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帝国の養女 : 「あらくれ」のジェンダー構造

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(1)

帝国の養女 : 「あらくれ」のジェンダー構造

著者名(日) 内藤 千珠子

雑誌名 大妻国文

39

ページ 89‑106

発行年 2008‑03

URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001328/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

帝国の養女

のジェンダl

徳田秋聾の文体に︑時間叙述の唆昧さや錯綜があるという指摘は数多い︒数値的な表現が少なく︑現実的な時間の流れ

が錯綜して登場人物の属する時点が暖昧にされるので︑時間の構成や出来事の生起した順序が読者に見失われやすく︑ま

た︑物語内に書き込まれた戦争や博覧会といった出来事を︑歴史的に特定することが難しいとされてきた︒秋聾的なテク

ストの特質として︑現実世界と小説内の世界とを結ぶラインが微弱であり︑錯綜する時間表現によって読者に小説と現実

との結節点が伝わりにくい構造があるのだといいかえることができるだろう︒

本稿では︑暖昧さと錯綜という表現上の手法によって︑テクスト内の具体性が消去されるという秋撃的な特質をわかち

もつ﹁あらくれ﹂︵﹃読売新聞﹄に一九一五年一月十二日から七月二十四日まで連載︑同年九月新潮社より単行本刊行︶を

取り上げ︑小説の細部を読解しながら︑小説に編み込まれた帝国主義とその同時代的論理を考察することを企図している︒

E

1ドは︑小説と帝国主義とのわかちがたい相互補完︑相互依存の関係について述べ︑小説に書かれである

こと︑書かれていないことをその細部に読み取る過程で︑小説と帝国主義とのつながりを見抜くことの必要性を実証した︒

本稿での試みは︑小説のなかに暖昧に示された︑帝国主義の論理と小説との対応関係︑さらには︑小説の言葉を入り口と

帝国の養女

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して透かし見える帝国の力学を検討することにある︒

論の中心には︑帝国主義の論理が不可避的に内在させているジェンダ1構造の考察を配すことになる︒というのも︑日

露戦争をはさむ時期を作品内時間とする﹁あらくれ﹂は︑物語の舞台と執筆された時期との聞に十数年の偏差をはらみ︑

その聞に﹁新しい女﹂をめぐる論議が浮上することもあって︑テクストには性差や性をめぐる問題系が内的にも外的にも

吸引されやすいからである︒﹁あらくれ﹂の主人公お島の時空と︑﹁新しい女﹂の時空とが︑二重写しになっているという

条件によって︑研究史においては︑お島が﹁新しい女﹂か否か︑という問題系が早くから論じられてきた︒ならば︑物語

を貫くお島の生きた明治という時代と︑﹁新しい女﹂を知る読者が縁取る大正という時代の二重性は︑暖昧にされた時間

表現と交じり合うことで︑いかなる問題を派生させるのだろうか︒そうした問いに対する応答を一つの具体的な着地点と

して想定しつつ︑議論を進めていくことにしたい︒

博覧会のまなざしと﹁美人﹂

﹁あらくれ﹂には︑主要な舞台装置として細叙されることはないものの︑博覧会の記述がある︒テクストの後景に媛昧

に描かれた博覧会を︑同時代の資料と並列させることで︑本文の前景にある物語や表象との関わりについて検討すること

O七︵明治四O︶年の東京勧業博覧会に相当するが︑松本徹の述べるとおり︑﹁長篇連載の前年

に上野公園で聞かれた東京大正博覧会﹂と︑﹁半ば重ねられているところがある﹂のは確かであろう︒周知のように︑明

治・大正期の博覧会は︑百貨店との文化的連続性をもち︑百貨店の提供したウインドー・ショッピングは︑近代という時

代において︑新しい視線を編成することになった︒したがって︑お島が小野田と構えた店の︑ガラスを入れた飾り窓︵ショl

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ウインドー︶は︑百貨店や博覧会における視線の構造と同期している︒

田島奈都子によれば︑﹁ショーウインドーの花形的存在﹂はマネキンであり︑

O年に上野で聞か

れた第三囲内国勧業博覧会があったという︒マネキンの系譜には︑仏師の製作した︑見せ物小屋に供される﹁生き人形﹂

があり︑その形態の狸襲さが︑百貨店におけるマネキン否定論になったという指摘は興味深い︒吉見俊哉の論じるように︑

明治前期の内国博覧会では︑しばしば見世物的な出品があり︑それらは矯正の対象として扱われたが︑明治三0年代以降

にはむしろ見世物的な要素も博覧会に取り入れようとする動きがあった︒だとすれば︑マネキンは︑前近代的で猿豪な性

のイメージと︑近代の新しさや清潔さにつながるイメージとを二つながら背負った︑象徴的な記号だと見ることが可能と

なる︒それに加えて︑﹁女性的な欲望の成立﹂という観点から︑マネキンとショーウインドーに﹁商品を﹃見る﹄という

主体的体験と︑﹃見られる﹄または﹃買わされる﹄という受動性をなんの矛盾もなく繋いでしまう﹂という効果を見た小

平麻衣子の消費とジェンダーをめぐる考察を参照するなら︑マネキンという記号は︑矛盾を内包しながらもそれを近代的

な論理として成り立たせる装置にほかならず︑見る/見られるという視線の向きの二重性の奥に︑性的なイメージが附随

していたということになろう︒

このような視線の問題を集約するのが︑お島の洋装をめぐる叙述である︒博覧会の賑いに便乗して引っ越し︵九十二︶︑

ガラスの飾り窓など洋風の店構えを設けたお島と小野田は︑店の広告のため︑女の洋装という視覚的効果を演出する︒お

島が︑﹁女唐服を着て﹂﹁諸学校へ入込んで﹂行くことにするのだ︵百一︶︒女唐服︵洋服︶を着ることを︑お島は最初︑

﹁際物仕事が︑自分の顔にでもかhるか何かのやうに考へて﹂反抗するが︑小野田にその効果の確実性を主張されると

﹁不思議な興味を唆られ﹂︑結局受け容れることになる︒﹁小野田はその妻や娘を売物にすることを能く知ってゐる︑思附

のある興行師か何ぞのやうな自分の計劃﹂で﹁旬信のある目を輝かしてゐた﹂という叙述︵百一︶からは︑博覧会におけ

る見世物的出品の興行師のイメージが喚起され︑小野田の役割には︑博覧会の展示を請け負っていくランカイ屋的なもの

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が重ねられてゆく︒そしてこのお島の洋装は︑住み込みの職人から﹁布珪あたりから帰って来た手品師くらゐには踏めま すぜ﹂︵百二︶と言われるなど︑過剰さをはらんだものとして印づけられるのだ︒

ここに︑当時の資料を接続させてみるならば︑﹁女唐服﹂を着用し︑奇抜な洋装によって有標化されたお島は︑当時の 博覧会で見世物的に供された﹁美人島旅行館﹂なる出品との隣接性を色濃く示している︒

其の芳紀十八より二十二までの美人を各窟に配置し︒公衆の注視指点を促し︒且つ水中に裸体美人を立たしめ︒微 笑しつつ人を招かしむるといふ内容に至りては︒果して厳粛なる意義を保持し得る手︒興業主は最新理化学の智識を 応用し︒奇々怪々の光景を一館内に展開するを以て目的とし︒美人は主体にあらずと称すべしと雄も︒巳に美人島の 名を掲げて公衆の注意を惹き︒美人を開会前に自動車に載せて各新聞社を訪問せしめ容顔の実示を為したるが如き︒

専ら少年者を誘致するの策に外ならず︒﹇・:﹈最新理化学の応用量に美人のみを籍りて始て為すべきものならむや︒

美人の興業主が観客を招引するの術のみ︒

要するに記事は︑﹁最新理化学の智識﹂の応用を﹁美人﹂の展示を借りて示すという﹁美人島旅行館﹂の目論見を説明 して︑その見世物的な傾向を非難しているというわけだ︒加えて︑同じ号の﹃風俗画報﹄では︑この東京大正博覧会にお

エスカレーターと並び最も注目を浴びた余興である﹁美人島旅行館﹂のプログラムを引いて︑﹁鬼気人を襲ふ幽霊

いかがわしさの匂い立つ演出のもと配置された雰囲気を伝えている︵﹁随感情録﹂︶︒また︑﹃東京朝日新聞﹄では︑﹁美人 島開館﹂について﹁押され押されて這入って行くと︑出雲美人︑蛇体美人︑無体美人などと云ふ各種の美人が櫨の奥深く

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見える︒停まり停まって出口まで進むと︑見物の批評がかうだ︑﹃こんな苦しい思いをして見るより︑吉原の張店を素見

した方が余程増しだ﹄と︒まさに適評であらう﹂といった評言が見られ︵一九一四︵大正一二︶・三・一二︶︑これら見世物

的に﹁艦﹂のなかに飾られた美人が︑性的商品として価値づけられていたことがわかる︒

一風かわった﹁美人﹂が観客を招く手段として︑広告にもなり︑商品にもなり︑記号とし

てのマネキンに等しい対象にされているのだ︒

﹁あらくれ﹂では︑実際にお島が小野田の提案を実行し︑﹁女唐服﹂を着て学校で宣伝をする場面で︑お得意や若い学

生たちから︑﹁どこの西洋美人がやって来たかと思ったら︑君か﹂などと評され︑男たちは﹁不思議な彼女の姿に目を時﹂

る︵百二︶︒すなわち︑お島は︑小野田に唆され︑不思議な美人として︑見世物的かつマネキン的な商品となり︑広告と

化す︒洋装するお島は︑同時代の博覧会的要素を吸引する記号にほかならない︒

その博覧会的なまなざしとは︑視線の向きの二重性と構造的に親和するものであった︒吉見俊哉が論じるように︑﹁人々

は︑いわば﹃まなざすこと﹄と﹃まなざされること﹄を同時に教え込まれていくのであって︑内国博の会場には︑この二

重の視線が複雑に交わりながら存在していた﹂︒

は分有していたということになる︒ つまり︑吉見の指摘する複雑な﹁可視性の反転﹂を︑小説﹁あらくれ﹂

とりわけ作品後半の小野田とお島の関係には︑この博覧会的まなざしの影響が色濃く反映されているように思われるが︑

小野田とお島の夫婦関係から遡及してみると︑消費の欲望やそれを可能にする金銭所有の欲望は︑物語の前半部のお島に

おいては稀薄である︒お島の成長という物語の過程には︑博覧会的なまなざしを獲得するプロセスが重ねられているとい

さらにいえば︑﹁博覧会の時代とは︑同時に帝国主義の時代﹂であり︑﹁博覧会は︑テクノロジーの発展を国家の発展︑

そのなかに大衆の欲望を包み込んでいった﹂のだったし︑何より︑﹁天皇に密接にか

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かわった行事﹂でもあった︒

Jマネキンという象徴的記号を仲立ちとして考えるなら︑﹁不思議﹂な﹁美人﹂と形容されるお島には︑見世物

的で狼惑な性をイメージさせる﹁美人島旅行館﹂の美人との並行関係があり︑ショlウインドウのなかの見る/見られる

マネキンの鏡像である女性の︑矛盾を含んだ位置が与えられているのだ︒小説テクス卜としての﹁あらくれ﹂には︑博覧

会的な視点︑博覧会に含みもたれた帝国主義の欲望が生みだす︑まなざすこととまなざされることを同時に学ぶような︑

反転する視線の両義性が刻印されている︒その重心にお島を据えて眺め返すとき︑深層には性をめぐるイメージが灰見え︑

両義的視線の延長には天皇という記号さえも呼び込まれているのである︒

充血する瞳とジェンダ

l

ところで︑物語の後半になって先鋭化する博覧会的な視線を詳細に分析するためには︑お島と小野田との関係に焦点を

当てながら︑目の描写や表象に留意する必要があるように思われる︒先行研究においては︑﹁あらくれ﹂の物語は前半と

後半︑すなわちお島がS町から東京に戻り︑小野田と出会う六十二章︑六十三章あたりを境に︑ある種の断絶や変化が認

められるという指摘があるが︑それは物語のレベルに限ったことではなく︑表象における変化が︑とりわけ目の叙述に注

目することではっきりを兆しているのが知れるからである︒

うまれっき物語の前半では︑﹁天性目性の好くない﹂お島が︑医者にもかかり大師さまやお稲荷さまへ出かけ︑養母から﹁お前は

目がわるいんだから能くお詣りをしておいで﹂と声をかけられている︵六︶︒この目性の悪さはしかし︑物語後半になる

と一切言及されなくなる︒目の性質それ自体の叙述としては︑小野田がごろ寝しているのを苛立たしげに眺めるお島に対

して︑職人が﹁上さんは感心に目の堅い方ですね﹂︵六十八︶と口を利くシlンが認められるばかりで︑夜になっても眠

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くならない目の性質をもっお島と︑始終居眠りをする小野田とが︑対極的に描き出されていることがわかる︒

加えて︑お島の目は︑繰り返し︑涙を流すものとしての描写を被っている︒端的に一言うと︑お島は物語の冒頭から泣い

てばかりで︑感情の表現として﹁泣く﹂ことがあたかもお島の特徴と化しているかのようなのだ︒

養家の要求である︑作との結婚を思避するお島は﹁目に入染んでゐる涙を拭﹂き︑﹁太てたやうな顔をして﹂﹁曇んだ

目色をして︑黙ってゐた﹂︵十六︶︒作を拒絶しぬき︑新たに結婚した鶴さんとの夫婦喧嘩の場面では︑﹁お島は涙ぐんだ

S町で︑浜屋の主人とはじめて関係をもっ

てしまったお島が湯殿に行くとき︑﹁目が涙に曇って︑そこに溢れ流れてゐる噴井の水もみえなかった﹂︵五十四︶︒同様

に︑父親が山にお島を迎えに来るくだりでは︑自殺を考えて山の奥深くに入ったものの結局連れ戻される際︑﹁目が時々

涙に曇って︑足下が見えなくなった﹂と︑彼女は涙で視界を曇らせる︵六十三

こうした叙述からは︑一涙が流れる︑一涙が目に渉むということが︑視界が曇ってものがよくみえなくなる︑という視線の

特質につながっていることが読まれよう︒

ところが︑テクスト全体に行き渡った涙ぐむ瞳は︑物語の後半︑小野田と出会って以降のお島において︑大きく変質す

お島はのろくさい其の居眠姿が痛にさはって来ると︑そこにあった大きな型定規のやうな木片を取って︑縮毛のい

ぢ/\したやうな頭顧へ投っけないではゐられなかった︒

お島は血走ったやうな目一杯に︑涙をためて︑肉厚な自分の頬桁を︑厚い平手で打返さないではおかない小野田に

喰ってか﹀った︒猛烈な立まはりが︑二人のあひだに始まった︒︵六十九︶

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お島は﹁血走ったやうな目一杯に︑涙をためて﹂いる︒涙を流す目は︑﹁血走る﹂﹁充血する﹂と︑血の表象と結びつい

たかたちで描写されることになるのである︒これに類する表現は︑﹁充血した目に︑涙がにじみ出てゐた﹂︵百六︶︑﹁彼女

の血走った目に異常な衝動を与へた﹂︵百八︶など︑他にいくつも列挙することができるのだが︑充血する瞳は︑物語の

前半部にあってはひとつとして見あたらない︒さらにいえば︑﹁充血したやうな目をして寝てゐた﹂お島が︑小野田に

・ つ る

﹁結く淀み曇んだ目を見据ゑてゐた﹂のが︑﹁月経時の女の躯﹂という表現と接近した箇所にあったり︑﹁自分か小野田か

に生理的の欠陥があるのではないかとの疑ひ﹂といった表現がさしはさまれたり︵七十三てあるいは﹁野獣のやうな彼

女の体に抑へることが出来ない狂暴の血が焦けた忘れたやうに渦をまいてゐた﹂︵百八︶といった記述があることから読

みとられるのは︑充血する瞳が明らかに︑お島の身体を流れる血の比喰ともなっているということだ︒テクスト上のお島

いわゆる婦人病︑﹁血の道子宮病﹂をめぐる表象システム

11

1グロテスクな血それ自体の物理的描写に︑

イメージの上で一致させる表象の体系

11

lと連結させられたものであることは瞭然であろう︒女の身体と血と︑性とを︑

お島の充血した目は︑多くは小野田との諦いの場面に表出する︒兇暴なお島が︑小野田に水をかけて家を水浸しにする

など︑水のイメージが強調されたり︑争いの後︑性的な行為が暗示されたりなど︑水・涙・血と︑女性のセクシュアリティ

とが親和した表象体系のあることをみるのはたやすい︒だが︑そのお島の﹁体中が脹れふさがってゐるやうな痛み﹂︵九

十︶は︑性の不一致が言われる小野田とのみ結びついていることに留意しておきたい︒月経時の不調としてあらわれるお

島の﹁血の道﹂は︑小説の前半で︑鶴さんや浜屋との性的関係においては不在である︒それが︑後半部になって︑いつで

も眠たげな小野田と対になって展開されるのだ︒

後半部に現前する︑涙と血のイメージが接続されるという表象上の特質は︑物語のレベルでの小野田とお島のジェンダl

関係と密接に関わっているだろう︒小野田の居眠り姿に立腹したお島が血走った目に涙をたたえた場面に連続するシ|ン

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小野田がのそりと入って来たときも︑静に針を動かしてゐる女の傍に︑お島は坐ってゐた︒どんよりした目には︑

こびり着いたやうな涙がまだたまってゐた︒﹇:・﹈

小野田はそこへ胡坐をくむと︑快から直を出してふかしはじめた︒

﹁被服の下請なんか︑割にあはないからもう断然止めだ︒そして明朝から註文取におあるきなさい︒﹂

お島は﹁ふむ﹂と鼻であしらってゐたが︑女の註文取といふ小野田の恩ひっきに︑心が動かずにはゐなかった︒

﹁そしてお前には外で活動してもらって︑己は内をやる︒さうしたら或は成立って行くかも知れない︒﹂

﹁こんな身装で︑外へなんか出られるもんかにお島ははねつけてゐたが︑誰もしたことのない其仕事が︑何よりも

先づ自分には愉快さうに恩へた︒︵七十︶

ここに展開されるのは︑規範的なジェンダl関係の逆転である︒つまり︑女は内︑男は外︑というジェンダーによる性

別役割分担が︑お島が﹁女の註文取﹂になることで逆転するというわけだ︒クリステヴァがいう︑女性の経血イメージが

ジェンダlの同一性を脅かす︑境界侵犯的なものであるということを念頭におくなら︑血と涙という肉体の境界部をめぐ

るお島の身体表象が︑お島と小野田の関係を語り進める物語の展開に影響を及ぼしているととることもできるだろう︒

重要なのは︑前半と後半における︑﹁目﹂﹁涙﹂をめぐる表象上のドラマが︑物語のレベルでのジェンダl構造と交差し

ているということである︒前半での涙によって視界の曇るという叙述が︑後半になると︑充血したり血走ったりと︑﹁血﹂

の表象が引き寄せられ︑そうした血の表象には︑女の病として定式化された血の道のイメージが吸着している︒強調され

る女性イメージがジェンダl規範を反転する契機になるという図式をテクストは描いているのだ︒

後半になって血と涙が連接させられてゆく︑という﹁あらくれ﹂の表象のあり方は︑それが日の描写において際だたせ

られているという点かりしても︑視線の問題と重ねて考えることができるだろう︒視力や視界という次元で考えると︑目

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の性質は眠たげな小野田の視界と︑充血するお島の目とが対置される展開をとり︑お島の前半の︑視界の曇りを引き受け

るのは︑眠たげに閉じられた小野田の側に転じるということになる︒先に確認してきた︑博覧会的H帝国主義的な視線の

力学と︑視界の曇りや眠気によって視界が閉ざされるという視線の特質とが︑合わせ鏡のようになってテクストが構成さ

れているのが知れるだろう︒見ないこと︑見えないこと︑ゆがんで見えること︑といった視界における負性が︑テクスト

の表層にせりだし︑お島という女の目において象徴されている︒そしてお島の瞳は︑﹁目性の悪さ﹂から﹁目の堅さ﹂を

もつものへと変貌し︑充血する瞳において︑錯綜する時間軸のなかにちりばめられた︑欠落を帯びる視界が集積してくる

では︑お島の視線は何をとらえているのか︒血の表象がお島の女性イメージを強調する一方で︑ジェンダ1規範におけ

る男女の位置の逆転が起きてもいるという矛盾した両義性について︑別の角度からさらに検討する必要がある︒

帝国と養子縁組関係

﹁あらくれ﹂に作用する︑ジェンダーをめぐる両義的な力を考察する上で︑有効な補助線となりそうなのが︑お島をめ

テクスト内の物語時間において︑民法の改正に関わって血族による相続が前

景化されたことが︑お島の結婚をめぐる︑養家とお島との対立の背景にあることを指摘する︒血縁関係と養子縁組的な関

係が鋭く対立する小説内の構造について検証してみたい︒ ぐる家族関係の設定であろう︒太田瑞穂は︑

幼少期からお島は︑﹁自分に深い憎しみを持ってゐる母親の暴い怒﹂︵一︶を自覚しており︑血縁関係にある母から理不

尽で過酷な暴力を受けている︒ゆえに︑お島はむしろ養母に対して︑親しみを感じながら育つことになる︒その養家の財

まるでつくりものかた

産に関しては︑富の根拠として︑宿を借りた六部に起因する﹁不思議な利得﹂﹁全然作物語りにでもありさうな事件﹂が

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設定されている︒養父母から聞かされた説明と︑学校で聞き知った話の間にある醐離から︑お島は養父母の﹁秘密﹂を感

知し︑後ろ暗い夜しさと裏切りによって自分の幸福に﹁黒い汚点﹂があると思うに至り︵一二︶︑最終的に結婚をめぐる対

立からお島は養家と断絶する道を選んだ︒

他方で︑お島の妊娠した際︑夫である﹁鶴さん﹂が﹁どうせ私には肖てゐまい︒さう思ってゐれあ確だ

o

と子供の父親について疑念を口にする場面があったり︑鶴さんの幼なじみ﹁ぉゅう﹂の身ごもった子について︑姑が父親

は誰か別の男性ではないのかと邪推する場面があったりと︑疑われる血縁関係というテlマが前景にも背景にも埋め込ま

れている︒その他︑お島が浜屋の主人の息子に対して︑﹁阿母さんとをばさんと︑執が好き?﹂と問いかけたり︵五十三

小野田に対して﹁あんな親﹂なら﹁私なら親とも思ゃしない﹂と詰ったりなど︵八十六︶︑テクスト全体に︑血縁関係と

養子縁組的な関係とが鋭く対立するようなしかけがある︒

物語展開の上で焦点化され︑読者が注目しながら読み進めるのはおそらく︑お島と親との関係であるが︑お島とその子 どもという関係に目を転じ︑テクストを精読してみるならば︑順吉という︑幼少の頃からお島が目をかけている小僧の存 在が浮上してこよう︒小さな頃から職人としてお島と小野田が育てる順吉は︑言うならばお島と擬似的な親子関係を取り 結んでいる︒控えめで目立たぬ存在でありながら順吉は︑お島の視線とただならぬ呼応をしてみせるのだ︒次に引用する のは︑店の経営をめぐり岐路にたたされたお島が︑順吉に対して過剰な思い入れと感傷的な態度を見せる場面である︒

なみだぐ

それを脊負って行く順吉のいぢらしい後姿を見送ってゐるお島の自には︑一俣が入染んで

﹁どうでせう︒職人は小い時分から手なづけなくちゃ駄目だね︒順吉だけは︑どうか渡職人の風に染ましたくないも

ぼんやりんだ︒それだけでも私たちは正然しちゃいられない︒﹂︵九十九︶

(13)

OO

なみだぐ目に一棋を﹁入染﹂ませるお島と︑﹁含涙んだやうな顔﹂の順吉は︑この場面でコ俣﹂を共有し︑感応しあっている︒﹁順

吉のいぢらしい後姿を見送ってゐるお島﹂が︑その涙の交ざった視線でとらえるのは︑養子としての順吉の姿である︒比

較参照したいのは︑お島の身体感覚の描写として賛否の大きく分かれる︑身ごもった子どもを流産したときの場面である

が︑﹁七月になるかならぬの胎児が出てしまったことに気の着いたのは︑時を経てからであった﹂︑﹁一目もみないで︑父

親や鶴さんの手で︑産児の寺へ送られていったのは︑其晩方であったが︑思ひがけなく体の軽くなったお島の床について

ゐたのは︑幾日でもなかった﹂︵四十︶と︑お島の身体感覚も感情も︑非常に淡泊で簡単な叙述しかなされない︒一俣なが

らに後ろ姿を見送った順吉への対応との温度差は明白であり︑お島はその子を﹁一目もみない﹂︒

加えて︑小説の再末尾の︑﹁事によったら︑上さんあの店を出て︑この人に裁をやってもらって︑独立でやるかも知れ

ないよ﹂と︑小野田を捨て︑才覚のある職人を伴侶に選び直して新しい自立を暗示するお島の台調は︑﹁お島は順吉にさ

もくろみうも言って︑この頃考へてゐる自分の企画をほのめかした﹂︵百十三︶と叙述されており︑従来とりたてて在日されるこ

とはなかったが︑お島の最後の台調が語られる対象として︑順吉は特筆されてもいるのだ︒

お島の視線がとらえ損なったまま失われた実子と︑視線を浴びる順吉の後ろ姿︒とするならば︑テクストのなかに編み

込まれている︑養女としての養子縁組関係にあって挫折したお島が︑そののちになって︑自分の血を引く子どもを流産す

るけれども︑順吉という男の子との養子縁組的な関係は保たれる︑といった物語の稜線は︑本論で考察してきたまなざし

や瞳の表象と重要な接点をもっているということになるだろう︒

翻って︑同時代の文脈での﹁養子﹂について参照するなら︑韓国併合後の大正期の大日本帝国にあっては︑小熊英二が

﹁血縁関係になくとも家族の一員であるもの︑すなわち﹃養子﹄﹂こそが︑﹁異民族を含んでいても家族国家観を維持し︑

﹃国体を拡大﹄する論理であった﹂と述べるとおり︑﹁養子﹂という表現は︑植民地主義を論理的に語るためのキーワード

にほかならなかった︒また︑中山昭彦の言うように︑大正期に入つてのこうした思想の背景には︑﹁朝鮮の人々に対して

(14)

︵ お

の︑血族を理由とする同化か︑それによらない実質的な支配か﹂という対置がある︒養子縁組的な関係には︑帝国と植民

地の擬態の関係が読み取られなければならない︒

国併合の前後にかけては︑ 朝鮮をめぐるメディア状況を併慮するなら︑明治中期までは朝鮮王妃を物語の主人公として編成されていた文脈が︑韓

日本への留学という名目で人質的な扱いを受けていた﹁大韓帝国の皇太子﹂へと大きく傾いて

いた︒メディアの時空では︑王妃によって女性ジェンダl化した朝鮮ではなく︑韓国の皇太子が大日本帝国の天皇の養子

となるという物語が欲望され︑そのプロセスで︑朝鮮を意味づけるジェンダi構造が女から男へと反転した︑という布置

の変化を指摘することができる︒韓国皇太子を象徴的な記号として︑

いう︑帝国主義の論理が新たに存在していたのである︒ 日本と︑植民地・朝鮮とが養子縁組関係を結ぶ︑と

したがって︑﹁あらくれ﹂における養子的関係の論理には︑帝国主義の論理と並行する力が働いていると見なければな

内藤寿子は﹁︿民衆﹀の動きをふまえて﹃あらくれ﹄をみるとき︑この物語には近代社会の矛盾が散りばめられている

それらを通り過ぎていくお島の姿に気がつく﹂と批判し︑養家の近隣では製紙工場の乱立によって公害

問題が起こったはずなのにその時代背景は透明化され︑お島の流れていくS町が︑足尾銅山らしき土地であっても︑細部

として描写されることもなく︑それらがきれいに素通りされる﹁あらくれ﹂には︑民衆の視点が﹁捨象されている﹂とい

︵ お

う限界があると指摘する︒あるいは︑小説内にはお島がアメリカや外国に移住したいと夢想する場面が二度書き込まれて

いるが︑こうした設定もまた︑高楽蘭が日露戦争前後の﹁移動﹂をめぐる言説の分析を通じて︑﹁殖民・移住・移民﹂の

概念を入り混じらせた当時の移民言説は︑﹁﹃平和的﹄日本膨張﹂という表象の様式によって現れた植民地主義の一つの形

︵ 訂

態であると喝破したことを考えあわせるなら︑﹁あらくれ﹂のみせる帝国主義とのゆるやかな結合を証しだてているだろ

ぅ︒小説の背景には︑帝国主義的な時代の構図が何重にも折り重なっているといえる︒

帝国の養女

(15)

小説テクストが当時の言説状況を大がかりに引用しているという視座から︑﹁あらくれ﹂の物語構造を整理すると︑ま

ずは︑養家に提示された﹁結婚﹂を拒絶することで︑養女として養家との養子縁組関係を結ぶことができなかったお島が︑

養家の富をめぐって︑﹁黒い汚点﹂のような荻しさを感じる背景には︑帝国が植民地を獲得しようとした際の︑灰しさと

の相似関係のあることが読まれよう︒とはいえ︑養女のポジションは無効化されるにしても︑お島が︑養子的な順吉との

関係を最後に選び取る可能性が示唆された﹁あらくれ﹂にあっては︑養子的関係への反発が書き込まれはするものの︑血

縁関係と養子的関係の対立にあって︑つねに養子的関係が上位に位置づけられるということになる︒したがって︑植民地

獲得によって膨張しようとする帝国主義の論理と小説とが︑遠景において相似する関係を結んでいるという構図が確認さ

次に︑養子縁組関係と︑両義性を持ったジェンダl構造についてだが︑ジェンダl構造における反転は︑いくつかのレ

ベルで生じていることに注意したい︒第一に︑養子縁組関係の遂行において︑養女としての関係に挫折したお島が︑流産

し︑男の子との養子的関係を結ぶとき︑養子にあたるポジションが︑女から男へと反転する︒第二に︑お島と小野田とは︑

血の論理やイメージを媒介として︑ジェンダ1規範を逆転する男女関係となる︒すなわち︑物語の展開の中では︑二つの

次元でジェンダ!関係の逆転があり︑それが︑ジェンダlの秩序を強化する力ともなり︑逆にジェンダl規範に対する反

発や抵抗としても作用している︒他方で︑お島という女性主人公は︑マネキンという記号と結びつき︑主体化するととも

に受動化され︑性的な商品として対象化されてもいるというわけだ︒

あらくれのジェンダl構造の中で︑お島は受動化と主体化を同時に被る︑博覧会的な構造に巻き込まれ︑そこから逃れ

られない︒そうした両義性と︑秩序に対して正反対な力を持ったアンビパレントな力の作用が連動しているのである︒

まり︑あらくれのジェンダ1構造には︑博覧会的なまなざしの両義性と︑血の論理と表象をめぐる矛盾とが同時に刻印さ

(16)

そのジェンダ1構造に︑日と視界をめぐる問題を重ねて考えてみると︑事態はさらに明快になる︒物語前半の一涙で曇る

お島の視界︑後半の︑眠気で閉じられる小野田の視界︑それは︑小説に書き込まれた死角であり︑空白を意味すると考え

ることができる︒この死角は︑秋撃的なテクストがもっている錯綜や暖昧を象徴する場所であるともいえるかもしれない︒

あるいは︑お島や小野田の視界にひそんだ死角︑見えない場所が意味するもの︑それは︑帝国がつねに植民地の現実をみ

ないで済ませてきたように︑何かを見ないで済ませることが出来る回路そのものだともいいうるだろう︒

テクストに発生している︑ジェンダ1関係に働く両義的な力と︑死角とを︑同時代の文脈と関わらせてみるなら︑書き

込みの自由を許してくれるようにみえる空白や暖昧︑錯綜は︑大正期の帝国において生まれ落ちた新しい論理だと定義し

うるのではあるまいか︒お島を通して展開される︑ジェンダlの擾乱は︑小説の魅力を形作っている︒自由に意味を書き

込み︑読み取っていい箇所があるという誘惑と︑ジェンダ!の両義性に︑正反対の意味を読み取りうる︑という自由︒

そうした文脈に育まれる︑自由も誘惑も︑帝国の論理のただなかにあるのだから︑それに与することも︑帝

国の論理の一部を作ることにつながらざるをえない︒

そして︑揖乱され︑逆転される構造が字んだ魅力に幻惑されながら︑読者が﹁あらくれ﹂に読み取り続けてきたのが︑

﹁新しい女﹂という記号だったのではないか︒肯定されるにしろ︑否定されパッシングを受けるにしろ︑﹁新しい女﹂は過

剰な存在であったことはまちがいない︒その意味で︑インパクトと刺激性のある記号だった︒それは物語の外部から︑わ

かりやすい意味によって物語を埋めてくれる︒

﹁あらくれ﹂の物語時間においては不在であるはずの︑﹁新しい女﹂という記号は︑同時代も︑その後の研究史におい

ても︑あらくれの死角/余白に意味を補填し続けてきた︒だが︑むしろ必要なのは︑死角それ自体に目を凝らすことだろ

ぅ︒読み過ごすこともできるような細部の死角には︑流れた胎児に一度も視線を浴びせることなく︑養子としての男の子

に視線を傾けるお島がいる︒

帝国の養女

(17)

せている︒物語に含まれる魅力と誘惑が︑読者の読書行為と結びついたときに可視化される新たな帝国の論理︒それは現

読者の欲望を取り込みながら形成される︑大正期の論理は︑明治期のそれの延長にありつつ︑明らかに異なった顔を見

代にあっても︑意匠を変え︑延長線を描き続けている︒

︹附記﹈本稿は︑第七七回大妻国文学会例会︵二OO七年七月二一日︶での口頭発表に基づいたものである︒会場の内外でさまざまな

御評言を与えてくださった方々に感謝の意を表したい︒なお︑引用文中の表現は適宜通行のものに改め︑ルビや圏点は省略した︒﹁あらくれ﹂の引用はすべて﹃徳田秋聾全集﹄︵第十巻︑

1︶ 山口佳津子﹁秋撃の表現||﹃あらくれ﹄をめぐってLでは︑研究史の流れをおさえつつ︑秋撃の時間処理の手法の二つの特

徴として︑数値的な表現より季節的な表現が多用されること︑︿倒叙﹀と呼ばれる表現法のあることが指摘されている︵﹃国文﹄

松本徹﹃徳凹秋聾﹄は︑こうした時間叙述によって作品に﹁並々ならぬ強烈な主観性﹂が発現することを論じている︵笠間書

院︑一九八八年︑二O1

亀井秀雄﹁秋聾の話法﹂﹃徳田秋費全集﹄第十巻解説︑八木書店︑一九九八年︒

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﹁あらくれ﹂の物語内時間に関しては︑新関岳雄﹁﹃あらくれ﹄をめぐってーーそのHμの様相について﹂に詳細な検討が

薮禎子﹁﹃あらくれ﹄論||お島を軸に﹂は︑﹁﹃あらくれ﹄の作中時間は︑日露戦争をはさむほぽ数年であるが︑﹃或る女﹄がそうであるように︑﹁新しい女﹂論議以後の作者の視線や問題意識が投影されていることは間違いない﹂と論じている︵﹃藤女

2︶ 

3︶ 

4︶ 

5︶ 

6︶ 

(18)

7︶ 

8︶ 

9︶ 

︵ 印

︵ 日

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︵ 日

松本徹﹁﹃西洋化﹄の中の﹃あらくれ﹄||犬正前期の徳田秋整﹂﹃武蔵野大学文学部紀要﹄二OO

作品内にちりばめられた西洋的な意匠とその意味については︑松本徹﹁﹃西洋化﹄の中の﹃あらくれ﹄﹂︵前掲︶参照︒

田島奈都子﹁ウインドー・ディスプレイ﹂︵山本武利・西沢保編﹃百貨店の文化史﹄世界思想社︑一九九九年︶︒

小平麻衣子﹃女が女を演じる||文学・欲望・消費﹄新曜社︑二OO

吉見俊哉﹃博覧会の政治学﹄︵前掲︑一二九1

O一 三

頁 ︶

物語前半︑お島が結婚を拒絶することは︑養家において約束された︑安定した財産を放棄することに等しいということが︑幾

調

吉見俊哉﹃博覧会の政治学﹄︵前掲︑一八O

頁 ︶

園雄行﹃博覧会の時代

11

1 明治政府の博覧会政策﹄︵岩田書院︑二OO五年︑二五九頁︶︒たとえば﹃読売新聞﹄には︑﹁大正博

は御即位記念の博覧会也﹂﹁大正博覧会は実に当今御即位の大典を挙げさせ給ふに当り聖寿の万歳をことほぎ奉りそれを記念す

る意味に於て産業の発展を計らんとするものであって従来の内国博覧会及び府県主催博覧会とは性質が違ふのである﹂︵﹁祝大O

松本徹﹃徳田秋撃﹄︵前掲︶は︑後半部分がお島のモデルをめぐる事実に影響され︑前半と比べて平板になると述べ︑お島の

﹁捨子﹂性に着目する大杉重男も︑﹁あらくれ﹂の後半が物語的な転回により散文H小説的になると指摘し︑お島が﹁物語の中

で捨られた捨子﹂から﹁物語自体によって捨られた捨子﹂となったと論じている︵大杉重男﹃小説家の起源||徳田秋撃論﹄

講談社︑二

OO

1O年︑五四五五頁︶︒また︑物語のジェンダl構造に着目した太田瑞穂は︑﹁お島が物語後半︑生き生きとし

て活動するように見え︑そのような批評が多いのも︑彼女が当時の女性的な表象から隔たっていたからだ﹂としている︵﹁身上・

女・酪売||﹃あらくれ﹄の経済﹂﹃文学のこ﹀ろとことば﹄二

00

0

大杉重男﹃小説家の起源﹄︵前掲︶は︑﹁あらくれLに﹁水﹂をめぐる叙述と表象が頻出することをその特質として読解してい

るが︑水と連接するイメージを持つ﹁涙﹂もまた︑この小説の叙述をめぐる︑大きな特徴になっているといえそうである︒

﹁血の道﹂をめぐる表象については︑拙著﹃帝国と暗殺﹄︵新曜社︑二OO五年︶の第二章において詳述した︒

4p

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g0・︵ジュリア・クリステヴァ﹃恐怖の権

力||︿アeフジエクシオン﹀試論﹄枝川昌雄訳︑法政大学出版局︑一九八四年︑一O1O

︵ 日

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︵ 国

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帝国の養女O

(19)

O

︵ 加

太田瑞穂﹁身上・女・商売﹂︵前掲︶では︑養家においてお島に期待されていた︑娘に経営手腕のある婿を取り家督相続する

︿姉家督﹀の認識が︑一八九八年に改正民法の施行により変化したことを論じている︒

渡漫澄子﹁﹃あらくれ﹄論||お島を視座として﹂は︑淡泊な描写に﹁女の出産に同情のない男の素顔が露呈されている﹂と批

判する︵﹃大東文化大学紀要︵人文科学︶﹄一九九七年三月︶︒薮禎子﹁﹃あらくれ﹄論

1l

1お島を軸に﹂︵前掲︶では︑妊娠・出

産という身体性から解放された身体感覚が︑﹁男とのもやもやを内側から払拭して行く女を前向きにさし示している﹂と評価さ

小熊英二﹃単一民族神話の起源||︿日本人﹀の自画像の系譜﹄︵新曜社︑一九九五年︑一四六1

中山昭彦﹁博愛・家族国家観・韓国併合﹂︵中山和子他編﹃ジェンダ|の日本近代文学﹄翰林書房︑一九九八年︶O

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テキスト・批評家﹄山形和美訳︑法政大学出版局︑一九九五年︑とくに一二二1

拙著﹃帝国と暗殺﹄︵前掲︶の第四章︑五章において詳述した︒

内藤寿子﹁﹃あらくれ﹄論||﹃よみうり婦人付録﹄を補助線に﹂︵﹃文芸と批評﹄一九九九年五月︶︒

高紫蘭﹁﹃テキサス﹄をめぐる言説圏||島崎藤村﹃破戒﹄と膨張論の系譜﹂︵金子明雄他編﹃ディスクールの帝国﹄新曜社︑

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