博 士 ( 農 学 ) 渡 部 賢 司
学 位 論 文 題 名
昆虫・植物循環細菌の特性解明ならびに 害虫防除への応用に関する研究
学位論文内容の要旨
昆 虫 お よ び 植 物 に は 病 原 性 細 菌 な ら び に 非 病 原 性 細 菌 を 含 め て 、 多 種 多 様の 細 菌 群 が 生 息 し て い る こ と が 知 ら れ て い る 。 ま た 、 植 物 を 食 物 と し て い る 昆虫 に お い て は 、 そ の 腸 内フ ロ ー ラ は植 物 関 連細 菌 と 深く 関 わ って い る と考 え ら れる 。 し か し な が ら 、 こ れ ら の 両 宿 主 に 共 通 し て 生 息 し て い る 細 菌 群 や 両 宿 主 を循 環 伝 搬 し て 生 息 す る 細 菌 群 ( 昆 虫 ・ 植 物 循 環 細 菌 ) に つ い て 研 究 さ れ た 報 告ば 認 め ら れ ず 、 こ れ ら の 細 菌 群 に お け る 氷 核 活 性 能 や 薬 剤 耐 性 能 の 伝 達 等 の 特性 に つ い て も 解 明 さ れ て い な い 。 ま た 、 昆 虫 ・ 植 物 循 環 細 菌 は 生 物 的 防 除 等 、多 方 面 へ の 利 用 が 考 え ら れ る が 、 こ れ ま で 検 討 が 行 わ れ て い な い 。 本 研 究 で は 、 昆 虫 ・ 植 物 循 環 細 菌 の 分 離 、 同 定 を 行 い 、 そ の 特 性 解 明を 行 う と と も に 、 昆 虫 ・ 植 物 循 環 細 菌 の 利 用 法 の 一 例 と し て 、 氷 核 活 性 系 統 に よる 越 冬 害 虫 の 生 物 的 防 除 へ の 利 用 に っ い て 検 討 を 行 っ た 。
1.昆虫 飼料植物から共通に分離される細菌の同定
カ イ コ 、 ク ワ ノ メ イ ガ 、 ト ビ イ ロ ウン カ 等 、数 種 昆 虫及 ぴ そ の飼 料 植 物 (ク ワ 、 イ ネ ) か ら 多 数 の 細 菌 株 を 分 離 し 、 各 種 細 菌 学 的 性 質 に よ り 種 を 同 定 し た 。 そ の結果、昆虫からはEr w血ね五eめをD.艪群細菌(五ka.ぬa口aS五k五印.6.嵒〔da等)、
| 鍬a pをF統閲 ロ 恥sp゜ 、 およ び 馳 囲溜 ぬ 皿am鱈 舶 ぬsが 高 密度に分 離され 、優勢 フ ロ ー ラを 形 成 し てい た 。 また 、 励 絶mぬc絶rc′ (臚 飽eは低 密 度 で ある が 、 ほと ん ど の 昆 虫 種 か ら 分 離 さ れ た 。 ― 方 、 植 物 か ら は 皿 五 口 厨 め 幽 群 細 菌 、 お よ び BeUぬm伽as緲 五 ぬ 朋eが 高 密 度 に 分 離 さ れ 、 優 勢 フ ロ ー ラ を 形 成 し て い た 。 ま た 、 励 絶mみac絶rめa餾eも 低 密 度 で あ る が 分 離 さ れ た 。 こ れ ら の 結 果 か ら 、 皿 五eめ ぇ 勉 な 群 細 菌 お よ び 励 えcた ほ 伽eが 昆 虫 と そ の 飼 料 植 物 に お ける 共 通 細 菌であることが明らかになった。
2. 共 通 細 菌 Er. herbico屠 群 細 菌 及 び 励 丘cム 簡 飽 eの 昆 虫 腸 内 増 殖 様 式 凪 五er6轟 淞 な 群 細 菌 が カ イ コ 腸 内に お い て定 着 、 増殖 す る こと が 明 ら かと な っ た 。 ま た 、 皿 五er6た り 幽 群 細 菌 のク ワ 分 離株 は カ イコ 分 離 株と 同 様 に カイ コ 腸
内 で良 く定 着、増 殖し た。 クワ ノメ イガ 、ト ビイロウンカ、ツマグロヨコバイ 等 他の 昆虫 におけ る飼料植物との共通細菌Ent. cたla顔eの植物分離株もまた、
宿主昆虫分離株と同様に宿主昆虫の腸内において増殖した。これらの結果、植物 葉 面上 の凪 五eめ ぇm艪群細菌及び励たむ冶飴eは食餌と共に昆虫に取り込まれ、
腸 内で 増殖 した後 、昆 虫が 排泄 した フン から 葉面ヘ再び移行することが示唆さ れ 、昆 虫と 植物を 循環 伝搬 する 細菌 (昆 虫・ 植物循環細菌)であることが明ら かになった。
3. 昆 虫 ・植 物循 環細 菌」Er. her弧 瓰ぬ 群細 菌及 び」 ぬた めa蝕eの特 性解 明 本実験における昆虫・植物循環細菌の特性を明らかにするため、氷核活性能、
多 剤耐 性能 、及 び昆 虫腸 内における遺伝子伝達能等にっいて研究を行った。従 来、氷核活性系統として報告されている昆虫及び植物由来」E一ゐe.めたり幽群細菌 な らび に今 回分 離さ れた 氷核 活性 系統 にっい て6種の 細菌学的性質により検討 を 行 っ た 結 果 、 供 試 菌 株 20株 は 全 て 皿 駟 a口asと 同 定 さ れ た 。 氷核 活性 細菌 、20菌株 の氷 核活 性遺 伝子の 全長 をPCR・RFLP解析した結果、
両 端のN,Cドメ イン には そのサイズに差異は認められなかったが、繰り返し配 列 部分 (Rドメイ ン) の長 さに 、12グル ープ に類 別さ れる段階的な差異が認め ら れ た 。 さ ら に 、Rドメ イ ン のAdI部 位 か らD瑠I部位 の 間 で 、 そ の サ イズ や 制 限酵 素部 位に 変異 が認 められ、可変領域であることが示唆された。しかし、
こ れら の細 菌の 氷核 活性 能と氷核活性遺伝子のサイズとの間には相関関係ぼ認 められなかった。
一方 、昆 虫及 び植 物か ら分 離さ れた 励丘cた峻 餾eは ストレプトマイシン等5 つの薬剤に耐性を有する菌株と感受性の菌株に分類され、植物分離株としては、
励えc.轟班飴eの多剤耐性株が初めて分離された。耐性の菌株は全て100kbのプ ラ ス ミ ド (pMUL1) を 有 し て お り 、 サ ザ ン 法 に よ り そ れ ら の 遺 伝 子 が 全 て pMUL1プ ラ ス ミ ド 上 に 存 在 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 さ ら に 、 継 代 中 に pMUL1プラ スミド の一 部が 欠失 し、 薬剤 耐性 能の 一部 を失った変異株における サ ザ ン 解 析に より 、pMUL1プラ スミド の物 理的 地図 を構 築し た。 一方 、pMUL1 プラスミドは培地上での接合実験により、皿五eめ轟惣な群細菌に伝達されるこ と が 証 明 さ れ 、 自 然 界 に お け る 薬 剤 耐 性 能 の 拡 散 が 示 唆 さ れ た 。 さ らに 、昆 虫の 腸内 にお いて、昆虫・植物循環細菌問でプラスミドを介した遺 伝 子 伝 達 が 起 こ っ て い る 可 能 性 に っ いて も検 討し た。 その 結果 、pBPW1及 び RSF1010等 、伝達 性プ ラス ミドを導入した凪ゐe.め轟惣な群細菌は、昆虫腸内 において他の」眦五eめ轟惣幽群細菌に高頻度にプラスミドを接合伝達した。さら に、異種細菌である」馳丘cたぼ飽eにも高頻度にプラスミドを接合伝達し、昆虫 腸 内で の遺 伝子 伝達 が証 明された。これらの結果から自然界においても昆虫腸 内 で プ ラ スミ ド等 を介 した 遺伝 子拡 散が 起こ って いる 可能 性が示 唆さ れた 。
4.氷核活性を有する昆虫・植物循環細菌による農業害虫の生物的防除への利用 昆虫・植物循環細菌の利用法の1っとして、氷核活性細菌による農業害虫の 生物的防除への利用についても検討を行った。氷核活性能を有するぬananas をクワノメイガ幼虫に与え腸内に定着させ、対照区と比較して、耐寒性の検討 を行ったところ実験区では明らかな耐寒性の低下が認められた。また、これら の氷核活性」Cr. ananasを供試した幼虫の耐寒性は少なくとも処理後9日聞低下 し続けた。一方、従来用いられてきた氷核活性P syringaeを与えた場合、昆虫 腸内に定着、増殖できないために、幼虫の耐寒性の低下はほとんど認められず、
かつ、これらの幼虫からは氷核活性細菌はほとんど分離されなかった。これら の結果から、昆虫腸内に定着、増殖可能な氷核活性細菌を利用した方法( gut‑
colonization法と新称)による越冬害虫の生物的防除が可能であることが示唆さ れた。さらに、氷核活性遺伝子を導入した形質転換Ent. cたぼ餾eは皿a五aロas より強カにかつ安定的にクワノメイガ幼虫の耐寒性を低下させることが明らか になった。
以上のように、本研究は数種昆虫とその飼料植物とから共通に分離される細 菌を明らかにするとともに、これら共通細菌の有する特性の1っとして氷核活 性能に関与する氷核活性遺伝子の解明を行った。このことにより、本特性を利 用した害虫の生物的防除の可能性が明らかにされた。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
昆虫・植物循環細菌の特性解明ならびに 害 虫 防 除 へ の 応 用 に 関 す る 研 究
本 論 文 は 、 図34、 表27、 引 用文 献166を 含 み 、9章 か ら な る 総 頁163の 和 文 論文である。別に参考論文16編が添えられている。
昆虫およびその飼料植物には多種多様の細菌フローラの存在が知られている。
しかし、これらの両宿主を循環伝搬して生息する細菌群(昆虫・植物循環細菌)
に っい て研 究さ れた報 告は認められていない。また、これらの細菌群の特性解 明及びその利用にっいても検討が行われていない。
本研 究で は、 昆虫・ 植物循環細菌の同定および特性解明を行うとともに、昆 虫 ・植 物循 環細 菌の利 用法として、越冬害虫の生物的防除について検討を行っ た。得られた結果の概要は下記の通りである。
1.昆虫・飼料植物から共通に分離される細菌の同定
カイ コ、 クワ ノメ イガ 、ト ビイロウンカ等、数種昆虫及びその飼料植物(ク ワ、イネ)から多数の細菌株を分離し、各種細菌学的性質により種を同定した。
そ の結 果、E winぬher6め 艪群 細菌(ぬaぬ駟aS」ほ五erみたり幽等)がいずれ の材料からも高密度に分離された。また、」励絶mぬcたピむ冶餾eもほとんどの供 試 昆虫 、及 びそ の飼 料植 物か ら分離され、これらの細菌群は昆虫とその飼料植 物における共通細菌であることが判明した。
2. 共 通 細 菌Er. herbico幽 群 細 菌 及 び 励 丘 む 順 顔eの 昆 虫 腸 内 増 殖 様 式
■五e.め轟淞艪群細菌のクワ分離株はカイコ分離株と同様にカイコ腸内で良く 定 着、 増殖 した 。上記共通細菌である励丘cた峻餾eの植物分離株もまた、昆虫 分 離株 と同 様に 増殖した。また、供試昆虫の糞からもこれらの細菌が多数検出 さ れた 。こ れら の結果から、■五凹城瓰幽群細菌及び励たcム姻飴eは昆虫と植
彦男 徳 敏房 久 塚田 戸 飯冨 伴 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
物を循環伝搬する細菌(昆虫・植物循環細菌)であることが明らかになった。
3. 昆虫 ・ 植物 循 環細 菌Er. herbicoぬ群細菌 及び励丘出a飽eの特性解 明 共通細菌の特性を明らかにするため氷核活性能、多剤耐性能、及び昆虫腸内に おける遺伝子伝達能等にっいて調べた。供試した細菌株20株について、細菌学 的性質である糖の分解能ならびに氷核活性能の検討から細菌種を同定したとこ ろぬa口anasと同 定された。 また、これ らの氷核活性遺伝子の全長をPCR・ RFLP解析した結果、繰り返し配列部分(Rドメイン)の中に可変領域が存在し、
そのサイズや制限酵素部位により、12グループに類別された。しかし、これら の細菌の氷核活性能と遺伝子のサイズとの間には相関関係は認められなかった。
一方、昆虫及び植物から分離された五k丘めa飴eはストレプトマイシン等5剤 に耐性を有する菌株と感受性の菌株に分類され、耐性の菌株は全てーっの伝達 性プラスミド(pMUL1)を有していた。さらに、昆虫の腸内において、昆虫・
植物循環細菌間でプラスミドを介した遺伝子伝達が起こっている可能性につい ても 検討したと ころ、伝達 性プラスミ ド(pBHV1及びRSF1010等)を導入し た菌株から皿五eめ轟瓰ぬ群細菌または励丘dぬ飴eに高頻度にプラスミドの接 合伝達が起こることが判明し、自然界においても昆虫腸内でプラスミド等を介 した遺伝子伝搬が起こっていることが示唆された。
4.氷核活性を有する昆虫・植物循環細菌による農業害虫の生物的防除への利用 氷核活性細菌Er. ananasをクワノメイガ幼虫の腸内に安定的に定着、増殖さ せる方法(gut‑colonization法と新称)により、従来用いられてきた氷核活性P syringaeの散布法よりもはるかに効果的に幼虫の耐寒性を低下させ得ること、
また、氷核活性遺伝子を導入したEnえcた峻餾eは様々な昆虫種の腸内に定着す る可能性が高いことから生物的防除の標的害虫の適用範囲を拡大させることが 可能となった。
以上のように本研究は、昆虫・植物循環細菌の同定を行うとともに、これらの 細菌が有する氷核活性能、薬剤耐性能、およぴ昆虫腸内における遺伝子伝達等 の特性を解明した。このことにより氷核活性能を利用した越冬害虫等の生物的 防除を可能にしたものである。その結果は、学術的のみならず農業上の応用面 においても寄与するところ大きいと評価される。
よって審査員一同は、渡部賢司が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格 を有するものと認めた。