Title
『アセンズのタイモン』研究 : 神から獣へ
Author(s)
川本, 真由子
Citation
大阪府立大学紀要人文・社会科学 = Bulletin of the
University of Osaka Prefecture Series C The Humanities and
Social Sciences, 40: 47-54
Issue Date
1992-03
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10342
『アセ ンズの タイモ ン』研究
一一 神か ら獣へ 一一
川本
其 由 子
『アセ ソズの タイモ ソ』は、E.
K.
チェイ ソバー ズの推定 に よれば シェイ クス ピアの悲劇 の 最後 の もの (1607- 8)である。 そ して この劇が、先行す るとされている二 つの悲劇 『リア王』 (1605- 6)と 『コリオ レ-ナス』
(1607- 8)に、それぞれ非常 に頬似 した要素を含んでいる ことは、容易 に見 て とることがで きる。 しか し、劇全体 と して 『アセソズの タイモ ソ』 は、 『リア王』 が我 々に与 える感動 も、 また 『コリオ レ-ナス』 が与 える種額の感動 も我 々に与 え ない。 この小論 では、 これ らの作 品 との類似点 に注 目しつつ、『アセ ソズの タイモ ソ』 が、真 に悲 劇的感動 を引 き起 しそ こねてい る理 由について考察 してみたい。 シェイ クス ピアの悲劇 のほとん どすべてに見 られ る 「見せかけ」 と 「実体」 の轟難 に対す る 激 しい嫌悪 を、 この作品 も濃厚 に含んでいる。 『リア王』 において主人公 リアは、言葉 を飾 らない末娘の コ-デ ィー リアの本当の値打 ちを 見抜 くことがで きず、姉娘達 の飾 り立てた言葉 を信 じたために、惨 めな境遇 に陥 る。一方、 タ イモ ソも、 自らの富 に群 がる阿訣追従 の輩 を、本物の友情 を持つ人々と思い違 える。 しか し富 の消失 と共 に、信頼 していた人々の本性を知 り、極端 な人間嫌 いに陥 る。 まず、劇 の第一幕 を見てみ よう。そ こでは、 タイモ ソの非常な気前の よさが、友人の身代金 の話、召使 の結婿 の話で呈示 された後、盛大 な宴会の様子が示 され る。 タイモ ソは、その宴会 で、 自分 と、宴会 に招 かれた人々 との間に存在 し七いると彼が信 じている 「友情」 について語 るうち、感動 のあ ま り泣 き出 して しまった りす る (Ⅰ.臼.88-107).I)そ して、その タイモソ と対照的 な人物 と して注 目に値す るのが冷笑家アペマ ソタスであ る。彼 は、第一幕の間、終始 タイモ ソに、"flattery"(「おべ っか」)について警戒 を促 してい る.例 えば、 タイモ ソの と り 巻 きの詩人 を、彼は うそつ きと呼ぶ。 A♪emantw.Artnotapoet? Poet.Yes.A♪
emaniw.Thenthouliest.Lookinthylastwork,wherethouhastfeignedhim aworthyfellow.
Poet.That'snotfeigned;heisso.
AP
emaniw.Yes,heisworthyofthee,andtopaythee forthylabour.Hethatlovestobeflatteredisworthyo'th'皿atterer.
そ して彼は、宴会 に、 タイモソに警告す るために来 たのだ と言 う (Ⅰ.臼.32-33)。 しか し タイモ ソは少 しも耳 を貸 さない。 アペマ ソタスはさらに、大ぜいの人間が タイモ ソを食 い物 に している上 に、本人がそれを奨励 してい るのだから気違 い沙汰 だ と言 う。
A♪eTYumtuS.Iscom thymeat;'twouldchokeme,for Ishouldne'erflatterthee.0 yougods,whatanumtxBr ofmeneatsTimon,andhesees'em not!Itgrievesme toseesomanydiptheirmeatinoneman'sblood;and allthemadnessis,hecheersthem uptoo.
そ して、聞えよが しに辛妹 な食前の祈 りを唱える。 Immortalgods,Icravenopelf', Iprayfornoman butmyself; GrantImayneverprovesofond Totrustmanonhisoath orbond,
Oraharlotforherweeping,
Oradogthatseemsa-sleeping,
Orakeeperwithmyfreedom, OrmyfriendsifIshouldneed'em. Amen. (I.ij.37-41) (Ⅰ.臼.60-68) アペマソタスは、『トロイ ラスとク レシダ』 に出て来 る、物事すべてを唯物論 的な、没理想主 義的 な視点 か ら眺 め るサーサイテ ィ.-ズに酷似 している一方で、『リア王』 に出て来 る道化 に も似ている。 もっとも、 リアに仕 える道化は、 リアが姉娘連の孝心 を述べたて る言葉を信 じて、 王国をすべて譲 り渡 して しまった後 、零落 した リアに荒野 まで付 き添 いなが ら、折 にふれてそ の愚行への反省 を促す。一方、アペマソタスは∴ タイモ ソが栄華 の頂上 にい る時 か ら傍 らにい て、警戒 を促す。その相違 はあるものの、二人共、「見せかけ」 を額面通 り受 け取 る傾 向のあ る主人公の側 にいて、その愚か さに言及す る。 アペマ ソタスの警告 に もかかわ らず、 タイモソは、人 々の友情 の誓 いを信 じきってい る。 「ご馳走で得 た友 はす ぐにな くな ります」2)("Feast-won
,
fast-lost"ⅠⅠ.臼.177)と、忠実 な 執事 の フレイヴィアスが現実 を見抜 いてい るのに対 し、 タイモ ソは 自信 た っぷ り、「わ しが 自 分 に寄せ られる友情の入れ物の口をあけ、借財を申 し入れてその中身をためそ うと思えば、ち ょ うどお前 に用 を言いつけるように、人々のか らだで も財産で も、自由に使 うことがで きるのだ」 (ⅠL ii.183-186)と言 う。 続 く第三幕は、それが どれほど誤 った認識であるかを、困窮 した タイモソが、人々に借金 を 申 し込 んで は断 られ ることで見せつける。 タイモ ソは憤激 し、後 にアペマ ソタスが、「お前 は 人間性の両極端 だけを知 ってて、中庸 を知 らないんだ」
(Ⅳ.iii.303-304)と呆れ るように、 アテネ人 な ら誰で も歓待 した極端 さで もって、今度はすべてのアテネ人 を、 さらには全人額 を 呪 うようになる。 タイモ ソは、最後 にもう一度宴会 を開 き、人 々を招待す る。そ こでの料理 は湯 と石 ころだけであ り、 タイモ ソは皿 の湯 を客人達の顔 に投げつけて悪罵の限 りをつ くす。 ThisisTomon'slast,
Who,stuckandspangledwithyourflatteries,
Washesitoff,andsprinklesinyourfaces
Yourreekingvillainy.[th7・Om'ngthewaterintheirfaces]
Liveloathedandlong,
Mostsmiling,smooth,detestedparasites,
Courteousdestroyers,affablewolves,meekbears, Youfoolsoffortune,trencher-friends,time'sflies, Cap-and-kneeslaves,vapours,andminuteJacks! Ofman andbeasttheinfinitemalady
Crustyouquiteo'er!What,dostthougo?
● ● ● ● ● ●
Bum house!sinkAthens!henceforthhatedbe OfTimonmanandallhumanity!
(lII.vi.89-98,103-104) タイモソは、劇 の冒頭で、画家の持参 した絵 を見て、「絵 はあ りがたい。絵 に措 かれた人物 こそあるがままの人間だ と言 っていい。 とい うのは、生 きている人間は とか く不正直 によって 本性 をゆがめ られ、見せかけだけになってい るか らね。絵 に描かれた人物 は、そ こにあるとお りの表裏 のない人間だ
」
(Ⅰ.i.159-163) などと、人間の表裏 について言及す るに もかかわ らず、 自分 が友人 だ と信 じ込 んだ人 々の見せかけを見抜 くことがで きなか った。「一度 ご用 を 勤め る光栄 をお与 え下 さい ます よ うに‥.」
(Ⅰ.臼.84-87)などといった言葉 が何 ら実体 を反 映せず、 また何 ら現実 に対す る拘束力を持 たない ことに気がつかなかった ところに、彼 の誤 ち はある。 しか し、別の文脈では、言葉 は拘束力を持 つ場合がある。それは、 タイモソが人 々に贈 り物 を約束 した時である。 フレイ ヴィアスは、 タイモ ソが次々に人々に約束 をす ることを嘆 く。Hispromisesflysobeyondhisstate
Thatwhathespeaksisallindebt
,
heowes Foreveryword. (Ⅰ. 臼.201-203) アぺマソタスも、 タイモ ソがあま り人 に贈 り物をす るので、やがては 自分 自身の体 まで約束手 形 に して人手 に渡 して しま うのではないか と危ぶむ (Ⅰ.ij.249-251).中世 の封建領主の面 影 を持つ タイモ ソにとっては、言葉はその意味す るものと同価である。 フレイ ヴィアスが心配 す るの もそ こで ある。 自分の領地 がすべて抵 当に入 っているときか されて信 じられない タイモ ソに、 フ レイ ヴィアスは、「世界 はただの一言で ございます」 と言 う。Timm.ToLacedaemondidmylandextend.
FZazn'us.
o
mygoodlord,
theworldisbutaword; Wereitallyourstogiveitinabreath,
How quicklywereitgone!自らの約束 を重 んず るタイモ ソにとって、他者 にあっては、言葉 とい うものがか くもその意味 す るもの と乗離 しうるとい うことは想像 も及ばなか ったのだ。 以上、見て きた ところによれば、 アセ ソズの人々は明 らかに、商業主義 に毒 された金 の亡者 であ り、信義 に うす い冷酷 な人々である。 その ような人々を、なぜ タイモソは友人 と思 い誤 っ たのだろ うか。 次に、その点 を 『コ リオ レ-ナス』 と比較 しなが ら考 えて見たい と思 う。 さて、 タイモ ソは、欺晴 と忘恩 に よって人間不信 に陥 り、全人類 を呪誼す るよ うにな るとい う転落の軌跡 の点で リアと似 ている.その一方で、 タイモ ソはまた、社会 とのかかわ りの点で コ リオ レ-ナスを思 い起 こさせ る。 しば ら くその額似 を探 ってみ よう。 タイモソもコ リオ レ-ナス も、一見、一 つの徳 に優れた人間である。前者 はその気前 の よさ が、後者 はその勇猛 さが傑 出 してい る。 しか しコリオ レ-ナスが、戦場での勇猛 さにおいて人 間離 れ していた よ うに、 タイモ ソが他人 に贈 り物 をす るや り方 には、 どこか常軌 を逸 した もの が感 じられ る. 人 々は、 タイモ ソは 「恩恵 の化身
」
("thevery soulofbounty"Ⅰ.
ii.214) だ、 タイモ ソに贈 り物 をすれば必ず七倍 に して返 して くれ ると言 う。I Ldld.
-Come,shallwein,
AndtasteLordTimon'sbounty?heoutgoes Theveryheartofkindness.
2Lwd.Hepoursitout.Plutus,thegodofgold,
Isbuthissteward;nomee°,butherepays Sevenfoldaboveitself.,nogifttohim Butbreedsthegiveraretum exceeding Alluseofquittance. (I.i.276-284) また、 も し 「馬 を売 って、いまのよ りず っとま しなやつを二十頭 も買いたけ りや あ、 もちろん 自分 の馬 を タイ モ ソにやればいい
」
(ⅠⅠ.i.7- 8) と、あ る元老院議員 は言 う。 タイモソほ また、負債 が返せず に投獄 された ヴェソテ ィデ ィアスの身代金を出 してや るが、 さて ヴェソテ ィ デ ィアスがその金 を返 しに来 た時、「あなたはわた しの友情 を誤解 してお られ る」 と言 って、 受 け取 ろ うと しない。youmistakemylove; Igaveitfreelyever,andthere'snone Cantrulysayhegives,ifhereceives.
(Ⅰ. 臼. 9-ll) そ して タイモ ソは、真の友情 ("truefriendship") のあ るところでは、礼儀 な ど無用 だ、客 を迎 える喜 びは富その ものを迎 える以上 の喜 びだ、 と言 う (Ⅰ.臼.15-20).
助 け上 げただけでは足 らぬ。 その後 も扶養 して上げ るのが当然 だ
」
(Ⅰ.i.
1
1
0-1
1
1
)
と、 ア セ ソズとい う社会 のパ トロソを 自認 してい る。 タイモソは、いわば アセ ソズを相手 に、 自分の 理想 とす る人間、す なわち無償 の愛で援助 を与 えるとい う点で、神 に近 い ものを演 じていたの だ と言 って よいだろ う。 しか し彼 の財政が破綻 をきた した時、彼はは じめて与 えるのではな く、 受 け取 るとい う行為 を しよ うとす る。 その時 には彼 はまだ、 自らの寛大 さの徳 で もって、互 い の財産 まで 自由に使 え る、理想 の友情 の王国を築 き上 げた と信 じていたのだ った。 しか しそれ は全 くの一人芝居 であ った ことが判 明す る。 フ レイ ヴィアスが指摘 した よ うに、 タイモ ソは単 に、友情 の見せかけを金で買 っていたに過 ぎない。 フ レイ ヴィアスは言 ったのだ った。Heavens
,
haveIsaid,
thebountyofthislord! How manyprodigalbitshaveslavesandpeasants Thisnightenglutted!WhoisnotTimon'S?Whatheart,head,sword,force,means,butisLordTimon'S? GreatTimon,noble,worthy,royalTimon!
Ah
,
whenthemeansaregonethatbuythispraise,
Thebreathisgonewhereofthispraiseismade.(ⅠⅠ.臼.170-176) 借金 を断わ られて、夢 か ら覚 めた よ うに 自らの行為の実体 に気づいた時、彼 の内部 に、忘恩の 徒 に対す るばか りでな く、 自分 自身-の憎 しみ と軽蔑 が湧 き上 って くる。従 って、 アセ ソズを 去 って森 で孤 独 に暮 らす タイモ ソが、呪 いの長広舌 の中で しば しば "prostitution" とい うも のに言及す ることも理 由のない ことではない。 とい うの も、人 は娼婦 に金 をや って愛 のみせか けを買 うか らだ。 そ してそれは、 アセ ソズの寵児 ともてはや されていた タイモ ソが、気づかず にや っていた ことと本質的 には同 じであ る。 タイモ ソは、その呪誼 の中で、 アセ ソズが、そ し て人間全体 が産婦達 の病毒で苦 しめ られ ることを乞い願 う
(
Ⅳ.
iH.
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ところで、 コ リオ レーナスが、戦場 で数 々の武功 を うちたてたのは、 ローマを愛 していたか らではな く、 自己表現 の欲望 に駆 りたて られていたか らだ った。3)タイモ ソの場合 も、事情 は それほど変 ってはいない よ うに思 われ る。彼はアセソズを真 に愛 してい るか らではな く、 アセ ソズの社交界 の、寛大 な擁護者 と しての 自己を気 に入 っていただけであ り、彼 自身の富がその 役割 を支 えて くれ、人 々がその役割 を受け入れて くれ る限 り、心満た されていた。 タイモソが、 アセ ソズの人々の価値 に従 って彼 らを愛 し、富 を分け与 えていたのでない ことは、その過度で 無差別 な与 え方 が示唆す るところである。 イー グル トソも言 うよ うに、それは一種 のエ ゴチズ ムであ る。4) 彼 らの行動 は、両者 とも、 自己 自身 のためであった。 に もかかわ らず彼 らは、それぞれの社 会が、彼 らの期待す るよ うな報 いを与 えない時、その忘恩 に憤 る。 そ して コ リオ レ-ナスは、 自らローマを攻 め、 タイモ ソは同 じくアセ ソズに うらみを持 ち、 アセ ソズに進攻 しようと して い るアル シバイアデ ィースをけ しかけ る。 そ して もちろん、彼 らの、それぞれの社会への憎 し みは、それぞれの社会への依存 を、 よ り正確 に言 えば人間社会 における自己表現-の執着 を物 語 るものにはかな らない。5) 自己表現 への執着 について さらに言 えば、 タイモソの常軌 を逸 した気前の良 さは、外部 か らはいかに滑椿 に見えようと、彼の内部の要請、すなわち自己表現 の欲求 に従 った結果で あった と思われ る。 タイモ ソの堰吐 は、社会の中での 自己表現 とい う、やみ難 い欲望 を生れなが らに 内部 に植 えつけ られてい る、人間存在その もの-の堪吐だ と言 って もいい。その欲望は、人間 にとってはほとんど生への欲望 と同価である。生 きている限 り、 自己表現-の渇望 の火は消 し 難 いのではないか。 ここか ら、 タイモ ソの生-の呪い、 自らを も含めて全人類の滅亡-の願望 が噴 き出て来 る。 タイモ ソは、 自己表現の焼けつ くような渇 きを知 らない獣 たちの住む森 に姿 を隠す。彼の死はおそ らく、 自己表現の欲求が出口を閉ざされ、内部から生命 を破壊 して しまっ た結果だ と思われ る。 この劇 のテーマは、 自己表現 とい う呪いを生れなが らに背負わ されてい る人間の悲劇的状況であると言 うこともで きるだろ う。 ⅠⅠⅠ さて、 タイモソのアセ ソズに対す る呪誼 と、荒野へ さまよい出た狂乱 の リアの、世界 と人間 全体 を呪 う叫び とは、その激 しさにおいて似か よってい る。 タイモ ソは森 に住むためにアセ ソ ズを去 るにあた ってふ り返 り、混乱 と疫病が市全体 にふ りかか り、すべてのアセ ソズ人 を滅 ぼ す ようにと呪 う。そ して、上下の別な く、人間族全体 に対す る自分の憎 しみが 日ごとに増大す るように、 と神 々に祈 る。
Letmelookbackuponthee.0 thouwall Thatgirdlesinthosewolves
,
diveintheearth,
AndfencenotAthens.Matrons,
turnincontinent. Otndiencefailin children.Slavesandfools Pluckthegravewrinkledsenatefrom thebench, Andministerintheirstea°s.…Pietyandfe
a
r,
Religiontothegods,peace,justice,truth,Domesticawe,night-rest,andneighbourhood,
Instructiorl,manners,mySteriesandtrades,
Degrees,observances,customsandlaws,
Declinetoyourconfoundingcontraries,
Andyetconfusionlive.Plaguesincidenttomen, YourpotentandinfectiousLeversheap
OnAthens,ripeforstroke.
Thegodsconfound-hearme
,
yougoodgodsal 1-Th'Atheniansbothwithinandoutthatwall. Andgrant,
asTimongrows,
hishatemaygrow Tothewholeraceofmankind,
highandlow. Amen.(
Ⅳ.
i.1-6,15-23,37-41) そ して獣 の ように木 の根 を食 べ、人間を避けて暮 しているタイモ ソのところ-、冷笑家 アぺマソタスをは じめ、何人かの知人 が来訪す る。 しか しタイモソは、彼の現実の零落 に涙す る忠実 な執事 の フ レイ ヴィアスにはほろ りと し、お前は人間の中でただ一人 自分 の憎 しみ を免れ た ("thou redeem'stthyself"Ⅳ.ⅠⅠⅠ.502-503)と言 うものの、その人間嫌 いは到底癒 されず、 他の来訪者すべてを呪 い、追い払 って しまう。そ して海辺に自分の墓 を掘 って死ぬ。 『リア王』では、主人公 リアは、人間性に潜む悪に、いた く傷つ き、人額全体 を呪 うが、 コ二 デ ィー リア-の愛 がその救 い とな っている。 リアは、荒野をさまよ ううち、 自らも罪深 い人間 であ ること6)、少 な くともコ-デ ィー リアには不正な ことを した と悟 り、やがて、「いやいや 牢屋へ行 こう、ふた りだけで篭 の中の鳥のよ うに歌お う。そなたがわ しに祝福 を頼む時 に、わ しは膝 をついて還 して くれ とそなたに頼 もう
.
.
.
」
(V.hj. 8-19)7)と、俗世界の価値観 を 超越す る視点 を、垣間見 ることので きる洞察力を示す。 もちろん、 「リア王」全体 は、終末の コーデ ィー リアの絞殺 によって晴海 とは しているが、少な くとも主人公が自身の内部 に、社会 的 自己ではな く、宗教的 とで も呼べそ うな自己が生存 しうる、新 しい価値の世界 を発見 しつつ あった とい うことで、 まだ しも瞭 さを減 じられている。 『コリオ レ-ナス』 においては、主人公は自らの母親 に脆 かれた時 に、親 が子 に脆 くその光 景が "unnatural"であ ると衝撃 を もって実感 した ことを契枚 と して、個人 を も社会 を も超 え る、宇宙 を支配す る秩序 の ような ものの存在 を直観す る。そ して、 自己 と社会 との葛藤 にかま けていた主人公 は、それ らを超越 した存在を感知す ることによって、世界 と和解す ることがで きる。8) 『アセ ソズの タイモ ソ』 に戻 ると、 タイモ ソを無私 に愛 した人物 と して、忠僕 フ レイ ヴィア スがい るものの、 コーデ ィー リアのよ うに、主人公の人間性への幻滅 を癒す ほどの力は与 え ら れていない。 また、『コ リオ レ-ナス』 におけるように、人間 を も、社会を も超 える視点 は導 入 されていない。 タイモ ソは、栄華 か らの転落か らその孤独 な最期 まで、外界 と隔絶 した まま ついに、 リアが経験す るよ うな他者 との 自我の境界線 が溶けてな くなるような和解の感覚、あ るいは コ リオ レーナスが持 つ よ うな、宇宙の秩序 とい った人間 よ りは るかに偉大 な ものへの直 観 の体験 を与 え られていない。人間社会における葛藤 を経たあとの、そ うい ったいわば卑小 な 個の殻 を脱 ぎ捨 て る感覚、体験 こそが、悲劇 の主人公連 を並みの人間以上の ものにひき上げ る のではないか。そ して悲劇 の持 つ感動 とは主人公が、た とえ束の間 にせ よ、狭 くは他者 との融 合の体験 によって、広 くは何 か偉大 な ものを実感す ることによって、 自我 の閉鎖性か ら脱却す るのを 目のあた りにす るところか ら来 るのではないか。 しか しタイモソは、 アセソズに君臨す るいわば 「地上 の神」9)と しての地位 か ら転落 し、 自己を も含めて人間全体 を呪 い憎む、傷 つ いた獣の ような精神状態 にとどまった まま一生を終わ る。神 を摸 そ うとした タイモソは当然予 測 しうるように挫折 した. しか しこの試みは滑椿であるとともにどこか痛 ま しくも一笑 に付す べ きでない ものを含 んでい る。 とい うのは、世のアペマソタス連 がいかに噸笑 しようと、本来 の 自己 よ り何か よりす ぐれた ものであろ うとす る人間精神の運動はそれ 自体 は軽蔑すべ きもの ではないか らだ。 が、 ともか くタイモ ソは自己表現の欲望の挫折 によって傷 つ き、その欲望 を 押 し殺 した結果死 に至 る。 その欲望 を持たない獣 ならば、森 に住み木の根 を食 べて平穏 に暮 し て行 けたで あろ う。 しか し人間であるタイモ ソにはやは りそれは無理であった と思われ る。以上見 て来 た よ うに、『アセ ソズの タイモ ソ』 は、主 人公 の絶 対的 な もの を求 め る熱情 的 な 性格 、常軌 を逸 した と言 えるほ どの理想像 の追求 とその結果 と しての社会 との暮藤 な どの点 で あ る時 は 『リア王』 を思 わせ 、あ る時 は 『コ リオ レー ナス』 を思 わせ なが ら、ついに両者 が与 え る感動 の深 さには及 ば ない。 『アセ ソズの タイモ ソ』 には人間 とその社 会 しかな く、それ を 超 え る視 点 が示唆 されていない。 そのいわば救 いのない閉鏡性 が、他 に も要 因 はあ るにせ よ、 この劇 が偉大 な悲劇 とな る可能性 を秘 めなが らそ うな りえていない一 つの大 きな要 因で あ ると 思 われ る。 そ して それは同時 に、社会 の中での 自己表現 とい うテーマ に対 す るシェイ クス ピア の関心 と苦悩 の深 さを物 語 る もの にはかな らない と思 われ る。 注
1) J.C.Maxwell(ed.),Timm ofAthens[TheNew Shakespeare](London:Cam bridgeU.P., 1957)。以下、 「アセソズのタイモソ」からの引用あるいは行数の指示はこの版による。
2) 日本語訳は、八木毅訳 『アセソズのタイモソ』 〔シェイクスピア全集 8〕 (筑摩書房、1967年)に よる。
3) TerenceEagleton,ShakespeareandSociety (London :Chatto
&
windus,1967),pp.98 -122参照。4) TerryEagleton,Wl'lliam Shakes♪ewc(Oxford :BasilBlackwell,1986),p.84.
5) G.K.Hunter,"TheLastTragicHeroes"inLaterShakespeare(London :Edward
A
mold, 1966),p.14参照。6) G.K.Hunter,
o
P.
cit.,p.130
7) 行数指示 は、Kenneth Muir (ed.),King Leaf[TheArden Shakespeare](London : Methuen,1972)による。 また、 日本語訳は、斎藤勇訳 「リア王」 (岩波書店,1974年)を参照 し
た。
8) 詳 しくは、拙論