Al 基遷移金属化合物の電子構造と有効原子価
Electronic Structure of Al based Transition Metal Compounds and Effective Valence
物理学専攻 渡辺 香
Kaoru Watanabe1 はじめに
金属間化合物の相安定化機構には
Hume-Rothery機構が知られている。価数の異なる金属同士で合金を 形成したときに、合金中の全価電子数を原子数で割っ た値
(価電子濃度
)e/aが
3/2、
7/4、
21/13、
7/4のと きに、それぞれ共通の金属間化合物が形成される。こ の化合物を
Hume-Rothery化合物と呼ぶ。
自由電子近似から出発して、格子による電子の回折 を考慮し、波数
kと波数
k+G(Gは逆格子ベクト ル
)の波の干渉を考える。このとき、
2つの波のエネ ルギーが等しくなる波数
(|k|2=|k+G|2を満たす波 数ベクトル
)でエネルギーギャップが開く。一般に
Gに垂直な方向に分散があるため、この領域で状態密度 が
0になることはなく、擬ギャップとなる。擬ギャッ
プが
Fermi準位にあれば、擬ギャップ形成により低エ
ネルギー側に下がった準位を電子が占有し、バンドエ ネルギーを得して系の安定化が進むことになる。準結 晶およびその近似結晶でも同様に、
Fermiエネルギー 付近に擬ギャップが形成され、それがこれらの系の安 定化に寄与していると考えられている。そしてこの安 定した機構は、一原子あたりの価電子濃度
e/aを制御 することで得られる。
[3]Al
に少量の
TM(遷移金属元素
)を含む金属間化合 物は安定な
Hume-Rothery機構となりやく、この系 では
TMの周りを
Alが囲むように配位し、
TMの
d軌道と
Alの
sp軌道が強く結合する。
TMには
d軌 道に不対電子が存在するため、
Alと化合物を作るこ とで、
Alの
sp軌道の電子が
TMの不対電子の対にな るように電子の移動が起こる。そこで
Raynorは
TMに負の価数
(negative valence)が存在すると仮定し、
Cr:-4.66, Mn:-3.66, Fe:-2.66, Co:-1.66, Ni:-0.66
と負 の価数を与えた。そして、
Alからの電子の移動により
TM-3d
バンドは完全に詰まった状態になり、残りの
価電子が
Alの弱い散乱ポテンシャルの中を自由電子 的に動き回ることができるようになる。そのため、自 由電子模型に基づいた
Hume-Rothery機構の考え方 が適用でき、波の干渉効果により擬ギャップが生じ、
擬ギャップにフェルミ準位が一致することで安定化が 得られる。
Raynor
により見積もられた負の価数をもとに
Al- TM系の価電子濃度が見積もられているが、負の価数 の固体中での役割について未だに十分な解釈がなされ ていない。そこで本研究では、第一原理計算により比 較的単純な構造を持つ
Al-TM化合物を仮定し、
TMを系統的に変化させていくことで、各
TMの電子構 造を求め有効的な負の価数を見積もり、負の価数の物 理的な役割を理解することを目的とする。
[1][2][3]2 モデルと計算方法
比較的単純な構造を持つ
B2構造、
L12構造、
A15構造について数値計算を行った。それぞれの原子組 成は
AlTM(B2)、
Al3TM(L12)、
Al6TM2(A15)とな り、空間群は全て
P m¯3mである。いくつかの系を除 けば、この化合物は仮想的なものであるため、格子 定数は系全体のエネルギーが最小になる値を用いた。
MT
球の半径は
Alを
2.2[a.u.]に固定し、
TMは最隣 接原子同士が接するような値を用いた。実際に行った 計算にはプログラムパッケージ
WIEN2kを用い、計 算方法には
APW+lo法、電子間相互作用には密度汎 関数理論に基づく一般化勾配近似
(GGA)を用いた。
また、
Mizutaniらの論文を参考に
γ-brass構造につ いても計算を行った。複雑な構造である
γ-brass構造 を計算することで構造の違いによらない統一的な議論 を行いたい。
[4][5][6][7][8]1
R Γ X M Γ E F
Energy (eV)
0.0 2.0 4.0
-2.0 -4.0 -6.0 -8.0 -10.0 -12.0 (c) A15ᵓ㐀
R Γ X M Γ
Energy (eV)
0.0 2.0 4.0
-2.0 -4.0 -6.0 -8.0 -10.0 -12.0
E F (a) B2ᵓ㐀
R Γ X M Γ
Energy (eV)
0.0 2.0 4.0
-2.0 -4.0 -6.0 -8.0 -10.0 -12.0
E F (b) L12ᵓ㐀
Λ Σ
図
1 Al-Mn系におけるエネルギーの分散関係
Λ Σ
R1 R2
R3 R4 R5
図
2 3次元立方格子の
1st. BZ(a)とエネルギー分散関係
(b)3 結果・考察
3.1
負の価数の推定
図
1は
Al-Mnにおける各構造の分散関係を表して いる。
TM-3d成分は円で表示されている。
Fermi準
位付近に
TM-3d成分は強く局在し、一方で
TM-3d成分がほとんど存在しない部分のバンドは縮退し、図
2(b)の自由電子のような分散関係を示す。たとえば、
図
1(c)の
A15構造では、
-4ev以下の
R点付近の
6つ のバンドは下から順に図
2(b)に示した
R1, R2, R2, R3, R3, R4に割り当てることができる。
3dバンドよ り下の自由電子的なバンドの数は単位胞内の原子の数 の増加に伴い増えることがわかる。
TM-3d成分が存 在する領域はほとんどのバンドを
TM-3d成分が占め
るため、
TM-3d成分との混成が無くバンドが大きく
分裂している領域に注目する。
自由電子近似モデルでは、波数ベクトル
kと
k+ G(G:逆格子ベクトル
)の波の干渉効果により、
²(k)≈²(k+G)
でバンドが交差し分裂することでギャップ
が開く。そしてギャップ以下のバンドを電子が占有す ることで、バンドエネルギー全体を得することができ る。この自由電子でのエネルギーギャップにゾーン面 を割り当てる。
B2
構造では、
M点
(K = (1,1,0))付近の状態は 多くの
TM-3d成分を含んでいるため、
X点
(K = (1,0,0))を通り
Kに垂直な面をゾーン面とみなす。
L12
構造では、
R点
(K= (1,1,1))付近の状態は自由 電子的であるが、第二最低状態の
Γ点
(K= (2,0,0))多くの
TM-3d成分と混成している。そのため、
L12構造では、
R点を通り
Kに垂直な面をゾーン面と みなす。
A15構造では、自由電子バンドは高いエネ ルギー域まで存在する。図
2(b)でバンドが交差し ている点
Λ(K= (7/3,1/3,1/3),(−5/3,−5/3,1/3))や
Σ(K= (7/3,1/3,0),(−5/3,−5/3,0))を通る面と して、自由電子バンドのギャップに関するゾーン面と みなす。
バ ン ド エ ネ ル ギ ー の 縮 退 に 寄 与 す る 電 子 数 は 、 以上の議論で決定したゾーン面で構成された多面
2
体
(Pseudo-BZ)の体積から見積もる。それぞれの
Pseudo-BZの体積は、
(2π/a)3を単位として、
1(B2構造
), 4(L12構造
), 7.68(A15構造
)となる。体積が
(2π/a)3で与えられる第一
BZでの一つのバンドを電 子が占有したときの電子数は
2であるため、全電子数 は、
(2π/a)を単位として表した
Pseudo-BZの体積の 値の
2倍て与えられる。その結果、
B2, L12, A15構 造でそれぞれ
2, 8, 15.4と電子数を見積もることがで きる。これより価電子濃度
e/aは
1.0, 2.0, 1.92とな り、
Alの価電子数を
3と考えると一原子あたりの
Mnの有効原子価は
-1, -1, -1.32となる。構造の違いによ らず約
-1の負の価数を得ることができた。
[9]0 1 2 3 4 5 6 7 8
-10 -5 0 5 10
DOS [states/ev/cell]
ENERGY [ev]
Al3Mn_total total - Mn_d NFE
Σ Λ
図
3 Al3Mnの状態密度
(A15構造
)図
3に
A15構造の
Al3Mnの状態密度を示した。赤 線が全状態密度を表わし、緑線が自由電子近似
(NFE)を表わす。図中の縦線はゾーン面として見積もった対 称点とその近くに見られる擬ギャップの位置を示し ている。
A15構造は比較的球に近い
Pseudo-BZが得 られるため、見積もった点と擬ギャップ一致するた め、状態密度からも負の価数を見積もることができ た。図に示した擬ギャップまで
sp-DOSを積分する と
(e/a)T Mは
−1.4となり、バンド分散から得た結 果と近い値となった。擬ギャップまでの積分を実行し て得られた値もそれぞれの構造でバンド分散から得ら れた値と近い値を得ることができ、擬ギャップまでの 自由電子数を求めることで負の価数を得ることができ る。そこで
γ-brass構造に対して状態密度を積分する ことで負の価数を見積もる。
図
4中に示した縦線が擬ギャップの位置を示して いる。そのエネルギーまで自由電子的なバンドを積 分することで、負の価数を見積もる。
Mn2Al11では、
0 5 10 15 20
-10 -5 0 5 10
DOS [states/ev/cell]
ENERGY [eV]
Mn2Al11_total total - Mn_d NFE
図
4 Mn2Al11γ-brass構造の状態密度
sp-DOS
を擬ギャップまで積分することで
(e/a)T Mは
-1.31となった。同様にそのほかの
TMに対して同 様の解析を行うと、
Ti:-0.21, V:-0.48, Cr:-0.88, Fe:- 1.71, Co:-2.08, -Ni:-1.36, Cu:-1.65と負の価数の値を 得ることができた。
Scは
Fermi準位まで擬ギャップ が存在しなかったため負の価数の値を得ることができ なかった。擬ギャップの位置を明確に突き止めること はできなかったが、
γ-brass構造でも擬ギャップまで 積分を実行することでそれぞれの
TMで負の価数を 得ることができた。擬ギャップにより価電子数が制御 されていると考えることができる。
3.2
負の価数の物理的解釈
NSP - ZTM Nd + ZTM EZB EF
ENERGY
DOS
図
5 Al-TM化合物の状態密度の概念図。
図
5に
Al-TM化合物の状態密度の概念図を示し
た。状態密度の底から
EZBまでを
sp電子が占有し ており、
EZBから
EFまでを
d電子とそれと混成 した
sp電子が占有している。
EZBまでの電子を価 電子と考えると負の価数を見積もることができた。
この負の価数の値を
ZT Mとする。得られた負の価 数だけ電荷の移動が生じていると解釈すると、それ ぞれのエネルギー域の電子数は、状態密度の底から
3
EZB
まで
NSP −ZT Mで与えられ、
EZBから
EFまで
Nd+ZT Mと考えられる。つまり、負の価数と は
spバンドと
dバンドが混ざり合っている結合状態
(Nd+ZT M)を埋めるように、価電子が
spのみのバ ンド
(NSP−ZT M)から与えられることを意味してい る。以上の議論をまとめ結論とする。
•
自由電子的なバンドを占める価電子数
NSP − ZT Mは、
FS-BZ相互作用を得するような値と なっている。
•
その結果、
sp状態と混成した
dバンドの占有数
Nd+ZT Mが決まるが、この占有数は
sp-d混成 により生じた擬ギャップに
Fermiエネルギーが 一致するとき、もっとも大きな凝集エネルギーが 得られる。
4 まとめ
B2
、
L12、
A15、
γ-brass構造について
Al基遷移金 属化合物の電子構造を調べてきた。
B2、
L12、
A15構
造では
TM-3dバンドと強く混成していないエネル
ギーバンドに注目した。自由電子近似のバンドのエネ ルギーギャップが開くところをゾーン面として割り当 てることで、
Pseudo-BZを定め、有効原子価
e/aの 値を求めた。全ての構造において
Fermi準位まで状 態密度を積分しても負の価数を得ることができなかっ たが、バンド分散に見られるギャップまで積分を実行 することで負の価数の値を得ることができた。
Mnで は約
-1の負の価数を得ることができた。しかし、
B2、
L12、
A15構造では異なる
TMに対して同じ負の価 数を得る結果となった。そこでバンド分散に見られる ギャップ付近で状態密度に擬ギャップのような状態 密度が落ち込むところが見られたため、それに注目し た。
A15構造は比較的複雑な構造をしているためバ ンド分散から見積もったエネルギーと擬ギャップの位 置がほぼ一致した。その点まで状態密度を積分を実行 することでそれぞれの
TMに対して負の価数を得る ことができたが、
-1.5前後の値となった。複雑な構造
は、擬ギャップの位置が特定しやすいため、より構造 が複雑な
γ-brass構造で有効原子価を見積もった。結 果はそれぞれ異なる値となり、それぞれの
TMに対 して負の価数を得ることができた。
構造の違いにより負の価数の値は異なる結果となっ たが、今回の議論で重要なことは、負の価数に対する 新たな解釈である。
Al-TM化合物は負の価数をもつ
TMにより混成した
dバンドが自由電子を取り込み、
自由電子的なバンドの占有数が決まり擬ギャップの位 置が制御されていることが負の価数の物理的な解釈で ある。
参考文献
[1] Raynor G.V, Prog. Metal Phys.,1, 1 (1949) [2] G.Trambly, D.Nguyen, and D.Mayou, Prog.
Materials Science,50, 679-788 (2005) [3] Y.Ishii,
金属
,74, 1, 24-27 (2004)[4] U.Mizutani, R.Asahi, H.Sato, and T.Takeuchi, Phys.Rev.B.,74, 235119 (2006)
[5] P.Hohenberg and W.Kohn, Phys. Rev.B.,136, 864 (1964)
[6]
小口多美夫
:バンド理論
,内田老鶴圃
(1999) [7] J.P.Perdew, K.Burke, and M.Ernzerhof,Phys.Rev.Lett.,773865 (1996)
[8] P.Blaha, K.Schwarz, G.Madsen, D.Kvansnicka, and J.Luitz, WIEN2k, An Augumented Plane Wave + Local Orbitals Programa for Calculating Crystal Properties.
Karlheinz Schwarz, Tech. Univ. Wien, Austria (2001)
[9] K.Watanabe, Y.Ishii, Z. Kristallogr.,223, 739- 741 (2008)
4