1 氏 名 市江 愛
所 属 人文科学研究科 人間科学専攻 日本語教育学分野 学 位 の 種 類 博士(日本語教育学)
学 位 記 番 号 人博 第168号 学位授与の日付 2020年9月30日 課程・論文の別 学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 名 第二言語として日本語の条件表現を習得する過程で現れる 通言語的影響-概念差に着目して-
論 文 審 査 委 員 主査 准教授 奥野 由紀子 委員 教授 西郡 仁朗 委員 教授 長谷川 守寿
【論文の内容の要旨】
1. 研究背景
条件文には、仮定的な表現(1:以下、下線部が当該表現、網掛け部分が該当形式)と事 実的な表現(2)が存在する。ト、バ、タラ、ナラに代表される日本語の条件表現は、細か な違いがあり受容されにくいものもあるが、多くは仮定的なものと事実的なものの両者を 表すことができる。本来、仮定的な概念と事実的な概念は正反対のものであるにも関わらず、
それを同じ言語形式で表現できるのである。
(1) 100万円があったら、車を買おう。(日本語:仮説条件)
(2) 日本では、春になると桜が咲く。(日本語:一般条件)
そして、(1)(2)で挙げた仮説条件文と一般条件文の二つは、日本語や韓国語では条件形 式で表現するのが自然であるが(1~4)、どのような言語形式で表現するかは、言語によっ て異なる。たとえば、英語では仮説条件は条件節if、一般条件は時間節whenを用いるのが 自然であるが(5~6)、一方で中国語のように仮説条件、一般条件、時間節で異なる言語形 式を用いる言語もある(7~8)。
(3) 1000만원이 있다면, 자동차를 사야지.(韓国語:仮説条件)
(4) 일본에선, 봄이 되면 벚꽃이 핀다.(韓国語:一般条件)
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(5) If I have 20 thousand USD, I will buy a car.(英語:仮説条件)
(6) In Japan, cherry blossoms bloom when sping comes.(英語:一般条件)
(7) 如果有10万块钱,我就买辆车。(中国語:仮説条件)
(8) 在日本,一到春天樱花就会开放。(中国語:一般条件)
英語では一般条件を時間節whenで表すということからも分かるように、「条件」は「時 間」と重なる部分が多くあり、条件節と時間節で同じ形式を用いる言語もある(Reilly 1986, Bowerman 1986)。その一例としてドイツ語が挙げられ、仮説条件でも一般条件でも、時間 節と同じ言語形式wennが用いられる(9〜10)。
(9) Wenn ich Zehntausend Euro habe, werde ich ein Auto kaufen.(独語:仮説条件)
(10) Wenn es Frühling wird, blühen in Japan die Kirschblüten.(独語:一般条件)
このように、事実的な一般条件、仮定的な仮説条件、時間の三つの概念範疇は互いに重な り合っており、どのように表現するかは言語によって異なっている。
このような異なる概念範疇を第一言語(以下、L1)に持つ日本語学習者が第二言語(以 下、L2)として日本語の条件表現を習得する場合、混乱は生じないのであろうか。
実際、日本語学習者は仮定的な条件でしか使用できないモシを、事実的な条件や、本来呼 応させることができない条件形式以外にも過剰使用していることが、先行研究で指摘され ている。このような現象は複数のL1や習熟度に渡ってみられているが、それらの結果は断 片的であり、通言語的影響が習得にどのような影響を及ぼしているのか、その全容は明らか になっていない。
また、言語処理のメカニズムは、理解と産出で異なるものであるとされ、理解能力が産出 能力獲得の前提になることは、第二言語習得研究において広く認められている。そのように 理解と産出で異なる処理がなされることからも、通言語的影響の全体像をつかむためには、
理解面と産出面に分けて分析していかなくてはならない。さらに、通言語的影響はある言語 形式に関する研究が多いが、そのような言語形式だけではなく、L1 での概念がL2 習得に 影響を与えることも指摘されている。特に「条件」というのは、「仮定」「事実」「時間」の 三つの概念が交錯しており、どこまでをどの言語形式で切り取るのかは、言語によって異な る。そのことから、L1において異なる概念範疇が形成されている可能性が考えられる。そ のようなL1 での違いが、L2日本語を習得するにあたり、理解面、産出面それぞれにおい て、どのような影響を及ぼしていくのであろうか。
本研究ではL1における概念差に着目し、通言語的影響(Cross-Linguistic influence)を 知識面、理解面、産出面から多角的に分析する。そして、概念の転移(Conceptual transfer)
の観点から日本語の条件表現の習得過程を解明し、第二言語習得研究、日本語教育への貢献 を目指す。
3 以下に、研究目的を示す。
【研究目的1】 L2として日本語の条件表現を習得する過程で現れる通言語的影響につい て、L1における概念差に着目し、知識面、理解面、産出面から明らかに する。
【研究目的2】 本研究成果を踏まえた上で、実際にどのように日本語教育へ還元できるの か教育的示唆を与える。
2. 本研究の構成
本論文は全13章で構成している。
第1章は序論であり、本研究の目的と立場を示し、本研究の範囲、分析対象者、調査方法 について述べる。第2章では、条件文の特徴について、「仮定」「事実」「時間」という三つ の概念に着目して先行研究を概観し、本研究の狙いを述べる。第3章では、日本語学習者の 条件文のL2習得に関する先行研究について、本研究の立場である機能アプローチの観点か ら概観し、問題の所在を明確にする。
それらを踏まえ、第4章では通言語的影響を量的に検証し(調査1)、日本語の条件表現 でみられる通言語的影響の可能性をまとめる。
第5章では、通言語的にみた条件表現について、日本語、韓国語、中国語、英語、ドイツ 語における表現をまとめ、なぜのそれらの言語を対象とするか示す(表 1、図 1)。その上 で、第6章では本研究の主眼である「通言語的影響と概念差」について述べ、本研究がなぜ 知識面における概念差に着目し、理解面、産出面に分けて言語的影響を分析していくのか、
その背景にある習得過程の違いについて述べ、本研究の視座を得る。
表 1 日韓中英独における仮説条件、一般条件、時間節の表現とモシの関係 言語形式 日本語 韓国語 中国語 英語 ドイツ語 仮説条件
~ト/タラ ~으면 如果~就 if ~
wenn~
一般条件 一~就
~ 時間節 ~トキ ~때 ~时候 When
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第 7 章では L1 で有する概念の差異と日本語の条件表現の知識面における通言語影響に ついて論じる(調査2、調査3)。そして、第8章、第9章では、そのような概念差がもた らす通言語的影響が、理解面と産出面にそれぞれどのような影響を与えているのか、その様 相について論じる(調査4~調査6)。
第10章では、これら知識面、理解面、産出面すべての結果を踏まえ、日本語の条件表現 における通言語的影響とその要因について、L1での産出結果から論じる(調査7)。
これら第二言語習得研究からの知見を活かし、第11章、第 12 章では日本語教育へどの ような提言を行うことができるのか、コーパスやデータベースの分析を通じて論じていく。
まず、第11章ではモシの使用場面について、日本語話者と日本語学習者の使用を比較しな がら論じ、現在の日本語教育における課題を示す(調査8、調査9)。そこで得られた結果か ら、依頼場面でのモシの使用に着目し、第12章では依頼場面でモシを使用するとどのよう な効果につながるのか探索的に分析していく。
最後に、第13章で結論を述べ、本研究の意義と今後の課題をまとめる。
本研究の構成を図2に示す。
図 1 日韓中英独における仮説条件、一般条件、時間の概念範疇と各言語の関係
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図 2 本研究の構成
6 目次
第 1 章 序論 ... 1
1.1 研究目的 ... 1
1.2 研究方法と用語の定義 ... 3
1.2.1 本研究の立場 ... 3
1.2.1.1 機能アプローチ ... 3
1.2.1.2 function-to-form analysisを採用する理由 ... 4
1.2.2 「条件」の研究範囲とその用語の定義 ... 5
1.2.3 分析対象者とその用語の定義 ... 8
1.2.4 調査方法 ... 11
1.2.4.1 文献調査 ... 11
1.2.4.2 複数のコーパスとデータベースを用いた調査 ... 12
1.2.4.3 受容度判断テスト ... 13
1.2.4.4 自己ペース読文実験 ... 13
1.2.4.5 function-to-form analysisによる産出タスク ... 13
1.2.4.6 本研究で用いた調査方法とその狙いのまとめ ... 14
1.3 本論文の構成 ... 14
第 2 章 条件文の特徴 ... 17
2.1 「仮定」と「事実」 ... 17
2.2 「条件」と「時間」 ... 19
2.3 日本語における条件文の分類 ... 21
2.4 仮説条件、一般条件、時間の交わりと本研究の狙い ... 24
第 3 章 日本語学習者の条件表現の習得に関する先行研究 ... 26
3.1 form-to-function analysisからの研究 ... 26
3.2 function-to-form analysisからの研究 ... 28
3.3 先行研究からの課題 ... 30
第 4 章 日本語学習者のモシの使用に関する L1 の影響 ... 32
4.1 【調査1】コーパスにおける日本語学習者のモシの使用実態 ... 32
4.2 材料と手続き ... 32
4.3 結果とそこからみえてくる課題 ... 33
第 5 章 通言語的にみた仮説条件、一般条件、時間節の表現 ... 37
5.1 日本語における仮説条件、一般条件、時間節の表現 ... 37
5.2 韓国語における仮説条件、一般条件、時間節の表現 ... 40
7
5.3 中国語における仮説条件、一般条件、時間節の表現 ... 42
5.4 英語における仮説条件、一般条件、時間節の表現 ... 44
5.5 ドイツ語におけるにおける仮説条件、一般条件、時間節の表現... 47
5.6 日韓中英独における各表現の異同と概念の交わり ... 49
第 6 章 通言語的影響と概念差 ... 52
6.1 通言語的影響と言語転移... 52
6.2 通言語的影響と概念差 ... 53
6.3 理解面と産出面における通言語的影響と本研究の視座 ... 55
第 7 章 日本語条件文の知識面にみられる通言語的影響 ... 57
7.1 【調査2】L1における仮説条件、一般条件、時間の概念範疇 ... 57
7.1.1 調査目的 ... 57
7.1.2 材料と手続き ... 58
7.1.3 結果 ... 62
7.2 【調査3】L2日本語における仮定的な条件と事実的な条件の概念範疇 ... 63
7.2.1 調査目的 ... 63
7.2.2 材料と手続き ... 64
7.2.3 結果 ... 64
7.3 考察 ... 65
第 8 章 日本語条件文の理解面にみられる通言語的影響 ... 67
8.1【調査4】L2日本語における仮説条件の文処理過程におけるモシの影響 ... 67
8.2 材料と手続 ... 68
8.3 データ分析 ... 69
8.4 結果 ... 70
8.4.1 日本語話者の結果 ... 70
8.4.2 日本語学習者の結果 ... 71
8.5 考察 ... 75
第 9 章 日本語条件文の産出面にみられる通言語的影響 ... 78
9.1 【調査5】L2日本語における条件表現の産出と通言語的影響 ... 78
9.1.1 調査目的 ... 78
9.1.2 材料と手続き ... 79
9.1.3 結果と考察 ... 82
9.1.3.1 一般条件における条件表現と時間性表現 ... 82
9.1.3.2 仮説条件における表現のバリエーション ... 84
8
9.1.3.3 モシの使用と通言語的影響 ... 92
9.2 【調査6】L2日本語における一般条件の産出とモシの関係 ... 96
9.2.1 調査目的 ... 96
9.2.2 材料と手続き ... 97
9.2.3 結果と考察 ... 97
第 10 章 中国語を L1 とする学習者にみられる通言語的影響と概念の転移100
10.1 【調査7】中国語をL1とする日本語学習者のL1中国語における産出 ... 10010.2 材料と手続き ... 102
10.3 結果と考察 ... 103
10.3.1 なぜL1中国語話者は仮説条件に毎回モシを付随させるのか ... 103
10.3.2 なぜL1中国語話者は事実的な一般条件でもモシを付随させるのか... 110
第 11 章 日本語話者と日本語学習者はいつモシを使用するのか ... 116
11.1 【調査8】日本語話者が使用するモシ... 116
11.1.1 調査目的 ... 116
11.1.2 材料と手続き ... 116
11.1.3 結果 ... 117
11.2 【調査9】日本語学習者が使用するモシ ... 120
11.2.1 調査目的 ... 120
11.2.2 材料と手続き ... 120
11.2.3 結果 ... 121
11.3 考察... 122
第 12 章 依頼場面でどの条件表現とモシを使えば丁寧な印象を与えるか . 130
12.1 【調査10】依頼場面における条件表現とモシの効果 ... 13012.2 調査目的 ... 131
12.3 材料と手続き ... 132
12.4 結果 ... 134
12.4.1 「よろしければ/可能であれば/できれば」類の使用 ... 134
12.4.2 「~ば幸いです/嬉しいです/と思います」類の使用 ... 135
12.4.3 モシの使用 ... 137
12.5 条件表現における問題点と改善法の提案 ... 138
12.5.1 「可能なら」ではなく「よろしければ」を使う ... 139
12.5.2 「〜と幸い/嬉しいです」より「〜ば幸いです」が無難 ... 139
12.5.3 問い合わせについて書くときは「もし」をつける ... 140
12.6 まとめ ... 140
9
第 13 章 結論 ... 141
13.1 結論 ... 141 13.2 本研究の意義と今後の課題 ... 144
3. 本研究の成果
本研究では、日本語条件文の仮定的な側面と事実的な側面に着目し、その概念的な違いと L1における表現の差から、L2日本語における通言語的影響を知識面、理解面、産出面の三 つの観点から詳細に論じた。本研究の結論を図 3に図示した上で、以下に示す。1)~6)
は第二言語習得研究の観点から概念差からくる通言語的影響の様相を、7)~8)は日本語 教育学の観点から教育的示唆をまとめる。なお、図 3では、L1に関する内容は網掛けなし で、L2日本語に関する内容は網掛けで示す。
図 3 本研究の結論
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1)「function-to-form analysis」の観点からの課題の提起
日本語の条件表現のL2習得について、今までの形式を出発点とした研究からは、日本語 学習者が「条件」をどのように表現するかという観点が見落とされていた。そこで本研究は
function-to-form analysisの立場から先行研究を整理し、L2習得過程でモシが特徴的に使
用されていることが分かった。しかし、先行研究では学習者のL1や習熟度の統制が十分で はなく、日本語学習者のL1や習熟度とL2習得ならびに通言語的影響の関係は十分に論じ られてこなかった。そのため、まずコーパス調査から、L1、習熟度別にモシの使用実態を確 認した。その結果、上級は有意な差はないが、中級ではL1によって使用頻度が有意に異な ることが分かった。特に、L1中国語話者が本来使用することができない事実的な条件や条 件形式以外とともに使用していることを指摘し、L2習得過程でみられるモシの使用に関す る課題を提起した。
2)各L1における「概念差」
各L1における概念差を確認するため、仮説条件と一般条件について、条件節と時間節の どちらの言語形式で表現するのが自然か、受容度判断テストを行った。そして、仮説条件で は、L1日本語、L1韓国語、L1中国語、L1英語で、時間節よりも条件節の受容度の方が有 意に高く受容され、L1による違いはなかった。一方、一般条件では、L1日本語とL1韓国 語では条件節が、L1英語では時間節が高く受容され、条件節と時間節を有意に異なって受 容していたが、L1中国語だけは受容度に差がなかった。また、ドイツ語では、一つの言語 形式が仮説条件と一般条件どちらでも使用され、その受容度に差がなかった。つまり、一般 条件では、L1英語では条件節と時間節すなわち仮定と事実の区別はあるが、L1日本語とは 異なる区別であること、L1ドイツ語では条件節と時間節で言語形式による区別がなされて いないこと、L1中国語は条件節と時間節すなわち仮定と事実の区別がないことを明らかに した。
3)L2日本語の条件文における「知識面」の通言語的影響
L1 では日本語と異なる概念範疇を持っていることが分かったが、L2 日本語ではどのよ うな知識を有しているか、そこに通言語的影響がみられるか確認するため、L1で行った調 査と同じ受容度判断テストを行った。その結果、L2日本語の知識面には通言語的影響がな く、仮説条件、一般条件、時間の三つの区別を正しく認識できており、知識面には通言語的 影響がないことが明らかとなった。
4)L2日本語の条件文における「理解面」の通言語的影響
理解面における通言語的影響を分析するべく、文の処理過程に着目し、自己ペース読文実 験を行い、オンラインの理解過程においてモシが日本語条件文の理解を促進するのか分析 した。これは、日本語条件文の持つ仮定と事実という二つの概念を表現するという特徴と、
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仮定性を明示するモシという語句の特徴に着目したものである。その結果、日本語話者はモ シの有無や位置によってオンラインの文処理過程に影響を与えないが、日本語学習者はそ のL1に関係なく、モシがあることで文処理が促進され、読み時間を短くし正答率を高くす ることを明らかにした。この結果から、外国人への理解がより必要とされる場面、たとえば やさしい日本語などへの応用も考えられ、有用な知見を与えることができた。
5)L2日本語の条件文における「産出面」の通言語的影響
知識面、理解面において通言語的影響はみられなかったが、産出面では通言語的影響がみ られ、L1中国語話者にだけモシの過剰使用がみられた。具体的には、二つのケースに分か れる仮説条件において、そのどちらにもモシを付随させて表現すること、さらに事実的な一 般条件へもモシを過剰使用することを明らかにした。
6)中国語をL1とする日本語学習者にみられる「概念の転移」
なぜ L1 中国語話者にだけ通言語的影響がみられるのか、その要因はなにかを探るため、
L1中国語における産出調査を行った。その結果、L1中国語において「如果」などの文頭を マークする表現が非常によく用いられていたこと、とりわけ二つのケースに分かれる仮説 条件において、そのどちらにも「如果」などの文頭でマークする表現を用いる傾向が非常に 強いことが分かった。そして、一般条件においても、仮定的な表現である「如果」や「的话」
が用いられていること、さらに後件をマークする「就」が事実でも仮定でも、そしてそれが 話し言葉においても非常に広範囲で使用されていたことが分かった。このようなL1中国語 における表現は、L1における事実と仮定の概念差が他の言語に比べて曖昧であることを示 しており、それが概念の転移として通言語的影響をもたらしていることを明らかにした。
7)条件表現の指導における「モシ」の落し穴
日本語教育学において、ト、バ、タラ、ナラなどの条件形式は注目を集めてきたが、一方 でモシといった付随的な語が見落とされてきた。そのモシが通言語的影響として表れてい ることから、どのように指導していけばよいかを明らかにすべく、モシが使用される場面を 調査した。その結果、日本語話者と日本語学習者がどのようにモシを使用しているのかその 実状をあぶりだし、依頼場面という日本語学習者が使用できていない場面を見出した。依頼 場面におけるモシの使用は、日本語教育関連の指導書にも盛り込まれておらず、本研究を出 発点とする新しい観点である。
8)依頼場面において「丁寧な印象」を与える条件表現とモシ
モシは条件文の成立に関係はなく、使用してもしなくてもどちらでもよい表現である。し かしながら、日本人が依頼場面でよく使用していた。なぜモシを依頼場面で使用するのであ ろうか。そのようなコミュニケーション上重要な依頼場面において、いままで明らかにされ
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てこなかった日本人の語感として存在するモシの効果を、大規模データを用い詳細に論じ た。その結果、バを用いた方がより好まれること、また問い合わせについて記載するときは モシをつけるとより丁寧で好ましい印象を与え得ることを明らかにした。
4. 本研究の意義
本研究の意義は、以下3点にまとめることができる。
1)条件文の「概念差」に着目した新規性
類義表現が多く、今まで多くの研究がなされてきた条件表現を対象に、概念差という新し い観点からアプローチを試みた。条件が有する「仮定」と「事実」という概念は相反するも のであり、どちらが早く習得されるかというのはプロトタイプ理論と認知的アプローチで 見解が異なる。さらに、言語によって「条件」の切り取り方が異なり、特に事実的な一般条 件では条件節で表すのか、時間節で表すのかといった違いがあり、双方を同一の言語形式で 表す言語もある。このような概念の違いに着目し、日本語の条件表現のL2習得を論じた研 究は管見の限りない。本研究ではその概念範疇が異なる韓国語、中国語、英語、ドイツ語と いう四つもの言語をL1とする日本語学習者を対象としたことで、より詳細な分析を行うこ とができた。通言語的影響を論じる研究は数多くあるが、このような言語差を踏まえた上で、
多言語の話者のデータを収集し分析している研究は少ない。コーパスなどさまざまなツー ルもある中で、自身の研究課題を解明すべく、データ収集を行うことの意義を示しつつ、第 二言語習得研究における通言語的影響の新たな様相の一端を示すことができた。
2)通言語的影響を「知識面」「理解面」「産出面」から論じた多角的視点
通言語的影響について産出面から論じられた研究は多くあるが、知識面やオンラインの 理解過程にどのような影響を及ぼしているかというのはあまり論じられてこなかった。産 出面を論じることが非常に重要であることに全く異論はないが、理解と産出の言語処理の メカニズムは明らかに異なり、通言語的影響は、産出と同じくらい理解においても重要であ ると指摘されている。特に、本研究の主眼である概念的な差というのは、その差自体に気付 いていない場合も多い。そのため、まず知識についてL1とL2双方で確認した上で、理解 面と産出面での分析を行ったことで、通言語的影響を詳細に論じることができた。さらに、
言語処理研究をはじめとした理解過程の解明に関する知見を活かし、オンラインの文処理 過程にまで踏み込んで論じた。その結果、モシがあることで文処理を促進することが分かり、
このような第二言語習得研究の研究結果をやさしい日本語など日本語教育学へ活かすこと で、多文化共生が進む日本社会へ有用な知見を与えることができた。
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3)条件表現の指導で見落とされていた「モシの効果」を実証的に見出した点
通言語的影響と第二言語習得研究のメカニズム解明だけでなく、そのような研究成果が 日本語教育学においてどのような提言ができるのか、実証的に論じていったことで、日本語 教育学で見落とされていたモシを拾い上げることができた。今までの日本語教育学では、ト、
バ、タラ、ナラをはじめとする条件形式に焦点が当てられ、付随的な語であるモシについて はあまり論じられてこなかった。特に、日本語話者が依頼や提案の場面で条件表現とともに モシを使用すること、さらにそのような場面で日本語学習者はあまり使用できていないこ とを実証的に論じた。それだけでなく、日本語話者の語感としてあるト、バ、タラ、ナラの 使い分けに関する丁寧さ、モシを付随させることでより丁寧な印象を与えるという点を、大 規模データベースから実証的に論じた。このような日本語話者の感覚的な印象を実証的に 捉えようとした研究は管見の限りなく、条件表現の研究だけでなく、日本語教育学にも新た な知見を与えることができた。