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欲望のエネルギー論 (その6)

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欲望のエネルギー論

( その 6 ) 正 日 10。 商 人 機 械 (2)一 ― 社 会 の 糸率― ― …タンパ ク質分子はその組立様式か らみるとむ しろパラフィン系炭化水 素 とか合成高分子に似 ていることが分か りました。 それ らはモノマー と い う構成単位か ら出来ている長vヽ鎖 であって,タ ンパ ク質ではア ミノ酸 が このモノマー となっています。…そしてタンパ ク質は生物体の本当に 必須の成分 である,あ るいは生 きている細胞工場の工作機械であるとい って もよいことが分かったのです。 一 十 ケ ン ドルー 『生命の糸』 生命 の システムにおけ る活動 の源 は化 学エネル ギー であ る。化学エネル ギー は もとも と無定 型 ・無方 向の未分化 な状 態 で存在 す るが,こ れ を生命活動 に必 要 な有 方 向の個別具体 的 な力 に変換 す る超分 子的 な構造,そ れが生体 高分 子 の 有 方 向集合 か らな る く分 子機械 〉 であ った。 そ して,そ こへ化 学エネル ギー を 運 搬 ・供 給 す るエ ネ ル ギー分 子 が,ATP(ア デ ノ シ ン 3リ ン酸)な の で あ っ た。一方,社 会 一経済 システムにお いて,系 を作動 させ るエネル ギー は 〈欲望 〉 であ った。 そ して もともと無定 型 ・未分化 であ る欲望 エネル ギー を社会 的 スケ ー ルで有方向の力に変換す る構造 (のひ とつ)が く商人機械〉 であ り,そ の際 ネCsikszereda/Miercurea―Ciuc,ErdOly/Transylvania,1996.8.7.本節の主要 アイデアは, Transylvania地方の現地調査 の際,筆 者が滞在 した Cslkszereda市の Tatar氏 宅 で着想

され た。Tatar家 の皆 さんに謝意 を表す るとともに, この海外研修 を承認 された滋賀大学 教授会 の構成貝諸氏に も御礼 申 し上 げ る。 チャウシェス ク時代 のルーマニアは,強 権 的国 家統制 の もと,極 度 のモ ノ不足に よる耐乏の状 態 で,石 油が配給制 だった り,農 繁期 の労 働報酬 が現物支給 だ った り,… etc.…, とい う具合 に貨幣経 済が十分 に機能 していなか っ / 石 里 小

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7 2 彦 根論議 第 3 1 3 号 欲望 のエ ネ ル ギー を運搬 ・供 給 す る役 割 を果 た して い る社 会分 子が 〈貨 幣〉 で あ る。 また く商 人〉とは,こ の し くみ (機械 )の 中でエネル ギー分 子の選 別 を 行 って系が平衡 に向かお うとす る力 を くい とめ,社 会全体 にマ クロの有方向の 力 を与 える 「マ クスウェルの魔」であった。以上のことをふ まえ,本 節では, この しくみ,つ ま り 〈商人機械〉がいかなる構造 をな しているのか をとりあげ, これ を く分子機械〉として大胆に とらえることを考 えよう。 I 社 会 の糸 経 済 システムの構成 単位 =モ ノマ ー 世 界 の 中で生 きてい く人間 (H)の ,環 境 との相互作用 を経 済活動 として大

別すれば, 一 般に生産 ( P ) と消費 ( C ) とに2 分できよう。ここに生産 とは,

1 ) それ までに存在 しなかったイ面値 を く付加〉 しようとす る活動の ことであ り,消 費 とは既存の価値 を く使用〉に よって減 じ消滅 させ るこ とで快楽 を得 ようとす る活動のことである。 もちろん,生 産や消費は単独の ものではな く様々な もの の生産 。消費があるわけだ し,消 費に して も“生産 的消費 (投資)"と “消 費 的消費 (浪費)"と があって両者 を厳密 に区分す ることは難 しいが,ま ず さし あたって見通 しをよ くす るために上記の 〈生産/消 費〉の三分法 を採用 してお こう。 ちなみに,こ の活動 は もちろん,活 動主体 である人間 (H)が 欲望/欲 ヽ た。貨幣 を持 って も,モ ノが必ず しも手にはいらなか ったのである。結果,町 では個人的 な伝 を頼 っての財 の入手やヤ ミ取 引が 日常的に行 われ,村 は 自給 自足の生活に逆戻 りす る な ど,始 原的経済の様相 を呈 していた。チャウシェス ク以後 これ らが撤廃 され 自由 となる と,た ちまち商人の活動が始 ま り,財 が増加 し,貨 幣経済が機能 し始めた。同時に,半 ば 諦めの状態 であった人々の欲望 が覚醒 して確 かに社会 に活気が現れた。が, まった く同時 に,そ れ までなか った構造的な貧富の差や経済犯罪が出現 した。本節は,こ うした社会 の 変化 を肌 で感 じなが ら着想 され たのであ る。 1)本 稿 においては,〈価値〉 とい う微妙 な概 念につ いて,こ れ まで明示的 な定義 を行 って いなか った。 ここで,〈価値〉 を次の ように定義す る :「く価値〉 とは,欲 望 お よび/ま た は欲求 の対象 とされ るものの ことである」 と。つ ま り 〈価値〉は実体 として先験的に存在 す るものではないのであ る。

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欲望のエネルギー論 73 求 の エ ネ ル ギー を備 給 ・散 逸 す る こ とに よ っ て成 立 す る。 以上のことを,生 化学における分子的表現を意識 して次のように表記 し,こ れを経済システムの “単位分子",つまり くモノマー〉 と考 えることにしよう。

図10-1:経済システムの単位分子 :モノマー〕

自給 自足 システム と市場経済 システム 経 済活動 におけ る,こ の単位分 子 は, またそれ単独 では 〈自給 自足〉 の単位 分 子 で もあ る。 この こ とは容 易 に理解 され よ う。 自給 自足の システム とは, こ の よ うな くモ ノマー〉 が 多数 存在 し,か つ,モ ノマー 同士 が互 いに交換関係 を もた ない状 態 の こ とであ る。 一 方,市 場経済のモデルは,こ の くモ ノマー分子〉が均等溶液の中に多数存 在 し, そ れ らが互 いに 自由に, か つ一過的に,接 触 しては離れてい く様 に例 え られ る (図10-2を 参照)。 この過程 で,幸 運 に して接触 した相 手が 自分 の欲 す る財 の供 給者 であ り, また 自分 が相 手 の欲 す る財 の供 給者 であ る場合 ,つ ま り 欲 求 が 自分 と相 手 の双方 で二重 に一致 した場合, そ れ らは互 いに財 を交換 しあ い,相 対 的 に Pの 水 準 の高 い分 子 か ら相 対 的 に Cの 水 準 の高 い分 子へ 交 換 が 起 こ る, とす る (この移 転 は無貨幣 的 に行 われ る)る この ランダム な出会 いに よって い わ ゆ る 「欲 求 の二 重 の一 致 」 を図 って い くとい うや り方 を, “ ランダ ム ・マ ッチ ング" と 呼 ぶ。 このような市場のイメージは, 実 は化学反応のそれに非常に近い。 もちろん, このイメージはおそらく多 くの人が漠然 と抱いていたと思われるのだが, こ の P     H     C O I ← ● ︱ ← ○

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74 彦 根論叢 第 313号 2 ) こ とを明示 的 に指摘 したのが西 山賢― であ る。 典 型的 な市場 均 衡 理 論 に お いて は,こ の条件 をモデ ル化 す る際,あ る時 間 (期)内 に お い て,経 済主体 お よび財 の数 (n),ま た それ らの供 給水 準 と需 要水 準 を一定 に措定 す るこ とに よ り,モ デルに外枠 をはめ てい る。 この結果, モデルは閉鎖系 の平衡理論 とな り,あ る一定 の時間 (「期 」)が 経過 すれば,全 体 としてすべ ての分 子が,つ ま り均 等溶液 の全体 が,同 等のエネル ギー水 準 に 至 る, と考 え られ る。 これが市場 の均衡 (平衡 )状 態 なのであ る。 中 ― lま一過性 の物々交換 をあらわす。各分子 (モノマー)は 自由に動 き回ってお り,他 の分子 と接触 ・分離 を繰 り返す。

図10-2:市場経済の概念図〕

上 記 の化 学 反 応系 の比 喩 で い えば,〈均衡 〉 とは,化 学物質や エ ネル ギー が 外 部 か ら供 給 され ない 「閉鎖 系」 の条件 の もとで,す べ ての反応が終 了 した最 終 局面 であ る 〈熱平衡状 態〉 に相 当す るの であ る。 2)西 山賢一 『複雑性 としての経済』 日本放送 出版協会 ・1997年,pp.81f.

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欲望のエネルギー論 75 貨 幣 に よ る人 的結合 一 一 貨 幣結合 ― 一 さて,か か る 〈市場〉 におけ る諸分 子の ランダムな離合 集散 の 中にあって, ミクロの個別 情報 を選別 し全体 のマ クロ構 造 を築 き上 げ る主体 。 それが 「マ ク ス ウェルの魔」,す なわ ち く商 人〉 で あ った。商 人 は,欲 望 エ ネル ギー を動 員 して,放 っておけば均衡 に向かお うとす るシステムの動 きに抵抗す る存在 であ る。 この ような,欲 望 のエネルギー収支の もとで貨幣 を媒介 とし商人の活動す る 経済社会のモデルは,上 述 した 2つ のモデル ーー 自給 自足,市 場 一一 とは また異なった世界 を描 き出す。以下,こ のことについて述べ よう。 貨幣 に よる人的結合 (M)は , もっ とも原初的な理念型の場合, 2者 間の く交 換〉 を媒介す る相互作用 として,次 の図のように表現す ることがで きる。

_ _ _ _ _ 一

- 1

図10-3:経済的相互作用の単位分子 :ダイマー〕

貨幣によって交換が媒介される,こ の人的結合 (M)を ,本 稿では 〈貨幣結合 money bond〉 と呼ぶことにしよう。貨幣結合は,あ る方向へ貨幣が流れれば それ と逆の方向へ財 ・サー ビスが流れる, という関係で繋がる人間関係である。 ただ我々の目指す 〈貨幣の 1財理論〉では,財 ・サー ビスは “何でもよい"の で,貨 幣の流れだけを考えておけばよい。図に示 した右向きの矢印は,そ の「貨 幣の流れの方向」を表 している。 貨幣結合 に よって形成 され る2者 の結合体が,い ってみれば,社 会的 な “ 2量体"である。理論社会学ではこのような 2者 間関係のことを 〈ダイア ド〉

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76 彦 根論叢 第 313号 と呼 ん でい る。 貨 幣結合 の ポ リマ ー さて,こ の相 互作用 =貨 幣結合 (M)は い くらで も長 く繋 げ るこ とが で き,

次のようになる。

P O P

- 0 = ・ …S

c と

c

使 用価値 の方 向交換価値 の方 向 (貨幣の流れ)

図10-4:経済的相互作用の連鎖 :高分子=ポ リマー〕

ここに,モ ノマーが繋がって生 じる社会的高分子,つ まり社会的 〈ポ リマー〉 が生 じることになる。 し か も, この結合が 自由でア ド・ホックな,一 過″性の も のでな く,反 復的 ・持続的な (ルー ティン化 した)関 係 となった とき,バ ラバ ラな要素の単 なる集合体,す なわち市場経済 とは異なる,実 体 としての持続的 なポ リマーが成立す る。 その結合 は,む ろん,結 合 したら離れない, といった 静的な結合 ではない。結合がお こなわれて も時には離れ 。また修復 され る, と 3 ) いった結合 ・修復 の過程 の集積 としての動的な結合である。 このポ リマーこそ 3)生 物 の高分子 (タンパ ク質,核 酸 な ど)も また,静 的な存在 ではない。 それは,恒 常的 に破損 と修復が繰返 され る,動 的な構造 である。閉鎖系のエン トロピー増大則か らいえば, 破損 され る方が安定 といえよう。つ ま り修復 の過程が機能す るためには,エ ネルギー を用 いなが ら適切 な情報処理 を行 うことが必要 なのである。 この過程 を擬人化 して表現 したの が, まさに 「マ クスウェルの魔」 にほかならない。

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欲望のエネルギー論 7 7 が ,本 節 で い う 「社 会 の 糸 」 なの で あ る。 この,社 会 一経済的ポ リマーが形成 され る際, どの主体が どの主体 と結合す るかは,潜 在的には 自由である。貨幣のつ なが りは 自由でオープンなものだか らであ り, どんな突飛 な相手 との結合 であって もよいのである (ドゥルー ズ= ガ タ リの 「気違 いベ ク トル」 =リ ゾーム)。ただ し,誰 と結合 して もよいのだ が,誰 か とは必ず結合 しなければならない。貨幣は手放 さぬ限 り意味 をなさな いか らである。 どれ (誰)で もよい ものの中か らどれか (誰か)を 指定す る, とは,情 報処理 に他 な らない。 これ を行 うのが商人であるとつ ま り,貨 幣によ る結合 は,つ ま リポ リマーの形成は,極 小主体 (商人)の 能動的な情報処理作 用 に よって決定 され るのである。 ポ リマ中の性質 ポ リマー を成立 させ る,そ れぞれの主体 (商人)は 一般に多数の経済主体 と の間に貨幣相互作用 を営むわけだか ら,結 合の形態は非常に複雑 となろう。だ が,現 時点では簡略化 のため一本の 「糸」 として表現 してお く。いや,む しろ (経済主体 の側 でな く)あ る特定の貨幣 に着 日し,こ れが どう流れてい くのか とい う点に着 目す るならば,一 本の糸 として表現す る方が実態 を良 く表現す る ともいえる。ひ とつの貨幣が “枝分 かれ (分岐)"し て “2か 所 に流れ る"よ 4 ) うなことはないのだから。 さて,生 体高分子の用語法に倣 って,図 の横方向に続 く鎖 (貨幣的交換の追 鎖)を 〈主鎖〉,縦 方向に出る枝 (生産一消費)を く側鎖〉 と呼ぶことに しよ う。貨幣は,こ の 「主鎖」を一方向に進んでい くのだが,貨 幣が媒介すること によって,交 換にはウェーバーの言 うように く売 り〉 と く買い〉 との別が生ず る。貨幣 を受け取るのが く売 り〉であ り,貨 幣 を手放すのが く買い〉である。 つまりこのポリマーには,全 体 として一定の方向性がある。貨幣の受け渡 しは 4 ) ド ゥルー ズ= ガ タ リは, こ の ように分岐せず延々 と続いてい く 線形状 系列 l a s 6 r i e l i n O a i r e 〉と呼んでい る。D e l e u z e e t G u a t t a r i , p . 1 3 ( 訳書 『アンチ ・オイディプス』pp.17-20)な どを参照。 諸機械の系列 を く単系的 と■%″Q冴タタ,Minuit,

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78 彦 根論叢 第 313号 非対称 だか らであ る。 ポ リマー におけ る, こ の “方 向性" を 表現 す るため, 貨 幣 が 向か って い く方 向の未 端 を仮 想 しこれ を く売 り末 端 ( S 未 端) 〉 と呼 び, それ とは反対 にモ ノが向か う方向の仮想的未端 を 〈買 い未端 (B未 端)〉 と呼 んでお こ う。 この 「末端記述法」 もまた,生 物の高分子の方法に倣 った もので あ る。 確認 してお くが,貨 幣だけが,貨 幣の流れだけが,交 換 に方向性 を与 えるの である。対称的物々交換には方向性はないか らだ。この事実は,社 会の中に「方 向性 を持 った超分子構造」,す なわち 〈分 子機械〉が成立 してい く上 で重要 な 性質 である。方向性のない,対 称的な物々交換 では,一 ―一不可能ではないに して も 一一 大規模 な異方的分子機械 を形成す るのは困難であろ う。 なお この 「超分子構造」 を“ポ リマー"と 呼ぶのは,貨 幣相互作用の運鎖 を く実在〉 として捉 えた場合 で,こ れ を く過程〉 として捉 えた時に,同 じ構造 を く分子機械〉 と呼んで使 い分け るのが適切か もしれない。いずれにせ よ,こ の構造は,欲 望 と欲望が貨幣 を媒介 として超分子的に結合 した有方向の構造で あって, まさしく 「分子機械」 と言ってよい ものである。 この構造は,貨 幣 を媒介に していることか ら,当 然,欲 望エネルギーの備給 如何 で安 定か不安定かが決 まる。第 6節 (『彦根論叢』第308号)で 考察 したよ うに,欲 望が社会的スケールで不断に備給 され一定の関値 (“臨界")を越 え, 社会が高エネルギー状態に維持 された時,貨 幣はは じめてその存在 を恒常化す る。貨幣の受け渡 しにおいては,そ れ を渡 した人は商品か ら快楽 を得 る(散逸) が,受 け取 った人はそこへ欲望 を託 している (備給)。 したが って必ず一定の 欲望が そこにつ ぎこまれ留保 され るようになっている。だか ら,貨 幣によって 結合す る,こ のポ リマー もまた く高エネルギー分子〉であ り, また欲望の散逸 構造 だ と考 えることがで きるわけである。 ポ リマーの社会科学的位置づ け この ような表現 を,あ ま りに も 「化学的」で 「社会科学 らしくない」 と感 じ る読者があるとすれば,そ れは筆者に とって も本意ではない。 したがって以上

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欲望のエネルギー論 79 「社 会 科 学 的 な」観 点 か ら総 括 す るため に, ふ た た び の 「生 化 学 的 な」考 察 を フェルナン ・ブローデルの言葉 を引用 しよう : …経済は,一 見 して,二 つの 巨大 な領域 か ら成 り立 ってい る。生産 と消 費であ る。後者 にお いて,す べ ては終結 し,消 尽 され る。前者 にお いて,す べ ては始 ま り,繰 り返 され る。 … しか し,こ の二つ の領域 の間 に第二 の ものが割 り込 ん で来 る。川の よ うに,狭 いが勢 いが あ り,こ れ また,一 見 しただけ で識別 で き る。す なわ ち,交 換 …であ る。 …か た くなに既成 の平衡状 態 を指 向 し稀 に そ こ か ら踏み 出 した として もす ぐにそ こへ 立 ち返 ろ うとす る全体 〔市場機 構〕 の 中 にあって,交 換 は変化 と革新 の領域 である。 〔ブ ロー デル 『交換 のはた らき』 (山本淳一訳)第 1巻 ,み すず書房,p.8〕 経済は,ま ず もって生産 (P)と 消費 (C)と い う二つの 巨大 な領域か ら成 り立 っているが,こ れがブローデルのい う最深層,す なわち 「物質生活」 を形 成す るこ とになる。 これはいわば, 本 稿 でい うモ ノマー ( あるいはその結合 し た残基)の モデルに相 当す るレベルであ り,市 場経済に対 しいわば「下部経済」 を形成す る。 ブ ローデルは言 ってい る : …この下部経済 とは,経 済活動のうちのあの無定形な残された半分,つ まり自 給 自足の活動 とか, 非 常に狭い範囲内で行われた, 生 産物 とサー ビス とのあい だの物々交換の活動 とかから成るのである。 〔ブローデル 『日常性の構造』(村上光彦訳)第 1巻,み すず書房,p.3〕 そ して, そ れ らモ ノマーの間に交換 ( M ) が 介入す る。 それは, まずは 「平

5)筆 者はしか し,む しろ, このような視角 を積極的に“social chemistryルないし“socio‐ chemistry"と呼んでよい と思っている。“social physics"という表現は, コン ト以来社会 学者には馴染みの ものだ し, コン トの精神か らすれば,古 典物理学 を範 とした新古典派の 経済学はまさに“social physics"といってよいだろう。これ との対照で捉えるならば,本 稿はむ しろ“physicsルでな く,分 子 と分子の結合の実態 とその条件 を解明するという意味 で実際に“chemistry"的なアプローチを目指 している。“physics"は良 くて“chemistry" はいけない, といっことはないだろう。

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80 彦 根論議 第 313号 衡状態を指向」する比較的 自由な市場経済の中にあるおかげで,さ まざまな“結 合"を試 してみることができる。これが本稿でいう 「均等溶液」モデルのレベ ルであ り,ブ ローデルの 「市場経済」のレベルである。ブローデルは言う : …その意味す るところは,農 村活動 ・屋台店 ・工房 ないしは作業場 ・商店 ・取 引所 ・銀行 ・大市 (foires),そして当然なが ら市 (march6s)と結 びつ いた, 生産および交換のメカニズム ということである。 〔ブローデル 『日常性の構造』 (村上光彦訳)第 1巻,み すず書房,p.2〕 一 方, さ らに, これ らを前提 に し, さ まざまな 。自由な結合 の可能性の中か ら,特 定 の結合 を選 択 的 に実現 し,均 衡化 に逆 らって独 自の構造 を形成 し維持 す る,よ り大 きな社会的実体 の レベルが存在す る。ブローデルが 「商人 と商業 回路」 と呼んだ もの (ブローデル 『交換のはた らき』第 2章 。第 1節 )が それ であるが,彼 に とってそれ こそが,平 衡へ向か う 「市場経済」の現象 とはレベ ル を異にす る,「資本主義」の現象なのである。ブローデルによれば : これらの階層組織は,み ずからの利益のために交換を歪めた り,既 成秩序 を突 き崩 した りした。それらは,敵 意に,あ るいは明確 な意志はな くても,変 則的 な状態や 《乱れ》を作 りだし, きわめて独 自な経路を辿っておのれの事業を操 っていった。 〔ブローデル 『日常性の構造』(村上光彦訳)第 1巻,み すず書房,p.3〕 商人たちは,「交換 を歪め」 る。一一 これは, 自由でオープンな,公 正 である べ き市場 メカニズムの中にあって,な お,何 か特定の結合 をとる, ということ である。贔反,便 宜,密 約,特 定の者 との友好…,こ れが商人の活動 なのであ る。 ブローデルのい う 「商人 と商業 回路」,あ るいは 「独 自な経路」一一一 こ れ を本稿 の言葉 で言った ものが く商人機械〉 であ り,〈ポ リマー〉であ り,「資 本主義」なのである。

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欲望のエネルギー論 8 1 1 1 ポ リマ ー ・モ デル と社 会 ―経 済 システ ム 市場経済モデルの位置づけ さて,こ こでは,こ のような持続的な社会構造,す なわち 〈ポリマー〉の存 在 を念頭に置いた上で,こ れ と対比的に,新 古典派を代表 とする無構造の市場 経済モデルが何 を意味 していたのかを考察 し,逆 に市場経済モデルの位置づけ をしなおしておこう。市場モデルを絶対視するのではなく,そ れを適切な尺度 の中に相対化 しようということだ。 (a)市 場理論のひとつの極致 というべ き自由競争モデルでは,経 済主体は所与 の条件のもとでもっとも有利なところからそのつど交換相手を自由に選択する と考える。つまリー般に交換相手はそのつど変わると考える。このように理想 化 された概念世界では,そ もそも前提 として 「いったん繋がったとしても直後 には離れる」ことが想定されるから,そ れがそのつど最適ででもない限り,持 続的な交換関係は成立せず, したがって恒常的な社会構造はありえないことに なる。言われてきたように,こ の条件のもとでは組織や制度がなぜ成立するの かが説明されない。そしてこれもすでに述べてきたように,完 全競争モデルは モノマーがランダムに,一 過的に衝突 しあうことで最終的に均等な溶液 (均衡 =平 衡)に 達すると言っているようなもので,構 造のない “均等溶液理論"と いうべ きものである。ここに, ランダムで均等な溶液は市場に, また価格は温 度に相当する。 * (b)し か し実 際の経 済取 引では,い ったん交換 の相 手が選択 され ると,よ ほ ど の不満 で もない限 り,以 降 もその相 手 と交換す るのが普通 であ り,こ のこ とが “ 貨幣 の糸"の 一次構 造 を安定化 させ てい くこ とに なる (タンパ ク質のペ プチ ド結合 に相 当す る貨幣結合 )。 い ったん成立 した関係 は,そ れが満 足水準 (サ イモ ン)や 許容水 準 (吉国民人)を 満 た していれば ―一― 「最適」でな くとも

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82 彦 根論議 第 313号 一十一 ,そ れが く記憶〉 されルー ティン化 されて次 国以降 も同 じ関係 を選択す るのが普 通 なの で あ る。つ ま りそのつ ど競 争 入札 だの比較 だ の は しな い。「も っ とも有利 な相 手」 な ど探 しは しないの であ る。 この 固定化 した取 引関係 が, す で に述べ た社 会 の 高分 子 で あ り,〈 ポ リマー〉 としての 〈系列 keiretsu〉で あ る。 これ に よって,経 済 の現実 は 自由競 争 か ら乖離 して い くの で あ る。 * (C)上 に述べ た,こ の 2つ の場合 の関係 をどう読み解 いた らいいのか。 〈商 品〉 とは,貨 幣のオープンな性質によって,本 来誰に対 して も渡 される はずの ものである。それは, したがって理念的には,市 場 モデルが措定 してい るように誰にで も開かれた, 自由な取引。自由な結合関係 を帰結す るはずの も のだ。に もかかわ らず,そ れが現実 には特定の取引相手のみに渡 され る傾 向を もつ。つ ま り商人同士 の結合 は,原 理的には どう繋が ろ うと自由であるのに, 現実には,特 定の相手へ と制約 されている。一十一実は,こ れこそが くポリマ ー〉であ り, ドゥルーズ=ガ タリのい う くリゾーム〉の結合の真髄なのである。 もともと自由であ るか らこそ,商 人は別 の ところへ も接続で きる。だが,別 の ところへ接続す る積極 的な理 由がないな らば,そ の ままの結合 を続け,持 続的 な構造 を形成す る。 このことが, リゾー ム特有の柔軟な構造 を帰結するのであ る。すなわち,あ る特定の接続が断たれた として も,そ れはシステムに とって 致命的な損傷 にならない。別の ところへ接続 しうるし,接 続すれば よいか らで ある。 接続の慣性 そ うだ とす ると,だ が,商 人は,別 の ところへ接続す る自由があるのに,他 の人 と交易す る自由があるのに,そ してその方が有利であるか もしれないのに, なぜ そ うしないのだろうか。 第一 には,そ の相手 しか知 らないか ら (その相手 を知 っているか ら,他 の相 6)本 論考,第 8節 (『彦根論叢』第310号,p.111)を 参照。

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欲 望 の エ ネル ギー 論 83 手 を知 らないか ら)で あ り,第 二には,完 全 自由競争では経済主体に とって情

報処理が大変すぎるからである。つまり

①隷鶏能力 ぉょび ②桔義鬼垂能

力 (計算能力)と い う点 で商人に限界があるか らである。商人は全知全能の くラプラスの魔〉ではな く,限 知限能の くマ クスウェルの魔〉にす ぎない。マ クスウェルの魔 たる商人は,社 会的エネルギー分子 (貨幣)を 選別 し,次 いで それ を別の ところへ,な るたけ有利 な ところへ流すわけだが,そ れは自分の「知 っている」範囲に限 られ ざるをえないのである。商人に とって 「別の ところヘ 接続す る方が有利 であるか もしれない」 とい う命題は真実だが,そ れはまた, 単 に 「か もしれない」 とい うだけのことであ り,現 実は 「知れない」 というこ とである。限知 限能 である以上,そ れは永遠に知 りえない。知 らないことを行 うことはで きないのである。 そ うだ とすれば,限 知限能 を前提 とした場合, 自由競争が可能 となるのは, 本来経済主体が把握可能 な範囲内,す なわち限 られた “局地的市場圏"に おい て, しか も情報処理すべ き選択肢 (財の数)が 比較的少ない場合のみに限られ る。 これ を越 えて しまうと,必 要 とされ る認知能力や情報処理能力が経済主体 の能力 を越 えて しまうのだ。そ うなると交換相手 を固定す る方が,そ れによっ て失われ る自由競争の長所 よ りも,そ れによって節約 される情報処理 コス トの 点で有利になって しまうのである。「ガUの ところを選 び うる可能性があるとき, 特定のそれ を選ぶ」 とい う営みは,情 報処理 にほかならないが,そ のつ ど情報 処理す るのでな く,ル ーティン化す ることで情報処理 を効率化す るのである。 こ うして特定のパ タン (構造,高 分子)が 選択 され,安 定化 し固定化するのだ。 逆 にいえば,限 知限能 を前提 とす るなら, 自由で大規模 な物々交換 こそ, もっ とも起 こ りに くい社会状態である。 自由で大規模 な物々交換では,交 換のたび ご とに,そ のつ ど,た えまな く,す べての成員が全知全能の知性 をフルに動員 しなければならないか らである。新古典派の市場均衡理論はそのような不可能 な事態 を前提 としているのだが。

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84 彦 根論叢 第 313号 限知 限能 の理 論構 築 以上の こ とを一般論 としてまとめれば,こ ういえる。エネルギT収 支の存在 す る非線形 ・非平衡 ・開放系の場合,局 所的認識 はその ままの形で大戦にまで 通用 しないの に,こ れを大規模 な認識 (市場)に まで無 自党 に拡大・適用 しよ うとす るところに,単 純 な 「線形思考」の陥罪が あ るのだ, と。線形の場合, 局所認知 は一意に大域認知 と一致す るが,非 線形の場合,一 般に局所が分かっ て も大域が一意に分か るとは限 らないか らである。 この限知 限能 は,実 は,モ デルの中の経済主体 だけでな く,モ デルを作 る側 のモデル ・ビルダーであるわれわれに もあてはまる。われわれ もまた,限 知限 能 である。 これ を逆 にいえば, 自由競争モデルは,構 造 を排除 し単純化 するこ とによつて,限 られた認識力 しか もたない認識者 (学者)が 認識のための労苦 (情報処理)を 逃避 し,そ の労苦 をモデルの中の経済主体 に押 しつ けた もの と いえる。 その引換 え条件 として,モ デルの中の経済主体 は全知全能の超人 (ラ プ ラスの魔)に 祭 り上げ られて きた。だが現実の社会 では もちろん,経 済主体 の側が情報処理の労苦 を回避す るように行動す るわけで,こ の結果生 じる情報 処理 の労苦 は もっぱ ら認識者 (学者)の 側が負わねばならない。完全 自由競争 モデルは,本 来複雑 である巨大対象 を,観 察者の側が恣意的に単純化 した もの の にす ぎないのである。 高分子理論か ら見た市場理論の相対化 ただ もちろん,繰 り返 し確認 してお くと,経 済主体 に とって処理すべ き情報 量が少 ない条件 の もとでな ら,つ ま りある程度 よ りも狭 い,局 地的市場圏の範 囲内でな ら, 自由な市場 モデル も有効 だ といえる。完全競争市場モデル と高分 7)講 壇経済学は, 自由競争 という条件 を緩和 しようとす ると,す ぐに寡 占論や独 占論へ行 って しまうが,こ れは無構造の く市場〉に立脚 した理論構築に拘泥 しているためである。 これに対 し構造を積極的に認める く高分子〉理論は,こ のような く市場〉 という観″点その ものを相対化す る視角 なのである。構造 を認めてしまえば,寡 占や独 占でな くとも自由競 争の条件 を緩和す ることにならざるをえないのである。

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欲望のエネルギー論 85 子 モデ ル は, 情 報量 の大小 に よって相対化 され うるこ とにな る。 化 学 の知 見 を踏 まえれば, 条 件 に よってモ ノマ ーの均等港液 の方が安定 にあ る場合 もあ る し,ま た潜液 中 に分子 ・高分子が生成 す る方が安定 にな る場合 も あ る。 そ して その条件 の違 い を明 らか にす るこ とが化 学 の課題 であ る。 これ と 同 じように,お そ ら く,社 会 ・経済の分野で も完全競争の均等溶液が安定にな る場合 と,分 子が生成 しさらに高分子 となる方が安定 となる場合があるに違 い ない。 そ してその条件の違 いを明示す ることがで きれば,市 場理論 と高分子理 論 とは相対立す る理論 ではな く,条 件 の違 いに よる帰結の違 いをそれぞれ記述 す る, ヨ リ大 きな理論の 2つ のケー スだ とい うことになる。 そ して さらにいえば,ブ ローデルの認識に見 られたように,お そら く,自 由 な均等潜液 と呼べ るような く市場〉が きわめて局所的な範囲で先にあって,そ の中か ら分子 ・高分子が生成 して くる。 と い う順序 をた どつて社会構造が形成 され るのだ。生物発生の初期 におけ る化学進化のように。つ ま り自由な完全競 争 モデルは,お そ らく社会的に未熟な状態 を記述す る理論 である。 自由な均等 溶液の状態 。自由な売買の可能性があって こそ,構 造 はさまざまな結合 を 「試 してみ る」 ことがで きる。 そ してそのような 自由な条件があってこそ,特 定の 結合 を 「選択す る」 ことがで きるのである。けだ しそのように して,ポ リマー が形成 されてい くのだ。 そ して,均 等溶液の中に く商人機械〉のポ リマーが形成 され るのは,処 理す べ き情報量が増大 した時であ り,選 択の余地 (選択権)が 増大 した時であ り, それは社会 の未分化 な欲望が高 まった時 (高エネルギー状態になった時)で あ る。集合体 のエネルギーが増大す ると,シ ステムは様々な動 きの 自由度 を獲得 す るこ とになるか らである。す なわち,両 者の関係 は次の図の ごとくになる。 低 エネル ギー ーー (欲求)一 ― 閉鎖系の市場経済 (均衡 ・無貨 幣 =静 止 ;無構造 ) 高 エネル ギー ーー (欲望 )一一 開放系の商人経済 (非平衡 ・貨 幣 =流 れ ,商人機械 =ポ リマー) ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ I V

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86 彦 根論叢 第 313号 筆者 はすでに,市 場経済 と対比的に,貨 幣経済は商人経済であ り,商 人経済 は貨幣経済である, と述べ た。貨幣経済 と商人経済,こ の両者 を同時に成立 さ せ る 「仕組み」が く商人機械〉 なのである。 したがつて,商 人,貨 幣,商 人機 械 とい う三者は同一現象の三位一体 なのである。 IH ポ リマ ーの構 造 とその意味 生産 ・消費 ・貨 幣 市場 モデ ル を相 対化 した ところで,ポ リマー のモデルに戻 るこ とに しよう。 前 述 の 高分 子 の表 記 法 〔図10-4〕 を よ く検 討 す る と,す でに非常 に面 白い こ とを表現 してい るこ とに気づ く。 まず,貨 幣 の繋 が り,つ ま り 〈主鎖 〉 を中心 として上下 に伸 び る 〈側 鎖〉は,生 産 の領域 (図の上側 )と 消 費の領域 (下側 ) とに大別 され る。 言 い換 えれば,貨 幣 の鎖 は生産 と消費 との狭 間 を買 いてい る, とい うこ とが で きる。 この こ とは,逆 に,貨 幣相 互作用 は生産 で も消 費 で もな い こ とを表現 してい る。貨幣 は,生 産 され るこ とも消 費 され るこ ともない とい うことだ。だか らこそ,そ れは図のようにつねに生産 と消費の狭間をぬって流 れてい くのである。 経済財は一般に く生産財〉と く消費財〉とに分けられることから,か つて「貨 幣は生産財か消費財か」 という論争が行われたことがある。 ミーゼスの伝える ところによると,貨 幣 を消費財に含めるには無理があることから,あ る者は, 無理矢理それを生産財へ帰 した。 またある者は生産 ・消費 という2分 法を改め, 移転 という第 3の カテゴリー を導入 した。 本論考か らすると, しか し,こ の論争 自体がナンセンスである。そもそも, 貨幣 を経済財のひとつ として他の財 と同列に置 く発想がおか しいのであり,こ れを自覚すれば問題それ自体が成立 しない。貨幣は生産されることも消費され 8)本 論考,第 7節 (『彦根論叢』 第308号,p.153)を 参照。 9)ミ ーゼ ス (東米雄訳)『貨幣及び流通手段の理論』 (日本経済評論社・近代経済学古典選 集13),第 1部 ・第 5章 を参照。

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欲望のエネルギー論 8 7 る こ と もな い。 つ ま り貨 幣 は経 済 財 で す らな い の で あ る。 消 費 か 生 産 か , と い のは,貨 幣 と同時に ・逆方向へ動 いている財の側の 「使 われ方」の問題 であっ て,貨 幣 それ 自体 とは無関係だか らである。財 は,生 産によって側鎖か ら主鎖 へ入 り込み,主 鎖の上 を貨幣 と逆方向に流れて, どこかの側鎖でポ リマーか ら 退 出す る (消費 され る)。だが,貨 幣 は主鎖 のみに関わ り,側 鎖 に関わ るこ と がないのだ。つ ま り,貨 幣は生産や消費 とは関係がないのである。 生産 も消費 もされない賞幣 若干脇道 にそれ るが,しヽま確認 した,貨 幣 は生産 も消費 もされない, とい う 知見は,た だちに,次 の 2つ の,互 いに密接に関係 した重要 な意味 を持つ。 * (a)ひ とつに,貨 幣には合理的起源が存在 しない とい うことである。生産 され ない以上,貨 幣 は岩井克人が指摘 したようだ,は じめか ら所与 (given=贈与) である。 あるいは,少 な くともそのように擬御lされねばならない。貨幣の起源 をめ ぐる考察が,確 固たる根拠に到達す ることがで きず,無 限後退 ない し循環 論 になって しまうの も,こ のことによっている。 む ろん,た だ し,現 実の貨幣には, どこかに起源が存在す る。上記の結論 は, したが って貨幣の論理 (無限の連鎖反応過程,無 限の模倣過程)が 帰結す るフ ィクションにす ぎない。だが貨幣の論理 に とっては,こ のフィクションこそが 大事 であって,現実の起源 な どどうで もいい(どんな起源であって も関係 ない) のである。 そ もそ も 〈起源 origin〉とは, “認識 しうるもの"が “認識 しえない ところ" か ら生 まれて くることである。認識可能 ならば,そ れは 一― 認識で きる, と い うその事実に よって 一― すでに起源ではない (起源後である)か らだ。 「起 源問題」は,こ の意味で,決 して説明で きぬ,脱 ・論理的な ものである。換言 す ると,貨 幣の起源は貨幣の論理 では認識 されえない し,認 識 しようとしては 10)岩 井 克人 『貨幣論』,筑 摩書房,1993年 。

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88 彦 根論議 第 313号 ならないのである。だか ら 「どうでもいい」。強いていえば,貨 幣の起源 を説 明しようとするなら,貨 幣の論理でない, より包括的な別のメタ論理が必要 と なる (もっとも,こ のメタ論理で貨幣の起源を説明できたとしても,そ の内部 では,ふ たたびなんらかの起源以後 を扱っているにす ぎないのであるが)。皮 肉なことに,貨 幣の起源は,貨 幣自体の問題ではないということだ。このこと を強調 したのが,K.ポ ラニーだったわけである。 * (b)ふ たつに,貨 幣はまた,生 産 されない上に,消 費 され ることも決 してない。 この こ とは,貨 幣には使用価値が まった くない, とい うことを想起すれば容易 に納得 で きるだろう。貨幣は使用す ることができない。 したがって,そ れは使 用 に よって減価 し消耗 してゆ くことので きない ものである (使用できないのだ か ら,そ れは財 ではない)。言い換 えると,貨 幣には交換価値 のみがある。だ か らそれは手放す ことによって しか価値 を発揮 しない。 よって貨幣は必ず手離 され,永 久に ヒ トか らヒ トヘ と流れ続け る (と擬制 され る)の である。 いや,だ が事実はむ しろ逆である。貨幣に終焉が存在 しないのではな く,終 焉の存在 しない (と信 じうる)も のが貨幣 にされたのだ。大澤真幸は,「貨幣 が可能 であるためには,… (貨幣 を受容す る)無 限の他者 たちの系列が前提に されていな くてはならない」 と言っている。終わ りがない (と信憑 され る)の は,貨 幣に とって結果ではな く前提だ とい うことだ。 さもなければ,つ ま り貨 幣 を受け取 って くれ る他者が必ずいると信 じられなければ, 自分 は貨幣 を受け 取れない 一― 貨幣に欲望 を託す ことがで きない 一一 か らである。 この論理 は,次 の者,次 の者,… etc.…, と成 り立つか ら,貨 幣が貨幣 として無限に機 能 し続け るとい う信憑性 こそが,貨 幣の本質 をなすのである。貨幣は永久に存 在 し機能 し続けねばならない。現実には ともか く,少 な くとも理念の上ではそ の ように擬制 されねばならない。 11)大 澤真幸 「貨幣における他者性」『情況』,1993年 10月号,p.108。

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欲望のエネルギー論 89 (C)こ うして今や,歴 史的に見て貨幣がなぜ金や銀のような貴金属の形態 をと ったのか, とい うことを理解 しうる。貴金属 は,大 古か ら地 中に金属の形態で 与 えられて (given,es gibt:贈 与 されて)お り,腐 蝕す ることな く未来永劫 に存続す る (と信憑 され る)。つ ま り生産 もされず (起源 もな く),消 費 もされ ない (終焉 もない)こ とを確実に示す物性 をそなえていたか らである。 ちなみに,貨 幣のこの特性 は,欲 望 の もうひ とつの発出形態である 〈権力〉 について も同様 にあてはまる。権力は,起 源 も終焉 もない とい デ擬葡あ上に成 り立つ。権力の実際の起源 など, ど うで もいいことだ。 そ して永遠に存在す る と信憑 されなければ,全 面的に帰依す ることのできない ものである。権力の象 徴が,金 銀財宝 とい う形で貨幣 と同 じ素材 を用 いているの も首肯 され よう。 ポ リマー とリゾーム 上述の ように して,貨 幣結合 は (第一次的には)ド ゥルーズ=ガ タ リのい う 「単系的線型状系列」のポ リマー を生み出す。 これはい うなれば貨幣の一次構 造 であ り,く貨幣の糸〉,〈社会 の糸〉である。 ド ゥルー ズ=ガ タ リが くリゾー ム〉の概念によって表現 しようとしたことは,社 会 ―経済 システムにおいては, おそらくこの商人機械の ことであった。 このポ リマー (実体 としては,商 人た ちの開拓す る販路)が,さ なが ら神経線維のように,様 々な ところへ伸 び,様 々 な欲望 と欲望 とを接続す る, リゾームの実体 なのである。 なお,こ の一次構造の成立 (モノマーか らポ リマーヘ)が ,「 自給 自足か ら 商品経済への移行」 とい う画期 と一致す ることは再度確認す るまで もない。 均質な主鎖の意味するもの 生命の糸 (生体高分子)に おいては,ア ミノ酸のポ リペプチ ド (タンパ ク質) 12)ポ リマーの, この基本構造 を特 に 「一次構造」 と呼ぶのは,こ の基本構造 をベースに, これが折 り畳 まれた り,別 のポ リマー と結びついた りして ヨリ高次の構造 を構成す るか ら であ り,そ れ らの高次構造 を 「二次構造」「二次構造」…・etc.…と呼ぶ ため であ る。 この ター ミノロジー もまた,生 命科学の用法に従 っている。

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90 彦 根論叢 第 313号 に して も核 酸 の ポ リヌ クレオチ ド (DNAや RNA)に して も,主 鎖 は非 常 に 均 質 な結合 を示 す。ペ プチ ド結合 (タンパ ク質)や リン酸 ジエ ステル結合 (ポ リヌ クレオチ ド)が それ で,こ れが単純 に繰 り返 し・整然 と続 いてい く。 そ し て分 子 ご との個 性 を示す のは側鎖 の方 であ る。 社会体 を構成す る貨幣の結合 に して も同様 の こ とが言 える。主鎖 である貨幣 相互作用 は きわめて均質 で,「糸」が どんなに長 くなって も,基 本的には まっ た く同 じ結合 である。 そ して社会的な特徴 を示すのは側鎖の方なのだ (この側 鎖が,互 いに関わ り合 いなが ら「社会 の糸」の二次構造 。二次構造 ・…, とい った高次構造 を形成す るわけである)。 繰 り返すが,貨 幣結合の主鎖 は,ポ リペプチ ドや ポ リヌクレオチ ドの場合 と 同様,均 質かつ単純 な繰 り返 しである。だか らこそ,簡 単な情報処理 によって, 簡潔 な手続 きによって,厖 大な社会的結合 を形成 す ることがで きるのである。 貨幣結合 があっては じめて,社 会一経済システムは大 きな一貫 した社会構造 を 編制 で きた といって過言でない。 これが もし,ひ とつひ とつの結合 ご とに独 自 の結合 を必要 とす るな ら,つ ま りひ とつひ とつの人的結合がかけがえのない避 近 であるな ら,そ れ を指定す る社会的プ ログラムの方が煩雑にな りす ぎて整然 とした持続性の社会秩序 を形成す るのは至難 となろう。結合の ミス も発生 しや す くな らざるをえない。かけが えのない互酬の システムが大 きな社会 を形成で きないのはこのためである。 ともあれ貨幣結合 は,均 質かつ単純 な繰 り返 しである。 これが社会的に意味 しているのは,貨 幣が介入すると,あ らゆ る人間関係が標準化 ・平均化 され, あ りきた りの関係,あ りしS、れた関係 になるとい うことである。それゆえこの関 係 は,親 密 な人間関係か らみれば 「ヨソヨソシイもの」に,ま た疎遠な人間関 係か らみれば 「ナ レナ レシイ もの」に見 えるだろう。親 しい問柄 での割勘が し ば しば水臭 く 一― ヨソヨソシク ーー 感 じられ,見 知 らぬセールスマンの勧 13)モ ノ不足の旧社会主義国の末期 においては,貨 幣 を持 っているだけではダメで,加 えて 伝 のあ る者だけが財 を入手 で きた。 この よ うな,そ のつ ど特別 の人間関係 (伝)を 必要 と す る交換が大 きな整然 とした社会秩序 を形成 で きないこ とはい うまで もない。

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欲望のエネルギー論 91 誘 が厭 わ し く 一― ナ レナ レシ ク ーー 思 われ るの も, この こ とに よる。貨幣 経済の成立,す なわち 「自給 自足か ら商品経済への移行」 とは,こ のように, 親密 な人間関係 をあ りきた りの関係へ と強制 し, また疎遠な人間関係 をもあ り きた りの関係 で結合す ることを強制す ることなのである。 (続) 14)マ ックス ・ウェーバーは,兄 弟盟約による人間関係が, しばしば,「勘定は水臭い」 と して貨幣関係 を排除することを指摘 している (たとえば,ウ ェーバー 『一般社会経済史要 論』,岩 波書店,上 巻 p.132,などを参照)。これは,か けがえのない親密な人間関係を維 持 しようという人間の素直な心理のあらわれである。このような心理が,人 間関係の中で 貨幣の介入を許 さない,「商品化 されざる部分」を維持 してい くのである。

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