金属間化合物の電子構造と化学吸着:第一原理計算に基づく研究
Electronic structures and chemisorption in intermetallic compounds :first-principles studies
物理学専攻 宮脇 佳亨
MIYAWAKI Yoshiaki
1 はじめに
現在、触媒として用いられているのに、Pd、Pt、Ruなどの貴金属が多く用いられている。、しかし貴金属は埋 蔵量が少ない問題点があり、代替触媒の開発が望まれている。Iwasaらによって
Pd
の触媒特性がZn
と合金化す ることによって変化し、メタノール水蒸気改質においてCu
と同等のCO
2選択率を発揮することが報告されてい る。また、Tsai, Kameoka, Ishiiは、Pd, PdZn, NiZn, PtZn, Cuのd
バンドの位置とメタノール水蒸気改質にお けるCO
2選択率に相関があることを示した[1]。しかしながら、触媒反応は一般的に複数の素過程から構成され
るものであり、そうした複雑な化学反応がd
バンド位置という単一の指標と強い相関を持つことは科学的に興味 深く、触媒開発の指針として確立されれば応用的な重要性も計り知れない。Tsaiらによって指摘された電子構造 と触媒特性の相関を調べるため、触媒として有用な金属の1つであるPd
と似た電子構造を持つ合金系を探索し た結果、候補としてNiCo
が見つかった。図1
にバルクの電子状態密度(Electronic Density of State, Electronic DOS)
を示す。青と紫はそれぞれNiCo
とPd
の電子状態密度である。横軸にエネルギー、縦軸に状態密度をとり、エネルギー原点はフェルミエネルギー
(E
F)
にとった。NiCoのDOS
はPd
よりも若干高エネルギー側にシフト しているものの、非常に似た構造であることが分かる。Tsaiらによって示された電子構造と触媒活性の相関とい う観点から見れば、NiCoはPd
の代替触媒となり得る可能性がある。本研究では
NiCo
がPd
の代替材として利用される可能性を検討する手始めとして、これらの表面における分 子の吸着構造を調べる。多くの触媒反応では、分子が表面に吸着することによって分子内結合が弱まり(ときに は解離し)、結合の組み換えが起こることによって反応が進行する。したがって、表面に吸着した分子の状態を調 べることは、物質の触媒特性を知るうえで重要である。今回は吸着分子として、工業的にも重要であり、これま でに実験的・理論的にも良く調べられているエチレン分子を用いた。第一原理電子構造計算によってPd
とNiCo
表面の電子構造とそれらにおけるエチレンの吸着構造を調べる。電子状態と構造緩和の計算には
Vienna Ab initio Simulation Package(VASP)
を用い[2]、電荷密度、結晶、分
子構造の可視化にはVisualization for Electronic and STructural Analysis(VESTA)
を用いた[3]。
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
-8 -6 -4 -2 0 2 4
Density of State (state/ev cell)
Total Energy (eV)
NiCo Pd
図
1: DOS
の比較(NiCo(青), Pd(紫)
2 研究方法
Pd
はfcc
構造をとり格子定数は3.95[˚ A]
である。周期構造を持つ物質でないとバンド計算を行えないために、本研究では
NiCo
の構造をL
10構造(a=b ̸ =c)
と仮定して構造緩和計算を行った。a軸方向とc
軸方向の差が1%未
満だったので以降はNiCo
の結晶構造をa=b=c
と仮定して計算を行った。NiCoの格子定数は3.49[˚ A]
である。バ ンド計算をするためには周期性がないといけない。しかし表面は表面平行方向に対しては周期性があるが、表面 垂直方向に対して周期性がない。そこでバンド計算で表面を扱う場合、スラブ模型という表面垂直方向に真空領 域を挟み込むことで周期的な薄膜として取り扱う模型を用いる。本研究では2つの物質の
(100)
面と(111)
面がでるようなスラブ模型を構築し、計算を行なった。それぞれの 面で切断した際に面に平行な方向をx,y
軸とし、垂直な方向をz
軸とする。(100)面のスラブ構造はNiCo,Pd
共 に、x,y軸方向に格子定数の2 √
2
倍、z軸方向に格子定数の5
倍(真空層 6
層+バルク層4
層)とした。1層とは 原子層のことである。(111)面のスラブ構造はNiCo,Pd
共に、x軸方向に格子定数の2 √
2
倍、y軸方向に格子定 数の√
6
倍、z軸方向に格子定数の5
倍(真空層 5
層+バルク層4
層)とした。(100)
面の計算ではk
点を4 × 4 × 1
とし、(111)面の計算ではk
点を4 × 5 × 1
とした。収束条件(EDIFF)
に関し ては(100)
面は10
−5、(111)面は10
−6とした。エチレン分子及び最下層を除く表面原子層については原子座標の 構造緩和計算を行う。原子は全ての方向に構造緩和出来るようにした。吸着エネルギーを計算するにあたって、3つのスラブ模型を形成した。例として、NiCo(100)に対しての
3
つ のスラブ模型を図2
に示す。左から、金属表面とC
2H
4、金属表面、C2H
4の図である。これら3つのスラブ模型 を使って吸着エネルギーを計算する。吸着エネルギーE
adは、
E
ad= (
E
(N iCo+C2H4)) − (
E
(N iCo)+ E
(C2H4))
(1)
と表される。E(N iCo+C2H4)はNiCo
とC
2H
4)
を合せた系の全エネルギー、E(N iCo)はNiCo
表面を構造緩和し た清浄表面の全エネルギー、E(C2H4)は孤立C
2H
4分子の全エネルギーである。このとき吸着エネルギーは負で 与えられ、負の値は吸着状態が安定(吸着が発熱的)であることを意味する。差電荷密度とは安定構造の電荷密度からこれらと同じ構造の孤立エチレンと清浄表面の電荷密度を差し引いた ものである。その差電荷密度を使って
Pd
とNiCo
のそれぞれのatop
サイトbridge
サイトのエチレン分子が表面 とどのような吸着をするのか確認した。図
2:
スラブ模型(左:NiCo+C
2H
2、中:NiCo、右:C2H
2)(Ni:灰、Co:青、C:茶、H:桃)
3 結果
まず
(111)
面の結果について説明する。(111)面ではPd
とNiCo
の安定な吸着構造は異なった。NiCoでは3
つ の原子に囲まれるような吸着サイト3H
が確認できたが、Pdではこの位置を初期構造として計算を行っても別の 構造(atop)に緩和した。図3
は3H
サイトの図である。灰色はNi,
青色はCo
を表していて、大きい球は表面第 一層目の原子、小さい球は表面第二層目の原子を表している。一方のC
がCo
あるいはNi
原子の直上にあり、も う1
つのC
が3つの原子に囲まれる点の直上にある構造である。atop(A)とshort-bridge(SB)
の吸着サイトは両 方の表面において確認することができた。安定な吸着サイトの順という観点からいえば、
Pd
の場合はPd-SB, Pd-A, Pd-LB(long-bridge)
の順に安定であっ たが、NiCoの場合は3H, Co-A, Ni-A, CC-SB, NN-SB
の順に安定であった。Pd-A, Co-A, Ni-AはそれぞれPd, Co, Ni
上にC=C
軸の中点が乗るatop
構造である。CC-SB,NN-SBはそれぞれCoCo,NiNi
間の方向にC=C
の結 合が向く構造である。吸着サイトごとの吸着エネルギーによって分類すれば、atop
ではCo(-0.96eV), Ni(-0.82eV), Pd(-0.76eV)
の順に安定である一方、short-bridge
サイトではPd(-0.91eV), Co(-0.81eV), Ni(-0.76eV)
の順であっ た。Pd(111)表面とNiCo(111)
表面の吸着エネルギーの差はせいぜい0.2eV
程度であり、例えばPt(111)
面への 吸着エネルギーがatop
で-0.76eV, short-bridgeサイトで-1.21eVであることを考えると、PdとNiCo
の差はそれ ほど大きくないと言えるのかもしれない[4]。しかしながら、吸着サイトという観点からは、Pd
ではshort-bridge
が最安定サイトであるのに対し、NiCoのshort-bridge
サイトは得られた安定サイトの中で最も不安定なサイトで あったことなど、その傾向は大きくことなった。差電荷密度から
Pd, NiCo
共にエチレン分子がatop
サイトではπ
結合、bridgeサイトではdi-σ
結合を形成す ることを確認した。次に
(100)
面の結果について説明する。(111)面と同様に(100)
面もPd
とNiCo
の安定な吸着構造は異なった。Pd
の場合は(111)
面と同様にshort-bridge
サイトが最安定であり、続いてatop
サイトが安定であった。一方でNiCo
では、atopサイトやshort-bridge
サイトも準安定サイトとし存在するものの、それらよりも3fold
サイトや4fold
サイトが安定であり、安定な吸着サイトの傾向はPd
とは異なった。図4
は3fold
サイトの図である。図3
と同様に灰色は
Ni,
青色はCo
を表していて、大きい球は表面第一層目の原子、小さい球は表面第二層目の原子を 表している。3Hは3
つの原子で構成される直角二等辺三角形の中にC=C
軸の中点があり、C=C軸が斜辺に平 行な構造である。short-bridgeやatop
サイトよりも3fold
サイトが安定であるという傾向はNiCo(111)
面でも見 られた傾向であり、この観点から言えばNiCo
とPd
はエチレンに関して異なる吸着特性を持つ表面であるといえ る。こうした違いは、1つには格子定数の違いに関連すると思われる。NiCoの3fold
サイトに置いた時のC=C
間の距離は1.46[˚ A]
であった。NiCoの原子間距離とC=C
間距離の比をPd
の場合に換算すると、C=Cの距離が1.65[˚ A]
と計算できる。このような格子定数(原子間距離)の大きな違いによって軌道間の相互作用も大きく異なり、その結果吸着構造の安定性にも影響したものと考えられる。
差電荷密度から
(100)
面でも、Pd, NiCo共にエチレン分子がatop
サイトではπ
結合、bridgeサイトではdi-σ
結合を形成することを確認した。4 まとめ
第一原理計算を用いて
Pd
とNiCo
のPd
とNiCo
の(111), (100)
面のC
2H
4分子の吸着サイトと吸着エネル ギーについて計算を行った。次の結果が得られた。図
3: NiCo(111)
の3H
図4: NiCo(100)
の3fold
サイト•
これまで多くの報告があるPd
表面のエチレン吸着について、既存の計算よりも高精度な計算を実行した。特に吸着エネルギーについては、面積にして既存の計算の4倍の単位胞を用いたことにより、吸着子間相互 作用がほぼ無視できる低被覆率極限の吸着エネルギーを得ることができた。