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第1節  経験主義教育観受容と摂取の実態 

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(1)

第11章  経験主義国語教育の実践的理解(3)−大村はま国語単元学 習の生成の過程―

 

本章では国語科という枠組みを存置しつつ展開された大村はま国語単元学習の生成と 確立の過程を経験主義教育理念との関連を中心に考察する。大村はまの単元学習の考察は すでに多角的視点から行われているが、戦後の経験主義教育理念との直接の関連や影響に ついては必ずしも明らかにされていない。特に大村の初期の単元学習にどのような問題が あり、その問題を大村がどのように修正し改善していったのかは国語単元学習の実践的理 解をさぐる上で重要である。 

なぜならそこに当時の単元学習の実践的な可能性を見出すことになるからである。大村 は 1949(昭和 24)年 9 月の「研究授業  クラス雑誌の研究」によって単元学習を生成、 その後独自の単元学習を展開、深化させていった。それに対し教育現場の実態はカリキュ ラム改造運動の先進的な学校も含めて徐々に教科書中心の学習に移行し、能力主義への転 換という傾向を顕著にしていった。当時の国語単元学習が急激に衰退していった要因と して6点(実践者の指導力、学習者の学習力、能力・経験の系統、教科書、指導実践上の 困難、実践者の心情)が考察されているが、実践者に関する問題以外は大村の場合も同 様であり、その中でも大村が国語単元学習を生成し構築していった要因はどこにあったの だろうか。その点を経験主義教育理念の実践的理解という視点から探るのが本章の課題と なる。 

以下、①大村の経験主義教育観摂取の過程を大村の自筆ノート(「教員再教育指導者養 成研究協議会」の講義内容)とその後の実践との関連を検討した上で、②「単元『読書』」

(1952(昭和 27)年 2 月)の実践報告と西尾実の批判を取り上げ、当時の大村はま単元学 習の問題点について考察を加えていく。 

 

第1節  経験主義教育観受容と摂取の実態 

 

戦後の大村はまの教育実践と当時のおもな教育施策とを作表したのが(資料1)である。

大村が深川一中に在職してから実践報告「単元『読書』」の発表時までを範囲とした。 

 

(資料1)戦後の教育施策と大村はま教育実践 

    年月        おもな教育施策  大村はまの教育実践  1947(昭和 22) 

      5月        8月  9月         12 月   

1948(昭和 23) 

      2月 

 

22 年度学習指導要領社会科編発刊   

   

22 年度学習指導要領国語科編発刊   

 

『中等国語』に手引きが付される。

 

【深川一中】 

 

『どう教えどう学ぶか』(国語教育研究叢書 第一冊  ことばをそだてる会刊)執筆   

     

(2)

      3月  5月   

      6月        8月        9月        10 月        11 月  1949(昭和 24) 

      1月        2月        4月         

      6月        9月        10 月        11 月   

1950(昭和 25) 

      3月           

12 月   

1951(昭和 26) 

      6月  9月        10 月           

      11 月  12 月   

 

1952(昭和 27) 

      2月 

第三回  新教育研究協議会  教員再教育指導者養成協議会   

 

第一回教科書検定   

         

小学校国語学習指導の手びき』 

小学校国語入門教科書発行  検定教科書使用開始   

                       

日米講話条約締結 

26 年度学習指導要領国語科編「中・

高等学校編」 

   

26 年度学習指導要領国語科編「小学 校編」 

 

東京代表として参加。オズボーン、輿水実の 講義を受ける。(1) 

実践「やさしいことばで(1年)」(2) 

 

『通信教育学習書(中等国語)』執筆(3)

   

【目黒八中】 

研究授業「物語の鑑賞」 

       

文化集会「実用的な手紙」 

研究授業「クラス雑誌の編集 2 年」(4) 

国語学習指導の実際(NHK 放送授業) 

   

雑誌論文「中学校に於ける国語単元学習指導 の展開」(『実践国語』第 11 号穂波出版社)

   

研究授業「古典に親しむ(3 年)」 

   

研究授業「語いをふやそう」(3 年)」 

 

「国語科学習指導要領の実践計画」 

 

「中学校高等学校学習指導要領国語科編解  説」 

研究授業「読書生活を考える」 

   

雑誌論文「単元『読書』1年」(『教育』第 4 号  教育科学研究会)(5) 

 

ここから大村はまの戦後初期の教育実践が文部省教育施策に呼応する形で進められて いることが確認できる。大村の経験主義教育理念の受容は(1)「教員再教育指導者養成研 究協議会」に東京代表として参加したことに始まる。それと並行して(3)「通信教育学習書

(『中等国語』)」(同年 9 月発刊)の編集が行われており、CIE の直接の示唆を受けつつ教 材の単元的編集を提案した。同時期に発表されたのが(2)実践「やさしいことばで」であ る。(4)研究授業「クラス雑誌の編集」の当時、大村は西尾実の推薦で 26 年度学習指導要 領国語科編の編集委員となっている。古典、語彙、読書生活の提案授業を行っていくが、

それは大村が一貫して追究し続けるテーマ群であった。(5)「単元『読書』」は連続した読 書生活単元3実践の一つに位置づけられる実践である。 

 

1  「教員再教育指導者養成研究協議会」記録 

(3)

  まず取り上げるのは大村はま直筆のノート(鳴門教育大学附属図書館所収:以下「大村 ノート」)である。ここには「教員再教育指導者養成研究協議会」(1948(昭和 23)年 5 月 28〜30 日)の森田教育課長、オズボーン、輿水実の講演記録が記されている。 

      森田教育課長「新制中学校教育の原理」 

      オズボーン  「新制中学校教育課程の編成について」       輿水実      「国語科における単元構成の原則」 

同協議会は全国 8 箇所で開催され、輿水実が関東大会で講義した内容がその後の原案とな った。輿水の講義内容は飛田隆により『戦後国語教育史  上』(1983(昭和 58)年教育出 版センター)に報告されている。飛田の原案と大村ノートと対照すると本ノートはより詳 細かつ具体的な記述を記録していることがみてとれる。(全文は翻刻して末尾に載せた) 

(1)輿水の講演とストリックランドの著作『How to Build a Unit of Work』 

  まず輿水の講演についての先行研究を把握しておきたい。輿水は講演にあたりルス・ス トリックランドの著作『How to Build a Unit of Work』をCIEのオズボーンから借り受 け、それをもとに協議会を終えたと述懐している。輿水がストリックランドの著作のど の部分を受容したかを問題にした小久保美子は、輿水の講演記録と同本の英文記述との照 応から、輿水がストリックランドとは異なる単元観や単元構成の原理を啓蒙したと指摘し ている。以下に示したのはその問題点を概括したものである。 

(1)  輿水自身の系統性を重視する国語教育観を提示した。 

(2)  (1)の考え方が、輿水の解釈として以下を引き出した。「ストリックランド女 史も、国語を、この単元の方法以外のある種の技術と考えておられたようであ る」。 

(3)  単元原理(一必要のたしかめ  ニ目標指示  三単元の概観  四資料の収集  五 動機化  六  学習活動  七評価)の項目はストリックランドの原文のままであ るが、国語科の枠内での単元学習に直接関わらないと輿水が判断した記述を省 略しており、そこに国語科を言語技術の練習を要する教科としてみなす輿水の 考えが影響していた。 

端的にいえば、輿水が単元学習を国語科の枠内でとらえ、技術的な練習や系統性を重視 した単元観を講演したという分析である。さらに小久保は、輿水の講演で啓蒙されなか った点とストリックランドの本来の主張を以下のように考察している。やや長くなるが 大村ノートと対照するため必要であり、引用する。 

 

  ・UNITS OF WORK  represent an effort on the part of the school to relate subject  matter and the development of skill in the organization of childrenʼs  learning  about important interests, topics, or problems,(下線は小久保氏による) 

    ストリックランドは、units or work を「教材とスキルの発達とを関連させる学校側の 努力を意味する」と定義している。そしてそれは、(1)教師の興味(2)教師の資源(3)

(4)

子どもの必要と興味(4)コース・オブ・スタディの要求  に基づいて行われるとする。

(略)また単元学習の展開において、子どもの必要や興味が第一ではなく、まず教師の 興味があげられていることから単なる児童中心主義の単元学習でないこともうかがえ る。 

  ・ストリックランドは、「仮に教材の価値の重要性が減っても、協同的な作業や計画のや りとりの社会的経験、また熱心さや鋭い興味がもたらす強い動機づけから成長する言語 や読書の価値によって償われる」と述べ、「一つの興味はしばしば別の興味へと導き、

子どもたちは個々の読書において多くの領域を探求することができる」としている。 

・輿水の省略部分、すなわち、教材や他教科との統合(integration)のしかたを概観す る、計画する(Planning)、共有する(sharing)、旅行やプロジェクトを計画する、何 らかの方法(in some way)、評価の機会を与える、などは、いずれも単元展開を根底か ら支える重要な活動である。輿水は、なぜこれらを省略したのか。たぶんそれは、それ らが国語科の範疇を超え出た活動であったからだろう。この時点での輿水は、単元学習 を「国語科」の枠内で考えようとし、国語科を言語技術の練習を要する教科とみなして いたのではないか。だからこそ、単元学習の本質ともいえる多様な活動の広がりを見せ る部分を意図的に外したのであろう。 

    ・ストリックランドは、冒頭並びに末尾の結論において、繰り返しこう述べる。 

(1) 単元の組織は、すべての子どもに共通の経験(common experience)をもつ機会を 提供する。そして、優れた子も劣った子も、それぞれのレベルに合った活動を行 うことができ、しかも共通経験の価値に対して貢献できる。 

(2) 教師はカリキュラムの開発者であり、次の3点の枠組みに基づきそれを行う。 

①  教師の状況下にある資料や要求 

②  地域社会の必要 

③  現に存在する標準(standards) 

そして最後に、「教師は、興味も、考え方も、仕事の仕方も異なっている。だから、各 教師は、子どもの必要に出会うだけでなく、自分が挑戦したいと思い、興味をもつことに おいてこそ最善の仕事をなすことができるのだ」と述べて本書を終えている。 

 

小久保の論の目的は単元学習の本質の理解にある。戦後の教育施策において単元学習が 単なる児童中心主義と分析される傾向をふまえ、ストリックランドが「教師の興味」や「教 師の資源」を第一とし「子供の必要と興味」との組織を主張したと述べている。ストリッ クランドが教師の興味について「自分が挑戦したいと思い、興味をもつことにおいてこそ 最善の仕事をなすことができる」と述べ、教師の意志や興味の尊重を強調している点に注 目しておきたい。 

また、原文との照応から輿水が「ストリックランド女史も、国語を、この単元の方法以 外のある種の技術」ととらえた解釈には無理があり、むしろ単元学習での「社会的経験」

(5)

や「熱心さや鋭い興味がもたらす動機づけ」が別の興味を導いて「子ども個々の読書」に 発展していくのであり、ストリックランドが指摘した「作業単元以外」で行われるべき国 語学習もその点に認めるべきだと述べている。以上の「発展」を可能にする学習こそが単 元学習であり、「単元の組織」は「すべての子どもに共通の経験をもつ機会を提供」し、「優 れた子も劣った子も、それぞれのレベルに合った活動を行うことができ、しかも共通経験 の価値に対して貢献」できるものでなければならないとしている。 

輿水とストリックランド個々の単元観についてはさらに考察が必要であろうが、以下、

小久保の指摘をふまえつつ大村ノートの実際の記録を確認していきたい。 

(2)大村ノート(「教員再教育指導者養成研究協議会」輿水実の講演記録)の実際    (資料2)は大村ノートの単元的方法と経験概念に関する記述の抄出である。 

 

(資料2)大村ノート(「単元構成の原則」「単元的構成の実際」) 

国語科における単元構成の原則        一  単元的方法の理論的根拠 

(1)  生徒は成長しつつある 

これは平凡のことであるが、今まで考えられなかった。白紙のものと思っていた。生徒があるも のを持ち成長しつつあることを忘れていた。このことは言語教育、ことばの問題では特にそうであ る。たとえば読む力でも、自分で好きで、うちで、自由によんでつけていく力の方が多いのである。

それをはっきりみとめて、その上に国語教育をきずいていかねばならぬのである。 

(2)  教材は生徒によっていかされなければならぬ 

      教材それ自身は、いかなる形をしているか。印刷した本であると思っている。しかし教材は受けと る人があって、はじめて生きているものである。受けとる下地がなければないのと同じである。(略)

成長しつつある経験が教材をつくり出す 

    一体われわれの経験はたえず成長している。教材は成長の媒介・手段・契機になるものである。

そうなってはじめて教材である。(略) 

(3)  教材観と生徒観との二元的対立はすてられねばならない 

    与えられた教材に対する教材観を立て、別に生徒を観察して生徒観をたて、両方の一致したとこ ろに指導観が成り立つ。が、新しい見かたでは、教材は生徒の経験の中に生かされて始めて教材 となるのであるから教材観、生徒観、指導観が一つである。 

 

単元的構成の実際  一中学生徒の言語生活の場面 

  学習指導要領 97 頁/この十九の原因は殊に順序はないのである。ただ思い出すままに書いた。12 本 を買いたい道具を買いたいという程度のもの 

  この中には、日本の中学生のやっていないこともある。18 などはあまりやっていない。また、これ で網羅しているわけではに。もっとつけ加えてほしい。また、この考えによって自分の生活の言語生 活の実際をもっともっとしってほしい。そしてそれをより効果あるようにするのが目的である。これ からの国語教育は生活が(ママ)じっさいにことばを使っている。(高尚な本をよむのもこの中に入る)

(新しい国語教育はあまり実用的だという論があるが、そうでない。実用的なことは高尚な、文化的 なことと反しない。)そういう具体的な場合に国語力が養われてくる。

 

一  新しい国語教育の指導原理      氷川小学校    学習指導要領国語科編  編集の基本になっている三つの考えかた 

(1)  ことばの見かたにおける機能の重視 

(2)  ことばの学習における興味の重視 

(3)  ことばの指導における個人差の重視(略) 

(3)個人差について 

      すべての子どもを一つの高さにまでつれていこうとしないでよい。めいめい一人一人をめいめい一 段ずつ上げればよいのである。指導は生徒の成長の手助けなのである。でなければ個人個人をのばし てゆくことはできない。個人個人を教育しない教育というものはない。/以上をよく考えると学習は

(6)

単元学習でなくてはならないことがわかる。以上を今日の話の伏線とする。 

ニ  新しい国語教育における教材と教師と生徒 

      まず教材中心主義を打破しなければならぬ。教材を用意するものは教師である。教材を用意し選定 するものは教師である。教科書の身(ママ)を中心にやってゆくことは根本から改められなければな らない。 

三  国語科と単元的方法 

単元は学習の一かたまりということである。子どもの興味を持っている問題を中心にしてそこに 学習の活動を結集し組織してゆくことである。 

      アメリカの定義(ストリックランド。インディアナ大学助教授) 

・いかにして作業単元を完成するか  1946 刊 

        作業単元は重大な(大きな)興味、話題、問題について、その子どもたちの学習を組織すること によって、教材と技術の発達とを結びつけようとする学校側の努力を示す。

   

以下、注目したい点をまとめておこう。 

①  教師の興味と関心についてはストリックランドが最も強調していた点であるが、大村 ノートにおいても「教材を用意し選定するものは教師である」という記述がみられる。 

②  教材については繰り返し「経験」との関係が表現されている。(教材は「生徒の経験の 中に生かされて始めて教材となる」、生徒の「成長の媒介・手段・契機となるもの」で あり、「そうなってはじめて教材である」といった記述) 

③  言語生活は「文化的」かつ「高尚な」本を視野にいれ、それを一つの言語生活と把握 した上で、ことばを使う具体的な場合に即して国語力を養う。   

  次に、(資料3)は同じく大村ノートの単元学習と効果判定に関する記述である。 

 

(資料3)大村ノート「単元学習」「効果判定」 

単元学習と効果判定 

      効果判定と評価は同意。ただ一般的にいえば評価であり、単元に即していえば、効果判定である。

/これは単元学習にはぜひともなくてはならない。単元は学習の一まとまりであるといったが、その まとまりをつけるのは評価であるから。この評価によって教科がきまるのである。/評価は段階をつ けることではない。 

    効果判定の目的 

      1  生徒自身どれだけ成長したか。成長を確認する。そして学習の意欲を高める。 

      2  教師のため          効果判定の方法 

      考査はその一つの方法にしかすぎぬ。/テストの改善の必要    国語科における学習評価の方法 

      1  考査/2  個人個人の観察記録  この子どもにこういう特徴がある。この記録と一緒に成績物 をとっておく。その子どもの国語に関する歴史がでよう。面接し特徴を書いておく。/3  評価 表の作成  /こまかく、くわしく作ること。評価は改善をふくむものでなければならない。生徒 を改善しうるようなものでなければならない。 

       

    三  大きい  ひろい  単元と  小さい  せまい  単元 

(略)もっともひろいものは、生活経験全般にわたるもの、その解決によってどの教科というこ となくあらゆる教科の目的を達せられるようなもの/(略)たとえば航空機の発達がえらばれた とすると、事柄としては理科である。これを飛行機の生産などを研究すれば社会科、飛行機につ いてのいろいろな文献のしらべかた、飛行機についての文学をしらべる、飛行機についての文学 を作るという風にすれば国語科である。ひろいものをえらんで、各教科とせずにやっていける。

せまいものは、国語科独自の単元のことである。むろん生活に即してでなければならにが、実 際生活に関する興味ある話題、また興味を持たせねばならぬ問題、ものをせばめれば、読み方の

(7)

単元、話しかたの単元もある。/せまいのに興味としてはせまく偏してくるが、しかし純粋にこ とばの力の育成に努められる。現在の教科というものがわかれている限りはこういう方向に進ん でもいいのではないか。生徒の興味ある問題を持っているなら生活全体からとってもいいと思う。

/付け加えておくのは、昨日単元の構成のしかたを話したが、それは国語科のせまい単元の場合 で、ひろい単元の場合は更に説明がいる。

    四  どんな単元をえらぶか 

      アメリカにおける経験中心の単元(略:飛田の記録と同じ) 

      単元的に構成されているアメリカ教科書の題目(略:飛田の記録と同じ) 

      これらについて説明してやるのではない。これについて実際の学習活動をするのである。 

 

    国語科における単元学習活動の実施について 

一  指導  作製の基準  一必要のたしかめ/ニ目標の提示/三概観/四資料/五動機化/六作業段 階/七評価(略) 

ニ  教科書以外の単元について      事例一  情報のしらべ方        書物の利用法 

図書館利用法  集めかたしらべ方を身につけていることが大切。個々の知識のあるよりもしらべ る態度が大切。 

目標の指示  この勉強でわれわれは何かの主題についてしらべる計画をしよう(略)/概観  書 物の索引を利用する。/図書目録の見方/図書館の利用法(略) 

作業  次のような問題について生徒が好きな問題を選びどのようにして学ぶか考えさす。/砂漠 の植物はどのようにして生きているか/昆虫の共同作業について調べるのにどうしたらいい か。 

  一つを選び、どのようにしてしらべるのか、書かす。 

    大事な点をノートに書かす。 

        著者に(ママ)どういう考えかたをしているか。/重要なところを書く。/反対の意見 のあるところ/書き抜きかたもいろいろある。/自分のもっている本の目録を作る。分類す る。/図書館へ実際にいってみる。/図書館へいった時のことを話しあう。/図書館に対す る希望を話しあい文に書く。 

次に評価をする。 

   

  やさしいことば    ○教科書の学習の手引    ○せまい単元の例 

    話し方の改善/朗読のしかた/(略)広告やけい示のかき方  見方(以下略) 

    これらをどこまですすめるかが問題である。一年間のプランをたてて、やりぬかねばならぬ。一年 間見通して適している(興味と必要ある)ものをやる。生徒の実態をつかんでその上に立案する。

そして教科書他のものが必要だというなら入れる。 

 

ここからは以下の点をよみとっておきたい。 

①  評価を「単元学習のまとまりをつけるもの」であると位置づけている。 

②  評価の目的は「生徒自身がどれだけ成長したか」を教師が確認し、生徒の「学習の意 欲を高める」ものである。 

③  評価の方法として考査はその一つであり「観察記録」や「評価表の作成」は生徒を改善 しうるようなものでなければならない。 

④  国語科の単元についての単元構成の原理は他教科を視野に入れた単元学習の組織と異 なる(例「単元  情報のしらべ方」) 

⑤  国語科独自単元としての「せまい単元」を国定第六期国語教科書『中等国語』の教材

「やさしいことばで」例示している。 

(8)

以上、講義の全体はストリックランドの著作の記述を正確に訳出しようと試みられている。

教師の興味、経験と教材との関連、単元的学習の原理、評価や記録の尊重といった点が周 到に説かれた講義内容と位置づけてよい。 

しかし輿水自身の国語教育観が登場しているのも事実である。大村ノートには、国語科 の単元学習が困難であると記され、国語教育は「練習を要する」、「国語は知識でなく技術 である」から反復練習を「連続的に」するほうがいい、ことばの学習は「一つの話題に結 集する必要がない」「単元以外にも学習の機会はいくらでもある」、単元学習は「読書の指 導、作文の指導にはなかなかできにくい」等の記述がある。特に「国語は知識でなく技術 である」や「一つの話題に結集する必要がない」と述べている部分からは輿水が従前の国 語教育の範疇で単元学習を理解しようとした点が指摘できよう。 

 

2  大村はま実践にみる経験主義教育観の実際 

  以上の講義内容を大村はどのように受け止め、実践に生かしていったのか、①教材観、

②評価観を中心に検討していきたい。 

(1) 教材観 

①  実践「やさしいことばで」(1947(昭和 23)年 6 月) 

  大村は同協議会の翌月、深川一中で「やさしいことばで」の実践を行う。同教材は『中 等国語』2年生用(1)に掲載されている。大村が当時の実践を振り返っている記述(『大 村はま国語単元教室  第1巻』筑摩書房 1982(昭和 57)年 11 月)からは教材へのなみな みならぬ思いが伝わってくる。 

 

      私はこの文章を読んで胸をおどらせた。そうだ、と思った。やさしいことばでこそ、人 の心のなかに入っていけるのだ。むずかしい理論、高い思想、深い思想を、みんなにわか るやさしい、平らな、なめらかなことばで伝えていかなければ、文化はみんなのものにな らないのだ。文化がみんなのものにならなければ、文化国家として民主国家として日本は 生き返っていけないのだ。その文化をみんなのものにするところに、新制中学の出発の意 義があるのだ。そして、私は、その先頭に立っているのだ。(略)立ち寄った書店の店頭 で、新しく発刊されたらしい少年少女向けの雑誌「虹」を見つけた。出版物の少なかった 頃のことで、この種のものがあれば、何でもとにかく、買いもとめるのが常であった。  

雑誌「虹」の裏表紙に、大村は四種類の鉛筆の広告を見つける。それが教材として花開く のであるが、その教材との出会いを大村は次のように言う。 

 

・  私はこの広告を見ていきながら胸がわくわくしてきた。なんといういい教材であろう。

『やさしいことばで』の、あの趣旨を考えてみるのに、なんという適切な材料であろう。

毎日みんなが使っている鉛筆、子どもたちの身近というよりも必需品、今日にもだれか

(9)

が買いそうな。どれが子どもを引き付けて、「これ、買おう」と思わせるだろうか。 

・  私はもう子どもたちが乗り気になって一生けんめいに話し合い、論じ合っている教室が 目に見えるような気がした。 

・  どの子も喜びそう。(中略)私はわくわくし、胸の高鳴りを感じながら、教材を探すとい うことの味を覚えた。また、よい教材、適切な教材というものの手応えと感触というよ うなものに気がついた。10 

   

ひと通りの学習が終えられた後、子どもたちは「やさしいことばで」の趣旨によって考え てみたい資料を収集してきたという。大村は「この時間の楽しかったことが、積極的な学 習を誘うことになった。(略)探した資料を見せに、いそいそと近づいてくる子どもたち、

できる子でもできない子でもない子どもたちであった。『やさしいことばで』の趣旨によっ て、その文章の直しを試みた子どもたちであった」11とし、学習を次のように総括する。 

 

      勉強ぎらいな―というよりも、勉強の習慣のない、力がなさ過ぎて勉強の楽しみを知ら ない―そういう子どもたちには、「よく読みなさい、何度も読みなさい」「どういうことが 書いてあるか、考えなさい」「筆者はどういうことを言おうとしていると思いますか」「筆 者はどういう気持ちでこれを書いていますか」、このようなことを言ってはだめである。

しかし、何度も読ませたいし、筆者の考え、気持ちを受け取らせたい、そういうことので きる力をつけなければならない、このときどうすればよいか。/この「やさしいことばで」

の学習で、この問題への答えをぼんやりとながらとらえた、と思う。そしてそれはその後、

今日まで貫いているものの一つになった。12  

以上は大村が全集執筆のために書き下ろしたものであり、執筆当時の大村の総括ではあ る。しかし以上の学習が大村ノートの内容と符合することは明らかであろう。大村は「教 師の興味」によって教材を選択、教科書教材の読みや理解に資するとして最適のものを取 上げた。教材は鉛筆の広告、生徒の身近な生活の中にあり、生徒の視点から教材の読みが 可能となる。大村は「生徒によって生かされ」る教材を教師としての自身の興味で発見し たのである。 

実際、輿水の講演では教科書教材の「やさしいことばで」の「せまい単元」の例として

「広告のかき方、見方」があり、しかも「教科書他のものが必要だというなら入れる」と いう解説がなされていたが、そのことよりも大村がストリックランドの指摘した units of  work の本質を理解し、直ちに実践化していることに驚嘆させられる。まさに解説どおりの 学習が展開されている。特に、学習後、教科書の趣旨によって考えてみたい教材を子ども たちが収集してきたという事実は、「熱心さや鋭い興味がもたらす強い動機づけから成長 する読書」として位置づけられるだろう。 

②雑誌論文「中学校に於ける国語単元指導の展開―クラス雑誌の編集―」(1950(昭和 25)

(10)

年 3 月  雑誌「実践国語」第 11 号) 

しかし当時の大村も興味をどうとらえるかという点は難問の一つであった。後年、大村 は次のように初期の単元学習を振り返っている。「教師は興味そのものを指導することに、

もっともっと心を砕かなければなりません」のに、単元「研究発表」では「子どもの興味 に任せるといって任せすぎ」、「自動車の作り方とか山林の生成とか、その一々を勉強し尽 くすことは叶いません」と述べ、指導要領にも出ていた「自分(引用者注:大村)の能力 を考えて指導する」条件を全く忘れていた13と述べた。 

それに対し、教師としての大村の強い熱意と興味で実現した単元がある。1949(昭和 24)

年の実践「クラス雑誌の編集」(目黒八中)である。クラス雑誌は単元学習の原理にそい展 開された学習であるが、学習活動の中に討議を速記で書き取るという活動がある。「学習活 動 6」の「自分たちの雑誌はどんなふうに作っているか相談する」では、担当を決め、手 分けをして友だちの発言を記録する学習が設定されている。そのねらいは「聞く」の指導 にあったと、後年、大村は自身の教育観とともに次のように述べている。 

 

    子どもたちを話し合える人として育てることこそが、戦後の教師として再出発した自分 の使命と強く感じておりました。/実際、戦争はどんなに多くの人を情けない気持ちにさ せ、どれくらい深く人の心を傷つけたことか。やりきれない気持ちになった現場の教師と しては、何を為すべきか。国語科としては何が一番大切か。当時は「民主国家を建設する ほかに日本が助かる道はないのだ」ということが叫ばれました。それを国語科として受け 止めるとき何ができるかと言えば、それは話し合いの力ではないのか。すべての人が自分 の意見を持って、そしてしっかり話し合いができる国民がそろっていたなら、戦争を避け ることさえできたのではなかったか…。/(略)話し合いなど勉強の内には入っていない 世界だったということ、そういうことが日本を滅ぼしたのではないかと私は感じておりま したから、戦後、話し合いの指導にはたいそう力を入れました。それは、私が高等女学校 の教師から新制中学に出たときの動機そのものにも結びついていると思います。(略)/実 はこの単元(引用者注:目黒八中「クラス雑誌の編集」)も、話し合いの指導として考え ました。ここにもまた「聞く」ということを通して「話し合い」を指導したいという気持 ちがあったのです。そういう風にしないで「しっかり発言するように」とか言っても、話 し合いはできるものではありません。14

 

ここには大村が新制の公立中学校にかける使命が述べられている。その使命観こそが大村 の興味を引き出した。「自分が挑戦したいと思い、興味をもつことにおいてこそ最善の仕事 をなすことができるのだ」というストリックランドのことば通り、大村が「話し合う」や

「聞く」という学習に子どもたちを関わらせ、その力を体得させようとする「興味」は自 身の社会観、国家観から自ずと引き出される。「すべての人が自分の意見を持って、そして しっかり話し合いができる国民がそろっていたなら、戦争を避けることさえできたのでは

(11)

なかったか」。現実を改革し理想を実現するために挑戦する仕事にかりたてるもの、それが 大村の興味であり、その興味が教育すべき内容と教材を必然的に生み出したのである。 

(2) 評価観 

  大村はまの実践においては、戦後初期の実践から自己評価、相互評価が学習活動として 位置づけられている。大村はCIEのオズボーンの講義からはじめて「評価」ということを教 わった15と次のように述べている。 

 

      そもそも「評価」という考え方は、戦後に入ってきたものです。戦前には「評価」とい う考え方はありませんでした。(略)/そこへアメリカさんが入ってきました。そしてCIE のオズボーンさんが「評価」ということを初めて私たちに教えたのです。(略)私ははっ きりと覚えていて、鳴門教育大学に英文のノートも残っております。そしてその後もずっ とそれを貫いているわけですが、「評価」とはまず教師にとっては、目標を立ててみてそ れを検証し、そしてこれから自分はこの子に、どういうことをどのように指導していった らいいかの指針を得るということ。指針という言葉でした。子どもとしては自分を反省し て、自分はこれからどんなふうに勉強したらいいか、どんなことに力を入れてどうしてい ったらいいかという方向を確かめる。この二つが評価であると。私、これは明解であると 思います16。 

 

この大村の認識は、輿水の講演の主旨と同一である。評価は「単元学習のまとまりをつけ るもの」であり、その目的は「生徒自身がどれだけ成長したか」を教師が確認し、生徒の 学習意欲を高めるものとする位置づけである。また、子ども自身が自分を反省しこれから の学習の方向性を確かめるために「観察記録」や「評価表の作成」はあるべきであり、子供 の「国語に関する歴史」を改善へとつなげる教師の姿勢が説かれている。 

  序列、到達といった評価観ではなく、一人の子どもの成長や発達を支援し資するものと する評価観は大村の「指針を得る」という言葉に象徴されている。大村は 1950(昭和 25)

年 11 月 25 日、「全国小中学高等学校習字研究会」(東京学芸大学附属中学校)で単元「古 典入門」の一部を公開した研究授業を行っている。この授業では学習活動として「毛筆硬 筆の書写指導」を取り上げ、作品を「自己評価→相互評価→教師による評価」として評価 する活動である。相互評価はお互いのよい作品に紙を貼るというものであったが、当時の 参観者にはその評価観は全く理解されていない17。大村の摂取した評価観が一般のものと なり得ていない点を象徴していよう。 

 

第2節  国語単元学習の問題  ―「単元『読書』」(1952(昭和 27)年 2 月)― 

 

以上のように単元学習を自身のものとして実践化していった大村であるが、「単元『読 書』」では一つの課題に直面した。それは言語経験と言語能力の問題である。ストリックラ ンドの記述にあった「現に存在する標準(standard)」と子どもの興味とをどのように関連

(12)

させていくかという単元学習の本質的な課題であった。 

 

 

  単元「読書」の実際 

  単元「読書」18(『大村はま国語教室』には未所収)は雑誌『教育』19第 4 号(1952(昭 和 27)年 2 月)「共同研究  国語単元学習の検討」に掲載された実践論文である。編集部 による「まえがき」には「現在流布しつつあるいわゆる国語単元学習についてこれを批判 検討する必要を痛感」したとある。報告と批判の題目は以下の通りである。 

(報告1)  東京都大向小学校  小塚芳夫    単元「秋の野外学習」(小学4年) 

(報告2)  東京都紅葉川中学校  大村浜  単元「読書」(中学1年) 

(批判1) 「もっと指導者の研究を」西尾実   

(批判2)「計画的めいた無計画さ」国分一太郎 

この前年 1951(昭和 26)年には改訂学習指導要領が発表20され、経験主義教育の方向性 はより明確になったはずであった。しかし国語単元学習の実践を研究者が批評するという 特集から、国語単元学習をどのように具体化するかが教育現場の問題の中心にあったこと が推察される。 

当時の大村実践において、読書生活に関する報告は本実践も含めて連続した3つの取り 組みがある。目黒八中での「読書生活を考える」21、本単元、紅葉川中での「読書」(2 年)である。まずここで掲載された単元「読書」の概要を確認しておく。 

(1)単元設定の理由と主な目標 

  大村は「なぜこの単元をとりあげたか、また、なぜこの学習指導の形をとったか」で、

7点を挙げ、単元設定の理由を説明している。以下、抄出する形で挙げてみよう。 

(1) 指導者の状況 

「指導者自身が学校に不慣れである」 

(2) 生徒の実態と教師の願い 

「指導者に引きずってほしいような態度をまず直して、学習を自分の学習として 自主的に自発的に学習する生徒にしたい」 

(3) 一人一人の生徒との面接の時間と話題の設定 

(4) 生徒の短所と思われる「話す」ことを避けたい 

(5) 読書生活の面に貧弱な地域環境への教師の願い「読書の楽しみを知らせ、書物に 親しむ人にしたい」 

(6) 生徒の実態(読書週間への意欲的な気持ち)と読書生活への入門の必要 

(7) 「読むこと」によって「読むこと」の指導をする(「読みひたること」「読む体験 そのもの」を第一とする)22 

指導者の状況や立場と、生徒の実態や環境、その両者を視野に入れ、単元「読書」を 設定した大村の意図が明確に伝わってくる。以上の単元で目標とされているのは、① 読書の楽しみを知る、②読書する習慣を身につける、③正しい読書生活への出発をす

(13)

るという点であり、「読むこと」によって楽しみや習慣といった読書生活をも視野に入れ た指導を行う意図がみてとれる。 

(2)学習の実際 

  大村は、生徒一人一人がそれぞれの目的をもって「読むこと」を学習する場として、読 書室(教室)、読書力テスト室(教室の一隅五ヶ所)、編集室(廊下の半分)、談話室(廊下 の半分)の4つを設定する。以下、その意図を確認していきたい。 

【読書室】 

  「読むこと」を「読むこと」を通して指導する核となる読書室は「これが一番主要な室 で、静かに、めいめいの読書をするところである。(略)たとえ、指導者であっても、むや みに生徒に話さない。用があれば、カードに呼び出しを書いて渡し、談話室まで呼ぶ」23 場である。机の並べ方等、環境づくりにも留意した上で、個別指導は生徒の姿勢、学習態 度に及ぶ。何を読むかについては「だいたい自由」とする一方、「同じものばかりにならな い」と指示、冊数や割合を教科書、中学生全集、ローマ字の本、漫画等について示してい る。読書記録も課し、「読むこと」と「書くこと」を関連させた指導として位置づけている。 

【読書力テスト室】 

  読書力テスト室は、「練習という意味であり、また、学習に変化をつけること」とし、「テ ストの結果はあまり重くみない」とする。読書室と同様、「静かな営み」の場、「生徒たち 自身が自分の学習記録として理解もし楽しみもする」24場として設定されている 

読書力は「読解の力」「早く読む力」「語らいの力」と3点示され、「読解の力」として 封筒の問題を解いて自分で答え合わせをする活動、「早く読む力」として黙読の速さを正確 に記録する活動が具体化されている。「語らいの力」はどのような学習活動か不明であり、

翌昭和 28 年の単元「読書」(二年)では除かれている。 

【編集室】 

  編集室での活動は「読書新聞を一グループ一号ずつリレー式に編集する」ことである。

「一般の読書新聞や前年度の生徒の作ったものを見て、読書新聞の内容はどんなものかを 研究し、つぎに自分たちの読書新聞の計画」をするが、グループでリレー式の編集という 点から単元「読書」は間隔をあけて繰り返された、あるいは、かなり長期にわたって継続 されたという可能性が指摘できる。 

読書新聞の編集においてはモデルを提示し、編集部を指導することで内容の充実が図ら れている。「読書について知らせたいこと話したいことは、この編集部を指導することによ って、読書新聞をつうじて生徒にとどくようにする」25と大村が述べているように、読書 新聞は、教師の指導を反映する場として位置づけられている。 

記事の内容は座談会、統計、読書記録、本の紹介、投書、標語の募集等、多岐にわたる。

そういった記事の編集を通して、取材、インタビュー、座談など、さまざまな言語経験が 必然的に行われるよう工夫されている。編集部以外の生徒も、例えば新聞への投書では、

自主的に読書新聞を読み、その内容を吟味し批評する態度や能力が培われる。 

(14)

生徒が学習の目標とするのは読書新聞の編集であるが、その活動に取り組むことで必然 的に多様な言語経験が展開されるよう意図されている。大村の考える指導の目標は読書新 聞の編集を通して多様な言語経験が展開されることであり、実際「学習中の主な言語経験 の一覧」においてもすべての言語経験が最も多く列挙されている。 

【談話室】 

  生徒を呼び出して個人面接をする場である。指導者と話しをしつつ、生徒の一人一人の 学習状況や理解の度合いを確かめ、読書新聞や読書の内容を高める目的で設定されている。 

 

(資料4)「学習中の主な言語経験の一覧」 

        聞  く      話  す      読  む      書  く 

室 

(編集部から頼まれて座談 会に出る) 

(編集部から頼まれ て座談会に出る) 

○いろいろの本を読 む 

○カード(指導者か ら渡される)を読む

○大意や要点を書く 

○ぬき書きをする 

○感想を書く 

○ 指 導 者 か ら カ ー ド で 注 意 さ れ た こ と に つ い て書く 

○記録をする 

室 

    ○問題を読む 

○解答を読み答案と 読みあわせる 

○答案を書く 

○自評や反省を書く 

室 

○グループの話しあい 

○編集会議 

○座談会 

○司会 

○インタビュー 

○依頼訪問 

○意見発表 

○グループの話しあ い 

○編集会議 

○座談会 

○司会 

○インタビュー 

○依頼訪問 

○意見発表 

○読書新聞を読む 

○参考書を調べる 

○辞書を使う 

○記録を読む 

○いろいろの人の原 稿を読む 

○掲示広告 

○記録を書く 

○大意を書く 

○感想を書く 

○紹介を書く 

○論文を書く 

○統計を書く 

○その他新聞の記事 

○編集 

○題や見出しをつける 

室 

○指導者と話しあう  ○指導者と話しあう

○大意や用点を話す

○質問をする 

○意見の発表 

○読書記録を読む  ○ 話 し あ い の 記 録 を ノ ートに書く 

○ 質 問 の 陽 転 と 答 を 書 く 

○反省を書く   

2  西尾実の批評「もっと指導者の研究を」 

  次に、以上の実践に対する西尾実の批評の内容を確認していきたい。西尾は大村の実践 を教科単元学習として位置づけた上で、「来るべき国語学習への道を拓くもの」として高く 評価している。 

 

      まず、この単元を選び、しかも、こういう形をとった理由を、立案者である指導者の立 場と、学習者の能力と環境の実態から、具体的に規定し、そこから二として「主な目標」

(15)

を三つ立て三の「学習の実際」に進んでいる。 

      「学習の実際」は、まず、教室と廊下を利用して、読書室・テスト室・編集室・談話室 の四つの場を設定し、話し・聞き・書き・読む学習の展開を個人差に応じて適切有効に行 い得るように立案している。近年、国語の関連学習が強調せられ、わけても話し・聞く生 活の指導が重視せられるにつれて、ややもすると、そのすべてが上すべりしてしまって、

読む力も、書く力も、話す力も、聞く力もつかないままに卒業してしまう幣に陥っている ことが非難せられている際、その一つに中心を置いた関連学習の具体案であるところに、

有力な示唆が含まれている。話し・聞き・書き・読む関連学習はよいが、それは、あくま で、それぞれの独立学習を前提とした関連学習でなければならぬ。この案は、読書学習の 独立を前提とした、話し・聞き・書き・読む関連学習である点で、来るべき国語学習への 道を拓くものといってよい。26

 

西尾が評価している点は、以下にまとめられよう。

①  学習が指導者の立場と、学習者の実態とその環境との「現実性と具体性とに規定」

されて出発し展開している

②  「読むこと」の四つの場を設定し、個人差に応じた指導を行う等、読書学習の独立 を前提とした、話し・聞き・書き・読む関連学習である

報告の中で大村は「読書室」「読書力テスト室」等それぞれを「室」と表現していたが、西 尾はここで「四つの場の設定」と言い換えている。後に国語単元学習における術語「実の 場」にもつながる「場」という表現を西尾が使っている点に注目しておきたい。西尾は、

学習者と指導者の現実性に立ち、必然としての「四つの場」を設定して読書学習を独立さ せ、その学習を話し・聞き・書き・読む活動と関連させた大村実践を高く評価した。

  その一方、問題として指摘したのは(資料4)に示した「学習中の主な言語経験の一覧」

の項目である。「主要な言語経験を配当しているのはよい」としてもその項目が「一般的、

列挙的」であり、「この一覧にいたって、独自性と具体性を失ってしまっている」とし、次 のように述べている。

 

      思うに、これは、その出発点において、指導者の立場と、学習者の実態とその環境との 現実性と具体性とに規定せられた指導案であっただけに、それでも、国語学習に必要なあ らゆる条件が、しかもこの通り関連的に指導できるという成果を示さざるを得なかったの でもあろうか。しかし、それにしても、せっかく、学習者が、いま学習上、どういう実態 にあるか、指導者は、どういう立場におかれて、どういうことを意図しているか、その教 育的環境の弱さはどこにあるかを反省し指摘することから立案せられている以上、「学習 中の主な言語経験の一覧」は、あのような四つの場を設け、あのような指導を行うことに よって、三つの目標が、どのように達成せられ、指導者の見出している問題点が、どのよ うに解決せられるかということについての成果なり、成果はまだ出ていないにしても、せ

(16)

めて、可能と思われるねらいなりを、あるいは順位として、あるいは符合によって示すべ きではなかっただろうか。そう考えてくると、あの一覧表にあげられている項目そのもの にも、まだ、多少の問題が残されていると思う。27

現実的で独自性、具体性のある単元設定と目標の設定がありながら、学習において保証し、

また目標とした言語経験があまりにも一般的で列挙的ではないかという指摘である。言い 換えれば、現実から掘り起した学習課題に対して、今回の単元学習を設定し行うことでど の程度の成果があがりどこが問題として残ったか、それがみてとれる独自性のある言語経 験の項目、あるいは教師の判断や評価を具体的に示すべきであった、ということである。 

以上の批評は、国語単元学習の本質を西尾がどのようにとらえていたかを考察する上で、

示唆に富む。特に教師の意図した学習の目標に対して学習者が展開した言語活動や言語経 験をどのように判断し評価するか。一般的な言語経験として列挙するのではなく、独自性 を打ち出すべしとした指摘は注目に値する。 

 

第3節  経験主義国語教育の実践的理解における問題 

大村が自身の戦後の出発を語るとき、「幸福であったこと」の一つに深川一中での「せ っぱ詰まった」実践をあげる。とびまわる子どもをつかまえて新聞記事の切り抜きと手引 きを渡す。また渡す。そこで「実に清らか」「真剣な」「人間の目」で学習する子どもに「求 める人間の尊さ」をみる。「『静かに』とも、『一所懸命やれ』とも」言わないのに「やる」

姿から「本当に人間は伸びようとするもの」としか思えなくなった「幸せ」である。もう 一つとして、本章で検討した指導者研究協議会を挙げている。そこで「自分がしているこ とがそれに合っているような気がして」質問し、CIEのオズボーンから「あなたがやってい ることが単元学習ですよ」と言われた28という。 

大村が自身の実践と同一とした内実が本章の検討で明らかになった。それは子どもの欲 求を引き出す教材の選定であり、教師と子どもの興味の組織化であり、「指針」としての評 価観であった。そこでの体験が一連の実践や「単元『読書』」に結実する。そこで課題とな ったのは「学習中の主な言語経験の一覧」が「必然的展開」かという点である。 

後年、大村は、西尾の「真実のことば」という表現を引き「真実のことばが真実に語ら れていない教室は教育の場ではなくなる」、教師が「ただ読み書きができたり、国語ができ るとかいうこと」ではなく「言葉がちゃんと使える人はいい人間になるんだ」という気持 ちをもって「子どもから」単元学習を始めなければならない29と述べる。その学力観は西 尾の批評に共通する。大村の国語単元学習がこの後、教師と生徒との関係性や現実性を起 点とし、教材の選択も含めて一回性の実践(二度と同じ単元は行わない)として大成して いったことを考えるとき、この言語経験における「必然的展開」という指摘は重要である。 

ここには教師の主体の問題がある。西尾実は 1951(昭和 26)年、戦後新教育を総括す る文脈で「言語に関する知識や技術のほかに、その主体である人間の能力として学習させ

(17)

なくてはならない」、「国語の構成的要素をもって、ただちに基礎能力としてしまうことが 妥当であるかどうか」30と述べた。「単元『読書』」における言語経験への批評はそういっ た子どもの主体を問題にするとともに、構成的かつ要素的な言語経験と子どもの主体をど のような緊密性をもって結び付けるのか、教師の学習指導における主体をも問題にしてい る。いわば外在する言語経験を子ども自身の「真実のことば」にするために教師はどのよ うな学習を組み立てるのか、大村が摂取した単元学習の主眼はそこにあったと考える。 

 浜本純逸「大村はまにおける単元学習の生成と確立」2005(平成 17)年 12 月  国語教育史学会発表資 料 

  水内宏が「全国小・中学校教育課程実態調査」(国立教育研究所  1950(昭和 25)年 9 月)「全国カリ キュラム調査」(東京大学カリキュラム研究会  1948(昭和 23)年 11〜12 月)により単元学習の実施状 況を分析した結果、国語科の単元学習の実施率は全教科で最低であった。社会科はどの学年においても 8 割前後の実施状況であるが、国語科は小中学校を通じて 5 割前後の実施状況でありその要因として教師 の意識が挙げられている。「教師の意識」調査では「教科の目的や性質から」「条件が整わぬため」とい う理由から単元学習実施は不適当であるとする割合が、国語科は他教科に比して抜きん出て高い。また 国語科単元学習の 8 割程度が教科書の単元を中心としたものであり、小学校より中学校で「教科書の単 元順序をそのまま追う教科書中心主義」が支配的であったと報告されている。 

この事実に対し水内は「言語や文字についての基礎訓練なども内容としている国語では単元学習は必 ずしも適切でないとみる考え方があったのではないか」とし、実践の主要な担い手としての教師・教師 集団の「自主性・主体性の吟味」への疑問を投げかけている。 

(肥田野直・稲垣忠彦編著『戦後日本の教育改革  第六巻  教育課程総論』東京大学出版会 1971(昭 和 46)年  P.P.530-536) 

以上の傾向は国語科教育史における先行研究でも同様に指摘されている。当時の雑誌掲載論文にみ る実践的傾向、カリキュラム改造に取り組んだ師範学校附属学校の実践も徐々に教科書中心主義とい う点が強調されていたという。単元学習の実像は「検定教科書の作り上げた単元像にかなり影響され ていたものと考えられ」、教科書を教える学習に近いものになり、読解が中心で「聞く話す書くことが 指導の対象として明確化されない」実践になっていったとも指摘されている。(山元悦子「昭和二十年 代中学校国語科単元学習の考察」全国大学国語教育学会編『国語科教育』第 36 集  1989(平成元)年) 

  河野智文「昭和二十年代における国語単元学習批判論の考察―実践現場における苦悩を中心に」(中 国四国教育学会『教育学研究紀要  第 40 巻  第2部』1994(平成 6)年P.P.13〜18 

   後述するようにオズボーンが国語科の評価や単元学習について講演した部分もあった。どの部分か は大村のノートから判断がつきにくいところがある。 

 本文の紹介および検討はすでに山元悦子によりなされているが、表現に多少の加筆があること、また 省略されている箇所もあるため改めて末尾資料とした。(山元悦子「大村はま国語科単元学習実践の研 究」『福岡教育大学紀要』第 49 号第1分冊 2000(平成 12)年  P.P.1-15) 

  本書は、アメリカの国語教育の第一人者であったストリックランドがアメリカの教育省に寄せられた 初等学校のunits of work への質問に答えるために書かれた報告書である。 

 輿水実『昭和国語教育個体史』渓水社  1988(昭和 63)年 10 月  P.198 

 小久保美子「単元学習(Units of Work)とは何か―ストリックランド著『単元学習の構築のしかた』

(Ruth G. Strickland 1946 How to Build a unit or work)を通して―」全国大学国語教育学会第 98 回発表資料  本資料を基にした論文は以下のとおりである。「戦後初期国語教育における『単元学習』の 受容- Ruth G. Strickland 1946 How to Build a unit or work(1946)との関連を中心に-」『人文科教 育研究』29  2002(平成 14)年P.P.77-89 

 大村はま『大村はま国語教室  第1巻』筑摩書房 1982(昭和 57)年  P.11 

10 大村はま前掲書  P.12 

11 大村はま前掲書  P.13 

12 大村はま前掲書  P.14 

13 野地潤家・橋本暢夫編著『22 年目の返信』2004(平成 16)年  小学館  P.17 

14 野地潤家・橋本暢夫前掲書 P.39 

15大村ノートでは輿水の解説に区切りがないため、評価についての解説がオズボーンによるものかどう かを判断することは難しい。ただ前半の記述に比して評価に関する表現は簡潔になっていることから邦 訳した記述を記録した可能性は高い。 

参照

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