に合併 する膠原病としては,皮膚筋炎(DMと略)が 挙げられる。しかし強皮症と悪性腫瘍との合併 例の報告は少ない。今回,我々は,18年来の経 過を有する進行性全身性強皮症(PSSと略)に 胃癌を合併した症例を経験したので報告すると ともに,強皮症と悪性腫瘍との関連につき検討 した◎ 症 例 患 者:60歳,女性◎山梨県在住。 家族歴:妹にレイノー症候群。 既往歴:40歳時肺結核症。 現病歴:42歳時,手指にしびれ感が出現した ので某医大皮膚科を受診し,PSSと診断され, *〒409−38山梨県申巨摩郡玉穂町1110 約1年間ステ揖イド剤を内服した。またこの頃 より咳徽,喀疾などの呼吸器症状が出現した。 46歳時,皮膚に褐色色素沈着が出現,再度某医 大二二科に入院し,肺線維症を指摘された。そ の後,53歳時,別の医大皮膚科に入院。以来6 年聞,外来通院中であったが,遠方のため通院 困難であったので,当科を紹介され,精査のた め入院となった。 入院時現症:身長155cm,体:重40 kg,顔面 では,両頬部を主とする毛細∫良し管拡張が著明 で,鼻尖は突出し,隣邸はうすく,口囲には放 射状のすう漿を認め,表情に乏しく,典型的な 仮面様顔貌を呈した(第1図)。前腕皮窟では 軽度の硬化,褐色色素沈着を認め,前胸部では 寝腐の光沢および毛細血管拡張がみられた。ま た手指では,硬化つまりSclerodactylia,爪の 変形,末節の短縮,指尖潰瘍がみられ,疹痛が 著明であり,軽度の屈曲性拘縮を呈した(第2 図)。その他では舌小帯の短縮をみた。表在性 リンパ節は触知しなかった。また両側下肺野に Velcroラ音を聴取した。第1図顔面では,皮膚硬化,毛細血管拡張,鼻 尖の突出,口囲すう壁がみられ,表情に 乏しく仮面様顔貌を呈する。 第2図 手指では,硬化,爪の変形,末節の短縮, 指尖潰瘍をみる。 入院時検査所見:(第1表)に一括して示し た。主なものは,血沈値の中等度充進,軽度の 貧血,拘束性呼吸機能障害,CRP(2+),抗核抗 体陽1生,抗Scl−70抗体陽性などであり, X線 学的には,胸部で肺線維症の所見,上部消化管 では食道下部の拡張のほかに胃角部に早期胃癌 を疑わせる陥凹性病変があり,歯では歯根膜腔 4 4 像および尖端の皮下石灰沈着がみられた。皮膚 生検は左中国王節,右前腕伸側の2ケ所で施行
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第1表入院時検査成績
血 沈:20−47−88mm 血 算:WBC 5200, RBC 332万/μ, Hb 9.9g/d♂, Ht 29.1%, Plat 33万/μ 血液生化学;総蛋白6.1g/d♂, Alb 3.4g/dZ, A/G 1.17, ZTT 10.7KU, TTT 5.8KU, T−Bili O.6mg/ dZ. A1−p 159 mlU, GOT 22 mlU, GPT 25 mlU, T. Cho1156 mg/dZ, BUN 16 mg/dZ, クレアチン0、3mg/dZ, UA 2.4mg/dZ, Na 137 mEq〃, K 3.9mEq〃, Cl 98 mEq〃,γ一 グロブリン17.7%,空腹時血糖83mg/dZ 尿 一一 般:糖(一),蛋白(一),沈渣(一) PSP排泄試験:40%(15分) 血清学的検査:CRP(2+), RA(一),:LE test陰性, CH5033.2U/mZ,ワッセルマン反応陰性,抗核抗 体160倍陽性(homogeneous and speckled),抗Scl−70抗体陽[生,抗DNA抗体陰性,抗 ENA抗体(RN ase感受性および抵抗性)陰性, PPD O×0/20×30, T cell 76%, B ce11 11% 心 電 図=正 常 呼吸機能:軽度拘束性障害 X線学的検査:胸部;両肺野,特に下肺野に強い粒状網状陰影 上部消化管;食道下部の拡張および胃角部に陥凹性病変(早期胃癌の疑) 歯;歯根膜腔の開大 手指;末節骨の吸収像および尖端の皮下石灰沈着が ニ マ ユちコ
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第3図 右前腕伸側皮膚の病理組織像(H.E.×40)、蜜﹂
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第4図 摘出胃の病理組織像(H。E.×200) ひ コゴ駅
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した。第3図は右前腕伸側皮膚の病理組織像を 示すが,結合織の膨化,均質化が顕著で,皮膚 附属器は減少ないし萎縮し,強皮症に一致する 所見であった◎また左中指皮膚の病理組織学的 所見も同様であった。 治療:以上の如く,本症例は,臨床,組織, 検査所見などより典型的なPSSであった。治 療は,手指の保温を励行させた他に,プロスタ グラソジソE1の点滴静注,エラスチーム,ユ ベラN,エンピナース,チオラ,ビソルボソ, フスタゾール,シナールの内服,また手指の潰 瘍部には抗生物質軟膏の外用を行なった結果, 指揮潰瘍は次第に上皮化した。 胃病変に対する治療と経過:胃の陥凹性病変 に対しては,ただちに内視鏡検査を施行し,そ の結果,早期胃癌Hc型,組織学的にはpoorly di晩rentiated adenocarcinomaの診断を得たの で外科的治療を予定した。ところが,胃切除を 勧めた頃から,患者に被害妄想があらわれ手術 を強く拒否するに至った。この症状は精神科的 に妄想反応つまりパラノイアと診断されたが, 皮膚科・精神科・外科三者による説得および向 精神薬投与により,1ケ月後,ようやく本人も 手術に同意し,胃全摘術が施行された。術後経 過は良好である。また術後,皮膚症状の変化つ まり増悪あるいは軽快傾向はみられていない。 術後診断は胃癌Borrmann∬型である。第4図 は摘出された胃粘膜の病理組織像を示す。印環 細胞を混じた種々の異型細胞が,避く一部では 固有筋層内に,しかしそのほとんどは粘膜内に 限局してみられ,組織学的にはsignet ring cell carcinomaであった。また粘膜下組織では 飾rosisが著明であったが,腫瘍部位以外と比 較できないので,これらの所見がPSSと関係 があるのか,あるいは腫瘍による二次的変化な のかは断定できなかった。尚,CEA(Carcino− embryonic A撹igea)は陰性であった。 考 按 本症例はPSSに胃癌が合併し,胃癌の発見 を契機に妄想反応がみられたものである◎以 下,PSSと内臓悪性腫瘍の合併について考按を 加える。 本邦において,強皮症と悪性腫瘍の合併例報 告はきわめてまれである。森田ら1)は,1964年 より1970年に至る6年間の日本病理剖検輯報を 検索,剖検によりPSSと確認された90例のう ち,新生物の合併はわずかに肺癌のi例のみで あり,PSSに新生物が合併することは極めて少 ないと述べている。 また那須ら2)は,1958年から1973年一までの16 年間にわたり,日本病理剖検輯報に報告された PSS, DMおよび多発性筋炎3疾患と悪性腫瘍 合併例について統計的観察を行なっている(第 2表)◎彼らによると,PSS 234例中悪性腫瘍 合併例は13例(5.6%)であり,それらの臓器別 内訳は,胃癌1例,肺癌4例,その他,食道, 甲状腺,肝,膵,卵巣,乳,子宮,皮膚などで ある◎ 第2表 本邦における強皮症と悪性腫瘍の合併 (1958−1973奪)那須ら2) 強 皮 症 純増筋炎 多発性筋炎 剖検数 234例 !55例 50例 悪性腫瘍合併例数 13例( 5.6%) 53例(34,0%) 5例(10.0%) 強皮症に合併した悪性腫瘍の内訳
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第3表 Mayo clinicにおける強皮症と悪性腫瘍 の合併(1959−1975年)Duncanら3) 強皮症 2141例 悪性腫瘍合併例 78例(3.6%) 強皮症に合併した悪性腫瘍の内訳 Breast !8例 G−Itract 12 鍵膿溜a)・・ Cerv呈x Lung B三adder Ovary UterUS ilP…t・t・ ll Tonsil lV・1・・ /R・n・正 10 i Pancreas
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3 3例 2 2 1 ! ! I ! 一方,外国での報告では,Duncanら3)によ る1959年忌ら1975年までの!5年間にわたる Mayo cliRicにおける統計的観察がある(第3 表)。それによると強皮症(これにはPSS,限局 性強皮症および食道の変化を主体とするeso− phageal sclerodermaの3グループをすべて含 む)2141名のうち,78名(3.6%)に重複,三重 複を含めて87の癌が合併し,その内訳では乳 癌,子宮癌,卵巣癌がめだつが,これはPSS 自体女性が多いためであることから,癌の種類 による頻度は一般のそれと同じであり,合併例 の68%は強皮症罹患後3年以内に悪性腫瘍の発 生をみたとされている。また強皮症の病期によ る合併頻度の特徴もなかったとしている。 一般的に,PSSと悪性腫瘍との関係には次 の3つが挙げられる%すなわち①PSSの病変 を基盤iとして悪性腫瘍の生じるもの。②全身的 な免疫力低下によるもの◎従ってPSSの病変 とは無関係にどこにでも生じうる。③Carci− noid, multiple lnyelomaのように,悪性腫瘍に よりPSS様症状がひきおこされるものである。 PSSに合併する肺癌,とりわけ肺胞上皮癌は① であり,自験例における胃癌は,PSSがはるか に先行している事実より②に相当すると考えら れる◎ ところで皮膚筋炎に悪性腫瘍が合併すること はよく知られている。合併の頻度は諸家により まちまちであり,6%から52%までとされてい る。一方,PSSでは合併頻度は3%から7%と され,皮膚筋炎程高頻度ではないにせよ,単な る偶発とするよりも頻度が高いと一般に考えら れている様である。 しかし病因論的にPSSと悪性腫瘍との合併 については,何もわかっていないのが現状とい える。わずかに森田ら1)は,PSSと肺癌との合 併例に関する世界の報告をまとめ,組織学的分 類上,肺胞上皮癌がきわだって多いという結果 を得たことから,PSSの一環としての肺線維症 と,肺癌の発生の仕方に何らかの関連があるの ではないかと推測,Monti5>も同様な考えを述 べている◎ ちなみに我々は,未発表ではあるが,乳癌を 伴ったPSSの1例をも経験している◎ 本研究の一部は夢厚生省特定疾患強皮症調査 研究班(班長:石川英一)の助成を受けたこと を附記し,関係各位に感謝いたします◎ ︶ 1 ︶ 2 ︶ 3 ︶ 4 ︶ 5 文 献 森田 寛,鈴木修二二:全身性強皮症と新生物. 内科,32,1129−1132,1973. 那須 毅,発地雅夫,酒井康弘,菅沼龍夫:強 皮症・皮慮筋炎および多発i生筋炎の本邦剖検例 における統計的観察(第3報).厚生省特定疾 患,強皮症,皮慮筋炎,および多発性筋炎調査 研究班,昭和50年度研究業績,46−50,1976. Duncan, S. C. and Winkelmann, K。:C撒cer and Sclαoderma. Arch. DcrmatoL, U5,950− 955, 1979. 嘉月 博,工藤昌一郎,前川嘉洋:直腸癌を合 併したProgfessive systemic sclerosisの1例. 臨皮,39,303−306,1985. Monti, M・:La sc16rose syst6mi磯ue progressi、ノ。 (sc16rodermie>associ6e au cancer pulmonairc・ Sdユweiz. Med. Wschr.,103,1023−1030, i973.Scleroderma and Internal IN{alignancy
Yasuharu Nakabayashi and Yoshiaki Hori DePartment of Dermatology. Yama・nashi Medical College
A 60-year-old woman with progressive systemic sclerosis associated with gastric cancer is reported. She developed cancer after an eighteen-year history of scleroderma. Histological examination of the excised stomach specimen revealed sigRet ring cell carcinoma. Reports of the coincidence of malignancy ancl scleroderma 1}ave been inconclusive. Although the incidence o£ cancer with scleroderma is less than that with dermatomyositis, many investigators believe that the relationship is more than coincidental.