博 士 ( 歯 学 ) 飯 田 彰
学 位 論 文 題 名
ベ ン ゾ ジ ア ゼ ピ ン 系 薬 物 が ウ サ ギ 脳 Na+ , K+ ‑ATPase に 及 ぼ す 影 響
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
【 緒 言 】 ベ ン ゾ ジ ア ゼ ピ ン 系 薬 物(BZ) は 歯 科 麻 酔 の 臨 床 に お い て 静 脈 内 鎮 静 法 の 使 用 薬 と し て 従 来 よ り 頻 用 さ れ て き た .BZの 特 異 的 作 用 部 位 と し て 中 枢 神 経 系 に お け る GABAA受 容 体 が よ く 知 ら れ て い る が ,BZの も た ら す 種 々 の 作 用 の 違 い がGABAA受 容 体 に 対 す る 作 用 の み で 説 明 し う る の か 否 か に つ い て は 十 分 解 明 さ れ た と は 言 え な い . 一 方 , 最 近 ,BZはNa← ,K←‑ATPase活 性 を 阻 害 す る と い う 報 告 が な さ れ た .Na゛ ,K゛ー ATPaseは 動 物 細 胞 の 形 質 膜 に 存 在 し 広 範 な 機 能 を 担 う 酵 素 で あ り ,BZに よ る Na゛ ,K゛‑パrPase活 性 の 阻 害 が 多 様 な 生 理 作 用 に 変 化 を 引 き 起 こ し て い る 可能 性が ある が , そ の 詳 細 は 明 ら か で は な い . さ ら に , 最 近 , 末 梢 神 経 系 に 存 在 す るBZ結 合 夕 ン パ ク 質 (peripheraトtypebenZOdiaZepinereceptor:PBR) が 発 見 さ れ , そ の サ ブ ュ ニ ッ ト に は ア デ ニ ン ヌ ク レ オ チ ド キ ャ リ ア タ ン バ ク 質 が 含 ま れ る こ と が 明 ら か に さ れ た , l I
BZのPBRとNa← ,K゛ べrPase結 合 部 位 は ア デ ニ ン ヌ ク レ オ チ ド の 結 合 部 位 の 近 傍 に 存 在 す る な ど の 共 通 性 が あ っ て ,GABAA受 容 体 のBZ結 合 部 位 と は そ の 構 造 が 異 な っ て い る 可 能 性 が あ る . 以 上 の こ と か ら ,BZのNa゛ ,K゛ ―ATPase活 性 抑 制 機 構 をよ り詳 細に 検 討 す る こ と と ,Na゛ ,K゛ ―ATPaseのBZ結 合 部 位 がGABAA受 容 体 のBZ結 合 部 位 と 異 なっ てい る可 能性 を検 討す るこ と を目 的と して 本研 究を 行っ た.
【 材 料 と 方 法 】 実 験 に は } ¢rgensenら の 方 法 に 準 じ て ウ サ ギ 全 脳 か ら 精 製 し た Na゛ ,K゛ ― バrPaseを 用 い ,BZで あ る ミ ダ ゾ ラ ム , ジ ア ゼ パ ム , フ ル ニ ト ラ ゼ バ ム の Na゛ ,K゛ −パI丶I)ase活 性( 全 活性 ), 部分 反応 であ るNa十IATPase活性(Na゛活性) 及び り ン 酸 化 反 応 中 間 体 (EP) 形 成 に 対 す る 作 用 を 調 べ た . ま た ,BZの 濃 度 を 希 釈 し た 際 のNa゛ ,K゛ 一ATPase活 性 阻 害 が 可 逆 的 で あ る か 否 か を 調 べ る た め に 活 性 回 復実 験を 行っ
た. さら にNa ゛, K ゛‑ATPase 活性,EP 量及びNa ゛,K+ ―ATPase 活性の回復実験に対する GABAA 受 容 体 に お け る BZ 拮 抗 薬 フ ル マ ゼ ニ ル の 影 響 に つ い て 検 討 し た .
【結果と考察】Na ゛,K ゛ーATPase の」cYTP の加水分解過程はNa ゛のみの存在下で進行す る前 半の 過程 と, K ゛が 関与 する 後半 の過 程に 分けて考えることができる.前半の過程 では ,Na ゛の 存在 下で ATP を 結合 した 後AI 、P を加水 分解 して ,生 じた りン を結合した り ン 酸 化 反 応 中 間 体 ( EP ) を 形 成 し て ADP は 遊 離 し ,EP は ゆ っ く り と 分 解 し て り ン を遊 離し た後 に再 び次 のA1 丶P と 結合 する こと が出来る.A1 丶Pase 活性という点から反 応 全 体 を み る と , Na ゛の みの存 在下 でATP が 加水 分解 される こと から 部分 反応 であ る Na 十 一」 6frPase 活性と呼ばれる.一方,K ゛が存在するとNa ゛によって形成されたEP に K ゛ が結 合し ,EP の分解 の速 度は 10 倍 程度 速く なる .そ の後 酵素 に結 合し たK ゛が遊離 す る と , 新 た な ATP と 結 合 す る こ と が で き る . こ の 場合 の ATPase 活 性 の 反 応 全 体 を みると,Na ゛とK ←の両方を必要とすることから全活性であるNa ゛,K ゛―An 冫ase 活性と呼 ば れ る . 本 研 究 で は ,こ のよう な反 応過 程に 対す るBZ の作 用を 検討 した ,そ こで ,3 種 類 の BZ は い ず れ も 濃 度依 存 性 に 全 活 性 , Na ゛ 活 性 及びEP 形成 を阻 害し ,全 活性 の 50 % 阻害 濃度 (Ki015 ) は, ジア ゼパ ム, ミダ ゾラム,フルニトラゼパムの順にそれぞ 1
れ 0 . 6mM , 0 . 42mM , O .25mM で あ っ た . I く i015 の値 は3 種 類の BZ い ずれ にお いて も EP 形 成 > 全 活 性 > Na ゛活 性の順 であ った .こ れら の結 果は ,バ rPase 反応 の最 初の 段 階で ある EP 形 成が 最も 阻害 され にく いこ とを 示唆し、BZ はNa ゛,K ゛−ATPase 反応過程 のう ちEP 形成 以降 の過 程を 主に 抑制 する こと を示唆 した .本 研究 にお いて 使用したBZ の 比 較 的 低 濃 度 域 に おい ては, EP 形 成ま では 進行 する がK ゛ 非存 在下 のEP の自 然分 解 ´
の 過 程 が 影 響 さ れ て 活性 が低下 し, K ゛ が存 在す ると EP の分 解の 速度 を高 める こと に よ っ て BZ の 影 響 が 低 下 する も の と 推 定 さ れ た . し か し,BZ の濃 度が さら に高 くな る と K ゛ 存 在 下 で も EP 分 解の 速度 の低 下を 補え なく なり ,さら には EP 形 成の 抑制 も生 じ て く る も の と 考 え ら れ た. ま た O . 2mM 及 び 0 . 25mM フル ニ ト ラ ゼ パ ム 存 在 下 で は , 全活性は低下するがNa ゛,K ゛−ATPase のバI 丶P に対する親和性が増加した.この濃度域 のフ ルニ トラ ゼパ ムはNa ゛,K ゛−ATPase のATP に対する親和性を増大させると同時に,
EP 分 解 の 速 度 を 低 下 さ せATPase 活 性 を 抑 制 す る と 考 え ら れ た , ま た , ATP に 対 す る
親 和 性 が 増 大 す る と ,EP 形成も 進行 しや すく なる ので 、ATP に対 する 親和 性の 増大 が
EP 形 成 が BZ の 影 響 を 受 け に く い 理 由 に な っ ている と推 定さ れた .次 に, 全活 性が 阻 害さ れ る 濃 度 の BZ で 処 理 し た 後 に BZ を 希 釈 し た と こ ろ , 3 種 類 の BZ い ず れに おい て も活性 は回 復し たが ,最 大で もフ ルニ トラ ゼパ ムの 約50 %であ り, BZ による活性阻害 は部分 的に 可逆 的で あっ た, BZ に よる 全活 性に 対す る作 用は薬 物の 濃度に依存するの みなら ず, 薬物 との プレ イン キュ ベー ショ ンの 時間 にも 依存し てお り,このことが活 性の回復が不完全である理由のーつであると推定された.また,BZ のNa ゛,K ゛̲ 。n 、Pase 活性抑 制濃 度は ,本 研究 にお いて 全活 性及 びNa ゛活 性, EP 形成 に対 する作用も含めて いずれ も臨 床的 に使 用さ れる 濃度 に比 較して約100 倍高い濃度が必要であることが明ら かにな った .こ のこ とか ら, その 作用 は副 作用 ある いは 中毒に より 関連するものと考 えら れ た , さ ら に , Na ゛ , K ゛ー ATPase の BZ 結合 部位 がGABAA 受 容体 のBZ 結合 部位 と 異な っ て い る 可 能 性 を 検 討 す る た め に , GABAA 受 容 体 に お け る BZ 拮 抗 薬 フル マゼ ニ ルの 作 用 を 調 べ た.そ の結 果, フル マゼ ニル はフ ルニ トラ ゼパ ムに よる Na ゛, K ゛ ― t
ATPase 活 性 の 抑 制 に 対 し て は 全 く 拮 抗 せ ず ,EP 形 成の 抑制 に対 して もほ ぼ拮 抗し な かった .活 性回 復実 験に おし j ても ジア ゼパムではほぽ促進せず,ミダゾラムにおいて はほと んど の測 定点 にお いて 有意 な回 復の 促進 を示 した がその 程度 は小さかった.以 丶
上の 結 果 と , フ ル マ ゼ ニ ル が BZ の 構 造 類 似 体 と し て GABAA 受 容 体 に お い てBZ に対 し て拮抗作用を示すことを考え合わせると,BZ のNa ゛,K ゛−ATPase に対する結合部位は,
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GABAA 受 容 体 の BZ の 結 合 部 位 と は , そ の 構 造 が 異 な る も の と 推 定 さ れ た ,
【結諭 】ジ アゼ ノヾ ム, ミダ ゾラ ムと フルニトラゼパムの3 種類のBZ はおもにEP 形成以
降の過程を抑制することによって,濃度依存的にNa ゛,K ゛―ATPase 活性を抑制した.こ
れらの 活性 の抑 制は 部分 的に 可逆 的で ある が, 活性 抑制 の濃度 が高 いため副作用ある
いは中 毒に より 関連 する もの と推 定さ れた .フ ルニ トラ ゼパム を用 いた実験では,活
性の抑 制と 同時 にATP に 対す る親和 性を 増大 させ た, また BZ の Na ゛ ,K ゛−ATPase への
結合 部 位 の 構 造 は、GABAA 受容 体の BZ 結 合部 位の構 造と は異 なる もの と推 定さ れた .
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 松 本 章 副 査 教 授 福 島 和 昭 副 査 教 授 赤 池 忠
学 位 論 文 題 名
ベンゾジアゼピン系薬物がウサギ脳 Na+ , K+ ・ ATPase に及 ぼす 影響
主 査、 副 査が 口頭 にて 論文 審 査を 行っ た。 論文 提 出者に 研究内容の概要の説明を求 めた。提出者は以 下の内容を明快に説明 した。
本 研 究 で は 、BZの 特 異 的 作 用 部 位 と し て 中 枢 神 経 系 に お け るGABAA受 容 体 がよ く知 ら れて いる 。 一方 、BZはNa+,K十 ーATPase活 性を 阻害 する とい う 報告が なされている。このNa+,K+‑ATPase活性の阻 害が 多様 な 生理 作用 に変 化を 引 き起 こし てい る可 能 性があ るが,その詳細は明らかで はない,さらに,
最 近 , 末 梢 神 経 系 に 存 在 す るBZ結 合夕 ン バク 質(peripheraトtypebenzodiaZepinereceptor:PBR) が 発見 され , その サプ ュニ ット に はア デニ ンヌ クレ オ チドキ ャリアタンパク質が含まれ ることが明らかに され た.BZのPBRとNa十 ,K゛ ーATPase結 合部 位は ア デニン ヌクレオチドの結合部位の 近傍に存在するな ど の 共 通 性 が あ っ て ,GA& 噛 受 容 体 のBZ結 合 部 位 と はそ の構 造が 異 なっ てい る可 能性 が ある .以 上 のことから,BZのNが, ぼーパrPase活性抑制機構を より詳細に検討することと ,Na十,K十イ灯P乏lSeのBZ I 亠
結合 部位 がGABAA受容 体 の・ .BZ結合 部 位と 異な って いる 可 能性 を検 討す るこ とを目 的として本研究を 行った,
実 験に はJ¢rgensenら の方 法 に準じてウサギ全脳から精 製したNa十,K十イ汀Paseを 用い,BZであるミ ダゾ ラム , ジア ゼパ ム, フル ニ トラ ゼバ ムのNオ ,K゛ーバIPase活性(全活性),部分 反応であるNが−
A1ヤaSe活性 (Na十活 性 )及 びり ン酸 化 反応 中間 体(EP) 形 成に 対す る作 用を 調べた ,また,BZの濃度 を希釈した際のN;r,Iく十一ATPase活性阻害が可逆的であるか否かを調べるために活性回復実験を行った,
さらにNa十,K十一バI、FりSe活性,EP量及びNa十 ,K十一ATPase活性の回復実験に対するGA&払受容体にお けるBZ拮抗薬フルマゼ ニルの影響について検討した .
そ の結 果 、Nが ,K十一ATPaseの反 応過 程に 対す るBZの 作用 を検 討 した とこ ろ,3種 類のBZはいずれも 濃度 依存 性 に全 活性 ,Nr活性 及 びEP形成 を阻 害し , 全活性 の50%阻害濃度(ぬO.5) は,ジアゼパム,
ミ ダ ゾ ラ ム , フ ル ニ ト ラ ゼ パ ム の 順 に そ れ ぞ れ0.6mM,O.42mM,O.25mMで あっ た. ぬ0.5の値 は 3種類のBZいずれにおい てもEP形成>全活性>Nオ活 性の順であった.
こ れら の結 果 は,A1、Pase反応 の 最初 の段 階で あ るEP形成 が最 も阻 害 され にく いこ とを 示 唆し 、BZは Na十 .K十胡TPase反 応過 程の う ちEP形成 以降 の過 程 を主に 抑制することを示唆した, 本研究において使 用し たBZの 比較 的低 濃度 域に お いて は,EP形 成ま で は進 行す るがK二 十非 存在 下のEPの自然分解の過程 が影 響さ れ て活 性が 低下 し,K゛ が存 在 する とEPの分 解の 速 度を 高め るこ とに よってBZの影響が低下す
ー123一
るものと推定された.しかし,BZの濃度がさらに高くなるとK゛存在下でもEP分解の速度の低下を補え なくな り,さ らにはEP形成の抑制も生じてくるものと考えられた.また0.2 mM及び0.25 mMフルニ トラゼパム存在下では,全活性は低下するがNa十,K゛‑ATF)aSeのA1丶Pに対する親和性が増加した.この 濃度域のフルニトラゼパムはNa十,K十・一ATPaseのATPに対する親和性を増大させると同時に,EP分解の 速度を低下させパI、PaSe活性を抑制すると考えられた.また,ATPに対する親和性が増大すると,EP形 成も進行しやすくなるので、パrPに対する親和性の増大がEP形成がBZの影響を受けにくい理由になっ ていると推定された,次に,全活性が阻害される濃度のBZで処理した後にBZを希釈したところ,3種類 のBZいずれにおいても活性は回復したが,最大でもフルニトラゼバムの約50%であり,BZによる活性 阻害は部分的に可逆的であった.BZによる全活性に対する作用は薬物の濃度に依存するのみならず,薬 物とのプレインキュベーションの時間にも依存しており,このことが活性の回復が不完全である理由の ーつであると推定された.また,BZのNa十,K十一ATPaSe活性抑制濃度は,本研究において全活性及びNa十 活性,EP形成に対する作用も含めていずれも臨床的に使用される濃度に比較して約100倍高い濃度が必 f
要であることが明らかになった.このことから,その作用は副作用あるいは中毒により関連するものと 考えられた.さらに,Na十,K十一ATPaSeのBZ結合部位がGABAA受容体のBZ結合部位と異なっている可 ゝ
能性を検討するために,GABAA受容体におけるBZ拮抗薬フルマゼニルの作用を調べた.その結果,フ ルマゼニルはフルニトラゼバムによるNa十,で―パIRise活性の抑制に対しては全く拮抗せず,EP形成の 抑制に対してもほほ拮抗しなかった.活性回復実験においてもジアゼバムではほぽ促進せず,ミダゾラ ムにおいてはほとんどの測定点において有意な回復の促進を示したがその程度は小さかった.以上の結 果と, フルマ ゼニルがBZの構造類似体としてGABAA受容体においてBZに対して拮抗作用を示すこと を考え合わせると,BZのNa十,K十―An)aseに対する結合部位は,GABAA受容体のBZの結合部位とは,
その構造が異なるものと推定された.
【結論】ジアゼバム,ミダゾラムとフルニトラゼパムの3種類のBZはおもにEP形成以降の過程を抑制す ることによって,濃度依存的にNa゛,K゛ーATPaSe活性を抑制した.これらの活性の抑制は部分的に可逆的 であるが,活性抑制の濃度が高いため副作用あるいは中毒により関連するものと推定された.フルニト ラゼバムを用いた実験では,活性の抑制と同時にATPに対する親和性を増大させた.またBZのNa十,K←―
ATPaseへの 結合部位 の構造 は、GABAA受容体 のBZ結合部 位の構 造とは異 なるものと推定された,
このような趣旨の論文に対し、次のような質問がなされた。1)使用した薬物濃度と臨床濃度の関係 につい て2)ATP濃 度と活性 の二重 逆数プロ ットを 示した、Rgureの 表示法と解析の意味について 3) 高濃度 の薬物に よる、膜のタンパク質の立体構造の変化の有無について4)3彊の薬物の中、BZ による回復の程度が低い理由について等、これらの質問に対し、申請者は明快な回答を行い、関連分 野 に つ い て も 広 く 詳 細 な理 解 が ある こ と を認 め れ た。 以 上 の結 果 を 総 合し 、 合 格と し た 。
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