博 士 ( 法 学 ) 朝 田 と も子 学 位 論 文 題 名
国 家 賠 償 責 任 に お け る 「 第 三 者 関 係 性 」 論 の 研 究
―ドイツ「職務責任制度」における展開状況の分析を通して一
学位論文内容の要旨
日本の国家賠償法は、その条文構造上、代位責任構成に親和的である「公務員が、
その職務を行うについて、故意または過失によつて」という文言と、自己責任構成に 親和的である「違法性」という文言が混在している。そのため、自己責任と理解する にしても代位責任と理解するにしても無理が生じる。通説は、代位責任説に立ちなが ら違法性を客観的法規範違反と捉えているが、ここに生じた無理については、法構成 と根拠が区別できることを前提に解釈を行っているように思われる。すなわち、代位 責任構成を採用した上で違法性を客観的な法規範違反ととらえる学説は、その理念的 な根拠については自己責任説だと説明する。しかし、なぜ根拠論と法構成論が区別さ れるのか、され得るのかについて詳細な説明はなされていない。本稿は、日本の国家 賠償 法1条 の違 法性の理解として判例が採用する職務行為基準説について、ドイツ職 務責任制度における第三者関係性要件と比較検討することで、職務行為基準説の是非 の問題の背後には国家賠償制度を自己責任構成と理解するか代位責任構成と理解する か の 態 度 決 定 が 隠 れ て い る こ と を 明 ら か に し よ う と 試 み た も の で あ る 。
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章で は、 職務行為基準説とドイツ職務責任制度を比較検討するために、まず我 が国の判例理論おける違法性の展開を紹介した。在宅投票制度廃止違憲判決において 一般化されることとなった職務行為基準説においては、違法性は、公務員の職務上の 義務違反に読み替えられた。この読み替えによって日本の国家賠償法上の違法性はド イツ職務責任における第三者に対する職務上の義務違反要件に近似することとなった。ドイツにおける同要件は、代位責任構成に由来するものであることから、職務行為基 準説を採用することは日本の国家賠償法を代位責任構成だと理解することの当然の帰 結と言えるのではないかと推論し、職務行為基準説の是非の問題と国家賠償法の理解 の問題の関係について検討を加えた。
次に、ドイツ職務責任制度と日本の国家賠償法を比較検討するに当たり、職務責任 制度 のプ ロ卜夕 イプ につ いて 第2章で 検討を 加えた上で、制度的問題状況を第3章と 第4章で、判例発展の展開については第5章で紹介した。
日本の国家賠償法とドイツ職務責任制度の違いは「制度史に基づく違い」と「判例 の発展に基づく違い」から考察され得る。「制度に基づく違い」は、さらに次のニつに 分解できる。一つは,、両国の制度の条文構成の違いであり、もうーっは、条文上課さ れて いる 要件の 違い であ る。 日本 国憲 法17条は、プログラム規定であると解されて おり、同条から直ちに、国・公共団体の損害賠償責任を導き出すことはできない。憲 法は、自己責任構成と代位責任構成の両方に開かれた規定である。更に、憲法を具体 化し た国 家賠償 法1条も、その条文からはいずれの構成を採用するかは必ずしも明ら かで はな い。一 方、ドイツ職務責任制度においては、ドイツ民法839条によってまず 官吏 の個 人責任 が明文化され、ヴァイマール憲法がドイツ民法839条で定められた官 吏個人の責任を国が代位することを規定した。そのため、ドイツ職務責任制度は代位 責 任 構 成 で あ り 、 自 己 責 任 構 成 で あ る と 考 え る こ と は 難 し い 。
このように、両国の制度は、まず条文の構成の面で異なっている。更に、.両国の制
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度 は要件の 面でも異 なる。す なわち、 日本の国家 賠償法1条
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項で課されている要件 は 、違法性のように自己責任構成に親和的な要件もあれば、故意・過失のように代位 責 任構成に親和的な要件もある。一方、ドイツ職務責任制度において課されているの は 違法性ではない。公務員の第三者に対する職務上の義務違反が要件として課されて い るのである。このように両国の制度は、出発点において条文の構成の面でも要件の 面 でも異なっているが、日本の判例が職務行為基準説を採用することによって、違法 性 要件は、 ドイツ職 務責任制 度のプ口 トタイプに 接近する 。他方、ドイツでは1981 年 に制定された国家責任法において、代位責任構成から自己責任構成へ転換されるこ と となった 。ただし 、1981年新国家責任法が失効した結果、現在でもドイツ民法839 条 とボン基 本法34条に 由来する 職務責任 制度が妥当 し、代位責任構成が維持される 結 果となった。しかし、ドイツにおいてはその後も国家責任制度の改革は議論されて お り、とりわけ、現在では、自己責任構成を採用する共同体法の発展に伴い、ドイツ 国 内法も変革を求められている。このように、ドイツ職務責任制度は、代位責任構成 から自己責任構成への転換途上にあるといえる。ま た、「判例の発展に基づく違い」とは具体的には次のようなものである。我が国 の 国家賠償 法1条は違 法性を要 件と課しているが、この違法性の理解に関して、最高 裁 判所は職務行為基準説を採用し、違法性を国民に対する職務上の義務違反に置き換 え ている。そしてこの「国民に対して負担する職務上の義務」に公務員が違反するか 否かの問題はまさに、国家賠償訴訟における「反射的利益論」として議論,されてきた 問 題である。このような日本の最高裁判所の違法性の理解は、客観的な違法概念から 主 観的要素を取り込んだ違法概念への置き換えと評することができる。これはドイツ 職 務責任制度のプ口トタイプヘの接近である。他方、ドイツ職務責任制度における要 件 は、官吏による職務義務違反要件と第三者関係性要件である。両要件とも、主観的 要 素を含んだものであるため、学説と判例は同要件の客観化に努めた。とりわけ、職 務 責任制度の弱点であると称される第三者関係性要件については、一般不法行為につ い て定めた ドイツ民 法823条2項に おける議 論を参照し 、法主体の問題と保護法益の 問 題とに分解し議論することで精緻化しようと試みている。そして、法主体の問題に 関 しては、 行政訴訟 における 訴訟追行権(Klagebefugnis)が参照され、保護法益の 問 題に関し ては、行 政手続法
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条にいう 信頼保護の 原則が参照されている。ドイツ に おけるこのような議論は、代位責任構成である職務責任制度のもとにおいて、如何 に 保護範囲を拡大するかという試みといえる。同時に、他領域の議論を職務責任の領 域 へ単純に移植することは不可能であることから、代位責任構成の限界も明らかとさ れている。こ のように、日本の国家賠償訴訟における違法性は、客観的な法規違反から義務違 反 へと展開しており、ドイツ職務責任制度のプ口卜夕イプヘと接近している。一方、
ド イツでは義務違反要件の客観化と第三者関係性要件の精緻化によって職務責任成立 要 件の客観化が進んでいる。すなわち、両国の判例発展に基づく違いも、制度に基づ く 違 い と 同 様 、 異な っ てい る と いう の を 超え て 、「 交 差 」し て いる の で ある 。
日 本の国家 賠償法1条 とドイツ 職務責任制度の交差は、「制度史に基づく交差」と
「 判例の発展に基づく交差」という二重の交差によって複雑な様相を呈している。こ の 二重の交差を明らかにすることで、職務行為基準説の是非の問題の背景には国家賠 償 法の理解への態度決定の問題が隠れていること、そして、代位責任構成を採用する ド イ ツ 法 へ の 日 本法 の 接近 は 必 ずし も 望 まし い もの で は ない こ とを 指 摘 した 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨
主 査 教 授 亘 理 格 副 査 教 授 山 下 竜 一 副 査 准 教 授 米 田 雅 宏
学 位 論 文 題 名
国 家 賠 償 責 任 に お け る 「 第 三 者 関 係 性 」 論 の 研 究
―ドイツ「職務責任制度」における展開状況の分析を通して―
1.本論文の概要
本 論 文は 、国 家賠 償 法(1条1項) 上の 違 法性 にっ き最 高裁 判 例が 採用 する 職 務行 為基 準説の 論理 と 問題 点を 明ら か にす るた め、 ドイ ツ 職務 責任 制度(Amtshaflung)における「(官吏 が)第 三者に対して負っている職務上の義務」(einem Dritten gegenUber obliegende Amtspflicht)、即ち「第 三者 関 係性 」要 件と の 比較 検討 を試 みる ものである。元来ドイ ツの職務責任制度は、被害 者たる 第三 者 に対 する 官吏 の 個人 責任 を定 めた ド イツ 民法 典839条 と当 該個人責任の国による代 位を定 め た と さ れ る ボ ン 基 本 法34条 ( 及 び そ れ に 先立 っヴ ァイ マ ール 憲法131条) とい う2段階 で構 成さ れ るた め、 条文 構 造上 、第 三者 関係 性を要件に含む代位責 任構成を採用するものと無 理なく 解し 得 るの に反 し、 我 が国 の国 家賠 償法1条 は、 ド イツ の代 位責 任構成をモデルにしたと 一般に 解さ れ ては いる が、 そ の反 面、 同規 定及 び その 前提 とな る日 本 国憲 法17条自 体 から 、第 三者関 係性 や 代位 責任 構成 を 採用 する との 明確 な意図を読み取ること はできず、自己責任構成を 採用し たと 解 する 余地 を残 し てい る。 それ にも かかわらず、我が国の 国家賠償法上の違法性要件 につい て、 ド イツ 職務 責任 制 度上 の第 三者 関係 性と同様の法律構成を 採用することは妥当なのか 、これ が本論文の問題関心である。
第1章 では 、 我が 国の 国家 賠償 判 例に おけ る違 法 性の 展開 が克 明に跡付けられる。在宅 投票制 度廃 止 国賠 訴訟 判決 ( 最一 小判 昭和60.11.21)に より 一般 化 され るこ とと な った 職務 行為基 準説 の 下で 、国 家賠 償 法上 の違 法性 は、 公務員の職務上の義務 違反に読み替えられ、公権 カの行 使に 当 たる 公務 員が 被 害者 に対 する 関係 で負担する職務上の義 務に違反したか否かにより 判断さ れる 。 これ によ り、 国 家賠 償法 上の 違法 性の認定には、ドイツ 職務責任制度における第三 者関係 性と同様の論理構成が要求されることとなる。
第2章 では 、 ドイ ツの 職務 責任 制 度の プ口 トタ イ プを 把握 する ため、職務義務違反及び 第三者 関係 性 の原 初的 意味 の 解明 が行 われ る。 ところが、プロ卜夕イ プとしての職務責任制度に 対して は 、 様 々 な 面 か ら そ の転 換を 迫 る作 用が 及ぼ さ れる 。か かる 作用 と して 、第3章 では1981年の 新 国 家 責 任 法 の 制 定 及 び 失 効 の 経 緯 を 取 り 上げ 、第4章 ではEU法 か らの 影響 を諭 じ、 更 に第5 章で は 、国 家賠 償判 例 の展 開状 況を 論じ る。以上のような多面 的検討からの帰結として、 日本の 国家 賠 償法 とド イツ 職 務責 任制 度は 、前 者が職務行為基準説を 採用したことにより接近し たかに 見え る が、 実際 には 、 「制 度史 」と 「判 例 の発 展」 とい う2つの 軸を挟んで交差し、更に 離反す る傾向にあるというのが、本論文の見立てである。
ま ず 「制 度史 に基 づ く違 い」 につ いて 。両国の制度間にある 条文構造上の差違(上述) 及び責 任成 立 要件 面で の差 違 (特 に、 日本 の国 家賠償法では違法性、 ドイツ職務責任制度では第 三者に 対す る 職務 上の 義務 違 反) にも かか わら ず、職務行為基準説の 採用は、確かに日本の国家 賠償責 任の ド イツ 職務 責任 制 度へ の接 近を 意味 す る。 とこ ろが 、ド イ ツで は、1981年 の新 国家 責任法 制定 に より 、一 旦は 自 己責 任構 成へ の転 換へ舵が切られた後、 同法が失効したため、現在 も職務
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責 任 制 度 が 維 持 さ れ て は い る が 、 そ の 後 も 国 家 責 任 法 改 革 が 継 続 的 に 論 じ ら れ る 一 方 、 自 己 責 任 構 成 を 採 用 す るEU法 判 例 の 影 響 を も 受 け た 結 果 と し て 、 今 や 、 職 務 責 任 制 度 を 維 持 し た ま ま で の 対 応 に は 限 界 が あ る こ と が 明 ら か に さ れ る 。
他 方 、 「 判 例 の 発 展 に 基 づ く 違 い 」 に つ い て 。 我 が 国 の 判 例 理 論 が 、 職 務 行 為 基 準 説 の 採 用 に よ り 違 法 性 認 定 の 制 限 へ と 向 か っ た の に 対 し 、 ド イ ツ の 判 例 理 論 は 、 第 三 者 関 係 性 要 件 の 柔 軟 化 に よ り 救 済 範 囲 を 拡 げ る 方 向 を 辿 っ て き た 。 と り わ け 、 職 務 責 任 制 度 の 弱 点 と さ れ て き た 第 三 者 関 係 性 に つ い て は 、 行 政 訴 訟 に お け る 訴 訟 追 行 権(Klagebefugnis)に 関 す る 判 例 理 論 の 参 照 や 信 頼 保 護 原 則 の 援 用 を 通 し て 、 職 務 上 の 義 務 違 反 認 定 の 幅 を 拡 げ る 方 向 へ 新 た な 展 開 を 示 し て い る と さ れ る 。 以 上 に よ り 、 今 日 の ド イ ツ 国 家 責 任 法 は 、 職 務 責 任 制 度 及 び そ の 背 後 に あ る 代 位 責 任 理 論 を 今 後 と も 維 持 す べ き か 否 か を め ぐ る 選 択 の 岐 路 に 立 っ て い る こ と が 、 明 ら か に さ れ る 。 2. 本 論 文 に つ い て の 評 価
本 論 文 は 、 ド イ ツ 国 家 責 任 法 に お け る 職 務 責 任 制 度 を 、 法 制 度 の 展 開 、EU法 か ら の 影 響 、 国 内 判 例 理 論 の 展 開 と い う3つ の 側 面 に 即 し て 包 括 的 分 析 を 加 え た カ 作 で あ り 、 以 下 の3点 に わ た っ て 、 国 家 賠 償 法 理 論 の 発 展 に 少 な か ら ず 寄 与 す る も の で あ る 。
第1に 、 本 論 文 は 、 ド イ ツ の 職 務 責 任 制 度 の 展 開 過 程 を 踏 ま え た 現 時 点 で の 全 体 像 を 、 そ れ が 直 面 す る 課 題 と 将 来 展 望 と と も に 明 ら か に し た 点 で 、 今 日 の ド イ ツ 国 家 責 任 法 の 理 解 に と っ て 不 可 欠 の 基 礎 文 献 と な る 。 ド イ ツ 国 家 責 任 法 の 研 究 書 と し て 、 既 に 宇 賀 克 也 『 国 家 責 任 法 の 分 析 』
(1988年 ) が あ り 、 そ の 第1部 「 ド イ ツ の 国 家 責 任 法 」 は1981年 新 国 家 責 任 法 と そ の 失 効 ま で を カ バ ー し た 理 論 史 研 究 で あ る が 、1981以 降 の ド イ ツ 国 家 責 任 法 が 直 面 す る 問 題 状 況 を 対 象 と し た 本 格 的 な 研 究 文 献 は 、 今 日 ま で 存 在 し な い 。 職 務 行 為 基 準 説 が 我 が 国 の 判 例 で 一 般 化 す る 時 期 が1985年 以 降 で あ る こ と に も 鑑 み る と 、 ド イ ツ 国 家 責 任 法 の 転 換 点 で あ る1981年 を 境 に そ れ 以 前 と 以 後 を 俯 瞰 し て 本 論 文 が 示 し た 分 析 結 果 に は 、 高 い 価 値 が 認 め ら れ る 。 第2に 、 本 論 文 は 、 職 務 行 為 基 準 説 に 立 脚 し た 我 が 国 の 判 例 理 論 に 対 す る 内 在 的 理 解 と 批 判 的 分 析 に と っ て 、 有 益 な 比 較 法 的 参 照 例 を 提 供 す る 。 本 論 文 は 、 職 務 行 為 基 準 説 の 考 え 方 が ド イ ツ 職 務 責 任 制 度 に お け る 第 三 者 関 係 性 と 共 通 性 を 有 す る こ と を 明 ら か に す る 一 方 、 当 のド イ ツ で は 、 法 制 上 の 展 開 、EU法 か ら の 影 響 及 び 国 内 裁 判 所 に よ る 判 例 形 成 を 通 し て 、 プ 口 ト タ イ プ と し て の 職 務 責 任 制 度 か ら 離 反 す る 方 向 を 辿 っ て い る の に 反 し て 、 条 文 上 は 職 務 責 任 制 度 と は 無 縁 で あ っ た 我 が 国 の 国 家 賠 償 制 度 が 、 職 務 行 為 基 準 説 を 採 用 し 一 般 化 す る 方 向 に 向 か う こ と に よ り 、 プ 口 ト タ イ プ と し て の 職 務 責 任 制 度 に 接 近 す る こ と の 問 題 性 を 指 摘 す る 。 実 証 的 な 比 較 法 研 究 に 裏 打 ち さ れ た 批 判 的 視 点 の 提 示 と し て 、 優 れ て い る 。
第3に 、 本 論 文 は 、 職 務 行 為 基 準 説 の 口 ジ ッ ク は 代 位 責 任 構 成 に 親 和 的 で あ る と の 近 時 注 目 さ れ て い る 議 論 を 手 が か り に 、 職 務 行 為 基 準 説 に 対 す る 批 判 的 分 析 か ら 、 更 に そ の 先 に あ る 代 位 責 任 構 成 に 対 し て も 批 判 の 目 を 向 け よ う と す る 。 こ の 点 で 本 論 文 は 、 代 位 責 任 構 成 と い う 我 が 国 の 国 家 賠 償 法 学 上 の 通 説 に 挑 戦 し 、 国 家 責 任 法 論 の 核 心 に 迫 ろ う と す る 意 欲 的 な 研 究 成 果 で あ る 。 他 方 、 審 査 担 当 者 か ら は 、 (1) ド イ ツ 職 務 責 任 制 度の 限 界 と 直 面す る 課 題 を 指 摘す る 部 分 か ら、
我 が 国 の 職 務 行 為 基 準 説 及 び 代 位 責 任 構 成 に 対 す る 批 判 へ と 展 開 す る 際 の 議 論 の 進 め 方 に つ い て 、 よ り 精 緻 化 を 図 る べ き で は な い か と の 注 文 、 (2) 理 解 し 難 い 文 章 表 現 や 同 じ 解 説 や 主 張 の 繰 返 し が 散 見 さ れ る と の 指 摘 等 が な さ れ た 。 確 か に 、 論 理 展 開 及 び 文 章 表 現 に 未 だ 荒 削 り な 箇 所 が 残 っ て い る が 、 こ れ ら の 難 点 の 多 く は 、 本 論 文 が 扱 う 主 題 の 複 雑 さ 故 に 何 度 も 章 や 節 の 組 み 換 え や 文 章 表 現 の 修 正 を 余 儀 な く さ れ た こ と に 起 因 し て お り 、 上 述 の よ う な 本 論 文 の 学 術 的 価 値 を 減 ず る も の で は な い と 思 わ れ る 。
以 上 に よ り 、 審 査 担 当 者 全 員 一 致 で 合 格 と の 判 定 に 至 っ た も の で あ る 。
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