フランスにおける報道倫理
その他のタイトル L'ethique du journalisme en France
著者 大石 泰彦
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 29
号 2
ページ 1‑21
発行年 1997‑09‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00022475
フランスにおける報道倫理
大 石 泰 彦
L'ethique du journalisme en France
Y asuhiko OISHI
Sommaire
J:ethique du joumalisme est un probleme essentiel pour la presse et l'audir:Nisuel. En France, I: 甜hiquede la presse est lad的ntologiedes joumalistes professionnels, par con匹
I '
白hiquede l'audir:Nisuel est celle des entreprises sous le contrOle de l'Etat. Done, I'
甜hiquede la presse se fonde sur des nonnes socialesf i x e e s
par les joumalistes, au contraire l'ethique de l'audir:Nisuel se base sur des向
lementsetablis par l'organisme d'Etat.Keywords: ethique, deontologie, journalisme, journaliste. presse, audiovisuel.
要 旨
報道倫理の問題は,マス・メディアにとって本 n 的な問題である。フランスにおいては.新聞倫理 がプロフェッション(専門職業人)としてのジャーナリストの倫理であるのに対し,放送倫理は,国 家による監粁のードに置かれる企業倫理である。したがって,新聞倫理がジャーナリストによって定め られる各種の倫理規範にその甚礎を置くのに対し,放送倫理は,国家機関によって制定される諸法規 に立脚する。
キーワード: 倫理,職業倫理,ジャーナリズム,ジャーナリスト,新聞,放送。
関西大学『社会学部紀要』第
29巻第
2号
は じ め に
本稿は,現代フランスにおける報道倫理〔マス・メディア(ジャーナリズム)の活動にかか わる社会規範のうちで,自律的・内面(心がまえ)的色彩の強いもの, と一応定義しうる。〕の 甚本構造について,新聞および放送の両面にわたって紹介しようとするものである。
報道倫理のあり方に関しては,複雑多岐にわたる倫理的問題一―—たとえば,やらせ・誤報・
虚報の問題(朝日新聞サンゴ損傷事件,
NHKムスタン問題など),取材・報道対象者の人格的・
精神的利益の侵害の問題(ロス疑惑報道,幼女連続誘拐殺人事件報道など),取材物の目的外使 用の問題 (TBS オウム報道事件)等々—の発生に伴って.ここ数年,わが国においても盛ん に議論がなされてきた。また,こうした議論を背景として,たとえば容疑者呼称の改善,紙面 審査会・苦情処理機関の設置,さまざまな倫理綱領・報道ガイドラインの制定など,問題解決 へ向けての具体的実践もいくつか見られるようになっている。
しかし,報道倫理問題には,未だいくつかの不確定要因が伴っていることもまた確かである。
すなわち,まず第
1に,先に述べたように,倫理規範が,他律的・外面的色彩の強い社会規範 である法規範とは区別される「自律的・内面的色彩の強い」社会規範であるとしても,この
2つの社会規範が.マス・メディア(ジャーナリズム)の活動という局面において,いかに棲み 分け,またいかに共働するのか,現時点では必ずしも明らかになっていない,第
2に,報道倫 理の構築と実現にあたってイニシアチヴをとるべきなのは,マス・メディア経営者であるのか,
取材・報道の現場で活動するジャーナリストであるのか,あるいは報道の 受け手(読者,視 聴者)”であり“送られ手(取材対象者)"でもある市民であるのか—すなわち,報道倫理と は.「経営者(企業,業界)倫理」なのか,「専門職業人(プロフェッション)の倫理」なのか.
「共同体(社会全体)の倫理」なのか—が不明確である.第 3 に.テクノロジ一の発達に伴 うメディア状況の変化の中で.報道倫理の変容をどのようにイメージすればよいのかわからな ぃ.などの点である。これらは,その解決が今後の研究と実践に委ねられている問題であると いえるだろう。
本稿は,以上のような問題意識を背景としつつ,冒頭に述べた通り.フランスにおける報道
倫理につき,そのアウトラインを描こうとするものである。以下,まず
Iにおいて.この国に
おける 新聞倫理 について紹介し,さらに
IIにおいて,こんどは 放送倫理 について見て
ゆくことにしたい
I)。
I
新 聞 倫 理
1
新聞倫理と放送倫理
フランスにおける報道倫理
2)のありようは,わが国におけるそれとはかなり異なっている。す なわち,わが国の報道倫理が,これまでのところ,ジャーナリスト個人(集団)の自律性に立 脚することなく.ほぽ「企業倫理」あるいは「業界倫理」の問題としてのみ展開してきている のに対し,フランスにおける報道倫理は.専門職業人(あるいは職能集団)としてのジャーナ
リストの自律性を前提としつつ,彼ら自身が確立し継承してきた「職業倫理
deontologie」とし て成立しているのである。実際,フランスにおいては.報道倫理を指すのに,たとえば「プレ ス(マス・メディア)の倫理
l'ethiquede la presse」などという表現が使用されることはあま りなく.これを指す場合,「ジャーナリスト倫理
ladeontologie des journalistes」という表現 が用いられることが多い。
こうした,わが国とは対照的なフランスの倫理構造の特質を理解するためには,この国にお ける報道倫理規範確立の経緯を知ることが必要であろう。フランスにおける最初の報道倫理規 範は,第
1次大戦後の
1918年に.全国ジャーナリスト組合
Syndicatnational des journalistes (SNJ)によって定められた「フランスのジャーナリストの職業上の義務に関する憲章
Charte des devoirs professionnels des journalistes franc;;ais」である。この憲章は,
20泄紀初頭の新 聞のいわゆる黄金時代
l'aged'orに進行した新聞経営者と政治権力との構造的癒着.それがも たらした新聞の権力批判機能の喪失,さらにそれがもたらした第
1次世界大戦の未行有の惨禍,
といった自らの職業的基盤をゆるがすような事態に直面したフランスのジャーナリストの深刻 な反省と経営者に対する不信を契機として生まれたものであった。つまり,この憲章の本質は,
自らの社会的責任を自覚したジャーナリストが新聞経営者に対して突き付けた要求書,すなわ ち職業的自律の宣言であり, したがって.そこでの 倫理"とは,必然的に,「企業の倫理」で はなく「ジャーナリストの倫理」でなければならなかったのである。そして,現在においても なお,フランスにおける報道倫理規範の根幹部分が,先述の「憲章」を含め,ジャーナリスト 組合が自主的に定めた各種の規範によって構成されているのは,こうした基本的性格がいまな お継承されていることを端的にあらわしている。〔また,
SNJは,同じ問題意識に立脚しつつ,
1935
年には,企業内ジャーナリストに一定の精神的自由を付与する法規定である,労働法典
L. 761‑7条(いわゆる「良心条項
clausede conscience」)をも勝ち取っている丸〕
さて,以上,フランスにおける報道倫理の基本的特質について述べたが,こうした特質は,
間接的には放送倫理にも影響を及ぽしているものの,基本的には新聞についてのみ妥当するも
のであり,放送倫理は,それとはかなり異なった状況の下に置かれていることが確認されなけ
関西大学『社会学部紀要j第 2 9 巻第 2 号
ればならないだろう
5)。すなわち.放送倫理(この場合には.
deontologieではなく.むしろ
ethiqueという用語が使われることが多い。)については.放送メディアがその発足以降かなり 長期にわたって国家権力による独占支配の下に置かれたという事情を背景として. 国家の後見 の下に置かれる倫理"としての性質をかなり強く有している点に特徴がある。たとえば.後述 のように.放送倫理の内容および実現手続を規定しているのは.基本的に.放送法(現行法は.
「コミュニケーションの自由に関する
1986年
9月
30日法律
Loino. 86‑1067 du 30 septembre 1986, relativea
la liberte de communication」である。)をその中核とする国家の定めた諸法 令およぴ行政命令であり.さらに.それらを遵守すべきものとされているのは.原則として個々 のジャーナリストではなく放送企業であるとされる。たしかに.先の「憲章」をはじめとする 各種ジャーナリスト倫理規範は.形式上はジャーナリスト組合に加入する放送ジャーナリスト をも拘束するものであるとされ.また.「良心条項」についても.その放送ジャーナリストヘの 適用が承認されているものの叫放送倫理においては.新聞倫理に見られる 下からの倫理(ジ
ャーナリスト倫理)"指向は弱く.むしろ 上からの倫理 .すなわち.国家の監督下に置かれ る企業倫理としての性質が強いと言える。こうした放送に特有の倫理構造がいかなる事情を背 景として成立したのか.にわかに断言はできないが.この後で見るように,長期にわたって存 続した放送の国家独占体制の下.放送に対する権力的干渉が日常化していた状況における放送 倫理とは.まず何よりも「政治倫理」の問題であったこと. したがって.放送における倫理の 確立は.新聞倫理とは異なり一種の政策的課題として認識され実施されてきたことが.こうし たことのきわめて重要な成立要因となっていることは疑いえないところであろう。
2
新聞ジャーナリストの倫理規範
すでに述べたように.フランスにおける新聞倫理の根幹部分を構成するのは.新聞ジャーナ リストたち(新聞ジャーナリスト組合)が制定した職業倫理規範である。以下.現在フランス において機能している
5つの代表的な新聞ジャーナリストの倫理規範を順次紹介する 。
A.
フランスのジャーナリストの職業上の義務に関する憲章(資料
1参照):フランスの新聞 ジャーナリストの諸倫理規範の中で最も歴史が古く,かつ,代表的なものと位置づけうるのが.
先に紹介した「フランスのジャーナリストの職業上の義務に関する憲章」である。(この憲章の 成立の経緯についてはすでに触れたので.ここでは,この憲章の構成および内容について簡単 に紹介する。)この憲章は.「ジャーナリストの名に値する者は.たとえ匿名のものであれ.自 らのあらゆる著作につき.次のとおり責任を負う」という前書きから始まり.それに続く
13の 短い条項から構成されている。これらの条項の中には.「同じ職業にある者による裁定のみを.
職業上の名誉に関する最終判断と認める」(第
2項).「職業の尊厳と両立しうる職務のみを受け
入れる」(第
3項).「自己の入手した情報を誠実に公表する自由を要求する」(第
11項)などの
規定が含まれており,この憲章の本質が,自らの社会的責任を自覚したジャーナリストが新聞 経営者に突き付けた要求書,すなわち,職業的自律の宣言であることを端的に示している。
B.
ジャーナリストの行動に関する宣言(資料
2参照):第
2の倫理規範は,
1954年にポルド ーでの国際ジャーナリスト連合
Federationinternationale des journalistes (FIJ)― フ ラ ン スの全国ジャーナリスト組合
(SNJ)とイギリスの全国ジャーナリスト組合によって構成され る連合体—の第 2 回大会において採択された「ジャーナリストの行動に関する宣言 Declara
tion sur la conduite des journalistes
」である。フランスのジャーナリストが結んだ最初の国 際倫理規範であるこの宣言は,
8つの条項からなり,その中には「……ジャーナリストは
2つ の権利を主張する。ひとつは,誠実にニュースを収集し公表する自由であり, もうひとつは,
公正な論評および批判の権利である」(第
2項),「……職業上の事柄に関しては,自らの同僚の 裁定のみを承認する。ジャーナリストは,政府その他の者によるいかなる種類の干渉をも排除 する」(第
8項)といった規定が含まれている。こうした規定に見られるように,この宣言は,
「フランスのジャーナリストの職業上の義務に関する憲章」の内容をほぽ踏襲するものである といえよう。
c . ジャーナリストの議務およぴ権利に関する宜言(資料3参照):第
3の倫理規範は,
1971
年1
1月24日および25 日に,
EEC原初加盟
6か国およびスイス,オーストリアのいくつかのジャ ーナリスト組合の代表者が, ミュンヘンにおいて締結した「ジャーナリストの義務および権利 に関する宣言
Declarationdes devoirs et des droits des journalistes」 一 「 ミ ュ ン ヘ ン 憲 章
Charte de Munich」と通称される—であり,これは現在,国際ジャーナリスト連盟 (FIJ) および国際ジャーナリスト機構
Organisation internationale des journalistes (OU)によって 正式に承認され,ジャーナリストの倫理に関するきわめて重要な国際規範としての地位を占め ている。この憲章は「前文」「義務の宣言」「権利の宣言」の
3部からなるが,特に,前文に含 まれる「公衆に対するジャーナリストの責任は,その他のすべての責任, とくに彼らの雇用主 および公権力に対する責任に優先する」(第
3段)という規定,あるいは,権利の宣言に含まれ る「ジャーナリストは,自己の信念あるいは良心に反する職務行為を遂行し,あるいは,意見 を表明することを強制されない」(第
3項)という規定は,現在,フランスにとどまらず大陸ヨ ーロッパ全体における新聞倫理の基調になっているといえる。
D.
地方日刊紙の手引:第
4の倫理規範は,地方日刊紙労働組合
Syndicat de la presse quotidienne regionale (SPQR)」によって編纂された「地方日刊紙の手引
Levademecum de la presse quotidienne regionale」である(制定年度不詳)。この手引は,①職業倫理に関する
規則,②主要な公表禁止事項,③反論権に関して適用される規則,④名誉毀損および侮辱に関
して適用される規則,⑤私生活の尊重に関する規則などから構成されるものであるが,ジャー
ナリスト組合が,単なる経営者に対する自律性の要求にとどまらず,自らの日常業務に関する
マニュアルの作成にまで踏み込んでいる点に際立った特徴がある。
関西大学『社会学部紀要』第
29巻第
2号
E.
知らされる権利(資料
4参照):第
5の倫理規範は,現代フランスにおける
3つの代表的 ジャーナリスト組合である全国ジャーナリスト組合
(SNJ), CFDTフランス・ジャーナリスト 組合
Syndicatde journalistes frani;;ais C. F. D. T., CGT‑FOジャーナリスト組合
Syndicat de joumalistes C. G. T.‑F. 0.,およぴ,フランス記者会連合
Federationfrani;;aise des societes dejoumalistes の 4 者が, 1973年に合意•発表した「知らされる権利 The
Right to be Informed」
(フランス語タイトル不詳)と題する倫理規範である。この規範は,表現と頒布の手段の集中 化,商業的必要性の優越,政府による統制が市民の「知らされる権利」を妨げているとの認識 にもとづき,「思想・情報の収集,受領,伝達,公表,頒布の自由」が確立されることを国家に 対して要求するものである(前文)。この規範の本文は
12の条項から成るが,その中には,「政 府および自治体の助成によって,知らされる権利が促進されるべきである」(第
7項),「国家の 教育制度は,ニュース・メディアの批判的学習を推進しなければならない。生徒新聞は正式の 認定を受け,かつ,他の新聞のために定められる助成を受ける権利を有する」(第
10項),「ニュ ースや見解を供給する出版物の頒布が,妨害を受けることなく,教育施設,兵含,監獄におい て保障されるべきである」(第
11項)などの規定が見られ,報道倫理が,ジャーナリストの自由 のみならず,市民の自由にも立脚するものであるべきとされている点に大きな特徴がある。
3
新聞企業の倫理規範
フランスにおいては,前節において見た「新聞ジャーナリストの倫理規範」とは別に,いく つかの新聞企業が,一種の経営方針として,それぞれ独自の倫理規範を有している。しかし,
こうした「新聞企業の倫理規範」は,新聞記事作成のためのマニュアル的なものや,当該新聞 社の漠然とした政治的・思想的方向性を抽象的に示すものが多く,フランスの新聞倫理体系全 体から見るとあくまで副次的なものである。以下,
5紙について,それぞれの有する倫理基準 の具体的内容を紹介する丸
A.
ウエスト=フランス
Quest‑France:フランス最大の発行部数を誇る地方紙『ウエスト=
フランス』の「ウエスト=フランスの事件記事
Lefait diversa
Ouest‑France」は,特に事件 報道に関し,最も詳細な内容を持つマニュアル的企業倫理規範である。この墓準はまず,事件 記事について,それが紙面の中で読者の興味•関心の最も高い部分であると同時に,記者にと ってそれは,時に職業上の基本精神の遵守のみでは対応できない場合もある,極めて扱いの難 しい部分であると位置づける。こうした認識に立脚して,この規範は,事件記事を取り扱う記 者が直面するであろう状況を細かく類型化(一般の犯罪,微罪,事故,死体の発見,自殺,近 親相姦,強姦,等々)し,それぞれについて,記者の行動の準則を示す。いくつかの類型につ いて,その内容を簡単に見てみよう。
a.
一般の犯罪ー~氏名,年令,住所などの容疑者の身元 identite の公表は,重大犯罪の場
合.身柄拘束前の段階で可能であるが,そうでない場合,身柄が拘束されてのちはじめてそれ をなしうる。(犯罪の重大性について評価を下すのは,もっぱらジャーナリストの任務である。)
ただし,いずれの場合にも,無罪の推定
presomptiond'innocenceに留意した表現方法を用い る
9)。家族や親戚など,事件に直接関与しなかった人物を,たとえば,「デュポン氏の息子であ る彼が……」といった表現でとりあげてはならない。また,「消防士が窃盗」,「アルジェリア人 が強盗」といったように,特定の職業集団や民族的・宗教的共同体を摘示してはならない。特 に,ある種の表現の持つ暗示的な人種差別的意味には注意を要する。たとえば,「カトリック系 フランス人」という表現は用いないのに「イスラム系フランス人」という表現を用いてはなら ない。
b.
微罪—微罪報道は,人を晒し刑 pilori に処するためのものではなく.社会状況の変遷を あらわすためのものに過ぎない。したがって,大部分の事件は匿名で公表される。
C.
自殺—自殺は事件ではなく,報道そのものを行わないことが大原則である。ただし,
公人の,人目をひく自殺,およぴ,政治的あるいは職業上の責任の遂行にかかわることが明白 な自殺については,それを報道すべきか否かを検討する余地がある。
d.
強姦ー―—強姦事件の報道においては,被害者の身元を明らかにしてはならない。ただし,
被害者がこれとは反対の意思を書面によって示している場合を除く。
B.
ラルザス
L'Alsace:地方紙『ラルザス』の定める企業倫理規範もマニュアル的なもので あり,『ウエスト=フランス』の規範ではやや不明確であった犯罪報道における氏名公表の判断 基準に関し,より明確な内容を有している点に特徴がある
10)。すなわち同紙は,犯罪報道につい て,基本的に「われわれは情報提供者なのであって.警察や裁判所の協力者ではない」と考え,
こうした考え方に立って,犯罪容疑者の氏名の公表・非公表を次の基準によって判断する。
a.
事件発生時の報道一―—容疑をうけ,かつ逮捕状が発せられた人物については,その氏名 を公表する。ただし,①当該氏名が未成年者のものであるか,あるいは未成年の共犯者の身元 を明らかにするものである場合,②当該氏名が良俗違反(性犯罪)事件の被害者の身元を明ら かにするものである場合,③当該氏名が軽罪裁判所
11)で扱われる事件の容疑を受けている初犯 者にかかわる場合には,その氏名を公表しない。
b.
判決時の報道— 3 か月以上の実刑あるいは 1 年以上の執行猶予付きで有罪とされた者 の氏名のみを公表する。
さて.匿名によって犯罪の容疑を報じなければならない場合,容疑者の性別や年令について は報道することができるが,住所についてはカントン(小郡)
cantonまでしか明らかにできな い。職業については,それが事件に何らかの関連を持つ場合にのみ公表する。なお,捜査官に よる発表によらず.独自取材によって得られた犯罪疑惑を報道しようとする場合には,氏名の 公表が検討されうる。著名人の犯罪の場合も同様である。
c . ノール=エクレールNord‑Eclair: フランスにおけるいくつかの日刊紙の企業倫理規範
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は,記事作成マニュアル,すなわち事件報道の規律というレペルから一歩踏み出し,より広い 問題関心を職業倫理の枠組の中に盛り込んでいる。そうしたもののひとつが地方紙『ノール=
エクレール』の「編集憲章
Charteredactionnelle」であり,そこでは倫理を構成する内容とし て,紙面における多様な意見の顕在化の必要性が特に強調されている。すなわち,この憲章に よれば,同紙は,「レジスタンス内部に生まれたキリスト教運動に起源を持つ……民主主義的か つ社会主義的な日刊紙」であり, したがって同紙は,「あらゆる形式の全体主義を排し,……そ れが人間と社会〔の尊重〕という考え方に忠実である限りにおいては,多様な信念を持つ読者 を尊重する」新聞であらねばならない。こうした基本的立場から,同紙における倫理の内容は,
①社会的議論に際して,最も広汎,多様かつ対立的な情報を伝達すること,②情報と論評の区 別に留意すること,③新聞の選択する基本方針と,ジャーナリストの個人的見解の調和をはか ること,④政治権力からも経済権力からも独立し,地域住民にのみ奉仕すること,⑤排除の観 念に立って危機や紛争を取り扱わないこと,という
5点に集約される。
D.
ラ・クロワ
LaCroix:カトリック系日刊紙『ラ・クロワ』の定める「ラ・クロワの方針
L'Orientation de La Croix」は,同新聞がそこに立脚する思想的・宗教的理念を明らかにする 内容の企業倫理規範である。そこでは,この新聞の目指す
5つの基本目標(自由,人間の尊厳,
正義,平和,愛)が掲げられているが,このうち特徴的なのは,以下の
3点である。
a.
正義ー一『ラ・クロワ』は,国内においては社会的諸階層間の,国際的には諸国家間の 正義を追求しなければならない。このことには,財の公正な配分および決定への参加の要求を 含む。このことはまた,すぺての国家,特に第三世界の国家の調和的発展を可能にする世界経 済新秩序の追求を含む。
b.
平和一『ラ・クロワ』は,世界の緊張緩和,国際協調の促進,軍縮の促進に資するも のすぺてと共働する。
c.
愛一「愛」は福音の基礎となる言葉であり,『ラ・クロワ』をして,弱者と声なき人々 の無条件の庇護者たらしめる。『ラ・クロワ』は,ハンディキャップをもつ人々,病者,社会構 造の犠牲者すべてに発言の機会を与えなければならない。
E.
リュニオン
L'Union:地方紙『リュニオン』の「編集の手引
Manuelde la redaction」 は,新聞編集と広告掲載の関係の規律を通して報道倫理を確立しようとする独特の倫理規範で ある
12)。その内容はほぽ次のとおりである。
a.
紙面への広告掲載のための出資は,正式の契約にもとづく長期的なものであり,かつ,
出資される広告の内容が新聞編集を拘束しない場合にのみ可能である。
b.
記者は,同紙紙面の広告に関して何らかの疑義がある場合,部局の長あるいは編集長に 質問することができる。
c.
ルポルタージュ形式の広告を掲載する場合,「広告
publicite」あるいは「広告ルポルター
ジュ
publi‑reportage」という表示を行うことが義務づけられる。また,広告ルポルタージュの
文章は,記事部分の文章とは異なる字体の活字で組まれなければならない。
d.
広告は,手数料込みの単一の料金体系の下で,紙面の特定箇所にのみ掲載されうる。
F.
その他の企業倫理規範:さて,上述の
5つの新聞企業倫理規範のほかにも,いくつかの新 聞(通信)社が,多様な内容をもつ独自の倫理規範を定めている。こうした新聞(通信)社に は,『ラ・ヌーベル・レピュプリック
LaNouvelle Republique』 ,
AFP通信社
AgenceFrance Presseなどがある。また,『ル・クーリエ・ドゥ・ルエスト
LeCourrier de l'Ouest』 , 『パリ=
ノルマンディ
Paris‑N ormandie』 ,『ル・プログレ
LeProgres』 ,『シュド=ウエスト
Sud‑Ouest』 などは,
1991年末の段階で,何らかの倫理規範の制定を検討中である。一方,『ラ・ヴォワ・デ ュ・ノール
LaVoix du Nord』は,倫理をめぐる紛争発生の場合,その解決にあたる機関とし て,編集長,編集長によって選ばれる
4名,記者によって選ばれる
5名の計
10名の評議員によ って構成される編集評議会
Conseilde redactionを社内に設置している。さらに,『リベラシォ ン
Liberation』は,倫理問題に関係する社内のさまざまな部局に横断的に設涸され,個別の倫 理問題を処理すると同時に,倫理規範の作成にもあたる特別の機構の実現に向けて準備中であ る。それらに対し,「フランス=ソワール
France‑Soir』は,「〔ジャーナリストは,〕その責任の 遂行にあたって,自己の意思にもとづき,自己規律
autodisciplineに自らを委ねるべきである」
との基本方針にもとづき,企業倫理規範を意図的に忌避している。
4
新 聞 倫 理 の 改 革 に 向 け て 一
J.‑M.シャロンの所説を中心に
以上見てきたように,フランスの新聞倫理は,ジャーナリストたちによって制定された倫理 規範を基幹として,各新聞企業の倫理規範がそれを補完するという構造を有している。ところ が最近,新聞制作技術の進歩と国際情勢の急激な変化(例えば,東欧革命,湾岸戦争,
PKO活 動,等々)に伴うマス・メディア(ジャーナリズム)状況の複雑化を背景として,新聞倫理シ ステムの改革に向けた議論が一部で行われているようである。改革論の内容は論者によって微 妙に異なるが,そこには大別して
2つの方向性があるように思われる。
ひとつは,新聞倫理問題の解決を,フランスにおける伝統的手法,すなわち各種の倫理規範
(特にジャーナリスト倫理規範)の個々のジャーナリストによる尊重という枠組の中で,すな わち個人としてのジャーナリストの責任の遂行の問題として考えようとするものである。こう
した立場をとる論者としては, ドミニク・ウォルトン
13>DominiqueW olton(国立科学研究セン ター
Centrenationale de la recherche scientifique主任研究員), ピエール・バラル
14>Pierre Barra!(ポール=ヴァレリー
Paul‑Valery大学教授)らがいる。彼らは主に,紙面での情報部 分と論評部分,多数意見と少数意見の区別を厳密に行うことなどを提唱し,こうしたジャーナ
リスト個々の職務の規律を通して,倫理の貫徹をはかろうとする。
もうひとつは,こうした個人主義的な解決策の限界の認識に立脚して, より組織的・制度的
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な問題解決,具体的には,イギリス,合衆国,北欧などに見られるプレス・カウンシルやプレ ス・オンプズマン
Ombudsmande la presseのような何らかの第三者機関
15)の導入をはかろう とする考え方である。フランスにおいては比較的目新しいこうした主張を行う論者として,ジ ャン=マリー・シャロン
16>Jean‑MarieCharon(元『メディアプヴォワール
Mediapouvoirs』 誌編集長,国立科学研究センター技官),ジャン=ルイ・ペニヌー
11>Jean‑LouisPeninou( 『 リ ベラシォン』紙編集長)らがいる。以下,比較的よくまとまった現状分析と提言を行うシャロ ンの所説を紹介し,フランスの新聞倫理システムの改革へ向けた議論の一端を探ってみよう。
A.
シャロンの現状分析~:シャロンはまず,フランスにおいて新聞倫 理問題の主たる発生要因となっている,ジャーナリズムの問題性を
3点指摘する。
第
1の問題点は,政治権力との間の「暗黙の了解
connivence」の存在である。シャロンは,
次のように述べる。マス・メディアによる政治権力へのアプローチには,
2つの異なった方式 が存在しうる。すなわち,「問題の『理解力』という理由にもとづいて,ジャーナリストが事実 上,……暗黙の了解をなしうる状態におかれるか,それとも,ジャーナリストが,その独立性 を確保するために,一貫して批評家的立場におかれることに甘んずる危険を冒して,現実から 一歩退く態度をとるか,そのいずれかである。」この点,フランスでは,一部を除いて,前者の 傾向が強い。こうした「暗黙の了解」すなわち「取材対象から自らを切り離す意識の希薄さ」
は,結局のところ,政治権力の側に立って報道する新聞,すなわち,弱者に厳しく強者に甘い 新聞を生むことになる。
第
2の問題点は,「広告ルポルタージュ」の登場である。シャロンは,これについては次のよ うに述ぺる。新聞は伝統的に経済権力からの独立を志向し,広告についても,これをむしろ必 要悪と考える傾向にあった。一方,現代の企業は,多かれ少なかれマス・メディアを自らの宣 伝戦略の主要な武器と考えるようになってきた。このような条件の下で,企業は,「ジャーナリ ストの仕事に一定の方向性を与え,これを誘導するための種々の方策」を考案する。たとえば,
企業はジャーナリストを,会議,朝食会,取材旅行に招待し,また,すぐに記事にしうるよう な形式の資料を供給する。しかし他方において,企業は,ジャーナリストが直接その構成員に 接触することは極力回避しようとする。こうした状況の中で,必然的に,「広告ルポルタージュ」
という,宣伝と報道の中間に位置するような新しいジャンルが登場する。このような変化は,
放送における報道と娯楽を融合した「雑種的
hybrides」な番組の増加,さらにはフリー・ライ ターの増加と相まって,報道固有の領域と行動様式を不鮮明にする。
第 3の問題点は,「情報と事実との乖離」である。シャロンは次のように説明する。マス・メ
ディアとジャーナリストは,これまで約
20年の間,いわゆる情報社会
societede l'informationの到来を声高に叫んできた。「だが,一体,情報とは,……データ,すなわち無数の報告,測定
値,生の事実であろうか? しかしそれらは,きわめて専門的に処理された文脈を抜きにして
は,いくら積み重ねてもまったく意味をなさないものである。」このような単なる事実の記録は,
結局,情報の解体を促進する逆情報化
contre‑informativeを生み,政治家や外国の宣伝工作に 好都合な環境を作る。
B.
シャロンの提言‑‑(合理問題への対応策:以上のような問題性の認識にもとづき,シャロ ンは,新聞倫理問題の解決に向けて
2点の改革を提案する。
解決策のひとつは,倫理問題に関する最終的な裁定者の確定である。この点についてシャロ ンは次のように述べる。これまでフランスにおいては,この問題について,倫理問題をジャー ナリスト個人の問題と考える立場,倫理問題を個人責任の問題と考えることを拒否し,それを 各組織・企業のレベルで解決しようとする立場,倫理問題の担当者をジャーナリスト組合とす る立場,倫理問題をマス・メディアの内部的問題ではなく,ひろく公衆全体の問題としてとら える立場,の
4つが示されてきた。このうち,結局,最後の考え方が倫理問題の考え方に最適 と考えられるが,その根拠は,①倫理からの逸脱は,何よりもまず公衆に不利益をもたらすも のであること,②公衆の参加は,ジャーナリストやメディア経営者の参加を排除するものでは ないこと,③政治権力との関係を優先させがちなフランスのメディアの論理に対抗力を与える
ものであること,の
3点である。
もうひとつの解決策は,ジャーナリストの事前教育
formationprealableあるいは専門能力
competence養成方法の改革である。これについては,シャロンは次のように述べる。現代社会 において,ジャーナリストをとりまく諸条件は苛酷である。たとえば,情報の地球規模での瞬 間的伝達,社会的諸勢力や国家による巧妙な世論操作,生命科学や核エネルギー問題などの高 度な専門的問題の発生, といった状況の中で,ジャーナリストには,なおかつ迅速,適切に状 況に対応する能力が求められている。こうした環境では,倫理は,これまでのようにただジャ ーナリスト個人の経験の積み重ねだけでは貰徹しない。そこで,早期訓練の重要性がクローズ アップされるが,現状においては,倫理のための訓練・教育は体系的に行われておらず,また,
こうした点に関する基金も研究活動も不十分なままである。したがって,この点についての改 革が必要になる。
以上のようなシャロンの所説は,すでに述べたように,これまで専ら専門職業人たる「ジャ ーナリストの倫理」として展開してきたフランスの新聞倫理を,北欧的あるいはイギリス的な
「共同体(社会全体)の倫理」へと転換しようとするものである。しかしながら,西欧諸国,
とくにイギリス,北欧等と比較した場合,際立った社会的・文化的独自性(それを「個人主義 的な」ということもできよう)を有するフランスにおいて,こうした主張が多数の支持を集め
うるか否かは,現在のところ必ずしも明らかではない。
関西大学『社会学部紀要』第 2 9 巻第 2 号
II
放 送 倫 理
1
放送倫理の史的展開
フランスの現行の放送倫理制度(実現手続および内容)の解説に入る前に,この国における 放送倫理問題の史的展開を簡単に跡づけておきたい
18)0フランスにおいて,放送の倫理性確保の問題が強く意識されるようになったのは,
1960年代 以降のことである。こうした倫理問題浮上の背後にある問題意識は,放送事業の国家独占を背 景とする政府による放送内容への干渉をいかに排除するか,ということであり, したがって,
その場合の倫理とは,端的に言えば放送における主体性と自律性の確保を意味していた。そし て,このような文脈での放送の倫理性は,ジスカール=デスタン大統領の主導によって制定さ れた
1974年
8月
7日の放送法において,はじめて法的保護の対象となった。
この
1974年放送法は,それまで独占的に放送事業を運営していたフランス放送協会
Officede radiodiffusion‑television fran<;aise (ORTF)を ,
4つの番組会社を含む
7つの国営放送機関に 分割し,一定の競争原理を導入した点に大きな特色をもつものであったが,放送倫理に関して は,その第
17条
2項で,各番組会社(放送局)の管理委員会に対し,報道の客観性
objectiviteに留意することを要求した。この規定に基づき,各番組会社は,例えば,事実の報道とそれに 対する論評を明確に峻別すること,ある事実に関して対立する見解が存在する場合にはそれら を紹介すること,などを内部ルール化した。
このように,
1974年放送法によって,主として客観性を基本原理とする放送倫理保持の法的 枠組が整備された。しかし,このような客観性概念を基軸とした倫理 1 尉寺の在り方には,一定 の限界が存在していた。すなわち,国家による放送の直接支配を背景とした放送番組の客観性 とは,結局のところ,政府による放送内容への干渉・操作を温存するものにすぎなかったから である。このような事情で,放送倫理の枠組の抜本的改革の必要性が,特に放送から疎外され てきたマイノリティーや左翼勢力などによって強く主張されることとなった。
1981