博士論文概要書
複数条約間の適用上の優劣関係の決定に関する条約法の理論 皆川 誠
本論文の問題意識と目的
国際法上一般に、条約は当事国間限りで効力を有し、国家が複数の条約の当事国となっ ている場合には、それらの条約の間に優劣関係はないとされる。しかし近年、たとえば環 境保護条約上の義務に従いオゾン層を破壊する物質の輸出規制を行う措置が、GATT/WTO 法における自由貿易を阻害することが懸念されるなど、異なる主題を扱う別々の条約が同 一の事項を規律することによって、条約間の適用上の優劣関係を決定しなければならない という問題が生じてきた。近年は、従来のように個別国家間の利害調整を目的とした条約 が締結される一方で、国連海洋法条約や人権・環境保護に関する条約など、国際社会の共 通利益の実現を目指す多数国間条約が数多く締結され、こうした多数国間条約がそれぞれ 独自に紛争解決手続や履行確保制度を整えるようになってきている。しかし、統一的な上 位機関が存在しない国際社会においては、これらの条約は各々の関係について必ずしも考 慮されないままに締結されており、所与の事項について複数の条約が同時に適用可能であ ると考えられるばかりか、複数の紛争解決フォーラムが国際法の解釈適用について異なる 判断を行う可能性も生じることとなるのである。
ある国家が一方の条約義務に従うと、他方の条約義務を履行できなくなるような場合に は、国内法と同様に国際法においても、「後法は前法を廃す」あるいは「特別法は一般法を 破る」の原則(以下、それぞれ後法優先原則、特別法優先原則とする)が適用され、2つの 条約間の適用上の優劣関係が決定されると考えられてきた。また、条約法に関するウィー ン条約(以下、条約法条約)には、「同一の事項に関する相前後する条約の適用」と題され た30条の規定があり、同条の適用も考えられる。しかし、たとえば国連海洋法条約は海洋 に関する一般的かつ包括的な法的枠組みを確立することを目的として作成され、境界画定、
海上交通の規制、漁業資源の保存管理、海洋環境保護など同条約が扱う各分野にはその具 体的実施を担うための関係国の個別協定や地域的協定などがあり、これらと国連海洋法条 約との関係を前法・後法あるいは特別法・一般法の関係と単純にとらえることはできない。
こうした現在の条約作成・締結状況に鑑みると、複雑多岐にわたる条約関係に後法優先原 則や特別法優先原則を適用することができるか否かは、改めて問い直さなければならない 課題であるといえる。
このような複数条約間の適用上の優劣関係の決定という問題を検討する際に出発点とな るのは条約法条約の枠組みであるが、現在、同条約の枠組みを手がかりに問題の検討をす すめる際には、国際社会の共通利益の実現を目指す多数国間条約は、国家間の権利義務関
係の契約的均衡をはかる二国間関係には還元できないという問題意識を考慮しなければな らない。条約法条約の起草過程では、こうした問題意識を反映する規則を盛り込むことは 結局受け入れられず、条約法条約は基本的に二国間条約に適用される規則の法典化である との態度決定がなされた。しかし、条約法条約採択から40年以上が経過した現在、改めて 国際社会の共通利益の実現を目的とし、多数国間条約体制が発展している現状に適合する よう条約法条約の理論枠組みを再構築することが求められているといえる。
本論文では、上記の問題意識に立脚しつつ、複数の条約間の適用上の優劣関係を決定す るために用いられると理解されてきた後法優先原則や特別法優先原則の条約法の枠組みに おける妥当性と限界を明らかにしつつ、近年の多数国間条約体制の形成状況にてらして、
複雑化している条約間の関係を適切に調整するための条約法に内在されている法理を導き 出すことを目的とする。
本論文の構成
第 一 章では、同一の事項を規律する複数条約間の適用上の優劣関係の決定に関する規定 である条約法条約30条が、実際に生じうる問題に対して適切な解答を与えているか否かと いう疑問から出発し、特に同条が規定しているとされる後法優先原則の妥当性に焦点をあ てて検討を行う。
これまでにいくつかの事例において条約法条約30条の適用可能性が議論されたが、同条 に直接依拠して判断がなされたことはなかった。このことは、同条に示されている規則に 関する一般的な理解と、複数条約間の適用上の優劣関係の実際の決定には乖離が存在する ことを示しており、実際に、複数条約間の適用上の優劣関係を決定するには同条の規則で は不十分であるとの学説上の批判もなされている。このような批判は主に、(1)既になさ れた合意と矛盾する合意を別個になすことが国際法上認められるのか、および(2)実際に 矛盾する合意が別個になされた場合に、実務的に双方の合意のいずれを優先すべきなのか、
という2つの視点から行われている。
条約法条約採択以前の議論では、相前後する条約が同一の事項を対象としている場合に は、(1)国家は既に締結された条約上引き受けた義務と矛盾する義務を、新しい条約を締 結して第三国との間で引き受けることができるのか、そして、(2)そのようにして締結さ れた後の条約は有効なものとみなされるのか、という点が関心事項となっていた。すなわ ち、相前後する条約の「合意」の両立性が問題とされたわけである。(1)については、国 際判例などを通じて、A国-B国間の条約とA国-C国間の条約との関係では、前の条約を優 先して、これと矛盾する義務を引き受けた国家の前の条約違反を問題とする「前法優先」
原則として一定の定式化がはかられてきた。しかし、(2)に関しては、この場合に A 国-C 国間の条約が有効に成立しているか否かについては、一般的な解答は示されていない。同 一の事項を扱う相前後する条約のいずれかの有効・無効の議論を行うには、それぞれの条 約がどのような性格を有しているか、すなわち、条約規定の慣習法的性格あるいは強行規
範的性格という検証が容易ではない問題にも踏み込まざるを得ず、相前後する条約におい て示される合意の性格について、議論を集約できないという問題が生じる。
これに対して、条約そのものの有効・無効の議論には踏み込まずに、諸条約が有効に成 立していることを前提としたうえで、より実務的な観点から議論を展開する立場がある。
この立場からは、主権国家が自由になす合意を制約しうる性格の国際法規の存在を証明す ることは困難であるとの認識から、既に合意した内容と矛盾する新たな合意を国家がなし たか否かということを、条約の解釈の問題として扱うべきであるとの主張がなされる。す なわち、後になされた合意が有効なものと認められるか否かは、実際には締約国の意思を 解釈しなければ明らかにならず、両条約を矛盾しないよう解釈することによって、矛盾す る内容をもつ条約の有効・無効というある種哲学的な論争に陥ることなく問題の解決を導 くことができるとするのである。このような立場からは、後法優先原則の適用可能性はき わめて限定的に解されることになる。
国連国際法委員会における条約法条約30条の起草過程の議論においても、当初は、既に なされた合意に反するような新たな合意をなす行為について、その合法性に焦点があてら れていた。しかし、後に条約の抵触の問題は条約の有効・無効の観点からではなく、条約 の解釈、適用、修正または終了というさまざまな観点から検討されるべきであるとされ、
特に条約の「解釈」と密接な関連性をもつとの認識が共有されることとなった。そして、
条約の抵触の問題は解釈にかかわるきわめて個別具体的な性質を有しているため、30 条に 規定された規則は本質的には残余規則とされたのである。こうしたことからも、同条が規 定しているとされてきた後法優先原則の実際的有用性はきわめて限定的であると評価せざ るをえない。
国際判例も、相前後する条約の適用上の優劣関係の決定が問題となった場合には、適用 可能と思われる条約の解釈を通じて、「当事国の意思」を明らかにし、そこから導き出され る「合意」に従って最も実効的な解決を導こうとしてきた。とりわけ常設国際司法裁判所 は、適用法規の優先的選択を導くための条約解釈を行うなかで、当事国の意思の背景に存 在する「法的安定性」を考慮要因としていた。同一の事項に関する相前後する条約の適用 上の優劣関係の決定は、条約の解釈を前提としており、後法優先原則は、条約解釈によっ て明らかにされる「当事国の意思」に従った範囲で妥当性を有するものにすぎないのであ る。
一方で、同一の事項に関する複数の条約間の適用上の優劣関係の決定にあたっては、後 法優先原則と同様に、特別法優先原則も適用することができるとされてきた。しかし、特 別法優先原則は条約法条約30条でも明示的には規定されておらず、同原則を適用すること が実際の問題処理にどの程度資するのかについても、ほとんど検討されることがなかった。
そのため、同原則が条約間の関係において妥当性を有するか否か改めて検討を行う必要が ある。そこで第 二 章では、複数条約間の適用上の優劣関係の決定にあたって、特別法優先 原則が妥当な解決を導くものか否かを検討する。
特別法優先原則について考察するうえでは、国際法上、「特別法」と「一般法」の関係が どのように理解されているかが重要であるが、国際法においては、国際法規範が適用され る人的な範囲の広狭という観点から、適用範囲の狭い法規が適用範囲の広い法規に優先す るという内容として、特別法優先原則の妥当性が一般的に支持されてきたといえる。この ため、多くの場合、国際社会全体に妥当する慣習国際法に対して、合意した当事国のみに 妥当する条約が優先するという意味で、同原則の内容が理解されてきた。これは条約につ いても同様であり、国際社会の多数の国家を当事国とし、広い妥当範囲をもつものを一般 条約とし、一般条約の当事国のなかの特定国間で締結される条約を特別条約として、人的 適用範囲の観点から特別条約が一般条約に優先するものと理解されてきたのである。
しかし、たとえば特定魚種の保存管理のための条約と国連海洋法条約のような条約同士 の関係については、その適用上の優劣関係を条約の人的適用範囲の広狭という形式的な観 点からのみ判断し、前者が当然に優先されると容易に決定することはできず、条約が扱う
「事項的範囲」に着目すると、特別法優先原則を形式的に適用できないとの指摘がなされ てきた。ある事項について特定国間の条約の方が一般的な文言で規定し、多数国間条約の 方が具体的に規定している場合も考えられるからである。
学説上は、このように条約が抵触していると思われる場合には、必ずしも両者が矛盾す るものと即断せず、可能な限り両者が調和するように解釈すべきものとされ、特別法優先 原則も、この「解釈」の文脈のなかで妥当性が認められてきた。しかし、国際社会におい ては伝統的に多数国間条約も契約的・処分的な性質の二国間関係に分解して考えることが できるものとされてきたため、適用の人的範囲という側面からその妥当性が肯定されてき た特別法優先原則と、条約が抵触していると思われる状況を解決するための条約解釈段階 において妥当性が認められる特別法優先原則とが、明確には区別されてこなかったのであ る。
第一章で検討したように、国際法委員会による条約法条約30条の起草過程において、条 約の抵触の問題は、条約の解釈にかかわるきわめて個別具体的な性質を有するものであり、
条約法条約全体のなかの解釈一般に関する規則とは区別して扱われることとなった。そし て国際法委員会における議論は、特別法優先原則が、条約の抵触を回避するために行う条 約解釈の段階において、当事者が意図したところの意味を評価するうえで助けとなる「解 釈指針」として参照されるにすぎないことを示している。こうした解釈指針には特別法優 先原則のほかにも実効的解釈原則などがあり、その援用の適切性がさまざまな事情の特定 の文脈と主観的評価に依存するために、これら指針は法典化になじまないものとして条約 解釈一般に関する規則とは明確に区別され、明示的規則として規定されなかった。特別法 優先原則は、条約法の枠組みのなかでは、一般的に理解されてきた抵触規則というよりも、
条約の「適用」を決定するための調和的解釈を行う段階において機能する解釈指針として、
その妥当性を限定的に認められるものであったといえる。
このことは、特別法優先原則が適用された事例として取り上げられているマヴロマチス
特許事件判決(管轄権)における常設国際司法裁判所の推論過程を検討することによって も明らかとなる。裁判所は自らが管轄権をもつとの結論をパレスチナ委任状に基づいて決 定したが、その過程において、紛争の主題であるギリシャ人・マヴロマチスのコンセッシ ョン(特許)をより特別に扱っているローザンヌ条約第12議定書を、管轄権の基礎となる 委任状の規定を有意味に解釈するために、その内容を優先して参照するという非常に限定 的な範囲で特別法優先原則を用いた。そして、特別法優先原則が役割を果たすうえで考慮 されたことは、裁判所の管轄権を確定し、紛争を司法的に解決することによってもたらさ れる「法的安定性」であったと思われる。このように、裁判所は両条約の解釈を行って管 轄権の確定という結論を導くにあたり、当事国の意思の推定から有意味な解釈を引き出し ていたが、現在は国際連盟期とは異なり、国際社会の共通利益の実現を目的とする多数国 間条約が数多く作成・締結されている。こうした状況のなかで条約同士が抵触する場合に は、当事国の意思だけでは問題の解決は困難であり、関連しうる条約およびその規定の性 質がいかなるものかという点に十分に注意を払う必要がある。
このように、第一章および第二章の検討を通じて、同一の事項に関する複数の条約間の 適用上の優劣関係を決定する際に、後法優先原則や特別法優先原則の役割が非常に限定的 であることが明らかとなった。そのようななかで、実務的に適切な問題解決をはかるため に条約中に他の条約との関係について定める明示規定を挿入することが有益であると、し ばしば指摘されてきた。そこで第 三 章では、問題処理を実効的に行うために国家によって 行われてきた、条約中に他の条約との関係について規定する明示規定を挿入するという実 行の意義を、近年の多数国間条約体制の作成状況にてらして検討する。
他の条約との関係について定める明示規定は、一般的には他の条約との抵触の発生を未 然に防止するために条約中に挿入されるものと理解されており、条約法条約も30条2項に おいて、他の条約について定める明示規定がある場合にはそれに従うべき旨を規定する。
他の条約との関係について定める明示規定は、(1)条約間に明瞭な優先順位を設定するも の、(2)明瞭な優先順位を付けずに関係条約の調和的な並行適用を認めるもの、の 2 つの タイプに分類されるが、いずれのタイプの明示規定においても、対象となる諸条約の時間 的前後関係が重要な考慮要因となっている。
条約法条約30条2項の起草過程においても、条約の時間的前後関係を基準として、それ ぞれ「前の」条約との関係と「後の」条約との関係について議論が展開された。この議論 のなかで注目すべきことは、他の条約に対する優先を規定する条約のなかに、当事国によ るいかなる逸脱も認めない一体的(integral)または相互依存的(interdependent)な条約制 度を創設する意図が見られるものが存在する点である。前者が軍縮条約を、後者が人権条 約を代表的なものとするこのような分類は、第 3 特別報告者のフィッツモーリスによって 示されたものであった。しかし、フィッツモーリスの後任を務めたウォルドックは、この 条約の性質分類という考え方に理解を示しつつも、非相互主義的な条約のなかに相互主義 的な規定が含まれることもあるなどの理由によって、基本的にはすべての条約を一律平等
に扱い、それらが扱う内容や条約の性質には着目しない方針をとった。このような立場は 国際法委員会において支持され、他の条約との関係について定める明示規定に関する議論 は、一貫して「合意したもの以外には国家は拘束されない」という基本原則から外れない かたちで整理された。すなわち、国際法委員会は、「厳格な合意主義」の立場から、多数国 間条約であっても基本的には二国間関係に分解して考えることが可能な場合を念頭におく こととしたのである。
しかし現在は、国際社会全体の共通利益を実現することを目的として、起草の段階から 一般化を狙って作成をすすめるタイプの多数国間条約が数多く作成されるようになってき ており、すべての条約を「厳格な合意主義」の立場から理解することは困難であるように 思われる。たとえば海洋に関する一般的かつ包括的な法制度の確立を目指した国連海洋法 条約では、自国に不都合なものには参加しないという選択をさせないよう、「パッケージ・
ディール」方式による起草が行われており、また、国連などの諸機関において多数決制度 やコンセンサス方式が採用され、従来の絶対的合意の位置付けも変更を受けている。この ような多数国間条約に他の条約との関係について定める明示規定が挿入される場合には、
いかなる点が議論の対象となるかは注目に値する。
条約により実現されるべき秩序における規律の包括性・一元性の確保を意図した多数国 間条約の端緒と位置付けられる国連海洋法条約には、「他の条約及び国際協定との関係」に 関する 311 条が規定されている。同条の起草経緯について、特に国連海洋法条約と他の多 数国間および二国間条約との関係に関する議論および修正を見ると、「合意は第三者を害し も益しもしない」の原則に留意しつつも、同条約により実現される一般的な海洋法秩序か らの逸脱を締約国に許さず、統合的に海洋法秩序の実現を目指す意図がきわめて強くあら われていることがわかる。すなわち、国連海洋法条約において他の条約との関係について 定める明示規定は、形式的な条約の優先関係の処理ではなく、むしろ同条約が意図する「条 約価値の実現」との関係から、条約相互の関係がどのようにあるべきなのかが考慮して挿 入されたものと理解できるのである。
このような「条約価値の実現」を意図して他の条約との関係について明示規定によって 定める代表的な例として、国際連盟規約20条や国連憲章103条をあげることができる。こ れらは国際社会の平和と安全の維持をはじめとしたさまざまな目的の効果的な実現のため に、他の条約上の義務と抵触した場合の自らの「優先」を規定している。しかし、国連海 洋法条約や環境保護に関する条約などは、最初の段階では一般的な協力義務などの基本的 枠組みを「一般条約」として締結するにとどめ、その具体的な実施を別個の「実施条約」
に委ねる方式をとっている。こうした方式の下では、「一般条約」と「実施条約」との関係 を「対立・抵触」の関係ととらえていずれかが「優先」すると考えるのではなく、それら が対象とする利益・価値の効果的な実現のために「調和」されるよう条約を解釈し、諸条 約の関係を適切に「調整」することが求められるのである。
しかし、多数国間条約の採択によって同条約が扱う分野に関する「一般法」の枠組みを
構成し、こうした枠組みのなかで諸国が具体的な問題に即して国家間の法律関係を調整し ていくという動きは、一方で国際社会の画一化を進行させるものであるが、他方で国際社 会の各分野の専門化と自立化を進行させるものととらえられるようになってきている。国 際法委員会は、こうした問題を国際法の「一貫性」確保の観点から問題としつつも、こう した動きは避けられず、問題に対応するための概念的枠組みを提供することが望ましいと し、条約法条約がまさにこの枠組みを提供するものとして位置付けられるとする。
そこで第 四 章では、近年の多数国間条約体制の形成過程を背景とした国際法規間の関係 性に対応する条約法の枠組みについて検討し、複数条約間の関係を適切に調整するための 考え方とはいかなるものかについて考察していく。
現在の国際社会の共通利益の実現を目指す多数国間条約体制の形成過程は、大きく分け て(1)一般条約とみられるものが統一的な基準を設定し、その範囲のなかで締約国同士が 特別協定を結び、相互に抵触のない安定的な法分野を形成していく過程、(2)一般的・統 一的な条約とみられるものが存在するなかで、そこに示される法規が具体性をもっていな いがゆえに、その一般条約における法規の実現を目指して締約国(ないしは非締約国)同 士が別個に協定を結んでいく過程、(3)相互の調整という視点が欠如するために、各国が 共通の関心事項を有する分野において個々に条約が締結されることにより、相互の調整を はかった統一的な発展がきわめて困難となる過程、に分類される。これらの態様によって 形成される多数国間条約体制の問題点は、条約同士の関係が十分に調整されないままに進 展していることにあり、相互の調整をいかにして行うことができるのか、が検討されなけ ればならない。
国際法上、同一の事項を規律する複数の法規範については、後法優先原則や特別法優先 原則、あるいは強行規範の概念を適用することによってその適用上の優劣関係が決定でき るものとされてきた。しかし、強行規範の概念は条約法条約53条に規定されているものの、
その内容は明らかであるとはいえず、同条約採択後に強行規範に反する条約が実際に無効 と判断された事例は存在しない。また、後法優先原則や特別法優先原則の実際上の役割は 非常に限定的であり、さらに、国際社会の共通利益の実現を目的とする多数国間条約の形 成過程に鑑みると、一般条約と個別条約との関係で必ずしも両者が抵触し、いずれかが優 先する関係と考えることができない。むしろ、条約同士の関係を、各々の解釈を通じて調 整するという姿勢が求められることとなる。
このような多数国間条約体制の形成過程を背景として生じる複数条約の抵触・重複の問 題についていかなる対応をとることができるのか、に関して注目されるのが、条約解釈に おける条約法条約31条3項(c)の規定である。同規定は、条約解釈において「当事国の間 の関係において適用される国際法の関連規則」が考慮されると規定するが、国際法委員会 の「国際法の断片化」研究部会報告書は、同規定が国際法システムにおける「体系的統合」
(systemic integration)と呼びうる条約解釈の一般原則を表現していると述べている。同規 定はもともと、その起草過程においては「時際法の理論」に関連して議論が行われたもの
であったが、そのなかでは、国際法秩序が全体として分割することはできず、条約は真空 状態で締結されることはなく、むしろ国際法秩序の枠組みのなかで締結されるとの見解が 示されていた。こうした起草過程の議論から、国際法秩序の「体系性」を条約解釈の際に 考慮に入れることは、国際法学において支持を得ていたということができる。同規定に明 示的に言及し、一般国際法規にてらして関連条約の解釈を行うという事例も、近年の国際 判例において見られるようになってきており、条約解釈の際に参照される一般国際法規が、
国際法秩序において「体系性」をもって相互に有機的に連関している国際法規のなかで、
重要かつ基本的な役割を果たしていることが認識されている。こうした一般国際法規は、
その一般性が国際法秩序と結びつけられるべきであり、国際社会の共通利益と統一的な法 秩序の実現を目指す一般的多数国間条約は、特定分野の共通利益の増進のための秩序の方 向性を定め、同条約の下で出現する特別な条約規則の解釈の方向付けをするものととらえ ることができる。こうした一般法の役割を認識することで、条約同士の適切な関係性を導 き出すことができるのである。
このような認識に基づき、錯綜する条約関係を「調整」するという発想は、実際に複数 の条約の相互の関係が問題となった近年の事例においても、重要なものとして認識されて いたということができる。オーストラリアとニュージーランドの同意を得ずに一方的に調 査漁獲を行った日本が両国から訴えられ、2000 年に国連海洋法条約附属書 VIIの仲裁裁判 所によって判決が下されたみなみまぐろ事件において、裁判所はみなみまぐろ保存条約と 国連海洋法条約とは「併存」するとの考えを示した。実際に、適用可能な法として、両条 約はいずれも解釈の対象となっており、相互に排除する関係であるとは見られていなかっ た。そして、裁判所が結論を導く過程では、みなみまぐろの資源の保存と最適利用という 共通利益を実現するという目的の下で、両条約の調和的関係のなかで当事者が行いうる最 も実効的な「協力」へと誘導する考慮がはたらいていたといえる。この「国際協力」とい う考慮要因が、現在の国際社会における複雑多岐にわたる条約関係の適切な調整を導く架 橋になるのである。
本論文の結論
同一の事項に対して複数の条約が適用可能と見られる場合には、どのようにしてそれら 条約間の適用上の優劣関係を決定できるのか、という問題については、後法優先原則や特 別法優先原則、あるいは条約法条約30条の規定によって、既に処方箋が用意されていると 思われてきた。しかし、条約法条約30条が規定しているとされてきた後法優先原則および 同条には明示的に規定されていない特別法優先原則については、複数の条約間の適用上の 優劣関係を決定する際には、その実際的有用性はきわめて限定的であるといわざるをえな い。両原則が適用されたものと評価されてきた国際判例においては、裁判所がある適用法 規の優先性を決定する際に行ったことは関連条約の解釈であって、そのなかで裁判所が最 も重視したことは条約規定の解釈から導き出される当事国の意思であった。そして、当事
国の意思の背景に存在する、適用法規の優先的選択に続く裁判所の判断結果の「安定性」
が考慮されていた。
第 2 次大戦後は、国際社会の共通利益の実現を目的とする多数国間条約の作成・締結が 増加し、多数国間条約の作成時には、条約関係の複雑性を考慮し、他の条約との関係につ いて定める明示規定を挿入する実行が重ねられてきた。現在の多数国間条約の形成状況に 鑑みると、条約間の関係をいずれか一方の他方に対する「優先」という対立的なものでは なく、「調和」的にとらえることが必要となってくる。特に、多数国間条約に他の条約との 関係について定める明示規定が挿入される場合には、その趣旨が「条約価値の実現」にあ るとの認識に基づき、関連条約規定を調和的に解釈することにより、条約間の関係を適切 に調整することが求められる。
こうした調和的解釈にあたっては、条約解釈の際に国際法秩序の体系性を考慮すること を求める条約法条約31条3項(c)のように、条約法条約の枠組みのなかに有益な指標が示 されており、同規定を手がかりとして条約の調和的解釈に取り組む際には、特別な規則の 解釈を方向付ける一般法の役割を認識することで、条約同士の適切な関係性を導き出すこ とができる。そして、このような条約関係を調整するという発想においては、諸条約の調 和的関係のなかで関係当事者が行いうる最も実効的な「国際協力」が重要な考慮要因とな るのである。
現在のように、国際社会の共通利益の実現を目的とする多数国間条約が多数締結されて いる状況のなかでは、これら多数国間条約が規定している義務の性格が、契約的な二国間 関係に還元できるものか否か、などの検討は、多数国間条約体制における合法性の確保の 観点から避けることのできない課題の 1 つである。しかし、特に人権、環境分野を中心と して、多くの多数国間条約がそれ単体では完結しない構造をもち、条約の具体的実施の過 程で時々の事情に適合するように必要に応じて規範の形成・拡張を行っているという新た な状況に鑑みると、多数国間条約体制を法的に評価する際には、「合法性」の視点だけでは なく、「国際協力」の視点も必要とされる。条約法条約は採択から 40 年以上が経ち、そこ に定められている規則群については、その後の国際社会の変化をふまえて再検討が行われ る時期にきている。今後の条約法規則の再検討は、条約遵守にかかわる「合法性」の視点 と、国際社会の共通利益の実現を目指すための「国際協力」という視点とを複合的に勘案 しながら行われていく必要があるといえる。このようにして行われる作業を通じて、国際 法秩序形成において条約がいかなる役割を果たしているのかを明らかにしていくことが、
今後の課題である。