1 緒 言
タンパク質は生命現象を担う生体分子である.なかでも 酵素は,化学反応に対する触媒作用を有するタンパク質で あるため多様な分野への応用が可能であり,有用物質の生 産という工業的利用のみならず,分析化学におけるシグナ ル増幅分子としても極めて大きな役割を果たしている1). それゆえ,酵素をはじめとするタンパク質は,優れた材料 として位置づけることもできる.一方で,人工的に合成さ れる材料にも,生体分子が持たない魅力的な機能を有する ものが多数存在する.したがって,タンパク質のような生 体分子と人工材料を融合してハイブリッド化することで,
単独では不可能な,より高度で魅力的な機能を発現する材 料が生み出せる可能性がある2)3).本論文では,著者らが取 り組んできた,酵素を中心としたタンパク質と,機能性材 料である無機ナノシートから成るハイブリッド材料につい て,分析化学的応用に力点を置いて概説する.
2 磁気分離を指向したタンパク質/無機ナノシート
複合体の開発酵素は温和な条件下において高度な特異性で化学反応を 触媒できることから,物質生産において非常に有用であ る.加えて,発色反応等を触媒する酵素は,分析化学にお ける重要かつ汎用性の高いツールとして多用されている.
酵素のなかには比較的供給しやすいものもあるが,これが
困難な場合,少量の酵素を繰返して利用できることが望ま しい.酵素を高分子や無機材料などの担体に担持する酵素 固定化は,固定化された酵素の構造安定化が図れる4)こと に加え,酵素の繰返し利用を可能とする点で有用な技法で ある.そこで,著者らは,煩雑な操作を必要としない特に 簡便性に優れた分離技法として磁気分離に着目し,磁性を 有する酵素/無機ナノシート複合体の開発を試みた.
2・1 酵素/磁性付与型無機ナノシート複合体
層状セラミックスにおいては,イオン交換プロセスによ り層間イオンを他のゲストと置換することができる.しか し,タンパク質は,その分子サイズが通常ゲストとして使 用されるイオンや小分子と比較して大きい.それゆえ,液 相における一般的なイオン交換により,タンパク質を層状 セラミックスの層間にゲストとして取り込むことは困難で ある.しかし,単層剥離することでシート状にした層状セ ラミックスを,適切なpH条件下で酵素と混合することで,
静電的相互作用に基づき両者が積層された複合体を作製す ることが可能である5).そこで,著者らは,磁性元素であ る鉄をドープしたチタン酸ナノシートを合成し,上述した 剥離─ 再積層法によって酵素/磁性付与型無機ナノシート 複合体を作製することを試みた(Fig. 1)6).複合化する酵 素としては,西洋ワサビペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase, HRP)を選択した.これはHRPが発色・発光 反応等を触媒することから分析化学分野において多用され る酵素であり3)7),本研究においては酵素活性を確認しやす いという利点もあることによる.無機ナノシートの合成は 既報8)を参考に行った.まず,炭酸カリウム(K2CO3),酸 化鉄(III)(Fe2O3),酸化チタン(IV)(TiO2)を原料とし,
固相における焼成によってK0.8Fe0.8T1.2O4(KFTO)を合成 材料としての側面を有し,分析化学におけるシグナル増幅や分子認識のためのツールとしても使用されてい る.一方で,人工材料も生体分子とは異なる特有の機能を有するものが多くあり,これをタンパク質と複合 化させることで新規な機能を有する魅力的な材料を創出できる可能性がある.著者らは,酵素を中心とした タンパク質と無機ナノシートから成る新規ハイブリッド材料の開発について研究を行っている.本論文で は,著者らが開発したこれらの材料について,分析化学的な応用に重点を置き紹介する.
* E-mail : [email protected]
** E-mail : [email protected]
1 佐賀大学農学部生物資源科学科生命機能科学コース : 840-8502 佐賀県佐賀市本庄町1
2 長崎大学大学院工学研究科 : 852-8521 長崎県長崎市文教町 1-14
し,これを塩酸と混合撹拌することでプロトン置換された HFTOを得た.水酸化テトラブチルアンモニウム(tetrabu- tylammonium hydroxide, TBAOH)水溶液を加えて撹拌す ることで,HFTOをシート状に剥離し,得られたFTOナ ノシートを酢酸緩衝液(pH 4)中でHRPと混合すること で,目的としたHRP/FTO複合体を得た.このHRP/FTO 複合体の形成は,両者の静電的相互作用に基づくものと考 えられ,ゆえに複合体の形成時におけるpH条件は重要と なる.本研究では,X線回折(X-ray Diffraction, XRD)測 定の結果から,pH 4の酢酸緩衝液中で混合を行うことで,
正に帯電したHRPと負に帯電したFTOから効率的に
HRP/FTO複合体が形成されることが確認できた.HRPと
FTO間の結合定数は比較的大きく(Kb=5.4×106 M–1),し たがって,複合体の安定性は高いと考えられる.また,
フーリエ変換赤外スペクトル測定の結果より,FTOホスト への結合に伴うHRP二次構造の変化は特に見られないこ とが示唆された.そこで,HRPの発色基質であるグアイア コール(o -メトキシフェノール)を,過酸化水素の存在下 において,HRP/FTO複合体に加え,吸光測定を行った.
その結果,HRP/FTO複合体の最大反応速度(Vmax)は,フ リーな状態にあるHRPの場合の60% 程度であることが 明らかとなった.活性の低下分は,基質が酵素にアクセス する際のFTOの立体障害に起因すると考えられるが,
FTOホストへの導入後においてもHRPが比較的高い活性 を保つことができたのは興味深い.HRP/FTO複合体の酵 素活性が確認できたため,次に,この複合体の磁気分離に ついて評価を行った.まず,振動試料型磁力計(Vibrating Sample Magnetometer, VSM)により,HRP/FTO複合体の 磁化曲線を室温にて測定したところ,磁気特性に由来する ヒステリシスループが観測され,HRP/FTO複合体が磁性 を有していることが確認できた.そこで,このHRP/FTO 複合体を含む水溶液中にネオジム磁石を浸漬したところ,
HRP/FTO複合体を回収可能であることが確認できた.こ
れは,原理的にHRP以外の様々な酵素にも拡張可能であ り(ただし,酵素の等電点と複合体形成時のpHは重要に なることが予測される),酵素を磁気分離するための新た な手法として期待できると考えられる.
2・2 酵素/無機ナノシート/磁気ビーズ複合体
前項において記述したHRP/FTO複合体は磁気分離への 応用が可能な興味深い材料であることが明らかとなった が,磁性の強さという点においては,必ずしも性能が十分 ではなかった.そこで,無機ナノシート自体に磁性を付与 するのではなく,磁気分離材料として多用されている磁気 ビーズを構成成分として新たに導入し,酵素,無機ナノ シート,磁気ビーズの3要素から成る複合体を構築するこ とにした9).磁気ビーズとしては,アミノ基が修飾された 磁性粒子を用い,酵素としては前項同様にHRPを用いた.
一方,無機ナノシートとしてはチタン酸ナノシートを合成 して用いることとしたが,前項のように原料粉末の焼成を 伴う手法(以下,固相法とする)ではなく,ここでは,チ タンテトライソプロポキシド(titanium(IV) isopropoxide,
TTIP)を主原料として水溶液中で合成する手法10)(以下,
液相法とする)を用いることとした.より具体的には,
TTIPをTBAOH水溶液と混合し,加熱・振盪後,限外ろ
過することで,チタン酸ナノシート(TiOx)を合成した.
複合体の構成成分として選択した3要素の等電点を考慮す ると,酢酸緩衝液(pH 4)中においては,HRPと磁気ビー ズ(MB)は正電荷,TiOxは負電荷を帯びることになる.
したがって,HRP,TiOx,MBの3要素を酢酸緩衝液(pH 4)中で混合することで,静電的相互作用に基づき,HRP/
TiOx/MB複合体を作製することができる.ここで,負電
荷を帯びたTiOxは,正電荷を帯びたHRPとMBを結びつ けるための一種の糊のような働きをすることになり,これ により酵素であるHRPと磁性を有するMBがTiOxを介し て結合できることになると考えられる.作製したHRP/
Fig. 1 Schematic illustration concerning the preparation of an enzyme/magnetic inorganic nanosheet complex through an exfoliation-restacking process
ロール(Fig. 2)を用いた吸光測定により確認することが可 能であった.そこで,セル容器にHRP/TiOx/MB複合体を 含む水溶液を加え,セルの外部からネオジム磁石を近づけ たところ,HRP/TiOx/MB複合体がセル壁面に顕著に引き 付けられ,容易に磁気分離が可能であることが明らかと なった.酵素活性測定に基づき,HRP/TiOx/MB複合体の 繰返し利用について検討したところ,HRP/TiOx/MB複合 体は5回の繰返し使用後にも高い活性を保っていた.した がって,本手法は,酵素の繰返し利用を達成できる簡便な 手法として,有用性が期待できる.
3 蛍光分析を指向したタンパク質/無機ナノシート
複合体の開発蛍光法はバイオ分析分野において吸光法同様に広く用い られている分析法である.蛍光法は高感度な分析法であ り,生体分子の時空間分析にも適しているという特長を有 している11).そこで,蛍光分析への適用を指向した新しい タンパク質/無機ナノシート複合体を作製し,その性能に ついて検討を行った.
3・1 酵素/蛍光性無機ナノシート複合体によるグル
コース分析
無機物質を構成する元素の性質は,その物質特有の機能 の発現につながる.2・1では,無機ナノシートに磁性を付 与するため,鉄をドープしたチタン酸ナノシートを使用し た.一方,無機ナノシートに蛍光性を付与する目的におい ては,希土類が有用である12).そこで,ここでは希土類で あ る ユ ウ ロ ピ ウ ム を ド ー プ し た チ タ ン 酸 ナ ノ シ ー ト
(Eu-TiOx)を合成し,これを酵素と複合化した新規材料を 作製することにした.これまで述べてきたように,著者ら は無機ナノシートと複合化する酵素として,特にHRPに 着目して研究を進めてきた.HRPは発色基質と組み合わせ ることで比色分析に活用できるが,この触媒反応において は過酸化水素が必要となる.そこで,ここでは重要な生体 分子であるグルコースを分析のターゲットとし,グルコー スの酸化酵素であるグルコースオキシダーゼ(glucose oxi-
開発を試みた13).Eu-TiOxの合成は液相法を用いて行っ た.まず,TTIPを塩化ユウロピウム(III)(EuCl3)エタノー ル溶液と混合し,これをTBAOH水溶液に加えて加熱・撹 拌後,生成したコロイド溶液を限外ろ過することで,
Eu-TiOxを得た.このEu-TiOxの蛍光スペクトル分析を 行ったところ,Eu3+の5D0→7F1遷移及び5D0→7F2遷移に 由来すると考えられる593 nm及び617 nmの蛍光ピーク が観測され(励起波長: 395 nm),その蛍光性を確認する ことができた.そこで,このEu-TiOxをHRP,GOxとと もに酢酸緩衝液(pH 4)中で混合することで,目的とした Eu-TiOx/HRP/GOx複 合 体 を 作 製 し た. 次 に, こ の
Eu-TiOx/HRP/GOx複合体のグルコース分析への適用に
ついて検討することにした.希土類であるユウロピウムを 導入した層状チタン酸は,長い蛍光寿命を有することが報 告されている14).そこで,Eu-TiOx/HRP/GOx複合体を用 いて,時間分解蛍光測定に基づくグルコース検出を試み た.HRPの発色基質であるグアイアコールの存在下,
Eu-TiOx/HRP/GOx複合体にグルコースを添加すると,
Eu-TiOx由来の蛍光強度の減少が観測された.また,この
蛍光強度の減少度は,添加するグルコース濃度の増大に 伴って大きくなり,本研究で開発したEu-TiOx/HRP/GOx 複合体のグルコース検出能が確認できた.本検出系におけ る蛍光強度の減少は,次の(i)〜(iii)のような過程で生じ るものと考えられる(Fig. 3).(i)Eu-TiOx/HRP/GOx複 合体中のGOxが,添加されたグルコースによって過酸化 水素を生じる.(ii)この過酸化水素とグアイアコールを用 いて,Eu-TiOx/HRP/GOx複合体中のHRPが発色反応を 促進し,茶色の発色体を生じる.(iii)生成した茶色の発色
体がEu-TiOx/HRP/GOx複合体に吸着し,蛍光強度の減
少が起こる.最後の(iii)の蛍光強度の減少に関しては,
二つの因子の関与が予測される.一つは,励起光が,茶色 発色体の幅広い吸収帯(330〜800 nm)に一部吸収される というもの,もう一つは,Eu-TiOx/HRP/GOx複合体から 茶色発色体へのエネルギー移動現象が生じるというもので ある.以上のようなメカニズムにより,本検出系における 蛍光強度の減少が生じていると予測される.本研究におい
ては,検出ターゲットとしてグルコースを選択したため,
Eu-TiOx,HRPとともに複合化する酵素としてGOxを用
いた.一方で,GOx以外にも,基質を酸化して過酸化水素 を発生する酵素は複数存在する(例として,乳酸オキシ ダーゼ,アルコールオキシダーゼ等).したがって,GOx の代わりにこれらの酵素を使用することで,本検出系を,
他の物質(乳酸,アルコール等)を検出ターゲットとした 新たな系に拡張できる可能性もあると考えられる.
3・2 分子認識能を有する抗体修飾型無機ナノシートの
構築と蛍光ラベル化への応用
これまで,無機ナノシートと複合化するタンパク質とし て,酵素に着目してきた.すでに述べてきたように,酵素 は発色基質を用いた比色分析に活用可能である点などか ら,分析化学においても多用されるタンパク質である.一 方で,分析化学において,酵素同様によく使用されるタン パク質に抗体がある.抗体は,多くの 夾 雑物の存在下にお いて,目的とした検出ターゲットを抗原─ 抗体反応に基づ き高特異的に認識できるため,様々な分子の分析法を構築 するうえで,極めて強力なツールとなる.抗体の分子認識 能の活用を念頭において無機ナノシートとの複合化を検討 する場合,無機ナノシートの表面に抗体を修飾する手法は 重要であると考えられる.しかし,無機物質の表面修飾は シランカップリング等の手法で行われることが多く,そこ では一般に厳しい反応条件(すなわち,温度,pH,あるい は使用溶媒などの点で生理的条件とは大きく離れた反応条 件)が必要とされる.そこで,著者らは,これまでの酵素/
無機ナノシート複合体の作製において得られた知見を活用 し,新しい「ソフト」な表面修飾法により,無機ナノシー トの表面に抗体を固定化することを試みた15).その表面修 飾法の概念図をFig. 4(a)に示す.中性のpH領域におい て,チタン酸ナノシートは負の電荷を帯びており,アビジ
ンは正の電荷を帯びている.アビジンはビオチン結合性タ ンパク質であり,ビオチンと非共有結合的に極めて強くか つ安定に結合する.そこで,まず中性pH条件下において,
アビジンをチタン酸ナノシートに静電的相互作用に基づき 固定化させる.次に,このアビジンを固定化したチタン酸 ナノシートにビオチン修飾抗体を加え,表面に抗体が固定 化されたチタン酸ナノシートを作成する,というステップ を 考 案 し た. 実 際 に, 水 晶 振 動 子 マ イ ク ロ バ ラ ン ス
(Quartz Crystal Microbalance, QCM)測定における周波数 変化から,本手法を用いてチタン酸ナノシート表面に抗体 が固定化できること,並びに生成した抗体固定化チタン酸 ナノシートが抗原に対する認識能を有していることを確認 できた.そこで,本手法で作成した抗体固定化チタン酸ナ ノシートの溶液中における抗原認識能を確認することを試 みた(Fig. 4(b)).具体的には,モデル系として,Tris-HCl 緩衝液(pH 7.4)中において,ウサギIgG固定化アガロー スゲルビーズに対し,抗ウサギIgG抗体を表面修飾したチ タン酸ナノシート(ビオチン化抗ウサギIgG抗体とアビジ ン表面固定化チタン酸ナノシートから作製)を添加する系
(抗原: ウサギIgG,抗体: 抗ウサギIgG抗体)を構築し,
チタン酸ナノシートに固定化した抗体が抗原認識能を発現 するかについて検討を行った.アビジンとして,蛍光色素 であるフルオレセインイソチオシアネート(fluorescein isothiocyanate, FITC)を修飾したアビジン(FITC─アビジ ン)を使用した場合,共焦点レーザー顕微鏡測定において ビーズの形状に沿った蛍光像が観測され,抗原固定化ビー ズを抗体修飾チタン酸ナノシートが認識できることが確認 できた.また,FITCによる蛍光修飾の代わりに,ユウロピ ウムをドープした蛍光性チタン酸ナノシートを用いて蛍光 性を付与した複合体(抗ウサギIgG抗体修飾蛍光性チタン 酸ナノシート)を使用した場合についても検討を行った.
その結果,蛍光性チタン酸ナノシートを用いた複合体の場 Fig. 3 Schematic illustration of the sensing system for glucose using an enzyme/fluorescent inorganic nanosheet complex
合は,励起光に対する光耐性がFITCを用いた複合体の場 合と比較して向上することが確認でき,蛍光性ナノシート が新たな蛍光ラベル化剤としても興味深い性能を有するこ とが示唆された.
4 無機ナノシートとの複合化に伴う酵素の高度機
能化これまでに,酵素を中心としたタンパク質の無機ナノ シートとの複合化に基づく磁性及び蛍光性の付与と分析化 学的応用について述べてきた.一方で,酵素の無機ナノ シートとの複合化においては,ほかにも様々な興味深い高 機能性の発現を確認しており,これらは将来的に分析化学 的応用への展開が期待できる.そこで,本項では,著者ら が取り組んできた無機ナノシートとの複合化に伴う酵素の 高度機能化について記述したい.
4・1 酵素の紫外光耐性向上
酵素は人工光合成系や光誘起反応系を構築するうえにお いても魅力的なツールである.しかし,酵素に紫外光を照 射すると,化学結合の切断や架橋が生じることでその構造 が変化し,活性が大きく失われてしまうことが懸念され
る16).通常の酵素固定化法においては,固定化された酵素 の大部分は外部に露出しており,酵素を固定している担体 が紫外光照射による酵素の失活を防ぐことは難しい.一方 で,無機ナノシートの層間に酵素を固定化した場合,基質 とコンタクトできる状態を保ちつつ,酵素の大部分を固定 化担体である無機ナノシートで覆うことが可能となる.加 えて,半導体性を有する酸化物ナノシートは,光学的バン ドキャップが可視あるいは紫外領域に存在することも知ら れている.このことから,適切な無機ナノシートとの複合 化を行うことで,酵素の紫外光耐性が向上できるのではな いかと考えた(Fig. 5).そこで,前述した剥離─ 再積層の 手法によりチタン酸無機ナノシートの層間に酵素を固定化 し,酵素の紫外光耐性を評価した17).本系において,酵素 としてはHRPを用い,チタン酸無機ナノシートとしては,
鉄をドープしたものと非ドープのもの2種を固相法で合成 し,両者を使用した.まず,XRD測定の結果,鉄ドープチ タン酸ナノシートと非ドープチタン酸ナノシートのいずれ を用いた場合も,HRPとの複合化に伴う層間の増大が確認 され,HRPのナノシート間への導入が確認できた.そこ で,水銀キセノンランプを用いて,酵素に紫外光を照射し た.その結果,フリーのHRPでは紫外光照射により活性 Fig. 4 Schematic illustration of preparing an antibody-immobilized inorganic nanosheet, and its application to labeling
(a) Avidin is adsorbed to the surface of inorganic nanosheets, and biotinylated an antibody then binds to the avidin on the surface of the nanosheets. (b) Antibody-immobilized nanosheet bind to an antigen-immobilized agarose bead through an antibody-antigen interaction.
が急速に失われるのに対し,鉄ドープチタン酸ナノシート に固定化したHRPでは活性の低下は著しく抑制された.
一方,非ドープチタン酸ナノシートに固定化したHRPに おいては,鉄ドープチタン酸ナノシートを用いた場合と比 較して,紫外光に対する保護効果は小さかった.吸収スペ クトル測定の結果,鉄ドープチタン酸ナノシートにおいて は,ドープした鉄の影響によって吸収領域が非ドープのも のと比較して長波長領域にシフトすることが確認できた.
このことが,鉄ドープチタン酸ナノシートの層間に固定化 したHRPの優れた紫外光耐性の発現に寄与していると考 えられる.なお,HRP類似の触媒作用を示すメトヘモグロ ビンをHRPの代わりに使用した場合も,鉄ドープチタン 酸ナノシートへの固定化に伴う著しい紫外光耐性の発現が 確認できた.以上のことから,適切な光特性を有する無機 ナノシートとの複合化は,酵素の紫外光耐性を顕著に向上 させる新しい有用な手法であることが明らかとなった.
4・2 可視光照射による酵素活性の制御
酵素反応の速度を制御することは,酵素の高度な利用を 試みるうえにおいて,重要な課題のひとつとなっている.
しかし,基質の存在下,温和な条件でも容易に進行する酵 素反応の速度を制御することは困難である.例えば,停止 剤(酸・塩基等)の添加による酵素反応の抑制や停止は一 般に行われるものの,これは酵素の有効利用の観点からは 好ましいとは言い難い.そこで,著者らは,酵素を無機ナ ノシートと複合化し,可視光照射により酵素の活性を制御 することを試みた18).酵素としてはHRPを,無機ナノシー トしては鉄ドープチタン酸ナノシートを用いることにし た.鉄をドープすることで,チタン酸ナノシートのバンド ギャップが狭まり,可視光による励起が可能となる.鉄 ドープチタン酸ナノシートへの複合化は紫外光照射に起因 する酵素活性の低下を顕著に抑制するが(4・1参照),酵素 への負担を考えれば,紫外光よりも可視光を用いて酵素活 性を制御できることがより望ましい.ここで用いる鉄ドー プチタン酸ナノシートは,TTIPとTBAOH水溶液を用い
る液相法において,TTIPの一部を塩化鉄(II)(FeCl2)に置 換することで合成した.吸収スペクトル測定の結果から,
チタン酸ナノシートへの鉄のドープに伴う吸収の長波長化 が確認でき,そのなかで特に広い吸収帯を示した10 mol%
の鉄をドープしたチタン酸ナノシートを以後の検討に用い ることにした.また,酵素活性の評価には,HRPの蛍光基 質 で あ る ア ン プ レ ッ ク ス ウ ル ト ラ レ ッ ド(Amplex® UltraRed, Invitrogen)(以下AUR)を使用することにした.
本研究における可視光による酵素活性制御系の概念図を
Fig. 6に示した.まず,鉄ドープチタン酸ナノシートに可
視光を照射すると,価電子帯から伝導帯への光励起により 価電子帯に正孔が発生する.この正孔がHRP(Red.))か らCompound I(Ox.) へ の 酸 化 を 促 進 し, 生 成 し た Compound I(Ox.)はAURを酸化することにより,元の HRP(Red.)に戻る.すなわち,可視光の照射により発生 する価電子帯の正孔が,通常のHRP酵素反応における過 酸化水素と同様の働きを演じることになる.この際,正孔 と水との反応から形成されるヒドロキシルラジカルは HRP(Red.)の酸化反応に関与し,一方,系中の溶存酸素 は伝導帯の電子と反応することで,光キャリアの再結合を 防ぐものと考えられる.鉄ドープチタン酸ナノシートに固 定化したHRPに可視光(ピーク波長430 nm)を照射した ところ,照射時間に対応してAURの蛍光は大きく増大し た.一方で,フリーのHRPの場合は,AURの非酵素的な 光酸化に起因すると考えられる小さな蛍光増大が観測され るだけであった.以上のことから,鉄ドープチタン酸ナノ シートへの固定化によって,可視光照射によるHRPの活 性制御が達成できることが確認できた.また,AURの蛍光 増大量と照射する可視光の強度との間には相関があり,本 システムにおいては酵素反応速度を可視光の強度によって 制御可能であることも示された.一方,照射する可視光の 波長依存性を検討するため,異なる3種の光源(ピーク波 長410 nm,430 nm,474 nm)を用いたところ,鉄ドープ チタン酸ナノシートの吸収端(450 nm)を超える474 nm の可視光を照射しても酵素活性に影響が見られないことが Fig. 5 Enhanced UV light tolerance of enzyme accompanying with the intercalation into inorganic
nanosheets
確認できた.これは,本系における酵素反応がFig. 6に記 した機構に基づいて進行していることを支持する結果であ り,照射する可視光の強度に加え,波長によっても酵素反 応の制御が可能であることを示している.鉄ドープチタン 酸ナノシートに固定化したHRPに対し,3分ごとに可視光 照射(ピーク波長430 nm)の有無を切り替えながら測定 を行ったところ,光照射時においてのみ顕著な蛍光増大が 観測された.したがって,本系においては,可視光によっ て酵素活性を可逆的にON/OFF制御できることが明らか となった.同様の触媒活性の光スイッチングは,ペルオキ シダーゼ類似活性を発現するミオグロビンを鉄ドープチタ ン酸ナノシートに固定化した場合も観測されたことから,
本系は様々な酸化酵素に適用可能であると期待できる.一 方で,本系は還元酵素の酵素活性制御にも展開可能である と考えられる.なお,著者らは,本質的に同様の原理で,
白金をドープしたα-Fe2O3(ヘマタイト)の薄膜上に固定 化したHRPにおいても,可視光による酵素活性制御が可 能であることを確認している19).
4・3 酵素の触媒活性と熱安定性の向上
固定化された酵素は,基質にアクセスしにくくなるた め,フリーな状態にある酵素と比較して通常は触媒活性が 低下する.この問題は固定化担体として無機ナノシートを 用いた場合でも基本的に同様である.例えば,2・1に記し た酵素/ナノシート(HRP/FTO)複合体では,固定化に伴 いVmaxが約4割減少するという結果が得られた.この場 合,酵素はナノシートの層間に挟み込まれており,複合体 の内部深くに存在する酵素には基質が到達するのが困難と なることが活性低下の原因であると考えらえる.このFTO は固相法で合成しており,その粒径は数μm程度とHRPと 比較して非常に大きい.一方で,TTIPを主原料とした液相 法でチタン酸ナノシートを合成した場合,得られるナノ
シートの粒径は10 nm以下と非常に小さくなる.したがっ て,このような粒径が小さい無機ナノシートに酵素を固定 化する場合,粒径が大きい無機ナノシートに酵素を固定化 する場合と比較して,触媒活性に与える効果が変化する可 能性が考えられる.そこで,TTIPを主原料として液相法に よりチタン酸ナノシートを合成し(粒径約3 nm),HRPと 複合化することで,この複合化がHRPの触媒活性に与え る影響について検討した20).検討に際し,基質としてはグ アイアコールを用い,溶液のpHを4〜9の間で変化させ ることで触媒活性のpH依存性を調べた.その結果,中性 pHでHRP濃度が低い場合においては,チタン酸ナノシー トを共存させることで,HRPのVmaxがフリーのHRPの2 倍以上に増大することが明らかとなった.これは,通常,
酵素の固定化が触媒活性の低下を引き起こすのとは逆の現 象であり,酵素利用の観点から興味深い.また,チタン酸 ナノシート共存下では,Kmの値も若干低下し,基質親和性 が向上するという結果も得られた.pH 9におけるKmは,
チタン酸ナノシートの共存下,非共存下にかかわらず他の pHのときと比較して大きくなったが,これはフェノール 性水酸基が解離して負電荷を帯びたグアイアコールが増 え,これが負電荷を持つチタン酸ナノシートと電荷的反発 を生じることに起因していると推察される.触媒活性の向 上が観測されたpH 8において,動的光散乱(Dynamic Light Scattering, DLS)測定にてHRP溶液の粒径変化を観 測したところ,低濃度(100 μg mL–1以下)のHRP溶液に おいては,HRP分子の粒径を超えるサイズ領域にも付加的 な幅広いピークが観測され,HRPの一部が凝集体を形成し ていることが示唆された.一方,この低濃度HRP溶液に チタン酸ナノシートを添加すると,平均粒径は大きく減少 し,HRP凝集体が解離したことが示唆された.以上の結果 から,チタン酸ナノシートの共存下で観測された触媒活性 の向上は,チタン酸ナノシートの効果によりHRP凝集体 Fig. 6 Schematic illustration of visible-light-induced activity control of
HRP bound to Fe-doped titanate nanosheet
が解離し,実質的に機能するHRPの濃度が増加したため であると考えられる(Fig. 7).触媒活性が2倍以上増大し
た中性pH(pH 7〜8)においては,チタン酸ナノシート
とHRPは,ともに全体として負の電荷を帯びている.し かし,HRP中のアミノ酸残基には負電荷を持つカルボキシ ル基と正電荷を持つアミノ基が存在しており,これがチタ ン酸ナノシート表面の水酸基と局所的な相互作用を起こし ていると考えられる.また,チタン酸ナノシート表面に吸 着したtetrabutylammonium(TBA+)を介してHRPが結 合している可能性もある.これらの相互作用の力がHRP 分子間の凝集力を上回ったときに,HRP凝集体は解離する ものと考えられる.一方で,pH 4の条件下では,チタン酸 ナノシート添加に伴う触媒活性の向上は,ほぼ見られな かった.これは,pH 4においては,負に帯電したチタン酸 ナノシートと正に帯電したHRPが強固に結合し,サイズ が大きい複合体が形成されることに起因すると考えられ る.以上より,適切な粒径を有するチタン酸ナノシートは,
HRPが低濃度である場合,中性pH条件下における酵素活 性の向上に寄与できることが明らかとなった.そこで,別 の酵素としてスーパーオキシドジスムターゼ(superoxide dismutase, SOD)についても本手法の適用を試みた.その 結果,チタン酸ナノシートの存在下において,SODのスー パーオキシドアニオン消去活性が増大し,本手法が別の酵 素にも拡張可能であることが示された.
上述のように,粒径の小さいチタン酸ナノシートは,酵 素の触媒活性の向上に有用であることが明らかとなった.
上述したHRPとSODはともに酸化還元酵素である.そこ で,次に,加水分解酵素であり,産業利用においても重要 なリパーゼに対し,本手法の適用を試みた21).リパーゼと チタン酸ナノシートを様々なpH条件下(pH 4〜9)で混 合した場合,pH 4においては多くのリパーゼがチタン酸
ナノシートに結合したが,pH 5以上では少量のリパーゼ が結合するのみであった.ゼータ電位測定で等電点を求め たところ,チタン酸ナノシートは2.0,リパーゼは4.3とい う結果が得られた.したがって,pH 4においては,負に帯 電したチタン酸ナノシートと正に帯電したリパーゼが静電 的相互作用によって効率的に結合していると考えられる.
ここで,本研究で用いたチタン酸ナノシートの合成に際し
てはTBAOHを使用するが,XRD測定の結果から,溶液中
のチタン酸ナノシートにTBA+が対イオンとして結合して いることが示唆された.リパーゼの表面は比較的疎水性が 高く,したがってチタン酸ナノシートに結合したTBA+中 の疎水的なブチル基とリパーゼ間における疎水的相互作用 も両者の結合に一定の役割を果たすものと考えられる.実 際に,pHが5以上の条件においてもリパーゼの少量はチ タン酸ナノシートと結合することが確認できており,これ は上述した疎水性相互作用に基づくものと推察される.次 に,pH 4において,一定量のチタン酸ナノシートに対し,
濃度の異なるリパーゼを加え,リパーゼの酵素活性測定を 行った.この際,リパーゼの基質としてp -ニトロフェニル アセテート(p-nitrophenyl acetate, pNPA)を使用し,400 nmにおける吸光変化から酵素反応速度を求めた.その結 果,リパーゼ濃度が低い条件において,チタン酸ナノシー ト存在下の酵素活性が,非存在下と比較して顕著に(8倍 程度)向上するという結果が得られた.上述したようにリ パーゼの表面は比較的疎水性が高く,水溶液中における溶 解性はそれほど高くない.したがって,チタン酸ナノシー ト存在下における酵素活性の大幅な向上は,HRPの場合と 同様,凝集状態にあったリパーゼがチタン酸ナノシートと の結合を通じて水溶化したためであると考えられる.次 に,チタン酸ナノシートへの結合が,リパーゼの熱耐性に 与える影響についても評価した.その結果,pH 7の条件下 Fig. 7 Enhanced catalytic activity of enzyme using titanate nanosheet
α-Fe2O3において可視光照射によりルミノールの光触媒活 性が増強されること22),発光タンパク質イクオリンを固定 化した白金ドープα-Fe2O3薄膜を用いて構築した光電気化 学セルにおいて,Ca2+の添加に伴い光電流が観測されるこ と(イクオリンが光源として機能する)23),セリウムをドー プしたチタン酸ナノシートがSOD酵素に類似した活性を 示すこと24),温度によりチタン酸ナノシートの剥離─ 積層 状態を可逆的に制御可能であること25),について報告して いる.また,新たな高度機能を有するタンパク質/無機ナ ノシート複合材料も現在開発中であり,これらも分析化学 的応用への展開が期待できる.
5 結 言
本論文では,著者らが取り組んできたタンパク質と無機 ナノシートから成る材料に関し,分析化学的な応用に焦点 を当てて概説した.タンパク質は生命の維持を可能とする ための高度な機能を有しており,一方無機ナノシートは特 徴的な形状と多様な元素組成に基づく優れた機能を発現す ることができる.前者は生体分子(有機物),後者は無機物 であり,その基本的な特性は大きく異なっているが,それ ゆえに,両者を融合することで,単独では不可能な驚くべ き高機能性を発現するポテンシャルを秘めている.今後も このような協奏的な機能を発現する新たな複合材料が多数 開発され,分析化学を含む様々な分野で活用されることが 期待される.
謝 辞
本研究の遂行にあたっては,多くの先生方からご支援,
ご助言をいただきました.また,多くの学生諸氏にもご協 力をいただきました.この場を借りまして,厚く御礼申し 上げます.また,本研究の一部は,JSPS科研費JP24750072, JP24750205, JP26410244, JP15K05542, JP19K05407,
JP19K05527の支援によりなされたことを付記し,ここに
謝意を表します.
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E-mail : [email protected]
**
E-mail : [email protected]
1
Faculty of Agriculture, Saga University, 1, Honjyo-machi, Saga-shi, Saga 840-8502
2
Graduate School of Engineering, Nagasaki University, 1-14, Bunkyo-machi, Nagasaki-shi, Nagasaki 852-8521
(Received October 17, 2020; Accepted November 18, 2020)Proteins possess sophisticated functions in order to maintain strict life phenomenon.
Therefore, the molecules have an aspect as fine materials, as in the example of application tools to signal amplification and molecular recognition in analytical chemistry. On the other hand, many artificial materials have unique functions, which are different from that of biomolecules. Thus, the complex formation between proteins and artificial materials has a great potential to create attractive materials. We have developed novel hybrid materials composed of proteins, mainly enzymes, and inorganic nanosheets. In this review, hybrid materials, reported by our group, are summarized while focusing on applications to analytical chemistry.
Keywords: hybrid material; protein; inorganic nanosheet; horseradish peroxidase (HRP).