博士(農学)中山尊登 学位論文題名
テンサイ苗立枯病の生物防除に関する化学的研究 学位論文内容の要旨
テ ン サ イ の 重 要 な土 壌 病 害 の ひ と つ 苗 立 枯 病 は 、RhizoctonねsolaniやPythium ultimum等の病 原性 糸状 菌に よっ て播 種後 から 幼苗 期に かけ て発生する。本圃移植前 の育 苗床 でこ れが 発生 する と欠 株による被害が大きい。現行のべーバーポット移植栽 培で は薬 剤防 除法 が確 立さ れて おりほとんど問題にならないが、今後増加が予想され る直 播栽 培で はそ の影 響が 大き くなると考えられ、また環境保全型農業のためにも、
効 果 的 な 薬 剤 防 除 法と と も に 生 物 防 除法 の開 発が 望ま れて いる 。Xanthomonas sp.
SB‑K88株 (以 下SB‑K88株) は、 北海 道農 業試 験場 にお いて 見いだ され た菌 株で 、テ ンサ イの 種子 にコ ーテ イン グす ることによって、慣行の防除薬剤と同程度の苗立枯病 抑 制 効 果 を 発 揮 す るこ と か ら 、 生 物 防 除 資 材 と し て 有 望 視 さ れ てい る。 本研 究は SB‑K88株 によ るテ ンサ イ苗 立枯 病の 抑制 機構 の解 明を 目的 とした もの で、 結果 は以 下の 通り 要約 され る。
(1) SB‑K88株 に よる テ ン サ イ 苗 立 枯 病 の 抑 制 機 構 の 推 定 を 試 み た。 苗立 枯病 菌足 solani.P.ultimum及びAphanom yces cochlioidesとSB‑K88株の対峙培養を指標に抗菌 活 性 物質 生産 によ る抑 制、 液体 培養 中あ るい はSB‑K88株処理 した テン サイ 栽培 時に 生 成 する 揮発 性物 質に よる 抑制 、SB‑K88株と テン サイ の相互 作用 (抵 抗性 誘導 及び 発 芽 ・生 育促 進) によ る抑 制の 可能 性を 検討 した 。そ の結果 、SB‑K88株の 生成 する 抗菌 活性 物質 によ る苗 立枯 病菌 の増殖抑制が、発病抑制に結びついている可能性が最 も高 いと 結論 した 。
(2)(1)の結果に基づぃて、SB‑K88株が生産する抗菌活´陸物質の単離・同定を試みた。
培養濾液の処理方法、得られた活性画分の分画方法等の検討の結果、ポテト・スクロー ス 液体 培地(PS培 地) を選 択し、その培養濾液15Lから、苗立枯病菌に対する抗菌活性 を指標とし、各種クロマトグラフイーを駆使して分画精製を行い、々. solani及ぴP・ ultimumに 対し て強 い抗 菌活 性を示 す物 質xanthobaccinA(1;XB‑A)、xanthobaccin B(2;XB‑B)及 ぴxanthobaccinC(3;XB‑C)をそ れ ぞ れ133、35及 び3mg単離 した 。 XB‑AとXB‑Bに つ い て 、2次 元NMRを 中 心 と し た分 光 法 に よ る 構 造解 析を 行い 、両 者 の主要部分を構成する炭素骨格をそれぞれ、tricycl.0[7.3.0.027ldodecan‑3 ‑one及び tricyclo[7.3.0.02'1dodecan,3.olと推定した。両者に共通した部分構造の解析結果は相 対 配置 も含 めて 完全 に一 致し た。XB℃ の構 造は1H・NMRス ベク トル をXB.Aの もの と
比較 し て推 定 し た。 ま た 、XB‑Aの 主 炭素 骨 格 を形 成するジ カルボン 酸(未単 離)を 男|Jにxanthobaccinic acid(4;XB acid)と命名した。
(3) Xanthobaccin類は広い 抗菌スベ クトルを示 すことが 明らかに された。 特に、苗立 枯病菌が 属する卵 菌類に対し て強い抗 菌活性を 示したが 、酵母、 放線菌、 細菌には抗 菌活 性 を示 さ な かっ た 。 苗立 枯 病菌 に 対 するXB‑A及びXB‑Bの寒 天培地上 での最小 生 育阻止濃度はP ultim um及びA.cochlioidesに対して1‑10 yg/mLであった。々.solanitrま、
20 Ltg/mLでも 生 育 は阻止 されなか ったが、10 yg/mL以上の濃度 で菌糸の 形態異常 を 引き起した。
(4)高速 液 体ク ロ マ トグ ラ フイ ー(HPLC)に よ るxanthobaccin類 の 定 量法 を 確立 し、
SB‑K88株 の 各種 液 体 培地 中 での 増 殖 とXB‑A生 産 量に関して 検討した 結果、増 殖の緩 やかなPS培地で最 もXB‑Aの生産量 が多く、 増殖の速 いKing sB培地 等では生産量は少 な い傾 向 が見 ら れ た。PS培地 を 用い て 、SB‑K88株の増殖 とXB‑A生産に 及ぽす温 度の 影 響を15、20、25℃ の3段階 で 調べ た と ころ 、 低温 (15℃ ) で は増 殖 がさ ら に緩や か にな る もの の 、 培養後期 のXB‑A生産量 は25℃の場合 の4‑5倍に達 すゐこと が明らか になっ た。
(5)次にxanthobaccin類がSB‑K88株による 苗立枯病の抑制に関与していることの証明 を 、@SB‑K88株 を コ ーテ イ ング し た(SB‑K88株 処 理区 ) 種 子か ら 育 てた テ ンサ イ 幼 苗の 根 圏抽 出 物 からxanthobaccin類 の検 出 及 び定 量 、◎育 苗温度とSB‑K88株による XB‑A生成 量 、防 除 効 果の 相 関の 検 討 、◎SB‑K88株処 理区 のテンサ イ幼苗の 根圏抽出 物の抗菌 活性の検 出と活性本 体の同定 、@突然 変異株のxanthobaccin類の生産 性とそ れ ら の 苗 立 枯 病 抑 制 効 果 と の 相 関 の 解 析 、 の 各 方 向 か ら 試 み た 。 5・1) 試 験管 育 苗 法を 応 用し て 、SB‑K88株 に よる テン サイ幼苗 根圏でのXB‑Aの生 産性 を 検討 す る ため 、 幼 苗の 根 圏抽 出 物 をHPLCで 分 析した ところ、SB‑K88株処理区 の テ ン サ イ 幼 苗 の 根 圏 抽 出 物 中 か らXB‑Aが検 出 され 、XB‑AがSB‑K88株 によ っ て 根 圏 で生 産 され る こ とが 確 認さ れ た 。15℃ で育 苗 した 場 合 、播 種 後3日目 ぐ ら いか ら XB‑AがHPLCで 検 出さ れ る ようにな り、5日目に は1株の根 圏抽出物 中に約1.2 Lt9、10 及び30日目にはそれぞれ約2.2及び3.1 pg検出され、根圏でのXB‑A蓄積が確認された。
5‑2)根 圏で のXB‑A生 産性 に対する 育苗温度の 影響(15及び22℃)を検 討した結 果、
培地 中 でのXB‑A生 産 性と 同 様に 根 圏 でのXB‑A生 産性 も 温度の影 響を受け 、低温条 件 で生産性 がより高 いことが判 明した。 この事実 はテンサ イの育苗 が行われ る低温期に SB‑K88株 によ る 高 い防 除 効 果が 得 られ る 理 由を 、XB‑A生 産性の面 からよく 説明する ものと考えられた。
5‑3) 根圏 抽 出 物を 、 定 量分 析 に準 じ たHPLC条件 でXB‑Aのピ ー ク とそ の 前後 に 分 別し、そ れぞれの 画分につい て苗立枯 病菌に対 する抗菌 活性を検 討した。 その結果、
抗菌 活 性は 主 にXB‑Aのピ ー クに 認 め られ た こ とか ら 、SB‑K88株に よって根 圏で生産 され たXB‑Aは根 圏 抽 出物 が 示す 抗 菌 活性 の 主 体で あ り、根 圏におい て苗立枯 病菌に
対 す る 抑 制 的 効 果 を 及 ぽ す 主 要 因 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。 5‑4)SB‑K88株 の継 代 培 養中 に 、親 株 で あるSB‑K88株に 比 ぺてPS液体 培 地中 で の XB‑A生 産 性が25%程 度 まで 低 下 して いる 変異株が数 株得られ た。これ らの変異 株と SB‑K88株の 苗 立 枯病 抑 制効 果 ( 立枯 指数 )の間には 統計的に 有意な差 が認めら れ、
SB‑K88株のXB‑Aの 生 産性 が 苗立 枯 病 抑制効果 と密接な関 係にある ことが示 された。
(6) SB‑K88株 が苗 立 枯病 抑 制 に卓 効 を示 す こと ができる 要因のひ とっとし て、その テ ン サ イ 根 圏 で の 定 着 性 に 注 目 し 、 定 着 性 に 影 響 を 及 ぼ す 化 学 的 因 子 と し て 、 SB‑K88株 が生産す る苗立枯 病菌以外 の土壌微 生物に対す る抗菌活 性物質の探索を行っ た 。その結 果、Bacillus subtilisに対 する抗細菌活性物質やxanthobaccin類に対する 感 受性が低 いAlternaria属糸状 菌に対す る抗菌活 性物質が生 産されて いることを明ら か に し た。 こ れら 物質の根 圏あるいiま種子圏 での生産 は未確認 であるが、SB‑K88株 が 根圏にお いてxanthobaccin類と 同様にこ れらの物 質を生産し 、一部の土壌微生物を 排 除して生 態的地位 を確立し 、持続的 にxanthobaccin類による 苗立枯病の抑制効果を 発 揮してい ると推測 された。
(7)以 上 の結 果 を総 合 的 に判 断 して 、SB‑K88株 に よ って テ ンサ イ 幼 苗根圏で 生産さ れ るxanthobaccin類が苗立枯病の抑制に重要かつ中心的役割を担っていると結論した。
また、SB‑K88株はxanthobaccin類と同時に抗細菌冶陸物質や他の抗糸状菌活´陸物質等、
多 様 な 抗菌 活 性物 質 を 生産 し てお り 、こ れらが根 圏の微生 物相をSB‑K88株 に有利に 制 御 す るこ と によ っ て テン サ イ幼 苗 根圏 でのSB‑K88株の 優占的な 地位が維 持され、
こ の こ と が 結 果 的 に 苗 立 枯 病 の 高 い 防 除 効 果 に つ な が っ て い る と 推 論 し た 。
=|
xanthobaccin A (1, XB‑A; R1: =O, R2: OH) xanthobaccinic acid (4, XB acid) xanthobaccin B (2, XB‑B; R1: OH, R2: OH)
xanthobaccin C (3, XB‑C; R1: =O, R2: H)
Xanthobaccin類 の推定構造式(鍵カッコの中の構造は仮想的なものである)
学位論文審査の要旨
主査 教授 田原哲士 副査 教授 但野利秋 副査 助教授 小林喜六 副査 助教授 橋床泰之 学位論文題名
テンサ イ苗立枯 病の生物防除に関する化学的研究
本 論 文 は 和 文 で 記 さ れ 、 図141、 ス キ ー ム4、 表76、 引 用 文 献109を 含 み、 総 頁 数 314から なり 、内 容は5章 に分 けられ 、さ らに 英文 概要 が付 して ある 。ほ かに 参考論 文2編が 提出 され てい る。
テンサイ苗立枯病はRhizoctonia solaniやPythium ultimum等の病原性糸状菌により、
播種後から幼苗期に発生、本圃移植前の育苗床で発生すると欠株による被害が大きい。
現 行のべ ーパ ーポ ット移植栽培では薬剤防除法が確立されているが、今後増加が予想 さ れる直 播栽 培で はその影響が大きくなると考えられ、環境保全型農業のためにも、
効 果的な 薬剤 防除 法とともに生物防除法の開発が望まれている。北海道農業試験場で 分 離され たXan曲omonas sp. SB‑K88株( 以下SB‑K88株 )は 、テン サイ の種 子にコー テ イング して 播種 すれば、慣行の防除薬剤と同程度の苗立枯病抑制効果を発揮するこ と から、 生物 防除 資材 とし て有 望視 され てい る。 本研 究はSB‑K88株に よる テンサイ 苗 立枯病 の抑 制機 構の解明を目的としたもので、以下に要約される結果を得ている。
(1) SB‑K88株 に よ る テ ン サ イ 苗 立 枯 病 抑 制 機 構 の 推 定 を 目 的 に 、 苗 立 枯 病 菌 兄 solani.P.ultimum及びAphanomyces cochlioidesの増殖抑制を指標に、SB‑K88株が培 地 中に 生産 する 抗菌物質、揮発性物質、テンサイの誘導的抗菌物質等による抑制の可 能 性を 検討 し、SB‑K88株 の生 成する 抗菌 物質 が苗 立枯 病菌 の抑 制に 主と しそ機能し て いる と結 論し た。
(2)ポ テ ト ・ ス ク ロ ー ス 培 地 (PS培 地 ) を 用 い 、 培 養 濾 液 15Lか ら 、 苗 立 枯 病 菌 に 対 す る 抗 菌 活 性 を 指 標 に し て 、 三 種 類 の 抗 菌 活 性 物 質xanthobaccinA(1;XB‑A,133 mg)、 xanthobaccinB(2;XB‑B,35 mg) 及 びxanthobaccinC(3;XB.C,3mg) を 単 離 し た 。 2次 元NMRを 中 心 と し た 構 造 解 析 を 行 い 、XB, AとXB. Bの 主 要 部 分 を 構 成 す る 炭 素 骨 格をそれぞれtricyclo【7.3.0.02,7】dodecan,3.one及びtricyCl017.3.0.027]dodecan.3.olと推定 した。XB℃の構造は1H.NMRスベクトルをXB.Aのものと比較して推定した。
(3) Xanthobaccin類 は糸状菌を 中心に広 い抗菌ス ペクトル を有し、特に、苗立枯病菌 が 属する卵菌 類に対し て強い抗 菌活性を 示したが 、酵母、 放線菌、細菌への抗菌性は 小 さ かっ た 。XB‑A及びXB‑Bの 寒天 培 地 上で の 最小 生 育 阻止 濃 度はPultimum及びA. cochlioidesに対して1‑10 l̲tg/mLであった。々.solaniの生育は20 LLg/mLでも阻止され な か っ た が 、10 l̲Lg/mL以 上の 濃 度で 菌 糸 の形 態 異 常を 引 き起 し た 。PS培地 で 、 SB‑K88株 のXB‑A生 産に 及 ぼ す温 度 の影 響 を 調べ た と ころ 、15℃ で は、 培 養後 期 の XB‑A生産量は25℃の場合の4‑5倍に達した。
(4)SB‑K88株 による苗 立枯病の 抑制にxanthobaccin類 が関与し ているこ との証明
@SB‑K88株 で コ ーテ イ ング し た テン サ イ種 子 を15℃ で 試験 管 育苗 法 で 育て る と、
XB‑Aが 播 種 後5日 目 には1株 の 根 圏抽 出 物中 に 約1.2 Vg、10及 ぴ30日 目 には そ れぞ れ約2.2及ぴ3.1 l̲tg検出された。また、抗菌活性のある根圏抽出物を液体クロマトで、
分 別 し た と こ ろ 苗 立 枯 病 菌 に 対 す る 抗 菌 活 性 はXB‑A部 分 に 局 在 し て い た 。
@ テン サ イ根 圏 で のXB‑A生 産 性に 対す る育苗温 度の影響 (15及び22℃) を検討し 、 低 温条 件 で生 産 性 が高 い こと を 明 らかにし た。この 事実は、SB‑K88株 のテンサ イ苗 立 枯 病 防 除 効 果 が 低 温 期 に 高 い こ と を よ く 説 明 す る と 思 わ れ た 。
◎SB‑K88株 に 比 べXB‑A生 産 量が 低 下 した 変 異株 を 用 いて 、xanthobaccin類生 産 量 と 苗立 枯 病抑 制 効 果の 相 関を 解 析 したとこ ろ、両者 に密接な関 係が見い だされた 。
(5)SB‑K88株 の テ ンサ イ 根圏 で の 高い 定 着 性に 注 目、SB‑K88株が 生産する 苗立枯 病 菌 以外 の 土 壌微 生 物 に対 す る抗 菌 活 性物 質 の探 索 を 行い 、Bacillus subtilisや Alternaria属糸 状 菌 に対 す る抗 生物質 が同時に 生産され ているこ とを見い だした。
SB‑K88株は こ れ らの 物 質 によ り一 部の土壌 微生物を 排除して 生態的地 位を確立し 、 持 続 的に 苗 立 枯病 菌 を 抑制 し てい る と 推論 し た。
以上のよ うに、本 研究はテン サイ苗立 枯病菌に 対してXanめomonas sp. SB‑K88株の 示す 顕 著な 抑 制 作用 の メ カニ ズ ムを 広い視 野から検 討し、SB‑K88株 が生産し、 抑制 現象に主 たる寄与 をしている と判断さ れた新し いタイプ の抗菌活性物質を単離、部分 構造を解 析し、そ れらの機能 を実証し たもので 、生物防 除の化学的基礎を解明し、天 然物 化 学的 に も 興味 深 い 成果 を 得て いる。 また、SB‑K88株 が他の土 壌微生物を 部分 的に排除 しテンサ イの根圏で 生態的地 位を確立 して、効 果的かつ持続的に苗立枯病菌 を抑制することを可能にさせていると予想され.る抗菌、抗細菌活性物質を同時に生成 している ことを発 見、その意 義を論じ ており、 この分野 の研究に生態化学的視点を導 入、その 有効性を 示唆したこ とは高く 評価され る。よっ て審査員一同は、最終試験の 結果と合 わせて、 本論文の提 出者中山 尊登は博 士(農学 )の学位を受けるのに十分な 資格があ るものと 認定した。
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NH2 NH2
O
O H
xanthobaccin A (1, XB‑A; R1: =O, R2: OH) xanthobaccinic acid (4, XB acid) xanthobaccin B (2, XB‑B; R1: OH, R2: OH)
xanthobaccin C (3, XB‑C; R1: =O, R2: H)
Xanthobaccin類の推定構造式(鍵カッコの中の構造は仮想的なものである)