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(安田賞)受賞論文

提供精子・卵子・胚による生殖補助医療(ART)によって生まれた子の心理と社会的支援の在り方

―― 非配偶者間人工授精(DI)児に焦点を当てて ――

!.はじめに

∼ビル・コードレイ氏の父親探し∼

『つくられる命:AID・卵子提供・クローン技 術』(坂井律子・春日真人,2004,日本放送出版 協会)に次のようなエピソードがある。 非配偶 者 間 人 工 授 精(Artificial Insemination with Donor’s semen:AID)によって生まれたア メリカ人のビル・コードレイ氏は、およそ20年間 「父親探し」を続けている。同書の中で、彼がド ナーを知りたい理由について、こう記されてい る。: ビルさんは昔からずっと、知らない誰かに付 きまとわれている感じ、父親以外の誰かが家 の中にいる感じがするという。その存在を自 分の一部のように感じることもあるが、主体 は全く分からない。ずっと自分につきまとっ ているその存在が誰なのか、知らないで済ま すことは考えられないのだと語る。(p.34― 35) 彼にとってドナーを知ることは、これまで否定し てきた自分を好きになる為に必要なことで、心の 深いところから湧き上がる欲求であった。 近年 AID で生まれた子どもの父親探しは世界 中で広まりを見せており(小笠原,2005)、AID で生まれた日本人男性の葛藤を取り上げた新聞記 事も見受けられるようになった(岡崎,2003)。 このように、第三者からの精子・卵子・胚の提 供 に よ る 生 殖 補 助 医 療(Assisted Reproductive Technology:ART)を受けて誕生した人が、自分 の出生の事実を知ったとき、その衝撃は計り知れ ないものだ。当事者本人が自分のルーツを知りた いと動き出していることからも、この権利が保障 されることがどれほど重要かは想像に難くない。 しかし「出自を知る権利」を単に保障するだけで は、足りないのではないか。そこで本稿では、第 三者からの精子・卵子・胚提供による ART で誕 生した子どもの心理的側面について、特に AID で生まれた子どもに焦点を当てて考察する。な お、日 本 で は 提 供 精 子 に よ る 人 工 授 精 を AID (Artificial Insemination with Donor’s semen)と 略すが、近年欧米では DI(Donor Insemination) とする方が一般的になっている。これは AID と いう表記が AIDS との混乱を招き、Artificial とい う言葉が「人工的に子どもをつくる」という印象 を与えるため、当事者間では DI の方が好まれる からである(非配偶者間人工授精の現状に関する 調査研究会,2003)。従って本稿においても以降 は AID を DI と表記し、DI によって生まれた子ど もは「DI 児」と表現する。 本稿は DI 児の心理的側面で抱える問題につい て書かれた文献7つ及び2005年11月26日に東京で 開催された、DI Offspring Group(非配偶者間人 工授精で生まれた人の自助グループ)設立記念講 演会「子どもが語る AID」の内容を分析し、その 上で彼らに対する社会的支援の妥当性とそのあり 方を考察することを目的とする。この研究は、と もすれば大人の都合に偏りがちな ART の現状に 一石を投じ、見えざる当事者である子どもに目を 向け、私達の子どもの価値・生命の誕生に対する 姿勢を問い直すことになるものと考える。

".子どもを欲しがる親

1.不妊治療の現状 矢内原・北村・杉村・鈴木(2000)によると、 現在推計で28万人から30万人の人が何らかの不妊 October 2006 ―173―

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治療を受けていると推測され、日本のカップルの 10%∼15%が不妊に悩んでいるといわれている (金城,1996)。不妊治療は、男性、女性それぞれ の不妊の原因となるものを治療し、自然に妊娠が できるようにすることを目指す(小笠原,2005)。 しかしこの治療には多くの時間と費用がかかり、 精神的・身体的苦痛も大きい(矢内原・北村・杉 村・鈴木,2000;伊藤,2004)。それでも不妊治療 を望むカップルは後を絶たない。どうして不妊患 者はそこまで「自分の子ども」にこだわるのか。 2.現代における子どもの価値 少子高齢化が進む現代の日本では出生数が年々 減少し、2003年の出生総数は1,123,610人である (内閣府,2004)。少子化の背景には女性のライフ スタイルの変化や社会システムの不備、経済的負 担など様々な問題があると指摘されている。さら に医学の発展により、私達にとって子どもは「授 かる」ものから「つくる」ものに変化していった (柏木,2001)。このような現代において、子ども の価値はどのように捉えられているのか。 「子どもをもって一人前」という風潮が強かっ た時代、子供を産み、次世代へつなげることは社 会的な務めであると認識されていた。しかし個人 志向の高まり、女性の高就業率などから、子ども の価値はこれまでの絶対的価値から、自分の希望 するライフスタイルと照らし合わせて、子どもを 持つことがマイナスになりはしないかを見極めて 子を産もうとする、相対的価値へと変化している (柏木,2001)。子どもを持つことが個人の選択の 一つとなった現代において、不妊の人々を治療に 駆り立てるものは何なのか。 3.なぜ不妊患者は子どもを欲しがるのか 柘植(1996)は、不妊患者がなぜ子どもを欲し がるのかをジェンダーの視点から論じている。こ の調査によると、不妊のカップルを苦しめる理由 の一つに、依然として根強い社会的圧力がある。 自分が不妊であることが自分の身体に対する欠損 感、否定感をもたらし、自己の文化的・社会的存 在としての「女」のアイデンティティを獲得でき ない。これらの要素が複雑に絡み合って、不妊治 療への動機付けにつながっている。 また、配偶子・胚の提供を第三者から受ける か、血縁者から受けるかで意見が別れ、ここには 「イエ」の存続を重視する、日本の伝統的な価値観 が影響していることが窺われる(久慈ら,2000; 山縣・星・平田・武田,2003;詠田ら,2004)。 4.子を持つ権利と子どもの人権 子を持つか否かは、近年では極めてプライベー トな問題として捉えられ、生殖の自由・権利はプ ライバシー権の一つとされている。金城(1996) は、この権利は全ての人に平等に保障されるべき で、不妊治療や ART は公の福祉に反しない限り において利用されなければならないとし、掛江 (2001)は ART を受ける権利は子どもを持つ権利 の延長線上に位置づけられるとしている。 子 ど も の 権 利 と 大 人 の 権 利 に つ い て、掛 江 (2001)は ART に関する自己決定は本来の当事者 である子どもに代わって、親が代諾するとしてい る。インフォームド・コンセントの「人為的介入 から発生する可能性のあるリスクを直接的に引き 受ける者が、その行為の同意権者である」(掛江, 2001,p.169)という考え方からすると、ART の インフォームド・コンセントに同意すべきは生ま れてくる子どもが最も妥当であるが、ART を受 ける際には子どもはまだ存在していないので、親 が代諾をする事になる。しかし存在しない者の代 諾によって子が生まれるか否かを決めるというの は、理論的に矛盾する。 以上のことを考えると、結局のところ ART を 受ける際の決定はカップルに委ねられるしかな い。生殖医療の倫理や権利について考えるとき最 も難しいのは、そのことによって新たな命の生死 が左右されてしまうことだ。ヒト胚は人格ではな いという考え方もあるが、将来的にそうなる可能 性を含んだ存 在 で あ る(加 藤・飯 田,1998;加 藤・加 茂,1998)こ と か ら も、ART を め ぐ る 大 人の権利と子どもの権利は、慎重に議論されるべ き問題である。

!.生殖補助医療(ART)の現状

1.ART の定義と分類

ART(Assisted Reproductive Technology)は生

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殖補助技術・生殖補助医療・生殖補助医療技術な どと訳される。自然の状態で生殖現象が行われな い場合に、補助的な技術を導入することによっ て、人工的に受精から妊娠・出産までを成功させ るための技術や、その医療行為を意味する(小笠 原,2005)。不妊治療の中に ART を含める考え方 もある(足立,2003)が、不妊治療はあくまで不 妊の原因に焦点を当てて治療を行うものであり、 ARTとは目指すものが異なる。従って、本稿で は ART を不妊治療によっても妊娠をすることが 出来ない場合に子どもを得るための行為として、 不妊治療の次の段階に位置づける。 武谷(1999)による と、ART は 技 術 の 種 類 か ら、人工授精(Artificial Insemination:AI)、配偶 子卵管内移植(Gamete Intrafallopian Transfer: GIFT)、体外受精―胚移植(In Vitro Fertilization and Embryo Transfer:IVF―ET)、顕微授精の4つ に 大 別 さ れ る。な お、非 配 偶 者 間 人 工 授 精 (Artificial Insemination with Donor’s semen :AID)

は AI の 一 種 で あ る。ま た、武 谷(1999)で は ARTには分類されていないが、第五に代理懐胎 がある。これは「不妊夫婦の妻に代わって第三者 の女性に懐胎・出産してもらうこと」(小笠原, 2005,p.17)で、これら ART の技術は着床前診 断などの周辺技術と結びつき、生まれてくる子供 の重篤な障害を持つ可能性を排除する事が出来る 等、遺伝子操作により自身の望む子供を「創る」 事が可能になった(小笠原,2005)。 2.ART 発展の歴史と現在の実施件数 精子や卵、妊娠のメカニズムに焦点が当てられ た研究は近代から行われ、それを基盤にヒト以外 の哺乳類を対象にした ART の研究が18世紀中ご ろか行われるようになった(武谷,1999)。この ARTの歴史において大きな転換期となったのは、 1978年イギリスでの初の IVF―ET による子ども、 ル イ ー ズ・ブ ラ ウ ン の 誕 生 で あ る。こ れ 以 降 ARTの発展は目覚しく、様々な技術が開発され ることになる(青野,2002)。 日本産婦人科学会の報告によると、1999年に ARTによって誕生した子どもの数は11,929人で (日本産婦人科学会,2001)、この年始めて ART による出生児数は全出生児数の1%を超えた(青 野,2002)。そして ART による出生児の数は上昇 し、2003年には17,400人が ART によって誕生し ている(日本産婦人科学会,2005)。この年の全 出生児数に占める ART による出生児数の割合は 1.5%に達し(日本産婦人科学会,2005;内閣府, 2004)、ART 児累計出 生 児 数 は117,589人 に 上 る (日本産婦人科学会,2005)。少子化の進む日本に おいて、この数字は決して小さいとはいえない。 そして、この新しい技術の発展には技術的・法 的・倫理的問題も多く指摘されている(菅沼, 2001)。 3.ART の抱える諸問題 ① 技術的問題 ARTは不妊症のカップルにとって福音であっ た(柏 木,2001)。彼 ら の 思 い に 応 え る よ う に ARTの 実 施 数 は 年 々 増 加 し て 行 く が、一 方 で 様々な問題も明らかになってきた。一つ目が技術 的問題点である。ルイーズ・ブラウンの誕生以 降、世界各国で次々と IVF−ET の成功例が報告 され、IVF−ET は比較的簡単で、高い成功率が見 込まれると思われた。しかし1990年代に入り受精 率は80∼90%まで向上し多胎妊娠の問題が指摘さ れている一方で、IVF―ET の成功率は20%前後で 停滞していた(菅沼,2001)。現在、ART の成功 率は20%を少し上回る程度である(日本産婦人科 学会,2005)。この問題の打開策として、妊娠を 成功させる為に必要な他の部位へのアプローチが 進んでいるが、臨床には至っていない(菅沼, 2001)。また武谷(1999)によると、治療過程にお いても、多胎妊娠や染色体異常、奇形や精子形成 関連遺伝子の欠失などの問題が指摘されており、 これらの技術的問題に対して減数手術などが行わ れているが、必ずしも安全な方法ではなく、減数 後に全ての児が流産してしまう可能性もある。 ② 法的問題 先端技術を駆使してやっと待望の子供授かった が、そこでまた新たな問題が生じることになる。 凍結精子で子どもを産んだ女性が、生んだ子ども を 夫 の 子 と し て 認 知 す る よ う 求 め た 裁 判 の 例 (「子と認知、逆転判決:夫の死後、凍結精子で妊 娠:高松高裁」,2004)や、産婦人科医の体外受 精の実施など(小笠原,2005)、ART に関する訴 October 2006 ―175―

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訟 や 出 来 事 が 報 道 さ れ る こ と で、社 会 的 に も ARTの法制化への問題意識が強くなっていった。 法制化の大きな論点は、医療行為の規制に関する ものと、子供の親子関係についてである(本山, 2004)。 ARTに関する医療行為規制の問題は、実施対 象者についてである。2003年に厚生科学審議会生 殖補助医療部会によって公表された、「精子・卵 子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に 関する報告書」(以下「報告書」とする)による と、ART を受けることができるのは法律上の夫 婦のみで、事実婚夫婦を対象から除外する理由に は、子どもの養育環境が保障されず、子の福祉に 反するという考え方がある。これは事実婚夫婦の 子は不幸だという前提の上に立つため、事実婚夫 婦も法律婚夫婦と同様に扱うべきだという考えも ある(米村,2003)。 第二の法的問題である親子関係とは、第三者が 関わるがゆえに生じる。自然分娩とは異なり、第 三者からの配偶子や胚の提供、代理懐胎を行って 生まれた子どもは、少なくとも3人の「親」を持 つことになる(石井,2003;掛江,2001)。この ため、ART で生まれた子の親子関係をめぐって 様々なトラブルが生じている(小笠原,2005)。 これまで ART の問題に関しては、親側の考えで 議論が進められてきた(掛江,2001)が、子の福 祉の最優先をどれだけ実現できるかが今後議論の 大きな柱になってゆく。 ③ 社会的問題 山 縣・武 田・北 島・小 田・矢 内 原(2001)の ARTに関する一般国民の意識調査によると、DI、 第三者の精子・卵子・胚などを用いた体外受精、 代理母、借り腹の全てにおいて68%以上の人々 が、配偶者が望んでも利用したくないと答えてい る。さらに、山縣・星・平田・武田(2003)では、 DI、提供精子・卵子・胚による体 外 受 精、代 理 母、借り腹の全てにおいて、配偶者が望んでも利 用しないという回答が減少し、逆に配偶者が認め れば利用すると考える人が増加している。両調査 では選択肢に若干の異なりがあるため単純に比較 は出来ないが、2つの調査で最も興味を引かれる のは、各技術の是非に関して「分からない」の割 合が2001年の調査より、2003年の調査の方が15% 上昇していることだ(山縣・武田・北島・小田・ 矢内原,2001;山縣・星・平田・武田,2003)。 このように、自分が当事者の立場に立ったとき に、ART を受けるかどうかの決定をパートナー に任せようとする傾向と、一般論に置き換えたと きに是非を決めかねる傾向から、現在の日本では ARTに関して社会的コンセンサスが十分に取れ ていないことが分かる。 もう一つの問題が、医療経済の問題である。不 妊治療で行われている排卵誘発剤やホルモン検査 など、不妊治療の多くは健康保険の対象となる が、染色体検査や ART の治療費は対象外のため 全て自費診療となる(菅沼,2001;宮田,2004)。 そこで厚生労働省や全都道府県・政令市・指定都 市は不妊患者支援の施策を実施している(厚生労 働省,2005a;厚生労働省,2005b;厚生労働省, 2005c)。 ④ 倫理的問題 ARTの倫理的問題として挙げられる第一の問 題は、生殖行為に対して、どこまで人為的な介入 が許されるかという事である(足立,2003)。か つて生命の誕生は「神の領域」にあったが、ART によってヒトはそこに踏み込んでしまい、子ども が欲しいという切実な願いに押され、なし崩しに 技 術 は 人 々 の 間 に 開 放 さ れ て い っ た(武 谷, 1999)。私達は、生命の始まりに関して、「出来る けれど、してはいけない事」と「出来ることで、 してもよい事」の境界線を、どこで引こうとして いるのか。 第二に、ART の行為の中で行われる「命の選 別」に、どう向き合うべきかという問題がある。 菅沼(2001)によると、多胎妊娠が母体に及ぼす 影響は大きく、減数手術は母子を守るという点か ら有効であることは事実だが、それは一部の児を 選択して中絶することを意味する。また、凍結余 剰胚の扱いをどうするかも倫理的に慎重に考えな ければならない問題である。これらは、胚はいつ から「人間」として認められるのかという問題に つながる(小笠原,2005)。胚はモノなのか、そ れとも尊厳ある人格として認めるか。生命という ものが、人々の感情と密接に結びついて認知され ている(加藤・加茂,1998)だけに深い議論が求 められる。 ―176― 社 会 学 部 紀 要 第 101 号

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4.ART に関わる制度 ① 海外の状況 前述したように近年の ART の進展は目覚しく、 これらの技術が発展する中で、海外においても ARTに関わる問題が浮上し、法制度が整備され ていった。 劔ら(2003)によると、DI はほとんどの国で 認められており、提供配偶子による体外受精も認 めている国が多い一方、代理懐胎は否とする国が 多い。実施対象者は法律婚夫婦としていることが 多く、事実婚夫婦は認める国と認めない国があ り、未婚者や同性愛者に関しては認めない国が趨 勢である。また、親子関係については、子を出産 した女性が母となり、その行為に同意した男性が 父として認められる、という考え方が主流で、出 自を知る権利は多くの国で認める傾向にある。 ② 日本における法制化への動き 日本では日本産婦人科学会の定めた会告が一応 のガイドラインとして存在し、医師の自主規制の 形をとってきた。政府は2003年に「報告書」をま とめ、1949年に日本で初めて DI による子どもが 生まれてからおよそ半世紀が経過し、やっと法制 化の道が見え始めた。 「報告書」の基本姿勢には「子どもの福祉の優 先」を始めとし6項目が掲げられている。「報告 書」によると、実施が認められる技術は、DI、提 供精子による体外受精、提供卵子による体外受 精、提供胚の移植のみとし、その方法によってし か妊娠することが出来ない法律上の夫婦に限り、 精子・卵子・胚の提供者は匿名とする。生まれた 子供に対しては、「出自を知る権利」を保障し、15 歳以上になれば提供者についての情報開示を請求 することが出来る。また、女性を生殖の手段とす る観点から、代理懐胎は禁止とされた。この他、 罰則の伴う行為に、営利目的での精子・卵子・胚 の授受、およびその斡旋、代理懐胎のための施 術・斡旋、秘密の漏洩が規定された。また、ART を受ける夫婦、提供者本人とその配偶者に対する 十分なインフォームド・コンセントと同意後の撤 回が可能である事、カップルや子に対するカウン セリングの機会の保障についても記載がある。

!.非配偶者間人工授精(DI)の現状

1.DI に関する国民の意識 ARTに対する一般国民の意識について、1999 年と2003年に大規模な調査が行われている(山 縣・武田他,2001;山縣・星他,2003)。この 中 で DI に注目してみると、1999年では7割の人が、 配偶者が望んでも DI を利用しないと答えている のに対し、2003年の調査では6割に減少してい る。さらにこれらの研究では、各 ART 技術の是 非について性別・年代・ジェンダーや家族に関す る考え方などの項目によって分析を行っている。 その結果、男性より女性の方が、また年代が上が るに従って ART に対して否定的であり、ジェン ダーや家族観がリベラルである方が ART に対し て肯定的であることが明らかになった。 一方、不妊患者自身はこの技術をどのように考 えているのか。詠田ら(2004)による不妊患者の ARTに対する意識調査によると、アンケートに 回答した患者の86.6%が非配偶者間の ART を容 認している。さらに、久慈ら(2000)の DI によ り挙児に至った男性不妊患者に対する意識調査に よると、DI の治療自体には97%が肯定的に受け 止めており、これらの調査では、実際に不妊に悩 んだ末に ART・DI を希望した人々は、治療に満 足していることが読み取れる。 一般国民に対する調査において、1999年から 2003年の4年間で ART・DI に対する肯定的な意 識が増加していること、その要因に年代も関与し ていることから、今後この技術に対して国民の中 で垣根が低くなっていくことが予想される。 2.日本の DI に対する対応 日本では日本産婦人科学会が1997年に発表にし た「非配偶者間人工授精と精子提供に関する見 解」が DI の一応の指針となっている。同会告に よると DI を受けることが出来る者は、法的に婚 姻をしている夫婦であり、DI 以外の医療行為で は 妊 娠 を 成 立 さ せ る こ と が 出 来 ず、か つ DI に よって挙児を希望する者とされている(日本産婦 人科学会,1997)。しかし、会告には違反に対す る罰則は規定されていない。一方、政府も2003年 October 2006 ―177―

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に「報告書」をまとめ、DI を容認すると明記し た。また、提供者側の匿名性の保持と共に、出生 児の「出自を知る権利」の保障も記している(厚 生科学審議会生殖補助医療部会,2001)。しかしな がら、法制化はまだ先のことであり、現時点では 何の規制もない状態である。 3.出自を知る権利 DIによって誕生する子どもには、戸籍上の父 親と遺伝子上の父親の2人が存在する。この家族 関係の複雑さは、真実を知った子どもに大きな心 理的影響を与えることになる(渡辺,2002)。こ れまでドナーの匿名性が優先されてきた背景に は、①ドナーのプライバシーの保護、②情報を提 供することで、生まれた子どもや、ドナーの家族 関係等に悪影響を与える恐れがある、③個人情報 開示によってドナー減少の可能性があり、ART の実施を困難にする可能性がある(厚生科学審議 会生殖補助医療部会,2003)という主に大人側の 理論があった。DI 児が自身のルーツを知りたい と願う事は、「知る権利の保障」という問題だけ ではなく、子どもが成長の過程でアイデンティ ティを確立させるという点で、「報告書」の基本 姿勢である、子の福祉を最優先の点からも認めら れるべきものだ(掛江,2001)。では、DI 児の父 親探しが行われている中、各国では出自を知る権 利をどのように捉えているのか。ART の盛んな ア メ リ カ は、親 子 関 係 を め ぐ る 訴 訟 が 多 い 為 ARTの親子関係について詳細な規定がある反面、 出自を知る権利に関しては明確な規定が存在しな い。一方、出自を知る権利を法律で認めている国 には、イギリスやドイツ、スウェーデンやオラン ダなどがある(劔ら,2003)。 また、医学的な理由により遺伝上の父親を知る 必要のあるケースもある。冒頭で触れたビル・ コードレイ氏は、48歳で白内障と告げられた。現 在では40代の白内障が遺伝性のものだとは言い切 れないと分かっているが、ここで問題なのは、 コードレイ氏の遺伝情報の半分が分からないとい うことだ(坂井・春日,2004)。遺伝子治療が進 むこれからの時代に、自分の遺伝情報にアクセス できないという事はその人に大きな不利益をもた らす(掛江,2001)。 4.DI によって子どもを得た人々の心理 DIによって子どもを得た夫は、その子との遺 伝的なつながりがない。この父親がどのような感 情を持って、家族の中でどのような役割を担って ゆくかは、その後の家族関係において重要な要素 である(久慈ら,2002)。父親には自分が不妊で あることについて葛藤があり、そのため子どもに 過保護になったり、逆に冷淡になるといった両極 端の傾向があ る(McWhinnie,2001)。で は、DI を受けた男性はどのような気持ちで DI に臨んだ のか。久慈ら(2000)によると、男性は自分と似 ていないのではという不安を抱くが、実際に子ど もを得た後は人生観に肯定的な変化があった。一 方で自分との遺伝的つながりがないことの不安、 告知をするかどうかという葛藤から子の成長に不 安を感じている。 DIは自分たちにとって満足の行くものである 一方、子どもに事実を伝えるかについてはカップ ル自身も戸惑いを抱いている。詠田ら(2004)に よると、告知をどうするかについて、自発的に告 知すると考える親より、子どもに尋ねられたら答 えるという親の方が多い。また、久慈ら(2003) によると、夫婦共に75%が一般的な意見として、 子には絶対に話さないほうが良いとしている。し かし子どもが偶然 DI の事実を知り、ドナーを探 したいと言ったら、その意思を尊重したいと考え ている。この調査からは、事実を隠したいという 気持ちより、子の考えを見極めた上で対応したい という、深い思慮が働いていることが明らかにさ れている。 親の、告知における子に対する配慮の一方で、 ドナーが匿名である為に生じる問題も報告されて いる。McWhinnie(2001)によると、親は子ども が大きくなるにつれて、ドナーの詳しい情報を教 えることができない事を不安に思っているとい う。例え告知をしたとしても子どもの受ける衝撃 は大きい、しかし子どもが求めるドナーの情報を 自分たち自身も持っていない。親の、子どもに嘘 をつくのは嫌だという思いと、事実を告げること はそれほど簡単ではないという状況が明らかにさ れている。 ―178― 社 会 学 部 紀 要 第 101 号

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!.DI における問題点

1.親子関係の法的不安定さ 出自を知る権利以外に、子どもの権利について 指摘されていることがある。一つは、夫の嫡出拒 否の場合の子どもの法的地位である。DI の親子 関係について、日本では嫡出推定制度が一般的に 取り入れられている。この制度自体は親子関係を つくる側面と崩す側面があり、再検討されるべき という指摘がされており、DI の親子関係の確定 に適用してよいのかという問題がある(吉村, 2003)。事実、DI を 用 い て 子 を 産 ん だ カ ッ プ ル が、その親子関係をめぐり裁判を起こした例にお いて、この嫡出推定制度は活用されているが、事 実上離婚状態にあった夫婦の間に生まれた DI 児 について、夫の同意がなかったことを根拠に嫡出 否認請求を容認した(判例タイムズ,2000b)例 や、離婚した夫婦が DI 児の親権をめぐって争っ た訴訟(判例タイムズ,2000a)等、うまく機能 していない事例がある。 2.近親婚の可能性 もう一つの問題は DI 児の近親婚の可能性であ る。提供者の精子によって誕生するのは、当然一 人だけではない。この件について「報告書」で は、同一人物から提供された精子あるいは卵子、 胚による ART で生まれた子が10人に達した場合 は、それ以降その精子・卵子・胚を使用してはな らないとし、男性は18歳以上、女性は16歳以上で 自分が結婚を望む人と近親婚にならないための確 認ができるとも記載されている。しかし、過去に 精子提供のアルバイトをしていた人は、月に二 回、二年間にわたって精子の採取を行っていたと いう例もあり、実際は10人という数には収まらな いほど、同一人物からの精子の提供によって誕生 した DI 児の兄弟が存在していることも予想され る(小野,1998)。「報告書」には近親婚とならな いための確認に関する文言があるが、この内容は 結婚相手との血縁関係の確認であり、結婚する意 志がない場合や事実婚に関しては記述がない。こ れは法律婚を選ばない男女、あるいは同性愛の カップルが近親間の性行為を未然に防ぐことがで きない可能性が高くなる点で問題である。 3.子どもの視点の欠如と DI 児の心理を知る必 要性 ARTの研究は、これまで主に大人の視点で進 められてきた(掛江,2001)。「子どものた め を 思ったら……」というのは親や大人の考えであっ て、そこに子どもの入り込む余地はない。しかし DIの結果生まれた子どもは、新たな当事者とし て議論に参加する権利がある(掛江,2001;坂 井・春日,2004)。「報告書」によると、精子・卵 子・胚の提供によって生まれた子への支援の必要 性 が 指 摘 さ れ て お り、才 村・宮 嶋(2003)は ARTで生まれた子への支援はソーシャルワーク の領域であると述べている。 以 上 の こ と か ら、DI 児 に 対 し て ソ ー シ ャ ル ワークの視点でアプローチをしてゆく時、彼ら自 身がどのような気持ちを抱えているか、家族関係 をどのように捉えているかを知ることが、支援の 第一歩であると考える。従って、以下文献研究に よって DI 児の心理について分析する。

".研究方法

本研究は文献研究によって行う。用いた文献は 以下のとおりである。 <論文>

・McWhinnie, A.(2001). Gamete donation and anonymity :Should offspring from donated gametes continue to be denied knowledge of their origins and antecedents ? . Human Reproduction,16(5),807―817.

・Turner, A. J., & Coyle, A.(2000). What does it mean to be a donor offspring ? The identity experiences of adults conceived by donor insemination and the implications for counseling and therapy. Human Reproduction, 15(9),2041―2051. <新聞記事> ・岡崎明子(2002.5.24).『「遺伝上の父を知りた い」人工授精の子達、米で探す動き』.『朝日新 聞』,p.1. ・脇阪紀行(2005.1.11).『「匿名」崩れドナー激 October 2006 ―179―

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減』.『朝日新聞』,p.7. <当事者の語り>

・How it feels to be a donor insemination. (2002). BMJ,324(30),797. ・坂井律子・春日真人(2004).『つくられる命: AID・卵子提供・クローン技術』.日本放送出 版協会 ・非配偶者間人工授精の現状に関する調査研究会 (DI 研 究 会)「AID で 生 ま れ た 方 た ち か ら の メッセージ」 retrieved2005.11.9 from http://www.hc.keio.ac.jp/aid/message.html これらの文献には、当事者が DI 児であると知っ たときの感情や、両親や自分自身について、精子 提供者に対する思いなどが記されている。本稿 は、DI 児の心理的問題に焦点を当てているため、 特に DI 児の心理描写が詳しく書かれている文献 を選んだ。二つの新聞記事は両方とも、DI 児が 遺伝上の父との対面を果たしたことが報じられ、 自分の出自を知ることが出来た DI 児の心境が読 み と れ る。Turner & Coyle(2000)と McWhinnie (2001)は DI 児に対する当事者調査を行ってい る。How it feels to be a donor insemination (2002)は DI 児 で あ る 女 性 が『British Medical Journal』雑誌に投稿した論文である。11歳のと きに出生の事実を知り、現在に至るまでの心境の 変化が綴られている。『つくられる命:AID・卵 子提供・クローン技術』(2004)には、冒頭で紹 介した、ビル・コードレイ氏や彼が出会った DI 児、日本の DI 児の話が記されている。 上記の文献の中から、DI 児の語りを①真実を 知る前の心境、②事実を知ったときの心境と行 動、③告知をした結果、家族関係の変化、④ド ナーの想像、⑤ドナーを知りたい理由、⑥サーチ ングにまつわる困難、⑦自分の命の捉え方、⑧周 囲の理解と仲間の存在、の8項目に分類する。

!.結果と考察

① 事実を知る前の心境 坂井・春日(2004)によると、コードレイ氏は 自分と父親の血の繋がりに不信感を持ち、混乱し ている様子が記述されている。また、DI 児は家 族の中に、重大な秘密があることを敏感に察知し て い る。こ の こ と に つ い て、DI 児 は「秘 密 の ベール」(Turner & Coyle,2000,p.2045)、「非常 に 毒 の あ る 秘 密 主 義 の 雰 囲 気」(坂 井・春 日, 2004,p.27)、「秘密やタブーの存在する家には やはり何かしらの緊張感と居心地の悪さが生まれ ま す」(DI 研 究 会,2003)と い う 表 現 を し て い る。 自分が DI 児であるという事実を知る前は、漠 然とした不安がある。しかし、自分の不安を家族 に対して打ち明けることが出来ないことが、DI 児の心に重く圧し掛かる。DI 児はドナーを知る ことについて、「私達は自分のアイデンティティ を知り、真実の中で生きる権利がある。」(筆者 訳)(McWhinnie,2001,p.812―813)と語ってお り、ドナーを知りたいと強く希望している。 ② 事実を知ったときの心境と行動 McWhinnie(2001)に よ る と、DI 児 は 出 生 の 事実を、次の3つの経緯で知るに至ったことが示 されている。①離婚などの家族葛藤がきっかけで 事実を知る。②父親の死亡や、家族内に遺伝性疾 患を発病した者が出現した際に知らされる。③ DI児自身が親子関係に違和感を抱き、問いただ し た 結 果 わ か っ た。こ れ ら は Turner & Coyle (2000)に登場する DI 児の経験とも一致する。

告 知 の 際 に、最 も 多 く 見 受 け ら れ た の は、 シ ョ ッ ク と 怒 り で あ る。Turner & Coyle(2000) では、ショックの表れとして具体的な反応に「震 え」「泣く」「ヒステリーのように笑う」などが見 られ、Sarah は「私の人生全ては偽りの上になる もので、告知をせず死んだ母を腹立たしく思う」 (筆者訳)(p.2045)と述べており、また別の DI 児 は 事 実 を 隠 し て き た 親 に 対 す る 不 信 感 や (Turner & Coyle,2000)、なぜもっと早く教えてく れなかったのかという憤りを語っている(坂井・ 春日,2004)。そして、ショックの後にアイデン ティティの揺らぎを感じており、Imogen は告知 を受けて、「自己のアイデンティティの再評価に 直ちに向き合わなければならなかった。…中略… この経験を唯一表現できるとすれば、足元のト ラップが開くような感じだ。一方でとてつもない ―180― 社 会 学 部 紀 要 第 101 号

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開放感があった。さらに他方、自分の世界の足元 が崩れ、これまで普通だと思ってきた基準を失っ た。」(筆 者 訳)(Turner & Coyle,2000,p.2044) と 述 べ て お り、McWhinnie(2001)の 中 で、DI 児は以下のように語っている。「私の物語は壊さ れてしまった。その物語は奪われ、私は孤立し た。誰か他の人は知っていたのか?」「私はこれ まで自分が思ってきたような人間ではなかった」 「自分の真ん中に線が引かれたような感じがする。 そのうちの半分は良く知っているけれど、もう半 分はどこから来たのだろう?」(筆者訳)(p.812)。 このように、DI 児は告知を経験して、自分の 存在やアイデンティティが根底から覆されるよう な思いを抱いている。また、そのショックが長く 尾を引き喪失感を抱え「心の中に大きな悲しみの 泉 が あ る」(筆 者 訳)(Turner & Coyle,2000,p. 2046)と表現している人もいることから、ショッ クは一時的なものではなく、その後も DI 児の心 に深い傷を残す可能性があることが分かる。 一方、告知によって開放感や幸福感などを感じ ている人もいた。このような感情は、事実を知る 前から自分の出生について何らかの違和感を抱い ていた人や、父親との関係が良好ではなかった人 に共通するものである。事実を知って開放され た、父に気に入られようとしていたが、自分の特 質や才能を素直に受け入れることが出来るように なった(坂井・春日,2004)、或は、父親と血が 繋がっていない事を知ってほっとした(Turner & Coyle,2000)という安心感もある。 以上の事から、告知の際の子どもの心理的状態 として、①ショック、②怒り・不信、③自己のア イデンティティの揺らぎがある事が分かった。ま た、告知の前から家族関係に違和感を抱いている 場合は、その違和感の原因を自分の出自に関する 事実に帰属させ、違和感の原因が分かって納得し ている。ここから考えられるのは、突然の告知の 際、ショックの後に DI 児にどのような反応があ るか、あるいはどのような家族関係の変化の経過 を辿るかは、その子を取り巻く家族関係が大きく 影響するということである。 ③ 告知をした結果、家族関係の変化

Turner & Coyle(2000)に よ る と、事 実 を 知 っ

た DI 児は家族関係について、以下のような思い を抱いている。「情報を伝えら れ な か っ た こ と で、両親に対して不信感を抱いた」、「母親を全く 信用できないし、他人を信用することもとても難 しい」(筆者訳)(p.2044)、「い つ も 疎 外 感 を 感 じ る」(筆 者 訳)(p.2046)等 で あ る。さ ら に、 坂井・桜井(2004)には、「父との関係はこれま でと変わらないと頭では分かっているのに、突然 見 知 ら ぬ 人 の よ う に 見 え て き ま す」(p.42)と いった記述もある。 このように、家族に対する不信感・疎外感を抱 くこと、父親に対する感情の変化が共通項として 浮かび上がった。また、DI 児は自分自身の家族 内での位置付けだけではなく、夫婦関係や両親の 立場になっての思いなども敏感に感じ取ってい る。Sophie は次のようにインタビューで述べて いる。「私はなぜ両親が DI を選んだのか、そして そのことを秘密にしようとしたのか分かるように なった。…中略…一方、父親も犠牲者だ。父は私 に対してどう接したらいいか分からないようで、 そんなとき、私は父に申し訳なく思う」(筆者訳) (Turner & Coyle,2000,p.2046)。ま た、幼 い 頃

から自分が DI 児だと聞かされていたオリビアは、 自分と母親の遺伝的繋がりが外見にも表れるた め、父親は自分と母親の繋がりに太刀打ちできな いと思っているのではないか、と父親の心境を推 察している(坂井・春日,2004)。 多くのカップルは、事実を子どもに告げないの は、子どもを守るためだと考えているが、子ども にとっては全くの間違いだと DI 児は語る。DI 児 は秘密にされることで返って深く傷つき、怒りを 感じる。Peter は「両親にとって、私に長い間 DI の事実を黙ってきたことが、どれほど無意味で あ っ た か を 思 う と、大 変 残 念 だ」(筆 者 訳) (Turner & Coyle,2000,p.2045)と言う。

DI児は共通して、事実を知りたいと思ってい るようであるが、当然ながら告知がよい作用をも たらしたケースと、そうでないケースが存在す る。良い作用をもたらしたケースは、さらに2つ のパターンに大別することができた。一つは父親 との関係が良好ではなかったので、血が繋がって いないことで安心したというものである。その受 け止め方は個人によって異なるが、彼らにとって October 2006 ―181―

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DIは自分の中の違和感や父親との関係性におい て何らかの意味づけをなす要素の一つとなる。も う一つは、事実を知った直後はショックを受けた が、前向きに家族と向き合おうとするパターン で、家族関係が良好であった、あるいは周囲に DIについて理解を示してくれる存在がいた等の 背景がある。(How it feels to be a donor insemination,2002;坂井・春日,2004)。 一方、告知が上手くいかなかったケースを2つ 紹介する。Philip は父親と自分は不仲であり、父 が彼から相続権を奪ったと話している。彼は父親 にとって、父親が不妊症であることの歩くシンボ ル で、両 親 の 口 論 の 火 種 で あ っ た。さ ら に Phoebeは、母親が親族の中に父親を引きずり出 し、責任を感じさせて彼から権力を取り上げよう としたと語り、告知が家族のパワーバランスに大 きな影響を与えたと述べている(Turner & Coyle, 2000)。この両者に共通しているのは、家族関係 が良好ではなかったという事だが、そのさらに深 いところで、夫婦が夫の不妊症という事実を互い に上手く乗り越えることが出来ていなかったので はないかと考えられる。 以上の事から、①子どもにとって告知は必要不 可欠なものであること、②告知を円滑に行うため には、カップル間のわだかまりやコンプレックス などについて、両者が向き合う必要があり、子ど もも含めた良好な家族関係が必要であること、③ 告知には周囲のサポートと、その後の家族関係の 再構築にあたっても継続的なサポートを要すると いうこと等が考えられる。 ④ ドナーの想像 事実を知ったときに、DI 児が自分のドナーに 思いを馳せた内容には大きく3つの傾向がある。 一 つ は、「お 姫 様 気 分」の よ う な 妄 想 で あ る。 How it feels to be a donor insemination(2002) では、DI 児がドナーについて想像した内容が次 のように記されている。「私は自分の遺伝上の父 親は、有名人か王子様、素晴らしいスポーツ選手 だと想像した。遺伝上の父がいかに素晴らしいか を想像した後、その男性が自分を見つけ出し、別 の生活へと連れ出してくれると思っていた。」(筆 者訳)。因みに、How it feels to be a donor

insemination(2002)の筆者(以下、便宜上 A 氏 とする)は11歳のときに事実を告げられたという ことから、丁度夢見がちな年頃で、このような想 像もうなずける。このような、ある種「妄想」と も取れる想像は、一過性のものと考えるのが妥当 であろう。 A氏はお姫様気分でいた頃から成長し、母親に 似ていない自分の身体的なパーツを鏡で見つけて は、街中でそれをもっている男性を探そうとして いたことを述べている(How it feels to be a donor insemination,2002)。また、コードレイ氏 は、ドナー候補者の写真の中に自分との共通点が あると、いてもたってもいられなくなる(坂井・ 春日,2004)、と述べている。このように、二つ 目の傾向は自分の外見からドナーの容姿について 想像をめぐらせるというものである。 3つ目は、自分の判断基準や思考など、内面に 関わることである。A 氏は自分が何かにこだわり を強くもったとき、自分の受け継いだ遺伝子に思 いをめぐらせるという(How it feels to be a donor insemination,2002)。また、ドナーがどん な考え方の持ち主なのかを知りたいという表現 は、他 の DI 児 の 言 葉 の 中 に も 見 受 け ら れ た (Turner & Coyle,2000)。

以上のことから、DI 児は自分の遺伝子情報の 半分を持つドナーに対して強い興味を抱いてお り、そのことがドナーに会いたいという動機につ ながっていることが考えられる。 ⑤ ドナーを知りたい理由 DI児がドナーを探したいと思う理由は3つ挙 げることができる。一つは医学的な理由である。 自分の遺伝情報の半分が不明であることは、DI 児本人やその子どもの健康を守る点で大きな不利 益となりえる(坂井・春日,2004)。 もう一つは、自己のアイデンティティと深く影 響している問題だ。Turner & Coyle(2000)の研究 の中で Rachel は、自分をサーチングに駆り立て る力は非常に根本的で容赦ないものであり、不可 避で否定できないものだと述べている。Rachel と 同様に多くの DI 児は、ドナーは自分のモデルに なると考えている。また、日本人 DI 児からは抽 出できなかったが、海外の DI 児は自身の民族的 ―182― 社 会 学 部 紀 要 第 101 号

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なルーツを知りたいと考えている。この点に関し て、DI 児は次のように述べている。「私は、自分 の家族史の失われた半分を知りたい。けれどそれ 以上に、自分の民族的バックグラウンドの半分を 知りたい。」(筆者訳)(McWhinnie,2001,p.812) 最後の一つは、近親婚の可能性のためである。 この事は、分析に使用した文献のうち3つ(坂 井・春日,2004;How it feels to be a donor insemination,2002;Turner & Coyle,2000)に ほ ぼ同じ内容で、DI 児の不安要素として記されて いる。この世の中に不特定多数の「異母兄弟・姉 妹」が存在するということは、DI 児にとって最 も重大な不安の一つである。ある DI 児は次のよ うに述べている。「他の人を見るたびに、自分の 兄 弟 で は な い か と 窺 っ て し ま う。」(筆 者 訳) (McWhinnie,2001)コードレイ氏は DI でつなが れた異母兄弟・異母姉妹という存在に対して得体 の知れない不安を抱くという。さらに日本人男性 の S 氏は、自分が気になる女性には彼女が自分の 「異母兄弟」ではないかを確かめるためにいくつ かの質問を欠かさない(坂井・春日,2004)。 以上のことから、DI 児がドナーを知りたいと 思う理由は、アイデンティティの再構築、自身の 健康や近親婚の可能性など、自分の安全の確保の ためと考えるべきだろう。ドナーに求めることに ついて、DI 児のほとんどが、父親になって欲し いわけではない、何らかの義務を負って欲しいわ けではないと言う。彼らが求めるのは、自分を形 作るものが何に由来するのかということである。 彼らは、自分の育ての親こそ「本当の父親」だと 考えており、育ての親との関係が良好ではなかっ た DI 児も、ドナーはあくまでもドナーとして認 識 し て い る こ と で は 共 通 し て い る(Turner & Coyle,2000)。 ⑥ サーチングにまつわる困難 自身の出自にまつわる事実を知り、ドナーを探 そうと試みた DI 児は医療機関や精子バンク、ド ナ ー の 対 応 の 仕 方 に も 敏 感 に 反 応 し て い る。 Verityは医師が DI 児に事の真相を隠すことに憤 りを感じており、「すべての情報なしに、私は決 して満たされ な い」(筆 者 訳)(Turner & Coyle, 2000,p.2047)とも述べている。またコ ー ド レ イ氏は、ドナーの手がかりを求めて訪ねたクリ ニックで、あなたのようにドナーのことを探そう とする人からドナーを守らねばならない、という 内容の屈辱的な言葉を浴びせられる(坂井・春 日,2004)。Rachel は実際にドナーを探し出し接 触を持とうとしたが、ドナーは彼を無視し電話に 出ることさえなかった(Turner & Coyle,2000)。 また、レベッカ・トンプソン氏はドナー候補者に 会いに行こうと試みたが、冷たい反応が怖くて自 宅 の ド ア を ノ ッ ク で き な か っ た(岡 崎, 2002.5.24.)。こ の よ う に、サ ー チ ン グ の 中 で も、医療機関やドナー候補の対応に傷つく例や、 相手側の反応が怖くて行動に移せない例がある。 ドナーに対する意識調査がなされていないため確 かなことは言えないが、DI 児自身はドナーの心 境について以下のように述べている。「誰が、の んきな学生時分に気前よく提供した彼らのサンプ ル(精子)が、後で彼らと連絡をとることができ る子供に変わると思いたいですか?」(筆者訳) (How it feels to be a donor insemination,2002)。 一方でごく希にドナーと DI 児が出会えるケー スがある。自分のルーツを探り続けて、ようやく 出会えたドナーに、DI 児はどのような思いを抱 くのか。父子対面がかなったオランダ人青年は、 その日のことを「人生最高の日」と語っている。 そしてドナーである男性は「変な気分」としなが らも、「息子」が連絡を取ってきたら会う機会を つくるようにしているという(脇坂,2005)。ま た、アメリカ人 DI 児は「やっとパズルの最後の ピースがはまった気がす る」、こ れ に つ い て ド ナーは、「遺伝上の父を知る権利に応えることは ドナーの責任だと思う」と話している(岡崎, 2002.5.24.)。上の2例は対面が成功したごく稀な 例であるが、ドナーが DI 児と会うことは彼らにも 心理的な変化や、価値観の転換を促すといえる。 また、コードレイ氏はドナー候補を一目見てみ たいという気持ちを抑えきれなくなるとき、なん だか怖いけれどウキウキした気持ちになる。ド ナー候補の家の近くまで行って、その人の帰りを ストーカーのように待ち伏せしたこともある。そ んな時はドナーを探すのは自分にとって当然の権 利なのに、自己嫌悪に陥りひどく混乱するという (坂井・春日,2004)。このことは、サーチングは October 2006 ―183―

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DI児の心にも負担をかけるものであることを示 している。 ⑦ 自分の命の捉え方 ところで、DI 児は自分の命をどのように捉え ているのか。Sarah は自分の誕生について、「知 らない人が試験管にマスターベーションをして、 その結果生まれたのが私だ」(筆者訳)(Turner & Coyle,2000,p.2047)と、自分の命を人工的に 造られたものと捉えている。また、他の DI 児は 「彼らは、豚を繁殖させるのと同じ方法で私をつ くった。私には彼を知る権利がある。彼はマス ターベーションをして自分のサンプルを抽出し、 お金をもらったのだ。そう、私は怒っているの だ。DI 児は語ることと、遺伝上の父親を知る権 利 を 持 つ こ と を 許 さ れ る べ き だ」(筆 者 訳) (McWhinnie,2001,p.813)と 語 っ て い る。ま た、ドナーを探そうと病院を訪れた男性は、「こ こで自分がつくられた」(坂井・春日,2004,p. 106)と述べている。このように、DI の事実を知 り、自分の命を「人工的なもの」と捕らえる人も 少なからず存在する。しかし、全ての人が自分の 命を必ずしも人工的なものと捕らえているわけで はない。A 氏は文章の締めくくりに、「あなたの おかげで私はここにいる。私はあなたの事をもっ と知りたいと思うし、あなたが私を誇りに思って くれると嬉しい」(筆者訳)(How it feels to be a donor insemination,2002)と書き記している。 自分のルーツの半分を知ることができないとい うことは確かに様々な不利益をもたらすが、告知 のショックがありながらも、出自を知ろうと行動 する、あるいは人生を肯定的に捉えようとする姿 勢は、彼らのストレングスの一つであろう。 ⑧ 周囲の理解と仲間の存在 坂井・春日(2004)によると、DI 児が 抱 え る 困難の一つに、周囲の無理解があることが DI 児 によって語られている。Jessica はサーチには夫 のサポートが必要だったのに、彼の反応は自分の 求めた程度には及ばなかった。そのため再び孤独 になってしまったと述べている(Turner & Coyle, 2000)。日 本 で ド ナ ー 探 し を す る S 氏 は、彼 の サーチングに関わった医師に対して、はじめは不 信感を抱いていたが、その医師が協力を約束する とやっと肩の力を抜いたという(坂井・春日, 2004)。このように、DI 児がドナー探しをする、 あるいは自分が負った心の傷を癒すのに、自分の 近しい存在や、サーチングに関わる人々の真摯な 姿勢が大きな役割を果たしている。 同じ DI で生まれてきた仲間の存在もまた彼ら の 支 え に な る。Turner & Coyle(2000)の 調 査 は 電子メールか手紙の手段を用いて、4カ国の DI 児 に 対 す る 調 査 を 行 っ て い る。DI 児 の 一 人 Monicaは、自身がドナー探しをしている中この ような調査が行われ、DI 児と繋がりを持てた事 に驚きを感じる一方、DI 児の繋がりに勇気付け られたと語る。また、Eileen はかつてこれ程まで に詳細に自分の経験を語ったことはなかったが、 今回の調査に参加したことは、自分にとって「癒 し」となり、満足していると語っている。 人は、社会から受容されたい、自分を受け入れ てくれる居場所が欲しいという欲求がある。DI 児は周囲から、その生い立ちの特殊性を理解され にくい状況にあり、そのため孤独感を強めること になる。DI 児は周囲の身近な人の理解と、同じ 境遇にある人との繋がりを求めている。

!.DI Offspring Group 設立記念講演会

「子 ど も が 語 る AID」に お け る DI 児

の語りの分析と考察

筆者は2005年11月26日に東京で開催された、DI Offspring Group(非配偶者間人工授精で生まれた 人の自助グループ)設立記念講演会「子どもが語 る AID」に参加した。本研究は文献分析によって DI児の心理を知ることを目的の一つとしている が、この講演会の内容は DI 児の思いを知る重要 な手がかりを多く含んでおり、DI を含め ART を 問い直すにあたり、示唆に富むものであった。そ こで、ここでは筆者が参加した講演会の中での当 事者らの語りと講演会配布資料を用いて、文献分 析と同様の方法で分析を試みる。 1.講演会の概要

筆者が出席した講演会は、DI Offspring Group (非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グルー

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プ)設立記念講演会「子どもが語る AID」という もので、2005年11月26日に東京で開催された。前 半は「AID で生まれた子どもの立場から」と題し た、DI で生まれた方の講演であった。後半は、 慶應義塾大学産婦人科教室講師の久慈直昭氏と東 京医科歯科大学助手の清水清美氏と DI で生まれ た方のパネルディスカッションであった。 なお、ここで DI Offspring Group(非配偶者間 人工授精で生まれた人 の 自 助 グ ル ー プ:DOG) について若干の紹介をしたい。DOG は DI で生ま れた当事者同士が、「互いの思いや考えを否定す ることなく聞きあう場」(講演会配布資料より) を作るという事を設立の趣旨の一つにしている。 DOGの趣旨は①当事者活動の促進、② DI で生ま れた人から、親や DI を選択しようとしている人 へのメッセージを送る、③ DI 児から医師への意 見の発信、④ DI をめぐる問題を広く一般へと伝 えてゆく事としている。講演会には報道関係者を 含め、およそ50名の人が参加し、落ち着いた雰囲 気の中で進められた。 2.分析方法 本分析で使用する資料は以下のとおりである。 <講演会に参加した当事者の方々の語り> 講演会に参加した当事者の方々は3名で、仮名 もしくは実名でお話をされていたとのことである が、本 稿 で は 全 て 匿 名 と し 便 宜 上、B 氏(女 性)、C 氏(男性)、D 氏(女性)とする。なお、 講演会内容は録音することができなかったため、 彼らの語りはすべて筆者が書きとめたものであ る。分析に用いる際は、彼らの語った言葉をでき る限りそのまま使うようにした。 <当日配布資料> 講演会レジュメに記された当事者のメッセージ (1)∼(3) パンフレット「AID(非配偶者間人工授精)で 生まれた子どもたちからのメッセージ」 分析では DI 児の語りを文献研究と同様に8項 目に分類する。さらに、講演会では出自を知る権 利に関する事、当事者の集まりや、周囲の理解者 の影響についても多く語られていた為、⑨告知・ 出自を知る権利に関して、⑩ DI の事実を秘密に しておくことに関して、以上2項目についても分 析を行う。 3.分析結果と考察 ① 真実を知る前の心境 事実を知ることになった経緯は人によって異な り、それまで自分の出生について疑問を抱いてい たといったことは、今回の当事者の語りにはな かったが、当事者のメッセージ(2)の中で、あ る当事者はこのように記している。: AIDのことを隠し続けることによるなんらか の家庭内の違和感は、必ず生まれてくるもの ではないでしょうか。いつばれないかと心配 したり、秘密を守るためにさらなる嘘をつい てしまったり、そうした際の妙な居心地の悪 さは、必ず子どもにも伝わるものだと思いま す。隠し事のあるなかでの親子関係では、本 当の信頼関係は築けないのではないでしょう か。 文献分析においても、DI 児は家族間の秘密を敏 感に感じ取っていることが明らかになっており、 このメッセージは嘘を重ねることによる家族関係 の不調和を指摘している。 ② 事実を知ったときの心境と行動 告知されたときの心境については、以下のよう な語りがあった。「戸籍上の父との違和感から解 放された」(30代女性,パンフレット)、「知った 直後のショックと、その悩みを誰ひとり、親です ら受け止めてくれなかったことに苦しみました」 (20代女性,パンフレット)、「事実を知って不安 の底に落とされた経験」(30代男性,パンフレッ ト)等である。また、D 氏は告知されたときのこ とを、大きな秘密にショックを受けて、怒りを感 じたと振り返っている。また、悩みを共有してく れないことに孤独感を感じ、事実を知ったすぐ は、何に手をつけたらいいのからず、なぜだか涙 を流した(講演会での語り)という。また、B 氏 は「こんなに大切なことを私に話さずに済ますつ もりだったのか」と語っている。文献分析同様、 DI児は告知に際して、ショック、怒りを感じ、 混乱している様子、アイデンティティの揺らぎが うかがえる。 October 2006 ―185―

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③ 告知をした結果、家族関係の変化 家族関係の変化などについては、それほど多く みられなかった。その中で、30代女性(パンフ レットより)は、離婚を契機に事実を知ったとい う。彼女は「戸籍上の父親との違和感から解放さ れた」と述べているが、実の母がなくなった後 に、「出自を隠されていた不信感と自己否定感が おとずれました。…中略…気持ちを吐き出す相手 である母はもういません。だからといって、自分 ひとりでは心の整理がで き ず に い ま し た。」と 語っている。 また、「知った直後のショックと、その悩みを 誰ひとり、親ですら受け止めてくれなかったこと に苦しみました」(20代女性,パンフレット)と いう発言もあることから、DI 児にとって、親と 自分の出生について話をすることは、彼らの心の 整理に必要な作業であることが分かる。この二つ の言葉から は、DI 児 は な ぜ DI を 選 択 し よ う と 思ったのかを親から聞くことで、自分の存在を確 かめたい、自分は望まれて生まれてきたのだとい う自己肯定感を得たいという思いがあるのではな いかと考えられる。 ④ ドナーの想像 この項目に関しては、特に発言がなかった。 ⑤ ドナーを知りたい理由 ドナーを知りたいと考える理由について、B 氏 は自分の遺伝的空白を知りたいからだという。さ らに D 氏はドナーについての情報をもらうより、 会う機会をつくって欲しいとは思うが、ドナーに 対して「父親」になって欲しいとは思っていない と述べている。以上のことは文献分析とも合致 し、DI 児にとって、「ドナーはあくまでもドナー」 という考えが強いことを表している。さらに、 メッセージ(2)はこのように記されている。: 会いたいと思う理由の一つには、自分が AID で生まれているということで、自分の半分が 匿名の精子というものからできていると思っ てしまい、そのことに違和感や不安定さを覚 えてしまうからです。精子を人ととらえるこ とができず、自分は母親と精子によって生ま れたものだと感じてしまいます。その精子を 現実の一人の人として見るために、精子では なく、提供者という人の存在があったことで 自分が生まれたのだということを、確かめた いのだと思います。 これは、⑦自分の命の捉え方ともリンクするが、 自己の存在を捉え直すという点で、アイデンティ ティに関わるものだと考えられる。 ⑥ サーチングにまつわる困難 この項目に関しては、特に発言がなかった。 ⑦ 自分の命の捉え方 先に、<⑤ドナーを知りたい理由>で紹介した メッセージ(2)の言葉は、先の文献分析と共通 する点があるように考えられる。それは、自分は 母親と精子からできた、人工的なものであるとい う感情を抱くことだ。これには、精子提供者が匿 名で、実在の人物として実感することが難しい状 況が関係しているのではないかと考えられる。 ⑧ 周囲の理解と仲間の存在 講演会での当事者の語りや、配布資料の中で多 くを占められていたものの一つは、この項目に分 類される。メッセージ(3)には、「私たちは誰 もが周囲の無理解と親の考えとのギャップなど孤 独感を感じている」と記されている。また、C 氏 は自分たちには相談相手がいないことが一番大き な問題だとしている。当事者の語りからは DI 児 の当事者グループの必要性が強調されており、 DOGの設立趣旨も彼らのニーズが反映されたも のだ。これまで DI 児の出自を知る権利がどれほ ど重要かは指摘されてきたが、彼らの社会的受容 感が醸成されることも重要なニーズである。 ⑨ 告知・出自を知る権利に関して 講演会で話をしてくださった当事者の方々は、 「出自を知る権利」は DI 児にとって当然認められ るべきもので、さらに「早期告知」を強調してお られた。この点について、メッセージ(2)では 次のように説明されている。: 告知はできるだけ子どもが小さいうちにと、 私は思っています。ある程度成人してから告 知された場合、親が自分に秘密を持っていた ―186― 社 会 学 部 紀 要 第 101 号

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期間が長くなります。…中略…告知の時期が 遅くなればなるほど事実が判明したときのリ スクの大きさは覚悟してほしいと思います。 またメッセージ(3)では、不妊治療は不妊患 者のみならず、生まれてくる子どもにとっても有 益であって始めて成り立つのもだと述べられてい る。さらに、「出自とは、私たち AID で生まれた 子供たちにとって、自分の存在の遺伝的・精神的 基盤にあるもので、本来、自分以外の誰によって も侵されるものではない」人権であると主張して いる。 ⑩ DIの事実を秘密にしておくことに関して 講演会において、自身の思いや経験を語った 方々は、両親が DI の事実を黙っておくことは子 どもにとっても、家族にとっても良いことではな いと話している。夫婦が事実を黙っていることに ついて、メッセージ(3)には、DI で子どもを 産んだことを人に知られるのが恥ずかしいという 思いと、子どもに良くないという親の考えがある からではないかという記述がある。さらに B 氏 は、親の「(生まれた子どもには)夫を子どもだ と思って欲しい」と思う事と、「夫の子ではない」 という事は別の話だと語る。DI 児にとって、育 ててきてくれた人が本当の父親であることは事実 であり、血がつながっていないから父親ではない と考えるのではなく、互いに「理解し合い、本当 の家族になることにパワーを注いで欲しい」と考 えている。 親が「子どもの立場になって」考えることと、 実際に子どもが感じていることには大きな隔たり があるように見受けられる。しかし、清水氏は親 が告知をしない背景には、DI 自体や告知に関する 環境が整えられていないことがあると論じている。

!.DI 児に対する社会的支援

1.DI 児に対する社会的支援の妥当性 文献分析および講演会の分析の結果とその前段 までに述べてきた内容から、自分が DI で生まれ たことを知り、またドナーの情報を知ることの保 障は不可欠である。そして告知のプロセスにおい て DI 児本人と家族、ドナーに対する支援と、三 者および医療機関との関係調節などの必要性があ ると考えられる。以下 DI 児および周囲への支援 について項目別に述べる。 ① DI児本人に対する支援 DI児は告知の際に大きなショックを受け、自 己のアイデンティティの揺らぎに直面する。ま た、両親やドナーに抱く複雑な感情、自己の生命 の捉え方など様々な想いが DI 児の心に押し寄せ る。そして、心に受けた傷に捕らわれたまま生き てゆく人も少なくはない。そこで、DI 児の中に 出生の事実を適切に位置づけ、彼らのアイデン ティティと親子関係の再構築を促す支援が求めら れる。さらに、出自を知る権利のサポートとし て、出自を知る方法やそのプロセスの説明、告知 のショックによって現れる DI 児の反応の受容、 ドナーの情報を得ることがもたらす DI 児への影 響を本人に伝える事、さらにドナーに対する思 い、あるいはドナーに会いたい動機の整理等の援 助が考えられる。また、ドナーに会ってからの展 望や DI 児の権利擁護への支援も必要である。 ② カップルに対する支援 カップルに対する支援は、不妊治療を受ける段 階から必要になると考える。不妊治療には身体 的・精神的・経済的負担が大きいことは先に挙げ たが、その上でなお子どもを望むのかどうかとい う時点から、夫婦のライフスタイルに対するサ ポートが必要だからだ。分析から、告知の良い効 果を引き出すためには良好な家族関係を築いてお く必要があり、生まれた子どもに告知する時期や 方法、そのための下準備などをカップル間でよく 話し合い、互いのコンセンサスをとる必要があ る。さらに、夫婦が夫の不妊をどう捉えているか は、その後の夫婦関係や親子関係に影響を与える ことから、この件に関しても両者の思いを分かち 合う機会が必要である。そして、告知後の家族再 統合に向けての育児支援や、カップルに対する親 族・世間からの非難や偏見に対処するための支援 などを含めたアフターケアが必要だ。 ③ ドナーに対する支援 分析によると、ドナーは提供精子によって生ま れた「子ども」に会うことに拒否感を示す場合が 多い。また、例え DI 児がドナーに会いに行った としても、DI 児を傷つける言動をとってしまう October 2006 ―187―

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