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フォリナー・ライティングの 具体例とその分析

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(1)

フォリナー・ライティングの 具体例とその分析

今西利之

要旨

日本語を母語としない者(本稿では特に留学生)を対象とした文書による情報伝 達において、日本語教師は相手の言語能力が十分ではないことを意識して自らの母 語の運用に変更を加え、相手への円滑な情報伝達を図ろうとする。このフォリナー・

ライティングはある言語(本稿では日本語)を母語としない者が、自らの行動を円 滑に行うために必要となる情報を得ることを目的として読む文書(文章)を作成す る際に必要となる。本稿では日本語教師がFWで作成した文書(文章)を例示し、

そのもととなった文章と対照しながらFWの分析を試みた。

1.はじめに

本稿は、今西(2006)に引き続き、日本語を母語としない者(特に留学生)

を対象とした文書による情報伝達において、情報の伝達を円滑に行うため手 段として必要であると考えられるフォリナー・ライティング(以下FW)を テーマとし、日本語教師がFWで作成した文章の具体例を示すとともに、も ととなった文章と対照しながらFWの分析を試みる。以下、第2節ではFW の定義を再確認し、第3節でFWが必要となる文書(文章)のタイプについ て論ずる゜そして第4節で文書(文章)のタイプ別にFWの具体例の提示と その分析を行い、第5節でまとめにかえてFWの問題点について述べる。

2.フォリナー・ライティング(FW)とは

次の文章は、熊本大学が新入留学生に対して入学時に配布している『留学 生の手引き』の中に出てくるものである。(1)

(1)熊本大学の留学生センターは、みなさんに日本語などの授業や生 活のアドバイスをするために1995年にできました。留学生センター には、日本語の教室や留学生交流室、コンピュータ室や教員の研究

-1-

(2)

室などがあります。留学生センターでは、みなさんが留学生生活を 有意義に送れるよう支援していますので、十分に活用してください。

また、要望などがあったら気軽に先生方へ申し出てください。

この文章で使われている語を、日本語の難易度を測るためによく用いられる

『日本語能力試験出題基準[改訂版]」を基に分析してみると、以下の語はい わゆる初級レベルとされる4級および3級語彙表の中に含まれていない。

センター、日本語、アドバイス、交流、有意義な、支援する、活用 する、要望、気軽な、~方、申し出る

従って、日本語能力がいわゆる初級修了レベルである留学生にとって、この 文章(特に後半部分)を読んでその内容を理解することはかなり難しいこと

なのではないかと予想される。(2)

では、次の文章の場合はどうだろうか。

(2)熊本大学の留学生センターは、みなさんに、日本語の授業や生活 のアドバイスをするために1995年にできました。留学生センターに

}よ日本語の教室や留学生交流室、コンピュータ室、先生の研究室が あります。留学生センターは、留学生の承なさんの役に立つところ です。いつでも来て、使ってください。また、わからないことや、

困ったことがあったら、いつでも先生に聞いてください。

この文章は、日本語能力がいわゆる初級修了レベルの留学生にとって理解し やすいように(1)の文章を日本語教師が書き改めたものである。(3)留学生が 初級レベルの日本語教育で学習したであろう語彙・表現を駆使することによっ て(1)とほぼ同じ内容の文章に書き改められており、留学生にとってもその 内容を理解するのが容易になっていると考えられる。

ここで行った作業はFWにあたる。今西(2006)で述べたようにFWと は「ある言語を母語とする者が、その言語を母語としない者へ文書で情報伝 達を行う際に、相手の言語能力が十分ではないことを意識して自らの母語の 運用に変更を加え、相手への円滑な情報伝達を図ろうとすること」である。

情報伝達の相手が日本語を母語としない者(留学生)ではないという点で

-2-

(3)

FWとは異なるが、例えば小中学校の教員は、児童・生徒に配布する文書を 作成する時と保護者に配布する文書を作成する時とで、またある分野の専門 家は学術論文であるか啓蒙書であるかによって、使用語彙・表現や文体等を 変えているはずである。これらの例をあげるまでもなく、相手の言語能力 (あるいは知識)を意識して自らの言語運用を変更し、相手への円滑な情報 伝達を図ろうとすること自体はなにも特別なことではない。しかし、情報伝 達の相手が日本語を母語としない者(留学生)である場合の言語運用の変更 は、日本語を母語としない者(留学生)の日本語学習経験の有無や日本語能 力の如何にかかわりなく、FWという形ではなく、使用言語の変更(相手の 母語か英語の使用)という形で現れるのが一般的である。のその一方で、日 本語教師の多くは、日本語学習の一環という教育的な配慮も視野に入れつつ FWを用いて文書を作成することが多い。もし日本語教師が持っているFW のスキルを分析・一般化し、日本語教師以外の日本語を母語とする者に示す ことができれば、日本語を母語としない者への文書の作成、および文書によ る情報伝達が容易になるのではないかと考えている。

3.フォリナー・ライティング(FW)が必要な文書とは

では、FWが特に必要となるのはどのような種類の文書(文章)なのだろ うか。ここではある文書(文章)がどんな目的で読まれるのかという視点か ら考えてみよう。

ある文書(文章)が読まれる時、その目的は当然多種多様であり、かつ一 つの目的に限定されているわけではないが、おおむね次の三つに分けられる であろう。-つ目は、読むという行為自体や文書(文章)の内容を楽しむこ とを目的とした「楽しみ読み」である。休憩時間や移動の合間に文芸作品や 小説、週刊誌や新聞の記事を読んだりすることが代表的な例である。二つ目 は、読むことを通じて、必要な情報を手に入れようとする「実用読み」であ る。学術論文を読んで新たな知見を得ようとする、機器等を操代するために 説明書を読む、手続き等を円滑に進めるためにガイドブックを読むといった ことがこれに該当する。三つ目は、読むことを通じて、言語知識を得たり言 語運用能力を高めることを目的とした「学習読み」である。このタイプの読 永は特に外国語学習の際に行われることがほとんどであり、目標言語に慣れ る、新しい語彙・表現および文法項目を学ぶ、既習の語彙・表現および文法項 目を確認するといったことが目的になっている。

-3-

(4)

一つ目の「楽しみ読恐」の場合、文書(文章)の内容が理解できなかった としても、読み手が何らかの不利益を被るとは考えられないし<そもそも母 語以外の言語で書かれた文書(文章)を「楽しみ読み」の対象として選択す るような読み手は、その言語に関する高い能力を有していると考えられる。

従って、FWの必要性はそれほど高くないと言える。二つ目の「実用読み」

の場合、通常読み手は何か新しい情報を必要としており、その情報を手に入 れたいという動機が働いている。もし文書(文章)の内容が理解できなけれ ば、読み手に何らかの不利益が及ぶ可能性が高い。「実用読み」の例として あげた三つのうち、学術論文の場合の不利益は学問上のことにとどまるが、

機器操作のための説明書や手続き進行のためのガイドブックの場合の不利益 は、読み手の生活を脅かすことも考えられる。従って、「実用読み」で読ま れる文書(文章)、特にその内容が生活に根ざしたものであればあるほどF Wの必要性が高くなると考えられる。三つ目の「学習読み」の場合、仮にF Wを行ったとしても、それは「相手への円滑な情報伝達を図ろうとするこ と」を第1の目的としたものではない場合が多い。従って、本稿で議論して いるFWとはその性格や目的がやや異なるものであると考えられる。⑤

以上の議論から、FWの必要性が高い文書(文章)は、「ある言語(本稿 では日本語)を母語としない者が、自らの行動を円滑に行うために必要とな る情報を得ることを目的として読む文書(文章)」ということになる。具体 的には次のような情報が書かれている文書(文章)がFWの対象になると考 えられる。

・各種制度に関する情報

・各種手続きに関する情報

・遵守すべき規則や社会通念として守るべき習慣等に関する情報

・各種行事の開催に関する情報

・緊急時の対応に関する情報

4.フォリナー・ライティング(FW)の具体例とその分析

この節では、前節であげたFWの必要性が高いと考えられる情報を含む文 書(文章)別にFWの具体例を見ていくとともに、その分析を行う。

4.1各種制度に関する'情報

次の文章は、チューター制度を紹介したものである。

-4-

(5)

(3)日本に来たばかりで日本語や日本についての知識がまだ十分でな い留学生を支援するためにチューターをつける制度があります○科 目等履修生を除くすべての留学生はチューターを要求することがで きます。チューターをつけることができる期間は、大学院生・研究 生は1年間、学部生は2年間以内、交換留学生は半年間です。詳し

くは、留学生室でたずねてください。(原文)

第1文は次の(4)で示するように「~ために」節の内部に連体修飾節があり、

その連体修飾節の内部が並列節になっており、複雑な構造をした文である。

.●

(4)[[[[曰本に来たばかりで][日本語や日本についての知識がまだ十 分でない]]留学生を支援するために]チューターをつける制度が あります。]

また、「~ために」節がチューター制度の目的を述べることとチューターの 定義を述べることの二つの役割を果たしていると考えられる。第2文は「留 学生にはチューターをつける権利がある6」という情報が主節で、「その中に 例外がある」という情報が従属節で述べられている。しかし主節で述べられ ている情報は第1文から容易に推測できるはずなので、従属節で述べられて いる情報こそがこの文で伝えるべき情報であると考えられる。第3文は、連 体修飾節「チューターをつけることができる」の主名詞「期間」を「の」に 換え、次の(5)のようにしても、命題レベルでの意味はそれほど変わらない。

(5)チューターをつけることができるのは、大学院生p研究生は1年 間、学部生は2年間以内、交換留学生は半年間です。

このことから、この第3文は分裂文とほぼ同じ構造をしていると見なすこと ができる。曰本語教育学会編(2005)によると、分裂文は「文のある要素に 特別の注意を向けるために、通常の語順を変えて、その要素を特定の位置に 取り出すための構文」と定義されている。確かに第3文では、チューターが つけられる具体的な期間に読み手の注意を向ける必要がある。しかしそのこ とによって、「通常の語順」ではない語順になっているわけである。第4文 では、「詳しくは」という表現が使われている。この表現を初級レベルの日

-5-

(6)

本語教育で学習する文法を用いて分析すると、イ形容詞「詳しい」から派生 した「詳しく」が助詞「は」によって主題化、あるいはパラディグマティッ クな関係にある他の副詞と対比されているということになる。さらに言えば、

「詳しくは」を読んだときに、そのあとには副詞「詳しく」の意味を説明す る解説部分が来るのではないかとの予測をたてる者もいるかもしれない。

これらの問題点をふまえて(3)の文章をFWで書き換えると次の(6)のよう な文章になる。

(6)チューターは留学生のお手伝いをする学生です。日本に来たばか りで、日本語や日本のことがよくわからない留学生はチューターを つけることができます。(科目等履修生はチューターをつけること ができません。)大学院生と研究生は1年間、学部生は2年間、交 換留学生は半年間チューターがつけられます。わからないことがあっ たら、留学生室で聞いてください。(FW)

第1文では「チューター」という語の定義を述べている。このことにより、

この文章が何をテーマとした文章であるのかが読み取りやすいと考えられる。

第2文では、(3)の第1文を利用し、「留学生にはチューターをつける権利が ある」ということを述べている。この結果、(3)の第1文が二つの文に分割 され、文構造の複雑さが幾分軽減されると考えられる。第3文では基本的な 文型を用いて例外の存在という重要な情報をカッコ書きで述べている。第4 文では、分裂文ではなく「通常の語順」を用いることにより文構造の複雑さ を軽減している。最後に第5文では、使用語彙を変更するとともに、初級レ ベルの文法で説明可能な「わからないこと」という表現を用いている。なお FWの結果、原文から削除された語(句)と新たに使用された語(句)は以 下の通りである。

-6-

削除された語(句) 新たに使用された語(句)

~について、知識、十分な、支援す る、制度、除く、すべて、要求する、

以内、詳しい、たずねる

お手伝いをする、学生、よく、わか

る、聞く

(7)

4.2各種手続きに関する情報

次の文章は、アパート等を新たに借りた留学生が、そこで生活を始めるた めに必ず行わなければならないガス開栓手続きについて述べた文章である。

(7)西部ガスに連絡し、あなたの氏名、住所、電話番号、使用開始希 望日を知らせます。サービスマンがガスを接続に来る使用開始時に は、あなたの立ち会いが必要です。サービスマンからガスの安全な 使用法についての説明がありますので、日本語に自信のない人は日 本語の上手な人に付き添ってもらうと良いでしょう。(原文)

第1文は並列関係にある二つの節からなる複文である。この文の前件の動 詞「連絡する」と後件の動詞「知らせる」に関して、小泉保他編(1989)に は、次のような記述がある。

連絡する:必要な情報などを関係者に知らせる。

《文型a》[人・組織]{が/は/から}[人]に[事・時・所]{を/について)

連絡する

知らせる:情報などを他人に伝える。

《文型a》[人・組織・機器](が/は}[人・組織]に[事。知らせ]を知ら

せる

このことから、両動詞は類義関係にあり、'それぞれの動詞は同じ格枠組みを 有していることがわかる。従って、わざわざ複文にしなくてもその内容を読 み手に伝えることは十分可能であると考えられる。第2文は、「ガスを接続 する」という表現と「使用開始時にサーピスマンが自宅に来る」という情報 が連体修飾節(非限定的修飾)で表現されているが、これに対して筆者は少 なからず違和感を感じる。また、第3文の文末「~と良いでしょう」も日本 語としてこなれた表現であるとは感じられない。そこで(7)に対する英訳を 見たところ、次の(8)のように書かれていた。

(8)Tostartyourgasservice,contacttheSaibuGasCompany andprovideyourname,address,telephonenumber,andthe dateonwhichyouwouldlikeyourgasserviceconnected.

-7-

(8)

Youmustbeathomewhenthegasisconnectedsmcethe servicemanwillexplainhowtousethegasservicesafely、If youdon,tunderstandJapaneseverywen,itmightbewiseto haveaJapanesespeakerwithyouatthattime.

(7)と(8)を比較してわかることは、(7)の日本語の中に(8)の英語を直訳した ような部分があるということである。(8)の第1文が複文になっていること、

また第2文、第3文に対して筆者が感じた違和感の原因はここにあるのでは ないかと推測できる。(7)の文章の作成者および作成過程に関して、筆者は 情報を一切持ち合わせていないので断言はできないが、次のような推測が可 能であろう。

(a)この文章の作成者は日本語を母語としていない。

(b)まず初めに英語の文章が作成され、それを日本語に翻訳した。た だし、日本語の文章としての自然さは検討されていない。

(c)この文章の作成者は日本語の文章を先に作成したが、英語からの 翻訳に近い日本語が日本語を母語としない者(留学生)にとってわ かりやすい日本語であると考えていた。

仮に(a)あるいは(b)であったとしても、これに関してFWの観点から論ずる ことは特にない。しかし、もし(c)のような考えに基づいて(7)の文章が作成 されたとしたら、それはFWとは言えないであろう。日本語を母語としない 者(留学生)にわかりやすい日本語を書こうとしたことは評価できるが、F Wは日本語としての自然さを保ったものでなければならないと考えている からである。

さて、(7)の文章をFWで書き換えると次の(9)のような文章になる。

(9)ガスの会社(西部ガス)に、あなたの名前、住所、電話番号、ガ スをはじめて使う日を連絡してください。はじめて使う日にサーピ スマンがあなたの家に来て、ガスの使い方を説明します。日本語が よく分からない人は、日本が上手な人といっしょに説明を聞いてく ださい。(FW)

-8-

(9)

第1文は、並列節を用いず、動詞「連絡する」を述語とし、「~に~を動詞」

という基本語順の文にしている。また「使用開始」という漢語名詞の使用を 避け、連体修飾節の形で表現した。第2文と第3文では、翻訳調になってい る部分を改めるとともに、第2文で「サーピスマン」が行うこと、第3文で 読み手が行うことを整理して述べることで、それぞれの文における動作主の 統一をはかった。なおFWの結果、原文から削除された語(句)と新たに使 用された語(句)は以下の通りである。

4.3遵守すべき規則や社会通念として守るべき習慣等に関する情報 次の文章は、留学生に対して過剰なアルバイトをしないように注意を促し ている文章である。

(10)学生にとってアルバイトは修学のための補助的手段ですので、学 業に支障をきたさないよう十分考慮してアルバイトを行ってくださ い。(原文)

この文章は一つの文でできているが、その中には複数の従属節が含まれてお り、複雑な文構造になっている。また、使用語彙の難易度もかなり高いと思 われるので、文の内容を理解するためには高い日本語能力が必要であると考 えられる。このため寸読永手の日本語能力によっては「アルバイトを行って ください。」の部分だけしか理解できず、その結果「アルバイトを奨励して いる」文章ではないかとの誤解を生む可能性も否定できない。

次にFWを行った文章を見てみよう。

(11)学生は勉強をしなければなりません。それから、アルバイトは勉 強ほど大切ではありません。勉強の時間がなくならないようにして

ください。(FW)

-9-

削除された語(句) 新たに使用された語(句)

氏名、使用(する)、開始(する)

希望(する)、知らせる、接続(す る)

 ̄、ザ

時、立ち会い、必要な、安 全な、~法、自信、付き添う

名前、使う、会社、はじめて、家

来る、使う、~方、よく、わかる、

~といっしょに

(10)

(11)は(10)とは異なり、短い文が多用されている。また、文章の最後で「~

ないようにしてください」が用いられていることにより、この文章の主たる 目的が、してはいけないことに関する情報伝達であることが明示的に示され ている。今西(2006)でも指摘したが、FWにおいては読み手に対する行為 要求を明示的に示す表現(「~てください」「~ないでください」「~ましよ

う」「~なければなりません」等)が多用される。また、これら表現によっ て聞き手に要求される行為の内容も具体的であればあるほど、日本語を母語 としない者にとってわかりやすい日本語になると考えられる。なおFWの結 果、原文から削除された語(句)と新たに使用された語(句)は以下の通り である。

4.4各種行事の開催に関する情報

次の文章は留学生を対象として学内で交通安全教室が開催されることを知 らせる案内文である。

(12)以下の日程で交通安全教室を開催します。留学生は6月6日、あ るいは6月7日に開かれる安全教室のどちらかに必ず参加してくだ さい。(原文)

この文章で読永手が必ず理解しなければならない語は「交通安全教室」とい う名詞である。国際交流基金(2002)を見ると「交通」「安全(な)」「教室」

はいずれも4級および3級語彙表の中に含まれている。しかしこれらが複合 した場合の意味を留学生が理解できるかどうか不安が残る。特に名詞「教室」

は初級レベルでは「授業を行う部屋」の意味で留学生に理解されいている可 能性が高く、「指導等を行う催し」の意味で理解されるかどうかわからない。

また、留学生はこの文章を読んで、その文脈から「2回の交通安全教室が同 じ内容であること」を読み取らなければならない。

次にFWを行った文章を見てみよう。

-10-

削除された語(句) 新たに使用された語(句)

修学、~のための、補助的な、手段

学業、支障をきたす、十分、配慮す

勉強する、~ほど、大切な、時間 つかれる、-~すぎる

(11)

(13)6月6日と6月7日に「交通安全教室」があります。「交通安全 教室」では、警察の人が日本の交通ルール(道を歩いたり、自転車 に乗ったり、車を運転する時のルール)を説明してくれます。6日 と7日は同じことを説明します。(時間と場所は下に書いてありま す。)留学生のみなさんは、6日か7日に必ず来てください。(FW)

この文章では、「交通安全教室」でどのようなことが行われるのかを第2文 で述べるとととも、その中の「交通ルール」の後ろにカッコ書きで具体例を 示し、「交通安全教室」「交通」の意味が理解できない留学生に配慮している。

また、第3文で、原文において文脈から読み取らなければならなかった意味 が明示的に示されている。なおFWの結果、原文から削除された語(句)と 新たに使用された語(句)は以下の通りである。

4.5緊急時の対応に関する1情報

次の文章は地震発生時の対応を述べたものである。

(14)落下物で怪我をしないように、毛布やクッションなどで頭を保護 し、大きなゆれがおさまるまでテーブルの下やドアフレームの下へ 避難しましょう。(原文)

この文章は一つの文でできているが、(10)と同様に、複数の従属節が含まれ ており、複雑な文構造になっている。また、使用語彙の難易度もかなり高い と思われるので、文の内容を理解するためには高い日本語能力が必要である と考えられる。この文章をFWで書き換えると次の(15)のような文章になる。

(15)上から何かが落ちてきて、頭にあたるかもしれません。クッショ ンなどで頭を守りましょう。それから、地震が終わって静かになる までテーブルや、ドアフレームの下にいましょう。(FW)

-11-

削除された語(句) 新たに使用された語(句)

以下、日程、開催する、あるいは、

参加する 警察、来る、日本、交通ルール、道、

歩く寸自転車、乗る、車、運転する、

説明する、同じ、~回、時間、場所、

下、書く

(12)

この文章でも(11)と同様に短い文が多用されている。また、使用語彙も初級 レベルの学習語彙が使われている。特に第2文には今西(2006)で指摘した

「隣接する事柄(事態)の使用」が用いられている。これは、「事柄(事態)

の時間的な推移の中から基本的な語彙で表現することが可能な関連性のある 別の事柄(事態)を選ぶ」という方法である。つまり原文にある「揺れがお さまる」という事柄の結果FWの「地震が終わる」という事柄になり、「避 難する」という事柄の結果FWの「(安全な場所に)いる」という事柄にな るわけで、それぞれ後者の方がより基本的な語彙で表現されていると考えら れる。なおFWの結果、原文から削除された語(句)と新たに使用された語

(句)は以下の通りである。

5.フォリナー・ライティング(FW)の課題

この節では、FWの課題について簡単に述べ、本稿のまとめにかえる。

5.1FWを行うことが難しい語(句)

FWを行なっていると、他の語(句)を用いて書き換えることが難しい語 (句)に出会うことがある。例として以下のような語(句)があげられる。

外国人登録証明書、入国管理局(入管)、国民健康保険、授業料、

成績証明書、免除、履修登録、成績、健康診断、家賃、敷金、手数 料、保証人、口座、通帳、暗証番号、速達、書留etc.

これらの語(句)は、それが指し示す事物の具体性が非常に高いため、語 (句)のレベルでFWを行うことが難しい。また、無理にFWを行おうとする と、辞書等での意味記述のようなかたちにならざるを得ない。更に、制度や 慣習等に関する知識が必要なものもある。一方で、日本語を母語としない者 (留学生)が日本で生活を送る上で欠かせない語(句)でもある。このよう な語(句)については、FWを行った文章の中でも制度・慣習等の説明をす

-12-

削除された語(句) 新たに使用された語(句)

落下物、怪我をする、毛布、保護す る、大きな、ゆれ、おさまる、避難 する

上、何か、落ちる、あたる、

守る、地震、終わる、静かな、なる いる

(13)

るなどして文脈からその語の意味を読み手が推測できるように配慮した上で そのまま使用するしかないと思われる。(可能であれば挿絵等の補助的な手 段による例示も必要であろう。)また、日本語教育の早い段階で学習すべき 語彙として日本語学習者に提示しておくことも必要なのかもしれない。.

5.2「一般の日本人」にフォリナー・ライティング(FW)が可能か 前田(2006)では日本語教師が「一般の日本人」と異なる点として、「自 分の言葉をコントロールできる」ということがあげられている。日本語教師 は、日本語学習者が日本語学習のどの段階で、何を、どのように学習してい くのかを知っており、日本語学習者にとって何が易しくて何が難しいのかを 経験からある程度判断できるのである。そして、その前提として自らの母語 である日本語を客観的に分析することが求められている。筆者は「自分の言 葉をコントロールする」能力が日本語教師だけに備わった能力であるとは思 わない。なぜなら第2節で述べたように日本語教育に携わっていない「一般 の日本人」も子供やある分野の知識が少ない者を相手にする時には「自分の 言葉をコントロール」しているからである。日本語教育に携わっていない

「一般の日本人」も日本語学習者にとって何が易しくて何が難しいのかをあ る程度判断できるようになれば、FWは十分可能であり、それは日本語以外 の言語を身につけることよりもはるかに容易なことであろう。一方で日本語 教師は自身が自分の言葉をどのようにコントロールしているのかを分析し、

具体的なかたちで提示していかなければならない。

5.3フォリナー・ライティング(FW)の是非

今西(2006)および本稿は、FWが有用で必要なものであるとの前提にたっ てきた。これは、河原(2005)が指摘する「言語サービス」(6)のという立場 でFWを位置づけているからである。一方、尾崎(1999)では、話し言葉を 対象としたフォリナー・トーク(以下FT)に関する議論の中で、「FTが常に わかりやすさにつながるわけではない」「第一言語話者の心理的な負担と疲 労」「中間言語話者の不快感や被差別感」「日本語の習得への影響」といった 問題点が指摘されている。FTにおけるこれらの問題点は当然FWにもあて はまるが、残念ながら本稿で議論を行う用意はできていないので、今後の課 題として残しておきたい。

-13-

(14)

(1)この手引きは事務組織(国際課)が作成しており、見開きの左ページが 日本語、右ページが英語になっている。

(2)漢字が読めるかどうかについては、本稿では考察の対象としない。

(3)本稿でFWの具体例として提示する文章は、筆者自身が行ったものと、

高等教育機関等で初級レベルの日本語クラスを担当したことがある日本 語教師7名に書き換えを行ってもらい、筆者が修正を行ったものである。

書き換えに際しては、「もとの文章を初級後半から中級前半レベルの日 本語学習者に理解可能な文章にする。」という指示のみを与え、使用語 彙等についての具体的な基準は設けていない。

(4)母語や英語の使用についての問題点は今西(2006)で指摘した通りであ る。

(5)宮谷(2005)には「これまでの『読む』教材は、文型積み上げ式の理念 に沿った「無目的な文法」が含まれた素材集であり、文章中の文法・語 彙を学習することが読解教育であると取り違えられてきた。」との指摘 がある。もし「読む」教材が「相手への円滑な情報伝達を図ろうとする こと」を視野に入れたものであれば、本稿での「実用読み」に近づくの

でFWの対象となるであろう。

(6)河原(2005)は、「外国人が理解できる言語を用いて、必要とされる情 報を伝達すること」を「言語サービス」と名付け、「その地域に住む外 国人のすべての言語でサービスを行うことは理想であるが、現実には不 可能である。」とした上で、「予算や翻訳者が足りなくて、母語で言語サー ビスの提供が無理なときは、現状でも実現可能な方法を探すことになる。

それは『平易な日本語』による言語サービスの提供である。」と述べて いる。

参考文献

今西利之(2006)「文書による留学生への情報伝達をめぐって-『フォリナー・

ライティング』研究にむけた取り組み-」『熊本大学留学生センター紀 要』第9号(熊本大学留学生センター)

尾崎明人(1999)「フォリナートークの功罪」『月刊言語』第28巻第4号 大 修館書店)

河原俊昭(2005)「外国人への言語サービスとは何か」『日本語学』11月号

(24巻11号)(明治書院)

小泉保他編(1989)『日本語基本動詞用法辞典』(大修館書店)

国際交流基金(2002)『日本語能力試験出題基準[改訂版]」(凡人社)

日本語教育学会編(2005)『新版日本語教育辞典』(大修館書店)

-14-

(15)

前田直子(2006)「日本語教育とステレオタイプ」『文学』第7巻第6号(岩 波書店)

宮谷敦美(2005)「読むための日本語教育文法」野田尚史編『コミュニケー ションのための日本語教育文法』(くるしお出版)

参考資料

『留学生の手引き2006年度版』(熊本大学留学生センター、国際課)

『Livinglnfomnation』(熊本市国際交流振興事業団)[Webページhttp://www,

kumamoto-ifor.』p/より]

その他熊本大学で留学生を対象に配布、掲示されている各種文書

謝辞

本稿の執筆にあたり、以下の方にご協力いただきFWの作業を行った。

こに記して感謝の意を表す。

岩谷美代子片山きよみ島本智美日隈智子舛井雅子 松本妙子柳田恵里子(五十音順)

※本稿は熊本大学学内研究助成、平成18年度科学研究補助金申請・採択増の 方針に基づくインセンティプ、研究題目「日本語学習者に対する『フォリ ナー・ライティング』の基礎的研究」の研究成果の一部である。

-15-

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