大久保 山根さんは、NHKでアナ ウンサーとしてご活躍をされ、女性 として初めてアナウンス室長におな りになり、そのあと退職されて、「こ とばの杜」という会社を立ち上げら れました。その活動の内容から、ま ずお話しいただきたいと思います。
子どもの言葉を育てる活動
山根 「ことばの杜」は、NHKを ほぼ同じ時期に定年退職したアナウ ンサーが集まったもので、メンバー を申し上げておきましょうか。広瀬 修子さんという NHK スペシャルな どでナレーションをやっている人。 宮本隆司さん、紅白なんかもやって おりました。「その時、歴史が動い た」の松平定知さん、この 4 人で 3 年間やってきたのですが、この 7 月 で丸 3 年たったので、またもうちょっ と新しいかたちでということで再ス タートしました。もう一人若手で、 中途で退局、ご主人の仕事の都合で 辞めざるをえなかった好本惠さんが ずっと一人で活躍していたので、彼 女に入ってもらって、いまアナウン サーが 5 人という感じです。 具体的な活動は、まず絵本の読み 聞かせです。 大久保 子どもとお母さんが対象 ですか。 山根 ええ、子どもさんを対象に した「読み聞かせ劇場」、あと親子に 対して読み聞かせのノウハウを伝え るような、読み聞かせ教室みたいな ものをやっています。あとは朗読会、 朗読アーカイブをやっています。そ れはいままで活字によって記録され てきた優れた日本文学の作品を声で、 人間の肉声で記録していこうという 活動です。 一つの柱としてはそういう音声 言語を大事にしていくということを やっています。これは声、人間の話 し言葉というのはあらゆる動物の中 でも人間を含む 3 種類の哺乳類と、 ウグイスとかヒバリなど鳴禽類を含 む 3 種類の鳥だけが、生まれたあと 学習しなければ言語を獲得できない のです。だから声の出し方一つにし ても、声の出し方そのものも周囲の 大人の声の出し方を見て子どもは学 んでいくわけです。 たとえばアフリカの山奥でオオカ ミに育てられたといわれる少女が推い の ち を 支 え る 言 葉
話すこと、食べることはひとの生きる根源
〈ゲスト〉山根 基世
氏
「ことばの杜」代表 元・NHKアナウンス室長大久保満男
8020推進財団理事長 「話す」ことと「食する」ことは、口から「出 ること」と「入ること」の違いはあっても、「生 きる力」を育むという意味で共通しています。 「人と心を通わせ自らの道を切り開いていくの には話し言葉は大切です」と山根さんは語り、 「食べること、会話することは人間の生きる力 にきわめて大事なこと」と大久保氏は話しま す。「人間力」を育てる視点から、多くのエピ ソードを交えながら進む二人の会話は、人の 営みは毎日のささいなことを大切にすること が人生、との感を浮かび上がらせる対談です。 大久保満男 理事長(左)、山根 基世 氏(右) プロフィール ●大久保満男(おおくぼ・みつお) 8020 推進財団理事長、日本歯科医師会会長、 歯科医師。1966 年日本大学歯学部卒業。静岡 市歯科医師会会長、静岡県歯科医師会会長・同 警察歯科医師会会長等を経て現職。1942 年 2 月生まれ、静岡県出身。理 事 長 対 談
プロフィール ●山根 基世(やまね・もとよ) LLP(有限責任事業組合)ことばの杜 代表。 1948 年、山口県生まれ。71 年、早稲田大学文学部卒業。同年 NHK 入局。主婦や働く女性を対象 とした番組、美術・旅番組、ニュース、「ラジオ深夜便」等を幅広く担当。NHK スペシャル等の大型 番組でも、原稿を隅々まで耕し、手を入れつくした山根流の語りは、見るものに深い感慨を発酵させる。 2000 年第 26 回放送文化基金賞受賞。2005 年、女性初のアナウンス室長。2007 年 NHK 退職後 「ことばの杜」を設立し、「子どもたちのことば」を育てることを目的に、朗読会、読み聞かせ講座、 教育教材の開発、指導者への支援など、放送経験を生かした社会貢献活動を行っている。2008 年第 54 回前島賞、2009 年第 9 回徳川夢声市民賞を受賞。現在、東京大学客員准教授も務める。 著書に、『ことばで「私」を育てる』(講談社文庫)、『「ことば」ほどおいしいものはない』(講談社)、『で あいの旅』(文春文庫)、『歩きながら』(文春文庫)、『女・今を一心に生きる』(三笠書房)などがある。 山根 もう一つ大事にしている柱 が、教育支援として話し言葉のテキ ストを作ろうという、テキスト開発 を考えています。これまでの日本の 学校教育は、どうしても読み書きの ほうに偏重しがちでした。話し言葉 ももちろん教育は始まってはいるの ですが、私が見て回ったところでは、 まだ話し言葉といってもだいたいが みんなの前に出てスピーチをする、 あるいはネコ派かイヌ派かとわざわ ざ対立点をつくって議論をするディ ベートみたいなものが多い。つまり はパブリック・スピーキングです。 パブリック・スピーキングできちっ とものが言える子を育てることもと ても大事なことなんだけれども、い まの子どもたちに必要なのは日常の 言葉です。この間も 2009 年度文科 省の問題行動調査の結果が出ていま したが、それによると小学校、中学校、 高校の児童生徒たちの暴力行為が 6 万 1,000 件近くに上っています。過 去最多です。本当に一瞬の激情で、 取り返しのつかない事件を引き起こ したりしている。それはやっぱり自 分の内面をきちんと言葉で言語化で きないいらだちみたいなものが大き な背景になっている。 そういう子どもたちの言葉を育て ていくうえでは、やはりパブリック ではなくて、プライベートの、日々 の暮らしの中で隣にいる人とどう心 を通わせるのかという、そういう話 し言葉の力が一番大事なのだけれど も、そこのところがいまもう家庭で も、地域でも育てられない状況になっ ていると思うのです。 つまり家庭はもう核家族が大半で す。そうすると母と子が昼間いて、 母と子は口なんか利かなくても、も うお腹がすいたころにはご飯が出て くる、喉が渇いたと思えば「ジュー ス」と名詞だけ言えばジュースが出 てくる。主語、述語を整えなくても、 相手の気持ちを忖度しなくても、も う何の苦労もなく生きていけるから、 言葉のトレーニングをする場がない のです。 しかも地域社会は崩壊しているか ら、学校の先生と親以外の大人と口 を利く機会がほとんどない。そして 大人同士が、あるいは異年齢の人た ちが会話したり行動したりするとき の様子を見る場がない。そうすると、 言葉というのは人間の関係や振る舞 い方とセットになって動くのだけれ ども、そういうことを学ぶ場がない と思うのです。 だ か ら い ま ま さ に 日 常 の、 日 々 の話し言葉を子どもたちにちゃんと 教えなければ、身に付かない時代に なっていると思うのです。社会全体 がもう子どもたちの言葉を育てる意 識を持たなければいけないだろうと いうことで、何とか子どもたちに日々 の暮らしの中で使える話し言葉のト レーニングをしてもらいたいと思っ 定年齢 8 歳ぐらいで見つかりました。 彼女は 18 歳で死ぬのですが、最後 まで言葉を話せなかった。だから言 語形成期の幼年期にいい日本語をき ちんと聞かせるということが、日本 語だけではないのですが、人間の言 葉を獲得するうえで非常に大切なこ とだということです。
心を通わせる会話
山根 もう一つ、肉声の力があっ て、人間の肉声はどんな楽器よりも 人の心に届く。私は肉声というのは 頭や耳から入るのではない、幼子を 抱いて読み聞かせて、肌から直接心 に染み入るんだと思うんです。人間 のぬくもり、日本語の中にあるリズ ムや響きの美しさ、そういうものを 幼い体を通して心に刻んだときに、 それは生涯その子の言葉を支えるだ ろうし、ひいては人間に対する信頼 を保つことができるのではないかと いう思いがあります。 特に私たちアナウンサーが社会 貢献として子どもの言葉を育てる活 動をする以上は、自分たちが 30 年 以上 40 年近い蓄積を生かしたい。 NHK アナウンサーというのは放送開 始以来 85 年、脈々と日本の話し言 葉を担ってきた集団なので、その中 でそれなりのノウハウを自分たちが 受け継ぎ、また次にバトンタッチし ているわけだから、そういうものを 社会還元するという意味でも音声言 語を大切にして伝えていこうと考え ているわけです。社会全体で子どもたちの言葉を育てる
て、いま東京学芸大学の先生たち、 あるいは付属の小中学校の先生たち と相談しながら、テキストの開発を 進めているところです。 大久保 最初から大きな問題が提 起されましたが、まず山根さんとの 8020 推進財団会誌で対談したいと 考えたきっかけについてです。平成 元年から当時の厚生省と日本歯科医 師会が共同で 80 歳になっても 20 本 の自分の歯を持って、元気な余生を 送りましょうという 8020 運動を始 めました。正確なデータはないので すが、平成元年の当時は 80 歳で 20 本以上の歯を持っている人の比率は、 たぶん 10% 前後と言われていまし た。 山根 私の姑が80歳で20本あっ たんですよ。数年前に亡くなりまし たが、でもいいなと思っていました。 大久保 それが20年で、いまで は 26% を超えています。われわれ 専門家もこれほど速いスピードで伸 びていくとは思っていなかったので す。とにかく 20 本以上の歯を持っ ているとほぼ何でも食べられる。 山根 堅いおせんべいも食べてい ました。
食べること、会話すること
大久保 それは人間の生きる力に とってきわめて大事なことです。私 は 4 年半ぐらい前に会長になりまし たが、自分たちの仕事、日常のルー ティンワークをこなしていくと、そ れが目的のようになってしまう。精 密な入れ歯をつくるとかの技術論に なりがちです。もちろん技術は大事 ですが、それは何の目的でやってい るのか、つい考えなくなる。そこで まずみんなで共通のビジョンを持と うということで掲げた定義が、口の 機能を維持、増進させることで、食 べることと会話をすること、人間の 生活の根幹にかかわる、生きる力を 支えるのが歯科医療だということで す。 口の役割は食べることですが、い まお話のように会話をするというの も、実は口のものすごく大きな機能 です。これは人間が直立して歩くこ とで、のどの構造が変わる。つまり、 言葉と音を分節化して出せるように なる。直立して、ここの構造が変わっ たことによって音を分節して出せる ようになって、そしてそれを今度は 口の中できちんと音を整える。いわ ばオーケストラボックスみたいなも ので、口の中で響かせて声が出てく るわけです。そのときにやはり歯が ないということは、話にならないと 冗談で言うのですが、ものすごく大 事なことです。 ご承知かもしれませんが大阪大 学総長に鷲田さんという哲学者がい らっしゃいます。 山根 鷲田清一さんですね。 大久保 すごくすてきな方ですが、 あの方と前から親しくて、鷲田さん に記念講演をしてもらったりして、 「生きる、食べる、幸せ噛みしめる」 というテーマで、シンポジウムをやっ たのです。 これは鷲田さんともいつも話すの ですが、動物は生きるためにだけ餌 を食べているんだけれども、人間は 食事をするということはそこにルー ルが入ったり、おいしいものを食べ ようとしたり、みんなで一緒に楽し く食べたりするという、文化として の食が入ってくる。これは人間にとっ てすごく大事なことです。 実は会話も、単にコミュニケーショ ンで「こんにちは、いいお天気です ね」と生きていくだけのコミュニケー ションではなくて、そこにはたとえ ば詩のような文学的なものが入った り、言葉が洗練されて文化になった りということがあるでしょう。そう すると必然的にそれがなければ生き られないものを、ものすごく洗練さ せることによって、一つの文化とし て育てていくことも人間の特質だと すると、食事も会話も、実は同じよ うなものではないかということが一 つあります。 もう一つは、これはむしろ山根さ んのように普段お話をしている人に とっては当たり前のことなんだけれ ども、よく言うのは、人間の会話ほ ど人間が生きるうえに自然なことは ない。つまり呼吸と同じです。呼吸 しないと生きられないので、息を吸っ て、言葉によって吐く。何か聞いた ところによると、息を吸いながら音 を出すというのは、アフリカの 1 部 族にあるだけだそうです。普通は吐 きながら言葉を出すわけですから、 その合間に吸うわけです。呼吸と会 話がまったくシンクロしている。同 じものとして存在する。 こ れ は 昔 読 ん だ 本 で す が、 筒 井 康隆さんの『関節話法』をご存じ ですか。 山根 はい(笑)。 大久保 あれは本当に傑作ですね。 山根 抱腹絶倒です。 大久保満男 理事長大久保 『関節話法』を読んでいな い人のために言うと、主人公がある 星にたどり着いたら、そこの星の住 民は口ではなくて関節をポキポキ鳴 らすことで会話をする。しかしその エネルギーは大変なことです。人間 だったら 2 時間でも 3 時間でもしゃ べろうと思えばしゃべれる。それは 呼吸という生理と、話すということ がシンクロしているからだと。あれ は本当に傑作な SF だったのですが、 そういう意味で会話というのは人間 の生理と結び付くと同時に、文化と して洗練されていく。 もう一つ、マルセル・グリオール というフランスの文化人類学者が書 いた『水の神ドゴン』という本があ ります。 ドゴン族というのは美的にすごく 洗練された部族で、家のドアとか面 とかは後にヨーロッパで美術品とし て高い評価を受けています。しかし、 文字がない。 グリオールは文化人類学者として ドゴンを研究対象にしていたのです が、そのグリオールをドゴンの人た ちが見ていて、この人は信頼できそ うだとたぶん思ったのだと思います。 それである日、使者がやってきて会 わせたい人がいるからついてきてく れと。行ったらドゴンの部族の盲目 の呪医がいた。酋長と違って文化的 なことを司るトップです。その人が 自分たちに伝わっている話をあなた に伝えようと言って、もちろん目も 見えないし、文字もない。1 週間延々 とドゴンの神話を語り続けた。それ が『水の神ドゴン』という 1 冊の本 になっています。 アイヌの叙事詩もそうですが、文 字を持たない民族というのは、結局 語りによってしか文化を伝承できな い。だけどそのことによって、実は すさまじいエネルギーが語るという ことの中に出てきて、アイヌの叙事 詩を語るアイヌの民族団を私も一度 聞いたことがあるけれど、言葉はわ からなくても本当に感動的です。 だから人間が文字を持ったという ことは、記録として後世に残せたと いう大きな意味があるけれども、逆 に文字をつくったことによって語る ということのエネルギーが小さく なっていく。1 週間しゃべり続ける 神話を、次の世代に伝えていくとい うのはすさまじいことです。それを 全部記憶しているわけですから。 いま山根さんがおっしゃったよう に、近代人は、話すということのエ ネルギーがどうしても読み書きのほ うにいく。話すエネルギーが逆に少 し脇に追いやられていくというのは、 ある意味で近代とか現代が持ってい る、しかもみんなが読んだり書いた りできる時代のプラスであると同時 に、語るということのエネルギーに おいて逆にマイナスであるのだろう。 だからそこをどういうふうに意識的 に育てていくのかというのは、すご く大事なお仕事なんでしょうね。 山根 そうですね。言葉というの は、本来話し言葉が原点です。それ こそキリストにしてもモハメッドに しても仏陀にしても、語ればそのこ とに心を動かされた人たちが必ず伝 えてくれるという信頼があって、彼 ら自身は決して書いていない。 大久保 そうです。ソクラテスも 書物は残していませんから。
意味内容を呼吸と合わせて読む
山 根 だ か ら や っ ぱ り 言 葉 と い うのは聞いた人がそのことに心を動 かされ、その心を動かされた人が必 ず後世に伝えていくという仕組みに なっているのだと私は思います。 いまおっしゃっていましたけれ ど、私たちは体験的に感じるのです が、たとえば読むということは呼吸 そのものです。だから 1 ページ 1 セ ンテンスのような近代になって出て きた文章があります。近代以前だと、 意味内容と呼吸がピタッと重なって いて、一つの息の中で必ず人間は一 つの意味のことを言う。それが人間 の生理だと思うのですが、近代以降、 それでは情緒しか伝えられないので はないか、もっと論理の言葉を手に したいということで、どんどん文章 が長くなってきて、1 ページにわたっ て 1 センテンスという大江健三郎さ んみたいな文章も出てくるわけです。 大久保 蓮實重彦さん(元東京大 学総長、フランス文学者、映画評論家、 文芸評論家)のような。 山根 ただ、やっぱり意味の切れ 目はあるわけです。だからそのとお りに一つずつ、その意味の塊を一つ の息で収めながら、全部分解して、 本来書いてある句読点を全部外して 意味で編集し直して、呼吸と合わせ 山根基世 氏語りの世界、語りのエネルギー
山根 作家の文体というのは、そ の人の深遠な世界観がそのまま表れ たものでしょうからね。誰にでもわ かるように短く切って書く、放送用 のコメントとは違いますよね。 歯科のお話ですからあえて言いま すと、私たちにとっては歯というの は商売道具なんです。 私が若いころ、中西龍さんという アナウンサーがいらしたんですが、 「文吾捕物絵図」などの名ナレーショ ンで有名な方でした。入局したばか りの新人には先輩の誰かがついて先 生をするのです。彼が私の先生で、 山根基世の「ご養育係」を命じられ たわけです。その人がすごいのんべ えだし、いまちょっといない傑物だっ たんです。 新人で大阪に赴任したばかりの私 のご養育係で、じゃあ何を教えても らったのと言われるんだけれども、 何も教えてくださらない。「ああ、お 湯の流れる温泉で、女と一緒に風呂 に入りてえな」とか、そんなこと新 人に言うことですか(笑)。何がアナ ウンスに関係あるんですかというみ たいに。 夜、飲みに行くのですが、大阪の ミナミの歌舞伎座のすぐそばに細長 い、ウナギの寝床みたいな飲み屋さ んがあって、そこにおばあちゃんが いるんです。龍さんと私が行くと、 おばあちゃんが「龍ちゃん、よお来 たな」って本当にかわいがって、そ こに行くと龍さんが甘えて、飲むほ どにすぐ泣き出したりするんです。 それがどうも 3 歳のときに実母に 亡くなられて、継母が来て、辛い思 いをした、そんな背景があるらしい。 それで、「大黒様」とか「因幡の白兎」 とか「月の砂漠」とか童謡を切々と 歌うんです。今思えば、母恋いの歌 なんでしょうね。そして「基世ちゃん、 僕はね、こんな顔ですけれど、女に もてましてねえ」なんていろいろな 人生経験を語り、人生を教えてくだ さっていたんです。 NHK の中にもこんな人がいるのか と、窮屈に考えていた職場が自由な 所に思えてきましたね。だから無駄 にも思える話が、案外、組織を生き る上での基礎体力を養ってくれたよ うな。 その龍さんが定年前になって「基世 ちゃん、歯は大事だよ」って。あれ だけ有名な名ナレーターだったので すが、最後に入れ歯にしてからやっ ぱり全く読みにくくなった。だから 「基世ちゃん、歯を大事にしなさい よ」っておっしゃってくださった。 まだ 20 代の半ばぐらいですか、歯 とアナウンスが関係あるなんて思い もしなかったのです。それは先輩に 言われなければ気がつかなかった。 それは大阪時代でしたが、東京に 異動してすぐ、私は相当乱れてむし 歯もあったし、ねじれた歯もあった のですが、それを 3 年がかりで全部 きれいにしたんです。 奥歯がねじれているのを矯正する のに、突起がついてゴムか何かをか けるのですが、その間、もうすごく 読みにくくてとちりそうになるんで す。周囲の人がちょっとやめたらと か言うんですけれど、いま 1 年半たっ たのに、ここでやめたらまた元も子 もないと思って、もう歯を食いしばっ てきちっと全部矯正して、その後四 半世紀、申し訳ないのですがまった く歯科医にはかからなくて済みまし た。 大久保 定期的には行ってくださ い(笑)。 山根 私の歯が、あるべき姿であ るべき位置にきちんと整ったとき、 アナウンサーとしても本当に再ス タートできるという気分になりまし たね。 さすがに最近は時々治療に行くん ですが、歯医者さんがこの間私の写 て読むと、聞いている人は読んでい るときに全然わからなかった文章が、 非常によくわかるようになるのです。 ですからやっぱり私が原稿を読む ときに一番心することは、意味内容 がどういう塊で伝えられているか。 その意味内容と呼吸を合わせること に一番心を砕くのです。そのために は黙読 100 回、その中で作者が何を 伝えようとしているのかということ をきちんと読み取って、組み立てを し、ではどういう息づかいで読むの かという呼吸の計算から入るように しています。 大久保 なるほど、それはおもし ろいですね。そういうのは、たとえ ば具体的に大江さんの名前が出たけ れども、大江さんの文章を、確か国 語研究所の所長が悪文だと昔言った ことがありましたが、作家にとって は自分の表現としての文学だし言葉 だから、特に純文学の場合には声に 出して読まれるということを対象に はしていない。 そういうことで、今おっしゃった ようなそういう文章を、逆に読み手 の側、あるいは聞き手の側から構成 し直したときに、作家にそれを聞か せたことというのはないんですか。 その反応を知りたいのですが。 山 根 そ う で す ね、 大 江 さ ん な んかは、どうなんでしょう、ご自身 でも割に声に出したときのことを意 識しているんだというふうにはおっ しゃっていますね。だから形容詞が 3 行ぐらい続くんですが、ご本人の 前で申し上げたことがあるんです。 あれは呼吸をちゃんと合わせて読 むと、聞いている人がびっくりする くらいよく伝わるんですと言ったら 笑っていらっしゃいましたけれどね。 大久保 そうですか。でもそこは、 書き言葉というか、特に文学者の文 章というのは、あれは通常の文章で はないですからね。その人しか表現 できない言葉のつながりというのが ありますから。
アナウンサーも歯が大事
真を見て、ちょっと気になるからっ て前歯を治してくださったんです。 それは先生がご覧になって、このほ うが美しいだろうと思ってやってく ださったのですけれども、微妙に上 唇が引っかかってしまうんです。 次の時「どうですか、調子は」とおっ しゃるからそれを申し上げたら、「あ あ、それを治すためにこうやって様 子を見てもらっているので」と。ア メリカで勉強してきた人らしいので すが、アメリカでは必ず歯の治療が 終わると「ミシシッピ」と言わせるっ て(笑)。 「ミシシッピ」がちゃんと正しく発 音できるのが正しい歯の状態なのだ と教えられたと。だからいまお医者 様たちも、そういう発音も含めて考 えてくださっているんだな、ありが たいなと思いました。 大久保 普通の職業の人は、なか なかそこまでは神経質にはなれない のですが、でも今おっしゃったこと は、基本的にすごく大事なことで、 本当に歯の位置、歯のずれ具合、微 妙なところで言葉のニュアンス、言 葉が発せられるときの音も含めて、 口の中はものすごく鋭敏なんですね。 落語家の三遊亭円生だったと思いま すが、彼の評価には「入れ歯前」と 「入れ歯以後」で分けるということを 聞いたことがあります。
口の修復能力
大久保 歯そのものはエナメル質 という一番上の、きれいな歯だねと 言われる白い部分、あれは人間の体 の中で一番硬くて、骨よりも硬いん です。だから変な話だけれど、埋め られた遺体は、骨は溶けても歯だけ は残るので、歯型でその人が誰であ るか、生前歯医者さんに行っていて カルテがあると、レントゲンなどで 治療の跡で誰かがわかる。 ずっと昔の人類が地層から出てき たときには、この歯のかたちだけで 人間に近いのか、サルなのかの区別 ができるくらい、食べるものなどに よって歯のかたちはまったく違って くるし、進化もしてきますから、そ ういうことも含めて、歯は人間の進 化の過程を示しています。 その硬い歯でも、たとえば食べ物 を食べて、髪の毛 1 本が中に入ると 噛んだ瞬間にわかるでしょう。歯が 感知するのではなくて、歯を支えて いる周りの神経がものすごく鋭敏で、 本当に何ミクロンの世界で噛んだ瞬 間に、ああ、何か噛んだ、異物を噛 んだと。実はそれがないと人間は危 険で食べられない。危険なものを飲 み込んでしまうかもしれない。だか ら口の中はものすごく鋭敏なんです ね。 それから舌は火傷をしたり、すぐ に傷つきます。ところがすごく治り が早いんです。福岡伸一さん(青山 学院大学教授)と対談したときに聞 いたら、福岡さんが出した説ではな いんですが、ネズミはだいたい 10 日ぐらいで体の細胞が全部入れ替わ る。 山根 動的平衡というわけですね。 大久保 そう、動的平衡です。対 談の中で、「大久保会長、人間の体の 中でどこが一番早く動的平衡から元 の状態に戻るのかというと、舌だ」 とおっしゃるんです。舌の表面の細 胞はだいたい数時間で入れ替わる。 山根 そうなんですか。 大久保 もしも舌がやられて何日 も治らないと、その間食べられない じゃないですか。そういう意味でい うと人間の体というか、動物の体と いうのはものすごく合理的にできて いて、慌て者なので熱いものを食べ て火傷をしたりしますが、そのとき に嫌だなと思っても、次の日に起き ればほとんど治っています。 そういう意味では口の中はすごく 鋭敏であると同時に、修復能力がも のすごく早い。それはもちろん話す ことも含めてかもしれないけれど、 食べるということがいかに人間とい う生き物にとって大きなものである かということでしょうね。人の言葉はご馳走
山根 そうですね。でもホームペー ジのはじめに大久保さんが書いてい らっしゃいましたが、食べ続けるこ とが生きることだと。私はあれを読 んで正岡子規の取材をしたときのこ とを思い出したんです。 彼の『仰臥漫録』なんかを読んで いると、食べるものが本当に細かく、 全部羅列されていますよね。だから 私はあのとき生きるって食べること なのねと実感したんですけれど、彼 は本当にあれだけの病気だったけれ ども、歯はよかったんでしょうね。 大久保 あるいは逆に言うと病気 で食べられないときもあるから、願 望みたいなものも含めて、でもメモ は食べたものをずっと書いています からね。 山根 ええ。吐いても、下痢して も食べるんですよね。私は郷土料理 の取材で行って、漱石が来たときに 松山鮓 ( 愛媛県松山地方の郷土料理 ) をお母さんがつくって食べさせてあ げるんです。漱石と子規と虚子と 3 人がお母さんのつくった松山鮓を食 べるときの様子を虚子が記録してい るんですけれど、漱石はきちっと正 座して行儀よく、米粒一つこぼさな いようにして食べるんだそうです。 大久保 いかにもそういう感じで すね。 山根 子規のほうは、もう和服で あぐらをかいて、ガツガツと食べる。 まだ松山にいるころですから、その ころは病気がまだそれほどでもない のですが、東京でも松山の味を恋し がってはおせんべいを取り寄せたり、 死ぬまで松山のものを取り寄せては 食べていたと。 大久保 ブリア=サヴァランという美食家が、「あなたは何を食べてい るか言ってみたまえ。そうしたらあ なたの性格を当ててみよう」と言う んだけれど、おもしろい話があって、 北条早雲だったか、とにかく北条家 の当主が、自分の息子が食べている ところを見て、「お前はもう当主には 向かない。味噌汁にご飯をかけるの に、何回も分けている。たかが一杯 の味噌汁にどれくらいかけたらいい のか、その塩梅がわからないやつは だめだ」と言われたそうです(笑)。 山根 でもそういうことってあり ますよね。 大久保 あるんでしょうね。 山根 細かいことが、その人の全 体を示していたり ( 笑)。 大久保 「細部に宿りたまう」です からね。 山根 でも私は本当に旅番組が多 かったので、町や村の片隅でひっそ りと生きている人たち大勢に会いま した。ひそかに、しかし非常に志高 く生きている人たちがいるわけです。 そういう人たちの話を聞いたあと、 何か本当にすごく深い満足感がある んですよ。 これは何なんだろう。全身の細胞 がみなぎってくるような喜びがある んです。何かに似ている、この喜び は何だっただろうと思ってよく考え たら、おいしいものを食べたあとの 満足感とそっくりなんです。 だから私は、人の言葉はご馳走だ と思っているんです。それから言葉 ほどおいしいものはないと思ってい るんです。同じ口が行うことだから かしら(笑)。
「味わう」という言葉
大久保 私がとても大好きで、少 し仲良くもしていた方に河合先生が いらっしゃいます。 山根 河合隼雄さんですね。 大久保 はい、河合先生とは実は 対談をしているんです。その対談は、 河合先生が倒れるひと月前で、公式 の対談は私との対談がたぶん最後 だったのだろうと思うんです。 河合先生のお友だちが不登校の子 どもたちを集めた学校を開いた。河 合先生に私はこの話を聞いて感動し たと言ったんだけれど、そこの校長 先生が、最初に学校の先生を集める ときに、普通は何科の先生とかといっ て集めますが、食べ物の賄いをする 人をまず先に見つけた。とにかく真 剣においしいものを作って食べさせ てくれる人をまず最初に見つけた。 全寮制ですから、食事が終わると 部屋に帰ってこもっている。食堂が あるのにそこに出てきても隅っこの ほうでパーッと食べると、ごちそう さまも言わずに自分の部屋に戻って いく。 ところが 1 週間ぐらい経つと、食 べる速度が少しゆっくりになって味 わうようになるのがわかる。そのう ちにおいしい、ごちそうさまという 言葉が出てくると、不登校が直るん だそうです。全部が直るかどうかわ かりませんが、少なくともそういう 傾向がはっきりと見える。 だから河合先生は、「味わう」とい う言葉は日本語としてものすごくい い言葉で、これは何も食事の味だけ ではなくて、人の気持ちを味わうと か、雰囲気を味わうとか、そういう ことが味わうという言葉にあります ね。だから味わうことができる人間 が、結局人のことがわかり、人とコ ミュニケーションができる。そのこ とがものすごく大事なのだと。 今おっしゃったように言葉という ものが持っている力、その言葉を自 分が発するということは、たぶん自 然に出てくるんです。 山根 体から出るんですよね。 大久保 その瞬間にもう自分の中 に、いろいろなものが全部収まって しまうのでしょう。そういう意味で は、言葉というのは人間にとっても のすごく大きなものですね。 山根 そうですね。幸せな遺書
大久保 それともう一つ、さっき 子規のお話が出ましたが、河合先生 と鷲田先生の対談の中で、オリンピッ クのマラソンで 3 位に入って、その あと自殺した円谷さん、あの方の遺 書がもう本当に食べ物しか書いてな い。 山根 そう。「干し柿おいしゅうご ざいました。おまんじゅうおいしゅ うございました」ってね。 大久保 それだけでしょう。鷲田 先生は、「あれを最初に読んだとき にとても悲しい文章だった。つまり 最後の遺書に食べることしか出てこ ないと自分は読んだのだ」と言った ら、河合先生が、「いや、僕はそう 読んでない。最後に思い出したこと が、一番幸せな食べ物だったという のは、円谷さんがそれまで生きた世 界は 1 位がすごいことで、2 位、3 位だとだめだみたいな世界の中で、 つまり順番をつけられる世界の中で 必死になって生きてきて、そこから 抜け出そうとしたときの最後の瞬間 に思い出したのが、全部食べておい しい、感謝するということだったと いうのは、あれはすごい幸せな遺書 だ」とおっしゃった。鷲田さんが「あ あ、そういう解釈があるんだ」とおっ しゃった。 そこは私は食べるということと、 それを言葉として出してきたときに、 単に食べたものだけを出したのでは なくて、まさにその食べている場面 も想像しながら、感謝も込めてあの 言葉が出てきたということだとする と、幸福な遺書というのは、もちろ ん河合先生は言葉のあやとして、比 喩として言ったんだけれども、でも やっぱりいまおっしゃったように食 べることと言葉として表現すること が、人間が生きていることの一番根 底のところで、人間を揺り動かして いるところなんでしょうね。山根 「愛」というのは、結局食 べ物に集約されるという気がします。 というのは、私なんかは、愛情の表 現がすぐに食べ物になってしまうん です。ついこの間、親しい友だちを がんで亡くしたんですけれど、彼女 は仕事のうえでも活躍した人ですが、 結局仕事も辞めざるをえなくなって、 ずっと家で本を読んでいたんです。 彼女はものすごく食べることが好き だったんですけれど、外に出るのも 面倒になる。結局私は材料を持って 彼女の家に行って、何かつくって一 緒に食べたいと思う。彼女はワイン を 1 杯ぐらいしか飲めないので、私 は残りのワイン、ボトル 1 本全部飲 みながら、食べながらただただしゃ べっていたんです。 また、いま私の大好きな同級生が 入院して、彼女はがんではないので すが、口の中が口内炎で荒れて、あ まりものが食べられず、ガリガリに やせたんです。そうするとやっぱり 何か作って持って行ったりするんで す。そうせずにいられない、彼女の ことを思えば。 私は「ラジオ深夜便」という深夜 の番組をやっているときに、日本で も奇病といわれる難病の七十いくつ の男の方で、もう亡くなったのです が、私がある日、本物のカワセミを 見てすばらしく感動して「深夜便」 の中で話したんです。そうしたら彼 が自分の家の庭で撮れたというカワ セミの写真を送ってくれるように なったんです。彼は私が「深夜便」 を担当した 2 年、昼間の番組に入っ て 4 年、結局ラジオをやった 6 年間、 ずっと毎月すばらしいカワセミの生 の写真を、コメントを付けて送って くれました。 その中で私は覚えたのですが、つ まりカワセミのこういう求愛給餌と いうシーンを、本当にオスが採った 魚、クチボソをメスのくちばしに入 れている瞬間の写真を送ってくだ さって、これが求愛給餌、愛を求め て餌を与える。鳥はみんなそういう ことをやる。私は、ああ、これだと。 それからある日、新聞に載ってい たのですが、アフリカのチンパンジー が、人が作ったパパイヤの畑はああ いう野生の動物にとってものすごく 危険度が高いのですが、だけどその 畑まで行って、栽培されたパパイヤ を取って、メスに与えに行くんだそ うです(笑)。 結局、「愛」を与えるというのは、 餌なんです。動物たちにとって生き ていくうえで欠かせない、自分もと ても欲しいものを相手に与えるとい うことが愛の原点だと。私は母の愛
「愛」の原点
というもの、愛というのは目に見えないけれど、暖かいお日様の臭いの するお布団に寝させたいとか、気持 ちのいい下着を着させたいとかとい う思いと同じように、何かおいしい ものを食べさせたいという気持ちと いうのは、「愛」の一番原点になるも のだと思います。そうするとやっぱ りそれを受け止めるためには、食べ られるというのはすごく大事なこと だなと。ガン施術前の口腔ケア
大久保 そうですね。それと今の お話で思ったのは、大変な高齢社会 です。いままでは地方で高齢化が進 んできた。実はここから今度は団塊 の世代が、2025 年くらいに 75 歳 になるんです。だからものすごい勢 いで日本の社会も一気に高齢化が進 む。しかもその世代は都会に住んで いる人が多い。 山根 みんな田舎を捨ててきたん です。 大久保 埼玉、千葉、東京、神奈川、 こういうところがものすごい勢いで 高齢化する。そうすると、結局核家 族の中で、孤立した高齢者がどんど ん高齢化していくという時代の中で、 いまのお話のように食べられる人生 を最後まで送るために何をしたらい いのかというのが、実はものすごく 大きな課題なのです。 これは食べるだけではなくて医療 もそうですが、今それで壮大な実験 をいくつかでやっています。たとえ ば永山でしたか、大きな団地がいま ほとんど高齢者だけになっていると か、ああいうところを壊して新しい まちを作るときに、高齢者を中心に したまちづくりをする。何かあって も 20 分以内に、医者でも誰でも必 ず駆けつけられることを中心にまち づくりをするということが、すでに もう実験という言葉が正確かどうか わからないけれど、実際に計画され 始めている段階です。言ってみれば 読み聞かせ講座での山根さんそういう社会を世界で初めて日本が 体験するのです。だから日本がここ をどう乗り越えるか、世界中のみん なが見ている。 山根 課題先進国といわれている んですね。 大久保 はい、ものすごい課題な んです。その中で、私たちはとにか くさっき言ったように昨日食べたも のはおいしかったと言って亡くなっ ていただける状況は、私たちにしか つくれない。さっき口内炎とおっ しゃったけれど、それは一口では何 とも言えませんが、たとえば口の中 をきちんとケアすると、治るケース がかなりあります。 いま私たちは国立がん研究セン ターと提携を始めたのですが、がん の患者さんが、たとえば放射線治療 とか抗がん剤のように非常に強い治 療をすると、口の中に口内炎みたい なものができて食べられなくなって しまう。 口の中にはだいたい 100 種類く らいのばい菌が、すさまじい数で存 在します。1 ミリリットルの唾液で 1 億ぐらいいますから、それはもう 殺すことはできない。むしろそれが きちんと生態系として整っていると いい。それが乱れると、たとえば化 膿性の菌とかが増えてくると、手術 後にひどい口の中の状況が生まれる。 だから手術や措置をする前に口の中 をきちんと整える。そうすると、あ る県立がんセンターのデータですが、 普通の病院では手術をしてから口か らものを食べられるようになるまで 1 週間から 10 日かかるのが、2 日 か 3 日で食べられるようになるので す。ということは体力もつくから、 退院も早くなる。 そのくらい違うので、国立がん研 究センターが是非やりたいというの で、がん治療の前に歯科治療や口腔 ケアでそれを防ぐことを始めるため に、過日、嘉山理事長と私とでお互 いに署名をし合いました。
健康長寿の人とそうでない人の長寿
大久保 口の中というのはそのく らいものすごく大きな影響をしてい る。特に高齢社会を迎えて、一つい ま私たちが考えているのは、この 8020 で す が、 た く さ ん 歯 を 持 っ ている人は、明らかに健康寿命が長 いということがだんだん明確になっ てきました。女性 86.44 歳、男性 79.58 歳、平均寿命が伸びました。 健康寿命はだいたい 75 ∼ 76 歳で すので、平均寿命に追いつかない。 健康寿命の人が増え、要介護の人 の数が少なくなれば、それだけ手厚 い介護ができるわけです。 それからもう一つは、でもなおか つ人の力がなければ生きていけない、 自立できない人に対しては、食べら れるようにきちんと義歯を入れると か、清掃をすることによって、その 人の体力を減らさない。つまり QOL を下げないということで、最後まで、 できれば健やかに過ごしてもらう。 私たちも食べるということに関して 言うと、ここはすごく大きな仕事な のです。 たとえばこういうケースがあるの です。長い間、入れ歯のなかった人 の顔は無表情です。でも、総義歯を 入れた瞬間に、まず笑うんです。 それから言葉が出てくる。その瞬 間に顔の表情が人間の表情になるの です。 人間にとっては食べたり話したり することは、単に見かけの問題では なくて、ちょっと言葉はオーバーか もしれませんが、人間の尊厳みたい なものにたぶん関わっているので しょう。過酷な運命を生きた女性
山根 そうですね。それと自分と いう人間の存在の中に渦巻く感情が ありますが、それをきちんと言語で 表現できるということが、その人の 魂を救うようなところがあるんです よね。それができないから、いまの 子どもたちはああいうふうに荒れる んでしょうけれど、私が会った方 で、雫石とみさんという非常に苛酷 な運命を生きた女性がいます。その 人は,87 年にたった一人で 2,800 万円を寄付して高齢者向けの優れた 文学作品に賞を与える文学賞を設け てほしいという話を厚生文化事業団 に持ち込まれたんです。その 2,800 万円というのが、その人にとっては もう大変なことなんです。 大久保 別にお金持ちでも何でも ないわけですね。 山根 ええ、もう極貧の農家に生 まれて、小学校もろくに行かないま ま 20 歳のとき東京に出て、ずっと 土方仕事をしていた人なんです。同 じ仲間と結婚して子どもが生まれて、 貧しいながらも幸せな家庭を築いて いたんだけれども、あの東京大空襲 の夜に 4 人で手をつないで逃げてい る間に、人の波が追いかぶさって、 気がついたら家族はもうだれもいな くて、たった一人残されて、10 年 上野の山を放浪しているんです。 戦後間もないころ女子収容所とい うのがあって、浮浪者とか引揚者が 売春に走らないように女性を収容し ていたのですが、そこでも本当に苛 酷な目に遭って、職員たちから虫け らのように扱われるんです。 そこに入ってしまえば、雨風はし のげるし、寝ていても遊んでいても 三食食べられて生きていける。ほか の女性も、とにかく出る人はほとん どいないんだけれど、彼女はどうし てもこんなところには居られないと 考える。 自分の中にある気持ちを口に出そ うとしても一切言えない。一言でも 口答えしようものなら殴ったり蹴っ たりされる。髪を持って引きずり回 されたりする。自尊心をずたずたにされて、こんな所には居られないと 思うんです。 彼女は栄養失調で失明しそうに なって、それで収容所に入ったので すが、そういう目に遭ったので、彼 女は何としてもそこを出ようと思っ て、その施設からずーっと目の治療 に通いながら土方仕事をしながらお 金をためていくんです。