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論文題目:中国反壟断法(独占禁止法)における企業結合規制

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早稲田大学大学院法学研究科 2014 年 2 月

博士学位申請論文審査報告書

論文題目:中国反壟断法(独占禁止法)における企業結合規制

-日本法との比較法的研究-

申請者氏名: 権 金亮

主査 早稲田大学教授 土田 和博

早稲田大学教授 岡田 外司博

早稲田大学教授 鳥山 恭一

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権金亮氏博士学位申請論文審査報告書

早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程に在籍する権金亮氏は、早稲田大学学位規 則第7条第1項に基づき、2013年10月28日、その論文「中国反壟断法(独占禁止法)

における企業結合規制-日本法との比較法的研究」を提出し、博士(法学)(早稲田大学)

の学位を申請した。後記の委員は、上記研究科の委嘱を受け、本論文を審査してきたが、

2014年2月4日、審査を終了したので、ここにその結果を報告する。

1 本論文の構成と内容

(1)本論文の構成

本論文は、日本の独占禁止法による企業結合規制と比較して、中国反壟断法の企業結 合規制がいかなる特徴を持っているか、今後改善するべきどのような課題を抱えている かを考察するものであり、そのために日本の企業結合規制の歴史を参照するとともに、

2008 年の施行後の反壟断法による企業結合規制の実施状況を比較法学的に検討するも のである。すなわち、本論文は日中の企業結合規制の歴史的展開、一定の取引分野や競 争の実質的制限等の企業結合の要件、排除措置に実質的に代替するいわゆる問題解消措 置、実効性・透明性・予見可能性をはじめとする審査実務の評価軸などについて検討する ことによって、この目的を追究しようとするものである。そのような目的を有する本論 文は、「序章」、「第一章 企業結合規制の目的」、「第二章 企業結合規制の歴史的展開」、

「第三章 企業結合規制の市場支配力判断」、「第四章 中国における外国企業による企 業結合規制と国家安全審査制度」、「第五章 企業結合規制の手続」、「第六章 企業結合 規制に関する事例分析」および「終章 中国法への示唆」で構成される。

(2)本論文の内容

「序章」では、主として本論文の問題意識が次のように述べられている。中国は計画経 済から市場経済へ漸進的に移行してきており、同時に産業政策から競争政策へ向かう過 度的段階にもある。かつて産業政策を重視してきた日本も、1970年代以降、徐々に競争 原理を導入することにより、健全な経済的発達を可能にしたと評価されている。その意 味で、同様な変遷を辿った日本の経験は、中国に有益な示唆を与えることができる。こ のような視角から、本論文は日本の独占禁止法における企業結合規制を対象として比較 法学的な検討を行う。

「第一章 企業結合規制の目的」では、競争法の目的とともに、企業結合規制の目的や 役割は何かという最も基本的かつ根本的な問題が検討されている。

まず、競争法の目的については、日本の独占禁止法と中国の反壟断法は、いずれも、

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第1条に目的規定を置いて、競争法の究極目的が国民経済の発展にあることを明記して いると捉えている。すなわち、日本の独占禁止法第 1 条においては、「公正且つ自由な 競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇用及び国民実所得の 水準を高め、以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な 発達を促進することを目的とする」と規定している。他方、中国の反壟断法第1条にお いては、「独占行為を予防・制止し、市場における公平な競争を保護し、経済運営の効率 を高め、消費者の利益と社会公共の利益を保護し、社会主義市場経済の健全な発展を促 進するため、本法を制定する」と規定している。「社会公共の利益」、「社会主義市場経済 の健全な発展」という文言が用いられており、これが競争の促進、消費者利益の確保と いった目的とどのような関係に立つのかについては種々の解釈が可能であるものの、「国 民経済の発展」が競争法の究極的目的とされているものと解されるとする。

このように競争法が国民経済の発展を究極の目的とすれば、経済発展に寄与し得る 様々な個別政策との調和を求められることになり、競争法適用上の混乱や不徹底を招く おそれがあるという。特に執行当局の独立性に疑問がある中国では、「社会主義市場経済」

の確立を目指す国家の経済政策やそのための国有企業の行動、例えば、ナショナル・チ ャンピオンの育成を目指した産業政策とそれに沿った国有企業の結合に対して反壟断法 を適用するといったことは、そもそも想定外ということになるではないかという疑問が あると、やや結論を先取りした指摘が行われている。

次に企業結合の目的に関しては、以下のように論ぜられる。すなわち、企業結合は、

独立した意思決定主体の数を減らし、人為的に企業規模を拡大する点にその特徴がある。

企業の拡大が内部成長による場合は、そのこと自体を非難するわけにはいかない。しか し、企業結合による企業規模の拡大は、内部的成長によるものではなく、競争に勝ち抜 いた結果とは無関係に人為的に達成された成長である。いわば「市場のテスト」によら ず人為的に企業規模が拡大し、その結果として市場構造が競争的でないものに変化する ことを防ぐことに、企業結合規制の眼目はある。このような「市場のテスト」によらな い企業規模の拡大は、特定の「市場における競争状態」への影響以外にも、予防的・市 場横断的な経済力の強化の阻止という一般集中的観点からの規制をも正当化する。企業 結合により、競争関係にある当事者間に構造的結び付きが生まれれば、それだけ競争者 間の競い合いが減退し、市場構造に負の影響を与える恐れがある。その結果、結合当事 会社は単独で市場支配力を享受できる地位を獲得したり、その市場の企業間で競争を行 うインセンティブが緩和され、競争回避的な行動を行いやすくなり、あるいは当事会社 はライバル企業による競争を排除することによって市場支配力を獲得するおそれもある。

このように消費者の利益が結合により侵害されることを防止することが企業結合規制の 趣旨であり、目的であると解される。経済学では、社会的厚生の基準として、「消費者余 剰」と「生産者余剰」の合計である「総余剰」を最大化すべきであるとし、企業行動が

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反競争的になったとしても、企業結合による効率性の向上が見込まれる結果、社会的総 余剰が高まれば、企業結合を含めて、このような企業行動は許容されるべきであるとす る考え方もある。しかし、生産者余剰が拡大するだけで消費者余剰が縮小するのであれ ば、そのような企業結合は「消費者利益の保護」という企業結合規制の目的との関係で、

これを許容することには疑問があるとしている。

現在、世界的に、経済のグローバル化が進行しつつある中で、国際競争力や効率性を 確保するために事業再編が行われており、特に中国においてはナショナル・チャンピオ ンの育成を目指した産業政策が重視されている。また中国反壟断法では、企業結合規制 に関する28条のただし書においては、「社会公共の利益」を理由とする適用免除が設け られており、これを根拠として競争制限的な企業結合を許容するおそれがあり得る。し かし、特定の産業の集中化を進め、その結果として企業結合によって競争が制限される こととなれば、値上げや減産により消費者の利益がかえって損なわれることになり、購 買力が低下する結果、結合企業の経済力・競争力も弱めてしまい、国民経済にとって悪影 響を及ぼすこととなると指摘している。

「第二章 企業結合規制の歴史的展開」では、第1節において日本における企業結合 規制の展開が、第2節において中国の企業結合規制の展開が、第3節において産業政策 と競争政策の相克と調和について日本法から得られた示唆が、それぞれ以下のとおり述 べられている。

第1節では、日本の企業結合規制を、①大型合併と寡占形成の懸念の時代、②25%ル ールの時代、③経済のグローバル化と複占形成の容認の時代という三つの時期に分け、

それぞれについて経済的背景、法改正および事例を分析している。その結果、明らかに なったことは、日本の産業政策が企業結合規制について立法を通じて、あるいは公取委 の法執行に様々な形で影響を与えていること、経済成長の異なる段階によってその影響 力が異なることであるという。すなわち、ある国民経済が外部からの挑戦に直面する時 の産業政策の作用はより強くなるのに対し、当該国民経済が強く経済活動が盛んである 時や国内企業が国際的競争力を備えている時の産業政策は主に補助的な役割を担うにと どまること、戦後日本の急速な経済発展は緩やかな競争政策とその競争政策により維持 された競争秩序、効率的な市場構造によって実現されたということが明らかとなったと いう。

第2節では、中国における構造改革の競争政策への影響および国有企業改革と企業結 合規制の関係について検討が行われている。筆者は、構造改革の3つの段階を整理した 上、構造改革により形成された企業集団が競争へ与えた影響を分析して、企業集団の形 成により、中国市場において、①一定の「市場勢力」が形成され、②市場における独占 的価格が形成され、③過度な集中により生産と技術の停滞等の影響が生じたこと、国有

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企業の特殊な地位により企業結合規制の適用が困難であったことを指摘している。

第 3 節では、日本の経験から、中国に対する示唆が 3 点指摘されている。すなわち、

第1に、経済発展の段階に応じて、主たる役割を果たす戦略的産業政策から従たる役割 にとどまる補助的産業政策へ転換すべきであると考えられること。第2に、国家利益と 国際的協調、すなわち、急速な経済成長を経て、産業が市場による試練に耐える力を備 えた後は、全面的に競争政策に固有の役割を割り当て、競争政策を法規範化するととも に国際ルールとリンクさせる必要があること。第3に、競争政策と産業政策の調和を確 保しながら、競争政策の下に産業政策をおき、法規範化した競争政策の充実した執行が 中国にとって重要であることである。

産業政策の企業結合規制に対する影響は、一国の経済発展の過程において、長期的利 益と短期的利益との関係、国家経済の着実かつ持続的な発展と即時的な利益の関係、お よび国の全体的利益と局部的発展の関係をいかに調和的に解決するかをめざすものであ る。したがって、国が確立した競争政策の基本的な枠組みの中で、国の経済発展の長期 的な目標に適応し、経済の着実かつ持続的な発展に適した企業結合規制を行うことが最 も望ましい規制方法であるとしている。

「第三章 企業結合規制の市場支配力判断」においては、中国と日本の企業結合規制 について、「一定の取引分野」の画定、市場画定の基準および「競争を実質的に制限する こととなる」の意味および考慮要素の観点から比較して検討している。

市場画定について、中国にみられる特徴の一つは、中国の反壟断機関(商務部)が関 連地理的市場を画定する場合に、地域間に取引上の障壁を考慮することである。すなわ ち、中国の地理的市場の特殊性および地方法規の存在が考慮されることにより、地域性 の強い商品については、その関連地理的市場が全国市場ではなく、より狭い範囲(省)

に画定される可能性がある。他方、日本の市場画定についてみられる特徴の一つは、一 定の取引分野を1つに限らず、サブ・マーケットが重層的に画定され得ること、それぞ れの取引分野において競争の実質的制限の判断がなされ得ることであるとしている。

市場支配力の判断要素については、中国が日本や欧米諸国と異なる点は、抽象的判断 要素が組み込まれ、評価基準が曖昧で、法執行の透明性を欠くという点である。例えば、

「事業者結合による競争への影響の評価に関する暫定規定」第 11 条に規定されている

「国民経済への影響」の考慮、第 12 条に規定されている「公共の利益に与える影響」の 考慮等がそれである。これらは非常に抽象的な意味をもつ文言であるが、産業政策およ びその他の経済政策の対象となる経済的考慮やそれによってもたらされる利益を包含す る概念と解されている。したがって、商務部は反壟断法の運用において最初から国の産 業政策も考慮しなければならないこととなるが、しかし、それでは企業結合審査におい て競争政策と産業政策のいずれを重視すればよいかという問題が発生すると指摘してい

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6 る。

また中国の企業結合規制における市場支配力の判断においては、「実質的に」等の文言 を用いて要件を絞ることなく、競争を排除または制限する効果の発生可能性が少しでも あれば要件を満たすかのような形になっている。しかし、すべての企業結合行為は関連 市場に対して一定の反競争的効果をもたらすのであって、どのような企業結合行為が実 質的に競争を排除または制限するかについては、具体的な案件について具体的に経済分 析を行う必要がある。日本と欧米においては、この競争制限の判断基準に関して、量的 基準である HHI 基準を用いて、高度の集中、中度の集中あるいは低レベルの集中度と いう区分を行っている。この点については、中国の反壟断法においても、こうした数量 的基準を反映したガイドラインを制定し、法執行の透明度を高めなければならないとし ている。

「第四章 中国における外国企業による企業結合規制と国家安全審査制度」では、外 国企業の企業結合に対する反壟断法の規制と国家安全審査制度の関係が検討されている。

まず反壟断法の企業結合規制の中に国家安全審査を導入した経緯が以下のように示さ れている。外国企業による中国国内企業の買収は、国有企業の株主構成の多元化を実現 し、国内企業の技術進歩を促進すると同時に、中国の産業構造の最適化を実現すること に寄与し、中国の市場経済が発展する上で不可欠な経済活動となった。しかし、改革開 放の初期、外資企業による企業結合に関する法律は十分整備されていなかったが、地方 政府は積極的に外資企業の誘致を行ってきた。中国が WTO に加入して以後、国内市場は さらに開放されたが、外資による買収に関する法律は依然として不完全かつ不十分であ った。その結果、外国企業の中国進出が加速するに伴い、中国国内の優良企業および著 名商標を有する国有企業を中心に、国有資産の流失、民族ブランドの滅亡、市場独占な どの損失を招く結果となった。他方、2005 年 4 月に中国海洋石油(CNOOC)による米国 ユノカルの買収は、米国内で大きな反発を招き、米下院の国家安全保障上の懸念の表明 もあり、米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States:

CFIUS)の決定により買収が阻止された。この買収案件は中国では世間の耳目を集めると ともに、独占禁止法の立法過程でも議論され、結果的に独占禁止法への国家安全審査の 導入に拍車をかけることにつながったとしている。

次に、外資投資に関する国家安全審査制度を概観した上、国家安全審査の考慮要素、

審査機関、審査目的という 3 つの観点から日中米について比較法学的な考察が行われて いる。審査機関については、3 法域ともに実質的には複数の機関が多面的に審査を行う こととされる点で、1機関による企業結合審査と異なる。問題は特に考慮要素と審査目 的である。中国反壟断法は、市場経済化が急速に進んでいる中国において、公正な市場 競争を保護し、経済運営の効率を高め、消費者利益と社会公共的利益を維持し、いわゆ

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る社会主義市場経済の健全な発展を図ることを目的としている。これに対して、国家安 全審査の目的は、国家安全に関わる外資による買収を禁止あるいは制限することを通じ て、国防、軍事、政治的安定、国家経済の安定、文化の維持等を保護することであって、

よりマクロ的、政治的、社会政策目的を持っている。このような不確定性を含んだ国家 安全審査は、あらゆる外資による買収が審査を受ける可能性をもち、市場全体における 競争秩序の維持を任務とする企業結合規制の役割を歪めるものとなるおそれがある。ま た外資による国内産業の参入を阻止し、かつ、外国企業と国内企業の自由競争を排除す ることにもなる。これは競争を阻害する要因であり、消費者との関係ではサービス提供 のコスト上昇につながる可能性があるともいえる。経済面からも安全保障を要する場合 があるにしても、消費者に対してどこまで協力や犠牲を求めるかは、国家安全審査にあ たって考慮されなければならない問題であるとしている。

「第五章 企業結合規制の手続」では、日本と中国における企業結合の審査制度およ び問題解消措置を紹介し、両国における問題解消措置の問題点を指摘し、審査制度の改 善の方向を示そうとしている。

まず日本の企業結合規制の審査制度、特に事前相談制度に対する企業、弁護士、有識 者の意見を整理し、批判的意見を五つまとめている。すなわち、第一に、企業結合審査 の見通しが立ちにくいこと。第二に、情報提供要請の内容について、明らかに回答困難 で必要性の疑わしい内容および量の要請を繰り返し行い、事実上案件の取下げを迫るな ど、事前相談制度の趣旨をはき違えた対応がしばしば行われること。第三に、企業結合 審査で求められる質問や追加資料について担当官毎のばらつきがあること。第四に、当 事会社および利害関係者に対する手続保障の欠如。第五に、経済実態や国際的な競争実 態への理解の欠如である。

次に事前相談制度に対する企業、弁護士、有識者の肯定的意見、中立的意見、反対意 見を分析することによって、事前相談制度への不満は、事前相談それ自体というよりも、

事前相談が直ちに開始されないことだったと推測することができるとしている。その原 因は、審査期間の開始日は審査開始に必要な資料の提出日であるところ、「審査に必要な 資料」が提出されたかどうかの判断は事実上公取委の裁量に委ねられるため、法定の審 査手続に比して、審査期間の起算点が定まりにくく、事前相談の段階の予想とは著しく 乖離するという事態が生じたことが理由と考えられる。

このような問題を含んだ企業結合審査は、その全体が協調的・交渉的なスタイルで遂 行され、事前相談制度が果たしてきたプラス面は否定できないものの、審査手続の透明 性、客観性、中立性を確保すべきであると結論付けている。

さらに日中における問題解消措置の意義と類型を紹介し、日本における問題解消措置 の内容、履行担保措置および事後的監視に対する企業、弁護士、有識者の肯定的意見、

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中立的意見、反対意見を整理している。それによれば、問題解消措置の調整にあたって は、公取委がよりイニシアティブを発揮し、具体的な提案をすべきであり、当事会社と 議論すべきであるという意見がある一方、ビジネス実態の把握に限界がある公取委が提 案するよりも、当事会社の創意工夫により提案できる現行の方法が望ましいこと、問題 解消措置の履行の担保措置および事後的監視については、公取委はほとんど行っておら ず、制度的に履行を担保する仕組みが必要であるが、そのような措置を講ずるためには、

公取委の人的リソースが不足していること、問題解消措置の内容について、有効性や実 現性が確保されているか疑問であり、事後的な検証も十分に行われていないことが指摘 される。他方では、欧米当局と比較して、公取委が付す問題解消措置は、企業の実態を 踏まえたものであり、柔軟性、合理性があるとするものもあるとしている。

最後に、問題解消措置の改善の方向が事後的検証と法的手続の利用という形で示され ている。事後検証については、主にその重要性、EU 事後検証報告書、問題解消措置の 検証の視点について紹介されている。法的手続の利用については、簡易審査案件は事前 相談で迅速に処理し、詳細審査案件は法的手続に載せるなど、メリハリをつけて事件処 理し、司法審査に耐えうるルールを形成すべきであること、問題解消措置、特に構造的 措置の実施・監視方法の具体化が必要とされることが指摘されている。

「第六章 企業結合規制に関する事例分析」においては、具体的な事案の分析を通じ て、市場画定、競争制限的効果および問題解消措置が検討されている。特に中国反壟断 法が施行されて以来、商務部より公表された 20 件の企業結合規制の事例(禁止および 条件付き承認)を水平型企業結合、垂直型企業結合、混合型企業結合の3つの類型に分 けて検討を行っている。

主として水平型の企業結合については、①インベブによるアンハイザーブッシュ買収 事件、②三菱レイヨンによるルーサイト買収事件、③ファイザーによるワイス買収事件、

④パナソニックによる三洋電機買収事件、⑤ノバルティスによるアルコン買収事件、⑥ ウラルカリウムによるシリビニト吸収合併事件、⑦ペネプによるサビオ紡績機械買収事 件、⑧シーゲートテクノロジーによるサムソン電子 HDD 事業譲受け事件、⑨ウェスタン・

デジタルトによるヴィヴィティテクノローズ買収事件、⑩ユナイテッド・テクノロジー ズによるグッドリッチの買収事件、⑪グレンコアによるエクストラータの買収事件、⑫ 丸紅によるガビロンの買収事件、⑬アメリカのバクスター・インターナショナルによるス ウェーデンのガンブロの買収事件、⑭聯発科技株式有限会社による開曼晨星半導体会社 の吸収合併事件が対象である。

主として垂直型の企業結合については、①ゼネラル・モーターズによるデルファイ買 収事件、②ヘンケル香港および天徳化工合弁事件、③グーグルによるモトローラモビリ ティ買収事件、④ARMグループ・捷徳社と金雅拓社による合弁会社設立事件である。

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さらに、主として混合型企業結合については、①ゼネラル・エレクトリック(中国)と 中国神華炭製油の合弁事件、②ウォルマートによる紐海控股の買収事件を対象にして検 討が行われている。

これらの事例のうち、特に中国商務部と日本の公正取引委員会、欧州委員会および米 国連邦取引委員会が付した問題解消措置の内容が異なった、パナソニックによる三洋電 機買収事件、シーゲートテクノロジーによるサムソン電子 HDD 事業譲受け事件、ウェス タン・デジタルトによるヴィヴィティテクノローズの買収事件、そして、結合後の市場 シェアの増分がわずかであり、競争法の観点からの合理的な説明がほとんど不可能で、

資源確保政策や食料確保政策という観点からしか理解することができないと批判された グレンコアによるエクストラータ買収事件と丸紅によるガビロンの買収事件について重 点的に検討が行われている。

その結果、明らかになったのは、中国当局の市場画定が適切でない場合があること、

条件実施のための担保措置はあるものの、その実効性が必ずしも明らかでないこと、反 競争効果除去と問題解消措置設計との関連性について未だ不明確な点が多いということ

(懸念される反競争効果および問題解消措置の必要とされる理由を明記し、当該問題解 消措置の適合性を明確にする必要があること)である。

「終章 中国法への示唆」では、以下のような点が結語として述べられている。第1 に、企業結合がいかなる場合に違法とされるかという企業結合の違法性基準を明らかに する理由は、本来、競争制限効果が乏しいと考えられるにもかかわらず、それがあるも のとして規制するという過ちを犯したり、あるいは逆に、本来、競争制限効果があるに もかかわらず、乏しいものとして見過すという過ちを犯したりすることを避けるためで ある。

第 2 に、一般的に、ある企業結合規制を評価する視点として、①企業結合規制は、市 場の競争環境を十分踏まえたものになっていたか(必要性)、②企業結合規制は、公正か つ自由な競争を維持・促進する上で有効であったか(有効性)、③企業結合規制は、効率 的に行われたか(効率性)、という3つの観点を挙げている。この3つの観点から検証す ることは、企業結合規制の「適正さ」を確保するために最も重要であるとする。

第3に、企業結合審査の「透明性」と「予見可能性」の重要性である。企業結合規制 は具体的な違法行為が存在しない段階での事前規制であるだけに、事業者側の予見可能 性を十分に高めていくこと、競争当局においても企業結合審査の合理的評価手法を確立 していくことが強く求められるとしている。日本では、企業結合の公表事例を詳細に開 示しつつ、企業結合ガイドラインも詳細化されてきている。また平成 23 年の企業結合審 査手続等の改正により、審査スケジュールについて予測可能性も大きく向上している。

他方、中国では企業結合ガイドラインが整備されておらず、法律自体に抽象的判断要素

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が組み込まれ、評価基準が曖昧なところがあるため、予見可能性は極めて低いといわざ るをえない。この点で、定性的のみならず定量的な経済分析を企業結合規制においてい っそう導入させていく必要があるとする。

第4に、企業結合審査の事後的検証の必要性である。そもそも企業結合審査とは企業 結合が実施される前の時点で、結合後の将来の競争状況を予測し、企業結合による市場 の競争への影響を判断するものであるため、審査時点において「企業結合により競争が 実質的に制限される」おそれがあると判断した場合に、当事会社から提出される問題解 消措置の有効性の認定等が妥当であったかどうかについて、事後的にしか検証・評価す ることができない。こうした企業結合審査に対する事後的な評価分析は、企業結合審査 の透明性の向上に不可欠であるといえるとしている。

2 本論文の評価

本論文について、第 1 に指摘できるのは、この論文が日中の独占禁止法による企業結 合規制に関する多面的かつ総合的な研究であるということである。中国の企業結合規制 については、従来、断片的にしか紹介されてこなかったが、この論文においては、その 審査手続、適用範囲、実体的な規制基準・考慮要素、国家安全規制、反壟断法施行後に 禁止または条件付きで承認された 20 件の決定すべての詳細な紹介と評価など、反壟断 法による企業結合規制のおよそ考えられる論点が全て網羅されているといってよい。日 本の企業結合規制についても、原始独禁法以来の実体的規制基準、学説、公取委ガイド ラインの変遷、1960 年代以降の事例などを通史的に概観しており、それによって中国の 企業結合規制と対照するための座標軸が明確に構築されたと評価することができる。

第 2 に、論文全体を貫く問題意識の明確性と的確性も評価に値する。本論文は日中の 企業結合規制を比較法学的に検討するものであるが、その基礎にある問題意識を端的に 述べれば、戦後の日本経済の急速な発展をもたらした産業政策と競争政策の組み合わせ、

ベストミックスを企業結合の分野において探求したいということである。このような問 題意識は、社会主義的市場経済の下で国有企業の改革、個々の企業の国際競争力の強化 を目指す中国においては、自然なものということができよう。このような問題意識から、

戦後日本に急速な経済成長をもたらした経済政策の中に何らかの解があるのではないか と推測したことも、着眼点として優れており、またそこから汲み取った教訓も的確であ ると評価することができる(後述)。

第 3 に、個別的にも評価すべき点を多く指摘することができる。とりわけ、戦後日本 の産業政策と競争政策の関係に関する理解には的確なものがあるというべきである。す なわち、日本においては、1960 年代まで産業合理化、国際競争力強化の方向を志向す る産業政策が優位にあり、独占禁止法による企業結合規制もその枠内で行われざるを得 なかった(八幡・富士製鉄合併事件等)。しかし、1970 年代以降、石油危機とニクソン・

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ショックを経て、日本経済が産業構造の高度化、先端技術開発を目指すようになると、

政府主導による大型合併の推進ではなく、向かうべき方向に関する情報提供等に産業政 策の役割をとどめ、それ以外は企業の自己責任による事業活動を基本とする方向に転換 することになる。とりわけ先端産業や情報産業においては市場の変化が極めて早く、こ れが産業政策による対応を困難にしたと述べている。すなわち、経済の発展段階や発展 の方向に応じて、日本は産業政策優位の時代から競争政策を基調とする時代へ推移して いると把握しており、これが中国に与える示唆の一つとして重要視されているが、極め て正確な把握ということができよう。

また日本では独占禁止法の緩和的改正案(1958 年)や 1960 年代前半の新産業秩序論 の法制度化の動き(特定産業振興臨時措置法案)などに対して、独占禁止政策の側から 一定の反対論が巻き起ったり、大型合併の阻止に成功しなかったとしても、公正取引委 員会の「抵抗」が存在したことが、その後、市場の成熟化に伴って政府介入の緩やかな 撤退を導くための基盤となったと把握していること、他方、中国においては独占禁止政 策ないし競争政策からのチェックがないままに、行政目的に即した経営が行われるよう に政府が国有企業に干渉した結果、多くの国有企業が需給やリスクを考慮することなく 設備投資を行い、そのために国有企業は過剰投資による経営の窮状を招いているとされ ることは、日中の両政策の関係についての理解として深いものがあるということができ る。

ただし、本論文については、以下のような議論の余地や将来的課題を指摘することも できる。第1に、本論文は、日本(公取委)の企業結合規制を無批判に前提として、そ れとの偏差をもって中国(商務部)の結合規制の問題点と把握しているのではないかと いう疑問がないではない。例えば、「事業者結合による競争への影響の評価に関する暫 定規定」11 条の「国民経済への影響」や 12 条の「公共の利益に与える影響」が企業結 合審査の判断要素として規定されている点を捉えて、これでは反壟断法執行機関は当然 に産業政策的考慮を行うよう求められることになるとして、独占禁止法に関する暫定規 定のあり方として適当でないと示唆する。あるいは商務部の条件付き承認案件の中に、

競争政策ではなく資源確保や食糧安保といった非競争政策的理由からしか説明できない もの(グレンコア/エクストラータ、丸紅/ガビロン)がみられることを指摘する。その 指摘はそれ自体としては正当であるが、中国の経済的な発展段階や競争政策と産業政策 の両方を担当する商務部に企業結合審査の権限が割り当てられたこと、日本や欧米の時 に緩やかすぎる企業結合審査に対比されるべき規制としての意味があること等を考慮す れば、商務部に対する批判として、やや一面的だという評価もあり得る。批判するとす れば、競争政策と産業政策を担当する行政機関を分けなかったこと、規制がほとんど専 ら外国企業間あるいは外資が一方当事会社である場合の企業結合に限られていることな どに向けられるべきであったといえよう。

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第2に、本論文は、上に述べたような理由から日本の企業結合規制を特に産業政策と の調整という側面に1つの焦点を合わせて比較法学的に検討したものであるが、その反 面として日中の実体的基準の解釈論的検討がやや物足りないのではないかという印象が ないではない。また、今後は日本だけでなく、欧米の競争当局の決定やガイドラインを 参照することが望まれる。同一の企業結合について複数の法域が並行的に審査を行う例 が増大しているところ、特に欧州委員会やアメリカの司法省または連邦取引委員会

(FTC)がどのような判断を示しているかを知ることは、中国商務部の決定を一層相対化 してみる視角を提供することになるからである。アメリカの司法省と FTC は 2010 年に市 場画定を必ずしも前提としないで競争上の弊害を評価する新しい企業結合ガイドライン を公表しており、今後はこのような動向を視野に収める必要もあろう。

しかし、以上のような指摘が可能であるからといって、本論文全体の価値を減じるも のではない。既に述べたように、本論文は日本の企業結合規制に関する産業政策と競争 政策の対立と調整という歴史的視点から、中国反壟断法の企業結合規制について有益な 示唆と提言を導き出すものであって、的確かつ堅実な結論を示している点は高く評価さ れねばならない。上に述べた点は、筆者の今後の継続的な研究の中で取り組んでいくべ き課題というべきであろう。

3 結論

以上の審査の結果、後記の委員は、本論文の提出者が課程による博士(法学)(早稲田 大学)の学位を受けるに値するものと認める。

2014年2月4日

主査 早稲田大学 教授 土田 和博 早稲田大学 教授 岡田 外司博 早稲田大学 教授 鳥山 恭一

参照

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