Scedosporium prolificans による真菌血症を起こした 骨髄異形成症候群の 1 症例
1)滋賀県立成人病センター臨床検査部,2)同 血液・腫瘍内科,3)千葉大学真菌医学研究センター臨床感染症分野
西尾 久明
1)内海 貴彦
2)中村由紀子
1)鈴木 孝世
2)亀井 克彦
3)齋藤 崇
1)(平成 22 年 12 月 6 日受付)
(平成 23 年 9 月 5 日受理)
Key words : Scedosporium prolificans, fungemia, myelodysplastic syndrome
序 文
医療の高度化に伴いコンプロマイズドホストが増加 している現在,深在性真菌症の早期診断・治療は極め て重要である.特に近年わが国では,血清学的・真菌 学的診断技術の進歩による新興真菌症の報告1),新規 抗真菌薬の登場,深在性真菌症の診断・治療ガイドラ イン2)の公表により真菌感染症に対する関心が高まり つつある.
今回われわれは,骨髄異形成症候群(MDS)患者 に合併した肺炎の治療中に本邦での分離報告としては 非常にまれなScedosporium prolificansによる真菌血症 例を経験したので真菌学的考察を加えて報告する.
症 例 患者:83 歳,男性.
主訴:呼吸苦,発熱.
既往歴:75 歳大動脈弁(人工弁)置換術.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2008 年 11 月,近医にて血小板減少を指摘 され,2008 年 12 月,当センター血液・腫瘍内科を受 診.検査の結果,MDS と診断し,血小板輸血と副腎 皮質ホルモン剤内服投与にて外来で経過観察してい た.2009 年 1 月,呼吸苦が出現し,肺炎疑いのため 当センター血液・腫瘍内科に入院となった.
入 院 時 現 症:身 長 156.0cm,体 重 61.4kg,体 温 38.1℃,脈拍 90!分・整,血圧 130!76mmHg.結膜に 貧血・黄染なく,心肺に valver click の他明らかな異 常音聴取せず.皮膚に点状出血・紫斑を認めた.
入院時検査所見(Table 1):胸部単純 X 線および CT において両側上葉に浸潤影を認め肺炎と診断し た.
血液検査は WBC 400!μL および Platelet 2.3×104! μL と著減を認めた.白血球分画では好中球を認めず,
リンパ球 92%,異型リンパ球 2% であった.凝固線 溶系検査は PT 2.47(INR)と延長する一方で,fibrino- gen 667mg!dL と高値であった.生化学検査は CRP 34.28mg!dL,BUN 52.4mg!dL,creatinine 1.76mg!dL と高度の炎症と腎不全を反映していた.LDH は 336 IU!mL と軽度増加していた.血清学的検査は,カン ジダ抗原(カンジテック),アスペルギルス抗原およ びクリプトコッカス抗原はすべて陰性,β-D グルカン
(β―グルカン テストワコー)は 2.6 未 満 pg!mL,エ ンドトキシンは 1.5 未満 pg!mL であった.
喀痰の一般細菌検査では常在菌のみ検出され,喀痰 の抗酸菌検査および血液培養検査では菌は検出されな かった.尿中肺炎球菌抗原およびレジオネラ抗原は陰 性であり,肺炎の起炎菌と判定されるものは検出され なかった.
臨床経過(Fig. 1):肺炎に対して meropenem(0.5 g×3!day)お よ び minocycline(100mg×2!day)の 抗菌薬に加え,γ―グロブリンを投与した.原疾患およ び無顆粒球症に対して血小板輸血および G-CSF 投与 を行った.第 11 病日に体温の上昇を認め肺炎も改善 しなかった た め,抗 菌 薬 を teicoplanin(200mg×1! day)と tazobactam!piperacillin(4.5g×3!day)に 変 更した.さらに同病日,発熱性好中球減少症に対する 抗真菌療法として voriconazole(VRCZ:経口 400mg!
day)を開始した.
第 15 病日頃より見当識障害の増悪・不穏を認めた 症 例
別刷請求先:(〒524―8524)滋賀県守山市守山 5 丁目 4 番 30 号
滋賀県立成人病センター臨床検査部
西尾 久明
Fig. 1 Clinical course
MEPM: meropenem, BIPM: biapenem, MINO: minocycline, PZFX: pazufloxa- cin, TEIC: teicoplanin, TAZ/PIPC: tazobactam/piperacillin, VRCZ: voricon- azole, MCFG: micafungin, PT: prothrombin time, BT: body temperature
a: Enterococcus faecium, b: Scedosporium prolificans
Table 1 Laboratory findings on admission
<Haematology> <Blood chemistry> <Urine analysis>
WBC 400/μL CRP 34.28 mg/dL pH 5.5
Band 0% TP 5.5 g/dL Protein (1+)
Seg 0% GOT 24 IU/L Glucose (−)
Lymph 92.0% GPT 23 IU/L Occult blood (1+)
Mono 4.0% LDH 336 IU/L <Coagulation>
Baso 2.0% ALP 137 IU/L PT 2.47 (INR)
A-Lymph 2.0% γ-GTP 32 IU/L Fib 667 mg/dL
RBC 296×104/μL T-Bil 0.87 mg/dL <Serology>
Hb 10.7g/dL UA 8.4 mg/dL Candida Ag (−)
Ht 31.2% BUN 52.4 mg/dL Aspergillus Ag (−)
PLT 2.3×104/μL Cr 1.76 mg/dL Cryptococcus Ag (−)
<Bone Marrow> Na 144 mEq/L β-D-glucan <2.6 pg/mL
Ncc 20.7×104/μL K 5.8 mEq/L Endotoxin <1.5 pg/mL
Megk 62/μL Cl 110 mEq/L
M/E 0.18 FBS 84 mg/dL
Fig. 2 Microscopic Gram staining appearance in blood culture
Fig. 3 Colony on Sabouraud dextrose agar and hyphae with typical conidia and conidiogenous cells growing in slide culture
pg!mL と著増し,カンジダ抗原は陽性(力価 4 倍),
アスペルギルス抗原は陰性であった.
真菌学的所見(Fig. 2,3):血液培養より検出され た真菌のグラム染色では,グラム陰性の隔壁を有する 真菌菌糸が観察されたため,巨大集落の観察とスライ ド培養を行った.巨大集落は 25℃,7 日間の培養で直 径 3.9cm に発育し,中心部は灰白色,周辺部は茶褐 色となった.スライド培養では,褐色楕円形の分生子 と長く伸びた先端を持つフラスコ型の分生子形成細胞 を認めたため,千葉大学真菌医学研究センターで確認 し,Scedosporium prolificansと同定した.分離菌の薬 剤感受性について Clinical and Laboratory Standards Institute M38A-23)に基づいた微量液体希釈法により MIC を 測 定 し た.Amphotericin B,flucytocine,
fluconazole,miconazole,itraconazole,VRCZ お よ び MCFG の MIC は そ れ ぞ れ>16μg!mL,>64μg! mL,>64μg!mL >16μg!mL,>8μg!mL,>8μg!
mL,8μg!mL であった.
考 察
Scedosporiumspp.は子嚢菌類に属する土壌真菌であ
り,主にS. apiospermumとS. prolificansがヒトに対し て病原性を起こす代表的菌種として知られている4).S.
prolificansは温帯地域での菌腫(mycetoma)の主要
な起炎菌とされ,時には眼,耳,中枢神経系,肺など に感染症を起こす.特に 1990 年以降,骨髄移植など のコンプロマイズドホストに対する内臓真菌症として 注目され,新興真菌症の一つに挙げられている.S. pro-
lificansによる内臓真菌症の報告は 1984 年 6 歳の骨髄
炎患者に始まり,海外では 162 例の報告がある5).し かし本邦においてはS. apiospermumの報告は数例あ るものの,S. prolificansの報告はほとんどなく,われ われが調べた限りでは Kimura ら6)が 2010 年に急性骨 髄性白血病の化学療法中に血液培養と剖検の組織から 本真菌を検出した 1 例のみであった.
Juan らの 162 例での調査では,S. prolificansは播種 性感染が最も多く 44.4%,次いで肺炎が 29.0%,骨髄 炎または関節炎が 10.4% の症例で起こしていた5).さ らに,血液培養の陽性率は 72% であり,S. apiosper- mumと比較して陽性率は高いと言われている5).本症 例においては血液から複数回検出されたことから,真 菌血症を起こしていたと思われる.しかし,播種性感 染や肺炎などを真菌学的に確認することは出来なかっ た.本感染症の感染経路は分生子の吸入により気道感 染する場合と,外傷などにより真菌要素の皮膚への直 接伝播が考えられている.本症例は皮膚病変および中 心静脈カテーテル穿刺部の異常も認めていないため,
気道感染を起こし,後に真菌血症になったものと思わ れる.
本例では血液培養でS. prolificansが検出される以前 のβ-D グルカンは 3.6pg!mL であったが,検 出 後 は 54.5pg!mL と高値を示し,さらに病状の進行ととも に上昇した.血液悪性腫瘍疾患患者の真菌感染症を
疑った場合,β-D グルカンが上昇し,カンジダ症,ア スペルギルス症さらにはPneumocystis jiroveciiが否定 的であれば,Scedosporiumspp.等の真菌も起炎菌とし て考慮に入れる必要があり本例もそれを示唆する 1 例 と考えられる.しかし,本症例の血液培養はCandida spp.が培養陰性であったものの,カンジダ抗原は陽 性であった.カンジダ抗原とScedosporium spp.との 交差抗原性を検討した報告は,われわれが調べた限り では認めなかったため,β-D グルカンの上昇がS. pro-
lificansによるものとは断定できなかった.
Scedosporium spp.の内臓真菌症に関するβ-D グル カンの報告は少なく,Fusarium spp.,zygomycete お
よびScedosporium spp.による感染症 17 例の成績で
は,感度 63%,特異度 90% であったと報告している7). 今回のわれわれが測定した試薬キットとは異なること から,β-D グルカンの成績は一概に評価できないと思 われ,今後,本邦においてのさらなる検討が必要であ る.また,血液培養で真菌を検出するまで 5 日,さら に同定するまで 5 日以上の日数を要したことから,
real-time PCR 法などの迅速診断法8)も今後検討すべ き検査法であると考える.
MDS は骨髄中の造血幹細胞の異常により,血球産 生の障害が起こり,末梢の血球減少,骨髄あるいは末 梢血中の血球の形態や機能の異常を呈する疾患群であ る.本症候群は白血球数減少および機能低下に伴う感 染症の発症には細心の注意を払う必要がある.特に MDS を含む血液悪性腫瘍疾患患者は,Scedosporium 症による真菌血症や播種性感染を起こす頻度が骨髄移 植や臓器移植患者より高いと言われている9).本症例 では,入院時 WBC 400!μL と低値であったが,肺炎 の治療により症状は改善を認めた.しかし,肺炎治療 終了前頃より脳梗塞を確認してから病状は悪化し,S.
prolificansもほほ同一時期に検出された.一方,本症
例は人工弁置換後,かつ心房細動を合併しており,出 血傾向のためワーファリンを減量し,PT(INR)が 2.47 から 1.19 に減少した状態での梗塞であった.脳梗塞 の原因は心原性梗塞またはS. prolificansによるものと
および臨床的検討がなされ良好な成績が得られてい る4)10).今後はわが国においても予後の改善を図るた め,治療薬の臨床的検討が必要であると考える.
本論文の要旨は第 84 回日本感染症学会総会(2010 年 4 月 京都)で発表した.
文 献
1)西尾久明,川村(榊原)和子,鈴木孝世,内海
貴彦,木下承晧:播種性Fusarium solani感染症 を合併した Ph1陽性急性リンパ芽球性白血病の 1 剖検例.感染症誌 2002;76:67―71.
2)河野 茂:深在性真菌症の診断・治療ガイドラ
イン 2007.深在性真菌症のガイドライン作成委 員会,2007.
3)Clinical and Laboratory Standards Institute:
Reference method for broth dilution antifungal susceptibility testing for filamentous fungi ; ap- proved standard. Document M38-A2. Clinical and Laboratory Standards Institute, Wayne, PA, 2008.
4)Karoll JC, Emmanuel R, Flavio QT, Joseph M, Charalampos A, Tena K,etal.:Infection caused byScedosporiumspp.. Clin Microbiol Rev 2008;
21:157―97.
5)Juan LRT, Juan B, Josep GA, Serda K, Regine HG, Sybren DH,etal.:Epidemiology and out- come of Scedosporium prolificans infection, a re- view of 162 cases. Med Mycol 2009;47:359―
70.
6)Kimura M, Maenishi O, Ito H, Ohkusu K:
Unique histological characteristics of Scedospo- rium that could aid in its identification. Pathol Int 2010;60:131―6.
7)Hachem RY, Kontoyiannis DP, Chemaly RF, Ji- ang Y, Reitzel R, Raad I:Utility of galactoman- nan enzyme immunoassay and(1,3)β-D-glucan in diagnosis of invasive fungal infections : low sen- sitivity for aspergillus fumigatus infection in haematologic malignancy patients. J Clin Micro- biol 2009;47:129―33.
8)Maria VC, Maria JB, Leticia BM, Alicia GL, Juan LRT, Manuel CE:Development and validation of a quantitative PCR assay for diagnosis of Sce- dosporiosis. J Clin Microbiol 2008;46:3412―6.
9)Shahid H, Patricia M, Graeme F, Barbara DA,
Fungemia Caused byScedosporium prolificansin Myelodysplastic Syndrome Hisaaki NISHIO1), Takahiko UTSUMI2), Yukiko NAKAMURA1),
Takayo SUZUKI2), Katsuhiko KAMEI3)& Takashi SAITOH1)
1)Department of Clinical Laboratory and2)Department of Haematology and Oncology, Shiga Medical Center for Adults,
3)Division of Clinical Research, Medical Mycology Research Center, Chiba University
We report a case of fungemia caused by Scedosporium prolificans, an emerging pathogen. An 83-year-old man with myelodysplastic syndrome(MDS)and agranulocytosis was admitted for pneumonia in January 2009. He was treated with meropenem, minocycline, and γ-globulin for pneumonia and G-CSF and platelet transfusion for MDS. Although he recovered from pneumonia as neutrophil count increased, intermittent fe- ver continued.
On hospital day 17, blood culture yielded fungal colonies indicating S. prolificans. Voriconazole was started immediately, but the manʼs general condition deteriorated with cerebral infarction and he died of cerebral hemorrhage on hospital day 65.
Attention must therefore be paid to the increasing scedosporiosis incidence in Japan.
〔J.J.A. Inf. D. 86:22〜26, 2012〕