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フィールドから見えてくる インド洋西海域世界のリズム

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Academic year: 2021

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20 Field+ 2011 01 no.5

インド洋西海域史研究と フィールドワーク

 19世紀インド洋西海域世界を主た る研究対象とする僕がフィールド ワークで得たデータを縦横に用いる ことはとても難しい。21世紀に入っ た現在、19世紀の出来事を当事者と して記憶している人に出会うことも、

その当時の町並みや建築物に出会う こともほぼ不可能に近い。インド洋 西海域を象徴するダウ(三角帆を張っ た木造帆船)を見つけるのはたやす いが、現在となってはその多くがエ ンジンを積み、航海の仕方も変化し ている。それでも、僕はフィールド ワークに出かける。それはなぜか。

フィールドには、文書や先行研究か らは得られないヒントがそこかしこに 転がっているからだ。

 インド洋西海域の気候は「モンスー ン(季節風)」によって特徴付けられ る。北東モンスーンと南西モンスーン が定期的に交替することで、この海域 では海を跨いだ2つの場所を結ぶ安定 した往復航海活動が可能なことは、紀 元後1世紀後半に著されたとされる

『エリュトゥラー海案内記』でもすでに 言及されている。このように、インド 洋西海域での航海を考えるうえでモン スーンは欠かすことのできない要素な のだが、航海活動、そしてそれによっ て実現される物質的な交換を契機とし て繋がり合う人々にとってのモンスー

ンは、航海のリズムを定めるだけのも のなのだろうか。これが現在、僕が取 り組んでいるテーマであり、そのヒン トこそフィールドで見つけたものだ。

ヒントに出会う

 僕がアブド・アッラーとラーシドに 出会ったのは、オマーンの港町スー ルに行ったときのことだ。8月のスー ルの太陽は僕の肌をジリジリと焼き 付けていた。当時、建築用の木材に 乏しいとされるこの地域でどのような 木材がどこから輸入されてきたのか について、何か情報が得られないか と海岸通りを歩いていた僕は、一軒 の崩れかけた大きな廃屋を目にした。

廃屋は内部の様子や壁面のなかなど、

なかなか見られない部分を観察でき るので好都合だ。梁には太いチーク 材が用いられ、梁と梁とのあいだに はマングローヴ材が渡されている。

その廃屋はおそらくかつては立派な 邸宅だったのだろう。がれきの山に 登ったりしてひと段落つくと、ふと隣 家の門の前で2人のおじさんたちが 座っているのを見かけた。話しかけて みたくなり、僕は近づいていった。彼 らがアブド・アッラーとラーシドだ。

2人はぎこちない挨拶をする汗と廃屋 の埃で汚れた僕を招き入れてくれて、

よく冷えたジュースをふるまってくれ た。廃屋の主はドバイに現在住んで いること、マングローヴ材は東アフリ カから、チーク材は南インドからそれ ぞれ運ばれてきたことをそこで知っ た。日陰は心地よく、しばらく話をし ていると、夕暮れ時の礼拝を呼び掛 ける声がモスクから聞こえてきた。彼 らはモスクへ、僕はホテルに戻った。

 翌日も夕暮れ時、僕は同じ場所で 同じように話をしていた。そんな感じ で、毎日、彼らのうちのどちらか、あ るいはその両方と夕暮れ時を過ごす のが日課になっていった。話をして いくうちにわかったのは、ふたりとも ナーホダー(航海中に於ける船舶の 最高責任者)の家系だということだっ た。アブド・アッラーの家は父の代 までアデン湾への航海を専門とし、

数隻の船舶を所有するナーホダーで、

ラーシドの方は祖父の代までイラク、

インド、東アフリカに頻繁に航海をし ていた。この話を聞いた時点では、

僕の意識は彼ら自身ではなく、彼ら アフリカ大陸東岸からインド亜大陸西岸に拡がるインド洋西海域では、

古くからモンスーンを利用した航海活動が行われてきた。

僕は現在、フィールドでの経験を活かしつつ、この海域を中心とした 新たな歴史世界像の構築を目指している。

フ ィ ー ル ド ノ ー ト

風とともに季節はめぐる

フィールドから見えてくる インド洋西海域世界のリズム

鈴木英明

すずき ひであき / 日本学術振興会特別研究員(東洋文庫)、AA 研共同研究員

ダウ(三角帆を張った木造帆船)。

スール バラド・アル = スール

マスカット ドバイ

オ マ ー ン イ ラ ン

アラブ首長国連邦

オマーン湾 ペルシア湾

マダガスカル島 ザンジバル島

北東モンスーン 南西モンスーン アデン スール

ドバイ ムンバイ

インド洋

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21 Field+ 2011 01 no.5 の父や祖父に大きく傾いていた。つ

まり、ナーホダーがいつ、どのよう な航海を行っていたのか、何を運ん でいたのか、そうしたことがこのとき の野帳には色々と書き込まれている。

ヒントを掴み、そして文書に立ち戻る  そんな僕の興味関心のベクトルが 急旋回したのは、ラーシドの車に乗っ ていたある日の夕暮れ時だ。スール 市内から4、5キロ離れた場所に古い 要塞がある。そこに通り掛かったと き、子供のころ、ここでよく遊んだ のだと彼はふと話し出した。町から 歩いてきたのかと尋ねると、要塞か ら程近いバラド・アル=スールにも 家があったのだと言う。彼によれば、

6月から8月の一番暑くなる時期には、

スールを離れて、ナツメヤシ林に囲 まれ、水も豊富にあるその村落で一 家そろって過ごしていたのだという。

「スーリーのはじめに爺さんが帰って 来るだろ、それでクースが終わって また出かけちゃうまでここでみんな で過ごすんだよ」、「船が帰って来て から、また出ていくまでのあいだは 港には船がたくさん停まっているん だけど、人は留守番を除いてみんな バラド・アル=スールで過ごすん だ」。スーリーとは5月から7月まで吹 く南西風のことであり、クースとは8 月から9月までのやはり南西風だ。

クースの時期が終わると、アズヤブ という北東風が吹き始める。つまり、

スーリーは彼にとっては祖父を運ん でくる風で、クースが止むことは、

祖父とのしばしの別れを告げる合図 だった。再開と別れのそのあいだ、

祖父も含めて彼の家族はバラド・ア ル=スールで過ごし、ナツメヤシを 収穫したりしながら過ごす。別の機 会にアブド・アッラーにこの話をす ると、彼のところも同じだったとい う。このときに僕はナーホダーの家 族もまた、モンスーンによって定め られる航海のリズムのなかを生きて いることに強く気付かされた。

 僕は帰国後、欧米やインド、ペル シア湾岸諸国などで集めた文書を改 めて読み直してみた。すると、いま まで気にも留めなかった記述に呼び 留められるようになっていった。たと えば、ナツメヤシの収穫だけではな く、ペルシア湾の基幹産業であった 真珠採取もスーリーからクースの時 期に最盛期を迎えること、オマーン 湾やペルシア湾の港町の多くの後背

地に緑豊かな避暑地があり、そこと 港町とのあいだの移動、避暑地での ナツメヤシなどの収穫作業と航海活 動とが時期的に連動していること。

こうした事実まで視野にいれると、

船乗りたちの活動だけではなく、そ の家族や、船乗りたちが運ぶ産物の 生産者たちの活動もまた、モンスー ンのリズムに律されていることがわ かる。こうしたモンスーンのリズムに あわせて行われるさまざまな人間活 動、しかもそれがお互いにギアがか み合うように連動しあっている総体 をインド洋西海域世界として捉えら れないか、これが現在の僕の課題だ。

風とともに季節はめぐる

 こんにちの石油で潤う湾岸諸国で は、航海活動もナツメヤシや真珠の 採取も基幹産業ではない。バラド・

アル=スールにはいまでもナツメヤ シ林が拡がるが、そこではインド系 の労働者たちが働いていて、スプリ

ンクラーが定期的な水やりをしてい る。オマーンに限らず、どこでも建 物に入ると凍えるくらい冷房が効い ている。もはやスーリーからクースの あいだに避暑をする必要もなくなっ た。事実、ラーシドやアブド・アッ ラーによれば、1980年代には、家に クーラーがつけられるようになり、バ ラド・アル=スールで避暑をするよ うなことはなくなっていったという。

 しかし彼らは6月から9月くらいま での一番暑い時期――スーリーから クースのあいだ――に、暑いスール を離れて雨期を迎えるムンバイやバ ンコクによく行くと言う。彼らの行動 のリズム自体は、子供のころと変わっ ていないと言えるのかもしれない。

つい先日もムンバイにいたアブド・

アッラーから電話をもらった。次に 彼らに会うのはいつ、どこになるの だろうか。風とともにめぐる彼らの 生活のリズムに僕がうまく乗れたと きが再開の日になるのだろう。

スーク(市場)に並ぶ ナツメヤシの実。

バラド・アル=スールのナツメヤシ林。

スールの町並み(海から)。

参照

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