• 検索結果がありません。

泊船本『野ざらし紀行』推敲論 : 推敲の生態系に ついて

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "泊船本『野ざらし紀行』推敲論 : 推敲の生態系に ついて"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

泊船本『野ざらし紀行』推敲論 : 推敲の生態系に ついて

著者 濱 森太郎

雑誌名 三重大学日本語学文学

巻 11

ページ 33‑45

発行年 2000‑06‑25

URL http://hdl.handle.net/10076/6551

(2)

泊船木『野ざらし紀行』推敲論‑推敲の生態系について一

本論は以下の拙論の続稿である。 「泊船木『野ざらし紀行』の用字特性」(『国文学故品号、.94、3)) 「続、泊船木『野ざらし紀行』の表記特性‑晩年執筆の痕跡‑」(『国文学故品号、,96、3)) 「続々、文字の修辞学」『三重大学日本語学文学』9号、や6)

森太郎

l

はじめに

かつて書物は、オーダー・メードの性格を備え、推敲作業はレイ

アウトに似た多面的な注意の産物と見なされていた。また文字に

は明快な意匠があり、文字の意匠はディスプレーの用途や効果、

所有者の噂好に応じて自在に調整されていた。『野ざらし紀行』

の表現・表記の比較考察から明らかになった事実は、これら所有

する喜びに奉仕する近世的テクストの性格である。したがってそ

の近世的テクストを、いきなり表現の洗練を意味するいわゆる「推

敲」

の観点から直列的に整理することは慎まなければならない。

必要なことは推敲作業の多面的な実体を承認し、その実体に即し

て推敲過程を判断していくことである。

推敲の諸相

松尾芭蕉の処女紀行文『野ざらし紀行』の文字数は、平均で約 二三三二字。漢字八一八字、仮名一四八二字。このうち、最も仮 名文字を多用する「天理本」 は漢字六三八字・仮名一七一七字。

逆に、最も漢字を多用する「画巻本」 は漢字八九一字・仮名一三

三八字。一方、この比率が「画巻本」に近い 「泊船本」 では漢字

八五四字・仮名一五二四字。この漢字・仮名の使用比率の差にも

「天理本」と「画巻本」、「天理本」と「泊船木」との表記意識の差異が

現れている。

「画巻本」 の仮名文字遣いの入念な集約ぶりと、その入念さが

生み出した表記面の充実については、既に別稿に述べた。「天理

本」「画巻本」の間には、二〇種類の仮名字体の交替があり、その

うち、十三種が「画巻本」 で新たに集中利用される仮名字体であ

る。またその二〇種のうちの十種で、複数の仮名字体が一種の仮

名字体に統合されている。しかもその二〇種のうち十四種は、「両

用層」の仮名(筆者の判断により、併用、集中利用の両様に用いられる仮

‑33‑

(3)

名)

であり、また残る六文字は、「併用層」の仮名(複数字体の併用が

習慣化している仮名)である。これは推敲に伴う仮名字体の整理・統

合が並の筆者の規範意識の作用しにくい領域にまで及んだことを

意味する。

そしてこれに続く泊船本『野ざらし紀行』の用字法は、「画巻

本」の整理・統合をさらに徹底したものである。しかもそれは、

書き易さ、読み易さを考慮し、一般通用の仮名字体を集中的に利

用する啓優性を備えている。また、活用語尾の書き分け、送り仮

名の追加、訓漢字の仮名書きは、「画巻本」同様、読み易さの内実、

すなわち意味の正確な伝達や文字の瞬読性に留意したものと見え

る。さらに、この「泊船木」の文字遣いにも、主人公の述懐部に主

人公の気息を表出する意図が含まれている。『紀行』第一部(江戸 〜故郷)の堅苦しい述懐、第三部以下(桑名〜江戸)の軽快な筆致

は、「画巻本J執筆の経験を生かして丹念に演出されたものであ

る。

「泊船本Jを第二稿と見るこれまでの通説は、これら『野ざら

し紀行』の表記に関わる松尾芭蕉の微細な配慮を見落としている。

ミセケチ・誤字・脱字

ところで、仮名文字を多用する「天理本」と漢字を多用する「画

巻本」との間には、漢字二〇八字、仮名三七九字の差異がある。

しかし、両書の推敲によって新規に追加された表現は、一〇〇字

未満で、他の大部分は漢字・仮名の書換えである。この書換えは、 まず「画巻本」第一部(江戸〜故郷)に頻出する難解な漢字表記を 改善すべく、第二部(竹ノ内〜大垣)、第三部(桑名〜江戸)で使用 漢字を整理するところから始まり、「泊船本」に至ってようやく首 尾一貫した漢字・仮名の書き換えが完了する。

『野ざらし紀行』諸本の異同の中の約六〇%がこの漢字・仮名

の書き換えであることは、すでに述べた。この種の漢字・仮名の

書き換えが大多数を占める原因は、漢字・仮名の書換えが『紀行』

の推敲の主な関心事だったことを示唆している。仮名を多用した

「天理本」 は、書物よりは美術メディアに近く、黙読よりは鑑賞

に適する。当然、所有者鯉屋杉風の読書形態や識字量、趣味や嗜

好が配慮されていただろう。また逆に、漢字を多用した「画巻本」

は音読よりは精読型の読書に適し、意味の正確な伝達に優れてい

る。一方、極端な漢字化を抑制し、文脈の要所をマークアップする

「泊船本」 は、音声を仲介にした味読型の読書に適する。ここに

は、それぞれの所有者に相応しい趣味・噂好や読書経験が勘案さ

れていただろう(注1)。

これら表記上の大部分を占める漢字・仮名の異同や仮名字体の

異同を無視して、諸本の推敲過程を云々してはならない。もしそ

れをすれば、推敲の大多数に日を閉じて推蔽過程を考察すること

になるからである。

今、残る四〇%の誤字・脱字・訂正・追加等、いわゆる表現の

推敲過程を考察するに当たっても、同じ注意が肝要である。表記

の趨勢を考慮しっつ、極力、細部の推敲意図に目を凝らすことで、

(4)

諸本論にも新しい展望が開けるからである。

さて、画巻本『野ざらし紀行』には、七箇所の 「ミセケチ」が

ある。この七箇所の「ミセケチ」を私見に従って、①天理本、②画

巻本、③濁子清書画巻、④泊船木の順に対校し直すと、次のよ

うになる(注2)。

1

伊勢参宮の粂(☆印は「画巻本」)

①外宮に詣侍りける。

☆②外宮に詣侍りけりけるに

③外宮に詣侍りけるに

④外宮に詣侍りけるに

r

2

竹の内の条

①葛城の下の郡竹の内と云処にいたる此処ハ彼ちりか旧里なれは

☆②葛下の郡竹内と云処に彼ちりか旧里なれは

③葛下の郡竹の内と云処は彼ちりか旧里なれは

④葛下の郡竹の内と云所にいたる此処はれいのちりか旧里なれは

3

吉野の条

○独吉野ゝヲクニタトリテ 誠二山深ク (『蕉翁全伝』)

①独よし野のおくにたとり けるまことに山ふかく

☆②独よし野ゝおくにたとりてけるにまことに山ふかく

③独よし野〜おくにたとり けるにまことに山ふかく

④独よし野のおくにたとり けるにまことに山深く

4

熱田神宮の条

①かしこに石をすゑて其神となのる

☆②愛に石をすゑて其神と名のる

③愛に石をすえて其神と名のる

④愛に石をすえて其神と名のる

5

大津の条

①大津にいつる道やまちを越て

☆②大津に出る道山路をこへて

③大津に出る道山路をこえて

④大津に出る道山路を越て

6

尾張の条

①伊豆の国蛭か小島の

桑門

☆②伊豆の国蛭か小島の僧桑門

③伊豆の国蛭か小島の

桑門

④伊豆の国蛭か小島の

桑門 7

尾張の条

①是も去年の秋より 行脚して我跡をしたひ

☆②これも去年の秋より行脚してけるに我か名を聞て

③これも去年の秋より行脚し けるに我か名を聞て

35

(5)

④これも去年の秋より行脚し けるに我名をきゝて

たとえば、1の「けり」は、①天理本の「外宮に詣侍りける。」

という句切りを踏襲しかけて、「諸侍りけるに」と修正したもの。

「詣侍りけるに」と続けることで、一の鳥居とその鳥居の例の灯

明とが俺びしげに明滅する日没の時刻が強調される。2の「にl

ハ」は、①天理本の 「云処にいたる。此処ハ」を切り縮めようと

して元の語句に引かれたもの。天理本では大和行脚の途中に立ち

寄った土地が竹ノ内であり、その竹ノ内がたまたま、かの同行者

の「千里」 の旧里だった・ことになる。一方後者の場合は、大和行

脚の途中にある竹ノ内村に「かの千里」の縁故を頼って数日滞在

するということで、竹ノ内は予め行脚途中の休憩地として設定さ

れていることになる。4の「ゑ1え」は、①天理本の「すゑて」

を一度はそのまま踏襲し、後に修正したもの。7の「て」の削除、

「けるに」の追加は、①天理應の文脈が「行脚して我跡をしたひ」

のかたちで理解されることを警戒し、「行脚してJを「行脚しける

に、」と修正する途中、元の語句に引かれたもの。この修正によ

って、「蛭が小島の桑門」は去年の秋に始めた行脚の道中、先達た

る我名を聞きつけ、随行を麻小出たことになる。その他3は、『蕉

翁全伝』に近い表現の痕跡を止め、6は、「僧」と「桑門」との是非

を巡る遽巡の結果生じたもの。5は、「道や、まち」と誤読される

ことを恐れて「道山路」と改め、次にこれに付随して生じた誹漢

字の連続を避けるべく、「越て」を「こへて」と書き換える途中に生

じた誤字。いずれも確実な読みを指示する表現・表記が定着する 以前の試行的な推敲の痕跡と言える。しかもそれは「泊船本」に 至って初めて穏当な形に修正されている。

次にもう一つ、「画巻本」の六つの誤字・脱字を取り上げてみよ

一っ○

この六箇所の誤字・脱字も先と同じ要領で私見に従って対校し

直すと、次のようになる。(なお①天理本、②画巻本③濁子清書画巻、

④泊船木。☆は画巻本を示すJ

1富士川の条(☆は画巻本)

①汝か性のつたなきを

☆②汝か性のつたなき(を)

③汝か性のつたなき(を)

④汝か性のつたなきを

3伊賀上野の粂

①賛しろく眉しはよりて

☆②賛白く 眉雛寄て

③賛白く 眉奴寄て

④賛白く 眉飯事て 2伊勢神宮の条

①もと↓りなきものは

☆②( )浮屠

③髪なきものは浮屠

④袈なきものは浮屠

4当麻寺の粂

①彼

非情といへ共

☆②かれ非常といへとも

③かれ非常といへとも

④かれ非情といへとも

5熱田神宮の粂

①あつたに詣つ

☆②熟田に

6甲斐の山家の粂

①かひの国山家に立よる

☆②甲斐の・山中に立よりて

(6)

③熱田に

④熱田に

詣ツ

③甲斐の国山中に立寄て

④甲斐の国山家にたちよりて

※( )内は筆者の補筆。

1は「画巻本」「清書画巻」 の脱字「を」を「泊船本」で補ったも

の。2は「画巻本」 で省いた(または書き落とした)「もとゝりな

きものは」を復活することで、この参拝禁止の険悪な応酬時に、

予に応対する神官が実際に吐いた言葉を提示し、その応酬場面の

理不尽に近い緊迫ぶりを再現七たもの。3・4・5は「雛」「非常」

「熟」 とある誤字を「泊船木」 で訂正したもの。6は「かひの国

山家」と書くことで、この度の滞在が前年冬の「山家に年を越て」

と並ぶ 「行脚」途中の休息行為であることを示唆したもの。一度 は「甲斐の山中」 と書いたものの、「胃壁の山中に立より」では

文中、先に「います山中」(地名)があるため、その脈絡で地名の

「甲斐の山中」と誤読される恐れが付随する。現に中川濁子の「清

書画巻」は「国」を加え、「甲斐の国、山中」と修正するが、このケー

スでは「甲斐の国、山中」と解した可能性が高い。そこで結局、「泊

船本」で再び混同の余地のない 「山家」 に復帰したものか。しか

し「甲斐の山家」ならまだしも、「甲斐の国山家にたちよりて」では、

場所の指定に不自然さが残っている。

がともかくこうした「画巻本」 に見られる誤字・脱字、字句の

修正からも、「泊船木」の微細な修正意図は明らかであって、しか

もそれは、「泊船木」に至って初めて、ほぼ完全な形に修正された

ことになる。

・四

小さな字句の修正

線り返して言うが、『野ざらし紀行』諸本の表現・表記には、

それぞれ異なった意図がある。華やかな書美を演出する巻子本(天

理本) は、江戸芭蕉魔のパトロンたる鯉屋杉風の賞翫にかなうも

の(注3)。シンプルな仮名字体を選び、筆跡の派手さを押さえた

「画巻本」は、「濁子清書画巻」の下書きとして用意され、原本は、

弟子の河合曽良に贈られたもの(注4)。また清書本の 「濁子清書 画巻」 は、大垣の豪商、谷木因に贈るべく清書されたという説も

ある(注5)。つまりこれは『紀行』諸本がそれぞれ独自の所有者

を持ち、所有する喜びに奉仕すべく執筆された左証である。では

仮各字体を合理化し、要所に小量補助字体を配置する「泊船木」

は、正確には誰の喜びのため書かれたものか。

先にも述べたように「泊船本」 に現れた集約的な文字遣いは、

同『紀行』がその用途並びに読者のリテラシーをやや低く見積も

って執筆された徴表である。助動詞「に」を表記する 「耳」、助動

詞「む」を表記する「舞」、格助詞「を」を表記する「越」、格助詞「の」

を表記する「能」など、特定の語を強調表示する補助字体の修辞

的な用字法も、繊細かつ鋭敏な読者意識の産物である。さらに「泊

船木」に目立つ送り仮名の追加、活用語尾の書き分け、誤読され

やすい訓漢字の仮名書きもまた、読者の読み易さを配慮した修正

である。

加えて「泊船木」 には、文字の連綿、伸縮、改行をもって、述

‑37‑

(7)

懐する主人公の心模様を演出する意図もある。『紀行』第一部の

堅苦しい述懐、第三部の弾んだ感想は、こうした工夫をもって演

出されたものである。さらに「泊船木」 の表記には、使用字体の

合理化の形跡も顕著である。その合理化のために用いられた基本

仮名にはシンプルな文字が選ばれ、逆に、簡便ならざる芭蕉個人

の用字習性はごく一部を除いて抑制される。これもまた書き易く、

読み易い表現を目指す芭蕉の努力の痕跡である。

「泊船本」 に第一に期待されているものは、恐らく読書生活に

不慣れな不特定多数の読者のための表現・表記の洗練である。た

だし初心者と言えども、本物と偽物とを喚ぎ分ける読者一流の直

感力はあなどり難い。一方また、いかに練達の読者がこの作品を

読むかも計りがたい。そこで第二に期待されることは、読者の幅

広いリテラシーに叶い、かつ少数の明敏な読者の賞翫にも適う堅

固で明快な結構を備えたテクストの制作である。加えて第三には、

自分の死後、なおこの書物に接し続ける不特定多数の俳人達のた

めの表現・表記の洗練である。

当然、この未来志向型の書物では、読者層を広げるために読者

の識字量はやや小さく限定され、読者の理解力は、少々低く見積

られている。また、常識に依拠した事実関係の省略や言葉遣いの

極端な飛躍は抑制され、行脚の足取りや因果関係の曖昧さは訂正

される。すぐ陳腐化する月並みな陳述よりは堅固な叙述の方が重

視され、誤解されやすい表記には、修正が加えられる。さらに旅

行の実情を知らぬ読者の類推力は小さく見積もられ、地名・旅程 ・足跡・日時ともに、なるべく丹念に表示される。

そこでさらにその表記の入念さに的を絞って、いくつかの微細

な推敲に検討を加えたい。(テクストは私見に従って右から①「画巻本」、

②「濁子清書画巻」、③「拍船木」

1江戸出発

①江戸を指・故郷

②江戸を指・故郷

③江戸を指ス故郷

3箱根越え

①芭蕉を富士に預・行

②芭蕉を富士に預・行

③芭蕉を富士に影ケ行

5富士川の捨子

①性のつたなき・なけ

②性のつたなき・なけ

③性のつたなきをなけ

7青野山

①秋の日既・斜になれは

②秋の日既・斜になれは

③秋の日既二斜になれは の順に配列する)

2箱根越え

①朋友・信有 哉・比人

②朋友・借有 故・此人

③朋友に倍あるかな此人

4富士川の捨子

①悪・にあらし

②悪・にあらし

③悪ムにあらじ

6青野山

①木を伐・音

②木を伐・音

③木を伐ル音

8名古屋 ①名護屋に入・道の程

②名護屋に入・道の程

③名護屋に入ル道の程

(8)

9熱田神宮 ①中くめてたきよりも ②中iめてたきよりも ③なかく目出度よりも

‖京都鳴滝

①昨日ふや鶴を盗れし

②昨日ふや鶴を盗れし

③昨日 や鶴をぬすまれし 川伊賀山中

①杖を捨て

②杖を捨て

③杖をすてゝ

ほ名古屋

①ふかく分・出る

②ふかく分・出る

③ふかく分ケ出る

「泊船木」の表現は、いずれも本文を音読する初心者が嘆きが

ちな表記の改善を計ったものである。1・3・4・6・7・8・

12は送り仮名の追加、2・5・9・10・11は、漢字の仮名書き、

誤字の訂正であって、ここには明かに読者のリテラシーに対する

やや低めの見積りと、その見積に基づく表記の改善とがある。そ

してその点で、「泊船木」は「画巻本」「濁子清書画巻」より、幾分、

入念なテクストと言える。また3の「預」1「影ケ」の誤字は、単な

る筆の滑りか。

さらに次のような例もある (テクストは右から①「天理本j、②「画

巻本」、③「淘子清書画巻j、④「泊船木」 の順に配列する)。

1大和竹ノ内

①葛城の下の郡竹の内と云処にいたる此処ハ彼ちりか旧里なれは

②葛下の郡竹の内と云処に 彼ちりか旧里なれは ③葛下の郡竹の内と云処は 彼ちりか旧里なれは

☆④葛下の郡竹の内と云所にいたる此処はれいのちりか旧皇なれは

2常盤の壕

①あふみちに入てみのにいたるいます山中を過ていにしへ常盤のつか有

②近江路に入て美濃に至る います山中を過ていにしへ常盤の塚有

③近江路に入て美濃に至る います山中を過ていにしへ常盤の塚有

☆④近江路に入て美濃にいたるにいます山中を過ていにしへ常盤の塚あり

3大壇 ①むさし野を出し時野さらしを心におもひてたひ立けれは

②武蔵野を出る時 野さらしを心におもひて旅立けれは

③武蔵野を出る時 野さらしを心におもひて旅立けれは

☆④武蔵野・出し時 野さらしを心におもひて旅立けれは一

39

4奈良盆地

①はるなれや名もなき山の朝かすみ

②春なれや 名もなき山の薄霞

③春なれや 名もなき山の薄霞

☆④春なれや 名もなき山の朝霞

6帰途

①其角か方へ云達し ける。 5名古屋 ①とこくにおくる

②杜国におくる

③杜国におくる

☆④贈杜国子

(9)

②其角か許へ申達し ける。

③其角か許へ申達し ける。

☆④其角か方へ申つかはしける。

7江戸帰憲

①卯月の束庵

②卯月の未庵

③卯月の未庵 に帰りてたひのつかれをはらす鎧

に帰りて旅 のつかれをはらすほとに

に帰りて旅 のつかれをはらすほとに

☆④卯月の来いほりにかへり旅のつかれをはらす

lの修正は、「…にいたる。」と一度文脈を区切ることで、伊賀

上野から大和竹の内に至る予の足取りを提示し、次にその途中、

同行者「千里」 のよしみで「竹の内」に滞在する次第を語ったも

の。「葛城の下の郡竹の内と云処に」が「葛下の郡竹の内と云処に」

と修正されることで、行脚途中の中継点にあたる竹ノ内の位置が

端的に表示される。ただし、「…にいたる。」が削除されると、伊

賀上野から大和竹ノ内に至る行脚の足取りが曖昧になるという欠

点が生ずる。そこで「葛下の郡竹の内と云所にいたる」と「いた

る」を補入すると、上野から大和竹ノ内に至る行脚の足取りが明

瞭になり、かつ 「竹ノ内」滞在は「大和行脚」途中の小休止を意

味する一コマとなる。2の修正は、lに近江路・美濃路と山路を

辿る行脚の足跡を示し、次にその道中、「います山中」を過ぎた

辺りで、偶然、土地にゆかりの常盤の塚に遭遇する事実経過を「美 濃にいたるに」と「に」を添えて明示したもの。折から塚を巡る 秋風を義朝の心と見なし、常盤の霊魂を追悼する意味を持つもの と見える。3はまず「武蔵野を」 の「を」を削って、すぐ後に続

く助詞「を」との重複を解消し、次に「出し時」「旅立ければ」と

江戸出立の時制を過去に切り揃えたもの。4は『画巻』執筆中、

一度は「薄霞」とヴィジュアルに改めた表現を絵のないテクストら

しく「朝霞」と修正したもの。早朝、底冷えする山間僻地を抜け、

明け放れた山路から奈良盆地を遠望した時の爽快感を表現するた

めの時間設定を意図したものである。恐らく「冬の部」冒頭で、海

の曙に遭遇して感嘆した章立てに倣い、春の早朝、底冷えする山間

を抜けて、奈良盆地に張る「春」に遭遇する「爽快感」を語るこ

とで、作品構成上の結節点(冬と春の境)であることを示唆する

ものだろう。5は後の「桐葉子」などと並べて、折り目正しく坪

井杜国への敬愛を示すために「子」という漢語風の措辞を追加し

たもの。

一方6は、次の二つの叙述との関連から推敲されたものと見え

る。

○(谷木田亭宿泊) ○(林桐薬事宿泊)

①木固か家にとまる

②木固か家をあるしとす

③木因か家をあるしとす

④木因か家をあるしとす ①桐葉子か許 に有て

②桐菓子かもとに有て

③桐菓子かもとに有て

④桐菓子かもとに有て

①の「天理本」では、大垣での宿泊が「木因か家にとまる」、

(10)

桐菓宅訪問の叙述が「桐葉子か許に有て」とある。しかし②r画

巻本」まで推敲が進むと、この大垣滞在を「吉野出山Jの中継点

とする構想が定まり、大垣宿泊の持つ意味が重要さを増す。そこ

でこの箇所に、大垣城下の暮秋を措いた絵を配置し、合わせて木

因亭宿泊の言い回しを「木因が家をあるしとす」と改める事で、

木因の尽力を取り立てたものである。

しかしその時点ではまだ、「其角か許へ申達しける」「桐菓子かも

とに有て」と有るとおり、関連する二つの叙述には重複のきらい

が残っていた。この重複のきらいは③「濁子清書画巻」 でもその

まま踏襲されるが、その気で眺めれば、特に「其角か許へ申達し

ける」という叙述には、検討の余地がある。叙述の重複に加えて

「もと」 の原義が「地面や床に接するところ」「人の本拠」を意味

するのに対して、「かた」は「その方角の地点・人など」(『岩波古語

辞典補訂版』岩波書店)を意味する。このため、初対面に近い旅篭

の主人の厚遇を叙するには「飼葉子かもとに有て」がふさわしく、

逆に弟子の其角に書状を送るには「共角か方へ申つかはしける」

が自然に響く。かくして6の「其角か許へ」が④r其角か方へ」(泊

船木)と改められたときに」関連する三箇所の語句全体が場所を

得て落ち着くことになる。

次に7は、③「卯月の末庵に帰りて旅のつかれをはらすほとに」

(濁子清書画巻)から「て」 「ほどに」を削ることで「江戸帰庵」

事実を簡潔に語り、次いでその詞書をもって発句の主意が「旅の

つかれをはらす」営みであることを明示したもの。いずれも旅の 足取りや事実経過、句作の動機を詳細に伝まるべく、文脈・論理 ・時制・事実の前後関係を整理する修正であって、初心者には親 切な表現と言える。

この他にも取り上げるべき箇所は残るだろうが、従来加筆訂正

の要所と見なされてきた語句については、既にあら方、所見を述

べる結果となった。そこでこれ以上の繰り返しを避けるために、

後に残るr泊船木」 のもっとも重要な異同箇所について、簡単な

考察を追加したい(注且。

玉石部の条の追加について

「泊船木」 で新規に追加されたのは、次の箇所の二句である。

大津に出る道、山路を越て

37

やま路来てなにやらゆかしすみれ草

湖水眺望

38

幸崎の松は花よりおぼろにて

昼の休らひとて旅店に腰を懸て

39

つゝじいけて其陰に千席さく女

吟行 40

粟島に花見兵なる雀哉

水口にて廿年を経て故人にあふ。

41

命ニッ中に活たるさくらかな

※引用は「泊船木」。番号は作中の句の通し番号。以下同じ。

問題は、39・40の二句が何故「泊船本」で追加されるかである。

41

(11)

まずは「花」「動物」「女J の素材配列を視野に入れながら原因を考

察すると、次のようになる。(「泊船木」に収められた発句四七句の中か

ら、関係する句だけを抜き出して巻末に掲げる。)

『野ざらし紀行画巻』は都合二十一面の画面を用いて、主人公

の回国修行の物語を綴る画巻であって、旅立ちの不安を語る冒

頭部、母の死を受けて開始される吉野行脚、吉野出山を終えて安

堵する大垣、秋・冬の境を越えて周遊する伊勢湾巡礼、冬・春の

境を通過し、江戸帰着を目指す東海周遊の叙述がそれぞれに小ピ ークを形成する。

そこでまず順を追ってこのストーリーを概観すると、秋の季を

持つ二十一句のうち、「花」 の句は、わずかに一句 (11「蘭の香」

の句を含めると二句)、また冬の季を持つ九句のうち、花の句は一

句である。ところが、春の部では総数十一句のうち、花の句七句。

夏の部では六句のうち、花の句三句となる。秋・冬に比べて、春

・夏の花の句数は格段に多く配列されている (巻末、素材配置表、

参照)。そしてそのお陰で春の部には、「梅・花・桃・すみれ・つ

つじ・菜の花・さくら」と、順を追って、咲き続く花々の隊列が

登場する。

この花々の隊列が紙面に春の気分を演出する工夫であることは

勿論である。その演出を含んだ花々の隊列の中から、もし色鮮や

かな「つゝじ」の赤と、広大な「菜の花」の黄色とが消えるなら、

この春の部の花々のパレードはかならず色鶴たものになるだろう。

また伊賀上野から奈良に向かつて早春の街道を行く主人公の足取 りが、草花を愛でつつ 「遊山」する旅人のように軽快に弾むこと

もなかっただケフ。この「春の花園」を踏みしめる「花巡り」の

発想が同時期に成った『冬の日』の世界をいかに華やかに彩って

いたかは言うまでもあるまい。

同じ事は、『紀行』に措かれた小動物についても言える。当時、

最も有力な交通手段は馬七舟とである。したがって、次の四句の

ように道中目にする馬の要は、いや応なく対照の妙を重んじて丁

寧に配置される。

道のべの木種は馬にくはれ兵

馬に寝て残夢月達しちやのけぶり

馬をさへながむる雪の旦かな

ゆく駒の麦に慰むやどりかな

だがその馬を含めて数えても、貞享元年秋、主人公が旅先で目

撃する動物は「馬」「蝶」 の二種類に限られる。しかもその蝶は、

「蝶女」 という名の女性である。

ところが貞享元年冬に入ると、『紀行』中には急にさまざまな

小動物が登場する。たとえば、「千鳥」「鴨」「しら魚」「犬」「馬」「牛」

など。また春の部には、「鶴」「磨」「雀」、貰の部には「蝶」「蜂」「駒」

「軋こなど。しかもこれらの小動物は、次のように対照の妙を発

揮しながら登場する。

①あけぼのやしら魚白き専一寸

海くれて鴨の声ほのかに白し

②蘭の香や蝶の勉にたきものす

(12)

白げしにはねもぐ蝶のかたみかな

ここには、小動物の生態を仲介として、にじみ出る自然の長閑

な情趣が語られている。また小動物の微細な生態を暗喩として、

「出会い」や「別れ」という人情の機微が暗示されている。たとえば、

日没の海面を疾走する「鴨の声」の物寂びた哀愁、「秋蝶」の衰

えた勉のようにもぎ取られた「別れ」の悲しみ。それら、臨場感

とともに喚起される小動物たちのリアルな生態には、コクの深い

感味がある。そしてその感味の確かさの点で、この石部の粂の雀

や鱈には見るべきものがある‥もとよりそれは、単に雀や鱈を描

写したものではない。石部の人見知りしない「雀」、心利いた茶

店女の指先で機敏に宅られる「鱈」のごとく、その時確かに視界

を通過した一過性のリアルさが、緑陰の涼風のように読者の感覚

を呼び覚ます静物である。

加えてここに登場する「女性」の生態には、さらに魅力的な感

味がある。

西行谷のふもとに流あり。

をんなどもの芋あらふをみるに

①いもあらふ女西行ならば寄よまん

②蘭の香や蝶の麺にたきものす

③堪打てわれにきかせよや坊が妻

⑥つ↓じいけて其陰に干鱒さく女

この①の前書の要点は、主人公が自ら進んで「女性」の肢体を

「見る」ことにある。当然、見ることによって物思い、その思い を書き留めるためである。その物思いの中を「いもあらふ女」が 通過する。

しかし、立ち止まって考えれば、西行谷の麓で芋を洗う女性は

付近の農婦に相違なく、また目の前の芋洗いは、水と芋とを入れ

た大樋に棒を差し込み、強引に漕ぎ洗いする重労働である。この

ためこれに従事する農婦は山賊のようにボロを着込み、すさまじ

い気迫で働いている音素が描いた『野ざらし紀行画巻』の中の絵によ って確かめられる)。にも関わらず、主人公は「西行ならば云ヱ

とこの女性に返歌を期待して一句を詠みかけたという。

ここに現れているものは、「見る」ことと「物思う」こととを

区切る大きな落差である。たしかに彼は「芋洗う女」を見たにも

関わらず、相手の動作も労働の性質も肉体の疲労も応答の可能性

もすべて見えていないからである。そしてそれにもかかわらず、

彼は「芋洗う女」を「見」たのだと主張している。

また『三冊子』にも言うように、西行谷の帰途、芭蕉に発句を

所望した②の蝶女なる女性は、茶屋の女房(元遊女)だったとい

ぅ。当然、年齢は「年増」に近く、相応に紅をひき、白粉を塗っ

ていただろう。またこの時、彼女が差し出した「きぬ」は、下地

に和歌を散らした「くちなし色」の絹布である(注7)。仮にこの

「蝶女」の懇請に、心憎いほど小粋なしぐさが見えたとしても、

その「粋筋」に似た女性のしぐさを可憐な「蝶」に喩え、さらに

身に纏う脂粉の薫を商都たる「蘭の香」と讃えることはいかがな

ものだろうか(注8)。

‑43‑

(13)

同様に、綿布を灰汁で煮て柔らかくする「練り絹」 の技術が普

及する近世に、辺部な宿坊に住むと笹亨え、宿坊を守る妻女が主

人のために「堪」を打つかどうか。仮にそれが事実だとしても、

この句が「ひとりねの夜寒になるに重ねばや誰がために持つ衣な

るらん」(西行「山家集」)を下敷きに、宿坊に住まう「坊が妻」に砧の

音を所望するという西行もどきの言動である事に変わりはない

(注9)。

ところがその主人公もまた、さすがにこの行脚の終わり近くに

なると、自然、女性の生態に開眼する時機をつかむ。

昼の休らひとて旅店に腰を懸て

つゝじいけて其陰に干臍さく女

ここに言う「つゝじ」「千席」 の組み合わせには、田舎の茶屋の接

待にふさわしい部びた質感があり、「つゝじいけて」「干鱈さく」

と呼応する動作の流れには、茶店の仕事にふさわしい自然な段取

りがある。また乾燥した干鱈の肉片を引き裂く手付きや、ギシツ

ときしんで剥がれる肉片の 「音」からは、親切に人をもてなす茶

屋女の板についた仕事振りが響くだろう。元来、人をもてなすこ

とを意味する「馳走」とは、それなりの労力と入念な準備とを必

要とする行為ではなかったか。

またその動作を見る主人公の、他者の動作の細部に眼を止め、

絵になる動作を素早く看破する「切り口」からは、いわゆる「眼

力」

の充実が窺われる。もしこの 「つゝじいけて」 の一句を欠く

なら、女性の生態を「見る」主人公の眼差しは、ついに、女性の 実態を見ないままで終ることになるだろう。

六 緒論

以上要するに、文字遣いを読み易く整理する表記の修正、主人

公の心境変化を擾示する人物像の修正、筋の運びを的確に指示す

る結構の修正の観点から、∴漁船本」 の異動箇所を検討した。

まず「画巻本」 に残されたミセケチ、誤字・脱字を指標として

字句を検証すると、「画巻本」のそれは「泊船木」に至ってほぼ完

全に修正されている。また「泊船本」独自の十一箇所の字句の修

正箇所は、リテラシーのやや低い読者の読み易さを配慮したもの、

同じく六箇所の文脈の整理箇所は、行脚の足取り、句作の動機を

詳細に伝えるべく事実関係を修正したもの。加えて「石部」

の二句の追加は、春と共に訪れた「遊山」の日々という『紀行』

結末部の目出度い結構を確かに提示するものと見える。またこれ

らを合わせて、風土・風俗・習慣の細部に宿る「詩神」を見抜く

主人公の眼力の充実ぶりを物語る叙述でもある。

泊船本『野ざらし紀行』、内題「芭蕉翁道の紀」、一面八行、発

句二字下げ。この不特定多数の読者向けテクストの完成によって、

未来志向の啓蒙家、松尾芭蕉による表現・表記Ⅵ革新は一応の決

着を見るものと推測される。

注l

r清書画巻」の所有者は経と特定できないが、大塩の谷木因、江戸の内藤霹清

(14)

当たりが想定される人物である。憶測と断ってのことだが、米谷巌氏は、谷木田

をこの画巻の所有者に想定している。(米谷巌rr野ざらし紀行」における芭蕉」

r近世文芸稿』十号、昭和四一年七月)

注2弥青菅一他縮r改版 野ざらし紀行・鹿島詣」(明玄書房刊)所収の校本を参照

した。r拍船本」は家蔵のものによった。

注3天翠本『野ざらし紀行』は、俗にr鯉産ものJと呼ばれるコレクションを天理

図書館が購入したもので、r強度」とは「鯉屋杉風Jの略称である。これによっ

て「天理本Jが杉風に贈与されていたことが確かめられる。

注4

r画巻本しは、同画巻添付の由来事により、最初、河合曽良に贈与されたこと

が確かめられる。

注5

「野ざらし紀行」における芭蕉‑大塩以前と以後‑(【近世文芸稿】第十号、昭

和四一年七月)

注6伊勢参宮の異同部についても取り上げるべきであるが、次の拙論に述べたので、

省筆に従う。「F野ざらし紀行』その方法のディレンマ(上)‑伊勢参宮の粂を中

心にー二言本文学』昭和55年10月号))

注7

このくちなし色の綿布は、現存する。宮山秦氏蔵。

注8蘭の香りがする「たき物」の種類は、確定できない。が、香木を焚きしめる習

慣は、『庵遊笑覧】巻十の下に「近年ハ伽良たく人なく、人参下々迄買なり」と

あり、元禄以降廃れた習慣では無かったかと推測される。

注9

「みよし野の山の秋風さよふけて古林さむく衣うつなり 雅経」(薪古今集)以

来、青野と砧とは馴染みの題材として扱われることが多い。

48 45

4d

43l 4月 4q 叫 3増 3つt粥 3j 叫 刈 2q 頭 2d 21 2d 匹 匹 1q

8 7 NO

l■■勺

野 ざ ら し 克 行

■1‑

の ゆ

く 駒

牡 丹 蕊

自 げ

梅 恋

菜 島

辛 崎

や ま 蕗 来

我 衣

梅 自

誰 ガ

海 く れ

馬 を さ

革 ま く ら

あ け

冬 牡

湛 打

しヽ

も 馬

の野 発ざ

香 や

あ ら

女 句ら

し 紀 行

牡 丹

自 げ

卯六 の梅 花、

さ く ら

′、

ヽ■■■′

花 す み れ

(

花 梅 冬

牡 丹

種 花

駒 蜂 蝶 雀

ヰ 牛 鴨 馬 犬

ら 魚

時千 鳥鳥

蝶 馬 馬 勒

物 素 材 配 置

女 坊

圭 蝶 女

女 女

‑45

※濁点は、筆者

[はま もりたろう 本学教官]

参照

関連したドキュメント

クポイントを設定し,プログラムコー

     旅する画家の﹁文﹂        ①閣︶である

8 ポイント)よりも高い ところ」

また、AP の中でも ETF の気配値を提示する役割を担う者として、証券取引所の ETF マーケットメイカー制度に登録している場合がある。例えば、NYSE Arca はリーディン 28

必要があれば修正して、新しい原稿用紙に清書するよ

―は,実に肥沃な土地となり,まさしく,「百姓之膏腴薗」 *** (膏

本研究ではまず、﹃憂国﹄ における武山中尉の ﹁大義﹂が天

その当時の但傑の考え方と W eltanschauung•