「態度としての啓蒙 J をめぐって
一一一ミシェル・フーコーにおけるカント啓蒙論の評価について一一一
教育科学専攻人文・社会系教育領域
森本惰也
2 0 1 8 / 0 2 / 1 3 (火)提出
目次
は じ め に ・ ・ ・ ・ ・ ー ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ー … … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … − − − − 1 〜 3 頁
第 1 章 フーコーの啓蒙論一一現代性の態度としての啓蒙……… 4 〜 14 頁
第 1 節 『言葉と物』におけるカント論…・…...・
H・−………・・…… 4 〜 8 頁
第 2 節 カント啓蒙論に対する評価……… 8 〜 10 頁
第 3 節 系譜学的試みと現実の問題化………....・
H・−……… 10 〜 1 4 頁
第 2 章 統治の時代における主体論一一後期フーコーの議論を中心に… 15 〜 24 頁
第 1 節 統治に対する批判的態度:自由の可能性の開示……… 15 〜 1 9 頁
第 2 節 古代ギリシア研究の考察:主体から世界へ……… 20 〜 24 頁
第 3 章 マイナーな知による啓蒙の活性化………・・…・・………一 25 〜 3 1 頁
第 1 節主体論再考プロジェクト…………・…...………・……… 25 〜 2 8 頁
第 2 節 政治的回路としての特定的知識人・……−…−………・・… 28 〜 3 1 頁
お わ り に … ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ー ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ … ・ ・ ・ … . . . . . . . . . . . . 3 2 〜 3 3 頁
はじめに、
ソクラテスが哲学史上決定的に重要であったのは、「我々はし、かに生きるべきか」という 実存的な間いを設定したことにある。 2 0 0 0年を超える哲学の営為は、この間いに対する解 答を試みてきた。啓蒙という近代のプロジェクトは、まさにこの間いに対する一つの応答で あった。この啓蒙について語った人物こそ、イマニュエル・カント( 1 7 2 4 ‑ 1 8 0 4 、独)であ る口「啓蒙とは何か」という問いに対して、知のシェーマについて時に怜 |利といえるまでの 考察を深めたカントの解答は実に素朴で、あった口いわく啓蒙とは、「人聞が、みずから招い た未成年の状態から抜け出ること」 l で、あって、人間の「成熟」が啓蒙の課題となるのであ った。成熟する主体としての「人間」には留保が必要ではあるが、近代合理主義者としての カントの思想をその議論の下敷きとするならば、啓蒙において目指される主体像はおおよ そ理性的かつ合理的な主体で、あろうことが予想される。しかし、 2 0世紀の時代経験を経た 我々は近代の産物である啓蒙を直接に受け入れることができるだろうか。 2 0世紀の時代経 験は、この近代的な合理的かつ理性的な主体の問題性を露呈させたのだ、 2
0こうした「理性的かっ合理的な主体」の育成という近代のプロジェクトをめぐって、現在 論争的な二つの潮流が形成されている。一方に西欧的な近代主義の伝統の上に立つハーパ ーマスのような理論家がいる。彼は、コミュニケーション的理性の可能性を提示することで、
フランクフルト学派第一世代が指摘した合理主義的理性の問題を回避し、現代における理 性の復権をあらためて唱えた。このような彼の立場が、近代という未完のプロジェクトの正 当な後継者であることは分かる。他方、近代の問題性を暴露し、合理主義的主体像に徹底的 な批判を向けた立場がある。ニーチェ( 1 8 4 4 ‑ 1 9 0 0 、独)を先導としたこの立場を、 2 0 世紀 以降総称してポストモダンと呼ぶようになる口本研究で取り上げるミシェル・フーコー
( 1 9 2 6 ‑ 1 9 8 4 、仏)はまさにポストモダンの旗手として語られてきた人物である 3
0l イマニュエル・カント(中山元訳)「啓蒙とは何か」『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他 3 編』所収(光文社、 2006 年 ) 、 1 0 頁 。
2 例えばナチズムという時代経験を通して啓蒙主義的合理主義を批判し、「啓蒙に潜む神 話的なブアクターの危険性」 を告発したアドルノ、ホルクハイマーの問題提起はきわめ て深刻といえる。(馬原潤二「啓蒙」『政治概念の歴史的展開 第五巻』所収(晃洋書房、
2 0 1 3 年 ) 、 1 4 7 頁参照。)
3 ポストモダニストアーコーというイメージの形成を語る上で、ニーチェからの思想的影 響を無視することはできない。 5 3 年夏のニーチェ発見以降、彼は度重ねてニーチェについ て好意的に言及してきたのである。そして、菓子パンのように売れたとされる『言葉の 物』の出版を機に、「構造主義の四銃士」の一人として、マスメディア等で取り扱われた
ことも、そのイメージ形成においては大きい。構造主義流行の第一人者といえるレヴィス トロースの問題提起は、サノレトルを始めたとした現象学に対して向けられたもので、あった が、「6 8 年」を待つ時代状況の中、『言葉と物』におけるいわゆる「人間の死」の告発は極 めてセンセーショナルで、あったのだ口西洋近代が用意した「人間 j 学的思考がまさに終駕
しつつあることが示唆されるこの書をもって、フーコーのポストモダニストとしてのイメ
ージは決定的なものとなったといえるだろう。(デ、ィディエ・エリボン(田村倣訳)『ミシ
これを鑑みれば、彼がカントの啓蒙についてのテクストに対して肯定的な評価を語った ことは、驚きをもって迎え入れられたことがわかる。近代合理主義者であるカントを、ポス トモダンの旗手とされたフーコーがなぜ評価したのか。フーコーが啓蒙を議論の姐上に挙 げたことには、我々の実存をめぐる根本的な聞いがあるのではないだろうか。これに対して この晩年のフーコーの議論に対する研究は多く見られるが、その多くはフーコー後期思想 の要約、紹介にとどまっているのが現状である 4 。ただし、このカントをめぐるフーコーの 問いに対して積極的な応答を試みてきた研究もいくつか見られる口慶瀬(2 0 1 1 )や箱田(2 0 1 3 )
5 は、フーコーにおける権力論と主体論の接続というドウルーズ的な解釈の立場から、フー コー後期思想、について説明しており、それぞれの文脈から啓蒙論について見解を示してい る 6 。ただし、このドウルーズ主義的な解釈を本研究も共有するが、本研究ではフーコーの 基本的な思想的態度を初期からの一貫性の下に提示し、カント的図式の読み替えによる近 代の再評価という文脈でフーコーの議論を位置づけたい。この近代ないしカントに対する フーコーの再評価という点では、アレン(2003 )の研究 7 が興味ぶかい。アレンの議論はカ ント評価をめぐるフーコーの前期と晩期との思想的立場に一貫性を認めるものであり、ポ ストモダニストフーコーとしての一方的なイメージの在り方に批判の目を向ける口本研究 ではカント評価に対する前期と晩期での態度に違いを認める。ただし、それはフーコーのカ ント解釈への変化を意味するもので、あって、本研究は、フーコーの基本的な思想的立場、と
りわけ世界理解には一貫性を認めようとするものである。
先行研究としては以上のものがあげられる 8 が、先の聞いに本研究ではどのように答えう るだろうか。ここでは先述の通り、フーコーがカントの図式をみずからの世界観の下に再解 釈したと考える。八十年代におけるカント評価には、カント的図式を読み替え、フーコー的
ェル・フーコー伝』(新潮社、 1 9 9 1 年)参照。)
4 箱田(2013 )参照。なお、フーコーの後期思想にかかわる先行研究の要約としては、箱 田(2013 )の「序章 フーコ一統治論をめぐる状況 J を参考とした口(箱田徹『フーコー の闘争一一(統治する主体)の誕生」(慶慮義塾大学出版会、 2 0 1 3 年 ) 、 2‑25 頁 )
5 贋瀬浩司『後期フーコー』(青土社、 2 0 1 1 年);箱田徹、前掲『フーコーの闘争一一〈統 治する主体〉の誕生』
6 虞瀬は現実(とそれに伴う主体)の二重化という観点から、一方箱田は後期の代表概念 である統治論の観点から、この啓蒙について説明をしている。本研究においてもこのよう な問題関心を共有している。ただし、後述の観点(カントに対する評価)以外にも、主体 論について本研究はこれらの研究と少し異なる立場をとっている。先行研究における主体 性が他者性を自らの内に折りたたんだ現象学的な主体論に立つのに対し、本研究の主体は 政治的場面における独我論的な性格が強調される口
7 Amy Allen , Foucault and E n l i g h t e n m e n t : A C r i t i c a l R e a p p r a i s a l ,
C o n s t e l l a t i o n s , 1 0 ( 2 ) , 2 0 0 3 , p p . 1 8 0 一 1 9 8 .
8 フーコー研究史以外の文脈(とはいっても研究史的にも参考になるものである)におい てこの啓蒙論について評価する議論としては杉田( 1 9 9 8 )、ラセブスキス( 1 9 9 3 )などが あげられる。(杉田敦『権力の系譜学』(岩波書店、 1 9 9 8 年 ) ; Karlis R a c e v s k i s ,
Postmodernism a n d t h e s e a r c h f o r enlightenment , University P r e s s of
V i r g i n i a , 1 9 9 3 . )
な啓蒙観を提示する狙いがあったのではないだろうか。ではなぜフーコーはこのような啓 蒙観を提示したのか。それについては、フーコーなりの自由についての解釈があり、この自 由の可能性を開示するための試みとして啓蒙のブ
Oロジェクトが提示されたと考える。フー コーは、カント的図式を読み替え、啓蒙論を再評価し、その啓蒙を実際に促すことによって、
ポストモダンにおける自由の可能性を示そうとしたのではないだろうか。
これを踏まえ、本研究の構成は以下の通りになる。まず第 1章では、フーコーの思想的態
度、世界観について言及される。晩年のカント評価への前史(『言葉と物』におけるカント
評価)を踏まえ、フーコーの啓蒙論について考察する。ここでは、フーコーの世界理解が動
態的なものであることが確認され、その世界観の下、カント的な図式を読み替える試みが示
される。第 1 章がマクロな世界理解にかかわるもので、あったとするなら、次の第 2 章ではそ
のような世界・現在における主体の振る舞いというミクロな視点から啓蒙論を考察してい
く D 自由=自律ないし主体といった概念のフーコーなりの解釈を提示し、現実におけるそれ
らの可能性を聞いたい。最後に、この現実における啓蒙の活性化への手がかりをえたい。こ
こでは、現実を問題化するような主体について触れ、ローカルな知を活性化させるために求
められる知識人の役割について考えたい。
第 1章 フーコーの啓蒙論一一現代性の態度としての啓蒙
本章では、晩年のカント啓蒙論に対するブーコーの評価を考察してし、く。前期フーコーに 見られたカントに対する批判的態度と、晩期フーコーの啓蒙論を評価する態度とではその 様相が大きく異なることは先ほど簡単にふれた。本研究では、これをフーコーの思想的な枠 組みの変化にみるのではなく、フーコーのカントに対する見方の変化として捉える。つまり カントの図式を自らの思想的枠組みの下にフーコーは再解釈したがゆえに、晩年になって カントへの積極的な評価に向かったと考えるのである。このカント的図式の読み替えを見 ていく上で、フーコーの思想的態度について考察する必要がある。とりわけ第 2節で論じる ように、啓蒙は現実に対する態度として定義されることから、フーコーがどのように現実を 捉えていたのか、つまりフーコーの世界理解の仕方について明らかにしていく必要がある。
本章では、まず前期フーコーを代表する著作『言葉と物』を手掛かりに、前期から見られ るフーコーの思想的態度と晩年の啓蒙論との関係性について論じたい。次に、第 2 節におい て、カントの啓蒙論に対するフーコーの評価を考察し、カント的図式をいかに再解釈したか を明らかにしたい。そして、その解釈の根にあるフーコーの,思想的態度ないし世界理解につ いて、第 3節にて検討したい。
第 1節 『言葉と物』におけるカント論
晩年のフーコーによるカント評価を論じる前段階として、本節では前期フーコーを代表 する著作である『言葉と物』を取り上げる。「人間の死」を告発しカントの用意した近代的 思考の枠組みを批判することで、フーコーは自らの思想的立ち位置を明確化したように思 われる。しかし、本書を単なるポストモダンの書として、つまり近代的思考への徹底的な批 判の書として読むのは十分でないだろう。本書には、近代的思考そのものの限界とともに、
その限界を乗り越えるような可能性(ないし危険性)が示されているのである口その思想的 な可能性を、ニーチェの議論を下敷きに展開するのが前期フーコーの態度であるとするな らば、晩年のフーコーはカントの議論にもその可能性を積極的に見出そうとするのである。
よって本節では、フーコーによる近代的思考への批判を確認したうえで、晩年のカント論に 接続するような近代そのものがもっ思想的可能性を読み取っていきたい口ここではエピス テーメーという本書独自の概念が、閉じられた知の枠組みとして提示されるのではなく、聞 いのきっかけ、問いかけの可能性として提示されるであろう。
さて、このエピステーメーであるが、それは歴史的に規定された私たちの認識枠組み(あ るいは知の枠組み)である
D本書では、ノレネサンス、古典主義、近代と時代を辿りながら、
それぞれの時代の学問体系を規定するような知の枠組み(エピステーメー)が示される口本
論の主題である近代のエピステーメーであるが、それを特徴づける概念こそ「人間」ないし
「人間学」である
D古典主義の時代においては、「普遍数学」のような普遍的秩序に基づい て経験は構成された九しかし、人間の登場とそれによる知の規定はこのような思考の枠組 みを大きく変える。西欧における「人間」の発見が、古典主義時代の思考様式から近代のエ ピステーメーを隔てるのだ 1 0
0そして、この「人間」の発見をもって特徴づけられる近代の エピステーメーの形成に決定的な影響を与えた人物こそ、当のカントなのである 1 1 0 古典主 義のエピステーメーは「表象」的思考をその特徴とし、徹底的に無時間的に 1 2 無限の秩序を 描きだしたが、近代のエピステーメーでは有限な存在である「人間」によって知は基礎づけ
られる。
人聞がそこでみずからは有限だと学びうる、そうした積極的(=実定的)諸形態の一 つ一つは、人間固有の有限性を下地としてはじめて人間に与えられるものにほかなら ない。しかしながらこの有限性は、実定的なもののもっとも純化された本質ではなく、
そこから出発して実定的なものの出現が可能となっているものである 1 3 0
人聞が有限であるのは、人聞が「肉体の空間性と欲望の拡がりと言語の時間という標識」
1 4 を持つからである。人聞は肉体を持つことで空間的に限界づけられるのであり、そこから 出発する欲望にも限界(拡がり)が伴う。そして、言語が歴史という時間的厚みを持つこと で人聞は時間的にも限界づけられているのである。近代においてはこのような人間にかか わる有限性があらゆる事実や知の可能性を基礎づけるのである。つまり、「認識の諸限界が、
つねに限られた経験の中でだが、生命、労働、言語とは何かを知る可能性を積極的に基礎づ ける」 1 5 ので、あって、その基礎づけの下に「生物学、経済学、文献学」の近代的な諸学問が 成立するのである。このとき人聞は経験的存在として学問の対象であると同時に、その学問 における問いの枠組みを規定する(限界づける)存在として現れる。よって人聞は、「経験
9 「し、ずれにしても、古典主義時代の《エピステーメー》は、そのもっとも一般的な配置 において、((マテシス》、《タクシノミア》、《発生論的分析》の分節体系として定義できる だろう。すべての学問は、たとえ遠いものにせよ、つねに網羅的秩序付けの企てをいだい ている。〔…〕 1 7 世紀と 1 8 世紀において、知の中心は《表》に他ならない」(ミシェル・
フーコー(渡辺一民・佐々木明訳)『言葉と物一一人文科学の考古学』(新潮社、 1974 年 ) 、 99‑100 頁参照。)
1 0 このエピステーメーの変化の理由をフーコーは明示しない。これについては、 ドレイフ アス、ラピノウの研究が詳しい。(ヒューパート・ドレイブアス、ポール・ラピノウ(山 形頼洋・鷲田清ーほか訳)『ミシェル・フーコー 構造主義と解釈学を超えて』(筑摩書 房 、 1996 、 ) 5 8 頁参照。)
1 1 ミシェル・フーコ一、前掲『言葉と物』、 262 頁 。
1 2 檎垣立哉『フーコー講義』(河出書房、 2010 年 ) 、 8 1 頁 。
1 3 ミシェル・フーコー、前掲『言葉と物』、 334 頁 。
1 4 向上、 3 3 5 頁 。
1 5 向上、 336 頁 。
的=先験的二重体」 1 6 であり、「知にとって客体であるとともに主体でもある、その両義的立 場 J 1 7 をとる存在であるのだ。そしてこの問題設定こそ、まさにカント的であるといえるロ カントの『論理学』における試みは、「私は何を知ることができるか。私は何をなすべきか口 私には何を希望することができるか。 J という三つの批判的設問を、《人間とは何か》という 第四の問いかけに関係づける試みで、あったからだ 1 8
0理性の限界(経験可能性)確定を旨と したカントの批判哲学は、「人間にとって J 経験しうることの可能性(限界)を問う試みで あり、「人間」を中心に知の枠組みを決定するものであるのだ。
この有限な存在である人間を知の実定的な基盤に据えることで、近代のエピステーメー はある問題を抱えることになった。有限な存在である人間は思考する限りにおいて、常に
「思考されぬものを思考せねばならないという法則 J 1 9 によって貫かれるのである。例えば、
ブーコーが「わたしの思考がけっして完全に顕在化しえないであろう沈殿作用の重みのな かにしか実在しないあの言語が、わたしであるということができるであろうか」 20 と問うた ように、人間の有限性を規定する言語は「思考を支えるものであるが思考そのものでは決し てなしりので、あって、それを「わたしの言語である」などということはできないのである。
つまり、言語は歴史的な厚みをもつものであるから、それは今現在を生きる個人の中で完結 するものではないので、あって、多分に私とは異なる「他者なるもの」を含むのである。近代 的思考において人間は、常に自己の内なる他者を思考せねばならないのだ。しかし、近代の 思考はこの人間にとっての内なる他者を、人間の同一者にするよう方向づけられている
つまり、有限性の分析論にとってつねに問題となりつづけるのは、〈他者〉〈遠いもの)
がいかにして(もっとも近いもの〉であり、〈同一者)であるか、を示すことに他なら ない 210
この人間中心主義的思考を、フーコーは近代以降の諸学に見られる人間学的態度である とし、その思想的基盤を用意したカントを批判するのである。上述の通り、人間を中心に認 識の基礎や諸限界を規定し、かっすべての真理を明らかにしようとする思想的態度が、カン トの批判哲学には見られた。そして、フーコーは、独断論のまどろみから目覚めたカント哲 学は、新たに「人間学的眠り J に陥ったと結論付けるのである 22 。近代のエピステーメーが 人間中心主義という自らの限界のうちで「思考停止 J 23 に陥ることである口この「人間学的
1 6 向上、 3 3 8 頁 。
1 7 向上、 3 3 2 頁 。
1 8 向上、 3 6 2 頁参照。
1 9 同上、 3 4 7 頁 。
20 向上、 3 4 4 頁 口
2 1 向上、 360‑361 頁 。
22 同上、 362‑364 頁参照。
23 ここでの「思考停止」という言葉には注意が必要である。なぜなら、近代のプロジェク
眠り」を目覚めさせ、近代のエピステーメーの内に別様の可能性を見出そうとしたのが、ニ ーチェで、ある口このニーチェに対するフーコーの評価こそ、フーコーの一貫した思想的態度 を端的にあらわしている。
ニーチェは、近代的思考が直面した「思考ならざるもの j や「自己の内なる他者 j から議 論を開始する。カント哲学が人間学という「同一性の哲学」を展開したのに対して、ニーチ ェは近代の思考様式に含まれる他者性の側に立とうとした。この時、ニーチェにとっての近 代の思考は、純粋な思弁というよりは「ある種の行動様態」としての性格を持つ
Dなぜなら 思考は思考するやいなや、自己の内なる他者を思考せざるを得ないのであり、思考する固有 の存在自身の内で思考は完結しないからである。思考は外へ赴くのである
Dそして、近代的 思考は、それ自身のうちに他者を含みこむから、人間としての自己自身の同一性を揺さぶる ような「危険な行為」としての性格を持つ。自ら設定したその都度の限界を乗り越え、外へ と赴く可能性が、近代のエピステーメーそのものの内にあるので、あって、ニーチェはこれを 詞 Z イ面したのである。
ニーチェの議論は、近代のエピステーメーの内で人間学的思考と対峠する。ニーチェの思 想は、「人間学的眠り」を目覚めさせるような(しかし同一性を揺さぶる危険性をもった)
劇薬となるのだ。そして『言葉と物』の結末部においては、人間学的思考が終わりを迎えつ つあること(「人間の終駕」が間近いこと)がフーコーによって示される。それは終意した のではなく、あくまで間近いものであるのだ。われわれはいまだ近代のエピステーメーを乗 り越えたわけではなく、その枠組みの内にとどめられている。しかし、それは乗り越えがた い閉じられた知の枠組みとして提示されたわけではない口エピステーメーとは、「一つの閉 じられた領野」ではなく、「打ち立てられては解体する諸々の区分や食い違いや一致から成 る際限なく動的な集合」 2 4 なので、あって、近代のエピステーメーの内であえて「人間の死」
を語ることで、フーコーはこの動的集合を駆動させるのである。『言葉と物』のねらいは、
「今・ここ」を生きる我々に近代のプロジェクトを提示することで、あって、「人間の死」を 問し、かけることで絶えず思考を促し続けることにあるのだ。
カントの批判哲学によって展開された近代的思考は、同一性の哲学(人間学的思考)の次 元を超えるものでなく、フーコーはそれを厳しく批判した 2 5
0しかし、それを一つの行動様
トはむしろ個々人に思考することを促してきたからである。その上で、思考停止に陥ると いうのは、あくまで近代人の思考様式が人間学的思考の枠組みの内にとどまるということ である。つまり、近代的思考は自らの存在根拠を問わないという意味において眠りの内に あるということだ口近代人の陥る眠りは、あくまで「人間学的眠り」なのである。
2 4 ミシェル・フーコー(慎改康之訳)『知の考古学』(河出書房新社、 2012 年 ) 、 3 6 1 頁 。
25 ただし前期フーコーにおいても、『言葉と物』におけるカントへの態度とはその様相が
少し異なるものもある。博士論文の副論文「カントの人間学 J では、『批判』と『人間
学』における時間論の違いに着目し、綜合に対する「散逸 J を『人間学』の中に読み取っ
ている口また、 66 年にはフランスでのカッシーラー『啓蒙主義の哲学』の仏訳出版に寄せ
て、カント主義者としてのカッシーラーを高く評価したうえで、伝統的な思想史に立脚し
た彼の記述にある種の限界があることを提示している。この限界は、「理論的なもの」の
態として提示したとき、近代的思考は内なる他者を絶えず思考し続けるというプロジェク トとしての性格をもっ。カントが用意した批判哲学の内には積極的な問いへと転換するよ うな可能性があるので、あって、晩年のフーコーはカントの啓蒙論にそのような可能性を見 出すのである口
第 2節 カント啓蒙論に対する評価
本節では、晩年のフーコーによるカント啓蒙論に対する評価について考察してし、く。カン トに対して批判的な態度をとっていたフーコーで、あったが、晩年にはその態度を一変させ、
啓蒙という概念をめぐってカントの思想を肯定的に評価するに至る。ただし言わずもがな ではあるが、フーコーは近代的概念であるとされる啓蒙を、その通俗的な解釈 2 6 のままに評 価したわけではない。彼は、カントが提示した図式を啓蒙論の下に再解釈し、積極的に取り 組むべき思想的かつ政治的課題として啓蒙論を提示したのである。このときフーコーはカ ント啓蒙論それ自体の画期性を評価しながら、啓蒙に見られる態度的性格をボードレーノレ の議論を手がかかりに明らかにしてし 1 く口そして、この啓蒙の態度的性格こそ、カントの用 意した近代的思考の図式を積極的なものへと転換し、行動様態としての思考を活性化させ るものであるのだ。よって本節では、まずカント啓蒙論に対するフーコーの評価について考 察し、次にボードレールに対する議論を参考に啓蒙の態度的性格について考えていきたい。
カント啓蒙論の画期性は、「現在についての問しリであったという点に求められるとフー コーは述べる 2 7 。カントは論文「啓蒙とは何か」の中で、啓蒙とは「人聞が自ら招いた未成 年状態を抜け出ること」 2 8 であると述べた口その未成年状態とは、「他人の指示を仰がなけれ ば自分の理性を使うことができなしリ 29 状態のことであるが、今現在を生きる私たちはまさ にこの未成年状態に置かれているのである口カントは、未成年状態に置かれた今現在を「啓 蒙されつつある時代 J であると捉え、啓蒙を「し 1 ま・ここ」におけるプロジェクトとして提
自律的な空間を他のすべての歴史から切り離すような理念史の記述によるもので、フーコ ーはこの限界を引き受けることが今日の我々の課題であると述べている。(ミシェル・フ ーコー(増田真訳)「無言の歴史」『ミシェル・フーコー思考集成 E』所収(筑摩書房、
1 9 9 9 年 ) 、 373‑378 頁;(玉寺賢太訳)『カントの人間学』(新潮社、 2010 年 ) 113‑118 頁 参照。)
2 6 牧野(2003 )いわく、 1 8 世紀の啓蒙思想の一般的な性格としては、①反宗教、②科学的 自然主義の傾向、③固有のヒューマニズム、④進歩史観といった諸点があげられる。これ らをもって、啓蒙の近代性が特徴づけられるといえる。(牧野英二『カントを読むーポス
トモダニズ、ム以降の批判哲学』(岩波書店、 2003 年)参照。)
2 7 ミシェル・フーコー(阿部崇訳)『自己と他者の統治 コレージュ・ド・フランス講義 一九八二一一九八三年度』(筑摩書房、 2010 年 ) 、 16‑18 頁参照。
2 8 イマニュエル・カント、前掲「啓蒙とは何か」、 1 0 頁 。
29 向上、 1 0 頁 。
示する。「啓蒙されつつある時代 J を生きる哲学者の役割は、自らの言説が、現在と対峠す る点において歴史的に特殊な出来事であるということを示すことに他ならないのだ。
言説は、[まず]そこに自分固有の場所を見出すため、第二にその現在性の意味を述 べるため、第三に自分が現在性の内部で行使することのできる行動様態や実行様態を 示し、特定するために、みずからの現在性を改めて考慮、しなければならないのです 30
0自分自身が属する現在について自問することが、未成年の状態としての現在の在り方を 乗り越えるような可能性を示すことになるのである。このような自らの現在性を問う態度、
現雀由説リ柔に対する関わり方の様式 3 1 こそカント啓蒙論の画期性で、あったとフーコーは述 べる。そして彼はこの啓蒙の態度を「手短に特徴づけるために、ほとんど必然的といってよ し、かもしれない例」 32 として、ボードレールを取り上げるのだ。
ここでフーコーは、ボードレールが『現代画家の生活』で論じた「垣氏証」の概念に注目 する。ボードレールいわく、それは「一時的なもの、うつろい易いもの、偶発的なもの J を 意味する。問題はこの現代性に対して示される態度である。現代性を求める者(ボードレー ルはこれを現代的である者と呼ぶ)は、絶えず逃れさる現在という偶然的なものをただ感受 するのではなく、そのような偶発的な現在に対しである種の態度を示す。現代的である者は、
「流行が歴史的なものの裡に含みうる詩的なものを、流行の中から取り出すこと、一時的な ものの中から永遠なものを抽出すること」 33 を目指すのである。ただし、この現在に対する 態度は、現在という過ぎ去る時を永遠化ないし神聖化することではない。フーコーは、現代 性の態度について以下のように述べる。
現代性の態度にとっては、〈現在〉のもつ高い価値は、その〈現在)を、そうである のとは違うように想像する熱情、〈現在〉がそうある在り方の裡に、〈現在)を捕捉する ことによって、〈現在)を変形しようとする熱情と切り離しえないのだ。ボードレール 的現代性とは、(現実的なもの〉に対する極度の注意が、その(現実的なもの〉を尊重 すると同時に侵害する自由の実践に直面しているような修練なのだ 3 ¥
現代性の態度とは、現在をいまある状況とは異なるかたちで想像し、変化をうながし続け
30 ミシェル・フーコ一、前掲『自己と他者の統治 コレージュ・ド・フランス講義一九八 二一一九八三年度』、 1 9 頁 。
3 1 ミシェル・フーコー(石田英敬訳)「啓蒙とは何か」『ミシェル・フーコー思考集成 XJ] 所収(筑摩書房、 2002 年 ) 、 1 2 頁 。
32 向上、 1 2 頁 。
3 3 シヤノレノレ・ボードレーノレ(阿部良雄訳)「現代生活の画家 J 『ボードレール全集 N 』(筑摩 書房、 1987 年)所収、 149 頁 。
34 ミシェル・フーコー、前掲「啓蒙とは何か J 、 14 頁 。
るために、現在に対してあえて先鋭的な意識を向けることである。それは、現在を不動のも のとして神聖化するような態度とは異なるが、現実の否定へと向かうロマン主義的な態度 とも異なる。むしろフーコー的啓蒙においては、ロマン主義的想像力が、(今・ここ〉の現 実を飛躍するために用いられる。現実を否定し過去の物語へと隠遁する「ロマン主義的眠り」
を批判し、現実を肯定していくために絶えず現実の在り方を脱中心化していく、このアイロ ニカルな態度 35 こそ現代性の態度なのである。この現在に対するアイロニーにこそ我々の自 由が賭けられているのだが、これについては次節並びに次章にて検討したい口とかく、啓蒙 の課題は、この現実に対するアイロニカノレな態度を絶えず促すことにあるのだ。
カントに対するフーコーの評価をいまや改めねばならない。フーコーは、ボードレールの 議論を経由することで、現在に対するアイロニカルな態度をもって現在を絶えず変容可能 なものとして提示するような可能性をカント啓蒙論に見出すのである。これは前節で示し たような『言葉と物』のねらいを、カントの言葉(図式)の内で新たに語りなおす試みであ ったといえる。カントの啓蒙論には、カント自らが陥った「人間学的眠り」を目覚めさせる ような契機があるのだ。
そして、カントに対するこのような評価の二面性は、そのまま世界理解の仕方にかかわる。
前期フーコーが評価したような近代合理主義者としてのカントの批判哲学は同一性の哲学 の内にとどまるもので、あって、その世界理解はスタティックなもので、あった。他方、現代性 の態度としての啓蒙は現在に絶えず変化を促し続けるものであるから、啓蒙論におけるカ ントの世界理解は極めて動的なものであるのだ。この世界理解について、次節にて詳しく検 討していく。現代性の態度である啓蒙がまさに向かおうとするこの現在とは何であるかが、
次節のテーマである。
第 3 節 系譜学的試みと現実の問題化
フーコーのカント評価を考察していく中で、フーコーの基本的な思想的態度ないし世界 観が示唆された。それは動態的な世界理解である。啓蒙の試みは、現実の別様の在り方を絶 えず思考し続けることで、あって、現実は可変的な空間として提示されるのである。この可変 的空間としての現実を理論的かつ積極的にフーコーが描きだすのは、 7 0 年代以降彼が権力 論を展開するようになってからである 360 フーコーにとって現実とは権力が交錯する場であ
35 向上、 13‑14 頁参照。
36 60 年代のフーコーの議論は言説(d iscours )を自律的なものとして提示しその分析(い
わゆる考古学的分析 3 6 )を自らの仕事としていたが、 70 年代になって彼は言説を言説外の
働きとの関連で捉えるようになる口(コレージュ・ド・フランスの教授就任演説『言説の
領界』はその決定的なタームといえる。)この頃からフーコーは知( savoir )としづ言葉
を積極的に用いるようになるが、この知はそれを駆動させる権力(pouvoir )との関係の
下にとらえられるようになるのである。(桜井哲夫『フーコー一知と権力』(講談社、 2003
るから、権力論を通過することなしに現実の様態を分析することはできないのである。よっ て、本節ではまずフーコーの権力観について考察し、その上でフーコーの世界観(現実の捉 え方)を、ドゥルーズのフーコー論を手掛かりに検討する。フーコーの世界観を理論的に提 示する上で、ドウルーズの議論は大変優れた要約となっているのである。そしてここでは現 実は動的な様態として提示される。しかし、我々が生きる秩序だった現実はいかにも静的で、
ある。この静的な秩序の在り方について制度論並びに知と権力の関係性から考察する。そし て最後に、フーコーの系譜学としづ方法論に注目する。系譜学の試みによって、現実は動的 な様態として再び示され、知と権力の関係に変化が促されるのである D
周知のとおりフーコーの権力観は、従来の権力観と大きく異なるものである。「権力はあ る特定の主体が明確な意図をもって行使する」としづ従来の権力観では、権力は実体的かっ 人格的なものとして想定された。他方、フーコーの権力観は、機能的で匿名的なものである。
権力という語によってまず理解すべきだと思われるのは、無数の力関係であり、それ らが行使される領域に内在的で、かつそれらの組織の構成要素であるようなものだ。絶 えざる闘争と衝突によって、それらを変形し、強化し、逆転させる勝負=ゲームである
37
0
フーコーにとっての権力は、実体的なものでなく、無数の力関係が戯れた状態で、あって、
あらゆる場所で機能しているその都度の関係性である。現実という空間において機能して いる力関係は、様々な主体のその都度の関係性によって絶えず変化する。よって、彼にとっ ての権力はある特定の個人が所有したり行使したりする「もの J ではなし、(権力の匠名性)。
権力とは、特定の場における「錯綜した戦略的状況に与えられた名称」 38 なのである。よっ て、フーコーにとっては、権力が如何なるものであるかが問題なのではなく、ある特定の場 において権力がし、かに機能しているかが問題なのである。
その上でフーコーの世界観、彼にとっての「現実」の様態を、ドウルーズのフーコー論を 参考に明らかにしてし、く。ドウルーズは、フーコー権力論における無数の力関係(力の戯れ)
をダイアグラムと呼ぶ 39 が、このダイアグラムこそ「現実化の内在的原因」であると論じる。
年);杉田、前掲『権力の系譜学』)ハツキングは、このような権力論への展開を、言説へ の一方的陶酔、「原初のけがれなさ J を希求する哲学におけるロマンティックな望みとの 決別を告げるもので、あったとしている。(イアン・ハッキング(出口康夫ら訳)『知の歴史 学』(岩波書店、 2012 年)参照。)
37 ミシェル・フーコー(渡辺守章訳)『性の歴史 I 知への意志』(新潮社、 1 9 8 6 年 ) 、 1 1 9 頁 。
38 向上、 120‑121 頁 。
39 「ダイアグラムあるいは抽象機械は、力関係の地図であり、濃度、強度の地図であり、
局在化されることのない一次的関係によって作動する。」(ジル・ドウルーズ(宇野邦一
訳)『フーコー』(河出書房、 2007 年 ) 、 7 3 頁 。 )
内在的原因とは、「その結果が原因を現実化し、統合し、差異化するような原因」である 400
つまり、原因であるというのは、現実がダイアグラムのその都度の現実化として示されるか らで、あって、また内在的であるというのは、ダイアグラムが現実において何らかの権力関係 として浮かび上がることではじめて、それが存在するということができるものであるから だ。このように現実は、ダイアグラムの動態的な表出のその都度の在り方で、あって、たえざ る現実化こそその様態であると考えられた。
ただし、無数の力関係から現実が表出されるということは、この現実化においである種の 統合作用が機能しているということを忘れてはならない。
権力関係は、様々な特異性(情動)を決定する差異的な関係である。それらを安定さ せ、地層化するような現実化とは、一つの統合作用で、ある
Dつまり一つの「普遍的な力 線」を引き、様々な特異性を結び付け、それらを整序し、等質化し、系列化し収束させ
るようなイ乍用である 410
現実化とはその都度「包括的になろうとする漸進的な統合作用 J で、あって、現実はダイア グラムのある一つの様態にすぎ、ない口現実を産出する統合作用それ自体は偶然的なもので あるのだ。しかし、この統合作用にはある種の普遍化の作用が伴っていることも事実である。
現実における秩序の形成は、この普遍化の作用によるものであるといえる。この普遍化の作 用において、重要となる概念こそ「制度」( institution )であるべこの制度について虞瀬
( 2 0 1 1 )は以下のように述べている。
「権力の諸関係」と複数形で呼ばれるものは、こうした二重化する現実がかたちづく る繊細で、差異化され、連続的な網目である。したがってこの網目を何が「中継 J して いるのかが、フーコーの歴史記述の重要な主題となる。それがたとえば司法、警察、医 学、精神医学といった様々な制度である 43
0現実の二重化とは、現実化に伴う非現実化の様態である。つまり、様々な力の関係性であ るダイアグラムから特定の関係性が現実として産出されるのであるから、現実化という統 合作用の過程には非現実化が伴うということだ。そして、この二重化する現実の場において、
制度の機能が見られる。司法、監獄、教育といった制度の場において、知(制度化された知)
が機能することで、この現実化という統合作用は方向づけられるのだ。制度化された知が、
40 向上、 74頁 。
4 1 向上、 1 4 1 頁
04 2 「こうして、国家であれ他のものであれ、制度の最も普遍的な性格を定義しようとする なら、それは権力一統治の分子的または「ミクロ物理学的な j 前提的関係を、ある種のモ ル的な審級の周囲に組織することであるように思われる。」(向上、 1 4 2 頁 。 )
43 慶瀬浩司、前掲『後期フーコー権力から主体へ』、 1 4 頁 。
「現実として語られるもの、あるいは語るべきもの/現実として語られないもの、あるいは 語るべきでないもの」を決定づける、そしてその作用によって現実は産出されるから、その 現実は秩序だ、ったものとなるのだ口
このとき権力とともに現実を産出するような「制度化された知」が存在する一方、これと は別の形をとる知、つまりダイアグラムの中で非現実化されている知(従属化された知 44) が存在しているのである。先の啓蒙の課題を踏まえたとき、現実を、より動的なものとして、
より流動的なものとして提示するためには、このような従属化された知にこそ活路が見出 されなければならない D 従属化された知に向かい、制度化/非制度化の絶えざる変動という 両義的な視座の下に、現実を捉えようとする方法論こそ、系譜学である。
7 1 年論文「ニーチェ、系譜学、歴史 J において提示されたこの方法論をもって、フーコー は従来の歴史学の態度を批判していく。フーコ一日く、従来の歴史学は起源を探求するもの であった。起源とは、外的で偶有的なあらゆるものに先立つような、ものの正確な本質やア イデンティティーのことで、あって、きわめて形而上学的なものである 450 我々は起源を想定 することによって、今現在が何らかの深い意図や不動の必然性に支えられていると信じる のである 4 6
0これに対して、系譜学は起源を探求することを拒み、実際の歴史 wirkliche Historie へと向かうべ起源をもっ歴史とは対照的に、実際の歴史はきわめて偶然的で非連 続的なもので、あって、無数の出来事からなるものであるべそのような出来事は時にきわめ てとるに足らないものであるように思われるが、歴史家たちが描いたような恒常的で連続 的な歴史の在り方を拒否するような可能性を持つ口系譜学は、実際の歴史を考察することで、
「出来事の闘入と連続性をもっ必然性との聞に一般に立てられる関係を逆転する J 49 のであ る 。
起源を問うことによって恒常的な歴史を描き出し、現在における偶然性を統御しようと
44 76 年のコレージュ・ド・フランス講義で展開された「従属化された知」はまさにこのよ うな知であるといえるだろう。フーコ一日く、 従属化された知とは、第一に「機能的お よび体系的な全体のなかに存在しながら隠蔽されてきた歴史的諸内容」のことである。そ
して第二にそれは、「普通の人々の知」(個別的な知、ローカルで、領域的な知)で、あって、
「非概念的な諸々の知、十分に練り上げられていないとして資格を剥奪された一連の知 J である。(ミシェル・フーコー(石田英敬・小野正嗣訳)『社会は防衛しなければならない コレージュ・ド・フランス講義録一九七五 一九七六年度』(筑摩書房、 2 0 0 7 年 ) 、 10‑11 頁参照。)
4 5 ミシェル・フーコー (伊藤晃訳)「ニーチェ、系譜学、歴史」『ミシェル・フーコー思 考集成 W 、 』 1 4 頁参照。
4 6 向上、 28 頁参照。
4 7 向上、 24 頁参照。
48 この無数の出来事に対する感覚、いわゆる「歴史的感覚」を養うことが系譜学には求め られるとフーコーはしづ。歴史的感覚は、「((wirklicheHistorie ))を実践するものといえ るのだが、人間における不滅のものとこれまで信じられてきたあらゆるものを、生成の中 に再び導入する」ようなものであるのだ。(向上、 26 頁参照。)
49 向上、 2 7 頁 。
するような歴史学の知に対して、系譜学が対象とする知は歴史家たちにとってとるに足ら ないとされてきたような知であろう。しかし、系譜学はこのような従属化された知を脱−従 属化し、歴史学の知と戯れさせることによって、そのような知(制度化された知)への批判 可能性を開示するのである。
科学に固有な権力の序列の中に諸々の知を記入しようという計画に対して、系譜学 というのは、歴史的な諸々の知を、脱−従属化し自由にする企てである、つまり、統一 的、形式的、科学的な理論言説の強制に反対して戦うことができるようにする企ての一 つであるといえるでしょう 50
0系譜学は、従属化された知を脱−従属化し、制度化された知とあらためて戯れさせること で、現実化と非現実化のダイナミズムを活性化させ、現実をより動態的なものとして提示す るのである。そしてこの積極的な世界観の提示にこそ、自由の可能性が賭けられているので ある。現実を制度化という一側面から眺めるのではなく、制度化−非制度化の絶えざる変動 という両義的な視点から捉えることによって、はじめて我々にとっての自由の可能性が聞 かれるのだ。
啓蒙のプロジェクトは、現代性の態度を絶えず活性化することを目標とした。現在に絶え ず変化を促すことがその課題となったが、系譜学は現実における偶然の要素を歴史的な次 元から暴露することで、現実における知と権力の関係性を問題化し、現実を現実化の様態と
して提示する。そして動態的な空間として現実が描かれることで、自由の可能性が示される が、次に問題となるのはこの空間における主体の振る舞いである。啓蒙論において主体はど のような役割を担うのであろうか。
50 ミ、ンェル・フーコ一、前掲『社会は防衛しなければならない コレージュ・ド・フラン
ス講義録一九七五一一九七六年度』、 13‑14 頁 。
第 2 章統治の時代における主体論一一後期フーコーの議論を中心に
前章では、啓蒙論を中心にフーコーの世界理解について示した。現代性の態度としての啓 蒙にみられるアイロニーは、この世界の別様の在り方についての想像力を促すもので、あっ た。世界の変容可能性を示すことが啓蒙の試みにおいて重要で、あったが、その活路を開くの が系譜学的試みである。系譜学において、現実は制度化と非制度化の絶えざる変動という両 義的な視点から捉えられ、動態的なものとして提示された。この現実におけるダイナミズム を示すことが前章の目的であったが、本章ではその動態的な世界における主体の在り方が 問題となる。ダイアグラムにおける主体の振る舞いについて、まず第 1節では統治論の観点 から考える。権力と知の関係からなる統治の場においては、主体の振る舞いを導くような作 用が働く。主体が「し、かに統治されているか」がこの節のテーマで、あるが、ここではその統 治の在り方を問題化する態度として批判の試みについても考えたい。次に第 2節では、晩年 の古代ギリシア研究を手掛かりに、「し 1 かに主体が振る舞うか J をテーマとしたい。ここで は、「自己への配慮 J と「バレーシア」という古代の道徳原則が扱われる。
第 1 節 統治に対する批判的態度:自由の可能性の開示
本節では、現実における主体の振る舞いを論じるにあたって、後期フーコーを代表する概 念である「統治」論とこの統治に対する態度としての「批判」に注目したい。まず、この「統 治性」についてであるが、その意味内容は文脈によって大きく異なる口これに対し、ウオノレ ターズは、統治性概念の使用における重点の違いを主に三つの観点から整理している。この 内、統治性を「「振る舞いを導くこと」(t h econduct of conduct )という観点から権力の行 使を吟味するプロジェクトを目指すもの J として捉える視点こそ、フーコーが最晩年にわた ってまで継続して取り組んだものであると論じている 510 本研究においても、統治性を「振 る舞いを導くこと」として捉えるこの観点を採用し、現実において主体の振る舞いを導く統 治下における権力の様態について考えたい。そして、統治空間における主体の導きの在り方 を問題化するような態度として、批判的な態度を考察する。批判的態度をもって、主体をめ
5 1 他の二点としては以下のものがあげられる。まず、国家における統治の実践と技術に焦 点を当てるものがある。ここでは、「近代国家の系譜学」が目指され、「近代国家の可能性 の諸条件」として行動を導くような統治がし、かに展開されたかが記述される。次に、「国 家とその被治者を統治する技法と技術として特定される「家族」に焦点をあてるため統治 概念が使われている。この二つの観点は、先の統治性の観点と重なるものであるが、第 2 章第 2節にて扱う古代ギリシア研究における主体論を考えるうえで、本研究では、先の観 点を用いることとした。(ウィリアム・ウォルターズ(阿部潔訳)『統治性−フーコーをめ
ぐる批判的な出会い』(月曜社、 2016 年 ) 、 39‑44 頁参照。)
ぐる権力関係の在り方が問い直され、主体にとっての自由の可能性が示されるのである。カ ントの批判哲学における理性の限界への問いは、フーコーによっていまや「その都度の限界 を乗り越えるために〈今・ここ〉における限界を示す」としづ積極的なものへと転換される。
このフーコー的な批判の作業こそ、まさに現実の変容可能性を示す啓蒙の問題系へと結び っくのである。
まず「振る舞いを導くこと」(操行 5 2 )としての統治を論じるにあたって、「牧人=司祭型 権力」(司牧権力)について簡単に触れたい。司牧権力は、個々人の振る舞いを導くような 統治における権力作用の典型例であるからだ。西洋キリスト教社会において伝統的に見ら れたこの権力形態について、フーコーは以下のように述べる。
この権力形式は、方向性のある救済であり(政治権力と対比せよ)、献身を旨とし(君 主権力の原則と対比せよ)、個別的であり(法権力と対比せよ)、生活と時間を共にし絶 え間なく続く。真理の提示一ーその人その人の真理一一ーに結び付いているのである 5 3 0
司牧権力を行使する指導者は、牧人として群れ(信者)全体の安全に気を配りながらも、
司祭として個々人の行為や内面に働きかけることで個々人を個別化して取り扱う。個人は 司牧権力を媒介することによって自らにとっての真理と結びつき、自らを主体化するので ある。こうして司牧権力は主体の振る舞いを導くのであるが、この司牧権力の形態が近代国 家においても機能していることをフーコーは強調している 5 ¥ 76 年出版『知への意志』で示 された権力観(生に対する権力 5 5 )は、まさにこのような「個別化と全体化とを同時になす 権力形式」 56 で、あったといえる。近代国家においては、前節で論じたような「制度」を通し
5 2 「操行とは、繰り誘導するとしサ活動です。いわば操導です。しかしこれはまた、人が 自己操導するやりかた、人が誰かに操導されるに任せるやりかた、誰かに操導されるやり かた、つまりは人が操行行為・操導行為としての操行の影響下で自己操導するやりかた
〔態度・品行〕のことでもある口」(ミシェル・フーコー(高桑和巳訳)『社会は防衛しな ければならない コレージュ・ド・フランス講義録一九七五一一九七六年度』(筑摩書 房 、 2007 年 ) 、 239 頁 。 )
5 3 ミシェル・フーコー(渥海和久訳)「主体と権力」『ミシェル・フーコー思考集成 立 J
所収(筑摩書房、 2001 年 ) 、 1 7 頁 。
54 国家における可牧権力の登場については、スタンフォード大学での講演「全体的なもの と個的なもの一一政治的理性批判に向けて」が詳しい口ここで、フーコーは「国家理性 J という考え方に、個々人を個別化してとらえるような司牧権力的な発想がみられることを 指摘している。(ミシェル・フーコー(北山晴一訳)「全体的なものと個的なもの一一政治 的理性批判に向けて」『ミシェル・フーコー思考集成 V I I I 』所収(筑摩書房、 2001 年 ) 、 349‑368 頁参照。)
5 5 ここでフーコーは、生に対する権力の様態として二つの極を描き出している。一つは
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個々人の身体に働きかけるような規律権力(「人間の身体の解剖一政治学」)であり、もう
ピ オ ・ ポ リ チ ッ ク