1. はじめに
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(2) 6.論. 2011-July No.10. 文. 社会的コミュニケーション性 通常のTPOライン. 高 バランスト・リラックス の目標範囲. ビジネス: スーツ. 低. 外出: カジュアル. 家庭: リラックス着. 開発 目標. リ ラ 高ッ ク ス 性. 旅館: 寝間着、浴衣. 低. 病院: パジャマ. 【 図 1. バランスト・リラックスの概念説明図 】. この目標を実現するには、デザイン開発と素材開発の両輪が不可欠となる。直感的に理解できるように、スタイル (社会的コミュニケーション性)の強化は为にデザインが担い、楽(リラックス性)の強化は为に素材開発が担う。通常 のデザインの適用だけでは、社会コミュニケーション性は向上させると同時にリラックス性が減尐し、通常の TPO ライ ンに沿ってその特性が変化するだけである。したがってリラックス性を低下させないでスタイル(社会的コミュニケー ション性)を強化するデザインの工夫が必須となる。さらにデザイン開発にも限界があるため、低下したリラックス性 を素材開発で補う必要がある。(図 2) 素材開発によるリラックス性の向上のため、ここでは高島ちぢみの伸び特性を利用した。ちぢみ特有のシボは一方 向へのおおきな伸び特性を保持しており、デザインと組み合わせることで大幅なリラックス性の向上を実現できる。 (図 3) 次章以降でデザイン開発と素材開発の詳細を述べる。. 【 図 3. 高島ちぢみの伸び特性の活用 】. 【 図 2. デザイン開発と素材開発の方向性 】. 85.
(3) 6.論. 2011-July No.10. 文. 3. 服飾デザインにおけるプロジェクト課題の解決 □ 3-1 外観についての提案とそのねらい 外観は新衣料の特徴を最も顕著に表すものである。そこで外観のデザイン方針を明らかにするため、新衣料の用 途に近く位置づけられる家庭用のルームウェアを調査した。現在、販売されている女性用ルームウェアの外観特徴 は、ニット素材による柔らかいシルエットが多く、若年層に向けた製品提案が目立つ。色柄も花柄や縞柄が多く、カジ ュアルとロマンチックなイメージが重んじられている。一方、旅館での着用を想定する新衣料は、人と接する場面を前 提とした社会性あるデザイン要素が必要である。一般的に、 社会的な衣服には品格が重視され、体形を表しすぎないシ ルエットが望ましい。また新衣料の素材である高島の綿織物 は、立体的なしぼが特徴であるため、その風合いの個性を 生かすには装飾的なデザインは控えめであることが良いと 考えた。 これらの点から、新衣料は装飾性が尐なくやや固さのある シルエットをデザインの外観特徴として取り入れ、さらに着用 者に幅広い年代を想定して、流行に左右されない本物志向. 家庭でのルームウェア. のデザインを目指すことが有用と考えた。これらの点を検討 し決定した新衣料の外観についてのデザイン方針を図 4 に 【 図 4.新衣料の外観についてのデザイン方針】. 示す。 □ 3-2 機能性についての提案とそのねらい. 新衣料が対象とする幅広い年代の着用者の中でも、特に中高年層の着用者は、標準体型とは異なる個人差や身 体機能の低下から生じる課題が多い。そこで中高年層に配慮した着用場面を想定し、着脱のし易さと、運動性、座 位姿勢での着心地の良さを高めるための機能性を上衣、下衣に対して検討した。 (1)着脱のし易さと衿くりのデザイン 上衣の着脱のし易さに関係するのは、首まわり(襟くりの大きさ)と、腕付け根(袖くりの大きさ)の 2 点である。そこで、 着脱する際にどのような動作が関係するかについて、上挙動作と回旋動作など、その部位での変化量が多いかを 測定し、必要な衿開き寸法と位置と袖くりのゆるみ量を決定した。また衿くりは顔に近い箇所であるため全体の印象 を左右する。そこで、比較、観察から試作での修正を繰り返し、体幹部の下方向よりも体形や年齢的な個人差が影 響されにくい肩方向へ広げる形状に決定した。その例を図 5(a)に示す。 (2)腕の挙げ易さと身体側面のデザイン 中高年層の女性では肉付きが上半身優位になるため、身体側面の運動性を高めて腕の上げやすさを向上させる ことが有用である。そこで斜め方向へ伸びる素材物性を活かして、身体側面にバイアス方向に布を扱うデザインを行 った。素材全体に伸縮性があるニットとは異なる布帛における素材と型紙との関係を最大限に活かした設計である。 その結果、脇線、袖付け線のない無駄のないパターンによって、上半身全体の運動性を高めるとともに、たて、よこ、 斜めの各方向に対する布目の特徴をデザインとして表現することができた。その例を図 5(b)に示す。 (3)座位の着心地と腰部のデザイン 下腹部の大きくくびれの尐ない中高年層の体形の特徴に考慮して、パンツのウエスト部には着用者自身が調節可 能な紐とゴムを併用し、後ろ腰部のゆとりを多く股上は標準よりも深く設定した。座位姿勢でいる時間が長い旅館で の下衣の着心地の向上がねらいである。その例を図 5(c)に示す。 86.
(4) 6.論. 2011-July No.10. 文. (a). (c). (b). 【 図 5.機能性の提案 ≪衿くりのデザイン例(a). 側面のデザイン例(b). パンツデザイン例(c)≫ 】. □ 3-3 モニターによる試着とその評価 3-1、3-2 の結果をもとに制作した新衣料の上衣と下衣を組み合わせ、5 種類のコーディネートを提案した。そして デザインの方向性を検討するためモニター調査を行った。協力いただいたのは 20 代~50 代の女性 12 名で、旅館で の浴衣替わりに着用するための衣服として新衣料を提示した。実際に試作品を着用した状態で、外観、着用感、素 材感など計 7 項目と総合評価を、非常に良い、良い、どちらでもない、悪い、非常に悪い、の 5 段階で回答を求めた。 図 6 に示すモニター調査の結果から、動作性、肌触りは評価が高く、透け感と着脱性、サイズはやや評価が分かれ たが、総合評価ではいずれも試作品の着用感は良好であった。 また同時に行った聞き取り調査から、ゆとり量やシルエットについては概ね適切であるとの意見が多い一方で、非常 に良い、の評価が尐なかった着丈については、個人の体形とともに個人の好みが大きく影響していた。このことから 着丈に関しては、サイズ設定と各サイズの範囲の検討と、ひとつのサイズで調整可能なデザインを考案する必要性 を新たに課題として得た。 これらの結果に基づいて、最も評価の高かった E の素材の透け感、サイズ設定、着丈の項目のデザインを再度改 善し、新衣料の代表的な開発品として決定した。. 【 図 6. モニター調査による試作品の評価結果 (2010 年 2 月調査 於:草津市) 】. 87.
(5) 6.論. 2011-July No.10. 文. □ 3-4 ファッション性についての提案とねらい 3-1 の外観の方針のとおり、流行に左右されない本物志向のデザインを実現する最終的な仕上げとして、組紐を 新衣料に組合せる提案を行った。元来、組紐は着物の装いに格調を加える伝統的な和装小物の装飾品である。組 紐の格調高い美しさを洋服の上でも活かすことができれば、旅館で着用される 新衣料に特別な贅沢さを添えることができると考えた。滋賀県の伝統工芸品で ある組紐をデザインとして取り入れることで、社会性を持つ新衣料の装いにフ ァッションとしての新しさを加えるとともに、滋賀県の地域ブランドとしての独自 性を打ちだすねらいがある。新衣料に組紐を組み合わせるのに特に検討した のは結び方である。洋服の胴まわりは帯の上とは異なり強く結ぶことはできな い。複数の形状で試着したところ、丸い形状の組紐を用いることで洋服の上で の結びやすさが向上した。また組紐と新衣料との着こなしを複数のデザインで 試着と観察を繰り返した結果、高島のクレープや楊柳などの軽やかな綿織物 の中で、組紐は美しいアクセントとなって全体の装いを引き締める効果があっ た。今後はデザインに合う組紐の形状やデザインをさらに検討し、組紐を 【 図 7.組紐を組み合わせた新衣料例 】. 部分的に取り入れるなどデザインの展開を行う。. 4. 繊維技術によるプロジェクト課題の解決 プロジェクトを進める中で、予備的なモニター試験で人気が高かった素材とデザインに絞り込み、おごと温泉花街道 でモニター着用試験を実施した。着用試験を通じて顕在化した为な課題は、1)肌に直接着用する際に生地がゴワゴ ワする(堅い)、2)洗濯したあと、元のサイズより小さくなる、の 2 つであった。 □ 4-1 生地がゴワゴワする(堅い)という課題について 高島ちぢみ織物は、たて方向に凹凸のシボが入っており、上下方向には曲げにくく、左右方向には曲げやすいとい う特徴がある。また、肌に接触する部分が布の面全体ではなく、図 3 のシボの簡易図解に示すように、シボの谷の部 分が線状に肌に接触して着用時にさらっとした 感覚を与えるが、この種の素材で作られた衣料 を着用した経験のない人にとってはゴワゴワす るという感覚を与えることになる。 この課題を解決するために、晒・染色の最終 工程で「シルクプロテイン加工」という仕上げ加 工を付加した。その結果、生地の表面柔らかさ を調整することが可能となり、再度のモニター試 験において良好な結果が得られた。この生地の 表面柔らかさの調整効果を、定量的に評価する ため、滋賀大学輿倉弘子教授に協力いただき、 婦人服用薄手布としての力学的評価を行った。 結果を下記の図 8 にまとめた。図の縦軸、横. 【 図 8. 高島ちぢみのシルエット分類 ●風合改善前 ●風合い改善後 (日本繊維機械学会第 64 回年次大会発表資料より) 】. 軸は、婦人服のシルエット判別式を適用して、 88.
(6) 6.論. 2011-July No.10. 文. 布の力学特性から算出した変数であり、婦人服用薄手布はシルエット分類によりテーラードタイプ、ドレープタイプ、 ハリタイプの 3 つに分類されている。高島ちぢみ織物は为としてハリタイプの婦人服用の布地として分類されるが、本 加工処理することにより、ドレープタイプの布地に変えられることが明らかになった。. □ 4-2. 洗濯したあと、元のサイズより小さくなるという課題について. 高島ちぢみ織物は、名前の通り、平織組織の綿織物の緯糸(よこいと)に強撚糸を使って、布加工段階でちぢみ加 工をするもので、本来サイズが小さくなるものである。この洗濯後のちぢみは復元収縮又は緩和収縮と言われるもの で、乾かしたあと、整えて拡げればもとのサイズに戻り、着用に問題はないが、このような生地の衣服を着用する習 慣のない消費者にとっては、「着られない」と判断されることになる。そこで、今回のプロジェクトでは、「洗濯後のちぢ み量を補正する方法」と「洗濯後のちぢみ量を小さくする方法」の 2 つの課題解決方法を検討した。 ・ 4-2-1 「洗濯後のちぢみ量を補正する方法」の検討 生地は一般的な「高島ちぢみ 薄手タイプ」を用い、洗濯によるちぢみ量を測定した。織上がり幅は 165cmで染色加 工後の幅は 112cmの生地を、縫製工場でたて 50cmよこ幅 112cmに切り取り、垂直方向に両端を縫い合わせ、筒 状 (腹巻き状)にしたものを洗濯試験サンプルとした。洗濯機で洗濯し、吊り干し状態で自然に乾燥させ、サイズの変 化を計測した。実験の結果、たて方向-3%の寸法変化、よこ方向-15%の寸法変化が生じた。 この横方向の大きなちぢみ量を補正するため、1)染色加工後の生地幅を、縫製加工に差し支えない程度に狭く整 えることにより、ちぢみ量をある程度減尐させるとともに、2)縫製パターン(型紙)を残りのちぢみ予測量だけ横方向へ 拡げておき、縫製上がりの製品を一回だけ洗濯して整えるという手法で解決を図った。具体的に 1)については、当 初の染色仕上幅 112cmを改善して 100cmにした。112cmの生地が 15%縮んだということは計算上 95cmになったと 推測されるが、95cmでは縫製工程で型紙から部品をカットする際及び縫い合わせる際に、生地が安定しないので、 縫製に差し支えない程度の 100cmで幅セットすることにした。2)については 100cmから 95cm への寸法変化を補正 するため、縫製パターンをよこ方向に+5%程度拡げることで、試作を行った。 試作の結果、たて・よことも洗濯後の収縮率は 3%以内に収まり、洗濯したあと、元のサイズより小さくなるという課題 を解決することができた。 ・ 4-2-2 「洗濯後のちぢみ量を小さくする方法」の検討 上記の解決策と並行して、生地そのものが縮みにくい素材開発(高島ちぢみ厚手クレープタイプ)にも取り組んだ。こ れは、糸を太くすることで糸と糸の隙間を尐なくし、ちぢむ余地を尐なくしたものである。ちぢみ量は問題のない程度 まで改善できたが、生地の重さは高島ちぢみ薄手タイプが 102g/㎡に対して、高島ちぢみ厚手クレープタイプが 131g/㎡であった。この素材で同じデザインの試作をしたところ、厚手クレープタイプは薄手タイプに比べてユーザー 評価は低く、特に上着が重いとの評価であった。 ユーザー評価を考慮し、「洗濯後のちぢみ量を補正する方法」を課題解決策と決定した。 このプロジェクトの課題は、当社のような織物業だけでは解決できず、織物業と縫製業との企画段階からの緊密な 連携、正確な情報のやり取りによって、はじめて解決の方策を導き出すことができた。繊維業界は旧来から、製造・ 流通工程が分断化・細分化されており、大量生産・大量消費の時代は各工程がスケールメリットを極大化してコスト ダウンすることが至上命題であったが、近年のように、個の需要に対応してゆくには、織物業と縫製業との情報伝達 が品質面で極めて重要であることをあらためて認識した。 89.
(7) 6.論. 2011-July No.10. 文. 5. おわりに 各生活シーンにおける衣服は楽(リラックス性)とスタイル(社会的コミュニケーション性)を同時に充足することはで きないため、どちらかのファクターを犠牲にして服装の使い分けがなされてきた。本プロジェクトでは、どちらかのファ クターを犠牲にするのではなく強化することで、クロスオーバーする生活シーンに適応できる「バランスト・リラックス」 というコンセプトを提唱し、高島の綿織物技術とデザイン・伝統工芸の力を合わせることで、旅館での浴衣に替わる 新しいくつろぎ衣の開発を行った。旅館「びわこ花街道」で試作品のモニター調査し、そのユーザーニーズを改良試 作に展開した。改良試作とユーザーアンケートを繰り返し実施する方法を実施した結果、色、着やすさ、動きやすさ のデザイン検討および、縫製方法、風合い処理の課題を解決し、事業化を展望する段階に到達した。. ≪謝 辞≫ 新ジャンル衣料にふさわしい組紐の開発を担当いただいた、(有)藤三郎紐 四代目藤三郎 太田耕吉氏に感謝し ます。また、着ごこち等について旅館における宿泊客のモニター調査にご協力いただくとともに、製品化への課題と その解決方針について、数多くのご助言をいただきました旅館「びわこ花街道」社長 佐藤裕子氏に感謝します。 本 プロジェクトの立ち上げ時に当センターコーディネーターとしてご尽力いただき、現在のワーキンググループでの討議 に参加いただきました京都学園大学 教授 宇佐美照夫氏に感謝します。本プロジェクトの開発目標について、繊維 技術の視点からご助言いただきました、滋賀県東北部工業技術センターの関係諸氏に感謝します。新衣料の試作、 モニター調査に協力いただきましたファッションデザイナー中川涼子氏、株式会社「宙」代表取締役 栗栖佳子氏に 感謝します。繊維特性の測定評価にご協力いただきました滋賀大学 教授 與倉弘子氏に感謝します。さいごに、 「しが新事業応援ファンド助成金」を利用させていただき、ユーザー調査に基づく改良試作を繰り返し実施するアプロ ーチ方法をとることが可能になり、製品化を展望する段階に到達できました。ここに、滋賀県産業支援プラザにあら ためて感謝致します。. ≪参考文献≫ ◆ 與倉弘子、石倉弘樹、髙橋志郎:「高島ちぢみの婦人用薄手布としての力学特性の評価」 日本繊維機械学会第 64 回年次大会発表資料(2011) ◆ 丹羽雅子 編:「アパレル科学」 朝倉書店(1997) p.89 ◆ 社団法人生活工学センター 編:「人間生活工学第 2 巻」 丸善株式会社(2005) ◆ 原田隆司 著:「着ごこちと科学」 ポピュラー・サイエンス社 ◆ 米盛裕二 著:「アブダクション」 勁草書房 ◆ 山本 卓:「アブダクション -発想の思考法-」 滋賀大学産業共同研究センター報 No.5 ◆ 山本 卓:「発想の思考法と技法」 滋賀大学産業共同研究センター報 No.8 ◆ 財団法人中部産業活性化センター: 「繊維産業の地域ブランド化促進のための調査研究事業」報告書 (平成 18 年) ◆ 山本 卓、森下あおい、高橋志郎、野本明成:「地域ブランド創出プロジェクト ―滋賀県の綿織物技術とデザイン・伝統工芸を生かして―そのⅠ 滋賀大学産業共同研究センター報 No.9. 90.
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